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「新たなる物語 その1 (まぶらほ+クリス・クロス)」

タケ (2006-06-15 22:36/2006-06-15 22:40)
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作者注:宮間夕菜、風椿玖里子、神城凛の出番は殆どありません。
    代わりにメイド達が目立つ予定です、多分。
    「クリス・クロス」はバーチャルRPGを基にした小説で面白いのですが、
    このSSは作者の妄想の産物なので、原作の面影は殆ど無いです。
    それでも構わない方は、本編を読んでください。


この話は、幽霊編のラストからの分岐である。

散らばった和樹の塵が全て集まり、彼は見事に復活に至った。
今までの記憶を失う事にはならなかったが、その代わりに強大な魔力を得てしまった。

使用すると、世界が滅亡するという魔力を。

そして、この後の復活編から、宮間夕菜はデビルキシャーとしての覚醒を遂げ、
理不尽な暴力を和樹に振るうようになった。あれは最早犯罪者以外の何者でもない。
思えば、彼女がヒロインから転落したと言われるのは、この頃からだろう。

しかし、理不尽だ。

元はと言えば、和樹が幽霊になったのは宮間夕菜、風椿玖里子、神城凛の所為である。
でも救いがあるのは玖里子だけ。凛はツンデレのスキルを得たが、直ぐに刀に訴えてくる。
なぜ、和樹が彼女達に愛想を尽かさないのか?実に不思議である。

ところで、よく考えると世界が滅亡する魔力の持ち主に世界が危惧しないはずは無い。
世界とて何らかの対処はするだろう。GS美神の『世界の修正力』のように。
だが、和樹を犠牲にするのはおかしい。彼はあまりにも幸が薄い。

彼には救いが必要だ。理不尽に押し潰されない力が必要だ。頼もしい仲間が必要だ。

これを前提に物語を始めよう。テーマは、”和樹君に幸あれ”。


まぶらほ 新たなる物語

プロローグ


「ここ、何処だろ?」

目を開けると、見た事の無い場所にいるのに気付いた。

今、立っているのは直径30メートルほどの円形の空き地。
その周りは多くの木が生い茂っており、深い森の中にいるようだ。
さっきまで自分の部屋で寝ていたのに、何時の間に移動したんだ?

それだけでも充分異常事態だが、もっとおかしな物が目に入ってきた。
円形の空き地の周に沿う様に、8個の巨大な十字架が等間隔で地面に刺さっている。
十字架の大きさは5メートルぐらいだろうか?

空を見上げると、大きな銀色の満月が浮かんでいた。

「昨日は三日月だったような………何で満月?あれ?
 ………僕は幽霊になって、元に戻る為に飛び散った塵を全部集めたけど、
 元に戻ったら記憶を失うって聞いて、人間に戻るのを諦めようとしたら、
 夕菜に説得されて、残りの塵を………。」

混乱してきたので、掌で頬を軽く叩いて、意識を切り替える。

パシッ、という音を聞いて、初めて気が付いた。
肉体の感触。手を見ると透けていない。下を見ると、影がくっきりと見える。

元に戻った!?それに記憶もある!?

嬉しさが込み上げて来る。また、元の生活に戻れるのだ。
ふと、今までの記憶が浮かび上がってきた。

「………あれ?」

今まで気が付かなかったけど、もしかして僕って不幸なんじゃないだろうか?

夕菜達に会ってから様々なトラブルに巻き込まれ、流されるままに魔法を使って。
とうとう使い切って幽霊になって、それでもトラブルに巻き込まれて………。

「………平穏が欲しい。」

切なる願いだった。何故今までそう思わなかったのだろう?

それまでの僕は平凡を絵に描いたような人生だった。
それに比べたら、確かに充実していたかもしれないが、物には限度がある。

この何処とも解らぬ場所で、今まで彼女達に抱いていた淡い想いが薄れていくのを感じた。
もしかしたら、あの想いは何時消えるか解らない不安からの逃避だったのかもしれない。

「まあ、気持ちは解るけど、今の状態では無理よ。」

突然、僕の耳に女性の声が聞こえた。

慌てて、声がした方を振り向く。そこには全身をローブで隠した人影が宙に浮いていた。


「とりあえず、復活おめでとう。でも、今の君の存在は危険なの。
 君は世界を滅ぼせる存在になってしまったから。」

「ええっ!!!何でですか、いきなり!?それに誰ですか!?」

「私は世界の欠片。世界の管理人ってとこね。君は本来有り得ない死者の復活に成功した。
 でも、その際に周囲の魔力を過剰に取り込み、超越存在に匹敵する魔力を得てしまった。
 これから君が魔法を使う度に、その強大な魔力が世界に歪みを生み出す。
 簡単に言えば大災害を引き起こすの。富士山が噴火したり、南極の氷が溶け出したり、
 砂漠に大雨が降ったり石油が枯渇したり、とかね。
 しかも無意識でも魔力は漏れ出し、世界に干渉してしまう。大恐慌が起きたり、とかね。
 言ってしまえば、厄病神そのものに成ってしまったのよ。」

「そんな………。」

冗談ではない。それでは僕は存在する事すらも許されないのか?
もしかして、彼女は僕を消す為に此処に呼んだのか?

「だから君を此処に呼んだの。此処は貴方の無意識下に存在する世界。
 此処でなら、世界に影響を与えずに君の魔力に干渉できるわ。
 私は誰もが不幸にならないようにしたいの。勿論君を含めてね。」

「えっ?」

「あら。もしかして、世界から抹消されると思っていたの?」

「そんな口振りでしたし…。」

「別に君は悪くないでしょ。世界のバグの影響を受けてしまったのだから。
 それに君はいい子だわ。今まで使用した魔法だって、全部他人の為にだもの。
 むしろ使わせた周りの方が問題よ。」

「ありがとうございます………。」

理解者がいる事がこんなに嬉しいとは思わなかった。

「ただし、君はもう2度と魔法は使えなくなるわ。それでもいい?」

「構いませんよ、もう魔法を使う気は無いですから。使えない方が助かります。」

「ありがと。問題は君が超越存在に匹敵する魔力をその身に留めている事よ。
 超越存在は、世界の均衡を保つ為に世界から認められた存在。
 人を遥かに超える大きな力を持っているけど、世界のバランスを崩す事は無いわ。
 かと言って今の君を下手に認めたら、種の均衡が崩れて酷い混乱が起こってしまう。
 だから君の内包する魔力を、新たな中立存在を生み出す為に使用するの。
 存在の器と数も、君の元の魔力をベースに世界に歪みを生まない様に設定したわ。」

そう言って、『管理人』は、懐から5枚のカードを取り出した。

「これは別の世界に存在した、作られし者達。その世界の終焉と共に消える筈だった者達。
 その意識と能力を抽出し、色々アレンジして、呪を組み込んだカードに転送したの。
 この子達は、ある目的の為に集まった冒険者のパーティだったのよ。
 まず、君にはこの子達の1人と同化してもらうわ。」

「同化!?」

「存在を取り込んで、その力と記憶と技能を君のものにするのよ。」

「そんな乱暴な………。」

「元々この子達は情報体なの。誰か1人は、この世界の住人と同化する必要があるのよ。
 乱暴でも他に手は無いの。この中から1枚、好きなカードを選びなさい。」

いくら他に方法が無いとしても。同化なんて、彼らは納得してくれるのだろうか?

