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「幻想砕きの剣 8-12(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-04-19 23:04)
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ベリオ・カエデ・ブラックパピヨンチーム 2日目・夕方


「はぁ…はぁ……。
 そろそろ打ち止めでござるな…」


「わ、私達もです…」


「…ひゅー……ひゅー……へひ……ひゅー…」


 日も沈みかけた夕方。
 赤く染まった遺跡の中で、ベリオとカエデが息を切らして立っている。
 その目の前では、大柄な男…無道が虫の息で倒れていた。
 どうやら朝からずーっと笑いっぱなしだったらしい。
 笑いのネタのレベルはともかくとして、笑い死にしなかったのは素直に感心できる。
 とんでもねー体力だ。

 ちなみに、迎えに来るはずだった御者さんはずっと門の前で待っている。
 消し飛んだ街を見て、ヤバくなったら逃げるつもりのようだ。
 賢明な判断と言えなくもない。


 ギャグのネタが尽き、何とか笑い地獄(しかも寒い)から開放された無道は、全身の力を掻き集めて立ち上がる。


「こ、このアマども、人をコケにしやがって…」


「ふん、貴様の所業を思えば、まだ苦しめ足りぬでござる。
 そもそもコケにされないだけの偉業を達してきたとでも思っているのでござるか?」


「殺してきた人の数だけは多いようですね。
 ですが、それを誇る辺りが救いようがありません。
 この場で神の裁きの場へ送り込みます。
 殺生は気が引けますが、そう甘い事を言っていられる状況でもありませんので」


「て、テメェ僧侶だろうが!?」


「古来より、邪悪と戦う神に選ばれた戦士は悪魔の手先を幾人も斬ってきました。
 この力も、神より与えられたものと信じています。
 そういう訳で、“破滅”の手先の貴方を斬るのに何の宗教的問題もありません。
 それに某三蔵法師は鉄砲ガンガン撃って殺生し、『俺に喧嘩を売るのが悪い』と言わんばかりにシレっとしています。
 この際だから見習おうかと」


 おっそろしい理屈である。
 まぁ、ベリオとて無道のペースを乱すために言っているのに過ぎないのだが。
 …本音ではない、多分。

 しかし会話している間にも、無道の体力は多少回復してきたらしい。
 相変わらず肩で息をしているが、大剣を抱えて構えを取った。


「舐めるなよ…。
 ハァ、ハァ……い、息切れしてたってな、テメェラ如きを相手にするには余裕なんだよ!」


「ぬかせっ!」


 カエデが無道に向かって突進した。
 散々笑わせまくって苦しめた事で少しは気が済んだのか、先のように憎悪に飲まれる傾向は無い。
 仇を討つ事に執着せず、殺さない事に拘りもせず。
 ただ無道を確実に仕留める事だけを考えて。


 クナイを片手に突っ込んだカエデを、無道の斬撃が迎え撃つ。
 鋭い一撃ではあったが、朝に比べて攻撃が極端に遅い。
 やはり体力を消耗しきっているらしい。

 唐竹割りに叩き下ろされた一撃を、半身になる事で避けるカエデ。
 振り下ろされた大剣は地面に叩きつけられる前に刃を返し、下段から切り上げられる。
 停滞も減速も一切無いその攻撃は、無道の実力を感じさせた。

 この攻撃を、カエデは飛び上がって避ける。
 刃を振り切った一瞬の硬直を狙い、大剣を足場にして無道の顔面に飛び膝蹴りを叩き込もうとした。
 が、その瞬間に無道は止めていた息をカエデに向かって吹きつけた。


ブボオオォォォォォォ!


 無道の口から、勢いよく炎が飛び出した。
 口の中に油でも仕込んでいたのだろうか。
 空中で、しかも高速で無道の顔面を狙うカエデに避ける術は無い。
 そう、カエデには。


「リフレクトウォール!」


 凛としたベリオの声が響く。
 カエデと無道が噴出した炎の間に、青く輝く壁が現れた。
 炎は壁に遮られ、カエデを焼くどころか一部が無道の顔面に跳ね返る。


「ぬぐぅ!」


「せりゃあっ!」


 ガツッ!


 炎の熱を強引に無視し、無道はカエデの迎撃を優先した。
 突き出されてくる膝に、額を叩きつける。
 無道は一瞬眩暈を感じたが、カエデの受けた衝撃も大きかった。

 しかしカエデはそのまま跳躍の勢いを殺さずに、無道の頭を飛び越える。
 そして体を捻って向きを変え、無道の後ろからクナイを投げつけようとした。
 が、カエデの横腹が何かに掴まれる。
 無道がカエデの体のある位置を予測して、後ろ手に手を伸ばしたのだ。


「ぬぅらああぁぁ!」


 ブォン!


 脇腹を掴んだまま、無道は思いっきりカエデを振り回す。
 遠心力でカエデは体が伸びきってしまい、一瞬だが行動不能に陥った。
 その瞬間を見逃さず、無道は手を離す。


「うああああぁぁぁ!?」


 カエデは砲丸のように吹き飛ばされ、受身も取れずに家の残骸に叩きつけられた。
 壁をぶち抜いて、家の中に放り込まれる。


「はぁ…はぁ…ま、まずは一匹…」


 無道はカエデを仕留めたと判断し、ベリオを睨みつける。
 ベリオは臆する事なく、一歩も退かずに無道を睨み返した。

 膠着は一瞬で、ベリオが仕掛けた。
 このまま睨み合っていても、無道の体力が回復するだけだ。


「えいっ!」


 いきなり魔法は使わず、ユーフォニアをゴルフクラブのように使って足元の小石を飛ばす。
 結構様になっていた。

 小石を高速で飛ばされた無道は、構わずにベリオに向かって突進した。
 スピードが速いとはいえ、たかが小石である。
 急所を避ければ、大した傷にはならない。
 小石が直撃したが、無道は一切構わなかった。


「捉えたぜぇ!」


「ホーリーシールド!」


 無道はベリオを捕獲しようと、一気に接近して手を伸ばす。
 斬りつけないのは、散々虚仮にされた苛立ちをぶつけようとでも思っていたのだろう。
 しかし、その手はベリオを中心に張られた結界に弾かれた。
 いきなりシールドによって手を伸ばすのを阻まれ、無道は慌てて手を引き戻す。
 しかし、それだけの隙でも十分だった。


「フェリオン・レイッ!」


「ぬがああぁぁ!?」


 至近距離から、極太レーザーが無道に直撃した。
 ベリオは接近戦が苦手なので、ダメージよりもとにかく無道を遠くに押しやる事を優先した。
 レーザーに押されて、遠くに吹き飛ばされる無道。
 それでも結構なダメージを受けたらしく、立ち上がるのに少々時間がかかっている。


「くっ、クソッ、この…」


「ホーリースプラッシュ!」


 ベリオは無道が立ち上がれない内に、全身全霊の力を篭めてエネルギーの球体を練り上げる。
 瞬く間に大きく、そして輝きを増していくホーリースプラッシュ。
 それでもまだ満足しないのか、額に汗を流しながら力を注ぎ込む。

 だが、流石にそれだけの時間をかけると無道にも攻撃の隙を与えてしまっていた。


「ヘッ、バカかテメェは!
 威力がデカけりゃいいってモンじゃ!?」


 無道の背中に悪寒が過ぎる。
 直感に従って、無道は咄嗟に飛びのいた。


ガガガガガガ!


 一瞬前まで無道が居た場所に、大量のクナイが突き刺さる。
 カエデのクナイだ。
 家の中に放り込まれたカエデは、そのまま外に出てこずに二階に駆け上がり、奇襲のタイミングを計っていたのである。


「て、てめぇ!
 くたばったんじゃなかったのかよ!?」


「召喚器の肉体強化が無ければ死んでいたでござろうな!
 相手の生死も確認しないとは、メッキが剥がれてきたようでござるな、三下!」


「ほざけぇぇぇ!?」


 飛び降りてきたカエデを迎撃しようとする無道だが、体が動かない。
 見れば、カエデの投擲したクナイは無道の影に幾つか突き刺さっている。
 影縫いの術である。


「紅蓮・火炎掌ッ!」


 動けない無道に、カエデの奥義が炸裂した。
 機動力を殺すため、体の中心ではなく右足に闘気の奔流が直撃する。


「っ、ぐあああぁぁぁ!!!!」


「カエデさん、行きます!」


 ガクンと崩れ落ち、膝をつく無道。
 カエデはベリオからかけられた声に従い、急遽離脱した。
 そしてそれと入れ替わるように、ベリオが作り上げたエネルギー球体…ホーリースプラッシュが迫ってくる。
 それが発する光で無道の影が掻き消され、影縫いが解けるも、足を折られているので逃げられない。


「ぐっ、畜生がああああぁぁぁぁぁ!」

ズガァン!


