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▽レス始

「霊能生徒 忠お!(再度転載・4〜6時間目)(ネギま+GS)」

詞連 (2006-04-22 19:21/2006-04-22 19:31)
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霊能生徒 忠お! 四時間目  〜嵐の転校生〜


 ネギの脳裏には、未だにあの光景が焼きついていた。
 舞い散る花吹雪……。浮かぶ星月……。
 美しさに溢れる光景の中でも、ひときわ鮮烈に輝き、駆け抜け、舞うように戦う少女の姿。
 その少女が目の前にいるという事実に驚き、その驚愕はさっきまでのエヴァたちに対する恐慌を消し飛ばし……その結果、自分の現在の格好――アスナの肩にズタ袋のように担がれているという状況を思い出す。

「降ろしてくださいアスナさん!恥ずかしいじゃないですか!」
「あ、あんたねぇ!あんたが嫌がるから私は仕方なく、って暴れきゃあ!」
「うわぺぎゅっ!」

 暴れたネギにより体のバランスを崩したアスナは尻餅をつき、ネギはバックドロップに近い形で、頭から床へと叩きつけられた。
 聞こえてきた声と鈍い音に、横島達は顔を引き攣らせる。

「大丈夫かね、ネギ君」
「はいだいじょうぶです……」

 呻くように応えるネギ。
 流石に哀れに思ったアスナは、ネギに言おうとした文句をしまい、代わりにこの部屋に入って気になったことを、先に口にした。

「学園長先生。あの……誰なんですか、この人?」

昨日の夜桜通りで出会った、今、縛られた上に正座させられている少女のことを指していう。


 昨日の夜、例のごとく敗北して吸血されかけたネギを助けた後、元の場所にもどってみると、そこにはのどかの姿も、のどかを預けた黒服の女性の姿もなかった。

「本屋ちゃん!?」

 慌てて周囲を見渡したアスナだったが、

「アスナ〜!よかった、食べられてへんかったんやな!」

 木之香の声のほうを向けば、そこには木之香の他にクラスメート二人と、その背負われているのどかの姿。
 なんでも木之香は、あの黒服の女性を吸血鬼と勘違い。慌てて逃げたところを刹那たちと出会い、あわや一戦交えるか、と言ったところで理科の先生であるカオスと、その助手であるマリアが割って入って、その女性―――横島の身分を保証し事なきを得た、ということらしい。
 怪しいかとも思ったが、ネギもその横島と言う女の人に助けてもらったらしいし

「まあ、カオス先生の知り合いだしね。怪しいのも当然か」

と変な、しかしどこか的を射ている理屈で納得し、寮へと戻った。
 なぜか木之香が、あまり接点のなかったはずの刹那に懐くように構って、刹那がおたおたしてたのが印象に残った。


 さて。今までのがアスナが昨夜、あの後に体験した全てだった。
 そして今朝、新聞配達から帰り、仮病で休もうとするネギを担いで登校。その途中、ネギに対する呼び出しの放送が流れた。アスナはそのままネギを担いで学園長室に。そこで扉を開けてみれば、

「っていうか、なんで縛られてるんですか?」

 昨日の夜に出会った女性が、麻帆良女子中等部の制服を着て、荒縄でぐるぐる巻きにされた上、正座しているという光景だった。

「あはは……ま、いろいろあってな」

 横島は力なく笑う。ちなみにネギはまだ床の上で頭を押さえている。
 カオスはそんな三人の様子を見て肩をすくめた。

「知り合いとは好都合じゃないか、なあ、近衛?
 では、わしは用事があるからもう行くぞ。
 ネギ坊主もしっかりな。マリア」
「イエス、ドクターカオス。ネギ先生・それに皆さん・失礼します」
「は、はい。カオス先生、マリアさん」

 ようやく立ち上がったネギの声に見送られ、二人は学園長室を出て行った。
 そして後に残るのは、訊きたいことが多すぎて、どう切り出すべきか分からないゆえの沈黙だった。

「とりあえずお互いの紹介から始めようかのう?」

 そんな三人の間に学園長が、いつもの飄々とした様子で割って入った。


「へぇ……ネギ、お前って頭いいんだな」

 ネギが先生であると言うことを聞いて、横島が返した反応はそれだけだった。

「驚かないの?」

 そのリアクションの淡白さに、思わず問い返してしまうアスナだが

「いや別に。だって子供って言っても人間だろ?」
「なんか今、凄いこと言われた気がする……」

 もう少しいろいろ問い詰めたく思ったアスナだったが、

(これ以上、魔法とかそういうのは勘弁してよね)

と、更なる非日常な答えが返ってきたらイヤなので、納得することにした。
 方やネギは、目を煌かせて

「横島さんだって凄いですよ!15歳でGSなんて!」

 と、尊敬の眼差しを横島に向けている。
 なお、横島が実は男(20歳)であることは伏せている。というのも

「オカマだってことはバラさんといてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

という横島の強い懇願と

「男だと分かったらアスナ君も引くだろうし……アヤツも『黙っておいた方が面白くなりますよ』と言っていたからのう」

という、学園長の思惑が一致したからである。

「おほん。まあお互いの紹介はこれで良いじゃろう。さて……」

学園長はそう前置きしてから、真面目な表情を作って尋ねた。

「昨日の夜、と言っておったが、それは昨日の夜に桜通りで感じられた魔力や霊力と、何か関係があるのかな?」
「あっ!そうでした!学園長先生!実は僕のクラスのエヴァンジェリンさんが、真祖の吸血鬼だったんですよ!」

 と、ネギは昨日の夜に起こった出来事を伝えた。
 途中、横島とエヴァとの戦闘があまりに誇大表現されていたことに照れた横島が、訂正を行う以外は、つつがなく説明は終わる。

「ふむ……なるほど。エヴァがのう……」

 ヒゲを撫でながら考え込む学園長。その様子を見ながらアスナは心配そうに。

「あの、学園長先生。私、2年間エヴァンジェリンも茶々丸さんもクラスメートだったんです。そんなに悪い人じゃないと思うんですけど……」
「そ、そうですね。確かに悪いことはしていますが、大した被害は出ていないので穏便に……」

 ネギも流石に言い過ぎたかもしれないと、慌ててフォローをした。
 それを見た学園長は、

(フォッフォッフォ。やはりそう来たか)

と、予想通りの展開に喜びつつもそれを、おくびにも出さず

「ふむ。そこまで言うのなら……よし、こうしよう!」

と、あたかも今思いついたかのように、かねてより考えていたことをネギに伝える。

「ネギ先生。そこまで言うのならエヴァの処遇は君に任せる。その代わり、自力で何とかしなさい」
「…え?!そんな……!」

 突いた藪から出た蛇に慌てるネギ。それを尻目に学園長は横島に目をやり

「それと横島君。君には麻帆良にいる間、ネギ君のサポートをしてくれんかのう?」
「……へ?」

振って沸いた話に、暇そうに座っていた横島は、間抜けな声を返したのだった。


 HRの少し前の時間、人気のない中等部の廊下に、嬉しそうな子供の声と、男言葉の少女の話し声がする。

「横島さんって真祖の吸血鬼と戦ったことがあるんですか!?」
「ああ。って言ってもその頃の俺は、霊能力の使えない単なる荷物持ちだったけどな」

 学園長室を辞して廊下を歩く横島とネギ、そしてアスナ。
 驚きの声を上げるネギに、横島は嫌な顔一つせず応える。その様子を一歩後ろから見ながら、アスナは横島という同い年(らしい)少女のことを観察する。
 彫像のように整った顔立ちに、その近寄りがたさを中和する、パッチリとした目。軽くウェーブのかかった髪は黒く艶やか。
 まあ、そこまでなら美形揃いの3A所属のアスナにしてみれば、特筆すべきことのようには思えない。彼女が注目したのは……

(ほんと同い年なの!?)

と、思わずにはいられないボディラインだった。
 ボンッ、という擬態語が連想されるバスト。
 キュッ、という効果音が聞こえてきそうなウェスト。
 パーン、という植写がうたれること間違いなしのヒップ。
 身長はアスナと同じか、ちょっと高いくらい。だがそのシルエットには大平原と山岳地帯ほどの格差がある。
 年齢詐称疑惑が囁かれる3Aトップ集団に匹敵か…いや、身長との比率で考えれば圧倒的だ。
 だが、横島忠緒という少女の凄いところはそれだけではない。
 なんと彼女は、学園長の話を信じるなら、腕利きのGSなのだ。

 GS――――バブル景気のときに日本でもメジャーに成ってきたこの職業。
 高額の報酬を引き換えに、危険の中に飛び込み悪霊を祓う。長者番付には必ず載る高給取りであり、しかし同時に死亡率や負傷者数も、この平和な日本の職業としてはありえないほどの高さ。
 一攫千金。オール・オア・ナッシング。まさに現代の冒険者。

 と、これがアスナの持っているGSのイメージの全てであり、同時に霊障とは無縁の生活を送ってきた一般人にとっての共通認識である。言い換えれば、GSという職業はこれ以上のことは知られていない。
 それには無理からぬ面もある。というのも、実体化できる幽霊など稀であり、霊力などは科学的にはほとんど証明されてない。つまりオカルトは、一般人には見ることも触れることもない非日常なのだ。
 故に、霊障がニュースで取り立たせれようが、いくらGSの映画ができようが、対策の法律が出来ようが、社会のあちこちにオカルト技術が浸透しようが、演歌に転向した幽霊歌手がミリオンセラーを飛ばそうが、アスナのような一般人にしてみれば、所詮はブラウン管の向こうの話し。自分に関係ない非現実的な、ぶっちゃけ胡散臭いものにしか見えないのだ(魔法の存在を知ってからは、アスナも少し見方を変えたが)。

 さて、そんなアスナの疑惑の目は、目の前を歩く美少女にも向けられていた。
 よく考えれば怪しすぎる。
 昨日の怪しさ炸裂な格好然り。自分の跳び蹴りですら撃退できた『しんそ』とかいう吸血鬼のエヴァンジェリンを、凄腕のGSのくせに取り逃がしたという事実然り。そして何よりプロポーションから考えた実年齢然り。
 というか実年齢以前に自分と同じくらいの身長であの差は何!
 3Aでも、バストのサイズで勝てるのは那波さんくらいじゃない!?
っていうか豊かさ以前にウェストの細さで負けてるし!
ヒップのサイズも凄そうなのに、何で太った印象が全くないの!?
つーかネギ!あんたなんでそんなデレデレしてんの!そんなにスタイルがいい女の人が好きなら委員長の所にでも行きなさいよ!この間もあたしの布団に潜り込んだくせに!

「って、違うのよ!あたしは嫉妬なんかしてなぁぁぁぁい!」
『うわっ!?』

 背後で突如生じた叫びに驚いた横島とネギが振り向けば、そこには壁に頭突きをかまし続けるアスナの姿。

「どうしたんですか、アスナさん!止めてください!」
「な、なんか親近感が沸くなぁ……」

 慌てて止めようとするネギの横で、横島は既視感を覚えていたのだった。


「……で?本当に横島さんって本当にGSなの?」
「本当ですよ!昨日の夜なんて凄かったんですから!」
「誤解を招くような言い回しするなや」

 やっと現実に帰還したアスナの疑問に、なぜか当事者でないネギが応えた。

「こう、バッとやって、ビュン!ってやってエヴァンジェリンさんがパパッ、ドカン!ってやって……」
「いや、意味わかんないから。っていうか霊能力ってどんなのよ」
「ん?ああ、こんな感じだ」

 聞かれた横島は、歩きながら手の平に霊力を集中。一般人にも見えるように、普段より物質化の度合いを高めたサイキックソーサを作る。

「うわっ!本当に何か出た!」
「アスナちゃん、マジで信じてなかったのか?」
「あ、う、うん。ごめんなさい……。けど、本当に霊能力者なんだ……」

 上の空で返しながら、アスナは横島が出した光の盾を感心したように見入る。
 横島を見直した様子のアスナを見て、ネギは我がことのように喜んだ。

「凄いでしょ!それに横島さんって、タロットで陰陽術をするんですよね」
「うん。俺は横島流星辰陰陽術って呼んでるけどな」

 横島はソーサをしまって軽く右手を振った。動きが止まった右手には1枚のタロットがあった。

「これも霊能力?」
「いや、これはただの手品」

 横島は手に取ったカードに込められた霊力に、自分の意識を接続。
 カードの絵柄はワンド――属性は四大元素の火。霊力はそのカードの意味に従い、現象を呼ぶ。
 カードの先端に炎が生まれた。

「……これも手品?」
「いや、こっちが霊力」
「なんかさっきのと比べてしょぼいくない?」
「それをいわれると辛いな」

 苦笑しながら横島は炎を消す。手にしていたカードには焦げ目の一つもない。

「ま、こんなのは霊力を使うよりライターの方が効率良いな。実際は何枚か使って、言霊を込めてやらないといけないし」
「ふ〜ん。よく解かんないけど……でもさ、陰陽術なのよね?なんでタロットなの?普通はお札とかだと思うんだけど」

 アスナは、漫画で見かけるイメージにしたがって質問した。そしてそれは、ネギも持っていた疑問だった。
 東洋魔術に疎いネギであっても、陰陽術師が使うのは霊符であり(これは霊的世界に対する基本概念が同じなため、霊能力者も魔法使いも同じ)、常識的に考えて、西洋魔術の基礎の一つであるタロットと相性がいいはずもない。
 さらに、エヴァンジェリンと相対したとき、横島は自分のオリジナルだと言っていた。つまり横島は、タロットと五行八卦を融合させた独自の術体系を使っている。

(本当に凄い人なんだ……)

 その事実を再認識して、ネギは改めて戦慄にすら似た尊敬の念を覚える。
 魔法使いにとって新しい魔法を作ることは、その魔法の質によっては、歴史に名を残す偉業だ。まして新しい魔法体系をつくるなど、それこそ伝説に残る。
 実のところ、この尊敬の念はネギの勘違いである。霊能力者、特にGSは持って生まれた霊能を利用して、それぞれ独自の除霊方法を使っている―――極端な話、個々人毎に異なる技術体系をもっている。だから横島の星辰陰陽術もそれほど凄いことではないのだ。
 だが、そんなことを知らないネギは、横島にきらきらとした憧れの目を向ける。

(いったいどうしてタロットの陰陽術なんて考えたんだろう?
 やっぱり、一人前のGSになるための試験かな?
 僕の時はクラスの最下位脱出だったけど、やっぱり普通はそんな風な……)

などと、星辰陰陽術誕生の秘話を夢想する。

「実はな……」

と、横島は前置きして、口を開き、そんな純粋な少年の夢を一瞬で破砕する。

「お札を買う金がなくてタロットで代用したんだわ」
「へ?」

 ネギの目は点になる。しかし横島はそれに気付くこともなく、照れくさそうに頭をかきながら続ける。

「破魔札とか五行の札とかって、数十万するのがざらでさ。しかも使い捨て。
 三年前、俺が陰陽術覚えた頃の時給じゃとてもじゃなくても手が出なくな。美神さん――あ、俺の上司。美神さんは『別に陰陽術なんて横島君にいらないでしょ?』とか言って経費出してくれないし。
 どうしようかと思ってたら、テレビで占いの特集やっててさ。そこでタロットカードは使えば使うほど力が増すって言ってたから、ひょっとしたら何度も使えて経済的かな、って思ってやってみたんだ」

 真祖すら驚嘆させしめた術を、『シンクの油汚れはオレンジの皮で落とすといいよ』などという生活の知恵と同列にして語るように横島に、呆然とするネギの目は点のまま。
他方、アスナはというと

(……三年前、ってことは横島さん、12歳の頃からそんな危険な仕事してたんだ。……ひょっとして、あたしと同じような身の上なのかな?)

