前回のあらすじ。
ご褒美と称してナイトメアな使い魔に悪夢を魅せられる俺、式森和樹。
危うく顔が丸出しな改造人間として第三の人生を歩み初めてしまう所だったが、辛くも生還。横で紅尉がおひな様男に改造されていたが……まあ奴なら大丈夫だろう。
ちなみにこの間『レンとアリスを交換してくれ』と志貴さんに頼んだら泣きながら謝られた。
俺も泣きたい。そして嘆きたい。
「男子ども、ちゅうも〜〜〜〜〜く!!」
LHRが始まるなり、松田が教壇に上がって叫んだ。
ベヒーモス事件から一月。
秋も深まってきた現在、暦は文化祭の季節である。……もの凄く時系列がおかしい気もするが気にするな、そういうものだ。
「私は葵祭における2−Bの出し物としてミスコンを提案する!」
沸き立つクラスの半分。
無論、その内約は男子生徒…………では無く、女子生徒。
何故なら黒板に雄々しく書かれた文字は、ミスコンはミスコンでもミスター女装コンテストだったからだ。
『なんだそりゃあッ!?』
当然ながら、クラスの男子から否定的な声が上がる。
「最初は普通のミスコンだったんだけど、御上に差し止められちゃってさー。次善案ってわけ。まあ普通のミスコンじゃありきたりだし、これはこれでイケると思うのよね」
うんうんと頷くクラス女子(の過半数)。
このクラスは腐女子の巣窟か?
「駄目だ駄目だ! それでは客が呼べん! そもそもミスコンは今年から生徒会管轄になると決まった筈だろうが! 入場料も取れん企画に協力するくらいなら、飲食店でも経営した方がマシだ!」
「ふっ、その点なら問題無し。『ミスター女装コンテスト』であって『ミスコン』では無いと主張して権利をもぎ取ってきたわ!
そして集客に関してだけど…………これを見よ、クラスメイトどもぉおおお!!」
高らかに叫ぶ松田が、魔法で空中にスクリーンを投影する。
そこには一枚の写真が映し出されていた。
『おお〜〜〜!!』
男子が歓声を上げ、沸き立つ。
写真に写っているのは一人の少女。長い艶やかな黒髪と白磁の肌を持つ、14〜15歳ほどの美少女だった。
そして何故かそこはかとなく見覚えがあったりする。
「だ、誰だこの美少女はっ!?」
「ふっふっふ。君達はこの少女がこのクラスに居ると言ったら信じるかね?」
「こ、このクラスだと……? まさか!」
「そう、そのまさか! これはとある男子が扮装した姿よ!」
『なにぃいいいいいいい!?』
未曾有の混乱に陥るクラスメイト達。
悲嘆にくれる者、現実から逃避する者、未だに信じられず写真を凝視する者、自らと比較し落ち込む者、周りのクラスメイトを観察する者、何故か金勘定を始める者、微妙に陶酔した目で写真を見つめる者。
誰が誰で男子で女子かは、各々で判断して頂きたい。
「くっくっく、そうでしょうショックでしょう。だがしかし! もしこの少女がミスコンに出るとあらば、どうする!?」
「くっ、それは……」
「そうよねぇ。例え正体が男であると知っていても、いやだからこそ見てみたいと思ってしまう! そう、それこそが人としての性(サガ)!
――――ねえ、式森和樹君?」
「な、まさか……」
クラスメイトの驚愕の視線が俺に集中する。
「そう…………これは式森が女装した姿よ!」
『ぬぁにぃいいいいいいいいいいい!?』
再び未曾有の混乱に陥るクラスメイトども。
言うまでも無くその視線の大半が俺に集中していたりする。
これはアレか、アリスの悪夢の続きか?
