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「ジャンクライフ−11−(ローゼンメイデン+オリジナル)」」

スキル (2006-04-07 16:23)
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いつか、貴方に出会えたら、私は素直にこういうの。
貴方の事が大好きですって


ジャンクライフ−ローゼンメイデン−


真紅と水銀燈の激闘は続いていた。真紅は、雛苺、翠星石の支援を受けて、どうにか水銀燈と渡り合っている。
というよりも、その二人の助力が無ければ真紅はものの数秒で水銀燈に敗北していた事だろう。
水銀燈が覆う蒼く光る力の奔流と、流石に姉妹の中でも一番好戦的な性格という事もあり、戦う事になれていることが真紅を苦しめる。
実力が違った。桁が違った。アリスになる為に、父の愛を受けるために、戦い続けてきた長女の実力に、真紅は恐れを覚え始めていた。
それと同時に理解していた。自分が、今まで真紅が、水銀燈と渡り合えていたわけを。
水銀燈にジャンクという引け目があり、そこをつかれるとすぐに理性を失った。まずはそれが一点。
次に、真紅はミーディアムの力を借りて戦っていた。水銀燈はミーディアムをいつからか持たないようになった。
この二つの点が、水銀燈と真紅の実力の差を埋めていた。
だが、それも今回に限っては抗力を発揮しない。
なぜなら、その二つの問題は、樫崎 優という水銀燈のマスターになにからなにまで相応しい少年の出現のせいである。

「くぅっ!!」
「このっこのぉですぅ〜!」
「やぁなのぉ〜!!」
「あははははっ! とっとと壊れちゃいなさいよぉ」

真紅の杖と水銀燈の剣が交差し、剣戟を鳴らし、二人の戦いを盛り上げるBGMとなる。
そんな二人から少し離れた位置に、蒼星石はいた。傍らにレンピカを従え、どこか辛そうに二人の戦いを見ている。
というよりも、元々蒼星石は双子の翠星石とは違い、アリスゲーム否定派ではなく、肯定派である。
それが自分達の運命であると同時に、宿命である思っている。
そして、アリスゲームとは正々堂々一対一でやるものだという意識が、蒼星石にはある。
故に、水銀燈はミーディアムに手を出し、真紅は加勢を得ていて、今更一対一の正々堂々と言ったところで意味など無いのだが、二人の戦いに手を貸すことが出来ずにいた。
だが、そんな蒼星石の気持ちを切り替える会話が、蒼星石の耳に届いた。
それは、真紅の声だった。

「どうして、どうして貴方はアリスを目指すの水銀燈!!」

半ばそれは、苦し紛れに出たような言葉だった。
真紅にしても、水銀燈がそれにどう答えるかなど解っていたし、水銀燈にしても同じだった。
呆れたような視線を真紅に向けて、水銀燈は今までどおりに言葉を述べる。

「そんなの、決まってるじゃなぁい。アリスになって、私が一番である事を、お父様に認めてもらうのよぉ。そして、お父様に愛してもらうの」
「でも、でも貴方には今、ミーディアムが、貴方を愛し、理解してくれるミーディアムがいるじゃない!!」

噛み付くように、真紅はその言葉を発する。真紅にしてもそこになにかしらの思惑があったわけではない。
ただ、思いついた事を告げるような感覚で水銀燈に問いかけたのだ。
だが、それは水銀燈の誤魔化している部分に深く突き刺さった。
水銀燈とて、馬鹿ではない。先の事をちゃんと考えているし、考えているが故にその問題には誰よりも早く気づいていた。
アリスになれば、自分は父の所有物となり、もう二度と優と会う事は出来ないだろうという事を。

「み、ミーディアムなんて……」

ずきり、と水銀燈の胸が痛む。何度も呪文のように自分に言い聞かせてきた。
そうであると必死に信じようとしてきた。だから、大丈夫。胸なんて痛まない。これは自分の本心なのだからと、水銀燈は決意して、言葉を続けた。