と、少々の誤解と親近感を覚えていた。

「隊長――美神さんのお母さんが必要経費だってことで、美神さんに払うように言ってくれたけど、その頃にはもうタロットの方が得意になっててさ。
下手な霊符より強力だし使い減りもしないから、今もこうして使ってるって訳だ……って立ち止まってどうしたんだ、ネギ?」
「……あ、すみません。なんだか予想の斜め上のエピソードにちょっと混乱しちゃって」

 慌てて歩みを再開するネギ。アスナは、それを不思議そうに眺めるの横島の肩を軽く叩く。

「横島さん。押し付けがましいかもしれないけど、なにか困ったことがあったら相談してね」
「へ?あ、ああ。ありがとう」

 突然に態度が優しくなったアスナに戸惑いながら、横島は返事を返した。
 とりあえず横島の株価が、アスナの中では上昇、ネギの中では最高額から少し揺らぎを見せたのだった。


 さて、そんな感じで3年A組の扉の前に来たネギたち3人。
 アスナはネギを見てみるが、その表情には今朝には見られなかった余裕がみえる。その理由は、やはり彼の後ろに立つ、黒髪の美少女。
 あの後、少し話を聞けばあの夜の雷は、横島が起こしたものらしい。強いというのは多分本当なのだろう。そう考えると、ネギの後ろに立つ横島は、まるでネギの守護天使のように見えた(その際、すこしムカッとした感覚が胸の奥に生じたが、アスナは当然無視した)。
 だがその守護天使は、やる気なさと申し訳なさ半々といった感じの声でお告げを下す。

「そうだネギ。俺、基本的には何もしないから」
「ええぇっ!?そんな!手伝ってくれないんですか!?」

いきなりの突き放しに、ネギは驚いた。
 ネギの頭の中では、横島が前線で大立ち回りをして、むしろネギが補助を行うような想像をしていたのだ。だが、横島に容赦はない。

「学園長からはサポートしろ、って言われたけど、それはあくまでお前が解決するためのサポートだ。もし俺が前面に出て解決しちまったら、一週間後、俺がいなくなった後、困るだろ?」
「それは……」

 気落ちするネギ。アスナはその情けない様子に腹が立つ。

「あんた先生でしょうが!いくら強いからって生徒に頼っちゃだめでしょ!」
「ま、相談くらいになら乗るし、死ぬ半歩手前には助けてやるから安心しろよ」
「……わかりました」

 涙をぬぐい、表情を引き締めると、ネギは顔を上げて扉を睨む
 扉の板に思い浮かべるのは昨日の夜に相対した、自分の血をつい尽くそうとしたエヴァンジェリンの犬歯を覗かせた笑みと、一人では手も足もでなかった茶々丸の鉄面皮。

「………………………………………………………………。


やっぱり僕、オナカが痛いので今日は……」
「あ・ん・た・はぁ………」

 こそこそと逃げ出そうとするネギの奥襟を、アスナはむんずと掴みとり、持ち上げ

「いい加減にしろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「うわっ、や、止めてください!」

 というネギの懇願も聞かず、投げた。
 横島はとネギの進行方向上に立ち、

「すまん。気持ちは解かるがフォローは無理だ」

避けると同時に背後にあった教室の扉を開く。

「のあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 悲鳴を挨拶として、ネギは教室に入った。


 時間は数分前に遡る。
 チャイムが鳴り、しかし先生はまだ来ない。その微妙にあいた空白は、おしゃべりには都合がいい。
 ネギがまだ姿を見せていない3年A組の面々も、その時間を利用して、普段と同じく会話の花を咲かしていた。
 しかし今朝、普段と異なるのは、その花の中心にいるのが普段は輪の外側で、静かに聴き手に回っている少女―――宮崎のどかだったという点と、のどかの髪が後ろで縛られ、前髪で大半が覆われていた顔が、露わになっている点だった。

「本屋ちゃん、かわいーーーーっ!」
「本屋は隠れ美少女だったアルか!?」
「でしょでしょ!?かわいーと思うでしょ!?のどかったら可愛いのに顔出さなかったのよねー」
「本屋ちゃん、なんで今まで隠してたの?」

 矢継ぎ早に向けられる好意的な声。こういった状況に慣れていないのどかは赤面して俯くのみ。
 髪型を変えた理由は、昨日の横島の出会いによるものだった。横島という女性の強烈な印象と、彼女の自分の容貌への肯定は、のどかに前髪をあげさせる勇気を与えた。
 本当は切ってしまおうかとも思ったが、行きつけの美容院はすでに閉まっている時間であり、またいくら勇気が出たといっても、いきなり不可逆的なイメージチェンジは彼女には無理だった。
 それで結局、のどかは折衷案であるこの方法を選んだのだった。
 結果は思いのほか好評のようであるが……

(ネギ先生はどう思うかな?)

 この髪型への合否判定における最重要項目はまだ埋まっていない。

(かわいいって、言ってくれるかな?)

 今朝の呼び出しのためか、ネギはいつもより遅くまだ来ない。時間と共に高まる期待と、そして不安。
 周囲から似合う、可愛いなどという評価が下されるたびに紅潮する頬。だが、それと同時に恥ずかしさを得た意識は急速に冷却され、冷静さと普段ののどかの考え方―――即ち、マイナス思考が戻ってくる。

 似合うと言ってくれないのではないか?気付いてくれないのではないか?

 心の色は不安に傾き始める。もともとマイナス思考の彼女だ。いったん考えが負に傾けば際限ない。

 やっぱりやめよう。何かの勘違いだ。皆の褒め言葉も大げさなお世辞に違いない。今なら間に合う。リボンを解いていつも通りに……

「と、いうわけで突撃レポーター朝倉による、今朝の話題を掻っ攫った宮崎のどか嬢への突撃インタビュー!」
「ひゃい!?」

 のどかの沈んでいた思考は、朝倉の大声によって休息に引っ張り挙げられる。
 目線を挙げれば、突きつけられたマイク。その向こうには朝倉と、その後ろに控える、好奇心が沸騰したクラスメート達の顔。
 動揺の声を上げる暇もなく、朝倉の質問が始まる。

「ズバリッ!その髪形の変化は昨夜、吸血鬼に襲われたことと関係がありますか!?」
『ええ〜〜〜っ!』

 朝倉の質問は、のどかに対して以上に、周囲へ大きな衝撃を与えた。

「朝倉!それってどういうこと!?」
「吸血鬼って桜通りの?」
「本当なの!?」
「ふっ……報道部の情報網を嘗めてもらっちゃ困るわね」
「のどか!血を吸われてしまったんですか!?」
「まさか吸血鬼が実は美形で『フッ、君は前髪を上げたほうが可愛いよ』って言われたからとか?」
「の、のどかさん!あなた、ネギ先生への愛は偽りでしたの!?」

 騒ぎはもはや巻き込んだ大騒ぎに発展する。
 宙を飛びかう根拠のない推測と黄色い悲鳴。しかし話題の提示者がその嵐を収束させる。

「はい!ストップストップ!盛り上がるのは、まず本人の話を聞いてからにしよう。
 というわけで、宮崎。実のところどうなのよ?」
「あ、いえ。それは違います!そうじゃなくて―――」

とのどかが言おうとしたところ、扉の向こうから3つの声が聞こえた。

「ええぇっ!?そんな!手伝ってくれないんですか!?」
「あんた先生でしょうが!いくら強いからって生徒に頼っちゃだめでしょ!」
「ま、相談くらいになら乗るし、死ぬ半歩手前には助けてやるから安心しろよ」

二つはよく聞きなれたものだったが、残りの一つはクラスのほとんどの者には、聞き覚えのない女性のものだった。
当然、その『ほとんど』に含まれていない者たちもいる。

(!?この声は昨夜の不審者!)
(あれ、どこかで聞いたような気がするなぁ…。どこやったっけ?)
(ほう……学園長の計らいかな?)
(こ、これって、ひょっとして……)

 聞き覚えのない者達の好奇心の視線と、聞き覚えのある4人のそれぞれの視線を受けて、

「いい加減にしろォぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「うわっ、や、止めてください!」
「すまん。気持ちは解かるがフォローは無理だ」

 怒声と、その後に情けない声と、その後に呆れを含んだ声が聞こえ、続いて聞こえるのは悲鳴。

「のあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 開いた扉から教室内に、悲鳴を曳いた砲撃が叩き込まれた。砲弾は見慣れたスーツ姿のネギ。弾道は緩い放物線を描いてから、接地。ごろごろと転がり、教卓の真後ろで止まる。
 あっけに取られるクラスメート達の注目は、ネギから射出元に向けられる。そこに立っていたのは、予想通りの見慣れたアスナの姿と

「……やっちまってなんだけど、先生ぶん投げるのはまずいんじゃなかったのか?」
「別にいいのよ。あんな根性なしのガキは」

 そして、アスナに話しかける少女。
 ほぼ全員が「誰?」という疑問を思い浮かべる中から、一人、別の思考と行動を得た者がいた。

「横島さん!?」

思わず取ってしまった行動はクラスの注目を集め、のどかはしまったと思う。だが、もっと注目を浴びている横島は平然と

「お?のどかちゃんもこのクラスだったんだ。髪形、変えたの?」
「は、はい!」

 返された声を無視するわけにもいかず、会話を続けるのどか。普段は授業中の発表ですら緊張するのに、こんな状況でも平然としている横島さんは凄いと、のどかは思う。
 横島はのどかの顔を少し見つめてから、頷く。

「うん。やっぱり顔を出していた方が絶対可愛いな」

 横島は笑顔を見せる。

(あっ……)

 その笑顔に、のどかは思い出す。
 図書館で見た横島の、躊躇いのなくこちらに向けられた言葉と笑顔。そしてそのイヤじゃない明け透けさ。それはきっと、横島が自然体を曝すことを恐れていないからだと思う。
 綺麗な顔や体のライン。確かにそれにも憧れたが、のどかが本当に憧れたのは、自分に他人を踏み込ませることの出来る勇気だ。

(私もあんな風に……)

そう思ったから、のどかは髪をあげたのだ。
 そのことを思い出し、のどかは俯いていた顔を上げて、横島に微笑み返す。

「ありがとうございます、横島さん」


 と、ここで終われば結構綺麗な話なのだが、生憎ここは曲者ぞろいの3年A組。
 印象的な登場への驚きが終われば、次に続くのはそのインパクトを越えるリアクションだった。
 その先陣を切ったのは、あやかだった。

「ネギ先生に何をするんですか!」

 英和と和英、二つの辞書を投げる。標的はそれぞれアスナと横島。
 アスナは難なくそれをキャッチする。一方、横島も

(なんで銃弾を避けれるようになっても突っ込みは避けれないんだろう、俺?)

という心の中のぼやきながら、それを見事にキャッチ。ただし顔面で。

「じょふっ!」

 横島は仰向けに崩れ落ちる。受身も取られることもなく、後頭部は床に激突。頭が落ちた位置は、丁度立ち上がろうとしていたネギの足元。
 経過を度外視して見れば、それは倒れ天を仰ぐ少女の枕元に、少年が方膝をついているという光景になった。

「よ、横島さん!どうしたんですか!?……はっ!まさかエヴァンジェリンさんに先制攻撃を……!」
「くっ……いや、想定外な伏兵がいてな。もう、だめだ……短い間だったけど楽しかったぜ」
「そんな!横島さん!本当に短すぎます!死んじゃだめですよ!」
「ふふっ……無理を、言う…なよ、ネ……ギ。……がくっ」
「横島さぁぁぁぁん!」

 取っ組み合う腐れ縁の二人を背景に、少年は唐突な別れ(?)に慟哭する。
 クラスメートの半分は喧嘩をネタに食券を賭け、もう半分はネギと横島の三文芝居を、涙を流しながら見守っている。
 そしてそのどちらにも属さない少数派は、

(まただ……また変なのが来やがった!勘弁してくれよ!マジでありえねーよ!もう既にオナカいっぱいだよ!なんでこのクラスには常識を踏破するのを趣味にしているような連中が集まるんだ!?やっぱり電波か!?妙な電波がこの教室から発せられてやがるのか!?それに惹かれて奇人変人が集まってくるのか!?誰でもいいから教えてくれ!いや、教えなくてもいいからあたしを常識世界に連れ戻してくれ!あたしに普通の学園生活を返せ〜〜〜〜っ!)

自分を取り巻く非常識に血の涙を流しながら、心の声で抗議していたのだった。


 朝倉は新たなる獲物を値踏みしていた。

「――という訳で、ご家族の都合で一週間の短期編入をすることになった横島さんです。みなさん、仲良くしてくださいね」
「横島忠緒です。よろしくお願いします」

 登場シーンと比べれば異様なほど無難な挨拶をする転校生、横島忠緒。
 一方ネギはどこか元気がない様子だった。それはそれで気になる話だが、とりあえず今はこの新しい獲物が気になった。
 この挨拶だけなら特に注目する必要もない。だが、登場のインパクト、その容姿、そして朝倉の記者としての勘が、横島忠緒は注目すべきネタであると告げている。
 そしてその認識は、朝倉のみならず噂とお祭り騒ぎが好きなクラスメート達にも共通していた。

「……えっと、じゃあ何か質問は……」
『はいっ!』

ずばばばばばばっ!

という効果音が聞こえるような勢いで腕が林立した。
 手を挙げたもの全員が全員、新しいおもちゃを目の前に転がされた子猫といった感じの目で横島を見ている。もしかしたら、肉の塊を目の前に差し出された肉食獣といった方が適切かもしれないが。

(こ、これが女子高生パワーというやつか!?あ、いや、中学生だっけ?)