 無道は逃げられないなら防御するまで、と考えたのか、その巨大な大剣を地面に思い切り叩きつけた。
 その一撃で地面が割れ、大きな岩の塊ができる。


「フンッ!」


 その一つを持ち上げ、ホーリースプラッシュに向けて放り投げた。
 そしてすぐさま大剣を盾にして防御体勢を取る。

 岩に当たったホーリースプラッシュは、そのまま大爆発を起こした。
 ベリオの力を全て注ぎ込んだだけあって、その威力は凄まじい。


「キャッ!?」

「ぬぅ!」


「ッガアアアァァァァァ!」


 カエデとベリオは踏ん張って爆風を堪え、無道はエネルギーの奔流こそある程度防いだものの、爆風に吹き飛ばされた。

 爆風が治まり、2人が目を開いた時、無道はかなり離れた場所で壁に叩きつけられていた。
 そのまま背を預け、カエデとベリオを睨みつけて息を荒くして立っている。
 一言で言うと赤い。
 ここまで追い詰められた怒りと、満身創痍の身から流れ出る血で真っ赤になっている。
 仕留めるなら今。
 そう判断したカエデが一挙に距離を詰める。
 ベリオにはもう戦えるほどの力は殆ど残ってない。
 無道が何かをする前に一気に決める。

 しかし。
 この瞬間こそ無道が狙っていた一瞬だった。
 カエデが無道をリーチ内に収める寸前、無道は裂帛の気合を以てカエデに叫びを叩きつけた。


「傀儡の法ッ!」


「!?」


 傀儡の法。
 その名の通り、対象の自由を奪い、術者の意のままに操る術である。
 しかしこれはホイホイかけられるような術ではなく、入念な前準備が必要とされる。
 当然の事ながら、いくら気合を込めたとしても、それだけで発動する訳がない。

 フェイントかとも思ったカエデだが、その動きがガクンと止まる。


「!? こ、これはッ!?」


(ふぅ、あん時に術をかけといて助かったぜ…。
 今までも仇討ちに来た阿呆どもをブッコロしてきたが、ここまで追い詰められる事はなかったからな。
 万が一のためを考えて使い続けていたが、意味があったのは初めてだ。

 さて、これで戦力は全て無力化したな…)


 ベリオには既に無道を倒すだけの力は残されていない。
 カエデは自分の操り人形。
 脅威どころか、こちらの手駒として考えても差し支えないくらいだ。
 ベリオに差し向ければ、確実に戦闘不能に陥らせるだろう。
 見たところ接近戦は苦手なタイプだし、仲間に武器を向けられる性格でもあるまい。
 事実上、無道の勝利が確定した状況だった。

 操り人形になったカエデを使って遊ぼうか、とは思わない。
 2人が完全に戦闘不能になってからならまだしも、戦闘が続いている状況で雑念を挟むほど間抜けではなかった。

 だから。
 カエデの行動にも反応できた。


「ヌゥオオオオおおおおおおああアアアあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」


「あ、アンだとぉ!?」


 なんと、カエデは傀儡の法を気合だけで弾き飛ばし、無道に向かって再び迫ったのである。
 はっきり言って、気合でどうこうなるような術ではない。
 入念な下準備が必要なだけあって、その効果は折り紙つきだ。
 精神力だけで破るというなら、気合ではなく、明鏡止水、かつ柔軟性に富み、さらに静寂とした闘争心という、『何処の武神だそりゃあ』と言いたくなるような精神状態が必要なのである。

 その傀儡の術を、カエデは荒ぶる闘争心で弾き飛ばした。
 術の性質をよく知る無道は、その荒業に一瞬行動不能に陥ってしまった。
 しかし流石と言うべきか、体は勝手にカエデを迎撃しに走っている。

 無道は大剣を振りかぶり、袈裟斬りにカエデへ切りつけた。
 しかし、その一撃はやはり随分と鈍っている。
 反射的な迎撃では、無道としても最高の威力は出せないのだ。

 それは正に、刹那の瞬間。
 1000分の1秒の世界。
 どっかのニートパイロット並みの集中力。

 威力の鈍った、しかし人を斬り殺すには充分な威力を秘めた斬撃を、カエデは逆手に持ったクナイで受け止める。 刃と刃がぶつかり合った瞬間にクナイの角度を変え、同時に踏み出す。 角度を変えたクナイは無道の斬撃の威力を受け流す。 クナイは大剣の刃を滑り台として加速、そのスピードが最高に高まる瞬間にカエデは体を捻り、踏み出していた足を地面に叩きつける。 クナイが刃から離れると、そのスピードを一切殺さず、体の回転のスピード、踏み込みの速度を上乗せして投擲。 文字通り閃光のようなスピードで、クナイは無道の額に深く突き刺さった。


 ズゥン


 受け流され、地面に激突した無道の大剣が音を立てて倒れる。
 クナイを額に突き立てられた無道は、何があったのか認識もせずにその命を絶たれた。
 ぐらり、と無道はその体を揺らす。
 一拍置いて、巨体が倒れて地面を揺らした。

 カエデは残心を忘れず、無道が死んでいる事を確認した。


「……これぞ、我が里に伝わる体術の奥義…。
 その名も転速閃。
 極めれば、事実上回避は不能の必殺の業。
 本来ならば、拙者のような未熟者の手に負える術ではないのでござるがな…」


 カエデは無道の体を転がし、仰向けにした。
 そして額に突き刺さったクナイを抜き取り、高く掲げる。


「我が父母の仇、八逆無道…討ち取ったりッ!」


 クナイについた血を飛ばし、懐に入れるカエデ。
 ベリオが駆け寄ってきた。
 事切れている無道を見て、流石に複雑そうである。


「……勝ったようですね…」


「そうでござるな…。
 …………ベリオ殿」


「はい?」


「やはり…仇討ちとは虚しいものでござる。
 追い求めた父母の仇敵、無念を晴らす…それが拙者の戦う理由でござったよ。
 しかし、師匠に言われたのでござる。
 復讐によって何かを得ようと思うな、と…。
 復讐とは、全てを捨てて、なお捨てられない過去を捨て、次の一歩を踏み出すためのモノでしかないそうでござる。
 友を捨て、親を捨て、世界を捨て、そして過去の象徴を消し去って過去を捨てる。
 …復讐とは、失うためにやるものだ、と。
 何もかもを捨てるのだから、終わった後に何も残らないのは当然の事だ、と」


「大河君が…そのような事を?」


「…正確には、師匠にも、でござるな。
 里に居た時に世話になった恩師も、同じ事を言っていたでござるよ。
 …身に染みたでござる。
 無念を晴らしたとて、達成感なぞ一欠片もない…」


「……ですが、カエデさんは私達を、大河君を捨ててなんかいませんよね。
 仲間も、恋人も、主も」


「こっ、ここ、恋人!?」


「あら、だってカエデさんの主は(名目上)未亜さんじゃないですか?
 確か北の方に仕えるとかなんとか。
 だから主は未亜さん、恋人は大河君…違いますか?」


「そ、そりゃ解釈の違いでござるよ!
 拙者の主はあくまで師匠でござる!
 ……むぅ、しかし恋人というのも捨てがたい…」


 忠誠を捨てて恋を取るか、忠誠を誓ったまま恋を秘めるか。
 どこが秘めとんねん、と言われると反論の仕様もないが、カエデは一応節度を持っている(つもりである)。
 側室として可愛がってもらえればそれで充分、恋人などとは畏れ多い…という意識があるらしい。


「さ、それじゃあそろそろ帰りましょうか。
 …カエデさん、この死体どうしましょう」


「…首を切り取って、父母の墓前に沿える…と言いたいところでござるが、無理でござるな。
 こんな嵩張る荷物を持っていくのも面倒臭いでござるし、大体騒ぎになるのが目に見えているでござる。
 ここは一つ、炎にくべて行くでござる」


「…人のお肉が焼ける匂いが漂ってきますよ?」


「拙者達が帰る方向は風上だから問題ないでござる。
 …匂いを嗅ぎつけた魔物達に食われてしまえ、でござるよ。
 外道の末路なぞ、そんなモンでござる」


 いいのかなー、と思ったベリオだが、他にどうしようもない。
 聖句くらいは唱えてやるべきだろうか。
 一応は僧侶なのだし、死者に鞭打つ事もないだろう。
 殺人狂の腐れ外道とはいえ、神の前では平等である。
 では神の後ろではどーだろうか。


「…ま、別にいいですね。
 ここは神の御前ではありませんし、どっちにしろ地獄行きでしょう。
 一応火葬はしたという事で」


 …神はあまねく世界の全てを見下ろしているのではなかったのか、聖職者。
 どうでもいいが、見下ろすと見下すはとてもややこしい。
 両者の本質は似ているのだろうか?


