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▽レス始

「ジャンクライフ−劇場版完結−(ローゼンメイデン+オリジナル)」」

スキル (2006-05-17 19:16/2006-05-18 07:52)
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何が正しく、何が間違っていたのか。
その問いの答えは、それぞれの胸の中にこそ存在する


ジャンライフ−ローゼンメイデン−


病院による数々の検査や処置が行われたが意識は戻らず、そのまま樫崎 優が眠り続ける事はや三日の日数がたっていた。
最初の二日間の間に優と縁のある見舞い客は全員現れ、三日目の今日となっては少し目の赤い看護士理奈だけが優の病室にいた。
時刻は深夜零時。

「めぐちゃんね、始めて私に本音を話してくれたんだよ樫崎君」

理奈は樫崎 優という存在の存在感の大きさをこの三日で嫌というほど味わっていた。
静かなのだ。まるで、世界全体が眠りについたかのように静かに感じる。実際には世界は何も変わってはいない。
どこかで誰かが死のうが、ここで優が植物人間と化そうが、その歩みを止めることなく巡る。
だが、桑田 理奈の世界や、ある特定の人物の世界は別だった。
単調に過ぎる日々は、樫崎 優の出現によって信じられないくらいに刺激的な日々へと変貌した。
毎日何かを起こして、毎日それで不敵に笑っていて――――

「寂しいって。樫崎君がいない世界は寂しいって、めぐちゃんが私に縋りついて泣いたんだよ」

――――そんな樫崎 優の存在感がなくなって一番荒れたのは当然のことながら柿崎 めぐだった。
心臓に病を患った彼女は理奈なんかとは比べ物にならないほどに単調で面白くも無い日々をすごしていた。
意味も無く日々を重ね、命をつなげる日々。めぐが、そんな日々を呪うほどに嫌っていた事は理奈はよく知っている。
そして、そんな日々を一変させたのが優だという事も。そして、めぐがそんな優に恋心を抱いたという事も。
何もかもがうまくいくと思っていた。優の発作もすぐによくなると思っていた。めぐもいい方向に成長すると思っていた。
だが、それらを動かす原動力が失われた今、めぐは糸の切れた人形のように、毎日を過ごしている。
それこそただ日々を連ねるだけという風に。
一日目は、怒り、暴れ、二日目に大声で泣いた。優に縋りついて、理奈が止めなければならないほど優の胸を叩いて泣き続けた。
一人にしないでと。

「知ってる? 樫崎君の妹の香織ちゃんも病院に泊り込んでいるんだよ」

理奈はそう言って視線を、寝袋に包まって眠りこける香織に視線を向ける。
優の名前を呼びながら、その体を何度も揺さぶっていた光景が理奈の脳裏に上映される。

「う、ぐすっ。皆、皆心配してるんだよ樫崎くん」

理奈は己の無力感が悔しかった。誰かを助けたくて、誰かの笑顔を見たくて看護士の道に進んだというのに、誰かの泣き顔をただ見ている事しかできない。
原因がわからない。故に何をすればいいのかわからない。助けたいのに、助けられない。
漫画やアニメやドラマのように現実がうまくいかないという事は知っていた。これでも、もう長い年月を生きている。
理想が幻想だと知り、現実が過酷だという事も理解している。

「起きてよ樫崎くぅん」

その言葉に答えるものはいない。答えるべきものは、ただ何も言わず眠り続ける。
こうして、優が意識を失ってからの長い三日目は終わりを告げ、四日目へと差し掛かっていた。
深夜一時を過ぎたぐらいに理奈は涙を拭いて病室を出て行き、そしてその光景をずっと黙って眺めていた蒼星石は座っていた机の上から飛び降りた。
そして、眠り続けている優に近づくと、自分の人工精霊レンピカによって夢の扉を開かせる。
だが、それはいつものように拒絶される。それはすなわち優がずっと夢を見ずに眠り続けているという事を指している。
その事実に蒼星石は少し落胆したように表情を曇らせるが、続いて香織の夢の扉をレンピカによって開けさせる。
この世界に生きている者の中で、一番優の内面世界へと続く道を持っている可能性が高いのは香織である。
血縁という水よりも濃い液体で結ばれた者達は、世界樹の枝を介して繋がっている事が多いのだ。

「……」

だが、蒼星石はすぐにレンピカに命じて香織の夢の扉を閉じさせた。
実のところを言うと、優の内面世界への侵入は既に終えている。
それに付け加え、優の心の木も発見しており、成長を邪魔している草を蒼星石は己の鋏で切ってある。
そう、蒼星石はすでに己に出来る全てを終えていたのである。
いや、後一つだけやる事があるとすれば翠星石の如雨露の使用だ。

