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「幻想砕きの剣 8-10(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-04-05 22:50/2006-04-07 15:03)
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大河・ドム組 2日目・夜(1時前後)


「それで、俺の役割はどうなってるんだ?」


「お前は主に遊撃部隊に回ってもらう。
 しかも少数で、機動力を徹底的に重視した突撃兵だ。
 問答無用で敵陣に切り込み陣形に亀裂を入れ、大暴れして帰ってくる。
 上手くやれば効果大、一歩間違えれば…生還率の低さを考えれば間違えなければ、か…?
 とにかくミス一つでお陀仏。
 英雄と捨て駒の境界線だな。
 危険な任務だが…こなせるな?」


「俺はな。
 問題は、俺と組む事になってる人だが…」


「心配するな。
 1人はお前も知っている人間で、もう1人は単体での戦闘では俺よりも数段強い。
 何せ我が師がその才に惚れ込んだほどだからな」


「へぇ…」


 ホワイトカーパスに到着した一行は、アザリンと別れ、ドムの執務室に向かっていた。
 大河はその辺にホモが居るのだと思うと少々居心地が悪そうだったが、馬車の中でのドムとの会話のせいか、過剰に警戒しているような節は無い。
 まぁ、筋肉ムキムキのマッチョを見ると男として余りいい気持ちはしないが。

 帰還してきたドムを見ると、兵士達は自発的に敬礼をする。
 ドムはやはり慕われ尊敬されているようだ。
 大河のようにコメディーチックなノリで中心に居るのではなく、その能力と華で兵士達を束ねる存在として君臨しているのだろう。
 そのドムと一緒に歩き、あまつさえタメ口を利く大河に刺々しい視線が向けられたが、それ以上の敵意は向けられない。
 よく統率されている。


「ここが俺の執務室だ。
 今後呼び出す事もあるだろう…覚えておけ」


 ドムが扉を開け、執務室に入っていく。
 大河もそれに続いた。
 部屋の中は質実剛健を絵に描いたような様だった。
 余計な装飾は無く、カーペットと椅子こそ高級品を使っているが、実用一辺倒である。

 ドムは久しぶりに自分の椅子に座り、軽く息をついた。


「やはりこの椅子も落ち着くな…。
 初めて自分専用の部屋を与えられた時には、やはりそれなりの想いがあったものだ」


「じゃ、俺もちょっと失礼…」


 大河もソファーに座った。
 そこそこ良い品を使っているようだ。


「さて、これからの話になるが…。
 当真大河。
 貴様には先も話したとおり、遊撃部隊として前線に出てもらう。
 基本的にスリーマンセル…3人1組が基本だ。
 お前とチームを組む者は、一人はセルビウム・ボルト…。
 彼とは友人なんだろう?」


「ああ、エロの同士だ」


「無闇に連帯力が強そうな同士だな…。
 もう1人はユカ・タケウチ。
 彼女の風評は?」


 大河は出された名前に目を丸くした。
 噂でしか知らないが、彼女の事はよく聞いている。
 アヴァターにも色々な武芸者が居て、そのうち何人かはアヴァター全土に名を轟かせている。
 目の前のドムもその1人だ。
 当然といえば当然の話だが、基本的に強かったり奇抜な格好をしている人間ほど知名度が高い。
 人伝に名前が伝わる事もあれば、自分からアピールする者も居る。
 普通の武芸者は後者で、名前が売れるほど自分を売り込む時に高く売れる。

 が、ユカ・タケウチはそういう売名行為を一切していないらしい。
 彼女が表舞台に出て戦ったのは、幾つかの空手、または無差別の大会のみ。
 にも拘らず、『アヴァターの中で強い有名人は?』と聞かれると、真っ先に彼女の名が出るという。
 それだけ彼女の力量は他の追随を許していないのだ。
 彼女と互角に戦えるとすれば、フローリア学園のミュリエル・シアフィールドが最低条件、勝てるとすれば覚醒した救世主のみ…とさえ言われている。
 それは多少の誇張が入っているだろうが、とにかく噂の通りなら、足手纏いにはならないだろう。

 …彼女が有名になった理由の一端としては、「た、戦うウェイトレスさん…!」「け、蹴りを放った時に純白が…」「ぽにーぽにーぽにー」「Dがゆれるー!」「白のオーバーニーに包まれたカモシカのような足がッ!」などもあるのだが、まぁお約束という事で。


「聞いているようだな…。
 だが、彼女は今ここには居ない」


「居ない?
 武者修行にでも出てるのか?」


「いや、単にこの居留地近くには居ないというだけだ。
 タケウチ殿はアザリン陛下の幼馴染でな。
 隣の領を束ねる立場にあるのだ。
 と言っても、つい半年ほど前に前領主が病で倒れ、その後を継いだのだが…。
 当然、領主としての仕事を放り出してこんな所に来る訳にはいかん。
 アザリン陛下が帰還された故、一時的にその義務と権利を預かる形で彼女をフリーの立場にする。
 民衆も多少の不安は抱くだろうが、そこはアザリン陛下の能力とカリスマでどうとでも出来るのは疑いようも無い事実だ。

 そういう事だから、まずお前とセルビウムがする事は、隣の領に赴き、ユカ・タケウチにアザリン陛下からの親書を届ける事になる。
 そこで契約の印を押してもらい、アザリン陛下に領の全権を預ける。
 そして彼女と共に最前線へ…という流れだ。
 何か問題は?」


「契約の印…と言ったが……話は既に通っているのか?
 全権を預けるなんて、一朝一夕の交渉じゃ通らないだろう」


「そこは問題ない。
 既に契約の条件は互いに呑んでいるし、タケウチ殿はその手の政略が苦手なのだよ」


 ドムは苦笑する。


「彼女の考え方は極めて単純だ。
 明朗快活で好感が持てるが、お世辞にも政治向けとは言えん。
 優秀なブレーンが居るからこそ、彼女は領を治められる。
 よく『餅は餅屋だよ。 こういうのはアザリンに任せて、ボクは一般市民になりたい』とボヤいていた」


「それでも領主の娘かい…」


 大河は頭を掻いた。
 確かに親が政治向けだからといって、その子供も政治向けにはならないだろうが…。
 領主の娘として、何かしらの教育を受けてこなかったのだろうか?

 その時、扉が軽くノックされた。


「よ、呼び出されましたセルビウム・ボルトですっ!」


「開いている。 入れ」


「し、失礼しますっ!」


 ガチガチに緊張して、セルが部屋に入って来た。
 憧れの名将を前に、あがりまくっているようだ。
 視界の端で大河が椅子に座っているのも目に入ってない。


「私がル・バラバ・ドムだ。
 セルビウム・ボルト…お前にはそこそこ期待している」


「身に余る光栄です!」


「そう肩肘張るな…と言うのもルーキーには酷な話か。
 ふむ?」


 ガチガチのセルをどうにかせねば、ドムとしてもやり辛い。
 無視して話を進めても、この調子ではどれだけ覚えているか怪しいものだ。

 ドムはチラリと大河を見る。
 大河はその視線を受けて、セルを見てニヤリと笑った。
 気配を消して立ち上がり、コソコソとセルの背後に忍び寄る。
 セルはそれに気付いていない。


「さて、セルビウム…お前の任務の説明…と行きたい所だが、その調子では話にならん。
 そこで…強制的に普段通りに戻ってもらう」


「は? 強制「セルぅ♪」アルディ…!?」


 唐突に背後から響く大声。
 その声色は、セルがとてもとても気になっている少女のものだった。
 あまつさえ、ハチミツをタップリかけたように甘ったるい声。
 思春期の男性が聞けば、勘違いの一つ二つしそうな声色である。
 ドムの前だという事も忘れて振り返る。


「……って大河…?」


「うぅ…」


 振り返ったセルが見たのはアルディアではなく、何やら喉と頭を抑えて肩膝をついている大河だった。
 明らかに体の不調が見て取れる。


「…えーと、大河…なんでそんなに苦しんでるんだ?
 それと、さっきのアルディアさんの声はお前か?」


「そ、そのとーり…うぇ…」


 吐き気まで催してきたのか、今度は口元を抑える大河。
 ドムはそれを見て、ふむ、と顎を撫でた。


「どうやらセルビウムを驚かせようとして声色を変えたはいいが、男に向かって甘えるような声を出すのが想像以上に苦痛だったらしいな。
 それで精神的ダメージを受けて自爆した、と」


「な、なんて大河らしい…」


 呆れて大河を見るセル。
 が、フツフツと怒りが滾ってきた。


「大河テメェ…よりにもよってアルディアさんの声で俺を欺くとはどういう了見だ!?
 しかも騙されちまったじゃねぇか何でムダにその手の技能が高いんだよ!
 大体どこでどうやってあの声を聞いたんだ?
 俺だってアルディアさんがメッチャ機嫌がいい時にしか聞いた事ないんだぞ!」


「ほう、適当に声色を作ったのではないのか」


「ええもう聞いた事があるとしか思えないほどにソックリっす。
 しかもその時、アルディアさんがやたら積極的に構ってきて、膝枕と耳掃除は当然の事、フォークで玉子焼きをブッさして『セル、食え』なんて言いつつ差し出してきてくれたんだぞ!
 あまつさえ、その後昼寝をするから添い寝をしろと言われたもんだ!
 ああ、例えこの世から萌えが8割くらい消えたとしても、俺はこの思い出だけであと十年は戦えるッ!
 ありがとうアルディアさん、よくやったな俺!
 何がよくやったって、執事長からの物凄い視線を受けてよく生きてた!
 さらにアルディアさんが抱きついてくる感触を堪能していたんだから、これ以上の天国は無い!
 手を出すわけにもいかんから、ある意味地獄だったが!」


「……しっと団の連中を相手にする時、この男を囮に使えそうだな…」


 ちなみに耳掃除をした時に間違えてブッ刺し、結構血が出た事は誰にも教えてない。
 フォークでアーンをしてくれた時も、腕を突き出しすぎて口の中にちょっと刺さった事も誰にも教えてない。
 添い寝はよかったが、寝ぼけて関節技をかけられたのも誰も知らない。
 ……うむ、収支黒字だな。

 まだ大河をガックンガックン揺さぶっているセルを見て、ドムは頷いた。
 とりあえず緊張は取れたようだ。


「あ、生憎本当に適当に声色を作っただけだ…。
 それより…セル、そろそろ任務の説明に入りたいんだが」


「任務がなんだ!?
 任務とは俺が作るものだ!

