朝食は、はじめて老人と対面した、部屋で食べることになった。
「リラックスできたかね」
にこやかな表情で、老人が訊く。
「まぁ、それなりに」
「それなりに…かね」
「はい。戦闘があったみたいですし。ここには我々しかいなかったのでは?」
「ウム。実はここにはあの忌まわしき、敵がいるのだ」
老人の目が真剣なものへ代わった。
「やつらは我々MMMの宿敵だ。残虐無比、情け容赦のないテロリスト。世界中に拠点を持ち黒死病のごとく荒れ狂う魔物どもだ」
握った拳が、かすかに震えている。その組織に対する怒りと恐怖を、同時に現していた。
「で、その敵とは何ですか?」
「パジャマ」
「……は?」
敵について訊いた紫乃が珍しくぽかんとした顔になった。
「パジャマ至上主義者、マーキュリーブリゲード。君たちの国の言葉で水銀旅団と呼ぶ。メイドの耳に、水銀を流し込む、これこそが水銀旅団の名の由来なのだ。やつらを滅ぼさない限り、メイドに明日はないのだよ!!」
「…そうですか」
和樹だけでなく、他の7人も適当に相づちを打ちながら聞く。和樹の口から聞いた聖闘士の話よりも話の奥が深すぎて遠い星の出来事のような気がしていた。
「秘密にしておいたことが、ついに露見したらしい。水銀旅団のやつらは全力で攻撃してくるだろう」
老人の演説に力がこもる。
「なにか重要なことでも…」
「そうだ!もうすぐ、この島に誓約日が訪れる。メイドたちは年に一回、誓約によって主人に忠誠を誓うことになっている。一般社会における年次契約だが、MMMでは古くからの伝統に則り、神の前で誓いを立てるのだ。その儀式がこの島でおこなわれる。彼女たちは当然わしと誓約を結ぶのだが、この通りもう年だ」
老人は話を切って紅茶で喉を潤す。
「わしはある方からここを任されたのだ。その方は“自分の孫に男が生まれたとき、ここを渡して欲しいと言われた。そのある方とは…城戸光政翁だ!!」
「曾御爺上!?」
和樹の母沙織の祖父であり、父星矢の父、沙織に言わせれば「厳しくも素晴らしいお爺様」星矢たち神闘士たちに言わせれば「悪魔」である城戸光政。和樹は会ったことがないため、良く知らないが、両親たちの話から人の人生を弄ぶのが好きなやつだと結論づけた。
「そう、今こそ光政翁との約束を果たすため!君に誓約をしてもらう」
「何がしてもらおうですか!?和樹さんにメイドなんて似合いません!!」
「いや、日本の屋敷とかにはいるし、千早と神代がいるんだけど…」
和樹の小声など怒り狂う夕菜には聞えない。
「和樹さんには私がついているんです!!メイドなんて全く全然要らないんです!!!!」
老人がちらりと隣に立つリーラを見た。リーラはすっと前に出る。
「では、お尋ねしますが、掃除洗濯ベッドメイキング。好きな食べ物と嫌いな食べ物を把握し、それでも栄養が偏らないよう、食事を差し上げることができると」
「できます!」
「ワインの管理や資産の運用、時にはボディーガードの役目もして敵を倒し、お役に立てると?」
「も、もちろんです!」
聞いていた女性たちは自分に当てはめてみた。
ケース1神城凜
(…だめだ、自信を持ってできると言えそうな物が一つも無い……ボディーガードだって聖闘士をどう守れと?駿司の言うとおり今度、本家に行ったとき雪枝姉さまに家事を教えていただこう)
ケース2風椿玖里子
(う〜ん殆どクリアかな?小さい頃から和樹を知っている分、私が有利!!)
ケース3紅尉紫乃
(サンダー聖衣がありますからボディーガードとまでは行かなくても共に戦うことまできますね)
ケース4松田和美
(フフ…風椿玖里子!私が妹だということを忘れているわね!私の方が語学堪能なのよ!!千早と神代ちゃんの方が有利だけど!資産運用は私に分がある。この勝負勝った!!)
ケース5山瀬千早&山瀬神代
(すでに従者として仕えている私たちに何を言わせたいの?)