「――――優さん」

決別を一方的に告げた奴がどのような顔をして、それを告げた相手に会いにいけるというのだろうか。
挙句の果てには力を貸して欲しいと、そう言わねばならないのだ。
そして翠星石は断る事もなく、笑顔で力を貸してくれるだろう。
そうなれば、あれほど嫌っていた自分と翠星石の依存した関係が復活する。

「……」

だがそれでもかまわない。今優先すべきことは、自分と翠星石のことではない。
そう決意すると蒼星石は病院の窓ガラスにnのフィールドを形成すると、桜田邸の鏡との通路をつなぐ。
そして、その身を鏡の中へと投げ入れた。


翠星石は悩んでいた。雛苺の慰めも、真紅の激励も、ジュンの気遣いも翠星石の心には届かない。
どうすればいいのだろう。心を埋め尽くすのはその言葉だけである。
こんな事態になるなんてこれっぽっちも考えてなどいなかった。いつだって二人で、支えあって、生きていくのだと思っていた。
だって一人は寂しいから。だって他人が怖いから。

「う、うぅ、私は大馬鹿者です。こんなのだからも、蒼星石も嫌になったですぅ」

寂しいから、怖いから、その為だけに蒼星石を求めていた。いや、最初はただ純粋に姉妹として一緒にいたかっただけだ。
それがいつしか自分の弱さを隠す為の隠れ蓑代わりに使うようになっていた。
誰が自分を道具のように扱われていい気分になろうか。
欲しかったのは、都合のいい道具?
欲しかったのは、己に都合のいい隠れ蓑?
――――違う。
そんなのではない。大好きなのだ。姉妹の中で一番。だから、ずっと一緒にいたいと思ったのだ。
守ってやらなければならないと思っていた妹にいつの間にか守られていた。
手を引かなければと思っていた妹は、もう自分をおいて先を歩き始めている。
ただ自分は、それを認めるのが嫌だったのだ。

「翠星石」

右隣に真紅が座り、左隣に雛苺が座る。

「うゆ。翠星石。その、これあげるの」

姉妹の中で一番幼い思考をする雛苺にとって、自分の大好きなものを渡すというのが精一杯の慰めの行為であった。
差し出された小さな手に載せられた苺大福。

「……」
「元気を出して欲しいの。ヒナは、翠星石も、蒼星石も、それに真紅やジュンや巴にも、悲しい顔はして欲しくないの。だから、だからヒナは」

感情が高ぶったのか、雛苺はその瞳に涙を浮かべ、それでも必死に言葉を紡ぎだす。

「これ、あげるの。うにゅ〜を食べたら、ヒナは元気になるから。だからっ」
「チビ苺」
「受け取りなさい翠星石。もう、答えは出たのでしょう」
「真紅」

あぁ、どうしてこの姉妹はこんなにも自分の心をわかってくれるのだろう。
そして、自分もそうありたかった。蒼星石の心を解っていたかった。
どこかで歯車がかみ合わなくなってしまったのだ。ならば、かみ合う歯車になろう。
でも、そうなるための一歩を踏み出す事は……

「翠星石」
「……蒼星石」

nのフィールドを通って、ここ、桜田邸へとやってきたのであろう。理由は考えるまでもない。
翠星石と蒼星石の視線が交差する。二人の間に言葉は無い。心がすれ違っていても、長年共にいたのだ。
心の奥ではなく、表面に浮かべられている考えぐらいお互いに読める。

「君の力を貸して欲しい」

そう言って、蒼星石は翠星石に頭を下げた。

「そんな、私が蒼星石に力を貸すのは当たり前ですぅ」
「ありがとう」

そして、また蒼星石は翠星石に向かって頭を下げた。
それが、今の翠星石と蒼星石の距離を如実にあらわしている。
頭を下げあうような相手ではなかった。要望を口にして、それに軽く頷きあう。それこそが、翠星石と蒼星石の関係だった。

「頭を上げるです蒼星石。そんなの、そんなの私と蒼星石の間には必要ないですぅ」
「……」
「上げろって言ってるですぅ!!」

そう言うと翠星石はたまらず、蒼星石の頬を掴み顔を上に向かせた。

「私は、私は蒼星石の姉ですぅ。蒼星石は、口下手で、行動するのが下手で、私が手を引っ張って、守ってやらないと駄目ですぅ」
「翠星石……」

違う。そんな事を言いたいんじゃない。それでは何も変わらない。
変わらなくてはならないのだ。だって、だって――――!!