 そんな事より、た・い・がぁぁぁ!!!」


「…てい」


 錯乱してワケのわからない事を喚いているセルの脳天に、ドムの軽い(本人主観)拳が叩きつけられる。
 ゴツ、という鈍い音がした。


「ほう、以外と頭蓋骨の中身が詰まっているな」


「9割以上は覗きで見た映像…」


「なるほど」


「い、いツツ……?
 あ……し、失礼しました!」


 腕を組んで納得するドムの姿を見て、ようやくセルは正気に返った。
 彼の前で何たる失態を!
 怒りからは立ち直ったが、今度は狼狽のあまり錯乱してしまいそうである。
 が、これ以上の恥の上塗りは避けたい。
 動揺をムリヤリ抑えつけ、セルは開き直って直立した。


「平常心には戻ったようだな。
 では、今度こそ任務の説明に入るぞ」


「よろしくお願いします!」


 ドムの声は笑いの微粒子を含んでいた。
 この辺、タイラーとその部下との付き合いで免疫が出来まくっているらしい。

 ドムは先ほど大河にした説明をもう一度繰り返す。
 ユカ・タケウチの名を聞いて、セルは目を丸くした。


(紅蓮の獅子ル・バラバ・ドム、武神ユカ・タケウチ、ついでに史上初の男性救世主候補当真大河…有名人満載じゃねーか!)


 やにわにミーハー根性が騒ぎ出す。
 遠征にもしっかり持ってきている幻影石を意識して、是非ともユカ・タケウチの戦う姿を激写したいとも思った。
 きっと高く売れるだろう……後でユカ・タケウチに殺されるかもしれないが。


(しかし、そんな連中とチームを組んで、足手纏いになるんじゃないのか…?
 ユカ・タケウチの武力は話に聞いた通りだし、大河だって召喚器の力とは言え、俺よりもずっと強いし…。
 しかも敵陣に問答無用で切り込む?
 生きて帰れるかな、俺…)


 不安げなセルを見て、ドムはさもありなんと内心で頷いた。
 そしてセルの評価を少し上げる。
 大河とユカ・タケウチの武力に頼りきらず、自分の出来る事を考え、そして何よりも恐怖を知っている。
 こうでなければ2人の歯止め役は成り立たない。


「そういう訳だ。
 まずは隣の領に向かって、タケウチ殿と会ってもらう。
 アザリン陛下に親書を貰い、それから出発だ。
 何、心配しなくてもそう遠くではない。
 馬で飛ばせば、1時間も要らぬ」


「う、馬…か」


 大河が困ったように呟いた。
 セルはフローリア学園で授業の一環として、騎乗も一通り身につけている。
 が、大河は全くの素人である。
 召喚器の力を借りようにも、はっきり言って役に立つまい。
 そうなると、最悪セルの乗る馬に二人乗りする事になるわけだが…。


「……野郎とくっつくなんてイヤぢゃー!」


「…何を言ってるんだ、お前は」


 突然の叫びに些かも動じず、ドムは大河に冷静な視線を送る。
 それで少しはクールダウンしたのか、大河は何でも無いと首を振った。
 セルは大河の奇行には結構つき合わされているので、今更どうこう思わない。


「とにかく、アザリン陛下のお部屋に向かう。
 親書も既に書かれておられるはずだ。
 何か質問は?」


「はい!
 ユカ・タケウチの容姿はどんな風ですか?」


「後で写真を見せてやる。
 履歴書用だから、味も素っ気も無いが…」


 大河の質問をたった一言で封殺し、ドムは机から離れる。
 大河とセルを相手に話していた間にも、その手は延々と書類の処理をしていた。
 大まかな処理は副官のバルサロームが済ませてくれているので、後は大まかな方針を決めるだけでいい。
 が、何せ最前線なので、やるべき事は山のようにある。
 ドムの机の上には、まだまだ書類が山積みだった。
 そこから逃れるように…というのは失礼だろうか…ドムは部屋から出て、大河とセルを先導して歩き出す。
 大河とセルは慌てて後を追った。
 その途中、セルが小声で大河に話しかける。


(おい大河!
 さっきから気になってたが、ドム将軍になんでタメ口利いてるんだよ!?)


(本人からそうしろって言われたんだよ。
 そうでなければ、軍隊の上司を相手にこんな喋り方しないっての。
 話がややこしくなるからな)


(ほ、本人から!?
 なんて羨ましい……!)


(お前だって、周りから見れば似たようなモノだろ。
 さっきから嫉妬の視線が集中してるぞ?)


(何?)


 指摘されたセルが周囲を見回してみると、確かにちらほらと嫉妬しているらしき人物が。
 ほぼ全てが、セルと同じフローリア学園の傭兵科生徒だった。
 1人だけドム将軍に目をかけられているように見えたのだろう。
 確かに、セルはただの傭兵で、しかも卵で、その中でも卓絶した才能を持っているわけでもない。
 頑丈ではあるが、それは傭兵科生徒に共通した事だ(ギャグ時含む)。
 本来なら、ドムは雲の上の人間もいい所である。

 しかし、それに思い当たってセルは頭を抱える。


(ヤバイかもなぁ…。
 昨日はアルディアさんとの事がばれたし、今度はドム将軍…。
 この後武神ユカ・タケウチと会うなんて事が知れたら…)


(嫉妬大爆発、だな…。
 気力とか発言力とか人間評価が大幅に下がるぞ)


(いや、発言力と評価はともかく気力は下がらない。
 紅蓮の獅子と武神に会えただけでも収支黒字だ。
 最大気力が限界突破付きでマックスまで上がるぞ?)


(あ、そ…。
 そりゃよかったな)


「静かにしろ。
 ここがアザリン陛下の執務室だ」


 2人がヒソヒソ話していると、ドムが立ち止まった。
 その前には少し大き目の扉がある。
 アザリンの放つオーラを何度か感じていた大河は、無意識に背筋を伸ばした。
 セルも緊張している。
 セルはアザリンの事は知らないが、尊敬する名将が敬愛しているらしき主君である。
 無礼でも働けば、ドムから苛烈な報復が来る可能性が高い。

 ドムは2人の反応を気にもかけずに、アザリンの部屋をノックする。


「アザリン陛下、ル・バラバ・ドム参上いたしました」


「開いている。 入って来い」


「はっ、失礼します」


 流石にドムは慣れたもので、無様な姿は一辺たりとも見せまいと気を張っているが、それ以上の緊張はない。
 ガチャリとドアを開けて中に入り、一礼する。
 2人も続けて入り、セルは初めてアザリンを目の当たりにした。
 その年齢に息を飲み、次の瞬間には彼女の威厳に打たれたかのように棒立ちになった。
 大河がセルを突付いて正気に戻す。
 正気に戻ったセルは慌てて直立不動になった。


