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「幻想砕きの剣 8-6(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2006-03-08 19:44/2006-03-10 12:33)
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 イムニティは少々不機嫌だった。
 自分の存在は、極力他人には見せない方がいい。
 これは主に千年前の救世主候補…ミュリエルに、大河が白の主だと悟らせないためである。
 実際には既に知られてしまっているのだが、イムニティはまだ何も知らされていなかった。
 知られたのは昨日の事なので、伝える暇がなかったのだ。
 …たった一日しかたってないのに、随分と話数を使った…いやいやいや、なんでもありません。

 マスターたる大河が王宮にやってきたのは、それなりに嬉しい事だった。
 愛する…とまでは明確には感じないが、好いている異性が近くにいるというのはイムニティにとって悪くない気分だった。
 自分は道具であり、感情は別に必要ないと思っていたのだが、それも過去の話だ。
 大河に影響されたのか、思い切り感情的な性格になってきている。

 さて、イムニティが不機嫌な理由だが…大河が全く話しかけてくれない。
 昼間はクレアの仕事を部外者に除かれないように結界を張り、夜は時々クレアとレズな関係なぞ築き上げながらも侵入者を警戒する。
 漫画を読みまくって暇を潰しているが、これでは大河の元に帰る余裕など有りはしない。
 放り出して帰ろうにも、クレアは現在かなり危険な状態にある。
 王宮内でハイエナどもの粛清をしまくっているので、恨んで送り込まれた暗殺者やら先んじてクレアを始末しようとする連中が何気に多いのだ。
 大抵は警備の厳しさの前に諦めているのだが、クレアはその連中の尾行もイムニティに頼んでいる。
 勿論、その後の政策に活用するためだ。

 ミュリエルの存在を差し引いたとしても、自分の存在を暴露するのは揉め事に繋がるだろう。
 それでなくても、王宮に身元の知れない人物が入り込んでいるとなれば、確実に怪しまれる。
 さらに言えば、救世主クラスにもリコとそっくりの人間が居る理由を説明・またはでっちあげ、納得させねばなるまい。
 だから大河が話しかけてくれないのは仕方ない…が、やはり苛立つ。
 自分でも大人気ない、無様だとは思っているのだが、イムニティはこの手の感情の処理に慣れていない。
 不貞腐れながらも、クレアの後をふよふよ浮かんで進んでいた。

 現在居るのは、クレアとアザリンが作戦を纏める時に使っている一室である。
 中心に堂々とアザリンが立っている。
 救世主候補生達は、彼女に少し圧倒されているようだ。


(無理もないわ…。
 ヒトの世界の指導者とかが、みんな彼女みたいなヒトなら私も“破滅”を呼んで新しい世界を作る必要を感じなかったんだけど)


 イムニティはアザリンを気に入っている。
 能力・性格と共に、大いに好感が持てる。
 欠点といえば、自分の正体を看破しかねないほどにカンがいい事ぐらいだろうか。

 さて、そのアザリンだが……大河に手を差し出した。


「改めて自己紹介するが、朕がホワイトカーパス州代表のアザリンじゃ。
 先日は有益な情報をもたらしてくれた事、感謝する」


「あ…いや、こちらこそ助かった。
 正直に言えば、え〜と…アザリン殿…でいいか?
 アザリン殿を見くびっていた。
 こうまでスムーズに進むとは思ってなかったからな」


「…おい大河、私に対するのとは随分と調子が違うな?」


 ガラにもなく緊張しているらしい大河に、クレアが半眼で絡む。
 大河はそれで逆に調子を取り戻したのか、あっさり返す。


「しょーがないだろ。
 お前の場合、初見が初見だったし、そもそも俺との仲じゃないか」


「む、まぁそう言われると悪い気はしないが」


 それだけ親しい間柄だと言われているのだから、特に悪い気はしない。
 が、それをアザリンは微妙に白けた目で見ていた。
 未亜はそれに気付き、首を傾げる。


「…ふむ、稚児趣味か」


「まぁ、否定はできません…我が兄ながら、申し訳ありません…」


 ボソリと呟くアザリンに、未亜はちょっと疲れた様子で謝った。
 アザリンは暫し黙考していたが、未亜に向き直った。


「お主が当真大河の妹の当真未亜じゃな?
 参考までに聞かせてほしいのじゃが、クレアが当真大河と関係を結んだ後の揉め事などは無かったか?
 例えば稚児に走った当麻大河が刺されたとか」


「い、いえ…そういうのは、残念ながらあまり…」


 残念なのか。
 それはともかくとして、実際にその手の揉め事は殆ど起きないのだ。
 最初から深い関係だった未亜はともかくとして、成り行きで同盟を結成したベリオとブラックパピヨン、未亜の暴走で純潔を奪って居しまったカエデ、リコはエネルギー補給のために未亜が承認したし、リリィとミュリエル、ダリアに至っては満場一致で大歓迎ムードだった。
 ナナシには文句をつけ辛いし、ルビナスはネコりりぃを復活させた功績がある。
 そして、全員で大河にかかっていっても、まだ引き分けるのが精一杯なのである。
 以上の事が混ざり合って、浮気されたら刺す、などという事件は辛うじて起こっていない。


「そうか…パコパコを朕が奪った後、ユリコとの戦いの参考になるかと思ったのじゃが。
 …まぁよい、それよりも本題に入るぞ。
 そこ、いつまでじゃれている!」


ゴツ!


「んがっ!?」


 手に持っているやったらめったら質量が大きそうな杖で、大河の頭をブン殴るアザリン。
 大河は涙目になって座り込む。
 痛い。
 これは痛い。
 ベリオのユーフォニアでぶち殴られた時よりも痛い。
 たった一撃で大河を撃沈させたアザリンに、クレアが驚愕の視線を向ける。
 救世主候補生達も同様で、ダメージは特に無いとはいえ、これは何気に快挙であろう。


「あ、あー…すまなかったアザリン。
 余計な事に割く時間は無かったな…。
 おいお前達、自己紹介せよ」


 一言アザリンに詫びを入れ、クレアはリリィ達に言う。
 ハッと我に返って、リリィ達は気をつけをして直立した。
 イマイチ状況を理解していないナナシも、取り敢えずマネている。


