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「新たなる物語 その2 (まぶらほ+クリス・クロス)」

タケ (2006-06-16 09:54/2006-07-14 20:48)
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私立葵学園の学生寮、彩雲寮は古い。
その為防犯設備に難があり、外部からの進入は難しくは無かった。
和樹が朝霜寮と合体させた時にも、予算を浮かせる為か改善していない。
特に裏口の鍵が錆付いており、掛けるのが面倒な為、しばしば開けたままにされていた。
その日の夜、不審者が進入と脱出の経路に使ったのは、此処だった。

最初に気付いたのは偶々部屋から出た2年生で、廊下の隅で蠢く黒い影を目撃している。
時刻は深夜2時10分。彼は「影はどうもスカートをはいていたみたい」と証言した。
侵入者は2階に向かったらしく、2時12分には3階で寝ていた生徒が、
「人が暴れるような」物音を聞いたと言っている。
その後、「うめき声」の様な声を複数聞いたらしい。
その後の調査で2階の一番端の部屋を狙った事が判明した。

変化が起きたのは2時30分頃。
寮内で閃光と共に轟音がわき起こり、半数以上の学生が跳ね起きた。
目も眩む様な光が数秒続き、慌てて飛び出した学生は廊下でしゃがむ事しか出来なかった。
侵入者達はその隙に逃走した筈だが、おかげで目撃例がない。


翌日、警察の捜査に先立って、教師の立会いの元、現場検証を行なった。
その結果、襲撃された部屋で複数の靴跡が見つかったが、特に争った跡は見られなかった。
ただ、この部屋には壁や天井等の至る所に金具が取り付けられていた。
最近取り付けられた物のようだが、用途は不明である。

足跡の数と大きさから賊は恐らく3人以上、それも女性だと推察された。
また、何故か現場には女性用のカチューシャが3本残されていた。

部屋で寝起きしていた学生の姿もなかった。
単なる行方不明ではなく、誘拐事件である事が想起された。

この部屋は212号室―――学生の名前は式森和樹といった。

因みにこの日は和樹がメイド達と再会した2日後、主人になるかの回答日の前日だった。


まぶらほ 新たなる物語

第3話


(………?)

ふと目が覚めた。ゲイルと同化した事で、以前より気配に敏感になっているのだ。
この部屋に近づく人間がいる。数は足音から5,6人程度。
素人ではない。何らかの訓練を受けた者の動きだ。

………どうでもいいけど、何で僕はこんな事まで解る様になったのだろう?
便利だからいいけど、どんどん変人になっていく感じがする。

それはともかく。

襲撃者である可能性が強い。また賢人会議の連中か?それとも別口か?
まあ、どちらでもいい。こんな時間に連絡無しに来訪する奴等に碌な奴はいない。
研究中の『ジグザグ』を試すのにいい機会だ。

僕は忍者の姿に変わる。ただし手袋がいつもと違っている。
その手袋には何重にも何十重にも、十重二重と鋼糸が巻きついている。
『ダンジョン・トライアル』のプログラマーが忍者に思い入れが合ったのか、
『管理人』のサービスかは知らないが、いくつか裏アイテムと技能が眠っていたのだ。

手袋に巻きついている鋼糸を、壁や天井等に取り付けておいた金具に引っ掛けていく。
蜘蛛が巣を作るかのように鋼糸を張り巡らせていく。もしくは綾取りか。

準備は整った。後は獲物が掛かるのを待つだけ。


待つ事しばし。足音が僕の部屋の前で止まった。息遣いから6人と確信する。
ドアが開き、まず3人が飛び込んできた。僕が起きているのを見て、驚いている。

侵入者達はメイド服を着ていた。どうやらMMMの関係者らしいな。
手にはロープや目隠し用の布を持っている。武器は持っていない。
暴れられると思ったか、残りの3人も部屋に入って来る。こちらは拳銃を抜いている。
入ると同時にドアを閉める。音が外に漏れない為の処置だろう。

入ってきたメイドは内5人は日本人ではなかった。残りの1人には見覚えがある。
MMM東京支部で作戦室に案内してくれたメイドだ。
全員僕を不振そうに見ている。まあ、忍者の格好をしているもんな。

「夜這いにしては乱暴だね。平和的に話し合いと行かないかい?」

僕の軽口に後ろのメイド達が銃をこちらに向け、前の3人がにじり寄ってくる。
ため息をついて、僕は両腕を振り上げた。

ひうんひうんひうんひうん―――

子供が泣くような音がして、視認出来ない鋼糸が彼女達に飛んでいき、身体にまとわりつく。
それを確認し、僕は楽団の指揮者のように。指を喰いっと振り上げ―――終っと降ろした。
同時に彼女達の身体はびいんと空中で動きを止める。
彼女達は全身の至る所に巻き付けれた鋼糸で締め上げられ、完全に死に体となった。

「ぐっ………」

「うう………」

「今すぐ武器を捨てろ。これの目的が捕縛のみだと思うなよ。
 その気になれば、人間の体くらい解体できる。否とあれば、身を持って証明してやるよ。」

にっこりと微笑みながら、指を小刻みに動かす。鋼糸が更に強く締め上げてくる。
それは重刑者の拘束具の比じゃない。肉に糸が食い込んでいるから、かなり苦しそうだ。

「生憎と僕は、自分に武器を向けた人間は許さない。老若男女、誰であろうとね。
 勿論メイドだからって曲げる気は無いよ。」

その言葉と共に放った殺気で本気と解ったのか、ガチャガチャと銃を床に落とす。

どうも忍者装束になると性格も大分黒に近づく気がするな。
変身が原因の意識変化か僕の隠された人格なのか………後者だと嫌だな。

「じゃあ、僕を拉致して何処に連れて行く気だったかを教えてもらおうか。」

僕はMMM東京支部のメイドの所に行き、情報提供を求めた。
しかしそっぽを向いて、目を合わそうとも口を開こうともしない。

だが甘い。僕は村正を抜くと彼女の顔の前に突きつけた。
その途端に彼女の身体が震え出す。村正の妖気に怯えているのだ。
流石、紅尉先生にすら冷汗を流させる妖刀。彼女が全面自供するのに1分も掛からなかった。


「君達の上司はシンシア大尉。第二装甲猟兵侍女中隊の中隊長で、MMMの幹部に仕えている。
 駐屯地はイングランド、ノーフォークのブレイクニー近郊にあるボーンシャー城。
 目的は僕をMMM上層部が必要としているから、拉致して連れて来る事………。
 ………まるっきり犯罪行為じゃないか。命令した人間の人格を疑うよ。
 メイド達が全て仕事に誇りを持っているのじゃなく、リーラ達が特別なのか。」

メイドにもピンからキリまであるようだ。上に言われるままに犯罪にすら加担する者もいる。
それは奴隷根性であって忠誠ではない。リーラ達とは大違いだ。

やっと決心が付いた。僕は、僕を必要としてくれる彼女達と共に生きる。
守り守られ、足りない所を補い合って、お互いが幸せになれるように努力しよう。

「我々を侮辱する気か!?」

「何処の世界に、ただの民間人を誘拐するメイドがいるんだい?君達は奴隷か人形かい?
 主人が間違った道に進まないように修正する事こそ、メイドの責務じゃないのか?
 黙って言われた事を聞くだけなら、ゴーレムと大差無いじゃないか。」

「くっ………!」

「まあいいや。それじゃあ、ボーンシャー城に行ってみようか。」

「何だと!?」

「このままだと君達は任務失敗。待っているのは降格か免職。この場で斬殺って選択肢もある。
 でも、僕が付いて行けば一応は任務達成だ。実は僕も会ってみたいんだよ、その愚か者に。
 さあ、どうする?………村正で斬り殺せば死体は残らない、遠慮なく殺れるよ。」

「そんな事が………「出来るそうです。」何!?」

外人メイドの言葉を遮って、東京支部のメイドが話し出す。

「2日前に彼を襲って来た連中を斬り殺したら、魔法回数を使い果たした様に塵になったと。
 あの2人が、そう話してました。その時は嘘だと思ってましたが………。
 既に私達の命は彼に握られているんです。
 私は………いくら上の命令でも、こんなテロリスト紛いの仕事で死にたくありません。」

「………………。」

全員項垂れてしまった。ようやく観念したようだ。

「沈黙は肯定とみなすよ。………着替え位は持っていこうか。」

着替えをまとめて、リュックにしまう。

準備が出来たので、変身を解除する。それと同時に鋼糸の結界も消失する。
メイド達が体制を崩して、倒れこむ。うまく身体が動かないようだ。

「立てるかい?」

差し伸べた手をおずおずと握り返してきた。力を入れて引き起こす。

「脱出方法は?」

「貴方を運び出すのに手間取ると思いましたから、閃光手榴弾で混乱に乗じて………。」

「まあ、それでいいか。」

そして僕達は、閃光と轟音に驚いて蹲る生徒の横を全力で駆け抜ける。
僕がトップを走っていたのは余談だ………だって彼女達、足が遅いし。

裏口に止めてあったワゴンに飛び乗る。
東京支部のメイドが運転席に座り、アクセルを目一杯踏んで、走り出した。


あ、そうだ。リーラに連絡しておかないと。寝てたらごめんね。

(リーラ、リーラ………。)

(式森様?どう為されたのですか?今、そちらは真夜中の筈です。)

(実はMMM上層部が………(中略)………と言うわけでボーンシャー城に向かっている。)

(何故、そんな危険な真似を………!!今すぐ手勢を集め………!!)