僕は伏せられたカードから、直感で1枚を選んだ。
カードには忍者の格好をした青年が描かれており、下に『忍者:ゲイル』と書かれていた。

「そのカードは君を表す。君は式森和樹であり、ゲイルでもある。
 その子とシンクロする事で、秘められた力を思いのままに使える様になるわ。」

その時、僕の体の中から凄く大きな魔力が溢れようとしているのに気付いた。
その魔力が持っていたカードに流れ込んでいく。するとカードが宙に浮かび、輝きを放つ。

気が付くと僕の前に人が立っていた。忍者装束を纏い、更に日本刀を腰に挿している。
ニヒルな雰囲気の青年だが目は優しい。その姿は今見ていたカードの絵そのままだった。

「よう、和樹。俺はゲイル。見ての通りの忍者さ。よろしくな、マスター。」

「マスター?」

「そう。君はこのパーティーの一員であり、彼らのマスター。
 君の魔力を元に、この世界に存在を確立するの。そして、余剰の魔力は世界に還る。」

ゲイルが僕に手をさしのべる。引き寄せられるように、その手を取った。
その瞬間、何かが僕の中に流れ込んできた。………これはゲイルの記憶、そして思い。

仮想現実世界。スーパーコンピューター『ギガント』。ダンジョン・トライアル。
仲間との出会いと別れ。魔王ギガントの覚醒。転職。痛みの発現。最終パーティー結成。
最後の戦い。魔王の罠。仲間達の死。最後の一太刀。

「俺達は『ギガント』内部に残された電子情報。プレイヤーの分身、仮想世界の住人だ。
 だが俺達は間違いなく生きていた。目的を共有する仲間と共に精一杯命を燃やしたんだ。」

「ゲーム終了と共に消える筈だった俺達だが、新たな目的を、戦う理由を見つけたんだ。
 マスターを、和樹を世界の犠牲にはしない。これは俺達の意思で決めたんだ。」

「………ありがとう。」

彼らは確かに生きていた。仮想存在であっても、間違いなく生きていた。
ならば引き継ごう。彼らの生きた証を、想いを無駄にしたくは無い。

「受け取ってくれ、俺達の力を。そして役立ててくれ。」

その言葉を最後に、ゲイルは光の粒子となって消えていった。
ふと気が付くと、紫の勾玉に紐を通したペンダントが何時の間にか僕の首に掛かっていた。

「これが契約の証?」

「そうよ。君は忍者の力を手に入れたわ。使い方は解るでしょ?」

「はい。頭の中に色々な情報が入ってきました。
 気配の消し方、感覚を広げる方法、相手の動きの読み方、格闘術………。
 それに意識を集中すると、なんか体から凄い力が湧いてくるみたいです。」

解る。ゲイルの存在は僕と同調している。僕達は1つとなったのだ。

「今の君は人狼を上回る身体能力を持っている。銃弾でも簡単にかわせるでしょうね。
 さ、それじゃあ彼らとも契約するでしょ?」

『管理人』が手渡した4枚のカードを見る。

『聖戦士:リリス』『魔道士:ユート』『賢者:ミナ』『騎士:ジャスティ』

かつて共に戦い抜いた俺の、僕の仲間たち。1人足りないが、それは『彼女』の選択だ。

「リリス、ユート、ミナ、ジャスティ。もう一度、パーティー登録に合意しますか?」

YES、と言う声が4人分、僕の耳に届いた………そんな気がした。

僕の中から再び凄まじい魔力が溢れ出す。先程よりも大きな魔力が外へと放出される。
放出された魔力は4つの眩い光球となって、頭上に浮かび上がる。
残りのカードを宙に飛ばすと、4つの魔力球はカードに吸い込まれていった。

僕の目に4人の人影が映る。カードに描かれた記憶の絵姿そのままだった。皆笑っていた。
その姿が光の粒子となって消える。胸元を見ると、赤・青・緑・黄の勾玉が加わった。

嬉しかった。元に戻れた事もそうだが、この新たな絆が何よりも嬉しかった。


「上手くいったわ。あの子達は世界に認められ、余剰の魔力は世界に還った。
 勾玉は召喚ゲート。魔法使い系は擬似回路を形成して、回数の制限無く使用可能。
 魔力値が0にならない限りね。体力値や魔力値は、任意で空間上に映し出せるわ。
 あの子達は光にも闇にも属さない。貴方を守る為にのみ存在する従者であり、仲間。
 大事にしてあげなさい。」

「はい、勿論です。」

「それから、今の君の魔力は最初と同じ。魔法回数も最初の8回に戻ってるわ。」

「解りました。」

「力が必要な時は彼らの名を呼びなさい。5人揃えば、多分べヒーモスとも遣り合えるわ。」

「あのべヒーモスをですか!?やっぱり皆強いんだ。」

「厳密には君が強いのよ。」

「はい?」

「あの子達は情報体。つまり知識と技法、自我を持つけど、力は持って来てないわ。
 あの子達は君の魔力が凝縮し、肉体を形成しているの。言わば意志を持った魔力の塊ね。
 今の人間達は勘違いしているけど、魔法回数なんて大して意味を持たないわ。
 本当に重要なのは魔力、魂の力。大体君の先祖の魔法回数なんて、平均十数回よ。
 ただし強力な魔力を宿していたわ。君はいわば先祖返りなのよ。」

「ええっ!!それじゃ、僕の先祖はどうやって魔法を使ったんですか!?」

「厳密には魔法じゃなくて、魔術と言うんだけどね。
 貴方達の体の中には魔力を生み出す中枢、チャクラと呼ばれるものが7つあるの。
 正中線上に存在し、廻す事によって魔力を体内から汲み出す。
 廻す数が増えるほど、無駄なく大きな魔力が使えるわ。
 貴方の先祖は全てのチャクラを自らの意志で自由に廻せる様に修行し、
 魔法回数を消費せずに大きな魔力を汲み出し、練り上げて収束させ、
 それを元に様々な術式を組み上げて、奇跡とも言うべき魔術を行使していたわ。
 今の魔法はチャクラを廻さずに無理やり魔力を引き出すから、存在力、
 即ち魔法回数を削らないと使えないの。だから使い切ると言うのは存在が消える事。
 尤もチャクラを自らの意志で自由に廻せるようにするには、かなりの修業が必要だし、
 魔力を収束させる事と術式を編み上げて魔力を現象へと移行させるのを、
 同時に行なうのは困難なのよ。今の魔法は自分の存在を削る欠点があるけれど、
 誰でも使えるし習得が簡単だから、それが主流になったのよ。」

「へー。」

「君は復活した際に魔術師として覚醒し、自分の意志で全てのチャクラを廻せる様になった。
 尤もそれが出来るのはゲイルとリンクした時だけ。要は忍者に変身した時よ。
 更にゲイルと同化した事で、彼の戦闘技術と盗賊技能を全て取り込み、
 チャクラから引き出した魔力を身体強化に廻す事で、もの凄い運動能力と感覚を得ている。
 意識的にチャクラを廻して、能力を色々と試してみるといいわ。
 変身しなくても第1チャクラなら廻せるから、多少の強化はできるわ。護身には充分ね。」

「でも、僕がこの力を悪用したりするとは思わないの?」

「君がそんな人間なら、さっさと抹消してるわ。」

「ありがとうございます。」

「やっぱりいい子ね。………さあ、そろそろ戻してあげる。
 今の君なら変身しなくても、そこらの格闘家には負けないわ。
 忍者の力は使わないに越した事はないけど、もし必要なら躊躇わないでね。
 君には、和樹君にはまだ死んで欲しくないもの。」

『管理人』の差し出した手を握る。
綺麗な指だった。顔は見えないけど美人なのかもしれない。

「………………あ、初めに言うの忘れてた。」

「何ですか?」

「契約する事で、和樹君は5人と絆が出来たわ。その代わり、元の世界の3人の絆が消えたの。」

「………確かに普通は最初に言う事ですね。でも、疫病神で居るわけにいかないし。
 ………所で、3人と言う事は夕菜、玖里子さん、凛ちゃんですか?」

「その通り。和樹君と強い絆を結んだ彼女達よ。」

「絆ね………何故か、あまり悲しくないな。少し寂しいんだけど、ほっとした部分の方が強い。
 ………それで彼女達はどうなっちゃったのかな?」

「記憶が矛盾無く改竄されて、和樹君への想いだけが消えたわ。
 周りから見れば、貴方が振られたと思うんじゃない?」

「なら、問題無いですね。何時そうなってもおかしくなかったし。
 でも僕があんなにモテルなんて事はもう有り得ないから、ちょっと寂しいかな。」

「………そう。ただね、和樹君は良い方向に変わったわ。多分周りがほっとかないわね。
 だから平凡な人生ってのには、もう縁が無いわよ。」

「それって………。」


「………どういう意味ですか?」

「式森君、目が覚めたのかね?どうでもいいが、復活の第一声としては変わっているな。」

「ちょっと残念ですね。せっかくお姉さんが素敵な死出の旅を企画していたのに。」

目を開けると、ここは僕の部屋だった。手を見ると間違いなく実体はある。
それに、首に掛かった勾玉が先程の出来事は現実だと伝えていた。

怪しげな装置を傍らに置いて、紅尉先生と紫乃先生が僕の方を見ている。
体を改めて見回す。魔法回数計測器が腕に巻かれているだけのようだ。
どうやら、薬を盛られた形跡は無い。

