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▽レス始

「霊能生徒 忠お!(再度転載・HR〜3時間目)(ネギま+GS)」

詞連 (2006-04-22 00:17/2006-04-22 12:25)
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 はじめに。
以前の投稿先『旧投稿図書』の管理人K氏によって、そこに投稿されていた『忠お!』は全部削除していただきました。これにより、投稿の規約を果たせたと思われます。
 つきましては管理人の米田氏の警告に従い、一度全て削除し、1〜8を纏めて掲載させて頂きます。
 米田氏をはじめ多くの方にご迷惑をおかけしたこと、ご不快な気持ちにさせてしまったことを深く謝罪し、今後このようがないように努める所存です。また、レスにて削除されてしまった方々は、読む前に削除され内容がわからない方もいましたが、おそらく投稿規約の違反について描かれていたのかとおもいます。時間を割いての諫言、ありがとうございます。

 申し訳ありませんでした。


 空の闇が明け、群青へと変わり始めた頃、麻帆良の駅に、ある人物が降り立った。

「ここが、麻帆良学園か……」

 呟いた者は、かつて煩悩魔人の称号と呼ばれた人物だった。

「小等部から大学までの、文字通り学園都市……つまり、それ相応の数の女子高生に、女子大学生に、女教師!」

 その者は負った二つ名に恥じぬ発想をもって、ボルテージを上げ……

「しかし……」

しかし、胸元で力強く握られた拳は、力なく下げられる。

「こんなおいしい状況なのに……!俺は……俺はっ!」

 嘆くはその身に降りかかった運命。エデンの園を前にして立ち入ることの出来ない罪人―――というよりむしろ、透明なケースの中のバナナを前にして暴れまわる猿。それこそまさに、その人物が……彼女が置かれている状況。

「俺は何で女になんかなっとんのやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 横島忠緒 14歳(書類上) 
 かつて、というか数日前まで横島忠夫という男だった少女の、悲しい魂の叫びが早朝の春の空に響き渡った。


霊能生徒 忠お!  HR  〜タダオのオはオカマのオ?〜


「こんぬぉ……バカタレーーーーーーッ」
「堪忍や!こうなるとは思ってなかったんやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

練馬区の一隅、美神除霊事務所の看板のかかる建物で、雇用者が従業員に苛烈なまでの折檻を執り行っていた。だがその光景は、いつもとは明らかにある一点で異なっていた。というのも、折檻を受けるのがバンダナを巻いた青年ではなく、同じようにバンダナを巻いた少女なのだ

「み、美神さん!その、あんまり酷いことは……女の子なんですし……」

普段は見て見ぬふりを決め込むおキヌも流石に止めようとするが、しかし美神は取り合わない。

「あのねぇ、おキヌちゃん。見た目に騙されちゃダメよ。どんな格好でもこいつは……」

 そう言いながら、しばくのに使っていた神通棍を止める美神。その足元に転がっていたぼろきれ同然の物体が、顔らしき部分を上げて、

「き、今日は黒っすか、美神さん」
「こいつは横島君なのよ!」

 美神は顔を赤くしつつ、慌ててスカートの中身が見えないような位置に飛び退いて、神通棍を振り下ろす。もちろんフルパワー。

「ぎょあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 とりあえず、絶叫の元気さからしても、横島はまだまだ大丈夫そうだった。


 横島忠夫。彼が女性、しかも少女となってしまったのは、敵対者からの呪いでもなければ、除霊中の事故でも、まして作者の炉MAN回路が暴走しているからでもない。
 一重に言って自業自得なのだ。

 それは昨夜のこと。場所は魔鈴のレストラン。
 そこでは、横島が見習いを卒業し、一人前のGSとなったことを祝う祝賀会が開かれていた。
GS免許を取ってから三年。横島は既に20歳になっていた。戦闘能力も知識も、GS免許を取った当時と比べれば、まさに別人といっていいまでの成長をみせていた。だが、それでも彼がアホであるのには変わりなかった。
 その時も、まさにそうだった。
 酒も回り、場の雰囲気も盛り上がり、隠し芸を始める者が出始めたとき、ついに関西出身である横島の体内で、笑いのDNAに火がついた。なにやら手品を始めようとする、頭の薄い神父を押しのけて


「18番!横島忠夫!文珠で美少女になりまぁぁぁぁぁすっ!」


「ダメなのね〜。こんなの普通の方法で解除するのは無理なのね」

 少女と化した横島に美神が打撃を加えている横で、目玉のようなイヤリングをしたコスプレ少女――ヒャクメが降参のジェスチャーを取る。

「ヒャクメ殿!無理ってどういうことでござるか!」
「お願いします、ヒャクメ様!意地悪しないで横島さんを助けてください!」

 慌てたシロと涙目のおキヌに対し、しかしヒャクメは首を横に振る。

「別に意地悪で言ってるんじゃないのね。っていうか流石に横島さんが戻らなくなった原因に一枚噛んでる以上、そんなことしないのね〜」

「……い、一枚噛んでるってどういうことだ?」

ようやく(と言っても一般の尺度で考えれば気持ち悪いほど早く)復活した横島が尋ねてくる。

「よく思い出してみるのね。あの時のこと……」


横島が、美少女化を宣言した時

「わぁ〜、面白そうね〜〜〜。冥子も手伝ってあげる〜〜〜」

 最初に食いついてきたのは六道冥子であり、彼女は無意識に出すら十二神将を維持できるほどの霊力を、横島に送りつけ始めた。さらにそれに続くように

「ふうん、女の子の横島くんか……面白そうね」
「先生!拙者も微力ながらお手伝いするでござる!タマモも手伝う出ござるよ!」
「ヨコチマ、がんばるでちゅ!ほら、小竜姫もヒャクメもやるでちよ!」
「はははっ!相変わらずバカだね、君は。まあ、それに手を貸す僕も僕だけどね」
「おしっ!じゃあ俺の霊力も受け取りな!ピートもやれって!」
「面白そうですけんのう。ならワシも……。あ、魔理さんも一緒に同ですかいのう」
「青春よねぇ」etc……


「ま、そんな感じでみんなして横島さんに力を送ったのね。しかも、あそこには日本有数のゴーストスイーパーが勢ぞろい。神魔族に妖怪も多数。おまけに、出ていたお酒も料理も魔鈴さん特製の魔法料理」
「……つまり、いろんな種類のエネルギーや要因が、絡んだ糸のようになって解くのが困難ってこと?」
「その通りなのね。しかも文珠は横島さん本人の力だから、相性抜群なのね」
「さ、最悪ね……」

事態のあまりの悪さに、美神は顔を引き攣らせる。

「ねえヨコシマ?文珠でこうなったんだから、文珠で直すわけにはいかないの?」

 タマモの提案に、周囲は一瞬期待に溢れる。しかし横島は力なく首を横に振る。

「ダメなんだ、タマモ。目覚めて直ぐ文珠二つで《解》《呪》ってしてみても、効果がなかったんだ」
「でも、それならもっと文字数を増やせば……!」

 おキヌが言っているのは文珠の同期発動だ。文珠は複数利用することで、相乗的に威力が上がり、単に同数の文珠を使うより遥かに高い性能を引き出すことができる。それは文珠使いである横島にしかできない技であり、現在の横島は10文字以上を安定利用することが出来るのだが……

「……出来なくなっちまったんだ…」
「へ?」
「文珠、3文字以上使えなくなっちまったんだ」
『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』

美神は横島の胸元を掴み上げ、揺さぶる。
「どう言うことよ!?」
「どうもうこうもそのままの意味っすよ!2文字の同期までしか出来なくなっちゃったんすよ!女の子に変わっちゃったことで霊力の流れとかも変化しちゃったみたいで……」
「どうするつもり!?アンタが文珠を3文字以上の並列同期ができるからって受けた以来があるのよ!アレとかソレとかコレとか!キャンセル料を誰が払うと思ってるのよ!」
「なこと言われても……!」

 パニックに陥る美神をよそに、おキヌ達はヒャクメに質問する。

「ヒャクメ様。横島さんはどうしても元に戻れないんですか?」
「直ぐには無理ね。けど、時間をかけてゆっくり外部から力を与えていけばいずれ解けるのね」
「ゆっくりって、どのくらいでござるか?」
「そうねぇ……。この人口幽霊の結界のエネルギーを全て横島さんにつぎ込めば……10年くらいで何とかなるかしら?」
「じゅっ……!?そ、それは気の毒ね……」
「冗談じゃないでござる!10年も先生が女子のままなど拙者困るでござる!」
「そうですよ!そんなことになったら私、困ります!」

 慌てるおキヌとシロの様子を見て、ヒャクメはにやりと人の悪い笑みを浮かべて

「おや?何が困るのかしら?」

 ととぼけた口調で言ってみる。すると二人は顔を染め

「えっと、それはつまりでござるなぁ……」
「あ、別にその、横島さんと私がどうということではなくて、その、いろいろと諸事がですね……」

 分かりやすい反応を横目で見ながら、タマモは小さくため息をつく。

「ハイハイ、落ち着きなさいよ。つまり、ヨコシマを戻すには、一定の霊的エネルギーを常にヨコシマに照射し続ければいいのね?」
「そうなのね〜。さらに言えば、その照射量が多ければ多いほど短くて済むのね〜」
「最短でどのくらい?」
「そうね……。理論上は一週間あれば……」
「ホント!?」

 食いついてきたのは美神だった(ちなみに横島は再び赤い何かに変化して床に倒れている)。
 しかしヒャクメは無情にも、またもや首を横に振る。

「けれど、実現は無理そうなのね〜。逆天号を落とそうとした時、隊長が使った魔方陣でも数ヶ月はかかるわ。まして一週間でなんていったら、それこそとんでもない規模の魔方陣が必要よ」

 ちなみにヒャクメがいっている魔方陣は、空母の滑走路に大きく描いた魔方陣を、その空母に搭載されている、小さな都市を丸ごとまかなえる電力で強化したものである。これほど強力な魔方陣は、オカルト史上有数だろう。まして、それを越える魔方陣など……

「ま、女の子も悪くないのね〜。というわけでよろしくなのね、忠緒ちゃん♪」
「い、イヤだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!オカマはいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 打ちひしがれた横島は、床に両手を着いて本格的に泣き始める。
 その様子に、流石に美神たちも哀れを誘われる。

「ま、まあ、元気出しなさいよ、横島君。時間はかかるけど戻らないわけじゃないんだし」
「そうですよ、元気を出してください、横島さん」
「ううっ……みんな、ありがとう……」

 横島は涙目の上目遣いで顔を上げ……

ここで思い出して欲しい。横島は芸の時『文珠で美少女になります』と言った。
そう、美少女である。しかも妄想でアレだけ正確な美女のイメージを作ることのできる煩悩帝王横島プロデュースによる美少女だ。その結果は言わずもがな。

ドキッ

彼――というか彼女の顔見ていた者たち、つまりこの部屋に居るもの全員の胸に、あってはならない高鳴りが生じた。

(ななななななっ、なんで私が横島君になんかに……ってその前に今のこいつは女の子でしょうが!)
(ダメです!横島さんは今、女の子なんですよ!それなのにこんな……間違ってます!)
(せ、せんせぇ……はっ!ち、違うでござる!拙者にそのケはないでござるよぅ!)
(くっ……やるわね。涙目に赤くなった顔で上目遣い……。この金毛白面九尾の狐を、一瞬とはいえ魅了するなんて……!)
(これは効くのねぇ〜。今がギリシャ時代なら、ゼウス様とかあたりにさらわれちゃって、色々されちゃうくらいの美少女なのね〜)

「ん?どうしたんだ、おまえら……?」

 微妙な空気が室内に満ち、照れ隠しに美神が横島を殴ろうとした、丁度その時

『美神オーナー、お客様です。魔鈴様がいらっしゃいました』

 人口幽霊の声によって、横島は救われた。


 横島の様子を見に来た魔鈴は、横島の様子を聞いて眉根をひそめた。

「魔方陣ですか……。それも超強力な」
「そうなんですよ。それがないと横島さんは女の子のままなんです」

 説明したのはお茶を出したおキヌ。ちなみに美神は強力な魔方陣の心当たりに電話をかけ、シロとタマモはえぐえぐと泣いている横島を慰めている。
 魔鈴は少し考え込むような仕草を見せてから、お茶請けの饅頭を頬張るヒャクメに質問した。

「その魔方陣というのは、あくまで解呪用の魔方陣でなくてはならないのですか?」
「ふぉむふぉむ……(んぐっ)。そうでもないのね〜。横島さんにかかっている力は、もうどうしようもないほどこんがらがっちゃってるから、力技で解くしかないのね。だからあまり複雑な術式は必要ないのよ。
 強い魔方陣さえあれば、それによって生じる力を、簡単な解呪のアミュレットを通して横島さんに照射するだけでいいのね〜」

 つまり、封印だろうが結界だろうが、とにかく力のある魔方陣であればなんだっていいらしい。
 それを確認した魔鈴は、我が意を得たりと手を叩く。

「それなら、心当たりがありますよ」
「ホ、ホントっすか、魔鈴さん!?」
「どこ、それは?!」

それを聞いて表情を輝かせる美神と横島。そんな二人に、現代の魔女は微笑んだ。


「麻帆良学園、って知ってます?」


「魔鈴君も無茶なことを言ってくれるのぅ。我々の存在は、あまり公にするものじゃないのじゃが?」

 麻帆良学園の一室で、頭が異様に長い老人が電話越しに文句を言っていた。

『ええ、それは分かってますけど他に心当たりもありませんでしたし。それに近衛先生、おっしゃってたじゃありませんか?短期間だけでも腕のたつ人が一人欲しいって』

 電話の相手は若い女性で、その声には悪びれた風もない。

『それに、横島さんは腕だけでなく人間としても、結構信用できる人物ですよ。ぱっと見ではそうでもないかもしれませんが』

「ふむ……、魔鈴君がそう言うなら、そうなのかも知れんがの。まあ、いずれにしてもそちらが話してしまった以上、引き受けるしかないじゃろうな。なんといっても、相手はあの、腕は日本有数、手段を選ばないことにかけては世界有数の美神除霊事務所じゃしな」

