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「霊能生徒 忠お!(15時間目)(ネギま+GS)」

詞連 (2006-06-04 19:25/2006-06-05 10:10)
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 横島は絶望した。

 ネギ達が負けたことにではない。ネギ達は実力を100パーセント引き出した。魔法使いとして魔法の打ち合いに実力で勝利した。絶望するのは贅沢すぎる。
 一人で真祖の吸血鬼と戦わなくてはならないことでもない。この程度の修羅場、美神の下で、日常レベルで潜り抜けてきた。絶望するにはぬる過ぎる。
 横島を絶望させたのは、眼下で少女が口にしたただの一文。

「横島忠緒……いや、こう呼ぼうか?
人界最強の道化師、横島忠夫よ!」

……。


…………………。


…………………………………………………………………。


「ばれたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 横島は絶叫した。


 霊能生徒 忠お! 15時間目 〜史上最強の決戦〜


「マママママママテマテ!
 それは激しく誤解ですよ!?僕は横島忠夫なんて好青年とは全然関係ないのですよ!?」

 橋を支える柱の上、身を捩じらして絶叫した横島は、すぐさま妙な口調で何かをわめき始めた。その内容にエヴァは首をひねる。

「あぁ?何を言ってるんだ?隠す気などそもそも持ち合わせていないくせに」
「何を仰る!隠す気満々ですとも!
 だから男の身でありながらスカート履いちゃったりしてたじゃないか!
 つまり俺は女だ!」
「いや、男って自分で言ってるし」

 というかそもそも第一声の「ばれた」で、既に事実を語っていたりするのだが、そのあたりを突っ込む気もエヴァは失せた。
 どうしたものかと途方にくれるエヴァの横から、茶々丸がバトンタッチするように会話を引き継ぐ。

「『横島忠緒』の名前を住民基本台帳で調べましたところ、存在しないことが判明し、GS協会でもあなたに該当する人物を見つけることが出来ませんでした。
 さらには文珠という特殊能力を鑑み、その上である人物に確認を取りました」
「あ、ある人物?」
「ドクターカオスです」
「あのジジイぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 あのボケ老人に災いあれとばかりに、血を吐くような叫びを上げる横島。
 ちなみにカオスは地下でつる仕上げを食らっている最中であり、ある意味その呪いは既に結実しているのかもしれない。
 気を取り直して、エヴァは横島に言う。

「あのジジイに確認を取るまでは完全に確信はできなかったが、よもや本当に女に変装して忍び込んでいるとはな。恐れ入ったぞ、この変態め」

変態―――エヴァは女装というニュアンスで使われた言葉だったが、横島の脳内では変態=ロリコンと変換され、

 ぱきょぉぉ……ぉん

 横島忠夫(20)の、ガラスのハートを粉砕した。
 砕け散った真っ当な女好きとしての尊厳の痛みに、横島は身をよじる。

「違ぁぁぁぁう!俺は好きで中等部に来たんじゃない!俺は、俺はぁぁぁぁっ!」

 頭を抱えクネクネと動き回る横島だったが、それが出来るほど足場は広くなかった。
 すぐに足を滑らせまっさかさまに転落し、しかし悲鳴は上げなかった。

「俺はロリコンじゃないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 どぼぉぉん

 譲れない自己主張を叫びながら、横島は暗い水面に落ちた。
 立ち上がった水柱を見たエヴァは、何かいろいろ裏切られたような気がしていた。


 栄光の手を伸ばし、川から登った横島は、ロリの汚名を返上すべく、マシンガントークで自分の現状を説明しだした。

「仕方なかったんや!俺は悪くない!つーかどうせだったら守備範囲内の高等部がよかったんだ!」
「ああああっ!解かった解かった!解かったからもう泣き喚くな!」

 苛立たしげにエヴァは叫び、ようやく横島の説明は終了した。

(クッ……!道化師とはこういうことか!)

 エヴァは殺気に満ちた眼で、マントを雑巾のように絞る横島を睨みつける。
 横島の説明でおおよその経緯は理解した。
 横島は学園長に呼ばれたのではない。学園長は偶然に訪れた横島という要素を3Aに放り込み、状況を動かそうとしたのだろう。
 そして投げ込まれたサイコロの出した目は望外に良いものだった。現に横島のおかげで、ネギはエヴァと一対一で戦い、撃ち合いに勝ってみせた。

(そう、横島はあの坊やをここまで育てた)

 その事実を思い出し、情けない横島の様子を見て、怒りに熱くなっていた思考が冷めていくのをエヴァは感じた。
 目の前にいる横島は確かに情けなく、どうしようもないアホにしか映らない。
 だが実際、一週間前には自分と互角以上の戦いを繰り広げ、たった今、戦ったネギも横島の仕込みだ。
 横島のこの言動が演技かどうかは解からない。あるいは本心からの行動かもしれない。だが肉食獣の保護色が、獣自身が意図してそのようなガラであるわけではないのと同じように、横島のこの道化ぶりも、あるいは天性のフェイクなのだろう。

「ぶえっくしゅん!」
(フェイクだ!これはあくまで敵を騙すための横島一流のフェイクなんだ!)