「紅尉先生に紫乃先生。おはようございます。」

「ふむ。記憶に異常無いのはともかく、魔力も魔法回数も元に戻っているとは予想外だな。」

「解っていたんですか?あのまま復活したら、世界が滅亡するかもしれないって。」

「その為に引き伸ばしていたのだよ………所でこれは機密だったのだが、誰に聞いたのだね?
 それにその様子だと何故魔力が元に戻ったかの原因も知っていそうだね。
 さあ、教えてくれたまえ!痛くしないから!」

「じゃあ、その髑髏ラベルの薬と注射器と左手に隠したメスを使わないと約束して下さい!
 ついでに今、紫乃先生が後ろ手に隠した薬も使用不可です!」

「注文が多いな。お見舞いに来てくれた恩師に向ける言葉ではないぞ。」

「ですから質問には答えますが、実験と解剖とモルモット扱いと埋葬は不許可です!」

この人達との絆も消して欲しかったと思ったのは、しょうがないと思う。
神様も『管理人』も許してくれる筈だ。


「………ほう、興味深い話だな。私もその『管理人』に逢ってみたいものだ。」

「恐らく和樹君の行った世界とは、阿頼耶識の領域ですね。興味深いわ。」

「随分と嬉しそうですね、紫乃先生………。」

「ふむ………それでか、宮間君達が急に君を私達に押し付けて去って行ったのは。」

「多分そうですね。皆、どんな様子でした?」

「今までとは随分変わったな。少なくとも好意を持った相手への態度ではない。」

「きっと、それが本来あるべき姿ですよ。」

『管理人』に彼女達との絆が消えたと言われた時は驚いたけど、
時間が経つに連れて、それが当たり前の姿だと思えてくる。
世界の修正力なのか?それとも新たな絆の所為か?
ただ間違い無いのは、僕が今の状況を好ましく思っていると言う事だ。

「所で和樹君が身に付けたと言う力について、もっと教えてくれませんか?」

「主に盗賊の技術と体術全般です。抗魔力が上がってるから大抵の魔法は効きません。
 身体能力は人狼並みですかね。今の姿では凛ちゃんの刀を余裕でかわせる位ですが。」

「今の姿という事は、変身が出来るのか。是非、見せてもらえないかね!?」

「懐のデジカメとそこに隠してあるビデオをここに出してくれるなら。」

「目敏いな、それが盗賊のスキルか。………解った、記録には残さない。」

まあ、それくらいなら問題無い。むしろ協力者にした方が後々都合がいいだろう。
頭の中でゲイルに呼びかけると、すぐに応答が帰ってきた。紫の勾玉が輝く。

「あら、格好いいですね。」

「なかなか似合っているな。」

容貌が変わったわけではない。黒の忍者装束を纏い、腰に『村正』を挿しているだけだ。
懐には『手裏剣』がある。あとは背中に垂らすほどの長い鉢巻きを締めているが。
変身への所要時間は0.5秒くらいだろうか?

試しに本気で動いてみようと思い、静かに素早く2人の後ろに回ってみた。
上手くいけば、僕が2人の眼前から急に消えたように見える筈。

2人はしばし困惑した後、後ろを振り向いて、やっと僕に気付いた。

「ほう、何時の間に動いたのかね。消えたようにしか見えなかったぞ。」

「凄いですね。」

「まあ、こんなものです。」

元の姿を意識する。瞬時に変身が解けた。

「今度、運動能力の測定に付き合ってくれたまえ。」

「………バイト料次第ですね。」


歴史は今、分岐した。これからどうなるかは解らない。
だが、彼は新たなる旅立ちを迎えたのだ。
まずは、この新たな分岐が彼にとって、幸せにつながる事を切に願う。

続く


まぶらほ 新たなる物語

第1話


あの後、2人は帰っていった。

もう午前2時だが、とりあえず寝る。
そう言えば、あの2人はまだまだ元気そうだった。夜型なのか?

目覚めると大体いつもの時間だった。寝過ごさなくて良かった。

久し振りに1人で登校する。運動能力を試す為に少し走ってみたが、結構速い。
長距離走のペースで、陸上部の100メートル走に追いつけるくらいだ。

おや?あそこに玖理子さんが歩いている。一応声を掛けておこう。

「おはようございます、玖理子さん。」

「あ、おはよう。式森君。………ちょっといい?」

「あれ?………もしかして風椿先輩と呼ぶ方がいいですか?」

「あら、察しがいいわね。………勝手だけど、もう貴方の遺伝子を狙ったりしないわ。
 凄く失礼な話だけど、今まであんたにあった拘りが無くなっちゃってね。
 今まではあんたの反応が面白くて遊んじゃったけど、何かそんな気になれなくて。」

「御姉さん達に認めてもらえたんですか?」

「私が断固として譲らなかったから、やっと諦めてくれたわ。
 只、仲良さそうだから安心してたって言われたけど、そんな覚え無いのよね。
 あんた、心当たりある?」

成程、消えた記憶もあるという事か。これは注意が必要だな。

「苦し紛れじゃないですか?玖理子さんが態と迫ってきて僕が逃げる。
 僕達はそれだけの関係ですよ。でも、これで鬼ごっこはお終いですね。
 今思うと結構楽しかったですよ。」

「ありがとう。迷惑かけたわね。」

「すれ違う事があれば、ちゃんと挨拶しますよ。では風椿先輩、お先に。」

そう言って軽く駆け出す。玖理子さんも納得した形でお別れできたのが嬉しかった。
だから、玖理子さんの呟きは聞こえなかった。

「何故だろう?とても大切な物を手放した気がする………。」


教室に着いたけど、時間に大分余裕がある。これなら、朝はもっとゆっくり出てもいいな。
途中で買ったパンと牛乳で朝食をとる。

ふと窓からグランドを見ると、凛ちゃんが登校してきたのが見えた。
取り巻きの女子が何時見ても凄い。

「一気にけりをつけるのが、楽かな?」

多分、彼女も玖里子さんと同じ事を考えているだろうし。

凛ちゃんの歩くスピードに合わせて、タイミング良く彼女の教室に通りかかる。

「おはよう、神城さん。」

「お、おはよう。式森…先輩。………ちょっといいですか?」

「いいよ、そのつもりで来たんだから。」

少し移動して、理科室に来た。そう言えば、凛ちゃん生物部だったっけ。

「駿司の、お兄ちゃんの事は感謝していますが、先輩を好きになれそうにはないんです。
 私は本家の命令には従わないと決めました。もう先輩に付きまとったりしません。」

「でも、本家に逆らって問題は無いの?」

「今まで私は剣しか無いと思い込んで、本家の呪縛から逃げられませんでした。
 でも、元々本家に小さい頃から修行を押し付けられていたんです。
 この学園に来て、友達も出来て、やはり本家の考えは間違っていると実感しました。
 剣の修行は私の意志で続けますが、本家とはもう縁を切ります。
 昨日、両親に話したら賛成してくれましたし。」

「解った、頑張ってね。」

後は、夕菜だけだな。

僕は凛ちゃんの前から立ち去った。

「今まで誰かが私の側にいて、支えてくれていた気がする。優しくて、強い心を持っていた。
 ずっと一緒にいたかった人なのに………思い出せない。」


後10分ほどで授業が始まるので、教室に戻った。
席に着くと、松田さんと今まで話していた夕菜が、僕の方にやって来た。

「えっと………式森さん。」

「おはよう、宮間さん。風椿先輩と神城さんに会ったんだ………君も同じ考えなんだろ?」

「………はい。子供の頃の約束に縛られて視野を狭くしたままではいけないと思いまして。」

玖理子さんと凛ちゃんならまだしも、夕菜がこんなまともな反応をしてくれるなんて!
どんな風に記憶が改竄されたのか凄く気になるが、藪から蛇を出したくは無い。

「じゃあ、夫婦とか言うのも終わりだね。今度はクラスメートとしてよろしく。宮間さん。」

「ありがとうございます。式森さん。」

夕菜はほっとしたような何故か後悔したような微妙な表情で自分の席に戻った。

3人には悪いけど、非常に清々しい気分だ。やはり今までは精神的に疲れていたのだろう。
僕も男だし、彼女達のような美少女に好かれて嫌なわけではなかったが、代償が大きすぎた。
やはり、人は自分の器に合った幸福という物がある。
元々棲む世界が違っていた、そういう事なのだ。正しくあるべき形に戻ったのだ。

