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▽レス始

「幻想砕きの剣 8-9(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-03-29 23:47)
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ベリオ・カエデ組 一日目・午後


 ガタゴトと揺れる馬車。
 カエデは浅い眠りの中を漂っていた。
 隣ではベリオが熟睡している。

 幾ら疲れているとはいえ、カエデは基本的に安心できる場所でしか眠らない…否、眠れない。
 授業中は速攻で寝るが、実はそこら辺の空き教室で昼寝とかは全くしないのだ。
 イメージ的には、草原で日光浴をしながら眠っているのが似合うのだが…勿論鼻提灯も完備している。

 他に救世主クラスの人間が一緒に居て、誰か1人でも起きて警戒をしているというならまだしも、一緒に居るのはベリオ1人。
 ブラックパピヨンならともかく、彼女は危機感知力にはそれほど長けていない。
 だからカエデは、何かあったらすぐに跳ね起きられる程度の浅い眠りしか取らない。
 今にもモンスターの襲撃があるかもしれないし、実は御者が“破滅”に洗脳されていた…などという事もあるかもしれないのだから。
 本人はそこまで考えてないが。

 時刻は既に1時を回った頃だ。
 昼食もとったし、いい加減に疲れも取れてきた。


 ガタン、と一際大きい揺れに起こされたベリオ。
 枕にしていた腕が痺れているのに顔を顰めて、起き上がって大きく伸びをした。


「……んっ…ふぅ…。
 あふ…よく寝ました…。
 そろそろゼロの遺跡でしょうか?
 いい加減に起きて警戒しておいた方がいいかもしれません…。

 御者さん、あとどのくらいで付きますか!?」


「あと30分もすれば到着でさぁ」


「そうですか…ご苦労さまです」


 どうやら丁度いい頃合に目を覚ましたらしい。
 まだ寝ているカエデを軽く揺する。


「カエデさん、起きてください。
 もうすぐ到着ですよ。
 寝すぎると頭がボケっとして、致命的なミスをするかもしれません。
 起きてください」


「……う〜、眠り足りないでござるよ…」


 鬱陶しそうな声を出しながらも、カエデはモゾモゾ動いて立ち上がる。
 眠りが浅いだけに、疲労回復の量もベリオより少ないようだ。
 しかしそれでも戦闘には充分である。


「……もうすぐでござるか…。
 周囲に妖しい気配は無いでござるな?」


「ですね。
 ……遺跡を調査しろという事でしたが…どのくらい詳しくしたものでしょう」


「詳しく調べられる程の知識も無いでござるからな…。
 魔物達の動向を探って、報告を纏める…。
 ゼロの遺跡の近くには街があったでござるよな?」


「ええ、そこが助けを求めてきたそうですから。
 う〜ん…魔物と住民の調査のために、そこに一泊する事になりそうですね。
 到着後から夕方までと、明日の午後までを調査に使って、後はその結果次第…が妥当でしょうか。
 御者さんには王宮への報告を持って行ってもらって、後は避難のための援軍や設備が来るまで来るまで防衛…」


 まぁ、そんな所だろう。
 そうなると、馬車は一度帰ってから迎えに来てもらうか、その街に滞在する事になる。
 かかる時間と労力を考えると、当然後者だろう。

 しかし、その旨を告げると御者は言った。


「そういう事なら、近くに知人が居るんで訪ねてきてもいいでしょうか?
 そちらに泊まった方が宿代も浮きますから」


「知人…でござるか。
 了解したでござるよ」


「とりあえず今日一日調べてみて、その結果で今後を決めようと思います。
 …その報告は明日の何時頃がいいでしょうか?」


「30分もすれば遺跡まで行けるんで、そうですね…2時頃に集合という事でよろしいですか?」


 特に問題は無い。
 御者に関して言えば、むしろ好都合なくらいだろう。
 魔物が出現する街に泊まるよりも、少し離れた場所に居る方が安全だ。


「では、時間になったらお二方を下ろした場所に迎えに参りますので」


「お手数をおかけします」


「痛み入るでござる」


 ペコリと頭を下げると、何故か恐縮された。
 御者本人はこれが仕事なので、やって当然の事であって礼を言われたり頭を下げられたりするような事ではないと考えているようだ。
 ちょっと反応に困った御者だったが、自分も一礼して運転に集中した。


 それから30分後。
 御者はベリオとカエデを下ろし、自分の知人の家に走って行った。
 それを見送って、2人は顔を見合わせる。


「さて……調査開始、と行きたいところですけど…」


「どこに行ったものでござろうか…。
 魔物も見当たらないでござる…」


 振り返って周囲を見回してみるが、酷く寂れている。
 魔物はおろか、人っ子一人見当たらない。
 これでは魔物の動向を探る事はおろか、聞き込みすら出来ない。

 ベリオはフン、と鼻息を出した。


「カエデ、ちょっといいかい?」


「え? あ、パピヨン殿でござるか」


「ああ。
 この辺りに人の気配はあるかい?」


「…いや、見ての通りでござるよ。
 拙者も気配には敏感な性質でござるが…全く何も。
 普通、街というのは何かしらの気配で賑わっているものでござるが…。
 そういう場合は、何となく『あっちに何かありそうだ』くらいは解るのでござる。
 祭をやっていると、何となく浮かれている人が多かったりするのと同じでござるな」


「でもそれも無い?」


「でござる」


「……ハメられたかな…」


 は?と首を傾げるカエデに向かって『こいつ本当に忍者なのか』などと思いつつ、ブラックパピヨンは近くにあった家に近付く。
 ゴンゴン、と聊か乱暴にノックした。


「ブラックパピヨン殿?
 ……何をするつもりか知らぬでござるが、この家に気配は無いでござるよ」


「そうかい…じゃ、鍵もかかってる事だし…」


 パピヨンは数歩後ろに下がった。
 カエデは何をしようとしているのかピンと来る。
 怪盗らしくピッキングとかしないのかなー、と思ったが、『多分面倒臭いんでござるな』とあっさり正解を導き出した。
 ブラックパピヨンとは結構ウマが合うカエデである。

 カエデが3歩下がって安全域に退避したのを確認すると、ブラックパピヨンは一気に走り出した。
 ベリオのスカートはスリットが入っているので、走る邪魔になる事は無い。
 チラチラ見えるスベスベとしたフトモモを鑑賞できる唯一の男性がここに居ないので、カエデがしっかり観察しておく。

 ブラックパピヨンは一気に扉に駆け寄ると、強く地面を踏み切った。


「でぇぇぇぇぇいッ!」


 ガッシャァン!


「おお〜」


 体重と加速の乗った、素晴らしい跳び蹴りである。
 カエデは思わず拍手した。
 華麗に着地を決めて、カエデの拍手に照れるブラックパピヨン。


「派手でござるなぁ〜」


「いやぁ、よくよく考えてみるとこの手の力技での突破ってあまりやった事無いんだよ。
 アタシのスタンスは基本的にスマートかつ流麗に、だから…。
 いつもからかうだけからかって、最初に確保してあった逃亡ルートからさっさと逃げてたし。
 思いついたらやってみたくなって。

 やってみたくなって、じゃありません!
 大河君じゃあるまいし、どうして無闇やたらに人様の所有物や公共物を破壊するんですか!

 別にいいじゃないの。
 この家、無人みたいだし……。
 それに、アタシの欲求は基本的にアンタが押し込めた欲求だけど?」


 うっ、と言葉に詰まるベリオ。
 傍目からは1人芝居にしか見えない。
 が、幸いな事にここに居るのは事情を知っているカエデのみだ。

 まだ1人(2人)で言い合いをしているのを放っておいて、カエデは蹴り破られたドアから家の中を除きこむ。
 有体に言って、汚かった。
 物凄く埃が溜まっているし、部屋の中心に置かれているテーブルは横倒しになっている。
 生活臭というものが全く無い。
 本気で無人のようだ。


「カエデさん?」


「ベリオ殿?
 もう口喧嘩はいいのでござるか?」


「ええ、何時までも言い合っていても仕方ありませんし、もうやっちゃいましたし。
 それで、どうです?
 何かおかしい所はありますか?」


「おかしいも何も、見れば明らかでござるよ」


 カエデはベリオに道を譲る。
 キレイ好きのベリオは、家の中の惨状に目を丸くした。
 仮にも人が生活しているなら、ここまで埃が積まれる事はあるまい。
 人の足跡さえも付いていないのだ。
 ゴミで埋め尽くされているなら、まだしも生活臭を感じられたものを。

 カエデは家の中を見回し、壁にかけられている紙を発見した。


「カレンダーは…これ、3ヶ月前の日付でござるよ」


「この家だけなのか、それともこの街全てがこうなのか…。
 3ヶ月もあれば全員が避難していてもおかしくはありませんが…元々それほど大きな街でもありませんし。
 大部分が遺跡ですからね…。
 とりあえず、適当に他の家も調べてみましょう」


