アーチャー。弓の騎士。
俺のクラスとは違う、聖杯戦争正規のクラスの一つ。名前が示す通り、弓の使い手のはず、なんだが……俺の知識なんかじゃ碌に思い浮かばんな〜ロビン・フッドとかウィリアム・テルとか、日本風なら那須与一とか……。
目の前の奴は、浅黒い肌に白い髪、黒い服の上に赤いコートを羽織っている。うーむ、見た目だけじゃさっぱりどこの誰かさんか分からんな……。まあ、どうせ神話だの伝説だのといった英雄の素顔なんぞ見た奴は殆どおらんだろうが。
「で、あんた何しにきたのよ」
俺がそんな事考えてたら、凛さんが苛ついた口調で赤い騎士におっしゃってました。
「何、単なる観察だ。まあ、ちょっかいをかけてみるつもりではあったが」
それに肩をすくめるような仕草で、そいつは軽く答えてきた。なんか凛さんのいなし方が慣れてる感じだな……。
「ふ〜ん……で、やっぱり戦るって訳?まだ全部の英霊が呼び出されてないみたいだし、そういう意味では正式な開幕ってまだだと思うんだけど?」
そう、本来開戦の合図があるまで戦わないってのが聖杯戦争の暗黙のルールなのだそうだ。とはいえ、常に例外はある訳で。
「だから腕試しという所だな。折角サーヴァント同士がこうして出くわしたのだ。多少手合わせくらいしてもいたい所だがな」
まあ、俺とライダー自体が既に刃を交わしてるもんなあ。凛さんは睨んでるけど、これは受けるとみたね。多少なりとも他のサーヴァントの力を見ておきたいってのはあるし、それに喧嘩売られて黙ってるような人じゃ…。
「いいわ、受けようじゃない」
やっぱし。
「で、どこでやるんだ?ここでやるのか?」
「いや、ここだと下手に暴れて壊れる可能性もあるしな。校庭あたりでやらないか?」
俺の問いに奴はそう答えてきた。
成る程、奴は弓兵、ここよりは広い所の方が戦いやすいだろう。とはいえ……。
「ここで暴れたら、学校にも結構損害出そうだしな?明日学校に登校してきた連中が目にしたのは瓦礫の山でした、じゃさすがに拙いだろう?」
それだ。
これが冗談ではない所が英霊の怖い所でもある。万が一戦いがエスカレートして宝具を使用する状態に陥れば、その質によってはこの校舎なぞ簡単に崩壊するだろう。そうでなくても、英霊同士の戦闘ともなれば、屋上の一部が崩壊する可能性は決して低くはない。更に言うなら、この狭い環境は確かに奴にとっても不利だが、実の所こちらにとっても不利なのだ。
何せ、凛さんが隠れる場所は少ない。相手が弓兵な以上多少離れていた所で奴がその気になれば、狙ってくる可能性は十分にある。いや、なまじ奴にとって不利なだけに追い詰められれば……。
まあ、こちらにとってもいざって時凛さん連れて逃げやすい場所に移動するってのは歓迎。凛さんも考えてたみたいだが、同じような結論に達したのだろう。『いいわ』と了承した。
「それじゃ先に行ってるぞ」
そう告げ、アーチャーはあっさりその身を下へと躍らせた。
ようやくだ。
ようやく、俺はここに来た。
正直、この時間帯にどこにいたか。正確な場所は覚えていない。だが……これだけははっきり覚えている。校庭での戦いの時、その音と輝きにつられて奴はやって来る……。
悪態をつきつつ、学校の階段を駆け下りて、俺達も校庭へやって来た。
逃げててくれたら楽なんだがな〜と思ったが、奴はきっちり待ってやがった。あ〜あ、これだからバトルジャンキーって嫌いだぜ……と思いかけて、こいつのそれが雪之丞とは違う気がしてならなかった。……こいつは戦闘が好きでたまらないという雰囲気はない。だが、戦いを望んでいる……何故だ?