「それが嫌なら、蒼星石が私の手を引っ張りやがれですぅ。そして、蒼星石が私を守りやがれですぅ」

何度でも言おう。大好きなのだ。

「でも、簡単には引っ張らせないですぅ。だから、だから……」

それが今の翠星石の精一杯だった。翠星石なりに考え、導き出した答えはそれだった。
変えて欲しい。自分でも変わろうと努力する。でも、それでも変わらなかったら、自分の手を引っ張って変えて欲しい。
依存する自分ではなく、共に歩く自分へと。

「翠星石」

真紅と雛苺は二人のやり取りを黙って見守っていた。ドアの所には、ジュンとのりの影も見える。
全員が見守る中で、蒼星石は翠星石の手を握り締めた。

「君の力が必要なんだ。だから、ついてきて」

そして、ぐいっと引っ張られた。翠星石は、涙を流しながら蒼星石を見上げ、蒼星石はそれに微笑を持って返した。
翠星石の顔に笑顔が広がる。嬉しいはずなのに、涙がポロポロと流れ落ちる。

「しゃ、しゃーねぇ奴ですぅ。しっかりと、翠星石の道案内をするですぅ」

そう言うと、翠星石も走り出す。二人は肩を並べて、そして部屋を出て行ってしまった。
残されたのは、聞き耳を立てていたジュンとのり、そして場を傍観していた真紅と雛苺。

「蒼星石も翠星石も笑ってたのぉ」
「そうね。まったく、困った姉妹なのだわ」

そう言って真紅は溜息をつくが、ニコニコと笑顔を浮かべる雛苺に対して優しい笑顔を浮かべる。

「ジュン」
「うぇっ!」
「いるのはわかっているわ。私達も行くわよ」

翠星石と蒼星石が飛び出してきたので、ドアの前から階段へと非難していたジュンは罰が悪そうに姿を現す。
のりは、雛苺と同じように嬉しそうな笑顔を浮かべている。

「早くしなさい。使えない下僕はいらないわよ」
「わかってるよ。ほら、雛苺も行くぞ」

スタスタと歩いていく真紅の後姿を見ながら、ジュンは雛苺を抱き抱えると、のりへと視線を向けた。

「じゃあ、ちょっと行ってくるよお姉ちゃん」
「いってらっしゃいジュン君」


そして、それぞれは優の内面世界へとたどり着いていた。

「ここが、お兄ちゃんの夢の中」

ジュン、真紅、雛苺に翠星石と蒼星石、そして優の妹である香織も己の心を介して優の内面へと侵入していた。
そこにあったのは、今の優を知るものでは到底想像できない世界である。
そもそも内面世界は、当然のことながらその対象の心理状態をそっくりそのまま偽ることなく模写したような空間である。
故に、アニメのキャラクターや、漫画の本で構成されたこの世界がアノ樫崎 優の世界とは誰も思えなかった。

「あ、あいつ、あんな顔してこんな趣味だったのか?」

とか、呆れた風を装いながらもジュンは内面世界に存在するアニメキャラクターに視線を走らせていた。

「本当に、ここが? 前のお兄ちゃんならわかるけど、今のお兄ちゃんでは考えられないよ」
「……とりあえず、翠星石。優さんの木の場所に案内するよ」
「うぅ。こんなヘンテコな事を考えてる野郎を助けたくないですけど仕方ないですぅ」

そう言って、その場を移動しようとした時、遠くのほうから誰かが近づいてくるのが見えた。
それは三人組で、黒いマントを羽織った人物を挟むようにして、赤と青という対照的なフリフリの衣装を身に着けたアニメキャラである。
その三人は、蒼星石達の前に降り立つと、両脇の少女はなぜかポーズを決めて動かなくなる。
そして、真ん中の人物が顔を覆っている黒いマントを外した。

「お兄ちゃん!」
「香織ちゃん!」

それは、樫崎 優であった。鋭かった視線はどこかなよっとした視線になっており、意志の強かった口調はどこか女性的な柔らかさを含んでいる。
男、というよりは女の子、というほうがしっくり来る容姿をしていた優だ。
そのどこか女らしさを含んだ仕草に、ジュンは少し頬が赤くなるのを感じた。

「いっ!」

だが、その瞬間真紅によって思いっきり足を踏まれて、我にかえる。

「お兄ちゃん。お兄ちゃん!」

そんな二人の前では美しい兄と妹の抱擁が始まっていた。

「会いたかった。会いたかったよ香織ちゃん。ごめんね。いろいろ苦労をかけて」

その温厚な言葉遣いは、香織がよく知る樫崎 優の口調であった。
小さい頃から一緒に育ってきた兄の優しい言葉遣いである。
そして、蒼星石は青ざめた顔で香織と変わってしまった優を眺めている。
優はそんな蒼星石に気がつくと、ニコリと可愛らしい笑顔を浮かべて香織との抱擁をやめる。