「アザリン陛下、ユカ・タケウチ殿に渡す親書の受け取りに参りました。
 こちらは以前に話した、セルビウム・ボルトです」


「うむ、ご苦労」


 アザリンはセルに視線を向けた。
 直立不動だったセルは、敬礼すべきかと慌てたが、結局頭を下げた。


「せ、セルビウム・ボルトです!
 若輩者ですが、死力の限りを尽くします!」


「ああ、期待している。
 さて、親書は確かここに…」


 セルに軽く言葉を投げて、アザリンは机の引き出しを開けた。
 中から筒に入った親書が出てくる。


「これをユカに渡してくれ。
 話は既に通っている。
 判子を押してもらったら、ドムの指定した道を通ってここに帰ってくるのじゃ。
 それでは頼んだぞ」


「「ハッ!」」


 踵をきっちり揃えて、大河とセルは敬礼した。
 ドムはアザリンになにやら書類を渡す。


「これは例の件の調査書です。
 概要はこちらに纏めておきました」


「ああ、そこに置いておいてくれ。
 当真大河、セルビウム・ボルト。
 もう行っていいぞ」


「「失礼しました!」」


 深く礼をして、2人は部屋の外に出て行った。
 ドムは2人の後姿を見て、ふむ、と息を漏らした。


「どうだ、ドム。
 使い物になりそうか?」


「…戦力として換算するなら、一個団体には匹敵するでしょう。
 本人も条件付ながら、そう言っていましたし…」


「条件…とな?」


「はっ、当真大河が何やら召喚器について推測を立てているようです。
 そしてそれが正解だった場合、1人で“破滅”の軍一個団体を薙ぎ払うくらいの力を奮える…と」


「ほほぉ…話に聞く召喚器の力とは、それほどに凄まじいか」


「それでも戦局全体を見れば火力不足とも…。
 ですが、奴の召喚器は普通の召喚器とは少し違う…と言っていました。
 どう違うのかまでは聞きませんでしたが…」


「そうか。
 まぁいい、クレアとユカには悪いが精々酷使させてもらおう。
 ドム、お主はユカ達の帰還ルートを確立せよ。
 囮に使っても構わん」


「御意」


 ドムは深く頭を垂れて、アザリンの部屋を後にした。


 部屋の外に出たドムの視界に、息も絶え絶えな2人の男が飛び込んできた。
 言うまでもなく、大河とセルである。


「…何をしているのだ、お主ら」


「い、いや…息が…ちょっと酸素不足で…」


「はぁ……あー、スゲー緊張する…」


 …大河が緊張していたのは分かるが、セルはどうして呼吸困難なんぞになっているのだろうか?
 大河に疑問の目を向けると、呼吸を整えてから苦笑した。


「コイツ、緊張の余りに息をするのも忘れてたんだと」


「…意外に神経が細いな」


「ま、気持ちは解らなくもないけどな。
 俺だって最初に会った時には呑まれかけたし…。
 威圧もしてないのにあの威厳だろ?
 しかもクレアとは別方向とは言え、その才覚は100年に一度…いや、1000年に一度か?
 それともクレアと同時に生まれてるから、500年に一度…?
 とにかくそれくらいの能力、オマケに可愛い…将来が楽しみだ。
 これほど仕え甲斐のある君主もそうそう居ない。
 彼女とタメを張れる君主なんぞ、クレアとか…あと精々2、3人しか知らねーや。
 クレアとどっちが上かなぁ…。
 唐突に対面すれば、そりゃ呼吸困難にもなるさ………あ?」


「ん?」


 大河はふと顔を上げてドムを見た。
 アザリンへの評価を聞いていたドムは、何事かと眉を潜める。
 大河は恐る恐る、と言った表情で問いかけた。


「忠実な臣下としては…仕える主君が値踏みされる不敬を見逃す訳にはいかんかな?」


「ふっ…確かに、例え王宮からの出向社員とはいえ、不敬は不敬だ。 だが…」


 一拍置いて、ドムはニヤリと笑った。


「その確かな人を見る目に免じて、今回は見逃してやる」


「そりゃありがとう」


 現金ではある。
 大河は呼吸を整えて立ち上がった。
 セルもまだ息が荒いが、ムリヤリ直立する。


「さて、それではお前達の進軍ルートだが…。
 隣の領に向かい、帰ってくるに当たって違った道を使ってもらう。
 まず最初は比較的安全な道を、そして帰りは比較的危険な道をだ」


「比較的…ですか?」


 ドムと一言でも言葉を交わしたいのか、セルは根性で声を絞り出す。


「そうだ。
 行きに関しては疑問は無いな?
 もうこのホワイトカーパスには安全な道と言うものは無い。
 何せどれだけ警戒しても、少数の魔物の浸透までは防げん。
 警戒せねばならない地域に対して、隊の人数が少なすぎる…。
 何せ田舎なだけあって、とにかく土地が余っているのでな。

 帰り道に関しては…恐らく、何度か魔物達と遭遇するだろう。
 そこでタケウチ殿との武力差を確認し、自分達のチーム内での役割を明確にするのだ。
 まぁ、どういう結果になるか大体の予測はつくが」


 セルと大河は真剣な表情で聞き入っている。
 ドムは懐から幻影石を取り出した。


「これがタケウチ殿の映像が記録された幻影石だ。
 アザリン陛下からお借りしてきた……。
 それは陛下にとって、非常に大事な思い出の品だ。
 くれぐれも如何わしい妄想に使ったり、傷つけたりしないようにな」


 その時には…と、無言で気迫を漲らせて剣の柄に手をかけるドム。
 2人は無言でコクコク頷いた。


「それでは、今からでも出発してもらう」


「早いな」


「事は一刻を争うのだ。
 タイラーの策を成功させるには、とにかく戦力が欲しい。
 ヤツの策のために動くというのは些か癪に障るが、借りがあるからな」


「はぁ…」


 苦笑するドム。
 借りとやらの内容を思い出したのだろうか。


「そういえば、そのタイラー将軍は何処へ?
 ドム将軍の同僚なのでしょう?」


「今は肩を並べて戦う好敵手ではあるが、別に同僚ではないな。
 東西奔走しているよ。
 この前会った時には、『ユリコさーん会いたい〜!』などと叫んでいたが」


 ちょっとタイラーに対するドリームが崩れたセルだった。
 セルのその反応を予測していたのか、ドムは声を挙げて笑った。 


「それでは納屋に向かってくれ。
 そこで任務のために隣の領…ホルム州に行くと言えば話は通じる。
 では、頼んだぞ」


「「ハイっ!」」


 大河とセルは揃って敬礼する。
 どうにも雑な敬礼だ。

 ドムはそれを見て、自分は完璧な敬礼を返した。


「酷い敬礼だ…。
 帰ってきたら一から仕込んでやろう。
 楽しみにしていろよ」


「オスッ!よろしくお願いします!」


 うげ、と舌を出す大河とは逆に、セルは力んでいた。


「で、また移動なわけな…真夜中だってのに」


「いい加減尻が痛くなってくるぜ…。
 ま、俺はあの前線基地から離れられてありがたいが」


「何でだ?」


「……元はと言えば、お前のせいだぞ」


「???」


 ジト目で大河を睨むセルだが、流石に因果関係が理解できない。
 セルもそれ以上説明する気力もないのか、それだけ言ってゴロンと横になった。
 丸一日揺られていた振動と全く同じ揺れが、セルの体を揺らす。

 大河とセルはドムに指示された通りに馬車に乗り、隣の領に向かっていた。
 そう遠くはないが、まだもう少し時間がかかる。

 大河は懐から幻影石を取り出した。


「お?
 それ、ユカ・タケウチが写ってる幻影石だよな」


「ああ。
 暇潰し用にはAVの方がいいんだけどな」


「昼間から何を言ってやがんだよ…。
 ま、真昼間から覗きをやってた俺が言える事でもないけど」


「やってた?
 過去形か」


「過去形だよ…。
 少なくともアルディアさんにはそんな事できないからな。
 ………怖いし」


「………ああ、怖いな」


 2人の頭に浮かぶのは、ギョロリとした目の執事長。
 殺されるのと埋められるのと生皮を剥がれるの、どれが一番マシだろうか。

 一分ほど頭の中で何かを想像して顔を青くする。


「そ、それよりユカ・タケウチの顔を見せろよ。
 噂じゃすっごい可愛い女の子だって聞いてたけど」


「ああ、メチャクチャ強いって最初に聞いた時にはどんな筋肉ダルマかと思ったけどな」


 大河は幻影石をガチャガチャ弄って起動させる。
 程なくして、馬車の壁に一枚の映像が映し出された。


「これは……」


「…ユカ・タケウチ……か」


 映像には、2人の少女が並んで立っている。
 1人はアザリン。
 もう1人がユカ・タケウチなのだろう。
 アザリンよりも年上で、髪はポニーテールにしている。
 服装はフォーマルな服で、少々窮屈そうな顔をしていた。
 アザリンの姿からして1年くらい前の写真なのだろう。


「確かに…美人だな。
 スタイルもいいし…」


「そうだな。
 可愛いって事を脇に退けるが、あの肉付きは武術とかを遣り込んでる人間のモノだぜ。
 どのくらい強いのかは解らないが…」


「相当使える、って事か…」


 問題は集団戦に対応できるのか、である。
 しかし、体付きを見たところでそれができるのかは推測できない。
 とにかく実物に会ってみるしかないようだ。

 大河はもう一度ユカ・タケウチの姿を見て記憶し、幻影石のスイッチを切った。
 セルと同じように寝転ぶ。


「それで、何処に居るんだろうな?
 ドム将軍の話だと、城にはあんまり居ないって事だったが」


「さぁな。
 俺もこの辺には来た事無いし…。
 まぁ、夜になるまで待てば帰ってくるだろ。
 それまでノンビリ観光かナンパでもしてよーぜ」


 そうだな、とセルは頷いた。
 しかし、今度は腕を組んで首を傾げる。


「どした?」


「いや、大した事じゃないんだが…。
 どうもナンパと聞いても、昔ほど『やるぞぉ〜!』って気にならない「セル、今すぐ引き返して病院に行け」……剣の鞘で思いっきり殴られたいか?」


 鞘に刺したままの剣を手に持って、セルは大河を睨みつける。
 が、大河は気にもしなかった。


「だってお前、ギャグキャラにして我がスケベ友達のセルビウム・ボルトが。
 傭兵科の希望の星にしてしっと団幹部候補、モテないのにナンパが好きな、好きでも物の下手糞なれといわれたセルが!
 …お前、自分のキャラを把握して言ってる?
 把握してないだろ、してたらそんな事は言わない」


「俺をナンだと…」


 心当たりが複数あるだけに強く出れない。
 セルは溜息をついた。
 一体自分はどうしてしまったのか?
 以前の自分のキャラを考えると異常だという事は自覚している。
 よもや枯れて…などと最悪の想像をするセル。
 顔が青いセルを見て、大河は助け舟を出した。