(資産運用とボディーガード以外はあのリーラとかいう人よりもできる自信あり)
そんなことを考えている間にさらにヒートアップしていく夕菜をなんとか和樹が押さえ込んだ(光速で体のツボを突き動けなくした)。
「自分は戦いに身をおく者です。ここにとどまることはできません」
「君が聖闘士だということはわかっている。もちろん、君の母上が女神である事も」
「曾御爺上からですね?」
「さよう、それもあるが、20年近く前にあった銀河戦争をワシは最前列で見た。心臓が止まって死んだドラゴンを救うために放たれたペガサスの流星は今でもよく覚えている」
老人は目を閉じ、過去を思い出して微笑む。
「だが、戦いに身をおく者だからこそ癒しが必要!」
「だぁかぁらぁ!!そんなものは必要ないんです!!!!」
「なッ」
(スカーレットニードル(マネ)とリストリクション(マネ)を織り交ぜたあれを破った!?常人なら最低3日は動けないはずだぞ!……この女が普通なわけないか)
「どうしても納得できぬと」
ヒートアップする夕菜に臆することなく老人は穏やかに構える。
「当然です!力ずくでも阻止しちゃいますから!」
テーブルに跳び乗り、老人に詰寄ろうとした彼女の足がぴたりと止まった。彼女の背後にいた昨夜和樹の部屋に現れたメイド、セレンが夕菜の背にサブマシンガンを押し付けている。他の女性たちにも周りにいたメイドたちが銃器を向けている。
「この城で狼籍は許されんよ」
老人がニヤニヤ笑う。
「リーラ、あとは任せる」
「はい」
銀髪のメイドが返事を聞き、老人は退出した。
リーラがメイドたちに早口で指示を飛ばす。彼女たちは銃器を突きつけ、夕菜たち(和美を抜いた)を一箇所に固めた。
夕菜は怯まず、リーラに噛みつく。
「どう言うつもりです!」
「先ほどご主人様がおっしゃったとおり。和樹さまはわたしたちと誓約を交わす」
夕菜とリーラを見ず、和樹は千早と神代に視線を向ける。
(水銀旅団とやらのところへ行ってくれないか?もしかしたらそっちにアーバレスがいるかもしれない。いたら任務について聞いて来てくれないか)
(でも、どうやって伝えればいいんですか?)
(それは何とかする)
((わかりました))
続いて紫乃にも視線を向ける。
(玖里子さんと凜ちゃんのこと、任せていい?千早たちは大丈夫だから)
(宮間さんは?)
(あの人外ならなんとでもなる)
(それもそうですね)
小宇宙での会話がすむころにはリーラにより和樹と和美を残して他の者は外に追い出された。
―――――――――――――――――――――――――――
「なんで和美さんだけ追い出されなかったんでしょう?」
「和樹くんの妹ですからそれででしょうね」
銃を持ったメイドに追い立てられた6人は、城が木々に隠されて見えなくなるまで遠ざかり、ようやくひと息つき事ができた。
夕菜がいまだに腹を立て騒いでいる。
「和樹さんを盗るなんて!許さない!!」
夕菜は和樹奪還を主張する。和樹の一瞬の攻撃によってまだ実は本調子ではないらしく。デビルキシャーにはなっていない。
夕菜の主張「敵の敵は味方」ということで水銀旅団のところへ行くことになった。
島はそう広くないため、すぐに見つけることができた。
「ここの司令官はだれですか!?私たちもメイドと戦います。あの女どもに地獄を味わわせてやりたいんです!!」
船から積荷を下ろしている気の弱そうな男を捕まえ、夕菜が責任者の元へ連れて行くよう強い口調で命令し、『HEADQUARTER』の看板が立てられたテントに案内させた。
「ようこそ。私が太平洋方面の指揮官カーボンです。女王陛下からサーの称号をいただきました」
そう名乗った口ひげを蓄えたスマートな男は紅茶のカップを手にしている。どうやらティータイムだったようだ。
「お話はうかがいました。全ての女性に汚らわしいメイド服を着せてしまう、あの悪魔の城から脱出されたとか」
優雅な動作で紅茶を飲んでからカーボン卿は話を続ける。
「歓迎します。反メイドの女性が増えれば、士気も高まるでしょう。この島にきて最前線で大きな活躍をしてくれる方も仲間になりました。この戦いは勝ったも同然です」
カーボン卿は近くに働いていた者に何か指示を出すと指示を受けた男はテントを出て行き、数分で戻ってきた。