『ふふっ、申し訳ありません』

「いや、かまわんよ。それから、もし暇が出来たらネギくんに会ってやってくれんか?なんだかんだ言ってもまだ子供じゃ。相談できる大人は一人でも多いほうがいい」

『分かりました。ではそろそろ……』

「うむ」

 老人――学園長、近衛 近右衛門は短く言うと、魔鈴が受話器を置く音を聞いてから、受話器を下ろす。

「とは言うものの……。横島忠夫、どういう人物かの?」

 次いでそのふさふさとした眉毛に隠れた目で、机の上にある二束の書類を眺める。それらは両方、横島忠夫という人物についての調書だった。だが、書かれている内容は正反対だった。
 一つ目は通常の手段によって作られた、いわば表の調書。

 横島忠夫20歳(満21歳) 職業GS(ゴーストスイーパー)
 美神除霊事務所に所属。
 高校2年の頃にバイトとして事務所に入り、その年にGS試験に合格。
高校卒業後しばらくしてから、一年近く行方不明になるものの、再び美神除霊事務所に戻る。
そして最近、見習いから一人前へと昇格。
知識はGSとしては並程度だが、戦闘能力が極めて高い。体の頑丈さは特筆に価する。未確認情報だが生身で大気圏突入を敢行し生還したらしい。オチャラケた性格で極度の女好き。相手が美女なら即ナンパ。成功率0パーセントだが、人外には異様に好かれる体質。前科一犯。罪状は路上での猥褻行為だが、ほとんど冤罪に近い。

調書に書かれていることはこんな感じだ。ちなみに文面からは、調査者の呆れとも親しみとも付かない感情が伝わってくる。さらに添えられた写真には、弟子にして同僚である人狼の少女の散歩に、泣き喚きながらついてゆく姿が写されている。

「こうして見ると、良い子のようだが……」

 近右衛門は、もう一つの調書に目を向ける。それは手段を問わずに作られた、いわば裏の調書。それには、同じ人物を調べたものであるにもかかわらず、全く正反対の感情が読み取られた。


 横島忠夫20歳(満21歳) 職業GS(ゴーストスイーパー)
 美神除霊事務所に所属。文珠使いにして、霊的構造に悪魔の因子を取り込んだ半魔。あるいは人魔。ただし潜在的なものであり、現在はまだ人間に近い存在である。
 高校2年の頃にバイトとして事務所に入り、その年にGS試験に合格。
 同年にあったアシュタロスのコスモプロセッサ事件(公式には核ジャック事件)に際しては、敵へのスパイ活動、美神令子との同期合体など、非公式の部分で大活躍し、最終的にアシュタロスに止めを刺す。なお、この時に敵陣営から人類側に寝返った悪魔を吸収し人魔になった。
 高校卒業後、出奔。明確な足取りは掴めぬものの、世界各地で横島忠夫が神、悪魔、妖怪をはじめとする怪物たちと戦い、殲滅していくのが目撃されている。彼が滅ぼした者達の数は、高位の存在だけで百にも届くと推測される。
 それから約一年後、神魔上層部は、斉天大聖に調伏を命令。激戦の末、横島忠夫は敗北した。だが、どういうわけか、横島忠夫が処分されることはなかった。
 その後、横島忠夫は美神除霊事務所にもどり、何食わぬ顔で生活をしている。

「『横島忠夫は危険な存在であり、関東魔法協会としては敵対も協力もすべきではない』か……」

 結びの一文を声に出して読んでから、学園長は調書に添えられた写真を見る。それは望遠で撮った写真を無理矢理拡大した荒いものだったが、しかしそれに写された人物が誰かは、はっきりと認識できた。
 それは、全身に返り血を浴びながら、天使と思われる羽の生えた人物を、霊波刀で斬りつける、横島忠夫の姿だった。その顔には必死の咆哮も愉悦の哄笑なく、ただ機械的な作業を行っているだけであるかのような、全くの自然体だった。
 喜怒哀楽とは離れたところでの、呼吸や歩行をなすのと同じような感覚での、殺傷。それは、ある種の極みだった。だが、それは血の通う人間としては、あまりにも悲しい極みだ。

「どちらが本当の彼なのかのう?」

 表の調書と裏の調書。
 物事は裏の方が真実であるとは限らないし、表もまた然り。
確かに裏の調書の方が事実としては正しいかもしれない。だがそれらは所詮、他人が編集し文字媒体に焼き付けた、いわゆるその本人の影に過ぎない。人の真実を全て判断することなど出来ようはずもない。

「Difficile est tristi fingere mente jocum.(悲しい気持ちでふざけるのは難しい)
これが本当だといいのじゃがのう」

道化師のようにふざけながら、仲間に囲まれ笑っている横島。その写真を手に取りながら、学園長は呟いた。


霊能生徒 忠お!  一時間目  〜〜Catch Me If You Can〜〜


「少し遅れてしまったな……」

高畑・T・タカミチは駅に続く道を、人間にはありえない速度で走っていた。シュンタクシス・アンティケイメノイン――咸卦法だ。
気と魔力を体内で融合させることによって得た爆発的な身体能力と、それに支えられた高速。今日は新年度の初日ではあるが、今は日が昇り始めた早朝であり、人の目を気にすることなく力を解放できる。
その速さと頬に当たる冷たい風を心地よく思いながら、しかし心の一隅では、警戒にも似た不安を抱く。

「横島忠夫……いや、今は忠緒か……」

 タカミチは今、自分が迎えに行っている人物について考える。


横島忠夫。今は横島忠緒。とある霊的な理由で女性になってしまい、麻帆良を包む魔方陣の力を借りて元に戻るために、麻帆良に一週間滞在。ただし交換条件として

「……3年A組の生徒として滞在すること、か」

 3年A組の担任はネギ・スプリングフィールド。そして生徒にはエヴァンジェリ・A・K・マクダウェル――ネギの父であるサウザンドマスター、ナギに呪いをかけられた真祖の吸血鬼がいる。
 桜通りの吸血鬼の正体は、間違いなくエヴァだろう。ネギが日本に来るという情報を得て、その血を飲んで呪いを解くために、その準備として力を少しでも取り戻そうとしているに違いない。
 しかも一週間後にはメンテナンスのために学園都市が停電となり、封印に使われる魔方陣への電力が止まりエヴァの封印が半ば解かれる。おそらくこの時に彼女は、ネギに対し直接的な行動を取るだろう。
 だが、それでもなお学園長、近衛近右衛門は魔法先生たちに、エヴァへの直接の干渉を控えさせている。

「では、彼女――いや、彼をなぜ迎え入れたのか?」

 Higher Ranker Slayer(神魔殺し)、Le Mat(無限の愚者)、Der Great Reverse Mager(大いなる詐術師)、 破滅の俳優(わざびと)……。
 少し調べてみれば横島忠夫の名前は、本当かウソか分からないようなとんでもない逸話と共にすぐに聞くことができる。
 曰く「百匹以上のレッサーデーモンを一瞬で屠った」
曰く「座天使と戦い討ち破った」
曰く「海を割った」
曰く「生身で大気圏突入して無事だった」
曰く「女性の下着を二千枚盗んだ」

完全な与太話から、ありえなくもないレベルの情報まで、彼の名前には付いてくる。それらの真偽は定かではないが、それだけの噂を立てられるだけの力を持った、人物だというのは違いない。少なくとも、この学園で二番目の戦力であると自負している自分を迎えに遣るという時点で、それ相応の力の持ち主であることは確定的だ。
そんな人物をネギのクラスに招き入れるとはどういうつもりだろうか?
それも、魔法使いは一般には秘匿にするという禁を破ってまで。

「まあ、GSの間では魔法使いは公然の秘密になってるみたいだけど……」

 タカミチが苦笑するように魔法使いは、一部のGSにとって周知の存在である。
 霊力と魔力。詳しい説明は折を見て行うが、根本は異なるものの、その性質などは似たようなものである。
しかし、それらを扱う者達は、全く逆の方向を向いた。霊能力者たちはそれらを前面に押し出しGSとして世に出て、魔法使い達は一般からその能力を隠し独自のコミュニティを形成している。どちらの生き方にも一長一短、賛否両論はあるが、原則的には霊能力者も魔法使いも、互いに不干渉の立場を取っている。

 なお、なぜ魔族が使う魔力と魔法使いが使う魔力が、異なるのに同じ名前かと言えば、その理由は中世の時期に求められる。当時、魔法使いは悪魔と契約しているという俗説が信じられ、故に魔法使いの力=魔族の魔力という図式が成り立ち、魔法使いの力も魔力と一括りで呼ばれるようになってしまったのだ。

 さらに余談ではあるが、魔鈴は魔力と霊力の両方を使うことができ、人前で使う『魔法』は、すべて霊力による霊能力である。魔力による本当の意味での魔法は、原作中では使われたことはない。なお、魔鈴が現代に蘇らせた中世の魔法というのは、まだ霊能力と魔法がごちゃごちゃの中世において使われていた、霊力を使った『魔法』を再現したからである。これは魔鈴が、魔力を使う本当の意味での魔法が使え、その感覚が分かっていたことが大きいが、それを差し引いても彼女はやはり天才である。

閑話休題

 横島忠夫という要素を加えた学園長の意思を、タカミチは推し量る。
 一週間の滞在ということは、横島忠夫にかかった呪いが一週間後、つまり大停電の日には解けるということである。
 呪いの効果は少女になることと聞いてはいるが、それだけ肉体に大きな影響を与える呪が、霊的要素になんら影響を及ぼさないということはない。きっと能力は限定されているはず。だがそれは言い換えれば、呪の解けた一週間後には、横島忠夫はフルパワーで戦うことが出来るということ。
 学園長は、完全状態の横島忠夫を、復活した闇の福音にぶつけるつもりなのかもしれない。

「なぜそんな回りくどい方法を……」

 極端な話だがエヴァの凶行を止めたいのなら、力の封じられている今、タカミチが直接出向き、殺してしまえば事足りるのだ(タカミチはそんな命令を学園長が下すとは思ってないし、下されたところで何とかして拒否するつもりだが)。
 また、たとえ一週間後の大停電の時であったとしても、ネギを学園外に避難させるなり強力な魔法先生を数人用意して、エヴァに当たらせれば何とかなると考えられる。
 それなのに、なぜわざわざ、外部から不確定要素を持ち込むのか……

「まあ、分からないことをいつまでも考えても仕方ないのかもしれないな」

 苦笑と共に諦念を口にして、タカミチは思考を切り上げる。待ち合わせ場所である駅が見えてきたからだ。
 タカミチは、疾走から徒歩へと速度を変えて、横島忠緒の姿を探す。
 事前に貰っていた資料には、横島忠緒の写真が付いていた。

 無造作な、しかし印象を与えない黒のロングヘア。白い、しかし病弱さを感じさせない健康的な白さの肌。パッチリとした黒瞳と目鼻立ち。
全身写真を見た限りでは、彼女の身長は平均より高め、ちょうど明日菜と同じくらいか少し高い程度だった。しかしスタイルのメリハリに関しては、明らかに横島に軍配が上がる。
完璧な、写真を見たタカミチがそのケもないのに思わず「ほぅ……」と感嘆のしたほどの美少女だった(その直後、しずな先生に尻を抓られた)。

 時間をかけることもなくタカミチの目は、直ぐに目的の人物を見つけた。
 おろしたてらしいジーパンと、着古した感のあるややサイズの大きめなジージャン。装飾品らしい装飾品は唯一額に巻いたバンダナのみ。飾り気のない、下手をすればみすぼらしくすらある姿で彼女、横島忠緒は改札の直ぐ前に立っていた。
だがそれだけで、何気ない風景が、一幅の絵であるかのように、タカミチの目に映った。
 がしかし、その天然の絵画は、主題たる横島が突然地面に這いつくばることで壊れる。
 タカミチが何事かと駆け寄り問いかける前に横島忠緒は、叫んだ。

「俺は何で女になんかなっとんのやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

(ああ、本当に何者なんだろう……横島忠夫って)

 血の涙を流しながら絶叫する美少女を見て、タカミチの中で先ほどの疑問が再び、しかし全く別の方向性で再燃した。


横を見れば飛ぶように流れ往く景色。それは見ていても飽きないものかもしれない。しかし横島の注目は横ではなく、高速移動する自分の目の前に、一定距離を置いたまま存在する、大きな背中を追っていた。

(ふ〜ん。これが魔法か、あんま霊能力と変わらんか……いや、魔法の方が効率いいな)

 横島の思う効率とは、今の状況―――乗り物にも乗らず車並の速度で移動しているという状況を成している、身体強化の魔法に向けて放たれた言葉だ。

 駅で悲嘆に暮れていると、横から独りのスーツ姿の人物がやってきた。彼は高畑・T・タカミチ。この学校の先生にして魔法使い(魔法先生というらしい)であり、事前に連絡のあった横島の案内役でもあった。
 一通り挨拶すると彼はやおら横島に背を向けてしゃがみこみ

「すまないね、今、車がパンクしてしまってて……」

 おんぶするなど言ってきた。
 もちろん横島は断った。体は美少女、頭脳(本性)は男。流石に野郎に負ぶわれるのには抵抗があった(明日菜以外の女の子でもそうかもしれないが)。

「そうかい?けど、きっとついてこれないよ?」

 言うが早い、タカミチは横島の荷物を持つと、一瞬左右の手に何らかの『力』を貯める。
 それが魔法だと気付いた時にはタカミチは、直立二足歩行の生物には無理なのではないかと思えるような加速で走り出していた。
 もちろん直ぐに横島は、置いていかれてはたまらないと、自らの体に霊力を染み渡らせ、同じように駆け出した。

(たったアレだけの力で、こんだけ走れるなんて……魔法ってでたらめだなぁ……)

 横島は自分の文珠という能力を棚に上げて、初めて見た魔法に、ひたすら感心したのだった。


(こりゃ、すごいな)

 一方、タカミチも自分の後ろにぴったりと付いてくる横島に、驚きの念を禁じえなかった。
 わざわざ断られること確実なおんぶを提言してたは、実はこの追いかけっこによって、横島の能力を測るためだった。霊力にしても魔力にしても、それによって身体能力を上げることは、魔法剣士のような前衛タイプやスタンドアローンタイプの戦士にとっては、基本中の基本である。
 そして、噂に聞く横島忠夫の活躍は、そのほとんどが彼単独のものだった。
 ゆえに、咸卦法の自分にどれだけついてこれるかは、指標になると思ったのだが……。