 鼻水をすする横島を見ながら、エヴァは自分に言い聞かせる。

「はぁ……。
とにかく、次はどういう展開になるかは解かってるのだろう、横島?」
「ネギたちを人質にして、俺の血を吸おうって話だろ?」
「!?……フン、間抜けてばかりかと思えば話が早いじゃないか」

 平然と言い当てられてエヴァは驚き、すぐに気を取り直した。抜けていた気が、一気に戻る。
横島はやはりただの道化師ではない。

「言っておくが、そういう取引ならパスだぞ」
「強大な霊力と不老不死の肉体が手に入るのだぞ」
「GSに悪魔の誘惑は効かないんだ。受け売りだけどな」
「では、ボーヤの命はどうする?」
「他人より自分の命が優先だ。
それに女子供は殺さないし、ネギに興味があるって言ったばかりじゃないか」

 それから、と横島は付け足す。

「エヴァちゃんは魔法使いとしてネギに負けた。魔法使いとして勝負を受けてな。
 こんな形でネギを殺すことはしないだろ?」
「フン」

 痛いところを突かれて、エヴァは眉間に皺を寄せる。だが横島がこういう答えを返すのは予想の範囲内だった。だから予想と同時に

「だが流儀や矜持を曲げたとしても、お前のことを欲するかも知れんぞ、人界最強の道化師」

用意しておいた斬り返しを使った。

「人界最強とは眉唾だが、人間にしては最強クラスなのは本当だろう。
 ならば、最強種にして最強の魔法使いたる私が、お前の主になるのは当然の権利だ」
「美神さんに匹敵するジャイアニズムだなぁ…」

 エヴァは闇の女王の気品すら感じるほどに傲然と断言し、横島は引き攣った笑顔で肩をすくめる。

「吸血鬼って、実は一度なったことあるけど不自由なんだよなぁ。
 上の奴がどんなボケでアホなコト言っても万歳しなくちゃならんし」
「下らんことを言っていないで決断しろ。見捨てて逃げるか私の前に膝を折るか」

 実体験から正直な感想を言う横島。エヴァはそのコメントを単なる冗談と斬って捨てて、先を促す。
 だが、エヴァは横島の答えを知っていた。
 横島は膝を折ることも見捨てることもしないだろう。奴はきっと第三の選択を選ぶだろう。

「それじゃあさ―――俺と勝負で勝てたら、ってのはどうだ?」

横島が選んだのは、逃走でも屈服でもなく、闘争だった。
 最上級の答えに、エヴァの頬に凶悪な笑顔が浮かんだ。


 刹那の眼に映る空を飛ぶ姿。羽ばたき自由に空を舞う。
 それが―――記憶の片隅にある同族達と重なって…

「危ない!」

 声をかけられて、刹那はフェザーブレットが迫っていることに気付いた。
 迎撃が間に合わないと、覚悟を決めようとする。だが、その視界の端で真名が拳銃を構えて発砲。コンマ一秒の時間で数発の弾丸を受け、フェザーブレットは四散する。

「戦闘中に考え事とは珍しいじゃないか」
「すまん」

 刹那の謝罪を聞きながら、真名はその場を飛び退く。

(不調だな)

 真名は刹那を見ながら思う。
 戦いが始まってからすぐに、刹那の技の切れが落ちてきた。いや、そもそも戦いが始まった時点でおかしかったかもしれない。負傷した様子もないし、恐らく精神的なものだろう。現に顔色もあまりよくない。

(まあ、今の一撃で気は引き締まるだろう)

 真名は残りの銃弾を確認する。
 弾数はだんだんと心もとなくなってきている。一回の射撃につき5発前後。うち何発かは当たるが、決定打には程遠い。
 むろん手がないわけではない。真名の手元には強力なエンチャントを施した魔法弾が数発ある。だが、数が限られている上に

(なかなかに高価だからね)

 ハーピーに向けて撃った最初の一撃がそれだった。その一撃を警戒しているのか、相手も姿をみせてこない。

(何とか引き摺り下ろして、刹那の一撃で決めてもらいたいところだが…)

 真名は刹那に目を向ける。刹那は飛んできたフェザーブレット三枚を、一枚斬り捨て二枚をはじいた。
 刹那が快調なら、三枚を余裕で切り落としていたはずだ。

「決め手が欲しいところだね」

 言いながら、真名はスコープを覗き込んだ。


「くっ!まずいジャン!」

 複雑な夜空に描きながら、ハーピーは吐き棄てるように言う。
 真名と同様に、ハーピーも弾数不足に悩んでいた。

「このままじゃ禿げるジャン!」

 ある意味、真名以上に深刻かもしれない。
 もちろんギャグではない。ハーピーの羽は魔力によって構成されておりいくらでも再生する。だが、抜いたそばからすぐに生えるわけでもない。
 羽が減れば揚力も減り、機動も難しくなる。

「クソ……クソクソクソォォォォッ!」

 怒りに任せて、完全に制御できる以上の四枚の同時投げを行う。
 だが、標準のずれた羽は切り落とされることもなく全て避けられる。その次の瞬間に打ち込まれる弾丸。
 銃声は四つ。その全てが命中する。身体的なダメージはないが精神的には追い詰められる。

「こんなの聞いてないジャン!」

 相手はただの人間、それも小娘が二人だけ。
 その事実に魔族としてのプライドを傷つけられながら、だが同時に撤退の必要性も感じていた。このままではいずれ負ける。例えこの二人を倒したところで、次に同じ以上のレベルの相手とかち合ったら、確実に殺される。
 だが、撤退をする隙がない。何かチャンスがなければ…!
 焦りと怒りに苛まれながら、ハーピーはまたフェザーブレッドを投げた。


 橋の上で、エヴァと茶々丸が立っていた。横島の姿はない。

「マスター。横島さんにネギ先生達を運ばせてよろしかったのですか?」
「逃げたら逃げたで構わんさ。」

 言いながら、エヴァは横島が質として置いていったタロットカードを片手でもてあそぶ。
 だが言葉とは裏腹に、エヴァは横島が戻ってくることを確信していた。
 ネギの『エヴァを殺さない』という方針は横島にとって最大の縛りだ。エヴァを殺さないで事件を治めるためには、エヴァが納得いく形でエヴァに勝利しなくてはならない。それが力の原理に生きる闇の住人の制し方だ。今ここで逃げれば、例え今後に勝利を成したところで、エヴァは認めない。そのことを、横島は解かっているはずだ。

