前回のあらすじ。
必殺の一撃をあっさり無効化され牛の餌一歩手前になった俺、式森和樹。
そんな俺を三途の川から引きはがしたのは、唐突に現れた白い少女だった。
たったひとつの願いを叶え、生まれ落ちたは氷の悪夢。無様な主を嗤って救う、アリスがやらねば誰がやる!
御都合主義だと笑わば笑え。
純白悪夢の使い魔アリス、和樹のピンチにただいま推参!
白い雪原に獣の苦悶が響く。
死と威の象徴であったベヒーモスは、今や猫に掴まったネズミそのものだった。
その身は氷樹に絡め捕らわれ動く事あたわず、無数の氷の散弾に穴を穿たれる。
予測と直感と身体能力を駆使し、薄氷を踏むやり取りの末に”結果的”に無傷だった俺とは違い、アリスは無傷たるべくして無傷のまま戦闘を続けていた。
その口元に焦りは無く、むしろ歪んだ微笑までも浮かんでいる。
足掻きの声には嘲笑を。
類い希な再生力には更なる傷を。
タクトのように指を振り、度に巨獣は血を流す。
奏でられるは氷のロンド。
遊びの時間のBGM。
ネズミは何時までも無傷で、故に遊びの時間も終わらない。
その嗜虐性は猫のそれに近い。
捕らわれたネズミの名はベヒーモス。
猫に捕らわれたネズミは、オモチャとして終わるのがその運命である。
――ただしジェ■ーは除く。あれはむしろ■ムの方がオモチャだ。
「で、貴方は何をしてるのかしらカズキ?」
アリスが顔をこちらに向ける。
歪んだ微笑を更に歪め、冷たい視線が睨め付けるようにこちらに注がれた。
「何って…………茶飲んでるんだけど」
流石に似非グルメの紅尉が良い葉と言うだけあって、なかなかに美味い。
やはりミルクティーはウバ茶に限る、などと自分でもよく判らん豆知識を謳ってみたり。
「少しは手伝おうとか思わないの?」
や、だって俺役立たずだし。
「君達、ケーキなどどうかね。私のお薦めなのだが」
「ふふ、なかなか用意がいいわね」
「これってオレゴンのチーズケーキ? わたしも好きなのよね、これ」
「ケーキ……」
――そして何故かお茶会に突入する俺ら。
無論アリスも混ざっている。グラウンドにはジタバタと暴れるベヒーモス。
……何だろうネ、この不思議時空は。
主賓よろしくケーキやら紅茶やら振る舞う紅尉と、それに群がる女ども。
傍から見たら華やかかも知れないが、俺からしたらマッドティーパーティーのがまだマシである。
「なかなかの味ね」
見かけだけはやたら優雅に、アリスが紅茶を口にする。
ちなみにこの白猫様、オリジナルであるレンのケーキ好きが変に影響したのか、実は超甘党。
手に持つカップの中身はロシアンティーだが、その上にはソフトクリームの如くとぐろを巻く生クリーム。
敢えて言おう、それは既に紅茶じゃない。
「それで、アレはどうするのかね」
未だに氷樹の鎖から抜け出せずにジタバタしているベヒーモスを尻目に、紅尉が問う。
「別に、好きにすればいいわ。和樹の魔力量ならば後数分程度はこの世界を維持できる。それだけあれば無防備なケダモノの一匹くらい、どうとでも出来るでしょう」
「そうは言うがね。あの再生力を無効化するのは一朝一夕ではどうにもならないと思うのだが。頼みの綱だった式森君の力も、アレには通じないようだしね」
グサッ。
何気ない事実が俺の硝子のハートに直撃。へいへい、どうせ俺は役立たずさー。油断してやられそうになって、ちょびっとばかし走馬燈を垣間見たさー。
「そんなもの、幾らでもやりようがあるじゃない。例えば――」
パチンッ。
アリスが指を鳴らすと同時、雪原に無数の氷の鏡が現れる。
それらはそのままベヒーモスの周りに集い、鏡の檻を形作った。
「――こうするとかね」
くすり、とアリスの口元が歪に笑む。
途端、悲痛な慟哭が響いた。
空気を伝播して伝わって来る悲痛に、俺とアリス以外が眉間に皺を寄せ、玖里子先輩は耳に手を当てる。
「静かになった……? あ、鏡が……」
数秒の後。唐突に叫びが収まり、玖里子先輩が耳から手を離した。
その視線の先、粉々に砕け消えた鏡の檻の中から出てきたのは、口から泡を吹きピクリとも動かないベヒーモスの巨体だった。
「……精神攻撃か」
紅尉の呟きに、アリスがチェシャ猫のように笑う。
「そう。特性である無効化(キャンセル)と違い、能力である抵抗(レジスト)は意識が無ければ使えない。今の状態なら和樹の雷撃で根こそぎ吹き飛ばせるわ」
それは俺にやれって事でしょうか白猫様。
魔力使いまくって疲れてるので出来れば遠慮したいのですが。
「式森君」
だがしかし。だがしかーし。
嫌がる俺を真っ直ぐ見つめる紅尉の手には猫質達の姿が――――ああもうやるよやればいいんだろうがあ!!