(まさか追いついてくるとは……)

 咸卦法は身体能力を上げることに特化した魔法だ。それに対し通常の霊的な身体能力増強でついてくるとは、一体どれだけの、身体的、霊的なポテンシャル、技術を持ち合わせているのだろうか?
 タカミチの中に、魔法使いとしての、あるいは戦闘技能者としての好奇心が現れてくる。

「よし、じゃあもう少しスピードを上げてみようか、横島君?」

 タカミチが振り返って尋ねると、

「ん、いっすよ」

 横島としても、初めて目にする魔法がどのようなものなのか知りたいと思ってか、気安く首を縦に振る。
 と、ここで思い出して欲しい。二人がいるのは学園都市とはいえ、学校の敷地内。そんな中で車並のスピードで走っているのだから、既に中等部の敷地などとっくに通り抜けている。
 実はこの時点で、既に二人は道案内をする側、される側という役目を忘れているわけであって……


「中々やるね、横島君!」(←久々に本気で動けて嬉しい)
「俺は風になるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」(←ランナーズハイ)


その日、早朝の学園を縦横無尽に駆け回る男女という都市伝説が、一つ誕生したのだった。


「いやぁ、すまなかったね。なにぶんあんなに全力を出せたのは久しぶりでね……」
「そ、そりゃ良かったっすね」

 すっきりした表情のタカミチに、疲労困憊といった感じの、妙にぼろぼろな横島。だいぶ日が高くなり、生徒の影もちらほらと見え始めた学校の廊下を、二人は通常速度で歩いていた。

 結局、あの爆走レースはタカミチに軍配が上がった。やはり身体能力強化が基本の咸卦法に、通常の霊的身体強化では勝てるわけがない。加えて横島の今の体はまだ発達途中の少女のもの。
結果、横島は自分の体の限界が掴めず、疲労がある一定を越えた時点で崩壊。

「ぬぉぱっ!」

時速百キロオーバーで大転倒をかましたのだった。
しかもそこは、ニュートンに喧嘩を売りながら壁を走って登った時計塔の上。結果、中世ヨーロッパの都市を思わせる美しい町並みに、加速の付いたフリーフォーリングして地面と――

ぱぐしゃっ!

――激突。
 何かが砕けるような不吉な音を聞いたタカミチは、最悪の事態を想像し、顔を青くして落下地点へと急いだが、そのとき既に横島は、

「あ〜死ぬかと思った」

という、お約束の台詞を吐いて立ち上がるところだった。

 とにかく横島は激突の、タカミチは決定的瞬間を目の当たりにした衝撃で正気を取り戻した。急いで戻ろうと思ったが、その時既に太陽は登りきっており、再びあの異常な速度で走っていくわけにもいかず、結局普通に歩いて、中等部まで戻ってくる羽目になったのだった。


「タカミチ先生。どうして俺、中学生のクラスに編入なんですか?」

 学園長室へ続く廊下を歩きながら、手持ち無沙汰な横島はタカミチに、気になっていたことを訊いてみた。
 横島が元に戻るために、麻帆良の魔方陣を使用する代わりの交換条件。それか3年A組で、一週間生徒をするということだった。

「なんで高等部じゃなくて、ぎりぎりアウトの中学3年なんだぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

と、叫んで騒いで美神に殴られ、身の回りの物をそろえて自宅の安アパートを発ったのが今日の未明。電車に揺られながら少しずつ冷静さを取り戻した横島は、その条件のおかしさに(今更ながら)疑問を持った。
本来、魔法使いとGS――霊能力者との間の不干渉は徹底的で、先日、魔鈴に教えられるまで、横島すら魔法使いの存在を知らなかったほどだ。そんな魔法使いが、いくら同胞でもある魔鈴のとりなしがあったからといって、簡単に手を貸してくれるとは、幸運を通り越してもはや異常事態だ。
 その上、唯一向こうが求めてきた交換条件の意図が掴めない。長期にわたる滞在なら、周辺から不審な目で見られないため、というので理解できる。だが、横島が麻帆良に滞在するのはたった一週間。しかも今の横島は少女の姿。制服でも着ていれば、怪しまれることもないだろう。

「ん?学園長から何も聞いていないのかい?」
「いえ、魔方陣使っていいって許可がきたのは昨日でしたし……」
「そうか……。いや、僕も聞いてなくてね。まあ、もう直ぐ学園長に会えるから、その時聞いてみればいいよ」

 答えたタカミチも、横島が本当に何も知らなそうなのを見て、首をひねった。
 とりあえず、横島忠夫にエヴァに関する依頼を与えたということではないようだ。
 もちろん、横島がウソをついているという可能性もなくはないが、

(なんとなく、そんな感じの子にはみえないんだよね)

一緒に走った時の印象や、話した感じから、横島はそういった腹芸とは疎遠な人物であるように思われた。もちろんそれすらフェイクかもしれない。
だが、横島の言動や雰囲気は、そんな警戒心を忘れさせるようなものだった。
 たまたま目が合った生徒に、軽く手を振りながら笑顔を返す横島を見て、どこかナギに似ているなと、タカミチは思ったのだった。


「うおっ!頭、長っ!」
「だ、第一声がそれかね?」

机に座って、ノートパソコンに向かっていた仙人のような後頭部の老人――近衛近右衛門は、横島の言葉に引き攣った顔を見せた。隣に立つタカミチは、手で顔を覆って天井を仰ぎ見る。
 横島は慌てて口を押さえるが覆水盆に帰らず。せめてフォローをと横島は

「あ、いや、その……り、立派な後頭部っすね!」
「さらに墓穴を掘ってどうするんだい、横島君」
「え?いやだってこの間、美神さんと中国の山奥に行った時に会った仙人は、そう言ったら喜んでましたよ?」
「……美神除霊事務所の活動範囲がどのくらい広いかは置いておくとして、ワシは仙人じゃないんだけのぅ……」
「そうなんですか?すみません」
「いや、構わんよ」

謝る横島に学園長は苦笑で返す。

「魔鈴君の言うとおり、君はいろいろ破天荒な人物らしいな。
麻帆良について早々に都市伝説を作ったようだし……」
「都市伝説?」
「これを見なさい」

 学園長はノートパソコンを手にして、横島とタカミチに画面を向ける。そこには荒い写真に添えられた『怪異!時計塔の壁を垂直に走って登る男女!』のポップ。

「って、何じゃこりゃ!」
「報道部のホームページにさっき掲載された、まほら新聞の号外じゃ」
「これは……朝倉君だね」
「いくらなんでも早すぎるだろ!ってか、報道部って何!?」
「部活動じゃ。麻帆良での出来事に関しては、下手な新聞よりよっぽど確実な報道をするぞ」
「何者だよ……」

 横島は、少女化して長くなった髪を煩わしそうにしながら、頭を掻く。一方タカミチもばつが悪そうにする。

「参ったなぁ……まさか、見られてるとは……しかもあの朝倉さんに」
「写真の解像度が低くて幸いじゃったな。もし個人が識別できるような写真だったらオコジョじゃったぞ。今後は、こういうことのないように」
「気をつけます」

 居住まいを正すタカミチ。それを見て学園長は頷くと、改めて横島に向き直る。

「さて、横島君。来たばかりでなんじゃが、一つ覚えておいて貰いたいことがあるんじゃ」
「なんですか?」
「それはな―――魔法の存在を絶対に口外しないことじゃ」

 学園長が語ったのは、魔法使いについてだった。
 世界には、7千万人近い魔法使いがいること。
 麻帆良にも、数多くの魔法使いや見習いが居るということ。
 そしてその存在は秘密とさればれた者は――

「――罰則としてオコジョに変えられてしまうのじゃ」
「なんでオコジョ」

 説明が終わり、横島は罰則のチョイスに疑問を感じたが、それ以外のところでは概ね納得した。

「秘密とはいっても、国家の上層部や君らのような霊能力者の一部は、魔法使いのことを知っているし、逆に魔法使いにも魔鈴君のようにGS免許を取得している者も居るが……ま、彼女は少数派じゃな。大抵の魔法使いは除霊活動なぞせんし、するにしてもGSスイーパーではなく退魔士を名乗っておる」

 ちなみに、屁理屈のような話ではあるが、GS免許を持っていなくてもゴーストスイーパーを名乗らなければ除霊活動を行ってもなんら問題はない。なぜならGS免許とは民間組織であるGS協会が発行する、いわば証明書であり、医師免許のような国家からの発行物ではなく、法的根拠に乏しいからだ。
それなのに、なぜGS免許を多くのものが欲しがるかと言えば、GSという称号が商標登録されており、免許がなくてはGSと名乗れないからだ。
考えていただきたい。
霊障で悩んでいる人物の目に、二つの事務所が目に留まったとする。その一つの方には世間的にある程度認知されているGSの文字があり、もう一つにはない。さて、あなたならどちらを選ぶ?
結果は言わずもがなだろう。よくわからない、ぶっちゃけていえば胡散臭いオカルト。これに関わる以上、人は少しでも保障を求める。その時、世界的な組織であるGS協会という保障は、どれだけ安心感を与えるものか。
極端な話、GS免許がなくては技術云々以前に、除霊事務所を開いても仕事がないのだ。
それでもGS以外の退魔士の存在がなくならないのは、彼らは彼らで、独自のコミュニティを持っているからだ。その傾向は文明が古くからある場所では特に顕著。例えばヨーロッパではエクソシスト協会、中国では道士や風水士の互助会が幅を利かせているし、日本でも京都や大阪などでは、むしろGSの方が少数派ですらある。
 魔法使いの退魔士達も、そういったGS以外の退魔士として活動しているのだ。


「霊能力が世間に浸透するにしたがって、今までなかったオカルト犯罪と言うものも生じてきた。魔法もまた、広く一般に知られてしまえば、確かに社会の利益にはなるかもしれんが、同時におおきな災いを招くことにもなる。故に魔法使いは、その力を秘匿としてきた。
だから横島君も、魔法使いのことは内密にな。もし約束できないのなら……


……君もオコジョじゃぞ」
「は、はいっ、わかりました!」

 これ以上姿を変えられてはたまらない。自分の姿が変わるという現象にすっかり懲りている横島は、学園長に背筋を伸ばした最敬礼を送る。

「よろしい。
 では改めて、麻帆良学園へようこそ。横島忠緒君」


「高畑先生。横島君は、どんな子だと思ったかの?」
「そうですね。話した感じではいい子だとおもいますよ?明るいし良い意味で明け透けですし、ムードメーカーになれるタイプですね」

学園長の問いにタカミチは思ったままの感想を言う。
それに対して学園長は同意の頷きを返す。

「うむ。ワシも話しておってそう思った。あの子なら個性派ぞろいのA組でも上手くやっていくじゃろうな…。
 ではタカミチ、もう一つ聞かせてくれんか。横島忠夫は――――どんな霊能力者だと思ったかの?」

 とたんに、学園長の雰囲気が好好爺然としたものから剣呑な、学園最強の魔法使いものへと変わっていく。

「正直な話……僕は彼女……いや、彼を敵に回したくはありませんね」

 表情にわずかな渋みをうかべるタカミチ。学園長は続きを無言で促す。

「今朝の追いかけっこで、彼は僕に追いついてきましたから。最後の方は、僕がほとんど本気だったにも関わらず」
「なんと……咸卦法を使った君にか?」

 魔力と気とを反応させ、莫大なエネルギーを得る咸卦法。通常の魔力による身体能力強化と比べれば、ニトロとガソリン程度の違いがある。それに追いつくともなると……

「完全に本気になったのなら、駆けっこであれ戦闘であれ、負けるつもりはありませんが……」
「だが向こうも、隠し玉をもっている」
「文珠、ってやつですか?」
「ほ?知っておったのか?」
「まあ、少し調べましたもので」
「『使いようによってはあらゆる神と悪魔を滅ぼせる神器』だからのぅ……」
「誇張が入ってる……そう祈るしかありませんね」

 二人の会話は既に、横島忠緒、いや、忠夫を仮想の敵としたものへと変わってきている。
もちろん、いきなり横島を排除しようなどと考えているわけではない。
魔鈴からの紹介もあるし、今のとこと二人とも横島のことを危険だと判断しているわけでもない。だが、それでも横島の能力は警戒せざるを得ないものだった。

「……まあ、悪い子じゃないのならそれで良いじゃろ。どうせ一週間の話じゃし」
「そう、一週間。そのことが疑問だったんですよ、学園長。
……いったい何を企んでいるんですか?」

 学園長の出した結論に、タカミチは別の、しかし前から思っていた疑問をぶつける。

「企む?はて、何のことかのぅ?
 横島君がネギ君のクラスに短期編入される理由はさっき説明したじゃろ?」

 実はタカミチの疑問は、既に先ほど横島もしていた。
 それに対して学園長は

「実は、3年A組の先生は、魔法使いの見習いなんじゃ。
イギリスの魔法学校の卒業試験として、日本で先生をやることになったのじゃ。で、ネギ君……先生は、実は霊能力に触れたことがほとんどなくてな。だから横島君、君にはネギ君に、霊力とはどんなものか教えて欲しいんじゃ。ああ、もちろん霊能力者にしろというわけじゃない。
 ただ、魔法使いをやっていく以上、必ず霊力や霊能などに触れる機会が来るじゃろうからのぅ。その時に慌てぬようにというわけじゃ。何事も経験じゃ」

 と、いう返答した。横島はその説明に一応納得したようだったが、タカミチはそうでなかった。
もし霊能力というものに触れさせたければ、魔鈴のような両方使えるものや、魔法使いと関係のある霊能力者に頼めばいい。わざわざ外部から人を招く必要性はない。

「まあ、アレが理由の半分であることには違いない」
「では、残り半分は……」
「決まっておろう。……気まぐれじゃよ、単なるな。まあ、いい刺激になると思ってな。ネギ君に対しても……エヴァに対しても」