「マスター、横島さんです」

 茶々丸の声にエヴァが顔を上げると、橋の向こうから横島が歩いてきた。

「よ、お待たせ」
「フフ、ずいぶんと待たせてくれたな。
 だが戻ってくるとは意外だったぞ」
「ま、人質ならずモノ質を取られてるからな」

 心にもないことを言って挑発するエヴァだが、横島はさらりとかわす。
 その様子を見て小さく笑うと、エヴァはカードの束を横島に向けて放り投げた。

「返してくれるのか?そっちの方が意外だな」
「フン。どうせすぐにでも貴様ごと私のものになる。それまでは貸してやるだけだ。
 それに呪いと道具を負けた言い訳をされるのも面白くないしな。理由の半分はあらかじめ潰させてもうぞ」
「ついでに一対二じゃなくて、ネギと同じように一対一で戦ってくれるとうれしいかな、とか思ったり…」
「そこまでサービスしてやる義理はない」

 言いながらエヴァは手に魔力を集め始める。応じて横島も精神を集中させ、魂を励起させる。茶々丸のセンサーは、霊力と魔力が大蛇のように、絡み合いせめぎあう様子を捉えていた。
 戦いは始まったのだ。

「ルールの確認だ。
 何でもありで、相手に敗北を認めさせるか、戦闘不能に追い込むまで。
 エヴァちゃんが勝ったら俺の血を吸う。俺が勝ったら、ネギを狙うのをやめてもらう」
「フン……人間の分際で吸血鬼に勝てると?
 牛や豚が草を食み、その牛や豚を人が食らうのと同じように、私が人の血を吸うのは自然の流れ。生態系の下位のものが上位のものに刃向かうなど、本気で出来ると?」
「生態系で上って言っても、所詮は蚊やノミと同類だろ、吸血鬼なんてさ」
「よく回る口だな」
「そりゃどうも」

 リップサービスは終了した。
 一瞬だけ、魔力と霊力が凪のように静まった。
 だがそれは、大波の前の溜め。
 エヴァと横島、両者は一瞬だけ眼を合わせて―――

「こおる大地(クリュスタリザティオー・テルストリス)!」
「天蠍!螢惑に力与え爆炎を成せ!」

 ぶつかり合う氷と炎。
 立ち上った水蒸気が、戦いの狼煙だった。


 視界が晴れるより先に、無言で茶々丸が駆け出した。
 普段なら一声、失礼しますと声をかけるところだが、相手は一週間前に手痛い一撃を貰ったあの横島。その暇すらない。
 背面ブースターを使い、横島がいた方に向けて一直線に加速する。だが茶々丸が横島との中間点、エヴァと横島の一撃が衝突した地点に差し掛かる前に、蒸気を割って横島が飛び出してきた。その手には、既に栄光の手が発現している。

「速い…!」

 自分を上回る加速に驚きながらも、茶々丸は振り下ろされた横島の右手を掴んで止める。
 だが横島は無理に振りほどくことをせず、相対速度を生かして肩から茶々丸へとタックルを仕掛ける。
 茶々丸は横島の右手から手を離し、後ろに飛んでダメージを殺す。
 着地する前に両手のロケットパンチで横島を牽制する。だが、横島は爪先立ちで進み、上半身を逸らすだけで二つともかわす。ボクシングのスウェーだ。

(前衛から順に撃破するつもりと考えられます)

 一週間前の戦闘や周囲の環境から中国拳法を想定していた茶々丸は、急遽メモリーからムエタイやボクシングを想定した回避行動をいくつか考える。
だが、追いすがった横島が使ったのは膝蹴りでもアッパーでもない。やや内股気味に一歩踏み出し、左手を引いて右手を突き出す。

「はぁっ!」

 正拳突きだ。意外性と直線的な軌道による拳の到達までの速さは、茶々丸の回避力を上回る。横島の拳は茶々丸を捉え殴り飛ばした。

「魔法の射手(サギタ・マギカ)!連弾(セリエス)氷の17矢(グラキアリース)!」

 横島が更なる追撃を加える前に、エヴァが二発目の魔法を撃つ。横島はタロットを二枚、手に取った。

「宝瓶!辰星に力与え防壁を成せ!」

 言霊に従い横島の目の前に水柱が上がる。氷の矢は水柱を射抜き凍りつかせ、その一部として埋没する。
 その間に茶々丸は受身を取ってエヴァと横島の間に立ち塞がり、横島のエヴァへの接近を牽制する。
 しかし横島が選択した行動は、格闘のための接近でも陰陽術でもなかった。
 左手を氷柱に添えて霊力を注ぎ、右手の霊波刀の形を一端が太く、もう一方が細くなっている棒―――バットに変える。
 意図が解からず警戒するエヴァと茶々丸に、横島はにやりと笑ってから横島は霊波バットを振りかぶり

「サイキック千本ノック!」

 思いっきり氷の柱を打ち据える。
 氷の柱は粉砕され、散弾のようにエヴァたちに向けて飛んでいく。名前の間抜けさに反して、ずいぶんと凶悪な攻撃だ。霊力を付加された鋭い氷片は、直撃すればただではすまない。
 エヴァは魔法障壁で防ぎ、茶々丸は上に飛んで避ける。だがその場所に向けて横島は跳躍する。栄光の手は霊波刀の形に戻っている。
 横島が横凪に斬りつける。だが茶々丸は足のブースターで姿勢を制御。横島の頭上をバクテンで飛び越える。
 横島に飛翔能力はないはずだ。だから茶々丸の眼下には、無防備な横島の背中があるはずだった。
 だが、

「―――ロスト?」

 だがそこには横島の姿はなく、氷の散弾でぼろぼろになったアスファルトだけ。

「後ろだ!」

 エヴァの声を聞き、茶々丸は振り返る。そこで天地逆さまになった横島と目が合った。
 なぜ、そこに飛行能力のない横島さんが…!?