(リーラ、僕は自分の生活を他人に踏み荒らされるのが1番嫌いだ。それを思い知らせてやる。)

(式森様!?)

僕の怒りが伝わったのか、リーラが息を呑むのが解った。
ほんと、最近は夕菜達に常時やられていた事が酷く気に障るのだ。

(………第二装甲猟兵侍女中隊の規模と奴らの主人の情報って解る?)

(はい………。)

リーラから必要な情報が伝わる。ふむ………。

(リーラ、第二装甲猟兵侍女中隊も魔法は使ってこないのかな?)

(彼女達はハーグ陸戦法規に忠実です。それに我々メイドは殆どが魔法を使えませんし。)

やはりそうか。それなら装備は戦車やヘリだろう。ならば対処方法もある。

(第五装甲猟兵侍女中隊中隊長、リーラ大尉。数日の内に中隊を実戦可能な状態にしておいて。
人数は今のままで構わない。それから、この2日間で転属を希望した者は?)

(人数に変化はありません。セレンとネリーが東京支部に居りますが、呼び寄せましょうか?
私を含め現隊員88名ならば、2日以内にボーンシャー城に進軍可能です。)

(セレンとネリーに合流するように連絡。相手が僕に対し、あくまでも非礼な態度で対応した場合。
3日後に第二装甲猟兵侍女中隊に対し、報復措置を行なう。)

(!?………ですが相手は我々の約2倍、地の利もあちらにあります。それに式森様の救出が…。)

(君達は鎮圧を手伝ってくればいい。僕が中から叩き潰す。)

(無茶です!)

(トロイの木馬だ。あいつ等の行動が裏目に出るのさ。爆発音が聞こえたら、僕と合流してくれ。
僕が身に付けた力は、生憎とハーグ陸戦法規で定義された魔法とは違うからね。
それに非はあちらにある。拉致監禁は紛れも無い犯罪行為だ。テロリストに人権は無い。)

(確かにそうですが………。)

(勿論、メイドを殺したりはしない。『戦闘オプション』の『非殺戦闘』を用いる。
それを見て、君達が判断して欲しい。僕が君達の主人に相応しいかを。)

(し、式森様!!それでは!!)

(君達は僕を僕のままで認めてくれた。君達が僕に本気で仕えてくれるのなら、僕が君達を守る。
僕は君達の信頼を裏切らない。足りない所は補い、共に苦難を乗り越え、幸せを分かち合いたい。)

(光栄です………。)

(これが僕の誓約だ。君達さえ良ければ、3日後に全員の前で………。)

(ありがとうございます、御主人様!今の御言葉をそのまま全ての者に伝えます!お気を付けて!)

(解った。………ところでそのまま伝えるって?)

(御主人様の持つ指輪は私と感応する事が出来ます。私の指輪はそれを受信するだけです。
その代わりに念話を記録し、音声として再生する事ができます!)

(………まじ?)


しばらくして、車が止まった。

「ここでヘリに乗り換え、空港に参ります。御準備を願います。」

「解った。」

車はまるで逃げるように遠ざかっていった。脅しすぎたかな?

僕は外人メイドと共にヘリに乗り込む。対応は客人扱いとなっていた。
気持ちの切り替えが早い事は賞賛に値する。

因みにさっきからの会話は全て英語である。
前の僕では会話などほぼ無理だが、実はユートのプレイヤーは英語ペラペラだったのだ。
彼等の知識とはリンク出来るので、色々な知識が増えてしまった。
おかげで日常会話なら不自由しない。その内、ドイツ語も覚えようか。


空の旅はなかなか快適だった。一応食事も出たし。
と言っても、殆ど寝ていたんだけどね………短剣を握ったままで。
何度か物音で目を覚ましたけど、メイド達が硬直しているだけで危害は加えられなかった。

「あのー。申し訳ありません、式森様。」

「何?」

1人のメイドが恐る恐る声を掛けてきた。

「もうすぐ目的地に到着します。
 それで、一応拉致した事になっているので、縛られて頂くと助かるんですが………。」

確かに堂々と降りては変だな。

「それじゃ、腕を縛って構わないよ。………ただし、変な真似をしたら地獄を見るよ。」

「「「「「は、はい!!!」」」」」

というわけで、僕は後ろ手に縛られて自分で歩きながら、初めてイギリスに降り立った。


着陸場には10数名のメイドが待ち構えていた。

その中に1人だけ赤いカチューシャをしている女性がいた。
リーラと同じ色だから、多分彼女がシンシア大尉なのだろう。

くせのあるブロンドの髪で、ブルーの瞳の持ち主だ。
眼鏡ときちっとした雰囲気の所為か、女教師のようにも感じられる。
ただ、細身の身体と整った顔立ちは、文句無く美しかった。

「ご苦労だったな。しかし、随分丁重に連れて来たものだな?」

僕の方をジッと睨んでいる。値踏みしているのか?

「初めは抵抗されたのですが、交渉と言い出し、大人しく同行すると申されまして。
 その代わりに客人として扱えと………。」

「まあ、いい。………ようこそいらっしゃいました。」

敬語は使っているが、やけに素っ気ない。仕方なく、と言う感じだ。

「で、僕に用があると言うあんたの御主人様は何処だい。中隊長殿。」

「調査書と違って、中々肝が据わった方の様ですね。
 察しの通り、第二装甲猟兵侍女中隊の中隊長を務めます、シンシアと言います。」

「リーラと同じ色のカチューシャだからね。………質問に答えてくれない?」

「御主人様はロンドンに居られます。貴方も1週間後にお連れいたします。」

「ロンドンと言うと、MMM上層部の命令と言う事か。
 じゃあ、僕はそれまで何処に連れて行かれるんだい?」

「我々の部隊が駐屯しております、ボーンシャー城にて過ごして頂きます。
 御同行願います。」

「いいよ。ただし、後悔しないといいね。」

「愉快な事を仰いますね。援軍を期待しても無駄ですよ。」

丁寧な態度で隠しているが、明らかに僕を馬鹿にしているな。
大体、人を呼んでおいて、その態度は許せない。たっぷり後悔させてやる。


僕が連れて行かれたのは、正真正銘の古城だった。
ドラマに出てくる様な、ヨーロッパ中世のお城である。

でかい。とにかくでかい。

城の壁は表面を滑らかにした石壁で造られている。
その周囲をぐるりと外壁が取り囲んでいる。
巨大な石で組まれていて、やたら頑丈そうだ。
門だけは木で造られているが、大きな木材で閂がしてある。

しかも城の周囲には何も無い。回りは平地と草地、後は奥の方に森が見える。
成程、ここなら派手にドンパチをしても、文句は言われないだろう。
駐屯地に選んだ理由が良く解った。

僕が今いる部屋は簡素な部屋だった。
中央にベット、枕元にはサイドボードが据えられていて、水差しとコップが載せられている。
あとは窓があるだけで、他には何も無い。壁も床も天井も全て石で出来ている。

食事はさっき食べた。
まあ、1人暮らしの学生が食べるには御馳走と言っても良い物だった。
だが、結論は既に出た。今後の為にも、しっかりと記憶に刻み込ませてやる。

腕時計で日付と時間を確認する。僕の時計は日付と時間が表示されるものだ。
時差を考えて、ヘリから降りる前に時刻を合わせておいた。

そして、リーラに連絡を入れる。

(リーラ、聞こえる?)

(はい、聞こえます。御主人様。)

(出来れば名前で呼んで欲しいな。)

(こう呼ぶ事で、式森様が我々の本当の御主人様になられた事を確認したかったので……。)

(今は2人だけなんだし、名前で呼んでくれない?少しずつ慣れていくから。)

(………………では和樹様でよろしいでしょうか?)

(助かるよ…中隊の皆はどう?)

(和樹様の誓約の言葉に皆感動しまして、半数以上が思わず泣き崩れてしまったほどです。
我々の結束は以前よりも強くなったと確信しております。)

(………進軍の準備は大丈夫かな?)