「ご挨拶が送れ失礼しました。
 え、えーと、私は救世主クラスの委員長をしている、ベリオ・トロープと申します」


「同じく救世主クラスのリリィ・シアフィールドです」


「当真未亜です。
 よろしくお願いします」


「ヒイラギカエデでござる。
 以後よしなに」


「…リコ・リス」


「はいはーい、ナナシですの〜!」


「救世主候補ではありませんが、フローリア学園の準教師、ルビナス・フローリアスです」


 それぞれ一礼して名を名乗る。
 アザリンはうむ、と頷いて杖を一度床に打ちつけた。
 ビク、と震える救世主候補生達。
 ちょっと外廉を効かせすぎたか、とアザリンは内心苦笑した。


「そう硬くなるな。
 朕はホワイトカーパス州領主、アザリン・ド・エル・クラン・ライクンじゃ。
 今後の活躍、期待しておるぞ」


「朕ってなんですの〜。
 犬の種類ですの?
 それともひょっとして、おちん「こ、このバカッ! 朕っていうのは皇帝とかが使う一人称よ!」」


 はい、と返事をする前にボケた事を言うナナシ。
 慌ててリリィがその口を塞ぐ。
 クレアはそれを見て、アザリンに向けて肩を竦める。
 アザリンは苦笑して、まぁこういう集団なのだな、と納得した。

 クレアは前に出て、揉めているリリィとナナシを引き剥がした。
 そして視線を鋭くする。


「さて、自己紹介も終わった事だし、そろそろ翌日からの予定を説明するぞ。
 まず目的地から教える。
 最初はここ、ゼロの遺跡だ」


 クレアが足元をコツコツと蹴る。
 おちゃらけた雰囲気は全て消え去り、クレアとアザリンを基点として大河達は円陣を組んだ。
 雰囲気の変った救世主クラスに、アザリンは「ノリだけではないのじゃな」と歓心した。

 ともあれ、続く説明。


「この遺跡に関しては、ミュリエルから説明を受けているか?」


「ああ、それほど詳しい事は聞いてないけどな」


「そうか。
 ならば聞くがいい。
 ここはな、かつて“破滅”に対抗するための超兵器があったと言われている場所なのだ」


「超兵器…ですか?
 そう言えば、“破滅”との最終決戦の場になったと…」


「うむ、恐らくはその兵器によって雌雄を決しようとしたのじゃろうな。
 伝承に曰く、その魔導兵器の威力は凄まじく、全力で放てば星の形すら変えるという…」


「星の形すら…?」


 半信半疑のリリィ。
 無理もないだろう。
 召喚器を使ってさえ、山一つ切り崩すには相当な時間と手間がかかる。
 戦略兵器としてのカテゴリーに嵌めても、どう考えたところで眉唾モノだと感じてしまうのは無理もない。

 アザリンは怒りもせずに、淡々と説明を続けた。


「ああ。
 “破滅”に対抗するには、それぐらいの破壊力が必要という事かもしれんな。
 とはいえ、これはそう易々と放てるような代物ではなかったそうじゃ。
 その凄まじいエネルギーは、代償として周囲のマナの完全な枯渇をもたらす」


「マナの枯渇って……そ、それじゃ人間が住めないどころか動植物、細菌や虫の類まで息絶えますよ!?」


 思わず悲鳴染みた声をあげるベリオ。
 クレアはその通り、と頷いた。


「前回放った時には、“破滅”を退けるのと引き換えに王都一帯の大地が死に果てたそうだ。
 …言い忘れていたが、何代か前の王都はここではなく、このゼロの遺跡がある場所だった。
 “破滅”と戦い、退ける度に、人は新たに生きて行ける土地を探して大陸を彷徨ったのだ。

 それはともかく、どうもこの近辺で魔物達が不審な動きをしているらしい。
 ゼロの遺跡近辺に現れ、まるで何かを探しているようだ、と…」


「…単純に考えれば、その魔導兵器を…だな」


「そうじゃな。
 しかし、そこにはもう魔導兵器は無い。
 先人の誰かが、どこかに移してしまったのじゃ。
 (とはいえ、それだけの代物を隠し続けているのじゃ、誰が何処に隠したかは見当がつくがな…。
  今はまだ特に聞く必要もないから黙っていたが)」


 ふむ、とカエデは腕を組む。


「ならば、どうして魔物はゼロの遺跡を徘徊しているのでござろう?
 魔導兵器が何処かへ移された事を知らないのでござろうか」


「それも可能性の一つだな。
 しかし、住民が助けを求めてきたからには放っておく訳にはいかん。
 最初は兵団を派遣しようかと思ったが、言ってはなんだが戦略的な価値はまるでない場所だ。
 住民の訴えを差し引いても、場所が場所だけにまだ何かあるのでは、とも思える。
 そこで、調査のためにお主ら…救世主クラスのチームを派遣する事になったのだ」


「…なるほど、それがカエデちゃんとベリオちゃんの2人…という事ね」


 先日ミュリエルから通達された組み分けを思い出し、ルビナスは一人納得した。


「しかし私にもカエデさんにも、詳しい調査を出来る程の知識はありませんが?」


「何もそこまで詳しい調査を期待している訳ではない。
 魔物の動向を探り、これを一時的にでも撃退して、そして住民達の避難を援護するのだ。
 例え魔物を倒しても、また次の魔物がやって来よう。
 敢えて冷酷に言うが、戦略的に意味のないゼロの遺跡を守る必要は無い。
 魔物を撃退し、住民達を避難させたら、すぐにホワイトカーパス州に向かって前線を支えてくれ」


 えらく中途半端だな、とカエデは思った。
 とはいえ、確かにその通りだ。
 例え召喚器の力を借りた救世主候補と言えども、数が多すぎると分が悪い。


「ゼロの遺跡組に関する説明は以上じゃ。
 何か疑問はあるか?」


 カエデとベリオに問いかけるアザリン。
 2人は沈黙を持って返した。


「ならば次に移る。
 リリィ・シアフィールド、リコ・リス、そして当真未亜。
 お主らの行く先に関する事じゃ」


「? 行く先……大河さんと一緒に、ホワイトカーパスに行くのではないのですか?」


「リコ・リス、それをこれから説明するのじゃ。
 黙って聞くとよい」


 リコの疑問を軽く受け流し、アザリンは立ち居地を変える。
 一方クレアはと言うと。


(……イムニティ、結界を張ってくれ)


(はいはい…)


(? お主、拗ねておらんか?)


