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▽レス始

「霊能生徒 忠お!(14時間目)(ネギま+GS)」

詞連 (2006-05-28 23:09/2006-05-30 08:10)
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 雲の切れ間から差し込む月光の下、韻を踏んだ呪文が滔々と詠み上げられる。
 屋根の上に立った詠み手のエヴァは、天に手をかざす。

「魔法の射手(サギタ・マギカ)! 連弾(セリエス)・闇の77矢(オブスクーリー)!」

 エヴァの周囲に無数の閃光が瞬き、そこから闇色の魔弾が宙へと撃ち出された。
 闇の矢は紫電の軌道を刻みながら上昇し、やがて四散し夜空に溶けた。

「お見事です。マスター」

 幻想的な光景に、茶々丸が賞賛の声を上げる。だがそれを作ったエヴァは自分の手の平を見つめていた。

「ふむ……。まあ、満月でもないし、この程度だろうな。
 茶々丸、佐々木まき絵達は?」
「既に大浴場で待っています」

 茶々丸の応えに、エヴァは鷹揚に頷くと天窓から屋内に入り、窓を占める前に、一顧して闇の中に沈む麻帆良を見る。
 灯の消えた麻帆良は強い光源がないために、逆に深い闇もない。天然の光が薄っすらと麻帆良を包み、停電の前より遠くが見れる。ただでさえ夜目が効くエヴァには、学園の境界である橋の影が見えていた。

「狭いものだな」

 魔法で一っ飛びの距離。それだけが今、エヴァに許された世界だ。その先は、15年前に奪われた。
 その時はまだ辛くはなかった。

―――卒業する頃にはまた帰って来るからさ―――
―――光に生きてみろ―――
―――その時、お前の呪いも解いてやる―――

 かけられた呪いは、あいつとの約束であり絆だった。
 囲む結界は光に生きるために爪牙を封じられた自分のために、あいつが用意してくれた守護だった。
 封じられた力も、限られた範囲も、自分を守ってくれるものだった。
 しかし、3年後の春にもあいつは来なかった。その時は、遅刻とはいい度胸だと、会ったらまずは殴ってやろうと誓った。
 5年後、あいつが死んだという噂が流れたが、何を馬鹿なことをと鼻で笑った。
 9年後、3度目の卒業式をボイコットしながら不安になった。とにかく会いたいと願った。あの日向の大地のような暖かい手で頭を撫でてほしいと願った。けれどそれでも来なかった。
 12年後、あいつが帰ってくる夢を見た。目が覚めて、あいつがもう来ないと理解した。
 約束が破れれば、呪いはもはやただの呪いに過ぎず、結界はただの檻に過ぎない。
 待ち人が来ない事実は容易に絶望を生む。老いも死もないこの体で、麻帆良という箱庭の中で永久に飼い殺しされる。緩慢で空虚な時の流れの中で、心だけが朽ちていく。
 そんな穏やかな絶望に、半年前に一条の光明が差した。

―――サウザンドマスターの息子が麻帆良に来る―――

 その時、灰色に染まっていたエヴァの心が脈打った。
 コレで終わると。
 その想いの意味するところが、自分を取り巻く状況のことか、はたま自分自身のことかは、エヴァにも分からなかった。だがどちらにせよ、この倦んだ状況が変わるのだけは確かだった。
 エヴァはすぐさま準備を始めた。まるで想い人との逢瀬を待つ乙女のようなだと、茶々丸にからかわれるほどだった。
 そして半年後、ネギが連れてきた感情は、失望と安堵だった。
 ネギは良くも悪くも魔法学校をいい成績で卒業した優等生に過ぎなかった。
 正攻法で魔法を学び、正攻法で魔法を使う。正しいことを正しい手段で行う。確かにヒヨコとしては優秀。だが、所詮は枠の中。温室の花。
あらゆる意味で型破りだった、サウザンドマスターとは、比べるべくもなかった。
 そのことにエヴァは、呪いの解除は楽に済みそうだと確かに喜んだ。だが、同時に僅かに悲しみに似た虚しさも感じた。
所詮はこの程度なのか、と。15年待ってやって来たのは、こんなつまらないボーヤだったのかと。
 だが、その感想は早とちりだった。15年の待ちぼうけの果てにやって来た者は一人だけではなかった。

―――美神除霊事務所所属、GS横島忠緒―――

 ネギの前に、一人の少女が立ちはだかった。
魔法とは異なる術で、怪異に立ち向かう者―――GS、ゴーストスイーパー。
 霊能力者と戦ったことも幾度となくあるエヴァだったが、横島はその中でも最上級の敵だった。力は言うに及ばず、その胆力、状況把握能力。ありとあらゆる点において、この15年の空虚の対価となるほどの存在。
 それもそのはずだ。なぜならあの小娘の正体は、自分の推測が正しければ……


「マスター、どうされました?」

 茶々丸に声をかけられ、エヴァは思考に沈んでいた自分に気付く。

「先程の試射で何か不都合な点があったのですか?」
「いや。なんでもない」

 言葉少なく言うと、エヴァは屋内へと歩み入る。
 これから始まるであろう、甘美にして殺伐たる時間に胸をときめかせて。


霊能生徒 忠お! 14時間目 〜Dance in Darkness(後編)〜


 実のところ、ハーピーは大して強い魔族ではない。
 確かにフェザーブレットは強力にして正確無比の必殺技であり、高い機動力は敵の反撃を許さない。だが、言い換えればそれだけだ。場合によっては、ハーピーは少々嘴の鋭い小鳥に成り下がる。
 彼女が今置かれている状況も、まさにそれだった。


 一発目が致命傷にならなかったのは運だった。
 ハーピーが麻帆良に進入して数分後、頭をかすめて魔力のこもったライフル弾が通過した。

「ちぃっ!」

 舌打ちを一つして翼を畳んで落下、ついでその速度のまま旋廻。彼女がコンマ一秒前にいた場所を、弾丸は正確に捉えている。

「良い腕だね!けど…!」

 羽の一枚を手にして

「あたいに狙撃で挑もう何て思い上がりジャン!」

 投擲。場所は近くの建物の屋根。狙撃手はすぐさま屋根を滑り降り、ハーピーから見て反対側に降り立つ。フェザーブレットは屋根の一部を抉り取っただけ。しかし、それも計算の内だった。

「こっちジャン!」

 ハーピーは羽ばたき、狙撃手の見える位置まで移動。
 そこに居たのは二人の娘だった。路地ゆえに月光の影となり、明確な姿は見えないが、両方とも長い棒状の何かを持っている。
どちらかが狙撃手か、それとも両方か。

「どちらにしても、見られた以上は始末するだけジャン!」

 それぞれの人影が着地するところを狙って、羽を二枚に投擲する。
 狙い違わず飛んでいくフェザーブレットに、ハーピーは獲ったと確信する。
 だが、二人のうち一人が振り向いて、持っていた棒状の何かを手にする。

「斬っ!」

 一振りで二枚。フェザーブレットが断ち切られる。その背後で、もう一人がライフルを構えるのが見えた。
 驚きに動きを止めそうになるハーピーだったが、培われた勘が無意識に体を移動させる。

「くっ!」

弾丸は急所を外れたものハーピーの翼に当たる。フェザーブレットにも使う羽で包まれた翼は、深刻なダメージを受けることはなかったが、それでもそう何発も食らっていられるような威力ではない。
 狙い撃ちはゴメンと慌てて地表に降りて物陰に身を隠す。だが