 横島は圧倒されて一歩後ずさる。
 それを朝倉は好機と見る。面白い本音のコメントを得るためには、まず相手をこちらのペースに引き込むのが定石。

「落ち着いて、横島さんが戸惑ってるよ!
 ここはこの私、報道部突撃班の朝倉様に任せなさい!」

 立ち上がって後ろを振り向き、皆にアピール。
 中には少し不満げな表情の者たちもいたが、自分が質問するよりその道のプロである朝倉が質問した方が面白いだろうと考え手を下げる。
 さて舞台は整った。横島はこの急な展開についていけず、質問には必ず答えないといけないという強迫観念に駆られ、思わずネタを披露してしまうに違いない。

「さて横島さん。私は報道部の朝倉和美です。早速いくつか質問させていただきます!いいですね?」
「あ、ああ」
「ありがとうございます!では早速……ズバリ!
 その見事なバディのスリーサイズは!?」

 王手。決まった、と朝倉は思う。
 この横島も、自分と同じ思春期の女の子。この質問には慌てるはずだ。そしてその隙を突きたたみかけ、ありとあらゆる秘密を暴く!

(ふっふっふ、悪いけど、報道の世界は非情なのよ)

 これは、朝倉式インタビュー術の黄金パターンであり、これから逃れられた者はいまだかつていなかった。
 だが、それもこの瞬間までだった。
 横島は自分の体をちらりと見て、それから頬を僅かにすら染めることもなく

「上から89−54−85……いや6だな。あ、身長は165だったと思うぞ」

 言い切った。
 瞬間、声と共に衝撃が走りぬけ、爆発した。

「89ぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
「な、長瀬さんと同じ!?あの身長で!」
「W54って、私と同じくらいと思ってたのに……」
「背が高いのに私より細いよ……」
「トップとアンダーの差が聞いたことのないような数字になってる〜〜〜〜!」

 クラスの半数は嘆き、もう半数は圧倒的な戦力差に言葉もなく、塩の柱となって崩れ落ちていく。

(女の子って、やっぱ気にするもんなんだな)

 いきなり生じた狂乱を見ながら、原因たる横島はバストアップ体操なるものを、真剣にやっていたシロやタマモのことを思い出していた。
 他方、予期せぬカウンターでKOされかけた朝倉は、その記者としてのプライドをもって、何とか立ち上がった。

(くっ、やられたわ。ペースをあっちに持ってかれた!)

 朝倉は、横島を強敵として認識した。
 もっとも、本当は男である横島にしてみれば、自分の胸囲やら胴回りやらを発表するのは、自信以前にほとんど抵抗がない。この逆転も意図せぬ偶然の産物なのだ。
 しかしそれを知らぬ朝倉は、負けるかとばかりに攻勢に入る。

「で、では、恋人とかはいますか!?」

 苦し紛れの一太刀。だが、その一撃は横島の心の深くに届く。

「……!」

一瞬、近くで注意深く見てなくてはわからないような、引き攣りの後

「いや、いないぞ。つーか俺って全然もてないし。トホホ」
『ウソ付け!』

 肩を落として落胆を表現する横島に、クラスのほとんどが現世復帰して突っ込んだ。
 その突っ込みに朝倉は入らなかった。

(うわっ……地雷踏んじゃったかな?)

 思考はギャグ調だが想いは真剣。朝倉もレポーターの端くれとして、報道していいことと悪いこと、踏み入っていいこととダメなことの分別はある。そして今の質問は恐らくアウトだったのだろう。
 だが、謝罪はしなかった。相手が隠したがっている以上、それすらまた、踏み込むことになるからだ。だから朝倉は気付かない振りをして、話題を変えることにする。

「いやいや、横島。それは周囲の男達の見る目がなかっただけよ。
 では次の質問!
 宮崎と知り合いみたいだけど、一体どういう経緯で知り合ったんですか?」
「昨日、本に挟まって身動きが取れないでいるところを助けてもらったんだ」
「ほ、本に挟まるって……」
 ・
 ・
 ・


 でもって10分後。

「――はいっ!そのカードは上から順に審判・恋人・ワンドの3!」
「うわっ、当たってる!」

 なぜか横島は、カードマジックを披露していた。
 このカードマジックは、タロットを使い始めてから、カードを手早く、しかも敵に悟られないように取り出すために覚えたものだが、そこは趣味人の横島、いまでは戦闘とは全然関係ないマジックまで出来るようになっていた。

「んじゃ、そろそろお開きにするか?」
「えぇ〜っ!もっとやってよ!」
「ごめんな、風香ちゃん。休み時間に他のもやってやるから」
「む〜。ま、しょうがないか。忠っち!絶対だからね」
「おう!」

 応えて風香のツーテールを撫でる横島。いつの間にかその横で、司会進行をしていた朝倉が

「アシスタントの鳴滝風香さんに拍手!」

わぁぁぁぁぁっ!

 歓声と拍手が沸きあがる。横島は軽く会釈しながら、いくつかの席を見る。

(この時間じゃ遅刻って訳でもないんだな)

 最初に向けた目線の先は廊下側最後尾、茶々丸とエヴァの席だった。

 ネギが横島の紹介をする前に、葉加瀬という三つ編みで髪を二つに分けた生徒の話では、茶々丸が風邪を引き、エヴァがその付き添いをしているということだったが

(たぶん、あの時の怪我だよな)

 両腕で叩き込んだ霊力と、水の矢を避ける時に削った外装。特に前者の攻撃は、深部まで及んでいたはずだ。エヴァが、あるいはその支援者がどれだけの技術力を持っているかは知らないが、あの損傷を一晩で全快、というわけにも行かないのだろう。
 それについて横島は当然として、エヴァたちがいないことに安堵したネギも、すぐ後に落ち込んだ。

「自分の生徒が怪我したのに、僕ってば喜んで……」

 ネギの呟きは、横島の耳に残っている。

(カオスあたりに聞けば何か解かるかな?)

 同じ人造人間の持ち主であるカオスなら、何か知っているかもしれない。横島はネギを誘って、昼にでも研究所に行こうと考えた。
そして次に、視線を左手奥から教室の対角線に沿って右手前に移動する。そこには―――

「つーわけで!時間も押してまいりましたので、これにて横っちへの質問タイムは終了とさせていただきます!」

 横島の思索は、隣の朝倉の声によって中断させられる。

「では最後に、横っちに質問権をプレゼント!このクラスに関わることなら、この朝倉が何でも答えてあげましょう!」

 いつの間にか横島をニックネームで呼ぶようになった朝倉は、横島の口元にマイク代わりのペンを突きつけて

「さてさて、なにをしりたいのかな〜〜?恥ずかしがらずに大声でどうぞ!」
「いや、べつに恥ずかしいことなんて聞かないし……」

 もはやテンションが二次曲線的にうなぎのぼりな朝倉に、さっきの思索で少しだけ冷静さを取り戻した横島は、引き攣った笑顔で一歩引き

「……あっ」

 さっき見ようとした最前列、窓際の席が目に入る。それと同時に、質問が思い当たった。

「それじゃあさ。朝倉、お前の隣に座ってる―――」

 横島は誰もいないはずの窓際の席、通称『座らずの席』を指差して

「―――あの子ってさ、人見知りするタイプ?」


 3Aの騒乱は、まだ終わらないようであった。


 着任一年足らずで、ドクターカオスは麻帆良でも有名な教員となっていた。
 千年を生きる錬金術師というプロフィール。
 通常の生物単体では持ちえぬほどの、膨大な知識と実践の経験。
 そしてそのくせ、足し算どころか10進法すら間違うそのボケっぷり。
 普段は大学で教員をし、時たま中等部や高等部の理科の代理講師を行うなど、活動範囲も広い。
 その上美女、マリアをいつも連れているともなれば、有名にならないほうがおかしいだろう。
 そんな名物教師カオスは学園長室を辞した後、大学の研究棟を歩いていた。すれ違う学生達のうち何人かは、会釈をしたり声をかけたりする。カオスはそれごとに返事をする。

(愉快なものじゃ)

 かつて若い頃(といっても300歳頃のことだが)、カオスにとって他人は不要な存在だった。
 自分より劣っているものと組んでも利益はない。天才とは常に孤独なものだ。
 今、思えば噴飯ものだ。
 不死身とは名ばかりの、ただ朽ちるのが遅い体。生み出した数々の作品も、時の試練に打ち勝つことなく、劣化していく。最高傑作のマリアとて、いずれ生滅の定めにとらわれるだろう。
 だが教えるという行為、知識の継承はそうではない。
個人の脳内にあるだけでは、知識は一個人の時間的、空間的活動の範囲でしかその意味を成さない。だがそれを他者に教えればその限りではない。いまだ人が踏み込めない世界の真理という処女地に足跡を残すための助けとなり、学問全体としてみた時、その速度は爆発的に加速されるだろう。
 例え今、カオスが教えている生徒達がカオスより先に死に絶える定めであるとしても、カオスが彼らに与えた知識は、彼らの行動を支える。あるいはその知識はさらにその後進へと譲られるかもしれない。
 そうすればカオスの集積した知識は、例えカオスという名前と存在が消えたとしても、その知識を受継ぐ者がいる限り、創造主の秘儀を暴き続ける。
なんとも愉快な話ではないか!
教職とは、純然たる学者―――真理の探求者であるカオスにとってまさに天職なのかもしれない。

「それに、金にも困らんしな」

 自分の想いにオチをつけると、カオスは自分の教え子の中でも、特に優秀な者が使う研究室の扉に手をかけ

「ドクターカオス。そこは・トイレです」
「ん?おお!すまんの、マリア」

 二段オチをかまし、トイレの辻向かいの扉を開けた。
部屋の中身は乱雑だった。
使われているが故に清潔を保った機械群。
主のみにしかわからない合理性に基づいて配置された資料群。
 学者の部屋。その様は、カオスに懐かしさを感じさせた。

「遅いぞ、ドクター」

だが、そんな感慨すら許さない無粋な声。
 音程は少女のものだが、込められた響きには年季に裏打ちされた何かを感じる。
 声の発信地はソファー。そこにはこの部屋の主でもないのに、我が物顔で居座る金髪の少女がいた。

「相変わらず尊大なものだな、小娘」
「その呼び方は止めろ、老いぼれ。ひねりつぶすぞ?」
「ふん。6世紀程度しか生きとらんお前など、わしから見れば十分小娘じゃよ、マクダウェル」

 主たちは言葉の剣で殴りあい

「マスターが申し訳ありません」
「ノー・こちらこそ・お待たせして・すみません。茶々丸」

 他方、従者達は我、関せずとのんびりしていた。


 霊能生徒 忠お!  五時間目 〜Stand by her〜


 その人は、彼女が欲しいと思っているものを全て持っているような人でした。
 黒くて綺麗な長い髪。明るい笑顔。そして溢れるばかりの生命力、いや存在感。
 それは白子で、暗くて、幽霊であり存在感のない彼女にとって、まぶしい存在だった。

(うらやましいな)

 妬ましいとは思わない。だが、純粋にうらやましかった。
 おしゃべりする相手がいない寂しさ。夜の校舎の怖さ。
 孤独の悲しさを誰よりもよく知っている。
 だから心根の優しいさよは、せめて彼女が自分と同じような孤独を感じずに、このクラスに馴染めることを願った。
 だが、その願いは無意味だった。
 その少女はあっという間にクラスに溶け込み、まるでずっと以前からいたような馴染みっぷりを見せた。
 あたかも、このクラスの全員と、すでに友達であるかのようだった。

(お友達になりたいな……)

 思う望みは、しかし叶えられないものだという事を、彼女―――相坂さよは経験的に知っている。
 幽霊で、しかも存在感がとてつもなく薄い。どんな退魔士もGSも、自分の存在を感知することすらできなかった。
 誰も自分のことなんか気付いてくれない。それはさよにとっては自明の理だった。
 だから

「それじゃあさ。朝倉、お前の隣に座ってる―――」

 唐突に自分に向けられた、視線と指先と笑顔に

「―――あの子ってさ人見知りするタイプ?」

 止まっているはずの自分の心臓が、跳ね上がるほどの驚きを感じた。


 ネギは教室全体の体感気温が、ガクッと下がったのを感じた。

「……?どうしたんだ、みんな?」

 気温低下の原因を作った横島は首をかしげる。
 なお、彼女が指差す先は、朝倉の隣の空席。
 空席という単語が示す通りその席は空であり、横島が言った「あの子」に該当する人物の影は見られない。
 どういうことだろうと、ネギは手元の出席簿を手に取り調べる。
 席の主は、相坂さよ。「1940〜席、動かさないこと」というタカミチの書き込みがあった。

(見たことないな)

 ネギはかねてからの疑問でもある、この相坂という生徒のことを考える。が、結論がでるはずもない。
 故にネギは、まず当面の疑問、つまり横島の行動について質問した。

「横島さん。この子って、相坂さよさんのことですか?」
「そうだけど……、どうかしたのか?」

 ネギの質問に問い返す横島。ネギは誰もいない席を見ながら、問い返しの意図を考える。だが、ネギが続きの質問、もしくは解答を出す前に、アスナが横島に言った。

「ねえ、横島さん……『この子』ってどんな子?」

 半ば震える声のアスナに、横島は一片の気負いもなく、ただ戸惑いが感じられる声で

「どんなって、綺麗な白いロングヘアの、幽霊の女の子だけど」

 今度こそ、クラスは沈黙した。
 ひそひそ話はおろか呼吸音さえ止まっているのではないかという沈黙。
 その中で、ただ独り動きを止めないものがいた。横島だ。
 横島は、その異常な事態に戸惑いながら

「ど、どうしたんだ?みんな……あっ!ひょっとして、実はさよちゃんが隠れてたのってドッキリのネタだったのか!?俺があの席に座った時、いきなり『うらめしや〜』とか言って出てきて驚かそうとか!いや〜すまん、気付かなくて。あ、いやこの場合むしろ気付いちゃって……うん?」

 言葉を途中で区切ると、横島は首をかしげて座らずの席を向き、独りで会話をはじめる。

「え?違うって……皆が見えてない?」
「いや、その隠密ぶりは存在感が薄いとかそういう次元じゃないだろう?」
「ああ、実は俺って霊能力者でさ」
「いやぁ、そんなに褒められるようなものでも……あ、そうだ。それじゃあお近づきの印ってことで」

 何らかの合意に達したのか、横島はタロットカードを2枚取り出し。

「太白。銭の符に収斂の能を与えよ」

 呪を呟き二枚の内、コインのカードを空中に差し出す。

「持ってみて」

 笑顔を向けて

 シュン!