「おい、式森。今の話はどう言う事だ。」

仲丸が話しかけてきた。見回すと、周りも興味津々な様子である。
どうでもいいが、こいつらは僕が人間に戻れた事に全く気付いていないな。

「君達には朗報だよ。僕が宮間さん、風椿先輩、神城さんの全員に振られたって事さ。」

辺りが急に静まり返る。
僕は工事現場等で使用する耳栓をつけて、次に来る音響攻撃に耐える準備を整えた。

「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおっっっっ!!!!!!!」」」」」」」」」」

教室を揺るがすような大音響が響き渡った。
友人である、まとも系の生徒が気絶している。耳栓していて良かった。
夕菜は驚いてるけど平気みたいだ。いつも大声出しているから耐性があるのだろう。

「おお、神よ!貴方は実在した!!」
「式森の野望に終止符が打たれた!!!」
「飲むぞ!祝杯だ!無礼講だ!!」

クラスの殆どが教室から駆け出して行った。夕菜も手を引かれて、連れて行かれた。
あいつ等、授業どうするんだろう?

「駒野、大丈夫か?」

「………悪い。何言ってるか解らない。」

前から仲の良い、一匹狼の駒野は何とか無事だったみたいだ。尤も耳鳴りがしてるようだが。
ここは筆談でいこう。黒板に言いたい事を書いて指差す。

『気絶した人達を保健室に連れて行こう。』

「…解った。」

「ん………式森君、手伝うよ。」

「春永さん、おはよう。珍しいね、起きてくるなんて。」

「あんな声聞いたら、寝てられないよ。」

B組の眠り姫、というか寝たままで普通に行動できる春永さんが起きたのも異常事態か。
とりあえず、気絶した女子達を保健室に運ぶとしよう。
因みに柴崎さん、片野坂さん、杜崎さんの3人だ。
後2人男子が気絶しているけど、多分平気だろう。ちなみに數馬と北野だ。


カーテンとモップを使って簡易担架を作ると、片野坂さんをそこに乗せる。
駒野と春永さんで担架を持ち上げると、よたよたと歩き出した。
僕は柴崎さんを抱き上げると(お姫様抱っことも言う)、早足で保健室へ急ぐ。
力を得た僕なら女の子を抱えても大して動きに支障は無い。男と違って軽いし。

「おはようございます。すみませんが急患です。」

「どうしたね、朝っぱらから。先程の絶叫と関係あるのかな?」

「うちのクラスの連中が突然叫び声を挙げまして。
 当事者達は何とも無いみたいですけど、無関係の人間が被害を受けまして。」

「あらあら和樹君、素敵ですよ。今度私にもして下さいね、お姫様抱っこ。」

「紫乃先生、写真は止めてください。柴崎さんに迷惑です。」

相手にするのも疲れてきたので、近くのベットに柴崎さんをそっと寝かせる。
おや、少し顔が赤いみたいだ。

「微熱まで出たのかな。」

額に手を当ててみると、やはり熱いみたいだ。顔も更に赤くなっている。

「式森君、あまり彼女を刺激しない方がいいな。それで彼女だけかね?」

「気絶したのは男子が2人に女子が3人です。まあ、男子は平気ですよ。B組ですし。
 内1人は別の人が運んできます。それじゃ、僕はもう一人を連れてきますね。」

そう告げて、僕はもう一度教室に戻る。

「おや、目が覚めたのか。大丈夫かね?」

「式森君………結構有望株かも。」

「何の事だ?」


教室までの半ばほどで、駒野と春永さんにすれ違った。

「2人とも大丈夫?」

「………何とかな。」

「式森くん、全然疲れてないの?」

「女の子は軽いからね。あのくらい平気だよ。」

「ふーん……今度私が倒れた時もお願いね?」

「別にいいけど、あんな騒ぎは起きて欲しくないね。」

ちょっと急ごうか。校則違反だけど廊下を駆け出す。

「………何で、走っているのに足音がしないんだ?」

「運動部からスカウトが来そう。」

2人が何か言っているのが聞こえたが、気にせずに教室に戻る。


「お、式森か。何で杜崎とその他2人しかいないんだ?」

伊庭先生がゲームをやりながら、横目で僕に聞いてくる。

「駒野と春永さんは片野坂さんを保健室に運んでいます。柴崎さんも保健室です。
 他の連中はサボりです。絶叫を残して消えました。」

杜崎さんを抱き上げる。僕より長身だけど、大して重くはないな。

「んじゃ、お前等は自習でいいぞ。他の奴等はエスケープ、厳重注意、と。」

先生は再びゲームをやり始めた。僕は杜崎さんを保健室へと運んで行く。

「………ん。ここは………?」

「あ、目が覚めた?杜崎さん?」

「式森君?………何か頭が痛いし、耳が変ね。
 でも温かくて、安心出来………………って、ええっ!!!」

「おっと、暴れないで欲しいな。」

「な、な、な、なんで式森君が、わ、私を、お、お姫様抱っこしているのよ!!!」

「ああ、ごめんごめん。僕なんかが抱き上げたら迷惑だったね。立てそう?」

そっと足の方から下ろしてやる。

杜崎さんは何故か慌てて立ち上がったけど、まだふらつくらしく転びそうになる。
転ぶ前に支えて、もう一度抱き上げる。

「まだ、歩くのは無理そうだね。悪いけど大人しく運ばれてくれない?」

「………………解ったわ。」

意地を張ったのが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして大人しくなった。
そして、おずおずと両手を僕の首に回し、体を預けてくる。

「か、勘違いしないでね!?転んだら危ないから捕まっているのよ!?」

「う、うん。」

まあ、この方が運びやすいからいいけど。

「やっぱり女の人って華奢だよね。それに杜崎さん、何かいつもより可愛いし。
 ………いてっ。」

「………………余計な事言わない。」


「どうも、急患パート2です。意識は戻ったんですけど、まだふらつくそうで。」

「はい。じゃあ、あそこが空いてますから。」

ベットには柴崎さんと片野坂さん、それに何故か春永さんが横になっている。
それに眠っているのは、春永さんだけだ。駒野は隅の方に座っている。
僕は杜崎さんを出来るだけ優しくベットの上に横たわらせた。

「………………ありがとう。」

「僕も2人の美人を抱きかかえられて役得だった………おっと、枕を投げないで。」

2方向から枕が飛んできた。両手でそれぞれ取る。杜崎さんと柴崎さんからだ。

「ごめん。気にしないでいいよってつもりだったんだけど。はい、頭上げて。」

「………」(杜崎)

「式森君、ありがとう。」(柴崎)

「伊庭先生には事情話したから、ゆっくり休んで。」

「ええ。」(柴崎)

「人2人を抱き上げて運んで疲れもしないとは、随分と身体能力が上がっているな。
 やはり解剖を………ぐ!わ、解ったから、ワイヤーで首を絞めないでくれ。」

絞めたろかと思ったら、いつの間にか鋼糸を巻きつけた手袋を両手に身に付けていた。
装備品の一部は今のままでも召還出来る様だ。何故か使い方も解る。実に便利だ。

「次はダーツの的にしますよ?」

「………式森?お前、服部の同類だったのか?」

駒野が目を丸くして、突っ込んできた。

周りには隠しておくつもりだったが………まあ、彼らなら問題ないだろう。多分。

「あの自称忍者とは違う!………人間に戻れた時に色々あってね。
 この手の道具の扱いと体術が飛躍的に増大したんだ。」

「そういや、人間に戻ってるな。良かったな。」

ああ、駒野。君の何気ない優しさが身に染みるよ。

「式森君の戦闘能力は1度見ただけだが、かなりのものだな。
 仮に神城君と杜崎君が協力しても、相手にならないだろう。」

「そんな事は無いですよ。というか、いつの間に抜け出したんですか?」

さっきまで首を絞めていたのに、いつの間にか自由になっている。
鋼糸を手繰り寄せたが切れていないのに。

「村正で切り伏せても平気そうだな………。」

「すまんが、あの刀は止めてくれ。冗談ではすまなそうな魔力を感じたぞ。」

「まあ伝承にある妖刀『村正』の名を持つ逸品ですから。
 あと、皆にお願いだけど、この事はあまりしゃべらないで欲しいな。」

「何故ですか?実際凄いと思いますし、周りの評価も上がりますよ?」(片野坂)