「ちゃんと、説明したほうがいいよね」
「お兄ちゃん?」

不思議そうに、自分を見上げる香織に対して優は微笑んで見せると、ジュン達に視線を向ける。

「その、なんていうのかな、僕にして見れば君とははじめましてというべきなのかな」
「あ、ああ。って、はじめまして?」
「あのね、僕は、その、違う誰かにこれまでずっと体を乗っ取られていたんだ」
「乗っ取られていたってどういう事なのお兄ちゃん?」
「ほら、香織ちゃん。僕、突然口調とか、雰囲気とかが、変わったでしょう?」

保守的な性格から攻撃的へ、温厚から残忍へ、気弱から強靭に、それこそ人が変わってしまったかのように。
香織は、兄の言葉の指すところをその幼い頭脳で何とか理解するこくりと頷く。

「あれはね、ずっと昔からそういう風にして人の意識を乗っ取って、存在してきた存在なんだよ」
「それは、どういうことなの?」
「えっと、彼はその時に乗っ取っていた人が死ぬとまた別の人を乗っ取って生きる、いわゆる不死の存在なんだよ」
「……不死」

ジュンは優の言葉をかみ締めるようにして理解し、そして全ての事に納得した。
あの威厳は長い年月を生きたが故に、あの全てを理解しているかのような口調もそれに準ずる。
他人の意識を乗っ取り、その者の人生を生きる化け物。それが、自分がずっと接してきていた樫崎 優。

「……乗っ取られていたのに、今はどうして貴方が?」

蒼星石の声は震えていた。何かに怯えるようにして、隣にいる翠星石の手を握り締めている。

「その、水銀燈ちゃんがいなくなっちゃったでしょ。それで、僕を乗っ取っていた彼が凄いショックを受けて、乗っ取る力が弱まったんだ」

その優の言葉に、真紅はぴくりと怯えるように後ずさり、ジュンも罰が悪そうに顔をしかめた。

「その隙を突いて、僕が乗っ取り返したんだ。その、ちょっと苦労したけどね」

それが、アノ優を苦しめていた発作なのだと、今の優が語る。

「それで、アイツはどうなったんだ?」
「彼は――――」

樫崎 優はちらりと蒼星石に視線を走らせた後に、はっきりと告げた。

「もういないよ」
「……っ!」
「僕が、彼から僕自身を奪い返した時点で彼は消滅したんだ。あ、でも、彼の知識や経験は僕も持っているよ。同調、エヴァ風に言うならシンクロしていたから」

蒼星石は世界が凍りついたかのような感覚に苛まれていた。胸がズキズキと痛む。
彼がいない。その言葉が、蒼星石の胸を強烈な力で締め上げていく。

「だから、安心して蒼星石ちゃん。その、僕が彼の分も君を」
「何を、言っているんですか」

それは怒りのためか、それとも悲しみのためか、蒼星石の声は震えていた。
蒼星石にだってわかっていた。彼がそういう存在であるという事はなんとなく察しはついていた。
いや、そうでなければ彼の存在は説明できない。転生ではなく、他者を乗っ取る事で生きながらえているとは思っていなかったが、それでも理解はしていた。
だから、乗っ取られたモノが、乗っ取り帰したという事は素晴らしい事なのだ。
侵略者から、自分を取り戻した。どちらが悪で、どちらが善なのかなんてそんなものは子供でも理解する事が出来る。

「僕と彼は、今になってはもう、ほとんど同じ存在だといっても過言じゃないんだ」

この時点においての優は、どっぷりと自分が漫画の主人公になったかのような気分を味わっていた。
だってそうだろう。あんなに怖かったいじめっ子達を前の優は蹴散らし、アニメ好きの自分には嬉しい、可愛い人形と過ごすというシチュエーションも築いてくれている。
自分の物語がここから始まるのだ。夢のような、それこそアニメのような物語が。

「違います。貴方は、貴方は彼なんかじゃない。返して、返してください!!」

だから、蒼星石の拒絶の言葉はそんな物語の開幕を告げるには丁度いい合図のように思えた。
最初は犬猿の仲のヒロインと主人公が、物語が進むに連れて愛し合うようになるという物語の。

「そうだよね。すぐには納得できないよね」
「蒼星石」

優の納得した言葉と、真紅の同情を含んだ視線が蒼星石に突き刺さる。

「これが本来あるべきカタチなのだわ蒼星石」
「違う! 違う!!」

ぽろぽろと蒼星石の瞳から涙がこぼれる。乗っ取った彼は加害者で、乗っ取られた優は被害者である。
全てが本来あるべき姿へと戻ろうとしている。それは、一般的に見れば喜ばしい事なのだ。
勧善懲悪。文字通り、それを体現する出来事ではないか。

