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「幻想砕きの剣 9-3(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-05-24 22:54)
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未亜のハーレムチーム 7日目 昼


「もうあくまでそのチーム名で通す気なのね…」


 リリィの何かを諦めたような声が響く。
 当の未亜はというと、普段はストレートにしている黒い髪をポニーテールに変えていた。
 リリィも髪型を変えて、普段は纏めている髪をストレートにしている。
 服も変っていた。
 別にイメチェンしているのではない。
 これは変装である。


「普段と違った格好をするのも面白いけど…お兄ちゃんが居ないと、見せる相手が居なくて面白くないね」


「違った格好…というと、ブルマーとかスク水とか、あと『陵辱してください』と言わんばかりの衣装を着た変身ヒロインとかですか?」


「いや、ソッチに限った話じゃなくてね……。
 確かに心惹かれるけど、私にだって着飾って楽しむ健全な乙女回路…もとい心というものが…。
 うう、久しぶりに出番だっていうのに、初っ端からこんな話をしなくても…」


「それはマスターの日頃の行いのせいでしょう」


 全く持ってその通り。
 リコの的を得た発言に、ぐうの音も出せずに黙り込む。

 リコも髪型を変えている。
 筒状だった髪を解き、マフラーのように首筋に巻きつけている。
 結構な量の髪なので、鼻から下が見えなくなっていた。
 まるで覆面である。

 目的地に着いてからというもの、未亜達は暇で暇で仕方がなかった。
 ダリアの予測では、そう時間を置かずに行動するとの事だったが…予想外のトラブルがあったのだ。
 物資の流れが滞り、段取りが進まなくなってしまったのである。


「全く…“破滅”が目前に迫ってるのに、会社の利権争いに邪魔されるなんてね…」


「戦争は大きなビジネスチャンスだって聞いた事があるけど…商魂逞しいと言うべきなのかな?」


「やめなさい、全うな商人に失礼よ。
 …まぁ、商人だったら利権を得るチャンスを逃すわけがないけど…これは限度を超えているでしょ」


 吐き捨てるリリィ。
 世界が滅ぼされるかもしれないという瞬間にまで銭勘定をする神経が信じられないのだろう。

 あるいは、これくらいの神経がなければ大企業のトップは務まらないのかもしれない。


「それで、何処の会社がゴネているんですか?」


「謝華グループだったっけ?
 私もよく知らないけど、色々な業界に強い影響力を持つ…なんだっけ、コングロマリット?
 がどうのこうのってダリア先生が言ってたけど」


「ああ、言ってた言ってた」


「ダリア先生が経済に詳しいとは…違和感ありまくりでしたね」


 うんうん、と同時に頷く三人組。
 ノホホンとした昼行灯の代名詞が、黒板を持ち出して不必要なまでに詳しく、そして高度な経済の仕組みを解説するのは何処か恐ろしいものがあった。
 明日はロンギヌスの槍でも降ってくるんじゃないのか、と思ったものだ。


「株をやってるそうですが…」


「ダリア先生って、ギャンブラーの間では有名なのよね。
 つまりバカみたいにツいてる訳。
 それと同じで、株の変動もカンで嗅ぎ分けてるんでしょうよ」


 それだけではない。
 裏の情勢にも通じているため、新聞等の経済欄を見るよりもずっと正確に先の事が予測できるのだ。
 要するに、楽な副業として株を営んでいるのである。
 まぁ、根が刹那的で考え無しであるため、株を買う以前に殆どの金を娯楽に注ぎ込んでしまい、結局大した利益は上がっていないのだが。


「株かぁ…アヴァターでも、その辺のシステムは変わりないんだね」


「ある程度文明が発達し、遠く離れた場所とのコミュニケーションが確立された世界ではよくある事です。
 アヴァターから派生した世界である以上、その法則や発展の仕方もかなり似通ってきます。
 自然と似たような形のシステムは、あちこちに点在する事になるのです」


「あー、はいはい。
 リコ、こんな時まで辛気臭い説明はやめてよ。
 久しぶりに外に出るんだから」


「その言い様にはちょっと納得が行きませんが…確かにそうですね」


 リコは空を見上げる。
 ここ数日間、ずっと穴倉の中で生活していたようなものだ。
 はっきり言って、出来る事、やる事は何も無かった。
 中でやっている作業を手伝おうにも、プロの仕事に素人が手を加えるとロクな事が無い。
 作業をしている人達は、物資が流れてこない事に苛々していたし、非常に居心地が悪かった。
 席を外していようにも、その存在を知られないために極力外出は禁じられている。

 胃に悪い数日が過ぎた後、ようやく外に出れる機会がやってきた。
 食料が尽きたのである。
 これはイカンと、急遽買出しに行く事になった。
 しかし作業員を削るとその分完成も遅れる。
 唯でさえ遅れているのに、これ以上の遅延は勘弁願いたい。
 そこで、暇と居心地の悪さを持て余していた三人にお鉢が回ってきたという訳だ。


「ダリア先生も来ればよかったのに…」


「コキ使われてましたねぇ」


「プロの人達と比べても遜色が無いなんて…妙な特技を持ってるわね、何時もながら」


 ダリアは『待ち合わせ場所を間違えた罰』という事で、ちょっとした仕事をさせていたのだが…これがまた妙に上手い。
 それを見た作業員の人達が、「お前も手伝え!」とばかりに引きずり込んだのである。
 抵抗したダリアだったが、最終的には何故か捻り鉢巻など着けて仕事に熱中していた。
 何かに目覚めたのかもしれない。
 単に暇を忘れられるから、かもしれないが。


「リコ、召喚陣の準備はして来たわね?」


「抜かりありません。
 買った食材を纏めて転送できるようにしてあります。
 買うだけ買って、一度に転送しましょう。
 そうですね…街の向こう側に、ダリア先生が所有している小屋がある筈ですから、食材はそこに運び込みましょう」


「小屋…って、どうしてそんなモノをダリア先生が?」


「前に何処かのお偉いさんと博打やって巻き上げたんだって。
 私がアヴァターに来て間もない頃に自慢してたよ」


 つくづく普段の行動が解からないヤツである。
 しかし好都合なのには変わりない。
 沢山の食料を買わねばならないのだが、多すぎる食料を持って歩けば目立つし、一々持って帰るのも面倒だ。
 一箇所に纏めておいて、丸ごと飛ばすのがいいだろう。

 理由はどうあれ、久々の外出である。
 今すぐにでも戦わねば、という焦りも無いでもないが、だからと言って八つ当たりする程でもない。


「ついでに色々買って行きましょうか。
 …マスター、リリィさん、料理は出来ましたね?」


「え? うん」


「人並みには」


「では、差し入れとして作業員の人達に何か作ってあげませんか?
 料理当番を代わってあげるだけでも、きっと喜ばれますよ」


 腕を組んで考えるリリィ。
 確かに、そうすれば自分も『何もしてない訳じゃない』と胸を張って言えるだろう。
 そもそも、料理当番達の味にはバラつきがある。
 それ以前に、作業が捗り、本人もノっている時には当番だという事も忘れて仕事に打ち込み続ける事も珍しくない。
 味・出される時間供に、非常にランダムなのだ。


「でも…いいのかな?」


「別にいいでしょ。
 と言うか、今までそうしてなかったのは…………不思議じゃなかったわね」


 リリィはリコに目を向ける。
 彼女の大食いを警戒していたのだとは口に出さない。
 リコが食べ始めて、一度火が付いたら延々と食べ続ける。
 中途半端に食べたら空腹が強調されるのと同じで、リコは結構な量を食べないと不完全燃焼に陥るのだ。
 ヘタをすると、食料庫にある全てを食べ尽くしてしまいかねない。

 リコは少々ムッとした顔をする。


「私だって、状況は弁えています。
 頑張って働いている人達の分まで横取りするような事はしません。
 それに、私が大食いなのはエネルギーを補給する為でしかありません。
 この場合のエネルギーというのは魔力ですが…マスターからの魔力供給が充分なので、今は特に沢山食べる必要は無いのです」


「…とてもじゃないけど、エネルギー補給の為だけに食べてるようには見えないわよ…。
 ところで、未亜から魔力が流れ込んでるって事だけど…未亜は殆ど魔力を持ってないわよ?」


 リリィは未亜に目を向ける。
 未亜も目を魔力感知モードに切り替え、自分の体とリリィ、リコを見た。
 ここ数日間、暇潰しに練習していたのである…至近距離でしか見えないが。
 未亜の目には、魔力は光として写るようになっていた。
 その光は、体の中心付近から溢れ出し、全身から体の外に漏れだしている。
 未亜の魔力は然程多くないが、リリィとリコは直視出来ない程に多く、強い。
 とてもではないが、未亜のちっぽけな魔力がリコのエネルギーになっているとは思えない。