「さ、ら、に! F組の演劇公演と時間を合わせる事で向こうの集客率もガタ落ち! これなら勝ったも同然よッ!」
『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
三度沸き立つクラスの馬鹿野郎ども。
と言うか、どう考えても話がおかしいだろう。騙されている事に気付けやお前ら。
「そして今回は、なんとスペシャルアドバイザーにまでお越し頂いた! 浅上さん、カモンッ!!」
「なっ――――!?」
もの凄く不吉な名前を耳にし、全身が総毛立つ。
ガラガラと開くドア。
入ってくる人影を見て、更に沸き立つクラスの男子ども。
そんな中で俺は一も二も無く窓を開け、窓枠に足を掛け外へ飛び出そうと――
「凶れ」
ガゴンッ!
超自然的な力でねじ曲げられた左右の窓枠が、勢いそのままに俺の顔面を打ち据えた。
「ぐぉおおおおおおおおおお!? 鼻がぁああああああああああああ!!」
撃墜され、教室の床に転がりのたうち回る俺。
どれだけ痛いかと言うと、プロ野球選手に金属バットで顔面ホームランされたと思ってもらえると割と近い。
そんな無様な俺にゆっくりと近づいてくる恐怖・螺旋少女。
「お久しぶりですね、和樹さん。ですけど……せっかくの再会なのに顔も見ずに逃亡なんて、つれないですよ?」
「あ、は、は……。お久しぶりです……藤乃、さん」
こちらの世界において、青子ねえの次の次くらいに俺の天敵な人との再会だった。
じーざす。
場所は教室から二部屋ほど隣の更衣室。
そこで俺は女性用下着を握りしめながら立ちつくしていた。
……言っておくが盗品ではない。かといって俺の物でも無いぞ?
はっきり言って傍から見たら犯罪者にしか見えないが、俺は清廉潔白かつ無実である。
「……泣きたい」
溜息と絶望を一つ吐き、着替え始める。
目の前にあるのは制服でも体操着でもましてや私服でも無く、先程藤乃さんから渡された女装用衣装。
そう、結局松田の意見は通った。
と言うか通ってしまった。
いや、むしろ通してしまった?
一部渋っていた男子も、松田と、新たに加わった仲丸のアジテーションによりあっさり寝返った。
伊庭先生に至っては『いいんじゃないの〜? 校舎さえ壊さなければわたしの給料は減らないし』とだけ言い、寝てしまった。給料分の仕事くらいしろや、この自称吸血鬼。
俺は思う。
このクラス、否この学校はおかしい。絶対に社会心理とか因果律とか世界法則とかが歪んでいると俺は断言する。
……むしろ歪んでいるのは世界では無く神か?
「終わりましたか?」
「もう少し待って欲しいであります!」
外から声が掛けられ、反射的に直立し軍人口調で返事をする。
「時間が掛かるようならわたしが手伝いますけど」
「お手を煩わせるまでもないであります!」
「そうですか。では早くしてくださいね」
「イェス、マム!」
敬礼付きで(誰も見ていないが)答え、慌てて着替えを再開する。
やたらとヒラヒラフリフリが付いた、多分に趣味的な――まあ平たく言えばゴスロリな服を着込んでいく。
何故ゴスロリ?と思うだろうが、藤乃さん曰く身体の線を隠すなら装飾の多い服を着るのが一番手っ取り早いそうな。
若干手間取ったが、僅か五分で着替えが終了する。
――さて、みなさん思い出して欲しい。
先程俺が女性用下着を握りしめていた事を。
そうです。
言うまでも無いですね。
現在俺が着用しています。
引きましたね。引いていますね。っていうか普通は引くよな。無論、俺も引いてる。
微妙な窮屈さと肌触りの良さが涙を……いやさ絶望を誘って止まない。
……仕方ないのだ、世の中には絶対に逆らえないものが存在するのが世界の真理。
何せ藤乃さんは透視(クレアボイヤンス)持ちだ。下手に男性用下着なんか履いていった時には、即バレてその場で剥かれる。しかも返してくれない。
味わった者にしか判らないだろう、あの女装+ミニスカ+下着無しの恐怖は。
……あの時俺は知ったのだ、『人間の尊厳』とか『基本的人権』なんて物が耳触りのいいマヤカシであると。
あれに比べれば女性用下着を身につける事くらい、身につける事くらい、くらい……………………やっぱダメだ。泣きたい。むしろ死にたい。ぷりーずきるみー。
「着替え終わりました〜……」
力無く声を掛けると、ごっつイイ笑顔をした藤乃さんがメイク道具片手に嬉々として更衣室に入ってきた。
そしてじーっと俺を見つめる。
「ちゃんと履いているみたいですね」
覗かれてるーーーーーーー!?