(順調に進んでおります。移動用のヘリも手配済みです。)

(2日後の夜に行動を起こす。それで頼みたい事があるんだけど………。)

(………………解りました、お任せください。御武運をお祈りします。)


哀れなり、第二装甲猟兵侍女中隊のメイド諸君!
君達の上官のシンシアは、とても軽率な事をした!貴方達はその巻き添えを受けるのだ。
連帯責任と言う奴だ。恨むなら主人を、シンシア大尉を大いに恨むが良い!

だが、結果は変わらない。君達は当分ベットから動けなくなるが、仕方が無いのだ。
唯々諾々と従うだけがメイドではない。間違いを訂正しなかった者にも責任があるのだ。
次回、大後悔が君達を待っている!!!

続く


まぶらほ 新たなる物語

第4話


伝令のメイドに来訪者が来たと告げられたシンシアは、
外での新兵訓練の見学を中止し、城内に移動する。

執務室の扉を開けたシンシアは、不意に顔をこわばらせた。
中にはメイド服の女性が1人居た。

「………お前か。」

「邪魔している。」

第五装甲猟兵侍女中隊中隊長のリーラは、低い声で返事をした。
シンシアは椅子に座り、腕を前で組んだ。

「何の様だ。」

「式森様をお連れしに来た。」

リーラの視線は冷たく、友好的なものではない。

「あの方は、我々の御主人様だ。」

「連れに来た、か。本部の許可は受けているのか?」

「必要ない。御主人様であれば充分だろう。」

「なら駄目だ。」

シンシアの返答に、リーラの顔色が変わった。

「何故だ。」

「MMMの本部は、あの男を必要としている。日本から連れてきたのもその為だ。」

「御主人様に勝手な事をするな!」

リーラが机を叩く。整頓された室内に、鈍い音が響いた。

「傷つけるような事でもしたら………!」

「無事だ。これからは知らんが。」

馬鹿にしたように言うが、リーラは怯まなかった。くっつけんばかりに顔を近づけてくる。

「なら面会させてもらうぞ。」

「それも駄目だ。何をされるか解らん。」

「メイドが御主人様に会うのも認めない気か。」

「誓約は完了していないのだろう?」

シンシアは痛い所を付いたと確信した。だが、リーラは微笑を返す。

「この指輪を知っているか?」

「『伝心の指輪』………まさか!?」

「東京支部のスパイから聞いたろ。私達はこれを式森様に預けた。
 そして、3日前に誓約を頂いた。この方法は過去にいくつか前例があり、有効だ。
 何なら、お前にも聞かせてやろうか?」

「………結構だ。」

今まで薄笑いを浮かべていたシンシアが、初めて余裕を失った。
だが、それも一瞬の事。すぐさま強気の顔に戻る。

「お前が日本に行き、式森様を誘拐した事は知っている。
 いつからMMMは誘拐産業に手を出すようになった?」

「私の行動方針に口を出さないで欲しいな。」

「では、MMM上層部が命じたのではなく、お前が誘拐と言う手段を選んだという事か?」

「ふん………これが1番確実だったしな。」

「………話しても無駄と言う事か、シンシア。」

リーラは服の乱れを直すと、シンシアに背を向けた。
その後姿に声を投げ掛ける。

「真っ直ぐ帰れよ。余計な事をしない様に。」

「………そっちもな。最後に忠告だ。お前はきっと後悔するぞ?」

「脅迫か?私の手勢は今のお前の約2倍、しかも地の利はこちらにあるのだぞ。」

「お前の行動はテロと変わらない。負ければ責任はお前に行くぞ?」

それだけ言うとリーラは部屋から早足で出て行った。


シンシアは足音が遠ざかったのを確認した。しばらく黙考して、それから呼び鈴を押す。
しばらくすると、メイドが1人入ってきた。

「お呼びでしょうか?」

「ああ。式森は何をしている。」

「大人しくしているようです。食事を残したりはしていませんので、健康でしょう。」

「精神状態は?」

「何度か覗きましたが、いつも瞑想をしています。問題は無いでしょう。」

「そうか。では、ロンドンまで移送する。準備をしろ。」

「はい。しかし、本部からの命令では1週間後であると………。」

「邪魔が入ると困る。本部には私から連絡しておく。ああ、それと」

しばらく躊躇った後、シンシアは告げた。

「リーラの居場所を確認しておけ。必要があったら、すぐに呼べるように。」

「はあ。でも、リーラ大尉は既にこの城から立ち去りましたが。」

「何!?」

「早足で門の前まで行き、迎えの車に乗って、そのまま去って行きましたが。」

「………考え過ぎか?解った、下がってよろしい。」

メイドは敬礼をして去り、シンシアは執務室で1人になった。
予定を繰り上げたので、やる事は沢山ある。やがて立ち上がると、部屋から出て行った。


こつこつと扉が叩かれる。頑丈な樫の木で作られているので、音は鈍かった。

シンシアの足音と気配は、この2日間で覚えていた。リーラが上手くやったようだ。
リーラが刺激すれば、彼女はすぐに行動を起こすと思っていた。

「入っていいよ、シンシア。」

何せ鍵は外から掛けられているので、駄目だといっても無駄だし。

扉が開くと、予想通りシンシアが立っていた。僕は窓の側にいて、充分な距離を取っている。
シンシアが少し躊躇いつつ、部屋の中に入ってきた。

「失礼します………何故私だと?」

「リーラを呼んだのは僕だから。」

「『伝心の指輪』ですか………外して貰うべきですね。渡してくれませんか?」

丁寧だが命令口調で、シンシアは僕の方に近づいてきた。
ちらりと腰の拳銃を見せて、促す。

「お断り。そろそろ日本に帰らないとね。帰らしてもらうよ。」

「………脅しだと思いますか?」

薄笑いを浮かべつつ、腰から拳銃を抜いて僕に狙いを付ける。
さて、それでは始めようか。

「ミッション・スタート!戦闘オプション、『非殺戦闘』選択!」

僕の胸元の勾玉が5つとも眩い輝きを放つ!

シンシアがその光で一瞬僕を見失った。予想通り、この状態で銃は撃たない。
彼女の任務は僕をMMM上層部に引き渡す事。即ち今は僕を殺せない。それが好機!

かきぃぃぃん!

彼女の隣に『聖戦士:リリス』が現れる。
同時に抜き放った『氷結剣』が拳銃を弾き飛ばす。

「『電撃』!」

僕の傍に現れた『魔道士:ユート』の杖の先から、緑白色の稲妻が一直線に迸る。

「きゃあっ!」

見かけに寄らず可愛らしい悲鳴を上げると、シンシアは気を失い倒れ伏した。
その身体を鋼糸で念入りに縛り上げる。

「『雷撃』!」

「「「きゃあっ!」」」

いつの間にか6名のメイドが拳銃を抜いて、部屋に入ろうとしたが、
待機していた『騎士:ジャスティ』の『雷神剣』から迸った無数の稲妻に絡めとられ、失神した。

「人間相手に魔法攻撃も気が引けるわね。」

ジャスティの後ろに現れた『賢者:ミナ』が、僕の方に笑いかけてくる。

「先に敵対したのはあいつ等さ。それに『非殺戦闘』を宣言したし、気を失っただけだよ。」

『非殺戦闘』は『戦闘オプション』の1つだ。
普通は剣で斬ったり攻撃魔法が直撃すれば、命を失う可能性が高い。と言うか普通死ぬ。
故に殺さずに敵を倒すのは非常に困難なのだ。余程の実力と戦力に差が無い限り、実行できない。
だが、皆を召還する際に『非殺戦闘』を選択すると、相手は『何故か』死ぬ事が無くなる。
剣で脳天唐竹割りを喰らっても、脳震盪を起こして気を失うだけなのだ。
痛みと衝撃が酷く、半月は動けなくなるけど命に別状も後遺症も無いと言う便利な方法だ。

改めて僕は皆を見る。生き生きとしたみんなの姿を見るのは何時以来なのだろう?
皆は戦闘終了後に強制的に眠りについてしまう。ゲイルに至っては会話自体無理なのだ。
それでも共に戦える事を喜びながら、僕は皆にマスターとして、リーダーとして指示を出す。

「ミナ!個人対象で全員に『硬化呪』を。その後は状況に応じて、でも『治癒』優先で。
 ユート!長期戦を想定しつつ、大人数を対象に派手に頼む。相手の士気を奪うんだ。
 ジャスティ!先陣を頼む。防御力は大した事はないから、『雷撃』も存分に使ってくれ。
 リリス!ミナとユートは僕が守るから、ジャスティと前衛に。戦場を思いっきり掻き回して。
 僕はミナとユートを守りつつ、状況に応じて前衛に合流する。何か意見は?」