「不法侵入になるでござるが?」


「何を今更。
 それにやるのはカエデさんかブラックパピヨンですよ」


「自分だけ主犯にならない気でござるよこの人!?」


 ほほほ、とわざとらしい笑い声をあげながら、ベリオはムーンウォークで別の家に向かう。
 胸中で『ベリオ殿は毒されているでござるなぁ』と呟きながら、その後を追いかける。
 途中で窓から家々を覗きこんで見たが、やはり無人。
 しかも同じように埃が積もっている。


「…こりゃ明らかに廃墟でござるな…」


「この辺りはね…。
 ずっと向こうの方に集まって暮らしているのかもしれませんよ。
 今度は向こうに行ってみましょう」


「そうでござるな。
 では、警戒を怠らぬよう…」


 召喚器を片手に、2人はテクテク歩いていく。
 一見すると無用心に見えるが、実際にはカエデもブラックパピヨンも神経を張り巡らせている。
 例え人が居なくても、魔物が居るのは明白である。
 いつ奇襲を受けるか解らない。

 しかし2人の警戒を他所に、魔物も人の気配も一向に感じられなかった。


「…やはり無人のようですね…。
 目にしたカレンダーは、最近でも1ヶ月、早ければ3ヶ月以内に捲られなくなっている…。
 “破滅”のモンスターを恐れて逃げたのでしょうか?」


「しかし、この辺に魔物が現れ始めたのはそれ程前ではないでござろう。
 人とは目の前に危険が現出しない限り、その危機を他人事だと判断する傾向があるでござる。
 いかに“破滅”が迫っていると言われた所で、住民総出で夜逃げするでござろうか?」


「夜に逃げたとは限りませんが…それに、総出で逃げたとすれば王宮がそれを察知している筈…。
 そもそもどこに逃げたというのでしょう?
 それだけの数の住民を、何処が受け入れられると?」


「こりゃ怪事件でござるな…。
 まりーせれすと号でござる。
 ……魔物に襲われた…にしては」


「戦ったり殺戮された後がありませんね」


 部屋の中は埃が積もってこそいるものの、何かが暴れまわったような形跡はない。
 埃が無ければ、まだここで生活していると言われても違和感がないかもしれない。


「…しかし、何者かが居るのは確かでしょう。
 王宮に助けを求めて来た何者かが」


「問題は、それが本当に人間…いや、人類側なのか…という事でござるな」


 思い浮かぶのは、以前の遠征で出会った一人の少女…エレカ。
 2人は彼女に対してそれ程の思い入れを持っていなかったが、“破滅”の側についた人間がいるという事を実感し、苦い思いをしたのを覚えている。
 彼女が何を考えて“破滅”に与しているのかは知らないが、彼女のような人間は1人ではあるまい。
 命惜しさか、人質でも取られたか…。
 動機はいくらでもある。

 そもそも、助けを求めたのが人間だという保障も無い。
 遠征の時に戦った魔物は知能を持ち、人語を解していた。
 人語を解するならば、文字を解したとしてもおかしくは無い。
 送られてきた伝令は、魔物自らが書いた可能性すらあるのだ。


「…いずれにせよ、ここに人間は居そうにありませんね…」


「…となれば、残る忍務…もとい任務は魔物達の動向の調査でござるか。
 クレア殿とアザリン殿の口調を見るに、これはどちらかというとついでのような感じであったが」


「ここに埋まっていると思われている魔導兵器は、別の場所に保存済みだそうですしね」


 ついでのようだったが、メインの任務が実行不能な以上はこちらを重視するしかあるまい。
 人を見かけたら最優先で警戒しつつも保護するとして、当面は…。


「魔物の動向の調査…と行きたいところでござるが」


「その前に寝床を確保しなければいけませんね。
 この街の宿屋に泊まるつもりでしたが、この調子では埃が積もっているでしょうし…野宿でしょうかね」


「それもやむなし…。
 うかつに火を使うと発見されてしまう故、どこか丁度良い場所を探さねば。
 こういうのは専門家の拙者に任せるでござるよ」


 出番だ、とばかりに張り切るカエデ。
 一流のサバイバラーでもある忍者にしてみれば、廃墟とは言え色々な物が転がっているこの街は野宿しやすい場所だろう。
 丁度いい寝床探しは彼女に任せる事にして、ベリオはこれからどちらに動くか考える。


「丁度いい場所は動きながら探すとして……まずは魔物達を探さねばなりませんね」


「それも極力見つからないように…でござるな。
 どれだけの軍勢で来ているのか知らぬでござるが、こちらはたった2人…。
 よほど上手く立ち回らねば、多勢に無勢というものでござる」


 ベリオも頷いて同意を示す。
 以前ならば多少の軍勢なら蹴散らせる、と軽く見ていたかもしれないが、ミュリエル・ダウニーとの模擬戦のお蔭で慎重になっている。
 召喚器の力に溺れていないか、常に自分を戒めているのだ。


「となれば、やはり高い所から探すでござるよ。
 見晴らしもいいし、兵法としては敵よりも高い位置を取るのは基本でござる。
 遮蔽物が無いので魔法で狙い撃ちにされる危険があるでござるが、やはり頭上は死角であるからして、見つかる危険も少ないでござろう。
 見つかったら、ベリオ殿の結界で身を包んで即座に移動…。
 空を飛べる魔物が居なければいいのでござるが…」


 高い所、と言われても…。
 ベリオは周囲を見回した。
 家の屋根はまだいいだろう。
 しかし魔物が徘徊していると思しき遺跡方面は、荒れに荒れている。
 柱が今にも崩れそうになっていたり、アーチが傾いていたり、あと何の名残かよく解らないモノがチラホラ。
 ゴチャゴチャしているので、派手な動きをしなければ簡単には見つからないだろう。
 しかし。
 ぶっちゃけ怖いのだ。
 素の状態ではそれほど運動神経のよくないベリオでは、あのようないつ崩れるか知れたモノではない物体の上…しかも高い…に上るのはとっても怖い。


「…出番ですよ〜。

 やれやれ、世話が焼けるねぇ…」


 ベリオが遠い目で呟くと、ブラックパピヨンが表に出てきた。
 怪盗の彼女なら、この手の事は確かにお手の物だろう。
 僧衣の下にはいつもの専用コスチュームなので、クルリと一回転しただけでコスチュームチェンジ完了。


「さ、行こうかカエデ」


「応!
 …それにしても、相変わらず破廉恥な格好でござるなぁ…」


「いいじゃないか、こっちの方が大河も燃えてくれるんだよ。
 それに、この格好でベリオに交替した時の反応…カエデも何度か見てるだろ?」


「ああ、アレはいいものでござるなぁ。
 恥じらい慌てて、胸とホトを隠す様…。
 そう言えば、未亜殿がレズと嗜虐的嗜好に目覚めたのも…」


「ベリオにこの格好だったっけね。
 そう考えると、結構罪作りだわぁ。
 しかも、その後私に向かって『弟子にしてください』なんて言って来たんだよ」


「で、弟子でござるか?」


 ケラケラと笑うブラックパピヨン。
 その時の事を大雑把に話しながら、ブラックパピヨンとカエデは近くにあった木材やらドラム缶やらを足場にして、屋根の上に駆け上る。


「さて、これから遺跡の中心部に向かう訳だけど…」


「見つからないように上体を伏せ、なるべく素早く移動。
 …ブラックパピヨン殿、手話は解るでござるか?」


「解らない…けど、そこまで警戒する事もないだろ。
 こっちは地上何メートルに居るんだ。
 小声で話せば聞こえないさ……普通の人間よりも聴力のいいケモノや魔物だってね」


「そうでござるな…。
 では、拙者は上も警戒しておくでござる。
 あまり上ばかりみていると足を踏み外すので、10秒に1度程度でござるかな」


「OK。
 それじゃ、行くよ!」


 2人は足音を極力殺し、手近な柱に飛び移った。


 そのまま高い位置を保って2人は移動する。
 10分ほど走り回った後、ようやく魔物が動いているのを発見した。
 無言で目を合わせ、その上に移動して伏せる。
 勿論太陽の位置や風向きも計算し、影を作ったり匂いを嗅ぎ取られたりしないようにしている。


「……思ったよりも少ないね…。
 これが全部なら、奇襲をかけて終わりだけど」


「たったこれだけならば、王宮に助けを求めてくるとは思えぬし、罠だったとすればもっと沢山の戦力を用意する筈…。
 恐らくはあちこちに散っているのでござろうな」


「だろうね…。
 …………情報通り、確かに何かを探しているみたいね」


 頭上からの視線に気付く事もなく、魔物達はあちこちの瓦礫を退かしたり、意味もなくその辺を掘り返している。
 しかも結構真面目に。
 不満を言うでもなく、黙々と働き続けるその頑張り屋さんな姿は、魔物と言えども学ぶべきものがあるかもしれない。


「……妙でござるな。
 今まで見てきた魔物…と言ってもそれ程多くはないでござるが…は、殺戮や戦闘、捕食以外の為には積極的に動かなかったのに…」


「魔物は基本的に獣に近いからね…。
 自分の楽しみと本能以外の事には、それほど熱心じゃないのさ。
 …という事は、これは…少なくとも本能に根付いたものじゃないね。
 楽しみ…のためかねぇ?」