「斬岩閃!」

 身を隠した石壁が真っ二つに切り分けられた。殺気を感じて飛び退かなければ、壁もろとも斬られていたかもしれない。
 宙に舞ったハーピーは、さらに撃ち込まれる弾丸を避けながら振り返る。
 月光の下、道が交わり広場のようになった場所に二人の少女がいた。
 壁を斬ったのはフェザーブレットを防いだ少女。彼女が手にしているのは長大な日本刀だ。一方、ハーピーに弾雨を降らせている少女はライフルを構えている。

「この……!」

 ハーピーは複雑な軌道を描きながら、林の方へと飛び、二人もその後を追いかける。
 樹木以外に取り立てて遮蔽物がなくなった時点で、ハーピーは反撃に転じる。

「調子に…乗るんじゃないジャン!」

 低空を高速飛行。地表にいる撃ち手は生い茂る枝葉が邪魔で狙いを定め難く、連射は困難。隙を見計らいライフルを持った方にフェザーブレットを三枚投げる。
 だが、弾道に日本刀を持った少女が立ち塞がる。


「はっ!」


 闇を裂いて飛来する三枚の羽を見据えながら、刹那は抜刀。
 抜きざまに二枚、返す刀で一枚。
 最初の二枚は真っ二つに断ち割れたが、最後の一枚は軌道を変えるだけだった。

「三枚目は弾くのが限界だな」
「十分さ」

 応えながら真名は再び射撃。弾丸を撃ちつくすと、二人は移動。二人が隊っていた地面に、上空からの攻撃で爆ぜるように穴が開く。

「大した威力だ。食らったらひとたまりもないね」

 真名と刹那は大樹の陰に身を隠し、風を切る音を探る。敵はこちらを探りながら、茂る青葉を掠めて飛んでいる。逃げる、あるいはこちらを無視するという選択肢を、向こうは持ち合わせていないらしい。
 風の音が頭上に来た瞬間、二人は飛び出す。

「斬空閃!」

 刹那の気弾をハーピーは避ける。だがその回避を予測して、真名がライフルを撃ち込む。大半は避けられたが何発かはハーピーの胴や翼を穿つ。

「ウザイじゃん!」

だが、フェザーブレットにも使う羽の前には、必殺というわけにはいかない。
 投げ返される攻撃を、二人は避け、あるいは刹那が切り払う。そしてその隙を突いて真名が撃つ。放たれた弾丸のうち何発かはハーピーを捕らえ、しかしダメージは僅か。
 双方、決め手に欠ける。

「これは長丁場になりそうだな」
「ま、気長にやるさ」

 応えながら、真名はライフルに銃弾を込めた。
 夜はまだ、始まったばかりだ。


 茶々丸のレーダーは、ハーピーと刹那、真名との戦いを感知していた。

「マスター。学園内で魔法使いと中級悪魔が交戦中のようです。
 対戦者は龍宮さんと桜咲さんのようです」
「中級といえば西洋悪魔なら爵位もないやつだ。無視しろ。よほど厄介な特殊能力でも持っていない限り、あの二人なら問題ない」

 興味がないというように、吸血により支配下に置いた運動部組四人に囲まれたエヴァは、胡坐の位置を変える。
 停電から一時間経過した。
 魔法の試し撃ちをしても魔法先生や魔法生徒が来ないことからみて、どうやら体制サイドは静観するつもりのようだ。
 さらにはあれだけの魔力を使用して、横島が気付かないはずもない。既に近くまで来ているかもしれない。しかしそれでも来ないところからすると

(本気でボーヤが危なくなるまで手を出さないつもりなのかも知れんな)

 ならばネギを徹底的に小突き回して引きずり出すだけだ。それまで横島はメインディッシュとしてお預けだ。
 肝心の前菜はまだ来ないが逃げ出してしまって来ないかもしれないという懸念は、実のところエヴァは持っていない。
 ネギはお人よしの優等生だ。自分の生徒が人質となっている以上、自らやってくるはずだ。時間をかけているのも、罠を張っているか装備を準備しているといったところだろう。死装束と葬式の準備時間ぐらいは待ってやる。
 丸くなったものだと自嘲するエヴァ。それと同時に、エヴァは自分の真上に魔力を感じた。

「マスター、ネギ先生の魔力を探知しました。私達の真上です」
「ほほう、遠出してきたようだな」

 エヴァはネギがいる方向を仰ぎ見るが、その口元に浮かべた笑みは凍りついた。
 そこから感じられる魔力は、飛行魔法を使う時とは桁が違う、コレではまるで―――

「警告します!攻撃魔法が――!」

 ズドン!

 茶々丸が言い終わるより早く、大浴場の天井が爆発した。


スパパン!

「あべっ!?」
「きゃんっ!」

 日曜の朝、横島に戦い方を教えてくれといったネギとアスナの頭に、ハリセン状に展開した霊波刀が振り下ろされた。本物のハリセンのようないい音を立つ。

「レッスンその1!」

 いきなり何をするのかと、アスナが食って掛かるより先に、横島が人差し指を立てた手を向けてきた。

「戦いの基本は不意打ちだ。コレは上手くいけば最初の一撃でけりがつくというだけでなく、こちらのペースに巻き込むためにも有効だ。覚えておけ」
「け、けど、それって卑怯じゃ…」
「実戦では、いかに不意をつくかを含めて戦いが始まってるんだ。卑怯でもなんでもない」

 戸惑うアスナとネギにそう言い残して、横島はきびすを返して歩いていく。だが、数歩行ったところでまた振り向いた。

「お〜い、ついて来いよ?レッスンはコレで終わりじゃないんだからな」
「…えっ?た、戦い方を教えてくれるんですか!?」
「言ったろ?レッスンその1って。次はレッスンその2だ。早くしろ。時間がないんだからな」

 横島は、いたずらを思いついた子供のような、楽しげな笑みを浮かべた。

「覚悟しろよ?午前中に俺が学んだ美神式除霊術の極意を叩き込んでやる」


 砕けたコンクリートの粉塵を裂いて、杖に跨ったネギが現れる。その手には魔法薬の小瓶。エヴァ達のいる場所に向けて、ネギは小瓶を投げつける。

「眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)!」
「散れ!」

 魔法薬を触媒にした、無詠唱の呪文発動。その名のとおり眠りを誘う霧が生じる。
エヴァの号令と共に茶々丸と他の四人は跳躍するが、その内の亜子とあきらは間に合わず、霧を吸い込み意識を失い、それぞれ湯船に墜落する。
 二人が水に落ちた音を聞きながらネギは次なる手として、缶ジュースのようなものをいくつか投げる。床に落ちたそれは破裂して、霧を噴出する。
 また『眠りの霧』かと警戒するエヴァだったが、その煙幕からは僅かな魔力しか感じない。

「マスター、催涙ガスです!」
「なっ…!」

 驚くエヴァの耳に、まき絵と裕奈のくしゃみが聞こえてきた。
 もともと機械の茶々丸と、魔法障壁に守られたエヴァは平気だが、通常の、それもなりたての吸血鬼に過ぎない二人には十分な効果があるはずだ。
 ネギも人間だがこの程度の催涙ガス、微弱な風の結界で十分防げる。

「大気よ 水よ(アーエール・エト・アクア) 白霧となれ(ファクタ・ネブラ)
彼の者等に(フィク・ソンヌム) 一時の安息を(ブレウェム)
眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)!」

 霧の向こうでネギの呪文と、魔法の発動する気配がした。エヴァは魔力を込めて腕を振る。

「風よ(ウェンテ)!」

 エヴァの呼びかけに精霊は応え旋風をおこし、大浴場に充満したガスをネギが天井に空けた穴から外へと吹き散らした。
 同時に、二回目のネギの呪文が発動する。

「眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)!」

 これで都合3回。最初の一撃で二人。2回目と3回目の魔法を、催涙ガスで弱っている状態で回避できたとは考えにくい以上、残った二人もやられたのだろう。
 開始数秒で、用意した手駒の全てが潰された。そのことに対して、不安も怒りもない。そもそもあの四人は人質以上の活躍を望んではいなかった。せいぜいあのボーヤがうろたえる姿を見るための、いわば余興の小道具程度の期待しかかけていなかった。
 だが、