「紹介しましょう。我々の頼もしい味方、アーバレス・R・ガンズバック殿です」
紹介にあわせて現れた見た目、30後半以上の男を見て千早と神代が声を揃えて彼の名を呼ぶ。
「「アーバレスさま!?」」
彼こそ、和樹たち一行がここにくる原因となった男、牡牛座の黄金聖闘士・アーバレスだった。
――――――――――――――――――――――――
「リーラ、頼みたいことがあるんだけど」
夕菜たちが追い出された後、和樹と和美はリーラに先導されて部屋に戻ろうとしていた。
和樹に声をかけられてリーラはぴたりと止まって振り向いた。
「千早と神代っていう女の子たちがもし、戻ってきたらここに入れて欲しいんだ」
「いくら和樹さまのご命令とはいえ、それは聞けません。彼女たちは危険すぎます」
「千早と神代は俺の従者なんだ。学校では変な噂をたてられたくないから同級生と後輩になってもらっているけど」
メイドと従者、言い方は違えども意味する事は同じである。リーラは少し考えてから頷いた。
「わかりました。お二人が戻ってまいりましたらお入れしましょう」
丁度、止まった場所が和樹に割り当てられた部屋だったため、そのままリーラと別れて二人は部屋に入った。
「これで、二人が戻ってこれるようになったわね」
「気づいていていたのか?二人にお使いを頼んだ事」
「お使いかどうかは知らないけど千早と神代ちゃんが和樹から無理やり離れるのに冷静だったから。あの二人なら泣き叫んで大暴れしてもおかしくないもの」
千早たち姉妹と付き合いの長い和美は実際に泣き叫ぶ姿を見たことがある。だがら、彼女は和樹のそばにあの二人がいる事を黙認している。
椅子に腰掛けた和樹を見て、ふと思い立った和美は他の椅子ではなく和樹の膝の上に座った。
「他にも座る場所はあるだろ」
「なんとなく昔みたいにしようかなって思って」
ため息をついて和美が落ちないように腰に手をまわす。
「そうそう、昔はよくこんな感じで座ってた」
「しかも、こうやって座っていると必ず和美は寝たから運ぶのが大変だったな」
「でも、ホント兄さんの近くって暖かいから眠くなっちゃうの」
そう言ってもたれかかってくる和美を受け止め、そういえば以前任務のときに出会った人に「ライオンはいつも雄々しいわけじゃない。普段は自然体で雌の帰りを子供とじゃれながら待つもんだ」と言われた事があることを思い出した。
「で、これからどうするの?兄さん相手にはハッキリ言って無駄としか言いようのないロックがいくつもかけられているみたいだけど」
「千早たちの報告しだいだな」
「なにやってんだ?」
「キャッ!?」
突然かけられた声に驚いた和美が椅子から落ちそうになるが即座に和樹がそえていた腕に力を込めて落ちないように支える。
「もしかしてこれが最近噂の近親恋愛ってやつかい?」
「ノックぐらいしたらどうだ?こっちは久しぶりに兄妹水入らずなんだ」
「そりゃ失礼、鍵がかかってなかったから勝手に入らせてもらった」
平然と受け答えしている様子から和樹の方はセレンが入ってきたことに気づいていたようだ。
「それで、なに?」
「リーラが城の中案内するってさ。呼びに来た」
セレンはタバコをポケットから取り出しながら答える。
和樹は「どうする?」と和美に視線を向けると彼女は頷いて立ち上がった。
セレンについて城の中を歩いているとリーラが待っていた。和美がいる事に一瞬顔をしかめたが、すぐに普段の顔に戻った。
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます」
案内されている最中、和美はきょろきょろと辺りを見ながら歩いているどうやら逃げやすそうな場所を探しているようだ。和樹は廊下や階段においてある壷などに興味を示し、どこの物か訊いたりしている。
リーラ案内で4人は地下に降りた。
「ここは当初食料庫でしたが、改修されて現在はワイン倉となっております」
その言葉に和樹が反応した。実はワイン好きである和樹にとってこれだけ大きいワイン倉は結構気になる。
中を見せてもらった大喜びしている和樹の姿に、おもわず和美は溜め息をついてしまう。
ワイン倉を出て少し歩いたところで和樹が立ち止まった。
「どうかしたの?兄さん」
「どこだ?今のはどこから感じたんだ……ここか?
