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「幻想砕きの剣 9-2(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-05-17 21:57/2006-05-19 10:06)
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ベリオ・カエデ・ルビナス・ナナシチーム  5日目 朝


「ところでルビナス殿、ブラックパピヨン殿に渡したいモノとは?」


 何とか薬が抜けて、カエデはようやく動けるようになった。
 一晩以上かかるとは…幾らなんでも強力すぎだろう。

 ベリオはカエデの隣でメガネを拭いている。


「あの子に渡す…と言っても、受け取るのは私…でしょうか?」


「ううん、ブラックパピヨンちゃんに直接渡すわ。
 ちょっと出てきてもらえる?」


「はい。
 ………。

 おはようさん、ルビナス。
 例のブツが出来たのかい?」


 表情が変るベリオ改めブラックパピヨン。
 普段なら人を小馬鹿にしたような表情を浮かべるのが常なのだが、今は違う。
 妙に真剣な表情だった。
 それもその筈、ブラックパピヨンにとってはベリオと離れて行動できるようになるかどうかの瀬戸際である。


「ええ、何度か実験もしてみたわ。
 後はブラックパピヨンちゃんの精神波の波長を計測して、それに合わせて調整。
 どれくらい使いこなせるようになるかは…」


「私のニュータイプとしての素質次第…?」


「ニュータイプじゃなくて、むしろエスパーかも…」


 そう言いながら、ルビナスは小さなボールを取り出した。
 表面には幾何学的な模様がビッシリと描かれている。

 カエデが首を捻る。
 用途の見当がつかない。


「これは?
 宝禄火矢でござるか?」


「こんな手間暇かかる手榴弾なんか作らないわよ。
 これはとある世界に多いエスパー達が使用する道具で、“パペット”っていうらしいわ」


「パペット…人形?」


「そう。
 使用者の念動力とかを使って動作し、意のままに動く代物。
 だから“サイコパペット”とも言うわね」


「ふぅん…それで?
 アタシは超能力なんか持ってないよ。
 ユーフォニアもベリオしか使えそうにないし、魔法の類は解除ならともかく、自分で使うのは専門外だし」


「だいじょーぶ。
 これはちょっとした仕掛けで、ブラックパピヨンちゃんの精神波をキャッチし、それがどれほど微弱なモノでも動くように設定してあるのよ。
 今はスイッチを入れてないし、入れても慣れてないからロクに動かないだろうけど…」


 そう言いながら、ナナシはいそいそと聴診器のような物を取り出した。
 一方をパペットに繋げ、もう一方をブラックパピヨンの頭に付ける。
 ブラックパピヨンは微妙に不安そうだ。
 まさか電撃なぞ仕掛けてくる気はないだろうが、爆発くらいならあり得る。


「何する気?」


「ん? だから、精神波の測定。
 暫くじっとしててくれればいいから………よし、基礎値の計測は完了ね。
 ちょっと待ってて、登録しちゃうから」


 ルビナスは聴診器を外すと、パペットの一部を弄り始める。
 それを見て益々不安になるカエデとブラックパピヨンだった。

 幸にも爆発したりせずに、あっさりと作業は終了した。


「ん、これでよし。
 それじゃブラックパピヨンちゃん、ベリオちゃん。
 実験を開始するから、入れ替わってくれる?
 …カエデちゃん、どうして窓の外に居るの」


 実験と聞いて、カエデは速攻で窓の外に逃げ出している。
 書き忘れていたが、ここは2階だ。
 カエデは窓の外の犬渡りに脚をかけて、いつでも逃げ出せる体勢をとっている。

 ブラックパピヨンと入れ替わったベリオは、自分だけ逃げようとしているカエデに恨めしげな目を向けた。
 それに構わず、ルビナスは実験開始。


「準備はいい?
 それじゃ……はー、ポチっとな」


 うむ、お約束の掛け声よ。

 パペットの電源をオンにしたが、何も起こらない。
 爆発か電撃を覚悟していたベリオは、目をギュッと瞑って衝撃に備えていた。
 が、何も起こらない。
 文字通り何も。
 成功したのかと思ったが、ボールには何も変化が無い。


「え、えっと…?」


「ベリオちゃん、何か体に影響は?」


「へ?
 いえ、何も」


「よし、第一関門クリアー。
 次行くわよ」


「あぁ、段階毎に分けて実験するのでござるな」


「そうよ。
 でないと、何処かにバグがあったとしても解からないもの」


 つまりロシアンルーレットのような実験があと何度かあるという事だ。
 生殺しに等しい。


(うう、神よ…お守りください。
 大河君、へるーぷ)


 心の中で十字を切り、懐のお守りを握るベリオ。
 当然、大河の毛が入っているアレだ。
 ちなみにブラックパピヨンとベリオ、一つずつ持っている。

 その祈りが通じたのか、どうやら第2段階も上手く行ったらしい。


「よし、ボディ構築!」


「おお!?」


 カエデが驚きの声をあげる。
 サイコパペットの周囲に得体の知れないエネルギーが集まり、形を取り始めたのだ。


「こ、これは…」


「周囲の元素やらエネルギーやらを使って物質を作成するのよ。
 元々の機能はエネルギーのみを使っていたんだけど、それじゃ物質として安定しないからね。
 一番重要で、危険な段階よ。
 エネルギーのバランスが取れなければ、失敗して物質は散るか爆散…」


 カエデはウゲッ、とイヤそうな顔をしたが、ベリオはもう諦めの境地に居る。
 これが悟りか、などと大僧正的気分に浸ってみたり。

 ブラックパピヨンはと言うと、何故かさっきから全く反応が無い。
 自分の殻に閉じこもっているのだろうか?


 そうこうしている間に、サイコパペット周辺のエネルギーは安定してきたようだ。
 エネルギーが人の形に変り始めている。

 髪は輝くような金色で…多分余剰エネルギーが放出されている…肌は白く、スタイルはベリオも羨む程。
 そして露出度がやたらと高い服。
 それはブラックパピヨン(ちょっと美化)の姿だった。


「おお、ブラックパピヨン殿でござるな」


「極端な話、服装も外見も作り物だからね。
 使用者の意識一つで、いくらでも変化するわ。
 これはブラックパピヨンちゃんの自己認識に基づいて作られてるのよ。
 慣れれば変化もさせられるんだけど…」


 ブラックパピヨンのボディから放たれていたエネルギーが、少しずつ落ち着いてくる。
 物質として完全か、完全一歩手前にまで安定したようだ。


「…ブラックパピヨンちゃん、動いていいわよ。
 調子はどう?」


「え?」


 ベリオが間の抜けた声をあげた。
 そして、サイコパペット改めブラックパピヨンがゆっくり目を開く。
 まるで暗闇からいきなり陽の元へ放り出されたように、目を開けたり閉じたりしていた。

 目が慣れてきたのか、ブラックパピヨンは戸惑うように左右を見渡す。
 その途中でベリオと目が合った。


「………ベリオ?」


「………ブラックパピヨン?」


 お互いが離れて存在するという事に違和感を持っているらしい。
 ブラックパピヨンは、さらに手足を動かして体を確認してみる。

 どうやら異常は無さそうだ。

 ふむ、とルビナスが腕を組んで、さらにガッツポーズ。


「いぇーい、大成功ー!」


「大成功って…ベリオ殿とブラックパピヨン殿が分かたれると、何やらバランスが崩れると言っていたではござらんか?」


「大丈夫よ。
 ベリオちゃん、ブラックパピヨンちゃんと離れてる?」


「へ? ええと…?
 ……いえ、居ます!
 私と離れてはいません!」


「そうみたいだね。
 私にもベリオからの呼びかけが聞こえた…。
 なるほど、これが大河の言ってた『ヴァーチャルリアリティ』ってヤツかい」


 感心するブラックパピヨン。
 違和感は全く無い。
 ベリオの体で表に出ている時と全く変らない。

 ブラックパピヨンは、自分の頬がニヤけるのを止められなかった。
 これで自分は、一人の人間として行動できる。
 常にベリオと共にあるのは違いないが、もうどちらか一方しか表に出れない、という事はないのだ。

 今すぐにでも駆け出して行きたい衝動を、何とか押さえ込む。
 だが、そこにルビナスが水をさした。


「あー、申し訳ないんだけどさ。
 パペットを終了する時の実験と、問題点があるんだけど」


「問題?」


「ええ。
 今のままじゃ、行動範囲が狭すぎるのよ。
 精々ベリオちゃんの体の…半径5メートル前後かしら?
 それ以上離れたら、精神波が届かなくなってオシマイ」


「…意味ないじゃなの、それじゃ」


「話は最後まで聞きなさいって。
 ちゃんと解決策は準備してあるわよ。
 要はその為の器官をつければいいのよ」


 自信タップリに言い切るルビナス。
 それを見て、ブラックパピヨンは何だかイヤな予感がした。
 ルビナスの目には、一点の曇りも暴走の気配も無い。
 が、だからこそ恐ろしい。
 こういうのは、淡々として話を進められるのが一番恐ろしい。