「よう」

 驚愕に起因する、エラーにも似た思考停止は、横島の声で解けた。だがその時には既に回避は不能。横島は茶々丸の首をホールドすると、首切り投げの要領で、地面に向けて投げ飛ばす。
 茶々丸はブースターで姿勢を制御して墜落を避ける。その横を、横島は『駆け抜けた』。

「!?」

 まるで不可視の階段を駆け下りるように茶々丸を抜き去った横島を見て、茶々丸は横島の空中移動のカラクリを知る。
 宙を蹴る時、横島の足の裏にわずかな霊力が確認された。それは横島のサイキックソーサだった。足の裏で指向性を持たせてソーサを爆発させ、その圧力に乗る形で虚空を駆ける。
サイキックブースト。横島が鳴滝姉妹と楓の前で披露した、サイキック水蜘蛛術の発展系――というより本来の使い方だ。最初の一合で茶々丸以上の加速を得たのも、コレと同じ方法だった。
 地面に到達した横島は、まだ姿勢制御に手惑う茶々丸にタロットを向ける。

「巨蟹!歳星に力与え縛鎖を成せ」

 タロットから風と雷光で出来た鎖が伸びる。どこかネギの魔法の矢に似たそれは茶々丸にせまる。

「防御プログラム起動」

 茶々丸はシャボン玉のような結界を作り、まきついてきた鎖から身を守る。結界面に触れた鎖は、徐々に光となって崩壊していくが、横島はその消費分の霊力をつぎ込むことで再生する。
 その拮抗こそ、エヴァの好機だった。

「連弾(セリエス)!闇の29矢(オブスクーリー)!」

 魔法の矢が横島に向けて放たれる。茶々丸に集中している以上、こちらの攻撃に対処できる実は使えないはずだ。エヴァの攻撃に気付いて、横島は茶々丸にかざしていたタロットをしまい、サイキックブーストで駆ける。
 地面という実体があるため霊力を、純粋に加速力としてのみに利用できる。横島は瞬動並の加速を得た。
 ブースターの連続使用により着弾までの時間を稼ぎながら、横島は霊波刀を棒状にして、構える。

「カァァァァァァァッ!」

 獣のような叫び声を上げ、横島は伸ばした霊波如意棒を連続で突き出す。秒間数十回にも及ぶ突きの連続は、闇の矢を全て撃墜する。
 その技の冴えを見ながら、エヴァは哄笑交じりに言う。

「大した芸当だ!お礼に私もちょっとした余興を見せてやろう!」

 横島が問い返すより早く、茶々丸が足のブースターで距離を詰めてきた。
 横島は構えようとして、自分の左腕が動かないのに気付く。見れば左腕に、何条かの細いきらめきが見えた。

「糸か!?」

 横島はエヴァの言っていた余興の正体に気付く。その時には、茶々丸は眼前にまで迫っていた。

「ちっ!」

ここにきて始めて表情を険しくした横島は、右手から何個かサイキックソーサを作り出し、茶々丸との間に浮かべる。
 それらのソーサと自由になっている右手や足を使い、茶々丸の攻撃をなんとか凌ぐ。
 一連のコンボが終了し、茶々丸が次の攻撃のために距離をとる。そのとき横島は、右手の栄光の手を、一連の攻防の末に一枚だけ残ったソーサに叩きつけた。

「サイキック猫だましMk-2!」

 またもや微妙なセンスの技名を叫ぶと同時に、閃光と大きな破裂音が鳴り響く。
 茶々丸が僅かに動きを止めた隙をつき、左腕の糸を霊波刀で断ち切り、後ろに飛んで間合いを取り、だがそれ以上の動きは出来なかった。
横島が茶々丸と戦っている間に、既に無数の糸が張り巡らされたはずだ。現に橋の上には、星光を反射する糸が何本も見える。下手に動けばまた糸に絡め取られるだけだ。
 糸で作られた結界の中央で、エヴァが獲物を捕らえた蜘蛛のように笑っている。

「フフッ…。私は人形遣いだ。糸を使うのもお手の物さ。
さぁ!闇に張り巡らされた糸をどうやって見極める?」
「そんなの、見えれば問題ねーよ」

 横島は答えながら、右手に小さな珠を取り出した。文珠だ。文珠の中には《色》の文字。
 横島が発動させると糸が蛍光色を帯びて、闇の中から浮き出てきた。コレならば避けることとて難しくない。
 罠が丸見えとなり、しかしそれでもエヴァは余裕の表情を崩さなかった。

「ほう…。便利だがずいぶんと地味な使い方をするじゃないか、文珠使い」
「有効な使い方だと思うけど?こういうのは見えてないのが強みなんだからさ」
「そうとも限らんぞ!」

 エヴァは言うと右手を振り上げる。それと同時に、橋の両脇から軋みが聞こえた。

 ギ…ギ…ギギギッ!

 金属同士が擦りあう音。音源は橋を支えているワイヤーだった。
 寄り集められ太くなったワイヤーの一筋一筋が、意思ある存在かのように身をよじり解け、それぞれ一本の糸になる。
 横島の手の平の中で発動を続けている文珠は、その込められたイメージに従って鉄の糸に彩色を施すが

「コレだけの鉄線なら、見えたところで脅威だろう。
 ―――行け!」

 色とりどりとなった鋼鉄の蛇たちに向けて、エヴァは号令を下す。
 横島を打ち据えようと殺到する鉄の鞭。その様は、天が落ちてくるような威圧感がある。

「鞭を握ってるのがレザーなボディコンのお姉さまなら、食らってやっても良かったんだけど…」

だがそれを前にしても、横島は平然と軽口を叩く。

「ロリっ娘相手はその気に成れんし」

 最初の一撃が到達する直前、横島は《色》の文珠をかざした。

ズバン!