 横島の目の前で色を持った風が巻き起こる。
 そのつむじ風が収まるとその中央には、一人の少女がいた。
 長く癖のない白い髪。赤い瞳。セーラー服。だがそれらの全てを越えて特徴的なのは、彼女に足がないこと。

「あの……これは一体?」
「おまじないだ。これで皆に姿が見えるようになったはずだぞ」
「えっ、本当ですか!?」

 足がなく、空中にふよふよと浮かんでいる少女はクラスメートに問いかける。

それからきっかり三秒後、


『きゃああああああああああああああっ!』

本日最大の叫びが3年A組から発せられた。
 それがトリガーとなって、全ては動き出す。

 初動は鳴滝姉妹。ダッシュでエヴァの席まで退避。お尻を突き出したポーズで頭だけを机の下に隠す。それに続いてのどか等の怖がり組も避難。その怖がり組みと一緒に、なぜかうれしそうな顔で避難する木之香を守るように刹那が剣を構え、何らかの契約があるのか真名もそれに倣う。一見冷静そうな夕映はオカルトGメンに電話しようとした携帯で時報を聞き、あやか達は保護を口実にネギを抱きかかえ至福の表情を浮かべ、その背景では楓が無意味に16人に増殖。チャオと葉加瀬はどこからともなく封神と書かれた銃器のようなアイテムを取り出し、それを装備した除霊討伐隊が有志によって結成。クーフェは幽霊よりその新発明に強い警戒を見せ、亜子は有用性を不審がるも、「コラ!お前ら朝っぱらから何を……」と突入してきた新田先生に驚いて反射的に撃ってしまったハルナの銃の先端から発射されたビームが新田を焼いたのを見て納得し……


 とまあ、とどのつまり、早い話が3年A組はパニックに陥ったのだった。

「な、なんだ!何が起こったんだ!?」
「あああああ……なんか大変なことにぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

そしてそのパニックは、原因となった二人にも波及していた。横島は霊波刀を作って周辺を警戒し、さよは滂沱の涙を流す。事態は、まさに収拾不能だった。


「―――で、さよちゃんは悪霊なの?」
「あ、悪霊なんて滅相もないです!私はただのしがない地縛霊です!」

 朝倉の質問に、さよはあわてて否定する。
あの騒乱の後、どうにか平静を取り戻したクラスの面々は、興味深げにさよを取り囲んでいた。
 時刻がよるならば怖がって近づかなかったかもしれないが、今は朝っぱら。その上さよは完全に実体化しており、不気味さは全く感じられない。
 故に、基本的にお祭り騒ぎ好きな麻帆良の人間の代表みたいな3年A組の面々が、この新たな―――というのは語弊があるが―――クラスメートに強い興味を示すのも当然だった。

「私、麻帆良中学のA組の教室で、60年ほど幽霊をやってるんです。
 けど、私……幽霊の才能があまりないらしくって、存在感が薄いとゆーか、ぜんぜん気付いてもらえなくて……。ずっと独りで……」

 ぽつぽつと身の上を語るさよ。
 それを聞いた横島が「幽霊の才能って……おキヌちゃんも言ってたな、似たようなこと」と呟いたのを何人かが聞いたが、そこを問い詰めるとまた収拾が付かなくなりそうなので無視した。

「あ!別に誰かを驚かそうとか、恨みを晴らそうとかそーゆーのじゃないんですよ!
 ただ、何年も話す相手がいないのは幽霊でも辛いってゆーか、一人ぼっちは寂しいってゆーか、その……」

 さよは俯いていた顔を少し上げて、

「…一人ぼっちはいやで、お友達が欲しいなぁって……」

言ってから、また俯く。
 数秒。だが、誰も一言も発さない。
 その沈黙を得て、さよは後悔を覚える。

(そう……ですよね。幽霊なんかとお友達になりたいなんて思いませんよね)

 考えれば当然のことだった。
 例え姿が見えようとも、所詮自分は彼岸の存在。不気味な幽霊に過ぎない。
 そんなものと、友達になろうなどという人がいるはずない。

「…すみません。変なことを言ってしまって……」

と、さよは顔を上げる。だがそこに待っていたのは、穏やかな微笑みをうかべた朝倉の顔と言葉だった。

「いいよ」

 言われたさよは、最初、なんのことだか理解できない様子だった。いや、理解しても信じられなかった。

「友達になろ、さよちゃん」

 だが重ねて言った朝倉の言葉で、さよは改めて確認する。
 朝倉はさよに、友達になろうと言っているのだ。

「ほ、んとうに……本当にお友達になってくれるんですか!?」
「うん。丁度席も隣だしね。それに、皆もさよちゃんの友達になってくれるでしょ?」
「ええ、もちろんです。クラスメートなんですから」

 朝倉の問いに最初に答えたのはネギだった。それに続くように私も私もと、皆が友達として名乗りを上げていく。
 その様子を、さよは呆然としながら見る。だが、いくら信じられなくとも、そこにある光景は事実だった。

「よかったな。とりあえず、これで30人は友達が出来たぞ?」

 横からかけられた声は、自分の姿を他の人たちに見えるようにしてくれた―――自分が友達を作る機会を与えてくれた人の声。

「横島さん……あの、本当に、なんていったらいいか、その……」

 あまりにも嬉しくて。
 あまりにも信じられなくて。
 冷たい幽霊の体になって以来、感じたことのないような暖かい思いが溢れ……

「ありがとう……」

 さよの姿は、消え去った。
 ネギたちは慌てて周囲を見渡す。

「どうしたんですか、相坂さん!?」
「あれ?さよちゃん?」
「どこ行ったアルカ?」

 読んでも、返される声はない。
 そのことに、皆は理解した。相坂さよはもうここにはおらず……

「成仏、したようです」
「……そう、良かったわね」

 潤んだ瞳でネギは空を見上げ、アスナも同じ表情をうかべながらネギの肩にポン、と手を置く。
 どこからか聞こえる弔いの鐘。皆、それを聞きながら、二年間同じ時を過ごし、しかし僅かにしか語らうことの出来なかった友を想い……

『いや、まだいるけど……』
「(おーい!私はまだ成仏してませんよーーー!)」

 横島と真名は、一所懸命手を振って自己主張するさよを指差しながら、呆れたように言った。

「お、おまえら……今は、授業……中、ぐふっ」

 そんな中、ビームの直撃を受けてから放置されていた新田の方こそ、本当に成仏しかけていた。


 さよの代わりに成仏しかけた新田を保健室に送り届け、A組はようやく授業に入ることが出来た。

「ではここを横島さん、読んでください」
「へ?あ、はい!えっと……ごめん、裕奈ちゃん、どこ?」

本日一番印象深かった人の名前を呼ぶネギ。
 一方、エヴァの隣の席で、ボーっと学園長から貰ったばかりの教科書を眺めていた横島にとっては不意打ちだったらしく、慌てて前に座る裕奈に場所を聞く。
 当ててからネギは、横島は転校したてであり、現在の範囲が解かってないのではないかと考え、フォローすべきかと思ったが

「ん、サンキュ。
 え〜と……。
I was born in the year 1632, in the city of York, of a good family, though not of that country, my father being a foreigner of Bremen, who settled first at Hull.………」

 しかし場所を聞いた横島は、ネイティブの如くすらすらと読み始める。
 いくら原作中で赤点上等の横島とはいえ、一応高卒。しかもおキヌが六道女学院を卒業し学業による拘束がなくなってから、よりいっそう活動範囲を広げた美神除霊事務所の所属である横島は、十数種の言語をナンパできる程のレベル(というかそれが目的)まで習得済み。中学英語くらい、当然の如く余裕であった。
 とりあえず、大丈夫そうだと判断したネギは横島の朗読する姿を眺める。
 現在のネギのテンションは、出かけの時に比べ、格段によくなっていた。横島に会ってから始まった怒涛の展開のため、エヴァンジェリンという悩みが、一時的とはいえ吹き飛ばされたからかもしれない。
 だが特に教室の一隅、横島の隣、エヴァンジェリンの席が目に入ると

「ふう……」

 ため息。それと共に口から無理矢理上げられていたテンションも抜け、力なく教卓に寄りかかってしまう。

(はぁ〜〜〜〜。新学期早々大問題が……)

 昨日の夜から今まで、実のところ半日ほどしか経っておらず、解決の糸口さえ見えてこない。
 新任先生に突きつけられた問題は、不良(?)生徒。しかも歴戦の魔法使いとその従者。

(やっぱり魔法使いにパートナーは必要なんだ……)

 諭すにせよ叱るにせよ、とりあえず対等の立場―――戦力を得ないことには話にならない。だが、そのためにはパートナーの存在は不可欠。

(けど、そんなすぐには見つかるわけないし……)

 再び、ため息。
 ネギは物憂げな表情で、教室を見渡す。

(この中に僕の運命的なパートナーがいたらなあ……)

 ポーッとした表情でネギは皆を眺める。
 そんなネギに、笑いかける者やときめく者、純粋な疑問を持つものや変な顔をしてみせる者等々……。だが、そのどれを見てもネギの中に「これだ!」という感触は沸かず……

(ダメか――……)

 三度、ため息。
 そんな哀愁漂う美少年の様子に、食指を動かさないA組ではない。

(ネギ先生の様子、おかしいよ)
(ぽーっとした目で私達のこと見て……)
(ため息ばかりついてるし)
(ひょっとしてこの間の!)
(パートナー探しってやつ?)
(ネギ先生王子説事件!?)
(じゃあまだ探してるの!?)
(えーー!ウソv)
(春は恋の季節やし!)

 ヒソヒソは、すぐにザワザワへと変わる。
 しかし物思いにふけるネギは気付かず注意することもない。
 そのうち、好奇心が臨界点を越えた彼女達が、直接ネギに聞こうとした時

「おいネギ。この章、最後まで読んじゃったけど?」

 丁度タイミングを計ったかのように、横島が声を上げた。

「えっ!?は、はい。ご苦労様です。横島さん。
 あ、それと……」

 ネギは躊躇うように間を置いてから

「横島さんはパ…パートナーを選ぶとして、十歳の年下の男の子なんてイヤですよね……」

ピシッ!

 ネギがその台詞を口にした瞬間、緊張の音がネギと横島以外の全員に聞こえた。現実の音ではなかったが、その空気がひび割れたような音は確実に皆の耳に届いていた。
音源は、あやかやのどかや……端的に言って、大なり小なりネギに好意を寄せているメンバーだった。

(そそそそ、そんな!認めませんわ!いきなり登場して横から油揚げをさらっていくトンビの如くなんて!)
(横島さんが相手なんて……か、勝てるわけが……)
(くっ……89は胸囲、いや脅威ってことか!?)
(やっぱりネギ君も男の子ぉ!)

 等々、心中穏やかならざる沈黙が広がる。
 しかし横島は全然気付くことなく、

「いや、年齢は関係ないだろ?必要なのは、信用して背中を預けれるかどうかじゃないか?」

 と角の立たない一般論を言う。
 だが、そんなありきたりな言葉も外見美少女、中身歴戦のGSが言うと、まるで至言のように聞こえる。しかも、その美貌の口元に微笑を浮かべたとなると

ドキッ

 と、ネギの胸に妙な動悸が生まれた。

(……って、だ、ダメ!生徒と教師がそういう関係になっちゃダメだってお姉ちゃんも……!)

 一瞬の赤面の後、苦悩するネギ。さらにその様子を見たクラスメートは

(バ、バカネギ!あんたガキで先生の癖に色気づいてんじゃないわよ!)
(横島さん!あなたとはいいお友達になれるかと思ってましたが勘違いだったようですわ!あなたは敵ですわ!)
(どうしようどうしようどうしよう……!横島さんがライバルなんて!)
(横島さんとネギ先生……お似合いかも。お友達としては協力……あ、けど宮崎さんや他の人もネギ先生のことが好きみたいだし、私も結構……)
(ネタだ!子供先生と謎の転校生の熱愛……いや、片思いか!いずれにしてもオッズに変化だ!)
(ラブ臭が……ラブ臭が溢れかえってる!?しかも中心のはずの横島さんからは、欠片も臭わないなんて!明らかに一方通行ラブコメパターンじゃない!)

 純水を静かに加熱すると、沸騰しないまま百度を越える場合がある。しかし、その湯は僅かでも衝撃を加えると、突沸する。
 現在のクラスの状況も、まさにそんな感じだった。
 状況が掴めない横島。自分の思いに慌てるネギ。そしてもっと慌てるクラスメート。いずれかの要素が少しでも動けば……爆発する。
 そんな微妙な均衡は

キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪

 スピーカーから聞こえてきたチャイムの音で、爆発を経ずに崩れた。

「あ、そ、じゃ、じゃあ今日の授業はここまでです!授業に関係ない質問してすみません!」

 時間に救われた形のネギは、慌てた様子で教室を出ようとする。
 高まった緊張も、チャイムという形で入った水により緩み

「あ、ネギ」

しかし、状況を理解しない鈍感バカにより、

「昼休みさ、空いてるか?少し付き合って欲しいんだけど」

 再び緊張の糸は引き絞られる。

「はい。空いてますけど、一体どこに……」

 呼び止められ小首をかしげるネギに、横島は軽くウィンクをして

「デートの行き先を先に聞くのは野暮ってもんだろ?」

 たまたま、本当にたまたま格好を付けた台詞で言ってみる。
 普段ならここで美神に「似合わないわよ」と軽く頭をはたかれるところだが、生憎ここにいるのは突っ込み上手な上司ではなく、色恋沙汰に目がない思春期の少女達。

 緊張の糸は、弾け飛んだ。

『えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇェェェえぇぇぇぇぇぇぇェェぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』

 湧き上がる黄色い悲鳴を前触れとして、横島の席に向けて人間の津波が押し寄せる。

「横島さん!デートってマジ!?」
「本気でネギ君狙いなの!?」
「忠っち!早く手品の続きぃぃぃぃぃぃっ!」
「横島さん?いんちょと同じショタコンなん?」
「待て!デートってのは喩えで狙ってなんかねぇし、風香ちゃんはちょっと待って、って言うか俺はショタコンやなぁぁぁぁぁぁぁい!」

 もみくちゃにされながらも、一々対応する横島。
 その隙を突くようにネギは走り出す。

「し、失礼します!」
「おい、ネギ!昼は俺が職員室に迎えに行くからな!」

 その背中に横島は声をかけ、取り囲む少女達はその内容にさらに白熱する。


 その輪から少し離れたところで、

「どうしよう、夕映。私なんかじゃ横島さんに勝てないよぅ……」
「大丈夫。のどかも十分魅力的です。確かにプロポーションではク●リンと魔●ブーくらいの差はあります。ですがこちらには一ヶ月とはいえ時間的なアドバンテージがあります。
 それに前髪のこと、授業中に当てられた時、のどかもネギ先生に褒めてもらってたじゃないですか」

