「ねえ、衛宮君」
教会からの帰り道。考え込んでいた遠坂が顔を上げて言った。
「手を組まない?」
《WILD JOKER 巻9》
「………」
正直、あれだけ明日からは敵になるとか言ってた遠坂がこんな事を言うのは予想外だった。いや、俺はそれは嬉しいのだが、『何を考えている?当然反対です』と言いたげに俺を睨むセイバーが……。
「え、ええと、突然どうしたんだ?」
なので、とりあえず理由を聞いてみた。
「理由は簡単よ。このままじゃ勝てない可能性が高いから」
が、遠坂の理由は至極簡潔だった。
「勝てない?」
「ええ。だから手を組む、至極合理的じゃない?」
成る程、それは確かに……ってちょっと待て。あの自信に満ちた遠坂が勝てないってあっさり口にするなんて…。
メイガス
「魔術師、何を考えているのです?」
と、ここでセイバーが口を出してきた。
「凛でいいわよ。それで理由なんだけど、教会で会った相手が危険すぎるからよ」
「教会で?」
「ええ、彼女は…バゼットは……封印指定の執行者よ」
えらく重々しく言われた言葉だったのだが……。
「ええと、それって凄いのか?」
俺にはさっぱりどの程度凄いのか分からん。本来魔術師としては常識の範囲なのだろう、顔を抱えるようにして深いため息をつかれてしまった。
「封印指定の執行者ってのはね、はっきり言って化け物よ」
「そうなのか?」
「そうよっ!魔術協会じゃ一が悪霊ガザミィ、二が封印指定、んで三番目の厄ネタが執行者だって言われてるのよ!」
がーーーっとばかりの勢いで吼える遠坂。けど…悪霊ガザミィって何だ?
「サーヴァントとすらやりあえるかもしれない化け物よ。強さからすれば、人間の中ではトップクラスと言っていいでしょうね」
ちんぷんかんぷん、という風情の俺の様子を見かねたのだろう、分かりやすい例えを出してくれた。けど……サーヴァントとやりあえる人間だって?そんなのいるのか?
俺ではあのアーチャーにさえ本来アーチャーというクラスからすれば不得意のはずの白兵戦で相手にもならなかった。それを一蹴したセイバーは矢張り白兵戦ではアーチャーを上回る実力を見せてくれた。目の前の横島はそのセイバーの攻撃を防いでみせた。そんな奴らと真っ向やりあえる、だって…?セイバーも厳しい表情になっている。
「で、貴方達、確か彼女のサーヴァントに出会ったのよね?」
と、ここで遠坂が横島の方を向いて問いかけた。
「そうっす。多分つーか間違いなくクラスはランサーっすね」
それに答える横島。俺達が教会から出てきた時、そこには横島とセイバーの他に青い服をまとった男がもう1人いたのだ。
「セイバー、貴方そのランサーって相手を簡単に倒す自信はある?それこそ一瞬で」
「……いえ、無理ですね」
遠坂の問いかけにセイバーは結構あっさり答える。遠坂はそのまま今度は横島の方を向いて聞いた。
「横島は?」
「無理っす。あいつは強い。相当な激戦、それも勝つか負けるか分からない、くらいの覚悟しないといけないでしょうね。余程油断しきってる時に運良く最高の一撃が命中するような奇跡でも起きない限り簡単に、なんて無理でしょ」
横島も同じ答えだった。
二体のサーヴァントの答えに、予想通りという様子で頷く遠坂。
「そう、そしてサーヴァントがそういう状態……つまり戦闘状態が続いている状態なら、私1人或いは衛宮君1人が彼女に対峙する事になる」
その言葉に。はっとした。
「強いわよ……封印指定の魔術師を抑えようってんだから……彼女が本気になれば、私も衛宮君もまとめて一瞬で殺せるわ。執行者ってのはそういうキラーマシーンなんだから」
そう、俺がサーヴァントの一体アーチャーにあっさりやられかけたように。
彼女が、バゼット・フラガ・マクレミッツがサーヴァントとやりあえると言われる程の実力を備えているなら、少なくともサーヴァント相手にある程度でも戦闘可能な程の力があるのなら。確かにセイバーがランサーとやりあっているであろう時なら俺を殺すのも容易いのだろう。そしてそれは遠坂の側からしても同じらしい。