まあ、いい。とりあえずは……遣り合ってみるしかなさそうだしな。
アーチャーと言いつつ、赤い騎士はその両手に双剣を出現させ、振るう。
これに対し、横島は同じく輝く双剣を両手に生み出し、振るう。以前に見せてもらった大剣とは異なるあれが彼の言う所の『栄光の手』だろう。もっとも、私などからすれば名前のせいでどうも魔具の『栄光の手』を思い出してしまう。名前こそ同じだが、横島のアレが『栄光を掴む手』という意味での光の剣なのに対し、魔具のソレはもっと禍々しい。何せ、『絞首刑となった罪人の右手を切り取ってしかるべく処置を施し、加工した燭台』なのだ。
これに、『罪人の脂で作り、罪人の髪の毛を灯心とした死者の蝋燭』を用いるか、或いは栄光の手自体を蝋燭とする事で灯した家の人間を麻痺させる事が出来る、という何とも血生臭い代物だ。初めて栄光の手を見せてもらった時、私がそれを指摘してあげたら、横島もひのめちゃんも何か凄く嫌そうな顔してたっけ。まあ、気持ちは分かるけど。
とりあえず戦況は一進一退って所か。
やりあってみて、横島にはすぐ分かった。
こいつの剣は愚直な剣だ。才能は決して豊富な訳じゃないが、ただひたすらに愚直に鍛えあげ鍛え上げ、そして高みに達した凡才の、されど凡才しか身につけられない剣。天性に恵まれた人間が厳しい修練の末に身につける剣と違ってまだ真っ向からやりあう事は出来るが……おそらくこいつはただ誰かを守ろうと鍛え続けたのだろう。
堅い。ひたすらに……こいつは堅かった。
何だ?こいつの剣は……。
アーチャーもまた戸惑いを感じ得なかった。
正規の剣も多少混じってはいるが、おそらくはそれを無意識下で下敷きに我流で鍛え上げたもの。それはいい。問題は剣の質だ。光に包まれたそれは剣の構成が見えない。こんなのは彼には初めての経験だった。
それだけではなく、縦横無尽にその形状を変えてくる。
鍔迫り合いをしているといきなり剣が手に姿を変え、刀身を引っ掴んで反対の手で切りかかってきたので、剣を捨てて新たに剣を投影した。かと思うと、いきなり剣がまるで槍の如く伸びてきて襲いかかり、細く伸びた一部が俺の後ろに回りこんで背後から襲い掛かってくる……はっきり言って一瞬も気が抜けない。
……俺自身の目的は別にあったが……そんな事をちんたら考えている余裕はない。鞭の如く両手で十本に分かれて縦横に襲い掛かってきたそれを弾きながら、何時しかアーチャーの脳裏は目の前の相手との戦いに絞られつつあった。
……それは激しい剣舞だった。
幾合剣を交わしただろう。一つだけはっきりしているのはこの戦いに私が巻き込まれたらとうに殺されていただろう、という事だ。それは私のサーヴァント、ジョーカーたる横島とて例外ではない。
はっきり言って、あのふざけた英霊の実力がどれ程のものか、正直見誤っていた。だが、今目前の彼は大剣たるレーヴァテインを出すでもなく、宝具の一つを出すでもない。
能力の一つである霊力の剣を用いて、奇襲と正規の戦いを組み合わせ、何とか己に有利な態勢に持ち込もうと、それを人間の速度では見るのがやっとの速度で放ち、それを赤い騎士は幾度となく剣を或いは奪われ、或いは失いつつも幾度でも同じ剣を取り出し、それを確実に迎撃し避け攻撃に転ず。
このような乱戦では私の支援は出来ない。
高速で互いに動いている彼らの戦いに下手に介入すれば、アーチャーを攻撃するつもりで横島に当ててしまいかねない。
今、この瞬間、遠坂凛に出来たのは黙って彼ら、サーヴァントの戦いという生まれてこの方初めて目にするものをその目に焼き付けておく事だった……そうしながら、彼女の頭の中ではサーヴァントという存在に関する情報が凄まじい速度で書き換え、取り込みつつあった。