「ここまであっさりやってくれるとは思わなかったぞ、ボーヤ」

 愉悦に歪む笑みを、エヴァは薄れた霧の向こうに向けた。
 霧の向こうで、ネギはまき絵を足元に横たえて、正面からエヴァの視線を受け止めた。


「弁慶か、お前は?」

 ネギが用意した対エヴァンジェリン装備を見た横島は、ネギの頭を軽く小突く。
 弁慶という形容が示す通り、ネギはこれでもかというくらいのマジックアイテムを身につけていた。

「け、けど、真祖の吸血鬼を相手にするんですからこのくらい…」
「必要ない、つかむしろ邪魔だ。というかなんでこんなに杖が要るんだよ?」

 横島が特に指摘したのは、コートの下にぶら下げられた、数えるのも馬鹿らしいくらいの杖だった。背中にもコートの下に入りきらない杖が二本くくりつけられている。

「予備です。それにそれぞれの杖には特性がありまして、例えばこれは炎系の攻撃魔法を(云々)……」
「あ〜もう説明はいい。んじゃ、もし今、エヴァちゃんがあの氷の矢みたいなのを撃ってきたらどうする?」
「あ、はい。その場合は…ええっと……コレです!この杖は防御魔法と相性が「ハイ終わり」あびっ!」

 ネギの奇声は横島の一撃によるものだった。ハリセン状にした霊波刀の一撃に、ネギは涙目で仰け反る。

「お前なぁ…戦闘中に『ええっと』とかやってたら狙い撃ちだぞ」
大体なネギ、お前はどういう勝利のイメージを持ってるんだ?」
「勝利の……イメージ?」
「つまり、どんな感じでエヴァちゃんに勝つかっていうストーリーだ。それがあればそんなに無闇に道具を持たない。例えば俺の上司の美神さんは、除霊現場には数十キロの道具を持っていくけど、実際戦闘が始まったら、使うアイテムは両手にもてるくらいだ。
 どうしてそれで済むか解かるか?」
「強いから、じゃないの?」
「身も蓋もないなアスナちゃん。ま、それもあるけど、もっと重要なことがある」

 横島は指を二本立てる。

「レッスンその2は、『自分のストーリーを作ること』だ。
 相手の特技と弱点を観察し、相手の出方を読んで、可能ならば地勢も利用して相手を自分の勝つストーリーに嵌める。不意打ちの目的の半分もそこにある。
例えそれが無理でも、ある程度それを考えて勝負に挑めば選択肢も絞れるから道具は少なくて済むし、いざって時に迷わない。ネギ、その道具を揃える時、エヴァちゃんがどういう手を打ってくるか、どう対処するかを考えて揃えないで適当に揃えたろ?」
「は、はい……」
「しょげるなよ。
さて、俺は魔法についてはからっきしだからな。まずはエヴァちゃんがどんな魔法が得意か教えろ。対策は俺達も一緒に考えるから」

 ズバリ指摘されてしょげるネギの頭を、横島はガシガシと撫でたのだった。


「エヴァンジェリンさんですね!それがあなたの正体なんですか?」
「ふふっ。いいや。よくぞ見破ったな」

 中に浮かんだエヴァは変化を解く。その姿は妙齢の美女から普段の少女のそれへと変わる。だがそれで、エヴァから発せられるプレッシャーは緩むものではない。

「不意打ちとはずいぶん卑怯じゃないか、え?ネギ先生?」
「そっちこそ、生徒を操るなんて卑怯ですよ!」
「ハン!言ったろう?私は悪い魔法使いだって」

 嘲りを含んだ口調のエヴァだが、内心ではネギの対応に感心を覚えた。
 一週間前のネギなら、この程度の安い挑発で、十分平静さを失っていただろう。だが、目の前のネギは、冷静な態度を崩していない。
 奇襲の手際といい、まるで別人のようだ。

(横島の入れ知恵…というだけではないな)

 茶々丸は横島の接近を感知していない。
事前に『大浴場で人質を取って待ち構えられる』という想像をしたとは考えにくいので、今の奇襲作戦を提案したのは横島ではない。あくまでネギが一人で考えて実行したと考えられる。
 また、事前に人質を取られた場合の作戦をネギが授かっていたにしても、それをアレンジしたのは確実だ。

(ずいぶん成長したじゃないか)

 その事実は、ネギの装備にも現れている。
 ネギのアンティーク収集の趣味や性格からして、ハリネズミのように武装してくるものと、エヴァは踏んでいた。
 だが今のネギの獲物はいつもの杖と、腰の銃(おそらく魔法銃)だけだ。コートの下から魔法薬の瓶が覗いているが、それ以上の装備があるとは考えにくい。
 手抜き、ではない。無駄な装備を省いたのだろう。素人が装備を増やしたところで、増えた選択肢に振り回されるだけなのだから。
 望外に食欲をそそる前菜の登場に、エヴァは舌なめずりをする。

「一人で来るとは…フッ、見上げた勇気だな。横島やパートナーはどうした?」
「これは僕の問題ですから。
今日は僕が勝って、悪いことをやめてもらいます」
「それはこちらのセリフだ。
 満月の前で悪いが……今夜ここで決着をつけて、坊やの血を存分に吸わしてもらうよ」

 エヴァは魔力を解き放つ。魔力を視覚化することが出来たなら、エヴァからまるで火柱が立ったように見えただろう。立ち上がった魔力は直ぐに方向性を定め、茶々丸へと注がれる。

「茶々丸!」
「ハイ」
 それが戦いの合図だった。


「失礼します、ネギ先生」
「リック・ラク・ラ・ラック・ライラック!」

 エヴァの背後でホバリングしていた茶々丸が、ブースターを展開してネギへと迫り、その背後でエヴァ呪文を唱える。
 ネギはその場から転げるように避け、ネギがいた場所に茶々丸の拳が叩きつけられる。そこを中心に水柱が立ち上がる。

「わっ!」

 拳圧、いや爆圧といってもいいほどの衝撃に吹き飛ばされるネギ。そこにエヴァの呪文が撃たれる。

「魔法の射手(サギタ・マギカ)! 氷の17矢(セリエス・グラキアリース)!」

 17本の矢が、狭い室内に召喚される。
 それと同時に、ネギは空中で簡易な結界魔法と飛行魔法を発動。手にした杖に引っ張られて大きなガラス窓へ飛ぶ。

バキィィン!

 ネギはガラスを砕いて夜空に飛び出した。さらにその背後に、魔法薬の瓶を投げる。

「風楯(デフレクシオ)!」

 砕けて開いたガラスを穴埋めするように、風の盾が生じる。窓に殺到した魔法の矢は、風の盾と衝突して消滅した。その隙を突いて、ネギは呪文を唱える

「光の精霊(ウンデトリーギンタ)29柱(スピーリトゥス・ルーキス)!」
「離脱だ、茶々丸!」
「はい」

限定された空間では避けることもままならない。
エヴァはネギの呪文と魔力の気配に気付き、茶々丸と共に飛翔してネギが空けた天井の穴に向かう。向かいながら、エヴァは呪文を唱える。

「魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)・光の29矢(ルーキス)!」
「闇精召喚(エウォカーティオ・ウァルキュリアールム)!」

 エヴァとネギの呪文の完成は同時だった。
ネギの光の矢は大浴場に突入し、エヴァは自らの姿をかたどった闇の中級精霊を五体召喚して先行させる。

 ドンドンッ!

