前回のあらすじ。
葵祭の出し物として女装を強要された俺、式森和樹。
神の歪みっぷりとか世界の捻れ具合を殊更に見せつけられ、足下からズブズブと鬱の沼底へ一直線。
ところで女装ネタって割とよくあるが、大概あっさりと順応しているのは何故だろうか。 どちらが正常でどちらが異常なのか、誰か教えてください。
私立葵学園文化祭、通称葵祭。
広大な敷地と学園側からの惜しみない援助を目一杯活用したこの祭は規模が大きく、近隣からの一般客も多い。
そんな多数の客と学生達が校舎内外に溢れる葵祭当日。我らがB組の教室は混沌に溢れていた。
「搬入係ー、写真の焼き増し貰ってきてー! 後ついでに次の焼き増しの注文もお願い、これリストね! 内装係、パネルが壊れたから倉庫から持ってきて! 印刷係、用紙の準備終わった? 会計係、着服したら殺すかんね!」
松田の声に教室のあちこちから返事が上がる。例によって例の如く『暫定学級委員臨時代理』などと言う妙な役職を持つ松田の下、教室は普段にも増して活気に満ちていた。
さて、忘れている方は居ないと思うがB組の出し物はミスター女装コンテストである。当然初日、二日目と二回もやるわけではなく、二日目にまとめて二日分の時間を確保している。
コンテストの出場者は各クラスから代表一名(強制)。初日は投票用紙を配り、投票結果の上位十名が二日目の本戦出場者となる。
――ならば何故初日の今日、こんなにも教室内が騒がしいのだろうか。
準備がまだ終わっていない? 確かにコンテストなどと言う大きなイベントを一クラス単独で行うのはかなり酷だろう。だが『やるなら全力を尽くす』主義のB組である、文字通りあらゆる手段を使って前日までに準備は終えている。
なら何をしているのか。
――ぶっちゃけ出場者の生写真を販売しているのである。
教室内には出場者のプロフィールや(当然女装姿の)写真が張られたパネルが所狭しと並んでおり、教室の隅では写真販売所なる物が幅を利かせている。
確かにコンテストを開けば入場料だけでそれなりの収入が見込める。だが実行するのはB組である。それだけで済ますはずがない。
鳴尾来花発案、松田主導の元、あらゆる手段を使って出場者達を納得させたB組はこうして意気揚々と写真販売を行っているわけである。一枚当たりの値段が四桁という法外な値段設定にも関わらず、何故か(主に一部が)飛ぶように売れているという事実に世界の捻れ具合を実感してしまうのだがどうだろうか。
ちなみに俺は自分の写真の売れ高の二割を頂く事で了承している。ちょっとした小遣いにでもなればと思ったのだが、このままだと意外にも一財産になってしまいそうで頭が痛い。
そんな中、出場者と言う事で裏方に回れない俺はと言うと。
「お買いあげありがとうございます。明日はわたしに一票お願いしますね〜」
何というか、色々と壊れていた。
「しっかし式森……じゃない、和菜ちゃん。アンタ昨日まであれだけ悲壮な顔してたのに、随分な愛想の振りまき具合じゃない」
仕事が一段落付いたのだろう、コーヒー片手の松田が呆れたような声で話しかけてきた。
「和菜ちゃんって……。まあ、アレだ。どうせ逃げらんないからね。諦めたっつーか、むしろ悟った? どうせ学内の人間には知られてるし、学外の人間はこの格好見て俺だとは判らんだろうからな」
「ま、確かに今のアンタ見て式森だって判る奴は居ないと思うけどね」
そう言われた俺の姿はと言うと、言うまでもなくこの間同様ゴスロリ女装姿である。
ただし今着ているのは装飾を控えた――ぶっちゃけロリ度を抑えたややシンプルなデザインの物だ。やはり高校生という年齢でゴスロリ(しかも甘ロリ系)は無いだろうとデザインの変更が成されたのである。
最もその分パンクテイストが混じり、首にベルト(要は首輪だ)が付いてたりする辺り、デザインしたやつに死に腐れと吐き捨てたい。実行に移した場合もれなく曲げられるので心の中だけに止めておくが。
ちなみに身体の線が云々という問題に関しては多大な苦痛と引き替えに解決している。具体的に言うとパッド入りブラとかコルセットとかプロボクサーばりの地獄の減量とか、そんな感じで。
「それはともかく、売り子はもういいから投票用紙配ってきて。ついでに休憩入ってもいいわよ」
「それはつまり休憩時間の間に投票用紙を配ってこいと?」
「察しがいいわね、式森のくせに」
「はっはっは、地獄に堕ちろ松田」
ビッと立てた親指を下に向けるも、松田は柳に風とばかりに俺に大型ダンボール一箱分の投票用紙の束を押しつけてきた。その重量、推して知るべし。
持てるか、こんなもん。
「いいからさっさと行く! 何なら夕菜ちゃんも付け」
「いってきまああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――…………」
松田のセリフが終わる前に風の如く去る俺。
ちなみに夕菜は生徒会の手伝いとやらでクラスには居ない。実は寮を移動した貸しを返せと玖理子先輩に交渉した結果だったりするのだが、貸しは作っておくものだと言う良い見本である。
「こっちにも一枚貰える?」
「どうぞ〜」
「明日は和菜ちゃんに入れるからね!」
「ありがとうございまーす」
ひたすらビラ(兼投票用紙)と愛想を配る、配る、配る。
寄ってくる客、客、客。しかも男女関係なく――と言うかむしろ女性客の方が寄ってくるのは何故だ。うちのクラスは腐女子の巣窟だと思っていたが、実はそうでも無かったのだろうか。むしろ世界全体が腐女子の巣窟なのか?