「あれじゃないか、本命ができたとか」


「本命?」


「だーかーらー、アルディアちゃんの事だって。
 いや、年齢云々は言わねーよ。
 俺だってあんまり人の事言えないし」


「ロリコン」


「テメーだ」


 セルは大河の身近な女性…てっきりリコに手を出しているのだと思ったようだ。
 実年齢はロリどころか、婆様を通り越して転生を100回以上繰り返していてもおかしくないのだが。


「まぁ、男は皆潜在的ロリだって言うしな。
 女性だって潜在的ショタも山ほどいるだろうし」


「…素質だけなら誰でも持ってるもんな。
 問題はそれを発現させてるかどうかで」


「そうだな。
 俺がアルディアさんにそういう思いを抱いていても、別に責められる事じゃないか。
 想うだけなら自由だし、保護欲とかも大きいだろうし…執事長とかも反対はしないでいてくれるみたいだしな。
 それに、手を出さなければ犯罪じゃないんだよ、うん。
 プラトニックなら問題なし!
 一応家族公認だし、ロリコンオッケー!」


 …とうとうセルは開き直ってしまったよーだ。
 まだ若干抵抗しているようだが、これなら近日中に完全に払拭されるだろう。
 己の蒙を開いたらしきセルに生暖かい視線を注ぎ、大河はボソリと呟いた。


「…ロリコンは男性として不能になる場合が多いそうだ」


 ビキリ、とセルは固まった。
 そのまま目的地に着くまで解凍されなかった事を追記しておく。


ダリア・未亜・リリィ・リコチーム改め、チーム名『未亜のハーレム「そんな名前じゃないわよっ!」 2日目・朝


「…どうしたのリリィちゃん…。
 いきなり虚空に叫んで」


「電波でも受信したんですか?
 それとも酸素が薄くなって脳に…」


 現在、彼女達は登山の真っ最中である。
 日が昇る頃に街を出て、とにかくひたすら山を登る登る登る登る。
 道の無い道を進む途中で唐突に叫び声を上げたリリィを、ダリアとリコは可哀相な人を見る目で見詰めている。


「あ、いや何だかイヤな幻聴が「私達のチーム名は、『未亜のハーレム』なんだってー」…ぬあああぁぁ!?
 一番聞こえちゃイケナイ人に聞かれてるーーー!?」


「言いえて妙だよねー、うふふふふふ…。
 お兄ちゃんが居ないんだから、今の内にオンナだけでしか出来ない事を……ジュルリ」


 垂れたヨダレを拭う未亜。
 ダリアは冷や汗を垂らすだけですんでいるが、リコとリリィはそうはいかない。
 未亜から出来る限り距離を取ろうとしていた。


「リ、リリィさん!
 よりにもよって何て電波を…」


「わ、私のせいじゃないわよ!」


「責任を取って、今夜はリリィさんが生贄になってください!」


「冗談ポイよ!
 理由は知らないけど、未亜はリコのマスターなんでしょうが!
 師匠なのか主人なのか知らないけど、リコが夜伽をするのが当然でしょう!?」


「…………(クルリ)」


「………(くるぅり)」


 小さい声ながらも激しく言い争っていたリコとリリィは、唐突に黙り込んで視線を逸らした。
 その先には、未だに平常心を保っている引率の先生。


「……わ、私?」


「…大人だし、未亜に責めのテクニックを教えたのは…ダリア先生なんですってね?」


「マスターをパワーアップさせやがった報い、今晩辺りに受けてもらいましょう。
 大体保護者なんだから、私達未青年の不順同性交遊を阻止したり、いざという時には体を張って守ってくれるのが当然でしょう?」


「う、う〜ん……流石の私も、今の未亜ちゃんには太刀打ちできるかしら…」


 色々と危険な会話を続けながらも、彼女達は山を登っていく。

 リコは思う。
 この先に一体何があるのか?
 この山を越えれば即座に海が広がっている。
 そしてこの山自体には何も無いはずだ。
 特に貴重な資源が採れる訳でもないし、多少は木々が多いものの、珍しい植物が生えているのでもない。
 魔物は出るが、ちょっと鍛えた戦士なら充分に戦えるレベルだ。
 そもそも、“破滅”の影響が出始めた今でも、それほど凶暴な魔物は居ない。
 彼らのテリトリーに入り込みさえしなければ、黙って見逃してくれるだろう。
 だからモンスター退治の為に来たのでもない。
 極秘任務とやらの内容が未だに見えてこないのだ。


「ダリア先生、あとどれくらい登ればいいんですか?」


「う〜ん、用事があるのはこの山の向こう側なのよね〜。
 海に面した斜面の側に行かなきゃいけないのよ」


「…あの、この山は雲の上まで続いているんですが」


 四人は無言で上を見上げる。
 この山脈は滅多やたらとバカでかく、迂回するのは遠回りでしかない。
 愚直に超えようにも、獣道しか無い。


「やってられないわね〜!」


「い、引率がそう来ますか!?」


 ダリアがキレた。
 その辺の岩に腰を下ろし、もう一歩も動きませんと言わんばかりである。
 未亜も溜息をついて、ダリアの隣に腰を下ろした。


「確かに…そろそろ疲れてきました…」


「未亜…疲労は召喚器を出していればすぐに回復するでしょう」


「精神が疲れたんですよ〜ぅ」


「私なんてハイヒール履いてるから、もう歩きにくいのなんのって」


「登山にそんなの履いてくるからですよ!」


 リリィはダリアを怒鳴りつけ、さっきから黙っているリコに目を向けた。


「ちょっとリコ、アナタは」


「ふぁ?」


 リコはお菓子を食べていた。
 しかもダリアが買って持ってきたお菓子を。


「あぁ〜ん、勝手に食べちゃダメ〜!」


「むぐむぐ」


 食事に入ったリコを止められる者など居ない。
 ダリアの懇願も無視して、リコは片っ端から胃袋に収めていく。

 それを見ていたリリィは、全身の力がドッと抜けるのを感じた。


「もうヤだ…なんだっていうのよ、このチーム…」


 愚痴の一つも出てこようというものだ。
 引率からして昼行灯だし、未亜は危険なレズレズサディストモードを起動させかけているし、リコは食べる事にばかり集中している。
 もうやってられるか!と思っても、誰もリリィを責められまい。

 どの道休憩は必要だから、とリリィも岩に腰掛けた。
 一応岩も検査してあるので、実はモンスターだったとかいうオチは無い。


「はぁ……本当に…あとどれだけ登ればいいのやら…」


「雲の上にどれくらい高く聳えているか、ですよね…」


「あーもう、面倒臭い…。
 いっそワープでも出来れば………?
 って」


 リリィの言葉がピタリと止まる。
 未亜も硬直していた。
 一拍置いて、未亜とリリィがバッ!と振り返る。


「「逆召喚!」」


「は?」


「へ?」


 ダリアとリコがキョトンとしている。


「リコ!
 アンタの逆召喚で、この山の向こうか頂上まで一気に飛ばせないの!?」


「そ、それは……難しいです。
 正確な座標が解らないと、ウィーザー○リィの魔法にあったみたいに岩の中に転移してしまう事も…」


「そんなの、リコちゃんの使い魔あたりにでも見に行かせればいいじゃない。
 ほら、ネクロノミコンみたいに空を飛べる魔物だって居るでしょ」


「逆召喚は、大勢を送るのには適していない…」


「じゃあまずリコ1人だけが先行して、一人一人呼び出せばいいでしょ。
 私達に魔力の目印をつけておけば、この山の向こうからでも探知できるはずよ」


「…その手がありました…」


 これで楽が出来る、と安心すると同時に、今までの苦労は何だったのか、と落ち込む。
 まぁ、逆召喚といえど一気に好きな所に飛べるわけではないので、どのみちある程度は歩いてこなければならないのだが。

 ネガティブな感情をすっ飛ばして…というより全く考慮せずに、ダリアが軽く言い切った。


「それじゃ、早速それで行きましょ〜♪
 結構休んだから、体力も回復したものね」


「行くのは私の使い魔ですけどね…。
 ネクロノミコン、お願いします」


 リコに呼び出された目玉付本は、任せておけとでも言うように開いたり閉じたりしてみせた。
 彼は一応自立した魔物なので、リコからの魔力供給が無くても現界していられる。
 ふよふよと風に乗って舞い上がり、ピラッと大きく開いた。
 風に煽られて、何枚かのページが飛んでいく。


「………何をしてるのかしら?」


「あのページ付近にある物のデータを、ネクロノミコンは受け取れるのです。
 カメラみたいな物ですね。
 ………一息に飛ぶ事はできませんが、何度か休みながら逆召喚を繰り返せば、かなりのショートカットが出来ます。
 ネクロノミコン、戻って。
 ダリア先生、このページを持っていてください。
 それが目印になります」


 リコの指示に従い、舞い降りてきて腕の中に納まる。
 ネクロノミコンを抱いたまま、リコは逆召喚の為に精神を集中させた。
 中途半端に巻き込まれると厄介な事になりそうなので、ダリア達は距離を取る。


