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▽レス始

「霊能生徒 忠お!(再度転載・7・8時間目)(ネギま+GS)」

詞連 (2006-04-23 15:00/2006-04-23 16:03)
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 教室からざわめきが漏れてくる廊下で、独り真名は歩いていた。

「刹那はどうしたというんだ?」

 歩きながら考えることは、部屋に残してきたルームメイトのことだった。

 昨日の夕刻、横島という転校生に勝負を挑んで帰ってきた刹那はボロボロに消耗していた。身体的にではなく、精神的に。
 顔面は蒼白、眼は空ろ。研ぎ澄まされた刀を連想させる普段の刹那とは、まるで別人のようだった。
 一体何があったのか聞いてみても、何でもないと言うばかり。食欲もなく、夜中はほとんど寝ていない様子であり、たとえ寝たとしても、直ぐにうなされて眼を覚ましていた。
 そして今朝。一晩の時間の経過で、多少はその様子も改善したようだが、それでもやつれた印象は拭い去れない。

「その上、学校を休むとはな……」

 今朝、学校に行く段階になって、刹那の様子に見かねた真名は学校を休むように言った。現在の刹那のコンディションでは木之香の護衛どころではないと判断したからだった。
そして刹那はその勧めに従った。
 これには真名も面食らった。正直な話、刹那は意地でも学校――木之香の護衛の任務を休むなどありえないと思っていた。真名にしてみれば、少々荒い手段に訴えることも視野に入れての提案だったのだ。
 しかし、刹那は真名の勧めに従い学校を休んだ。
 それはつまり、よほど気分が優れなかったのか……

「いや。それはない」

 口に出して、真名はその推測を否定する。
 刹那のことだ。たとえ瀕死の重病だろうと、学校に木之香がいる限り這ってでも登校したことだろう。
 だが、そんな刹那が学校を休んだということは、

「原因は横島忠緒か……」

 それが間違いないのは状況から見て明らかだった。
 やはり昨日、横島忠緒との間にあった何かが刹那の不調の原因であり、今日の休みも、横島と顔を合わせたくなかったからだというのなら、納得がいく。

「……さて、どうしたものか」

 真名は自分の行動を思案する。
 冷たい話ではあるが、これはあくまで横島と刹那の間の他人事。真名とは関係のないことである。直接被害を被っている訳でもなければ、誰かに依頼されたわけでもない。真名には関わる理由も、そして権利もないのだ。
 だが見るに耐えないほど痛々しいルームメイトを放っておくというのも不義理な話だ。

「とりあえず、事実関係の確認だな」

 関わる関わらない以前に、まずはそれぞれの正しい位置関係を知ることが重要だろう。
 今までの思考は、あくまで刹那の状態から考えた推測のみに基づいている。いくら刹那が傷ついているからといっても、横島が悪いということになるとは限らない。そもそも一昨日の夜の様子や昨日の教室での言動を見る限り、横島が理由なく他人を傷つけるような人間であるとは、真名には思えない。
 刹那の自業自得という可能性もあれば、些細な行き違いによるということも十二分に考えられるのだ。
 正しい情報を得てから自分のスタンスを決めればいいし、またこの問題に立ち入るというのならば、いずれ正確な現状認識が必要となるだろう。
 などと真名が考えている内に、騒がしい朝の中等部の校舎でも、特に騒がしい3年A組の教室に到着した。

「さて、横島忠緒は一体どうしているのか」

 若干身構えながら、真名は教室の扉を開き横島の姿を探す。
 横島の姿はすぐに見つかった。横島は教壇の上に足をクロスして立ち、両手を斜めに上げ、そして手の平は下に向けながら

「俺の好みは女子高生以上のお姉さまだ!フォォォォォォォォォォォォォォォッ!」


「そうか刹那は……横島に手篭めにされたのか」

 数秒の黙考の後、真名はそんな結論に達したのだった。


 霊能生徒 忠お!  七時間目 〜Shall We Kiss?〜  


「ねぇ、横島さん!昨日の乱闘の原因って、ネギ君と同居しているアスナとこのかに嫉妬したからってホント!?」
「何でそうなるんじゃ!」

 麻帆良に来て三日目。教室に入って一番に飛んできたまき絵の質問に、横島は大声量で否定を返す。だが、さすが3Aというかなんと言うか、その程度では怯むような軟弱者はいない。すぐさま横島は取り囲まれる。

「ふふふっ、そんなこと言って……」
「昨日さっそくデートに誘ってたことといい……」
「ネタはあがってるで」

 上から順に運動部のアキラ、裕奈、亜子。さらにその背後では、チアリーダーズがボンボンの用意をしながら、応援する気満々の様子を見せている。
 他の面子も多くは興味津々。それ以外の大半も

「やっぱり横島さんはネギせんせーを……」
「くっ……第一日目で討ち入りだなんて。……横島さん、やはりあなたは強敵ですわ!」

 など、不安やら戦慄やらを垂れ流し、横島の否定の言葉を真に受けている者はいない。

(あ、あかん!このまま行けばなし崩しにネギとくっつけられる!)

 横島の中で警鐘が鳴り響く。
 ただでさえ現在の横島は少女と化したことで男として、一昨日の身体測定覗きで中学生のチチシリフトモモでときめいたことで普通(?)の女好きとして、ダブルにアイデンティティの危機に瀕している。
 この上ネギと……10歳にも届かない美少年なんぞとくっつけられようものなら……!

(俺が……俺が俺でなくなってしまう!)

 自分は横島。横島忠夫。女子中学生横島忠緒はあくまで仮の姿。
 本当は年上美女がちょっと(?)好きな、健全な青年なのだ!
 それが自分より年下の、しかも同性とくっつくなど、あっていいはずがない!

「だから違うって!俺はネギなんか好みじゃない!」
「またまたぁ。それじゃあ一体どんな男が好みなのかにゃ?」
「そ、それは……」
「あ!分かった!アスナと同じおじ様趣味だ!」
「もっと違うわい!」
「ダ、ダメ!横島さん!高畑先生は絶対ダメよ!」
「いやアスナちゃんも人の話を聞けよ!」

 否定せど否定せど一向に状況はよくならない。だからといってじっと手を見るなどというわけにもいかない。
 しかし相手は恋に恋する乙女達。この状況ではいかなる言動も泥沼の底に引きずりこまれるのみ。―――いや一つ、たった一つだけ打開の方策はある。だが、それはほとんど自爆に近い行為であり……。

(いいや!迷っている場合じゃない!)

 決意は一瞬、覚悟完了!

「OK、解かったぁぁぁぁぁぁっ!」
「ひゃっ!」

 前触れなく横島が挙げた大声に、周囲は一時的に沈黙。それを好機として横島は

「今から俺の好みを発表する!とう!」

 最後の掛け声は跳躍の合図。横島は高い天井を最大限に利用し10.0のムーンサルトを決める。着地地点は教室において最も目立つ場所―――教卓の上。
 横島はそこに足をクロスさせて立つ。

「俺の好みは―――」

 それから両手を斜め前方上に、しかし手の平は大地に向ける。その時、丁度教室の扉が開いたが無視して


「――女子高生以上のお姉さまだ!フォォォォォォォォォォォォォォォッ!」


 大咆哮。
 もはや教室のみならず、校舎全体に響き渡るような大声だった。

(ふっ……言っちまったぜ)

 その大声の主は教卓の上で、一抹の後悔と、それをはるかに上回る開放感に酔いしれていた。
 言ってしまった。今の発言で、自分はGS(ゴーストスイパー)横島からHGS(ハードゲイ少女)横島にクラスチェンジしてしまったかもしれない。
 だが、だからどうした。そんなものよりもっと尊いものを得た。
 そう!これで俺は同性愛者のレッテルは張られるものの、普通の女好きとして認知され……!

「そうか刹那は……横島に手篭めにされたのか」

 ぴきっ

 教室に入ってきたばかりの真名の呟き。一滴の水ような小さな声であったが、静謐な湖面の如く静まっていた教室の隅々まで届くには十分だった。
 ただでさえ動きのなかった空気が、横島すら含めて完全に凍結する。
 秒針が四半周するほどの時間が流れてから……

『ええええええぇェェェェえぇぇぇえぇぇぇえェぇぇぇぇェェェェェえええぇぇえぇええぇっ!?』

 横島が自爆覚悟で変えたクラスの空気の別方向は、確かに別の、しかし横島が望まぬ方向に爆発したのだった。

「なんでこうなるんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 カモを肩に乗せながら、昼休みの廊下をネギは歩いていた。肩の上のカモは周囲に人影がないのをいいことに、午前中全く喋れなかった鬱憤を晴らすが如く、熱弁をふるっていた。
 もちろん内容は、ネギのパートナー選びについて。

「―――でよ、アニキ!やっぱパートナーが必要っスよ!だからあの宮崎って嬢ちゃんと仮契約を……!」
「だからしばらく考えさせてよ、カモ君……」

 疲れた様子で答えるネギ。

(煮えきらねぇなぁ……)

 その様子にカモは焦りを覚える。ご存知の通りカモが日本にやってきた理由は、己の罪を雪ぐため。そのための時間は無限というわけではない。一刻も早く結果を出さねばならないのだ。
 だがカモがいくら焚きつけようと、ネギは行動に出る様子がない。

(しょうがねぇな……あまり口うるさく言うのも逆効果だしな……)

 押してだめなら引いてみろ。カモは方針を転換してみることにした。

「おいおい兄貴、一体どうしたってぇんだい?さっきから妙に煤けた感じだぜ?」
「うん……ここ数日、なんだか色々あってね……」
「色々?何があったんですか?」
「実はね……」

 少し悩んだような様子を見せてから、ネギはぽつぽつと語りだした。

「うちの生徒のエヴァンジェリンさんと茶々丸さんって人達なんだけど……ちょっと問題があって……」
「問題?登校拒否とか成績とか……?」
「いや、そういうのじゃなくて……その、一昨日の夜にちょっと殺されそうになって……」
「ふ〜ん……殺され……ってなんすかそれ!大変じゃないっすか!」

 遠くから穏やかな喧騒が響いてくる長閑な空気に、あまりにも似つかわしくない単語に、カモは度肝を抜かれる。だが、そこは漢気を尊ぶカモ。驚愕の次に来たのは、恩ある兄貴に危害を加えたというその二人への義憤だった。

「なんスかそれ!不良の校内暴力にしちゃ行き過ぎっスよ!いったい何者なんですかその2人は!そいつらの居場所を教えてくだせぇ!舎弟の俺っちぶっちめて来てやん―――」
「そのエヴァンジェリンさんは実は吸血鬼なんだ……。しかも真祖」
「く……故郷に帰らせていただきます……」
「うわぁぁぁぁん!見捨てないでよ、カモ君!」