「器官…というと、肝臓や胃袋のような内臓でござるか?」


 カエデの何気ない疑問。
 次の瞬間、ベリオとブラックパピヨンは即座に行動に移った。


「自爆!」


「撤退!」 

 カッ―


「ぬおおぉぉぉぉ!!?」


 一拍置いて、ブラックパピヨンの体が弾け飛ぶ!
 そして安定していたエネルギーが収束を失い、無差別に吹き荒れる。

 カエデはその爆風の直撃を食らって、犬渡りから弾き出された。
 バランスを崩して2階から放り出され、放って置けば地面に落下して骨くらいは折れるかもしれない。


「くっ、なんのぉ!」


 しかしそこは流石に忍者、懐に収めていたワイヤーを近くの柱に向けて射出する。
 一瞬で巻きついたワイヤーを頼りに、振り子運動で位置エネルギーを運動エネルギーに変換する。
 意外と勢いが強かったので、カエデはすぐに着地せずに反対側の渡り廊下に飛び移る事にした。

 充分に渡り廊下に近付き、振り子の勢いが弱まる瞬間を狙って手を離す。


「とうっ!」


 まだ余っていたエネルギーを回転する事で逃がし、着地しても体に負担が残らない程度に減速した。
 着地地点もバッチリだし、これなら何の問題も無く着地できる。
 筈だった。


「なんだなんだ何事だ「ライダーキーック!」ふぁっ!?」

  ゴキュリ

「着地! って、やっちまったでござる!?」


 なんだか鈍い音がした。
 タイミングの悪い事に、着地地点の前の扉から出てきた文官。
 爆発の音を聞きつけて出てきたらしい。
 このままではぶつかる、と判断したカエデは、文官を退かす事を選択した。
 その最も手っ取り早かった手段が、「ライダーキーック!」である。
 減速されたとは言え、人間一人分の体重が文句無く乗せられた飛び蹴りである。
 文官一人の意識を刈り取るのに何ら不都合は無かった。

 罪も悪気も無い事故(カエデ視点)とはいえ、ヤバイかもしれない。
 幸い目撃者は居ないし、文官にも顔は見られていない筈。


「こ、ここは一つ証拠隠滅としてコンクリ詰めに…」


「何事ですの~?」


「…ナナシ殿?」


 何時の間にかナナシがカエデの隣に現れていた。
 マズイ所を見られたか?」


「ナナシ殿、何時からそこに…」


「ほへ? ついさっきですの。
 何だか爆発の音が聞こえたから…。
 何事ですの?」


「いやそれが実は「退いて退いてー!」…ベリオ殿」


 ナナシにはライダーキックの瞬間は見られていなかったらしく、このまま話題を変えようとしたカエデ。
 が、話題を変えるまでもなくナナシの注意は別の方向に向けられた。

 土煙を立てながら、ベリオが高速ダッシュで走ってきているのである。
 その手には丸いボール…パペットが握られている。


「待ちなさい!
 パピヨンちゃんが単独行動できなくなってもいいの!?」


「ルビナスさんに身を任せるよりはマシです!」


「ぬわんですって~!?」


「ヒイイィィィ!
 薮蛇だったー!」


 そしてベリオを追うルビナス。
 その手にはメスとかレンチとか金槌とかノコギリとか、色々握られている。
 …金槌に『手術用』と書かれていたのだが…どんな反応を期待しているのだろうか?

 唖然としてそれを見送るナナシとカエデ。


「…何事ですの?」


「…身を任せる…と言っていたからには、多分手術しようとしてたんでござるな。
 なるほど、ブラックパピヨン殿の自爆はルビナス殿の魔の手から逃げるためでござったか」


「手術…お手伝いしなくていいですの?」


「触らぬマッドにワラキアは無し。
 ヘタに関わると、洗脳されて地下王国で強制労働させられるのがオチでござるよ。
 くわばらくわばら…」


 ナナシにはまだ状況が理解できていないらしく、カエデは一から説明してやる事にした。
 ブラックパピヨンが単独で動くための装備をルビナスが作った事。
 それを実験したのだが、完成させる為にはベリオを手術して何か装置を埋め込まねばならないらしい事。
 そしてそれを察知したブラックパピヨンが自爆し、爆風でルビナスの目を晦ませてベリオが逃走に移った事。
 そしてその爆風でカエデがターザンみたいに宙を舞うハメに陥った事。


「はぁ~…それじゃ、ベリオちゃんは根続く限り逃げ回るですの…。
 お城が半壊するですのよ?」


「いや、ベリオ殿は攻撃は専門ではござらんし、それほどには」


 ごごごごごごごごご……


 何やら響く異音。
 イヤな予感と共に2人が振り向くと、中庭の上空に突き出したオブジェの一部がヘシ折れて落下していく瞬間だった。


「あのオブジェは…」


 先程カエデがワイヤーを引っ掛け、振り子運動の支柱として使ったオブジェだ。
 加えて言うなら、先日中庭で発動したカウンター型カイザーノヴァの余波で、中庭付近の物質は非常に大きなダメージを受けている。
 それこそ何時崩壊してもおかしくないくらいに。
 そこへ来て爆発による衝撃とカエデの体重がほぼ同時にかかり、とうとう耐久力の限界を突破してしまったらしい。

 幸い中庭には誰も居ないようだが…。


「ほら、ああなるですの」


「いや、あれは拙者……いやいや、何でもないでござるな、うん」


 カエデはルビナスに責任を押し付ける事に決めたようだ。
 実際色々な異音…爆音やら何かが回転する音やら妙に粘着質の音が聞こえてきているのだし、罪状が一つ増えた程度では大差あるまい。


「はー、しかしこう言った大損害が出る大騒ぎというのも久しぶりでござるなぁ。
 先日街一つ吹き飛ばしたでござるが、あそこには人は居なかったでござるし」


「本当ですの。
 これぞ救世主クラス、って感じですのね」


 カエデとナナシは、聞こえてくる騒音から逃げるように遠い目をして中庭を見る。
 この大騒ぎをどう鎮めるのか、鎮めた後にクレアがどう公表するのか。
 それは誰にも解からなかった。

 …そして、カエデとナナシも追いかけっこに巻き込まれる事になる。


「な、何故拙者達まで~!?」


「ルビナスちゃん、標的だけ狙うですのー!
 ナナシはルビナスちゃんの作ったホムンクルスだから、今更手を加える必要は無いですのー!」


「死なば諸共です!
 さぁ、力を合わせて狂気の科学者に立ち向かいましょう!」


「どんどん立ち向かってきなさーい!
 実験台がよりどりみどりー!」


 後日、クレアは語る。
「結局、あの時の騒動よりも被害を出した“破滅”の襲撃は一度として無かった」と。


 救世主候補生達がテロリスト扱いされなかったのは、クレアの手腕とイムニティの術がモノを言う。
 一層彼女に頭が上がらなくなった3人+1人だった。


大河・ユカチーム 6日目 朝


「…今、なーんか楽しい大騒動が巻き起こっていたような気がする」


「……ん?
 何か言った?」


「いや何も。
 ただ大規模破壊って結構スカッとするな、と言っただけだ」


「あー、解かる解かる。
 人間の本能だよね。
 綺麗なモノは汚してみたい、大きいモノは壊したい」


 大河の危険なジョーク…本音?…にサラリと危険な同意で返し、ユカはまた精神を集中しはじめた。
 現在、ユカは氣の制御の訓練を行なっている。
 流石にそのセンスは確かなもので、大河が基本的な理屈を教えただけですぐモノにしてしまった。
 まだ完全ではないが…。


「あちっ!
 うう、また失敗した…」


「またも何も、普通はもっと時間をかけて習得するモノなんだけどな…。
 これが天賦の才ってヤツかね」


「例えそうだとしても、ボクの才能は努力で追い抜かれる程度の才能だよ。
 産まれた時から無敵ってワケでもなし、単なるアドバンテージ程度にしかならない才能を持ってたって、磨かなければ単なる宝の持ち腐れ…。

 ……ん~、ダメだ…集中力がキレちゃったみたい」


「えらく早いな?」


 不思議そうにユカを見る大河。
 まだ始めて2時間も経っていない。
 ユカが不調でなければ、それこそ半日くらいはぶっ通しでやれる筈なのだ。
 作業の合間合間に休息を取るタイミングを見つけ出すのが上手いし、氣の扱い自体結構慣れている。
 にも関わらず疲れるのは…。


「いやぁ、昨晩の夢見が悪くってさ…。
 大河君に教えられたコムズカシイ公式とかが、ボクの周りを飛び回りながら大声でがなり立てるの。
 耳を塞いでもガンガン響いてくるし、ちょっと油断するとラリアットとかコブラツイストとか仕掛けてくるし。
 逆にマッスルボンバーかましてみたら、今度はボクの周りを大勢で囲んで、拡声器付きでパンクやロックも真っ青なくらいの絶叫輪唱。
 アレって多分二日酔いみたいな感じなんだろーね」