 本質からはぐらかした返答に、タカミチはこれ以上問うのをやめた。恐らくいくら聞いてもこれ以上の返答は得られないと思ったからだ。

 と、丁度そのとき、学園長室の扉がノックされた。
 聞こえてきたのは、妙におどおどした感じの横島の声だった。

「失礼します、着替え終わりましたんですけど……」
「うむ、入りなさい」
「失礼しま〜す」

 扉が開くとそこに居たのは、チェックのスカートに茶色のベストと上着を着た、黒髪の少女。

「ううっ……女装の経験はあるがやはり慣れん……」

 麻帆良の制服に身を包んだ、横島忠緒の姿だった。


霊能生徒 忠お!    二時間目   〜桜吹雪の舞う中で〜


「はっはっは、よく似合っているじゃないか?ねぇ、学園長?」
「ふぉっふぉっふぉ。まったくじゃ、ワシはこんな可愛い生徒、このか以外見たことない」
「んなこと褒められても嬉しくないやい……」

 妙に爽やかな笑顔で言う二人に、横島は涙を流しながら言った。
 タカミチや学園長が似合うと言ったのはウソではない。トレードマークのバンダナがちょっと浮いている感はあるが、それを差し引いても、横島の制服姿は様になっていた。
 しかしそんな事実も、用意されていた女物の制服と下着(どういうわけかサイズはぴったりだった)を着たことにより、自分が男ではないと言う現実を再認識させられた横島にとっては、むしろへこむ要因でしかない。

「つーか、なんで下着まで用意してたんすか?」
「ん?いらんかったか?ワシはてっきり、君が女物のパンツやブラを買うのに抵抗があって、やむを得ず男物のパンツでもはいてきたんじゃないかと心配してたんじゃが」
「うっ……た、確かに言う通りっすけど……」

見てきたように言われて、ズボンの下にブリーフをはいていた横島は顔を引き攣らせる。

「フォッフォッフォ。まあ今日だけでも我慢して、用意した下着を着けておきなさい。
 今日は全校身体測定で、下着は散々見られるのじゃから」
「そうっすか身体測………………………………………………………………………………………………

  ………………………………………………………………………………………………身体測定ぇぇぇぇぇぇっ!?」

 突然の大声に、タカミチと学園長は驚いた。
 だが、叫んだ横島はそんなことを塵にも気にせず、学園長に詰め寄って、凄い剣幕でまくし立てる。

「身体測定ってアレっすか個人情報&お宝映像乱れ飛びのアレっすかフリルにクマさんに青縞は基本っしょっつか実は無地の木綿も個人的には結構萌えたりするとかいうリビドー全開秘密の花園のアレっすか脱いで測って『あ、ミチコ(誰?)ちょっと大きくなったんじゃない?』『あん♪いきなり揉まないでよ〜』とかいうアレっすか全校ってことは高等部もサービスしちゃうってことっすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「なななななな何を言っとるのかよく解からんがとりあえず全校だから小等部から高等部まで全部じゃぞだからシェイクは止めてくれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「よ、横島君落ち着いて!」

 学園長の襟首を掴み、やばいくらいにガクガク振り回す横島を、タカミチが引き離す。

「ハァハァ……と、とにかく、そういうことじゃ。横島君は見たところスタイルは良さそうだから問題なかろう……っておーい、聞いとるか〜?」
「女…生………測定……成長期……シリチチフトモモ……」

 学園長が机から身を乗り出して横島の目の前で手を振ってみるが、虚空に浮かぶ何かを見つめる彼女は、それに反応をよこすこともない。
 学園長とタカミチが本格的に心配し始めた頃、ノックの音がした。

「ネギです」
「ん?おう、ネギ君か、入りなさい」

 幻覚を見ている横島のことは保留して、タカミチと学園長は、扉の方に目を向ける。
 入ってきたのは

「失礼します」

 スーツに身を包んだ10歳ほどの少年だった。
 少し長い髪を後ろで結わえ、小さなメガネをちょこんとかけた、利発そうな少年。
 ネギ・スプリングフィールド。見習い魔法使いにして、横島が編入する3年A組担任の魔法先生。

「ネギ先生。彼女が故あって一週間ほどこの学園に滞在することになった横島忠緒君じゃ」
「彼女は魔法使いではないけど、こちら側のことを知っている優秀な霊能力者だ。いろいろと霊能力についての話を聞いてみるといい」

 タカミチと学園長は横島のことを紹介するが、ネギは目をぱちくりとして

「えっ……あの……………誰もいませんけど?」
『えっ?』

 驚いた二人が横島の立っていたはずの場所を見るが、そこには彼女の影も形もない。ただいつの間にか開いていた窓のカーテンが、吹き込んでくる春風をはらんでいた。

「一体何があったんですか?」

呆然とする二人を前に、ネギは不思議そうに首をかしげたのだった。


 人がその本人である証明とはなんだろうか?
 姿形か?DNAか?それとも霊波の波形か?
 否!断じて否である!
 本人を本人足らしめるに必要最低限にして絶対不可欠な条件はただ一つ!
 それは……信念。あるいは志し、魂といっても過言ではない。
 それが失われぬ限り、例え姿かたちが変わろうと、遺伝子が弄くられようと、霊波の質が変わろうと、彼は彼であり続けるのだ。
 言い換えれば、その信念が失われれば、彼が彼たる証は消え去る。
それだけは決して容認できない!許容してたまるものか!


熱き想いを胸に秘め、横島忠緒――いや、今はこう呼ぼう――横島忠夫は麻帆良学園を疾走し、大跳躍。何かの建物の屋上に着地すると、まるで名乗りを上げるが如く、自らの魂を声へと変えた!


「女子高生のチチシリフトモモォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」

フトモモ〜〜〜フトモモ〜〜〜フトモモ〜〜〜フトモモ〜〜〜

「ふぅ……。さて、いい加減落ち着け俺」

 たぎる衝動の冷却に成功した横島は、自分に言い聞かせる。
 学園長から高等部の身体測定という情報を得た横島は自我を再構成すると直ぐ、学園長にもタカミチにも認識できないような速度で飛び出した。
 目指すはもちろん、

「女子高生の身体測定、これを除かずして漢と言えようか、いや、言えまい!」

 漢と書いて男と読む。
 美少女の皮をかぶった飢狼は、スカートのポケットからヒモを取り出だし、ついで親指と人差し指の間に霊力を込め、ビー玉のようなものを作り出す。

「ここまで広いと、流石に手当たりしだい探すのは無理だからな」

 取り出した玉の正体は文珠。そこに篭められた文字は《索》。横島は取り出したヒモを文珠に器用に結びつけ

「これぞ横島流48奥義の一つ!美女ダウジング!こいつを使えば身体測定の現場……しかも、高得点の美女が多くいる場所を特定することが可能なのだ!」

 妙に胡散臭い上に説明くさい台詞で、横島は雇い主に聞かれたら間違いなく殺されるような文珠の使用方法を、誰にともなく説明する。

「さて、ヴァルハラへの入り口は……」

 横島は文珠を静かにぶら下げる。文珠はしばらくその場でくるくる回っていたが、やがて、強力な磁石に吸い付けられたかのごとく、重力を無視してある方向へ向かう。
 なお、普通のダウジングでは、振り子が右回転か左回転かで方角の是非を量るものであり、こんなあからさまな反応はしない。

「こっちか!」

 だが、そんなオカルト的常識なんぞ、横島が気にするはずもなく

「チチシリフトモモ〜〜〜〜〜〜!」

 ドップラー効果を残しつつ、横島は駆けて行ったのだった。


なお確認しておくが、横島の姿は現在、正真正銘の美少女である。信じられない、というより信じたくないが……真実である。


「ここか……」
 あれから数分後、横島は仁王立ちして二階にあるカーテンのひかれた教室を見上げていた。

「……すげぇ反応だ」

 横島は戦慄すら感じて生唾を飲む。手元にはダウジングに使っていた《索》の文珠が、激しく明滅していた。ここまで激しい反応は、横島も見たことがなかった。

「こいつは期待できるぜ」

 いままで幾度となくこの技(?)を使ってきた横島にしても、ここまで強力な反応は見たことがない。おそらくあの二階のカーテンの向こうには、質、量共に横島が始めて遭遇するような、ハイレベルな桃源郷が広がっているに違いない。

「横島忠夫!突貫します!」

 横島は文珠を壊し、余っていた霊力を吸収しなおすと、壁に手足をつけて音もなく這い登る。これは、手足に霊力を込めて壁に吸い付けるというかなり高等な技術なのだが、

「なぜ登るか?そう、それは!そこに美女たちが居るからだ!」

 横島がやるととてつもなくどうでもいいスキルのような気がしてくる。習得理由が美神のシャワーを覗くためだったということを考えればなおさらだ。

 鼻息荒く、邪な雰囲気を垂れ流しながら、ゴキブリのように壁を登る美少女。
 コメントしがたいその姿は、しかし授業中の学校内では目撃者は居ない。
 十秒と経たないうちに、二階の窓の高さまで横島は達した。カーテンには、ここが二回であると言う油断のためか、ところどころに隙間がある。
 横島は気配を殺すと一番近くにあいたカーテンの隙間から、極限まで気配を殺して中を覗く。

(お宝、拝ませていただきます!)

 横島の目に入った物は……

(ぬおおおおおおおおおおおおおおおっ!?)

 横島の煩悩全開時のイメージを上回る、まさに神の空間だった。
 そこに並み居る美少女、美少女、美少女……。
 完全にロリ指定な美少女から、美神を越えるほどのバストの持ち主まで!
 年上好みの横島による総合評価で、美神を越える者はいないものの、バリエーションの豊かさ!溢れる若さ!
 そして何よりその品揃え!

(エデンの園だ!桃源郷だ!エルドラドだ!神よ、ありがとう!)

 噴出しそうな鼻血を堪えつつ横島は目の前に広がる楽園に集中する。
 横島は覗いているカーテンの隙間から、最も近くに居る少女に注目する。
 やや背の低めの、凛とした佇まいの少女だった。
 黒い髪を左上でまとめて出したおでこと、やや釣り目気味の眼がチャームポイント。
 全体として細身であり、横島としてはもう少しボリュームが欲しいところだが……

(大丈夫!君にはまだまだ未来があるさぁ!)

 勝手にその少女の将来に太鼓判を押し、三年後(予想図)を予想し、さらに勝手に盛り上がる横島。
 しかしその間にも、己の気配を殺すことに余念がない。
 有頂天。まさに天にも昇るような気持ちだ。


 だが次の瞬間、衝撃的な言葉が、ガラスを通って横島の耳に聞こえてきた。


「それでは中等部、3年A組の人はこちらにならんでください」
『は〜い』


……What?イマ、何テ仰リマシタカァ?
ちゅーとーぶ?高等部じゃなくて?っていうか何で君達それに応えてならんじゃうの?


(………………………………………

…………………………………………ナニィィィィィィィィィィッ!?ちゅうぅぅぅぅぅぅとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?)


 天の御座からの車殿落ち。実際には落ちていないが、横島の心象を現すのは、まさにそんな感じだった。

 俺が今、見ていたのは中学生だったのか!?俺が今、中学生のチチシリフトモモに興奮していたのか!?
 っていうか中学生にしちゃ反則的な胸のサイズの子がたくさんいた気がするぞ、っていうか80オーバーが半分くらいって何やねん!?

 ちぢれ、乱れ、纏まらない思考。
だが、彼女達が中学生である事実と、それにダウジングで反応し、あまつさえ覗いてしまった事実は変わりなくて――――


(俺は、俺はロリコンになってしまったんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!)


 年上好きとしてのアイデンティティの崩壊。
 昔の横島なら、ここで既に大絶叫しているところであったが、しかし現在の横島は、気配は乱れたものの、声だけは出さなかった。
 その点においては、横島も成長したと言ってもいいだろう。
だが、そんなささいな成長は、ついさっきまで注目していた、おでこがチャームポイントのちょっと釣り目な女の子―――――神鳴流、桜咲刹那にとってはなんら意味を成さないことだった。


「何者だ!斬空掌!」


 放たれるこぶし。だが横島はそれを見切って避けて……


「サイキック猫だまし!」


ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!


 閃光と大きな破裂音が、窓の外いっぱいに広がった。


「くっ……!」

 刹那は慌てて跳び去り距離をとる。
 迂闊だったと思う。だがそれ以上にやられたとも思う。
 身体測定中の今、当然ながら夕凪は手元にない。だが、それだけなら生活の中でいくらでもありうる状況だ。
 刹那がやられたと思った点は二つ。
一つはすぐ窓の外に接近されるまで、敵の気配に気付けなかったこと。
もう一つは敵の能力が……

(これは魔法じゃなく……霊能力!)

関西呪術協会は、東に比べてかなり閉鎖的だ。西洋魔術を取り入れた関東魔法協会とは敵対しており、霊能力者―――GS協会やオカルトGメンとは、敵対以前に公的な交渉のチャンネルすら持っていない。
だから刹那は、西からの刺客は陰陽術を使う魔法使いだけであり、西洋魔術師や陰陽術師が来るなど、想像すらしていなかったのだ。

(いや……西以外の可能性もある)

 だがよく考えれば、お嬢様――このかの莫大な魔力を欲するものが、西の者だけとは限らない。他の魔法使いの組織や、魔法の存在を知りその力を得ようと考える魔法使い以外もいるかもしれないのだ。
西にばかり気を取られてその可能性を無意識の内に除外してしまうとは……!

(反省は後だ!)