「それは…おそらく召喚器のためでしょう。
 召喚器の能力は、根源から力を汲み上げる触媒です。
 そこから魔力が供給されているのではないかと」


「ふぅん……私はまたてっきり、未亜とリコがぼ、房中術でも使ってるんじゃないかと思ってたんだけど…。
 ………そう言えば、未亜は最近大人しいわね?
 私としては襲われなくって大助かりなんだけど」


「あ、それは私も思っていました」


 信じ難い事かもしれないが、最近の未亜は大人しい。
 別におしとやかになったのではなくて、レズやSが表に出てこないのだ。

 未亜も自覚していたのか、微妙な表情をして頭を掻いた。


「そうなんだよねー。
 どうも最近調子が出ないと思ってたら、リリィさんやリコちゃんやダリアさんで遊びたいっていう衝動が、どーも下火に…」


「そのまま鎮火しちゃいなさい…頼むから」


「ソッチ系の煩悩はまだあるんですけど、自分から求めていく程じゃなくなってるんです」


 未亜、華麗にスルー。
 煩悩が下火になっても、性癖までも帳消しになるのではないらしい。

 結局この性癖と付き合っていかねばならないのか、とリリィとリコはイヤそうな顔をする。
 しかし、未亜はそれに構わずに首を捻っている。


「やっぱりお兄ちゃんが居ないからかなぁ?」


「マスターの事だから、ご主人様が居ない間にNTRくらいはしそうだと思っていましたが…」


「それは私も考えた」


「そして私もちょこっとだけど企んでいた」


 瞬間、リリィとリコは一瞬で5メートル程距離を空けた。
 未亜は何もしないと両手を挙げて降伏を示すが、やはり信用してもらえないようだ。


「…色々考えてみたんだけど、私のSとレズの性癖って、ひょっとしてお兄ちゃんのせいじゃないのかな?」


「大河の? 何で?」


「うん…元々ね、お兄ちゃんと2人で暮らしていた頃にはもう、新婚さんも真っ青…むしろ真っ赤になるくらいに毎日毎日イチャイチャイチャイチャイチャベタベタベタベタドロドロの、爛れまくった生活してたんだけど。
 お兄ちゃんったら、休日の日なんか丸一日私を放してくれなくて、腰が抜けて体力も限界を超えて、『もう許して』って言ってるのに私の腰を掴んでガンガン突き上げ………思い出したら体が疼きそうだから、思い出話はこれくらいにして」


「ノロケ話の間違いです、マスター。
 今のでちょっと腹が立って好感度マイナス5ポイントです」


「忘れなさい。
 で、言わなくても解かるだろうけど…体が保たないのよ」


 その辺は身に染みて理解している二人である。
 そもそも、大河と2人暮らしだった時の未亜はどうやって大河の煩悩を鎮めていたのだろうか?
 現在でさえ束になっても勝てないのに、一対一では圧倒されてしまうのは目に見えている。


「それほど広くない部屋で、大河とずっと2人きり……よく壊されなかったわね?」


「うん、自分でもそう思う…。
 でも、あの頃のお兄ちゃんは今ほど上手じゃなかったよ?
 初体験の時はお互い初心者だったし、お兄ちゃんのテクニックが異常なスピードで上達し始めたのは、私以外の人ともエッチし始めた頃からだもん。
 場数を踏んだって事かな?」


「そんな場数を踏まれても」


 まぁ、それでもキツイと言えばキツかったけど、と未亜は付け加えた。


「で、結局それが何か?」


「えっとね、アヴァターに来た頃には本格的に体が保たなくなってたんで、一人くらいはお妾さんを認めようと思ってたの。
 こんなに増えるのは予想外だったけど…」


「半分くらいはマスターにも原因が…」


「ハイその辺のツッコミはしない。
 で、お妾さんが出来たら、当然私とも一緒に寝る機会が出来るよね?」


「出来る…のかしら?」


 一人一人、交代制にすればあまり出来ないと思うが。
 しかし、未亜の選択肢には自分抜きで夜を過させるというのは無いらしい。
 例え他人を抱いている時でも、自分が側に居れば許せる…という事だろうか?


「出来るって事にしておいて。
 で、その結果、私と他の人との絡みだって当然発生する。
 例え私が何も言わなくても、お兄ちゃんが言うよ。
 そういうアブノーマルかつエッチぃプレイも大好きだから」


「ああ、しますね。
 ご主人様なら」


「私の時なんて、アブノーマル通り越してもう犯罪…」


 悪夢というかトラウマというか、今となってはそれも悦びな記憶が蘇えりそうになっているリリィ。
 無意識にネコミミが発動してピコピコ動いている。
 幸いな事に、周囲にあまり人は居なかった。
 リコがペチっと頭を叩いて正気に戻した。
 未亜は構わず続ける。


「それに対応する為に適応したんじゃないかなぁ?」


「…Sになっている説明がありませんが?
 レズはまだ許容できますけど、アレは流石にヤバイですよ」


「ん〜、一種の嫉妬心の発露じゃないの?
 『お兄ちゃんに色目を使うこのメス犬めッ!』って感じで、八つ当たり気味に責めてたのが…元からあった素質を開花させたとか。
 だからお兄ちゃんが側に居ないと、あんまり頻繁には発動しないんじゃないかなぁ?
 レズもSも、そういう意味ではお兄ちゃんを楽しませる為とも言えるし」


「このアマ…完全に自分がSだって認めてるわ」


 しかし、意外と的を得ているかもしれない。
 未亜に素質があったのも事実だろうが、独占欲の強い彼女が、他の女性達に何も言わないというのはリリィにとって大きな疑問だった。
 その疑問も、これなら説明がつく。
 日常生活で当たったり、大河との仲を引き裂こうとするのではなく、公認(?)の方法でウサ晴らしをする。


(しかし…この理屈で行くと、大河がまた誰かを堕とした日には、もっと未亜の性癖が激しく…?)


「き、危機ですねリリィさん。
 今のご主人様は野放しですよ…?」


「今すぐにでもホワイトカーパスに行かなきゃいけないかも…」


 リコもリリィと同じ考えに至ったのか、顔が青い。
 これ以上激しくなったら、精神に異常を来たしかねない。

 しかし未亜はあっさりと言い切った。


「ま、八つ当たりとかでエッチしても面白くないし、キモチ良くても後味悪いし…。
 それに、私がお兄ちゃんの心の一番大事な部分をガッチリ絡め取ってれば問題ないよね。
 うん、何だかスッキリした。
 これからはもーちょっとマイルドなSをやれそうな気がするよ」


「ど、どんなSよ…」


 絡め取られて、逃げようという気が無くなりそうなSだ、多分。
 別の言い方をすると、イヂメられるのを受け入れる体質に改造しているとも言える。
 流石に本格的な調教までは行きそうにないが。

 何はともあれ、Sの発動確立と破壊力が減衰するというなら大歓迎だ。


「とにかく…ご主人様が居ない今は発動しないんですね?」


「多分」


「ふぅ、これでようやく枕を高くして眠れるわ…」


 ここ数日間、未亜の夜這いを警戒してグッスリと眠れなかったリリィである。
 しかし、少々厄介な問題点も発覚した。
 大河が居なければレズレズサディストモードは起動しにくいらしいが、逆に言えば大河が居る時には発動確立は跳ね上がるのである。
 未亜を大河から引き離すなど、今回のような遠征でもなければ不可能だろう。
 未亜も拒むだろうし、大河も全力でそれを阻もうとするのは間違いない。
 かと言って、自分達が大河から離れるのもイヤだ。
 このままだとまず間違いなく、一生付き合っていかねばならなくなる。


「どうにかならない? リコ…」


「……………アレが嫉妬心の発露だとすれば…可能性が一つだけ…」


「本当!?」


「?」


「あ、いやいや何でもないわよ、未亜…。
 先を急ぎましょ。
 このままだと夕食の時間に間に合わないわ」


 首を傾げる未亜を強引に押して、リリィとリコは街への道を進む。
 既に森は抜けて街道を歩いていた。
 街に着くまで、あと10分といった所か。

 未亜を適当に誤魔化して、リリィはリコの隣に移動する。
 そして未亜を横目で監視しながら、小声でリコに話しかけた。


「…それで、その可能性って?」


「…思い切り図式を単純化して話しますが…自分以外の女性に構っている、自分以外を愛しているという嫉妬や不満が形となっているのが、マスターの性癖の源だと思われます。
 ですから、その不満を解消してしまえばいいのです」