 不貞腐れているイムニティに、盗聴防止のための結界を頼んでいた。
 リコが大河の隣に立っているのが、益々気に入らないようだ。
 そんなに気に入らないなら、姿を隠したままペタっとくっ付けばいいだろうに…。
 大河に対してブツブツ文句を言いながらも、イムニティは素直に結界を張る。


「「!?」」


 リリィやベリオが、部屋が結界に覆われた事を感知した。
 驚いて顔を上げる2人。
 ちなみにリコと大河はクレアが誰に何を頼んだのか気がついており、未亜は一瞬驚いたものの、誰の仕業かすぐ解ったので警戒を解いた。
 カエデはというと、微妙に空気が変ったのに戸惑っている。


「ああ、心配するな。
 私の知人に頼んで作った結界だ。
 この策、漏らす事は絶対に出来ないのでな」


「…そういう事は先に言ってください」


 クレアのイタズラっぽい表情に、ベリオとリリィの力が抜けた。
 アザリンはというと、見事な結界に歓心しているようだ。
 仕事中は何度も見たが、これだけの結界を即席で張れる人物などそうは居ない。
 クレアに憑いている幽霊とやらに、魔法の教えを請うてみたいものだ、と少し思うアザリンだった。


「さて、本題…というか、問題はここからじゃ。
 心して聞け!」


「「「はい!」」」


 平静ながらも雷鳴の如き迫力を秘めた声に、三人は背筋を正した。
 アザリンはゆっくり歩いて、床に埋められた地図の海近辺に移動した。
 そこは大きな山がある場所である。


「ミュリエルからは、お主ら三人には当真大河と同じく、我が領地にて最前線を支えよ、との命令が下されているじゃろう。
 しかし、それは建前なのじゃ」


「建前…ですか?」


 意外な言葉に、リリィは思わず話の途中で口を挟んだ。
 アザリンは重々しく頷く。


「お主達には、極秘任務についてもらう。
 徹底的にそれに関する情報を隠していたため、お主らにまでウソの情報を渡す事となってしまった。
 謝罪する…。
 それはともかく、ホワイトカーパス直行というのはウソじゃ。
 本当の任務は…ココじゃ」


 カツン、とアザリンの杖が足元を突いた。
 アザリンに代わって、今度はクレアが話し出す。


「リリィ・シアフィールド、リコ・リス、そして当真未亜の三人には、護衛をしてもらう」


「護衛…ですか?
 何のです?」


「それはまだ言えん。
 まぁ、行けばすぐに解るから、それまでのお楽しみという事にしておけ。
 護衛の期間は…どれだけ長く見積もっても一週間に足らぬ」


「…護衛が終わった後はどうするんです?
 やはりホワイトカーパス州に直行ですか?」


「いや、その必要はない。
 その後の行動については、向こうの現場監督に任せてある。
 そやつの指示に従って行動してくれ」


「…なんだか……とっても不安になるというか、不明瞭な指示なんだけど…」


 不安げな顔をしている未亜。
 当然と言えば当然である。
 何を守るのか、どうすればいいのか、全く教えてもらっていない。
 実力的に言えば、赤の主と精霊が揃っているのだから生半可な事では負けないだろう。
 リリィだって、大河や未亜のエネルギー含有量には及ばないものの、依然として未亜よりは強いのだ。
 何せ積んできた研鑽の量が違う。。


「そう言うな。
 ダリアも一緒に行くのだ、多少の事ならどうとでもなる」


「ダリア先生が!?」


「…実力は認めますが、かえって不安に…」


 リコの言葉に、ある意味尤もだと頷くクレア。


「でも、どうしてダリア先生が私達と一緒に来るんですか?
 学園の教師なのに…」


「本人からの希望だ。
 引率を買って出た」


「……わ、私達は遠足に行く幼稚園児じゃないわよ…」


 頭痛を堪えるような顔をするリリィ。
 実際の所は、リリィ達の暴発を抑制するようにダリアに命じ、そしてダリアが諜報員だという事を知られないために適当な理由をでっち上げただけである。
 ともあれ、これで大河としては少しは安心できる。
 性格はアレでも、諜報員としての能力の高さは折り紙つきだ。
 それに緊張を緩めるのは得意中の得意だろう。
 肩に無駄な力が入りやすいルーキー達には、うってつけの人材と言える。


「説明になってない説明ですまんが、おぬし達のチームに関してはこれだけだ。
 …先日の闘技場での大暴れがムダになったな?
 結局負けたようだが」


 クレアのからかうような一言に、全員ヴッと苦い顔をする。
 大河と同行するメンバーを決めるため、ダウニー・ミュリエルと戦って手玉に取られた屈辱はまだ癒えていない。
 ちょうど自信が過信に変わりかけていた頃なので、自業自得のようなモノだ。

 話題を変えようと、カエデが苦し紛れに問いかけた。


「…そ、それでは、ルビナス殿とナナシ殿が師匠と共に?」


「…いや、実を言うとそれも建前だ。
 こちらでやってもらう事はミュリエルも知らぬ」


「!?」


 驚くカエデ達。
 今度は何があるというのだろう。
 やはり極秘任務だろうか?
 しかし、現状で最前線以上に大河の力を活用できる所があるのだろうか。


「それじゃ何処に行くんですの?」


 一応ナナシも話に着いてきているようだ。
 ただ、その表情を見る限り危険性や重要性を理解しているとは思えないが。


「正確に言うと、建前なのはお主とルビナスだけじゃ。
 当真大河は、我がホワイトカーパス州に向かってもらう」


「お兄ちゃんは…って、まさか一人だけでですか!?」


「救世主クラスではな。
 フローリア学園の傭兵科からも、何人か前線に出る事が決定しておる。
 朕やドムと共に明朝出発するぞ」


「あ、いやそうじゃなくて…ええとその…なんでもないです」


 未亜の様子に首を傾げるアザリン。
 その隣で、クレアが苦笑していた。
 何を言おうとしたのか解ったからだ。
 曰く、「お兄ちゃんが野放しになっちゃう!」といった所だろう。
 クレアが相手なら、棒姉妹という事で冗談交じりに言えたかもしれない。
 しかしアザリンの放つ雰囲気は、そう言ったジョークを戒める傾向があった。
 どうにも言いづらく、途中で言わない事にしたようだ。


「…だったら、そこの物凄く不満そうな2人は何処で何をするんだ?」


 大河がルビナスとナナシを指差して聞く。
 自分が前線に送られるのは解かっていたが、ナナシとルビナスが別の作業にかかるというのは予想外だった。
 大体、未亜やリリィは大河を野放しのケモノ扱いするが、野放しにするとヤバイのはどちらかというとナナシの方だろう。
 ルビナスは…薬品やギミックに関わらせなければ、割と安全だ。
 禁断症状ぐらいは起こすかもしれないが…。