「こんな遺跡を掘り返して、どんな楽しみが?」


 2人はこっそり顔を出して、相変わらず勤勉な魔物達を見る。
 地味な作業を、時折トキの声など挙げつつ続けている。


「……今まで見てきた街の中には、人の気配は丸で無し。
 少なくとも、一ヶ月前にはこの街は無人になっていると見ていい…。
 魔物のためか避難したのかは別として、周囲への被害を気にしなくてもいいのは幸いだね。
 ……いっそ<街ごとに包むかい?」


「ムリでござるな。
 この街には、燃えるような材料で作られた建築物は少ないでござる。
 遺跡周辺には岩と所々に生えている雑草しか無いし、大した炎は期待できないでござる。
 もっと燃えやすい燃料があればまだしも、中途半端な炎では我々の行動が制限されるだけでござる」


「そうなると、逆に隠れ場所と逃げ道を失っちまうアタシ達の方が不利…」


 どれだけの魔物が居るのか解らないが、さすがに白兵戦で人海戦術に出られると分が悪い。
 ここは仕掛けを作りながら魔物を観察し、逃げ道を確保。
 そして迎えの御者が来たら、一気に大爆発させてそのまま逃亡…これが妥当だろうか。


「…仕掛けに使う材料は、その辺の民家からかっぱらって来るでござる。
 ブラックパピヨン殿は…逃亡路の確保。
 ベリオ殿は…」


「魔物達の行動をレポートに纏めてもらおうか。
 その手の面倒な作業は苦手だしねぇ…」


「拙者も苦手でござるなぁ…」


 2人とも、細かい仕事や事務的な作業には向いていないのだった。
 ベリオがブラックパピヨンの中から抗議する。
 マメで委員長気質のベリオといえど、面倒な物は面倒だ。
 やらなければならないのは解っているが、一方的に押し付けられるのは気に入らない。

 が、ブラックパピヨンはその抗議を一蹴する。


「うるさいねぇ、高い所での移動は怖いからってアタシに押し付けたのはドコの誰さ?
 …はいはい、解ればいいんだよ」


 どうやら軽く丸め込んでしまったらしい。
 ベリオ本人が真面目かつお人好しなので、口喧嘩でブラックパピヨンに勝てる筈もないのである。

 それを見ていたカエデは、ふと思った。
 思っただけでなく口にまで出した。


「…主人格が交替してきてないでござるか?」


「………今更その区別は無意味なんだけどね」


 とにかくトラップを作ってしまおうと、カエデとブラックパピヨンは街に一旦戻った。
 やはり人の気配は感じられない。


「…やはり納得が行かないでござるな。
 痕跡を見る限り、襲われたのでもないし、一度に人が全員居なくなるとも思えぬ…。
 まるで何者かが、住民を一度に移動させたかのようでござる」


「催眠能力を持つ魔物でも居るのか…。
 厄介だね…」


 ぼやきながらも、2人はその辺に放置されている使えそうな物を片っ端から掻き集めていく。
 日常生活に使われている品は以外と危険な物も多く、使い方次第では致死性のトラップを創り出すくらい造作も無い。
 直接作るのは専門職のカエデに任せ、ブラックパピヨンは細工している間の警戒を担当した。


「…カエデ、ベリオが言ってるんだけど」


「何でござるか?」


「魔物達の動向だけどさ…。
 明らかに地下とか、埋もれている場所を探してたよね?
 ひょっとしたら、遺跡はこの下にもあるんじゃないのかぃ?」


 カエデは罠を作る手をピタリと止めた。


「…可能性は高いでござるな…。
 奴らも挙動もそうでござるが、これほど大きな遺跡でござる。
 地下室の一つや二つ、あった所で違和感は無い…。
 そして地下に置くものといえば…」


「地上に置いて置けない…人目に触れさせられない何かか、さもなければ地下で保存する物…。
 十中八九前者だろうね。
 ここは千年前の“破滅”との決戦の地…。
 こんな場所に何かを保存する理由も無いだろうさ」


 尤もである。
 激戦が繰り広げられているのだから、地下に保存した所で何かの拍子に壊れる事は充分にありうる。


「ひょっとして、その人目に触れさせられな物とは、例の魔導兵器ではござらんか?」


「多分ね。
 …でも、もうそれは他の場所に移したって言ってなかった?」


「でござるな…」


 首を捻る2人。
 カエデはまた手を動かし始めた。


「まぁ、何にせよこれ以上大した事は出来そうにないでござるな…。
 調査をしようにも、魔物達の行動を見るだけでは発展のし様がござらん。
 一度戻って、この街が無人と化しているのを報告すべきかと」


「実りの無い遠征だったねぇ…」


 カエデが仕掛けていた罠が完成した。
 カムフラージュをつけて、さっさと引き上げる。
 そのまま街に戻ろうかとも思ったが、やはりもう少し観察する事にした。

 あちこち飛び回って、各方面の魔物達を発見し、その大体の位置を頭に叩き込む。
 魔物たちは非常に労働意欲が旺盛らしく、事態が進展しない事にも全く文句を言わずにあっちこっちを掘り返している。
 やはり地下を探っているのか。


「…仮に魔道兵器を探しているのだとするなら……これはちょっと面倒な事になるかもね…」


「? 何故でござる?」


「連中の知能は低くは無いけど、それほど高いって訳でもない。
 人間と違って、自分達が歩んできた歴史を残そう、伝えていこうって気も無い。
 だから、千年前の事なんか殆ど何も知らない筈なんだ。
 流石に“破滅”の事は伝えてるんだろうけど……魔導兵器の事を、態々伝えると思うかい?
 連中は魔導兵器の存在も、それがココで使われた事があるって事も知らない筈だ…。
 にも関わらず、ここで探してるって事は…」


「…誰かがそれを魔物達に教えた…または指示したって事になるでござるな。
 やはり“破滅”の軍……。
 ……確かに厄介でござるな。
 ひょっとしたら、後から援軍が来るかもしれないでござる」


「……もうちょっと罠を作っとこうか」


「でござるな」


 2人は本腰入れて罠を作り始めた。
 自分達が能動的に利用できるように工夫を凝らす。
 罠の場所と効果は、全て覚えておかねばならない。
 大軍がやってきた時、間違って自分がひっかかったら目も当てられまい。
 日が沈む頃まで、2人は罠を作り続けた。


 そして夜。
 カエデとベリオは、街の中に戻っている。
 魔物達は相変わらず遺跡の中を動き回っていて、街の中には入ってこなかった。
 2人は比較的汚れの少ない家を選んで、勝手に入って埃を払い、そこで夜を明かす事にした。

 夕食はカエデが持っていた携帯食料。
 忍としての職業柄、この手のサバイバル用品等は常に持ち歩いているカエデである。
 まぁ、携帯食料と言っても所謂忍者食や兵糧丸の類がメインで、味の方はというとカエデ曰く「アレは腹が膨れるんじゃなくて、食欲が萎むんでござる」だそうだ。
 それでも栄養素などはしっかり補給出来るのだから、鼻を摘んで飲み込んだ二人だった。

 そして仮眠と見張りを交替しながら休む。
 魔物が街には入ってきてないとはいえ、それは確実な事ではない。
 ひょっとしたら夜になってから街に入って眠るのかもしれないし、危惧した援軍が来るかもしれない。

 今はベリオが見張りをやっている。
 ブラックッパピヨンは早々にご就寝である。
 自分の内側と隣のカエデから遠慮なく浴びせられるα波に必死で対抗しながら、昼間に張った罠…結界の応用で、罠に触れたらベリオに連絡が飛ぶようになっている…を維持する。

 その罠に、何かが引っ掛かった。
 ベリオはその反応を即座に感知する。
 が、まだ敵襲と決まった訳ではない。
 野兎の類かもしれないのだ。
 だから精神を集中させ、反応のあった罠に触覚を伸ばす。


「………反応…特に無し…。
 やはり野生の動物がかか………!?」


 確かにそこの罠には反応は無かった。
 だが。

 反応。反応。反応。反応。
反応。反応。反応。反応。反応。
  反応。   反応。

 あちこちの罠から送られてくる反応。
 明らかに、大勢の何かがこの街に迫ってきている。


「カエデさん、起きてください!
 敵襲です!」


「!!」


 敵襲、の一言でカエデは飛び起きた。
 手早く荷物をチェックし、クナイや手裏剣の数を確かめる。
 そしてゴーグルを着け、これで戦闘準備完了。


「どちらから来るでござる?」


「東側です。
 ここでじっとしていても追い詰められるだけですね。
 とにかく外に出て、敵の規模を確認しましょう」


「ゲリラ戦ならば、街の中が向いているでござるな。
 幸い人も居ないし、派手にブチ壊すでござるよ」


 戦う事よりも破壊を目的としたよーな言い方だが、気にしてはいけない。
 2人はまず外に出て屋根の上に駆け上がり、カエデが持っていた遠眼鏡で敵を探す。
 暗くて見えにくいが、そこはゴーグルに付いていた光量調節機能で誤魔化した。
 少々見えづらいが、充分視認できる。