「宮間さんとの騒動で実感したんだけど、やっぱり僕は目立つのが嫌いなんだ。
 今後は普通の学生生活を楽しみたいし。それに自分の身を守れる程度のものだしね。」

「そんなレベルの動きじゃなかったけど………いいわ。さっきの御礼に黙っててあげる。」

杜崎さんの言葉に皆頷いてくれた。

「ありがとう。」

嬉しくなって、つい笑顔で返事を返してしまった。

「………別に。」(………千早、御免なさい。親友から恋敵になりそう。) by 杜崎

「気にしないで………。」(有望だわ!本気で狙ってみようかしら!) by 柴崎

「大した事ではありませんし。」(へー。よく見ると結構可愛い。) by 片野坂

「おーけー。」(………いいな。) by 春永

皆、顔が赤いな。どうしたんだろう?


結局、僕達以外の連中は戻ってこなかった。ほんとに飲みに行ったんだろうか?

僕達は2時限目から授業に参加した。言い忘れたが、數馬と北野も目を覚ましている。
先生が少しイラついていたようだが、途中から笑顔になっていた。
このクラスは頭はいいけど扱いづらい奴等だから。授業がスムーズなのが嬉しいのだろう。

昼食は机をくっ付けて、皆で弁当やパンを食べた。
さっきの事が、いい切っ掛けとなった様だ。やはり、大人数で食べると美味しく感じる。

夕菜達ともけりをつけられたし、これで平穏な学園生活に戻れるだろう。
夕菜が転校してくる前は何とか無事に過ごせていたのだ。
思い切って、何か部活でも始めてみようかな?

こうして、復活初日は無事に過ぎていった。


場面と時間は変わって。

ここは、MMM(もっと、もっと、メイドさん)所属、第五装甲猟兵侍女中隊の駐屯地。
時間は和樹が復活してから3日後である。

MMMとは、メイドを愛好する者達が、自らの趣味を満喫する為に作り上げた組織である。
他の制服愛好団体はひたすらに萌えを追求するが、彼らは良くも悪くも徹底している。
メイド達も専門の教育を受けており、それを訓練と実務で磨き上げるのだ。
その仕事は掃除洗濯炊事に育児、介護看護に軍事行動と多岐に渡っている。

この部隊を率いているのは中隊長のリーラ・シャルンホルスト。
北欧系の整った容貌、清流のような銀髪、薄い茶色の瞳、白磁のような艶やかな肌の女性だ。
均整の取れたボディを持ち、モデルになればトップの座は不動の物になるだろう。
尤も彼女を最も美しく飾る衣装は、メイド服以外に無いだろうが。

元々は東カロリン諸島のある島、世界で4番目の『メイド・サンクチュアリ』で、
MMMの副会長に仕えていたのだが、寄る年波には勝てず、主人が引退を決意したのだ。
次期主人として和樹が選ばれ、それに怒った夕菜が手を組んだ敵対組織との戦闘になった。

城は崩れ、多くの物資も失われ、中隊としての活動に支障をきたすほど疲弊してしまった。
主力装備の戦車も維持管理の面から手放している。現在はこの駐屯地にて再編成中である。

現在主人不在の状態の為、戦車猟兵小隊を初めとして、引き抜きや再訓練の希望が多く、
150人いた人員も現在は90名にまで減っている。
主人がいない状態で無理強いも出来ず、去っていく仲間を見送った。また会えると信じて。

リーラは主人の引退に伴い資産の殆どを譲り受け、現在は運用の全てを取り仕切っている。


「………………式森様。」

リーラは自室で、写真立てに入った和樹の写真を見ながらつぶやく。(いつ撮ったのか?)
まるで愛する恋人を見ているようだ。彼女は和樹が愛しくて仕方ないのだ。

MMMで決定した我々のご主人様になる方。
いや、既になっている筈だった。あの女さえいなければ!!
式森様にまとわり……いや、サナダムシの様に寄生し害をなす、あの女さえ居なければ…。
今頃私は写真相手に物思いにふける必要などなく、あの島で式森様の隣に居られたのだ。
それこそ朝も、昼も………夜の営みまで共にしていたはずなのだ。

早く救い出さなければ、式森様の……愛する方の人格が歪んでしまう。
式森様の純潔も危険だ。あの人の初めての女には、私以外に考えられない。

「会いたい………」

一目でいいから式森様に会いたい。会って、優しい声で私の名前をささやいてほしい。
それだけで私は今以上にがんばれる。

ここでリーラの考えは中断した。ドアが少し乱暴にノックされたからだ。

「リーラ隊長!リーラ隊長!」

「ネリー少尉か、なんだ?」

「只今、MMM東京支部より連絡が入っております。式森様の件で連絡したい事があると。」

「よし。すぐにつないでくれ。」


東京支部との通話は30分を超えた所で、ようやく話が終わったようだ。
リーラの顔が高潮している。実に珍しい。

「リーラ隊長。式森様に何かあったのですか?」

「まずは朗報だ。何故かは解らぬが、あの3人、あの害虫どもが式森様に振られたらしい。
 ただ、それ以外にも式森様が魔法を使い果たして幽霊になったとか言っていたな。
 さぞ御辛かったであろう。お傍に居られなかった事が悔やまれる。」

「それで式森様は御無事なのですか!?」

「それは確認した。御元気な様子だ。それに以前よりも明るくなられたそうだ。」

「それは何よりです。………これから、どういたしましょうか?」

「無論、今度こそ我々のご主人様になっていただく。人員は約半分になってしまったが、
 それは言い換えれば、真に式森様に忠誠を誓う者のみがここに居るという事なのだから。」

「………どちらかって言うと、リーラ。あんたを慕って付いて来た奴らなんだけどね。」

「………セレンか。そんな事は大した問題ではない。
 例え私1人になろうとも、この忠誠心は変わらない。」

「私もです。あの方の為ならば、この身など惜しくありません。」

「まあ、確かに顔は可愛いし結構気に入ったけど、そこまで思いつめられるものかね…。」

「さて、ネリー少尉。お前に重大な任務を与える。3人ほど引き連れて式森様と接触するのだ。
 出来れば、式森様を説得しろ。無理やりな対応は逆効果になる。誠意を持って、当たれ。
 現状の後始末もあるしな………10日ほどしたら、東京に向かえ。」

(く、本当ならば私が行きたいのだが、今の状態ではここを離れられん。)

「解りました。お任せください。」

(チャンスだわ。式森様に頑張ってアピールしなくちゃ。)

「あたしも行くよ。訓練訓練で飽きたしな。あいつがいれば退屈にはなりそうに無いし。」


動き出すメイド達。しかし、和樹君も状況に流される坊やではなくなっている。
彼女達の行動がどのような影響を与える事になるのか?新たな火種が何を引き起こすのか?
少なくとも平穏な日々の終わりが早くも近づいてきたのは確かである。

続く


まぶらほ 新たなる物語

第2話


紅尉先生に手伝いを頼まれて、つい引き受けたのが間違いだったか。もう真っ暗だし。
おや、あそこに覚えのある気配が潜んでいるな。彼女達は………。

「出てこないかい?僕に用があるんだろう?ネリー、セレン。」

諦めたのか、2人ともゆっくりと僕の前に出て来た。
流石にメイド服は目立つので、私服である。それでもカチューシャは外していない。

「お久しぶりです、式森様。」

「よ、元気そうだね。」

あの島で出会った、メイド愛好団体MMM(もっともっとメイドさん)に所属するメイド達だ。
彼女達は家事や給仕をしたり機関銃を撃ったり戦車を乗り回したりと多彩な才能を持つ。
僕はメイドについて詳しいわけではないが、家事はともかく軍事行動はしないと思う。

あの時、僕は彼女達の次期御主人様に指名され、150人のメイドを雇う事になる所だった。
水銀旅団と夕菜の暴走で有耶無耶になったと思ったが、諦めてなかったらしい。

「御察しと思いますが、私達の御主人様になって頂く様、説得に参りました。」

「僕みたいな只の高校生が相応しいとは思えないんだけど………。」

「だが、あたし達もそうですかと引き下がるわけには行かない。
 前はあの3人娘のせいで無茶苦茶になったけど、今回は平和的に話し合いたいんだけどね?」

む!?………しまった、囲まれている。彼女達に気を取られて油断してしまったな。

「………セレン、ネリー。君達、武器を持って来てるかい?」

「あ?今回は話し合いに来たんだ。手続きも面倒だから………しまったね。」

「式森様!お下がり………!?囲まれましたか、何者でしょう!?」

何時の間にか人気が無くなっていた。人払いの魔法だろう。
前に4人、後ろに5人で僕達を取り囲んでいる。
前の奴等は銃を持った奴が2人、その後ろで距離を置いて2人。
いつでも魔法が使えるように魔力を集中している。
後ろの奴等は体格がいい奴が3人、距離を置いて2人だ。逃げようとしたら捕獲するつもりか?