「そりゃイヤだなぁ…。
 寝た気がしないだろ」


「うん、今朝起きたら目の下にクマが出来てた。
 そんなに酷くなかったから、ちょっとしたお化粧で誤魔化せたけど」


 化粧と聞いて、大河はユカの顔をマジマジと見る。
 言われて見ると、確かにごく薄い化粧がしてあった。

 大河にじっと見詰められ、ユカは照れくさそうに身を捩った。


「あ、あんまり見ないで…。
 お化粧とか、あんまり得意じゃないんだから」


「ふっ、化粧というのは見栄えをよくするためにするモノだろう。
 つまり、見るなと言っても逆に見て欲しいのが本音だよ。
 …ふぅん、口紅してるんだ」


「! そ、そんな事まで気付いたの!?」


 ユカは慌てて口元を隠す。
 ちょっとした冒険気分だったのだが、まさか気付かれるとは思ってなかったようだ。
 確かに、大河はそっち方面にマメな男には見えない。
 実際、化粧をしていると言われるまで、そうとは気付かなかった。
 まぁ、ユカ自身見栄えをよくすると言うよりも、単に目の下のクマを隠すためでしかなかったのだが。


「へ、ヘンかな?」


「そう言われてヘンだと言える男がこの世にどれだけ居るやら…。
 似合ってるよ、お世辞抜きで。

 ユカは活動的な美人だし、そこにアダルトなアクセントが入ってるみたいで…。
 しかも強すぎないから、いい意味で隠し味みたいになってる」


「て、照れるぜ(by FF8・リノア)」


 頭を掻き掻き、ユカはそっぽを向く。
 しかしその口元が嬉しそうに歪んでいるのは、誰の目にも明らかである。

 そして、何とはなしにユカの唇の端に人差し指を寄せる大河。
 あまりにも自然な動作だったので、ユカは反応出来なかった。


「………(ちょん)」


「…え? え? え?
 あ、あのちょっと、大河君?
 どーしたの?」


 戸惑うユカだが、大河は無言で真剣な表情のまま。
 ギリギリ触れているかいないかの力で、そのままゆっくりとユカの唇をなぞる。

 産まれて初めて、異性に唇に触れられたユカ。
 背筋にナニかが走りぬける。
 それはとても弱くて、すぐに消えてしまう感覚だったけれど。
 ソレが自分を変えてしまいそうなのは本能で理解した。


「たいが、くん…?」


「…黙って」


 何時になく神妙な表情で、大河はユカの唇を見詰めている。
 ユカも視線の先が何処にあるのか当然気がついていて、反応に困っていた。
 何か言わねば、離れなければと思っているのに、体が金縛りにあったかのように動かない。

 ユカの体から、我知らず力が抜けていく。
 もし今軽く引っ張られれば、そのまま大河の胸元に倒れこんでしまうだろう。
 ユカはもう何も考える事が出来ず、じっと大河の目を見詰め返すだけだった。


 一方、大河も自分の行動に戸惑っていた。
 ふと気がつけばユカの唇に触れていて、当のユカはと言うとトロンとした目で自分を見つめている。
 この雰囲気には覚えがある。
 未亜達と二人きりで居た時に、時々こんな雰囲気になる事があった。
 状況やタイミングを無視して、二人きりの世界に突入する。
 それはいいのだが、今なるのはちょっと問題があった。


(て、手を出してしまう…!)


 最後まで、とは言わないが…確実にキスはする。
 大河はエロ学派だが、一応貞操観念という物は持っている。
 かなり希薄で、独特といえば独特の貞操観念だが、少なくとも大河はそれを越えるのを良しとしない。
 この場合、未亜の居ない所で、未亜の知らない女性だというのが最大のネックだった。
 公認でない浮気になってしまう、と言うのが最も分かりやすい表現だろうか。

 だが、それ以外にも問題が。


(覚醒した未亜からユカを守るなんぞ、“破滅”を一人、しかもトレイター抜きで蹴散らす以上に死亡率が高いッス!)


 そう、未亜は浮気に関してはあまり怒らない。
 その代わり、ユカの健康美に溢れた、瑞々しい肢体を存分に味見しようとするだろう。
 それはそれで見物だと思っている大河だが、流石に彼女にトラウマを植え付けるのは心が痛む。
 初体験からソレではあまりに悲惨という物だし、無意識にキス寸前まで進展してしまう程に好意を持っている相手なら尚更だ。

 が、ここで大河は気がついた。


(…でもソレって、先に俺色にユカを染め上げれば問題ないって事だよな?
 うん、濡れ場では俺に逆らえなくなって、突発的に発生した同性愛シーンにも充分耐えうる精神構造に変化させちまえばいいんだし。
 ユカって結構尽くすタイプみたいだし、「好きにしていいよ」くらいは素で言ってくれそうだ。
 最初は優しく、そして激しく開発して行って、俺がスル事なら何でもオッケーってくらいに…)


 …コイツ、ある意味ではS未亜以上に危険な存在かもしれない。
 流石は元祖、と言った所か。
 あくまで未亜から守るため、と自己正当化もバッチリだ。

 大河がキチクな事を考えているとも知らず、ユカは相変わらず理性が抜け落ちた目で大河を見詰めている。
 無意識なのか、唇に触れている大河の手に、片手で触れている。
 …この様子を見るに、大河君のためなら洗脳だって受け止めてみせる、くらいは言いそうだ。

 ともあれ、自己正当化が成立してしまった事で、逆に理性は不成立となりつつある。
 本能の導くままに、ユカの唇に自分の唇を接近させる。
 ユカは拒む事もなく、ゆっくり目を閉じた。

 そして粘膜と粘膜が触れ合い、2人の動きが止まった。
 ユカも大河も、何も考えられない。
 何も考えない。

 だが、2人は唇に妙な感触を覚えた。


「…?」


「………?……!!? う、うわっ!?」


 ユカは急に我に帰り、慌てて後ろに下がろうとした。
 しかし座ったままだったので、上手く行かずに脚を曲げたまま仰向けに倒れてしまう。

 一方大河はというと、チラリと見えたスカートの中身を心に焼き付けつつも、先程の奇妙な感覚を思い返している。


「あ、あのたたたたいが、大河君?
 これ、これはアレで、あの、その浮気じゃなくて、大河君が何か気にする必要はなくて!
 他の人達と在ったら、ボクに何か遠慮しなくても!」


「…何を言いたいのか大体想像がつくが、ユカが想像してるような深刻な問題にはならないと思うぞ。
 それとな、浮気云々は別としても気にしないなんて事はないぞ。
 さっきのキスは俺の意志でもあるんだから、良きにつけ悪しきにつけ気にするに決まってるだろう。
 まぁ、悪しきなんか全然感じないが」


「そ、それじゃ救世主クラスの人達には」


「…まぁ、多少問題アリだが事後承諾でどうにかできるから。
 大体、気にするなってのも失礼な話だろ?
 例えばユカ、さっきのキスは俺から誘って俺からしたんだからユカは気にする事なんか無いって言ったらどう思う?
 お互いの合意の上だったと言うのに、相手の意思が無かったように言うのは無礼だろ」


「それそれそれそれより、きききキスって、キスキスって連呼しなくても」


「はっはっは、精々嬉し恥ずかしな初々しい乙女心を堪能してくれ。
 ある種のトラウマになるくらいに恥ずかしがれば、忘れたくても忘れられない一生物の思い出に出来るだろう」


「ど、どーしてそんなに落ち着いていられるのさぁ!?」


 無論、場数を踏んでいるからだ。
 いくら場数を踏んでいても、ユカを相手にしたのは今回が初めてであるが。
 実際、大河とて自分の感情の動きに少々戸惑っている。


「うむ、この際だから記念樹でも植えるか?
 成長したらラピュタくらいにでっかくなる樹を」


「ホワイトカーパスを飲み込むつもり!?
 せめてトトロが住めるくらいの大きさにしようよ!
 それに、あの毛皮に埋まって一度でいいからお昼寝してみたい…」


「ああ、あのでっかいヤツにな…。
 アレを見た人は一度は思うだろうな。
 実際、俺もあのフカフカ感に引かれて縫い包みを買った事があるし」


「あ、ボクも買った。
 抱き枕としては安価で抱き心地がよかったよね」


「そうか?
 俺が買ったヤツは、バイト先で売られてたヤツだからなぁ…。
 ヘタに抱きしめると奇怪な叫び声をあげるし、夜中に勝手に動くし、目覚まし時計の音が5分以上鳴り止まないと物凄く叫ぶし…。
 最終的には、お正月に回したコマの上に飛び乗ってきてどっかに飛び去って行ったっけか」


 そこまで拘らなくても…。
 どんどん話がズレて行っているが、お蔭でユカは少しずつ落ち着いてきたようである。
 内心は乙女回路が暴走しかかっているのだが、表面上を取り繕うくらいなら何とかなる。
 何とか気を静めようと努力しながら、ユカはさらに話を変える。
 今後どうするにせよ、とにかく心を落ち着かせる時間が欲しい。