 確かに、夕映の言葉通り、授業中に当てられた時、のどかはネギに「かわいいですね」といわれている。だが、その程度では横島に勝てる自信の根拠になりそうにない。

「でも……」
「さらにです」

 夕映はのどかの弱音を途中で押し止める。

「横島さんはネギ先生を好きというわけではないみたいです。つまり、短期決戦を狙っていけば、十分勝機はあります」

 そういう夕映とのどかの耳に、あやかとアスナの会話が届く。

「アスナさん。何かご存知じゃなくて?」
「いや、えーと、あの、何かパートナーが見つからなくて困っているみたいよ。
 それで、パートナーが見つからないと大変なことになるらしくて……」

 途端に沸き立つ教室。
 王子様説に信憑性が出てきたの、王妃様になって美味しいもの食べ放題など……。
 そのうち、放課後にネギを拉致って云々という計画まで練られはじめる。それを聞いた夕映は、のどかの手を強く握り

「チャンスです!ここで一気に決めるのです!」
「は、はい!」

 勢いに押される形で、のどかは頷いたのだった。


(昼は眠い……)

 エヴァは葉加瀬の研究室で、カオスが茶々丸を修理するのを見ながら、舟を漕いでいた。
シリンダーは筋。ワイヤーは腱。歯車は間接……。
 有機的に組み上げられた無機物群を、カオスは丹念に摘出し、調整し、設置していく。
 いくら人にあらざるものだとしても、それが人と同じ姿で、同じように動く以上、その構造は人体に類似し、それに手を入れる様子もまた手術に似る。
 カオスの手が織り成す術は衰えを感じさせることもなく、舞踊の如きある種の芸術だ。
 だが、それも長時間見ていれば飽きてくる。

「マクダウェル」

 あくびをするエヴァに、カオスは手術の手を止めず、話しかけてきた。

「一体何とやりあったんじゃ?」
「……別に。ちょっと飛行に失敗して墜落しただけだ」

 エヴァはそっぽを向いてウソを答える。もちろんバレバレなのは分かっている。機能攻撃を受けた茶々丸の腹部中心には、霊力の残滓がまだあるだろう。エヴァの位置からはカオスの背中しか見えないが、それでも目を逸らしてしまうのは、苦手意識のせいだ。
 エヴァとカオスの出会いは500年程前。吸血鬼としては駆け出しのエヴァと、ボケが始まったとはいえ、最盛期となんら遜色ない力を持っていたカオス。出会いは圧倒的な実力差の下で成され、その第一印象は実力差が逆転している現在でも尾をひいている。

「ふむ、そうか」

 ウソと気付いているはずの、しかし気のない返事にエヴァは不機嫌そうにため息をつく。

「む」

 エヴァが、学園への侵入者の気配に気付いたのはその時だった。
 登校地獄の呪いの一環として、エヴァには学園の結界を抜けたものを察知する超感覚と、それを確認しなくてはならないという義務が付加されている。

(面倒だが……どうしたものか?)

 無意識に調べに行こうとする体を抑え、エヴァはこの侵入者と昨夜の横島忠緒とかいうGSのことを思い出す。
 麻帆良への侵入者は少なくないが、二日連続ということはまずない。

「(あの女と関わりがあるか否か……)おい、ドクター。茶々丸の修理はまだ終わらんか?」
「修理自体は、あとはハッチを締めるだけじゃから10分じゃ。だが、検査を含めれば二、三時間はかかるがのう」
「……そうか」

 カオスの返事にエヴァは軽い落胆を覚えるが

(まあ、大丈夫だろう)

 強気にソファーから身を起す。

「どうした」
「学園内に進入した者がいるらしい。少し調べてくる」

 10歳の少女となんら変わりない今の体で赴くことに、不安がないわけでもない。
 だが、エヴァの強みは魔力だけではない。600年にもわたる闘争によって培われた経験。その研鑽こそが真の強さだ。
 この姿でも、大抵の相手に負けることはない。少なくとも出し抜くことは出来る。

(あの、横島とかいうレベルの相手でなければな)

 そう思いながら部屋を出ようとして、その前に扉が開き来客があった。

「失礼しまーす!カオスの爺さんいるってうおっ!?」
「どうしたんですか横島さ!うわぁ!エヴァンジェリンさん!?」

 二人の客は、扉の前にいたエヴァの姿を見て驚き飛び退いた。
 しかし、驚きの大きさはエヴァも負けてはいなかった。

「な、なぜ貴様たちがここに!」

 エヴァは驚愕に震える指先で、突然に訪れたバンダナを巻いた黒髪の少女―――横島忠緒と、それに同伴していたスーツ姿のネギを指差した。


 昼休み。デートという単語によって与えられた苦悩とトキメキで飽和状態になっていたネギに、横島は

「おしっ。んじゃ、時間がないから急ぐぞ」

 色気も何もなく、ネギを抱えると走り出した。
 一体どうしたのかと話を聞くと

「茶々丸って子のこと、気にしてるんだろ?」

 横島曰く、アンドロイドのマリアを連れているカオスなら、おなじアンドロイドの茶々丸についても何か知っているかもしれないということ。

「ええっ!マリアさんと茶々丸さんってロボなんですか!?」
「いや、明らかにそうだろ!」

 そんなこんなで、大学工学部棟にあるカオスの研究室に行ってみるが、生憎カオスは不在。しかし扉にかかっていたホワイトボードに『ハカセの部屋』と書かれていたことから、事務に問い合わせて場所を訊き、行ってみることにした。

「失礼しまーす!」

 と、扉を開けたその目の前には、昨夜戦った吸血鬼の少女。

「うおっ!?」
「うわぁ!エヴァンジェリンさん!?」
「な、なぜ貴様たちがここに!」

 驚くネギと横島だったが、それはエヴァも同じのようで、彼女は震える指で二人を指差したのだった。


(面白いことになったのう)

 ボルトを締める手を止めて、カオスは状況を観察する。
 カオスは、大体のところで全員の事情を理解していた。
 エヴァが満月の夜前後に吸血を行なっていたことは掴んでいたし、その目的がネギの血により呪いを解くことだとも分かっている。茶々丸の腹部の破損部から横島の霊波が感じられていたことから、横島とエヴァたちが、昨晩戦ったことも予想できる。そして今朝のネギと横島の第一声で、ネギがその戦いの場にいたことも分かる。
 これだけの事実を知っていれば、ネギ、エヴァ、そして横島の関係を想像するのは容易だった。

(どうなるか?)

 誰がどう動くか。好奇心溢れる目で三人に注目するカオス。だが、この部屋で最初に動いたのは、その三人ではなかった。

「横島さん」

 横島と部屋の中を遮るような位置で立ったのは、今まで無言でカオスの手伝いを務めていたマリアだった。
 意外な人物の意外な行動に皆は注目するも、マリアはそれを意に介することなく横島を見つめる。

「……な、なんだ?マリア」
「茶々丸の・修理の・時に・損傷部から・横島さんの・霊波が・観測されました。
 つまり・茶々丸の・破損は・横島さんの・攻撃によるものだと・確定できます」
「お。おう……」

 まっすぐな視線に気圧される横島。しかしマリアはそれでも視線の強さを緩めることなく、言った。

「つまり・横島さんは・茶々丸を…………いじめたのですか?」

 ずべっ

 横島たちは、「いじめ」という微妙に緊張感に欠ける単語でこける。

(そういえばマリアは茶々丸のことを妙に気にかけてたからのう)

 テレサの事件の影響かと、カオスは一緒にこけながら思う。
 その視界の中で、いじめっ子扱いされた横島は、絶妙に嫌なキャプションを撤回すべく立ち上がる。

「ちょっと待て、アレはイジメじゃなくてだな!」
「いじめたのですか?」
「いや、女の子でもロボっていうか、敵だったし……」
「いじめたのですか?」
「だから……」
「いじめたのですか?」
「……」
「いじめたのですね?」
「……はい」
「女の子を・いじめるなんて……」

マリアは今まで叩きつけるようにまっすぐ向けていた視線をずらし

「最低・です」

 グサッ!

 鋭い何かが横島の心臓を貫通する。横島は一瞬の石化のあと崩れ落ちた。

「し……仕方がなかったんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!あの状況じゃあ他に選択肢がなかったんや!」
「今度は・言い訳ですか?見損ないました・横島さん」
「そんなに蔑まんどいてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

横島は五体投地で泣き叫ぶ。その微妙に情けない様子をネギは引き攣った表情で見つめ

「洒落はここまでにしてもらうぞ」

 その目の前で、エヴァが横島に向けて拳を振り下ろす。

どんっ!

 突然の行動に動きが取れないネギの目の前で、およそ少女の細腕によって成されたとは思えない轟音。対爆仕様であるはずの実験室の床が陥没していた。
そう、床だけが。一瞬前までそこで悶えていたはずの横島の姿はすでにない。

「魔法ってワケじゃないな。純粋な技か?」
「ああ。長く生きているといろんな芸が身につくものでな」

 横島の姿はエヴァの横、二歩ほどはなれたところにあった。

「横島さん!大丈夫だったんですか!?っていうかエヴァンジェリンさんもいきなり何を……」
「何を、だと?愚問だな。敵である以上、攻撃するのは当たり前だろう」

 ネギの避難に、余裕をもって応えるエヴァ。
 その様子に、ネギは杖を構えて魔法を唱えようとして

「待てよ、ネギ」

 だが、それを横島は止める。

「横島さん?」
「ここは俺に任せろ」

 横島はネギを背後に庇って立つと、ポケットから一本のボールペンのようなものを取り出した。

(オカルトアイテムか?)

エヴァは間合いを取りつつ、横島の行動を警戒する。
 横島は手に持ったスティックを振る。15僂曚匹世辰燭修譴蓮▲チカチという音を上げながら一気に50cmほどまで伸長。その先端には一枚の白い布が取り付けられていた。
 それはどこからどう見ても――

「……白旗?どういうつもりだ」
「どうもこうもそのままの意味。俺はエヴァちゃんと敵対するつもりはないってこと」

 いぶかしがるエヴァに横島は、旗の先端をピコピコ振ってみせたのだった。


「マスター。横島さんをどう思います?」
「さあな。だが、疑うべき要素はない」

 夕刻、修理を終えた茶々丸をつれて、エヴァは昼休みに感知した侵入者を捜索していた。
 話題は、昼間の横島の言っていたことだった。

「俺はちょっとした理由でたまたま転校してきただけだ。依頼されてここに来たわけじゃない。学園長からはネギのサポートを頼まれているけど、助言以上のことはしない。自分に危害が及んだりしなければな」

 横島の主張をまとめると、そんな感じだった。
 一応、その話に矛盾はなかったし、エヴァが力を満足に振るえず、茶々丸も動けないという状況で、攻撃してこなかったという点を考慮すると、恐らく本当だろう。
 だが、横島が本心を話しているとしても

「あのジジイはどうだろうか?」

 言葉は一歩後ろを歩く茶々丸に放ったものではなく、単なる独り言。茶々丸もそれを理解して、返事を返すことはない。

 横島の言葉。それは横島にとってしてみれば全て真実だろう。だがあの古狸、近衛近右衛門にとってはどうなのだろうか?
 横島は、魔法というものをほとんど知らなかった。つまり『こちら側』の人間ではない。それを、魔法の存在を知らせた上でネギのクラスに編入させる。このことに何らかの意図があるのは明白だ。

「絞って吐かせるか……」

 直接的な行動を思って、しかしすぐに廃案する。
 エヴァの行動は学園長にまで届いているのは明白。つまりいまのエヴァは泳がされているに過ぎない。そんな状況で、下手に藪を突くのは賢明ではない。

「ま、いずれにしても一週間だ。関係はないだろう」

 エヴァが行動を起せるのは、満月の直前まで。その満月の夜はもう終わり、次のエヴァのターンは一ヶ月後。そして横島という要素は一週間で消える。
 問題はない。昨晩の邪魔で、ネギの血を吸い損ねたことは業腹だが、アレは棚から落ちてきたぼた餅だ。受け損ねたからとて、たいして悔しがるべきものでもないだろう。

「とりあえず、あの女のことはもういい。それよりさっさと仕事を片付けるぞ」

 エヴァが気持ちを切り替えて歩みを速め、茶々丸もそれに続く。

「ネギーーーっ!」

 聞き覚えのある声がしたのは、まさにその時だった。

「神楽坂明日菜か?」

 エヴァの推測が正解であることは、すぐに証明された。
 曲がり角から、タカミチに貰った飾りで髪を二つに分けた少女が現れる。

「!?……あんた達!ネギをどこにやったのよ!?」

 身構えるアスナ。だがエヴァには身に憶えのないこと。

「ん?知らんぞ?」
「え……」

 肩透かしを食らったアスナ。そのアスナに対してエヴァは、不敵な笑みを見せる

「安心しろ、神楽坂明日菜。今の私は満月が過ぎれば魔力ががた落ちになる。次の満月まで私はただの人間だ。
ホラ。このザマじゃあ、坊やを捕まえても血も吸えん」

エヴァは口に指を突っ込み、ただの人間程度の長さになった犬歯を見せる。台詞には自嘲の表現が含まれているが、その口調には自信が溢れている。

「次の満月までは坊やは安全さ。
 それまでに坊やがパートナーを見つけられれば、勝負はわからんが……。
 まあ、そこはあの横島忠緒の助言者としての腕前如何だろうな」
「横島さんのことを知ってるの?」
「ああ。昨日の夜と、今日の昼間にな。特に昼は、ネギと仲良くデートをしているのと会ったぞ」
「でっ!デートって……!?」

 エヴァは何気なくデートという表現を使ったが、しかし明日菜に与えた影響は絶大だった。

(あれって冗談じゃなかったの!?まさか本気でデートしてたなんて……)

 今朝の誤解が再燃し、アスナの顔を加熱し赤くする。
 その望外な反応に、エヴァは獲物を見つけた猫のような笑いを浮かべ……

「ん?横島忠緒に嫉妬か、神楽坂明日菜?」
「なっ!」
「子供は嫌いじゃなかったのか?同じ布団で寝ていて情でも移ったか?」
「か、関係ないでしょ!とにかく、ネギに手を出したら許さないからね、あんた達!」

 怒りと羞恥心で顔を赤らめながらアスナは言う。エヴァはそれに対して肩をすくめるだけ。

「まぁ、別にいいがな。では、仕事があるから失礼するよ」

 立ち去るエヴァ。茶々丸も会釈をすると、その後に続く。
 残されたアスナは、ネギがエヴァにさらわれたという最悪の事態ではなかったことに安堵するが、一方でエヴァが残した言葉について考える。

(デートって……マジなの、横島さん。そりゃまあネギはちょっといいなって説きもあるかもしれないけど、ガキなのよ!まさか横島さんっていいんちょと同じショタ……)
「違ぁぁぁぁぁぁぁぁう!」
「ひゃぁっ!よ、横島さん!?」

 突如、響いた横島の否定の声にアスナは驚くが、その叫びは自分の想像に対するものではないと、直ぐに気づく。

「霊力が足りん!集中力もだ!そんなんで世界を狙えると思ってるのか!?」

 叫びは近場、建物の影から聞こえてくる。

「な、何?」

 興味を引かれたアスナは、そちらの方に足を向けた。


(な、何してるの?)