「そんじゃ、その辺の火種を集めるでござる。
 ベリオ殿は、燃えそうな枯れ木とかを…」


「その辺の家の残骸の中にありそうですね。
 ……ところでカエデさん、先ほどトドメを刺した技…。
 あれは一体どうやったんです?
 距離がありすぎて見えなかったし、なにやら途轍もないスピードだったようですが」


 カエデはピタリと動きを止めた。
 話していいものだろうか?
 ベリオはカエデの仲間である。
 しかしあの術は、守護の秘法と並ぶ里の最秘奥。
 忍術の奥義が守護の秘法ならば、体術の奥義は転速閃。
 術の内容自体が解らない守護の秘法とは違い、知っているが実現できた者は一人も居ないという奥義だ。
 里の奥義を、みだりに人に教えていいものだろうか?
 どれだけ親しい仲といえど、手の内を明かすのは抵抗がある。
 切り札を知られる事が死に直結するという実感を持つ者なら、誰でも感じる抵抗である。

 が、所詮はカエデであった。


「ま、いいでござるな…。
 あれは我が里の奥義、転速閃でござる」


「転速閃?」


「そう。
 読んで字の如く、全ての行動をスピードに転じて注ぎ込むのでござる。
 まず踏み込みの速度。
 次に、体を捻る速度。
 そして腕を振る速度。
 ここまでは、まぁ普通の突きや投擲と大して変らないのでござるが…。
 難しいのはここからでござる」


 カエデはクナイを取り出し、足元の木切れを拾い上げた。
 木切れをベリオに渡す。


「その木切れが、先ほどで言えば無道の大剣でござるな。
 この大剣で叩きつけられた斬撃を…クナイで受け止める」


 ベリオはカエデに指示された通り、見よう見まねで斜めから木切れを振り下ろす。
 素早くやるとベリオも理解できそうにないので、極力ゆっくりだ。


「無論、こんなちっぽけなクナイで受け止めきれる筈がござらん。
 速攻で砕け散る事請け合いでござる。
 なので、こう…」


 カエデはクナイの角度を変え、木切れが振り下ろされる角度に平行にする。
 完全な平行ではなく、微妙に斜めになっている。


「角度を変えて、攻撃を受け流すのでござる。
 そして、攻撃が振り下ろされる前に…」


 今度はクナイを木切れに沿って動かしていく。


「相手の攻撃をを切り裂くように、クナイを前に加速させ、同時に自分も踏み出す。
 一言で言えば、敵の剣を使って居合い斬りをやってるような感じでござるな。
 そして、クナイのスピードが最高潮に達したら…」


 カエデは一歩踏み込んだ。
 体を捻り、クナイを投げる体勢に持っていく。
 木切れからクナイが離れ、その切っ先が向くのはベリオの額。


「踏み込み、体の捻り、腕の振りに加え、敵の攻撃の速度さえも取り込んで、相手の急所に正確に一撃を叩き込む。
 これを一瞬の停滞もなく行なうのでござるよ。
 もし恐怖を抱いていれば体が竦んで、クナイをいいタイミングで動かす事はできぬ。
 もし技量が不完全であれば、狙った場所に投擲したクナイを当てられない。
 もし身体能力が不十分であれば、瞬きの間の動作が行なえない。
 もしクナイの強度が不十分であれば、攻撃を受け止める瞬間に砕け散り、または加速している最中にヘシ折れる。
 さらに敵の攻撃が充分な速度でなければ、やはり加速が得られない。
 正に心技体に加え道具に敵、全て揃わねば出来ぬ奥義でござるよ」


「これは……なんと恐ろしい…」


 それほどのスピードがあり、更に攻撃モーション中を狙われれば避ける事は不可能。
 余分な破壊力を追求せず、確実に急所に命中させる。
 人を殺すのに強い力は要らない、ただ針を人体の一点に突き刺せばそれで終わり。
 忍者らしいと言えば、これ以上無いほど忍者らしい業である。

 はっきり言ってカエデの力量で無道を相手に決めるのは不可能な神業だったが、散々笑わせられて体力を削られ、確実にかかる筈の傀儡の術を破られ、平常心と身体能力が極端に落ちていたからこそ炸裂した。
 同じマネをもう一度やれと言われても、カエデは無理だと言って両手を上げるだろう。


「そ、それではあの男が言った、傀儡の法とは?」


 ベリオに聞かれ、カエデは首を傾げた。
 かの術はカエデも知っている。
 外法とされ使用を禁じられた術だったが、カエデはその術のかけ方も知っているし、稚拙ながら使う事もできる。
 稚拙すぎて、使ってもすぐに破られてしまうのが関の山だが。


「傀儡の法…とは、その名の通り対象者を自分の操り人形にしてしまう術でござる。
 操られている間に本人の意識が無くなるという事はなく、その手の術に通じた者なら簡単に解けるでござる。
 しかしそれは、あくまで即興でかけた術で、かけられた者も対抗策を知っていた場合の事。
 一言で言えば瞬間催眠術の一種なのでござるが、これは拙者の里に伝わる気合術で対抗できるでござる。
 知らなかったらまず抵抗できぬでござるが…。

 本来の傀儡の術とは、まず催眠術によって対象者の心の底に…ある芽を仕込み、そして時間と共にその芽を育たせていく術なのでござる。
 心の奥底に頸木を打ち込む術だけに、同じ心の力…気合では抵抗出来ぬ。
 それこそ、心の底から芽を捨てて別の何かに生まれ変わりでもせねば…」


「芽…というのは?」


「なんというか…ほら、心の負い目とか隙間とか、そういったモノでござるよ。
 負の感情とは放っておき抑圧していると、際限なく増幅される。
 そこに付込むのが傀儡の術でござるな。
 そのため、術をかけてからかなりの時間を置かないと、その効果を発揮しないのでござる。

 先ほどの無道の気合からして、アレがハッタリだったとも思えぬ…。
 恐らく、我が父母を惨殺した時に拙者にも術をかけていたのでござろうな」


 ベリオは先ほどのカエデを思い出す。
 聞いただけでも鳥肌が立つ程の迫力と共に、無道に迫ったカエデ。
 あれは気合で術を打ち破ったのではないのか?

 ベリオがそう聞くと、カエデはまた首を傾げた。


「その辺は、拙者にも何とも…。
 無道ほどの手練が、術をしくじるとも思えぬでござるし…。
 拙者は復讐を望んでいたから、芽を捨て去る事が出来ていた訳でもござらぬ。
 黒曜は精神面の強化はあまりしてくれぬでござるし、しかし先ほどは明らかに気合で術を破った…。
 何がどうなっているのやら…」


 サッパリでござる、とカエデは肩を竦めた。

 まぁ、何にしろこの辺りに気配は残ってない。
 危機は去ったと見ていいだろう。
 警戒だけはしているが、2人は戦闘体勢を完全に解いた。


「とにかく、あの人を燃やしてさっさと帰りましょう。
 これ以上ここに居ても、御者さんを待たせるだけです」


「こんだけ遅れても、様子も見に来ないし逃げ帰った気配もない…。
 任務に忠実と言うべきでござろうかなぁ…」


 カエデは御者が待機しているであろう門の方角に目を向けながら、何気なくゴーグルを外した。
 戦闘は終了したから問題ない、と判断したのだろう。
 確かに敵は居なかった。
 …そう、敵の死体はあったが。


「あ…」


 血。
 血血血。
 血血血血血血血血。

 無道から流れ出た血。
 下忍達が流したらしき血。
 そして自分の体から流れ出る血、ベリオも血を流している。


「…?
 ちょ、ちょっと、カエデさん?
 カエデさん!?」


「……きゅう」


 久々に発動、血液恐怖症。
 周囲にこびりついた血を直視してしまい、カエデは後ろ向きにひっくり返った。
 ゴチン、と痛い音がする。

 慌ててベリオが抱え挙げたが、カエデはもう目を渦巻状にして遠い世界に旅立っていた。
 ご丁寧に、舌まで出している。


「ちょっ、カエデさん!?
 私一人にどうしろって言うんですか?
 ホーリースプラッシュに全力を注ぎ込んだから、あの人を火葬する火種を集めるのだって一苦労どころじゃないんですよ!?
 カエデさん、カエデさぁぁぁん!」


 廃墟になった街に、ベリオの叫びが木霊した。
 結局ベリオは無道を火葬するのを諦めて、疲れきった体にムチ打ってカエデを馬車まで運んだらしい。


 何はともあれ、ベリオ・カエデチーム、任務終了。
 本来なら御者に状況だけ伝えて帰ってもらう予定だったが、こうなっては留まっていても意味がないだろう。
 これから王宮に帰還し、報告をしてからホワイトカーパス州に向かう事となる。

 気絶したカエデとベリオを乗せて、御者は学園へ向かう。


 ルビナス・ナナシチーム 2日目・夜


「ルビナス?
 ここか?」


 本を調べるのを休んで、自室で趣味に没頭していたルビナスの元にクレアが訪れた。
 ルビナスは作業の手を休めて振り返る。


「クレアちゃん?
 どうしたの?
 イムニティちゃんも一緒?」


「いや、私も丁度休憩なのでな。
 顔を見ておこうと思っただけだ。
 …イムニティなら、ちょっと用事を頼んで遠方に行ってもらっている。
 暫くは帰ってこれそうにないな」


「ふーん…。
 この2日間で思ったんだけど…私、嫌われてるっぽいわね?」


「……そういう節もあるな」


 イムニティはルビナスとはあまり接触しようとしない。
 ナナシには特に忌避感は抱いていないようだが、理由は見当もつかなかった。

 実はイムニティ、千年前に封印された事を根に持っているだけだったりする。
 勝者と敗者が存在するのは勝負の理とはいえ、そりゃ1000年も退屈な空間に封印されれば頭に来よう。
 子供っぽい、的外れだとは自分で思いつつも、イムニティはルビナスに会うのは気が進まない。
 ロベリアがマスターだった頃に、彼女の悪口を延々と聞かされていたのもその理由だ。
 曰く、マッド、偽善者、科学に魂を売った悪魔、1人だけ美味しい所を持っていく、実験マニア。
 あながち外れてもいない。
 だから「精霊だと解ったら、新薬の実験台にされそう」「契約したリコにどんな薬を盛っているのか解ったものではない」という悪口も、結構真に受けている。