 荷物をまとめて帰ろうとするカモをすがりつくように止めるネギ。
 その姿はネギが10歳であるということを差っぴいても情けないものであり、周囲に人がいなくて本当に良かったといわざるを得ない。

「あ、兄貴。殺されかけたって言うか……よくもまあ本当に殺されなかったっスね?」
「うん。その時はアスナさんと横島さんが助けてくれたんだ」
「アスナ姉さんと横島の姉さんに?」
「うん!そうなんだよカモ君!」

 と、横島の名前が出てきたとたん、急に元気付くネギ。その変化にカモは面食らう。

「あの時、横島さんが―――!」

 横島の戦いを話すネギの様子は、まるで人気歌手のライブを語るファンのよう。

「……って感じで、ホント凄かったんだから!」
「はぁ……なんか凄いんスね」

 相槌を打つカモ。だがその頭の中では別のことが巡っていた。

(ひょっとして兄貴はアネサンのことを……)

などと考えながら目的地である食堂に着いた時、

『おお〜……っ!』

 食堂の一角から感嘆の声。そちらを見てみれば、まさに話題の人物が、食堂のテーブルについていた。


 タロット占いには数多くの種類があり、その方法も千差万別。だがほぼ全てに共通する作業として、占いの対象者が自らカードを混ぜるというものがある。

「もうこのぐらいでええよ」
「ん、じゃあ集めるぞ」

 横島は頷くと、木之香がかき混ぜていたテーブルの上のタロットを撫でるように手を動かす。それだけの作業で、カードはあっという間にそろえられ、一つの山になる。
 この作業が終わった時、テーブルの上には木之香が混ぜたばかりのカードの山と、それとは別の既に木之香にかき混ぜてもらった、新しい山とくらべてずっと低い山の二つが出来上がる。
 横島は低い山を手に取る。そしてカードを持った手でテーブルを撫でる。撫で終わるとその手にすでに空。カードはテーブルの上に等間隔に並べられていた。

『おお〜……っ!』

 その見事なカード捌きに、ギャラリーから感嘆の声が漏れる。

「さすが忠っち!手品みたいだ」
「すごいです、横島さん」
「はっはっは。マジシャンTADAOと呼んでくれ!
っと……木之香ちゃんはkonoekonokaだから運命数は……10だな。生年月日は?」
「89年の3月18日やで」
「うん、3だ」

 言うが早い、横島は並べたカードを端から数えて10枚間隔で取っていき、全てなくなったらまた並べ、今度は3枚間隔で取っていく。
 一聞してみれば退屈で手間のかかりそうな作業だが、スピーディーかつ淀みなく動く横島の手さばきは、観る者を飽きさせない。
 あれよあれよという間に、カードは再び横島の手の中に納まっていた。

「さて、これでよし。最後に、どっちのを上にするか決めてくれ」
「う〜ん。……こっち」
「了〜解」

 横島は木之香が指差したほうを自分から見て上にして、大小二つの山を並べる。
 これで準備は整った。横島は仕切りなおしの意味をこめ、軽く深呼吸をする。

「始めるぞ。これから起こる出来事だったな?」
「お願いします〜」

 普段どおりのんびりとした口調の木之香だが、その眼は普段と違った真剣みがある。

「では……」

 横島は低い山のカードを一枚めくる。そこには子供と老人を跪かせた、白馬に乗った骸骨の姿……

「死神の正位置」
『しにがみっ!?』

 いきなり不吉な絵柄のカードの出現。驚く周囲の中で一番に反応したのは、木之香の隣に座っていたアスナだった。
 アスナはテーブルに片足をのせると、向かい合って座っていた横島に掴みかかる。

「どどどどどどういうことよ、死神って!このか、死んじゃうの!?いい加減なこといってると怒るわよ!」
「まへはふはひゃん!ほんなにわるひかーろら(まてアスナちゃん!そんなに悪いカードじゃ)……!」
「アスナ〜、横島さん離してあげてくれへんかぁ?死神のカードもそんな悪いカードやないねんで?」
「へ?」

 木之香のやんわりとした静止に眼が点になるアスナ。横島はアスナに引っ張られ、赤くなった両頬をさする。

「イテテ……ったく、最後まで聞けよ。
 死神のカードの意味は、死と再生。
 転換や大きな急変を意味する。つまりターニングポイントだな。
 厳密な時期としては……」

 そう言って、横島は多いほうの山から一枚めくる。

「ワンドの2……ってことは二週間後ぐらいだな」
「そこまで解かるの?」
「大体の目安だけど……。二週間後って言うと何があるんだ?」
「何をボケてんだよ、忠っち!修学旅行にきまってるじゃないか!」
「いや、俺は転校したばっかで……っていうか、その頃もう麻帆良にいないし」
「あ……そっか」
「残念です……」

 落ち込む風香と史伽。横島は苦笑しながら二人の頭を撫でてやる。

「ええっと……次はそれに影響する過去だな。
 ……大アルカナは運命の輪の正位置。小アルカナはペンタルクスのペイジ……これも正位置」
「どういう意味?」
「運命の輪はチャンスの到来、幸せな変化、そして電撃的な出会い。
 ペイジが示すのは時期じゃなくて、子供。責任感が強くて勉強好き。優等生タイプの子供だから……」
「あっ!ネギ君ね!」

 観客の一人、ハルナの言葉に横島は頷く。

「そうかもな。さらに言うなれば、二週間後に起こる何かに、ネギが関わってくるっていう意味にもなる」
「ねえ、横島!それってつまりこのかがネギ君と、修学旅行で急接近ってこと!?」

 年頃の少女らしい発想を言うハルナ。その横でのどかがなにやら衝撃を受けた様子だった。横島は、そんな年頃の少女らしい考えを否定する。

「いや、死神のカードで恋愛関係となれば、破局と新たなる恋って解釈になる。ネギとくっつくなら恋愛の始まりってことだから、目覚めの意味がある魔術師や、単純に恋人のカードが来るはずだ。ここはもっと別のことじゃないか?」

 ハルナと横島の会話を聞きながら少し考え込むアスナ。

(まさかまた魔法関係?)

 エヴァのことがあったせいか、ついついそっちの方に考えが向かってしまう。

「僕がどうかしたんですか?」

 と、丁度その時ネギが、アスナたちが集まっていたテーブルにやってきた。

「っていうか、何なんです?この人だかり?」

 見回すネギ。横島の座っているテーブルの周りには、ちょっとした人垣根が出来ており、その構成員は3A以外の生徒も含まれている。

「あ、ネギ君。今なぁ、横島さんに占いしてもろーてたんや」
「占いですか?」
「そうなんよ。昨日、タロットカードで手品したり、相坂さんを見えるようにしてたやんか?それでな、他に何が出来るかって聞いてみたら、占いが出来るっていうてたからやってもらってたんよ。横島さんってカード裁きは上手いし、過去当てなんて百発百中なんやで!」
「ええ。私など、先月読んだ本の冊数と内容を完璧に当てられました」
「冊数と内容を完璧!?ス、スゴイじゃないですか、横島……さん?」

 ネギは、例の純粋な尊敬に溢れるきらきらとした目で横島を見る。
 だがその眼は、横島の姿を見たとたん、急に点に変わった。

「あん?何か用か?ネギ先生よぉ?」

 この言葉を放ったのは横島だった。奇妙なまでの猫背で手はポケット、どこからか取り出したのか、ガラの悪いサングラスをかけて、すさんだ感じでネギを睨んでいた。
 しかし、そこには貫禄などといったものが一切ない。

「あ、あの……どうしたんですか、横島さん?なんかコントに出てくるチンピラみたいですよ?」

 突然の変化に、戸惑うネギに横島は「けっ!」といった感じで

「へんっ!両手に花のモテモテ野郎に話す言葉なんてねぇよ!」
「も、モテモテ!?だからそれは違うっていったじゃないですか!」

 横島の態度の理由に気付いたネギは慌てて否定する。
 原因は昨日の夜のネタ、ネギがアスナたちと一緒に住んでいることである。
 どうやら横島の頭の中では『ネギ=十歳未満のガキの癖に既にハーレムを形成している人類の敵』という方程式が、完全に根付いているようだった。
 もちろん、ネギとしてみれば、そんな誤解を受けてはたまったものではない。
 ましてその相手が横島さんだなんて……!

「自分はモテない、普通だってか?持てる奴はみんなそう言うんだよ!」
「だからモテるモテない以前に、僕はただの居候です!学園長に言われて仕方なく住んでるだけです!」
「へぇ……仕方なくなんだ……」
「あ……」

 地獄の最下層から響くような冷たい声。背筋を駆け抜けた悪寒に慌てて振り向いたネギを待っていたのは、アスナのつり上がった目から放たれる針のような視線。

「えっと、その、あの!これはつまり売り言葉に買い言葉というか、言葉の綾というかつい口が滑ってというか……!」
「なにが言葉の綾よ!イヤなら出て行けば良いでしょ!」
「うわぁぁぁぁぁぁん!ごめんなさぁぁぁぁぁい!」

 泣きながら謝るネギだが、糾弾を緩めぬアスナ。

「す、すげー迫力……150ミリ美神くらいだ」
「何の単位っスか、そのミリミカミって?」
「精神的なプレシャーの単位で、俺のバイト先の……って!?」

 耳元で聞こえた声に、思わず普通に応えかけてしまい、慌てて声を潜める横島。

(ってバカ!公衆の面前で話すなよ、魔法とかばれたらまずいんだろ)
(そうっすけど、この状況なら大丈夫っスよ)

 幸いなことに、今の注目はネギとアスナの痴話喧嘩(?)に向かっており、声を潜めればばれることはないだろう。

(そんなことより、実はアネサンのお耳に入れておきたいことがありまして……)
(何だ?)
(スンマセン。兄貴を交えた込み入った話なのでちょっとここじゃあ……)
(……解かった)

 横島は頷くと、ネギとアスナの間に割って入る。

「なあ、アスナちゃん」
「何っ!」
「いえ、なんでもないです」

 迫力に負けて回れ右をする横島の耳を、カモは思いっきり引っ張る。

(何やってんスか、アネサン!)
「いてててっ!し、仕方ないやないか!怖いものは怖いんじゃ!」

 情けないことを堂々という横島だったが、不承不承もう一度、ネギの横に立つ。

「お、落ち着け!ネギだってつい勢いで言っただけで、悪気があったわけじゃないんだからさ」
「けど……!」
「失言に対してこれ以上怒るのは、ちょっと大人気ないぜ」
「!……わかったわよ……。もう良いわ。
 ネギ!今度、そんなこと言ったら本気で追い出すわよ!」

 少々不満げなアスナだったが、大人気ないという言葉で矛をしまった。

「あ、ありがとうございます。横島さん」
「別に良いよ。モテる男も大変だな、ネギ」
「だ、だぁかぁらぁ……」
「解かってるって。さっきの状況を見てれば、そんな甘いもんじゃないってことぐらいわかる。
 それはそうと、ちょっと話があるんだけど時間あるか?」

 言いながら、横島はさりげなく肩にいるカモのほうに目配せし、カモもネギに頷いてみせる。その行動の意味に、ネギも気付いた。

「……はい。では場所を変えませんか?」

 魔法関係の話はここではまずいので、という内容を言外に含める。横島も頷くが、その後ろから木之香が不満げな声を上げる。

「それじゃあ占いの続きはどうなるん?」
「あ〜、悪い!メシも食わなきゃならんから、また今度な」
「はぁ〜……しょうがないなぁ……」

 明らかに気落ちした様子の木之香や、その他のギャラリー。

(ちょっと悪いことしたかな?)