「結構よ。派手に行きましょう。」

この部屋に近づく足音が聞こえる。魔法の音に気付いたのだろう。

「ミッションのクリア条件は、メイド達全員を戦闘不能にするか、士気を奪い屈服させる事!
 相手の数が多いから、決して散らばらない様に!」

久し振りの、僕にとっては初めての戦闘だ。昂る高揚感を押さえつつ号令を出す。

「我らの前に立ち塞がる全てを噛み砕け!ブレス・オブ・ファイヤ!」

僕の叫びと共に、中世の戦場が数百年振りにこの地に出現した。


城内から非常事態を告げるサイレンが響き渡る。それに呼応した様に、城の石壁が内部から砕ける。
サブマシンガンの銃撃音が甲高い悲鳴と共に木霊する。

「非常事態用のサイレンに、城の石壁の爆発を確認。これより我々もボーンシャー城に進軍する。
 門から脱出する第二装甲猟兵侍女中隊のメイドには威嚇射撃を。投降者は捕虜として丁重に扱え。
 これは報復措置であって虐殺ではない。」

「………アレだけの大騒ぎで、本当に死人がいねえのか?」

「確か城内では魔法を封じられる筈なんですが………爆薬とも違いますね。」

「城の中では戦車やジープは勿論、下手に重火器も使えないでしょうし、あちらも災難ですね。」

「かと言って、外から城に砲撃を掛けるわけにもいかないでしょうし。」

「自分の城を自分達で破壊しては、本末転倒ですわ。」

「せっかくの忠告が無意味になったな。
 我等の御主人様に逆らって、生きているだけでもありがたいと思え。」

和樹の命を受けて城の近くに待機していた第五装甲猟兵侍女中隊、総勢90名は、
ボーンシャー城から聞こえる破砕音と悲鳴に同胞を哀れみつつ、進軍して行った。


「しかし凄いよ。堅固な石壁が砕けちゃうんだから。」(ユート)

「氷結魔法を掛けた所に爆炎魔法を打ち込む。
 とどめに『雷撃』と『火炎弾』だものね。」(リリス)

「所詮は石造り。急激な温度差の前には脆い物よ」(ミナ)

「石壁の破壊はもういいだろう。別に城を破壊するのが目的ではないんだ。」(ジャスティ)

「そうだね。じゃあ、報復措置を続行するよ!」(和樹)

僕達の攻撃はかなり激しい筈だが、この部隊は予想以上に士気が高い。
そこで、メイド達の第一陣を倒した後、相手側の士気を下げる方法を考えたのだ。

篭城した軍勢を落とすには3〜5倍の戦力が必要とされる。つまり守る側が圧倒的に有利である。
逆に城が大きなダメージを受けるのは全滅する場合だ。
つまり、城が無事なのは防御側の人間にとっての支えとも言えるのだ。
だから城の壁をぶち壊して心の支えを崩し、彼女達の戦意を喪失させようと考えたのだ。
これで5回目。この城の中では魔法が封じられるが、それはこの世界の魔法である。
僕達の魔法は万能性では劣るが、その代わりに制約は殆ど受けない。故に只の石壁に過ぎない。

轟音に慌ててやって来たメイド達も、一部は顔を青ざめさせて逃げ出した。
残ったメイド達も腰が引けている。

「逃げるなら、表門から脱出しろ!逃げる者は攻撃しない!」

僕の叫びに、更に数名が逃亡を図る。

「こら、敵前逃亡は………ぎゃっ!」

「僕達としては徹底抗戦する君達の方を重点に倒していくよ。
 その真面目さを常識的判断に使って欲しかったんだけどね。」

逃亡する仲間に銃口を向けた上官のメイドを、村正で切り伏せる。
メイド服が切り裂けて倒れ伏すが、別に斬られた傷も出血も無い。衝撃で気を失っただけだ。
それを見て、残っていたメイド達は我先にと逃げ出すが、気絶した上官を運んでいくのは流石だ。

実行している本人達が言う台詞では無いが、この報復は正に一方的であった。
こちらは『非殺行動』のお陰で遠慮なくたたっ斬れるし、魔法を打ち込める。
剣の一太刀、魔法1発で相手は簡単に気絶する。広範囲の魔法なら、1度に10人は倒せる。
『硬化呪』で防御力を高めている為、ユートやミナでも拳銃弾くらいではダメージを受けない。
ジャスティに至っては、機関銃の直撃でもよろめいただけである。

しかも相手は使える武器が限られている。本来、屋外の敵に対して戦車や重火器で応戦する。
攻城戦では、城に入られる前に叩くのがセオリーだ。と言うか、その時点で負けだ。
しかし僕達は城の内部でメイドを倒すのに専念し、外には出てこない。
よって、城内で数に任せて小火器を使用する以外の行動は取れないのだ。
その結果、気絶するメイドがどんどん増えていくという訳である。


「止まりな!」

気絶者を背負って正門まで逃げてきた10数名のメイド達に対し、
セレン指揮下の30名のメイドがライフルを向ける。

「ほら、武器を捨てな。あっちでお仲間達が気絶者の治療に当たっている。
誰も命に別状は無いから安心しな。」

セレンの言葉に、第二装甲猟兵侍女中隊のメイド達は即座に銃を投げ捨てる。
そして一礼すると、セレンが指差した方へ同僚を運んでいく。
あちらからも運ぶのを手伝いに10名ほどがやって来た。
手伝いに来たのは、第二中隊と第五中隊の両方のメイド達だ。
上の意向はともかく、元は同じ道を選んだ者達。怪我人が出れば治療するのは当たり前だ。

「えーと、今の奴らで何人目だ?」

「これで117名です。セレン中尉。」

「ネリーか。薬の在庫はまだあるのか?」

「リーラ隊長の命令で、ありったけ持ってきましたから。それに殆どが打ち身や打撲ですし。」

「服は切り裂かれたり黒焦げになったりしているのに、出血は殆ど無いからな。
 酷い奴でも骨にひびが入っているくらい。痛みは在る様だから、鎮痛剤が足りるかだが。」

「衛生担当の者の中に、薬を持って投降した者がいます。何とかなるでしょう。」

「しかし。アレをやってるのが、あの坊やとはね。見ていたあたしでも未だに信じられないよ。」

「死人は誰1人出ていませんし、捕虜達も感謝している者達が大半ですよ。ただ………。」

「どうした?」

「シンシア大尉や彼女達の主人を恨んでいる者達が多く居ますね。」

「まあ、あの2人の責任だからな。私刑を行なわせないように隔離しないと。
 そういや、シンシアの奴はまだ城の中か?」

セレンはボーンシャー城を見上げた。あの堅固と謳われた城の壁には、5つほど大穴が開いている。
向こうに目をやると、ついさっきまで元気に仕事をしていた第二装甲猟兵侍女中隊のメイド達が、
気絶者を看護したり、ぼんやりと空を見上げたりしている。

まさに、兵共が夢の跡、とでもいえそうな雰囲気だ。哀れみすら掛けたくなる。
既に勝敗は決している。後はあちらが我々にどう落とし前をつけるかだ。

「早く終わらして、タバコを存分に吸いたいよ。誰か持ってないか?」

ポケットに入れておいたタバコは後1本しかない。
すると、第二装甲猟兵侍女中隊のメイドが1人やって来て、タバコの箱を差し出した。

「………そちらの寛大な態度に感謝する。今はこんな物しかないが。」

「サンキュー!」

そのメイドが渡してくれた、かなりの本数が残っているタバコをいそいそとポケットにしまい、
セレンは自分の最後のタバコに火を付けた。

「お前もどうだ?」

「勤務中は禁煙だろう。」

セレンが一本勧めると、彼女は苦笑しつつも受け取った。ネリーも特に指摘はしなかった。


時計を見ると、決行から既に30分が経過していた。しばし休息を取る。
戦闘で負った傷を『治癒』したり、魔力回復薬で魔力を補充する。

魔力回復薬はパーティ共有のアイテムで、ストックが3本しかないのが欠点だ。
使い切った場合、1本補充させるのに1日掛かるので、多用は厳しい。
今回はそれほど消費していない為、ユートとミナで1本を分け合った。

既に半数以上のメイドが気絶している筈だ。50名以降は数えていないので多分だが。
最初にシンシアを気絶させたので、統制があまり取れていない。
水色のカチューシャは確か小隊長だった筈なので、見つけ次第気絶させた。6名だったか。

さっき休憩していた時に8名のメイドが部屋に突入してきたが、
念の為に張っておいた鋼糸結界に全身を絡め取られてしまった。
面倒臭いので放って置いたが、逃げ出しただろうか?

(リーラ、そちらはどう?)

(和樹様、御無事なようですね。こちらは投降して来た者達を捕虜としています。)

(双方で怪我人は居るかい?)

(我々の方は銃で威嚇するだけですから、誰も負傷しては居ません。
あちらのメイド達も気絶者を運び出してくれました。
気絶者の中にはもう目を覚ます者も居ります。重傷と言える者は誰一人居ません。)

(全員で180人だと思ったけど、そちらの捕虜は何人居る?あと、シンシアは来ているかい?)