 思考はほんの数瞬。
 だんだんと回復してきた視界で、騒然とした室内を見渡し、このかの無事を確認する。
 このかは……無事だった。驚いた彼女は親友の神楽坂明日菜に抱きついていた。

 ……ズキッ

 その姿を目にして、刹那は胸の奥に鈍い痛みを覚える。
だがその痛みは使命を以ってねじ伏せて、窓に駆け寄りさっき自分の拳をかわした、霊能力者の姿を探す。
だが、窓の外にも地面にも、人影は見えない。

(逃げた、かの?)
「あの……桜咲、いったいなにがあったの?」

 皆を代表して、と言う風な感じで朝倉が質問してくる。
 当然、刺客らしき人物が居たので攻撃したが霊能力で逃げられた、などと言えるはずもなく、

「いえ、覗き魔がいましたもので……」

と適当にお茶を濁す。実はこのことの方がより事実に近いのは皮肉な話だが……。

『覗き魔ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 一方、クラスメート達はさっきよりさらに騒然となる。
 窓の外に駆け寄り、不届き者を探すもの。
 報復用の武器を用意するもの。
 自分の体を抱いて涙目で座り込む者。
 そしてそれを慰めるもの。

「はいはい。みなさん、静かにして。今から警備部の方に連絡しますから、皆さんは並んで、身体測定の続きをしてください」

 しばらくして事態が落ち着いてから、白衣のしずな先生が、手を叩いて言う。
 クラスメート達もそれに従い、それぞれの列に戻っていく。

 その中で、ひときわ背の高い色黒の少女、龍宮が刹那に話しかけてきた。

「刹那、実際はどうだったんだ?今の光はただの閃光弾なんかじゃなくて、霊能だろ?」

 周囲に会話を悟られないように、視線をけして合わせない小声の問いかけ。刹那は同様に視線を合わせずに応えた。

「ああ、だがそれ以上は分からない。だが少なくとも変質者じゃないことは確かだな。相手は私達と同じくらいの年の、女だ」
「……同性に興味のある変態霊能力者かもしれないぞ?」

 そんなわけがあるか、と苦笑交じりに言おうとしたところで扉が開いて慌てた声が飛び込んでくる。

「なんだか大きな音がしましたけど何があったん…です……か………」

 声の主は3年A組担任の、噂の子供先生であり、語尾が途切れ途切れなのは、三十人の女性の下着姿を目撃したから。

「な、何、堂々と覗いてんのよアンタは!」
「し、失礼しましたぁっ!」

 顔を真っ赤にしたアスナによって、ネギは教室から蹴りだされてのであった。


その頃屋上では、サイキック猫騙しをした瞬間、全力で壁を駆け上った某美少女が

「俺はロリコンやない……ロリコンやない……ロリコンやないはずなんやぁぁぁぁ……」

 力なく、ぶつぶつと呪文を呟いていた。


 図書委員の仕事は本の管理であり、図書館の本の入れ替えもその一つだ。
 図書館島から学内の図書室への本の運び出しと、図書室から図書館島への本の収納。往復だけでも結構時間のかかるその作業は、多くの図書委員に敬遠されていた。
 だが彼女―――宮崎のどかは、少なくともその作業が嫌いではなった。


(今日は、いろいろあったなぁ……)

 放課後、のどかは図書館島の一室で、本の片付けをしながら新学期第一日目のことを振り返った。
 まずは朝。

「今日は転校生が来る予定だったんですが……」

 とたんに湧き上がる歓声。鳴滝姉妹は転校生には罠を仕掛けるべきかどうか悩み、朝倉は自分の情報網になかったことを悔しがるなど、十人十色の反応を示した。だが次に続いた一言

「実は……今朝、学園長室を尋ねた後、行方不明になってしまったそうで……」

 というネギの言葉に対しては

『なにそれ!』

 あの瞬間、少なくともあの個性は揃いのクラスの心は、確実に一つになっていた。

「まだ姿も見せてないのに転校生の人は凄いなぁ」

ちょっとずれたこのかの台詞が、妙に印象居残っている。

 次に合ったのが、まき絵の吸血鬼事件。
 桜子達が怖い話で盛り上がっていたが、怖がりなのどかにしてみれば、たとえ冗談でもそういう話はしないで欲しいと思った。

(早く本を片付けて帰ろう)

 固く誓って、そして最後の事件――身体測定の覗き魔のことを思い出す。

 刹那が叫んだ次の瞬間。大きな音と光に視界と聴覚を奪われた。
 その後、覗きが居たということが分かり、自分の裸(といっても下着姿だが)が見ず知らずの男の人に見られたことが悲しくて、のどかは泣いてしまった。
 その後、夕映が慰めてくれたりネギが駆けつけてきてくれたことで、だいぶ持ち直した。

(心配して駆けつけてくれたんだよね……)

 例え、それがクラス全体に向けての心配だとしても、その中に自分も入っていると考えるだけで、少し心が温かくなる。
 収支決算は、辛うじてプラスかもしれない。
 そんなことを考えながらほのかは、本を本棚に仕分けていき……


ガタンッ


背後で物音がしたのは、不意打ちに様なタイミングだった。
驚きに、ビクッとのびる背筋。
後ろに誰かいるのか?
吸血鬼と覗き魔。前者はいうに及ばず、後者もまだ捕まっていない。
確かめるには怖すぎるが、しかしこのまま固まってるわけにもいかない。

(ネギせんせー……!)

 祈るような気持ちで年下の、しかし頼りになる想い人の名前を祈るように心の中で唱えながら、ゆっくりと振り返る。


 床に、本が一冊落ちていた。それだけだった。


「……ほっ」

緊張が解け、反動で腰が抜けたのどかは、その場に座り込む。

 時間経過によるものか、それとも自分の作業の影響か。いずれにしても吸血鬼でもなければ変質者でもない。
 足に力が入らないまま、のどかは四つんばいの姿勢で落ちた本を拾う。それから立ち上がって本を戻そうと、方膝を着いて上を向くと、


 本棚から、白い手が生えていた。


『たすけてぇぇぇぇぇっ……』
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

 陰にこもった女の声。それを聞いたとき、驚愕に凍りついたのどかの時間は再開された。
 だが、それでも取れた行動は、足をばたばたさせながら、座ったままで後ずさり、反対側の本棚に背中をぶつけることだけだった。
 足に力を込める。だが、まるで自分の足でないかのように思うようには動いてくれない。そのことがまた、混乱に拍車を掛ける。

『誰かいるのかぁ?』
「ひっ!」

 それが、初めてのどかが発音できた音だった。
 だがそれは皮肉にも、その腕と声の主にしか聞こえなかった。
 腕が……伸ばされた。

『たすけてくれぇ!』
「イ、イヤァ!」

 手は二の腕が半ばまで出た時点で、それ以上本棚から出てくることはなった。
 だが、狭い通路のそれも自分の頭上で動き回る女の手は、のどかが立ち上がる空間を、完全に奪っていた。

『たすけてくれぇぇっ…!』
「嫌、イヤァ!助けて!」

 ジタバタとのどかを捜し求める女の右手と声。
 錯乱し、涙目で叫び続けるほのか。

『助けてぇぇぇぇっ!助けてくれェッ!』
「たすけて、夕映!ハルナ!助けて!ネギせんせー!イヤァァァァァッ」
『イヤじゃなくて助けてってば!』
「誰か……助けてよぉ……」
『だから、助けて欲しいのはこっちだって!』
「誰か……って?アレ?」

 ひとしきり叫んだのどかは、改めて本棚から突き出た手を見て、響いてくる声に耳を傾ける。

『ああ、もう!じゃあ助けなくてもいいから人呼んでくれ、お願いだから……』

 伸ばされたては女性の手。ぱっと見では不気味だが、よくよく見ればそうでもない。血色も悪くなく、服も見慣れた麻帆良の制服。
 聞こえてくる声も、反響によってすこし不気味に聞こえるが、込められている感情は、怨念と言うよりむしろ哀願だった。

「あの……おばけ…じゃないんですか?」
『違うわい!俺は横島!たまたま挟まって身動きが取れなくなった普通の…っ痛ッ!つ、攣った!腕、攣った!イタタタタタタッ!』
「あああっ!だ、大丈夫ですか!?」


 己へのロリコン疑惑に滅多打ちにされ、最終ラウンドを終えたボクサーの如く、ふらふらになった横島は、

「俺は年上好き……お姉さまマンセー、巨乳マンセー……だが時には青い果実も、って違う……俺はロリやない……ロリコンやないんやぁぁぁぁ……」

 ぶつぶつと呟きながら麻帆良を徘徊し、たまたま図書館島に迷い込み

「……うおっ!?落とし穴ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 トラップに引っかかり、遥か下層まで滑り落ち、不思議な人物と出会った。

「おや?こんなところにお客さんとは珍しいですね。
 私はアル……いや、クウネル……そう!クウネル・サンダースといいます」
「ふうん。ここで食っちゃ寝してるからクウネルねぇ……」

 そこでお茶とお菓子を食べ、気持ち的にも落ち着いた横島は、自分が学園長のところから何も言わずに飛び出したことを思い出し、上へ戻ろうとする。

「クウちゃん、そろそろ上に戻りたいんだけど?」
「そうですか。それは残念。では……」

 クウネルはどこからともなくボタン付の箱を取り出しポチッと押す。
 それに連動して、横島が座っていた椅子からベルトが飛び出し、横島を拘束する。
 そして椅子は、上へと続くレールの敷かれた壁の方に滑っていく。

「この椅子に座っているだけで、一瞬で外までいけますよ。行き先はランダムですが」
「待て!ランダムってなんじゃい!?」
「そんなことも知らないんですか、横っち。適当って意味ですよ。
大丈夫!運がよければ死にません」
「怖いこと言うなや!」

 そんなことを言っている間に椅子は壁のレールに設置され

「進路、オールクリア!横っち、どうぞ!」
「いやこのシチュは種というよりむしろエ(バシュッ!)のぴょぉぉぉぉぉぉっ……」

 突っ込む暇もあらばこそ。電磁レールの加速による強烈なGにより意識を手放した。


「で、気付いた時は本棚の間に挟まって身動きがとれなくてさ。
 いろいろ体を動かしていたら何とか腕だけ外に出て、のどかちゃんに助けられたってわけ」
「た、大変だったんですね(それって伝説と言われる図書館島の司書のことじゃ?)」

 本棚の間から助けられた横島は、本の片づけを手伝いながら、のどかにそれまでの経緯を語っていた(もちろん、覗きの部分は適当に伏せて)。

「本当にありがとな。もしのどかちゃんが居なかったら、俺、本に挟まったまま干からびてたかも。なんかお礼しないと…」
「あ、いえいえ!図書館で困っている人を助けるのも図書委員の仕事ですし、こうして本の片付けも手伝ってもらってますし……」
「そうなの?大変なんだな、図書委員って」
「いいえ。好きでやってることですから……私、本が好きですし」
「ふうん」

 そこで会話が途切れ、あとは黙々と作業が続く。
 その合間に、のどかは隣に立つ横島に目を向ける。

 すらりと高い、しかし高すぎると言うこともない背丈と、それを形成する砂時計のようなボディライン。
 客観的に言えば、砂時計というのは語弊があるかもしれないが、自分の容姿にコンプレックスをもつほのかにしてみれば、自分より細いウエストに楓並の巨乳を持ち合わせた横島の姿は、まさに砂時計に見えた。
 首から上への造作も、さらに劣等感を刺激する。
 愛嬌を感じさせるパッチリとした目に、しかしそれでも童顔に見えないのはすらっと伸びた目鼻立ちのため。腰辺りまで伸ばした軽いウェーブのかかった髪は、羅紗布のように黒くしなやか。
 加えて、彼女の言動。一人称俺の男言葉ではあるが、荒っぽさはあまり感じられず、むしろざっくばらんな印象を与え、美人にありがちな近寄りがたさを消している。

 可愛いというより美人。美人と言うよりハンサム。

以前どこかで読んだ事のあるフレーズが頭をよぎる。

「……どうしたんだ?」
「あ、いいえ、私ブスだから、横島さんは美人でうらやましいなぁ、って……」

 口に出してからのどかは後悔した。
不意に横島に声をかけられて、ついつい本音が漏れてしまった。
 自分は何を言っているのだろう?いきなりこんなことを言って変に思われないだろうか?
 だが、そんなのどかの予想を、横島は裏切って、

「そうか?のどかちゃんも結構……」

 横島は、のどかの前髪を軽く払って、

「……あっ」

覗き込むように顔を近づける。

「……いや、かなり可愛いと思うぞ」

言い直して笑顔を作る横島。
 至近距離に迫った微笑に、思わず魅了されるのどか。
 だが、のどかは年齢的にも容姿的にもアウトレンジな横島は、そんな彼女の心に気付かず、顔を離して前髪を戻す。

「うん!やっぱのどかちゃんは美人だ!っていうか前髪で顔、隠すのって絶対もったいないって」
「ほ、本当にそう思いますか!?」
「ホントホント!タダオ、ウソツカナイ!」

 横島は右手をびしっと挙げて、昔懐かしのインディアンネタをかます。
 のどかは、横島のような美人に容姿を褒められたことに驚き呆然としていたが、

(やべっ!ネタが古すぎたかっ!?)

 そのリアクションが、自分のネタが滑ったと勘違いした横島は、額にイヤな汗をかく。

(可愛い……のかな、私。けど……ううん。横島さんみたいなきれいな人が言うんだからきっと……)

 一方のどかは、横島の言葉を反芻していた。
 ハルナや夕映にも、何度か前髪で顔を隠すのはもったいないと言われていた。
 自分に自信のないのどかは、それがウソだとばっかり思っていたが

(横島さんって……ウソとかついてるように見えないんだよなぁ)

 明け透けで、しかし嫌な感じがしない。それが、のどかが横島から受けた印象だった。
 そんな横島の言う言葉は、のどかの心に深く届いた。

「あの、ありがとうございます、横島さん」
「え…ああ。うん……(やっぱ滑ったんだな、俺……)」

 微妙に物悲しい気分になって曖昧な微笑を浮かべ、心で涙する横島。
 のどかは、

(前髪……切ってみようかな?)

 少し明るい気分でそう思った。


月光に照らし出された桜通り。
そこを空中から見下ろす、二つの視線があった。その主は共に女性。片方は小柄、もう片方は長躯。

「マスター。現在、半径300メートル以内に魔法、並びに霊能力の反応はありません。探索を続けますか?」
「そうしてくれ」
「了解しました」

 小さい方の影――エヴァンジェリンは鷹揚に応える。対する長躯――魔法使いの従者、茶々丸は、再びセンサーを広げ索敵を開始する。

 真祖の吸血鬼、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルこそが、麻帆良で話題となっている、桜通りの吸血鬼の正体である。
 彼女は今夜もまた昨日と同様、新たな獲物を求めて桜通りで待ち伏せをしている。
 違うところと言えば、その隣に茶々丸が控えていることぐらいだろう。
茶々丸が同伴する理由は、身体測定の時の覗き魔である。
 もちろん、ただの覗き魔のはずがない。最後の閃光は霊力によるものだし、見習いとはいえ神鳴流の剣士である刹那が、あそこまで接近を許したのだ。
 エヴァにしても刹那が叫ぶまで、その存在に気付けなかった。

(妙に勘に障る)

 最近、何者かが侵入した気配はなかった。
 となれば、その霊能力者がいる理由として考えられるのは二つ。正規の手続きを踏んで入り込んだか、それとも結界の感知機能を上回る技量の持ち主か。

(どちらにしても厄介な)

 敵の目的も技量も不明。だからと言って、吸血を休むわけにもいかない。
 サウザンドマスターによって掛けられた登校地獄の呪を解くには、血縁者たるネギの血が必要なのだ。ネギを捕まえ血を吸うためにも、少しでも力を蓄えておかなくてはならない。

(まったく。あいつが約束を破らなければ……死ななければこんな苦労をせずに済んだものを……)

 既に亡きサウザンドマスター―――吸血鬼になって以来初めて、エヴァに手を差し伸べて、光の中へ引っ張り上げようとした、男の顔を思い出す。

 本当に、死んでしまったのだろうか?あいつがそんなに簡単にくたばってしまうような奴なのか?