 そう思った横島は少し迷ってから、机の上のカードを手に取り、木之香に差し出す。

「木之香ちゃん。これ、使っていいよ」
「これ、ウチにくれるん!?」
「いや、それは無理だけど……俺がもどってくるまで占いとかしてなよ」
「ほんまにええの?これ、結構いいカードなんとちゃう?っていうか、他人にカードを使わせるのはあまり良くないんやで?」
「いいカードなの、それ?」

 アスナは首をかしげながら、木之香が手に取ったカードを横から覗き込む。
 横島のタロットカードは、120×70の通常のカードより僅かに幅が広かった。紙質は硬いくすこしざらざらしていて、手触りが西洋紙ではなくどちらかといえば和紙に近い。描かれている絵は、平面的なイラストではなく、遠近感や立体感を感じさせるような写実的な画風。
 木之香が持っているタロットと微妙に違うものの、良い物かどうかはアスナにはわからなかった。

「う〜ん。とりあえず使ってる感じ、いい品だぞ?
 それに美神さんが『無くしたら殺す』とか、マジな顔で言ってたから、値も張ると思う」
「そうみたいやね。手作りみたいやし」
「ああ、特注品だってさ。高校卒……じゃなくて!えっと……誕生日にバイト先で貰ったんだ」
「ふ〜ん……」

 思わずポロっとでてしまった高校という単語だったが、木之香は既にカードに集中していて、生返事を返すのみだった。

「それに今、渡した時にちゃんと霊的に封印したから大丈夫だ。安心して使っていいぞ」
「あ、僕も見る!いいよね、忠っち?」
「このか。私にも少し見せてください」
「いいけど、汚したりするなよ。じゃあ、ネギ?」
「はい」

 楽しげな声を背にしながら、ネギと横島は食堂を出たのだった。


「パートナー?」
「その通り!是非とも横島の姉さんに、ミニストラ・マギになって欲しいんスよ!」

 校舎の裏手にぽつんと設置されていたベンチ。そこに座った横島に、カモは熱く語っていた。それとは対照的に、ネギはその展開に狼狽していた。

「か、か、カモ君!いきなり何を言ってるんだよ!君はさっきまで宮崎さんをパートナーにって……!」
「兄貴、確かにあの宮崎さんとの相性は抜群っス!けど、どう見てもあの嬢ちゃんは戦闘向きじゃねぇ。真祖の吸血鬼なんて危機が差し迫ってる以上、ここで必要なのは即戦力!
 さっき兄貴も姉さんの活躍を熱心に語ってじゃないっすか!」
「け、けどね、カモ君……」
「お〜い。話についてけないんだけど?大体なんだよ、そのミニストラ・マギって?」
「おっと、すまねぇ、姉さん。ミニストラ・マギってのは、日本語で言うなら魔法使いの従者って意味で―――」

 蚊帳の外に置かれて、少しすねていた横島に、カモはミニストラ・マギ―――魔法使いの従者とは何かを説明する。
 呪文詠唱の際に無防備になる魔法使いを守る壁役であること。
魔法使いからの魔力供給による強化等の利点。
本契約と仮契約。
 魔法使いと戦士の御伽噺が由来であり、そして―――

「―――そんな感じで、現在の魔法使い社会でも続いている制度なんすよ」
「ふ〜ん。で、パートナーっていうと、やっぱ異性なのか?」
「そうとは限りらないっすけど、やっぱそっちのほうが絵になるっすね。
 で、いまだと大体そのパートナーと結……「カモく〜〜〜〜〜ん!?」うわっ、あ、兄貴!?」

 カモの説明を途中で断って、ネギは強引にカモを連れて横島と距離をって声を潜める。

(なんてこと言うんだよ、カモ君?)
(なんてって、常識っしょ?パートナー同士のカップルって……)
(それはそうだけど、けど!そんな、だって横島さんと……)

言いながら顔を赤くしていくネギ。その様子を見ていたカモの顔に、にんまりとした親父の笑みが浮かんだ。

(兄貴〜。俺っちは単に戦力だけで、横島の姉さんを勧めるわけじゃないんですぜ?)
(えっ?それってどういう……)
(ふっ……。隠し事は水臭いぜ、兄貴。
 ………惚れてんだろ、姉さんに?)

 しゅぼっ!

 瞬間湯沸かし器並の速さでネギの顔の温度が上がり、耳まで真っ赤になる。

「ななな何を言ってるんだいカモ君!
 まだ僕は子供だよ!それにぼ、僕は先生で横島さんは生徒で!」
「ふふっ……隠したって無駄だぜ。オコジョ妖精には人の好意を測る能力があるのさ。
 兄貴が姉さんに向けている好意は、宮崎の嬢ちゃんが兄貴に向けているのと大体……」
「うわわわわっ!ち、違う!違うんだよ、誤解だよカモ君!」

 茹で上がったネギの脳は、既に声を潜めるという行為をすっかり忘れていた。ゆえにこの会話は、当然ここにいる唯一の第三者に聞かれているわけで……

「なぁ、ネギ?」
「ひゃい!よ、横島さん!?ち、違うんですよ!カモ君が言っていることは誤解……!」
「いや、前後の会話が聞こえてなかったからよくわかんないんだが……。前衛を俺にやって欲しいってことだろ?」
「え?」

 一瞬、横島が何を言ってるのか解からなかったネギだったが、自分の気持ちがばれていなかったことに気付くと、不意に力が抜けて、へなへなとその場に崩れ落ちた。

「どうしたんだ?」
「は、はは……。いいえ、なんでもないですよ……」

 ネギは安堵感のために気が抜けた笑みを浮かべる。

「とにかく、そういうわけで姉さん!ここは一つ、兄貴と仮契約してくれ!」

 ネギの気が抜けているうちにと、一気にたたみかけようとするカモ。だが横島は難色を示す。

「前にも言ったけど、俺がするのはあくまでサポートだからなぁ……。
 例えば俺とネギが協力してあのエヴァンジェリンって子を負かして、無理矢理言うことを聞かせても、俺がいなくなったらまた同じだろ?」
「なら、せめて姉さんがいなくなるまでの間だけでも!
 その間にパートナーを探しますんで!」
「う〜ん……まあそう言うなら……」
「ええっ!?本当ですか!?」

 驚きの声を上げたのはネギだった。

「イヤなのか?」
「いいえ!滅相もない!ただ、こんな簡単に横島さんがパートナーになってくれるなんて……!」

 ネギの気持ちとしてみれば、憧れのアーティストから突然ユニットを組んでみようと誘われたようなものだった。
 混乱するネギの脳だったが、一方では横島と共に戦う自分の姿を想像する。


 津波のように押し寄せる敵。
 そんな中に単騎切り込み、圧倒していく横島。
 遠距離からの飛んでくる攻撃魔法を、ネギは後方から迎撃して横島を支援し、隙をみて雷の暴風で一気に敵を押し返す。
 遠くから迫ってくる敵を見ながら

「大丈夫ですか、横島さん!」
「ああ。ネギには指一本触れさせない!」
「そんなことじゃありませんよ。横島さんが大丈夫なのかっていうことです」
「ふふっ……それこそ大丈夫。ネギが一緒にいてくれるなら―――絶対に負けない」
「横島さん……」
「ネギ……」
 ・
 ・
 ・


「兄貴!準備が出来たぜ!」
「え?あ、あれ?敵の大軍は?」
「……何言ってんだ、お前?」
「す、すみません」

 白昼夢から目覚めたネギに、横島は訝しげな目線を向ける。ネギはちょっと小さくなって、魔方陣の中に入る。

「契約(パクティオー)!」

 カモが叫ぶと、足元に書かれていた魔方陣が光を放つ。

(なんかドキドキするな……この光)で、これからどうするのカモ君?」
「後は簡単!軽い気持ちでブチューーーッと一発すれば完了ですぜ!」
「う、うん!ブチューーーッと……
 って、ええっ!?ブチューーーッてキス!?」

 思わず飛び跳ねて驚くネギ。

「一番簡単な契約方法さ。他にもあるけどめんどいし」

 悪びれた風もなく言うカモ。
 いきなり転がり込んできた憧れの異性とのキスというシチュエーションに、ネギの頭は本日何度目かのオーバーロード。赤面して下を向く。

(ど、どうしよう!いきなりキスだなんて!
 そ、そりゃ!横島さんは綺麗で強くて優しくて……け、けどダメ!僕と横島さんは先生と生徒で、それに横島さんの気持ち……)

 と、ここまで考えて、ネギはふと横島の気持ちについて考える。
 自分より5つも年上の異性。だが、ネギはそれ以上の差を横島に感じていた。
 人としての段階というべきか、横島の挙措動作には、明らかに子供の自分は愚か、3Aの面々とも一線を画しているなにかがあるように感じられる。自信に溢れる、というのはいささか語弊があるかもしれないが、少なくとも子供には持ち得ない何かを持っている。
 大人。そんな印象が横島にはある。
 その横島にとって、自分はどう見えるのだろうか?
 パートナーとして……背中を預けれる相手として見てくれるだろうか?
 キスを……

(唇を許せるだけの男として、僕を見てくれるのかな?)