「解消って…それって、私達が身を引くって事じゃないの?
 そんな事をするくらいなら、私は未亜に隠れてコッソリ大河と逢引するわよ」


「その時には、リリィさん以外の人も同じ事を考えると思われます。
 それだけの大人数と逢引すれば、すぐにバレるのがオチです。

 そうではなく、マスターに『これだけ愛されていれば、他の人に目が向いても許せる』と思わせればいいのです。
 具体的には……ご主人様が、今以上に愛を注ぐ…この場合の愛とは、精子の事ではないので」


「ある意味同じのよーな気もするけどね」


 しかし、これは難しい話だ。
 人の心とは、そう単純な代物ではない。
 一体どうすればいいのやら。
 可能性は見つかっても、途方に暮れる2人だった。


 その10分後、街に到着した未亜達はダリアが所有する小屋へ向かっていた。
 その途中に幾つか買い込んだ食材を持って、大通りを歩いている。

 リリィは歩きながらも、周囲の人々を観察していた。


「…やっぱり不安が広がってるわね。
 危機感が無いよりはマシだけど…」


「この辺りは、“破滅”の出現地点とは遠いですから。
 不安はあっても、まだ大丈夫…と思っているのでしょうね。
 楽天的と言えば楽天的ですが…現状では的確な判断でもあります」


「そこまで考えてる筈がないけどね」


 この辺りは、“破滅”の活動が活発的なホワイトカーパス州近辺とは、王都を挟んでほぼ反対側にある。
 現在では、戦場から最も遠い場所にあると言っても間違いではない。
 とは言え、幼い頃から“破滅”の恐ろしさを語り継がれている市民達には、何処か不安の色があるのも否定できない。


「うーん…それはそれとしても、ちょっと品揃えが悪かったよね」


 未亜が食料を買った店の事を思い出して呟く。
 確かに、スペースに比べて商品は少なかったし、種類もない。


「それもこれも、“破滅”と…あと、物流を妨げてる人のせいよ。
 全く…世界を危機に陥らせてまでお金が欲しいのかしら」


「野心家って言うべきなのかなぁ」


 それもちょっと違う気がする。
 未亜はその辺の露天で新聞を売っているのを見つけた。
 自腹を切らず、食料を買う金を使おうとしたが…リリィに止められた。


「別に新聞くらい…」


「お駄賃だっていうなら何も言わないけど、新聞くらいのお金だったら自分で出しなさい。
 ネコババしてるんじゃないの」


「ネコはリリィさんです」


「ええそうよ文句ある?
 いい加減そのからかい方も飽きてきたわ。
 あんまり繰り返すと…かけるわよ?」


「な、何を?」


 微妙に慄くリコ。
 未亜はというと、何を考えているのか予測できない表情である。

 そしてリリィはボソっと呟いた。


「匂いつけ…」


「…それはそれで」


「う゛ぇっ!?」


「り、リリィさん!
 初めての時の事を忘れたんですか!?
 あの時は私の……その、アレをご主人様から飲んでたじゃないですか!」


「バッ、バカ声が大きい!」


 慌ててリコの口を塞ぐリリィ。
 しかし、その声が返って注目を集めてしまった。

 ギョッとした表情でリリィ達を見る住民達。
 リリィの「う゛ぇっ!?」で注目したのが1割、リコの「初めての時」で注目したのが5割。
 実際はリコではなくリリィの初めての時、という意味だが…。
 …ロリっ娘の「初めて」という響きのせいだろうか?
 さらにそのロリっ娘の発言…ご主人様の部分で一気に注目が集まった。

 タイミングの悪い事に、そこに居るのはヒマを持て余していそーな30代から40代の主婦。
 井戸端会議で或いは電話(アヴァターにも似たようなモノはある。長距離は無理だが)で、とにかく何でも噂を広めるのが大得意な人種である。
 しかもその正確性はと言うと、志保ちゃんネットワークの方がまだ信憑性がある。
 内容がどんなモノでも物凄い勢いで曲解し、まるでネットワークウイルスのように感染者は増大する。
 しかも所詮は噂とタカを括っているためか、それを聞いた一般市民(彼女らも一応一般市民だが)は笑い話として受け取り、そこでも更に誇張と冗談が入り混じる。
 結果的に出来上がるのは、真実とはかけ離れたオッソロシイ虚像のみ。

 とかナレーションしている間にも、数名の主婦が集まってヒソヒソ話をしている。
 チラチラと未亜達を横目で覗き見ていた。


(こ、これは…住み込みでメイドの仕事を、とか言っても信じてくれそうにないですね)


 むしろ『あんな幼女を』と、更に噂がアレになるファクターが加わるだけである。
 変装しているし、多分この街にはもう関係しないとはいえ…流石に堪える。
 未亜もオバチャンネットワークのネタにされるのはゴメンである。
 3人は揃ってさっさと逃げ出した。
 数日後には、路上で○○プレイをしていた見目麗しい少女達の噂が広まっている事だろう。
 “破滅”を撃退したら、今後は一切この街に関わるまいと決めたリリィ達だった。


 暫くして、未亜達は当面の食料を購入し終えた。
 それぞれ分散して買いに行っていたのだが、リコが途中で買い食いをしたのはお約束だ。
 ダリアが所有している小屋は、既に食料で満タンである。


「これで数日は保つわね。
 資材に関してもクレアがどうにかしてくれるみたいだし、これで充分でしょう」


「そうですね。
 後は私が大食いしなければ…」


「…しようとしたら、魔法を叩き込むわよ」


 リコならば、小屋一杯の食材くらい朝飯前に平らげられる。
 彼女の食欲に火がつかない事を祈るばかりだ。
 効率の問題で言えば、マスターを得ている今となっては食事に大した意味はない。
 自分の気分のリフレッシュと、あとマスコットとしてのキャラクター性の問題である。
 後者に関しては、リコは自分では特に何も思っていない…が、何となく『食べない私は私じゃない』と思っている節もあるようだ。


「それじゃリコ、早い所転送しちゃいましょ……って、未亜…さっきから黙りこくってどうしたのよ?」


「え? うん…」


「街中で落ち合った時からこうでした」


 リコと合流する前…買い物を済ませて戻って来た時から、未亜は何だか上の空である。
 何かを悩んでいるようにも見えるし、また心奪われているようにも見える。


「どうしたの?
 ナンパでもされた?」


「殺さなかったでしょうね?」


「ムリヤリ何かしようとしなければ、そんな事しないよー。
 そうじゃなくてね…ちょっと、気になる人を見かけたんだけど」


「あら、ヒトメボレ?」


「女の人だよ。
 ………私の場合はそれもアリかな?」


「肉欲と恋は違います」


 リコの場合は、ある意味食欲と同じかもしれない。
 それはともかく、リリィとしても未亜が大河以外に心を寄せるとも思えない。
 そもそも何が気になるというのか?


「今にも自殺しそうな顔でもしてた?」


「全然。
 むしろ元気が有り余ってて、溌剌としてるように見えたよ。
 いや、溌剌っていうよりも…内側から活気が滲み出るよーな。
 スタイルは…背が高くて、それにおっぱいとお尻がとっても大きい。
 思わず街中でレズモードが発動しそうになっちゃった。
 お兄ちゃんも居ないのに、なんでだろ…?

 外見は…何処かで見た事があるような気がするんだけど…何となく偉そうで、『庶民とは違うのですわよ』とか高笑いしながら言いそうな人だった。
 お嬢様って雰囲気でもないんだけど、なんとなーく貴族っぽいかなって」


「この辺に貴族は居ないわよ」


 未亜は上手い言葉を捜そうとするが、そもそも自分が何を気にしているのか理解できないようだ。
 どうでもいい事と言えばそれまでだが、リリィはスッキリしない。
 どうにかしてちゃんと言葉を作らせようとする。


「うーん…それじゃ、第一印象で誰に似てたの?」


「クレアちゃん」


「クレアさんに?」


 予想外である。
 確かに彼女は貴族どころか王族だし、溌剌としているし、言葉遣いからして偉そうだ。
 が、体型は正反対である。
 同年代と比べても、クレアは多少幼く見える。


「何処が似てるのよ」


「そうなんだよねー。
 活力があるって言っても、受ける印象は正反対…。
 さっき見かけた人は、仕事の出来るクールビューティー、冗談なんか言ったら冷たい視線を向けられて終わり…って雰囲気だったのに。
 ボケツッコミに各種受けも出来るクレアちゃんとは大違い」