 アスナの疑問は、その光景を見ることでさらに深まった。
 場所は建物の裏手。人目に付かないその場所で横島は独り叫んでいた。

「ダメだダメだ!この未熟者!」

 横島の格好はジャージ姿に鉢巻。そして竹刀を杖のようについているという、いわゆる昔ながらの熱血コーチスタイル。
 その格好で独りでわめくだけでも既に異常だというのに、さらに二つの要素が彼女を常識世界から乖離させていた。
 一つはラップ。足元のコンポから流れるラップミュージックがBGMのように周囲を包む。
 そしてもう一つは、燭台。人の伸長よりやや低いくらいの燭台の上にロウソクが灯っていた。

「立ち上がれ、この根性無しが!
 自分に肉体がないことを忘れるな!声じゃなくて念だ!念で歌うんだ!」

 横島はその燭台に向けて叫んでいるのだ。

「…………どうしよう」

もはや半泣きで、アスナは自分の好奇心を呪った。
 目の前にいるのは今日知り合ったばかりの、ショタ嫌疑がかかっている新たなクラスメート。気さくで美人で頭も結構いいという、いわゆる学園アイドル候補てきな少女だが、今の様子を見る限り、どこか深いところを病んでいるとしか思えない。
 アスナが本気で救急車の必要性を感じ始めたところで、状況に変化がおきる。

「ヘタクソッ!故郷に帰れ……って、あれ。マ、マジ泣き?
 えっと、ゴメン!謝る!言い過ぎだった。よく頑張ってるから!
 いや、迷惑じゃないって。本当だって!そりゃまあちょっと疲れたケド……って、あああ!また泣ぐふぁ!い、痛いって!ポルターガイストは勘弁、うわっ!め、めくるなそんな熱い!ロウソク熱い垂らすな熱い熱痛い!そんな!痕が残るから!それ以前に目覚めちゃうから!」

 突然、横島が土下座を開始したかと思うと、いきなり周囲の物体が浮遊。コンポが最初に横島の高等部を強襲。ついで上のジャージがめくれ上がり、横島の視界を塞ぐ。そしてあらわになった白い背中に向けて、空中のロウソクから溶けた蝋が滴り落ちる。

「ああ、そんな!新しい……新しい世界への扉がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ちょ、ちょっと!横島さん!」

 開眼しかけた横島を、さすがに見かねたアスナは物陰から飛び出したのだった。


「あ、ありがとう、アスナちゃん。もう少しでとんでもない属性を身につけちゃうところだったよ」
「そんなことより、一体何してたのよ横島さん。それにさよちゃん」
「ぐすっ……特訓なんです」

 横島の横で、目元を真っ赤にした幽霊少女、さよが答えた。


 今朝、カードの効果が切れた後、横島はさよに《顕》という文珠をお守りとして与えた(ちなみにあまり文珠のことを知られたくなかったので、ノートの切れ端で折った紙風船の中に直接文珠を作って、周りに見えないようにして渡した)。
 それにより、さよは初めて一日中姿を現したまま授業を受けることができた。それにより当然毎時間、ほとんどの先生が驚いていたが、まあそれは余談である。
 喜んださよだったが、同時にそれではダメだということも理解していた。
 横島のお守りは、感覚的に一日しかもたないということが解かっていた。毎日作ってもらうというわけにはいかないだろうし、そもそも横島は麻帆良に一週間しかいない。
 今後クラスの皆と、共に過ごしていくためには、何とかして自力で姿を現せるようにしないといけないのだ。
 そのことを横島に相談すると、横島は快く引き受けて、かつて横島の師匠が幽霊に施したという特訓を、さよは受けさせてもらうことになったのだ。

「で、前に美神さんが幽霊に歌わせようとした時の方法で特訓したって訳だ」
「ふうん。さよちゃんでもできるの?普通の霊能力者の人でも姿が見えないくらい弱いんでしょ」
「そうでもないぞ。さっきのポルターガイストでもわかると思うけど、さよちゃんって霊力はかなり強いみたいだし、躓いて転ぶってことは、かなり高レベルな物質化が出来るってことだし。それに姿の見える見えないは、あんまり霊力とは関係ないしな」
「そういうものなんだ」

 今一理屈はよく解からなかったが、GSの横島がいうのだから間違いないだろうと、アスナは納得した。

「で、上達具合はどんなものなの……」
「ううっ……それが全然……」

 さよは肩を落とす。歌によってロウソクの炎を揺らすというのが第一段階なのだが、炎はちっとも揺れてくれないのだ。

「まあ、今日明日で上手くいくなんてことないさ。
 前にこの特訓をやった奴なんて、しっかり歌えるようになるまで数ヶ月かかったんだし」

 慰めて、さよの頭をそっと撫でてやる横島。

「けど……私、横島さんに迷惑を……」
「迷惑なんて思ってないって、友達だろ?
 それに、少しずつだけど良くなってきてる。さっきのは選曲が悪かっただけ。
 次はきっと上手くいくから。頑張ろうよ、な?」
「……ハイ!」

泣き止んださよは、涙をぬぐって立ち上がりぐっと拳を握る。
それを見た横島は頷くと、今度はアスナの方を向く。

「アスナちゃん。あのさ、もし時間があるなら聞いていってくれないか?」
「え?けど私、霊力とかそんなのないわよ?」
「ああ、むしろ好都合だ。霊力の無い人にも見えるようになるための特訓だし」
「あ、そっか……。うん、じゃあ聞かせてもらおうかな?」

 アスナは快諾した。ネギのことが頭を掠めたが、エヴァが手を出さないと言っていた以上、危険は無いだろうと思い、後回しにする。

「うん。それじゃあさっきの、もう少しで上手くいきそうだった曲で行ってみようか?」
「はい!」

 さよは答えると、文珠の入った紙風船を横島に渡す。そうすることでさよの姿はアスナの視界から消える。
 横島は、コンポのMDを入れ替える。

「わたしも知ってる曲?」
「たぶんな。有名な映画の主題歌だぞ。四人の少年が死体を捜しに行く話で……」
「……それってホラー?それともサスペンス?」
「いや……まあ、聴けば解かるから」

 苦笑しながら、横島は番号を入力した。


 二人の友人を見ながら、さよは我知らず笑顔になる。
 今までずっと独りだった。これからもずっと独りだと思っていた。
 だが、そんな運命が今日、いきなり変わった。
 切欠をくれたのは、コンポを操作する黒髪の友人。その切欠を繋いでくれたのはクラスメート達と担任の少年。

(もう、死んでも良いくらい幸せです)

 そう思ってから、もう幽霊の癖にと自分に苦笑する。だが、気持ちは本当だった。
 ただ友達になってくれただけではなく、その上、自分のために手伝ってくれるなんて。
準備が整ったのか、横島はコンポから離れ再び鬼コーチモードに入って立ち上がろうとして

「やめときなさい!」

 アスナに頭をはたかれて、しぶしぶ座る。
 そうしている内に、イントロが流れ始める。

「聴いて欲しいな……」

 純粋にそう思う。さよはこの曲が好きだった。
 学校内でも何回か聴き、ネットや本で調べたことのある曲。
 この曲を、聞いてほしいと思う。もしそれで、聴いてくれた人が優しい気持ちになれたのなら、どれだけ素敵なことだろうと、さよは思う。

「頑張ります」

 一言おいてから、さよは歌い始めた。

「〜〜〜♪〜〜〜〜〜〜♪」

 単純なテンポの繰り返しに乗せて送られる英語の歌詞。
 しかし、それが空気を振るわせる声になっていないことに、さよは気付いていた。

(お願い……!)

 必死になって歌うさよ。だが、願いもむなしく声は音にならない。
 涙が浮かぶ。
声が上ずりそうになる。
 諦めてしまいそうになる。
 だが、涙で歪み始めた視界の中で見たもので、さよの心は再び奮い立った。

『――――』

それは、アスナと横島の口元。さよの声と同じように、それは声にはならなったが、しかしその唇の動きから、意味は取れた。

『がんばれ』

 明らかに自分を見ている横島と、そして見えてはいないだろうが、それでも自分のいる方向に目を向け、耳を澄ましているアスナ。
 その二人を見た時、

「――――――」

 さよは、はじけた。


 アスナはコンポから流れる曲を聞いていた。声はまだ聞こえない。だがなんとなく、さよが今、懸命に歌っているというのは感じられた。
 声が聞こえないまま、旋律はメロの部分を消化していく。

(辛いだろうな……)

 アスナはさよを想う。どれだけ一所懸命に歌っても伝わらないことの悲しさを。それはきっと、あやかや木之香など騒がしい友人に囲まれた自分などでは、想像できないほどの孤独だろう。
横島もアスナと同じ想いだった。いや、涙を浮かべながら歌うさよの姿を見ているため、それ以上だったかもしれない。
 だから二人は、ほとんど無意識の内に声を出していた。音を濁さぬように、音ではない、ただ想いだけの声援を。

『がんばれ』

その直後、歌が広がった。


 夕焼けの学園内に、響いた歌声。その歌声を聴いた者は、皆一度立ち止まった。
 それは多くにとって一度は聴いたことのある曲。
 夜の闇も、世界の終わりも、君がいる限り怖くないという、そんな曲。
 傍にいて欲しいと願う曲。
 その単純な旋律に乗って届く歌声は、ただの音というには余りにも深く心に届く。
 傍にいて欲しいという切なる祈り。
 共にいて欲しいという切なる願い。
 歌声は、人々の心に暖かい切なさを残し、通り過ぎていった。


「………どう、でしたか?」

 歌い終えた高揚も過ぎて、さよは二人に聞く。
 そんなさよにアスナは抱きついた。

「すごい!すごかったわよ、さよちゃん!私、感動した!」
「うわっ、か、神楽坂さん!?」

 普段のアスナからは想像できないくらいのオーバーアクションにさよは驚くが、直後にそれ以上の驚きを得る。

「あれ!私、姿が……」
「視覚化のコツが掴めたんだろ」

 横島の声に振り向けば、彼女は腕を組んで優しい表情でさよを見ていた。

「声を届けることも、姿を見せることも、要は相手に自分を伝えるってことだからな。基本は同じだよ。
 おめでとう。さよちゃん。いい歌だったよ」

 横島は、さよに笑いかけた。

「あ……」

 さよは、その目から一筋の涙を流し……スゥッと、アスナの腕の中からその姿を消した。
 アスナは、消え去った柔らかい感触を思い出しながら……

「……そっか……。今度こそ、本当に成仏しちゃったんだね」
「(おーい!私はまだここにいますよーーーー!なんでそんなに成仏させたがるんですか!?
っていうかなんで私また消えちゃったんですか横島さぁぁぁん!?)」
「覚えたてだしな。まだまだ修行が必要ってことなんじゃないか?」

 横島は微笑を苦笑に変えた。

 まさにその時

『キャーーーーーーーーーーーーーッv』

「何!悲鳴!?」
「しかもなぜか黄色い悲鳴だな、コレ」

アスナと横島は、それぞれ温度差を感じさせる反応を見せたのだった。


 社会で生きていくには、法を守らねばならない。
 それは法律のみならず、倫理や習慣などの不文律も含む。
 集団に所属する者は、それを守ることによりそのコミュニティーから保護を受けることが出来る。言い換えれば、法を守らないということは、その法を掲げる集団に敵対するとうことである。
 個が全に背くのは無謀だ。
 大自然の前には全ての生物が無力であるのと同様、社会という造られた自然に対し、構成要素の一つに過ぎない存在が歯向かうことは無謀な行いだ。
 だが

(それでも……!)

 彼はあえて逆らう。目的の達成にどれほどの障害が待ちうけようとも、例え目的を達成したとしても、待っているのは栄光ではなく更なる苦難であろうとも。

(それでも俺っちは……!)

 彼―――アルベール・カモミールは止まることはない!

「女性用下着が欲しいんだぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 決意を持って跳躍。飛び込む先は尊敬する兄貴とそれを取り囲む美女のつかっている湯船だった。


霊能生徒 忠お! 六時間目 〜白いオコジョとワルサを〜


 悲鳴に対する反応は両極端に分かれた。
 方やアスナは駆け出し、方や横島は特に何の反応も示さずコンポや燭台を片付けはじめる。

「あの横島さん、行かなくて良いんですか?」
「大丈夫。さっきの悲鳴は明らかに語尾にハートが付いてたし、それに大浴場からだろ」

 横島は、ネギを元気づける会が大浴場で開かれていることを知っていた。実はそれに横島も誘われていたのだが、さよの特訓と水着を持ってないことを理由に辞退した。

(それに俺の理性がどこまでもつか分からん)

 本音はそれだった。
 ネギのクラスには美少女がたくさん。真名やあやかを始めとした、横島の好みど真ん中な美女も多数。何も知らない横島なら、例え呼ばれなくとも突入していただろう。だが不幸なことに横島は、彼女達が中学生だということを知ってしまっていた。

「何であんなええチチシリフトモモ持ってる美女が中学生なんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 年齢制限には非常にシビアな性犯罪者―――横島忠夫は、自分の現在の肉体を棚に置き、人目の付かないところで絶叫したそうだ。
 まあ、それはともかく。

「見てきたいなら、行ってきな」
「でも……」
「一日で完璧に出来るわけでもないよ。つづきはまた明日な」
「……はい!ありがとうございました!」

 さよはアスナを追って飛んでいった。
 友人達の安否の心配と興味本位の半々といった感じだった。

「さてと……」

 見送った横島は、燭台とコンポをまとめて抱え、自分も悲鳴がした方に向かう。ただし歩みの速度はゆっくり。
 女子寮の玄関で、

(女子寮!それは神秘に満ちた乙女の花園!………あとは、ここに住んでるのが高校生以上だったら完璧だったんだけどなぁ……チクショウ!)

小さくため息をつくと、来客用の案内板で大浴場の位置を確認。
 その視界の隅を白い何かが横切ったのは、大浴場の文字を確認したその瞬間だった。

「!」

 視認と同時に横島の霊感は、その白い動体が霊的な何かを秘めているという事実を察知する。

(いや、この感覚は霊力じゃなくて――魔法の気配か?)

 意識は、平安な日常を生きる一般人のそれから、一流のGSのものへと変容。
 腰を軽く落とし重心は中央。あらゆる方向からの攻撃に備えられる体勢を得る。
 これらの全ての変化はミリ秒の世界で成されたが、白い影はすでに横島の視覚領域から消えていた。だが横島は常に何かに狙われている感覚を得ていた。
 殺気に似た、しかしどこか違う感触の視線。

(こいつは……)

横島が解答を探り当てるより早く、体は経験によって反応し、床に転ぶようにうずくまった。

しゅっ!