 何度も繰り返した自問。だがそれは未練に過ぎない。もしナギが生きているのだったら、約束を違えるはずもない。

(奴は死んだ!もうあのバカ面で笑顔を向けてくることもなければ、うっとおしく頭を撫でてくることもない)

 だからこそ、あのバカの面影のある、しかしナギとは違って生真面目な、あのボーヤの血を吸って、自ら呪を解かなくてはならないのだ。

「マスター」
「どうした、何か反応があったのか?」
「いいえ。ターゲットが……」

 茶々丸が指差す先には、見知った影が桜の花の下を歩いている。

「27番、宮崎のどか、か……。ふむ、なかなかに魔力が高いな。
 よし、今晩はあいつだ」
「……マスター。あの……」
「分かっている、茶々丸。殺しはしないさ」
「ありがとうございます。では、お気をつけて」

 血液が流れてないはずなのに、普通の人間よりはるかに温かい心を持つ人形の従者の言葉を背にして、エヴァは夜空に飛んだ。


月夜に悲鳴が響いた。


「美女の悲鳴!?……っていうかこれは…のどかちゃん?」

 悲鳴は、夜道を歩いていた横島の耳にも届いた。
 のどかと別れて図書館島を出た横島は、学園長室にもどり、そこでこってり絞られた。何時間かして、次の日の朝もう一度学園長室に来ることと、もう二度と勝手に消えたりしないことを約束させられてから、横島は開放された。
 そのときには既に夜。とりあえず腹ごしらえでもと考えた横島は学校から出て吉野家にでも、とおもって駅へと向かっていたのだが、そこで悲鳴を聞いたのだった。

「……向こうか」

 迷うまでもなく、横島は体に霊力を込めて加速。悲鳴が聞こえてきたほうに走り出す。
 距離感にしておよそ400メートル。横島の今の身体能力なら30秒もあれば走破できる距離だ。

「変質者だか悪霊だか知らねぇが、将来有望な女の子に、傷なんか付けさせてたまるものかぁっ!」

 叫びを力にかえて地面を蹴り、さらに加速を加える。
 それとほぼ同時に、悲鳴が聞こえた辺りから、爆発のような風が吹き上がった。


 魔力の気配を感じてネギが駆けつけてみれば、ボロ布の黒マントをまとった人物に襲われるまどかの姿。

「風の精霊11人(ウンデキム・スピリトゥス・アエリアレース)
 縛鎖となりて(ウィンクルム・ファクティ)敵を捕まえろ(イニミクム・カプテント)
 魔法の射手(サギタ・マギカ)・戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)!!」

 魔法で放つは捕縛属性を持つ風の矢。
 しかし敵はマントから試験管とフラスコを取り出し


「氷盾(レフレクシオー)」

投げつけ呪文を唱える。
砕けた試験管とフラスコの魔法薬は混ざり合い、その威力を発揮する。
氷の盾と風の矢は激突し、お互いを打ち消し爆発のような衝撃と煙を残して消え去る。
 それでも、のどかから吸血鬼を引き離すことには成功。

(よかった……まだ吸血されてない)

 ネギはのほかの安否を確かめると、煙の向こうを睨みつける。
 だんだんと晴れてきた視界の向こうから現れたのは

「驚いたぞ。その歳にして、この魔力とはな……さすがは、奴の息子だ。」
「あ、あなたは僕のクラスのエヴァンジェリンさん!?」
(あの男……それってまさか)

 気になるキーワードはあったが、それを問いただすのは後回しにした。

「どうして……どうしてこんなことをするんですか!?
 魔法使いは人の幸せのために働くものでしょう!?」
「甘いね、ぼーや。
 世の中には良い魔法使いと悪い魔法使いがいるんだよ!」
「答えになってません!」
「ふんっ。どうしても聞きたいって言うのなら、この私を倒してからにしろ!」

 叫ぶと同時にばら撒くように投げられる、魔法薬の入った入れ物たち。
 月光に煌き、夜空に放物線を描きながら落ちてくる魔法薬のビンの数はおよそ10以上。
 発動されれば盾程度では防ぎきれないと判断したネギは、光の矢で迎撃しようと判断する。

「ラス・テル マ・スキル マギステル!
 魔法の射手(サギタ・マギカ)……」

だがその呪文を

「連弾(セリ「させません」…イテッ」


邪魔するものがいた。
 唐突に、横から飛び出した人影が、ネギの額を爪弾く。つまりはデコピンだ。
 その人物は、すぐさまネギの近くから――エヴァの魔法の効果範囲から一足飛びに離脱。
 月下にライムグリーンの髪をなびかせたその姿は……

「ちゃ、茶々丸さん!?」
「はい。マスターの魔法使いの従者(ミニステル・マギ)をしています」

 一瞬の驚愕。しかしこの状況において、その一瞬は万金の価値。
 既に魔法薬の瓶は放物線の頂点を過ぎ、ネギたちに向け落下を開始している。
 さらに

「魔法の射手(サギタ・マギカ)・戒めの氷矢(グラキアーリス・カプトゥーラエ)!!」

 エヴァの呪文が完成する。
 重力加速よりさらに早い加速を得て飛び出したのは、奇しくも先ほどネギが放ったのと同じように捕縛属性を持つ氷の矢。
 抵抗するにも、覚悟を決めるにも、絶望するにも短い時間。
 ネギの目に写るものは、夜空と、月と、桜と、落ちてくる蒼い弓と……


 それら全ての間に割って入った、背中。


「白羊!四大を以って震象を成せ」


 雷の閃光が、視界を白く塗りつぶした。


「くっ……霊能力者か……!」

 地上から天空へと伸びる雷撃。それを見たエヴァは臍を噛む。
 今の雷からは、魔力が感じらないかわりに、別の力――霊力が感じられた。

 吸血鬼たるエヴァは、霊力を扱うことも出来る。というより、本来、吸血鬼は霊力を使う者がほとんどであり、魔法使いの吸血鬼など、よほどの酔狂か、魔法の才能があるかのどちらかだ。
 そして、エヴァは後者。吸血鬼になって以来、魔法使いとしての力ばかりを伸ばし、その実力は折り紙つきだが、霊能力者としては初心者程度。
 そんなエヴァにとって、今の雷は強力な霊力が込められていた霊力は、計り知れないものだった。

「茶々丸!今の雷の霊力は!?」
「はい。系列は霊能力・陰陽術・八卦。瞬間的にですが500マイト以上の霊的エネルギーが観測されました。中級悪魔――霊能力者の単位では下級魔族クラスです」

 なんということだ、と、エヴァは思う。
 今の攻撃は魔法薬のほとんどをつぎ込んだ、勝負を決めるつもりで打ち込んだものだ。
 実際、茶々丸の奇襲も決まり、勝利はほぼ確定したものと思っていた。
 ――期せずして、ネギ・スプリングフィールドの血を手に入れられた、と、喜んだ瞬間だった。


 あの女が間に割り込んだのは……


 不意に、春風が吹いた。
 雷に付随した衝撃によって立ち上った爆煙が、風に乗って晴れ、乱入者の姿があらわになった。


 腰まで届く長い黒髪。
 麻帆良の制服に身を包んだ、均整の取れた体つき。
 整った造作の顔立ちの上、高い額にはバンダナを巻いている。
黒い瞳を湛えた眼は、射抜くようにエヴァたちに向けられていた。

 それは、エヴァのクラスメート達と同年代の、少女だった。


 ネギは、その姿に魅了されていた。諦めかけた自分を救った少女の姿に。
 力の衝突によって生まれた風を、彼女の軽くウェーブのかかった黒髪は孕み舞い、風に乗った桜の花弁が彩りを添える。
 女性らしさを感じさせる起伏に豊かな体のライン。しかしそこにあるのは装飾品の脆さではなく、戦女神の立像が如き力強い美しさ。
 彼女は振り返り、そして肢体に恥じない美貌に微笑をつくる。

「……ま、男としては及第点ってとこか?」

 彼女の言うことの意味を理解するのに数瞬かかったが、それが自分の取っていた行為―――魔法を防げないと判断した時、のどかを庇うように、とっさに彼女の上に覆い被さったことを指していると気付いた。

「ぼ、僕はこれでもイギリス紳士ですから!」

 その答えを訊いた彼女は驚いたような表情を作ったが、その次の瞬間には破顔一笑。
 それだけで近寄りがたい雰囲気が、一気に親しみやすいものへと変わった。

「ははははっ!そっか、英国紳士か」
「お、おかしいですか?」
「いや……おかしくねぇよ。女を守れないような男なんて……クズだ」

 笑顔を一転、酷く真面目な顔をして言うと、前に向きなおし、手にしていたカード、タロットを構えなおす。


 同時に春特有の強く、しかし柔らかい突風が吹き、爆煙が晴れる。
 ネギはエヴァ達の、そしてエヴァはネギと少女の、お互いの姿を確認する。


「タロットカードを使って陰陽術とは、珍しいものを見せてくれるじゃないか」

 エヴァは謎の霊能力者のそれも敵側への参戦という、予想していた最悪の事態に焦る。だがその内心を悟られぬよう、高慢な口調で問う。
 時間を稼ぎ、同時に少しでも敵の能力を計るため。
 敵も同じつもりなのか、乗ってくる。

「……ああ、俺のオリジナルでな。そっちこそ、いいもん見せてもらったぜ。なにせ攻撃魔法って奴を見るのは初めてだからな」
「ほう……。それなのに攻撃の前に飛び込むとは……見上げた愚か者だな、人間。
 名前はなんと言う?」
「訊く方が先に名乗るのが礼儀じゃないか?」
「ふん……いいだろう。教えてやる、よく聞け!
 我は闇の福音!ハイデイライトウォーカーにして不死の魔術師!エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル!」

 高らかと、天の星々にまで届くような声で名乗りを上げるエヴァ。
 対して少女は、大地の万有に深く響き渡るように、名乗る。


「美神除霊事務所所属、GS横島忠緒!」


 かくして、魔法先生と霊能生徒は、桜吹雪の舞う中で出会いを果たしたのだった。


 横島が駆けつけたとき目の当たりにしたのは、降り注がんとする蒼氷の弓。

(うわっ……逃げちゃおっかな)

 及び腰になる横島。
 霊力を感じないことから、あの矢は確実に魔法の産物。
 威力が測れない上に、そもそも霊力で防げるかどうかも分からない。
 桜林の中、道へ出る手前十メートル程で、無意識の内に加速を緩めてしまうが


 着弾地点で見知らぬ少年が、庇うようにのどかに覆いかぶさったのを見て――


             ――――ヨコシマ――――

 ―――東京タワー、燃え上がる夜景、ガラスを割って飛び出し、そして―――


(……させるかよ!)


脳裏に記憶がフラッシュバックしたその時には、既に最後の加速は成され、迷いは後ろに置き去った。


 冷たい害意と月光を遮るように、少年とのどかの前に立つ。


 タロットカードを手に取る。
 愚者、吊るし人、審判、そして皇帝。
 意味はそれぞれ、風、水、火、そして白羊宮。


 不規則な軌道を夜の大気に刻みながら、矢は迫る。


 白羊宮を現す皇帝の札を一番下。


「白羊!―――」


 それを基準として他の三枚を逆位置、逆位置、正位置の順で重ねる。
三つのエレメントに白羊宮を土として加えれば、四大元素がそろい――


「―――四大を以って―――」


 皇帝以外の三枚の札を、八卦の像(三本の棒を横に並べたシンボル)とみなし、正位置を陽、逆位置を陰とすれば―――


「―――――――――震象を成せ!」

 カードを持った手を前に突き出す。


 皇帝の札に込められた霊力は、西洋魔術の基礎である四大元素の形を取り、東洋風水の基本たる八卦の術式に力を与え、その威を顕現する。


 雷が、地表から天へと放たれた。


 霊能生徒 忠お! 三時間目  〜混沌の錬金術師〜


 月の空に立ち上がった雷。
まさに晴天の霹靂。それは幾人もの目に止まった。


 大きな霊力を感じた学園長は、書類を書く手を止めて虚空を見上げる。

「……さっそく動き出したようじゃの。さて、どうなることか……」


「い、今のって……?」
(やっぱり、魔法関係よね……ったく、あのバカ!子供のくせに一人で何でも背負い込んでっ!)

 無言のままアスナは速度を上げ、驚き足の運びが遅くなる木之香を引き離す。


 学園内を見回っていた二人がいた。

「今のは……!」
「霊力だな。それもかなり強力なようだ……しかも身体測定のときと同じ霊波だ」
「本当か?」
「一瞬だったが、魔眼で確認できた。まず間違いないだろうな。行こうか?」
「もちろんだ」

 剣士と銃使いは、駆け出した。


そしてここにも……

「ほう?今のは……」
「霊力です。霊波が・横島さんのものと・一致しました」

 月明かりに浮かぶ影は二つ。一つは大柄の老人。もう一つは短い髪の女性。

「ふむ……、どうしてあの小僧がこんな所に……いや、今は小娘だったな。
 ……行ってみるか?マリア」
「イエス!ドクターカオス……!」


「我は闇の福音!ハイデイライトウォーカーにして不死の魔術師!エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル!」
「美神除霊事務所所属、GS横島忠緒!」

 二つの名乗りはそれぞれ天に響き地に染み渡り、その余韻が消えると同時に―――


「サイキックソーサ!」
「茶々丸!」
「いきます」


―――戦場は動き出した。


横島の手に霊力が集中する。一般人には手がぼぅと光っているようにしか見えないが、霊能力のある者には、光り輝く円盤状が見える。

「サイキックソーサ!」

 投擲。
 狙ったのは並んでたつエヴァと茶々丸の間。

「茶々丸!」
「いきます」

 二人は左右逆方向に跳んで避ける。横島から見てエヴァが左、茶々丸が右。
 ソーサはその威力を果たすことなく、ホップして上空へと向かう。
 それに目も向けず、横島は左へ。明らかに前衛タイプの茶々丸を避け、後衛であろうエヴァを先に叩く動き。

(なかなか戦いなれしてるじゃないか!)