バリッ、と
布を破るような音を立てながら、バルディッシュを引き抜く。
「疾風――」
「あれ……? わたし、一体……」
――が。いざ、と言う所で聞こえてくる呆けた声。
「夕菜、目が覚めたの?」
…………ああ、起きたのか。
出来れば事が終わるまで、って言うか俺が部屋に帰るまで眠っていて欲しかった。
主に俺の安全の為に。
夕菜は玖里子先輩に大丈夫です、と返し、軽く頭を振りながら辺りを見回して、
「和樹さん、その子は誰ですか?」
ピタリと、アリスに向けて視線を止めた。
……災難の臭いがする。
「あー、アリスは俺の……えーと……」
使い魔と言おうとして口ごもる。
使い魔である事は間違い無いが、本人の前で言うと機嫌を損ねるのは必定。つまり危ない、主に俺の精神衛的に。
――などと良いあぐねていた所、遮るようにアリスが口を開いた。
「和樹とわたしはご主人様と奴隷な関係よ」
ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーース!?
「アリス、おみゃー何ば言いよるとディスカ!!」
「言葉がおかしくなってるわよ、和樹。大体間違ってないじゃない?」
ふふ、と妖艶に微笑むアリス。
そりゃ広義的には間違ってないと言えなくも無いですヨ? だからと言ってその表現はあからさまに誤解を招くと思うが如何ほどか。
「そんな事、わたしの知った事じゃないわ」
さも詰まらなそうに言うアリスの顔は、セリフに反してごっつ笑顔。
つまりわざとなんですネーーー!?
「ふ、ふふふふふふふふふふふ……」
ビクゥッ!?
地の底から響くような声に、思わず身体が硬直する。
恐る恐る振り向いた先には修羅の如き表情の……いや、正確に表現しよう、修羅そのものの夕菜が居た。
「そうですか和樹さん、そういう事だったんですか……。今まで和樹さんが妙にわたしに冷たかったり、あまつさえ凛さんにちょっと優しかったりしたのは…………和樹さんが重度のロリペド野郎だったからなんですね!」
「人聞きの悪い事言うんじゃねーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」
「安心してください。わたしの熱い愛で必ず社会復帰させてみせます!」
「聞けよ人の話ッ!?」
むしろお願いだから聞いてくださいプリーズ。
「マテ。マテマテ。それは後回しにしろ、今はベヒーモスを倒す方が先だろ!?」
そう、今目の前にはSランク召還獣ベヒーモスと言う危機が存在するのである。
――だから俺への愛と偽称した殺戮は後回しにしてしかるべきだろう。と言うかそのまま忘れてくれ頼む。
「ああ、そうですね……。それじゃあ――」
ジュッ。
夕菜が手をかざした瞬間、ベヒーモスはあっけなく跡形もなく蒸発した。
――――は?
この場に居る全員から言葉が無くなる。
俺とアリスの攻撃で弱っていたとは言え、仮にもSランクの召還獣。普通ならたかだか魔法の一発――しかも片手間の一撃――で消滅する筈が無い。
が、目の前に居た筈のそれは最早何処にも影も形も存在していなかった。
夕菜さん、貴方一体何処まで進化するおつもりですかッ!?
「さあ、これで邪魔者は居なくなりました。じっくりと調きょ……げふんげふんッ。……矯正してあげられますよ、和樹さん♪」
「今明らかに言い直したろテメーーーーーーーー!?」
俺の叫びを無視し、ひたすらに上機嫌な夕菜。先程までの修羅モードから一転して笑顔でにじり寄ってくる。
っていうか『♪』って何だ『♪』って。この場で使われる符号じゃないだろうがそれっていうか怖い怖い怖い俺的にその恐怖度を0.6青子ねえと認定。
ちなみにベヒーモスの恐怖度は0.01青子ねえくらい。笑顔のキシャーはSランク召還獣の60倍は怖いのですヨ?