「そう言えば、昔この辺りの森にヘンな動物が出るって話があったね」


「ヘンな動物…汁婆と違うか?」


「……多分違う」


 言い切れないのが恐ろしい。
 脳裏に過ぎった一抹の不安を拭って、ユカはその動物の事を話す。


「ボクもよく覚えてないけど、確か胴体に顔がついてて頭からシッポみたいなのが生えてて、それに知能が高いって話だった。
 確か鳴き声は……ポヨ! だったかな」


「…どんな生き物なんだ…」


「うーん、最近は噂も聞かなくなったし…。
 誰かに狩られて食べられたのか、それとも寿命で死んじゃったのか…。
 あるいは何処か別の場所に移住したか、だね」


「そんなモノ食っても大丈夫なのかよ…」


 苦笑する大河。
 その手のナマモノの調理は、中国人にでも任せておけばいい。
 空を飛ぶ者で食べないのは飛行機だけ、と豪語する一族だし、妖怪の調理方法の一つや二つ残っていてもおかしくない。
 が、残念な事にアヴァターには中国の方は居なかった。


「ま、まぁそれは置いておいて。
 そろそろ練習に戻ろうよ」


「……そうだな、ちょっと俺も試して見たい事が出来たし」


 そう言ってユカはまた座禅を組んだ。
 大河はユカとキスをした時の奇妙な感覚を思い出して、唇に手を触れる。
 それをユカが見ていたら、また思い出して真っ赤になっただろうが…残念な事に、既に目を閉じている。

 ブツブツ呟いているのは、大河に教わった事を復唱しているのだろう。
 やはり動揺しているらしく、集中はやや雑だったが、それが返って良かったらしい。
 細かい氣の流れに気を使わずに、大きな流れのみに注意を寄せた事で、全体的な氣の流れがスムーズになった。
 思わぬ副産物である。

 しかし、それと同時にユカは奇妙な感触が唇に蘇えるのを感じる。
 それは大河にキスされた時に感じた、体の一部が活性化するような感触である。
 ファーストキスだったが、あの感触が普通ではない事ぐらいは察しがつく。
 何より、ユカにはその感覚に少しだが馴染みがあったのだ。


(……要するに、アレっていつもの後遺症みたいなモノなんだろうなぁ…)


 氣を全開にして使った時の後遺症。
 それがユカを悩ませ、大河に教えを請おうと決めさせた最大の理由である。
 気付いてないよね、とユカは薄目を開けて大河を見る。
 大河はユカと同じように、目を閉じて精神集中していた。
 似合わない、と言ってはいけない。
 何故なら今更だからだ。

 ユカは何も言わずに、そのまま氣の制御に集中した。


 一方大河はというと、先程の感触を意図的に蘇えらせようとしていた。
 大河もあの感触には覚えがある。
 連結魔術を使って氣功術を擬似的に再現してみようとした際に、腹の中を擽られるような感触を感じた。
 ユカとのキスで感じた感触は、それに通じるモノがあったのである。


(多分、俺とユカの氣だか気だかの相性が極端に良かったんだろうな…。
 お互いの気が交じり合って溶け合って、それで唇を通して広がったんだろうけど。

 …って事は、ユカが隠したがっている氣功術の後遺症ってのはコレなのか?)


 ユカとセルと共に“破滅”の軍団を足止めしていた後に、ユカは少し様子がおかしかった。
 どうやらそれは、氣功術を使った後遺症によるものらしい。
 先程のキスで溶け合った氣は互いの唇付近で蓄積され、それによって体が活性化。
 そして何かしらの現象が起き、それがユカを苦しめている。
 そこまで推察した大河だが、肝心の“何かしらの現象”の正体が掴めない。
 大河は氣功術は使えないので、確かめる事も出来なかった。
 そこで、氣功術そのものではなく、連結魔術による擬似的な氣功術で同じ現象を起こそうとしているのである。

 要は何らかのエネルギーを、人体に影響を及ぼしやすい別種のエネルギーに変換させ、それを体の一部に蓄積させればいいのだ。
 ちなみに、変換するエネルギー元はアシュタロスから貰った魔力塊である。
 こんな危険物を学園に放り出したままなのは気が引けるので、持ってきたのである。


(ユカには探りを入れないって言いはしたけど、何が問題なのか解からない事には問題にも対処の仕様がないからな。
 決してユカが恥ずかしがる秘密を探り出してからかったり、色々とイヂめて遊ぼうなんて考えてないぞ。
 ただ単に、隠し事を一つ暴露してお互いの距離を縮めるだけだ)


 それだけだとフェアではないので、場合によっては大河も自分の弱みを一つバラすつもりである。
 例えば…。


(俺のアレの最大サイズとか!)


 セクハラである。
 そもそも彼の場合は弱みになりそうにない。
 何処をどう見ても、ユカを性的な話題で恥ずかしがらせたいという苛めっ子のような願望が見え見えだ。
 そうやって段々と、大河の色に染めていく算段らしい。
 無論、未亜も楽しめるようにウブな心はそのまま永久保存するつもりだ。
 スレてしまっては面白くない。
 大河の場合は、慣れきった素人女より、命じられたら羞恥に震えつつも股を開くような玄人女の方がいいらしい。
 なお、未亜は別格である。 念のため。
 ついでに付け加えるが、未亜は恥じらいを忘れているのではない。
 単にアヴァターに来てからというもの暴走モードが多くて、そういうシーンが回ってこないだけである。


 などと言うアレな事を考えつつも、擬似氣功術はそれなりに上手く制御している。
 氣を集中させるのは左手だ。
 掌の中心には、氣や気が放出される孔があると言われている。
 だから脚や口から気を放出するよりも、掌から流出させる方が難易度は低い。

 そのまま氣を集中させていると、大河の左手が活性化していくのが感じられた。


(…妙な感触…。
 手の皮の下で、触手がザワザワ動いてるみたいだ。
 …ユカもこんな感覚だったのか?)


 試しに手を動かしてみると、普段とは違う感覚が返ってくる。
 皮膚と皮膚が擦れあう感触が鮮烈に伝わってきた。

 大河が集中させた氣は、擬似的なもので、しかもそれほど量は多くない。
 この感覚が氣の量に比例して強くなり、仮にユカの全身の氣を振絞ったとしたら…?


「………この感触に、あの反応……ああ、なるほどね」


「?
 何が?」


「いや、ユカと俺との距離が一つ縮まったらしい」


「???」


 首を傾げるユカだが、大河は何も言ってやらない。
 彼女に余計な気遣いをさせたくないというのもあるが、タイミングを見計らって言うべきだと判断したからである。
 これはちょっと嬉しい発見だった。


「うん、ユカ…君はイイ女だよ、見えない所まで」


「…何だかイヤな予感がしなくもないけど…ありがとう」


 一応礼を言うが、スッキリしてないユカだった。
 なんて事をやっていると、ユカの神経に引っ掛かる気配。
 どうやら大河の部屋に人が近付いて来ているようだ。

 ユカは大河との距離を少し離す。
 誰だか知らないが、2人の距離が近かったら何かしらの誤解を与えかねない。
 …もしそうなったら、大河に向けてしっと団が突撃し、ユカのファンクラブが号泣して溜まった涙で津波が起こり、そして翌日には救世主クラス+αが勢揃いなんて事になってもおかしくない。
 大河にキズモノにされたという意味ではあながち誤解でもないが、ユカの恋愛偏差値は一昔前の中学生程度。
 噂を立てられると恥ずかしいのだ。
 でも、一緒に帰ろうと誘ったら「友達に噂されると恥ずかしい」などと言いつつ、いそいそと付いて来るのがユカである。
 しかも周囲に誰も居ないと、手を握ろうか迷っているのがすぐに解かる。
 どこぞのヘイトスレスレの評価を受けるパーフェクト幼馴染とは一味違うのだ。

 それはともかく、近付いてくるのはどうやらセルらしい。
 しかし…。


(…?
 何だか騒がしいなぁ)


 ユカの気配探知は、現在非常に敏感な状態になっている。
 繰り返し氣功術の訓練をしたため、神経が異常に活性化しているのである。
 そのため、少々離れていても気配の微妙な変化をしっかりと確認できる。

 セルの気配は、一昨日会った時とはちょっと違う。
 以前は多少エロスが入っていても普通の人間っぽかったのに、ナンと言うか今は…。


「…ちんどん屋…?」


「…何だか知らんが、古い言葉知ってるな」


「え? ボクの領地じゃ、2年くらい前に流行ってたよ。
 しかも爆薬とか刃物とか使う、結構派手なヤツが。
 怪我人が出るんだけど、その人って大抵保険料狙いで自分から怪我をしに行くから…」


「保険料って…そんなの治療費で殆ど消えるだろ」


「それがどういう理屈か、異常にお金かけてるんだよね…。
 あれ、そう言えばあの人達に保険料を払ってたの、V.G.を開催しようとしていたヒトだったような…」


 セルの事も忘れ、考え込むユカ。
 敗北の罰を知らなかったとはいえ、楽しみにしていた武術大会のV.G.。
 もし出ていたらと思うとゾッとするが、やはり集まった強者達と戦ってみたかった。


「確か…レイミだったっけ?
 強姦魔を集めていたかと思えば、保険料をエサにしてちんどん屋…。
 やってる事の意図が掴めないな?
 金持ちの道楽…かも」


「どうだろ…。
 あのレポートを見ると、大企業のトップだって書いてあったよ。
 いくらお金に余裕があると言っても、そんな道楽するかなぁ?
 そもそも何が楽しいのさ」


「人間、偉くなればなるほど変態的な性質を持ちやすいんだよ。
 現に………いや、なんでもない」


「? 知り合いにでも居るの、そういうヒトが」


「居るけど聞くな」


 流石にクレシーダ王女の事だとは言えまい。


「ところで、このレイミって人は今何を?」


「うん、“破滅”のお蔭で事業の一部に支障が出て、それに対応するために走り回ってるらしいよ。
 なんだか王都付近で色々な資材の流れが激しくなってるから、それに乗じて一儲けしようとしてるんじゃないかな」


 大河の目が一瞬鋭くなる。
 作戦の事がバレているのか?