「しゃーねぇーです蒼星石。あいつは、悪い奴だったです」
「そうよ。お兄ちゃんの体を乗っ取るなんて、許せない」
「まぁ、これが正しいあり方なんだろうな。その、納得するのにはちょっと時間がかかりそうだけど」

納得なんて出来るわけが無い。樫崎 優を取り巻く人間関係を心地よいものへと変えたのは誰だ。
水銀燈や、蒼星石たちとの絆を作ったの誰だ。それは、今はいない彼ではないか。
それをお前は、そっくりそのまま奪おうというのか。
蒼星石は憎しみに似た感情が、自分の中で湧き上がるのを感じた。

「かえして、下さい」

せっかく出会えたんだ。ずっと、それこそずっと待ち望んでいたんだ。
彼と最初に出会ったときから、ずっと。
だってそれは彼のことを――――どうしようもなく愛しているから。
蒼星石は始めてそれを己の意思で自覚した。
そうだ。自分は彼がどうしようもないほど大好きなのだ。

「僕の、僕のグリーブをかえして!!」

その心からの叫びに、それぞれが黙り込んだ。
そして、優は困ったように微笑みながら蒼星石の前にしゃがみこんだ。

「僕と彼は同じ存在になったんだよ蒼星石ちゃん。時間はかかるかもしれないけど、でも納得して……」
「下らない」

その声は、その場にいる全員を凍りつかせるには十分な響きを持っていた。
それは男性のモノではなく、女性の声であったけれど、その聞きなれたフレーズが彼らを凍りつかせる。
そして、蒼星石が慌てて向けた視線の先に、一人の金髪の女性が座っていた。
不適に歪められた唇、強気な意思を宿したブルーアイズ。均整の取れたプロポーションは、男性なら誰もが生唾を飲み込むだろう。

「俺と貴様が同じ存在になっただと? はっ。笑えん冗談を言う奴だな」

その女性は立ち上がると、ゆっくりと歩き出す。その姿は、蒼星石たちに近づくに連れてぶれていき、傍に来る頃には軍服を纏った無表情の男性になっていた。
それは、蒼星石がよく知る姿である。出会った当時の彼が、そこにはいた。

「グリー、ブ?」
「この姿では、その名前が最も正しき名前だな」

誰もが理解していた。目の前にいる存在が、他者の人生を乗っ取って生きる化け物である彼だと。

「あんたが、おにいちゃんを乗っ取っていた犯人ね!!」
「乗っ取る? 馬鹿馬鹿しい。そいつが捨てたものを拾い上げて再利用していただけだ」

グリーブの捨てたという表現に、優はうろたえたように後ずさった。

「俺は他者を乗っ取るのではない。死んだ者の体に入り込むのだ。わかるか? 俺はそいつが死んだから、そいつの体に宿ったのだ」
「どういうこと? お兄ちゃんが、死んだ?」

香織は、事の真意を確かめようと優に視線を向けて、兄の顔から血の気がうせている事に気がついた。
だから、気づいた。いくら幼いといっても、そこまで露骨に現されて気がつかないバカはいない。
でも、それを認める事など出来なかった。

「嘘を言わないでよ! あんたみたいな化け物のいう事なんて信じないんだから!!」

だから、香織は優を庇うように身を乗り出して、グリーブと向き直った。
長い年月を生きてきた化け物。誰かの人生を乗っ取って生きる許されざる存在。

「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

場の緊張に耐えられなくなったのか、それとも己の死と直面するのが嫌になったのか。
優は雄たけびを上げると、香織を押しのけるようにしてグリーブに飛び掛った。
その無表情な男の胸を殴る。殴る殴る殴る。

「――――生きたいか?」
「当たり前じゃないか!」

グリーブの静かな問いに間髪入れずに優はそう答えると、その殴る手を休めることなく言葉を続ける。

「僕を虐めてきた奴らは君がなんとかしてくれた。こんな人形と知り合えるなんていうレアイベントも起こしてくれた!」
「……」
「可愛い女の子とも知り合いになってくれた。僕がずっとそんな風にしたいと思っていた事を君はしてくれた!!」