 誰かがナナシのお目付け役をしていないと、彼女は迷子になって異次元とかに迷い込んでしまいかねない。
 ルビナスでもお目付け役は出来るだろうが、そうすると彼女の作業が捗らないだろう。


「…ナナシとルビナスには、王宮で研究と調査をしてもらう」


「…研究…は武器とか“破滅”とか救世主に関してだよな。
 だったら調査は??」


「過去の文献の調査、そして…まぁ、色々とな。
 聞くところによれば、ルビナスは千年前の救世主候補で、記憶はないものの当時使っていた文字などは十分に読めるのだろう?
 その能力を使い、王宮の書庫に保管されている書物を解読してほしいのだ。
 ミュリエルには、新兵器開発のための研究を手伝ってもらうと言ってある」


「なるほど…。
 そればかりは私たちには出来ませんね。
 ひょっとしたら、何か救世主や“破滅”に関する事が書いてあるかもしれません」


 ベリオが感心して頷いた。
 クレアや大河や未亜は救世主に関して、と言う言葉を聞いて、少々苛立たしげな顔をした。
 だがすぐに覆い隠す。


「そういう事だ。
 …ところで、どうしてそこの2人は不満そうな顔をしているのだ?」


 アザリンがルビナスとナナシを指差す。
 頬を膨らませていた。


「ああ、大した事じゃありません。
 最前線行きでも大河君と一緒に居られると思っていたら、いきなり引き離されてしまったからムクれているだけです。
 本人達も仕方のない事だと理解していますから……多分」


 ちょっと弱気だが、リリィがフォローをする。
 アザリンはふむ、と頷いてあっさり納得した。


「それじゃあ、最後は俺だな。
 俺は最初の予定通り、ホワイトカーパス州に向かうって事でいいのか?」


「ああ、その通りだ。
 …危険な任務だが…頼んだぞ、大河」


 おう、と親指を立てる大河。
 そしてアザリンをチラリと見る。
 彼女は特に反応を見せなかったが、一度だけ目配せした。

 実を言うと、大河が前線に送られるのは随分前から予定されていた事だった。
 アザリンと連絡を取り、王宮内にブラックパピヨンを忍び込ませた時からだ。

 大河がアザリンを味方に付けた取引材料が、これだ。
 ブラックパピヨンが起こした混乱に乗って主導権を握り、そして“破滅”対策の要職に就く。
 そして辺境にあるホワイトカーパスに援軍を送り込むのだ。
 公私混同かもしれないが、彼女はホワイトカーパス州領主である。
 その領地を守る義務があるし、都合のいい事にホワイトカーパスは最前線だ。
 潰れてしまわないように、適度に援軍を送り込む必要がある。
 だが、所詮ホワイトカーパスは辺境の土地。
 権力中枢からも遠いし、特に重要な施設がある訳でもない。
 放っておけば、賢人会議の連中は自分達の周りだけに兵を集め、ホワイトカーパスのみならず辺境は全て見捨てられてしまっただろう。

 だが逆にあまり大量の増援を送ると、他の所が手薄になってしまうので大勢の動員は出来ない。
 そこで救世主候補の出番である。
 数こそ少ないものの単身でもかなりの戦闘力を持つ彼女達を数人送り込み、名将と称されるタイラーやドムに使いこなさせる。
 これでかなりの戦力アップが期待できる筈だ。


(やはりこ奴の話に応じて正解じゃった…)


 内心満足げに頷くアザリン。
 とりあえず、当面話しておかねばならない事はこれだけだ。
 後方での支援は自分とクレアの仕事であり、必要以上の情報を与える事はない。


「では、作戦会議はこれにて終了とする。
 明日の為に、今日はゆるりと休むがよい。
 …そうそう、過剰に疲れる事はせぬようにな」


「ふっ、独り者のやっかみか? アザリン」


 釘を刺すアザリンに、からかうように絡むクレア。
 しかし2人にとっては冗談でも、彼女達の立場を知る者が見れば中々胃に悪い光景だろう。
 今や王宮の両巨頭となった2人は、軽いぶつかり合いでも結構な余波を撒き散らす事がある。
 もっとも本人達の預かり知らぬ所で起こり、やはり預かり知らぬ所で終結するのだが。

 幸いな事に、ここにはそんな事で胃を痛めるような人間はいない。
 微笑ましい(?)少女同士の一幕として写ったのだった。
 …この2人が激突する時、女として張り合うのと主君として張り合うの、どちらが恐ろしいだろうか。


 不穏になりかけている空気を押しのけて、大河達は作戦会議室を後にした。
 クレアに命じられた執事に部屋にそれぞれの部屋に案内され(大河と未亜がメイドでない事に舌打ちした)、クレアの部屋に集まっている。
 これはクレアが「私の部屋で待っていろ」と大河にこっそり囁き、地獄耳にもそれを聞きつけた未亜があわよくば自分もナニに参加しようと押しかけ、さらに芋蔓方式に全員がやってきてしまったのだ。

 流石に家捜しなんぞしないが、色々と気になるモノはある。
 好奇心をモラルで抑え付けていると、リリィがボソっと呟いた。


「……どうも納得行かないわね。
 さっきは気付かなかったけど、どうしてルビナスとナナシが王宮で過去の文献を漁るのをお義母様に隠さなきゃいけないのかしら?」


「へ?
 どうしたでござるかリリィ殿?」


「ん〜…だから、さっきの話では、ルビナスとナナシは大河のお目付け役…というか足枷としてホワイトカーパスに行くんじゃなくて、王宮で過去の文献を調べるんでしょ?
 お義母様に隠すような事でもないじゃない。
 だったらどうしてお義母様に教えていないのかしら?」


「そう言われるとそうですね…?」


 ベリオが首を傾げる。
 こんな事を態々する理由がない。
 突然の命令変更や情報操作は混乱を呼ぶだけである。
 そんな事が解らないクレアとアザリンではないだろうし、あの2人が何かしらの権力欲に取り付かれたとも考えにくい。
 きっと何か理由があるはず。
 ひょっとしてひょっとすると、ミュリエルに向けて何かの企みが…?