「お父様の愛を手に入れるまでの、代用品に過ぎないのよぉ!!」

泣きそうな顔で、水銀燈は真紅に向けてそう言い放った。
心が震える、泣きそうになる、それは嘘だと水銀燈の心が叫んでいる。
だが、そんな心を水銀燈は封じ込めて、真紅を睨みつけた。
絶句した真紅と、呆然として水銀燈を見つめる翠星石に、何も解っていない雛苺。
そして、憤怒に燃える蒼星石の瞳。それに気がついた瞬間、水銀燈はとっさに剣を掲げて、顔への一撃を防いでいた。
水銀燈の剣と、蒼星石の鋏との間で、火花が散る。

「今、なんて言ったの水銀燈。優さんを、優さんを、代用品だって言ったの?」

怒りを無理やり抑えつけた蒼星石の冷ややかな声に、水銀燈は当たり前だと返そうとして、痛む胸になにも言い返せなかった。

「君は、君っていう人はぁぁぁぁぁ!!」

それは姉妹の誰もが始めて見る蒼星石の怒りであった。
いつもの冷静な表情は、感情によって支配されていて、誰もが突如始まった二人の戦いに介入できない。
一番仲のいい翠星石すらも、言葉をなくして蒼星石の怒る様子を眺めている。

「君は、優さんが好きじゃないの? 優さんの気持ちを君は、代用品代わりに利用していたの!?」

矢継ぎ早に繰り出される蒼星石の問いと、鋏の攻撃に水銀燈は押されていた。
蒼星石の問いの一つ一つが、水銀燈の心を深く貫いていく。

「答えて、答えてよ水銀燈!!」
「きゃあっ!!」

蒼星石の攻撃によって弾き飛ばされた水銀燈は廃墟の屋上に、その身を叩きつけられる。
だがすぐに、接近してくる蒼星石と距離をとるように、その場から離脱すると、乱れた髪をなおそうともせずに蒼星石に視線を向ける。
そして、その怒れる瞳に、水銀燈は今まで自分の中に溜めていたものが溢れ出るのを感じた。

「貴方に、貴方達に何がわかるっていうのよ。私の、私の何が解るって言うのよ! 私は、ジャンクとして生まれたわ。壊れたんじゃない。壊れて生まれてきたのが私よ。一番最初に作られた私は、貴方達がお父様の手によって仕上げられていくのをいつも見てた。いつになったら、私の胴体を作ってくれるのだろうとそれだけを夢見て!! でも、お父様は最後まで作ってくれなかった、アリスを目指せという言葉を残して去っていかれた。残ったのは、その使命と、壊れた体と、姉妹の哀れみの目。どう、滑稽でしょぉ?」

泣き笑いの表情で、そう言うと、水銀燈は二人を見守っている真紅達に視線を向けた。
視線があうと、真紅はふいっと、視線を逸らす。

「それから私は、アリスを目指した。だって、それしかなかったもの。目指して、姉妹である貴方達を殺そうとして、ただお父様の愛が欲しかったから」
「違う」
「違わないわよ蒼星石。何も違わない。その為だけに生きてきた。そして、これからもその為だけに―――」
「違うっ!!」

蒼星石は大声で、水銀燈の言葉を否定し、その禁忌を告げる。
それは姉妹の誰もが呟く事を恐れる言葉。誰もが思ってはならない想い。そして、抱いてはいけないモノ。
即ち、

「君は、本当は、お父様の事を憎んでいるはずだ」

自分達を愛してくれるはずの父が、自分達全員を愛してくれるはずの父が、自分達全員を完全ではないと切り捨てた事実。
その矛盾。その残酷。それらを一番感じているのは、水銀燈であると考えたゆえの、蒼星石の言葉であった。

「何を、なにを言っているのよ蒼星石。それは、お父様に対する侮辱よ!」

水銀燈の言葉に、蒼星石は少し怯えたように顔を歪ませるが、それに耐えるようにして水銀燈を見つめる。
言葉は無い。抱き続けてきた疑念を串刺しにされた水銀燈は、もはや抑えきれずに涙を流した。