(お待ちください。………………全部で141名です。シンシアは居りません。)

(あの部屋に置き去りにされたかな?見てくるよ。じゃあ、悪いけど手当てをお願い。)

(かしこまりました。)

リーラとの念話を切る。

「1度最初の部屋に戻るよ。シンシアがまだあそこに居るかもしれないし。」(和樹)

「一番最初に気絶させたのに、運ばれて来ていないの?」(リリス)

「忘れられたとか、見捨てられたとか?」(ユート)

「案外もう立ち直って、隠れているとか?」(ミナ)

「それは無いだろう。防具無しに『電撃』を食らえば行動不可能の筈だ。」(ジャスティ)

「とにかく移動するよ。」(和樹)

そうして、回復した僕達は最初の部屋へと移動した。


「………ほんとに居たし。」

「「「「………………。」」」」

最初に気絶させて縛った時と同じ状態で、シンシアは倒れていた。
次に倒した6名のメイドも同様に転がっている。

「リリス、シンシアに『治癒』をお願い。動けるくらいでいいから。
 ミナはその6人に『大治癒』を。」

『治癒』は1人しか回復できないが、『大治癒』は多人数に効果がある。
その分、1人の回復量は少し低くなるが、動けるようにはなる筈だ。
後はシンシアに敗北を表明させれば、報復は終わりだ。

「うう………式森…様!?」

「おはよう、シンシア。早速で悪いんだけど、君の負けだ。」

「何だと!………くっ、解け!」

「第二装甲猟兵侍女中隊は、ほぼ全滅………別に殺してなんか無いよ。
 8割は外で捕虜として扱っている。残りは君の敗北表明の後、保護しよう。
 僕達は君と違って、好んで犯罪に加担したいわけではない。」

「リーラか!第五装甲猟兵侍女中隊を動かしたのか!」

「間違ってはいないけど、別に彼女達は戦わせていない。僕達で片を付けた。
 これは僕を侮辱した君達への報復措置だ。」

「ハーグ陸戦法規を無視して魔法を…「使っていないさ。」…何!?」

「それは君の方が解るだろう?
 この城にはあちこちに魔法を封じる円陣と材質が仕込まれている。
 進入防止及び中で魔法を行使させない為にね。
 故に僕達は『君が言うような魔法』を使用していない。」

「ならばどのように!」

「何処に教える義理がある?君の中隊に報復したのは、君が僕を拉致監禁したからだ。
 それに主人である僕を尋ねてきたリーラにも逢わせてくれなかった。
 そして、君は誘拐を命じたとリーラに証言しているよね。
 君の部下は君をかなり恨んでいるらしいよ。意地を張っても、誰も得をしない。
 まだ部下を思う心があるなら、負けを認めるんだ。」

「………………了解した。すまないが伝令を頼む。
 『我々の敗北だ。速やかに負傷者を城内に移し、手当てを。』と。」

シンシアは肩を落として、側にいたメイドに伝令を頼んだ。
あの気の強い姿が嘘のように気落ちしている。

僕は彼女の身体を拘束していた鋼糸を外してやる。

「伝令追加。『第五装甲猟兵侍女中隊は、負傷者の搬送に協力せよ!』」

メイドは僕に敬礼すると、すぐさま部屋を出て行った。

「………ありがとうございます。」

シンシアが深々と頭を下げる。

「君の主人からMMM上層部に対し、今後僕に干渉しない様に伝えてもらいたい。
 話し合いには応じよう。それが叶うなら、今回の事は不問にする。賠償も追及しない。」

「………私の一存では決め兼ねますが、全力で御主人様を説得いたします。」

そう言って、シンシアは部屋から退出した。最後に僕に対し、深々と礼をして。


やっと終わったな………。

ずっと気を張り詰めていたから、疲れてしまった。皆にお疲れ様と言おうと、後ろを見る。

「あ………。」

リリスがユートがジャスティがミナが、まるで幻のように薄れ、光の粒子となって消えた。
光の粒子は、僕を包み込むように収束し、胸の勾玉に吸い込まれていった。
いつの間にか、僕の変身も解けている。

「………少しくらい、勝利の余韻を楽しませて欲しかったな。」

僕はベットに横になり、ぼんやりと天井を眺めていた。


どのくらいそうしていたのだろう。懐かしい気配が近づいてくるのに気付いた。

「御主人様………。」

「面と向かって話すのは、あの島以来か。久し振りだね、リーラ。」

「………お逢い出来る日が来るのを、ずっと待ち焦がれておりました。」

ゆっくりと身体を起こすと、リーラが僕の枕元に立っていた。
目が潤んでいるように見える。

「シンシアは、ネリーとセレンが側について見張っています。見事な御活躍でした。
 我々は貴方にお仕え出来る事を心より嬉しく思います。後始末はお任せください。」

「頼んだ。………もう疲れちゃったよ。」

「………失礼させていただきます。」

リーラは僕の側に腰を下ろす。そして僕の肩を掴み、ゆっくりと自分の方に引き寄せる。
なぜか抵抗できずにそのまま倒され、気が付くと僕はリーラに膝枕をされていた。

頭に感じる柔らかい感触。いい匂いがする。上を見ると豊かな双胸が目に入る。
その上から僕を覗き込む、美しい彼女の貌。綺麗な薄茶色の瞳に僕が映っている。
普段なら顔を真っ赤にして慌てふためく所だが、なぜかそんな気にはならなかった。

リーラが僕の頭をそっと撫でる。

「少し御休みください。」

「重くない?大丈夫?」

「お気になさらずに。私も嬉しいのですから。」

リーラの柔らかくて綺麗な指が僕の頬をなでる。
一気に疲れが出てきて、瞼が重くなってきた。

「ありがとう。………僕のリーラ」

眠くて自分が何を言ったのか解らない。多分御礼を言ったのだろうけど。
意識が深い闇に閉ざされる中、唇に柔らかい感触を感じた気がした。

「御休みなさいませ、私の御主人様。」


目が覚めると、いつの間にか朝になっていた。

ノックの音がして、「失礼します。朝食をお持ちしました。」とリーラが声を掛けてくる。
「いいよ。」と声を掛けると、リーラがカートを押して、入ってくる。

それから彼女の給仕と共に、温かくて美味しい朝食を楽しんだ。

給仕しながら説明してくれたが、シンシアの主人がこちらの要求を呑んだそうだ。
『今後、余計な手出しはしない』と言う旨の誓約書を高速ヘリで運んできたという。
リーラが読んでみて問題なかったそうだから、まず大丈夫だろう。後で目を通すか。
迷惑料として、かなりの額をこちらの口座に振り込んできたらしい。多分口止め料も込みだ。

食事の後、城の外に移動する。第五装甲猟兵侍女中隊の皆が整列して待っていた。
少し離れた所で、負傷していない第二装甲猟兵侍女中隊のメイド達が、こちらを見ている。

皆の前に移動して、僕は4日前にリーラに言ったのと同じ言葉を、誓約の言葉を告げた。

「君達は僕を僕のままで認めてくれた。君達が僕に本気で仕えてくれるのなら、僕が君達を守ろう。
僕は君達の信頼を裏切らない。足りない所は補い、共に苦難を乗り越え、幸せを分かち合いたい。」

しかし返答が無いので、何かまずかったかなとリーラの方を見る。
リーラは僕をじっと見つめ、心なしか目に涙を堪えているように見える。
よく見ると、殆どのメイドが顔を俯かせて、肩を震わせている。

「受け入れてもらえなかったのかな?」

「いえ………私達は、今最高に幸せです。感激のあまりに声が出せないだけでございます。」

「そうなの?だといいけど。」

「顔を上げろ!今この時をもって、式森和樹様は正式に我々の御主人様となられる。
 不服のあるものは今すぐ前に出よ!」

リーラの言葉に全員が顔を上げ、殆どが涙を浮かべながら僕に敬礼した。誰1人反対する者は居ない。
ネリーは涙を拭いながら、側で嗚咽するエーファの背中を撫でて落ち着かせている。
セレンは僕に親指を立てて、笑ってくれた。

「御主人様の今の言葉を片時も忘れずに職務に励むように!判ったな?」

「「「「「「「「「ハイ!ご主人様!一生懸命職務を勤めさせて頂きます!」」」」」」」」」

離れて見ていた第二装甲猟兵侍女中隊のメイド達が、割れんばかりの拍手をする。

こうして、僕は90名のメイドの御主人様になったのだった。


とうとうメイドの主となった和樹。だが彼女達を何処に住まわせるかを始め、問題は山済みである。
B組の男子に隠しとおせるのか?無意識にフラグを立てた女性達はどうなってしまうのか?
このまま夕菜、玖里子、凛は出番が無いのか?