「………転移!」


 一際鋭いリコの声と共に、彼女の姿が掻き消えた。
 未亜は目を丸くしている。


「……逆召喚って、こんな風に見えるんだ…」


「実も蓋も無いでしょ?
 リコが地味だって言って気にするのも解らなくもないわね」


 リリィがちょっと酷い。


「ほらほら、早く集まって。
 リコちゃんがすぐに召喚してくれるわよ〜」


「「はーい」」


 ダリアの手を掴む未亜とリリィ。
 そのあと30秒ほど時間が空き、リリィが『あれ、何だか遅いな』と思った時。
 周囲の魔力が渦を巻いた。
 逆召喚である。


「え? な、何?
 これってリコちゃんがやってるの?」


「そうよ。
 …って、未亜…アナタ、魔力の流れがわかるの?」


「多分…漠然とだけど、何だか動いてる感じがするの」


「へぇ……専門の訓練もしてないのに…」


 感心するリリィ。
 やはり彼女は潜在能力は大きいらしい。
 何が切欠で発現し始めているのかは解らないが、教え込めば魔法の一つでも覚えられるかもしれない。
 …ヘタに魔法を覚えさせると、スリープとかパラライズとかを勝手に覚えて、挙句リリィとかに夜這いをかけるために使いそうだから教えないが。


 その後、五感がふっと遠のく感覚。
 これは何度やっても気持ちいい感覚ではない。
 一瞬の事だと言い聞かせ、リリィは耐える。
 そしてその一瞬は過ぎ去り、また感覚が戻ってきた。
 足には地面の感触が、皮膚には先程より標高が上がったためにより冷たくなった空気が、耳には…耳には…?


「……!?」


 耳が聞こえない。
 愕然として、リリィは目を開いた。
 視覚には問題ない。
 体を触って確かめるが、特に異常はない。
 召喚の際に何か不都合でもあったのか!?


『リコ!』


 鋭い声で呼びかける。
 が、自分ではそれがちゃんと音になっているか確信が無かった。

 呼びかけられたリコは、落ち着き払ってネクロノミコンの白紙のページを突き出す。
 そこには何か書いてあった。
 何事かと目を向けるリリィ。


“気圧の差”


 と、それだけが書いてある。


『……ああ、そういうコト』


 が、それだけでリリィは納得した。
 召喚術での移動によりかなりの距離を一気に上ったため、気圧の変化に耳がついていけなかったのだろう。
 おそらく、リコがすぐに彼女達を呼ばなかったのもこれが理由だ。
 耳が治るまで待っていたのだ。


「……よし、何とか聞こえるようになったわ」


「私も」


「2人ともだらしないわねぇ〜、このくらい先生は御茶の子サイサイよ」


 鍛え方が違う、と言うべきなのか?
 不思議な生き物を見るような目でダリアを見詰めるリリィと未亜を他所に、リコはまたネクロノミコンを放っている。
 頂上にまで大分距離が詰まった。
 この調子なら、あと5回も繰り返せば山の天辺まで到着できるだろう。
 残りの魔力量を計算し、是と結果を得たリコは一安心する。
 途中で魔力が尽きようものなら、補充の為に未亜の毒牙にかかりに行かなければならなかったからだ。

 この調子なら、午前中には頂上を越える事ができるだろう。


「それでは、もう一度行きます」


「いってらっしゃ〜い。
 モンスターに気をつけてね〜」


「……逆召喚!」


ブラックパピヨン(ベリオ)・カエデ組 2日目・早朝


「…夜が明けたね」


「御者さんが戻って来るのは正午辺り…。
 それまでにカタをつけたい所でござるな。
 街の炎もそろそろ治まってきたでござるし…」


 朝焼けの中を、影から影を渡るように走るブラックパピヨンとカエデ。
 その息は少々乱れている。
 服にも幾つか返り血の後が付いていた。
 これは魔物達の血である。
 ニンジャ達は、カエデが起こした爆発でほぼ全滅しているらしい。
 街が丸ごと吹き飛ぶような破壊力だったのだから、当然と言えば当然だろう。
 無神論者のブラックパピヨンが懺悔でもした方がいいだろうか、とさえ思ったものだ。

 その後は、ただひたすらにゲリラ戦を繰り返していた。
 ニンジャ達は全滅したようだが、遺跡の方でゴソゴソやっていた魔物達は全くの無傷。
 敵が居ると勘付いた魔物達は、遺跡の探索を放り出して2人を探し始めたのである。
 延々と実りの無い発掘作業を続けてストレスが溜まっていたのか、喜び勇んで。

 無論、そんな連中に見つかるブラックパピヨンとカエデではない。
 ちなみにベリオは体をブラックパピヨンに預けて仮眠中だ。
 昼間に張っておいたトラップをフルに使い、魔物達の数を狡猾に減らしていく。
 そこそこ多かった魔物達は、その数をカエデとベリオの両手で数えられる程度にまで減らしていた。


「とはいえ、厄介なのばかり残ったでござる…。
 罠ももう残ってないし…」


「そろそろ正面から戦わなきゃいけないようだね…。
 ほらベリオ、起きな。
 そろそろ交替だよ。

 …………はい、交替しました。
 カエデさん、ご苦労様です」


「…便利でござるなぁ…」


 コロっと表情を変え、慌てて僧衣に着替えるベリオを見てカエデは羨ましそうに呟いた。
 体が一つでも、使っている人間が2人居る。
 1人が表に出ている間にもう1人が休み、集中力を維持していける。
 言うなれば複座の機体で、精神コマンドを使える人間が2人居るようなものだ。
 しかもSP回復付。


「さて、これから撤退しながら魔物達を足止めしなければならない訳ですが…。
 ………やはり私の結界を、要所要所に仕掛けて足止めするのが効果的でしょうか」


「そうでござるな。
 幸い空を飛べる魔物達も居らぬようでござるし。
 …倒す…のはやはり危険でござるな」


「ええ。
 倒すだけなら何とかなりますが、昨晩のニンジャの増援が何時来てもおかしくありません。
 ここを死守する理由もありませんし、一度退くのが良策でしょう」


 このゼロの遺跡はただの廃墟だ。
 地下に何か埋まっているのかもしれないが、そこまでの調査は二人では不可能。
 埋まっている何かを持ち出そうにも、何処に埋められているのかも解らないしそもそも何を持ち出すのか。
 それに、ニンジャが攻撃をしかけてくるという事は何かしらの策があるという事だ。
 じっとしていては、確実に追い詰められる。
 罠とは動いた時にこそ引っ掛かりやすいのだが、この場合だと何もしなくても結果は同じだ。


「決まりでござるな。
 増援が来る前に、一度退散、そして御者さんと合流するでござ……そこっ!」


「ガッ!」


 急にカエデが振り返ってクナイを投げつける。
 次の瞬間、岩陰から顔を出した魔物の額にクナイが一本突き立てられた。


「オオィ、ココニイタゾ!」


「見つかった!
 カエデさん、行きますよ!
 リフレクトウォール!」


「通路の封鎖は任せたでござる!
 周辺の敵は………?
 よし、こっちに行くでござるよ!」


 リフレクトウォールを張って通路を塞いたベリオの手を引いて、カエデはすぐに走り出す。
 ブラックパピヨン並みのスピードを出す事はできないベリオだが、決して足が遅いのではない。
 警戒しながら進むカエデ並みのスピードなら、何とか遅れずに付いていける。


「チッ、気配の動きが激しい…。
 拙者達を包囲する気でござるな」


「ならばさっさと一直線に駆け抜けましょう」


 2人は頷くと、外への門に向かって走り出した。
 無論、通路の要所要所を塞ぐのも忘れない。

 だが、2人は気づいていなかった。
 この街…もう焼け野原しか残ってないが…の外に出ようと思ったら、遺跡を突っ切って出るか、さもなくば街の門から外に出るしかない…捕らえようと思ったら、そこに罠を張っておけばいいのだ。
 侮っていたのかもしれない。
 魔物達の中には頭のいい種族も居るとはいえ、それはあくまで一般の魔物達を基準にしての事。
 先回りしたり、罠を仕掛ける知能など無いと思い込んでいたのか。
 野生の獣達は、魔物などよりも知能が低くても待ち伏せを当然のように仕掛ける。
 いかに凶暴な魔物とはいえ、その位の知恵は働かせる事ができるのだ。


 カエデとベリオは、大爆発の痕跡が色濃く残る街のど真ん中で足を止めた。
 気配がする。


「ぐっ……誘導されたようですね」


「…仕方ないでござる…。
 残り精々20体足らず。
 ニンジャ達が来る前に、さっさと片付けるでござる」


 息を整え、戦闘体勢をとるカエデとベリオの前に、一際体格のいい獣人が現れた。
 剣を持ち、鎧までつけている。
 しかも、鎧の隙間から覗く体にはいくつもの傷跡が垣間見えた。
 明らかに歴戦の強者である。

 魔物は静かに口を開いた。


「…メスフタリデ、ココマデヨクヤッテクレタモノダ。
 コレデハ、ロベリアサマニ、シカラレテシマウナ…」


 片言ながら、流暢な発音である。
 隠れて二人を囲んでいる魔物達への牽制も兼ねて、ベリオは魔物と会話を試みた。


「ロベリア…ですか。
 それがアナタ達を指揮する魔物ですか?」


「ロベリアサマハ、マモノデハナイ。
 キサマラトオナジ、ニンゲンヨ」


「人間…!?
 “破滅”の軍についた裏切り者、という訳ですか」


「フン、ニンゲンダカラトイッテ、ニンゲンノタメニイキナケレバナラナイ、リユウハアルマイ。
 ソレヲイウナラ、ワレワレトテ、マモノノタメデハナク、ロベリアサマノタメニウゴイテオルワ」