「だから、こちらは……あの二人それぞれにサーヴァントを当てる必要があるの」
そう遠坂は話を締め括った。
「「………」」
俺とセイバーは二人して考えて込んでいる。横島はといえば、遠坂がそう決めたならそれで良しとばかりにこっちを面白そうに見ている。ちょっと癪に障ったので聞いてみた。
「横島はそれでいいのか?」
「ん?俺?凛ちゃんがそう決めたならそれで構わないよ。それに……」
「それに?」
「セイバーみたいな可愛い子とやりあうのは出来れば回避したいなーと」
「………」
強いからやりあいたくない、という感じではない。純粋に可愛いから戦う以外の方がいい、というのが伝わってくる。ああ、こいつらしい、とふと感じてしまった。
「……いいでしょう、凛。貴方がそれ程までに言う相手ならば私は賛成しましょう」
考え込んでいたセイバーがふっと顔を上げてそう言った。
「いいのか?」
反対していたセイバーが賛成に回ってくれた事に驚いてつい確認を入れてしまう。
「いいも悪いもありません。それ程の強敵の話、笑ってすませるのは簡単ですが、事実であったならば対峙した瞬間が敗北へ繋がりかねません。増してや彼女が偽りを言っている様子には見えませんので」
平然とした様子でそう答える。成る程、彼女はあくまで真贋を判断し、状況を冷静に考えた上で敵対するより、懐に入り込まれるという危険こそあれ、遠坂と横島を味方とするメリットの方が高いと判断した訳だ。
「俺も構わない」
セイバーが賛成した以上、後は俺だけ。皆の視線が集中するのを感じて急いで言った。元々俺は好き好んで戦いたい訳じゃないし、回避できるならそれに越した事はない。
「じゃ、とりあえず彼女を倒すまでは味方って事で。よろしくね、衛宮君」
そう言って遠坂が握手、と手を差し出してくる。その手を握ろうとして伸ばしかけた時。
「ねえ、お話は終わり?」
第三者の声がその場に響いた。
一瞬で緊迫した雰囲気で声の側に向き直る。そこには……。
1人の少女と。
二メートルを超す身の丈、筋骨逞しい偉丈夫が月光に照らされて立っていた。
「バーサーカー」
思わず洩れる遠坂凛の声。そう、それはどこまでも異質だった。セイバーらと同じ異質な感覚、ならばそれはサーヴァントだ。そして、一目見れば、その存在がバーサーカー以外の何かであるなど想像もつくまい。
「また会ったね、お兄ちゃん」
そう言って、にこりと微笑む。そう、俺は昼間あの子に会った。その時は『早く呼ばないと死んじゃうよ?』という意味不明の言葉を投げかけられたのだが…そうだ、彼女もまた魔術師であり聖杯戦争の参加者であるならば……意味は通る。
つと。
少女の方がスカートを摘んで丁寧な挨拶をしてくる。それはその背景と漂う雰囲気の中では妙に異質だった。
「はじめまして、リン。私はイリヤ。
イリヤ・スフィール・フォン・アインツベルンって言えば分かるでしょ?」
「アインツベルン−−」
凛には分かったのだろう。息を呑む音が聞こえる。
「それじゃいくね。ーーやっちゃえバーサーカー」
そして戦いが始まった。
「■■■■■■■■■ーーーーーー!!」
吼えた。
異形が、バーサーカーが吼え、坂の上から一気に襲い掛かってくる。その動きはあくまで地を滑るようなそれで…その一撃をすかさず前へと出たセイバーが弾いた。そして。
伸びてきた光の剣がバーサーカーの眉間を貫いた。
「え?」
「あれ?」
「は?」
「ありゃ?」
あまりにもあっさりとしか言いようがない位。思わずその剣の反対側、伸びてきた方に一斉に視線を向ける一同。そこには自分でも呆気に取られた顔の横島がいた。
「……横島?」
「え、えーと……これで、終わり?なのかな?」