「それに、だったらなんだっていうのよ! たとえ憎くても、私にはお父様しかいなかった。お父様の愛を求める道しか見えなかった。お父様の愛を求める道しか私には無かった。その為だけに、今まで生きてきた。ここでそれをいらないなんていえば、私の今まではなんだったのよ!!」

それが、水銀燈が自分の気持ちを素直に認められぬ原因であった。
父の愛などいらないと、優の愛だけあればいいと認めてしまえば、今まで生きてきた日々が無駄になってしまう。今までの自分を、無価値だと認める事になってしまう。
そんな、水銀燈を見て、蒼星石は無言で水銀燈に鋏の刃を向けた。

「――――君は、それでいいの?」

返事は無い。
蒼星石の傍らに、真紅と翠星石が寄り添うように舞い降りる。
雛苺は、蒼星石と水銀燈のただならぬ雰囲気に怯えて近づこうとはしていない。
真紅は気遣うように水銀燈へと視線を向け、翠星石ははじめてみるように蒼星石を見つめる。

「決着を」
「えっ?」

ぽつりと呟かれた水銀燈の声に、真紅は思わず疑問の声を上げた。

「決着をつけましょう真紅ぅ」

水銀燈は真紅に向けて、剣を構える。

「それが、君の答えか。水銀燈」

蒼星石の声が、その場に冷ややかに響いたのだった。


優は、心を壊したジュンを担いで、物置のNのフィールドに繋がる鏡から桜田邸内部へと不法侵入を果たしていた。
彼の傍には、優がNのフィールドを好きに行き来するためのサポートとして水銀燈の人工精霊メイメイが、ふわふわと浮かんでいる。
優はなるべくしずかに、足音を立てないようにして、物置を出ようとして、物置の扉の前に座り込んでいた桜田 のりと視線があった。
互いに言葉は無い。優はまずい奴に会ったと露骨に顔をしかめ、のりは担がれているジュンを見て声も無く驚いている。

「な、ななななな、ジュ、ジュン君! どうしたのっ! どうしたのジュン君!?」
「――――意識を失ったから、連れてきた。後は頼む」

慌てふためくのりを見て、早々にこの場を退場しようと思っていた優は、そう告げるとのりに背中を向けた。
そして、がしりと腕を掴まれて、鬱陶しそうにのりに視線を向ける。

「ジュ、ジュン君を運ぶのを手伝ってください! そ、それと、どうしてジュン君が意識を失ったのかそれも教えてください!!」
「俺は、忙しい。急ぐんだ」
「だ、駄目です! 手伝ってくれなきゃ、駄目ですぅ〜」

その年わりには、子供染みた仕草に、優は溜息をつくと再びジュンを担ぎ上げた。

「階段では、後ろから支えてくれ」

そう言って、のりの返事も待たずに優は歩き出す。
とっとと、用事を済ませて、一秒でも早く水銀燈の傍に行きたいと、思考を切り替えたが故の行動である。
そうして、二人はジュンを自室のベッドに寝かせると、さぁ用事は終わったと去ろうとする優をのりは掴んで離さなかった。

「教えてください。なにが、なにがあったのか」
「戦いで、気を失った。それだけだ」
「嘘です! わ、私は、馬鹿じゃないんだから! 嘘ぐらい、見抜けるんだから!」

その迫力に、優はなにかを感じることも無く、女性一人の腕からも逃れることのできない自分の非力さに溜息をついた。
なんのことはない。邪魔をするというのなら、排除するまで。

「心を、壊してやった」
「っ!!」
「簡単だったぞ。こいつは己の影しか見れぬ奴だからな。影を炙り出してやれば、勝手に自滅した」
「あ、あなたはっ!」

怒りのためか、それとも平然とそんなことを言う優に怯えてか、のりは優から手を離した。
優は強く掴まれて赤く後の残った部分を眺め、そして踵を返そうとして、その頬をぶたれた。

「ほぅ。中々、芯があるようではないか。で、これで気は済んだか?」
「ジュン君の、ジュン君の心を元に戻しなさい!」
「ふむ。俺を嘘つき呼ばわりしたわりには、心を壊したなどという言葉を信じたのか」