 文珠が強く輝くと同時に、全ての糸が寸断された。
 その現象にエヴァは驚愕する。エヴァは以前、文珠を研究したことがある。その結果判ったことの一つが、文珠は与えられた一文字分のキーワードの効果を発動させるものであり、言い換えればそれ以外の効果を有し得ないということだ。
 それなのに

「文珠が与えられたキーワード以外の効果を発動させるなど…!」
「与えられたキーワード通りだぞ?」

 横島の声にエヴァが下を向けば、横島は千切れた鉄線を掻き分けて、サイキックブーストでエヴァに迫っていた。橋の上で待機していた茶々丸のガードも間に合わず、横島はエヴァを跳び越して

「《糸》と《色》を併せれば……《絶》だ!」
「レ、氷盾(レフレクシオー)!」

 気合一閃、横島は上から霊波如意棒でエヴァを打ち据える。とっさに障壁を作るエヴァだったが、霊力の棍は氷精霊の障壁を打ち砕く。

「マスター!」

 受け止めようとエヴァの落下地点に駆けつける茶々丸。それを見ながら横島は、戦闘開始直後から張っていた罠を起動させる。

「サイキックソーサ…再動!」

 横島は言霊と共に霊力を発する。それに呼応して、橋の上に無数の光の円盤が生じる。
 それらは、横島がサイキックブーストに使ったソーサだった。込められた霊力の殆どを使い果たした残滓は、横島から送られた霊力で蘇った。そして、さらに送られ続ける霊力によって、光はより一層強さを増す。
 コレはマズイ。
 歴戦の果てに磨き上げられたエヴァの勘が警鐘を鳴らす。

「退避だ、茶々丸!」

 エヴァの声と同時に

「サイキック……クレイモア!」

 無数のサイキックソーサが、いっせいに爆発し―――


 橋の一区画が崩落した。


 轟音はハーピーの耳へも届いた。

「これは…!?」

 先ほどから感じていた霊力と魔力の激突。
 恐らく自分と同じように進入したものがいたのだろう。そこに割り込むことで状況を混乱させ、その隙を突けば逃げれるかもしれない。
 そんな計算をして、ハーピーは回避と反撃を繰り返しながら、少しずつ橋の方向へと向かっていった。


「っく…橋を落とすとは、無茶をする奴だ」
「確かに橋を落としたのは横島さんですが、半分くらいはマスターがワイヤーを利用し橋の強度を損なったのが原因だと考えられますが?」

 まるでパニックムービーのワンシーンのような光景を俯瞰しながらエヴァと茶々丸は言う。話の内容の呑気さとは異なり、二人は背中を合わせて極度の警戒をしていた。
 横島の姿が見えないのだ。
 爆発の瞬間、ソーサはエヴァと茶々丸の方向に向けて、散弾のような霊力の欠片を撒き散らして爆発した。
 二人は上空へと飛んで事なきを得た。だが見下ろした時、橋の上にも支柱の上にも、横島の姿が見えない。
       クレイモア
「フフ…指向性対人地雷というわけか?」

 エヴァは自分が嫌な汗をかいていることを自覚しながら、どこにいるか分からない横島に向けて言葉を放つ。
 答えを期待していなかった問いへの返答は―――
    クレイモア
「いや、大剣だ」

 真上から聞こえてきた。
 二人が仰ぎ見たところに横島はいた。
 雲の切れ間から覗く星空を背景に、真っ直ぐ自由落下してくる。その右手を小さな光の粒子―――橋の上でエヴァたちを襲った光の散弾が取り巻いていた。
 その右手に、横島はソードのAを持って唱える。

「根源たる刀剣の符よ!力を束ねて大剣を成せ!」

 横島の右手に集っていた光が、収束する。
 明確な形を取ったそれは、一振りの巨大な剣に成った。
大剣を携えた横島は、サイキックブーストを展開。重力加速度を超え、エヴァに向けて空中を疾駆する。

「茶々丸!」
「はい!」

 茶々丸は応えると、加速。

「はああああああっ!」
「防御プログラム、起動!」

 空中で、横島と茶々丸が接触する。
 茶々丸は全ての回路を結界発生システムにつないで電力を供給する。だが剣と盾の闘争は剣の勝利に終わった。
 結界面にひびが入り、結界発生ブレードが想定以上の負荷を受けて、融解を始めた。
 僅かに二秒の出来事だ。
 だがその二秒こそ、茶々丸が稼ぐべき時間だった。
 茶々丸が振り向くと、エヴァが術を完成させた。

パキィィィィン!

 涼やかな音。エヴァの手刀を光が包み、巨大な氷の大剣を形成した。
 主の準備を確認し、茶々丸は身をひねって横島の大剣から逃れる。それと同時に、結界発生ブレードがはじけとび、結界が消失する。
 巻き込まれぬように離脱しながら、茶々丸はエヴァと横島に眼を向ける。
 薄い黄緑の光の大剣と、冷たい青の氷の大剣が―――激突した。

「サイキック………クレイモアァァァァァァァ!」
「エグゼキューショナー(エンシス・エクセク)ソード(エンス)!」

 ドン!