 重い銃声が先行した精霊のうち、二体が消し飛んだ。

「マスター、魔法銃による狙撃です」
「やはり待ち伏せていたか」

 出たところを狙撃は基本だ。エヴァはそれを読んで囮として召喚したのだ。
エヴァと茶々丸は加速して一気に穴を抜ける。そこにまた魔法銃による射撃が飛んできたが、それらの弾丸は残りの精霊を盾にしてやり過ごした。

「氷爆(ニウィス・カースス)!」

さらに自分達を追いすがろうとする光の矢に対処すべく、天井の穴に向けて爆発系の魔法を叩き込む。凍気を含んだ爆風が浴室内を満たし、光の矢を全て消し飛ばす。
 その間に、茶々丸はネギに向かって突撃する。
 しかしネギは魔法銃と魔法薬で牽制しながら距離をとる。

「茶々丸の攻撃範囲を読んでいるのか……!」

 茶々丸は基本的に格闘戦がメインだ。ロケットパンチのレンジも数メートル。眼からの光線も連射に耐えず命中率も悪い。遠距離戦を行う場合は、銃器のようなオプションパーツを装備するが、今日はその装備を持ってきていない。
 銃弾をかいくぐり、茶々丸は後一歩のところまで接近する。だが、回避しながらネギは呪文を唱えていた。

「我が手に宿りて(イン・メア・マヌー・エンス) 敵を喰らえ(イニミークム・エダット)
白き雷(フルグラティオー・アルビカンス)!」

 ネギの手の平から稲妻が放たれる。散弾のように広がる雷撃は、いくら茶々丸といえども避けようがない。
 茶々丸は閃光に包まれる。だがその直前、茶々丸の間接部からアンテナのようなものが飛び出す。ほぼ同時に、茶々丸の周辺にシャボン玉のような膜が生じる。

「防御プログラム緊急起動」

 閃光の中で、茶々丸は小さく呟く。茶々丸を包んだ薄膜は明らかに異なり、押し寄せる稲妻に曝されても、びくともしない。
 これは、前回の横島戦において、対霊、対魔法防御力の低さを改善するための新システムだった。だがいまだ試作段階であり、展開時間も短くエネルギーの充電時間も長い。
 稲妻が治まると共に、防御膜も消滅した。

「大丈夫か、茶々丸?」
「はい。再充電まであと53秒です。油断しました」

 傍によって来たエヴァに、茶々丸は答えた。その間に、ネギはまた距離をとりながら魔法の矢を撃ってきた。エヴァは氷盾で防ぎながら加速し、茶々丸と共に接近する。

「茶々丸、時間を稼げ」

 答えを待たず、エヴァは夜空に舞い上がる。
 眼下では茶々丸とネギが、一定距離をとりながら、互いに牽制しあっている。
 闇夜を割く三次元のダンスを見ながら、エヴァは呪文を唱える。

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!
氷の精霊(ウンデトゥオゲンティ・スピリトゥス)199柱(グラキアーレス)
集い来りて(コエウンテース) 敵を切り裂け(イニミクム・コンキダント)!」

 エヴァの呼びかけに応え、氷の精霊が無数の氷柱を生む。

「!?あ、加速(アクケレレット)!」

こちらに気付いたのか、ネギは高度を下げながら魔法を使って加速する。
 その様子を見て、エヴァは笑みを浮かべた。

「逃げ切れるものなら逃げてみろ!
魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)・氷の199矢(グラキアーリス)!」

 月光に煌きながら、199本の氷柱がネギへと向かって殺到する。
 誘導性のある氷の矢は地面に併走しながら低空を飛ぶネギを追う。だが、ネギはさらに低空飛行を続けるのみ。

「バカめ!」
「あと7秒で着弾です」

 エヴァは勝利への喜びよりも、この程度かという失望と怒りの色が強い声で叫ぶ。茶々丸の計算結果もろとも、エヴァの予想は裏切られる。
 矢の群れに追われるネギは桜通りに差し掛かった。桜通りの桜は盛りを過ぎ、地面には散った花弁が積もっていた。
 ネギが地面ギリギリを飛ぶことで巻き起こる旋風が、積もった花弁を舞い散らせる。さらにネギは魔法を一つ発動させた。

「踊れよ(サルテント) 風花(フランス)!」

 それは、花弁を宙に舞わせるだけの、ただそれだけの呪文だった。だが、それだけのはずの呪文はそれ以上の効果を示した。
 花吹雪に包まれた氷の矢は、その全てが方向を見失いある物は地面に衝突し砕け、またある物は空に駆け上り目標を見失い霧消した。

「ど、どうして…!?」
「チャフです、マスター」
「なっ!?」

 茶々丸の報告からエヴァはそのカラクリを理解して、愕然とした。
 チャフとはミサイルの標準を狂わせる金属片のことである。紙ふぶきのような細かい金属片をまくことで、ミサイルのレーダーを狂わせるのだ。
 魔法の矢は基本的に自動追尾であり、目標を探すのはミサイルが電波を使う変わりに魔法を使っている。そしてネギは金属片の変わりに、自分の魔力を与えた花弁を舞わせたのだ。

「小ざかしい真似を!」

 言いながらエヴァは加速して、大分遠くになってしまったネギを追う。ネギは迷う様子もなくまっすぐ、橋の方へと飛んでいく。

「なるほど。最初からこちらに向かうのが目的だったか…」

 飛び去るネギの背中を見ながら、エヴァは歯噛みする。
恐らく先ほどの花弁のチャフを使うところまで、ネギは読んでいたのだろう。
まず茶々丸が前衛としてくるのは予想できる。高速で近接格闘をする二人に向けて氷爆のような広域魔法を使うこともないだろうから、エヴァが選択するのは誘導性がある魔法の矢。後はそれから逃げつつ桜通りで花弁のチャフを使い、目的地であろう橋へと向かう。
 大浴場から出てからのエヴァは、ほぼ完全にネギの筋書き通りに動かされていたのだ。
 面白くないはなしだ。だが、だからこそ潰しがいがあるというもの!

「なかなか考えているじゃないか!」

 エヴァは強気に笑うと、さらに加速した。


 レッスンその3は通りから少し離れたところにある空き地で行われた。
ネギとアスナは難しい顔で目の前の地面を睨んでいる。目の前の地面には横二メートル、縦四メートルほどの四角が描かれている。そしてその反対側に横島が立っていた。

「この枠の中に落とし穴を二つ掘った。この枠を通り抜けて反対側まで行ってみろ」

 というのが、今回出した横島の課題だった。

「横島さん、落とし穴は本当に二つだけよね?」
「ああ。少なくとも言ったことは守るぜ」

 アスナの釘刺しに、横島は涼しい顔で答える。
 ネギとアスナが睨む枠の中には、一箇所、明らかに掘り返された跡がある部分があった。奥行き一メートル弱、幅は二メートルの枠の横幅に丁度はまる程度だ。場所は丁度中ほどだ。
 ここが落とし穴の一つなのは明らかだ。ではもう一つはどこか…。

「ほら、早くしろよ」
「わ、解かりました」
「考えても仕方ないわよね」

 急かす横島に、ネギとアスナは頷きあうと恐る恐る進め始めた。爪先で確認して一歩、また一歩といった具合である。
 やがて土の色がおかしい場所の一メートルほど前に辿り着いた時、アスナの足先におかしい感触を得た。