 不安と、そしてわずかな期待を胸にしながら、ネギは自分の正面、横島の立っている方向を、上目使いに盗み見る。だが、そこには既に横島の姿はなかった。
 ネギはあれっ?と思い周囲を見渡す。
 横島は直ぐに見つかった。いつの間にかネギの横に移動していた彼女は、カモの尻尾の先端をつまみ上げ

「ねぇ、カモ君、ちょっといいかしら?」
「な、なんでしょうか、姉さん……?」

 なぜか女口調で、熱というものが感じられない絶対零度の笑顔を浮かべる横島。その冷たさに圧倒されたカモは、尻尾をつかまれた逆さづりという状況にもかかわらず、おとなしくしている。

「うふふっ。私ね、今朝、カミングアウトしたのよ?
 ショタコン疑惑を晴らすために、ばらさなくてもいい自分の性癖ばらしてね。
 ここまでOK?」

「は、はい!OKっす!それはそうとこの体勢って結構きついから下ろして欲しいかなってにゅおぅ?!」

 語尾の変化は体勢が変わった合図。静止から回転へ。横島は手首の運動により、カモに車輪のような円運動をさせる。

「なら、解かるでしょ?私、それほどまでにショタコンはいやなのよ?
 それなのに、何しろって?ネギと何をしろって?」
「あ、姉さん!タンマ!それ以上は血が!血が頭にぃぃぃぃぃぃっ!」


 叫ぶカモの回転速度はだんだんと上がっていく。そしてついには、カモの輪郭が正確に捉えられないまでになる。

「いいこと教えてあげちゃう。私ね……ショタコンになるくらいなら……!」

 やがてカモの姿が白い円盤にしか見えなくなった時、叫ぶと同時に横島は手を離す。

「ぽるらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 恐らくオコジョ史上最速の男となったカモは、斜め45度上方に向けて、ドップラー効果のかかった奇声を残して飛んでいった。
 カモが消えていく空を仰ぎながら、投擲者である横島は叫ぶ。

「ショタコンになるくらいなら、ウンコ喰うほうがましじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 春の青空に消えていく横島の叫び。
 ちなみにその後ろでは一人の少年が地面に膝をつきながら、

「ウンコ以下……僕のキスはウンコ以下……ふふっ、ふふふっ……」

 砂になって崩れ落ちていたのだった。

 合唱。


「くっ……兄貴の気持ちより相手の気持ちを重視しないといけねぇってことか?てことはやっぱりあの宮崎さんとらやでいくしか……!」

 その一方で、木の枝に引っかかったオコジョが、懲りずに悪巧みをしていたのだった。


 歩く本棚。遠めで見ればそうとしか言いようもないものが放課後の廊下を進んでいた。
 女子中等部の生徒なら、それを見て直ぐにチャオと葉加瀬の新発明かと思うが、残念ながらそうではない。だがかといって、本棚が自力で歩行しているわけでもない。
 その正体は、本棚を背負った少女だった。
 本棚のサイズは小さくない。高さは成人男性の身長くらいであり、幅はその半分ほど。そして本棚は空ではなく、しっかり本が詰まっている。
 いくら変わり者が多く住んでいる麻帆良であっても、それは目を疑うような光景だったが、しかし背負った少女を見てみれば、目撃者のほとんどはどこか納得するであろう。
 なぜならば……

「重くありませんか、横島さん?」

背負った人物は、転校数日で既に中等部全域に顔が知れ渡り始めている噂の転校生、横島忠緒だったのだ。

「ああ。このくらいならまだ、な」

 気遣わしげに聞くのどかに、横島は平然と応えたのだった。


横島がどうしてこんなものを背負っているかといえば、

「一昨日助けてくれた時のお礼だよ」

 というわけだ。
 今、背中に背負っている本は、図書委員の仕事で図書館島に運搬しなくてはならない本。本来はそれほど急ぐわけでもなく、今月中にでも運べばいいのだが

「面倒くさいし、一気に運ぶか?」

 と、どこからともなく取り出した荒縄で、棚の重さだけでのどかの体重以上ありそうな本棚を、中身の本ごと背負い上げたのだった。


「あの……本当に大丈夫なんですか?」
「心配性だなぁ……」

 図書館を出てから何度目かになるのどかの問いに、横島は苦笑して応える。だが、のどかの心配は続く。

「けど……本棚あわせて全部で100キロ以上あるかも……」
「うん、大体120キロくらいかな?」
「わ、解かるんですか?」
「ああ、バイト先でいつも背負わされている奴の、1.5倍くらい重いし」
「い、1.5倍!?あの、そうなると80kgってことになっちゃうんですけど!?」
「ああ、大体そんな感じかな?まあ、そんなの担がされていつも走り回ってるから、普通に歩く程度ならこのぐらい大丈夫だって」
「すごいんですねぇ……」

 文字通り平気な笑みを浮かべる横島に、のどかはコメントのしようがなく、ちょっとピントのずれた返事をする。

(やっぱり、このプロポーションを維持するにはそのくらい運動しなきゃダメなのかな?)

 などと考えながら下足箱の所まできたのどか。自分の靴を取り出そうとして

「あれ……?」

 自分の靴箱を開けると、何かがハラリと落ちてきた。
 拾い上げてみると、それはハート型のシールで封された封筒であり、しかも差出人が

(ネネネギ先生から!?どどど、どうして―――?)
「どうしたんだ、のどかちゃん?」
「な、なんでもないですよ!」

 慌てて自分の後ろに手紙を隠すのどか。横島が靴を脱ぐために置いた本棚のおかげでお互いが死角になっていたため、手紙のことはばれずに済んだようだ。
 横島が靴を交換し、再び本棚にロープを巻いている隙に、のどかは封筒を開ける。
 あせって上手く動かない手で取り出した手紙には


宮崎のどかさま
 放課後、りょーの裏で
  まてます。
 ぼくのパートナーに
  なてください。
        ねぎ


「―――――――っ!?」
「なにかあったのか、のどかちゃん!?(がつっ)ぬおっ!?引っかかった!?」

 のどかの驚きの気配を感じて振り返ろうとして、しかし背中の本棚が邪魔で振り返れなかった横島に、のどかは手紙を隠しながら慌てて返事をする。

「だ、大丈夫ですよ!?」

 なぜか疑問形になってしまう返事。それに象徴されるように、頭の中は言葉とは裏腹に大丈夫じゃないほどに混乱していた。ネギからのラブレター、しかもパートナーになって欲しいという内容。パートナーが何かはよく解からないが、とにかく重要な立場であることは違いない。一生に一度、千載一遇、人生最大の幸運といっても過言ではないかもしれないのだ。

(きゃーーーーvパ、パートナーって……どうしよう!えっと、まずは帰って、おめかしして!あ、そうだ!あの服にしよう……ってその前にまず図書館島に行って仕事を終わらせなきゃいけなくて……!)

 とりあえず図書館島に急ごう!
 のどかはその結論に達し―――

「のどかちゃん?」

 本棚が邪魔で振り返ることの出来ない横島は、のどかの声が聞こえなくなったこと心配して声をかける。

「あ、はい!えっと、横島さん!急ぎましょう!」
「え?そりゃいいけど……どうしたんだ」
「えっと、実は急用が出来てしまったので、急いで仕事を終わらせないと……」

 といった所で、のどかは横島の背中の本棚に一杯詰められた本のことを思い出す。
 図書館島は、普段使っている場所だけでもかなり広く、独りで持っていける量の本を戻すだけでもかなりの時間がかかる。
 まして、横島が背負っている本の全てを戻すにはどれだけ時間がかかるものか。少なくとも確実に日は暮れるだろう。
もしそうならネギはすっぽかされたと思って、帰ってしまうに違いない。
 だが、今更横島に、本を戻してくださいともいえない。では一体どうしたら―――

「そっか。んじゃ、後は任せて、のどかちゃんは帰っていいよ」
「えっ?」

 だが、のどかが本格的に悩むより先に、本棚越しに横島の声がした。

「急ぎの用事なんだろ?だったら本のことは俺に任せて、そっちの方に行きな」
「け、けど!それはなんか悪いですし……」
「言ったはずだぜ、これはお礼だってな。だから気にすんなよ」

 そういうと、横島は歩き出す。
 横島の後姿を見ながら、のどかは少し逡巡したが

「あ、ありがとうございます、横島さん!」

 だいぶ離れた本棚にそういうと、寮の方に駈けて行ったのだった。


(第一段階、成功!)

 そしてその背中を見つめる、小さな影があったのだった。


「兄貴、兄貴―――ッ!大変っスよ!例の宮崎さんが寮の裏で不良にカツアゲ……って兄貴、どうしたんですか?」
「……ウンコ以下。僕はウンコ以下……。……僕とキスするくらいならウンコを食べたほうがまし……。ウンコ以下……ふふふ…ふふふふ」
「おーい!兄貴しっかりしてくれよ!」
「……あ、カモ君。……どうしたんだい?……ウンコ以下の僕に何か用事?」
「ウ、ウンコって……ま、まだ引きずってるんスか、兄貴!元気出してくださいよ!」
「……無理だよ、カモ君。だって横島さんが僕にキスするくらいならウンコを食べたほうがましだって……」
「そ、そんなことないっスよ!っていうか横島の姉さんだってそんなつもりで言ったんじゃないって!きっと照れてただけだって!」
「そう……かな?」
「そうっすよ!兄貴だって思わず口が滑って、アスナの姉さんに仕方なく一緒に住んでるみたいなこと言っちゃったじゃないっすか!あれと同じだって!」
「……うん。ありがとうカモ君!なんだか元気が出てきたよ!」
「そうっすか!そりゃよかった……って!それどころじゃないっすよ!例の宮崎さんが寮の裏手で不良にカツアゲされてるんすよ!」
「えーーーっ!?不良に刈り上げにされてるって!ひどい!?髪は女の人の命なのに!」
「いや、カツアゲっすよ、カツアゲ!」
「とにかく行くよ、カモ君!」
「そうこなくっちゃ!」


「―――格好つけたはいいものの……本の整理の仕方なんて知らなかったんだよな、俺」

 しばらくして、横島はのどかの姿を探しながら麻帆良の中等部エリアをさまよっていた。

「……言った手前、気が重いなぁ」

 だからと言って、図書館島においてきた本棚を、あのままにしておくわけにもいかない。
 のどかの用事が終わっていることを祈りつつ、横島はこの間、身体測定の除きの時に使っていた《索》の文珠を使ったダウジング。探す対象はもちろん美女―――

「―――じゃねぇだろ!のどかちゃんだ、のどかちゃん!」

 条件反射で別な方法で使用しかけた横島は、自分に突っ込みながら集中する。

「こっちか」

 文珠の引っ張る方向に横島は歩いていくと、やがてネギたちが住んでいる女子寮の裏手に辿り着く。
 気絶したのどかとそれを抱き上げるアスナ。そしてなぜか

「わかったよカモ君!君をペットとして雇うよ――――!」
「兄貴!い、いいんですかい!?こんなスネに傷を持つ俺っちなんかで!?」

と男泣きしながら抱き合う自分の担任とそのペットだった。


「なんだこりゃ?」


 変な光が体を包み……
 目を閉じて……
 ネギせんせーの顔の位置まで屈んで……
 そして……

(……アレ?)