余裕な態度でのりに接しながら、優は嫌な展開だと心の中で呟く。
普段の優であるならば、のりを簡単に煙に巻くのだが、今は水銀燈のことで優の頭の中は一杯になっていた。
それも当然といえよう。今、水銀燈は一対四という劣勢で戦っていると優は思っているのだから。
優の中では、真紅達と水銀燈の実力は拮抗していると捉えられているのだ。
できる事ならば、今すぐにでもこの場を去って、水銀燈の元に行きたいと優は思っている。
故に、のりの存在は障害であった。

「お願いだから、ジュン君の心を治してよぅ」

父と母が海外赴任で家におらず、裁縫が上手で、成績のいい自慢の弟は登校拒否になってしまった。
正直に言えば、のりも限界だったのだ。
のりとて無尽蔵の優しさと思いやりを兼ね備えているわけではない。
彼女だって、一人のれっきとした人間なのだ。
部活に精を出したい。友達と遊びたい。それらの想いを押し殺して、のりはジュンに尽くしてきた。
その甲斐あってか、ジュンは元の元気な心を取り戻しそうであったのに、ここにきて再び破壊された。
もう、のりは限界だった。

「……」

そんなのりを見ても、優の心には波紋一つ起こらない。
彼にとって、目の前で誰が死のうが、誰が泣こうが、それが大切な人ではないのであればどうでもいいことなのだ。
泣き崩れるのりに背中を向けてジュンの部屋から去ろうとして、メイメイが一つの人形の周りを浮遊しているのに気づいた。
それは、水銀燈が完膚なきまでに破壊したピエロの人形である。
優はなんとなく、その人形を手に取ると、いつのまに気がついたのか、光の宿らない瞳で虚空を眺めるジュンに問いかけた。

「この人形を治したのはお前か?」
「……」
「答えろ」

優はジュンの襟首を掴み、首を圧迫すると再度そう問いかけた。
ジュンはそれを面倒くさそうに眺め、そして口を開いた。

「僕が、治した。本来戻らないはずの、魂が戻って、真紅が褒めてくれて、嬉しかった。でも、そんなことすら、僕にはどうでもいいことだったんだ」

その言葉に、優が満面の笑みを浮かべるのをのりは見た。
いつもの皮肉な笑みではなく、それは心底嬉しい事があったかのような笑みだった。

「は、ははははは。こんな、こんな所で保険が見つかるとは」
「じ、ジュン君。気がついたの!!」

突如始まった優とジュンとの会話を呆然と眺めていたのりは、我に帰るとそう言ってジュンに近づいた。
力の無い瞳がのりへと向けられ、そしてほんの少しだけ光が瞳に宿った。

「ごめん。ごめんねお姉ちゃん。僕、駄目な奴なんだ。真紅達に頼って、自分では何もできない駄目な奴なんだよ僕は。お姉ちゃんだって本当はそう思っていたんだろ。駄目な奴だって、ごめんね。その通りなんだよ。僕は駄目な奴なんだ。お姉ちゃんだって、部活や、友達と遊びたいはずなのに、それを邪魔して、僕は、本当に駄目だ」
「なにを、何を言ってるのジュン君」
「ごめんね。こんな、こんな駄目な僕はいなくなるからさ。そしたら、お姉ちゃんもいろんなことが出来るようになるよね」

それが最善の選択だといわんばかりの、ジュンの言葉にのりは思わず手を振り上げてその頬をひっぱたいていた。
涙がこぼれる。悲しいからではない、悔しいからである。
のりは、ジュンの頬に手を添えると、その瞳に視線をあわせた。

「そうよ。貴方は、貴方は駄目な子よ。学校で嫌な事があったのを理由にして登校拒否になって、部屋から一歩も出なくて、私に八つ当たりして、本当に貴方は駄目な子よ」
「おねえ、ちゃん」
「でもね、でも、これだけは忘れないでジュン君。駄目な奴なら、駄目な奴でなくなればいいだけなのよ。そうなるために、誰かの手を借りるのは、いけないことじゃないわ。」
「でも、僕は、そうやって皆に迷惑をかけて……」