 どうやらユカは、アザリンからの報告書でその情報を得たらしい。
 資材の流れがどうなっているのか、全く理解出来ていないようだ。
 しかし問題はレイミの方である。
 大企業が国家以上の情報収集能力を持っていても、それほど不思議ではない。
 しかし、どこまで掴んでいるのか?
 レイミもアヴァターの出身らしいので“破滅”を相手に取引するという発想は生まれないと思うが、彼女が動けば市場も大きく変動する。
 そういった大きな動きがあると、作戦がバレる危険性が高くなるのだ。


(…クレアとアザリンに期待するしかないか)


 内心舌打ちする大河。
 実際に会ったとてしても、彼女を説得できるかどうかは解からない。
 地位相応の能力を持っているのだろうから、大河の舌先三寸でも丸め込めるかどうか。
 そもそも大河はあくまで一個人。
 企業のトップと取引するとしても、大河一人ではその価値を見出されまい。
 まず単純に財力が足りない。
 名声も無い。
 これは今後、否応なく手に入れる可能性が高いが…。


 大河が思案に沈んだ時、セルが扉を開けて顔を出した。
 ユカがそちらを向いて片手を挙げる。
 そして硬直した。


「あ、セルく…ん?」


「はっろーーぅえぶりぶゎあで!
 今日も脳天のアホ毛にピリピリ受信してるかえ?
 受信してるなら空を飛べ地を駆けろ海を行け、してないヤツは東から登る夕日に向かって百万回礼拝しよう!
 イイ按配にゴスペルソングな妄想が、会陰のあたりからブクブク過食になりつつ沸き出ずるであろう!」


「セ、セル君!?
 ねぇコレ本当にセル君!?」


「な、何があったコノヤロウ!?
 さてはクスリか、クスリか或いはキノコか!?
 マ○オじゃねーんだから、怪しいキノコを食ってもアレのサイズは変わらないって言っただろが!
 どうせだったら花でも食べて尿道から炎を出せ!
 女の子相手に使ったら状況に関わらず大惨事だぞ」


「ハッハッハァ、今日の俺は一味違う!
 タップリと念を注ぎ込まれた俺は色々と溢れ出しつつ天丼が仁王で天壌臭わし天上に居わす!
 俗物がどれだけ意味不明な罵詈ハーゴン大神官を喰い散らした所で、この俺の高みには届くまい!」


「溢れ出してるのはキミのヒトとして大切なナニカだよ!
 確かにキミの高みには届かないし届きたくないけど、キミが居る境地はヒトとして最下層を通り越しているよ!?
 一体何があったのさ!?」


 セルが珍しい勢いで壊れている。
 いや、壊れているというより去割れている。
 ナニか大切なモノが割れて、そこからナニかが去っていったようだ。
 あえて淡々とナレーションをさせていただくが、今のセルは正直直視に耐えない。

 なにがイカレているって、その表情とか装飾が色々付き捲っている眉毛とか口から垂れるウィンナーとか、あとギンギラギンにさり気無い真っ白いスーツとか!
 しかもセルの体は普段よりも明らかに二周りほど巨大化していて、マッスル度が当社比1.4倍角ッ!
 プロテインを使おうが魔法を使おうが、はたまた筋肉に直接空気を送り込んで膨らまそうが、この巨大化は明らかにおかしい。
 いや、ナニがおかしいって、その姿に全く違和感が無いほど性格がイカレている事だ。


「そ、そーいや昨日は姿が見えなかったが…まさか、傭兵科の儀式を丸一日以上受け続けていたのか!?」


 まさにその通り。
 直球ダイレクトな要求を延々と耳元で叫ばれ、セルは何だか洗脳されてしまったらしい。
 しかもおかしな方向に。


「ふ、我が忠実な礼拝者達ならばまだ儀式を続けておる!
 この肉体の主は眠りについた。
 会陰のあたりから沸き出ずる我が6000ヘルツの宗派数を誇る子守唄で、今頃は遥か遠き理想郷を目指して茶葉園をさ迷っている真っ最中だ。
 なお宗派数であって周波数ではないので悪しからず!」


「その言い方…ま、まさかセル君の体を誰かが操ってるの!?」


「ノンノンノンノータリン。
 操ってなぞいない。
 ただ我が意のままに、勝手に体が動くのだ!
 そう、これぞ正に電波!
 いや、威力を考えるにむしろ雷波!
 セミビーム・ヴォルトは我が雷波を受信率100%の勢いで横からイタダキマスする専属ラジオ体質になったのであーる!


「そもそもキミは誰「あー、ちょっと待てユカ。 なんでイカレたセルと対等の立場で話すんだ?」…え?」


「うむその通りあの通り見た目通り。
 見ての通り我はヒトとは違う次元のナマモノである。
 我と対等に渡り合おうなどと、ナマケモノがシーモンキーにラインダンスを申し込むも同然!」


「…目を合わせるな耳を塞げユカ、君のようなマトモな人間が見ると汚染されるぞ」


 テンションが異常に高いセルだかセルもどきは、大河とユカに何を言われようが気にしない。
 それを見て、大河も「ひょっとしたらコイツマジで操られてるんじゃ…」と思ったが、案外これが傭兵科の儀式の正しい効果なのかもしれない。

 止められたユカは、ハッとして我に帰る。
 確かに、得体の知れないワールドに引きずり込まれるところだった。
 しかしながら、会話しないと事態は進展しない。
 彼がこのままなど、ハッキリ言ってゴメンである。
 一応チームメイトなのだ。
 早急に復帰してもらわねば、襲撃があった時に支障が出る。


「でも、どうしたら…」


「心配するなユカ。
 俺はあの手の生物には耐性がある。
 ある程度なら接触しても、感染する恐れは低い」


「そ、それじゃ大河君が一人で犠牲になるの!?
 感染しなくても、今のセル君と会話するのは物凄く辛い事だよ!?」


「だが誰かがやらねばならないんだ!」


 劇画調に叫ぶ大河。
 そしてユカも悲劇のヒロインでも演じるかのように、大げさな身振りで…状況を考えるとあながち大袈裟でもないかも…大河の手を掴んで引き止める。


「離してくれユカ!
 俺は友のために行かねばならんのだ!
 速やかに別離の一撃をくれてやる事こそ、親友たる俺の務め!」


「離さない!
 大河君一人が生贄になるなんて、どうしてそんな事になるの!?
 ボクはセル君が元に戻らなくても、大河君が犠牲になるなんてイヤだよ!
 セル君の事は諦めて、ボクと一緒に故郷へ帰ろう?」


「いやダメだユカ・タケウチ。
 君はそれで後悔しないのか?
 チームメイトを見捨てて逃げ、セミビーム・ヴォルトを世に解き放ったという罪悪感を一生抱えて生きるというのか?」


「当真 大河のためならそれもいい!
 ボクは世界の平穏よりも、キミの平穏を取るよ!
 だから逃げよう!」


 ドサクサに紛れて、ユカは随分と大胆な事を言っている。
 本人としては意識してないし、現実逃避気味に映画のワンシーンでも演じているつもりなのだろう。
 我に帰った時、顔がどれだけ赤くなるか今から楽しみだ。

 それはそれとして、セルの様子がおかしい。
 二重の意味で。
 イカレてるだけではなくて、大河とユカの人情激に興味を示しているようだ。


「ふむ、ヒトというのは中々奇妙な親愛の表現をするのだな。
 む……むぅ!?
 な、なんだこの湧き上がる不快感は!
 脳内茶葉園で植えられていた(ピー)を食ってラリっていたというのに、この肉体の持ち主が目を覚ます!?
 うぬぅぅ、ポコペン人どもめこれが狙いだったか!
 これが『愛は全てを巣食う』というヤツなのだな!?
 ぬぬぬぬ、文脈からして意味不明だというのに、これほど厄介な代物とは…。