「ここね!」
「ここですね!」

 ネギとアスナはその場所を蹴る。すると土を押さえていた紙か小枝が壊れたのか、一気に崩れ落ちて大穴が開いた。

「よっしゃ!兄貴!二つとも見つけたぜ!」

 横で見ていたカモが完成をあげる。ネギたちも緊張が解けた笑顔を浮かべて、今度は直ぐ目の前にある、土が変色した場所を一緒に跳び越えた。
 だが着地した瞬間、地面が陥没した。落とし穴だ。

「うぉわ゜っ!」
「きゃっ!」

 二人は悲鳴を上げて落ちた。ネギの胸ほどあるほどの深い穴だったが、下にクッション代わりの落ち葉が敷かれていたため、二人に怪我はなかった。

「いたた…なんでこっちにはクッション?」
「こっちに落ちるのは予想できたからな。ほれ、捕まれ」

 歩み寄ってきた横島は、ネギとアスナに手を貸して引っ張り上げる。引っ張りあげられたアスナが口にしたのは、お礼ではなく文句だった。

「横島さん!結局落とし穴は三つあったじゃない!」
「ん?二つだぞ。ほら」

 横島は土の色が変わっている場所に立つ。どうやらそこはフェイクだったらしい。それから横島は指を三本立ててネギたちに向ける。

「さて、レッスンその3はわかったな」
「えっと…最後まで油断しないこと、ですか?」
「それもあるけど…この場合は罠を張る側の心得だな。
罠なんてものは注意していれば避けられるし、かかったとしても防がれるものだからな。例えば落とし穴だって、どんなに上手く隠しても、棒か足で探っていけば一発でばれる。
だから本命、一撃必殺の罠以外は、全部その本命に引っ掛けるための伏線だと思え」
「伏線……って、どんな風に?」
「そうだな。
 例えばさっきの場合、この土の色が変わっている所を作ることで、落とし穴が残り一つだと思わせる。その後、手前の一つは当然発見されるから、その時点で油断する。
 油断した状態で偽の落とし穴の上を飛び越えるのだから、当然その偽の落とし穴に隣接して掘っておいた本命の落とし穴に落ちる、って言うわけだ。
 だからこっちの落とし穴は、怪我しないようにクッション代わりの落ち葉を入れておいたんだ」
「す、すごい…」
「完全に読まれてたのね…」

 横島の解説に、ネギとアスナは呆然とした。

「まあ、これはレッスンその2とも被るけど、とにかく相手の動きを読むことだな。
その上で本命の罠に導いて、決める。もっとも本当に最後の一撃は、相手がどんな動きをしてもいいように、自分自身で決めるのが最善だけどな。解かったか?」
「はい!」


「氷爆(ニウィス・カースス)!」
「うっ、デ、風楯(デフレクシオ)!」

 ネギは回避しながら防御呪文を唱えるも、エヴァンジェリンの圧倒的な魔力の前には焼け石に水。余波の冷気でネギの髪の一部が凍りつく。
 女子寮から離脱してから30分以上経過した。その間の戦闘で、ネギの魔法薬と魔法の弾丸のストックは切れていた。
 呪文を唱える隙もなく、ネギは防戦一方。このままではジリ貧だ。だが、コレで終わるはずもない。

(このまま学園の外に逃げて時間を稼ぐつもりか?)

 だがエヴァの予想に反して、学園と外部との境界である川に差し掛かった時、ネギは橋の上へと進行方向を転じて高度を下げる。
 その隙をエヴァは見逃さなかった。

「こおる大地(クリュスタリザティオー・テルストリス)!」
「うわぁっ!」

 大地から生えた氷の柱は、ネギを杖ごと弾き飛ばす。
 飛行魔法の集中が解けたネギは、そのままアスファルトに叩きつけられた。
 その十メートルほど前に、エヴァと茶々丸が悠然と着地する。

「良くここまで頑張ったな、坊や」
「う…ぐっ…」

 降り立ったエヴァたちは、ダメージが酷いのか立ち上がれないネギの方へと歩み寄ってくる。その口元には嘲笑が浮かんでいる。

「この橋は学園都市の端だ。私は呪いによって外に出られん。学園外に逃げればいい
 実にせこい作戦だ。だが…」

 そこで言葉を切って、エヴァは立ち止まった。エヴァは右手を前に差し出して、

「氷の一矢(ウナ・グラキアールス)!」

一歩先の地面に魔法の矢を一本撃つ。着弾と同時に、光で編まれた魔方陣がアスファルトの上に現れた。捕縛用の魔法結界だ。

「ああっ!」

 ネギが悲鳴のような声を上げる。
 魔方陣からは何条かの帯が蛇のように伸びて虚空を探ったが、やがて何もないことを悟ると、力を失って消滅した。
 その様をみて、エヴァンジェリンは哄笑する。

「ハーハッハッハッハッハッ!
 確かにせこい作戦だが、それを目くらましにして罠を張るという発想は実に面白い!
 もっとも、この程度の捕縛結界など対処の使用はいくらでもあるがな!」
「くっ!」

 ネギは唐突に起き上がると、エヴァに背を向けて駆け出すが、それを見逃すエヴァでもない。

「魔法の射手(サギタ・マギカ)! 闇の3矢(セリエス・オブスクーリ)!」

 エヴァの放った闇の矢はネギの足元に着弾。生じた爆発でネギは弾き飛ばされ橋の手すりに叩きつけられる。

「っ…!」
「フン、往生際が悪いからこうなるんだ」

 痛みに身を丸めるネギを見下しながらエヴァは勝利を確信し、満面の笑みを浮かべた。その背後から、茶々丸が声をかける。

「あの、マスター。ネギ先生はまだ10歳です。…あまり酷いことは…」
「解かっている。女子供を殺しはせん。それに坊や自身にも興味が出てきたところだしな」

 杖を手にしながら立ち上がろうとするネギを見て、エヴァは掛け値なしに言った。

 戦う前は、坊やと決着をつけるのは、横島と戦う前の準備運動になるかどうかのイベントだと考えていた。だがいざ戦ってみれば、道具を駆使し、地勢を利用し、策をめぐらせて立ち向かってきた。ヒヤリとしたことも一度や二度ではない。
 横島の仕込みがいくら良かったからといって、たったの一週間で、ここまで強くなることなど常識的にありえない。
 この坊やはサウザンドマスターの魔法使いとしての――戦士としての才能を受け継いでいる。その鱗片を垣間見ることが出来た。
 わずかな時間でここまで化けたこの坊やが、十年、いや、一年でも時間を得たのならどこまで延びるか?
興味が尽きない限りだ。今ここで、この坊やを失うのは惜しい。

「もっとも、勝利の報酬として死なない程度にたっぷりと、血は戴かせてもらうがな」
「させ…ませんよ」

 ネギは立ち上がり、一枚のカードを取り出した。神楽坂明日菜との仮契約カードだった。それを見て、エヴァの機嫌は一気に傾く。
 一人出来たというのに、今さら都合が悪くなるとパートナーに頼るとは…!