「そもそも何で気にしてるのよ?」


「それも…。
 なーんか私の琴線に引っかかって…。
 うぅ、奥歯に何か挟まってるみたいなキモチだよ…」


 2人が顔を突き合わせている間に、リコは食料を転送すべく呪文を唱える。
 少々距離があるが、この程度なら問題ない。
 リコ一人が即興でやるのは無理だが、あちらに目印をつけて通路を開いている。
 生物を跳ばすのはエネルギーを喰うが、有機物でも生物ではないので問題ない。
 ちゃっちゃと済ませて、万が一の事を考えて転送に使った魔力の痕跡も霧散させる。
 これで探知される危険は無い筈だ。
 周囲にも使い魔…本を使って監視をさせてある。


「…さて、これで補給は完了です。
 そろそろ帰りませんか?」


「え?
 うーん、でも今から帰ってもする事が無いし…。
 もうちょっと外でブラブラしていかない?」


「…さっきのおばさんネットワーク、私達の事がどんな風に広められているでしょうね」


「「う゛」」


 確かに。
 今頃は調教された(ぴー)なんて言われている可能性も否定できない。
 ある程度事実ではあるが…最終的には痴女にされかねない。


「こ、こうなったら片っ端から記憶操作を!」


「街中の人に?」


「そ、それじゃ街ごと吹き飛ばそう。
 私とリコちゃんのコラボなら、赤のコンビで半分くらいは!
 これはマスター命令です!」


「マジですか!?」


 マスター命令と宣言された以上、リコは性質的に逆らい辛い。
 逆らえない事はないが、今の未亜はメッタやたらに押しが強そうだ。
 マスター命令じゃなくても押し切られてしまうかもしれない。

 しかし、今押し切られてしまえばこの街はオバサンネットワークの為に死滅してしまいかねない。
 正気に返れば未亜も後悔しまくるだろうし、クレアとしても事の真相を隠蔽するのに苦労するだろう。
 何としても止めねばならない。


「くっ、リリィさん、何とか言ってください!」


「やりなさい!
 言ったわよ」


「こっちもテンパってるー!?
 言えばいいってモノでもありませんー!」


 四面楚歌である。
 リコは他人の評価なぞどーでもいいと割り切った考えも出来るが、未亜とリリィは違うらしい。
 人として社会の中で育って来た故だろうか?


「や、やめて下さい2人とも!
 ご主人様に嫌われますよ!?」


「バレなきゃいいのよ!
 大体私達の周りではいっつも誰かが大騒ぎを起こしているんだから、死人を出さなきゃ今更よ!
 大丈夫、皆殺しにするんじゃなくて街が吹き飛ぶというよりセンセーショナルな話題を作るだけだから」


「そこまで行くと今更どころじゃありませーん!」


 実は今更だったりする。
 ベリオ・ブラックパピヨン・カエデトリオが、街一つを業火で消し飛ばした事など誰も知らない。
 …知らないでよかった、この場合は。

 と、未亜がリコの言葉に反応。


「…お兄ちゃん?」


「そ、そうです!
 ご主人様は無用な殺生は好みません!」


「無用な破壊と揉め事は大好きでしょうが!」


「破壊と殺戮は違いマース!」


 今にも外に飛び出していこうとするリリィを抑えるリコ。
 しかし、未亜はと言うと額に手を当てて何やらブツブツ呟いている。


「お兄ちゃん…お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん…?
 あ。

  あ、ああああああ!?
 こ、これってー!?」


「今度はナンです!?」


 突然叫びだした未亜に驚く余裕もなく、臨戦態勢を取りつつ振り返るリコ。
 未亜はリコの戦意に構う事無く、握り拳を作って絶叫する。


「お兄ちゃんの浮気者ー!」


「…何?
 大河が…浮気?」


 これにはリリィも動きを止める。
 2重の意味で重要である。
 大河が浮気して、またハーレムのメンバーが増えるという事も重要だが…。
 それ以上に危険なのは、未亜である。

 仮に未亜が語った通り、Sモードが嫉妬心の発露だとすれば…大河の浮気に反応し、今夜辺り発動してもおかしくない。


「そうですよそうなんですよ!
 なーんか最近イヤな感じがしていると思ったら、お兄ちゃんが居ないだけじゃなくって、誰かがお兄ちゃんに色目を使ってるんです!
 しかも、私達の目の届かないホワイトカーパスで!
 うぬぬぬ、おのれぇ、今度は現地妻を作る気なの!?」


「何で解かるの…」


「らう゛・ぱわー」


「そ、そんな人外なラブは微妙です…」


「じゃあザ・パワー。
 木星のヤツ」


 未亜の場合は今更だ。
 思い返してみれば、ヤキモチで召喚器を呼び出すは、得体の知れない力を会得するは、挙句生体レーダーも持っている。
 大河限定のレーダーだが。


「それで…大河が浮気してるってのは確かなの?」


「間違いありません。
 この感じ…Sモードが発現する前兆っぽい胸のざわめきと、意味もなくお兄ちゃんの首を締めたくなるよーな衝動…。
 地球に居た頃から、こんな感じは何度かありました。
 ぬぅ…今度は一体誰でしょう…」


 その根拠が根拠になるのかはともかくとして、大河が浮気をしているというのは事実っぽい。
 ホワイトカーパスで会った人とだろうか?
 それとも、学園から来た顔見知りとか?


「まさかセルビウムって事は無いわよね…」


「もしそうだったら…応援します?」


「殺すわ。
 セル、大河、そして私の順で」


「私は…ご主人様を異空間に連れ去って、自分専用に調教しようかと」


 多少危険な意見…と言うか、想像自体が危険である。
 まぁ、これは無いだろうと3人は踏んでいた。
 セルも大河も筋金入りの女好きだし、セルには恋人が居るらしい。

 しかし、学園から送った増援の女の子達という可能性も低い。
 大河にちょっかいを出したらどうなるか、学園では公然の秘密だったからだ。
 時々玉の輿を狙う女生徒も居たのだが、2,3日行方不明になって帰ってきた時には性格が一変していたと言う。
 下手人が誰なのかは未だ謎である。
 近くに誰も居ない程度で油断する程アホではなかろう。
 救世主クラスの不条理な実力とノリと勢いは、学園の誰しもが知っている事である。


「うむぅ…今からじゃ何も出来ないにしても、相手を確認するくらいはやっておきたいわね…」


「何か連絡手段でもあれば…念話するには遠すぎますし…」


「念話……念話?
 あ、ある!
 ひょっとしたらお兄ちゃんと連絡が取れるかも!」


「え? どうやって?」


「コレ!」


 未亜は右手を前に突き出すと、ジャスティを呼び出した。
 意図が読めずに、リリィは首を傾げる。


「…矢文でも送るの?」


「遠すぎるよぉ。
 それに、間違って誰かに当たったらどうするの?」


「マスターだったら浮気したご主人様を、大陸の端からピンポイントで200点を狙えそうですが」


「200点は即死だと思うよ…。
 そうじゃなくて、召喚器でテレパシーが使えるの」


 リリィにとっては初耳である。
 どういう事かと問いかけるリリィに、王宮で大河と実験した事を説明する。
 勿論、その直後の情事も。
 しかもタップリと情感を篭めて。

 ノロケに歯軋りしたくなるリリィだが、何とか堪えた。
 今は大河の浮気を確かめるのが先決である。


「それって、ライテウスでも出来る?」


「さぁ?
 でも、お兄ちゃんはジャスティとトレイターだけが出来ると思うって言ってた。
 ま、そっちは追々実験してもらうとして…ちょっとやってみるね」


「ホワイトカーパスまで届くのかしら…」


 懐疑的なリリィだが、リコは首を捻っている。
 本の精霊である彼女だが、召喚器にそんな機能があるなどと聞いた事もない。
 やはりトレイターが特別なのか?
 ならばジャスティとのみ連絡出来る理由は?


(…マスターとご主人様の周囲は、わからない事だらけです)


 溜息をつき、未亜に注視した。
 未亜は目を閉じ、1分ほど微動だにしていない。


(お兄ちゃん…お兄ちゃん…答えて。
 応答願う、応答願う…マイブラザー、聞こえたら何か返事してー)


(……ビビデバビデブー)


(あ、聞こえるんだ?
 よかったー)


(…ボケをスルーされたよ、スティーブ…。
 ん?
 いや、何でもないから気にするな)


(? 誰か居るの?)


 割とアッサリ繋がった。
 リリィとリコに向けて親指を立てる。
 未亜は馴れない感覚に眉を顰めながらも、大河に念を送る。


(いきなりだな。
 何かあったか?)


(……ううん、様子見とテレパシーの実験だけだよ。
 …浮気してない?
 衆道に走ってない?)


(誰が走るか!
 …浮気は…そのー、少なくとも深い関係を持った相手は居ない…)


(…つまり、ラブコメちっくな雰囲気になってる人は居るのね?)


(う゛っ……ま、待て、確かにラヴい雰囲気だが、これ以上進む気は無いぞ!?
 そういう相手を増やすなら、少なくとも皆の内の一人以上が居る状況でしかしない!)