 む、本格的におメメパッチリになりおった。
 ま、こーんな体にも世界にも興味ないしねー。
 ってなワケで、シーユー」


 そして崩れ落ちるセル。
 さらに、気付かずにまだ人情劇を続けるユカと大河。

 セルがピクピク動いている。
 懇親の力を振絞って、顔を上げた。


「ぐ…ぐぅ…わ、悪い夢を見ていたようだ…。
 操られていたのもそうだが……傭兵科最大の儀式、その恐ろしさを身を持って味わったぜ…。
 いや、それよりもアルディアさんともあろう人が居るのに、他人がイチャついているのを見てしっとするなど、お門違いもいいところ…」


 何やら精神的ショックが大きかったらしく、セルは顔を上げるとガハッと吐血した。
 目に入った人情劇はかなりストーリーが進行しており、2人は手と手を取って至近距離で見詰めあい、告白などしつつ悪(セル変質)の元凶を断つ事を誓っている。
 ハッキリ言うが、じゃれ合っているようにしか見えない。


「……あ、甘…」


 訂正、吐砂糖した。
 こうなったら自分もアルディアとの夢行為を思い出してやり過ごそうと思ったセルだが。

 浮かんできたのは、執事長が無機質な目でプレッシャーを掛けて来るシーンだけだった。
 トドメを刺されたセルは、暫く意識が無かったという。

 そして、ユカとセルは人情劇の終点を見極められずに突っ走り、誓いの通りに悪の元凶…即ちセルを変質させた儀式を行なう、傭兵科生徒とそのOBOGを襲撃したらしい。


「…いつにも増して騒がしいな。
 当真大河が騒動屋というのは本当だったか。
 まぁ見れば解かるが」


 ドムは執務室で仕事をしながら呟いた。
 部屋の中には、ドム以外に副官のバルサロームとシア・ハスが書類を相手に睨めっこしている。
 バルサロームは副官暦が長いので平気そうだが、シア・ハスは海賊家業が長かったせいか、この手の書類を読みなれていないようだ。
 ちなみに海賊家業と言っても、船を襲って財を奪うのではなく、古来の日本の水軍に近い。
 政府からの公認を受け、海に関所を作ったり、頼まれて護衛をやったりというのが主な仕事だ。
 それから色々あってドムの配下となったのだが…こういう時は、気楽な海賊時代が懐かしくなるシア・ハスだった。

 彼女の過激な衣装を気にする人間は、この部屋には居ない。
 露出度が高く、男の目を引きつける衣装だが…ドムもバルサロームも筋金入りの軍人だ。
 風邪を引かないようにな、くらいにしか思ってないかもしれない。


「まぁ、フローリア学園の生徒は昔から騒動師が多いというのが定番ですからな…。
 …ところで、セルビウム・ボルトの事ですが…今のままのチームでよいのですか?」


「うん?」


「当真大河とタケウチ殿の力は抜きん出ています。
 セルビウム・ボルトをメンバーにする理由があるとも思えませんが…」


「…確かにな」


 正直な話、ドムにとっても大河のあの攻撃力は想定外だった。
 大口を叩くだけの事はある。
 本人の弁によると、あれでも力を抑えていたとの事。
 それが本当だとすれば、全力を出せば話に聞いた魔導兵器並みの破壊力を搾り出すのではないか。
 そういう意味では、確かにセルと組ませるメリットは無いかもしれない。
 それどころか、ユカと組ませる意味さえも。
 あの攻撃力は、それ程に凄まじい。
 近くに仲間が居ても、攻撃に巻き込まれないように気を使うだけかもしれない。


「だがなハスよ、これは戦なのだ」


「とおっしゃると?」


「いかに強力でも、たった一つの力では勝てぬし、勝つべきでもない。
 確かにあの力は戦力としては破格で、有効に使うべきだ。
 だがな、それによってのみ勝ってしまえば…人類が生き残った後で、どうなる?
 アヤツに待っているのは…英雄として祭り上げられ、そして政治の道具として扱われる日々。
 本人に力があるだけに、迂闊に動く事も出来ない状況に陥るだろう。
 政治の世界に棲む魔物達を侮ってはならん…。

 いや、それよりも今後の戦いで、当真大河に頼りきりになる可能性がある。
 そうすれば当真大河には常に期待を寄せられ、そして危険な任務は全て押し付けられるだろう。
 それだけの力があるだけに、な…。
 勝ち過ぎて兜の尾を緩めるような事があってはならぬ。
 攻撃力があっても、体は人間。
 即効性の毒でも盛られれば、あっけなく死んでしまう」


「そうなると…精神的依存対象を折られた人類軍は…」


 シア・ハスがボソリと呟いた。


「確実に混乱に陥る…でしょうか」


「その通り。
 切り札、伝家の宝刀とは無闇に振り回す物ではない。
 使うべき時に使うからこそ、その力は発揮できるのだ。

 …ここまで言えば、お前ならわかるだろう?」


 バルサロームに顔を向ける。
 ドムの言葉で納得したバルサロームは頷いた。


「当真大河が力に酔わないように…ですな?」


「そう。
 ヤツも突然手に入れた力に戸惑っているようだからな。
 大きすぎる力を持て余し、引き際を見失う。
 あるいは力加減を間違える。
 どうやら細かい加減が解からないようだから尚更だ。
 力という物は、比較対照があった方が計りやすい。
 無論、それは真の力とは言えぬものだろうがな…・

 それとだな…」


 一拍置いて、ドムは振り返って声を潜めた。
 思わず引き込まれるバルサロームとシア・ハス。


「これは極めて私事なのだが…タケウチ殿のお父上は、一言で言って天邪鬼でな」


「「……は?」」


「もしタケウチ殿が誰かに思いを寄せるような事があれば、素直に応援せずに障害を作ってくれと頼まれたのだよ」


 つまりセルはユカと大河を2人きりにしないための障害物か。
 確かにその役はセル以外には務まらない。
 大河と仲がよいセルだからこそ、2人に遠慮せずに入っていける。

 実際の所、セルを今更別の部署に移動させるのも面倒だという理由もある。
 仮にも大河・ユカとチームを組んで戦ったのだし、大河との仲がよいのも知れ渡っている。
 彼の事を根掘り穴掘り聞きたがる者も出るだろう。
 そうなると、漏れてはいけない情報までも漏れる可能性がある。
 大河は結構重要な機密も知っているようだし、万が一極秘作戦が漏れたらエライコトになる。


「それはそれとしても…ベテラン達も、傭兵科生徒達の指導が手一杯ですからな。
 正直な話、セルビウム・ボルトを他の隊に移しても指導の効率が落ちるだけでしょうな」


「解かっているなら、最初から聞くでない」


 苦笑しながら、ドム。


「まぁ、単純に戦力として換算すると足手纏いか、良くてもその一歩手前にしかならないのは確かだが…。
 主に伝令役として走ってもらうさ」


「重要な役割ですね。
 不死身のセルビウム・ボルトには適役かと…」


「不死身?」


「ええ、昨日傭兵科生徒とOBが話しているのを聞いたのですが…学園ではその頑丈さとエロさで名を馳せていたようです。
 これからは炉でも名を馳せるとか言ってましたが」


 馳せるも何も、学園には炉どころか“ぺ”もかなり多い。
 あまつさえショタも居る。
 今更セルが目覚めた所で、何かあるとも思えないが。


「魔物達の攻撃に晒されながらも生き延び、伝令を伝える…。
 となると、必要なのは機動力…馬ですか」


「馬といえば、汁婆に会いに行ったと聞きましたが…どうなったのです?」


「手懐けた…いや、この言い方は失礼か。
 盟友になったらしい。
 なんかニンジン1本で1時間乗せてやる、とか言ってたが」


 ドムは汁婆の目を思い出す。
 目の奥に馬魂が滾っていた。
 毎日良質のニンジンと食べている筈なのだが…照れ隠しだろうか?


「ほう、あの汁婆を…」


「当真大河は、『汁婆を駆って竜巻斬艦刀を!』とか言っていたが…何のネタだ?」


「…将軍は遊戯には詳しくないようで。
 ……トロンベが泣きますなぁ…きっと」


 バルサロームはそれだけ言って沈黙を保つ。
 ちなみに彼が知っているのは、直属の部下の一人にその手のゲームが大好きな人物が何人か居るからだ。
 アヴァターに機人大戦があるか、という疑問は持ってはイケナイ。

 シア・ハスが書類を睨みつけながら首を捻った。


「妙ですね…。
 先日の大暴れの後、魔物達の襲撃がピタリと止んでいます。
 今までは各地で散発的にあったのに…」


「ふむ、それは俺も気になっていた。
 確かに大軍を蹴散らして大打撃を与えはしたが…小さな集団は各地に残っている筈…」


 ドムも書類を手に取る。
 ここで言う各地とは、ホワイトカーパス全体の事だ。
 今までの戦闘は、かなり大き目の軍団が一箇所か二箇所、そして小さな軍団があっちこっちで暴れていた。
 大きな集団はドム達が潰し、足止めしていただが…決して優勢とは言えない状況であった。
 故に、小さな軍団を相手にするために派遣できる兵は居なかったのである。
 その場その場に居る警備兵その他が対応するしかなかった。
 それでも持ち堪えているのだから大したものだ。