「まぁ、その辺は時の流れに任せればよかろう。
 人と人の仲とは、仲良くしろと言えば改善される物でもないしな…。
 ところで、ナナシはどうしている?」


「ナナシちゃんなら、小説…というか日記の文字ばかり見るのに飽きて、今度は絵を見たいって言ってたわ。
 多分その辺にかけられている肖像画とかを見て回ってるんでしょ」


「後で迷子の呼び出しをかけねばならぬか…」


 ナナシが道に迷うのは決定事項らしい。
 まぁ、確かに王宮はやたらと入り組んでいる。
 千年前には最低限の機能だけ有した素っ気無い小屋だったのが、世界が復興するに連れて景気もよくなり、段々と増設されて、最終的には現在に至る。
 王宮と呼ばれるようになったのは、ごく最近の事でしかない。


「せめて地図があればねぇ…」


「いくら大きいとは言え、一応家の中なんだが…。
 それに、迂闊に全体図を見せると問題がある。
 機密書類を保管している部屋や、先日のアレな部屋の存在を気付かれかねん」


 アレな部屋、と聞いてルビナスはちょっと震えた。
 彼女としても、痛みと恍惚のスレスレを彷徨う体験はかなり衝撃的なモノだったらしい。
 トラウマになるか取り込んでしまうかは、今後の彼女次第だ。


「まぁいい。
 ところで、お主は何をやっているのだ?」


 クレアはルビナスが弄っている何かに興味を示す。
 一見すると、それは小さなガラス球に見えた。
 中になにやら細々とした細工が入っているが、複雑すぎてクレアにはそれが何なのか見当もつかない。


「うん?
 これ?
 これはね、ダーリンから預かった秘密兵器よ」


「秘密兵器?
 武器なのか?」


「元々はね。
 別の目的のために利用しようとしていたんだけど、それだけじゃ面白くないし。
 時勢が時勢だから、兵器としての能力も残して使えるように研究してたのよ。
 改造も大体終わったし、これでようやくブラ…もとい、あの娘に渡せるわ」


「誰に渡す気だ?
 話に聞いた『同人少女』とやらか?」


「あの子に扱える代物じゃないわ。
 ま、一応企業秘密って事で…。
 それにしても、興味深いわぁ…。
 ダーリンの話によると、ある法則の世界で作られた製作物は、別の法則の世界では動かない。
 にも拘らず、このアイテムは私の手でも動く。
 つまり私達の世界と同じ系統の法則が存在する世界で作られた…。
 でも、これは私達から見れば明らかなオーバーテクノロジーよ。
 それも1世代2世代どころじゃない、それこそ何千年もの時を越えなければ完成できないテクノロジー。
 私達がまだ知り得ていない真理、法則を存分に活用した結晶。
 こんな凄い技術に触れられるなんて…真理を探究する者として、これ以上の幸せはダーリンとイチャついている時以外にはないのよぅ!
 ねぇ聞いてる?
 ねぇ解かる?
 このヨロコビが!」


 話している途中から異様に熱が入ってきて、しまいにはクレアの肩をガッチリ捕獲して熱演する。
 目が血走るのを通り越して、王蟲がブチ切れた時の目玉のよーに真っ赤になっている。
 明らかな攻撃色だ。
 肩を捕まれたクレアは、被捕食者としての本能がアラームを鳴らすのを感じ取る。
 感じ取るまでもなく、必死こいてルビナスから逃げようとしているのだが、そもそも体が震えて動かなかった。
 無理に逃げようとすると「ちゃんと聞きなさいよぅ!」と言って首をグキっとやられそうだから、いい判断と言えばいい判断かもしれない。


「そ、そうかそうかそれはよかった!
 で、結局ソレは何なんだ!?」


「ふふふふ、よくぞ聞いてくれました!
 これは念動能力増幅装置…一言で言えば、超能力者になれる装置なの!」


「…超能力者?」


 クレアは首を傾げた。
 アヴァターでは、超能力者とはメジャーな存在ではない。
 単純に数が少ないというのもあるが、その殆どが『知られていない魔法』だと判断されるからだ。
 実際、超能力と言われている能力自体が魔法の一部に過ぎない、と主張する科学者も居る。


「通称サイコパペット、っていうらしいんだけど…。
 使い手の精神波とかを増幅して送信、複数の人形を意のままに操るのよ。
 それを一般人用に改造したって訳。
 あ、これはそのパーツの一つだからね。
 それにしても、ダーリンってばドコからこんな代物入手したのかしら?
 凄い超能力者の超人ナントカさんに頼んだって言ってたけど、誰かしら」


「私に聞かれてもな。
 アヴァターの技術ではないのだろう?
 ならば、アヴァター以外…ここよりも文明が進んだ世界から持って来たのではないか?
 ほれ、リコ・リスが他の世界から召喚した色々な物があっただろう。
 その中に、知っている世界の物があったとか…。
 確か召喚の塔に保管されていると聞いたが……そう言えば、あの塔の修復状況はどうだ?」


「あんまり芳しくないわね。
 爆破で吹き飛ばされたのは中枢部近辺だったから、倉庫の辺りは無事だったけど。
 …でも、ダーリンは他の世界と付き合いがあったのかしら…。
 前にもその手の事を言ってたけど、ダーリンの世界は異世界の事とか、全然認めてないみたいよ?」


 ルビナスが言っているのは、大河・リリィ・ナナシで学園の地下に潜った時の事だ。
 その途中で、大河は連結魔術の説明の為に異世界との法則について述べた。
 つまり、大河は自分が住んでいた世界…地球以外の世界の存在を認めていた事になる。

 その一方で、未亜は地球以外の世界の存在なぞ欠片も信じていなかった。
 信じてはいたかもしれないが、それも夢想していた、と言った程度。
 地球の文明では別世界との交流は全くなかったそうだ。

 しかし大河の連結魔術は、未亜の言っている文化形態では全く当て嵌まらない。
 最低限、他の世界の存在を認め、なおかつ交流がなければ確立できない技術である。


「ダーリンの世界の物でもなさそうだし…」


「ふむ…ならば、大河は個人的に異世界との交流を持っていたのではないか?
 何時の世も、別世界からの接触はあるものだ。
 アヴァターでも、時々ではあるがそう言った接触が見られる。
 所詮は不確定情報やデマ…オカルトに留まっているが」


「まぁ、ダーリンだからその程度の事は驚くに値しないかもね…」


 2人とも大正解。
 確証と言える物はサイコパペットのみだったが、仮説にしては的中率が高すぎる。


「ま、いいわ。
 ダーリンから直接聞き出せばいいんだし、今すぐ聞き出せなかったとしても問題はないしね」


「この世界を束ねる王女の身としては、異世界からの接触には細心の注意を払わねばならぬのだが…。
 まぁ、確かにここでどうこう言ったところで意味はないな。

 で、結局誰に渡す…………?
 今、何か揺れなかったか?」


「へ? 地震なんて無かった……!?」


 ルビナスの顔が急に鋭くなった。
 サイコパペットを安置し、素早く扉から外に飛び出す。
 クレアは一瞬あっけに取られたが、すぐに自分も立ち上がって後を追おうとした。
 が、その瞬間。


ズゴオオォォ……
…ォォォン!!!


「ぬおっ!?」


 王宮が揺れた。
 クレアはバランスを崩して転び、背中を打ちつけた。


「い、イタタ……何事だ!?」


 クレアは痛みを堪え、立ち上がって外に飛び出した。
 周囲を見回すまでもなく、爆心地は一目瞭然だった。
 煙が高く立ち昇っている。


「あそこは…中庭か!」


 とにかく状況を把握せねば何も出来ない。
 しかし、あの爆発からして中庭で何かが…恐らくはナナシが起こした爆発だろうから、戦闘が発生している可能性がある。
 口惜しいが、戦う力のないクレアが直接行っても足手纏いにしかなれない。
 少し離れた場所…中庭の見下ろせる2階の回廊に向けて、途中で遭遇した家臣や警備兵に指示を与えながらクレアは駆け出した。


 その少し前、ナナシは散歩していた。
 既に自分の居る場所を見失っていたが、本人は気付いていない。
 どの道、ここは王宮の中なのだ。
 道が解らなくなったら、その辺の兵士に聞けばいい。
 不審人物として連行されそうな気もするが。
 あるいは迷子として交番に、だろうか?