(んー、それは信じてもいいけど。
 どんな人?)


(一言で言うと…今時珍しいくらいにイイコだよ。
 未亜とも…仲良くなれるんじゃないかな)


(それって、その人もハーレムのメンバーにしろって暗に言ってない?)


(ハーレムって改めて言われるとな…。
 まぁ、それは無い。
 純粋に仲良くなれると思う)


(ふーん…そっか。
 わかったよ。
 でもお兄ちゃん、今度会ったらオシオキだからね。
 その人との関係が深ければ深い程、内容も強烈になるから)


(…カクゴシトキマス)


(うん。
 じゃ、今日はこれでね。
 気をつけてねー)


(ああ、未亜もな。
 他の2人を頼む。
 ……えらくあっさり引っ込んだな…


 未亜は召喚器を下ろした。
 シワが寄っていた眉から力を抜き、大きく溜息をつく。

 それを見たリリィは、通信が終わったのだと判断した。


「本当にテレパシーが出来るんだ…。
 それで?
 どうだった?」


「んー…」


 未亜は少し言葉を濁した。
 リリィはそれが、焦らされているかのようで癇に障る。

 リコもじっと未亜を見詰めていた。
 早く言え、と視線で催促している。

 未亜はそれらの視線を意図的にか無視し、虚空を見詰めた。


「……多感症、か……」


 …どうやら、大河が送信しなかった情報まで読み取ったらしい。
 「どんな人?」と問いかける事で、反射的に頭に描いてしまった人物像をある程度だが読み取ったのだ。
 不慣れな念話でここまで出来るのだからオソルベシ。
 それとも、同じく念話に不慣れな大河が無用心だったのだろうか?

 いずれにせよ、未亜にとって重要な事は。


「……美味しそうだなぁ…v」

 ニヤソ


「「ヒィィィィィィ!」」


 邪悪に笑って、唇の端をペロリ。
 どこら辺がマイルドなSなんだ、と心中で呟きつつ、リコとリリィの意識は何処か遠くへ旅立った。


 その数分後、気絶した2人にカツを入れて…耳元で「襲うよ〜♪」と囁いたら飛び起きた…帰路についている。
 リリィとリコは、気絶している間に何かされたのではないかと警戒していたが、本当に何もしなかった。

 妙に疲れた気分で、リコは恐る恐る先程の話題を蒸し返す。
 リリィも止めない。


「…そ、それで…結局どんな人が相手だったんです?」


「名前までは読み取れなかったんだけど…。
 こう、ポニーテールで、引き締まった体付きをしてて、それに…ウェイトレスの格好だったような…。
 あ、それにグローブも着けてた。
 野球に使うのじゃなくて、こう…拳に着けるヤツ」


「…アンバランスな組み合わせですね…?」


 妙な格好に首を傾げるリコ。
 だが、リリィはその姿に心当たりがあった。


「それ…ひょっとして、ユカ・タケウチじゃないの?」


「知ってるんですか?」


「知ってるも何も、生身で魔物や召喚器持ちと互角に渡り合うっていう、アヴァターでも随一の猛者って評判よ。
 ええと、どこかその辺に書店は…」


 キョロキョロ周囲を見回し、 見つけた本屋で一冊の本を買ってきた。


「これこれ、この人じゃない?」


「……そう、この人だった。
 芸能人?」


「猛者だって言ったでしょうが。
 それにしても、まさかユカ・タケウチだなんて…。
 トコトン予想の斜め上を行くヤツね」


 あまりのビッグネームに、リリィも困惑しているようだ。
 リコと未亜は、リリィが買ってきた雑誌に目を通している。
 どうやら彼女が今までに出場した大会の特集が組まれているようだ。


「えーと、ホワイトカーパス出身で、スリーサイズと身長体重は秘密。
 特技は空手で、好きな男性のタイプは誠実な人?
 ご主人様とは正反対だと思いますけど」


「タイプがバッチリだったら好きになるとも限らないし、バッチリじゃないと好きにならないって事もないでしょ。
 『先日予定されていたV.G.なる大会が“破滅”の出現によって中止となり、彼女は酷く嘆いていた。
 武神とさえ謡われる彼女が斯様に楽しみにしていたのを見る限り、V.G.に集う選手達のレベルの高さが窺える。
 大会が中止されてしまった事は、一格闘技ファンとして非常に遺憾に耐えない。
 筆者は“破滅”に対する怒りをより強めるものである……決して美少女達がくんずほぐれつ戦う様を見られなかったのが残念なのではない。
 否、見られなかったのだけが残念なのではない』…。
 …自分に正直と言うか…よくこの原稿が通ったね…」


「V.G.…?
 聞いた事ないわね…。
 マイナーな大会かしら?
 でも、ユカ・タケウチが楽しみにしてるくらいだし…。
 ええと、参加資格は女性のみ、負けたら軽い罰則があるらしいが、大会のルールすら殆ど知らされていない…?
 優勝したら…一等地?
 何よこれ?
 メチャクチャ怪しい…」


「次のページ次のページ。
 V.G.を企画したレイミ…なんて読むのかな、これ?
 写真が………って、この人!?」


 未亜がリコから雑誌を引っ手繰って覗き込んだ。
 取られたリコは少々不満そうだったが、未亜の様子が尋常でない。


「どうかしましたか?」


「この人…さっき私が見かけて気になってた人だ…」


「見かけた…って、その人確か大企業のトップよ?
 どうしてこんな所をウロウロしてるのよ。
 …でも、もし本当にここに居るなら一言言ってやりたいわね。
 その人が物流を妨げている張本人よ。
 何のためだか知らないけど、脚を引っ張るなっていうのに」


「見つけても言ってはいけませんよ。
 例の事は極秘です。
 そんな偉い人に直接文句を言いに行ったら、何かしら確実にバレますから」


「解かってるわよ。
 企業の情報網を甘く見ちゃダメだって事くらい…。
 …未亜、いつまでそうしてるの?
 帰るわよ」


「うん…」


 まだ本を覗き込んで首を捻っている未亜。
 何が引っ掛かったのか、何とか気付こうとしているらしい。
 まだ悩んでいたが、リコとリリィが先行したので仕方なく付いていった。


大河・ユカ・セルチーム 8日目 昼



「でぇぇぇいッ!」


 ユカの少々八つ当たり気味の声が戦場に響く。
 ここ最近で急激に破壊力を増した拳が、獣人を鎧ごと吹き飛ばした。

 その隣では、セルが周囲の状況を把握しながら前進後退のタイミングを合図している。

 更にそのもう少し離れた所で、大河が大剣を振るっていた。
 凄まじい破壊力を苦も無く制御し、何だかイライラしているようなユカに目を向ける。


「ユカー?
 何だか怒ってないかー?」


「怒ってない!」


「あのー、ユカさん?
 悪いけど、傍目から見ても普段より動きが激しくて荒いんですが…」


「でも怒ってない!
 ボクは怒ってなんかいない!」


 あくまでも怒ってないと言い張るつもりらしい。
 普段よりも攻撃的な気で魔物達を纏めて吹き飛ばすユカ。
 怒ってないにしても、確実にイラついているようだ。


「どーしたんだよ、一体…。
 もう少し落ち着かないと怪我するぞ?」


 大河が溜息交じりに忠告する。
 が、ユカはその大河をキッと睨みつけた。


「誰のせいだと……!!」


「誰なんだ?」


「…!
 も、もういい!
 いいから戦闘に集中して!」


 ユカはハイキックで魔術師を蹴り砕いた。
 普段なら多少は感じる心の痛みも、苛立ちに誤魔化されているのか全く感じない。

 ハイキックで見えたスラリとした太股と純白を堪能しながら、大河は大剣を振り回す。
 セルはユカの様子に戸惑い、大河に物問いたげな視線を送った。

 セルが電波を受信し、正気に戻った頃にはまだユカは怒っていなかった。
 …と言っても、2日程前の事だが。
 昨日も少し様子がおかしかったものの、普通と言ってもよかった。
 一体何があったのか。


「大河…お前何かやったか?」


「いや、心当たりは……?」


 ふと大河が言葉を止める。
 何か思い当たったのか。
 セルがそれを聞く前に、ユカの叫びが響く。


「ほら、さっさと片付けて次に行くよ!
 みんな苦戦してるんだから!
 究極、気吼弾ッ!」


 大河と氣の制御を訓練した事によって、飛躍的に破壊力とリーチが増した氣弾が敵を纏めて吹き飛ばす。
 効率の面ではともかく、一体に対する攻撃力ならば大河の(手加減した)一撃に匹敵するかもしれない。
 魔物達の体など、紙切れの如く消し飛ぶしかない。

 一瞬の閃光の後には、もう魔物達は残っていなかった。


 現在、ホワイトカーパス州では散発的に襲撃が続いている。
 パッタリと被害が止んだかと思えば、大河達の居る駐留地に向けてのみ攻撃を仕掛けてきた。
 明らかに何者かが統率している。


「しかし…どうしてココなんだろうな?」


「? 何か言ったか、セル?」


「いや…魔物達はさ、俺達の駐留地にのみ仕掛けて来てるだろ?
 それも、とても囮とは思えないくらいの戦力でだ。
 大河とユカさんが居なければ、もっと苦しい戦況に陥ってたのは間違いない。
 でも、居るんだぞ?
 しかも傷一つ付かずに。
 明らかに勝てない事が分かっていて、囮にしては多すぎる戦力を送り込む意味ってのは何だ?