「式森和樹。大人しく我々に従え。抵抗しなければ、無傷で済ませてやる。」

「別に傷を付けるなって命令は降りていないだ。何なら手の1本でも撃ち抜いてやろうか?」

どうやら、銃を持ったこの2人が交渉役らしい。
それも銃口は僕ではなく、セレンとネリーに向いている。嫌らしい奴等だ。
銃を向けて脅しているのだから、まともな連中ではないだろう。組織がらみか?
となると、おそらく賢人会議の連中だろう。あの連中も人を人と思わない奴等だった。

「大人しくついて来るなら、その娘達は見逃してやるぞ。」

「はっ!どうせ、最初からそんなつもり無いんだろ!?
 あたし達を人質にこいつを捕らえて、用が済んだら殺すつもりだろ!」

「ほう、判ってんじゃねーか姉ちゃん。そいつはとことん甘いらしいからな。
 お前等を人質取りゃ絶対逃げねーぜ。本物の馬鹿だよな、早死にするだけだぜ。
 だが、お前等を殺したりはしねーよ。高く売れそうだしな、後で全員で味見してやるぜ。」

「お前達みたいな奴等に犯されるくらいなら、死を選びます!」

「安心しな、いい薬があるんだ。直ぐ従順になって、腰を振って哀願するようにしてやるよ!」

馬鹿共が嘲笑の声を上げている。これからの楽しみを想像しているのだろう。


復活してから、既に2週間が過ぎていた。
僕にとって、神の存在を確信したくなるほどに平和な日々だった。
いきなり押し倒されない、斬りかかられない、攻撃魔法を食らわない、というのが当たり前。
そう、今までが異常だったのが漸く納得できた。

夕菜達が絡まない限り、B組の連中も僕を目の敵にする事は無い。
魔法回数が戻った事には驚かれたが(紅尉先生が説明したのだ。)、8回と解ると喜んでいた。
まあ、仲丸達がまた僕を騒動に巻き込もうとはしたが、
ゲイルの能力を得た僕は以前よりも注意力が上がっていたので、さっさと逃げ出せた。

暇を見ては勾玉から情報を引き出し、自分の能力に慣れるように密かに訓練はしていたけど、
体育の授業では目立たないように抑えていたし、凛ちゃんが斬りかかることも無い以上、
圧倒的に向上した体術がばれる心配は無かった。

駒野、杜崎さん、柴崎さん、片野坂さん、春永さんと仲良くなり、毎日を楽しく過ごした。
彼女達と一緒に下校する事もあった。学生らしい、実に平和な日々だった。

そう、平和だったのだ。つまり、こいつ等の出現で平和で無くなったのだ。
しかも武器を向けられているのだ。色々な意味で遠慮は無用と言う事だろう。

お前達は自分の行動を理解しているのか?武器を向けると言う事の意味を理解しているのか?

人を殺す時は自分も殺される覚悟をしなければならない。返り討ちにあっても文句は言えない。
そうだ、躊躇う必要は無い。せっかく手に入れた平穏を脅かす者は万死に値する。
おそらく遺伝子狙いか賢人会議の関係者だろう。まあ、どちらでもいい。
末路は変わらない。僕は自分に殺意を向けた者を見逃すつもりは無い。

ゲイル、こんな事に君の力を借りる事を許してくれ。
殺しても小型の魔法石すら手に入らないが、身の程知らずの外道を見逃す気は無い。

『管理人』さん、この力を自分の為に使うのを許してください。
こいつ等にかける慈悲は全く感じないんです。僕はいい子では無いようです。
いえ、無くていいです。昔から「馬鹿は死ななきゃ治らない」と言うじゃないですか。


「セレン、ネリー!動かないで!君達を傷つけるわけにはいかない。」

「馬鹿言うな!あんな連中を信じんのか!
 あんたが大人しく付いてっても、あたし等を無事に帰しゃしないよ!」

「式森様!私達が何としても道を開きます!どうか、お逃げ下さい!」

「笑わせるな、逃がしゃしねーよ!おい、小僧!さっさとこっちに来やがれ!」

「いいね、決して動かないで!これは命令!」

「「!?」」

僕の言葉に2人とも口をつぐんだ。僕は銃を持った馬鹿2人に向かって、口を開く。

「今すぐ全員で逃げ出すんなら、今回は無事に見逃してやるけど?どうする?」

「はっ!狂ったのか、糞餓鬼。土下座しても許さねえ!まず足をぶち抜いてやる!」

「殺すなよ………。」

カルシウムが足りてないようだ。僕の忍耐力の1厘にも満たないな。
僕はあれだけ夕菜達から虐待を受けても、耐えたというのに。

全員を召還する必要は無い。奴等を相手にするだけなら僕だけでも充分なのだ。
だが、今回はセレンとネリーを守る必要がある。相手は飛び道具。
ならば………彼女が適任だ。

「ミナ!『障壁』を展開し、彼女達を守れ!君も一緒に入り、維持に集中!」

青と紫の勾玉が輝いた。セレンとネリーの直ぐ後ろに『賢者:ミナ』が召還される。
瞬きをする間に僕は忍者装束を纏っていた。全てのチャクラを廻し、力を解放する。

体が軽い。力が漲る様だ。確かに今なら銃弾すらもかわせる気がする。

「『障壁』!」

ミナの僧侶魔法が発動する。セレンとネリーを守る様に、光の半球が形成される。
奴等は慌てて銃を撃ち、魔法を発動するが、彼女達を守る光の半球は揺らぎもしない。

そして、奴等は僕の姿を見失った。速度領域を上げた僕の動きに目がついてこないのだ。
ことスピードにおいては、あらゆる獣人の中でも最速とすら言われる人狼。
その人狼すら上回る身体能力を最大限に生かした、相手の目に映らない程の高速移動。
流浪○剣心のネタから取って、『縮地』と名付けるか。

「な、何だこりゃ!?」

「ど、何処に行きやがった!?」

足を撃つと脅した奴に向かって、瞬時に距離を詰める。
間合いに入った瞬間、腰に挿した村正を抜刀し斬り上げる。
そいつの左肩から腹にかけて、衣服が線を引いたように切り裂かれた。
思い出したかのように傷口が開き、線を引いた所から体が2つに断たれる。
そのまま倒れ伏し、傷口から零れ落ちる血が道路を紅く染め上げる。

「………!!!」

その男は自分が斬られた事にすら気付かずに息絶えた。ある意味、幸せだろう。

道路に倒れた男の体は見る見る内に塵へと変わり、風に吹かれて散らばっていった。
残ったのは道路を紅く染める血痕のみ。

これは村正の力。殺した相手の命と共に、血を媒介として相手の魔力をも喰らう。
基本的に人間か亜人間にしか効かないが、僕の1番の敵は人間なので問題無い。
喰らった魔力により、村正はその切れ味を上げていく。まさに妖刀に相応しい。
斬られた死体は塵になるので、処分にも困らない。血の処理までは無理だが。
何故か衣服も塵になってしまうのが、更にお得。エコロジーだ。