 長くなった黒髪が、頭の斜め上を何かが通り過ぎたのを感じた。
 あのまま立っていたら、それによってわき腹を凪がれていただろう。
 横島は若干の戦慄を覚え

(だが、捉えられない速度じゃない!)

 同時に、強気を得る。
 横島の視界上方、自分への攻撃を失敗した白い何かが、壁を足場に水平方向に跳躍。体に回転とひねりを加え、再度横島へと向かう。
 だが視認できている以上、避けることは可能。横島は後転とブレイクダンスをあわせたような動きで右斜め後方に離脱して立ち上がる。
 立ち上がったときにはその白い何者かは、既に着地し視界から逃れるような機動を開始。今度は横島の足元を通り過ぎ、横島の右側に。そちらは、白い物体の二度目の跳躍を追っていた横島の目にとって死角だった。白い物体はその方向から横島に三度目の攻撃を敢行する。だが

「甘いぜ!」

それは横島の誘いだった。
 横島は腕を突き出す反動を利用して、大きく一歩バックステップ。そして伸ばされた腕はその視界の中央を横切るそれの後尾末端―――尻尾を掴む。

「ぐえっ!」

 空中における急な停止で生じた慣性により、高速移動していた何か―――真っ白い小動物は潰れたような声を上げる。

「って、何だこりゃ?」

 横島の疑問はその真っ白い生き物に向けられる。
白いイタチ。それがこの生き物に対する横島の印象だった。もちろん横島は、イタチに深い造詣があるわけでもないので、本当にそれがイタチかと訊かれれば首を傾げざるを得ないが、横島の知っている数少ない動物のレパートリーの中で、一番しっくりくるのがイタチだった。
 が、そんな生き物の容姿など横島にとっては瑣末事。横島の疑問は生き物の種類ではなく、その口にくわえられた物体に向けられたものだった。
 この白いイタチ(仮)がくわえているのは布切れ。それも彩鮮やかで独特な形状の……

「み、水着のブラ?」

 白イタチ(仮)が保持しているものの正体を、横島は半ば信じられなかった。
 しかし事実として、イタチは水着をくわえており、しかも何やら魔法の力を感じる。その上、つい数秒前までの状況を鑑みると……

「つまり、女の子になって女子中学生をやる羽目になった俺は、魔法に関係あるらしい女物の水着をくわえたイタチっぽい生き物に攻撃を加えられたと……」

 口に出し、自分の置かれた状況の異常性を再認識し、横島はちょっとブルーになる。

「ぎぶ・みー・ばっく・まい・平和な日常……」

 現実逃避気味に呟く横島。だがイタチの尻尾を掴む手から力は抜けておらず、吊り下げられたイタチは戒めから逃れられない。

「くそっ……!は、離しやがれ!」

 人間の言葉を口にするイタチ。だがバイト先に人狼と妖狐と人口幽霊と妖精が住み着いている横島にしてみれば、それは十分常識範囲内だったので、なんら感慨を抱くことはなかった。
 とりあえず何者かと聞こうとしたところ、大浴場の方から誰かが走ってくる気配がした。それを察したイタチは、急に動きを止め、

「……へっ。俺っちもここでおしまいか……」

 悔しさと、しかし何かやり遂げたもの特有のすがすがしさを感じさを感じさせる笑みを浮かべた。それを見た横島は……


 大浴場に駆けつけたアスナが目撃したのは、脱げかけの水着姿のクラスメート達とネギ。

「なにやって……」

アスナが怒鳴ろうとした途中、視界に白い物が飛び込んできた。それは水着をくわえた真っ白なフェレットだった。
アスナは白いオコジョに飛び掛られた。だがあわやと言うところで

「神楽坂さん、危ない!」

と、さよがポルターガイストを発動。飛び交う桶で動きを止めたオコジョに一撃を加え、どうにか服に被害を出さずに撃退することができた。
一方弾かれたオコジョは逃げ、水着を盗んだオコジョを追った。

「あのエロオコジョ一体何処に……あ、横島さん!」
「ア、アスナちゃん。どうしたんだ?」

 アスナは玄関先まで出たところで、ジャージ姿の横島と鉢合わせた。

「横島さん!今ここに、水着をくわえた白いオコジョが来なかった!?」
「え、ああ……外に行ったと思ったけど」

答える横島のこめかみ辺りには妙な汗があったが、頭に血が上りかけていたアスナが気付くことはなかった。

「くっ……逃がしたか……」
「一体どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも、変なオコジョが大浴場で、水着を……って、そういえばあんたらみんなしてネギつかまえて何やってんのよ!」

 横島に渋い顔をして説明しようとしたアスナだったが、大浴場におけるオコジョ以外の突っ込みどころを思い出し、きびすを返して大浴場に戻る。
 横島はアスナの後ろ姿が見えなくなってから、独り俯いて口を開く。

「……おい。もう大丈夫だぞ」
「……すんません、姉さん」

 ジャージの中から、スルリと白いオコジョが顔を出した。その口には水着ではなく白い無地のブラジャー。

「って、そりゃ俺んだろ!」
「ああ!しまった!」

 肩に乗ったオコジョの口から横島はブラをむしりとる。
 一方むしりとられたオコジョは、床に降りると、オコジョとしての骨格構造を無視して正座し、やおら土下座に移行する。

「すんません!つい本能とはいえ助けていただいた恩人の下着にてを出しちまうとは!
 申し訳ありません!アネサン!」
「いや、まあ良いけどよ、ってかアネサンって何だよ」

横島は取り戻したブラをジャージのポケットに突っ込みながら、骨格構造を無視した正座という姿勢をとった小動物を改めて霊視する。
 まあ言葉を話したり正座したりすることから分かるように、それは普通の動物ではない。全身真っ白で尻尾の先端が黒。実に毛並みのいい―――

「―――イタチの妖怪か」
「よ!?ち、違いますよ、アネサン!俺っちはケット・シーに並ぶ由緒正しいオコジョ妖精!」
「いや、そんなん聞いたことないし。ま、とりあえずもう捕まるなよ」

 面倒くさそうに横島は言うと立ち去ろうとする。だがそのオコジョ妖精がそれを呼び止める。

「待ってくだせぇ、アネサン!なんで俺っちを助けてくださったんですか!?」

 その問いに立ち止まる横島。黙考するような沈黙を置いてから、

「目だな……」
「?目、っすか?」

 意味が分からず問い返すオコジョ。横島は首だけで振り向き軽い、しかし重い何かを含んだ微笑を浮かべた。

「それはお前が男の――いつか振り返った時、自分に誇れる信念を貫き通した男の目をしてたからさ」
「!!(こ、この人は……!)」

 言われた瞬間、オコジョはその少女の大きさに気付いた。
 いや、大きいなんてものじゃない。
 今の言葉に乗せられたものは、いわば同じ道を征く者同士の間にのみ芽生える共感と尊敬。しかし、そこに含まれた重さは、それなり功徳を積んだと自負している自分にすら出せないだろう。真に道を究めた修験者だけが持ちえる何かが含まれていた。

(この人は……この方は本当に女なのか!?この漢気!真の漢じゃねぇか!)

 身がすくむほどの戦慄を感じるオコジョ。それを尻目に横島は、多くを語らずその場を去ろうとする。夕日の中に消えていくその背中を、オコジョはもう一度、さっきと同じように深々と、しかし謝罪とは違う気持ちを込めて頭を下げ

「俺っちはアルベール・カモミールと申します!アネサン、せめてお名前を……!」

 かけられた声に、横島はもう振り返ることもせず――

「横島忠夫」

 しかしはっきりと、本名(とは言っても読みは同じ)を告げ横島は去ったのだった。

「ヨコシマタダオ……よもやこんな所で、女とはいえ本物の漢と出会うことになるとは思わなかったぜ……」

 カモはその姿が見えなくなるまで頭を下げていたのだった。


「ったく。変な奴に会ったな」

それから一時間後、横島はカモが感じるような感慨とは無縁で、寮の近くにある林の中を歩いていた。日は沈み当たりは暗く、背には、学園長室で預かってもらっていた荷物の一式。

「下着泥棒ってので、思わず共感を覚えちまったぜ」

 どうやら助けた理由は、上司との激しい攻防の日々の記憶だったらし。どうやらアスナと美神のイメージが重なったようだった。
 そんなことを呟きながら歩いていると、横島は比較的大きく枝を茂らせた木を見つける。

「お?いいな、ここにするか」

 横島はポケットから、二つ数珠繋ぎになった文珠を取り出す。入っている文字は《天》《幕》。

「封印文珠、開封!」

 呟いて投げる。すると文珠は光を放ち、それが収まった時には木の根元にテントが一つ建っていた。

「ふぅ。とりあえず、コレで寝るところは確保だな」

 言いながら、荷物を降ろす横島。
 ちなみに断っておくが、横島に部屋が与えられなかったわけではない。だが、学園長が提示した横島の部屋が

「流石に委員長と一緒はまずいな……俺の理性が」

 というわけだ。
 ロリには手を出さない横島ではあっても、クラス第一位の巨乳と(横島本人を除いて)第一位のトップとアンダーの差を持ち合わせる二人が居る部屋に同居というのは、危険だと自ら判断し、野宿という選択をしたのだった。

「おし。とりあえず足りないものもないし……」

横島は荷物を下ろし、肩を回しながら

「―――つーわけで、こっちも一息ついたから、そろそろ出てきたらどうだ、刹那ちゃん」

 背後に向ける声。わずかな沈黙の後

「気付いていましたか、横島さん」

 身長ほどの野太刀を携えた小柄な少女が、木陰から出てきた。


「そろそろ出てきたらどうだ、刹那ちゃん」

 そう声をかけられた時、刹那の心に去来したのは驚きではなく、むしろ納得だった。

「気付いていましたか、横島さん」
「まぁな……つか、あんまり隠す気なかっただろ?」
「ええ。別に気付かれても困りませんし。あなたは敵ではないそうですから」

 二人は割合穏やかな様子で言葉を交わす。だがしかし、刹那は最初声を放った位置から一歩も近づこうとはしない。
 闘気とでも言うべきか?殺気と言うには鋭さに欠け、気配というには重厚すぎる、そんな空気が刹那から感じられた。
 横島はその『気』の圧力に対し―――完全にビビッていた。

(なんでこんなにやる気満々なんだ!つーかなんか怒られるようなことしたか、俺!そもそも教室じゃほとんど話さなかったし昨日の夜だってこっちから攻撃したことはなかったし……はっ!もしや昨日覗いたことを怒って!?ち、ちゃうんや!アレは誤解や!間違いや!俺は中学生の身体測定を覗いてハァハァするようなロリやないんや!俺は……」
「あの、横島さん?いったい何をさっきから……」

 突然ぶつぶつと呟き始めた横島を見て、なんら流石に引きが入り、闘気が萎む刹那。横島はその

「ま、まさか頭の中のことが口から出てたのか!?」

久々の失態にいよいよ顔を青くする横島。
 まずい!もしかしたら自分の正体が……

「あ、ご心配なく!学園長先生からあなたについての正式な説明は受けてます」
「!!!!」

 衝撃。大地が崩れるような衝撃を横島は受けた。

 説明を受けている⇒横島が成人男性だと知っている⇒しかも中学生の身体測定の様子を覗き見していたのを目撃⇒成敗&通報⇒ロリコンの称号&臭い飯

「……へっ。俺もここでおしまいか……」

 どこかで聞いたフレーズを口にして、地面に突っ伏す横島。
 もはや白い灰の塊となったそれを見た刹那は首をかしげ

「あの、横島さんは本当は20歳で、身体測定の時も妙な気配を感じたから覗いたのだと聞いたのですが……。それがどうしておしまいになるのですか?」
「………………えっ?それだけ?」
「はい」

 ぱぁぁぁぁぁぁぁっ!

 その返答を聞いて直ぐ、横島は立ち上がり、蒼白だった顔は笑顔に変わり、効果音つきで色を取り戻す。

「そーかそーか!いやぁ!そうなんだよ!あの時、不意になんかの気配がして、コレはGSとして放って置けないと思ってさ!おもわず覗いちゃったんだよ!(おっしゃ!上手く言いつくろってくれてありがとうございます学園長!)」
「はぁ……。でも、それはそうとさっきの『ハァハァ』とか『ロリ』とかいうのは……」
「あ、ああ!あれは気にしないで!こっちで誤解しただけだから!」

 調子を取り戻し、横島は強引にやや呆然とした刹那をごまかす。

「で、それはそうと、どんな用事?」
「あ、はい。実は……」

 刹那はいつの間にか接近していた横島に握られて、上下に振られていた手を引き離し

「……少し、試合って頂きたいと思いまして」

抜刀。
次の瞬間、近くの茂みの一部が、宙に舞った。


「……(あのタイミングで)よけますか?横島さん」
「当たり前じゃ!(斬られりゃよけるに決まっとるわい!)」

 微妙にニュアンスの違う言葉を交換しながら、至近で一撃を放った刹那と、その必殺だったはずの一撃を避けた横島は、向かい合う。
 一時的に萎え去った闘気を再度燃え上がらせ、刹那は横島に向けて夕凪を構える。

昨夜、マリアが介入して不発に終わった激突だったが、刹那はその結果を敗北として認識した。
あの時、仕掛けたタイミングは刹那のものであり、当然、刀を振る動作にも、刹那の方が早く入っていたのに対し……

(恐らくあのまま斬りあっていれば、相手の刃の方が、早くこちらに届いていた)

もちろん、それで勝負が付くと言うものではない。
一太刀目で出遅れたとしても、まだ敗北していない以上何とでもなった。現に、相手の方が早いということに気付いた刹那は夕凪の軌道を、横島を断つものから霊波刀を弾くものに変えていた。あそこでマリアが割って入らなければ、2撃目、3撃目へと勝負は続いていただろう。
だがその直後、刹那は言い訳できない実力差の証拠を見せ付けられる。
割り込んできたマリアに対し、刹那が斬りつけてしまったのに対し、横島は寸止めしていたのだ。

自分より早く到達するはずだった刃を、自分よりさらに手前で止める。

完敗だった。少なくともあの時あの斬りあいにおいて刹那は、剣士としての技量で完全に敗北していた。

(もし、横島さんが敵だったら……)

 あの後、寮に帰ってから、何度となく成した仮定。
 自分の得意分野である剣術という時点で既に敗北。真名も接近戦では横島に勝てる自信はないと言っていた。
 加えて横島には霊能力がある。
 学園長の話では、かなり腕の立つ霊能力者だそうだし駆けつける前に見た雷から考えても、その能力は極めて高いのだろう。
いくつもの仮定で得られた勝利と敗北は、およそ半々。
 つまり横島が敵だったら、あの状況で二分の一の確率で木之香は敵の手に落ちていたと言うことになる。
 大切なこのちゃんを守ろうと、全てを捨てて修行しつづけた結果が、二分の一。

(逆恨みなのは、分かってるけど……)

この事実は刹那の心に暗い影を落とした。そしてその理由の原因となった横島への印象も、決して良いものではなくなった。
 だが、胸の内に芽生えたのは、暗い感情ばかりではなかった。
 もう一つ生まれた心の動きは興味。戦士として、この横島という人物の技量への好奇心。
 学園長の話だと横島は、元は満21歳の成人女性(男だということは伏せられている)で呪のせいで今の姿に成ってしまったという。
 肉体が変化してどれだけ経ったかは知らないが、少なくとも何年も、というわけではないだろう。ならば当然その肉体が持つ機能―――レンジやパワーや最高速等に、精神が適応しているはずがない。
 だが、その上で―――見習いとはいえ神鳴流剣士である自分を剣で降した。そんな相手が目の前に居る。武道を行く者として、その結果が敗北であるだろうとしても、勝負を挑まずにはいられない。
 正の心、負の心。その両方が刹那に夕凪を構えさせる。

(まだまだ精神修養が足りないな……)

 真剣な表情の下、内心苦笑を浮かべる刹那。だが、いきなり切れ味の良さそうな切っ先を向けられた横島にしてみれば溜まったものではない。

(やっぱり怒っているんやないか!けどなんでいきなり攻撃!?つーか俺が男だってばれてないんじゃなかったのか!それともやっぱ同性から覗かれるのもやなもんなのか!)