 少女二人分の質量のぶつかりとは思えない重低音。
 霊力と魔力のせめぎあいによって生まれた力場が荒れ狂う。
 一見すれば拮抗している鍔迫り合いだが、当事者である横島は押し負けることを確信した。術としての出力はほぼ同じだったかもしれないが、茶々丸の結界とぶつかったゆえの消費分、横島の大剣の方が弱い。
 横島は剣を握った手の平の内に、二つ文珠を作って文字を込め、そのうち一つを大剣に叩き込む。

《爆》


 文珠の発動と同時に、横島の大剣は、エヴァの大剣もろとも爆発し、二人の姿もその中に消えた。

「マスター!横島さん!」

 茶々丸は思わず、敵である横島の名前も呼んでしまう。
 その声に最初に応えて爆煙から飛び出したのは、長い金髪を靡かせた小柄な人影だった。
 その人影は意識がないのか、真っ逆さまに水面へと落ちていく。

「マスター!」

 エヴァが泳げないことを知っている茶々丸は、慌てて追いかける。
 手を伸ばせばもうじき届くというところまで追いついた時、

「だ、騙されるな、茶々ま、ケホッ…!」

 咳き込むエヴァの声が、真上から聞こえた。上空を見ると薄くなった煙の中に、咳き込むエヴァの姿があった。
 では、いま助けようとした者の正体は…!

「残念、ハズレだ」

 エヴァと思っていた人影は、バンダナを巻いていた。横島だった。顔の部分だけ除き、髪も体型も服装までもがエヴァのものになっていた。
 慌てて逃げようとする茶々丸だったが、横島は文珠を投げつける。

《縛》

 文珠が発動すると同時に、茶々丸は体のコントロールが効かなくなったことを悟る。
 そのまま墜落しかけるが、その前に横島が茶々丸を抱きかかえ、橋のまだ崩れていない所に降り立った。

「横島さん、それも文珠の…?」
「ああ」

 横島は答えながら、《縛》の文珠で動きを封じた茶々丸をそっと橋の上におろした。
 爆発の直前、二つの文珠にはそれぞれ《爆》と《模》という文字を込めた。
 大剣を爆発させる直前に《模》の文珠でエヴァをコピーする。後はエヴァが行うのと同じ防御魔法を使い爆発を凌ぐ。爆発は必要以上に煙が出るようにイメージした。
 案の定、エヴァは煙にむせて動きを止め、茶々丸からも二人の姿を隠す。
 後は気絶したふりをしながら落下していき、茶々丸が接近した時点で捕獲するという寸法だった。

「よもや私に化けて茶々丸を騙すとはな」

 少し遅れて、エヴァが横島の前に降り立つ。横島は茶々丸から一歩はなれて、人質にするつもりがない意思を示しながら口を開く。

「さてと、とりあえず茶々丸は脱落。後はエヴァちゃんだけだけど……どうする?」
「フッ…私だけ?言っておくが私には「ハッタリはよせよ。今の魔力じゃチャチャゼロもろくに動かせないだろ?」…なに?」

 横島が知らないはずだった第一の従者の名前に、エヴァは夢を覗いたネギが横島に教えたのかと推測するが、

「ネギに教えられたわけじゃないぞ。今ならエヴァちゃんの考えていることは読めるからな」
「………そうか…私の能力をコピーするだけではなく、思考までコピーという訳か」
「表層意識だけだけどな。ちなみに停電があと八分すれば終わりで、そうなったらまた封印も復活するってコトも知ってるぜ」
「そこまで解かっているなら、私の返答も解かるな」
「…八分もあれば、私一人で十分だ、ってか?」
「そういうことだ」

 自信満々に言うと、エヴァは再び夜空に舞い上がる。
 横島はその思考を読むが、その自信は本物であり、その上、強者との戦いの愉悦に興奮している。説得の糸口がまるで見えない。

「しょうがねーなぁ!」

横島は《模》の文珠を解除し、同時に茶々丸の《縛》の文珠も解除する。

「いいのですか?」
「いいのですか、っていうか、茶々丸は完全に負けた以上、戦いには参加しないだろ。なら近くにいても危ないだろ」
「……失礼します」

 茶々丸は二人から離れる。エヴァも何も言わないところから見て、茶々丸抜きで戦うつもりなのだろう。
 タロットを構え、さてどうしようかと作戦を考える。


 殺気はまさに、その瞬間に感じた。


「横島さん!」
「エヴァンジェリン!」

 横島とエヴァ、その両者に向けられた警戒の声は、殺気の直後だった。
 殆ど勘で、横島はサイキックソーサを展開する。
 そのサイキックソーサに、魔力を帯びた羽が突き刺さった。

「フェザーブレッド…!?」

 見覚えのある技に、美智恵が持ってきた写真のことが頭を掠める。

「うわっ!?」
「チャンスジャン!」

 だが深く考える前に、二つの声が聞こえてくる。
 一つは空中でバランスを崩したエヴァのもの。そしてもう一つは、麻帆良方面から聞こえてきた。
 声の主は、翼を持った女の姿をしていた。
 その姿に、横島は見覚えがあった。


「ハーピー!?」


 自分の名を呼ばれて、ハーピーは一部が崩れた橋の上にいる少女を見た。


 ハーピーは林を抜け、学園外の境界である川に架かった橋の近くまで来た。二人の人間の女を見つけた。一人は空中、一人は橋の上に立ち、互いに牽制しあいこちらに気付いていない。

「あれは…!」

 自分を追いかけていた二人のうち、ライフルを持った方が、橋の方にいる二人をみて、表情を動かしたのを、ハーピーは見た。
 知り合いか?
 とっさにハーピーは、橋の方にいる二人に向けて一枚ずつフェザーブレッドを投げる。
 橋の上にいたほうは、盾のようなものを使って防御したが、飛んでいたほうは直撃を受けたらしい。
 それを見て、自分を追いかけていた二人は明らかな反応を見せた。

「横島さん!」
「エヴァンジェリン!」

 それを見たハーピーは、これぞ好機と悟った。

「チャンスジャン!」

 ハーピーは言うと一直線と学園の外へと向かって羽ばたく。追ってきた二人も追撃しようとするが、その牽制のために羽を三枚投げる。
 それによって、ハーピーは二人を完全に振り切った。

「ハーピー!?」

 橋の近くに差し掛かった時、撃った二人のうち、橋の上にいた方が名前を呼んできた。
 どうして知っているのかと疑問に思うと同時に、その少女の顔に見覚えがあった。

(文珠を使っていたガキ!?)