「…で、リリィちゃんはどうするの?」


「? どうするって?」


「……つまり、学園長先生に知らせるのかという事です」


 ルビナスとリコの問いかけに、リリィは腕を組む。
 正直な話、義母に話したほうがいいのではないかとも思う。
 しかし今から知らせようにも、時間が無さ過ぎる。
 フローリア学園に帰る時間はあるだろうが、それが許される状況でもない。
 仮にここで帰れば、救世主クラスの評判が落ちてしまいかねない。
 戦地に向かう事を恐れて義母の所に逃げ帰った、などという風評を流された日には目も当てられない。
 それにそもそも言うべき程の事だろうか?


「……知らせようったって、無理じゃないの」


「へ? お手紙を出せばいいですのよ?」


「あ」


 実にシンプルな方法を見逃していたリリィ。
 あのナナシに思いついて自分に思いつかなかったという屈辱…ゾンビの脳味噌以下と思ってしまった…はともかくとして、これなら確実に届ける事が出来る。
 当日にこそ届くまいが、明日王都を出発して護衛対象の所に到着するまで、機会は何度でもあるだろう。
 しかし……。


「いや、別に知らせる必要はないぞ」


「? どうしてよ大河」


「なに、あの2人…というか、クレアが何を考えてるか大体見当がつくんでな。
 正直な話、このままにしておいた方がいい…ちょっと揉めるかもしれないが、学園長のためだ」


「お義母様のため…になるの?」


 疑わしい。
 しかし、今となっては飼い主こと大河にはかなりの信頼を置いている…女性関係と常識以外には。
 特にこう言った大局的な視点からの判断や、戦略的な見識は大河の方がずっと上である。
 納得は出来ないものの、この場は納める事にした。

 未亜は大河を見て考える。
 恐らくクレアが探させようとしているのは、王宮の書庫に眠る千年前の救世主候補に関する記述だろう。
 以前にリコから聞いた、ミュリエルが千年前の救世主候補だという話。
 もしミュリエルを問い詰め、白状させる事が出来れば様々な疑問が一挙に解決するだろう。
 …もうかなりの部分は解決しているのだが、例えば召喚器とは何なのか、“破滅”は何なのかという問題にも答えを得られるかもしれない。
 ならば、確かにミュリエルには知らせない方がいいだろう。
 ミュリエルのため、というのもあながちウソではない。
 彼女の抱えている秘密を暴露できる状況になれば、彼女は大分楽になれる。
 少なくとも、孤独な戦いからは開放されるのだ。


「ところでお兄ちゃん、聞きたいんだけど」


「ん、何?」


「結局クレアちゃんの調教は成功したの?
 SMやったんだよね?」


「ブボッ!?」


 思わず飲んでいたコーヒーを噴出す大河。
 同様に、ルビナス達も呼吸を止めている。
 ナナシでさえ固まっていた。


「ねぇ、どうなの?」


「おっおっおおっ、おまっ、ちょ、ちょっま、待て!」


「どもってないで答えてよ。
 どのくらい激しくディープにしたの?
 私も責めて大丈夫よね?」


 あうあうあう、と喘ぐ大河。
 未亜の目がもう尋常ではない。
 Sモードに必要な燃料を、着々と蓄えまくっているようである。


「ちょ、ちょっと待ってください!
 大河君がクレア様…ちゃんにアレな事をしたのはともかくとして、どうして未亜さんがそれを知っているんですか!?」


「え、何でってそれは…」


「も、元はと言えば未亜が嗾けてきたんでな!
 あの流れなら関係を持つのは変わりなかっただろうが、流石にあの年齢にSMはしなかったな!
 なんか本当に気持ちいいのか誰かで試してくれって言われた上に、クレアを相手に上手くやれ、なんて言われた日には我輩、もうどーしたもんかと」


 つまりSMをしたのは認めている。
 が、それはともかくとして…ベリオ達から、畏怖の視線が未亜に集中している。
 そりゃそうだろう、ヘタをすれば自分達が実験台に指名されていたのかもしれないのだから。


「……てへ」


「てへ、じゃありませんって!」


「いくら未亜でもギャグでも、やってイイコトとイケナイコトがあるわよ!
 麻薬とかルビナスの薬を他人で試そうとするよーなモンじゃない!」


 笑って誤魔化す未亜だが、流石にそんな次元ではない。
 引き合いにだされたルビナスが多少機嫌を損ねたが、些細な事だ。


「え〜、でもルビナスさんの薬ならリリィさんが飲んだじゃないですか。
 ほら、ネコ化薬を。
 あの薬と同じような薬なら、結構欲しがるヒトが多いんじゃないですか?
 それと同じで、つまり臨床実験みたいなものなんですよ」


「どこがどう同じなのよ!?
 そういう臨床実験は自分でやりなさい、自分で!」


「つまりお兄ちゃんに任せず、クレアちゃんを襲って自分で調教しろと?」


「なんでそうなるんですか!?」


「じゃあ私とお兄ちゃんでクレアちゃんを?
 それはいいですねー、声を揃えて歌うように喘ぎます」


「歌うように…って、それひょっとして輪唱って言いたいの?
 輪唱と臨床をかけてるんじゃないでしょうね?」


 うって変わって冷たい空気が舞い降りる。
 ヒートアップしていたリリィとベリオも、急速にテンションダウンした。
 モラルがどうのこうのを述べる以前に、何か人として大切なモノを失った気分だ。
 特に大河から送られる視線が未亜の神経をチクチク刺激する。
 冷や汗をダラダラ垂らす未亜。


「………そ、それで!
 結局どうなったの!?」


「いや、どうなったってなぁ…」


 勢いで誤魔化そうとする未亜。
 なかなか逞しくなったようだ。

 再び矛先を向けられた大河は、何を言うべきか判断に迷う。
 確かにクレアの調教は上手く行っている。
 しかしそこに未亜も混じったらどうなるか?
 幾ら何でも、彼女の体には負担が強すぎるだろう。
 が、ウソをついた所でどうせ今夜辺りにはばれる。
 ならば、第一段階は成功したがそれほどディープな行為はまだできない、と誤魔化すのが妥当か。


「あのな未亜、クレ「誤魔化したら…解ってるよな? ん?」……(油汗)」


 唐突ながら久々に降臨、893未亜様。
 どうやら勢いに任せて押し切ろうと思ったら、勢いに任せすぎてしまったらしい。
 何時の間にか座っている大河の横に寄り添い、大河の肩に手を回して耳元で囁いている。
 それだけなら普通の光景と言えなくもないのだが…問題は未亜のもう片方の手だ。
 大河の…ボールをズボンの上から軽く掴んでいる。
 掴まれているのは片方だけだが、もしここでヘタなウソをついたら……。