いや、男に群がられるよりはいいと考えよう。何せこれだけ愛想を振りまいているわけだし、頭のおかしな奴も出てくる。犯罪予備軍及び変態の方々には地平の彼方へと退場してもらっているが、正直笑顔を貼り付けているのが辛い。女装に関しては諦めたとは言え、愛想を振りまくのはまた別問題。端的に言うと顔筋が引きちぎれそうである。
「すみません、私にも一枚いただけないでしょうか」
「あ、はーい。ただい…………まぁ!?」
「? 何か?」
いきなり奇声を上げる俺に、訝しげな声が返ってくる。
振り返った先に居たのは赤髪ショートで泣きぼくろなど付けた男装の麗人。
何でココにバゼット氏が居ますかーーーーーーーーーー!?
「あ、今のちょっと懐かしい」
「は?」
いえこっちの話です、と手を振り愛想笑いで誤魔化す。
そんな俺をバゼット氏はジーっと見つめる。
逃げたい。めっさ逃げたい。だが今逃げたら恐らく要らぬ誤解を招き捕獲される。この人、敵対者には割と容赦無いのだ。
「そうですか。ところで――」
顔は笑って心で怯えて。とっととビラを渡してココから逃げたいと背中に冷や汗を感じながら考えていた俺に対し、バゼット氏がズイっと身を寄せてくる。
「……魔力殺しも身につけないとは、自分の正体を吹聴して回ってるようなものですね」
俺以外に聞かれないように小さく呟かれた言葉。
サーっと血の気が引くのを感じながら胸元を探れば、確かにいつも身につけている魔力殺しのアンクが無い。
どうやら着替えた時に忘れてきた模様。
ちなみにこの学園に存在する魔術師は俺と紅尉の二人しか居ない。厳密にはもう一人居るが、学園関係者ではあるが学園内に居るわけではないので除外。
俺のばかぁあああああああああああああああああああああ!!
何というか某セカンドオーナーの習性が感染ったかの如きミス。
青ざめる俺を狩人の笑顔で見つめるバゼット氏がステキすぎて俺様死にそう。
「あ、あはは……」
終わった。終わってしまいました、俺の人生。
間違いなく俺の女装と言う名の醜態はアイツとかアノヒトとかアノカタとかに伝わって明日から俺はヒトと偽称されたオモチャに堕ちます。
最早背中だけでなく全身で冷や汗を流す俺。
――しかし、どうやら神は俺を見捨てては居なかったらしい。
「ふふ、そんなに怯えずともいいですよ」
「……ふぇ?」
バゼット氏の表情がふっと緩む。
予想外に優しい声音に、ちょっと涙目で顔を上げる俺。
バゼット氏の顔が微妙に赤く染まった気がするのは誰か気のせいだと言ってください。
「……コホン。駆け出しの頃にたまにやるミスです。私も魔術師ですから、別段その程度でどうこうするつもりはありません。
最も、存在の秘匿は『魔術師』の美学ですから、出来れば気を付けるに超した事はないのですが」
「は、はぁ……」
……この反応は、もしかしてもしかするのでしょうか。
「私の名前はバゼットと言います。出来れば貴女の名も教えて頂きたいのですが」
セーーーーーーーーフッ!!
どうやら俺だとバレたわけでは無かったらしい。
神よ、ありがとう。思わず青々とした空に祈りを捧げる俺。
空に浮かぶ神々しい御姿。
サムアップサインを掲げながらそのヒトは仰った。
『基本的に奴隷って生かさず殺さずが大事だよね』。
――やっぱり死に腐れ、ファッキンゴッド。
「……何故いきなり空を見上げるのでしょうか」
「いえ、唐突に神を呪いたくなったもので。えっと……わ、わたしの名前は和菜といいます」
「カズナですか、良い名前ですね。私の知り合いの名と似ています」
「そ、そうなんですか〜」
あっはっは。それ俺。
「そ、それじゃわたしはこれで……」
「ああ、待ってください」
とっととビラを渡して去ろうとする俺をバゼット氏が引き留める。
「せっかくこうして出会ったのです。少々校内の案内などして欲しいのですが」
……まぢですか?