「どうですか?」


「…居たでござる……?
 人型でござるな」


「人型ですか…。
 面倒ですね、二足歩行タイプの魔物は結構知恵が回る連中が多いんです…」


「いや、そうじゃなくて…人間なのでござるよ。
 しかもあの身のこなし……拙者と同業と見たでござる」


「人間?
 それにカエデさんの同業というと…ニンジャなのですか?」


「恐らく」


 話がややこしくなって来た。
 敵なのか味方なのか。
 王宮からの増援では無さそうだが…“破滅”の軍と決まった訳でもない。
 後者である可能性は高いが、確証が無い。


「先制攻撃…でござるかな。
 仮に敵だった場合、忍び相手に受身の作戦はお勧め出来ぬでござる。
 まず最初に必殺の策を張り巡らせ、それが破れても何かしらの手を打ってある筈…」


「包囲網から一気に抜け出すしかないんですね…。
 ………戦わずに逃げるというのはどうでしょう?
 無理に迎撃する必要もありませんが」


「尤もな話でござるが、せめて連中の素性くらいは確認しておきたいでござるよ。
 …………む、誰かを探しているようでござるな」


 遠眼鏡でニンジャ達を観察していたカエデが呟く。
 この街で探す物があるとすれば、ポンと上がる候補は3つだ。
 1、遺跡に眠っていると思しき何か。
 2、この街の生き残り。
 3、カエデとベリオ。

 探し回っているのは街の中なので、まず1は除外。
 生き残りを探すなら、態々夜中に来て気配を消しながら、家々の窓を覗きこむような必要は無い。


「つまり…私達を探しているのですね…。
 ……私達の増援の可能性は無いに等しい。
 となると、やはり敵ですね。
 “破滅”の軍か、それとも私達を拉致して洗脳でもする気なのかはしりませんが…」


「黙っていてやる義理もないでござるな。
 ………ん?」


 再び声をあげるカエデ。
 遠眼鏡に移った光景に、気になる物があったのだ。

 1人のニンジャが、家の中に何かを投げ込んでいる。
 投げ込まれた物に、カエデは見覚えがあった。
 彼女も持っている。


「…炸裂弾の類…。
 こりゃ完全に拙者達を殺しに来てるでござる。

 ベリオ殿、移動するでござるよ。
 この調子だと、半刻もすればあちこちに爆弾がしかけられるでござる。
 遺跡を通って移動した後、逆にこっちが吹き飛ばしてやるでござる」


 敵のニンジャが仕掛けた爆弾を、こちらが利用しようというのだ。

 ベリオは複雑な顔をした。
 敵とはいえ、躊躇い無く殺そうとしているカエデに小さな恐怖を覚えたのである。
 だがすぐに頭を振ってその感情を吹き飛ばす。
 この状況では、カエデこそが正常と言えない事も無い。
 躊躇いは己にこそ返って来るのだ。


「そうと決まれば、早いところ行きましょう。
 発見されては元も子もありません」


 2人は遺跡に向かって移動する。
 遺跡の中には、魔物達は居なくなっていた。
 罠が作動した形跡は無い。
 見抜かれたのでは無さそうだから、偶然掛からなかったか別の方向へ向かっただけなのだろう。

 2人は遺跡を駆け抜け、街に戻った。
 ニンジャ達は既に通り過ぎた区域に向かい、仕掛けられた爆弾を探す。
 窓から無造作に放り込まれただけのそれは、あっさりと見つかった。


「火は?」


「ここに火打石があるでござる。
 拙者の爆弾の導火線を長くして……で、火をつけるでござる。
 火をつけて約1分後に爆発、そしてあちこちの爆弾に誘爆。
 洒落にならない破壊力でござるから、火をつけたらすぐに遺跡に走るでござるよ」


 とりあえずベリオは全速力で遺跡に退避した。
 …カエデを置いて。


「…ベリオ殿と拙者の移動速度を考えると、あながち間違いとも言えないでござるが…」


 せめて一言、などとブツブツ言いつつカエデは導火線に火を付けた。
 そして走り出す。
 あっという間に必死の形相のベリオを追い抜き、ついでに振り返ってバック走で走りつつベリオに向かって手を振る。
 …勿論嫌がらせだ。

 そしてカエデが遺跡に駆け込み、ベリオが街を抜けて物陰に隠れた瞬間。


どっごおおおおォォォぉぉぉぉおぉぉぉおおぉおおんんんンンンンンンンンん……


 街から大爆発が起こった。
 幾つもの爆弾が引火したらしく、その爆発の規模と威力は類を見ない。
 具体的に言うと、ルビナスが実験に失敗して大爆発を起こした際の数十倍だろうか。
 ニンジャ達は、予想以上に沢山の爆弾を仕掛けたらしい。
 ひょっとしたら、効果を倍増させるために油のような可燃物も仕掛けたのかもしれない。

 ベリオとカエデは、恐る恐る遮蔽物から顔を出す。
 そこで見たのは、街などではない。
 荒れ狂う炎と吹き荒れる爆風だけだった。


「……自分でやっといてナンでござるが…悪魔の所業でござるな。
 どこぞの魔術師の戦争で聖杯がぶっ壊された時並みでござる」


「誰も住民が居ないとはいえ……。
 ………アタシもこれほど派手な火付けは見た事ないわ…。
 …とにかく、これならニンジャ達は全滅確定だろうね」


 自分達のした事に戦々恐々しながらも、ブラックパピヨンは冷静に状況を分析する。
 少なくとも、爆弾を仕掛けて回っていた忍者達は撃退できただろう。
 問題はこの後である。
 これだけの大爆発を起こした以上、魔物達にも侵入者…自分達の事だ…の存在を気付かれただろう。
 それに、あのニンジャ達が本命の部隊とは思えない。
 恐らくは偵察か工作員の類だ。
 まず間違いなく、この後に本命の戦力が来る。


「カエデ、とにかく隠れるよ。
 昼間にトラップを仕掛けまくった区域に移動して、篭城戦の構え…はマズイか。
 援軍が来る予定なんて無いし…」


「…そうでござるな。
 やはりゲリラ戦に徹するべきでござる。
 しかし相手はその道の専門家…。
 一筋縄では行かぬでござる。
 ベリオ殿、ブラックパピヨン殿、覚悟はよろしいか?」


 相手も自分も得意な土俵で戦うべきか、それとも苦手な土俵で戦うべきか。
 カエデは前者を選択し、腹を括った。
 ベリオも頷き返す。


「勿論です。
 私が死ぬ時は、大河君と一緒にベッドの上と決めています…。
 ………?
 わ、私はナニを言ってるんですか!?」


「いや、拙者に言われても…。
 というか、冗談抜きで腹下死しかねないでござるからなぁ、師匠が相手だと…。
 最近は人数が増えたお蔭で、大分楽になってきたでござるが」


「それはそれで複雑ですよね…今更ですし。
 正妻第一候補の未亜さんからしてあのザマ…」


 2人はSモードの未亜を思い浮かべ、同時に首を左右に振ってイヤな回想を中断した。

 とにもかくにも、ここに居るのはよろしくない。
 2人は戦いに適した場所に移動しはじめた。

 上空を警戒する為にカエデが夜空を見上げれば、地上の大火事など気にも留めずに月と星が光っている。
 月の位置を見て計算するに、今はちょうど0時。
 日付が変った頃だった。


未亜・リリィ・リコ・ダリアチーム 一日目・夜


 彼女達は馬車を乗り継ぎ、ある街で一泊していた。

 極秘任務という事で何も聞かなかったリリィだが、どうにも納得できない。


「…こんな事でいいんでしょうか?
 今でも大河やベリオ、カエデ達は戦っているかもしれないのに…」


「フツーの宿屋で誰を相手に戦うっていうのよ〜ん、強盗じゃあるまいし。
 あ、ひょっとして…リリィちゃん、これから戦いに向かうんだから、パーッと強盗でもして景気を盛り上げようと!?」


「そんなモンやったら、一時盛り上がってもその後深刻に盛り下がるでしょーが!
 指名手配犯になってどーするんです!
 そこの2人、いそいそと何を準備してんのよ!」


「いや、リリィさんが何かアブない事言ってるから今の内に逃げようと」


「強盗するだけして、言い出しっぺのリリィさんに罪状を全部押し付けようと」


「言い出しっぺはダリア先生よっ!」


 部屋の中とはいえ、騒ぐと隣の部屋などに声が聞こえてしまう。
 強盗だと勘違いされては敵わないので、声を抑えるリリィ。
 これがフローリア学園内なら魔法をぶっ放してもいつもの事で済むのだろうが、ここではそうは行かない。
 平常心平常心、と必死に言い聞かせるリリィだった。


「でも実際の所、今から急いでも間に合わないのよねぇ〜。
 夜の登山は危険だし…」


「登山?
 山を登るんですか?」


「正確には、登るんじゃなくて超えるのよ。
 迂回しようにも、山脈だから物凄く遠回りになっちゃうの」


 ダリアの言葉に、リコは頭の中で地図を引っ張り出す。
 王都からこの街まで直進してきた。
 経路を考えると、恐らくこの先も直進するだろう。
 この街から先に進むと、大きな山脈に突き当たる。
 恐らくその山脈の何処かを登って超えるのだろう。
 しかし…。