「あ、大丈夫ですよ。中身までは見てませんから」
安心してください、と笑顔で言うが、正直何の慰めにもなってない。
「け、汚された……。よく判らないけど何か人間として大事っぽい何かが、まとめて汚されたよ……」
ただでさえ下降の一途だった俺のテンションは、既にマイナスを通り越して虚数海に落ちる一歩手前。
冗談抜きに涙目である。
「はい、それではメイクをしますので此方に座ってください」
言われるがままにパイプ椅子に腰掛ける。
既に逆らう気力なんて微塵も無い。どうせ逃げても捕まるし、それ以前に藤乃さんの視界内に入った時点で逃亡はほぼ不可能。
仮に何かの奇跡が起こって視界外に逃げられたとしても、藤乃さんには千里眼があるのですぐに補足される。
…………マテ。どう考えても無敵じゃないか、それ?
「はーい、動かないでくださいね」
虚ろな笑いを漏らす俺を適当にあしらい、藤乃さんは慣れた調子でメイクを施して行く。
どうでもいいのだが、何故この人は自分では碌に化粧もしないのに(学生時代からの習慣らしい。まあ藤乃さんはメイクが必要無い程の美形だが)これ程メイクが上手いのだろうか。
もしや俺以外にも犠牲者が居るのか?
まだ見ぬ同士よ、いつか君とは語り合いたい物である。
「はい、完成です。それでは皆さんにお披露目しに行きましょうか」
「うぅ……」
藤乃さんに手を引かれ、力無く教室に向かう。
何となく横を見れば、窓ガラスに映る自分の姿は完全無欠にゴスロリ美少女だった。
――本気で死にたい。
『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』
教室に入った瞬間、クラスは沸き立った。特に男子が。
落ち着けお前ら、忘れてるかも知れんが俺は男だぞ?
ちなみに一部暴走した男子が、本当に男か確かめようとスカートをめくろうとして藤乃さんに曲げられた。
魔力弾片手に呆然としていた松田が印象的だったが、断言しよう。そっちの方が遙かにマシだったと。
実際その男子は両手両足複雑骨折で保健室に緊急搬送された。
多分今頃は紅尉印の怪しい薬が投与されている事だろう。自業自得とは言え冥福を祈る。
「ふむ……流石にゴスロリはどうかと思ったんだけど、童顔とメイクのおかげで違和感ないじゃない。これならイケるわね!」
松田が真面目に品評し、しかも高評価を下す。
横で藤乃さんが当然とばかりの顔をしているが、俺としては失格の烙印を押されたかった。
何とかして浮氣あたりに押しつけられないかと考えているのだが、誰かいいアイデアを下さい。
「……もういいだろ。着替えてくるぞ」
さっさと着替えようと教室を出――――ようとしたら松田に捕まった。何故に?
「はぁ、何言ってんの? アンタはそのまま校舎内を巡回よ」
ナンデスト?