 駐留地に注意を引きつけておいて、一気に他の所に攻撃?
 それならここで戦っている間に、別働隊を差し向ければいい。
 ところが他の場所では襲撃は一切無し。
 まるでここの反応を探ってるみたいだ」


「…そう言われると…」


 大河はようやくその思考に至った。
 普段ならば、もっと早く気付いて居た筈。
 やはり、ドムの危惧した通りに力に溺れかけていたのだろうか?
 溺れるとは言わないまでも、過信が産まれていたのかもしれない。


「ほら、次に行くよ!
 汁婆が単独で戦ってるから、助けに行ってからそのまま馬を借りて直行!
 いいね!?」


「「了解したであります!」」


 ユカは2人が考えている事に頓着せず、とにかく目の前の襲撃を撃退する事を選んだようだ。
 単なる八つ当たりとしての選択かもしれないが。
 大河とセルも、考えるのを一旦止めて走り出す。


「ユカ、汁婆の位置は?」


「あっちの山の麓に居るはずだよ。
 ライバルの青いハリネズミと駄弁ってる時間らしいから」


「…ひょっとして、それって世界最速の音速…」


「さぁ?
 何のライバルかは知らないけどね」 


 走りのか?
 そのコンビなら、放っておいても問題ない気がする。

 妙に殺気立っているユカを先頭に、大河とセルは走る。
 この近辺の魔物達は、ほぼ掃討している。
 セルは走りながら、懐から花火を取り出した。
 狼煙の代わりである。
 火を点けて設置し、そのまま走った。

 10秒ほどすると、3人の背後で発射音が響く。
 誰も振り返らなかった。
 この花火は、『残敵少数、別の場所へ援護に向かう』の合図である。
 すぐにドムが部隊を差し向ける事だろう。


「汁婆の居る辺りまで、急げば3分もあれば充分…。
 セル君、飛ばすよ!
 付いて来れる!?」


 そして返事も聞かずにスピードアップ。
 氣功術の影響か、ものすごーくパワーアップしている。


「…大丈夫かね、あのまま放っておいて…」


「さーな。
 あの勢いなら大丈夫だと思うけど…。
 それより大河、俺達も早く行くぞ。
 俺に合わせてくれるのは有り難いが」


 大河がすぐにユカを追わないのは、自分も行けば戦闘力に劣るセルが取り残されるからだ。
 如何に頑丈とはいえ、毒や刃物で充分殺傷可能だ。
 残った敵が集結して襲い掛かってきたら、セルでは生き残る可能性は低い。
 自分の無力さに歯噛みしながらも、セルはスピードを上げる。


「それにしても、本当にイラついてるな。
 ユカさんらしくもない…。
 大河、本当に何も心当たりはないのか?」


「無い事もないんだけど…一応合意の上というか、了解を取ってあるし…」


「…なんだそりゃ?
 まさかユカさんにまで…」


「いや、みんなが居ないのに浮気するのはどうも気が引けて…。
 そういうのじゃなくて、氣功術の練習でちょっとな」


 キスまではいいのか?
 それはともかく、ユカは襲撃が無い時間の殆どを氣功術の修練に当てていた。
 制御を失敗したり、抑え切れない後遺症…多感症になった時は、大河がその手で治療していた。
 何処に後遺症が現れるかは全くのランダムで、当然危険というか嬉しいというか、そんな部位にまで症状が現れる事も。
 治療のためには大河の手を接触させる必要があるのだが、これはユカ本人にも了解を取ってある。
 それに、触れると言っても文字通り触るのではなく、肌に手を添え、触れるか触れないかの所で衰氣を注いでいるのだ。
 ユカとしても大河に触れられるのには多少抵抗があるようだが、それは既に割り切っているらしい。
 従って、大河がナニかしたから不機嫌という訳でもない。


「何でだろうなぁ…。
 ところで、大河。
 汁婆にはもう乗せてもらったのか?」


「いや、全然。
 ユカの練習に付き合うのに忙しかったし、汁婆も『緊急時になったら俺が乗せてやる 初心者でも安全なサポート付きだ』って言って…書いてたしな。
 此処にだけ襲撃をかけてくるなら、特に乗る必要は生まれないけど」


「ふーん…。
 しかし、まさか二本足で走るとはなぁ…」


「…二本足で立ってるからなぁ。
 まさかそっちの方がが速いとは思わなかった」


「おいおい、思うヤツなんてネタを知ってる人ぐらいだろーが」


「だよなー!
 って、笑ってる間に到着したぞ!
 ユカ、汁婆、無事か!?」


 青いハリネズミと一緒に魔物を蹴散らしていた汁婆が振り返る。
 フン、と笑って周囲を回し蹴りで薙ぎ払った。
 どうやら加勢に来る必要も無かったようだ。

 少し向こうでは、ユカが何だか凶悪な打撃を繰り出している。
 ゴツッ、ゴツッと聞こえてくる音からしてかなり怖い。
 敢えて無視して、セルは青いハリネズミに目を向けた。

 ハリネズミは汁婆と何か話していたかと思うと、踵を返して森の中に消えていった。
 残像でも見えそうなスピードで。


「…早い…」


『俺のライバルだからな
 平地じゃ俺に分があるが、小回りが必要な街の中や森ではヤツが速い』


「あ、そ…。
 じゃ、次に行きますか」


 ともあれ、今日の戦も快勝だった事を付け加えておく。
 しかし、ドム達には気に入らないらしい。
 近い内に何かある。
 その確信を深めていた。


カエデ・ベリオ・ブラックパピヨンチーム 9日目 夕方


「せいっせいせいせいせいやー!」


 カエデの突きの連打が、大柄な獣人を押し返す。
 そして獣人がそれに逆らわんと力を篭めた瞬間、カエデはバックステップで後ろに下がる。
 それと入れ替わりに、獣人の頭の上から光る輪っかが降ってきた。

 ベリオのシルフィスである。
 いや、ただのシルフィスとは違うようだ。


「シルフィス発展版、ギャラクティカドーナツ!
 縮みなさい!」


 ベリオの声と供に、光の輪が急速に収束する。
 魔物の体はその圧力に耐え切れず、上半身と下半身が泣き分かれしてしまった。
 ドサッ、と上半身が地に落ちる音を最後に、周辺は無音になった。

 ベリオとカエデは尚も警戒している。
 いや、警戒しているのは主にカエデで、ベリオは目を閉じていた。
 そのまま数秒の時が流れる。

 ベリオがカッと目を開けた。


「そこっ!」


「そこか!」


 ベリオが指差した方向にクナイが飛ぶ。
 次の瞬間、断末魔の悲鳴と供に魔術師が木の上から落下した。
 ピクピクと動く事数秒、痙攣が治まる。


「…これで全てでござるな?」


「ええ、そのようです。
 上から見ても…」


 少し離れた高台に目をやり、また周囲を見回す。


「敵は全て掃討した、との事です。
 …あ、もう限界みたいです。
 拾いに行かないと」


「お疲れ様でござる、ブラックパピヨン殿」


 ベリオの中のブラックパピヨンに労いの言葉をかける。
 ブラックパピヨンは、ルビナスから貰ったサイコパペットを使って自分用の体を作り上げ、少し離れた場所からベリオ達の戦いを見下ろしていたのである。
 戦場を上から見渡し、その動きをダイレクトにベリオに伝えたブラックパピヨン。
 そのお蔭で、多数を相手にしたにも関わらず包囲される事が無かったのである。
 まだ直接的な戦闘が出来るほど操作に慣れていないし、持続時間も長いとは言いづらい。
 練習も兼ねていたのである。

 ベリオとカエデは、サイコパペットが転がっているであろう高台に向かう。
 周辺に人は居ないため、ブラックパピヨンの姿を見られて騒がれる事もない。
 人が急に消えた、とか露出狂が居る、と騒ぎになる事も無い。