 ハーピーは、どうするべきかと考える。

「邪魔をするな、鳥がぁっ!」

 しかし思考は、横からかけられた怒声で中断された。
 見れば、自分のフェザーブレッドの直撃を受けたはずの少女がいた。
 金髪の、しかし人にあらざる気配を纏った少女は、怒りに燃えて魔力――自分の霊魔力とことなる魔法の力を紡いでいた。


 横島との対決に、水が差された。突然に横から飛んできた攻撃を食らったのだ。
 横島に集中しすぎたのかもしれないし、長い平和な生活で勘が鈍ったのかもしれない。
 だが、それでも攻撃を食らった事実はわからない。吸血鬼が常時張っている結界のおかげで傷を負わずに済んだが、甘美な時間を中断された事実は変わらない。

「どいつだ……」

 怒りに燃える眼で無粋な不届き者を探す。犯人はすぐに見つかった。
 半人半鳥の女悪魔。力は中級かその程度。そんな小物に、楽しみを邪魔されたとは……!

「邪魔をするな、鳥がぁっ!」

 叫びながら、エヴァは魔法の矢を放つ。その数は十数本。
 当たればこの魔族もただでは済むまい。
 だが…

「いけない!マスター!停電の復旧が予定より…!」

 バシャン!

 茶々丸の声は、橋の支柱の上に備え付けられたライトが灯った音にかき消された。
 予定より早く電力が復旧したのだ。
 そのことにエヴァが気付くのと同時に、感電をしたような衝撃が体を突き抜けた。

「きゃんっ!」

 小さく悲鳴を上げ、飛行のための魔力も失ったエヴァは落ちていく。

「貴様ぁぁっ…!」

 逆さに成った視界の中で、動くものがあった。
 それは魔法の矢で撃った鳥の悪魔だった。
 矢を受けぼろぼろになった羽や顔の半分から、不気味な色の血を垂れ流しながら、悪魔は羽を一枚引き抜く。

「殺してやる!」

 怨嗟の叫びを上げて、魔族は羽を振りかぶった。


「どうなってやがる!?」

 横島は状況が全くつかめなかった。
 なぜ、ハーピーがここにいるのか?
 なぜ、刹那や真名がハーピーと戦っているのか?
 なぜ、急にエヴァが力を失って落下を始めたのか?
 だが一つだけ、このままではエヴァが危ないということだけは分かる。
 ハーピーのフェザーブレッドは強力だ。真祖の吸血鬼とはいえ、力の大半を封じられているエヴァが直撃を受けたら、無事ではすまないだろう。
 だが、今の位置からでは助けれない。
 ハーピーが撃つのを止めるにも、エヴァを庇うにも距離はありすぎ時間はなさ過ぎる。

(《超》《加》《速》しか…)

 それは文珠の三文字並列制御だ。
 普段なら難なく使える技だが、

(今の俺に出来るか?)

 女となった横島は、二個が限界だった。リハビリのつもりで練習はしているが、三個制御は文珠ももったいないので、やったことがない。失敗の公算は大きいが

(迷ってる暇はない)

 瞬間的に文珠を三つ作ると、それぞれに《超》《加》《速》の文字を入れる。
 それと同時に、ハーピーがフェザーブリッドを投げた。

(間に合え!)

 集中により意識が加速し、視界は狭く、モノクロの、ゆっくりしたものになる。集中には成功している。あとは文珠を発動させるだけ。しかし

(まずい…!)

しかし三つの文珠は、それぞれでたらめに共鳴しあい、反発しあい横島の制御を離れようとする。いくら制御に集中しても、それはゆれるコップに入った水のように、こぼれて形を失いそうになる。

(失敗、なのか…?)

 三つの文珠が、無意味な霊波の光となって徐々に崩壊していくのを、横島は感じた。
 その目の前で、ハーピーの羽がエヴァとの距離の半分を過ぎた。
 間に合わない。
 今からもう一度文珠を呼び出すなど間に合わない。
 ハーピーの羽はエヴァを貫いて―――
 エヴァの命を…

「マスタァァァァァァッ!」

 茶々丸の悲鳴。それが横島をエヴァの死という幻視から目覚めさせる。
 エヴァはまだ死んでいない。制御にはまだ失敗していない。

(認めれるか…)

 認められない。
 目の前で、手を伸ばせば届くところで、知ってる奴が血や、涙を流すことなど認めれるはずがない!
 そのために、それを認めないために、俺は力を求めたのに!
 こんなこと―――

「認めれるかよ!」

 叫んだその時、

 ミシッ…ぴきっ

 横島の中で、何かが軋みはじける音がして。
 そして、世界は停止した。


(ああ…死ぬのか)

 エヴァは、空虚さを感じていた。
 自分に向かってくる魔族の攻撃が、やけに緩慢に見える。体のど真ん中に寸分たがわず飛んでくるそれは、ただの子供の姿になってしまった自分には、到底避けようがない。

(つまらん終わり方だ)

 自分の最期は、もっと悲惨で、凄絶で、壮大なものになると信じていた。それだけの業を重ねてきた。だが、実際は酷くあっさりとしたものだった。

(いや…案外それが当然なのかもな)

 ずっと昔、十歳の誕生日に吸血鬼にされてから、何人殺してきただろうか?
 その内の何人が、吸血鬼に殺されるのを予期していただろうか?きっと私が与えた死は唐突な上、不条理なものだったに違いない。それこそ今の状況のような

(自業自得だな)