 周囲から同意の気配。
 どうやらロベリアとやらには、結構な求心力があるらしい。
 何故ロベリアが“破滅”に味方しているのかは知らないが、とにかく情報を引き出せるだけ引き出してしまおう。


「…で、お主らは何故ろべりあとやらの為に戦うのでござる?
 魔物が人間に服従するなど、結構な屈辱なのではござらんか?」


 ギラリ、と魔物の目が光った。
 挑発に乗ったかな、とカエデは思う。

 魔物と言っても、自意識を持った一匹の生物だ。
 凶暴性が前面に出ているだけで、その本質は人間と大差ない。
 何者かに服従するというのは、はっきり言って魔物の本質ではない。
 一見従っているように見えても、それは単に生存本能がそうさせているか、さもなくば利害の一致を見ているだけだ。
 服従する事は無い。

 さてはモンスター使いか、と思ったベリオ。
 ロベリアの情報を聞き逃さず、そして周囲の魔物達に意表を付かれないように警戒心を保つ。

 魔物はというと、カエデの質問に対して妙に嬉々として答えた。


「ヨクゾキイタ、ニンゲンヨ!
 ソウ、ワレワレハ、ロベリアサマノタメニ、タタカッテイル!
 ロベリアサマイガイノ、メイレイヲ、キクコトハナイ!
 マァ、ベツニ、ニンムニシッパイシテモ、トクニモンダイハ、ナイノダガ。
 ナゼナラ!」


「何故なら?」


「ニンムニシッパイシタトキ、ロベリアサマニシカッテイタダケルカラダ!」


「「…………あん?」」


 耳を疑うベリオとカエデ。


「キサマラニハワカルマイ、ロベリアサマノハイヒールデケリトバサレ、フミツケラレテ、アノウツクシイオカオデ、バリゾウゴンヲアビセラレルエツラクガ!
 ハンコウシタトキナド、ムチデブッテサエイタダケルノダゾ!?
 オスメスカンケイナク、ワレワレハロベリアサマニシカッテイタダクト、パトストカレツジョウトカガ、ソレハモウエライコトニナルノダ!

 ニンムガセイコウシタラ、ソレハソレデオイシイ!
 オホメイタダキ、ホウビヲモラエルトキニハ、マヨワズ『フンデクダサイ』トイウノガジョウシキナノダ!
 ワレワレガニンゲンノコトバヲオボエタノハソノタメダ!
 コレゾ、ロベリアサマノゴカゴナリ!」


 周りの魔物達は、全くその通りだと言わんばかりに深く何度も頷いている。
 ……この連中、真性マゾ?
 ロベリアもさぞや複雑だろう。
 彼女は本気で怒って蹴り飛ばしたり罵ったりしているのだが、この連中はそれら全てを嬉々として受け入れるのだ。
 しかもその為に人語を解するようになったのが自分の御加護だというのだから、これはもうなんと言うべきか。
 忠誠心はやたらと高くなっているのだが、ロベリア的には頭が痛い。
 …実は彼女、“破滅”の軍随一の苦労人だったりするのだが、まぁそれは置いておいて。

 何だかベリオもカエデも震えている。
 俯き、ガタガタガタガタと。
 周囲を警戒するとかそういう事は、もう頭から飛んでいるようだ。
 何かをブツブツ呟いている。


「「……は…ヤ……M……イヤ……………ムはイヤSエ…ヤSMはイヤー!!!!」


「ヌガッ!?」


 今度は魔物がビビって後退した。
 カエデとベリオから、何だか得体の知れないエネルギーだの迫力だのがドンドコ垂れ流されている。
 どうやら先日の未亜から受けた調教が、軽く(ヤられた事を考えると)トラウマになっているらしい。

 理性を失ったかのように、猛烈な勢いで暴れだす。


「ナッ、チョ、チョットマテ!
 キサマラニハリタオサレテモ、ワレワレハウレシク「「死にさらせーー!!」」


 5分後正気に返った2人の周りには魔物どころか民家(焼け跡)も幾つか無くなっていたと言う。
 で、意識を取り戻した2人の感想。


「…何があったんでしょう?」


「イヤな言葉を聞いたような気が…。
 ま、まぁいいのでは?
 今の内に、さっさと退散するでござるよ」


「そうです……いえ、そういう訳にも行きそうにありませんね」


 呆然としていたベリオが、視線を鋭くしてユーフォニアを構える。
 カエデも同時に戦闘態勢を取った。

 2人の視線の先に、大柄な男。
 つい先ほどまでは…と言っても、理性も記憶が無かったが…そこに居なかった筈。
 男は大きな剣を杖代わりにして立ち、何故か俯いて体を震わせている。

 その男の身形を見たカエデの目が大きく開かれた。


「貴様、まさか…」


「………っく、うくくくく…」


「……(笑ってる…?)」


 呻くように声を絞り出すカエデと、警戒しながらも怪訝に思うベリオ。
 男はまだ体を震わせて含み笑いをしていた。
 さては罠でもあるのかと、ベリオは周囲を警戒し、いつでも防壁を張れるようにしておく。

 が、周囲には全く気配は無い。
 敵はこの1人だけか、と思ったベリオだが、カエデが警告する。


「ベリオ殿…油断めされるな。
 微かでござるが、周囲に気配があるでござる。
 魔物では無さそうでござるし、この気配の消し方は忍びと見て間違いござらん。
 こやつの合図で、何時襲ってくるか…」


「…厄介ですね…」


 相手が人間だという事も含めて。
 殺さなければならないのか、とベリオは迷う。
 敵ではあっても、すぐさま割り切れるほどベリオはドライな性格をしていない。
 しかし、相手は暗殺者…ニンジャである。
 例え虫の息の状態だとしても、一つ油断すれば次の瞬間には自分の喉笛が掻き斬られていても不思議はない。
 死にたくなければ、先に殺すしかないのだ。
 心の中で毒づき、神とこれから奪うであろう命に謝罪するベリオ。
 無理をして覚悟を決めた、その瞬間である。

 肩を震わせていた男が顔を上げ、何故か目の端についていた涙を拭い取った。


「ガ、ガキにしちゃ結構強ぇじゃねぇか。
 こんな面白みのない場所に行かされて苛立ってたトコだし、潰して愉しませてもらおうか」


 下卑た、だがかなりの実力を感じさせる声だった。
 男は袴を履き、上半身には胸当てとサラシをしているだけで素っ裸、髪は頭の上で纏めてある。
 身なりから察するに、カエデと同じような文化形態だ。

 それを見て、カエデは何かを確信したようだ。
 ギリ、と奥歯を噛み締めるのがベリオには解った。
 彼女から噴出す怒りや憎悪が肌で感じられる。


「…カエデさん?」


「………やっと、見つけたでござるよ…。
 ベリオ殿、大丈夫でござる。
 憎悪に呑まれるような見っとも無い真似は、師匠の顔に泥を塗るに等しい…。
 周囲の警戒をお願いするでござる」


「…解りました」


 平常心とまではいかないが、カエデは冷静さを保っているようだ。
 だが、いつ暴発してもおかしくない。
 怒りの理由はベリオには解らなかったが、カエデを信じる事にする。
 どっちにしろ、ここで言い争うような隙を見せれば付け込まれて殺されるだけだ。

 ベリオとカエデが構えたのを見て、男も大刀を持ち上げる。
 カエデが一歩前に進み出て、気迫を漲らせた。


「大罪人・八逆無道ッ!」


「あん?
 なんだって俺様の名前を知ってやがる」


「宝嬢元年国許において咎なき我が父母を打ちて立ち退きし大悪人…。
 天網恢恢疎にして漏らさず、今ここで父母の無念を果たし、貴様の悪行を打ち止める!」


「フン、敵討ちか?
 そういうオンナを返り討ちにして、ボロボロになるまでヤってやるのが何より楽しいんだよなぁ!」


「ゲスが…。
 今日が貴様の命日だ!」


「カエデさん…微力ながら、助太刀します。
 否とは言いませんね?
 これはアナタだけの問題ではないのですから」


「承知!
 ではベリオ殿、参るでござる!」


 カエデは気迫を改めて漲らせ、自身の心と体に雑念が混じっていない事を確かめると…実際は気負いに気付かなかっただけだが…クナイを取り出して無道に斬りかかった。
 無道はフン、と鼻で笑って大刀を思い切り振り回す。


「オラァッ!」


「くっ!」


 リーチが違う。
 カエデは懐に潜り込むどころか、その斬撃を避けるので精一杯だった。
 解ってはいたが、無道は強い。
 仮にもカエデの父母を殺した手練。
 一筋縄では行かなかった。
 救いといえば、無道と一対一で戦える事ぐらいだろうか。
 この上敵が大勢になっては勝ち目がない。


(だが……この戦い、負ける訳にはいかんでござる!
 ようやく探し出した仇、例え刺し違える事になろうとも…!)