「それにしても、便利な物でござるな…」


「…マトモに使うために、改造されちゃいましたけどね…」


 結局ベリオはルビナスに捕獲されてしまったらしい。
 どんな改造を施されたのかは謎だが、とりあえずマトモに機能しているので問題ない。
 問題ないとするしかない。
 実は、ついでだと言い張ったルビナスが(ある意味)余計な機能を追加しているのだが、それはまだベリオにも知らされていなかった。

 先日の王宮での大暴れの後、彼女達は逃げるように王宮を後にした。
 後始末が面倒だから、とクレアも止めなかった。
 しかし、そのままホワイトカーパスに向かうのではなく、その道中で辺境の村々を救援して行くように命じられたのである。
 救援が必要な村の数はそれ程多くはないのだが、立ち寄った村を襲う魔物達を全滅させ、安全を確保しなければ先へ進めない。
 最上級の馬なら一日で行けるホワイトカーパスまでの道のりを、ようやく半分踏破した程度である。

 現在居るのは、そういった村の一つである。
 恐らく、ホワイトカーパスに接近すれば接近するほど、こう言った助けを必要とする村は増えるだろう。
 当分大河と合流できそうにない。


 高台の上に転がっていたサイコパペットを拾い、一度村へと帰る。
 しかし、正直言って気が重かった。

 2人は必ずしも歓迎されている訳ではない。
 魔物達を追い払ってくれるのはいいが、王宮からの命令も持ってきているのである。
 その命令というのがまた曲者で、『村を捨てて王都へ避難せよ』との事だった。
 ベリオとカエデは、自分達を救ってくれる救世主候補であると同時に、自分達を追い出しに来た疫病神のようにも見られているのだ。
 2人のせいでは無いのだが、民衆の感情とは厄介なものだ。
 特に大勢の人々が同じ感情を持てば、一人一人が表に出さなくても空気が重くなる。
 その時に一人でも喚きたてる者が居れば、それに便乗して話がどんどんややこしくなる。


「はぁ…昔はこういう感情も引き受ける覚悟が出来ている、と思っていたのですが…自惚れでしたね」


「憎悪や怒りというのは、実際にその身に受けた経験がある者でないと実感できないでござるからな。
 救いなのは、暴発する程ではないという事でござる。
 この近辺にも魔物が出現するようになり危機感を覚えていたものの、他に行く所が無かったのであろう。
 ある意味では渡りに船だったのかもしれぬ」


「それでも故郷を捨てさせられる怒りは抑えきれず…ですか。
 これも試練と割り切るしかありませんね」


 大勢の難民を王都に招いてどうするのか。
 食料や居住地などの問題は?
 色々と疑問はあるが、クレア達の事だから抜かりはあるまい。

 とにかく今は村まで戻って、魔物達を倒した事を伝えてやらねばなるまい。
 村周辺は念入りに見て回ったので、王都へ到着するまでに襲撃を受ける事は考えにくい。
 数名ずつ馬車で王都へ移る…などというやり方では、極秘作戦の展開に間に合わない。
 故に、村を挙げてのゲルマン民族大移動をせねばならないのだ。
 集団で移動するだけに機動力も低く、魔物達の的にもなりやすい。
 だが、これが一番早いのである。


「“破滅”を撃退した後に、あまり壊れてないといいのですが…望みは薄いですね」


「どこで何と戦うか、我々では予測できぬでござるしな」


 今は持ち堪えている最前線のホワイトカーパスだが、そう長くは保たない筈だ。
 戦力にはまだ余裕があるかもしれないが、何せ田舎だ。
 物流の流れは激しくない、どころかむしろ鈍い。
 剣や鎧、食料等も比例して少ない。
 王都から補給として送ろうにも、少々距離がありすぎる。
 アザリン達は一日程度で到着したが、あれは馬が良く、乗せている物も少なかったからだ。
 大量の補給物資を抱えてホワイトカーパスに向かうとなれば、どれだけ見積もっても三日はかかる。
 それも、何にも襲われず、限りなくスムーズに進んだとしたらの話だ。

 そんなホワイトカーパスは、少しずつ戦線を縮小し、王都へ向けて後退していくと思われる。
 この辺りの村は、その通り道である。
 確実に戦火に晒されるだろうし、無人の村とくれば簡易の防壁くらいにしか扱われまい。
 はっきり言って、この村が無事で居られる可能性は限りなく低い。


 魔物討伐に出る前に、小さな子供が親に向かって「おでかけするの? いつかえってくるの?」と無邪気に聞いていたのを思い出し、暗澹とした気分になる。


「…こうしていても仕方ないでござる。
 早い所村に戻り、避難の段取りを確認してから次の村に向かうでござるよ」


「そうですね。
 ブラックパピヨンも、疲れて眠たいようですし…。
 でも、体は大分自由に動かせるようになってきたそうです」


「改造手術を受けた甲斐があったでござるな」


「無かったら、私はルビナスさんにライダーキックを叩き込みますよ…」


ミュリエル 9日目 夕方


「……リリィや大河君達は無事かしら…」


 などと言いつつ、手元に置いてある書類を手に取るミュリエル。
 今は勤務時間外なので、仕事をしている訳ではない。
 忙しいので普通に休憩時間など取れないが、ミュリエルとて自分の体の調子は把握している。
 そろそろヤバそうだ、と思ったので自室で寛いでいるのである。

 しかし、寛ごうにも遠征に出した救世主候補生達が心配でゆっくり眠れない。
 一応日毎に報告書は届いているのだが、所詮は書類上の情報だ。
 心配が晴れる訳ではない。

 何度も書類を読み返し、可愛い愛娘と生徒達を思って溜息を吐く。

 ミュリエルの心労は、ピークに達しつつある。
 誰にも知られてはいけない秘密を抱え、ずっと学園長と言う立場を保ってきた。
 いざと言う時、救世主を殺す決意をしながら。
 その頃は、疲労が溜まっても緊張の糸が切れた事は無かった。
 余計に疲れは溜まるが、一気に吹き出る事は無かったのである。

 しかし、全てではないが同じ秘密を知る大河の出現。
 危険だとは思ったものの、ミュリエルは孤独からは開放された。
 秘密を共有できる存在を見つけ出したのだ。

 更に加えて、数年間機能していなかった女の本能を、これでもかと言わんばかりに満足させてくれた。
 その結果、多少なりとも精神が大河に依存するようになったのである。

 以上の要素が絡まり合って、ミュリエルのコンディションは良好とは言い難い。
 飼い主と娘とトラブルメーカーズ(複数形)が居なくなったため、少々時間と体を持て余しているのである。
 …別にヒマを見つけてG…もとい自慰に耽っているのではない。
 要するに、生活のリズムの変化に付いていけなかったのである。
 そろそろ慣れてきてはいるが、皆が遠征に向かって直ぐに新しいリズムに乗れなかったのが致命的だ。


「あー……ダルいわ…。
 有閑マダムみたいな気分ね…。
 やる事が無くて暇だけど、何かする気にもなれない…」


 仕事の時間になれば、体裁だけでも整えるのだが。
 考えてみれば、こうして自堕落な時間を過すのも久しぶりだ。
 リリィを拾ってからは母親の気分であれこれ世話をしたがったり、彼女の一挙一動にヤキモキしたり。
 学園長として活動するようになってからは、休憩時間でも大抵何かを考えていた。
 大河と出会ってからは、もう嵐の様としか言いようが無い。
 いや、嵐というよりむしろ荒らしだろうか?