それは、身勝手ともいえる言葉であった。

「手前勝手な言い分だとはわかってる!でも、君が変えてくれた世界を行きたいって思ったんだ。だから、今回の君の人生を僕に下さい!!」

その言葉は、悪でも善でもなく、ただ自分勝手な言葉であった。
乗っ取ったグリーブが悪いのか、その前に死を選んだ優が悪いのか、ジュンにはもうわからなくなっていた。

「俺のやってきたような事を、ずっとしたいと思っていたのか」
「はい」
「では、そうすればよかったのだ」
「えっ?――――あぐっ!!」

優はグリーブの拳によって、顔面を殴られその場に倒れこんだ。

「なぜそうしなかったのだ?」
「君と、僕とは違う。できるものなら、僕もそんなふうにしたかったさ。でも、次からは――――あぅっ!」

なんとか上半身を起こした優の腹部をグリーブは蹴り上げると、呆然と眺めている香織に視線を向ける。

「次? 次などは存在しない」
「えっあっ!!」

視線を香織から離さずに、グリーブは優の着ているマントの襟を掴むと、そのまま掴み上げた。

「己の不甲斐なさを呪うがいい」
「まさか、お前っ!!」
「もう少しお前が強ければこんな事にならなかっただろう。だが――――そうはならなかった」

それはまるで死刑を告げる裁判官のように、厳かに、それでいて容赦なく突きつけられる。

「そうはならなかったが故に、この話はこれで終いだ」
「やめてぇぇぇぇぇ!!」

香織の叫びも届かない。
無慈悲に、それでいて残酷に、グリーブの抜き手が優の胸部へと突き刺さる。

「え」

それが、本来の樫崎 優が呟いた最後の言葉であった。
まるで、最初からそこには何も無かったかのように優の体が消えていく。

「いや、いやだよっ! お兄ちゃん!!」

香織はグリーブに縋り付く様にして掴みかかると、なんども消えていく兄の体へと手を伸ばす。
だが、その手は何も掴まない。そして、その場から樫崎 優が消えた。

「かえして! お兄ちゃんを、お兄ちゃんをかえしてよっ!!」
「――――すまないな」

グリーブはその手をすばやく走らせて、香織のうなじに手刀を叩き込むとその意識を刈り取った。
残されたのは、流れについていけなかったジュン達が呆然と立ち尽くすのみ。

「殺したのか?」
「蒼星石。香織を頼む」
「おいっ。殺したのかよ!」
「下らぬ茶番劇だったな。貴様らにも迷惑をかけた。己の世界へ帰るがいい」
「殺したのかって聞いてるんだ!!」

拳を握り締めて、怒りをあらわにしてそう怒鳴るジュンにグリーブは仕方がなさそうに反応すると

「やられたことを、やりかえしてやったまでだ」
「なんだよそれっ!」
「侵食し、侵食され返し、そしてまた俺が奴を侵食し、今回は完全に殲滅した。それだけの話だ」
「わけわかんねぇよ!! 譲ってやればいいじゃないか! 樫崎の話が本当なら、お前はもう長い時間他人の人生を乗っ取って生きたんだろ!!」
「――――笑わせてくれるなよ小僧。なぜ貴様の価値観に基づいて俺が行動しなければならない」

そう言うと、グリーブは話は終わりだとジュンから視線をはずした。
だが、視線を外されたぐらいで今のジュンは止まる事は出来なかった。

「じゃあ、お前の価値観ってなんなんだよ!!」
「どれほど長く生きようと、どれだけの他人の屍を踏みしめようと、俺は生きたい。それが俺の価値観だ」
「だからって、樫崎を殺す必要なんて無かった。そうだよっ! お前とあいつが共に生きる道はあったはずだ!!」
「阿呆か貴様は。俺の生を阻むものは、誰であろうと敵だ。共に生きる? 馬鹿馬鹿しい」

忘れたのか?
水銀燈のマスターであったこの男がしてきたことを。
真紅の手を引きちぎり、蒼星石を利用し、立ちふさがる敵を殲滅するのに手段を選ばなかったこの男の行動を。

「目の前に敵がいるというのに、殺さぬ馬鹿がどこにいる?」

その言葉に、ジュンの頭の仲は真っ白になってしまった。
目の前に立つ男のことが、ジュンには何一つわからなくなってしまった。
同じ存在ではない。自分が理解できるような存在ではない。
そんなものをなんと呼ぶかジュンは知っていた。

「この、化け物」

グリーブはジュンのその言葉に答えずに、変貌していく内面世界を眺めていた。
樫崎 優を構成していた世界は崩れ去り、似て非なる樫崎 優の世界が構築される。
かくして、樫崎 優という存在をめぐって起こった戦いは終結した。
幾人かの者の心に傷を残して。


−エピローグ−

「ねぇ、優」
「なんだ?」

それは、樫崎 優の発作が収まり、入院から通院による定期検査への移行、つまりは退院の日の前日であった。
めぐは、明日には病院からいなくなってしまう優を見舞い客もいなくなった夜に自分の病室へと呼び出していた。