「往生際が悪いと言ったはずだ!」

 魔力を使ってダッシュするエヴァ。
 僅かの距離。呪文の一節を唱え終える前に、杖を取り上げることが出来るだろう。
 ついでにそのまま杖を投げ捨てて、抵抗する気も起きないようにしてやろう。
 エヴァは後一歩のところまでネギに近づき―――そのときになってようやく気付いた。
 すぐそこに迫ったネギの顔には、追い詰められた者特有の、気弱な焦りは微塵も見受けられない。

「今です、アスナさん!」

 どういうことかとエヴァが思考する前に、ネギの声が響いた。飛び出た声はパートナー召喚の呪文ではなかった。だが、

「OK!」
「なっ…!」

 愕然とするエヴァの目の前、ネギの背後の手すりを乗り越えて、応じる言葉と共にアスナが姿を現した。その肩の上にはカモもいた。
アスナの手にはアーティファクト、ハマノツルギが握られ、振りかぶられている。

「うちの居候を……!」

 慌てて魔法障壁を展開するエヴァだったが

「いじめてんじゃないわよ!」

 振りぬかれたハリセンは、魔法障壁をぶち抜いて、エヴァの頭に叩き込まれる。

スパァァァァァン!
「あぷろぱぁ!」

 快音と奇声と共に、エヴァは遠く飛んで行く。
 ネギはエヴァの飛んでいった方に駆けながら、カモに向けて叫んだ。

「カモ君!」
「合点だ!オコジョウォォォォォォォル!」

 カモは地面に降り立つと、前足をめいいっぱい上げて叫ぶ。その叫びと共に、加茂の足元から橋を横断する線が現れ、そこから光の壁が立った。魔法障壁だ。
 この魔法障壁により、エヴァと茶々丸、ネギとアスナはそれぞれ分断された。
 だが、それはあくまで橋の上での話。空を飛んで迂回するなり、壁の上を超えるなりすれば合流できる。
 茶々丸はブースターを展開しようとするが、その目の前にアスナが立ち塞がる。
 それと同時に、魔法障壁の向こうでネギが契約執行を行った。

「ネギの従者(ミニストラ・ネギィ)『神楽坂明日菜』!」
「ナイス、ネギ!」
「ジェット展開、中止」

 背中の噴射口を収納すると、茶々丸はアスナと距離をとろうと飛び退く。だが契約により高い身体能力を得たアスナは追いすがり、茶々丸に離脱の隙を与えない。

「っていうかエロオコジョ!オコジョウォールって何よ!それってネギが仕掛けたんであって、アンタはスイッチ入れただけでしょ!」
「いや、そこはノリってことで」

 カモと間抜けな会話しつつも、アスナの挙動は一週間前と比べて、明らかに隙が少なく、茶々丸といえども、簡単に出し抜くことは出来そうにない。
 どのようなアクションが、もっともエヴァの下にたどり着くのに効率がいいか、茶々丸が演算している、まさにその時だった。

「ハッ…ハハハッ、ハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」

 聞こえてきたのは、喜悦に満ちたエヴァの高笑いだった。


 弾き飛ばされたエヴァだったが、空中で姿勢を直して着地する。

「ぐっ…。まさか三段構えだったとはな」

 エヴァは目の前にそびえ立った、魔法障壁を睨みつける。

 学園外に出るふりをして、捕縛結界に誘い込む―――と見せかけて、捕縛結界を見破り油断したところで、橋の下で(恐らくロープか何かでぶら下がっていたのだろう)パートナーを奇襲させる。エヴァと茶々丸を引き離した時点で魔法障壁を起動させ、連携を絶つ。
 もちろんあの程度の魔法障壁など、突き破るのもわけはないし、宙を飛べば迂回することも可能だ。
 だが、茶々丸はネギのパートナーであるアスナに牽制されてこちらに来ることはできない。そしてエヴァの方も―――

「エヴァンジェリンさん!」
「坊やか…ずいぶんと足元がしっかりしているじゃないか」

 契約執行を終えたネギか、エヴァンジェリンの前に立ちはだかった。
 エヴァの言うとおり、ネギにはダメージなど微塵も見えない。
 地面に落ちたときも手すりにたたきつけられた時も、全ては演技だったのだ。
 張り巡らした罠も、負傷した演技も、全ては…

「茶々丸さんも助けに来ませんよ!一対一で勝負です!」

 杖を構えるネギ。
 その様子を見て、エヴァは確信した。
 最初の奇襲から最後の障壁まで。全てはこの状況―――横槍の入らない一対一の状況を作りだすためにだけに組み上げられたものだったのだ。

「ハッ…ハハハッ、ハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」
「え?な、何がおかしいんですか!?」

 突然の笑い声に、ネギは怯みながらも強気に言う。

「ふ、ふふふ…いや、スマンな。お前を笑ったんじゃないさ。
 茶々丸!」

 ひとしきり笑ったエヴァは、魔法障壁の向こうの従者に言う。

「はい、マスター」
「お前は神楽坂明日菜の相手をしてやれ。
 私はこの坊やと一対一で勝負してやる。手出しは無用だ!」
「しかし……はい、わかりました」

 何か言い募ろうとした茶々丸だったが、思うところがあったのか、エヴァに従ってアスナと向かい合う。
 一方エヴァは、マントを多々めかせて宙に浮かぶ。

「ふっふっふ…。正直、お前には脱帽だよ。
 600年の時を生きてきて、私をここまで見事に嵌めてくれたやつは数えるばかりだ。
 自慢に思っていいぞ、坊や―――いや!ネギ・スプリングフィールド!」

 叫びと共に、エヴァから強大な魔力が発せられたのをネギは感知した。急激な魔力の生成により空気中の精霊が活性化し、爆発のような風を生む。

「くっ…」

 あまりの風圧に身構えるネギ。風が弱まってから、眼を開けて空を見上げる。

「認めよう!そして詫びよう!
 お前を侮っていたことを!お前をただの前座と軽視したことを!」

 そこでは流れる雲間から差す月光と星光を背負い、最強の魔法使いがいた。
少女の姿をした、しかし覇者の風格を備えたエヴァは、闇夜に咆える。その咆哮は、獲物の枠にとらわれぬ、敵と認識できる者と出会えたことへの喜びの声。
 己に牙剥く者がいるという事実に、腹立たしくも胸が躍る。

「私を見事に騙しぬいたその知恵と!
 一対一なら勝てると踏んだその思い上がりと!
 そして最強種を前にして怯まぬ意思に免じて、私に一対一の勝負を挑む不敬を許す!
 ネギ・スプリングフィールド!サウザンドマスターの息子よ!
 『不死の魔術師』たるこの私に、魔力の一滴残らず振り絞り、私に立ち向かってみせろ!」
「はい!いきますよ!」

 エヴァの呼びかけに、ネギは圧倒されながらも、しかし強い意思を持って踏みとどまって叫び返した。
 そして二人は呪文を唱え始める。

「ラス・テル マ・スキル マギステル!」
「リク・ラク ラ・ラック ライラック!」

 二つの始動キーが絡み合うように、唱和しながら夜空に響く。


 日曜日の夜。とっぷりと日が暮れ暗くなった空き地に、二人分の屍が転がっていた。

「ひぃ〜……ふぅ〜……し、死んでませんよ…」
「け、けど死にそう…腕が、上がんない……」
「大丈夫か?」

 寝転がって夜空を見上げるネギとアスナ。二人の視界に、横島の顔が入り込む。

「もう動けそうにもないからここまでだな。二人ともお疲れさん。
 ほれ、おごりだ」

 そういって横島は、二本のスポーツドリンクを差し出す。

「あ、ありがとうございます」
「明日……新聞配達、いけるかしら…」

 ネギとアスナは応えながら起き上がろうとするが、腹筋にも上手く力が入らない。しょうがないのでうつ伏せになって、それから両手を使って起き上がった。
 それぞれペットボトルに口をつけて、無言で飲む。
 その横にカモも歩み寄ってきた。

「横島の姉さん、兄貴達の上達振りはどうっすか?
 俺の見立てじゃ、エヴァンジェリンの奴とやりあっても、負けないくらいに上達したと思いますけど」
「そうだな。ま、成長はしたな。エヴァちゃん達と戦えば十回中一、二回くらいは勝てそうだ」
「そう!その通り十回中……って全然ダメじゃないっすか!?」