 歓喜すら感じてエヴァは思う。この15年、戦った敵といえば力が封じられた状態でも難なく倒せる雑魚ばかり。対して目の前に立つこの女は、有象無象とは一線を画している。
そんなGSがなぜここにいるか?こいつの目的は何なのか?あのジジイはこのことを知っているのか?
疑問は尽きない。だが

(おもしろい!)

その一言で全て斬り捨て、戦いを楽しむことに決める。

「来い、GS!」

 エヴァは魔法薬の小瓶を二組投げた。


 エヴァから投じられた魔法薬は、時間差をつけて二つ。1つ目は緩い弧を、2つ目はほぼ水平の軌道で横島に向かう。
 横島は同時に、エヴァとは別に彼女に付き添っていた背の高い少女、茶々丸にも意識を向ける。
 茶々丸を霊視した結果、彼女が人の似姿――――マリアと同じ人造人間であることは気付いていた。となれば、やはり飛び道具の一つ二つは……。

「……」

1つ目の魔法薬を避けた横島の視界の隅、茶々丸は明らかに間合いの外で拳を構え

「……発射」

 ロケットパンチならぬワイヤーパンチ。マリアと同じ装備だった。
 体を屈めて避ける横島。その行動は二つ目の魔法薬を避ける行動を封じる。
 サイキックソーサを発動させ、それを弾く横島だが

「氷爆(ニウィス・カースス)!!」

 盾にぶつかり砕けた混ざった魔法薬。エヴァはそれを触媒として、小さな盾では防ぎきれない、爆発系の魔法を使用。
 急激な冷却により、粉塵のようになった大気中の水分が、横島の姿を覆う。
 いくら直撃を避けたとて、ただの人間が至近距離で、無事なはずがない。
 だが

(この程度で終わってくれるなよ!)

 エヴァは、敵がその程度で参るような奴ではないと、信じる。
 勝利への意思とは矛盾する、闘争への渇望。
 魔法発動の次の瞬間、祈りに似た欲望に応えるように、冷気を断ち割って人影が躍り出る。
 それは横島。しかしその着衣は、麻帆良女子中等部の制服ではなく、黒いマントをなびかせた黒服になっていた。その装束からは、霊的な力が感じられる。
 恐らくあの服が、氷爆から横島の身を守ったのだろう。
 迫る横島。だがエヴァは焦らず、用意しておいた罠を発動させる。

「来い!」


 爆発の前、茶々丸のワイヤーパンチをかわした直後、横島は懐に忍ばせた文珠を発動させた。

《衣》

 効果は一瞬で現れる。ブレザーが消え、代わりの服が横島の身を包む。
 黒いマントにズボン。そして胸には黒と赤を基調としたプロテクター。骸骨風の装飾がないところや、細部の意匠は異なるものの、その服はかつて逆天号に乗っていた頃に着ていた、パピリオからもらったものだった。
 そして懐の中には再び《衣》の文珠が生じる。

 封印文珠。それがこの文珠の名前である。
 文珠を作成時に他の存在を巻き込むことによって、発動時にその存在を召喚することができる。文珠の霊力が切れるまで、その物体を文珠に変えることも物体に戻すことも自在となる。
 今回の場合は変則的に、文珠を発動させて黒服を召喚すると同時に、邪魔となる麻帆良の制服を巻き込んで文珠にし直したのだ。同じ衣服だからこそ出来た技だ。

 爆発の瞬間。横島は衣服に霊力を込める。
 これは、ただパピリオが趣味で作っただけのコスプレではない。曲がりなりにも技術力では他の追随を許さない、アシュタロス陣営が作った戦闘服だ。
 自己修復や装着者の体格に会うようにサイズが変わるのは当たり前。その上、装着者の霊力に呼応して、耐熱耐冷耐爆の効果を得る。それこそ、氷爆の余波程度で装着者に致命傷を与えることなど不可能に。
 マントの表面に薄く張り付いた氷を払い、横島の突撃は続く。
 エヴァまでの距離はあと数歩。

(あとは《縛》の文珠で……!)

 勝利までの段取りを図る横島。だが、その予定表にはない行動をエヴァした。

「来い!」

 強烈な言霊を含んだ声。
 何に向けて命じたのか?一体何を呼んだのか?
 応えは――背後から聞こえた風切の音。

(しまった……!一つ目の小瓶の割れる音は……!)

 振り向く横島の視界に、先ほどエヴァが投げ、横島が避けた1つ目の魔法薬が見えた。
 エヴァが呼んだのは、これだった。
 ソーサを発動する時間がないと判断した横島は、はためいたマントでその小瓶を絡め取り可能な限りの霊力を込め、防御力を上げる。

「氷結 武装解除(フリーゲランス エクサルマティオー)!!」

 魔法が発動。横島のマントは所々凍りつく。氷が砕けた時には、まるで虫食いにあったかのような穴だらけのボロ布へとかわる。

(げっ!マジかよ!?)
(武装解除を食らってあの程度だと!?)

 横島にしてもエヴァにしてもその結果は意外だった。
 横島は同じ方法で手榴弾の爆発を完全に無効化したことがあったし、エヴァにしてみれば、装備品の破壊を目的とされた魔法が、装備品によって半ば無効化されるなど聞いたこともなかった。
 驚愕する二人。だが状況は、三人目の主役によって進められる。

「失礼します」

 脚部のブースターで加速した茶々丸が、エヴァと横島の間に割って入る。
 続いて放たれる拳打。横島はしゃがみこむようにかいくぐり

「女の子を殴んのは趣味じゃねぇが……」

 一歩、強く踏み込み――

「破ッ!」

 腰を屈めた状態から両手を突き出す。茶々丸の腹部から背中に、斜め上方に向けての衝撃。一撃の重さと込められた霊力によって運動機能が一時ダウン。姿勢制御も出来ぬまま、茶々丸は跳ね飛ばされる。
 その時、茶々丸の光学レンズに映ったのは、夜空に輝く星と月と、そのどちらでもない薄い緑色の輝き―――横島が最初に投げ、はずれ、夜空へと消えていったはずのサイキックソーサ。

「サイキックヘイル!」

 横島の声に呼応して、ソーサはいくつもの断片に分かれ降り注ぐ。
 散弾の如き霊力の雹は、その一撃一撃は軽く、エヴァが常に纏っている魔法障壁を貫くことは出来ないだろう。だが障壁を持たず、動けもしない茶々丸には、防御はもとより回避も不可能。

「氷盾(レフレクシオー)!!」

 エヴァは茶々丸に駆け寄り、魔法薬の入った小瓶を投げ、頭上に防御魔法を展開。
 横島は、バックステップをしながらタロットを取り出す。
 枚数は二枚。
 魔術師と節制。それぞれが示すのは水星と人馬宮。

「人馬!辰星に力与え矢玉を成せ!」

 言葉により成されたのは、高い粘質を持った水の矢の群れ。
 矢を攻勢する水には、ゴムのような高い粘性――というより弾力性が与えられている。破壊力には欠けるものの、肉体深くに衝撃を伝えるのには向いている。真祖とはいえ、直撃を受ければ気絶は必至。

「緊急回避」

 横島の攻撃がエヴァたちに届く直前、茶々丸は再起動を果たしエヴァを抱きかかえるとブースターを起動。

ずががががががっ!

 アスファルトで自らの外装を削りながらも、主には傷一つ負わすことなく、水の矢の雨を回避する。
 背後の粘液質な着弾音と横島が作り出した矢の数が同じになった時、茶々丸はブーストを停止。エヴァも茶々丸も、その速度を殺すことなく生かしきり、受身の要領で立ち上がる。
 即座に敵の姿を探す。だが、黒衣をまとった姿は視界になく……。

「マスター!」

 茶々丸の警告の声と、月光の影に気付いたのは同時。
 エヴァは爪を伸ばし――

「なめるなぁっ!」
「ちっ!」

 振り返り、一閃。
 それを受けたのは、薄緑色の輝きをまとう横島の霊波刀だった。
 全力同士のぶつかり合いで、横島の動きが一時止まる。
 その隙を茶々丸は見逃さない。全力を込めたハイキックで横島のこめかみを狙う。
 横島は、霊波刀を出していない左手でガードする。手には霊力を込めたものの、サイキックソーサほどの防御が期待できるはずもない
 ガードごと横島は蹴り飛ばされる。だが、直前に右へと跳ぶことで、茶々丸の攻撃のインパクトを軽減できたため、大したダメージはない。
 横への勢いに逆らわず、体を転がしながら距離をとり、

「……くっ……よもやパンチラを気にせずにキックとは!」

愚にもつかない軽口を放ってから、立ち上がる。

「まだいけるか?」
「はい。ですが戦闘後、速やかな修理をお願いします」

 エヴァ達は追撃せず(ちなみに茶々丸は、スカートの裾をすこし押さえながら)その場で構えたまま横島の出方を見る。
 その時両者は、偶然にも戦いが始まったのと同じ位置に立っていた。

 エヴァは茶々丸を従え横島を睨みつけ、横島もまた、ネギを庇いエヴァに立ち塞がる位置で、タロットを構えた。


 30秒にも満たないほど短く、だが限りなく密度の高い戦いに、この場ただ一人の観客であるネギは、呆然としていた。

「すごい……」

 あまりに単純で芸のない感嘆。だが、ネギは他に表現する術を――たとえ母語である英語であっても、持っていなかった。
 そもそも、ネギは今の戦闘の、全てを理解しているわけではなかった。
 ただ確実に分かるのは、目の前にたつ美しい女性が魔法使いでなく霊能力者―――それもすさまじく強いGSだということ。
 もう一つは

「ふふふっ……やるなGS。ここまで私の裏をかいた戦いをしたのは、サウザンドマスター以来だ」

 もう一つは、エヴァがサウザンドマスター――父について何か知っていると言うこと。

「……マスター。一般人の反応が二人、こちらに向かってきています」

 一触即発の睨み合いに水を差したのは、茶々丸の報告だった。
 エヴァは忌々しそうな顔をするが、すぐに諦めた表情に変わる。

「ふんっ……これだけ大騒ぎすれば当然か……。退くぞ」
「はい。では、ネギ先生、そして横島さん、失礼します。……逃走プログラム始動」

 言うや否や、茶々丸のボディの継ぎ目から、大量の煙が噴出する。
 毒性はないようだが、どうやら霊的にも、そして恐らく魔法的にもジャミング効果があるらしい。

「横島忠緒といったな!この勝負、お前に預ける!いずれ決着をつけようぞ!」
「俺はもう勘弁したいんだけどなぁ……」

横島のそれは本心だった。
この体で戦ってみて、この体の不自由さを改めて実感した。
放てる攻撃は遥かに軽く、体力も耐久力もなく、霊力周りもかなりダウンしている。そして何より間合いが掴めない。
茶々丸に放った両手の一撃は、相手がマリアであっても機能停止するほどの威力で放ったつもりだった。だが、実際は打点が大きくずれ、期待していたより限りなく低いダメージしか与えられなかった。

(あのエヴァンジェリンンって子も使える方みたいだし、茶々丸っていうロボっ娘と二人がかりで接近戦になってたら……)
「危なかったな……」

 スモッグの向こうに消えていく、人影と気配を感じながら構えを解くが

「ま、待ってください!」

 その横をすり抜けるように、ネギが走り出す。

「お、おい!ちょっと待て……」
「すみません!その女の子の事、よろしくおねがいします!」
(エヴァンジェリンさんは僕の父さんのことを何か……!)


 横島の静止も聞かず、ネギは魔力で今日かされた脚力で、走り去る二人を追いかける。
 慌てて追いすがって止めようとする横島だったが、後ろから聞こえる足音に気付き、振り返る。
 駆けてきたのは、鐘がモチーフとなっている髪飾りで髪を左右二つに分けた、左右の瞳の色が違う―――オッドアイの女の子だった。

「ちょっとネギ!アンタ一体……って誰?」
「横島って言うんだけど……」

 いきなりの乱入者に、どうしたものかと戸惑い―――不意に名案が閃く。
 どうやらさっき助けた子供の知り合いらしいし、ならばのどかをこの女の子に預けて、自分は三人を追っかければいいのではないか?と。
 我ながら冴えていると自画自賛しながら、乱入してきた女の子に声をかけるが

「あのさ、この子の事な「すみません!その子の友達なんですけど、ちょっと預かってくれませんか!……ちょっと、ネギーーーー!」…なんですけど預かって欲しいかなぁ、って言おうと思ったんだけど……」

既に遅しと言うかなんと言うか、自分が頼もうとしたことを先に言われてしまった。
あまつさえ拒否する暇も与えてもらえず、横島は再び取り残される。

「……ま、いいか」

 数秒後、エヴァ達の姿を完全に見失った横島は、悟った表情でポツリと呟いた。
あの冷静な戦い方からして、エヴァという吸血鬼はプロだ。ならば余計な戦闘は避けるだろうし、狙った獲物以外には手をつけないだろう。
 聞こえた悲鳴の主がのどかだったことも考えると、吸血鬼に襲われたのどかを、たまたま見かけた少年――ネギが、助けに入ったのだろう。つまりネギはターゲットではない、と推測できる。

「それに、一人で追っかけたってことは、何か作戦があるんだろし」

 自分を納得させるように、横島は呟いた。
 実際は、ネギは獲物じゃないどころかエヴァの真の目的だし、ネギがエヴァを追いかけたのも作戦があったからではなく、単に父親の情報を目の前にぶら下げられて視野狭窄に陥っただけなのだが、そこまで読めというのは無理だ。