「たりらりら〜りら〜♪
 るるる〜ららら〜♪
 …あら?
 お庭に出たですの」


 一応、彼女はルビナスの部屋を目指していた筈なのだが。
 首を傾げたが、明確な理由があってルビナスの部屋に向かおうとしていたのでもない。
 まぁいいか、とアッサリ納得して中庭に出た。


「お料理に使えそうな香草はないですの〜?」


 月明かりの下で、ナナシは中庭に植えられている植物を一つ一つ調べていく。
 元々花は好きだし、ルビナスの持っている知識もある。
 実は結構偏った知識なのだが、ナナシには解らなかった。

 一本一本調べていったが、料理に使えそうな植物は見当たらない。
 代わりに薬草として使えそうな植物、毒消しとして使えそうな植物はあったが、これらははっきり言ってマズい。
 どうやら実用度を重視して植えられたようだ。


「残念ですの〜………あら?」


 ナナシは目を細めた。
 中庭に生い茂る植物の影に、ルビナスが居たような気がした。
 そこはよく見えない場所だったので本当にルビナスかは解らなかったが、真っ白い髪が見えた。
 アヴァターでも珍しい髪の色だ。
 少なくとも、ナナシは白い髪を持った人物をルビナス以外には知らない。

 ルビナスらしき影は、チョロチョロと動き回る。
 影から影へ通り抜けるその挙動は、明らかに人目を避けていた。
 それでもナナシが発見できたのは、そのボディに秘められたスペック(死刑囚にあらず)の賜物である。


「むぅ…怪しいですの。
 きっとダーリンの写真とかを、こっそり持っているですの!
 ここは一つ奪取を…ミッション開始ですの!
 ご無沙汰ですけど、ひーちゃん!」


 なにやら自分一人で納得し、ナナシはひーちゃん…人魂を呼び寄せた。
 友の呼び声一つで、フローリア学園―王宮間の距離を一気に飛び越すニクイヤツ。
 根性があると言うべきか?

 呼び出された人魂は、ナナシのお願いを聞き届けようとフワフワ風に流されるように飛んでいく。
 その光景を遠くから見ていた兵士達により、「王宮の中庭に幽霊が出る」という怪談が広められたが別の話。

 周囲を朧に照らしながら、ひーちゃんはルビナスらしき人影が居る場所に向かう。
 人影は突如現れた謎の灯りに、慌てて身を隠そうとした。
 見事な隠行で、肉眼では全く確認できないし、気配も全くない。
 人間ではまず発見する事は不可能だ。
 しかし、今の相手はひーちゃんである。
 目玉もなければ肌もない、火の玉みたいなひーちゃんである。
 彼(女)に五感というモノはない。
 全く別の感覚器官で周囲を認識している。
 温度差や生命の放つ波動、魂の気配とでも言うべきモノを察知しているのだ。
 普通に隠れた所で、はっきり言って意味がない。

 ふよふよふよふよふよふよふよふよぷよぷよふよふよ

 ゆっくりとだが、隠れている人物の所に近付いていく。
 ナナシもその後を追った。

 一方隠れている人物は、舌打ちしながら別の場所に移動して隠れる。
 ひーちゃんが一体何なのかは看破できなかったが、偶然自分の居る方向に向かってきている可能性もあった。
 しかし姿を見せずに移動した筈の彼女を、ひーちゃんは確りと追尾してくる。
 スピードは遅いものの、確実に捕捉されているようだった。


(どうする?
 あのボケっとしたヤツがあの火の玉を召喚したのなら、私の存在に気付いているのは確実…。
 だが、それなら何故兵士達を呼ばない?
 というか、そもそもあんな子供が何で王宮に居るんだ?
 王族の賓客か?
 …だとすると、ここでヘタに危害を加えると面倒な事になるか…。
 いや、それはそれで有りだな。

 ………そうか、ひょっとしてあのガキは私を王宮の使用人か何かだと勘違いしているのか?
 それなら何とか誤魔化せるか…。
 目的は半分しか達っしていないのだし、ここは何とか切り抜けるとしよう)


 そう考えて、ひーちゃんから逃げるのを止める。
 それから自分の状況を適当にでっち上げた。
 荷物を植え込みの中に隠し、手ぶらを装う。


「見ーつけた、ですの!
 ……あら?」


「あらら…見つかっちゃったわね」


 植え込みの中から身を起こす。
 極力不審な点が無いように振舞う事を言い聞かせ、自分は仕事をサボって隠れていたのだと自己暗示をする。
 そして自分を見つけた火の玉と子供に目を向けた。


(……?
 何処かで見たような…)


 その人は、ナナシを見て既視感を覚えた。
 よーく似ている人物を知っているのだが、彼女がここに居る筈がない。
 そう、あの時に彼女は死んだのだから。
 …代わりに自分もえらい目に合わされたが。

 イヤな思い出が復活しそうなのを何とか堪え、彼女は時計を見る。
 単に時間を確認するフリをしただけだ。


「…お嬢ちゃん、こんな所で何をしているのかしら?
 もう子供は帰って寝る時間よ」


「ナナシは子供じゃないですの。
 これでもおねーさんよりも年上ですのよ?」


「私よりも?
 面白い冗談ね。
 私も見た目よりはずっと長生きしてるのよ」


「どれくらいですの?」


「そうねぇ……900年くらいかしら。
 とは言っても、ずーっと寝てたんだけどね」


 冗談めかして言う。
 それを聞いて、ナナシは胸を張った。


「それならナナシは1000歳ですの!」


「あぁ、はいはい…子供の冗談に付き合う気分じゃなくてね」


「冗談じゃないですの〜!
 う〜、こんな中庭で目隠しプレイしてるマニアックな妖しいおねーさんのクセに〜!」


「プレイじゃないっての!」


 限りなくマジな話なのだが、ナナシの必要以上に子供っぽい言動に信じられないでいるようだ。
 当然と言えば当然か。


「おねーさん、お名前なんですの?」


「私?
 私はロベリア・リードよ。
 で、人の名前を聞くのに自分は名乗らないお嬢ちゃんは?」


「これは失礼しましたの。
 ナナシはナナシっていうですの。
 以後よしなに、ですの」


「はいはい」


 ロベリアは、内心でかなりイライラしている。
 彼女はナナシのやたらと子供っぽい性格は嫌いではない。
 むしろ見ていて微笑ましいと思うくらいだ。
 …その反面で、何も知らない子供を嫌う心理も働いているのだが。


「それで、お嬢ちゃんは何をしてたんだい?
 もう一度言うけど、子供は帰って寝る時間だよ」


「子供じゃないですの〜!
 ナナシはお仕事で、ここに泊まるんですのよ!
 そういうロベリアさんこそ、何をしてたんですの?」


「お仕事ねぇ…。
 私は、ちょっと仕事の合間の息抜きよ。
 時間が空いたから、欲しい物を探しに来たのさ」


 自分は喋りすぎているな、と思うロベリア。
 だがここで話を強引に断ち切るのも不自然だ。
 何とかナナシを利用しようと考える。


「何が欲しいんですの?」


「それは秘密。
 でも、王女サマが持ってるのは解ってるんだけど」


「クレアちゃんが?」


「そう、クレ………?」


 ロベリアはピタリと動きを止めた。
 王女…つまりクレシーダ王女。
 そしてクレアとは、話の流れからしてクレシーダ王女の事だろう。

 ロベリアは初めてナナシを警戒した。


「アンタ…何者?
 王女を愛称で、しかもちゃん付けで呼ぶなんて…」


「ナナシはナナシですのよ?」


 首を傾げるナナシ。
 本心から言っているようだが、ロベリアは警戒を緩めない。


(…王宮に招かれている王女の友人?
 いや、そんな情報は無かった。
 なら……!
 そうか、コイツ救世主クラスか!

 ええい、主幹がちゃんと仕事をしないから情報不足だったらありゃしないよ!
 ちょっとだけ入ってきていた情報では、白髪のホムンクルスの娘が居たとか…。
 オマケにルビナスが復活している……あぁ、思い出したら腹が立ってきた…!
 と、とにかく、コイツはルビナスが創り出したホムンクルスか。
 ……なら、私の選択は決まっている)


 ロベリアはナナシに背を向けてしゃがみ込む。
 ナナシはどうしたのかと思ってロベリアを上から覗き込んだ。


「どうしたですの?」


「なんでもないわよ。
 ちょっと職場の人事を嘆いただけ。
 …実を言うと、これでも結構苦労人なのよ。
 部下はヘンタイばっかりだし、主幹は一時期を境にバッタリ仕事をしなくなるし」


「主幹?」


「ああ、ボスの事さ。
 最近ようやくまた仕事をするようになってきたんだけど、何せ溜まった仕事を一気に片付けやがるから、部下の私達は大変なのよ。
 送られてきた情報が混ざったりデッチ挙げられたりして、信憑性のある情報が全く入ってこない。
 情報の流れを整理するのにはもう少し時間がかかるから、仕方ないと言えば仕方ないわ。
 ま、異常に有能になってるのは助かるんだけどね…。
 だから、アンタの事も解らなかった」


「ナナシの事…ですの?」


「そう……アンタが、ルビナスの創ったホムンクルスだって事がねッ!」


 穏やかな顔から、一転して憎悪を迸らせる悪鬼の如き形相に変る。
 ロベリアは植え込みに隠してあった剣の柄を掴み、振り向き様に切り払った!


 ヒュッ!