ジュンの瞳から涙が流れる。のりは、ジュンの瞳に宿り始めた光を捉えて話さぬようにして、告げる。

「迷惑をかけていいのよ。だって、私は――――」

何度も、何度も何度もくじけそうになる為にのりは自分に言い聞かせてきた。
その事を思えば、どんな辛い事にだって耐えてこれた。
だって、大好きだから。だって、大切だから。

「――――貴方のお姉ちゃんなんだから」
「う、うぁ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

その言葉にジュンは大声を上げて涙を流した。壊れかけていた心が急速に修復されていく。
優の姿は既にその場には無い。
ジュンは、のりに縋る様にして泣いた後に、そっとベッドから降りて立ち上がった。
泣いている時間がどれほどの長さだったのかはわからない。もう間に合わないかもしれない。
それでも、ジュンは照れくさそうに頬を紅く染めながら、のりに告げる。

「行って来るよ」
「ジュン君」
「こんな僕でも、こんな駄目な奴でも、必要としてくれている人がいるから」

ジュンは駆け出した。
飛び降りるようにして階段を駆け下りて、物置の鏡へと直行する。
そして、なんの躊躇も無くNのフィールドへと飛び込んだ。
鏡に波紋が広がり、ジュンの姿が鏡の中へと消える。

「はてさて、これでもう少し楽しめそうです」

その様子を暗闇の中で見つめていた兎の存在には、ジュンは気がつかなかった。


優が水銀燈のもとにたどり着いたのは、水銀燈と真紅が決着をつける為に、対峙している時であった。
優と水銀燈の視線が絡み合う。言葉は無い。何も語る必要などない。
そうであるはずだったのに、優は水銀燈の泣きそうな顔を見て、思わず声を張り上げていた。

「水銀燈! 勝てっ!!」

その言葉に、水銀燈はただ寂しそうに微笑み、そして視線を真紅へと向けた。

「行くわよ。水銀燈」
「ええ。貴方を、壊してあげるわ真紅ぅ」

かくして、二人は激突した。漆黒の羽が舞い、蒼い燐光が水銀燈を包む。
それに対抗するように赤い花びらが舞い、両者は交差するように何度もぶつかりあう。
剣戟がなる。もはや、真紅と水銀燈の間に言葉は無い。
どちらかが敗北するまで、二人の戦いが終わる事は無い。

「優さん」
「蒼星石か」

そんな二人の戦いを見守る優の傍に蒼星石は歩み寄った。
その後ろには翠星石と雛苺がいて、二人は優を恐れるように距離を置いている。

「水銀燈が勝つと思いますか。勝って欲しいと思いますか?」
「当たり前の事を今更聞くな」
「水銀燈は貴方のことを代用品だといっていました。お父様の愛を得るまでの、代用品に過ぎないと」

蒼星石は自己嫌悪に陥りながらも、優に先ほどあった事を包み隠さずに話した。

「下らない」

だが、そんな蒼星石の自己嫌悪も吹き飛ばすほどに、水銀燈の悩みなど吹き飛ばすほどに優は強かった。
いつものように、その一言で切り捨てる。
そして、いつものように笑って見せた。

「その頃には、水銀燈が俺から離れられまい」

その声は、剣戟が鳴り響くその空間に、自然と深く透き通るように響いた。
その自信に満ち溢れた言葉を耳にした水銀燈は、嬉しくて、切なくて、やりきれない思いで心が占められた。

「真紅っ!!」
「ジュンなのぉ!」
「遅いのです駄目人間!!」

嬉しそうな翠星石と雛苺の笑顔に、ジュンは微笑んで返すと、蒼星石と並び立つ優に視線を向けた。
ゆっくりと、優の視線がジュンへと向けられる。
二人の視線が交差し、

「僕は、お前には負けない」
「粋がるな小僧」

火花が散った。

「きゃあぁぁぁぁ」
「真紅っ!」

優と睨みあっていたジュンは、水銀燈に弾き飛ばされた真紅の悲鳴に弾けるようにして駆け出して、真紅の元へと走りよる。
水銀燈の漆黒の羽などジュンの視界には入っていなかった。