凛の問いかけに自分でも信じられんという風情で首を傾げつつもバーサーカーから目を離さない横島。当然だろう。短期とはいえアシュタロス以来、殺った!と思ったら終わってなかったという奴なぞ幾らでもいた。これが昔なら『わ、わはは〜ざま〜みろ、俺を舐めたのが敗因じゃ〜』とか言ってたものだが、実は終わってませんでした、って時の恥ずかしさときたらない。さすがにそれ位は自習していたようだ。
そして、今回、それは完全に正しかった。
「ふうん、や、やるじゃない貴方。一回だけとはいえ、私のバーサーカーを殺すなんて」
あまりにあっさりしすぎたせいかさすがに驚きの為に口調がどもったイリヤだったが、それでも胸を張りなおしてそう言った。
「一回?」
やな予感。そう言いたげな様子の凛の呟きに。
「■■■■■■■■■ーーーーーー!!」
復活したバーサーカーの咆哮が答えた。
「うおーーーっ、何で眉間貫かれて死なんのやーーーっ!」
一瞬脳裏によぎったのは、まさかこいつデミアンみたいな奴か、というものだった。
デミアン。
アシュタロス戦役において、その初期にやり合った魔族であり、横島が文珠に目覚めて最初の戦いでもある。奴は本体を小さなカプセルという形で持ち歩き、その本体を潰さぬ限り、肉の塊に過ぎない体は不死身という厄介極まりない奴だった。が、これは即座に否定する。何故なら、イリヤはこう言ったではないか。
【一回だけとはいえ、私のバーサーカーを殺すなんて】
そう、それが意味する所は簡単だ。少なくとも死んではいるのだ。が、蘇生した、と見るべきだろう。それが意味する事は命のストックを複数持っているという事。ウルトラマンだってそういうのがあったじゃないか。となれば。
「こいつ命を幾つ持ってやがる!?」
そう、それが問題だ。無限に命を持っている事なんてありえない。だが、これだけの戦闘力(思考を巡らせながらもセイバー中心にバーサーカーとやり合ってはいる…押され気味だが)を持っている相手では、十も二十も命を持たれては厳しい。
「あら、もう気付いたんだ」
面白そうにイリヤが呟く。
横島が言った言葉とそれに対するイリヤの呟きにようやく頭がまともに動き出す。熾烈、苛烈、そうとしか言いようのない眼前の戦闘に目を奪われていた。
これは最早人間の戦闘ではない。
一撃で家すら傾けるような一撃を無造作に放ち、それを受け止め或いは流し、反撃する。無論真っ向やり合ってるのはセイバーであり、搦め手から攻め立てているのは横島だ。セイバーに横島が何か言ってたようで、セイバーも真っ向からとはいえむしろ攻撃回避と受け流す事に専念してる様子だ……それでもきつそうだが。
「私のサーヴァントの本名はヘラクレス。こう言えば分かるでしょう?」
あっさりとイリヤが自分のサーヴァントの正体をばらしてきた。
通常、サーヴァントの素性は隠すもの。これは伝承、神話に名高い英雄程その弱点も知られているからだが……ヘラクレスですって?
ヘラクレス。
ギリシャ神話に名高い最大級の英雄。天空に住まうギリシャ神話の最高神ゼウスと人の間に生まれた半神半人にして後に神々の列に加えられた存在。
そして彼の偉業で有名なのは……ネメアのライオンとかヒドラ退治とか黄金の林檎取って来いとかケルベロス連れて来いとかいった十二の試練。となれば……。
「十二の命…って事?」
あんな化け物を十二回も殺せ、って事?そんな……。
バーサーカーというクラス、これは本来格の低い英霊を狂気によってブーストさせる事で最狂にして最強クラスのサーヴァントとするクラスだ。だが、狂う事で確かに戦闘力は高くなるものの敵味方の区別もつかなくなり、結果マスターでさえ襲われる事態を招き、大抵の場合バーサーカーのマスターは自滅してきた。『私には攻撃するな』と令呪で命じた所で狂ってしまえば、『私』の区別すらつかなくなる。ある意味当然の結末だろう。
だが、ヘラクレスなら……あのゼウスの妻神たるヘラによって送り込まれた狂気によって妻と子を殺害し、それを悔いて十二の試練を成し遂げたヘラクレスなら……?