「……………(蒙古判)」


 考えただけで臨死な状態になる。
 仮に潰れてしまったら未亜だって困るだろうが、そこは勢いである。
 トランスしている未亜に理屈は通じない。
 それに召喚器持ちの癒し手がいるのだから、潰れてもそこそこ修復できるかもしれない。

 大河は何とかコイツを止めてくれ、とばかりに周りに視線を飛ばす。
 しかし薄情かな、視線を合わせる人物は一人も居なかった。
 それどころか既に退避しているのも何人か。

 カエデは何時の間にか居なくなり…実は天井に張り付いている…ナナシはカーテンの影に隠れ、ベリオは背筋を冷たい汗に濡らしながらも壁にかけられた絵を鑑賞している。
 ルビナスは平気そうだが(でも震えていた)、問題はリコだ。
 未亜からの感情が流れ込んでいるのか、俯いてプルプル震えている。
 大河は咄嗟に、リコには助けを求めない方がよさそうだと判断した。
 最悪の場合、もう一方のボールをリコに握られる事になりかねない。
 そしてリリィは、なぜかソファーの影に蹲ってガタガタ震えていた。
 何時の間にかネコモードが起動しており、ソファーから突き出た下半身から伸びるシッポも丸められている。

 この状況でもネコりりぃにちょっと萌えたが、とにかく問題は未亜だ。


「ねぇ、早く答えなよ?
 私だって何時までもこうしてボールを転がしてるだけじゃないかもよ。
 時々ぎゅーって握り締めてみたくなるんだから」


 ズボン越しに、未亜の手が大河のボールを転がす。
 萎縮して小さくなっているが、刺激は大河の脳に伝わっている。
 洒落にならないモノを質にされ、進退窮まったその時だ。


「…な、何をやっているのだお主らは…」


 とりあえず事態を打開する救世主は舞い降りた…候補の子孫だが。
 何時の間にか扉が開かれ、眼を丸くしているクレアが立っている。


「あ、クレアちゃん。
 丁度よかった、聞きたい事があるんだけど」


「な、なんだ?」


 相変わらず未亜に対する苦手意識は抜けていないらしい。
 特に今は893モードで、目がレーザーが出そうな程に光り輝いている。
 こうして相対しても心が折れないのが不思議なくらいだ。
 流石にアヴァターを収める王女、と言った所だろうか。

 未亜が問いかけようとすると、勇気を振絞ってベリオが進み出た。


「あ、あの未亜さん、この際聞くのは仕方ないとして、お願いですから穏便に聞いてくれませんか?
 さっきから心臓がバクバク鳴り響いていて、寿命が年単位で縮みそうなんですが」


「そうですか?
 じゃあ…クレアちゃん、お兄ちゃんにどのくらい調教されたの?」


「ぬがッ!?」


「ちょ、直球だいれくとー!?」


 クレアが咳き込み、ベリオがムンクの叫びを上げる。
 ルビナスは立ったまま遠い世界に旅立ち、リリィのネコミミが伏せられ、クレアの後ろにこっそり隠れているイムニティは原因不明の圧迫感に見舞われる。
 カエデとリコは耳を塞いで隅っこで縮こまっていた。

 そこまで驚かれた未亜は、むぅ、と不満げな顔をした。


「ちゃんと柔らかめに言ったんですけど…不満でしたか?
 我侭ですね」


「ど、どこが柔らかめなのでしょーか未亜サン」


「…それじゃあダイレクトに。
 えー、ヒトの旦那に手を出した挙句逆に犯されて、オマケに懐くなんてどんな根性してんのオドレは!?
 しかもノコノコ顔を出すなんて、倫理観はドコに置いて来たのやら…。
 まだお子様なの不倫志望?
 変態ここに極まり、って感じ。
 一体どんな事をすればクレアちゃんみたいなアバズレを満足させられたのか逆に知りたいわ!
 淫乱は黙ってオモチャに
「ストップ! 未亜ストップ!」……今度は何よお兄ちゃん」


 物凄い勢いで啖呵を切る未亜を何とか止める大河。
 言われたクレアは、怒る前に微妙に萎縮しているようだ。
 しかし未亜が自分と大河の関係を嫉妬していると考えたのか、何とか対抗しようとする。
 …過激な調教をされたと言えば、それだけ自分の首を絞めるとも知らずに。


「ふっ、私と大河の仲に対抗しようというのか?
 そちらの絆も伊達ではないだろうが、大河はお主にはあのような事はできまいなぁ」


「嫉妬なんかしてないよ。
 私が本気で嫉妬したら、しっとレディが爆誕しかねないもん。
 とりあえずセル君辺りに爆弾を持たせて、クレアちゃんに向かって特攻をしかけさせるくらいは」


 どうせ死なないし、と小声で付け加える未亜。
 哀れセル。


「ふん、負け惜しみよのー。
 見ていろ、大河を禁断の果実の虜にしてくれるわ。
 流石の大河も幼子にSMなぞやった事が無かったようだしな。
 ロリ、SM、さらにお姫様属性の3セットだ」


「甘いわね。
 こっちだって妹、古女房、そして百合も可という3セットを持ってるのよ。
 SMに関しては、これから始めればいいわ。
 クレアちゃんのお蔭で、結構キモチよさそうだって解ったからね」


 でも今は責められるより責める方が優先だ。


「ふっ、自分で言うのもアレだが私は真性マゾだぞ?
 他人のプレイを見て気持ちよさそうだったから、などというミーハーな根性では、大河のディープな責めには耐えられぬ」


「ほほぅ、真性と来ましたか。
 ちゅー事は、ちょっとやそっとでは揺るがないのですな?」


 未亜の口調が変っている。
 それを動揺の証と取ったか、クレアは更に主張する。
 …実際には墓穴に向かって邁進しているのだが。


「ムチ打ちだろーが蝋燭だろーが緊縛だろーが、果てはピアスまで何でもござれだ。
 相手が大河ならば私は無条件で嬉しい」


 慕われている…というか、完全に屈服されている大河。
 893未亜の迫力も治まったのでこっちに戻ってきたベリオ達の視線が、大河に向かってチクチクと降り注ぐ。
 一体何をしやがったこの鬼畜。