 突っ込むカモの横で、その会話を聞いていたネギとアスナは表情を暗くする。
 レッスンその3の後、昼食を食べてからの午後は、ひたすら実戦。横島対ネギ・アスナペアの戦いだった。
 最初は、二人がかりなら、と思いながら横島に向かっていった。
 だがその認識は大いに甘かった。
 変幻自在の霊波刀を使った剣術と杖術。多彩な陰陽術とそれらを十二分に生かす戦術によって、ネギたちは一方的に翻弄され続けた。
 直接的な攻撃を、横島が打つことはほとんどなく、ただ体力だけが削られ続けた。
 そのまま続けること数時間、途中でアドバイスを受けながらの小休止を挟んだものの、ついには指先一つ動かせないほどに精根尽き果てたのだった。
 だが、それだけの猛特訓を経ても勝率一割。
 辛口とも思える評価は、しかし横島が言うと現実味を帯び、二人の胸中に暗い影を落とす。

「あ、兄貴!姉さん!気を落とさないでくださいよ!
 大体、相手は真祖の吸血鬼っスよ!勝率一割だって立派なもんっスよ!」
「うん……」
「そうね…」

 必死に励まそうとするカモだが二人の反応は薄い。
 そんな二人の前に横島は腰を下ろすと、静かな声でこう尋ねた。

「なあ、ネギ、アスナちゃん。
お前達二人が、確実にエヴァちゃん達に勝ってる部分が一つある。なんだと思う?」
「え?」

 問われてネギは答えに窮する。エヴァと自分。魔力も精神力も経験値も、どの点をとっても勝っている点など思いつかない。
それはアスナも同じだった。横島のアドバイスから、茶々丸がかなりの腕前であることを聞いていた。そのことから考えて自分が勝っている点など思いつけない。

「答えは、必死になれるかどうか、だよ」

 お手上げ状態の二人を見かねて、横島は笑顔を浮かべながら言った。

「例えばさ、アスナちゃんは子犬に吠え付かれたとして、必死になれるか?」
「え?な、なれないけど…」
「んじゃ、ライオンに追っかけられたら?」
「……それは必死になるわよ」
「だろ?つまりはそういうことだ」
「あっ!」

 ネギが何を言いたいのかを理解して声を上げ、横島は満足そうに頷き返す。しかしアスナはわけが解からず首をひねる。

「よく解からないんだけど?」
「つまりだ、エヴァちゃん達は俺らから見てとても強い相手だから、当然必死になる。けれどもエヴァちゃん達から見てネギは子犬、圧倒的に弱い相手だ。本気で相手をしてくることはあるだろうが、必死にはなれない。
 そして必死になれていない奴は、いくら本気であったとしても、絶対どこかに隙ができる、ってわけだ。
勝負は最後の一瞬までわからない。その一瞬で全部ひっくり返る時だってある。その大番狂わせが起きるかどうかは、相手よりどれだけ必死かにかかってる」

 横島は言い終えると立ち上がった。
 それからまだ足腰が立たない二人に手を差し伸べながら付け加えた。

「大丈夫、コレだけ頑張ったんだ。お前達なら十分の一の勝利を拾えるさ」


「魔法の射手(サギタ・マギカ)!氷の17矢(グラキアリース)!」
「魔法の射手(サギタ・マギカ)!雷の17矢(フルグラーリス)!」

 氷雪と迅雷、異なる属性の、しかし同じ呪文がぶつかりあう。
 同数の矢が空中で激突し相殺する。その威力は互角ということだ。
 だが、打ち手の方はそうでもない。

「ハハ!詠唱に時間がかかりすぎだぞ!
リク・ラク ラ・ラック ライラック
闇の精霊(ウンデトリーギンタ)29柱(スピーリトゥス・オグスクーリー)!」
「あうえっ、に、二十九人!?
 ラ、ラス・テル マ・スキル マギステル!」

 六百年と十年。その時間の差はそのまま錬度の差。
 ネギとて魔法の矢の術式は体に染み付いてはいるが、それならばエヴァは魂にまで染み付いている。

「連弾(セリエス)・闇の29矢(オブスクーリー)!」
「連弾(セリエス)・光の29矢(ルーキス)!」

 さっきの二倍近い矢が召喚され、再び宙でぶつかり合う。
 高威力の反対属性の魔法同士は対消滅を起し、派手な爆煙をあげる。

「ネギ!」
「マスター!」

 魔法障壁の向こうで、心配そうに叫ぶアスナと茶々丸。
 それに応えるようにして、二人が煙を割って飛び出した。

「アハハッ!いいぞ、よくついてきた!」
「くっ……!」

 エヴァは余裕を以って、ネギは必死をもって睨み合う。

(このままじゃ負ける!)

 ネギは打ち合いながら、改めて真祖の、エヴァの恐ろしさを確認していた。
 精緻にして大胆な術式の構成と、無限とも思えるほどの強大な魔力。
 もしも今のエヴァが、桜通りで戦った時と同じ力しか持っていなかったら、魔法薬が切れるまで打ち合うというのも選択肢の一つだった。だが、エヴァの魔力の底が見えない以上、その選択は出来ない。
 このまま打ち合いを続けていれば、敗北は必至だ。
 だが、それは認められない。
 先生として、マギステル・マギを目差す者として、そしてなにより―――

―――お前達なら十分の一の勝利を拾えるさ―――

 横島とは連絡が取れなかった。だがネギは、きっとどこかで見守ってくれているような気がしていた。気のせい、単なる妄想かもしれない。だが、横島が自分たちを信じてくれているのは事実だ。

(横島さんの期待を、信頼を裏切りたくない!)

 ネギは切り札を切る決意をした。

「ラス・テル マ・スキル マギステル!
 来れ雷精(ウェニアント・スピーリトゥス) 風の精(アエリアーレス・フルグリエンテース)!」
「リク・ラク ラ・ラック ライラック
 来たれ氷精(ウェニアント・スピーリトゥス) 闇の精(グラキアーレス・オブスクーランテース)!」

 エヴァの唱える呪文に、ネギは驚きを隠せない。これは今の自分が使える最強の魔法であり、エヴァが唱えているのも属性は違えど同じ魔法なのだ。
 エヴァはまた、正面から打ち合うつもりなのだ。
 萎えそうになる心を叱咤し、ネギは呪文を唱え、術式を編む。

「雷を纏いて(クム・フルグラティオーニ) 吹きすさべ(フレット・テンペスタース)南洋の嵐(アウストリーナ)!」
「闇を従え(クム・オブスクラティオーニ) 吹雪け(フレット・テンペスタース) 常夜の氷雪(ニウァーリス)!」

 風雷の精霊と吹雪の精霊とが、それぞれの手に集まる。
 そして…

「雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!!!」
「闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)!!!」

 光と闇が、激突した。


「あ、兄貴!」

 カモは声を上げたが、二つの力がぶつかり合うことで生じる爆圧と轟音で、ネギまで届いてはいない。

(まずい…!まずいぜこいつは…!)

 いくら才能豊かとはいえ、所詮子供のネギが、単純な力比べで真祖の吸血鬼に叶うはずがない。
 現に閃光と暗黒、二つの力の渦は暗黒の方が若干押している。
 そしてそのまま続いていた均衡は、やがて一気に崩れる。二つの魔法の衝突点は、一気にネギ側に押し込まれた。

「ヤベェ!兄貴!逃げるんだぁぁぁぁっ!」

 カモは無駄と解かりつつも声を上げる。
 もうだめかと、カモがあきらめかけたその時、魔法の衝突音に混じって、ネギの声が聞こえてきた。

「ラ……スキル…テル。
 …………………風の精霊…
 ……南洋の風……」
「こ、こいつは…!」

 聞こえてきたのは、今ネギが撃っているのと同じ魔法『雷の暴風』だ。

(まさか、今、押し込まれたのもコレを唱えてたから…!)
「コレで終わりだ!」

 エヴァンジェリンの声がする。エヴァはネギが呪文を唱えているのに気付いていない。
 ここまで押し込めたのも、ネギの魔力が尽きたからだと思い込んでいる。
 最後の最後に見せた、わずかな油断。必死で勝負を挑んでいたのならありえない隙。コレこそが、ネギが狙っていたものだった。
 突き出した右手をそのままに、ネギは杖を握った左手を突き出して、

「雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!!!」

 撃った。それは一本目と比べて若干細いが、十分な威力だ。呪文の通り雷を纏った風となり、最初に撃った魔法を避けて、緩い放物線を描きながらエヴァへと向かう。

「!?しまっ……!」

 完全に虚を突かれたエヴァは空いている手で魔法障壁をつくる。

ドン!