 思いながら、エヴァはフェザーブレッドを眺める。

―――危なかったなー、ガキ―――

 その脳裏に浮かんだのは、サウザンドマスターの、ナギの記憶だった。

―――さあな、まあ食えよ―――
―――俺について来たって何もイイこたねーぞ―――
―――オイオイ―――

(どうして今さら、こいつのことを…)

 まるで走馬灯みたいだと自嘲して、エヴァははっとする。
 そうだ、コレは走馬灯だ。だが…

―――登校地獄―――
―――あっはっはっは―――
―――素晴らしく似合ってるぜエヴァンジェリン!―――

 だが、サウザンドマスターの思い出しか出てこないというのは…

―――まあまあ、学校生活も楽しいもんだって―――

(きっと、あいつと過ごした時間の方が、その前に会った600年より価値があったからなのだろうな)

―――光に生きてみろ。そしたらその時、お前の呪いも解いてやる―――

 この守られなかった約束こそが、自分の人生の全てにおいて、最も価値のあるものだったのだ。

「嘘つき」

 小さく、誰にも聞き取れないほどに小さく呟く。
 それを末期の言葉と覚悟して、すぐそこまで迫ったフェザーブレッドを見ていた目を瞑る。
 だが…その体が、温かいぬくもりに包まれた。

「えっ?」
「諦めてんじゃねーよ」

 なぜか、サウザンドマスターに呼ばれた気がして、エヴァは顔を上げる。だがそこに会った顔は、サウザンドマスターとは似ても似つかない東洋人の青年だった。
 彼の左手はエヴァを抱きかかえ、右手には恐らくフェザーブレッドを弾いくのに使った霊波刀が作れていた。
 目が大きくやや童顔気味で、バンダナを巻いている。
 その二つの特徴に、エヴァは自分を抱いている男の正体に気付く。

「まさか…横し…」
「悪い、つかまってろ」

 横島はそう言うと、虚空を蹴ってサイキックブーストを使う。
 ビデオの早送りのように視界が廻り、次の瞬間にはハーピーの目の前にいた。
 数十メートルを一瞬。そのありえない程の移動速度に、ハーピーは何が起きたのか理解できていない。だが、相手がいくら女でも、自分の知り合いを脅かす敵を待ってやるほど、横島は紳士ではなかった。

「極楽に……逝かせてやるぜ」

 二歩目のサイキックブースト。横島はそのすれ違いざまに、ハーピーの胴体を、横凪に真っ二つに切り分けた。


「ウソ…ジャン」

 落下しながらハーピーは、自分の下半身が自分とは別に落ちていくのを見て、殺されたことに気付いた。
 首をひねれば、自分の殺し手が、自分を魔法の矢で撃った少女を抱えたまま、地面に着地したのが見えた。

「横…島……た、だお」

 そこでようやく、自分が探していた文珠使いの女こそ、姿を変えていた横島忠夫だったということに気付いた。
 迂闊だった。相手が文珠使いなら、ありえないことではなかったのに…

(せめて…このことを伝える、ジャン…!)

 それは組織への忠義ではなく、せめて一矢という復讐心だった。
 無事な羽の一枚を小鳥に変えて放ち―――ハーピーの体は、灰に変わって夜風に解けた。


つづく


あとがき
 最近レンタルビデオ屋でケロロ軍曹を見始めた詞連です。冷たい現代社会でささくれ立った心にとって、ああいうナンセンスギャグは特効薬ですね。つか版権元が同じだからってあそこまでやっていいんでしょうか、ガンダムネタとか。まあそれを言っては二次創作なんて書けないんですけど。
 さて、今回は80パーセントバトルです。実は二回ほど書き直しました。これでも第二稿目よりはかなり短くなったんですが…やっぱり冗長でしょうか?
 決着は、サウザンドマスターのくだりを入れたかったので、原作に近い形にしつつ、横島の実力の程を主張できるようにしてみました。どうでしたか?

 ではレス返しを

>暇学生氏
 ハーピーは完全にやられ役でした。まあ、原作だと悪魔じゃなくて妖怪扱いされてましたし(笑)
 取り合えず、ネギ君が「初恋の相手は年上のお・と・こv」という絶望的事実を突きつけられるというイベントは回避されました。勝敗は水入り、横島の判定勝ちという方針で。

>オンナスキー氏
 あえてこっちを使うあたり私もひねくれ者ですね。
 読んでいただきましたか、本編を。それは良かったです。一応それで全てと記憶しています。というのも、実は私12巻までしか持ってないので…。一応マガジンをなるべく毎週チェックしてストーリーについていくようにはしてるのですが…。

>D,氏

 ネギ君は上達しました。というより元々のポテンシャルを有効活用できるようになった、といった感じでしょうか?
 エヴァ戦はお楽しみいただけましたか。ご期待にそれたのなら良いのですが。

>鉄拳28号氏

 やっぱり少しくどかったですか。すみません今回もくどいです。むしろ前回があっさり系前菜レベル?
 切れ切れになっちゃうのはやっぱりだめですか。一応横島のレッスンと、それぞれのレッスンを利用してネギが戦うというのを交互に見れるように配置したつもりですが、いささか技巧に走りすぎました。参考にさせていただきます。

>シヴァやん

 はい、ネギはきちんと成長しています。私もこういう駆け引きが好きなので、を楽しんでいただけたのなら幸いです。

>わーくん氏

>ついでに(笑)、ハーピーと刹那&真名はどーなるんだろ?
 スミマセン、留めは横島が行きました。まあ、相手の逃走で判定勝ちということで。

>鳴民

>まあ、ハーピーが横島を発見できればでしょうけど。
発見しました。即殺でしたが。

>女性化は治るが事情によってもう一度女性化して再転入してくれると面白いですね。
 秘密です(笑)

 さて、次回は総決算。
 可能なら土曜に16時間目、日曜にHRという感じで投稿できればなぁ、と無謀なことを考えています。では…

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