 …このままでは、暴発は近い。


 ベリオはというと、カエデの援護どころでは無かった。
 周囲に潜んでいたニンジャが襲い掛かってきたのである。
 だからカエデの方には、1人たりともニンジャが向かわなかった。

 ニンジャは集団戦、情報戦を専門とする。
 ベリオに襲い掛かったのは、セオリーに従って弱そうな方を狙ったまでの事だ。
 その判断はあながち間違いではない。
 あと一息早ければ、ベリオの体は投げつけられた手裏剣によって切り傷だらけになっていただろう。
 誤算だったのは…彼女は護りを専門とする結界の名手だった事。


「ホーリーシールド!」


 ベリオの叫びと共に、体の周りに結界が出現した。
 手裏剣で貫ける強度ではない。
 かと言って、拳や蹴りで貫けるかというとこれも怪しいだろう。
 となれば、爆弾の出番である。

 ニンジャ達は動揺も見せず言葉も漏らさず、懐から幾つかの炸裂弾を取り出した。
 昨日の惨劇を思い出してちょっと動揺したベリオだが、すぐに落ち着いて結界の強度を上げる。
 ニンジャ達はベリオを中心とし、円を描いて走り回っている。
 同じような装束がグルグルグルグル、目が回りそうである。
 恐らくそれも幻惑を狙った術の一つなのであろうが。

 全く同時に炸裂弾が投擲された。
 狙いを違わず、ベリオの周囲に着弾する。

ドドドドドドド……

 爆音と爆音がぶつかって、鈍い音の雪崩が起きる。
 聴覚に異常を来たしそうな轟音を耳を塞いでやり過ごし、ベリオは魔力を練る。

 一拍置いて、また爆音。
 時間差で投げた炸裂弾だ。
 ベリオは構わず、土煙で塞がれた視界の中心に向かってユーフォニアを突き出した。


(この結界を破れないと悟れば、今度は私の動きを封じて人質にしようとしてくるはず。
 結界を破れなくても、周囲に罠…地雷を仕掛けたり網を被せたりされたら、私は戦闘不能になる。
 あとは魔力が尽きて結界が消えるのを待てばいい…。
 でも、そうしようと思ったら近付いて動きを止めなければならない。
 そこが…狙い目!
 相手も視界が利かないのは同条件、今なら奇襲をかけられる!)


 ベリオはその場で勢いよく回転しだした。
 グルグルグルグル、古今東西のヒロインの変身シーンのお約束の如くよく回る。
 既にベリオにも、自分がどちらを向いているのか判らない。
 そして杖の先端に集中させた魔力に、充分な遠心力が乗っている事を確認する。
 そして、自分の2つの技を融合させて…放つ!


「ホーリー・レイ!」


 杖の先端から、青い光の玉…ホーリーフィールドが飛び出した。
 普段なら杖の先に留まるホーリーフィールドは、杖の先から凄まじいスピードで飛び出した。
 そのまま飛んで行きそうだが、そうは成らなかった。
 ホーリーフィールドから、ユーフォニアの先端に魔力のロープが繋がっていたのである。

 要するにヨーヨーやモーニングスターと同じ原理である。
 ヨーヨー本体の変わりにホーリーフィールドを、糸の変わりにフェリオン・レイによるレーザーを。

 ベリオはヨーヨー…もといホーリー・レイを思い切り振り回す。
 一回転する度に、一度糸を伸び縮みさせる度に、確かな手応えが返ってくる。
 20回も周ると、流石に平行感覚がおかしくなってきた。
 煙も晴れたのだし、と結界を張りなおして警戒していたが、襲ってくる気配は全くない。

 訝しんだが、じっとしていては危険だ。
 とにかく移動を、とベリオは高く飛び上がる。
 そのままユーフォニアに腰掛けて、短距離だが空中遊泳。
 移動しながら、上空から自分がどれだけ敵を倒したか確認する。


「……あら…」


 無事な敵は、1人も居なかった。
 先ほどの狙いもつけずに放ったホーリー・レイが、異常なまでの命中率を発揮したらしい。
 ちょっとしたマップ兵器のよーだ。


「…必中コマンドなんか使ってないんですけど…」


 しかも、このマップ兵器は敵味方関係ないらしい。
 ちょっと離れた所で、カエデがタンコブを作っていた。
 そのもう少し向こうでは、無道が直撃を喰らって吹き飛んだのか瓦礫に埋もれている。
 …2人とも全然致命傷には至ってないが、なんだかマヌケである。


「あたたたた……あ、アブないでござるよベリオ殿ー!」


「ご、ごめんなさい…。
 でもまぁ、雑魚敵はこれで全部片付きましたし」


 ジト目のカエデに冷や汗を垂らしながら返すベリオ。
 カエデの目からは、先ほどの暴走しそうなドロドロとした負の感情が綺麗サッパリ消えていた。
 どうやらマヌケな展開に巻き込まれた事で、普段通りのテンションに戻ったらしい。
 結果オーライである。

 まだ恨みがましい目をカエデがしていると。


「ぬっがあああぁぁぁぁぁ!」


「「!!」」


 叫び声をあげながら、無道が瓦礫の中から復活した。
 瞬時に戦闘態勢を取る2人。


「はぁ…はぁ…はぁ……そ、そこのねーちゃん、おっとろしいマネしてくれるじゃねぇか…。
 こう来るとは思ってなかったぜ…」


「拙者だって思ってなかったでござるよ…」


「ククク、まるでコントか漫才だったなぁ?
 ゲハハハ、味方に敵討ちを邪魔されるとは、よっぽど相性が悪いようだな、お互い。
 こりゃ笑い話にしかならんぜよ!」


 ギャーハハハハ、と大笑いする無道。
 ベリオは馬鹿にされていると思って額に青筋など浮かべている。
 気持ちは解らなくもない。
 それほど笑える出来事だったかは別にしても、何だか腹がたってくるくらいの笑いっぷりである。
 カエデは少し考えながら、その笑い声を聞いていた。

 無道は隙だらけのように見えるが、これは果たして本物の隙だろうか?
 斬り込んだら、その途端に凄まじい迎撃を喰らうのではないか?
 そう言えば、師匠の貰った手紙に書いてあった、『八逆ムドーは笑う』という言葉。


「まさか…」


「ギャーーハッハッハッ!ギャーーハッハッハ!ギャヒーーーッ!ヒィーーッ!ウゥーヒッヒ!ニーヒッヒ!ヒック!ウゥヒーーハァーハッハッハッ!ギャーハッ!クックック!ウーヒッヒ!クッヒ!ドヒイイーー!ヒック、ウック!ケヒィーヒッヒッヒ!ギャーーーッ!ドヒィーーーッヒッヒッヒ!ギ、ギャアァーーー!」


「……なんでしょう、コレ」


 ベリオの目は、怒りからヤク中を見る目に変化している。
 それはともかくとして、カエデはある事実を確信した。
 これだけ笑っていれば誰でも気付くとは思うが、まぁそれはそれで。

 念のために確認を、とカエデはイヤイヤながら里で流行っていたくだらない冗談を口にする。
 …流行っていたと言っても、単に夏だからこういう冗談を言って涼しくなろう、という程度のものだった。
 涼しいどころか、思いっきり寒くなったが。


「………隣の家に囲いが出来たってねー。
 へー(塀)。
 いやいや、塀じゃなくて囲いなのよ。
 だって隣の家は刑務所だから」


「ぐわばばばばばば!ダハハッハッハハ!ヒヒヒヒヒ!」


 さらに笑い出す無道。
 そしてベリオは、ヤク中を見る目をカエデにまで向けていた。
 視線がチクチク痛いのを我慢して、カエデは勝機を見出した。
 まともに戦っては勝てないが、このやり方ならば恐らく勝てる。


「ベリオ殿!」


「くだらない冗談に付き合わせようというのなら、例え共に“破滅”と戦う同士でも私は殲滅しますよ」


「拙者だって好きでやったんじゃないでござる!
 あ、いや、それよりも!
 ヤツの弱点を見つけたでござる!」


「弱点?」


 この異常なまでの笑いっぷり。
 手紙に書いてあった、『笑う』という言葉。
 つまり。


「八逆無道!
 貴様は笑い上戸でござるな!?
 しかも重度の!」


「な、なんだってー!?」


「し、しまったぁぁぁ!?」


 弱点(?)を見事に看破された無道は、笑うのも忘れて青ざめた。
 馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないが、これは結構厄介な弱点なのである。
 突然のギャグ…しかもとてつもなく寒い…をボソッと言われて聞き取ってしまったら、体が勝手に笑い出す。
 突然の笑いに狙いが外れ、呼吸が乱れ、走る事さえままならない。
 あまつさえ、くだらなさすぎるギャグに笑ってしまった自己嫌悪さえ起こる。
 精神的ダメージ絶大だ。

 今までは、死闘の最中にそんなマヌケな真似をする敵は居なかった。
 が、今回は違う。
 相手はカエデである。
 ベリオである。
 ブラックパピヨンである。
 救世主クラスなのである。
 それで勝てるなら、どんだけマヌケな事でもオッケーだ。
 特に今回は、見られて困ったり恥ずかしいと思ったりするような相手…大河は居ない。
 居たところで、一緒になって悪乗りするだけだが。


「ま、待て、ちょっと待て!
 俺様はお前の親の敵なんだろうが!?
 こんなマヌケな方法で倒して、もうちょっと盛り上がりとかないのか!?」


「んなモン必要ないでござる。
 ククク、笑い死にとは溺死に並んで苦しい死に方だそうでござる。
 精々苦しんで、史上初の『敵討ちに来た相手に笑い死にさせられた大マヌケ』として名を残すがよかろう!」


「同感ですね。
 アナタは危険すぎるし…それに、誰を犯すんですって?
 はっきり言って、大河君以外の男がこの体を抱こうなどと、それだけで万死に値します。
 よって……この場で死になさい」


 それでいーのか聖職者。
 が、ここには誰一人として止めようとする者は居ない。
 ブラックパピヨン?
 参加させろと騒いでいる事くらい、書かなくても誰でも予想できますな。


「では改めて…布団が吹っ飛んだ!」


「ネコが寝込んだ!