 目を開けたのどか。
 中々思う通りに回らない脳で、状況を判断しようとする。
 最初に気付いたのは毛布。自分の上には毛布がかけられていた。その柔らかい手触りとは対照的に、背中に当たる感触は固い。寝具の上ではないのだろう。だが頭の部分だけは心地よかった。
柔らかくしかししっかりした温かい何か。その正体は誰かのフトモモがあった。膝枕だ。

「気付いたか?」

 膝の持ち主は横島だった。横島に膝枕をされているという事実に気付いたのどかは慌てて起き上がり、

「すみません!」

 ごちっ!

「いてっ!」
「あう!――ご、ごめんなさ、あイタ!」

 慌てた結果横島と額をぶつけたのどかは、さらに慌ててベンチから転げ落ちる。

「大丈夫か?」
「は、はい……けどちょっとすりむいちゃったかも……。あの……私、一体……なんか記憶がないんですけど?」
「!まさか記憶喪失!?」
「ち、違います!そうじゃなくて私、どうしたんですか、確かネギせんせーと……」

 ―――キスしようとしていた。
 その時の感触や映像が蘇り、のどかの顔に血液が集まり表面温度が一気に上がる。
 だが頭は冷静に回り始める。
 アレは本当にあったことなのだろうか?
 ラブレターまでならまだ分かる。だが最後の光はいくらなんでも非現実的だ。

「ネギがどうかしたのか?」
「あ、いいえ!私、一体どうして……」
「憶えてないのか?昇校口の所でいきなり倒れたんだぜ。
 普通に寝てるようだったからそのまま連れてきたけど……顔も赤いしやっぱ保健室に行くか?」
「あ、いいえ!別になんともないですし……きっと疲れてたんだと思います」

 横島の説明を聞きながら、のどかはさっきの出来事が夢だったのだと判断する。

(そうよですよね。ネギせんせーからいきなりラブレターをもらって。その上、キ、キスだなんて……、けど結局出来なかったしちょっと残念かな?
 ……ああ、私ったら何てはしたない!)

「きゃーーーーっv!」

 思い出して再び身悶えするのどか。
 そんな様子を見ながら、横島は内心冷や汗をぬぐう。

(よかった。夢だと思ってくれたらしい……)

 ご存知の通り、ネギとのどかのキス未遂は夢ではなく現実だった。横島の言動は、全てはカモが出した偽手紙をうやむやにするためのフェイクだったのだ。

「終わりましたよ、横っち」

 と、人心地ついている横島の後ろから、落ち着いた感じの声がする。
 横島とのどかが振り返ってみると、そこにはフードを目深にかぶった青年が立っていた。

「お、クウちゃん、早いな」
「ええ。……おや、宮崎さんも起きたようですね?お加減はどうですか?」
「え?あ、はい!お、おかげさまで……」

 何がおかげさまなのかは知らないが、見知らぬ人物にあまりに自然な感じに話しかけられ、のどかは思わずそう答えてしまう。
 クウちゃんと呼ばれた青年は、返答の変わりに微笑を浮かべると、床に落ちていた毛布を拾い上げて折りたたむ。

「悪いな、クウちゃん。本の整理、代わってもらって」
「いえいえ。たまには仕事をしてみるのもいいものですし。
 まあ、貸し一ということで」
「アホか!一昨日本棚の間に挟めたこととで帳消しだ」
「おや?意外とけちですね。……ではまた」
「ああ。ありがとな」

 その謎のフードの男は横島と、軽く言葉でじゃれあうと、そのまま本棚の影のほうへと去っていった。

「だ、誰ですか?今の人?」
「誰って、この間話したろ?落とし穴に落ちた先でお茶とお菓子をご馳走してくれた奴」
「あ、そういえば……って、ええっ!?あの人が伝説の図書館島の司書!?」
「……伝説なのか、あいつ?」
「実在……したんだ……」

 呆然と、クウネルの去っていった方を見るのどか。

「伝説の司書って……やっぱり変わった奴だなぁ、クウちゃんって」

 一方、横島はクウネルが聞いたら確実に「ふっふっふ、横っちにはかないませんよ」といいそうなコメントを漏らしたのだった。


 嫌いだった。
 里のみんなを嫌いだった。汚らわしいものを見るような視線を向けてくるから。
 川や池も嫌いだった。そんな視線を向けられる自分を写すから。
 そして何より自分が嫌いだった。血の色の瞳も、色素の抜け落ちた髪も、そして醜い真っ白な―――


「……少しいいか?」

 真名に声をかけられ、刹那は閉じていた目を開けた。
 刹那は二段ベットの上で、膝を抱えて座っていた。真名の声は下から聞こえてきた。

(迷惑を、かけているな)

 昨日の夕方から、直接的ではないにしろ、真名にはいろいろ気遣われている。
 それを有難い、申し訳ないと思うと同時に

(もし……私の正体を知られてしまえば……)

 その想像が頭を過るたびに心の奥に封じていた記憶がざわめき、古傷から血を噴出させる。
 向けられる厚意が温かく心地よいほどに、秘密を知られた後に向けられるだろう嫌悪の視線の想像が、鮮明になる。
 だが、だからといってこのまま何も言わずにいていいはずがない。

「……何?」

 応える刹那。短めな沈黙を挟んで、真名が話し始める。

「……横島のことなんだが……」

 真名の口から出た横島という名前に、心臓が凍りついた。
 昨日、自分の出自を一目で見破った霊能力者。
 横島は、自分の正体を知っている。自分が忌まわしい混ざり物だということを知っている。
 そのことが、横島の口からみんなに知れ渡ったとしたら。真名たちクラスメートや、木之香に知られたとしたら。
 無意識の内に考えるのをやめていた最悪の事態。必死にそうと決まったわけではないと自分に言い聞かせながら、乾いた口で言葉を紡ぐ。

「……横島さんが、何を……?」
「いや。本人は直接的には何も言ってないし、否定していた。だが……想像はついた」

 今度こそ、目の前が真っ暗になった。
 真名は魔眼もちだ。自分の正体に気付いてしまったのだろう。唯一の救いは、横島が公言していない以上、木之香にも伝わっているということはないだろうということだ。
 だが、人の口に戸は建てられない。直ぐにみんなに伝わってしまうだろう。そして、木之香に自分が醜い化け物だと知られた時……。

「刹那」

 声が聞こえる。今度は横だった。ビクつきながら涙の浮かんだ目で見れば、真名がはしごを半分登り、ベットにいる刹那を覗き込んでいた。いつも無表情なその顔は、やはり今も無表情。いや、今は無理に無表情を取り繕っているように見える。

「あ……」

 刹那は理解した。きっと拒絶の言葉を浴びせられるのだろうと。
 単純な侮蔑かもしれない。
 人間の振りをして騙していたことをなじられるのかもしれない。
 同情や許し―――そんな言葉が与えられるのではないことなど、ありえない。
 受け入れる覚悟も、耳を塞ぐことも出来ず、呆然とする刹那。
 真名はそれを見て、一度、目を閉じてから口を開いた。

「刹那……………………………………………裁判、しよう」
「………………………………………………………………………………………………へ?」

 さいばんしよう。真名の言葉の意味が取れず、間抜けな声を出してしまう刹那。しかし真名は、その様子を見ていないのか、独りで言葉を続ける。

「手続きの方法なら知っている。問題はない」
「あ、あの、裁判って……」
「わかっている。例えそんなことをしたところで、心に負った傷が癒えるはずもないことぐらいは」
「え、えっと……」
「しかし、だからといって泣き寝入りはよくない。失った物は取り戻せないかもしれないが、まずは傷と向き合うことからはじめようじゃないか」
「ちょっと、話を……」
「心配するな。費用はこちらで立て替えておいてやる。弁護士だって……」
「だから!ちょっと待って!」

 刹那は大声を上げ、どうにか真名の口上を止めた。

「一体何の話をしている!というか裁判って!?」

 さっきまで真っ青だった頬を紅潮させて叫ぶ刹那に、真名は微妙にいいにくそうな表情で

「それはもちろん………横島に無理矢理、その……手篭めにされたんだろ」
「……………」

 刹那は言葉もなかった。
 つまりは何か?先ほどの数分間、自分はこんな誤解のために、死ぬほどの不安や恐怖や絶望を味わっていたとでも言うのか?
 何だそれは……何だそれは、何だそれは何だそれは何だそれは何だそれは!

「そんなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

その脱力感が、刹那の中に溜まっていた不安と緊張のストレスに着火し、爆発した。
 気合一閃。傍らに置いてあった夕凪を抜き放つと、刹那は強烈な突きを打つ。
驚きはしたものの、真名は危なげなくそれをかわす。
 一方、一昼夜の不調により思いのほか体力の落ちていた刹那は急には止まらない。
 二段ベットの上から力に逆らうことなく跳び出し、矢のようにそのまま入り口の方まで飛んでいく。
 気で強化された夕凪の先端は、そのまま鉄製の扉に刺さり突き抜け


「ぬぉっ!?」

 扉の向こう―――廊下から奇声が聞こえた。

『あ……』

 通行人に刺さった。そんな予想に真名と刹那は共に嫌な汗をかく。
 刹那は慌てて夕凪を引き抜き、真名と共に扉を開ける。
 するとそこで目にしたのは、ドアノブに手をかけようとした体勢のまま固まっている、バンダナを巻いた少女だった。

『よ、横島(さん)?』
「や、やぁ……こんばんは」

 横島が引き攣りまくった笑顔で言った丁度その時、その黒髪の一房が、はらりと廊下に落ちたのだった。


 霊能生徒 忠お!   八時間目 〜バカにできない壁〜


「いやぁ……食った食った……」
「そりゃ、アレだけ食べればね……」

 刹那の部屋を訪ねる数分前、満足げにオナカをさする横島に、お茶を飲みながらアスナは言った。


 のどかの仮契約未遂の後、図書館島から戻った横島は、自分のテントから風呂セットを持ち出し、昨日と同様にネギ達の部屋に風呂を借りに行った。すると、丁度ネギたちは夕食時。
 流石に後にしようと横島が退散しかけたその時……