「宣伝よ宣伝。予めアピールしておかないと参加者も観客も集まらないでしょうが」
「お、俺にこれ以上晒し者になれと……?」
「そんなのわたしの知った事じゃないわよ。わたしの利益の為にとっとと行ってきなさい!」
そうしてたたき出される俺。
『B組の利益』ではなく『わたしの利益』と言う辺りが何だかとっても松田である。
思わず涙目になっていたら隣のクラスの男子に気遣わしげに声を掛けられた。
もしかしなくてもアレか、これはナンパか。
――誰か俺を殺せ。
――その後。
教室に戻る度に叩き出され、結局三時間以上校舎内を練り歩いた。
しかも何故か(教師連中も含め)異様な程の好評ぶり。
僅か数時間でミスコン(と女装した俺)の事は学校中に知れ渡ったのだった。
――――穴があったら埋まって死にたい。
<<補足という蛇足>>
・浅上藤乃
浅上建設の令嬢。退魔四家が一つ『浅神』の血を引き、『歪曲』の能力を持つ。現在二十歳の女子大生。
無痛症は完治しており、能力は対式戦の最終面レベルまで進化している(つまり歪曲(左右)、透視、千里眼を保有)。
殺人嗜好は克服しているが、何故か変な方向に衝動が拗くれて発現している。おかげで見た目は生粋の令嬢なのに、中身は割とイカレた人と化していたり。
ちなみに未だに黒桐の事が好きだったりするのだが、だからと言って和樹の災難が減ったりはしないので無問題である。
<<あとがきという言い訳>>
やって来ました史上最大の問題作。
どう考えても読者減るよなコレ、と考えながらレス返しです。
>D,さん
多分和樹では返り討ちに合うのがオチと言うか、夕菜を殺すのは物理的に不可能?(マテ
……まあ、むしろ返り討ちに合った方が幸せかも知れませんが。
『彼』に差し出すのは……むしろ『彼』の方が危ない?(汗
なにせうちの夕菜はいずれ『人類最強』に辿り着く予定ですから(あはー
>芳紀さん
和樹は『使い魔=奴隷』と取って「広義的には〜」と言っています。
アリスは仰るとおり『和樹=奴隷』として言ってます。
ああ、分かり合えないって悲劇ですなあ(わはー
>千葉憂一さん
調教の賜物かは判りませんが、和樹の猫好きはアリスの影響大です。
現実に妹が居ると創作上の妹に萌えやすい、みたいな?
レンと違って(うちの)アリスは壊滅的なまでに愛想ないですから……サドっ気は有り余るほどありますが(汗
>試作弐号機さん
どっかで書いたと思いますが、和樹の切り札は三つです。その他にも自滅と引き替えの奥の手もあったりしますが。
作中のバルディッシュはA’s版です。原作では呼び名がアサルトだったりザンバーだったりするのでバルディッシュで統一しました。ちなみに『閃光の戦斧』は原作のオフィシャル呼称です。
白レンは原作だともっとマトモなキャラかも。うちのキャラは例外なく壊れてますから(汗
>文駆さん
果て無き進化を続ける夕菜。その内人類の決戦存在に辿り着きそうです。……いや、むしろ幻獣側か?
まあ所詮は和樹と言う事で、今後も不遇な扱いを受けるのは必至でしょう。完結までに一度くらい活躍出来ればラッキーって事で。
きっと和樹はいじめてオーラ……は出してないから、Sを引きつけるフェロモンでも出しているのでしょう。主に作者のせいで。南無。
葵祭準備期間編をお贈りしました。
はい、明らかに読者を減らしていますね。属性を持ってない(?)人にはイタイ事この上無い内容です。
まあ、この手のをやるのは葵祭編だけのつもりなので生あったかい目で見守ってやってください。
一応和樹の女装にも物語的な意味がそこはかとなくあったり無かったりするんですが、それは次回以降と言う事で。
さて今回の登場キャラは空の境界より藤のんです。
何だかファンに喧嘩売ってるかの如き壊れようですが、うちのキャラは例外なく大なり小なり壊れてますから許してください_| ̄|○
ちなみに彼女の現在の目標は『女装美少年をペットとして飼う事』だとか。……いや、嘘ですけど。多分。
それにしても原作の展開を無視すると話が書きやすいです。原作のエピソードを織り込むと、無駄に原作のセリフや展開を入れたくなるので内容が狭くなりやすかったり。
まあ書きやすさと作品のクオリティが必ずしも比例しないのが皮肉ですが。
そして物語の面子から落とされたF組の面々はと言うと……普通に演劇(ただし原作より小規模の)をやってます。
ぶっちゃけ原作と同規模でも、B組の妨害が無ければやれない事も無いような気もしますが。
次回は葵祭当日編(そのいち)です。
以上、あとがきという言い訳 by ドミニオでした。