「この先の山脈を越えると…海しかありませんが?」


「そうなのよぉ〜、だから水着は必須ね♪
 大河君が居ないのが残念だわぁ〜」


 と言いつつ、しっかり水着を買っているダリアだった。
 リリィと未亜も多少は海水浴に心が揺らいだものの、流石にそんな事をしていられる時期ではない。
 今から水着を買いに行く理由もなかった。
 リコはというと、ただ塩水に浸かってパチャパチャ水遊びをするのがそんなに楽しいのだろうか、と首を傾げている。
 …確かに、何が楽しいのかと聞かれると微妙に返答に困るのだが…。
 彼女達に水着の素晴らしさを語っても、ちょっと白い視線が帰ってくるだけだろう。
 大河がいれば、ブーメランでも履かせようと画策していたかもしれないが。


「海に行って、そこで極秘任務…ですか?」


「そもそもどうしてダリア先生が目的地を知ってるんです?
 私達も知らないのに…。
 いくら引率とは言え、ダリア先生は一介の教師でしょう?
 普通は私達にこそ教えられると思うのですが…」


 リリィの疑問も尤もである。
 ミュリエルの懐刀でもある(信じられないが)彼女とは言え、(未亜達から見れば)王宮とは何の関わりも無い筈だ。
 そもそもダリアは昼行灯を装っている…地かもしれないが。
 そのダリアに重要な情報が与えられて、自分達は何も知らされていないというのは納得が出来ない。

 これを説明するには、ダリアは自分が間諜だと明かさねばならない。
 だからダリアは適当に誤魔化す事にした。


「きっと私に頼り甲斐を感じ「たワケないでしょうナンか受信してるんですか」…リコちゃん、ツッコミが厳しくなったわね…」


「日々マスターとご主人様に鍛えられてますから」


「じ、じゃあそうだ、きっと私が信用でき「同じでしょ」…未亜ちゃんノリが悪い…」


「ダリア先生のネタが悪いんです」


 ちょっと落ち込んだダリアだったが、意外な所から助け舟が出た。


「待って未亜、案外本当に信用したのかも…」


「リリィちゃん、解ってくれるのね!」


 未亜とリコの『コイツ大丈夫か』という視線を受けて、リリィは少々怯む。
 ダリアがリリィを感激の眼差しで見詰めるが、リリィは一顧だにせずに言葉を続けた。


「仮にも私達の教師なんだから、実力はあるし…。
 何より、信頼じゃなくて信用したんじゃないか、って言ったのよ。
 ダリア先生みたいな人が、“破滅”の軍のスパイをやれると思う?
 少なくとも情報漏洩は無いと踏んだのよ」


「「ああ、なるほど」」


「…リリィちゃんヒドいわ〜」


「あ、でもダリア先生のことだから、うっかり口を滑らすかも…」


「「おお、なるほど」」


「もっとヒドいわ〜」


 実際には思いっきりスパイなのだが。
 ちょっと哀しくなって、いっそ本当に“破滅”のスパイになってやろうかと思ったダリアだったが、ずっと昼行灯を装っていた自分の演技が完璧なのだと自己完結して立ち直った。


「さ、それじゃパジャマパーティはそろそろ御開きにして、明日に備えて眠りましょ。
 明日は朝一番から山越えするわよ〜」


「立ち直りが早い…」


 これだからダリアは弄られキャラなのだ。
 未亜達は翌日の山登りという苦行を思い、ゲッソリしながらもそれぞれのベッドに潜り込んだ。

 灯りを消すと、程なくしてダリアの寝息が響き始める。


「……寝るのが早いわね…」


「昼行灯なだけじゃなくて、昼型人間なんでしょうか…」


「でも時々夜中に食堂で、摘み食いしてるの見かけますけど」


「…で、リコは何でそんな時間に食堂に行ってるのよ?」


 痛い所を突っ込まれたリコだが、華麗にスルー。
 その視線は一点に釘付けだ。


「? リコちゃん、何を見て………」


 リコの視線を追った未亜も口が凍る。
 不思議に思ったリリィも、その理由はすぐに解った。


「…大きい」


 仰向けになり、布団を被ってさえもハッキリと解るそのボリューム。
 ダリアの胸である。
 でかい、でかすぎる。
 巨大なのは解っていたが、これほどとは。
 例え同性で未亜のような趣味が無いとしても、好奇心が疼く程のボリュームだ。
 ツルペタのリコからすれば、この世の不条理を一身に集めているように見えるだろう。
 未亜はまだいい。
 平均近くはあるし、大河に何年も揉みまくられたお蔭で、原作よりも多少は大きくなっている。
 リリィも何とか耐えられる。
 黒ヒョウモードになれば、ちょっとだけ胸が大きくなるからだ。
 が、リコには…。


「……私が日々大きくしようと頑張っているのに、何ですかこの落差は…。
 大体、私の体は基本的に自分で変えられる筈なのですよ…。
 そりゃあまり大きな変化は出来ませんが、全く進展なしとはどういう事ですか?
 命と願い、赤の力を使っているのに、どうしてちっとも大きくならないんですか?
 そりゃ大きければいいというモノではありませんし、ご主人様はちっちゃいのも好きですが、こんな酷な事はないでしょう。
 私にだって女としてのプライドとか見栄とかあるんです。
 …マスターですか?
 マスターが私の力を吸い取っているんですか?」


 クルリと未亜に顔を向ける。
 そして四つん這いになって、死してなお散歩するラクーンシティの住人を彷彿とさせる動きで未亜のベッドに向かう。


「マスター…私から胸を取りました?
 取りましたね?
 返して…。
 返してください。
 私の脂肪と希望の塊を返してください…!」


「そ、そんな事言われても…。
 え、ええと、リコちゃん落ち着いて!
 私から奪うよりも、ダリア先生のおっきいのをかっぱらった方が効果的じゃないの!?」


 クルリ。
 リコはあっさり方向を変えた。
 のったらのったら歩きながら、リコはスヤスヤと眠るダリアの元に歩いていく。
 …このまま放っておくと、ダリアの胸に噛り付いて惨劇が起きそうだ。


「……私は寝る」


 リリィは耳を塞いで、布団に潜り込んで速やかに夢の世界に逃げ出した。
 塞いだ耳の隙間から、何やら叫び声とかが聞こえてきた気がするが、リリィは自分の殻に閉じこもって出てこようとしなかった。

 …その夜、リリィはまっ平らな壁に追いかけられて巨大な肉団子の上を走る夢を見たらしい。


クレア・イムニティ・ルビナス・ナナシ組 一日目・夜


 で、今度は王宮。
 例によってクレアは書類相手にペッタンペッタン判子を押している。
 これまた例によって姿を消しているが、その後ろではイムニティが漫画を読んでいる。
 カエデとベリオの護衛に向かったが、二人が目を覚ますのを確認してさっさと帰ってきたらしい。


「…イムニティ」


「ん?」


「ナナシとルビナスはどうしておる?」


「ああ、あの二人なら…」


「え〜と、今日は暑かった。
 立ち寄った村でカキ氷を買って食べる。
 練乳付きのイチゴ味が絶品……これも日記ですの」


「日記って言うのかしらねぇ…」


 ルビナスとナナシは、王宮の書庫の一角で大量の本を相手にしていた。
 アルストロメリア王女は筆不精だったクセに、やたらと日記が多い。
 しかもその9割以上がその日の食事の事である。


「…ったく…。
 日記を書くなら書くで、もうちょっと面白い内容にしてくれないかしら。
 王族なんだし、死後に日記を漁られる可能性だって考えられないワケじゃなかったでしょうに…。
 大体食事の記録なんて残して、どうするつもりだったのかしら?」


「お仕事を引退したら、世界各国で食べ歩きをするんじゃないですの?」


 ルビナスはうんざりしているようだ。
 無理もないだろう。
 ルビナスとナナシには、アルストロメリアが使っている言語は日常生活に使う言語と大差ない。
 まぁ、ルビナスがホムンクルスとなって眠りに付く前は同じ時代に生きていたのだろうから、これは別におかしくない。
 が、はっきり言って読みにくいのだ。
 メッタラクソに字が汚い。


「ルビナスちゃーん、どーしてアルストロメリアちゃんは普通の日記に暗号を使うんですの?」


「知らないわよー。
 クレアも面倒な仕事を押し付けてくれたわ…。
 ハイ、これもただのご飯の記録…と」


 ルビナスはぞんざいに本を放り出す。
 放物線を描いて飛んだ本は、積み上げられた日記…というか食事記録の上に見事に着地した。
 知識を宝とする錬金術師としては噴飯物の本の扱いだが、この場合は誰にも責められるまいとルビナスは確信している。

 ナナシもうんざりしているようだが、彼女は基本的にヒトとして問題があるくらいに“良い子”なので本を放り出すようなマネはしない。
 脚立から降りて、検閲済みの本棚に移す。
 そして振り返れば、やたらと数が多い日記。
 アルストロメリアの日記だけでなく、歴代の選定姫や王の日記も混ざっているからこその量なのだろうが…。