 結果として、魔法障壁は二つ目の『雷の暴風』を防ぎきった。だが不十分な術式の魔法障壁は、大量の魔力を消費した。
 それこそが、ネギの目的だった。

「ええい!」

 ネギは一本目の魔法に全ての魔力を注ぎこむ。
 雷の暴風は闇を、吹雪を打ち砕き、エヴァへと殺到する。

「な、何ぃ!」

 ドオォン!

 エヴァは避けることも出来ず閃光に飲まれ……


 次の瞬間、霧が一帯を覆いつくした。


「ネギ!エヴァンジェリンさん!」

 アスナは駆け出した。
 突然に発生した霧は確かに不審だが、それよりも二人の安否の方が気がかりだった。
 魔法の余波で弱まった障壁を、ハマノツルギで叩き割って、ネギのいたほうに駆けつける。
 ネギはすぐに見つかった。魔法を撃ったその場所で、杖を手にしたまま倒れていた。
 アスナは駆け寄って抱き起こす。

「あ、アスナさん…」
「ネギ!大丈夫!?」
「は、はい…けれど…あの魔法の二重使用は…消費が激しくて…」

 それだけ言い残すと、ネギは気を失った。
 驚いたアスナだったが、ただ寝ただけだと気がつき、ホッとする。

「…エヴァンジェリンさんは…」
「ほう?敵の心配とは余裕だな?」
「っ!?」

声は誰もいないはずのすぐ耳元で聞こえた。
 ハマノツルギを構えて慌てて振り向くがそこには誰もいなくて

トンッ

「あっ…」

 首筋に軽い衝撃を受けたような気がした瞬間、アスナの意識は闇に沈んでいった。


「マスター。オコジョ妖精の身柄も確保しました」
「ご苦労」

 気絶させたカモを片手に、茶々丸は誰もいない霧に向けて話しかけ、その返答もまた誰もいない、霧の中から聞こえた。
 いや、誰もいない霧の中、ではない。応えたのが霧その物だったのだ。
 突然、霧が渦を巻き茶々丸の目の前に集まる。
 白い霧はやがて四肢を持つ人間の形を取り、色も一部、黒変していく。そして

「ふぅ…霊能は性に合わんな」

 そして霧は、白皙の少女――エヴァへと姿を変えた。
 バンパイヤーミスト。吸血鬼特有の霊能力を以って、エヴァはネギの魔法を回避したのだ。その上で霧となって視界をふさぎ、油断した神楽坂明日菜を待ち伏せたのだ。

「お見事です、マスター」
「嫌味か、それは?」

 勝利したものの、エヴァの機嫌は優れない。
 今、ネギとアスナは気絶して、エヴァの足元に横たわっている。確かに勝利はした。だが、それは吸血鬼の霊能力を駆使してのこと。あの魔法の打ち合いにおいて、エヴァはネギに敗れたのだ。
 術中にとらわれ、罠にはめられ、あげく慢心を突かれ、十年も生きていない子供に。

「……情けない話だ、そう思わんか?」

 言われた茶々丸はどう返事をしようかと考え、しかしすぐに、その問いが自分に向けられたものでないことに気付く。
 なぜならエヴァの視線は、自分ではなく―――

「いや。どんな手段でも勝ちは勝ちだろ?」

 茶々丸は振り向いて上を見上げる。
 その視線が見つけたのは、マント姿の少女だった。
 彼女が立っていたのは、橋を支える柱の上。欠けた月を背負い、こちらを見下ろしている。
 そして、茶々丸はようやく思い出す。
 今夜の主賓は、ネギだけではなかったことを。

「坊やが戦っているというのに、高みの見物とは結構なご身分じゃないか?
 横島忠緒……いや、こう呼ぼうか?

人界最強の道化師、横島忠夫よ!」

 茶々丸は、エヴァの声の中に興奮と歓喜の感情を察したのだった。     


つづく。


 
 あとがき

 何とかぎりぎり日曜日に更新という自己ノルマを達成した詞連です。
 さて、ネギとエヴァのバトルはいかがだったでしょうか?
 個人的には力と力のぶつかり合い、というのよりこいう遮蔽物や地形を利用して戦う、って言う展開が好きなんです。
 そういえば本編でも疑問だったんですが、同じ建物の中であんなに派手な音を立てておいて、寮の面々は気付かなかったんでしょうか?

ではレス返しを


>D,氏
 確かに人外キラーですが、百合の花は咲いてませんよ。ちなみに泣いたメンバーはさよちゃんの他に、鳴滝姉妹とのどかです。

>スレイヤー氏
 国名がごっちゃになってましたゴメンなさい。今後も見つけたらばしばし突っ込んでください。
 また、魔法をばらしても大丈夫、っていう話ですが、それについては学園長がいろいろ語ってくれてますし、実は他にもこじつけ設定があったりします。それは機会がありましたら…。

>暇学生氏
 攻略…ううむ…ただでさえ女子キャラが多いのに、これ以上増やすのムリですし…。
 まあ、展開はお楽しみということで。

>シヴァやん氏
>お慈悲ですから制服のままというのはやめてあげてください
 私もそれをネタとして考えたことがあります。
 ピンチの時に颯爽と現れる横島(男)。もう大丈夫だと振り返ったその時!
「いやぁぁぁぁっ!変態!」
「ぬおっ!しまった、着替え忘れてた!」
 みたいな(笑)
 ちなみにTS物の漫画は、どのことかは知りませんが、ファンタジー系で私も一つ読んだことがあります。少なくともそれとは別の落ちを考えております。まあ、最後まで行けるのか、という疑問の方が大きいのですが。

>わーくん氏
 横島の誕生日なら、確かに漫画のカバーにGS免許がかかれていて、そこで確認できますが、はっきり言ってあれは当てになりません。というのも椎名漫画はサザエさん時空だからです。
 例えば横島がGS免許をとった試験は平成五年度で、それから逆算すると横島の生まれたのは昭和51年くらい。またアシュタロス編の後、GS78で美智恵さんが結婚したことから考えれば美神さんは早くても79年=昭和54年生まれで、横島が三歳年下という公式設定から考えれば横島は昭和57年生まれということになります。
 とまあ、真面目に考えてもあほらしいので、ここは『横島が成長可能で、かつGSキャラがあまり変わらない経過時間』ということで3年後という設定にしました。
 ご了承ください。

>スケベビッチ氏
 誤字報告ありがとうございます。直しました。なお、ネギまの原作は面白いので、是非とも参照の程を。お勧めです。

>鉄建28号氏
 確かにあと少しですが、その少しが大変なんですとも。


 終了。とかいいつつあと今日も一時間を切りました。殆ど週一更新の約束を破っちゃってますね、これ(笑)
 ま、とかく次回はお待ちかね、横島VSエヴァ茶々。ハーピー回りも含めて、こんどこそ堂々と締め切りを守ったと言えるように頑張ります。では…

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