 風を裂く音が響く。
 あまりに鋭い剣閃は、ロベリアに殆ど反動を伝えてこなかった。

 一拍遅れて、ゴトリ、と何か重い物が地面に落ちる音。
 それを見て、ロベリアは苦々しげに顔を歪めた。


「…恨むのなら、ルビナスの手によって作られた事を恨むのね」


 地面に落ちたのは、ナナシの首だった。
 ロベリアの一撃は、彼女の首を完全に両断したのである。

 結構気に入っていたのに、とロベリアは心中で一言だけ呟いた。
 しかしルビナスの作品だというのなら話は別だ。
 1000年前も現在も、またあの女は自分の前に立ちはだかる。
 ロベリアは忌々しい思いを振り払うかのように、鞘を拾って剣を収めた。

 が、次の瞬間。


「いったぁ〜いですのぉ〜」


「何ッ!? イテッ!」


 後ろから聞こえてきたナナシの声。
 それと同時に、何かが後頭部に激突した。
 幸い狙いが甘かったのか、直撃ではなかったので致命傷ではない。
 タンコブくらいはできていそうだが。

 視界に火花が散ったロベリアは、とにかく移動して距離を取る。
 後ろ頭を撫でながら振り向くと、そこにはナナシが立っていた。
 ただし…。


「デュラハンかテメェはッ!」


 首なしのナナシの体が。
 しかもナナシの右腕が無い。
 と思ったら、何やら飛来音がして右手がどこからとも無く飛んでくる。
 そして、ご丁寧にもガシャーンという効果音付で合体した。

 それを見てロベリアは苛立ちを露にする。
 …彼女はロケットパンチには何ら興味が無いらしい。


「ええぃ、あのガイキチマッドはいつもいつもロクでもないモノばっかり作りやがって…。
 だから、“破滅”を撃退するよりも先にルビナスをぶった斬る方がいいって私は何度も言ったんだ!
 あの白髪の悪魔を放っておけば、いつかアヴァターを丸ごと吹っ飛ばすような爆弾とか創り出すに決まってる!」


 …あまり強く反論できない。
 ナナシはロベリアの叫びを聞かずに、あたま、あたま…とフラフラしている。
 その頭は、ゴロゴロ転がってボディの方に向かおうとしていた。


「させるワケねェだろォが!」


 段々地が出てきたっぽいロベリア。
 ここでナナシの頭と体が合体してしまえば、ルビナス作の謎機能がバカスカ飛び出すに決まっている。
 別に王宮に被害が出たってロベリア的には問題ないが、そうなると目的の物も手に入れられなくなる可能性が高い。

 ロベリアは転がるナナシの頭に向かって駆ける。
 殺気立ったやり取りを感知して、そろそろ誰かがやって来てもおかしくない。
 とにかく合体を阻止してこの場を離れる。


「星にでもなりやが…!?」


 ロベリアは転がるナナシを頭を、サッカーボールのように蹴り飛ばそうとする。
 が、その瞬間に脳裏にヤバげなイメージが過ぎった。
 どのようなイメージかというと…一言で述べるなら、『爆発物に刺激を与えちゃいけねーな』。
 頬が引き攣るが、蹴りのモーションに入った体は止まらない。
 ナナシの頭を爪先が直撃する寸前。


「真っ白ですの〜〜〜〜……」


カッ――ーー−−-
 ゴオオオォォォォォォォォ
オオオオォォォォォ………


 高く高く上がるキノコ雲。
 ゲーム本編の爆発よりも、数段威力が上がっている。


「あ…あ…ああぅ……」


 ロベリアは真っ黒けになって、蹴りを放った体勢のままで固まっている。
 ナナシは気絶しているようだ。
 死ななかったのは幸いだが……。

 ゲホッ、と口から煙を吐き出すロベリア。
 吐き出された煙は、輪っかになって上って行った。

 中庭は見るも無惨な惨状になっている。
 その中を、ヨタヨタとロベリアは惰性に任せて進む。
 今にも倒れそうだが、「こんなアホな話があるか」という一念だけで倒れて気を失うのを拒んでいた。

 そしてハッと気付く。


「ま、まさか……私の髪…!?」


 恐る恐る手を伸ばす。
 幸いな事に、モサっとしたアフロ特有の感触は無かった。
 しかし油断してはいけない。
 アフロではなかったが……思いっきりパーマがかかっていたのである。
 微妙にオバチャンっぽい。


        You are  make my die
「ご…ごっど……ゆーあー、めいくまいだい………ぐふっ」


 呪いの言葉を吐いて、今度こそロベリアは膝を折った。
 薄れ掛けた意識の中で考える。


(こ…これだからマッドサイエンティストってのは…。
 めったやたらと爆発力ばっかり大きくして、何を考えてんの…?
 昔っから治療薬の類を作る時は何かしらミスをするのに、この手の破壊兵器の時には絶対に上手く行って…本当の“破滅”ってあのパープリンの事と違う!?
 しかも何故か、毎度毎度とばっちりや被害は私にばっかり飛んでくるし…だから私はアンタが嫌いなのよ…。
 あの人を殺したのもアンタだし……どれだけ私の世界をメチャクチャにすれば気が済むのよアンタは…!?
 ちょっと聞いてんの、ルビナス?
 無視してんじゃないわよ、何様のつもりよ!?
 だから試験管を恍惚として眺めるのはやめろって、アルストロメリアもミュリエルも口を酸っぱくして言ってんでしょうが!
 料理に薬物を混ぜるなっつーの!!
 何度私達を毒殺しかけりゃ学習するんだ!?)


「な、ナナシちゃん!?
 まさか頭に仕込んだカウンター型カイザーノヴァを使っちゃったの!?
 まさかこんな所で魔神皇帝の怒りを爆発させるなんて!」


「…って無視するなって言ってんだろこのアバズレが…」


 目の前に現れた幻に向かって毒づくロベリア。
 が、一瞬後には目を見開く。


「ル、ルビナスぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」


「へ? きゃっ!」


 ガッ!


 ロベリアは反射的に、拳を握って思い切り叩きつけた。
 感情に任せて放った一撃はモーションが大きく、ルビナスの咄嗟のガードの上にぶち当たる。
 それでも結構な威力があり、ルビナスは少しよろめいた。


「な、何するのよアナタ!?」


「自分の胸に聞けえええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「わ、私のおっぱいに!?
 セクハラよ!」


 ロベリア、魂の絶叫。
 しかしルビナスには全く心当たりがない。
 記憶を失っているのだから当然だ。
 暫く考えて、ナナシに色々な機能を付け足した事かと見当を付けた。


「っていうか、そもそもアナタ誰?」


「? わ、私の事を覚えてないのか?」


「はぁ、何処かであったような気はするんだけど…っていうか、その姿には見覚えがあるわよ」


 そりゃあるだろう。
 元は自分の体だ。
 ルビナスは直接見た事はないが、彼女…というかナナシが埋まっていた墓に添え付けられていた写真で見ている。


「そうか…記憶喪失だっていう情報も本当だったのか…。
 それじゃ、あの人の事も…………チッ…。
 という事は、召喚器も使えないようだね」


「………何を言ってるのか、よく解らないけど……要するに、敵って事ね?」


「それだけ解ってれば十分でしょ。
 このままさっさと逃げようかと思ってたけど…ルビナス、アンタが私の目の前に居るなら話は別よ。
 ……死になさい」


「ゴメンよ!」


 ロベリアは剣を構えた。
 何時の間にやら、パーマがかかった髪は元に戻っている。

 ルビナスは重心を低くし、どの方向にでも飛べるように身構えた。
 以前、闘技場で戦った時とは違う。
 ロベリアの殺気が、一歩間違えれば死ぬという緊張感が、ルビナスの中で眠っていた何かを呼び覚ましつつある。
 かつて救世主候補として戦っていた頃の戦闘経験が、生存本能に刺激されて蘇えりつつあるのだ。

 先に動いたのはルビナスだった。
 右手を突き出して、前傾姿勢になりつつ叫ぶ。


「ブロウクン・ファントム!」


ズドン!


 腹に響く音と共に、ロケットパンチが打ち出される。
 しかしナナシも同じ機能を持っていたのを見ていたせいか、ロベリアは冷静に対処した。
 避けてもコントロールされて戻ってくる危険があるので、剣の腹で叩き落す。
 刃の部分を使わなかったのは、刃が欠ける事を避けたからだ。

 ルビナスの手を叩き落したロベリアは、距離を詰めようと接近する。
 その間に口の中でブツブツと呪文を唱える。

 右腕の肘から先が無くなったルビナスは、そのまま右手をロベリアに向けて叫んだ。


「ヘルズファイア!」


 肘の切断面から、凄まじい勢いで炎が飛び出した。
 いや、炎ではなく高エネルギーを収束したレーザーのようだ。
 空気を灼熱化させながらロベリアに迫るが、その一撃は何処からとも無く現れた骨の集団に防がれる。
 しかしそれも一瞬で、次の瞬間には貫いていた。
 所詮は骨か。

 だが、その一瞬でロベリアは軌道を変えていた。
 骨と植え込み(の残骸)で影になった通路を選び、ロベリアは駆ける。
 そして植え込みの影から飛び出して、真っ直ぐに剣を突き出す。
 狙いはルビナスの脳天。
 先ほどのナナシは首を切られても死ななかったし、ならばこちらを叩き割るのが確実だろう。

 ルビナスはその攻撃を読んでいたのか、体を折って攻撃を避ける。
 かと思うと、左足の脹脛の部分がなにやら変形して、ブースターが露出した。
 間髪置かずに、ドンという爆音と共にブースター噴射。
 加速された左足に逆らわず、ルビナスはしゃがんで足を突き出したまま回転する…要するに足払いである。
 足払いと言えども、そのスピードがスピードなだけに当たれば骨が折れる事確実だ。