「あー、メンドくさ…。
 速読機能を付けておいてよかったわ…。
 なかったらこの2割も進めばいい方だったでしょうね…」


「ホントですの…」


 2人して机の上に突っ伏する。
 そのまま暫く目を閉じていた2人。
 が、ルビナスが急に目を大きく見開き、体を起こす。


「今、私……ひょっとしてこんな事もあろうかとって言うチャンスを見逃した!?」


「こんな事もあろうかと、速読機能を付けたんですの?」


「え? あ、まぁ……重要な情報とかを一気に受け取る為につけたんだけど」


「じゃーこんな事もあろうかと、は言えないですの。
 少なくとも故人の日記を解読するためじゃないですの〜」


「そ、それはまぁ…そうなんだけどね」


 それでも一生の不覚、と呟くルビナスだった。

 深く溜息をついて、次の日記を手に取るナナシ。
 それを見て、ルビナスも同じく日記に手を伸ばす。


「あ゛ー…何か面白い日記ないかしら…。
 アルストロメリアの日記はご飯の事ばかりだし、他の人の日記は似たような事か政治の事しか書いてないし…。
 もうちょっと私生活を見せなさいっての…」


「ルビナスちゃん、さっきから文句ばっかりですの。
 キモチは解るけど、お仕事お仕事…。
 仕事が出来るオンナって、ダーリンも好きそうですの」


「ああ、美人OLとかキャリアウーマンとか。
 実際ミュリエルが仕事が出来るオンナですものね。
 う〜……まぁ、実際そういう事はどうでもいい訳よ。
 私だって仕事はするわ」


「じゃあ何がイケナイんですの?」


「決まってるじゃない!
 実験よ、実験!
 新たなる可能性の模索よ!

 ナナシちゃん、思い出してもみなさい!
 一昨日私はナナシちゃん達に実験を中断されて闘技場に連れて行かれたでしょう!?」


「ふ、ふにゃ!?」


「で、あの後落ち武者と戦ってチェミックを殺され、でもって戦いが終わったら終わったでダーリンを自室に引きずりこむ為のアピール合戦!
 そして朝までお楽しみ、あれはキモチ良かった…。
 それはそれとして、その後一眠りしてすぐに出発でしょ?
 予定していた実験が終わってないのよ…ああっ、思い出したら欲求が不満してきたっ!」


 図書室という事も忘れて、うきぃーっと頭を抱えて叫ぶルビナス。
 地団駄も踏む。
 まぁ、誰も居ないから迷惑にはならないのだが。

 どうしたものかとナナシは迷ったが、ヘタに突付くとデンジャラスゾーンに引き込まれそうなので放っておく事にした。
 彼女にしては賢明な選択だ。
 適当に本棚から日記を取って、パラパラ捲りながら斜め読みする。
 それだけでも内容はほぼ頭に入ってくる。
 ナナシには細かい事は解らないが、書いてあるのはやっぱり食事オンリー。
 ルビナスの科学力とクレアの先祖の筆不精加減に感心しながら、ナナシはまた本を検閲済みに移動させた。


 魔力のスクリーンに映し出されたその光景を見ながら。


「……アレな先祖で、苦労をかけるな…」


「…千年前も、かなり大雑把で能天気な性格っぽかったわ…」


 神経が確実に磨り減っているであろうルビナスとナナシに深く同情していたクレアだったが、イムニティの呟きに振り向いた。

 そう言えば彼女は本の精霊だった。
 当然彼女の先祖とも会った事があるだろう。


「考えてみれば、お主に聞けばよかったのだな…」


「それもいいけど…私、アルストロメリアの事は殆ど何も知らないわよ。
 王族だったって事も、今回の“破滅”で始めて知ったんだから」


「…何故?」


「だって私は白の主に付きっ切りだったもの。
 ロベリアと話していた所は見た事があったけど、大して興味もなかったから忘れちゃったわ。
 ロベリアが封印される前に私は封じられちゃったし…時期的には“破滅”が終わる少し前ね。
 救世主候補同士の戦いはラインを通じて感知できたけど、それ以外の決戦がどうなったのかは私も知らないのよ。
 魔導兵器が使われた所も…千年前は見てなかったし、その後どこに持って行かれたのかもね」


 つまり、順序としてはこういう事か。
 .ぅ爛縫謄I印。
 ▲蹈戰螢封印・イムニティも封印の外を感知できなくなる。
 ゼロの遺跡で魔導兵器発射・当時の王都が壊滅した。
 じ綮亘。

 ならば知らないのも無理は無い。
 まぁ、どっちにしろ聞いた所でルビナス達の仕事には変わりない。
 本人達には言ってないが、2人に日記やらアルバムやらを漁らせているのは、本の中からミュリエルの名前や過去を探し出させるためだ。
 ミュリエルが千年前に生きていた人間だと、動かぬ証拠を突きつけて、“破滅”の真相を出来る限り吐き出させるために。


「やれやれ…。
 さて、そろそろ食事にするか。
 イムニティ、何がいい?」


「鉄人ランチ…はやめておくわ。
 私はリコみたいに大喰らいにはなりたくないし。
 じゃあ、無難に今日のオススメ辺りで」


「解った」


 クレアは判子を置き、呼び鈴を鳴らした。
 なお、今日のオススメはヨジデー料理という、顔がゴツイ謎の生き物を使った料理だった事を追記しておく。
 アルストロメリアの日記によると結構美味いらしいが…すくなくともイムニティは、その顔を見ただけで大分食欲が失せていた。


傭兵科生徒・セル組 一日目・夜


 セルは緊張していた。
 戦闘に向けた緊張ではない。
 確かに初の戦場は恐ろしいが、傭兵科の仲間達も居るし、ホワイトカーパスには強力な部隊も多いので、何とかやっていけると思っている。
 では何に緊張しているのか。
 まず、これからセルの上官となる人物の事を考えると自然と精神が引き締まる。

 紅蓮の獅子、ル・バラバ・ドム。

 セルのみならず、傭兵科生徒達は彼に向けて尊敬と恐れの念を少なからず持っている。
 何せ大陸にその名を轟かせる名将。
 比肩できる者は前任だったロナワーや、終生のライバルと目されているジャスティ・ウエキ・タイラーくらいだろう。
 尤もタイラーに関して言えば、少なくとも武芸は圧倒的にドムが上なのだが。

 臨時とはいえ、彼の指揮する部隊で働けるというのは身に余る光栄…ぶっちゃけた話、足を引っ張ってしまいそうで気が引けるのだ。
 が、こんな一生にあるか無いかのチャンスを逃がしてたまるものか。
 良い所を見せる…というのは5年早いとしても、目をかけられたいと思うのは誰でも同じある。


(……そう言えば、大河の奴はドム将軍と一緒の馬車で来てるんだよな…。
 ぬぐぅ…う、羨ましい奴…女性関係だけじゃなくて、有名人にまで直接話せるとは…)


 密かに親友に嫉妬する。
 出来ればサインを貰ってきて欲しい、などと思っていたセルだった。


 で、セルが緊張しているもう一つの理由。
 セルが考え事に気を取られた瞬間に、背後の傭兵科生徒の手がピクリと動く。


「とっ!」


「…チッ」


 それを察知したセルは、咄嗟に前方に跳ねて距離を取る。
 すぐに周囲に視線を走らせ、自分が誰のリーチの中にも居ない事を確認した。

 手を動かした生徒は、忌々しげにセルを睨みつけたが何も言わない。


(ふぅ、危ない危ない…。
 ……アルディアさん…は恨めないから、大河…恨むぞ)


 四方八方から突き刺さる槍の如き視線で、セルはちょっと消耗しつつあった。
 何があったかと言うと、昨日の事である。




 大河達が王宮に出発して暫くした後、セル達傭兵科生徒も出発した。
 行き先は、大河達と同じく王宮。
 しかしそのまま休憩もせずに、必要な書類だけ受け取ったら直ぐにホワイトカーパスへ向かうのだ。

 その頃から、セルは周囲からのプレッシャーを敏感に感じ取っていた。
 本人も危うく忘れかけていたが、彼は傭兵科生徒全軍から逃げ回っていたのだ。
 召集がかかったので応じて行ったのだが、そこで待っていたのは『どのツラ下げて来やがった』と言わんばかりの殺気。
 そこでようやく、自分が傭兵科生徒血の掟を破った事を思い出したセルだった。

 何時ぞやの食堂前での大乱闘でウヤムヤになっていたが、儀式にかけられるのは間違い無さそうだ。
 儀式は月の綺麗な夜にやるのだが、今捕まってしまえば逃げ出すのは不可能に等しい。
 今から戦場へ送られるのだ。
 ヘタに逃げると、脱走兵扱いされるだろう。

 幸いな事に、その場には統率役としてドムの部下が来ていた。
 憧れの名将に無様な姿が伝わっては、と傭兵科生徒達は何とか堪えていたのだった。
 思わぬ幸運に助けられ、予定通りに馬車に乗り込んで出発する。