リーラ、ここの壁は人為的に通路を塞いでいるみたいだけどこの先に何があるか知ってる?」
「いえ、そこはご主人様の前にここの持ち主である城戸光政翁のときからすでにこうされていたと聞いております。絶対にこの壁を壊すなと代々、この城の所有者に語り継がれているそうです」
和樹は壁に手を当てて数秒目を閉じる。
「どうしたんだ?城戸」
「…なるほど。 いや、なんでもない。それよりも案内の続きを頼む」
「はい、かしこまりました」
階段を上り、日の光りが当たるところまで戻ってきたとき、ネリーが慌てた様子でリーラのもとに寄る。和樹に一礼するとリーラに何ごとか話すと、リーラは数度頷いて「通せ」と命じた。命じられたネリーは来た道を大急ぎで戻っていく。
「例のお二人が戻ってきたようです」
「じゃあ、勝手で悪いんだけどこれで白の案内ツアーは終了にしてもらえないかな」
――――――――――――――――――――――――
「おかえり、二人とも。早速で悪いんだけど、アーバレスの任務について教えてくれ」
和樹の割り当てられた部屋に戻るとすでに通された千早と神代がいた。
「はい、アーバレスさまの任務は近頃この島から凶悪な小宇宙が発せられているため、その調査と原因の排除だそうです」
「アーバレスさまはこの城の地下に原因がいると気づいたけど、この城の人たちがいるため、戦いになった時に間違いなく被害が出ると考えて水銀旅団の人たちと協力してメイドたちを追い出した後で任務をやろうとしているらしいです」
二人の報告を聞いていた、和美はさっき地下での和樹の様子を思い出して訊く。
「その原因ってあの壁の奥にいるの?」
和樹は首肯し、窓の外に目を向け呟いた。
「頼むから早くしてくれよ。俺の聖域はここじゃないんだ」
その言葉を聞いた3人は和樹にとってどこが“俺の聖域”なんだろうと考えた。
ノックの音のあとに「失礼します」と声がかかり、ネリーは現れた。
「お夕食をお持ちしました。他の方々はそれぞれのお部屋に用意しておりますのでお戻りください」
三人は和樹に別れを告げて部屋を出た。
カートに乗るワインを見たとき、ネリーにすっと神代が近づいた。
「ねぇ、ここのワイン倉に…っていう赤ワインはおいてある?あるならそれに変えた方がいいよ」
「ですが、このメニューだとこちらの方が」
神代から突然言われた言葉にネリーはむっとして応える。「何様のつもりだ」と顔に書いてある事を読み取り、神代は続ける。
「和樹さまは食事に合うものより気分に合うものを好むの。いいから私の言うとおりにして、絶対に和樹さまは喜ぶから」
姉妹は和樹の好きを恐ろしいほど熟知し、その日その日によって和樹の飲みたくなる物を完璧に当てることができるのだ。
「ですが、「メイドとしての技能はあなたたちに劣るかもしれないけど、和樹さまに関しては私たちの方が上よ」 ……わかりました」
ネリーは和樹にしばらくお待ちくださいと言って出ていった。
あとがき
アーレスです。
アーバレスの苗字も決まりようやくメイド編2話目です。一応、次でメイド編は終わりにしようと考えております。
それとほぼ同時進行で外伝の2話も製作中です。
それではまた………君は小宇宙を感じた事があるか!?
レス返し
>D,さん
経験差ということで千早&神代の方が少々有利です。
>西手さん
メイド編って本当に難しいです。2話が更新できたことが自分でも信じられない…
>御気さん
まさしくその通りでした。
>ジェミナスさん
スチール聖衣は次回ぐらいで活躍(?)させるつもりです。