「――って危なッ!?」
やたら眩く輝く炎の塊を紙一重で避ける。
「熱ッ!? ぅあちちちちってか燃えてる! 燃えてるよ!? 燃えてますよーーー!?」
ゴロゴロゴロゴロと地面を転がり火を消す。
躱したのに服に火がつくとは一体どれだけの温度なんだコレッ!?
立ち上がり振り返った先では着弾地点が抉られたようにクレーターと化していた。その表面にはキラキラと金属質の輝きが散りばめられている。
金属の融点超えてるーーーーーーー!?
ちなみに金属の融点は低い物でも200℃、高い物は余裕で1000℃を超えたりする。人間が食らったら問答無用で消し炭確定。マジで洒落にならん。
「逃げないでください和樹さん!」
「逃げるわドあほおおおおおおおおおおお!!」
黄昏に悲痛な叫びが木霊した。
「ご苦労だったね式森君。お陰で猫達は無事完治したよ」
「いや、まあ……実質俺は何もやってないんだけどな」
無事夕菜から逃げ切った(代わりに次の休日を供物として捧げた)俺は、保健室で事後の確認を行っていた。
暖かい紅茶が五臓六腑に染み渡る。生きてるって素晴らしいネ。
「そんな事は無い。君が居なければベヒーモスは即座に街へ歩を進めていただろう。それに君の使い魔も夕菜君も、君が居たからこそあの場に居たのだからね」
うむ、微塵も嬉しくないフォローをありがとう。
「さて、件のベヒーモスなのだがね。やはり不審な点は多いようだ」
「まあ、あからさまにおかしかったからな」
紅茶を啜りながら考えるのは退治した(された)ベヒーモスの事だ。
病魔がベヒーモスの形を取った事。
過去例を見ない巨体だった事。
強力な再生復元能力を持っていた事。
雷に耐性を持っていた事。
まあ細かく挙げ連ねればキリがないが、目立ったのはその程度だろうか。
最もその内の幾つかは目の前のマッドの所為だと言う事は疑いようが無いのだが。
……なんか殴りたくなってきた。
「先日も言ったがいきなりシャドーを始めるのは止めてくれないかね」
おぉ? つい無意識に。
「そう言えば玖里子先輩も妙だったな。何というか、結果を焦っている? つまらない思いこみもしてたし、らしく無かった」
「それなんだが、どうも風椿君は催眠暗示に掛かっていたようだな」
「はあ?」
「正確には催眠暗示のような状態、か。何が原因かは知らないが、精神状態が近視眼的になっていたようだ」
「……ふーん」
ベヒーモスの件も合わせ、何ともキナ臭い話である。
こういう黒幕ぶった事をするのは、大抵が魔術師だったりするのだが…………どっかの野良魔術師か、或いは協会の調査員でも入り込んだのだろうか。
「ま、アンタが捕まるのはいいが、俺を巻き込むなよ」
「普通こういう時は『捕まるな』と言うものでは無いかね?」
「だって捕まった方が嬉しいし」
そこはかとなく凹む紅尉を余所に、俺は猫と戯れるのだった。
「にゃー」
ビバ、パライソ。
――その夜。
「うっ……うう……ぐ、ぁあ……や………や………
やめろジョッカー、ぶっとばすぞー!」
何だかよく判らない悪夢にうなされる俺が居たとか居なかったとか。
「くすくすくす」
憶えてやがれ、このS娘が――いやゴメンナサイ違います性格じゃなくてサイズがS……え、どっちも悪いって? いや嘘ゴメンナサイ冗談です助けてにぎゃーーーー!?