 しかし、それすらも未亜にとっては「バッチ来ーい」の意訳でしかない。
 真昼間から、未亜はその気になってしまった。


「ふーん。
 だったら、ここでナニしても大丈夫だよね?」


「……んあ?」


「だから、ここでお兄ちゃんにヤられちゃったり一人エッチしても大丈夫だよね?」


「…ナニヲオッシャイマスカ?」


「お兄ちゃんが相手なら何でもイイんでしょ?
 公衆の面前でお兄ちゃんに犯されたり、その他大勢…私たちだけど…とお兄ちゃんにイヤらしい所を見られても嬉しいんだよね?
 今日はもう仕事も終わったのよね?
 どうせ明日からバラバラになっちゃうんだから、今日は激しく燃え上がるに決まってるもの。
 玩具は多い方が皆も楽しいよ。
 そー言えば、お兄ちゃんとヒミツの部屋で本格プレイする約束があるんだっけ?
 私達も混ぜなさい」


 …目が赤光を放っておられる。
 巨神兵みたいにレーザーとか放ちそうだ。
 アレは口から放っていたが、未亜は目から…しかも両目から出るので破壊力2倍…放ちそうだ。

 ムチャクチャな理論をその迫力で押し通そうとしながら、未亜は大河を押し出そうとする。


「お、おい未亜!?」


「お兄ちゃん、ご主人様命令をしなさい。
 今ここで一人エッチしろとか、下半身だけ裸になれとか、あとお兄ちゃんとのエッチを思い出してナニをしたとか、他にもイムちゃんとナニをしたかとか、丸ごと白状させるとか。
 お昼からでもナニするのはいつもの事でしょ」


 イムって誰だ、と思うナナシ達。
 イムニティの存在を知るリコは、ある意味自分の写し身・または半身である精霊に疑惑の目を向ける。
 イムニティは結界で姿を隠したまま、そっぽを向いて口笛なぞ吹いていた。
 ちなみに口笛は下手だった。

 ぐいぐいクレアの前に押し出される大河は、ヘタに拒否すると惨劇が降りかかりそうな予感で一杯だ。
 しかしそう簡単に従う事も出来ない。
 モラル云々の話ではなくて、調教の進み具合とかの問題だ。
 ここで未亜に従っても、ムリヤリ言わされているのが目に見えている。
 そんな状況ではクレアが命令に従うかは怪しいし、反抗を許容するのは調教にはマイナス効果である。
 大河はその旨を未亜に耳打ちして、何とか止めさせようとした。
 が、しかし。


「だったら適当に言い訳を考えやがれ。
 そーゆーのは得意だろ? あぁん?」


 …893モードは解除されていなかったらしい。
 しかもレズレズサディストモードと併用されていたようだ。
 普段の893モードのように迫力や物理的な攻撃力に任せるのとは違い、計算され尽くした圧迫感を投げかけてくる。
 「死ぬ、マジで死ぬ!」と感じる自分と、「ああっ、もっと踏んで女王様!」的な苦痛や恐怖を興奮に変える大河が居る。
 単純に恐怖を与えるのではなく、それから抜け出そうとする気力を削いでいるのだ。
 未亜の性癖も、中々熟練してきたようだ。
 現に大河は、未亜を説得しようとかいう気持ちが抜けてきている。

 大河が堕ちかけているのを見たクレアは、慌てて話題を変えようとする。
 この状況でも大河に命令されてしまえばクレアに勝ち目はない。
 ほぼ無条件で命令に従ってしまうのが目に見えているからだ。


「そ、それより大河!
 ナニする前にちと聞きたい事がある!」


「な、なんだ!?
 未亜、ちょっと待ってくれぃ!」


「イムニティの事なのだがな!
 ちょっと他人に聞かれたくないので、場所を変えるぞ!
 未亜、スマンが大河を借りるぞ!」


 そう言うや否や、クレアは勇敢にも…神風特攻のような気もするが…大河の手を引っ掴み、超特急で扉を開けて逃げ出していく。
 リコはイムニティの名が出た事でピクンと体を震わせたが、未亜に威圧されてそんな事を気にする余裕はない。

 大河を連れ去られた未亜は、残念そうに…それすらも演技か計算内に見えた…溜息を漏らす。


「あーあ、逃げられちゃった…。
 ま、いいか。
 今の内に準備をしておけば…」


 未亜の口元がニヤリと笑い、カエデ達はまた体を震わせた。
 …数名がちびりそうになっていたのは秘密だ。


 所変わって、こちらはクレアの部屋の近所の一室。
 大河とクレアはこちらに避難して来た。


「…災難だったわね、マスターもクレアも」


「お、おぅ…イムニティか…」


 イムニティ自身も結構消耗しているようだ。
 どうやら何時ぞやの禁書庫最下層でリコに追い回された時と同じようなプレッシャーを感じて、神経が参ってしまったらしい。
 しかし何時までも恐怖に浸っているわけにはいかない。
 それこそ心臓に悪いというものだ。
 クレアが息を整えて口を開く。


「あー、イムニティ。
 差し支えなければ聞きたいのだが、お主とリコはどういう関係なのだ?
 前から聞こう聞こうと思っては、漫画にかまけて忘れていたのだが」


「それはー…その…」


 咄嗟に上手い言い訳が考え付かないイムニティ。
 姉妹?
 間違ってはいないが、イムニティはリコが好きではないので却下。
 クローン?
 同じ理由で却下、元同一人物扱いなどされたくない。
 赤の他人?
 信じてくれそうにないので却下。
 ドッペルケンガー?
 リコが本体扱いされそうなのでこれも却下。

 イムニティがどうしようか考えていると、大河が口を挟んだ。


「イムニティ、言ってもいいぞ。
 もう学園長には俺が白の主だってバレちまったからな」


「え、そうなの?
 何時の間に?」


「先週の乱交の後に色々と。
 全面的な協力が得られればよかったんだが、そうも行かなくてな。
 とりあえず、今後はリコの…親戚って事で押し通そう。
 もう姿を隠す必要性はそれほど無いから」


 権力争いと大差ない、滑稽な関係である。
 とはいえ、最悪の事態に陥った場合には、ミュリエルの存在はありがたい。
 救世主が完全に誕生する前に、冷酷な一撃をくれる事だろう。
 救世主クラスの連中では、甘さや優しさが先に立って間に合わないだろう。
 ミュリエルには辛い行動を強いる事になるが、誰かがやらなければならないのだ。
 とは言え、あっさりと首輪をつけられてやるほど大河は素直ではない。
 …未亜辺りが成長したら強引につけられそうだが。