 徒然と考えるミュリエルだが、瞼が重い。
 疲れも溜まっている事だし、ここらで一眠りする事にした。
 窓とカーテン、扉の鍵を閉め、ミュリエルはベッドに寝転がる。
 普段着では眠りにくいが、寝巻きに着替える気にもなれない。

 普段なら考えられない程のアバウトさで、ミュリエルは決断する。
 細い指が服のボタンにかかった。
 微妙に生気が感じられない動作で、一つ一つボタンを外す。
 バサッ、と上着を脱ぎ捨て、ハンガーに引っ掛ける。
 続いてスカートに手を伸ばした。
 腰の辺りでカチャカチャ音を立てたかと思うと、次の瞬間には皺一つ無かったスカートが床に滑り落ちた。
 これまたハンガーに引っ掛けるだけで、畳みもしない。


「あふ…」


 欠伸を堪えるミュリエル。
 指先で目元の涙を拭うと、残ったシャツのボタンを外していく。
 流石にこれを脱ぐと寒いと判断したのか、ボタンを外すだけ外してそのままだ。

 随分と刺激的な格好になっている。
 俗に言う裸ワイシャツ。
 スラリとしたお御足が眩しい。
 しかも、シャツの隙間から白くスベスベした肌と、アダルティーな黒が覗いている。
 意表を付いて白の下着も持っているのだが、それはタイミングを見て使う腹積もりのミュリエルだった。

 そのままベッドまで歩き、靴を脱いで布団の中に潜り込む。
 久々の昼寝である。
 ミュリエルは眠気に逆らう事無く、眠りの園へ落ちていく。
 暫くの間、ミュリエルの私室には寝息と寝返りの音だけが響いていた。

 …寝返りして布団が肌蹴て、足が曲がって真っ白い太股と黒い布切れが…。


 3時間ほど眠った後、ミュリエルは学園長室に手紙が届いているのを発見する事になる。
 手紙は王宮…クレアからで、翌日の15時くらいに訪問する、との事だった。
 そして。


「…カエデさんとベリオさんとルビナスが、王宮の一部を破壊……。
 あ、あの子達は………」


 一度オシオキせねばなるまい、と心に誓うミュリエル。
 未亜に任せるか、などと危険な発想も出たが…。
 ネコミュリエルになれば、自分もそこそこ嗜虐心が沸いて来る。
 鬱憤晴らしも兼ねて、自分でやろうと決意するミュリエルだった。


「…あの子達も動物にしちゃおうかしら…」



どうも、時守です。
うーん、どうも最近筆の進みが鈍っています。
ちょっと展開を変えてみようかと思うようになりました。

ふぅ、ギャグができないなぁ…。
と言いつつも、次回辺りに未亜がエライコトになるよーな気が…。

それではレス返しです!


1.暗躍様
うーん、でも質が段々下がってきているのが自分でも解かるので、ちょっと焦り気味です。
最初の方と読み比べてみると、盛り込んであるネタが随分少なくなってきてますし…。
でも今後も頑張るので、これからもご愛読よろしくお願いします〜。


2.アレス=アンバー様
トロンベが泣くなら、親分はどうでしょうか…。
彼なら汁婆も乗りこなせそうですがw

ドクターウェストかぁ…彼を越えるのは夢のまた夢です。

ユカの氣功術の後遺症…知られてしまいましたね(汗)
会った途端に暴走しなければよいのですが。


3.皇 翠輝様
ああ、いいですねぇ多感症。
はぢめてでエライコトになっても、特に違和感が無い辺りが。

ああ、あの凶暴な。
立ち読みしかしてませんが、時守的にはやっぱり虎竹刀のヒトですかねぇ。


4.Campari様
あのお方には、何と言うかアシュ様でも勝てそうにないッス。
例え殴り合いで塾長が負けたとしても、アシュ様(不壊)の絶望を一言の元に粉砕しそうな…。

神の設定については、ちょっとややこしい部分があるのですが…大体、

神(アヴァター内)>アシュ・晋太郎・決戦存在>竜>隊長>アラダ達

くらいのイメージです。
まぁ、この強さと言うのは内包するエネルギーと言うか世界に対する権限や影響力の強さですので、戦闘力となると話は全く違ってきますが…。
神が別世界に行ったら……ど、どれくらいだろう…設定上の都合で、回答不能です…。


5.黄色の13様
うーむ、世界の謎はどんどん深まって行っているようですねぇ。
時守の頭じゃ追いつきませんな…。
それこそマッド全開のルビナスにでも登場願わねば。

細かい事を言わなければ、ブラックパピヨンは一応単独行動可能です。
スキルレベルは…よくてD?

汁婆が居るからにはポヨも居て、ならばトトロが居てもおかしくないでしょう。

ドム達が異常にマジメですが、流石に彼らは壊せません。
精々アザリンに萌えつつ忠誠を誓ってもらう程度で。
…鼻血も出させられない…。

真っ黒な服のイメージは、どっちかと言うとMIBよりマトリックスのカチコミシーンです。


6.なまけもの様
ご指摘ありがとうございました<m(__)m>

Sが発動した未亜は、そう簡単には相手を壊しませんよ。
むしろ壊れるギリギリの境界線付近を、意図的にさまよわせるタイプです(汗)
でも大河は勢い余って壊しそう…。


7.カシス・ユウ・シンクレア様
マッドじゃないルビナスはマッドじゃないデス!
その辺も含めて救世主チームなんですよねぇ…久々にでっかい被害を出して、ちょっとスッキリしていたり。

セルに乗り移ったのは…
…衄屐Ε疋ターウェスト
△舛腓辰版韻辰董▲ぅ錺奪舛猟鏤
B召冒択肢を思いつかなかった・酔っ払った時守

さぁどれだ(笑)

ユカ的には、現状ではこの辺が羞恥心の限界ですねぇ。
もっと追い込まないとw


8.アルカンシェル様
確かに…このまま行くと、3Pどころじゃなくなります。
いえ、とっくになっているとか言うんじゃなくて、ちょっとした必殺技が…。

マッドに体を弄られて喜ぶのは、同じくマッドと決まっています。
でもマッドは自分の体を弄らないw
発明品は常時携帯しているけど…。

ユカの告白は、双方共に記憶に残っていないようです。
残念。

“破滅”の将の出現タイミングに苦労しているこの頃です。


9.ナイトメア様
S&Mの地獄の門は、ユカが開いたのではなくて門の方から開いてしまったようです。
人、それを天災といふ(どー考えたって人災だけど)。

トレイターにセルを括りつけて、同期連携をやったら……あっはっは、流石のセルも死にそうです。
そして最終的には、汁婆は大河をブン投げて、そしてそれをクドゥ・カイヤーが踏んづけて止めるとw
あの鉄球オヤジは、BGMまでいい味だしてたなぁ…。

3姉妹は子煩悩になる事は間違いないでしょう。
ただ、ルビナス辺りが子煩悩のあまりに、病気に強くて、ちょっとやそっとでは死なない体に改造するのではという不安が(汗)

不思議系か…そう言えば居ませんね。
…約一名、性格が決まりきってないのが居ますから、ソイツにやらせてみましょう。
本当は、アルディアが不思議系の予定だったのですがw

いっそダウニーに西博士を光臨させては?
勿論、髪型は各種オプション付で。


10.なな月様
寝たりませんねぇ…時守の場合は単なる不精ですが。

自爆用ダミーですか?
勿論使用可能ですよ。
ただ、体が弾け飛ぶ感覚がブラックパピヨンに伝わってくるので文字通りの自爆技ですが。

西博士たちの高みは遠いです。
しかし今の時守ではこれが限界…どうすれば、どうすれば!?
……そうだ、酒を飲もう!(意味ない)

森の中のヘンな動物は…ホワイトカーパスには色々居ますよ?
プーン、とか鳴くヘンなヤツとかも。

今日科学ハンターの歯車っつーと、オーギュストとかカケルとかですか?
確かに彼らは好きだった…オーギュストが生身で戦うシーンはかなりシビレました。

世界の謎BBSに行ってきましたが…相変わらずスゲー人だかり…。
正に人大杉。


11.神〔SIN〕様
何てリアリティに溢れまくった授業風景だw
大河と銀八先生のやり取りが、目の前にあるかのように浮かんできました。
時守は3年Z組銀八先生の小説を持ってますが、もし大河があのクラスに居たら絶対にこうなっていたでしょう。
他にネタとしては…大河がエロい保健の授業を希望して、銀八先生が「コンビニに行ってビニ本でも立ち読みして勝手にやってろ」とか言いそうです。

しかし…未亜のレズ疑惑は、どっかのサイトで見ましたね。
確か他には、「今までの救世主候補は全て女性だったのに、交わりが最も効果的な契約方法だと、何故リコは知っていたのか?」とかありましたが。
確かに謎ですよねぇ…思い返せば。

ところで、レズ疑惑が本当だったとして…未亜とリリィのどっちがタチでしょう?
やっぱ未亜?


12&13.舞ーエンジェル様
最近やりたい事が山ほどあって、ゲームしてるヒマもないッス。
と言いつつ、前に気になっていた機甲兵団J−PHOENIX2を1500円で買ってきていたり。
あんまりハマってはいませんが…。

バルドフォースですか…そろそろ本格的に挑戦してみようかなぁ…。
『天然』『健気』『世間知らず』…どっかで聞いた事があると思ったら、某真祖のお姫様だ…。
あっちはかなり我侭だけど。

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、台詞を聞いてるだけでも何かが燃え盛ってくるうぅぅぅ!
ま、待て落ち着け、いくらなんでも今からクロスさせるのは…させるのは…させ………丁度展開にも行き詰りかけてたし…プレイしてからチャレンジしよう!

何時になるかは分かりませんが、きっと、きっとぉぉぉぉ!
……クロスの方法云々以前に、どうやって未亜の毒牙から護るべきか…それが問題だ…。

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