それは俺にとって成層圏からの紐無しバンジーに等しいのですが。主に死亡確定なところとか、死亡までの時間が無駄に長いところとかが。
「で、でも仕事があるので……」
全開で逃げ腰な俺に対し、バゼット氏は殊更にニッコリと微笑む。
「まさか断ると?」
狩人の笑顔再び。
「案内させて頂きます……」
助けて衛宮マン。
今欲しいんだよね、君の力。主に身代わりとして。
「と、ところでバゼットし……さんは、何故うちに? 葵祭を見に来たんですか?」
「ああ、いえ。実はこの近辺で固有結界の発動が目撃されたので調査に来たのですが――」
固有結界と聞いて俺が思い出すのは、アリスの持つ雪と氷の世界。しかも割と最近に使ったばかりだったりするのは何の冗談なのか。
「……こ、固有結界……ですか?」
「ええ。何でも結界内の氷を操るという物らしいのですが……何か知っていますか?」
「い、いえ、流石に固有結界なんて……」
さもあらんと頷くバゼット氏の後ろをおどおどと付いて歩く俺。
どうやら色々とツケを払う必要が出てきたらしい。
……なんか他人の分まで回ってきてるのは気のせいだと思いたい。
<<補足という蛇足>>
おやすみ。
<<あとがきという言い訳>>
不定期連載が板に付いてきました、ドミニオです。
まずはレス返しを。
>サイサリスさん
えーと、イエスかノーで言えばぶっちゃけ楽しかったりするのですが(問題発言
前回やたら鬱入ってるのは、リアル思考で女装強制されたらこのくらいは凹むかなーと考えた結果なのですが、やはりやりすぎだったのかも。
その分と言うわけでも無いですが、今回は主人公あまりいじめられてませんのでお許しを。
>meoさん
残念ながら不正解です。
一応知識としては知っていますが、作者はあ〜るは読んだ事が無いのです。パトレイバーは全巻読んだのですが。
>子猫煉さん
まあ松田と藤乃んに繋がりがある時点で推して知るべし、と言う事で。
うちの藤乃んの場合は暴走というかデフォルトというか、ストッパー役の黒桐くんが居ればもっとちゃんとしたヒトなんですが。
……何気に本作で一番扱い酷いのかもなぁ、藤乃ん(汗
>武霊さん
――神ですか貴方は!
まさかそのツッコミが頂けるとは思いもよりませんでしたよ、マジで。
仰るとおり元ネタはパッパラ隊です。というか出します。
ちなみにコンテストの優勝商品は高級エステの優待券だったり。そう、彼のお店です。
>文駆さん
女装が似合うのも(作者の独善的)主人公補正と言う事で。
前述のように黒桐くんの前では藤乃んも恋する乙女なのですが……思うに式VS藤乃の組み合わせは周囲の被害に関してはかなり最悪な気が。やはり修繕費は黒桐くんに行くのでしょうか(汗
>千葉憂一さん
えーと、何というか……ごめんなさい(汗
自分でも改めて見るとちょっと涙を誘う壊れっぷり。
作者の藤乃んのイメージにまほ○ばのあの人が混じっちゃったりしてるのが原因なのでしょうか。方向性は若干(?)違いますが。
>D,さん
人形……ここぞとばかりに彼女の趣味が反映されそうですな。某エルフな若奥様と共謀し甘ロリの似合う美少女に仕上げてくれることでしょう。
まあ前回の鬱っぷりを考えると実際にそうなったら精神的に死亡するかも知れませんが……まあ決め台詞は『諦観の精神を思い出せ』って事で。
>試作弐号機さん
藤乃んに関しては重ね重ねすいませんというか最早謝るしか(汗
流石に反省したので今後ここまで壊す事は無い……と思いたい(マテ
夕菜に関しては何というか……ぶっちゃけ忘れてました(激汗
タイミングを逸した為、出すのが厳しくなりましたが、何とか出番をひねり出してやりたいものです。
葵祭当日編(そのいち)をお贈りしました。
何というか前回は作者の意図とズレたところで多角的に問題作と成り果てていたわけですが、その反動のように今回は(割と)まともです。
ちなみに前回和樹が『泣きたい』だの『死にたい』だの言ってるのは、ぶっちゃけニトロプ○スの某作の影響です。何というか余りにも期待を外さないその展開が作者のツボに四連続皆中です。
今回登場したのは鉄腕美人秘書アサルトタイプ人気投票第九位おめでとう、バゼット・フラガ・マクレミッツ氏。
ホントはもっとダメットぶりを書きたかったのですが……すいません、作者に彼女の魅力を表現するのは無理くさいです_| ̄|○
ちなみに聖杯戦争は後日談。がそのまま実現したかのような御都合主義エンディングを迎えていたりする本作。バゼット氏はフリーランスの魔術師として協会のアルバイトをする事もあったりなかったり。主に凛様経由で。
補足としてアンクとは平たく言うとエジプト版ロザリオです。頭の部分が輪っかになっていて、和樹はそこに紐を通して首からさげています。
全然関係無いですが、最近オリジ作品の設定を組み立ててます。
まあ、中身は割とよくある能力者ものなのですが。
何が言いたいかと言うと、オリジ作品でオリジナリティを出すのって難しいよね、という愚痴。ここで漏らす事じゃないだろうと自分へゴッドフィンガー。
そんな感じで次回は葵祭当日編(そのに)です。
以上、あとがきという言い訳 by ドミニオでした。