 大きな軍団の一つは先日蹴散らしたので当分動けないとしても、小さな軍団には関係ない筈。
 ずっとゲリラ戦のような戦い方をされていた。
 こちらの戦力をジワジワ殺ぐ気であったのだろう。
 だが、昨日も一昨日もホワイトカーパス全体で、全く被害が出ていない。
 そもそも襲撃すら起きなかった。


「何らかの前触れ…でしょうな」


「間違いないな…。
 今更散らしていた魔物達を集結させるとも思えん。
 それならば終結させずに、大軍団の襲撃に合わせてこちらの背後を付くだろう。
 どうも、その程度の知能はあるようだからな」


「正念場…ですね」


 ドムは計画の進行具合を頭の中で計算する。
 正直な話、色々な意味で気に入らない作戦だが…アザリンがやると言ったら、ドムには逆らう術は無い。
 それがホワイトカーパス…いや、かつてアザリンの始祖達が治めていたラアルゴンの強さの理由。


(準備自体は、ほぼ整っている。
 問題は一般市民達の反応だ。
 アザリン陛下のお膝元の市民達は問題ないだろう。
 その力を信頼しているし、何よりもアザリン陛下が行くのならば地獄へも供をする覚悟がある。
 しかし…他がな…)


 この作戦は、その性質上一気怒涛に展開させなければならない。
 モタモタしていたら、折角の策も台無しとなってしまう。
 だがその為には、市民達を一斉に動かさなければならない。
 市民達が群れ、混乱して暴徒になった時の恐ろしさはドムもよく知っている。
 ただでさえ重大な決断を、問答無用で押し付けようというのだ。
 反発する者達は確実に出てくる。


「このままホワイトカーパスに居れば、いずれ飲み込まれるというのに…」


「は?」


「いや、我が身の無力さに腹が立っただけだ」


 いかにドムが名将で、その部下達も良質の兵と言えど、いつまでも持ち堪えられる訳ではない。
 敵の物量の限界が丸で見えないのだ。
 現に、少しずつではあるが人類側は押されている。
 余力がある内に実行しなければならない。


(どうやって市民達を誘導するか、それが問題だな…)


 視点は戻って大河達。
 未だに続いていたサバトを潰し、ユカと大河も正気に戻っていた。
 ドンドコドンドコ不気味な祈祷を続ける傭兵科生徒&OB達を徹底的に叩き伏せ、ついでに何処から持ってきたのか太鼓やら祭壇やらも破壊。
 結構な被害になったが、上層部への言い訳はバッチリだ。
 曰く、「戦場神経症が伝染するのを防いだだけ」。
 そこはかとなく説得力がある。


「さて…悪は一応滅びたし、これからどうするかな」


「ボクは練習…と言いたい所だけど、もうそんな気分じゃないよね…」


 ユカの病的な練習熱心も、影を潜めている。
 普段ならバイトをしている時間帯だし、少々暇を持て余しているのだ。


「娯楽施設も無いしな…」


「駐屯地だもんね」


 ああ、暇の潰し方を知らない現代的若者よ。
 テレビやゲーム、本が無ければする事が無い。
 ユカとしては大河を誘って何処かに遊びに行きたいのだが、この近所には本当に何も無い。
 幼馴染のアザリンは今頃執務で忙しい。

 気が抜けて、なおかつする事が無いというある意味一番厄介な時間だ。


「あ゛ー…昼寝でもしようかな…」


「ボクは眠くないし…食堂に何か食べに行く?」


「食堂だったら、さっき襲撃した儀式の為に得体の知れない料理を作って暫し使用不可だとさ。
 全く、料理人達も態々協力してやらなくても…」


「いやぁ、案外脅迫だったのかもしれないよ。
 暴徒と化してたし」


 気の無い会話をしながら中庭を歩く。
 周囲に人影は無い。
 ひょっとしたら、儀式を潰した後片付けに借り出されているのかもしれない。
 大河達が潰すだけ潰してさっさと逃げたので、誰かが片付けねばならないはず。

 ユカはとうとう気力が底を突いたらしく、近場の木陰に腰を下ろした。
 大河もそれに釣られて座り込む。
 ユカのすぐ隣に居るのには、今更疑問を挟まない。


「…そう言えば」


「うん?」


「さっきの大暴れで、氣功術を使ってなかったか?」


「どうだったっけ?
 途中から途切れ途切れにしか記憶が無くってさ…。
 ほら、セル君が毒電波…というか独電波を垂れ流し始めた辺りから。
 確かさっきの儀式を潰した時には……黒い服を着てたっけ、ボクら?」


「ああ、ご丁寧にも黒のコートにグラサンに、シャツも黒…。
 どっから出して何処にやったっけな、あの服は…。
 しかもハンドガンとかマシンガンとか、山ほど持ってたような気がする」


「ああ、あのヘンな飛び道具の事?
 あれってテッポーってヤツだよね?」


「詳しく知らないのか?」


「原理くらいは知ってるけど…細かい事は」


 アヴァターでは銃火器の類は一般的ではない。
 火薬によって鉛球を飛ばすよりも、魔法を使った方が効率がいいからだ。
 手軽に使える、という意味では銃の方が便利だが、弾数に制限があるし、銃のリーチは意外と短い。
 10メートル離れればまず当たらない、という程度の精度しか持たせられないのだ。
 これがアヴァターではなく、もっと進んだ文明の元で製作されたなら話は別かもしれないが。

 それに、銃はマトモに使えるようになるのには結構な訓練を要する。
 銃の命中率は、初めて撃った時の命中率を5とするなら、2発目からの命中率は1程度なのである。
 初めて撃つ時には反作用の事も知らず、ただ単純に銃口を向けて撃つ。
 しかし、2度目以降では反作用の事を考慮し、体が勝手に衝撃を押さえ込もうとするのである。
 その影響で狙いがずれ、結果として命中率は落ちる。
 そしてその反作用に少しずつ体を慣らしていき、命中率を上げていく。
 かなりの時間と手間がかかるのは、言うまでも無い。

 メジャーな武器ではないだけに、銃弾の生産数もまた少ない。
 練習用の弾を入手するだけでも一苦労なのである。
 そんな訳で、アヴァターには銃は殆ど知られていない。


「って事なんだよ」


「ふぅん…ま、確かに銃ってのは訓練しないと的に当てるのも一苦労だもんな」


「使った事あるんだ?」


「色々あってな。
 普通の銃じゃないのが殆どだったけど。
 何時だったか左手に怪我をした時なんか、『肘から先を切り落としてサイコガンを付けよう』なんて言われたっけ」


「サイコガン?」


 首を傾げるユカを無視して、大河は話を戻す。
 氣功術の話である。


「さっきはかなり高出力で使ってたように見えたが…」


「ん…ちょっと待って、チェックしてみるから…」


 そう言うと、ユカは体中の神経を研ぎ澄ませた。
 そうしてみると、詳しく調べずとも解かるくらいに氣の痕跡が残っている。
 今まで気付かなかったのが不思議なくらいだ。
 さらに体を調べるユカ。


「……確かに使ってる…。
 それに、後遺症も…殆ど無い」


「俺が教えた理論を覚えて、もう使えるようになったのか…。
 とんでも無いな…。
 で、後遺症は全く無いのか?」


 何処か残念そうな大河。
 ユカは少し考えて答えた。


「全くって事はないよ。
 でも、今までに比べるとずっと少ない。
 これも大河君のお蔭かな」


「いやいや、ユカが凄いんだよ」


 何気なく大河はユカの首筋に手を伸ばした。
 ユカもそれを拒まない。
 大河の指先が、ユカの首に触れた。


「ひゃっ!?」


「へ?」


「あ、あう…やっぱり完全には無くなってないなぁ…」


 顔を赤くするユカを見て、大河は体を起こした。
 そして懐の封筒を意識しながら、再びユカに手を伸ばす。


「だ、ダメだよ大河君…今ちょっと、触られたら…」


「それを直してやるから、じっとしてろ」


「え゛」


 何故かユカはビシっと固まった。
 ひどく硬質な印象を受ける。
 どれくらい硬くなったかというと、コンニャクが釘を打てるコンニャクに変化するくらい硬くなった。


「あ、あの…大河君、ひょっとしてボクの後遺症…」


「スマン、さっき見当がついてしまった。
 ユカ、キミは……氣功術で体を活性化させすぎると、多感症になるんだな!?」


「声が大きいー!」


 慌てて大河の口を塞ぐユカ。
 そのリアクションは、大河の推測が的を得ている事を示していた。

 ユカは氣を身体能力の向上に使っている。
 身体能力とは筋力に限らず反射神経や視覚聴覚等も含まれる。
 氣によって強化された目は普段よりもずっと遠くまで鮮明に見渡せるし、聴覚は普通の人間では聞こえないほど高い周波数の音も聞き取れる。
 犬笛の音が聞こえた時には、『ボクって犬?』とちょっと落ち込んだ。

 当然の事ながら、触覚も鋭敏になるのだが…戦闘中はいい。
 テンションの高さで乗り切れるし、受ける刺激は荒々しい物ばかり。
 痛覚もちょっと強くなるのが困り者だが、その分自分の体の事もよく理解できる。
 だが…軽く触れるような刺激は、ユカにとって厄介な物だった。
 触れられる場所にもよるが、まるで愛撫を受けているような…ユカは受けた事が無かったが…感触なのである。