 ロベリアは軽く飛んで避ける。
 そのまま剣を振り上げ、回転しすぎて後ろを向けたルビナスの脳天に向けて唐竹割りに振り下ろす。
 が、その寸前にルビナスの後頭部が割れる。


「!?」


「超兵器ヘーッド!」


 割れた後頭部から出てきた、何だか凶悪そうな顔。
 しかも口とか鼻とか目とかから、物凄い数のレーザーが飛び出した。
 咄嗟に体を捻って避けるロベリア。
 しかし無茶苦茶だ。


「ど、どんな仕組みになってんだその体はぁ!
 ガイキングだってもうちょっと説得力のある武装の仕方だったのに!」


「フッ、愛とお酒と愛欲に酔った私の技術力に不可能は無いのよ!
 大体実弾を使わずに全部レーザー武器なんだから、物理的な収納スペースに疑問の余地はないでしょ」


「そーいう次元の問題か!
 だったら死人を生き返らせるくらいやってみやがれ!
 ただしフランケンシュタインは禁止だ!」


「やっていいならやってやるわよ!」


「! 貴様ぁぁぁ!」


 何が頭に来たのか、ロベリアの攻撃が鋭さを増す。
 ルビナスは辛うじて視認できるその斬撃を、紙一重で避けていく。
 しかしギリギリで避けられるのは余裕でも見切りの表れでもなく、その程度しか動く事が出来ないだけだ。
 そんな状態だから、遠からずバランスを崩す。


「もらったぁぁ!」


「くぅ、秘密兵器、発動!!」


「!!」


 ロベリアはルビナスの叫びに、血相を変えて飛び下がる。
 ルビナスとしても半分ヤケクソのハッタリだったのだが、これに引っ掛かる程度にはロベリアは苦渋を舐めすぎていた。
 先ほどのナナシの大爆発しかり、千年前のルビナスの奇行しかり。

 飛びのいたロベリアは、ルビナスが大きく溜息をついているのを見て引っ掛けられた事を悟る。
 が、秘密兵器発動の叫びで血の気が引いたのか、激昂はしない。


「くっ…記憶を失っていても、その粘り強さと駆け引きの上手さは相変わらずか…」


「……さっきから気になってたけど…彼方、ひょっとして千年前の私と何か関係があるの?
 その体の年齢は精々20歳前だけど…時を止める術は無いわけじゃないし。
 まさか本当に1000年前の人間…?」


「解らないなら自分で考えなッ!」


 再び斬りかかるロベリア。
 反応が遅れたルビナスは避けられないと判断して、左腕から刃を出して応戦する。
 湾曲し、ギザギザの刃が付いた剣。


「ハッ、聖ジョルジュの剣か!
 性別はともかくアンタみたいな聖女サマにゃお似合いだろうね!
 報酬を求めず清く正しく美しくってか!?」


「…根拠はないんだけど、今何かムカっと来たわよ。
 ひょっとして1000年前にも、私に同じ事を言ってない?」


「さぁ、忘れたよそんな下らない事は!」


 ロベリアの斬撃を防ぐルビナスだが、利き腕ではない左手で、しかも使い慣れない形の剣ではあまり長く保たない。
 そもそもルビナスのボディは、その多種多様な機能を駆使する中・遠距離戦が真骨頂なのだ。

 ガキン、と鋭い金属音がしてルビナスとロベリアの剣が噛み合う。
 ロベリアは両手で剣を持って全体重をかけ、ルビナスは左手を右手で支えて全力で抵抗する。
 ロベリアの力が強いのか力の使い方が巧みなのか、怪力のルビナスと拮抗状態が出来上がった。

 歯を食いしばる2人だが、ロベリアの狙いはこの瞬間にあった。


「貫けッ!」


「!!」


 先程ルビナスのヘルファイアを防ぎ、バラバラに散った骨達が浮かび上がる。
 しかも砕け散った骨達は、その鋭くギザギザした切っ先をルビナスに向けていた。
 すぐさまその一本一本が、物凄い勢いでルビナスに迫る。


「や、ヤバッ!」


「逃がすかっ!」


 慌てて身を引こうとするルビナスだが、ロベリアはそれを逃がさない。
 下がろうとするルビナスの足を何気なく引っ掛けた。

 ルビナスは仰向けに倒れていく。
 周囲の骨達のスピードがやけに遅く感じた。
 その視界の中で、ロベリアが高く剣を掲げているのが見える。
 何かを叫んでいるようだ。


あ・ん・こ・く・ね・く・ろ・ま・てぃ・っ・く・お・う・ぎ


 音は聞こえなかったが、ロベリアの口の動きでそう言っているのが解った。
 それと同時に、掲げた剣に赤黒いエネルギーが収束し、球形になる。
 ロベリアは骨達の突撃に合わせて、剣を両手持ちで振り下ろした。

 避けられない。
 そう直感した瞬間、ルビナスは様々な光景が思い浮かぶ。
 あ、これ走馬灯ってヤツじゃん、マジヤバイわー、と場違いな事を考えるルビナス。


 走馬灯とは、人が死を感じた時にそれまでの人生を一瞬で振り返るものだ。
 それが起こる理由は、まず集中力が極限まで研ぎ澄まされて一瞬の時間が長く長く引き伸ばされ、そして迫り来る死に対抗する手段を見付ける為だと言う。
 今まで生きてきた記憶の引き出しを片っ端から開けて回り、通用しそうな対策が何処かに埋もれていないか調べるのだ。
 もし何処かに埋もれて入れば、体が勝手にそう行動する事もある。
 そう、体が勝手に。

 ルビナスの左手が、剣を持つように掲げられた。


「エルダーアーク!」


「なっ!?」


 迸る閃光と波動。
 閃光はともかく、波動の直撃を受けたロベリアは一瞬だがルビナスの位置を見失った。
 しかし、倒れていく最中のルビナスに大した移動が出来る筈もない。


(このまま振り下ろす!)


 一辺の躊躇もなく、赤黒いエネルギー球体を叩きつけようとするロベリア。
 しかし、次の瞬間には更に猛烈な波動の爆発をその身に受けていた。


「ぐぁっ!!」


 爆圧に耐え切れず、ロベリアは吹き飛ばされる。
 ガラガラガラガラ、と骨達がぶつかり合う音が響いた。

 2回ほど回転して、受身を取って立ち上がるロベリア。
 波動の嵐はもう止んでいる。
 しかし、その代わりにロベリアの心中に激しい動揺の嵐が吹き荒れていた。


(今のは、ルビナスが追い込まれていた時によく使っていたオールラウンド攻撃…。
 しかし、アレは召喚器の力が無ければ一瞬では使えなかった筈!
 まさか、さっきの叫びで本当に……!?)


 ロベリアは召喚器…ダークプリズンを使えない。
 かつてルビナスの体を乗っ取ってから、一切使えなくなっていた。
 と言っても、乗っ取ったらすぐに封印されたので、試してみたのはその千年後だが。
 だが、ならば何故ルビナスはエルダーアークを召喚できた?
 体が変っているのは、ルビナスとて同じ。
 何故自分では召喚できないのに、ルビナスは召喚できる?


「なんで…なんでアンタばっかり、いつも、いつもいつも……っ!」


 ロベリアの感情が、急激に暴発し始める。

 ルビナスはエルダーアークを持って、荒い息を吐いていた。
 どうやらさっきの術で、体にかなりの負担がかかったらしい。
 骨達は全て吹き飛んだようだ。

 王宮の中庭なんぞに、骨は埋まっていない。
 使っていた骨は、念の為にと持参してきた物だ。
 それが無くなってしまった以上、ロベリアの戦闘力は半減する。

 だが、ロベリアにはそんな事はどうでもよかった。
 ルビナスを殺す。
 その事だけで頭が一杯になり始める。
 今のルビナスは、体にかかった負担が大きすぎて動けない。
 今なら殺せる、確実に。
 ロベリアは強く剣を握りなおした。

 ルビナスに向けて、一歩踏み出したその時だ。
 ロベリアは気配を感じた。
 衛兵達の気配ではない。
 中庭には誰も入れないように、人払いの結界を張ってある。
 外では魔法使い達が結界を解こうとしているようだが、はっきり言って実力が違う。
 ロベリアの結界はそう簡単には解けないのだ。

 ロベリアは感じた気配に反応し、上を見上げる。
 そして、2階の通路から自分を見下ろす彼女…クレアと目が合った。


「…………ア…アルスト…」


 アルストロメリア。
 そう言いかけたのだろう。
 が、首を振って正気に返る。
 自分が知るアルストロメリアは、とっくに死んでいる。
 だからここまで来たのだから。
 それに、クレアはアルストロメリアよりもずっと幼い。

 クレアを発見したロベリアは、急速に冷静になった。


「…目標発見。
 ………すまない、アルストロメリア。
 重症は負わせないから…」


 懺悔をするように呟くと、ロベリアはルビナスを放置して飛び上がった。
 クレアが反応する間もなくその目前に飛び上がる。


「なっ!?」


「動くな!」


 叫ぶ前にロベリアの剣が振るわれる。
 クレアの髪の一房が斬られ、頬に薄い傷が出来た。

 それを確認し、ロベリアは再び跳ぶ。
 今度は中庭ではなく、逃走のための経路である。
 何か術でも使っているのか、常識では考えられない高度まで飛び上がる。


「ま、待てっ!」


「じゃあね、アルストロメリアの子孫。
 …顔を傷物にしたのは、一応謝っておくわ」


 それだけ言って、ロベリアはまた飛んだ。
 王宮の屋上を走り、壁を越えて外へ向かう。
 もう追いつける距離ではない。


「…アヤツは…何者だ?」


 呆然として呟くクレア。
 “破滅”の者であるのは間違いない。
 だが、何故自分を殺さなかった?
 何故アルストロメリアの名前を出した?
 解らない。

 とにかく、中庭に入ってルビナスとナナシの手当てをせねばならない。
 ようやく結界が解けたらしく…つまりロベリアは魔力が届かないほど遠くに逃げた…中庭に魔法使いや衛兵達が駆け込んでいる。
 自分もそちらへ向かおうとした時、中庭からナナシの声が響いた。
 どうやら復活していたらしい。


「ロベリアちゃーーん!」


 元気そうだな、と安心するクレア。
 が、そんな安心は次の一言で粉砕された。


「また一緒に遊ぼうですのーーーーー!!」


ズルッ
 ビタァン!