「お、おい!………ち、塵になっちまった………。」

村正を納刀する。そのまま駆け抜け、魔法を放って無防備な前の2人に近接する。
突進力をそのまま生かして、1人目の心臓を貫く。そのまま肩口まで斬り上げる。

「………!!!」

もう1人が僕に気付いたようだが、混乱して動けないようだ。
愚かな奴だ、戦場で迷う者は死ぬのみ!
構え直して間合いに入り、横一閃。首が断ち切られ、噴水のように血が噴き出す。
距離を取り、返り血を浴びないようにする。何せ腸まで腐ってそうな奴等の血だし。

「ぐぎゃ!!!」

「あ、あそこだ!!!」

呻き声で残りの奴等が気付いたが、倒れた死体は既に塵に変わっていた。
村正を左手に持ち替え、交渉役の男に懐から取り出した手裏剣を放つ。
手裏剣はそいつの右手を深く貫き、たまらず銃を取り落とした。

「痛っ!?」

これで無傷なのは5人か。

「くそっ!ふざけんな!何なんだよ、手前は!?」

後ろにいた1人がパニくった様にミナが形成した『障壁』に魔法を撃つが、悉く弾かれる。
残りの交渉役以外の連中は、僕に向かって攻撃魔法を集中させる。
だが高速で移動する対象に冷静さを失った状況で狙いをつけるのは難しい。
今の僕は自動車並みのスピードで移動している。殆どの魔法はあらぬ方向へ飛んで行った。

それでも何発か単発で向かって来たが………。

「はっ!」

振り下ろした村正の一閃が魔法を消滅させる。

「「「「「うあああああっっ!!!」」」」」

いい加減、精神に限界が来たのだろう。半狂乱となり、我先に逃げ出そうとする5人。

「お、おい、待て!?」

交渉役の男は一瞬反応に遅れたが、それが明暗を分ける事になった。
『障壁』から1人出て来たミナが魔法を発動させる。

「『転倒』!」

光の波紋が地を伝って奴等に迫り、それに5人とも追いつかれる。
同時に奴らの足がもつれて派手に転倒した。転倒と言っても中々馬鹿に出来ない。
全員が足を挫くか顔を地面に打ち付け、更にパニック状態なので誰も起き上がれない。

「『足止呪』!」

逃げ遅れた交渉役の男に移動を封じる魔法が飛ぶ。足が地面に張り付き、動けなくなった。

その横を一陣の風と化した僕が駆け抜ける。その先には無様に逃げ出そうともがく5人。
そして、断末魔の悲鳴と肉を切り裂く音と水音が数回響き渡った。
数秒後には、人数分の塵の山と道路の紅い染み以外は何も残っていなかった。

何とか逃げようと暴れる交渉役の喉元に、村正の刃を突き付ける。

「あ、あ………。」

「ありがとう、ミナ。」

ミナに礼を言うと、ミナは僕に向かって手を振り、

「じゃあ、またね。」

と声を残して、光の粒子となって消えた。

『障壁』から出て来たセレンとネリーは、呆然としたまま僕を見つめるだけだ。
巻き込んだ事を申し訳なく思いながら、僕は最後の1人に目を向ける。

「さて、何から話してもらおうかな?」


「やはり、賢人会議の下っ端か………。」

とりあえず必要な情報は引き出した。
情報提供者は鋼糸で全身を縛り上げ、足元に転がしている。まだ殺してはいない。

あの時、夕菜に宿る魔を制御し、押さえ込んだのは僕だった。
どうも賢人会議の上層部は夕菜に宿る魔を自分達の支配下に置きたいらしい。
その制御役として、僕も巻き添えを食ったという事か。
幽霊になったので利用価値が無くなったので放って置いたが、
僕が復活したので利用しようと思ったらしい。
相変わらず勝手な奴等だ。

「生憎、金輪際夕菜に関わる気は無い。
 夕菜も僕を何とも想っていない以上、僕は制御役にならない。
 それでも懲りずに僕にちょっかいを出すなら、全滅覚悟で来るがいい。」

ちょうど状況報告を求めてきた無線機に向かって、そう告げる。
相手は何か喚いていたが完全に無視して、言いたい事だけを言って、さっさと切った。

さて、こいつはどうしようか?

「………全く、虫も殺せない坊やだと思っていたけど、とんでもないね。あの女性は?」

「人間の心には白い部分もあれば黒もある。それだけだよ。彼女は僕の守護者の1人さ。」

「ありがとうございます、式森様………。」

「巻き込んだのは僕なんだ。君達が無事で本当に良かったよ。」

ようやく意識に踏ん切りがついたらしい2人が僕に礼を言ってきた。流石だ。
それに言葉を返しながら、自分が変わってしまった事を実感する。

ついさっき人を殺したばかりと言うのに、僕はこんなにも落ち着いている。
相手が人殺しでも自分と彼女達を守る為であっても、僕が人殺しとなった事に変わりは無い。
彼女達も僕を主人にしようと思って来たんだろうけど、こんな僕に忠誠を誓うとは思えない。

ふと胸元を見ると、5つの勾玉が淡い輝きを放っていた。まるで僕を慰めるように。
ほっとする。そうだ、皆は僕を見捨ててはいない。僕は1人ではないのだ。

「なあ、悪いけどさ………ちょっと時間を取らせてくれないか?
 さっきの話の続きがしたいんだ。」

「本来なら日を改めるべきでしょうが………どうかお願いします。」

おや?どちらの表情にも驚きはあるけど、怯えや嫌悪は無いな。
てっきり、踵を返して立ち去ると思っていたけど………何故だろ?

「幻滅して、帰ると思ってたよ。今の僕は君達の主人に相応しくないと思うけど?」

「あたし達はメイドだ。主人を守る為に自分の手を汚す事もある。それを誇る気は無いがね。
 自分の手を汚すのを嫌い、あたし等に押し付ける奴よりかは遥かに上等だよ。
 あんたは、あたし達を守ってくれたんだ。命の恩人に対して、そんな無礼をするもんか。」

「………私は式森様に初めてお逢いした時、その目に強く惹かれました。
 目はその人を映す鏡だと言います。式森様の目はあの時と同じく澄んだままです。
 式森様の本質は力を得た今でも全く変わっておりません。
 式森様は命の重みを知っておられますし、以前と同じく私達を気遣って下さっています。
 式森様こそ我々の御主人様に相応しい。リーラ隊長もきっと同じ事を仰られるでしょう。」

認識を改める必要があるようだ。
あの主人の方は自分の趣味にはまっている変人だったが、彼女達は全く違う。
彼女達は自分の意志でメイドという道を選び、その仕事に誇りを持っているのだ。
その生き方を眩しく感じた。

それにセレンとネリーの言葉は嬉しかった。
何でも無いと、変わって無いと言ってくれたのが嬉しかった。
主人と言われてもピンとこないが彼女達は僕を信頼して、忠誠を誓うと言ってくれたのだ。
メイド服の良さについては良く解らないが、彼女達が僕に向けてくれた信頼は嬉しかった。
この子達の上にはリーラもいる。少なくとも3人は、そのままの僕を認めてくれる人がいるのだ。

「こいつを引き渡したいんだ。それが済んだら付き合うよ。
 ………さっきの言葉は嬉しかった、ありがとう。」

「ちゃんと礼が言える人間は全然大丈夫さ。
 ああ、良かった………逃げられたらどうしようかと思ったよ。」

「あの時は突然100人以上のメイドの主人になれと言われても魅力を感じなかったけど………。
 君達が本気で僕を信頼してくれたのなら、僕も真面目に対応しなくちゃ失礼だからね。
 それに今度は前と違って、お互いに納得するまで話し合う時間があるんだろ?」

「光栄です。でも私達は貴方を諦めたりしません。御覚悟を。」


紅尉先生に連絡を入れると少し経って紫乃先生がやって来て、連れて行った。
あいつ、結局死体になるのは確定だろうな。

今、僕達はMMM東京支部にいる。
どんな所かと思っていたけど、そこは中くらいのビルの1階にあるメイド喫茶だった。
成程。これ以上、この日本でぴったりな所は無いだろう。実務も兼ねられるし。

「お帰りなさいませー。」と言う声を聞きつつ、店の奥に向かう。

階段を上り、扉を2つ抜けると作戦室の様な部屋だった。部屋の隅にMMMの旗が飾ってある。
ここの電話は各支部、各中隊の直通電話につながるそうだ。
ネリーとセレンはメイド服に着替えて来た。仕事のけじめらしい。