 きゅぅぐるるぅぅぅぅ……


 フォルテッシモに啼いた腹の虫。

「あ、あの、よろしければ晩御飯を召し上がっていきませんか?」

 流石に赤面した横島に、のどかの件で迷惑をかけたお詫びを兼ねてネギが誘った。アスナや木之香にしてみても、昨日今日で横島は新しく出来た楽しい友達として認識が固まっており、食卓に誘うのもやぶさかではなかった。
 しかもその日のメニューはカレー。作り置きの分も考え多めに作っておいたので、一人ぐらい増えても大丈夫と考えたのだ。
 ただしそれは甘い認識だったということを思い知らされる。


「全部食べられてもーたな。作り置きにしとくつもりやったのに……」

 木之香はすっかり空になってしまった大なべを覗きながら言う。

「あ……悪い。材料費払うわ」
「そんなんええよ。美味しそうに食べてもろーて作ったかいがあったわーー。
 あ、お茶もう一杯いる?」
「頼む」
「ごちそうさまでした」

 横島の茶碗にお茶を注ぐ木之香。その隣で、ネギがようやく食事を終えて、食器を片付ける。その口元に米粒がついていることにアスナは気付いた。

(仕方がないわね……)

 とアスナがナプキンで拭いてやろうとするが……

「ネギ、お弁当つけてどこ行くつもりだ?」
「お弁当?」

 横島の比喩が分からず、ネギは首をかしげて横島を見る。横島はネギの口元の米粒を指で

ひょい、ぱくっ

「ほっぺたにつけた米粒のことをお弁当っていうんだぜ」

 と笑顔をみせる。
 その微笑の照射を至近距離で受けたネギは数秒の沈黙を経て……

 ぼふんっ!

 ネギの顔が瞬間的に真っ赤に変わる。

「なななな何をするんですか横島さん!?」
「ん?別にいいじゃないか、お米の一粒くらい。けちだな」
「そう言うことじゃなくてですね!そういうのははしたないというか淑女の嗜みといいますか嬉しくないわけではなくて!そ、そうだ!お風呂、お風呂に入ってきます!」

 ネギは嫌いなはずの風呂に入ると言い残して、脱衣所へと駆け込んだ。

「何、きょどってるんだ?」
「横島さんって、ニブチンなんやなぁ」

 とぼけた風がない横島の様子に、木之香は呆れた顔でコメントする。ネギの反応に、アスナはどうも釈然としないものを感じつつ、ナプキンを置く。その時、ふと昨日のエヴァの―――

『特に昼は、ネギと仲良くデートをしているのと会ったぞ』

 ―――という言葉を思い出す。
 あの時はまさかと思ったが、しかし今までの行動―――昨日の夜の乱入や、なんだかんだで嫌な顔せずネギを気遣っているところなどを見ると、疑念は激しく燃え上がる。

「ニブチンって何だよ?」

 という横島の分かってなさそうな言動まで、むしろ計算の上での演技にすら見えてきた。
 もっともそれを言ってしまえば、日頃のアスナの行動は完全にツンデレになってしまうのだが、本人は気付いていない。
 それはともかく、事実を確認せねばならない。なんと言うか、その……保護者として……そう!保護者として当然の義務だろう。
 とは言ってもどうやって切り出すべきか……

「なぁ、横島さん?」
「なんだい、木之香ちゃん?」
「ネギ君のこと好きなん?」
『なっ!』

 しかし、そんなアスナの思慮を打ち砕き、何気ない調子で木之香が切り出した。

「何でアスナまで驚くん?」
「アンタ、ストレートすぎ!」
「つーか、何でそんなことになるんじゃ!
 俺の好みは最低でも女子高生以上のナイスバディなお姉さまだ!」
「そ、そうだっけ……」

 恥ずかしげもなく自分の嗜好を宣言する横島に、引き攣った表情で頷くアスナと木之香。
 もし現在の横島が元の青年の姿だったら呆れるだけで済んだかもしれないが、生憎目の前にいる横島は、同年代の美少女。なんというか色々コメントし辛い。

「だいたい、のどかちゃんといいアスナちゃんといい、何でみんなネギ好きなんだ?」
「わ、私は違うわよ!」
「そうなのか?」

 横島の切り返しに慌てるアスナ。その横で木之香が不安そうに横島に訊く。

「横島さんはネギ君のこと嫌いなん?」
「恋愛対象としてはな。友達としては結構気に入ってるぞ。いい奴だし、年の割には自分をしっかり持ってるしな」
「自分を?」
「自分が何をしたいかを知っていて、そのための選択を自分の責任で行えるってことさ。
 大人、って言い方も出来るかな?」
「大人、ねぇ……」

 お茶をすすりながら横島が言った言葉に、アスナは今一納得いかないといった感じで呟いて、ネギが駆け込んだ風呂の方へ目を向ける。木之香といえば「なるほどなぁ」と呟きながら、自分の湯飲みにお茶を煎れている。
 気まずくない穏やかな沈黙。実は風呂場のほうから「勘違いしちゃダメだ!横島さんはそんな気はないんだ!」とか「僕は先生失格だ!」とか「僕はドキドキなんかしてないんだ!」とかいう悲痛さすら感じさせる叫びが聞こえたりしているのが、アスナと横島はなんとなく触れてはいけない気がして、意識的に無視していた。木之香は少し分からないが……。
 そんな和やか(?)な雰囲気のなか、横島が不意に

「そういやさ、木之香ちゃんに訊きたかった事があるんだけど……」
「なんや?」
「刹那ちゃんてどんな子?」


(『そうか刹那は……横島に手篭めにされたのか』)


 すすすっ……

「なんでそんなあからさまに退くんだよ!」
「え、あの、お、落ち着いて横島さん!別にそういうのを否定しているわけじゃないの!ただそれは本人達の同意があってこそって言うか……!」
「あうあうあう……やっぱり横島さんは雑食性の吸血鬼でせっちゃんを骨まで……!」
「だから違うって言ってるやないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
 そうじゃなくてだな!実は……昨日ちょっと刹那ちゃんといろいろあってな……」

 貞操の危機を覚える二人に、横島は少々気まずげに語りだした。
 何でも横島曰く、昨日の夕方頃刹那に日本刀で斬られかけたらしい。

「って日本刀!?」
「こんな長いやつ。どうやって抜いてんだろ?」
「そんなことより大丈夫だったの!?というか桜咲さんに何したのよ!」
「……なんか原因が俺にあるような言い方が釈然としないんだが……。まあいいや。それでさ、腕試しらしくって……」

 その後、返り討ちにして、気絶したところを背負って医務室に連れていこうとして、途中で気がついて……

「で、刹那ちゃんが気にしているらしい秘密を、その……無意識の内に直撃しちゃったらしくて……」
「秘密?何よ?」

 要領を得ない横島の説明に、アスナは問い返すが横島は首を振る。

「……言わないって約束したから。相談しておいてホントにゴメンな」
「別に謝ることはないけど……で?肝心の相談って?」
「うん……まあ、とりあえず仲直りしたいんだけど……、刹那ちゃんが一体どんな子なのか分からないから、とりあえず昔からの知り合いっぽい木之香ちゃんに聞こうと思って」
「木之香に?」

 突然、出てきた友人の名前に、アスナは木之香を見る。木之香の表情にも僅かに驚きの色が見えた。

「どうしてそう思うん?」
「刹那ちゃんのこと、『せっちゃん』って呼んたからな。
 木之香ちゃんは親しい相手は呼び捨てか、キャラによっては『ちゃん』付けだろ?けど、あだ名や名前の省略はまき絵ちゃんだけだし、しかもイメージ的には木之香ちゃんが刹那ちゃんを呼ぶとしたら、アスナちゃんに対するのと同じ呼び捨て型だと思うんだ。
 けどそこで『ちゃん』付けってことは、木之香ちゃんが友達を今とは違う呼び方をした頃に知り合いになったって考えられるから、少なくともアスナちゃんとか他のクラスメートと出会うより前に…………って、何で固まってるんだ?」
「横島さんって……意外に頭良いんだ……」
「……アスナちゃん。さっきといい今といい、俺をどんな目で見てるんだ?」
「えっ!?いや、アハハ……、それで!木之香、桜咲さんと知り合いなの?」

 あからさまに話題を逸らし、アスナは木之香に真偽を確かめる。
 実のところ、アスナも木之香と刹那の関係については疑問があった。親友の木之香とは、よく行動を共にしているが、木之香と刹那の間に何か接点があったという心当たりはない。
 となれば、やっぱり横島の言うとおり幼馴染―――アスナが会う前に知り合ったのではないのだろうか。

「そうやで。横島さんの言うとおり、ウチとせっちゃんは幼馴染なんや」

 頷いて答える木之香。だが、どこかその表情には影がある。

「……昔話、聞かせてくれない?」

 その雰囲気に気付いてかさりげない、だが優しい感じで切り出した。


 木之香の語ったあらましは次のようなものだった。
 小さい頃、広い屋敷で友達がいなかったこと。
 そこで出会った刹那が、初めての友達だったということ。
 刹那はいつも自分を守ってくれていたということ。
 やがて刹那の剣の稽古が忙しくなったり木之香が東京に引っ越したりで会えなくなり、中学にあがって再会したが……

「せっちゃん、昔みたく話してくれへんよーになってて……」

 寂しげに笑う木之香に、アスナはかけれる言葉が見つからない。
 一方横島は、その原因が刹那の秘密―――ハーフであることなのではないかと漠然と考えていた。
 木之香の口ぶりや横島が口にした『刹那の秘密』という単語に対して疑問以上の反応を見せなかったことからして、彼女が刹那でハーフであることを知らないようだ。

「ウチ、なんか悪いことしたんかな……」
「それは違うよ」

 真っ先に否定したのは横島だった。

「一昨日の夜、誤解だったけど、刹那ちゃんは木之香ちゃんのことを守るために必死だった」

 真摯な口調で諭す横島。アスナはそれに驚いていた。

(横島さんって、やっぱりふざけてるだけの人じゃないんだ……)

 横島が訊いたら再びジト目で睨んできそうなことを思う。だが、ほとんどギャグモードの横島しか見ていないアスナにとっては、正直な感想だった。

「刹那ちゃんが木之香ちゃんと昔みたいに話さなくなったのは……きっと別の、仕方ない理由だと思う。嫌ってるとかそんなことはないさ。嫌いな相手にあそこまで必死になることなんてないんだから。だからさ、刹那ちゃんのこと信じてあげてくれないか?」
「横島さん」