「だ、誰にも言わないよね?」


「言わない。
 流石に言えない…」


「ほっ…」


 胸を撫で下ろすユカ。
 今は後遺症が軽い方だからいいが、重度の後遺症だと、胸を撫で下ろす動きだけでもユカはかなり反応する。

 一番酷い時など、服が体に擦れるだけでも体がビリビリ反応して、日常生活もままならなかった。
 幸い自室の中だったので、窓やドアの鍵を閉め切って後遺症が治まるまで篭城したものだ。
 それも、服を着ているだけでも結構な負担になるので、完全に素っ裸で。
 年頃の乙女としては色々と思う所があったが、背に腹は変えられない。
 しかもほぼ一晩中裸で居たものだから、翌日には風を引いてしまって踏んだり蹴ったりのユカだった。


 流石にそこまでは推察できなかった大河だが、ユカの症状の対処法は心得ていた。


「いいから、ちょっとじっとしてろ。
 今から氣や気を鎮める性質を持った力を送って、神経を鎮めるから」


「…出来るの?
 そんな事」


「ああ、やりすぎると体に良くないけどな。
 衰氣とか言う、要するに人間にとっては負の力なんだが…ちょっとだけ注げば、ユカの氣と相殺できる。
 指先から送り込むから…動くなよ?」


「う、うん…」


 ユカは体中を緊張させて動きを止めた。
 不安はあるようだが、もしこれで後遺症を治療できるなら、氣のコントロールをしくじって強い後遺症が出た時もすぐに治療できる。
 試してみる価値はあった。


「それでは…連結魔術、術式開始」


 口の中でブツブツ呟き始める大河。
 やがて懐に入れた封筒…その中の魔力塊から流れ出た力が、大河の指先に集まっていく。
 その途中で魔力は衰氣に変換され、微妙に大河の体を犯しつつも指先に溜まって行った。


「ユカ、触るぞ」


「…覚悟を決めて……よし来い!」


 まるで戦にでも行くかのように気合を入れるユカ。
 大河は衰氣のコントロールに注意しながら、ユカの首筋に触れた。


「ひゃんっ!?」


「動くなって」


「そ、そんな事言っても、ぁん!
 こ、声と体がっ!
 勝手にあうっ!」


「え、えっちくさい声だなぁ…」


 大河の指先が、衰氣を送り込む為にユカの首筋に触れる毎に、ユカの体がビクンと跳ねる。
 治療のためでも、感じるものは感じるらしい。

 大河の指が動くたび、ユカは少しずつ目がトロンとなっていく。
 その後暫く、中庭には押し殺したユカの嬌声が小さく響いていた。


 追記 あくまで治療のためなので、大河はユカにはナニしていません。
 追記その2 ユカの理性が本格的に溶ける前に治療は終了しました。




ちわっす、やっとこさ気力が復活して就職活動に精を出している時守です。
「あんまりマニアは要らない」って言われたー(泣)
ゲームが好きって言っても、任された仕事はしっかり片付けてから遊ぶ主義だし…。
そんなにマニアじゃないと思うんだけどな…まぁ、楽しいからいいか。

それではレス返しです!


1.アレス=アンバー様
まぁ、ゼンジー先生ですからねぇ…。
…“破滅”を相手に大暴れは、いつかやってもらおうと思っています。
同人少女とコラボでw

セルは…五体は満足でしたね、ええ体は。


2.謎様
フラグ確立してますね。
しかし、皆様ユカがトラウマになると言いつつも、未亜に襲われるのを望んでいらっしゃるよーでw


3.悠真 様
拳王様のは多分気でしょう。
オーラでしょう。

ルビナスとの折り合いをどうしようか、思案にくれています。


4.文駆様
多分、学園と王宮だけじゃなくてアヴァター全土を探せばワラワラ沸いてきます。
しかしヘンタイを集中的に集めたら、いがみ合って自滅するかヘンタイの王国を築いてしまいそうなので実行不許可ですw

そうですね、界王拳は言い得て妙です。
しかし、横島&美神と戦った時のアシュ様はどれくらいの力を出していたんでしょうか?

シャア大佐のアレですか。
現物は聞いた事がないのですが…今度ビデオでも借りてみよう。
…彼の美意識には…百式はどう写ったのかなぁ…。


5.ななし様
時守もネタとしてしか知りません。
イナチューですか…?

セルは…勝ったのか、負けたのか…(汗)


6.黄色の13様
ユカ陵辱は絵的にもかなり…。
え、OVERSが停止?
一体何が……。


7.20face様
その手があったぁ!


8.蚊射留様
時守が友人から聞かされた歌には、「カマキリコロセ」なる歌がありますぜw
サイケな雰囲気がプンプンでした…。

カモネギですなぁ…。
……さて、どのタイミングでどうやってどのくらいまでヤるべきか…。

黒王…とうとうお前も物理法則を無視しやがったか…。
拳王様のご威光の賜物よのぅ。

9&10.カシス・ユウ・シンクレア様
ボンボン坂高校の部長さんと正太郎君のよーな関係という手もありますぜ。
あの手この手で大河の寝床に引きずり込もうとするナナシと、必死に抵抗しながらも(原作と違って)逆らいきれないロベリア。
そして笑いながら見守る(ロベリア視点で見捨てる)ルビナス。
うーん、微笑ましひw

しかし、ぽよぽよ遊びはやってみたいですなぁ…。
よい電波をありがとうございます!


11.根無し草様
拡大しますなぁ…。
ユカはまだ入るか入らないかの境界線付近にいるようですが。

MADに任せると、“破滅”には勝てても人類は生き残れない気がします。

探偵モードのイムニティのイメージは、名探偵コナンの映画「ベーカー街の亡霊」でコナンがやっていたポーズです。
特に意味はなかったのですが、イムなら案外似合いそうだと思いまして…。
チョコンと座るイムとかね。


12.舞ーエンジェル様
どういたしまし天上天下唯我独損!
新しい力を完全にモノにするには、ユカは頭が足りないようですw

破れたジーパンか……確かどっかのHPにそんな画像があったなぁ…。
チャックが半分以上開いているととても嬉しいw

しかし、月牙天衝はちっと難しいです。
トレイターの威力で、ヘタに斬撃を飛ばした日には…。

バルドフォースはまだやった事はないです。
予算がね…。
プリズムアークは…華鈴のノリが、カエデに似ているよーな気がします。
いや、あの驚いた顔とかね…。

ユカの氣功術、2割以上でこうなります。
まぁお約束ですねw
はぁ、未亜にコワされない方法を考えてはいるんですけどね…。
彼女の役割も。


13.ナイトメア様
伏線を全て回収できるか、とても不安です。
いえいえ、私はまだまだ未熟者です。
本当なら大幅にストーリーを変えたかったのですが、発想が追いつかずにこのような有様へ。
今書いている辺りは、展開に詰まってグダグダになりかけてます。

しっと団は、そのしっとの種類を問いませぬ。
ですが、やはりその幹部の殆どは女性関係のしっとで…。

ミライ無道はともかく、メカ沢風無道は個人的に壊したくないですにゃぁ…。
いや、メカ沢君と同列に扱うのは彼への冒涜って気もしますが。

清村君風シェザルは私の手には負えませんよ。
あの奇行はとてもじゃないけどトレースできない…。

>仮免許(超・重要)+??
分かった、きっと??は動物たちだ。

しかし、その構図だと無道は完全にツッコミ役になってしまいますな。
…いっそホモ型ツッコミ機能も搭載しようかな…。
工藤は誰だと思います?
あの何でも止める大魔神は。


14.神〔SIN〕様
時守としては、もっと展開を変えたいと思ってるんですけどね。
どうも原作の枠から飛び出しきれてない気がして…。

ユカのえちぃイベントは、冗談抜きで遠くなりそうです。
ユカには色々な役割を果たしてもらわねばなりませんし…一応どのタイミングで入れるかは決まったのですが。

うーん、考えてみるとシェザルの武器は扱いづらい…。
最初に出た時は、充分に性能を発揮させないかもしれません。

ウェイトレスのチラリズムか…書いてる内に時守がキレなきゃいいんですけどね…。


15.なな月様
救急車に?
そりゃ珍しい…何事もなかったようで何よりです。

はっはっは、想像したらユカに殴られますよ?
記憶が無くなるまで。

イロモノが多いのはアヴァター全土です。
何せ「この世に存在する全ての変人の原型」がアヴァターには勢揃いしているんですからw
秘法科学は、お察しの通り狂科学ハンターREIから取りました。
菩薩翔は大河の一撃より強力ですな。

歩くMAP兵器…言いえて妙ですね。
マスターアジアでも引っ張ってこなきゃ対抗できねー…。

本家がどうなってるかはイマイチ理解できませんが…今更方向転換も無理だし、このまま突っ走ります。
では、当分先のユカのエロシーンをお楽しみに~。

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