様々な疑問が駆け巡っているが、
今は感動に打ち震えるメイド達と和樹の双方に幸せが訪れるのを祈ろう。

続く


まぶらほ 新たなる物語

第5話


誓約を行い、正式に第五装甲猟兵侍女中隊の主人になったのだが、色々と問題があった。
情けないが、僕は金も権力も無い、只の高校生である。
当然、メイドを雇う金も住む場所を提供する事すらも出来ないのだ。

ボーンシャー城内の1室を借りて、リーラに今後の行動について意見を求めた。
因みに他のメイド達は僕達を囲むように立っている。

「前の御主人様が資産を残されました。運用は全て私に任されております。
 金銭の心配はありません。それに私達は式森様にお仕え出来る事こそ、喜びなのです。」

リーラは前の主人の財産を使う事を薦めてきた。あの老人が僕の為に残したらしい。
あの人は何故僕をそんなに評価してくれたんだ?

「頼ってばかりで情けないけど、そうするしかないか………。」

「御気になさらずに。MMMの方々の殆どは、親からメイドの主人たる権利を継いだのです。
 御主人様が例外という訳ではありません。」

「………うん。じゃあ、次は棲む所だね。90人も居るんだし。大体僕自体が学校の寮住まいだし。」

「私達はメイドです。何処にお住まいを構えられましても、お側に仕えさせていただきます。」

「でも、生徒以外を寮に住まわせるのも問題が多そうだからな………。」

「御安心を。御主人様も今の高校を無事に御卒業する事を望んでいると前々から考えておりました。
 葵学園から車で15分ほどの所に、売りに出されている社屋がございます。
 10階建てで敷地面積も充分です。宜しければ、早速手配いたしますが。」

何と言うか………凄すぎるよ、リーラ。
どうやら、僕が無い知恵を絞るよりも彼女に任せたほうが良さそうだ。

「お願いするよ。と言うか、君は既にプランを立ててあるみたいだね。
 それを説明してもらえるかな?君の意見を聞いて、もし改善する箇所が修正すればいい。
 皆も遠慮なく意見を言ってくれて構わない。これからの生活に関わる大事な事なんだから。」

僻んでもしょうがない。セレンが言っていたように、僕が少しずつでも成長していけばいいのだ。
いつか彼女から、彼女達から頼られるくらいに。その為にも良い部分は受け入れ、真似していこう。

リーラは僕の言葉を聞くと、嬉しそうに微笑んだ。
控えているメイド達も僕に向かって笑いかけてくる。

「ありがとうございます。それでは………。」

そして、リーラの説明が始まった。


「………うん。これで問題無いね。さし当たっての滞在場所は?」

「東京支部が社員用のマンションを手配してくれました。部下のお詫びだそうです。」

結局、リーラの案が殆どそのまま採用された。

見つけた社屋を買い取って、メイドたちの居住スペースを内部に増築する。
一般のメイドは大きなフロアで共同で生活する事になるようだ。
階級が高いメイドは1人部屋、もしくは3〜4人部屋が提供される。
調理場は新しく作る必要がある。武器の保管庫、倉庫なども厳重な鍵が必要だし。
社屋の事務所はIDカードでの入室になっていたので、なるべく生かす方向だ。
僕の部屋は社長室になるらしい。リーラはすぐ隣の専務の部屋に棲むようだ。

あの島から撤退する時に、運び出せる調度品や武器等は全て回収したそうだ。
それをなるべく流用する方向で進める。

「今回の誘拐騒ぎと今までに巻き込まれたトラブルを理由に寮外の生活を学園に認めされる、か。」

「紅尉教諭が理事長の説得に動いていただけるそうです。まず問題はありません。」

「あの人なら大丈夫か………ところで、紅尉先生には何時接触したんだい?」

「最初に御主人様を知りました調査書に、決して敵に回しては駄目だと書いてありましたので。
 式森様が誘拐された際に、紅尉教諭には連絡を入れました。
 恐らく誘拐騒ぎにも手を打っている事でしょう。………勝手な行動とお怒りでしょうか?」

「いや。ただ、リーラを敵に回す方が余程怖いって思えてきただけ。
 それじゃあ、この案を実行しよう。そして、いい加減日本に帰ろうか?」

「解りました。我々は手続きがありますので、先に式森様を日本にお連れします。
 しばらく寮にてお待ちください。10日もすれば、引越しは完了するでしょう。セレン!」

「あいよ!」

「護衛として、式森様と先に日本に向かえ!」

「いいけど、御主人は半端じゃなく強いし、必要無いんじゃねー?」

「もしもという事もある。」

そこで何故かリーラはセレンの耳元に近づき、何かしゃべった。流石に聞き取れなかったけど。

「はいはい、了解。御馳走様。………んじゃ、御主人。ここの飛行機で送ってもらうから。
 1時間以内に支度出来るかい?」

「着替えしか持ってこなかったからね。今すぐでも平気さ。」

「OK。じゃ、善は急げと行こうか。」

セレンは先に部屋を出て行った。


僕は皆の顔を一人一人見て、最後にリーラを見つめる。

「待っているよ………。何かあったら、すぐ携帯に連絡してね。」

「お任せください。すぐに参ります。」

リーラは、すっと両手を僕の首に回した。そのままピッタリと身を寄せてくる。
互いの胸の間で、メイド服でも隠せないリーラの巨乳が押し潰されている。
思わず動きを止めた僕の顔に、ゆっくりとリーラは唇を近づけてきた。
彼女の整った顔が視界一杯に広がる。薄茶色の瞳は潤んでおり、睫毛が小さく揺れていた。

「目を………。」

彼女の呟きに思わず目を閉じる。すると僕の唇が柔らかい何かでふさがれる。
目を開けると、目を閉じたリーラの顔がすぐ側にある。彼女の薄い唇が僕の唇と重なっていた。

肩に置かれていた手が首に回される。1度離したかと思うと、更に深く口付けてきた。
僕も彼女の柔らかい身体を抱きしめる。花のような香りが僕を満たした。

やがて、名残惜しそうに唇が離れる。

「私達は、いえ私は式森様をお慕いしています。
 御主人様に仕えるメイドとしてだけでなく、女として。
 あの時、島の最後の夜に、貴方に抱かれようと思ったのは本心からです。」

「リーラ………。」

「優しい貴方はきっと私達をものにしようとは為さらないでしょう。
 それは非常に嬉しいのですが、覚えておいてください。女にも欲望はあります。
 好きな人に抱かれたいという想いはあります。私は身も心も式森様に捧げたいのです。」

「………………。」

「もしお嫌ならば、この想いを心の奥深くに沈めましょう。
 そして変わらず貴方に誠心誠意お仕えしましょう。」

頭の中が真っ白になった。
僕はリーラを抱きしめる。強く、逃がさないとばかりに。

「………僕は前に君が告げた言葉を、僕を優しいと言ってくれた事を忘れてないよ。
 本当に嬉しかったから。あれからずっと考えていた。
 僕が主人となる事を承諾した理由の大半は君に側にいて欲しかったからだし。
 想いを沈める必要は無いよ。僕もリーラを好きだから。
 メイドとしてではなく、1人の女性として君を愛している。
 過ごした時間は僅かでも、この想いは本物だ。だから、君の事をもっと知りたい。」

リーラが僕を見つめる。その目からは涙が2筋零れていた。でも、その顔は微笑んでいた。
彼女は僕の胸に顔をうずめる。そして、僕達はお互いの温もりを確かめ合っていた。

と、誰かが僕の首筋に手を回してきた。それに気付いたリーラがそっと僕から離れる。
僕が振り向くと、黒髪をショートカットにしたメイドが僕に抱きついていた。ネリーだった。

「ネリー?」

「………式森様をお慕いしているのは隊長だけではありません。
 私は隊長に比べれば未熟ですが、諦めたくはありません。私も式森様を愛しています。
 隊長が留守の際の代用品でも構いません。私も愛してくれませんか?」

何と答えればいいのだろう?