 刹那のシリアス気味な心情などお構いなし。原因を覗き方面に求める辺り、横島の意識の占有率が知れるものだ。
 だが、流石に成人し大人になったか、横島は刹那の顔に浮かぶ表情を見て、すこし違う可能性に気付く。

「あ〜っと。なんとなく理由は想像付くけど……なんで?」
「同じく武道を収めるあなたなら分かっていると思いますが?」
「……やっぱりそういう展開かよ」

肩を落とす横島に対し、刹那は口を紡ぎ、すり足で僅かに間合いをつめる。
 これ以上の語りは言葉ではなくその技を以って。そんな雰囲気がびりびり伝播してくる。
 刹那が求めいているのは闘争そのもの。言葉による回避は困難だろう。

(しゃーないか……。まあ、エヴァちゃんの事件のこともあるし、この体で何が出来るか測るにもいいだろう)

 横島はどうにか気持ちを前向きにすると、引いていた腰を戻し、姿勢を正し、霊波刀を出現させる。

「……勝負する覚悟が定まったようですね」
「ん?なんだ待っててくれてたのか?てっきりビビッてるだけかと思ってたぜ」

 横島は構え、軽い挑発を出す。その安い挑発に刹那はあえて乗ってみせる。

 どんっ!

 大地を揺るがす踏み込みで、

「行きます!」

気を利用した高速移動、縮地法。一気に横島へと殺到し間合いをつめたのだった。


 刹那は、ラッシュによる短期決戦を望んだ。
 理由は一つ。横島の隠し玉――昨晩の雷やさっきのビー玉のようなアイテムを使わせず、ただ格技の技の勝負を挑むがため。だから……

(出し惜しみはしない!)

 左下から右上へと加速に乗せ、

「斬空閃!」

 居合いの一撃は、間合いの外から敵を断つ飛空の斬撃を生む。
 横島はそれを、左後ろにバックステップしながら、振り下ろした霊波刀で迎撃。
 切断の力は胡散霧消。その後ろから、刹那が迫る。
 夕凪を構えなおし、今度は振り下ろす一撃を放とうとする。だが

「なにも霊波『刀』だけが、俺の得物じゃないんでな」

横島は右手に出現させた霊波刀を振り下ろすと同時に、集中。霊波刀を引っ込め、代わりに棍棒を出した。そしてその棒の端を右手で持ち、背中越しにその反対端を自分の左手に。
 体の回りを半周させた勢いを殺さず、横島は右手を離し左手のみで刹那の右側頭部に向けて棒を叩きつける。
 刹那は半ば無意識の内に、二撃目をキャンセルして刀を右肩に背負うように構える。
 その夕凪の腹が、横島の攻撃を

ガキッ!

防いだ。

「霊波の棍!?」
「ああ!霊波如意棒だ!」

 言うが早い、横島は霊波如意棒を旋回。如意棒の両端は連打として刹那を急襲する。
 霊波如意棒は、その名の通り伸縮自在。
回転と突き――直線と曲線の混じったその攻撃は変幻自在。
そして絶え間なく立ち居地を入れ替え、間合いの外から打ち込む様は自由自在。

「斉天大聖流なんちて!」
「くっ……戯言を……!」

 刹那は夕凪で払い、切り込み、自分のペースに持っていこうとする。だが横島の攻撃はその暇を与えない。攻撃は次の攻撃の予備動作であり、いくら避けても限がない。たとえ攻撃をはじいたとしても、横島はそれに逆らわず、その外力を己の攻撃の糧とする。
 絶え間ない攻撃は不可視の結界。その圧力に負けて、じわじわと押されていく刹那。

(なるほど……洒落でも斉天大聖の名をいうだけのことはある……だが!)

 このままでは手数の差でつぶされると判断した刹那は、やおら大きく一歩引き……再突撃。

「斬魔剣!」

 肉を切らせて骨を断つというつもりで、防御を捨てた、最速の正面唐竹割りを打つ。
いくら最速とはいっても、横島の暴風のような攻撃に飛び込む以上、最低でも一撃は貰うだろう。だが、

(少なくとも、横島さんの攻撃は必殺じゃない!)

 一撃の交換であるなら、より威力の高い自分のほうが有利のはず。
 そういう算段の元、刹那は上段から夕凪を振り下ろす。
 その捨て身の攻撃を前に、

「捨て身なんて……」

横島は夕凪を払うことも刹那を叩くこともせず……

パンッ!

 拍手のような快音が響いた。音の正体は、横島の手の平。合わさったそれらの間には、夕凪が挟まっている。

「白羽……取り……」

音の正体の結果を、刹那は信じられなかった。だが事実として、自分が放つことの出来る最大速度を乗せたはずの夕凪は、もっとも速度が乗るはずの先端近くで白羽取りされていた。

「……甘いんだよ」

 呆然とする刹那に横島の声が届く。それによって刹那の意識は動き出すが、その時既に勝敗は決していた。
 刹那の視界の隅、左下に緑色の光が見えた。
 それは、ついさっきまで横島が持っていた霊波如意棒であり、横島の右足の甲に立っていた。そして横島は、右足を蹴り上げる。もちろん、夕凪の先端近くを両手で挟みこんでいる以上、横島の足は届かない。だが、

「伸びろ!」

 如意棒は右足の甲の上で、バランスを取りながらその言葉に従う。
 霊波如意棒は伸長と蹴りにより、二重の加速を得る。
 あるいはこの時、刹那が夕凪を放すことが出来れば、結果は変わっていたかもしれない。だがそれを行うには、白羽取りの驚きによる隙は大きすぎたし、刹那はあまりにも剣士でありすぎた。
 身をひねることも出来ず

「こふっ……」

刹那の鳩尾に、霊波如意棒が叩き込まれた。


 刹那の感覚は、刈り取られた意識が回復するにつれて順次取り戻されていく。
 まずは全身のだるさ。次に触覚が、自分が触れているものの柔らかさと暖かさを伝え、それから加速度的に、視覚や聴覚、嗅覚が回復し……

「ん、気付いたか?」

 それらの情報が統合され、現在の刹那自身が置かれている横島におんぶされているという状況が認識される。
 そしてそれは、更なる混乱を生む。

「な、何を……!」
「ぬおっ、あ、暴れるな!危ないって!」

 横島の警告は時既に遅し。身長差があまりない者同士の不安定なおんぶはすぐに崩れ、ダメージの完全に抜け切っていない刹那は落下、したたかに尻餅をつく。

「大丈夫か?」
「は、はい」

 心配そうに尋ねる横島に、刹那は気恥ずかしさと申し訳なさが入り混じった様子で答える。
 そうしながら刹那は周囲を見渡す。自分の今いる場所は横島と自分が戦った林の中ではなく、女子寮の前だった。

「送ってくださったのですか?」
「いや、医務室に運ぶ途中だった。行くか?」
「いいえ。もう大丈夫ですから。すみません」
「すまないと思うなら、いきなり勝負なんて挑まないで欲しいんだけど?」
「……すみません」

 小さくなる刹那。横島はそれを見て肩をすくめる。

「ま、いいんだけどさ。それに俺も、寮に用事があったことだし」

 横島は刹那の手を取り立ち上がらせる。

「それで、どうだった?」
「何がですか?」

 立ち上がりざまに聞かれた質問に、刹那は問い返す。

「俺と勝負してみてどうだったかってこと」
「……正直な話、ここまでの実力差があるとは思ってませんでした」

 わずかばかりの屈辱感を得ながら、刹那は言う。
 あの戦いにおいて、横島が使ったのは霊波刀と霊波如意棒のみ。昨夜の雷も、今朝のようなタロットを使った術も、先ほど見たビー玉のような何かも使うことはなかった。

「少なくとも、あなたに全力を出させるくらいはできると思っていたのですが」
「そういう刹那ちゃんこそ、全力出してなかったじゃないか?」

 横島の言葉に、刹那は首をかしげる。
 自分は剣士として全力を出した。だが、それでも全力でないというならば……。

(まさか、ばれて……!)

 一瞬で纏まった最悪の予想。そしてその予想が正しいことを、横島の言動は証明する。

「刹那ちゃん、ハーフなんだろ?その特殊能力、使ってなかったじゃん」

 こともなげに横島の口から言われた己の秘密に、刹那は目の前が暗くなるのを感じた。


「失敗……したかな」

 寮の廊下を歩きながら、横島は数分前の刹那との遣り取りを思い出す。
 あの時、無意識に刹那の出生を言い当ててしまった横島。それに対する刹那の反応は劇的だった。
 最初はただ呆然と、顔面を蒼白にさせるだけ。そしてその次は、その顔色のまま横島に懇願した。

「お願いします!このことは秘密にしていてください!」

 眼に涙を浮かべ、必死の形相で言う刹那。
横島がその秘密の他言無用を約束すると、刹那は逃げるように寮の中へと駆け込んだ。
 その怯えるような小さな背中が、横島の目には焼きついていた。

「謝ったほうが……いや、けどなんて言って謝ろう」

 まさかこんなことになるとは、交友関係の人外比率がとんでもないことになっている横島は思っていなかった。ただなんとなく、話題の一つ程度としか、認識していなかったのだ。

「まあ、明日だな」

 刹那は大きなショックを受けている。その衝撃は今も彼女の中で継続中だろう。そんな状態の彼女に何か言ったところで、自体は好転するどころか、かえって彼女を傷つけることにもなりかねない。

「はぁ……なんでこんな過密なんだ?」

 エヴァの事件。さよの特訓。そしてカモとかいうオコジョに、刹那。麻帆良に到着してからまだ二日と経っていないのに、どうしてこうもいろいろなイベントが起こるのか。

「考えても仕方がないか。それより、風呂だ風呂」

 気分を入れ替えると、横島は足を速める。
 その台詞が示す通り、横島が目指すのは寮の大浴場―――ではなく

「ネギのところでシャワーでも借りよう」

 いまさら書くまでもないことだが、微妙な状態にある。
 見た目は美少女、頭脳(本性)は男なのだ。公衆浴場では男湯に入るわけにも行かず、かといって女湯に足を踏み入れるのも

「チクショー!ここが普通の女湯だったら!」

 生憎ここにある風呂に入ってくるのは女子中学生限定。湧き上がる煩悩とロリコンじゃないという最後のプライド(?)の板ばさみで、人格が押しつぶされることは必定。
 ゆえに女子寮に住んでいるというネギに、風呂を借りようとおもったというわけだ。

「ったく。風呂付なんて俺の住んでるところより遥かにいい物件……」

 ぼやきながらネギの部屋を見つけた横島は、ネギの名前に並列された文字列を見て、言葉を失った。

『神楽坂明日菜
 近衛木之香
 ネギ・スプリングフィールド」

 一度、何かの間違いを期待して、眼を擦る横島。だが、その二つの名前は消えることはなく、その存在を主張する。

「……同棲。しかも両手に花かコルァ?」

 ネギは10歳、アスナたちは15歳。少なくともネギはロリコンじゃない。
 しかも、アスナも木之香も美少女。しかも相対的には年上のお姉さま!
 つまりネギは教師の身でありながら、大手を振って未成熟な青い果実のお姉さまという、一見矛盾した究極至高の果実に手を伸ばせるというわけで……!

「憎い、憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!」

 血の涙と、小動物ならそれだけで死にそうなオーラを垂れ流す横島。
 その想いのまま、横島は扉に手をかけて

ドバン!

 蹴破るような勢いで扉を開け

「ネギ・スプリングフィールドォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」

 鬼の形相で仇敵の名前を叫ぶ横島。
 そのあまりの大音声に、室内にいた二人は身をすくませることも出来ず、呆然とし

「あ、あなたは!」

 もう一人、いや、一匹というべき存在がリアクションをとる。
 それはテーブルの上にいた真っ白なオコジョ。夕刻、横島が助けたオコジョ妖精、アルベール・カモミールだった。
 だが、そんな小動物など、横島の眼中にはない。
 復讐に燃える眼に映るのは、楽園の果実を独占する権限を得た大罪人。

「ネギ……」
「は、はい!」

 名前を呼ばれ、背筋を伸ばすネギ。恐怖と困惑にゆれる表情を見て、横島の顔は邪悪にゆがむ。

「ネギ……俺は貴様を誤解していたようだ……。ウブな振りして実はハーレムの王様だったなんてな……」
「ハ、ハーレム?」

 ネギと同様に困惑するアスナの声は、しかし横島の耳には届かない。

「ネギ俺は全世界の男の代表として、テメェを許しておくわけにはいかない!
 貴様を……断・罪・するっ!」
「い、一体何が……」

というネギの問いは……

「フォワチャァァァァァァァァァッ!」

 室内に舞い上がる横島の怪鳥音でかき消されたのだった。


麻帆良の夜は更けていく。


レス返し


>暇学生氏

 いえいえい、諫言ありがとうございます。これからもがんばります。

>D氏
 毎度ありがとうございます。修正してきました。

>SIMU氏

 ご期待に沿えるようがんばっていきます。

>かいこみ氏
 
 GSは他の横島以外のキャラも魅力的なので、引っ張り出すためにあえて世界観融合型に挑戦しました。
 世界観に負けないように作家も全力でがんばります。


>七位氏

 大変なのは身から出たサビ。汚名を返上すべくがんばります。


 では、次回もがんばります

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