「私ね、他の人の一番大切なモノを奪わないと生きていけない病気なの」
「そうか」
「私の命にはそんな価値なんて無いのに。だから、私、ずっと神様に、私の命を吸い取る天使を遣わしてくださいってお祈りしていたの」
「それで?」
「ずぅ〜と、病院の中で過ごしてきた私の何の意味も価値もない命も、天使に吸い取られて、天使の力になるのなら意味ができるとそう思ったのよ」
「馬鹿だな」

優は、しんみりとした雰囲気をかもし出してそう言うめぐの言葉を、馬鹿の一言で固唾けた。
優と出会う前のめぐならば、その言葉にムカツキを覚え、出て行けと暴れていただろう。
だが、今は違った。まるでその言葉を待っていたかのように、嬉しそうに微笑むと優の次の言葉を待つ。

「生きたいと思う意思があるのならば、その意思にこそ意味と価値はある」
「じゃあ、生きたいという意思がなければ?」
「そんな奴は死体と変わらん。命の価値や意味を論ずる必要はない」
「ふふっ。優の考えはとても極端なのね」

そう言って、めぐは、ベッドにめぐに背を向ける形で座っている優の背中に寄りかかった。
きゅっと、優の服を掴むと少し涙声で

「見舞いに来てくれないと、許さないから」
「わかっている」
「……ねぇ、優、私の事好き?」
「俺には、お前のほかに愛している奴がいる」
「えっ?……なに、それ?」
「俺は、お前の事が好きであると同時に、お前以外の奴も愛しているという事だ」
「なによ、それっ!!」

めぐは、優の背中から放れると、いつもと変わらない無表情な顔を信じられない思いで見つめる。

「俺は、そういう人間だ。だから、拒絶しろ。俺はもうお前を拒絶するつもりはない。だから、お前が拒絶しろ」
「すぐ、る」

その言葉に、めぐは腹がたつと同時に笑ってしまった。
あれほどまでに理解できないと思っていた目の前の人物の思考が、めぐには手に取るようにわかってしまった。
だから、その口から零れたのは拒絶の言葉ではなかった。
ゆっくりと、からめとるように優を背後から抱きしめると、その首筋に口付けた。

「馬鹿」
「……そうか」
「最低」
「ああ」
「でも、好き」
「――――そう、か」

めぐには優がどんな顔をしているかなんてわからなかった。いや、わかりたくなかった。
だから、その背中に顔を埋める。
今はこの暖かさだけで満足しよう。めぐはとりあえずそう思うのであった。


そして、退院当日。
優は、泣きじゃくる理奈に抱きしめられていた。
あれほど迷惑をかけられていた相手だというのに、いざいなくなってしまうとなれば寂しいと思ってしまったらしい。
優の傍らには、香織がいて、そんな理奈をどこか心あらずに眺めている。

「うぅ。たまには遊びに来てくらさいね。じゃないと、じゃないと、理奈は、理奈はっ! うぇぇぇぇぇん」
「く、桑田さん。他の患者さんもいるんだから落ち着いて」

同僚の声も聞こえないのか、理奈はますます感極まったのか優を抱きしめる手に力を込める。
それに伴って、まぁ最後だからと大目に見ていためぐの視線が鋭くなる。
そんな視線に耐えかねたのか、優は無言で理奈の抱擁をとく。
そして、その瞬間、めぐの体にかつて無いほどの嫌な予感が駆け巡った。

「世話に、なったな」

世の中にはギャップと言う言葉がある。
普段はツンツンしている人物が、ある特定の人物にはデレデレになったり
普段はクールで怖い子が、ある特定の人物にはとてつもなく素直になったり
そう、ギャップとは人の心を捉える最大にして最強の手段である。
そして、優にそんな自覚があったわけではない。
ただ、労ってやろうという気持ちだけだったに違いない。
その口元に浮かぶのは不適な笑みではなく、優しげな笑み。
小さな子に言い聞かせるようにして、発せられたその声は普段が普段だけにとても優しく響き。
とんでもなくど真ん中に理奈の心に突き刺さった。

「あぅ。はぅ」
「またな」

だから、理奈が去ろうとする優の手を思わず握り締め

「その、絶対に、また会いに来てね」
「ああ」

その声は、いつもと同じなんの感情も込められていない声だったが、理奈ははっきりと答えてくれたことが嬉しくて
笑顔で優にバイバイをすると、振り向いた先にいた夜叉に硬直した。
その夜叉が誰かなんて言うまでもない。
優の知らない場所で、こうして女の戦いの幕は切られたのであった。


−エンドロール−

その夜、優は物置から引っ張り出してきた梯子で屋根の上に登ると、先に屋根の上に座っていた蒼星石の隣に腰を下ろした。

「心配をかけた」

優の言葉に、蒼星石は驚いたように優へと視線を向け、そして力なく再びその目を伏せた。
香織も、優の口からそんな言葉が出た事に驚いて、声を上げそうになって、慌ててその口を塞いだ。
優が梯子を上っていくのが見えたので、優が屋根に上りきった後に、梯子に登り、二人の様子を盗み見ているのである。