ちゃんと話したのは数日前が初めてだが、何故か彼女には心惹かれるものがあった。
彼女があの時言ってくれた言葉は、リーラと同じくらいに僕の中で確かな位置を占めている。

助けを求めるようにリーラを見るが、彼女は拗ねた様に目を逸らした。
すると、1人のメイドが僕に向かって話しかけてきた。

「御主人様。選ぶのは貴方の自由ですが、世間体や建前で否定されるのだけはお止めください。
 リーラ様もネリーも本気です。貴方が高いモラルの持ち主であるのはいい事ですが、
 時に優しさは人を傷付けます。」

ガン!と頭を殴られたような言葉だった。

「私も式森様をお慕いしています。今は御主人様としてですが。
 御二人と同じ想いの者も、まだ居る事でしょう。ハーレムを作れとは申しません。
 ですが、色々な意味で御主人様は特別なのです。どうか、正直な気持ちを返して下さい。
 幸福なのか不幸なのかは他人が判断する事ではありません。それは本人達が決める事です。」

何時の間に僕は特別になったのだろう。今まで平凡に生きていたのが嘘のようだ。

だが、彼女の言葉は正しい。大切なのは本人達がどう思うかだ。
仮にその言葉によって彼女が、彼女達が僕の前から去ったとしても、それはしょうがない。
ネリーの言葉に、僕のもう一つの想いが浮上して来た。
夕菜の僕に対する評価は正しかったようだ。
さっき誓ったばかりじゃないか。僕は信頼してくれる彼女達を裏切らない。

「御免。まだ全員を覚えては居ないんだ。君の名前を教えてくれる?」

「先程初めて会話をしたばかりです。仕方ありませんよ。………ルイーゼと申します。」

「ルイーゼ、ありがとう。」

僕は涙を浮かべているネリーの頭を撫で、リーラの方に顔を向ける。

「リーラ、僕は夕菜が言ったように浮気者みたいだ。今なら引き返せるよ。」

「例え式森様がハーレムを作られようとも、私は必ず式森様の一番となりましょう。
 私は貴方のものですが、貴方を私だけのものにしようとは思っていません。
 ………牽制が通じなかったのが残念ですが。」

「ありがとう。僕なんかには勿体無い言葉だよ。」

僕はネリーと目を合わせる。彼女は怯えた様子で、それでも僕を見つめてくる。

「引越しが済んで、一緒に暮らすまで後10日ある。それまでもう1度考えてみて欲しい。
 今度再会した時に君の想いが変わっていなければ、
 二人の女性を同時に好きになった僕でいいなら、喜んで君の想いに答えるよ。」

「式森様………!」

「僕の目を好きだと言ってくれた事を忘れてはいない。………待っているよ。」

僕はネリーの小柄な身体を抱き寄せる。
すっと近づいてきたリーラが愛おしそうにネリーの頭を撫でる。

周りのメイド達が、拍手で祝福してくれた。


そして、僕は彩雲寮の自分の部屋に戻った。

次の日、登校した際に友人達が僕の無事を喜んでくれたのが嬉しかった。
他のクラスメートは「もう1日早く来やがれー!」とか「後2日ねばれー!」とか言ってた。
また、人を賭けの対象にしたのだろう。

ふと夕菜が僕の方を見ているのに気付く。だが、彼女は僕と目が合うとすぐに視線を逸らした。
本来は優しい子だったから、心配してくれたのだろう。
夕菜に抱いた想いが無くなったからこそ、彼女の良さが解る。
尤も僕は既に二人の女性を愛している。今は彼女等しか目に映らない。

寮からの退出については、紅尉先生が話を通してくれたようだ。
保健室に行って礼を言ったら、「今度測定に協力してくれ。」と言われた。
薬の使用不可と身の安全を条件に引き受けた。………誰かに付いて来て貰おうと考えていたが。

帰宅後は荷造りをしたり、メイド達のプロフィールを頭に入れる事で過ごしていた。
リーラからは次の日から毎日必ず携帯に連絡が来た。
買い取った社屋のリフォーム及び搬入作業に大忙しらしい。
お陰で今の状況が良く解った。尤もネリーの様子だけは話してくれなかったが。


リーラが指定した日。

学校を出た後、少し離れた所にある、指定された場所に移動する。
連絡によると、荷物は午前中に運び出したそうだ。

其処には二人のメイドが、車を用意して待っていた。勿論メイド服で。
僕も既にメイド服を見ても、全く違和感を感じない。慣れとは凄いものだ。
90名のプロフィールは年号の暗記よりも難しくなかった。
彼女達の情報も頭に入っている。確か、エルミーラとヘルガだ。

「式森様。どうぞ、お車へ。」

ヘルガが後部座席を開けて、待っている。

「ありがとう、ヘルガ。エルミーラ、頼むよ。」

「承知しました。………既に私共の名前を覚えておいでとは光栄です。」

「これから生活を共にするんだから、当然さ。」

「ありがとうございます。」


車が止まった。

そこは10階建てのビルだった。周りにはそれ以外に大きな建物は無い。
大通りに面しており、近くに色々と店がある。生活にはいい場所のようだ。

エルミーラは車を車庫に持っていった。ヘルガは僕の荷物を持ってくれる。

ヘルガの先導で、玄関に向かう。玄関に入る手前で彼女は僕の後ろに移動した。
玄関のガラス越しに、二手に分かれたメイドの列が見える。自動ドアが開くと、

「お帰りなさいませ!」

二列に並んだメイド達が、示し合わせたように深々と頭を下げた。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。メイド達は身じろぎもしないが、顔に赤みが差していた。

すっと、1人のメイドが僕の前に移動する。

「お待ちしておりました。」

「久し振りだね、ネリー。逢えて嬉しいよ。」

僕の言葉に、ネリーが照れたように頬を押さえる。

「私の想いは、あの時と全く変わっておりません………。」

「ありがとう。大事にするよ。」

僕はネリーを軽く抱きしめる。10秒ほどそうしていたが、ネリーがゆっくりと身を離した。

「お部屋にご案内します………続きは明日に。」

彼女が先に立って歩く。いつの間にか、僕の荷物をヘルガから受け取っていた。
通路は一般の会社と同じ作りの様だ。勿論、綺麗に清掃されていたが。

エレベータへと案内される。

「式森様のお部屋は10階です。」

ドアの表示が10階に着いたと告げる。ドアが開いた。思わず仰天する。

床にはワインレッドの絨毯が敷かれ、大きな窓には高価そうなカーテンが取り付けられている。
いくつか並んだ部屋の扉は高級そうな一枚板だ。
その廊下を通って一番立派な扉の部屋に案内される。

「こちらでございます。」

ネリーがノックして、扉を開けた。

そこは外国映画にでも出てくるような屋敷のリビングになっていた。
中央に丸テーブルと安楽椅子。壁には油絵がかけられ、ロココ調のサイドボードが置かれている。
床は手織りの絨毯。本棚には分厚い洋書が並び、反対側の壁には暖炉までしつらえてある。

そして、中にはリーラが立っていた。

「お帰りなさいませ。」

彼女は僕に向かって深々と礼をする。

「お部屋の内装に関しては、私の一存で行ないました。
 御許可を得なかった事につきましては、深くお詫びいたします。
 ですが、式森様にふさわしいお部屋になったと自負しております。」

「ここ、ホントに日本?僕の部屋なの?」

「勿論です。家具は全て、スイスとオーストリアの職人に作らせたオーダーメイドです。
 それから………。」

説明に気を取られて、ネリーの退室したのに気づかなかった。後で御礼を言わないと。

リーラが僕に部屋の内部を案内してくれる。
パソコンと机が用意された勉強部屋もある。その本棚には専門書と辞書がずらりと並んでいる。
浴室もあった。2、3人余裕で入れそうだ。シャワーもある。勿論、トイレは別の場所にある。

「こちらが寝室です。」

「随分大きいベットだね。ふかふかだし。」

寝室には大きなベットが置いてある。2人でも寝れそうなサイズだ。何故か2つ並んでいるけど。
また、この部屋には冷蔵庫も付いている。中を開けると、よく冷えた清涼飲料水が3本入っていた。

ベットに腰を下ろす。そのまま眠りたくなってきた。
とん、とリーラが僕の隣に座る。そして、僕をじっと見つめてきた。
手を伸ばせばすぐに触れられる距離に愛しい彼女が居る。それが何よりも嬉しかった。

「長かったです。ずっと逢いたかった………。」

「僕もだよ。」

僕はリーラを抱き寄せる。彼女は全く抵抗せずに僕の胸に身体を預ける。
潤んだ目で見つめる彼女の頬に手をやり、柔らかい感触を楽しむ。
すっとリーラが目を閉じる。僕は彼女の薄い唇にキスをする。
最初は啄ばむ様に。少しずつ激しく。

しばらくして、僕達は唇を離した。
双方の唾液が混じった糸の橋が僕達の間にかかり、すぐにぷつんと切れる。
僕はそっとリーラの身体を抱き寄せる。

「あ、あの、和樹様!」

「なあに。」

「ま、まだ仕事が残っています。ですから、続きは夕食後に………。」

「………解った、待ってるよ。」

僕はリーラの身体を離す。そして、申し訳無さそうなリーラの両頬にキスをした。


夕食は素晴らしかった。
美味しい料理に彼女達の温かい笑顔、更にリーラの給仕である。
どんなに豪華なレストランでも、これ以上の満足は得られないだろう。
今までは寮住まいの学生だったのだ。えらい変わり様である。
食後のお茶も美味しかった。心が満たされる、とはこういうものかも知れない。