「気づいたんだ」

真紅へと飛来する漆黒の羽から、真紅を守るようにしてジュンは落ちてきた真紅を抱え込むと、言葉を続けた。
ジュンの背中に漆黒の羽が殺到する。驚きと恐怖に染まる真紅の瞳を覗き込みながら、ジュンは言った。

「僕を必要としてくれるは、お前なんだって」

そして、前回と同じようにジュンと真紅を包むように紅い壁が、漆黒の羽の攻撃を防いだ。
大切に、それでいて愛しげに抱えられた真紅は、頬が赤く染まるようなジュンの明るい笑顔を見た。

「だから、一緒に戦おう真紅」

その言葉の直後、ジュンの指に嵌められた契約の指輪から紅い一本の糸が浮かび上がり、そしてそれは奇跡を成した。
突如、真紅とジュンの傍に巨大な薔薇の蕾が現れ、そしてそれが開くと、中には真紅の右腕が存在していた。
指輪から発生した紅い糸は、真紅の腕と真紅の体との間に絡みつくようにして繋がると、それを繋げた。
驚きに固まる他者の前で、真紅の破壊された腕は、見事復活を遂げたのである。

「そんな、破壊された箇所を治すなんて、お父様か、マエストロぐらいしかできないことよ!?」

水銀燈は信じられないとそう叫ぶと、剣を構え、真紅へと向けて突撃した。
だが、その剣は、赤い壁によって阻まれ、そして剣は無残にも甲高い音を立てて折れた。

「そんな、そんなっ」

ジュンと真紅の意思に満ちた瞳が、水銀燈を貫く。
勝っていたはずだ。有利だったはずだ。蒼い燐光に包まれて、今まで以上の力を使えていたはずだ。
そんな水銀燈を真紅が上回ったという事実に、水銀燈は恐怖した。

「貴方に、勝ち目はないわ水銀燈」

それは静かに、そして異論を許さぬとばかりにその場に響く。

「負けを認めなさい」
「馬鹿いわないでよ真紅ぅ。私は、貴方なんかには負けないんだからぁぁ!!」

水銀燈は自分の中に発生した恐怖心をねじ伏せるように、そう叫ぶと漆黒の羽を真紅へとぶつけた。
それすらも、紅い壁に阻まれるが、それでも羽での攻撃を水銀燈はやめない。
真紅はそんな水銀燈を哀れむように見つめ、そしてその後頭部を何者かに掴まれた。
ジュンが驚いて背後に視線を向ければ、傷だらけの腕から血を流しながらも紅い壁を突き破った優がいた。

「優!」

水銀燈の驚いた声に優は笑みを返すと、そのまま力任せにジュンの腕の中から真紅を投げ飛ばした。
そして、その場に跪く。
はぁはぁ、と荒い息を吐きながら、優は水銀燈へと告げる。

「戦え水銀燈。いつまで遊んでいるつもりだ。お前が、負けることなど俺が許さない」

優には目もくれず、投げ飛ばされた真紅へと向かうジュンを横目に見ながら水銀燈は、優へと近づいた。
その頬にも、紅い壁を突き破るときに受けた傷がぱっくりと開いており、血がとめどなく流れている。
水銀燈は纏っていた蒼い燐光を消すと、優の頬に手を添える。
指が、優の血に汚れるが水銀燈は気にしなかった。

「……馬鹿」

ぽろぽろと、水銀燈は涙をこぼす。

「……馬鹿よ。優は」

一瞬にして、水銀燈の体に無数の傷が浮かび上がり、服が破れとんだ。
なんということはない。勝負は既に終わっていたのである。
水銀燈が紅い壁と正面から激突したときに、水銀燈はその衝撃でもはやボロボロだったのである。
胴体の無い体をおしげもなく晒しながら、水銀燈は優の頭を抱きしめる。