 木之香も驚いた表情で横島の言葉を聞き、それからクスリと笑って

「……なんか変やね。せっちゃんと喧嘩しとる横島さんが、幼馴染のウチにそないなこと頼むなんて」
「あ〜……そうだな」
「けど、ありがとうな。横島さんのいう通りや。もう一回、せっちゃんとなかよーできるように頑張ってみる。
 だから横島さんもせっちゃんと、ちゃんと仲直りしてな。
 せっちゃんは良い子やから、話せばきっと分かってくれるよ」
「ああ、そうだな。頑張ってみるよ」

 そういうと横島は立ち上がり、玄関の方へ行く。

「横島さん、お風呂は?」
「ネギがあがったら貰うよ。その前に刹那ちゃんとこに行ってくる」
「あ、それならウチも」
「いや、できれば二人だけで話したいから、遠慮してくれないかな?」
「……わかった。いってらっしゃい」
「えっと……こういうのもなんか変だけど、頑張ってね?
 アレ、ちょっと違うかな?」

 そういう二人に見送られ、横島はネギの部屋を出た。その足取りは、相談する前と比べて、大分軽いものだった。

「ま、どうしてそこまで出自に拘るかはわかんないけど……。聞いた分じゃ話せば結構簡単にわかってもらえそうだな」


 気軽に考え、横島は刹那の部屋の前まできて

『そんなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
「ぬぉっ!?」

 鉄製のはずの扉をぶち抜いて生えてきた野太刀が、顔の直ぐ横をかすめて行ったのだった。


「す、すみません!いきなり剣を突き立てるなんて……」
「ああ、顔をあげなよ。別に怪我したわけじゃないんだから」

 横島が九死に一生を得て一分後、横島と刹那は互いに正座で向かい合っていた。真名は

「第三者がいては話しにくいこともあるだろう」

 と言って、部屋を出ている。

「け、怪我はありませんか?」
「う、うん。特には……」

 お見合いの方がまだ自然な感じだというくらいに、ぎこちなく言葉を交わす横島と刹那。しかし二人の気持ちは、実は同じだった。

((き、気まずい……))

 という、ネガティブな方向にではあったが。
 まず横島にしてみれば、刹那は無意識の内に傷つけてしまった女の子(ココがポイント)。横島はなんだかんだ良いながらも、女子供には結構優しい。もし相手が成人男性(特に美形)だったら、耳かき一杯分の良心の呵責すらなかっただろう。しかし相手は女の子なのだ。
 その上、実のところ横島は、本当に深刻なレベルで、他人の気持ちを傷つけた事はない。日頃のセクハラであっても、計算なのか天然なのか持って生まれたキャラなのか、相手を深刻に傷つけるような結果にはならないのだ。だからこそ、あそこまで本気で怯え惑った相手に、どんな風に対応して良いのかわからないのだ。

(どうしろっちゅーんじゃ!)

 半ば涙目で困り果てる横島。
 対して刹那も横島に負けず劣らずの気まずさを感じていた。
 そもそも刹那は横島に傷つけられたわけではない。自分の正体がばれてしまったことに動転し、そのまま悪い方に悪い方にと事態の推移を勝手に想像して落ち込んだ、いわば自爆なのだ。否がないばかりか、しっかりと秘密を守ってくれているらしい横島を、恨む要素はない。

(まして、いきなり剣を突き立ててしまうなんて……)

 なんと言うか、もうダメダメである。ただでさえおしゃべりが苦手な刹那にしてみれば、もうどうしたものやら、とただ戸惑うばかり。
 だが、こうしてばかりもいられない。二人は意を決して、

『あ、あの……』

 と、同時に声を掛け合うなどというベタなことをやってみせる。

「俺からで……いい?」
「あ、はい。何でしょうか?」
「そのさ、例のこと……」

 例のこと、という言葉で、刹那の表情が一瞬強張る。が、次に横島がとった行動に、表情は崩れる。

「ホントスマン!堪忍してくれ!」

 やおら横島は座布団から降りると、実に堂に入った様子で頭を下げた。美神除霊事務所で身につけた威風堂々(?)の土下座である。
 とにかく先に謝ってしまえ。
コレが横島の採った策だった。ある意味卑怯な行動ではあるが、これ以外にどうしようもない。横島としてはとにかく自分が傷つけたのだから謝らなければいけないと考えた結果だった。
 その一方慌てたのは、頭を下げられた刹那だった。前述の通り刹那は横島に否があるなどとは思っていない。

「よ、横島さん!一体何を……」
「どうしてかよくわからんが、刹那ちゃんがハーフだってこと気にしてるのなんてしらなかったんだ。けど隠しておきたいことを無神経に指摘しちまったのは本当だし……だからとにかくゴメン!」
「わ、わかりましたから頭を上げてください!」

 コメツキバッタもかくやという勢いの横島を刹那は必死に止める。

「許してくれるんか?」
「許すも何も……あれは……」

 おもわず大阪弁が出る横島と、返す返事を躊躇う刹那。
 トラウマにとらわれたからというのは、我ながら情けないし、そもそもかえって横島に気を使わせてしまう。

「……なんでもありません。とにかく気にしてませんから。今日休んだのも、単に体調が良くなかっただけですし……」

 結局、当たり障りのないウソでごまかす刹那。
 横島はなんとなくその意図に気付いたが

(まあ、蒸し返すのもなんだしな……)

 と騙されることにして、別の話題を切り出すことにした。

「具合はもういいのか?」
「はい、明日からは学校にも行けます」
「そっか、良かった。木之香ちゃんも心配してたし……」
「……っ」

 木之香という言葉に、刹那の表情が僅かに動く。

「どうして、木之香お嬢様の……」
「ああ。ネギのところで夕飯ご馳走になったとき、ちょっと話を聞いてな」
「そう、ですか……」

 目線をずらす刹那。それに対して横島はなんでもない世間話を装うように続ける。

「幼馴染、なんだってな」
「はい。それが何か?」
「いやさ。ただ寂しそうにしてたからさ、木之香ちゃん」

 横島の言葉に、刹那ははっとするが、直ぐに俯く。
 木之香にはアスナや図書館探検部の友人達がいる。自分などいなかろうと、寂しいはずがない。

「そんなこと……」
「あるよ」

 刹那が言い終わる前に横島はそれを遮り、畳み掛けるように続ける。

「刹那ちゃんがどう思おうと、木之香ちゃんは刹那ちゃんのことを大切な友達だと思ってるんだ。 刹那ちゃんだって、この間、あんなに必死に木之香ちゃんのことを守ろうとしてただろ?
 木之香ちゃん、話しながら泣いてたぜ。刹那ちゃんが話してくれなくなったのは、自分が何か悪いことをしたからじゃないかって」

 木之香が泣いている、というくだりで、刹那の方が震えたように見えた。だが、

「……それは違います。そうお嬢様にお伝えください」

 だが、刹那の態度は頑なのまま。
 横島は困ったように後頭部を掻いた後、

「どうして、木之香ちゃんと距離をとるんだ?」
「それは……私が親しくして魔法のことがばれてはいけないから……それにやはり身分が……」
「それだけじゃないだろ?」

 横島は一瞬の躊躇いの後、しかしきっぱりと言った。

「……自分が普通の人間じゃないから、じゃないのか?」

 目に見えて、刹那は動揺した。
 この話題に触れることは、つい昨日、同じ話題で傷つけてしまった横島にしてみれば鬼門だった。だが、あえてそこに触れることにした。今度は知らなかったでは済まされない、意識的な行為として。
 横島は問うたまま、刹那は視線をずらしたまま。
 息が詰まるような沈黙は、秒針が一巡りするまで続いた。

「……そんなこと、気にするな、とでも言うつもりです?」

 問い返す刹那。横島が返答を探すより早く言葉はつなげられる。

「私……髪を染めているんです。目の色もカラーコンタクトで隠して……。そうでないと、私が人外の化け物だとばれてしまうから……」
「刹那ちゃん、それは……」
「髪を染める時の気持ちを……コンタクトを付ける時の気持ちを……、人前に立つとき、常に自分を偽らなければいけない気持ちを……あなたは理解できますか?」
「……」
「理解できませんよね?なら……知ったような口を利かないでください……!」

 目を逸らしたまま、静かな口調で語る刹那。だがその響きにこめられた悲痛さは、声を荒げた叫びより、はるかに多くの血を滴らせる。刹那の心に負った傷の深さを、横島に思い知らせる。

「……ごめん」

 目を合わせることもない、否定ですらない完全な拒絶に、横島が搾り出せたのは、ただこの一言だった。
 これ以上話しても、刹那を追い詰めるだけだろうと考え、横島は腰を上げた。
 無言のまま背を向け、靴を履く横島。それに対して刹那は目を向けることもなく、やはり無言。そのまま、横島はドアノブに手をかけ、そこで初めて口を開いた。

「刹那ちゃん。刹那ちゃんの辛さは解からないけど、でも、刹那ちゃんがどんな生まれでも、少なくとも俺は絶対気にしないぜ。木之香ちゃん達も、きっとそうだ」

 それはどうしても言いたかったことだった。
 背中越しに言われた横島の言葉に、刹那は返事を返さなかった。そして横島も、返事は期待していなかった。

「それだけだから。じゃ……」

 刹那の耳に、ドアノブの回された音と扉の開く音、そして閉まる音が聞こえた。
 何もないフローリングの床を見つめながら、刹那は横島の残した言葉を思う。

――少なくとも俺は絶対気にしないぜ

 そんなのはウソだと、心の傷がうずいて叫ぶ。

――木之香ちゃん達も、きっとそうだ

 本当かもしれないと、心の柔らかい部分がそっと囁く。


「……知ったような事を……」

 数分後、一人ぼっちの部屋で刹那は呟いた。


「仲直りは失敗だったようだね」

 部屋を出た横島を、壁に寄りかかって立っていた真名が出迎えた。

「聞こえてたのか?」
「立ち聞きの趣味はないさ。それに、聞こえないように処理もしていたろ?」
「あ、ばれてたか?」
「まあね。どうやってやったのかは解からなかったが」

 なんでもないことのように言う横島に、真名は驚きと呆れ半分ずつの感想を漏らす。
 真名が言っているのは、横島が部屋に入る際に使った、《遮》の文珠についてだった。横島がコレを使ったのは、盗み聞き対策というより、声が外に漏れないようにという用心だった。
 しかし、真名は横島が文珠を使ったとは知らない。魔眼で一瞬だけ捉えたの霊波と、室内から全く音が届かなくなったことから、そうではないかと推測したのだ。