自分の部屋に戻って浴室で汗を流し、安楽椅子に座って、リーラが来るのを待った。
部屋に置かれた蓄音機にレコードをかける。
テープで聞くのとは一風異なる音楽に、身をゆだねる。

どのくらい経ったのか、扉をノックする音が聞こえた。

「どうぞ。」

「………失礼します。」

リーラがゆっくりと入ってきた。
初めて見る私服姿だ。黒のタイトスカートにタートルネックのセーターを纏っている。
今までメイド服以外の姿を見た事が無かったので、つい見とれてしまった。
尤もカチューシャだけは外していなかったが。

「和樹様?」

リーラが不安そうに僕を見つめてくる。僕は彼女を抱きしめる。もう押さえ切れない。

「御免。僕、初めてなんだ。優しくできないかもしれない。」

「失礼でしょうが、私は嬉しいです。私が和樹様の初めての女になれるのですね………。」

リーラが僕を抱きしめ返してくれた。
そして身体を離すと僕の手を引いて、寝室のドアを開けた………。


「あ、ああっ、か、ず樹様、和樹様ぁぁああああっ!!」

リーラがその両手両足で僕を抱きしめてくる。
歓喜に身を震わせて喘ぐ姿からは、いつもの冷静なメイド長の姿は想像できない。
白く美しい裸身が興奮で赤く染まっている。そのまま力尽きたように僕に身を預けてきた。

最初はリーラが僕を優しくリードしてくれた。
興奮を抑えきれない僕を優しく包み込み、導いてくれた。
気持ち良くて、ついナカに出してしまったので思いっ切りあせったが、
リーラが「安全日ですので………。」と言ってくれたので、ほっとした。
あまりに気持ち良かった為か、マイサンは収まってくれず、2回戦に突入してしまった。
体の相性が良かったのか、2度目からはリーラも感じてくれたようだ。
一緒にイけたのだが、今度はリーラに火が点いてしまった。
3回戦になると僕の方にも余裕が出てくる。
逆にリーラは大いに乱れてしまい、終わった後で恥ずかしそうに俯いてしまった。

そして今、5回戦にて僕がリーラをノックアウトした様だ。彼女は力尽きた様に眠っている。
先程の乱れる姿とも普段の隙の無い姿とも違う、無邪気とも言える寝顔が凄く愛しい。

僕は浴室に行くと、汗とその他諸々で汚れた身体を洗う。
そして洗面器に温かい湯を汲み、タオル2枚とバスローブを持って、寝室に戻った。

まず湯で濡らしたタオルで、リーラの美しい裸身を清めていく。
本当に僕には勿体無い女性だと改めて思う。
それから乾いたタオルで身体を拭いてやり、バスローブを着せた。

「………和樹様?」

「あ、目が覚めたんだ、リーラ。」

「………も、申し訳ありません。
 本来は私が片付けなければならないのに、御迷惑をおかけしました。」

「ねえ、リーラ。今日の仕事は終わったんだろ。
 今は御主人様とメイドじゃない、恋人同士じゃないか。僕はその方が嬉しいよ。」

「勿体無い御言葉です。」

リーラは幸せそうに微笑んでくれた。そう、それが僕が見たかったもの。

僕はリーラを抱き上げると、もう1つのベットに優しく寝かせる。
お互いの汗等で、あちらでは良く寝れなさそうだし。

それから僕もリーラの隣に潜り込んだ。顔を寄せてくる彼女に、キスで答える。
リーラは僕の腕を枕に、僕は彼女の頭を抱いて、互いに温もりを伝え合い、まどろむ。

「おやすみなさいませ」
「おやすみ」

重なった声にくすくすと笑い合う。

―――そして、殆ど同時に僕達は寝入ってしまった………らしい。


次の朝、目覚めるとリーラの姿はなかった。
だが、体に残る彼女の温もりが夢でない事を告げている。
シャワーを浴びて制服に着替えると、待ち構えていたようにノックの音が聞こえた。

「どうぞ。」

「失礼します。おはようございます、式森様。」

「おはよう、ネリー。」

「本日は私が御世話させて頂きます。朝食の準備が出来ましたので、御案内します。」

「解った。」

鞄を持ち上げ、ネリーの後を歩いていく。ドアを開ける手前で、彼女は僕の方に振り返った。

「今朝の隊長はとてもご機嫌でした。羨ましいくらいに。」

「ネリー?」

「今夜は私が参ります。リーラ隊長と同じ様に、私も愛してくださいますか?」

恥ずかしそうに頬を染めたネリーが愛おしくて、僕は彼女の可愛い唇をキスでふさぐ。
蕩けた表情のネリーをそのまま抱き寄せた。

「愛してるよ、僕のネリー。」

その後、ネリーが通路で何度か転びかけたのは御愛嬌だ。


その夜、やって来たネリーを寝室へと誘い、思う存分鳴かせた。
彼女も最初は僕に奉仕しようと頑張っていたが、
その様子があまりにも可愛かったので、つい攻めに転じてしまった。
僕の愛撫に身を震わせ、蕩ける様な声を上げながら、淫らに腰をくねらせる。
両腕を僕の首に回し、何度もキスを求めてきた。その乱れっぷりはリーラよりも凄い。
昨日、童貞を捨てたばかりの僕が攻めているのも異常かも知れないが。

ネリーの、年上なのに年下にしか見えない童顔が快楽に翻弄される姿は、僕を興奮させた。
そして僕が3回目の絶頂に達した時、ネリーは一際大きな嬌声を上げて、気を失ってしまった。
まだ続けられるとは言え、充分に満足できた。
僕はマイサンを彼女のナカから抜くと、浴室に向かった。
そして昨日リーラにした様にネリーの身体を清め、もう一つのベットに彼女を寝かせる。
その隣に潜り込み、小柄なネリーの身体を抱き寄せて、深い眠りへと落ちていった。


翌朝、僕の腕の中で気持ち良さそうに眠るネリーの頭を優しく撫でながら、
初めて手に入れた幸せを噛み締めていた。

起きた彼女が顔を真っ赤に染めて僕にぎゅっとしがみ付いてきたのが可愛くて、
思わず朝から運動を始めたのは余談である。


新たな住処と愛しい恋人(愛人?)を手に入れ、正に幸せに絶頂とも言える和樹。
だが、この秘密がばれたら、かなりヤバイ事になるだろう。特にB組連中だった場合は。
もし知られた場合、恐らく暴れ出すだろうB組生徒をやり過ごすか、叩きのめすか。
このまま出番無く終わるのか、夕菜、玖里子、凛。

次回は再び学生生活に焦点を当てていく。和樹は今の幸せを守りきれるのか!?
密かに修羅場を期待しつつ、今回はこれで終幕としよう。

続くといいな。


後書き

タケです。その2を投稿します。
尤も、コレでストック尽きまして、次回の投稿は1月後くらいになるかも。
ある程度まとまった所まで書かないと、怖くて遅れないんですよ。
途中で矛盾が起きて、何度も書き直すもので。

好意的なレスを頂き、とても嬉しいです。
次の話はちょっと強引な話なので、評価が不安ですが。
読んで頂き、ありがとうございます。

レス返しです。

>無屠様。
ありがとうございます。精一杯頑張ります。
>D,様。
世界が滅亡するとか言いながら、原作は対処が甘い気がしたので。
うちの和樹は既に3人娘は友人としか思っていません。既に恋人が居るし。
このSSは和樹を幸せにがテーマなので、絡めるかは悩みどころです。
>yamada様。
ありがとうございます。人に読んでもらうのは「魔を宿す者」が初めて。
長編は今回が初めてなので、面白いと言って頂けると感激です。
>かのん様。
作品を読み返して、機会を見て修正します。お待ち下さい。
>高摩様。
ありがとうございます。
量が豊富ではなく、溜めてからでないと投稿できないだけですけど。
書き直しが多いので。
>SHK様。
知ってる人が居なかったら、どうしようかと思いましたが、
流石にここの利用者には知ってる方が居ましたか。
私は、クリス・クロスは電撃文庫の小説の方を持っています。
ゲイル達は和樹の守護者なので、個性が出せないのが悩みです。
>皇 翠輝様。
やっぱり強引でしたか?
守護者にするだけなら他にもあるのでしょうが、Fateは知らないですし。
ダンジョン・トライアルで苦しんだ彼らなら、
きっと和樹を支えてくれる気がしたんです。自己満足ですが。
>鳳凰様。
ありがとうございます。
和樹の芯の強さはゲイルに通じるものがあると思ったんです。
>甲本昌利様。
実家で書いてるのでうろ覚えですみませんが(手元に無くて)、
クリス・クロスは電撃文庫で出ています。
作者名は高畑京一郎さんだったと思います。間違ってたらすみません。
「タイム・リープ」という話を書いた人ですが、そっちは読んでません。
間違っていたら、修正のレスを返します。すみません。

それでは。

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