そして互いに合わせるかのように離れた時。
「誰だっ!?」
アーチャーが叫んだ。それと共に場を離れる影を俺もまた目にした。……ありゃ、どうやらまだ生徒が残ってたか。
俺からすれば、別に戦闘なんて…と思ってしまう。GSの仕事場は当然普通のオフィスが突然そこの社長とかに恨み骨髄に達したせいで悪霊と化した奴に占拠されるなんて事件もあったし、別に一般人に見られても……という感覚だったのだが。
アーチャーの奴は険しい表情になって舌打ちすると、「この勝負預けさせてもらう」とか言って、人影を追ってった。
「は〜やれやれ、やっといなくなった。何か人影追っかけてったっすけど、何しに行ったんすかね?」
軽い口調で言ったが……凛さんは血相を変えた。
「追って!」
「へ?」
「奴は目撃者を消す気なのよ!」
「へ?え?な、なんで…見られたくらいで……」
「……何言ってるの、神秘は秘匿すべきもの!一般人に見られたら消すのは常識でしょうっ!けど、放っておけないじゃない」
……一瞬で血の気が引いた。
この世界ってそういう世界なのか。俺の世界じゃ神秘はそこら中に転がってた。けど、この世界ではそうじゃない。この世界の古代、まだ神秘がすぐ傍に転がっていた頃とは違う。
「私も後を追うから急いで…きゃっ!?」
問答無用で俺は凛さん抱きかかえた。
ああ、柔らかい……うう、こんな時じゃなかったら堪能するのに……けど、ここに凛さん置いといて、万が一奴がこっちに戻ってきて凛さん殺されたりしたら拙い。そう考え、俺は凛さんを抱きかかえた状態で文珠を発動させた。超加速では凛さんの体が耐えられない可能性がある……ならば。
『加』『速』
俺は遂にきたこの瞬間に少し興奮していたかもしれない。
逃げるあいつを追いかけ、そして……背中から一突き、本当ならこれで終わるはずだった。致命傷だが、生憎ランサーの宝具とは違うのと、こいつの運だろうか?心臓への一撃とはならなかったようで、虫の息だが、まだ息がある。
「お前が生きている事は許されん」
あの時のランサーと違って、俺は即座に動いたし、遊びもしなかった。後はとどめを刺すだけ。倒れたこいつの首に一撃を。
振り下ろしかけて、咄嗟に後ろに飛んだ。
その目の前を六角形の白く薄い何かが飛んでいく。急いで飛んできた方を見やれば、そこには……。
「早すぎる……!」
凛を抱えた黒いサーヴァントの姿。
くそ……令呪が俺を縛る。本当ならあいつらを無視してでもきっちり止めを刺してやりたい所なのだが…それは許されない。この状態では強行しようとした所で令呪による束縛と相まって下手をすれば俺だけやられてお仕舞いとなりかねない。
「ち……命拾いしたな」
舌打ちして、俺はこの場を離れた。
「お、追って、横島!」
「あいさっ!」
現場にえらい速度(絶対車より速かった!)で到着した時、そこではアーチャーが倒れた生徒の首に向かって正に剣を振り下ろそうとしてる所だった。咄嗟に横島がサイキックソーサーを投げつけ、距離を取らせる。そのまま奴は逃げてった。
とりあえず横島に奴を追わせて、私は生徒の方に駆け寄る……。
そこには。
月明かりに照らされて……血の海が広がっていた。
ダメだ……おそらく既に一撃されていたのだろう。明らかに致命傷だった。別にまだ殺す前に私達は到着したのではなく、ただ単に止めを刺す直前に到着しただけだったのだ……。
「……運がなかったわね」
頭のどこかが冷えていく。なるだけ犠牲者を出したくはなかったのだが……最早こいつの傷は私の治癒魔術の限界を超えている。まだ息はあるようだが、命の火が消えるまでそう時間はあるまい。