 …どこか遠くで、誰かが足を滑らせて屋根から落ちた挙句、受身も取れずに地面に激突したような気がした。


「……な、ナナシはアホだ…天真爛漫なのは良い事だが、頭が大丈夫じゃない…」


 自分も顔面から床にダイブしてボヤくクレアだった。
 …この時、ナナシが本気だった事を誰が知ろう…いや、本気だったのは知っていただろうが。
 ロベリアが敵である事を承知で、なおも本気で言っていた事を、誰が知っていただろうか。




最近学校に行く必要が無くて、微妙にだらけ気味の時守です。
むぅ、メッキが剥がれてきました…もう出番の頻度に偏りが出ている…。
同じくらいの頻度で出すのは難しいです…。
しかも向かった先のミッションで、内容の濃さにかなりの差があります。
ぬぅ、調整が必要ですか…。


それではレス返しです!


1.カシス・ユウ・シンクレア様
このままご愛読いただければ、イヤでも見る事になりますよ…。
もうSを通り越して完全に犯罪者の領域に達してますがw

根が素直なユカとフェミニストのセル、それに女好きの大河を組ませてケンカをさせるのは返って難しいデス。
ユカが大河の女関係に嫌悪を抱くのは考えやすいのですが。

まともな将の補充…それが一番ムズカシイんですが(汗)
ある意味、今から新作長編を1本仕上げるよりもムズカシイ…。


2.名無し@様
残念ながらしません。
帯ギュは立ち読みもした事ありませんから…。
…濃いキャラですか?


3.悠真様
同じく就職活動で梃子摺ってます。
ジャスティスのユカは、かなり反則気味の技を持っているそうですね。
直撃させれば、空中で↓ABを無限に繰り出せるとか。
マジで武神だ…。

一応ユカは常識人に仕立て上げたいと思っています…染まっていくのが目に見えますがw
し、師匠って…誰っすか?
師匠と言われて真っ先に思い浮かぶのはマスターアジアなのですが…。


4.竜神帝様
おおっ、SSと言うと『世界を変える神と魔王と仲間達』ですか!?
楽しみにしています!

ええ、大河のハーレムはもっと増えますね。
そろそろ時守的人数制限にひっかかりそうです。


5.アレス=アンバー様
ダリア先生の自爆は書きやすくて書きやすくてw

未亜のパワーアップは、単なるオマケ(行数稼ぎかも)でしたから。
一応使い道は考えているのですが…。

Sの未亜を見て、トラウマを増やすのはSSのキャラだけではなさそうです。
むぅ、原作の未亜の人気に悪影響が行かなければいいのですが…。

トレイターの全力は、もっと洒落にならないぐらいです。
当分全開にする予定はありません。

マトモな人が居ないと言うよりも…マトモな人を書けないんですw


6.なまけもの様
ご指摘ありがとうございます<m(__)m>

馬に怯えられる理由はその通りです。

領民の中には、珠緒ちゃんのみならず八島さんも居ますよ。
珠緒ちゃんを抑えていたのが八島さんです。

ユカが大河を意識している理由は、ごく単純な理由です。
そっちはまたその内に…。

Sモード いやいや申し訳ない…酒に酔った上でのご乱行という事で…。


7.謎様
先日V.G.アドヴァンストを見かけて、504円で買いました。
むぅ、空中ダッシュと空中ガードが出来なくなると途端に戦い辛くなるなぁ…。
スト2時代はこれでも結構強かったのに。

ハーレム?
V.G.をやったお蔭で、当初の予定よりも3人くらい人数が増えてしまいましたどうしようw


8.文駆様
なんか異常にしっくり来るんですよね、未亜のハーレムチーム。

最近出番が無かったダリア先生なので、ちょっと見せ場を作ってみましたw
ああ、考えてみるとダリア先生の夜もご無沙汰だなぁ…。

戦う女の子は、萌えと燃えの2重の意味で好きですね。
純粋にカッコイイのと、色々と邪な劣情が入り混じっているのが。


9.根無し草様
皆様、戦う女の子が好きですねぇw

フロストガーディアンのみならず、デカブツはやたらとしぶといんですよね。
EX技も、ヘタにコンボに組み込むと威力が激減しますし…。
単発で当てた方が倒しやすいってどういうコト?

黒王ことコクオーは、王宮に勤めている御者さんの『光速に迫る3頭』に居ます。
こっちの馬は…ある意味もっと洒落になってません。
こっちは来週という事で…。


10.アルカンシェル様
将来はユカも染まっていくのかな…と考えると、微妙に憂鬱になりそうです。

未亜がエグイのは、ある意味もうデフォになりかけてます。
いい加減本気で引かれそうなのですが、少なくともあと一回はドSというか犯罪者が…。
トレイターに関しては、また今度という事で…。
そう遠くない内に、あの攻撃力の秘密もわかりますよw
大河が決戦存在…アレは自分の全てを殺して人類全体の為に戦うモノ、と聞いた事がありますが…大河が?


11.なな月様
ふっ、就活では倍率なんぞ考えずに受けまくってます…。
しかし、どうして同じ日に全く違う会社が4社も重なるんだろう…。
ずらして貰わねば。

山は良いものです。
自然の山も良いですが、女体にある山は丘から山脈までとてもとても良いものです。
無論、大平原にもそれはそれで楽しみがw

メカ量産にも、とてもとても心魅かれますが…。
いっそジャイアントロボでも出して、衝撃のお方とか出そうかとも思いましたw
いやぁ、文才が追いつかないッス。
…む、でもメカ進藤量産は使えるかも…。

ほう、なな月さんはボクッ娘属性ですか。
よし崇め奉りましょう。
ポスターとか貼っておくのです。
破れたウェイトレスの格好のユカのポスターを見たら、一部の人はかなり引きそうですが。

大河の破壊力は…未亜も…出来るのかな?
一応理論上では…。


12.舞ーエンジェル様
フラグONですねぇ、思いっきり。
むぅ、ユカが落ちればシスタープ○ンセスの人数に追いつきますな。
ある意味快挙かも…。

む、ユカの惚れてる理由に関してはノーコメントで。
…図星っちゃあ図星なのですが。
Hシーン?
無いとお思いで?
例え話の中で出せなかったとしても、完結後の外伝という形にしてでも書きますよ?

ハーレムルートで……で、出てましたか?
ぶっちゃけバルトもパルフェもやった事ないんですが…。


13.K・K様
オギャンオス!

未亜のハーレムチームに関しては、何だかもう他の名前を使う気になれないのでw
逆召喚については、お察しの通りです。
鼓膜が破れて…いや、そこまでは行きませんね。

やろうと思えば、トレイター初登場時以上の攻撃もできますよー。
いざ書いてみて、戦闘シーンが淡々となってしまって少々困っていますが…。
だって攻撃力が高すぎるんだもの!

むぅ…ユカの態度の理由、今からでも後付けしたくなってきました…。
…即興で考えはしたものの、話が纏まらなくなりそうだなぁ…。

偏愛とまで宣言しますか…。
やっぱアレですね、激闘の最中にふと目があって、信頼を篭められた笑みをニッコリ向けられたら…うぱああぁぁぁぁ!とパトスが青春しそうになりますな。
その状況でやったら信頼を裏切る事になりかねませんが、そのまどろっこしさがまた…w

でわ、オギャンバイ!


14.神〔SIN〕様
学者が言ってるのは、単なるデータですからねぇ…。
…宗教の天使の立場がw

ユカには、大河のハーレムに入るにしても少しゴネてもらおうと思います。

トレイターの能力は、皆様知っているであろう能力です。
このサイトの方なら、多分大体は。
出てきましたね、エルダーアークが。
ダークプリズンは…何か特殊能力をつけて、きっかけを作ってから出すつもりです。
…忘れていくかもしれませんが。

赤と白の戦い…一回壮絶なヤツをやってみようかなぁ…。

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