「ネリーです。………はい、式森様をお連れしました。………はい。今、代わります。」

ネリーが、受話器を僕に手渡した。リーラと繋がっているらしい。

「リーラ?」

「………式森様。御久し振りです。御元気そうですね。」

声が潤んでいるみたいだ。心配してくれたのが嬉しかった。

「まあ、色々あったんだけどね。」

「幽霊になられたと聞いた時は、胸が張り裂けるかと思いました………。
 でも、ご無事で………本当に良かった………。」

やばい。何か凄く嬉しい。
何であの時、僕は彼女の願いを断ったのだろう?実に不思議だ。

「かなりおかしな話だけど、聞いてくれるかい?」

「勿論です。」

気を利かせたのか、セレンが案内してくれたメイドを退出させた。


「そんな事があったとは………やはり私も一緒に行くべきでした。」

話し終えた第一声がこれだった。よく信じてくれたものだ。

紅尉先生に話したのと同様、全てを話した。
通話を周りにも聞こえるようにしたので、ネリーとセレンも真剣に聞いていた。
そして、先程賢人会議のメンバーを殺した事を話しても、リーラの声に怯えは無かった。
ただ、僕が無事な事を喜んでいただけだった。

それから、第五装甲猟兵侍女中隊の現状も聞いた。随分と大変らしい。

「私共としては、式森様に1日も早く、誓約をして頂きたいと考えております。
 屋敷の手配等の問題はありますが、先の御主人様が資産を残してくださいました。
 我ら隊員90名の生活には全く問題ありません。」

うーむ、結構心が傾いている。でも、これだけは確認したい。

「リーラ、1度聞きたかったんだけど。何故君達は、僕を主人にするのに納得したんだい?
 どう考えても、僕である必要が思いつかないんだ。前の主人の指名だから?」

さて、彼女は何と答えるだろう?

「そうですね、最初に式森様を選んだのは前の御主人様です。
 私も東京支部の調査書を読んで、初めて知りました。
 ですがあの時、私は胸の高まりを抑える事ができませんでした。
 この方に仕えたい、側に居たいと思ったのです。」

リーラの口調が熱を帯びてきた。

「以前の私は職務に忠実である事にしか価値を見出せず、同僚に冷徹とも言われてました。
 あの島で初めて御会いした時、式森様は初対面の私を庇って下さりました。
 そして自分の事よりも私の事を心配なされ、感謝の言葉まで頂きました。
 それが凄く嬉しかった。私は初めて本気で尽くしたい方に出会えた、と確信しました。」

「………買被り過ぎだよ。あの状況なら誰だって心配するさ。ただ優柔不断なだけだよ。」

「卑下される必要はありません。今まで出逢った中で式森様ほど優しい方は居りません。
 優しさとは強さよりも身に付けるのが困難です。強さと違い、注目を集めたりしません。
 ですが、女が一番強く求めるのは優しい男性です。
 そして、メイドとは主人に忠誠を誓う女性達です。
 見ず知らずの他人にさえ優しい貴方こそ、我々が望んでいた方なのです。」

「………仮に君が良いとしても、他の子はどう思うか判らない。僕なんかじゃ………。」

「メイドにも主人を選ぶ権利はあります。私達とて無理に忠誠を誓わせたりはしません。
 あの騒ぎで数は減りましたが、それでも皆、式森様を慕っております。」

「まあ、殆どがリーラを慕って付いて来た奴らだが、誰もあんたを嫌っちゃいないよ。
 私達はなんだかんだ言って、誰かの為に尽くすのが好きなのさ。
 あんたの様に優しくて使えがいのある男なら文句無いよ。それにあんたは若いんだ。
 今の自分に自信が持てないなら、これから変わっていけばいいのさ。
 ………安心しな。あんたは自分で思っているよりもいい男さ。あたしが保証してやる。」

「あの時とは違って、僕は人殺しだ。君がいう優しい人間とは違うよ。」

「式森様。理性を無くして暴れている獣に、話し合いを求めるのは愚かな事です。
 悔やむ必要はありません。私とて、そのような状況におかれたならば迷わず殺すでしょう。
 私達も今までに戦場をいくつも経験しています。人に言いたくない事もあります。
 私達は、自分が傷つかない立場で綺麗事を並べる連中とは違います。
 何よりも、私の部下を守ってくれた方を拒む理由などありません。」

「………………。」

「………式森様。私の、私達の想いは迷惑でしょうか?私達を嫌われているのでしょうか?」

「違う!そんな事は無い!」

つい、大声を出してしまった。

「あの時は正直、また無理を押し付けられたと感じた。
 夕菜達絡みのトラブル続きで、嫌になっていたから。でも、やっと解ったんだ。
 君は、君達は僕を無条件で信頼してくれた、理解しようとしてくれた。
 今のままで構わないと、そのままの僕の認めてくれていたんだって事がね。」

そう。遺伝子目当てでも勝手に記憶を美化したのではなく、今の僕を認めてくれていた。
あの時はそれに気付く事ができず、随分回り道をしてしまったけれど。

「正直、メイドに囲まれて嬉しいかと言われたら肯定できないけど、君達となら一緒に居たい。
 僕はメイド愛好家ではないけど、メイドという仕事に誇りを持って生きる君達を守りたい。」

「し、式森様………。」

胸の勾玉から皆の意志が伝わってくる。この絆を捨ててはいけないという想いが。
でも………。

「ただ………1度頭を整理したいんだ。3日だけ時間をくれないか?」

その場の感情だけで決めたくは無い。あの時、冷静になったら夕菜達への想いは消えてしまった。
だから一度冷静になって、それから判断したい。下手をすれば双方が不幸になるのだから。

「君達の意見は変わらないと信じている。それでも、もう一度全員に確認を取って欲しい。」

「………嬉しいです、式森様。やっと私達の想いを認めてくださったのですね。
 解りました、仰るままに。………ネリー少尉、式森様にあれを。」

「………ぐすっ。了解です………。」

いつの間にか、ネリーは泣いていた。こう言っては失礼だが、とても可愛らしかった。
彼女が差し出したのは、銀の指輪だった。

「それと同じ物を私も付けています。付けた者同士で念話が行なえるマジックアイテムです。
 3日後に私の所に肯定の返事が来る事をお待ちしています。」

「ありがとう。じゃあ、3日後に。」

そうして、リーラとの会談は終了した。


「私達は東京支部に留まります。3日後、お迎えに行ける事を心より願います。」

「あんたが私達を認めてくれたのは嬉しかったよ。………吉報を待ってるよ。」

「うん。送ってくれて、ありがとう。」

会談の後、メイド喫茶で夕食を御馳走になった。
これはノーカウントだって2人とも笑っていた。
それから寮まで送ってもらったのだ。いたせりつくせりである。

「まだ時間はある。じっくり考えよう。」

正直、既に答えは出ている。それでも即決できない優柔不断さが恨めしかった。

でも、今日僕達は解り合う事が出来た。新たな一歩が踏み出せた。
後は次の一歩を恐れない事。そうして少しずつ変わっていこう。そう思えた。


同日深夜、MMM東京支部にて。

「………はい、そうです。恐らく誓約を受け入れるでしょう。
 ………解りました………シンシア大尉。」

案内してくれたメイドが、何処かの支部と連絡を取っていた。盗み聞きしていたらしい。
どうやら、和樹の話を理解していなかったらしい。哀れな………。


和樹がメイドの主になる日も近い!………だが、話はそう簡単には進まない。
シンシア大尉………第二装甲猟兵侍女中隊の中隊長が暗躍する。
和樹を巡り、更なる戦いが始まろうとしていた。

続く


後書き

タケと申します。2度目の投稿で、今回は長編です。面白いかは微妙ですが。

復活篇後は、キレた夕菜に和樹が理由無く吹き飛ばされるのが落ちとなったので、
あんまり好きではないんですね。それまでは許容できたんですが。
最近のSSでは、出会いから既にキシャー化してますし。
私は夕菜が和樹を愛してるとは、絶対思えないんですよ。逆も然り。
そんなわけで、今後3人娘が目立つかは不明です。

一応続きはあるので、明日UPします。それでは。

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