「拙いわね……」
遠坂凛はそっと呟いた。
実の所、二体のサーヴァントで対抗する戦闘は二体でもってさえ除々に押されていた。
最初の奇襲で命の一つを奪ったとはいえ、本来ヘラクレスはあらゆる武器に優れた英雄だ。その最大の宝具は弓、【射殺す百頭(ナインライブズ)】だがこれは百の目を持つとされた怪物アルゴスを射殺した事に由来する。それを狂っている為に使えないし、その剣技も使えないのは幸いだが、それでも体が覚えているのだろう、こちらの動きに的確極まりない対応をしてくる。
横島はひたすら回避に徹し、打ち合わせる事を避けている。
が、セイバーはなまじ剣の英霊である為だろう、打ち合わせている為に却ってその姿勢を崩したりしている。こんな膂力で振り回してくる相手に真っ向打ち合うのは本来愚の骨頂なのだが……。
俺の攻撃は最初は効いたものの、次に二匹目のドジョウを狙った攻撃は弾かれた。以後は暴風状態な上にセイバーが接近戦闘の距離に入っちまったから俺の腕ではちょっと……。接近戦闘では彼女とあの暴風の隙間を縫って急所に一撃ってのは難しい。うーん、俺とあのバーサーカーだけなら外れても問題ないんだが、誰かいるとなあ……いや、これでも支援はしてるんだが。
別に俺が手抜いてる訳じゃない。
実の所、文珠の効果範囲は案外広い。そしてその範囲内の対象相手には無差別だ。いちいちこれは敵だから味方だからと区別はしてくれない。今『浮』を投げたらセイバーごと浮かせてしまうだろう。姿勢を崩して隙を作ろうにもセイバーにはもう少し離れてもらわないといけないんだが…生憎そんな余裕はなさそうだ。
文珠は本来万能とも言えるアイテムである。
だが、欠陥もある。
それは相手の一定距離内に置く必要がある事だ。この状態ではまず一つはバーサーカーに向け投げる方法。だが、バーサーカーはセイバーと戦闘しながら油断なくこちらに意識の一部を向けている…超一流の剣士とやり合い、尚意識を配れるなぞ矢張り化け物だ。それでも相手が薙ぎ払えば効果は発動するだろうが、それで文珠の力はバーサーカーにばれる。まだ奴の復活の力の全容も分かっていない内から切り札を明らかにするなぞ御免だ。
では転がすか?
これも難しい。いや、転がすだけならともかく、今はバーサーカーとセイバーが激しくやり合っているという事だ。今のセイバーにこちらに意識を向ける余裕なぞあるはずもなく、転がして下手をすれば踏んづけてころりんと後ろに転がるセイバー……駄目だ、んな事になったが最後セイバーの最期だ。
かといって、俺の剣技じゃあ足手まといだし…俺の腕はあくまで我流であって、こんな戦いには入れん。
ならば話は簡単だ。
……滅茶後味悪そうだけど……。
『転』『移』
「え?」
イリヤスフィールは思わず呆けた声を上げた。
この道は然程幅が広い訳ではない。そういう道を選んだ。バーサーカーを越えねば自分の所まで到達出来ず、イリヤ自身も名門アインツベルン直系の魔術師である以上十分な警戒をしていた。が。
今彼女の目の前には赤い刀身の巨大な剣が突きつけられていた。
戦場が止まっていた。
バーサーカーは、誰に命じられるでもなく彼女の方を振り向き動きを止めていた。
セイバーはしかし、騎士の誇りを体現する存在故にこの場面、この状況で狂戦士に斬りかかれなかった。
凛と士郎、二人のマスターは状況が理解出来ていないようだった。無理もない。つい先程の瞬間まで荒れ狂う暴風たるバーサーカーに必死で対抗するセイバーとそれを援護する横島、という光景が広がっていたのに、気付けばその横島が坂の上のイリヤスフィールに剣を突きつけた……チェックメイトな状態になっているのだから。
そしてその横島はというと……困ったような表情で右の人差し指で頬をかきながら言った。
「あ〜…悪いけど、今回これで引いてくんね?」
《後書き》
えーと久々の投稿です。
ちょこちょこ書き溜めてはいたんですが、仕事が決まって(再就職です)働き出した為に忙しくて疲れて……慣れてない仕事ってのは疲れますね〜…。
さて、今回のバーサーカー戦はかくなる次第となりました。
まあ、こんな所でイリヤはいなくなったりしませんが……次回の更新はしばらく間があきそうです。ちょこちょこ書き溜めながら進めていきたいですねえ……Fateのアニメももうそろそろ終わり。ってか自分の住んでる所では明日の夜で最終回ですよ。
>匿名さん
失礼、修正致しました。
>なまけものさん
ん〜…イリヤが勝った場合と負けた場合…?実の所、あれからなかなか落ち着いてする時間がなくって…士郎&セイバー、綺礼&金ピカ&ランサー、桜&ライダー、凛&アーチャーはクリアしたんですが、そこで止まってしまってます……。
BACK< >NEXT