「ま、三人が三人とも人外の速度で走ってたからな。一般人っぽいあの子が追いつけるはずもないし……うん、大丈夫だ」

 アスナのことも含めて自己完結した横島は、地面に倒れたままだったのどかを抱き上げる。

「あ〜あ。見知らぬ男になんか女の子預けるか普通。……あっ、俺って今、女だったっけ?」

 とりあえず霊視したところ、のどかに吸血された痕跡はなかった。横島はその事実に安心する。
 さてどうしたものかと周りを見渡している内に、茶々丸の出したスモックは風に溶けていく。
その向こうに、人影を見つけた。

「アスナ〜?そこにおるん?」

 人影の方もこちらの存在に気付いたのか、訛りのある音取りした口調で声をかけてきた。
 出身が近畿の横島は、それが京都弁であることがすぐに分かった。
 横島が目を向けている間にもきりはだんだんと晴れていき、お互いに姿をはっきりと認識できるようになった。
人影の招待は、麻帆良女子中等部の制服を着た少女だった。くせのない長い黒髪に、おっとりしたおっとりした印象を受ける目。口調に似つかわしい、日本人形のような少女だった。
少女は横島の姿をみて、驚いた表情で立ち止まる。
一方横島は、少女に近くに病院や保健室がないかと、訊こうとしたところ

「…き……」
「き?」

 少女が何かを呟いた。横島にはその内容が聞き取れなかったが、とりあえず近づこうとする。だが、横島が1歩近づくと、少女は2歩後ずさる。

「まさか……アスナ……骨まで……」

 不審に思ってよく見れば、その少女の目元には涙。頬は恐怖に引き攣っていた。
 どういうことかと問うために、さらに一歩踏み出すと――――――少女はいきなり悲鳴を上げた。

「吸血鬼やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 叫ぶと同時に回れ右。少女は横島から、ものすごい勢いで逃げていく。
 突然の展開に戸惑った横島だったが……

「ち、ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」

 とりあえず誤解を解くために、のどかを抱えたまま追いかけた。


 横島の放った雷を、最も近くで目撃したのはアスナと木之香だった。
独り寮へと戻ったのどかを、アスナがなんとなく気にしていたところ、桜通りの方角で、大きな音がして風が舞い上がった。

「アレは……」
「桜通りの方角ですね」

 ハルナと夕映が言ったその時には、既にアスナは駆け出していた。それに続くように木之香もついていった。
 そしてしばらくもしないうちに、同じ辺りから、今度は雷が地面から空へ一直線に登っていった。
 ここで、アスナと木之香の反応は分かれた。
 木之香が驚いて足を緩めたのに対し、アスナはその健脚をフルに生かし、さらに加速した。当然、木之香はあっという間に引き離された。
 それでも一所懸命に走り桜通りに辿り着く。だが、そこにアスナの姿は見えなかった。目に入ったのは、桜通りを塞ぐように広がる煙だった。
 霧にしては煙すぎるが、火事にしては焦げ臭くない。

「アスナもこの中に入ったんやろうか?」

 考えている内に、正体不明の煙はだんだんと薄まっていき、やがてアスナと同じくらいの背丈の人影を見つける。

「アスナ〜?そこにおるん?」

木之香は親友の姿を確認できた安堵と、少々の不安を持ちながらその人影に近づいていった。
だが、煙が晴れたそこにいたのは、鐘のような髪飾りをつけた親友ではなかった。
 同時に、木之香は昼に聞いた吸血鬼の話を思い出す。

―――満月の夜になると出るんだって―――

浮かぶつきは満月。

―――真っ黒なボロ布に包まれた…―――

 その女性は黒いぼろぼろのマントで身を包み…

―――血まみれの吸血鬼が―――

 マントの内側、胸の部分に赤い色が見える。

 その人物の手には、ぐったりとして動かないのどかの体。
 確定的だった。状況からして他に考えられない。

「……吸血鬼や」

 のどかを抱きかかえた吸血鬼は、1歩こちらに足を踏み出してくる。
 恐怖に押されて、木之香は2歩さがる。
 恐怖に凝り固まった表情で、木之香は吸血鬼の顔を見る。
 真っ赤な布を巻いた顔は、月光に照らされ美しく……それがたまらなく怖かった。
 自分より先にここに辿り着いていたはずのアスナのことを思い出す。

(アスナは私より早くここに来たはずなのにここにいなくて……。吸血鬼はここにいて……)

 そこまできて、木之香は答えが浮かんだ。浮かんでしまった。
 アスナがここにいないのは……

「まさか……アスナの血だけ足らなくて骨まで食べて……!」

 なんと言うことだ!吸血鬼は血を吸うだけではなかったのか!?
 骨までバリバリ食べる雑食性(?)だったのか!

(吸血鬼や!長い舌で血を吸うわれてまうんや!凄いジャンプ力なんや!誘拐されてインプラントでキャトルミューティレーションなんや!)

 極限まで達する恐怖と混乱。許容量いっぱい。決壊寸前のダムのような精神状況の木之香。その危うい精神の均衡は、吸血鬼がもう一歩、木之香に向けて踏み出した瞬間……崩れた。

「吸血鬼やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 こぼれた感情の発露の形は、悲鳴。
 木之香は吸血鬼に背を向けて駆け出した。

「ち、ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」

しばらくして背後から聞こえてきた、吸血鬼にしては間抜けな声は、恐慌状態の彼女の耳には入らなかった。


「吸血鬼やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 悲鳴は、刹那の耳にも届いた。

「…!お嬢様っ!」
「あ、おい…」

 刹那はかける速度を上げる。真名は減速を促すが聞く耳を持たない。
 今は月夜で、いくら地形を把握しているとはいえ、ここは林。足元もおぼつかなければ、枝が突き出ている危険性もある。
 しかしそれにより自分が傷つくことがあったとしても、

(それでも守りたい誰か、か……)

 小さく苦笑すると、真名も足を速めて刹那に並ぶ。
 自分には魔眼があり、暗闇の中でも土や風、草木に宿る魔力や霊力を見ることで、視界を確保できるし危険を刹那に教えることも出来る。
 結果だけいえば、真名の魔眼がその効果を発揮することはなかった。
 二人はすぐに舗装された通りに出た。
 そしてその目の前を……

「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!食べられるぅぅぅぅぅっ!」

 泣き叫びながら走る木之香と

「人聞きの悪いこというなっ!中学生は対象外やぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 のどかを抱えて追いかける、ぼろぼろのマントを着た女性。

「なんだい、これは……」

 微妙に脱力感を誘う光景に真名は肩を落とすが、刹那の目に映るのは、自分が全てを賭けて守りたい者が、不審な人物に追いかけられているという事実。

「貴様……!」

 刹那は、黒衣の女性に斬りかかった。


 横島が木之香を追いかけたのは、言ってしまえば単なるその場のノリだった。
 吸血鬼だと言うことを否定したかったし、ついでにのどかを送り届けるべき場所を聞きたかったのもある。だが、わざわざ逃げる相手を追いかけてまでするべきことでもない。
 ただなんとなく、せっかく近くにいるんだし、追いつくのも大した労力じゃないだろう、と思ったのだ。
 しかしそんな『なんとなく』を、横島はすぐに後悔することとなった。

「貴様!」

 鋭い声と殺気に振り向けば、こちらに振り抜かれようとする野太刀。

「うおぅっ!?」

 とっさに前転。ただし腕の中ののどかは取り落とさない。
 直ぐ背後で空気を切り裂く鋭い音がする。もしあのままだったら、自分の頭と体は泣き別れしていたことだろう。

「やはりお嬢様が狙いだったか!」

 横島は、斬撃の主を視認する。髪を片方でまとめた釣り目の少女。

(あっ、身体測定の時の……!)

「せっちゃん!」
「お嬢様、お下がりください!」

 横島が追いかけていた少女――木之香も立ち止まりこっちを見ている。
 どうやら彼女が、この野太刀を構えた少女の言う「お嬢様」らしい。

「ご、誤解だ!俺は……」
「問答無用!」

 有言実行の言葉通り、少女は横島の釈明を聞くこともなく再びこちらに斬りかかる。
 軌道は下段。のどかを避けて横島の足を狙う。
 横島はあえて前に出る。そして右足で蹴りを放つ。狙いどころは野太刀の鍔。

 ガキッ!

 鈍い音は、野太刀の鍔と横島のブーツに仕込まれたプロテクターが当たった音。
 刹那は両手のふさがっている敵からの迎撃に、横島は少女の細腕からは想像できない力に驚き、いったん飛び退く。
 だが、横島の方に息をつく暇はなかった。
 横に目を向け、その視線の先には長身に支えられた銃口。

「すまないが仕事でね」

 即座に右手で霊波刀を出現、のどかは左手一本で抱え込むようにする。
 マルズフラッシュが3つ。
 横島は銃口の向きから狙いを読んで、霊波刀で銃弾をはじく。

「……!」
「アホ!のどかちゃんに当たるだろうが!」
「ふっ、心配いらんよ。君に全弾当てる自信があったからね……今、弾き飛ばされるまでは」

 驚愕はプロ意識でねじ伏せ、心理状態を冷静にもどす。
 同時に真名は、今の横島の発言を聞いて、少なくとも彼女がこちらに害意を持っているわけではないと判断する。だが……

「人質とは卑怯な……!」

 相方はやる気満々であるし、この女が不審者であるには違いない。

(学園内で不審者を捕まえれば、謝礼も出ることだしな)

 賞金ありならば、真名が戦いをやめる理由はない。

「死なない程度で勘弁してやるから安心したまえ」

 真名はグリップを握りなおし

「……」

刹那は無言のまま夕凪を正眼に構え

「せっちゃん……」

木之香は心配そうに刹那を見つめ

「何で俺がこんな目にあわんといかんのやっ!」

 ただ独りギャグキャラモードの横島は嘆きつつ、のどかをそっと地面に下ろす。
 風すらも息を潜める緊張感の後……

「覚悟!」

 刹那が気合と共に踏み込む。

「嫌だ!」

 横島が直接的な拒絶の言葉を返しながら霊波刀を構える。
 そしてその二人の間に

「そこまでです」

声と共に、莫大な重量が落ちてきた。


ガゴンッ!


 コンクリートの破砕音。それは、一人の女性が空から落ちてきたことによって生じたものだった。落ちてきた場所は、まさに激突しようとしていた。刹那と横島の間。
 黒いドレスに身を包んだ、短い赤髪の女性だった。
 彼女は刹那に向けて腕をかざし、その腕の半ばまでが夕凪によって断たれていた。だが、彼女の顔に苦痛は見られず、傷口からも流れていない。

「ミス・桜咲。攻撃を・止めて・ください。横島さんは・危険人物では・ありません」

 一文節ごとに区切るような独特な物言いに、横島は聞き覚えがあった。

「マリア!?」
「はい・記念パーティ・以来ですね・お久しぶりです。横島さん・お変わりないようで・何よりです」
「待て、それは天然か?っていうかなんでお前こんなところに…」

 疑問の答えは、老人のしかし衰えを感じさせないよく通る声で返された。

「ここがワシの、職場だからだ」

 月明かりの下、林の中から歩み出てきたその姿に、一番に声を上げたのは木之香だった。

「カオス先生!?」
「せ、先生ぇ!?」
「うむ。まあそういうことだ。
 ……さてお前達も物騒なものはしまえ。こいつはワシの知り合いだ。なぁ『小娘』」

 最後の一言にアクセントを置いて、齢千歳を越える錬金術師は笑ったのだった。


 麻帆良2日目。横島は学園長室で縛られていた。

「って、何でいきなり縛られてるんだよ!」
「だってまた消えられたら困るしのう」
「そうだな。それにこやつには師匠の美神同様、トラブルを引き寄せる力がある。こうしておかんと次はどんなことになるか分からん」
「くそ、否定できん自分の特性が恨めしい……」

 学園長とカオスのコメントに、横島はさめざめと涙を流す。

 あの夜、カオスとの出会いの後、木之香への誤解を解き刹那たちへの説明は明日と言うことで、横島はカオスに連れられてカオスが学園内に与えられた研究室で一晩を明かした。
 横島がカオスに、どうしてここで先生をやっているかと尋ねたところ

「いやなに、前に住んでいたところは、家賃が払えなくてとうとう追い出されてな。
 途方に暮れていたところで、ここで近衛と再会してな。理由を話したら雇ってくれたんじゃ。
―――ん?なんで魔法を知ってるか?
何を言っとる。わしはまだ魔法使いの秘匿がそれほど厳しくなかった中世の生まれだぞ?その上、千年も生きていれば、魔法に触れずに生きる方が難しいわい。まあ、魔法は知識で知っているだけで、使えるわけじゃないがな]

ということらしい。
 で、約束どおり夜が明けてから学園長室に訪ねてみれば、いきなり縛られ床に正座ということになったのだ。

「なぁマリア、頼むから解いてくれないか?」
「ソーリー・横島さん。ここは・ドクターカオスや・学園長先生の・判断が・98パーセント正しいと・思われます」
「だいたい横島君。君、よりにもよって中学生の身体測定を覗いたんじゃろ?
 それでその程度の罰で済むのだから、感謝するべきじゃないかな?」
「ち、違うんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!俺は中学生のを覗くつもりなんてなかったんや!高校生が目的だったんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「む?高校生……。なるほど。それなら情状酌量の余地もあるかも……って犯罪であることは変わらんじゃろうが!」

 横島の言い訳に、おもわず教育者としての資質が問われる本音を漏らしかける学園長。
 その時ノックと声がして……

「失礼します、神楽坂です!ネギをつれてきました!」

 蹴破るような勢いで扉が開かれた。
 入ってきたのは、鐘のような髪飾りで髪を二つに分けた、左右の虹彩の色が違う少女と

「は、離してくださいよ、アスナさ〜〜〜ん!」
「いい加減に腹をくくりなさいよ!だいたいここは学園長室で、エヴァンジェリンさんはいないわよ!」

 その肩に担がれている、少し長い髪を後ろで結んだ少年―――

「って、おまえら昨日の夜の!」
「へっ?……あ、あなたは昨日の!」
「昨日の夜って……あっ!昨日本屋ちゃんを預けた変な格好の人!」

 互いに驚き目を丸くする三人。

「なんじゃ?知り合いじゃったのか?」
「近衛よ、この程度のことで驚いていては、横島とはやってけんぞ」

 カオスは悟った表情で、驚く学園長に言ったのだった。


 こうして、横島忠緒の本当の意味での、麻帆良初日が始まった。

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