「ごめんなさい…せめて貴方の事は忘れないから」
そう告げ、私はうつぶせで倒れているそいつの顔を確認しようと仰向けに。
「……っ!」
何で。
何であんたなのよ。
倒れているそいつの顔を見て、私は殴られたような衝撃を感じた。
……助けられない。
やめろ、無駄だ。
こいつを助ける為に大師父の宝石を無駄にする気か。
ああ、もう、理性はこれが間違っていると分かっている。けれど……それでも。感情が理性を屈服させ……私は宝石をかざした。これは大師父の残した宝石。父が私に残してくれた宝石の中で最強の石。これならこいつを助けれるかもしれない……そして。
結局、奴には逃げられたとかで、横島はしょんぼりと間もなく帰ってきた。
「すいません……」
「いいわよ、何とか死者も出さずにすんだし」
「へえ、あいつ助かったんすか。大した怪我じゃなかったのかな?」
そんな事を言いながら、よかったよかったとにこやかな表情になる横島、うんこいつはいい奴だ。
「ううん。本当なら致命傷だったけど、何とか手当てが間に合ったのよ」
だから、事実を教えてやる。そうすると……。
「あ、じゃあ渡しといた文珠使ったんすか?それなら後で補充しときましょうか?」
そんな事を言ってきた。
「え?」
「え?いや、致命傷になる位の傷だったら使ったんじゃ」
言われて…………さーっと血の気が引いてく気持ちを始めて味わってしまった。そういえば……こいつの宝具である文珠を何かの時の為に、って幾つか渡されてたんだっけ……その時はこれの万能さと宝具の癖に他の者にも使えるって出鱈目さに腹が立ったものだったけれど……でも、あれがあれば大師父の宝石を使う必要は……。
「またやっちゃったーーーーーーっ!」
ああ、神様。私、聖杯戦争に勝ったら手に入るって聖杯に興味なかったけど。今凄く手に入れて、遠坂家の遺伝とも言える『肝心な所でポカをやらかす』ってのを治したいと思い出しちゃいました。
おまけ
『もしもあの時』
『超』『加』『速』
俺は凛さんを抱きかかえたまま文珠を発動させた。
「ぎゅ(ぷちっ」
……今胸元で何か変な声というか音がしたような。あ……超加速って術者はともかく他の人間には。俺には胸元を見る勇気がなかった……、
『もしもあの時2』
俺は追うべく凛さんを抱え上げた。
あ〜や〜らけ〜……。
さわさわさわさわさわさわさわ…………。
「何やってんのよーーーーあんたわーーーーーーっ!!」
「ぶべらっ!?」
し、しまった、つい煩悩が暴走して……ああ、女の子の手でも人一人を飛ばす一撃ってうてるんだな……。
『後書き』
とりあえず、まずは原作でのランサーVSアーチャーの場面です。
この後は当然ながら原作のあの場面へと続いていきます。
早い所、hollow入手したいものです。
では、恒例のレス返しをば。
>ジェミナスさん
今回はまだまだ互いに顔見世感覚なので、この程度で終わりました。
まあ、原作でも殆どランサーが攻撃、アーチャーが防ぎ続けるって場面でしたので……まだまだ互いに本気は出してません。
マスターですか?
イリヤには矢張りバーサーカーですよ!これは外せません!
>シヴァやんさん
はい、アーチャー君登場です。
マスターですか?さて、誰でしょうw
>イラさん
……そういえば。
ジークフリートって元々神話の英雄ですものね……。
名剣バルムンクを手に、クリームヒルトやブリュンヒルトとの絡みを含めたドイツの英雄叙事詩ニーベルンゲンの歌の主役……なんですが……GS世界の彼のせいで、どうも主役ってイメージがわかんのはいと哀れ。