「どうして、本当の事を言わなかったんですか?」
「なにがだ?」
「本当の樫崎 優君のことです」
「言ってる意味が解らんな」
「本当の、優さんは既に死んでいます。アレは、貴方が造り出した優さんだ」

その蒼星石の言葉に、香織は余りの驚きに梯子から落ちそうになって、慌てて梯子を掴みなおした。

「見たのか?」
「はい。本当の優さんの木は、とっくの昔に枯れていました。そして、その枯れた木の場所に、貴方の木がありました」
「そうか。蒼星石。その事は金輪際誰にも話すな」
「っ! どうしてですか! あれじゃあ、貴方が、本当の優さんを殺したと皆は思ったままです!!」
「それでいい。それが一番簡単な説明で、誰も傷つけない答えだ」

そして、優は珍しく疲れたように溜息をつくと、寂しそうに呟いた。

「真実はかくも厳しく、辛い。理想という幻想に包まれて入れるなら、そうあるべきなのだ」
「優さん。貴方は……!!」
「香織も、実の兄が、自ら死を選び、消滅していたと認識するよりも、得体の知れない化け物に殺されたと捉えた方が幸せだろう」

その言葉に、香織は完全に体から力が抜けてしまった。
震える足で梯子から降りて、その場にしゃがみこむと、はいているスカートの裾を握り締めた。

「それに、今回の件は、俺の弱さが生み出した結果だ。水銀燈がいなくなり、そんな現実から少しでも逃げたいと思った俺が、あいつを生み出した。まったく、軟弱にも程がある。敗北も勝利も、俺にだけに与えられるものなのに、それを自ら造り出した偽者に背負わせようとしていた」

その言葉を信じるべき根拠などどこにもない。もしかしたら、自分がここにいるのを知った上で語っているのかもしれない。
香織は必死にそう言い聞かせるも、脳裏にちらつく記憶から逃れる事は出来なかった。
――――知っていた。
一つ屋根の下に、二人で暮らしているのだ。その片割れが死んで、それに気づかないはずがない。
いや、なによりも、死んでしまった兄を、兄の自室に運んだの自分だ。
そして、兄の死を認めたくないが故に、兄を嫌っているフリをして、兄の存在を極力自分の心から追い出した。
だから、兄が自室から降りてきたときは物凄く怖かったのと同時に、とてつもなく嬉しかった。
真実から目を逸らして、偽りで着飾った日々に香織は迷うことなく埋没していた。
だが、そんな茶番劇も終わりだ。

「……ぐすっ。お兄ちゃんの、馬鹿ぁ」

少女は、この日、死んだ兄が生きているという奇妙な現実の中で、兄の死を自覚した。
かくして、少女の、壊れた日々も終わりを告げる。


−オマケ−

「優さんは極端なんです」
「そうか?」
「好きな人にはとことん尽くして、嫌いな人にはとことん敵対する」
「ふむ」

蒼星石は星の見えない夜空を見上げた。
そして、少しだけ勇気を振り絞って隣にいる大好きな人の手を握り締める。

「僕は、そんな優さんが、いえグリーブが、貴方が、大好きです」
「俺は、きっと誰も幸せに出来ん。俺は無力で、たった一人を幸せにするぐらいの力しかない。それなのに、水銀燈以外も愛してしまっている」

優は、そう言って、蒼星石の手を握り返した。

「いつか、お前は不幸になる。いや、俺にかかわったものは全員不幸になるだろう。それでも、ついてくるか?」
「不幸になんかなりませんよ」

そっと、蒼星石は優に身を寄せた。


「それに幸せにしてくれなくてもいいです」

蒼星石は愛しい人の顔を見上げて、誇らしげに、それでいて自信たっぷりに呟く。

「自分で幸せになります。だから、貴方の傍にいさせてください」

そう言って、瞳を閉じる。緊張でまつげが揺れる。頬が高潮しているのがわかる。
そんな彼女の唇を、彼は何も言わずに塞いだ。
言葉はいらなかった。なぜなら、そのキスが答えなのだから――――。


あとがき
最長記録更新。いやぁ〜、書きたい事を詰め込みすぎちゃった感があります。
まぁ、とりあえず次回からは第二部です。皆さん、楽しみにしといてくださいね。

Ps 今回は思ったよりもとてつもなく長くなったので、レス返しはお休みさせていただきます。
  とりあえず、レス返しは次回という事でお願いします。
  あっごめっ。石投げないで。

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