(一体どれほどの隠し芸を持っているのやら……)
「で、顔色からすると、仲直りというわけには行かなかったようだが?」
「ああ……けど、謝ることはできた。明日からは学校へ行くってさ」
「そうか」
「……聞かないんだな、何があったか」
「聞いて答えてくれるかい?」

 真名の切り返しに、横島は肩をすくめる。それから、切り出しにくそうに言った。

「刹那ちゃんとは、なるべく関わらないでおくことにするわ」
「意外だね……。そんなに刹那と馬があわないのか?」
「いや、俺は来週中には麻帆良からいなくなる。その間に関係改善、って訳にも行かないみたいだから……」
「無意味に近づいて衝突する理由もない、という訳か……解かった。なるべくフォローはしておくよ」
「悪いな」
「君のためじゃないさ。刹那はルームメートだからね。そのぐらいのサービスはするよ」

 そういい残すと、真名は部屋に戻った。
 横島はしばしそこに立ち尽くし

「……君を気遣う人は、ここにもいるよ。刹那ちゃん」

 呟いてから、横島もそこを立ち去った。


「横島さんおはよー!」
「おはよー忠緒ちゃん!」
「うっす、おはよう」

翌朝、みんなが駆け抜ける通学路で、横島はゆっくりと歩いていた。

「朝っぱらから元気だなぁ……」

 追い越していくクラスメートを見ながら、横島はあくび交じりで呟く。
 昨日、刹那の部屋から去った後、横島はネギの部屋で風呂を貰うと(その際、パンツとシャツだけで脱衣所から出てきて、おもいかけずネギを悩殺したのは別の話である)あのテントに戻った。 そして今朝、カップメンで朝ごはんを済ますと女子寮へ。話を聞くと刹那は既に学校に行ったらしかった。その事に横島は少し安心したのだった。

「ん〜〜〜〜〜〜〜っ!さて、今日も寝るぞ!」

 とりあえずの問題を解決した横島は、大きく伸びをして、学生にあるまじき発言をする。だが、その耳に

「うわああ〜〜〜〜ん」

という聞き覚えのある泣き声がする。

「またネギの奴どうしたんだ?」

 若干のわずらわしさを感じつつも、放っておくわけにもいかず、横島は急いで、声のした昇校口へと向かった。


「ふん……つまらん」

 昇校口で、ネギを鳴かした張本人、エヴァンジェリンは不愉快そうに鼻を鳴らす。
 その目線は、ネギの後を追って走り去ったアスナの背中に向けられていた。
エヴァの胸中にくすぶるのはネギに対する不満だった。
 今のネギとの会話。もしあれがネギではなくサウザンドマスターだったら、泣いて逃げ出すなどという無様な真似はしなかったはずだ。
 子供は親のコピーではないし、そもそも10歳の子供を歴戦の英雄と比較するのも不条理かもしれない。だが、ナギの面影を残すあのボーヤに情けない真似を曝されると、どうにも気が滅入る。
 面白くない。実に面白くない。

「マスター、ご機嫌が優れないようですが」

 茶々丸の言葉に「ああ……」と答えかけたエヴァだったが、

「……いや、そうでもない。これから機嫌が良くなるところだ」

 返答を変えた理由は、背後から来る気配だった。数瞬遅れて、茶々丸もその気配に気付き、僅かに警戒の色を見せる。
 向かってくる気配は、決して荒々しいものでも酷薄なものでもない。だが、かといって悟られぬように殺されたものでもない。自然体――察するのが一番難しい陰行の極意。
 その正体こそ――目下エヴァにとっての最大の楽しみだった。

「よっ、おはよう。茶々丸はもう大丈夫なのか?」

 その気配の主は、たまたま知り合いにあったかのようなとぼけた口調で、敵である自分に挨拶を投げかけてくる。
 その図太い神経と胆力。

(おもしろい!)

 口元に浮かんだ笑みも隠さぬまま、エヴァは振り向いた。


 ネギの声を聞いて下足箱のところまで来た横島だったが、そこに既にネギの姿はなく、代わりに見つけたのは、その原因となっただろう二人組みだった。

「おはよう、横島忠緒」
「お気遣いありがとうございます、横島さん。修復率は100パーセントです」

 エヴァと茶々丸が、方や尊大に、方や礼儀正しく横島に挨拶を返す。しかし、その様子のどちらにも、隙は見受けられない。

(まあ、敵同士だし当然だな)

 そう思う横島も、いつでもサイキックソーサを出せるように、集中している。

「さっき、ネギの泣き声が聞こえたんだけど?」
「ああ。ちょっと挨拶してやったら急に泣き出してな。お前も大変だな、あんな軟弱なガキのおもりなど」
「いやいや、アレであいつもなかなか見所はあるぜ。つか、相手をガキだと思うならイジメんなよ。イジメ、カッコワルイ」
「ふん、悪い魔法使いが獲物をいたぶるのは当然だろ?」
「暇人やなぁ…」
「ああ、暇さ。ここ十年、坊やの親父に登校地獄をかけられてからな」
「復讐、ってやつか?」
「いや、単に楽しんでいるだけさ。サウザンドマスターの奴のせいで暇なんだ。その息子であるあいつが私を楽しませるのは当然だろ」
「……ジャイアニズム溢れるお言葉で」

 肩をすくめながら、横島は会話の内容と現状を照らし合わせ、一つの確信を得る。
 エヴァは、単に暇にしているだけである、という確信だ。
 会話の内容やら行動から考えて、ネギを害することで復讐を果たそうという意思はないだろう。外に出たいというのも、その理由の根底は、麻帆良にいるのに飽きたから、暇だから、というものに繋がる。
 失った力を取り戻したいというのもあるかもしれないが、真祖の力など手に入れたところで強大すぎ、行使する機会など限られる。生活していくには現在の力で十分なのだ。ゆえに、コレはそれほど大きい理由じゃない。

(つまり、愉快犯なんだよな……)

 極端な言い方をすれば、エヴァにとってはネギの血を吸うというのが目的のゲームなのだ。勝てば自由と失った力を得るという余禄つきのゲーム。呪いの解除とは直接的に関係ない横島ともこのように積極的に言葉を交わす理由も、横島というファクターに興味が引かれたからだろう。つまり、面白ければ目標に対して多少の遠回りも辞さないということだ。
本人自身はどう考えているかわからないが、本質的はきっとそんなものなのだろうと横島は看破し、しかし同時にその答えに頭を悩ませることとなる。
 これは難問だと横島は考え、しかし直ぐ解決を思いつく。『手段』を行使されるのを防ぎたいなら、別ルートで目的を達成させてしまえばいいのだ。

「なあ、ネギの血を吸うのは呪いを解くためなんだろ?」
「ん?何を今さら……坊やから聞いているんだろ。その通りだ」

 怪訝そうなエヴァに横島は、我が意を得たりと頷いて

「それじゃあ……俺が呪いを解いたら、ネギを狙うのを止めてくれるか?」
「はぁ?」

 横島の提案に、エヴァはあっけに取れらた表情をしたが、直ぐに嘲笑を浮かべる。

「出来るわけがなかろう?貴様、本当に魔法について何も知らんのだな」
「どういうことだ?」
「霊力で魔法を解くことはできん。詳しいことが知りたいなら、坊やにでも聞くんだな」

 エヴァはネギが走り去った方をあごで指すと、話は終わったとでもいうように首をかしげる横島を置いて立ち去った。

「……ま、そういうんならそうしますか」

 言われたとおりに、横島はネギを追いかけたのだった。


「一度だけ!一回だけでいいですから
「も、もう。本当に一回だけよ?」

 横島がネギを探していると、恥らいを含んだアスナの声が、階段のほうから聞こえてきた。

(って、一回だけってなんだぁぁぁっ!)

 第六感に予感が走り、横島は声のしたほうに駆け出した。
 すると横島が辿り着いたところで、目を閉じたアスナが屈んで、同じように目を閉じたネギに、キスをしようとしているではないか!
 つまり何か?白昼堂々ラブシーンか、ぁあっ?神聖な学び舎をなんと心得てやがるか子供先生様よぉ?俺がそんくらいの年にはスカートめくりして毎日『終わりの会』の時にキツイ吊るし上げを食らってたんだぞ!それと同年代の貴様が、貴様がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
 全身の血が瞬時に煮えたぎる横島。血走ったその目には、床で輝きを増す魔方陣も、

「あ、姉さん!おでこはちょっと中途半端な…!」

等と叫んでいる小動物も目に入らない。ただ、怨念と嫉妬のままに、血涙を流しながら

「ネェェェェェェギィィィィィィィッ!」

 突撃した。

 さて、唐突だが皆さんは宇宙意思というものをご存知だろうか?
 世界が最も安定した、いわゆる『在るべき姿』であろうとする、宇宙そのもののが持つ修正力だ。別名『お約束』。
 そしてここでも、その暴力的なまでの顕現が起こった。
 近距離の男女。しかも片方はラブコメの主人公で、もう片方がヒロイン。ここに横から大声がかけられたらどうなるか?

「よ、横島さ…わっ!」
「きゃっ!」

 そこで、その二人が足をもつれ合わせて転んだらどうなるか。


 ちゅっv


「よっしゃぁぁぁぁぁぁっ!スカじゃないか仮契約カードゲットォォォォォォッ!」

 望外の幸運に小躍りするカモを足元にして、横島はネギの首根っこを捕まえ持ち上げる。

「こんのマセガキが!違う違うといいながら結局はちゃっかりご馳走様か、ああん!何とか言えや淫行教師が!」
「違いますよ誤解ですよそんなんじゃないですよ!僕はただ仮契約を……!」
「つまりは青田買いかこの野郎!」

 涙ながらに訴えるネギの言葉に、しかし耳を貸さない横島。だが、不意に背後に殺気を感じ、あわてて振り向く。
 そこには、真っ赤な顔をして口元を押さえたアスナが

「横島さんの……」

 一歩目で体勢を整え、二歩目で跳躍、そして―――

「バカーーーーーッ」

 ずどむっ!

 およそ人体の接触によって起こるとは思えないような音を立て、アスナの足が横島の顔面に叩き込まれたのだった。

「なんでやぁぁぁぁ…………」


 再投稿終了。
 明日の朝には忠お!9をお送りします。

というわけでレス返し

>落とし子氏

 キャラに無理をさせない、をモットーにがんばっているので、そういっていただけると大変うれしいです。

>やぷ〜氏

 誤字脱字誤変換…ひたすらすみません!読み直して修正はするのですが…とにかく今後、より一層気をつけ、読みやすい作品を目指します。

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