 ここまでは、まぁ良かった。
 なんだかんだで膠着状態が出来上がっていたし、多少居心地が悪くても村八分ではない。
 問題は…王宮に向かう道での事だ。

 ケルビムとセルが話している。


「セル、お前の彼女とはどんな娘なのだ?」


「べ、別に彼女ってワケじゃないんだが」


「似たようなモノだろう?
 お前のような奴と、散歩気分でデートをする物好きが居るか?
 お前がその人とデートできるという事は、即ち2人は付き合っているという事だ」


 何だか強引な結論である。
 ちょっと失礼な事を言われたような気がするが、セルはどう反応すべきか迷っていた。

 確かにアルディアは愛しい。
 が、それがラブなのかライクなのか、はたまた可愛い物を見て心が和むのと同レベルなのか。
 ちょっと判断が付かないのだ。
 それに、セルは自分がロリだとは思っていない…妹属性なだけだ、多分、きっと、恐らく。

 どうしたものかと頭を掻くセル。


「別に彼女じゃなくてもいいがな。
 デートしただけでも、掟を破った事には変わりない。
 で、どんな物好きなんだ?」


「どんなって……っと!?」


 突然馬車がゴトンと揺れて停止した。
 あやうくケルビムに向けて倒れこみそうになるのを意地で避けて、セルは何事かと思う。
 他の生徒達もざわついている。


「何かあったのか?」


「さぁ?
 ここら辺でモンスターの奇襲って事はないだろうが」


「…状況確認、してくるべき「セル!」……ほえっ!?」


 行動すべきか迷っている内に、いきなり馬車の扉が開かれて見知った顔がのぞく。
 言うまでもなくアルディアだ。
 そしてセルは思い当たる。
 現在位置は、丁度アルディアの屋敷の前である。


「せ、せる…そのこは…」


「……お前の言う物好きな女の子、アルディアちゃんだ」


「セル! セル! セル!」


 呆然とするケルビムや生徒達を放っておいて、アルディアは何やらハイテンションでご機嫌だ。
 意味もなくセルの名前を連呼し、頬を上気させている。
 どうやら馬車が停まったのは、進路に彼女が飛び出してきたかららしい。


「あ、アルディアさん…なんでここに?」


「うん?
 さっき大河から、セルがここを通るって聞いたから張ってたんだ。
 そしたらこの馬車からセルの気配がした」


 アルディアは気配探知なんぞできるんだろーか。


「セル、セル!
 お前はドコに行くんだ?」


「ど、ドコって…」


 ここで話すのは情報漏洩罪だろうか。
 ちょっと迷ったセルだが、アルディアはお構いなしだった。


「私ももう直ぐ出掛けるんだ。
 一緒に行こう!」


「い、いやそういう訳にも行きませんよ!
 こっちも仕事なんですから…」


「セルは私よりも仕事がいいのか?」


「アルディアさんの方が100万倍イイです!」


「じゃあ一緒に行こう!」


「そ、そう言われても…。
 そもそもアルディアさんは何処に行くんですか?」


「私か?
 私はな、「お嬢様」…っと、スマンな爺」


「あ、執事長」


 唐突にジュウケイ惨状…もとい参上。
 お子様とはいえ美少女のアルディアと親しげに話すセルに集中していた嫉妬の視線が、一気に散った。
 ジュウケイの醸し出す暗くて重苦しい雰囲気に恐怖しているらしい。
 しかも3秒前までは影も形も見えなかった。
 セルとしても気持ちはよーく解る。
 初めて会った時なぞ、魔物と間違えて斬りかかってしまったものだ。
 …速攻で半殺しにされたが。
 しかもアルディアはジュウケイの口八丁に騙されて、それを2人で遊んでいるのだと思っていた。


「お嬢様、あまりセル殿を困らせるものではありません。
 セル殿にはセル殿の、やらねばならない役割というのがあるのです。
 お嬢様にもございます」


「むぅ…」


 ジュウケイに窘められ、アルディアは不機嫌に黙り込んだ。
 納得していないのは明らかだったが、アルディアは中身が子供でも、基本的に心優しい。
 知らない故の残酷さはあるが、彼女としてもセルを困らせるのは本意ではない。
 渋々引き下がる。


「じゃあセル、帰ってきたら一緒に遊びに行こう。
 王都で色々な物を食べたい!」


「いいッスよ。
 お供します」


 何とかアルディアも落ち着いてくれた。
 ジュウケイに目線で礼を言うと、軽く笑って返された。


「それではお嬢様、そろそろ出立の時間でございます。
 お屋敷にお戻りになってください」


「うむ、解った。
 セル、それじゃまたな!」


 ブンブン手を振って、セルが手を振り返すのを満足げに見ると、それこそ疾風のように走って行った。
 残ったジュウケイも、セルだけでなく傭兵科生徒とドムの部下に一礼してフッと姿を消す。
 5秒ほど沈黙が支配した。

 ……ドサッ

 誰かが倒れた音。
 どうやらジュウケイがいきなり消えた事により、緊張の糸が切れたらしい。
 …慣れなければ、アレはキツイだろう。
 現場からの叩き上げで出世したドムの部下も、心臓を抑えて顔を青くしている。
 とにかく場の雰囲気をどうにかしようと、セルに向かって問いかけた。


「…せ、セルビウム・ボルト…今のは一体何だ…?」


「…下宿先の主と執事長です…」


「という事は…ロリとは言えあの美少女と、不気味な爺さんと一緒に暮らしていたのか…。
 天国と地獄だな」


 ケルビムが虚ろな笑い声をあげる。
 が、ふと笑いを引っ込める。


「……あのアルディアとやらの懐きよう…。
 セル、貴様あの少女に一体何をした?
 いくら相手純真無垢な少女とはいえ、貴様が無条件にあれ程好かれる訳が無い。
 言え、言えセル!
 貴様あの少女にどんな洗脳を施した!?」


「俺はそこまで外道じゃねーって!」


「ええぃ、黙れ黙れ!
 貴様があのよーな見目麗しく将来有望な少女に好かれ、我々傭兵科生徒には彼女がロクに出来ないというのは絶対に不条理だ!
 しかも貴様、あのモノノケ殿が一緒とは言え共に暮らしていたのだな!?
 さては朝から晩まで拘束して」


「んな事したら執事長に殺されるわぁ!」


「という事は、自分から拘束されてあの少女を女王様逆調教する算段だったのだな!?
 くっ、光源氏計画とは何と羨ましい!」


 ちょっと危険な本音が漏れたような気がするが、生徒達の視線は先ほどまでとは比べ物にならない程の嫉妬が篭っていた。
 ドムの部下は、『これも青春…』などと言いつつ傍観の構えだ。
 彼としては、今からカチンコチンに緊張してもらっていては現場に到着した時に使い物にならなくなる、と思っているのでこの騒動は丁度いいのかもしれない。

 ギャアギャア騒ぐ二人を、ゆっくりと生徒達が包囲しようとしている。
 それを見ながら、ドムの部下は再び馬車が動き始めるのを感じた。




 ってな事があり、生徒達は隙を見てセルを拘束し、今晩にでも最上級の儀式にかけようとしているのだ。
 ホワイトカーパス州には、フローリア学園傭兵科OBも何人か雇われている。
 彼らに聞いて、ケルビムも知らない最大の儀式にかけてやろうというのだ。
 勿論セルは全力でそれを回避し続けている。
 狭い馬車の中で逃げ切れたのは、偏に彼の幸運とドムの部下の存在のお蔭だっただろう。
 ちなみに途中で泊まった宿屋では、男色のA君に襲われかけた。
 無言の内に彼らは部屋の割り振りを変えていたのだ。
 見事なコンビネーションである。

 今は一応自由時間である。
 ドムの部下のお守りは既に無い。
 常に臨戦態勢で居なければ、あっという間に捕獲されてしまう。

 幸運な事に、傭兵科生徒全員がこの場に居るのではない。
 ホワイトカーパスに到着後、3,4人毎にそれぞれ別の場所に向かわされた。
 それぞれ別のチーム…或いはベテラン兵につけられるのだろう。
 だからセルと共に行動している傭兵科生徒も3人のみ。
 これなら何とか対抗できない事も無い。
 普通は3対1ならまず勝ち目はないが、現在位置が勝手知ったるフローリア学園ではないし、微妙に萎縮しているし、何よりセルをどうこうしようにも人目と制限時間がある。
 それに、セルは傭兵科生徒の中では図抜けて強いと言っていい。
 剣の腕は平均的だが……ぶっちゃけた話、他と比べるのがアホらしくなるくらいに頑丈で体力がある。
 何せライテウスを使った魔法やジャスティの弓を受けても、吹き飛ばされるだけで致命傷を負わない。
 急所さえ避けていれば、ヒヨッ子どもの剣なぞ恐れるに足りないのだ。

 セルと他の生徒達が静かに間合いを計りあっていると、1人の兵士が近付いてきた。


「伝令だ。
 フローリア学園から来た傭兵科生徒で、6班の者だな?」


「は、はい!」


 慌てて背筋を伸ばし、セルは見よう見まねの敬礼をする。
 猿真似の敬礼にちょっと眉を潜めた兵士だが、傭兵に完璧な敬礼を期待してもムダだろう。
 気にせず伝令を伝える事にした。