<<補足という蛇足>>
・使い魔『アリス』
元タタリの残滓にしてレンの鏡像。『白いレン』と呼ばれていた存在。
和樹の魔法によって『個』として確立し、現在では和樹の使い魔。和樹の魔法は最後の一押しのようなもので、確立までのプロセスの大半は別のものによっている。
アリスと言う名は和樹命名。由来はRe・ACTの副題から。
白い子猫の姿をしており、人の姿を取れるのは固有結界の中でのみ。
本来は青子の使い魔になるはずだったが、『ブルーの使い魔になるくらいならコイツの方がマシよ』との事で和樹の使い魔になった。
固有結界内に限定すれば二十七祖級の力を持つ。シオンとともにワラキアの後継と目されていたが、両者ともに失踪してしまった為、現在も十三位は空位のままである。
・固有結界『鏡の国のアリス』
Through the Looking - Glass Moon, Who are fascinated by Nightmare
アリスの持つ固有結界。雪と氷と悪夢を象徴する空間。どんな風景かはRe・ACTの白レンステージを思い浮かべてください。
アリスはこの中でしか人の姿を取る事が出来ない。
その発動には幾つかの条件を満たす必要がある。
・月が見える事(昼間でも可)
・発動範囲内に和樹が居る事
・和樹が現状を『悪夢』と認識する事
三つ目の基準は和樹の思考に『悪夢』という単語が入ればオーケー。ただし無意識でなければ条件は満たされない。故に和樹は固有結界の発動条件を知らされていない。
条件に和樹が関わっているのは主従契約と魔力供給が原因。
オリジナル(というか独自解釈)アークドライブ『コチョウノユメ』は、氷鏡結界による精神攻撃。内部は万華鏡を思わせる空間になっているが、これは宝石翁→和樹→アリスとその特性の一部が受け継がれている為。
<<あとがきという言い訳>>
ベヒーモス編完結です。
ではレスを。
>kjさん
まあ和樹もそれが判ってるから保健室に入り浸ってる?わけで。
本編入ってから災難の大部分が夕菜依存になってますからねー。アレに比べればベヒーモスの一匹や二匹や60匹くらい……。
>D,さん
予想通りメルブラのアノ子でした。そして大して活躍せずに終わる(汗
ちなみに作中の精神攻撃ですが、あれはアリスが限定的とは言え二十七祖級の力を持つからこその事で、普通なら人間ではそうそう歯が立ちません。
それを一瞬で消滅させる夕菜。ああ夕菜よ何処まで進化する。
>tennguMANさん
あははー、パチってしまいました(汗
マスターが美少女から一転ムサい(かどうかは判りませんが)男子高校生になってしまったバルディッシュも可愛そうに。いや、作者のせいなんですが(汗
フェイト登場はちょっとキツイですねぇ。構想自体はあるので番外編でやるかも知れませんが。
>meoさん
原作から数年後ならなのは・フェイトに加え守護騎士の分も必要になるのでそのくらいの予備はあるかな、と。……でもよく考えたらなのはも守護騎士もアースラ勤務じゃないですね_| ̄|○<ヤッチマッタ
えーと、複数の平行世界から持ってきたって事で一つ(汗
伏線の張り方があからさますぎてちょっと自己嫌悪な第九夜をお贈りしました。
今回の『前回のあらすじ』、本当はヨコシマン(著:御汐氏)の登場セリフみたいのが理想でした。『鏡の国からコンニチワ!〜』みたいな。
……流石に二次創作をパクるわけにも行かず、ああなりましたが。ヨコシマンの登場セリフはノリも韻もいいので好きなんですよ。
作中の”無効化と抵抗の違い”は本作独自の物です。効果の強さに関わらず存在特性による物は『無効化(キャンセル)』、特殊能力による物は『抵抗(レジスト)』となります。作中のベヒーモスのは『対雷完全抵抗能力(フルレジストサンダー)』です。
本来ベヒーモスは陸の魔物なので地属性なのですが、どっかのゲームではサ○ダガを使うと聞いたのでそこから捏造。
まあポケ○ンなら地面タイプにも雷効かないですが。
ちなみに前回、和樹が『残存魔力が乏しい』と言っていますが、それでも凛の常時保有魔力量を軽く超えてたりします。
関連して『立花玲夜の精神』が持つリスクの一つとして魔術行使において燃費が殊更悪いという事実が存在します。
要は普通の人の千倍魔力を食うけど、普通の人の万倍魔力を持っているので平気です、みたいな。つまり残存魔力が1%でも、量で言えば常人の最大保有量の100倍という事。まさにデタラメ。
なお、固有結界の説明の所の英文のおかしさは気にしないでください、英語苦手なんです_| ̄|○
意味としては『硝子の月を透かして悪夢に魅了されたのは誰?』くらいで。
さて、次回は本作最大の問題作(にするつもり)の学園祭編。
先に謝っておきます。
多分、千早でません。ゴメンナサイ(謝
型月系キャラを何人か出すつもりなので千早まで手が回りません、多分(汗
と言うか千早ファンの方々には申し訳ないですが、千早は登場せずに終わるかも知れません。
予定では『学園祭』→『和樹の幽霊』→『例の病気』→『ラストエピソード』なので、千早を活躍させる場が無いかも(汗
えー(汗
色々とぶっちゃけつつ次回、学園祭編です。
以上、あとがきという言い訳 by ドミニオでした。