「こんな、胴体の無いジャンクを好きとか言って、本当の馬鹿」
「悪いな。最初はお前を俺の元につなぎとめておくための戯言だったのだが、気がつけば本気になっていた」
「何言ってるのよぉ」

水銀燈の下半身が倒れ、それと同じように地面へと落ちようとする上半身は優の手によって抱きしめられる。
水銀燈とて、優がミーディアムとドールとの関係を誤解しているなどという事をいつまでも信じているような間抜けではない。
気づいていた。言ってしまえば最初から優の思惑など、おぼろげながら分かっていた。
でも――――

「優はぁ、私の未来の夫でしょぉ」

――――心地よかったのだ。
例え白々しい嘘の言葉で愛しているといわれているとわかっていても、水銀燈は嬉しかったのだ。
そして、いつのまにかその言葉が優の心の底からの言葉に代わっていたことに気づいたときには、幸せすぎて恐怖したほどだ。

「そう、だったな。お前は、俺の、妻だ」

もうすぐ終わりが来る事を二人は理解している。
これが、最後の抱擁になるであろうという事は二人ともわかっていた。
優の瞳から涙がこぼれ、それは水銀燈の顔を濡らした。

「あぁ」

水銀燈は感嘆の声を漏らした。
満たされてしまった。これ以上ないというぐらいに水銀燈は満たされてしまった。
胴体がない。今となっては下半身すらない。
ボロボロで、どこからどうみてもジャンクな体を愛しげに抱きしめるこの人が――――

「大好き」

――――こんなにも愛しいのに。
父なんかよりも、誰よりも、こんなにも愛しい人がいる事を知っていたはずなのに、なぜ誤魔化してしまったのだろう。
満たしてくれた。何も言わなかったのに、わかってくれた。
自分が寂しがっている事を、理解して、傍にいてくれた。
色んな悩みを解決してくれた。

「水銀燈。あなた……」

ジュンに抱えられている真紅、少し離れた位置にいる翠星石と雛苺、そして蒼星石。
別れの時はきた。

「ねぇ、真紅ぅ」

それは、否定のために紡がれた言葉ではなく、肯定するために紡がれる言葉。
彼女は、水銀燈は、誇らしげに微笑んで

「私は、ジャンクなんかじゃない」

そして、彼女はいなくなった。
ゆっくりと、意思を失った水銀燈の体を優は地面へと横たえる。
物語は終わりを告げた。
彼と彼女の壊れた日々は、敗北によって終幕する。


−エピローグ−

そこは、桜田 ジュンの通う中学校の近くに存在するお店であった。
名を『エンジュ』といい、今時珍しくフランス人形を専門として売る店である。
夕方、その店の店員がそろそろ店を閉めようと、店の外に出たとき、その少年は立っていた。
女の子のような顔立ちに、貧弱な肉付きの体、そして日に当たっていない白い肌。

「いらっしゃい。お客さんかな?」

少年はその言葉に無言で首を振ると、不思議な事を店員に尋ねた。

「ここに、人形士はいるか? 弟子入りしたいのだが」
「いるにはいるけど、あってみる?」
「当然だ」

店員は、少し笑みを口元に浮かべながら、少年を人形士の元へと連れて行く。
ちょうど人形を作っていた、金髪の人形士は弟子入りしたいという少年に、

「なぜ人形を?」

と、問いかけた。
その言葉に、少年は不適に笑う。

「なに、ローゼンなるものができたことを、この俺が出来ないという道理はないと思ってな」
「ロー、ゼン」

フランス人形を少しでも知る人間ならば、誰もが知っている意思を持つ人形を作ったとされる伝説の人形士。
少年はそのローゼンに挑むと言ってみせた。
店員は目を細め、金髪の人形士は少年に問う。

「君の、名前は?」
「樫崎 優。とある人形の、未来の夫だ」

新しい物語の幕が上がる。
壊れた日々が終わりを告げたというのであれば、壊れた日々を再び始めて見せようと。
立ち止まる事に意味などない。


――――新たな日々が幕を開ける――――


あとがき
っと、言うわけでジャンクライフ第一期終了です。
ようやくここまで来た、という感じです。いやぁ、長かったっす。
後は外伝、劇場版、と来て第二期へと続きます。
またまだ終わらないので、皆様応援ヨロシクお願いします。

Ps 今回、今までで一番長くなりました。

>はるかさん

てぇな訳で、おちゃづけのりの問題は、上な具合になりましたにゃ。
心配してくれてありがとうございますにゃ。
外伝、劇場版、そして第二期もヨロシクにゃ!