「では、セルビウム・ボルトは?」


「お、俺…私です!」


「(初々しいな…)
 そうか。
 聞いての通り伝令だ。
 セルビウム・ボルトは、別のチームと組んでもらう。
 他の者達は、私が面倒を見る事になった。
 よろしく頼む」


「「「よろしくお願いします!!」」」


「……って…お、俺は…?」


 揃って頭を下げる生徒達と、困惑するセル。
 うむ、と兵士は頷いた。


「将軍直々の命令でな。
 お前は救世主候補生のサポートとして動いてもらう事になる」


「救世主候補生…って、大河!?」


「そう、当真大河だ。
 直接的な戦闘能力ではなく、集団戦での戦い方に期待を寄せられている。
 …ああ、心配するな。
 期待と言っても、少数精鋭で個人技に重きを置く救世主クラスよりも、ヒヨっ子でも集団戦闘での駆け引きを学んだ傭兵科生徒の方が状況判断は正確に出来る、という程度でしかない。
 格別の判断なぞ期待しては居ないから、引き際だけ見逃さなければいい」


「りょ、了解しました!」


 背筋をピシッと伸ばしつつ、セルは複雑な心境だった。
 結局大河のサポートである。
 どうやら本当に大河のサポートのために前線に回されたっぽい。
 実際には順序は逆に近かったのだが、セルにはそれを知る術はなかった。

 それはそれとして、自分はそれまでどうしていればいいのだろうか。
 チームを組む大河はまだ到着していないし、誰かに付いている訳でもない。
 ウロウロしていてもいいのかもしれないが、はっきり言って勝手が解らない。
 立ち入り禁止区域に間違って入り込んだ日には目も当てられまい。

 流石に放っておくのは哀れと思ったか、兵士はセルに適当に指示を出した。
 兵士に鍛錬場の場所を教えられ、セルはそこに向かう。
 色気もヘッタクレも無いが、前線のレベルを知るには丁度いいだろう。
 セルは背負った剣を意識して歩き出した。


 その日の夜。
 アザリン及びドム、大河はホワイトカーパスに到着した。
 時刻は0時を回った頃。
 カエデ達が街を業火に沈めた頃の事であった。



こんばんわー、時守です。
先日突発的イベントでちょっと悟った気分になってます。
突発的と言っても、誰しも必ず通る道ですが…。
就職活動とは別ですよ?

ちょっと泣きそうになりましたが、嘆いてばかりもいられないので根性出して就職活動に目を向けようと思います。
うぅ、プログラミングは奥が深すぎる…一から学びなおそうかなぁ…。


1.皇 翠輝様
まぁ、小学4年生に事後処理とか言うのも無茶といえば無茶な話ですが。

大河が間違っていないとは、シンジと取り巻きに対する対応でしょうか?
それとも通り魔?
少なくとも後者に関しては、間違い云々以前に他に選択肢が無いでしょうねぇ…。


2.くろがね様
幼い頃に、未亜は居候先のクソと取り巻きにヤられかけてましたし…。
アレはトラウマになってもおかしくないかと。

ところで、Mrかったるいと神魔人王の元ネタは何でしたっけ?
神魔人王はどこかのHPで見て覚えていたのですが、Mrかったるいは…。
坂田銀時?

警察・弁護士・詐欺師は、随分前に立ち読みした小説から閃きました。
主人公と登場人物が詐欺師ばっかりという小説です。
何て名前だったかなぁ…。


3.根無し草様
いやぁ、大河の事だからネットワークに入る前もマサルさんみたいに奇行に走っていた可能性も…。
隊長のキャラがちょっとワザとらしかったんじゃないかと思っていましたが、好評のようで幸いです。

ユカ・タケウチは絶対にからかわれる方ですね、うん。

ウチの犬は、構ってやらないとスネて小屋の奥に引っ込みます。
ああ、そんな所もカワイイ…w


4.アレス=アンバー様
ブラボーさんと親戚…なるほどッ!

うーん、“破滅”を打ち払うと言っても、大規模破壊とは限らないんですよね。
そもそも“破滅”の軍自体、“破滅”その物ではなくて“破滅”に魔物達の闘争本能が煽られているのだと解釈しています。
だから“破滅”を打ち払うというのは、本能を刺激しているナニかを消してしまう…という意味ではないかと。
刺激された本能はそのままでしょうから、結局大規模破壊は必要になるんですけどね。

セラヴィは人伝に渡っていって、その途中で異世界への門に飲み込まれたのデスよw


5.夢島流様
たたる…って誰でしょうか?
語感的にはケロン星人っぽいんですが…。
あとクリミアも…。

南雲先生だったら、あの家をどうしたでしょうねぇ…。
ブッ潰したところで状況が好転しないと解かっているでしょうし、彼は慈善家でもありませんから…。

エンジェルブレスは、まだ余り興味がありません…。
時間があったらやってみましょ。


6.文駆様
大河の年齢に関してはかなり悩みました。
結局、“幼い方が未亜がトラウマを持ちやすいだろうから”というかなりダークな理由で…。

うーむ、ネットワークのネタは手持ちが無くて…。
戦争だったらガンパレでもやりながら考えて見ます。
うがー、発言力が足りないー!

未亜の記憶に関してですが、乗り越えるも何も完全に他人事と同じ扱いですよ。
記憶を変えたんじゃなくて、“過去を変えた”んですから、「こんな事があったんだ」「えっ、私全然知らないよ?」てなもんです。
それがネットワークの力なんですよ。


7.なまけもの様
轢き逃げ犯は、逃げる時に事故って半死半生…なのですが、それでも大河にボコられたのに比べるとやや軽症です。
放っておくと死んでたんでしょうね。

うい、隊長のモデルはクリフ・アンダーソンです。
しかも若い頃の彼を、勝手に想像して書きました。

ズッコケ3人組の中でも、あのシーンが一番印象深かった…。
畜生、幼稚園の頃に読んでいれば!


8.ATK51様
文駆様のレス返しでも書きましたが、通り魔に襲われた事に関しては未亜には全く関係がありません。
“忘れている”のではなくて、“そんな事件は起きていない”になっているのです。
それでも対人恐怖症の毛があったのは、家から出るまでシンジとかに色々と辛い目に合わされていたからでしょうね…。
……ひょっとして、その反動で893とかレズとかSの土壌が出来上がったんだろうか…(汗)

隊長は、精神的にも肉体的にも『揺ぎ無い存在』というのがコンセプトでした。
大河が無条件で尊敬する、と言われてすぐに納得できるような人にしたかったのですが…まだ出番あるかな?


9.蓮葉 零士様
おお、ヘタレワカメを擁護するのは初めて見た気がする…。

確かに、彼があそこまで歪んだのは環境のせいでしょうね。
元々、多少は自惚れが強いのだとは思いますが…。
力を持つべきではない者が力を持つと、周囲の歯車まで軋みだす、という事でしょうか。


10.竜神帝様
ほ、本編に…影響するのかな?
大河にとっては既に乗り越えた過去みたいだし…思い出すと気分がよくない、って程度で。
もう一人の当事者にとっては、完全に無かった事になってるし…むぅ、リンクさせるピースが見つからない…。


11.悠真様
単純な言葉だけに、本気でそう思ってくれているのが伝わってきて嬉しいです!
医者さんは根の部分が立派でも、行動が多少アレですからね…。
言ってはナンですが、ゼンジー先生と軽度の同類ですよ?
あんまり多いと、誰も病院に行きたがりませんw


12.K・K様
オギャンオス!
未亜のセンサーは、この頃は自分を守る人として探知していたのかもしれませんけどね。
それが発展して行って、今の生体レーダーに至る…と。

うぅ、正直な話、時守も現赤の主以上に強力な戦力を思いつかないッス…。
最近ギャグシーンもあんまり出来ないし、不条理なまでの戦力って描けないかも…。

では、オギャンバイ!


13.アルカンシェル様
暗い過去…と言えば、ルビナスとかはどうなんでしょう?
やっぱり戦いの決意をしたエピソードとかがあるんでしょうか。
流石に実験を台無しにされた、というのは無しだと思いますが。

むぅ、改めて思い返すと電撃的な展開だなぁ…。
隊長、アンタ一歩間違えれば人攫いだぞw


14.なな月様
時守的には、シンジと言うと人造人間パイロットの方を思い浮かべますね。
どっちもヘタレですがw
ヒゲグラサン司令は…アレは今時の親かな?

やはり生来から過酷な環境に置かれれば、人は年齢を無視して逞しくなっていくのでしょう。
そうでなければ、大河と言えどもあそこまでやれないでしょうし。

医者にしろ御者にしろ、最初は普通のヒトを書こうとしているのですが…(汗)
面白いから別にいいやと思う反面、多少恐ろしく思いますw

先日、SIREN2なるモノを店で見かけました。
ひょっとして続編でしょうか?
コッチも撲殺医者は居られるので?
…それとも巨大なハサミを持った不死身の男が…?

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