 兜をかぶっとる!」


「ぐわぁぁぁはははは!?
 コ、コンチクショー!」


 ト○ネコ並みのさむーいギャグで笑い転げる無道。
 もうシリアスなんか何処へやら。
 それから2人のネタが打ち止めになるまで、無道は笑い転げる羽目になった。
 まだ何とか戦える程度の体力は残っていたそうだ……チッ。 



あうぅ、春休み終わったよー。
でも4年生だしなぁ…卒論とかは就職先が決まってからって言われてるし、行ってもやる事なさ気です。
もーちょっと積極的に行ってみようと思います。

では、レス返しです!


1.nao様
いい夢ですね、燃えるw
というか、剣を…精製?
投影すか!?

未亜達の出番は当分先です。
うう、日程の不都合が消化しきれないかも…。

ユカの設定とかには、ちょっと手を加えるかもしれません。
かなり強引な話になりそうです。


2.皇 翠輝様
ど、どう繋げて行こう(汗)


確かに、事後処理まで考えるのはお子様には無理ですね…。
そういう事後処理は大人の仕事なのですが、大河の場合はその大人が…。
まぁ、未成年だし状況が状況だし、司法機関も有罪判決を押すほどトチ狂っててはいませんね。
その後の周囲の目は別問題ですが…。


3.ふぇるー様
レスをくださる皆様、本当にユーモアに溢れていらっしゃいますw
お蔭で色々と連想できて大助かりですよ。

むぅ、未亜に苦手意識…ですか。
確かにここまで来ると今更変えるののは難しいですが…。
ここは一つ、責めではなく受けの方を強調してみるというのはどうでしょうか?
誘い受けというジャンルもありますし……でも未亜でやるのかぁ…。
未知への挑戦だw


4.文駆様
どのように切り抜けるにしても…多分、どこかマヌケな展開になるんでしょうなぁw
ベリオルート…と言うと、ブラックパピヨンがシェザルに付いた時の事ですね?
その辺はちょっと考えておかないといけないかも…仮にも大好きだった兄だし…。
上手く決着をつける方法を考えて見ます。

おっきいリコ、か……バッタモノですな。
でもクレアはオフィシャルで大人になった姿が出たし…。
あ、リコはEDでもちっちゃかったっけw
多分スタッフの意向でしょうねw


5.蓮葉 零士様
いい加減にしては、結構的を得ていると思いますが。
分不相応な力を得れば、その力に引き摺られるのがオチ…。

仮に魔術を使えたとしても、本人が思っている程の才があるかは別として…魔術師とは、ぶっちゃけた話実利第一で、今代でダメなら次の代へ、持っていなければ持ってくる、などのように『諦めない』『どれだけ回り道してでも必ず』という性質を持っているようです。
例え魔力が使えなかったからと言っても、そこで諦めたのが彼の最大の間違いだったと思います。
それでも義妹から投げかけられる視線その他は、彼の精神を盛大に苛立たせたでしょうが…。

アルディア篇…どうすっかなぁ…彼女の扱いは二つあるんですが…どっちにしようか迷ってます。


6.なまけもの様
灰燼に帰す…改めて考えると、すごい破壊力だ…。
ストッパーのベリオが止めないと、こんなになるんですなw

ご指摘ありがとうございます<m(__)m>


7.根無し草様
ドアの蹴り破り、真剣白刃取り、あと高い所から夕日をバックに口上付きで登場。
一度はやってみたいですな。
壊していいドア……マンションの解体現場にでも忍び込みますかw

いやぁ、リコの本音は昔からじゃないかなぁ…。
言葉に出す機会が無かっただけで。

未亜編のセルの死に方は最悪の死に方でしたからね…。
あれじゃ浮かばれまい…。
幻想砕きではちゃんと生きてる予定(は未定)なのでご安心をw

ケルビム?
原作に居ましたっけ…


8.柘榴様
感想ありがとうございます<m(__)m>
そちらもイイ勢いでSSを書けておられるようで、楽しみにしています!

最近では、逆にシリアスオンリーが書けなくなりつつある時守です。

リコのツルペタは、みんな口を揃えて「そのままで居てくれ!」と言いますね…。
キモチは解かりますが。

ネコりりぃの再登場は、当分先になりそうです。


9.アレス=アンバー様
ダリア先生の事ですから、どうせ理不尽な展開になったのではないかとw

片付けって、やろうとしても何故か後回しにしてしまうんですよねぇ…。
近場に置いておいたら、何時の間にかスペースが占領されている…。

ええ、ルビナスは暴れだしますね。
ナナシも多少は怒るでしょう。
…王宮壊滅?


10.夢島流様
アルストロメリアなら書きますね、それは。
いえむしろ俺が書きます虎っ娘萌え!
エンジェルブレスはやってませんが、HPを見るからに…。

日記にはぢつは深い意味が…暗号が隠されているのです(嘘)
…仮に本当だったとしても、隠されている暗号は極めてどうでもいいモノですがw


11.ファルス様
ハーフダラーを探して…というと、確か家族と婚約者を殺された2人が騙しあう…というストーリーでしたっけ?
心臓がどうのこうのと言う展開もあったと記憶しておりますが…何処にやったっけ…。
久々に読みたくなってきました。

でも、多分違うヤツです。
あれは確か2回りほど大きな本でした。
多分書店を探しても、もう無いと思います。


12.カシス・ユウ・シンクレア様
未亜さんはアヴァターに来る前は、辛うじて良い子だったのですがねぇ…。

ブラパピがカエデさんの師匠ですか?
…揉め事が物凄い勢いで拡大しますな…。
カエデの天然と、ブラパピの悪どさ…うーん、マッチする。

本格的な戦闘と言っても、結局は…w


13.竜神帝様
マッドですからねぇw
あの台詞を言えないうちは、マッドとして一人前ではないと言っても過言ではないでしょう。


14.悠真様
本当は仰られる通り、話毎に分けようと思っていたのですが…。
場面転換のタイミングが難しいし、話の濃さとかに偏りがありますから…。
今後は場面が出る回数はバラバラになると思います。
それと、日数も結構飛ぶかも…。

御者さんですか?
…まぁ、あの暴走御者さんと同僚ですし…逃げ足は速いのでは?


15.くろがね様
書くのは大河オンリーっすかw

ああ、あの作品でしたか。
苦手な系統っぽかったので、手を伸ばしていませんでしたが…。
今度中古でも見かけたら買ってみます。


16.K・K様
オギャンオス!

ま、初日ですからw
精神的に強くなったというか、プレッシャーに耐性が出来たんでしょうね。
あと、物陰からの視線に敏感になったとか。

仮にリコを成長させるとしたら…熟していく最中の果実か、それとも熟した果実か…?
…前者ですな。
未亜は『まだ』ロリコンじゃないですよー。
ロリもOKではありますが。

ダリアの立場としては丁度いいかもしれませんが…それでも泣けるものは泣けるのでは?
結構人間味に溢れている性格ですし。

では、オギャンバイ!


17.神〔SIN〕様
HelloーーWin!!(意図的誤字)
な、何かイヤな事でもありましたか…?

ふむ、つまり霊的な存在を物理界に引きずり込み、そのまま化学(?)反応を起こさせて遺体を使わず体を作る、と。
むぅ…問題は霊的な存在の方ですね。
学園地下のような自縛霊ならともかく、1000年も留まっているかな…。

一応蘇えらせる人物は決めてあって、その方法に付いても考案してあります。
が、使えそうな設定ですね……。
一部流用させていただくかもしれません。


ヒマな時ですか?
寝てるか勉強してるか、SSを書いているかゲームをしているか、あとプログラムを弄っているかです。
…ヒマどころじゃない気がします。

追記 スチュ○ート大佐ごっこなら屋外全裸も許したくなる気がします、気分的に。


18.舞ーエンジェル様
アヴァターがエデン…となると、“破滅”は知恵の実を食べろと嗾けるヘビで、アヴァターの神は神話で言う悪魔でしょうか?

正直な話、細かい作戦は考えてないんですよねー、時守も“破滅”も。
どう転んでも、と言うのが一応基本となってますから。

ムドウは…今回のを見てもらえればw
ロベリア…一言で言うと、苦労人…かな。
シェザル…とてもシアワセなヒト?


19.なな月様
うーん、リリィが神楽というのは無いですねー。
その理由は…言わずもがなw
だって言ったら黒ヒョウが狩りに来るだろーし。
どっちかと言うとよみでは?
あっちも結構大きいけど。

魔導砲に関しては、時守としてもその見解と一致しています。
ついでに言うと、封印が解けてなかった時は飛ぶ必要が無かった為、その分のエネルギーを射程の増加につぎ込んだのではないかと思っています。

SIREN2…ご、五歳はヤバくないですか?
まぁ、当分は似非2…もといACE2に付きっ切りなので買いません。

マッドな科学者の実験は、自爆を以外は失敗してこそですなw

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