>GINさん

基本的に優は問題を自分の中に抱え込むタイプです。
故に誰かのために戦うなどという、責任を他人に押し付けるような考え方は好きではありません。
今回の話で、そこらへんのことも書けたと思います。
というわけで、次回もヨロシクです。

>なまけものさん

>今更かもしれませんけど人形師ローゼンって外道ですよね。

全く持ってその通りです。奴は外道です。鬼畜です。
というよりも、ローザミスティカを七つ集めたらアリスになれるというのなら、最初からアリスを造れよという話です。
ローゼンはいったい何を考えてるんでしょうね。

>樹影さん

戯言遣い、続編でてくんねぇかなぁ、でねぇだろうなぁ、のスキルです。こんにちは。
俺が個人的に好きなのは、子荻ちゃんです。かわいい。かわいいよ子荻ちゃん。
もう、あはっ、という笑い方に俺はやられました。ノックダウンです。

>花鳥風月さん

今回、ジュンは一皮向けました。男をほんのすこしでもみせたことでしょう。
水銀燈のコスプレイラストですが、実は、俺も誰かに書いて欲しいっす!
いやぁ、俺に絵心があれば自分で書くんですが、俺、絵心ないですからねぇ。
人物模写とか頑張ってしてた時期もあったんですけど、今はもうさっぱりです。
誰か書いてくれねぇかなぁ。

>スリラーさん

ども、はじめましてスキルです。
今回で、第一期が終わりましたが、まだまだ外伝、劇場版、第二期と続きますんでヨロシクお願いします。

>空羽さん

>ジャンクライフ……それは水銀燈という少女が、お父様より課せられた立派な淑女になるための花嫁修業・アリスゲームを見事成し遂げ、婚約者の優君とお父様公認を目指す物語……(え

これが第一期のあらすじです。
第二期では、水銀燈がいない間に蒼星石が! な話が予定されております。
皆さんお楽しみに。

>サウザントリーフさん

ども、はじめましてスキルです。
第二期にむけて頑張りますので、応援よろしくお願いします。

>かれなさん

>特に最近は、アニメの水銀燈炎上シーン付近ですので心配で心配で…ドキドキしながら待ってます

ってな訳で、結果として上のような結末になりました。
もちろん、あれで終わりではありません。アニメに第二期があったように、ジャンクライフにも第二期があります。
さらに外伝と劇場版もあります。楽しみにしていてくださいね。

>KOS-MOSさん

>・・・・・・・・・・・・水銀燈のぬいぐるみ、自作しようかなぁ。
もち、ネコ/イヌミミ・シッポはデフォで。

あ、俺の分もヨロシクね。ってか、ぬいぐるみを自作ですか。
俺にはこの先何年経っても出来ない芸当ですな。出来たら、教えてくださいね。

>深山…さん

>以前から読んでいたのに感想の一つも書かなかった悪い子です

お兄ちゃんはそんなこと気にしていないよ。君が、今回感想を書いてくれただけで、お兄ちゃんは嬉しくて涙が出ちゃうよ。
というか、お兄ちゃん別に妹属性ってわけじゃないからね。どちらかといえば姉属性だからね。
そこんとこ忘れちゃ駄目だからね。

>lafiさん

>次作でもジュンには更に深く堕ちてほしいものです

ご期待にそえなくてすいません。
第一期の最後は最初から、こういう展開にしようと考えていたので、そこんところご容赦を。
お詫びとして、次回は萌えをふんだんに使いますんで。
それこそ、あまりの萌えっぷりに、発狂するほどの(以下略

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