「…ま、そういう事なら言っても構わないわね、マスター本人が言ってるんだし。
 いいわ、クレア。
 私とリコは、導きの書の精霊…マスターから聞いたでしょ?
 救世主を誕生させるファクターが私たちよ」


「導きの書の精霊…そなた等が?
 薄々勘付いてはいたが、やはり実感が沸かないな…」


「ま、ここは一つ漫画好きの同士って付き合いでね」


 ふむ、とクレアは頷いた。
 彼女が人ではなかったからと言って、そんな瑣末事を気にするようなクレアではない。
 彼女は敵対しない者、無害なモノには寛大だ。


「で、リコとイムニティは割と反目しあってるんだ。
 嫌い合ってるわけじゃないけど、その性質上仲良くするのは難しい、ってトコだな」


「…最近の反目は、性質だけじゃないんだけどね…」


 チラリ、と大河を見る。
 …罪作りなヤローである。


「ふむ、大体解った…。
 しかしイムニティ、お主の役割というか性質は、主…つまり大河を救世主にしようとするのではないか?」


「その辺は心配無用よ。
 私はもう新しい世界を望んではいない…いえ、望んではいるけどマスターの意に背いてまで望む理由はないわ。
 主…救世主を選ぶのだって本能の一部みたいなものだけど、プログラムされている本能はそこまで。
 その後は主を裏切ろうが唆そうが、制約を受けるわけじゃないわ。
 ま、私達の悦びはマスターに仕える事だから、裏切りは無いだろうけどね」


 肩をすくめるイムニティ。
 そしてボソっと付け加える。


「それに…赤の主とリコは怒らせたら怖いし……」


「…そうだな、アレは怖いな」


「うむ、怖い……」


 三人一致で、先ほどの未亜の893モード+レズレズサディストモードを思い出す。
 イムニティだけは、禁書庫でのリコの大暴れも思い出す。
 三人は揃って背筋をブルリと震わせた。


「で、聞きたい事ってのはそれだけか?」


「ん〜、他にはまた誰かに手を出してないかとか、そもそも未亜が私と大河のナニの内容を何故知っていたのかとか色々あるが…」


「………(汗)」


「………(ジト目)」


「まぁよい、今はこれだけだ。
 さて、そろそろ戻るぞ。
 あまり戻りたくはないが…未亜が乱入してきたらたまらんからな」


 しかもSMプレイに耽っていると思い込んで、怪しげな道具を持って。
 三人はそそくさと戻ろうとする。


「あ、そうだイムニティ」


「?」


「ご苦労さん。
 これで前借してた分は帳消しな。
 後で給料を渡す時にボーナスも決めてくれ」


 ボーナス…と言えば、確かナデナデかナニである。
 思い返してみると、イムニティは随分と過激な事を言った気がする。
 リコの前で、リコが嫉妬に狂うほどに激しくしろ、と。
 それを思い出して、イムニティの頬が赤く染まる。
 大河に話しかけられずに急降下していた機嫌もどこかに飛んで行ってしまった。


「そ、それは後にしておくわ!
 とにかく今は戻りましょ!」


「お、帰ってきたでござる」


「ナイショ話はもうお終いかしら?」


 戻ってきた大河とクレアを見て、リリィ達は安堵の溜息を漏らす。
 その視線からは『あの怖いの(未亜)を放っておいて、よくも2人だけで逃げやがったなコンチクショウ』という恨み節が見て取れる。
 ちょっと罪悪感を感じる大河達だった。
 その未亜も、今は一応落ち着いているようだ。


「あ、あぁ…待たせたな。
 というか、どうして全員が私の部屋に居るのだ…?」


「聞かなくたって解る事だと思うわよ、クレア」


「「「「「「「!?」」」」」」」


 ぼやくクレアの後ろから、リコそっくりの少女…イムニティが現れる。
 予想もしかった双子の姉妹(即席設定)に動揺が走った。


「ロ、ロリっ子が2人…!?」


「これは手強いでござる…!」


「ロリじゃありません。
 私、少女ですから」


 それをロリと言わないか、リコよ。


「リ、リコちゃんの肉親かしら?」


「生き別れの双子ですの!?
 ニセモノにしては堂々としてるし、キャラが立ってるっぽいですの。
 目付きはちょっと悪いけど」


「余計なお世話よ!」


 イムニティの釣り目は、ナナシには目付きが悪いとしか写らなかったようだ。

 クレアがゴホン、とわざとらしく咳をする。
 落ち着いていた未亜も含め、全員の目がクレアに向いた。


「あー、色々混乱しているようだが…紹介しよう、リコの親戚のイムニティだ」


「親戚? リコの?
 そんなの居たんですか」


「…アレは親戚なんかじゃありません。
 敵です、私の敵。
 ご主人様を狙う敵です。
 必然的に皆さんの敵でもあります」


「つまり私の玩具にもしていいって事よね?……いや冗談だってば。
 イムちゃんもそんなに怯えた顔しなくても…」


「どーぞどーぞ。
 マスターの玩具になってくれれば、私もライバルが一人減りますから好都合です」


 …未亜に毒されていないか、リコよ。


「何だか話がヤバい方向に進みそうだから、その前に自己紹介して退散させてもらうわ。
 不本意ながらも、そこのヒステリーロリ娘の親戚のイムニティよ。
 なお、苗字は諸々の事情により持ってないわ。
 幼い頃にちょっと会っただけで、運命的な程の仲の悪さを構築した天敵同士よ。
 最近ではマスター…当真大河のおかげで、関係に微妙な変化を来たしているけどね」


「…マスター?
 ………大河君!?」


 こんな幼い少女にナニをした!?
 血相を変えてベリオが振り返る。
 とは言えよくよく考えてみれば、同い年らしきリコとも大河は関係を持っているし、救世主クラスだって一緒に乱交に参加している。
 とやかく言う権利はないと思うが…。


「言うまでもないが、大河の知人でアレの経験もあるぞ」


「…………」


 大河に冷たい視線が突き刺さる。
 敢えて何も言わないが、その意味は痛いほど伝わっている。
 そこへイムニティが助け舟を出した。


「そう怒らないでよ、訳有りだったんだから」


「訳有り?」


「ええ。
 私はちょっと体…心臓が弱くてね。
 魔力でそれを補ってるんだけど…魔物に襲われて、撃退した代わりに魔力が切れちゃったのよ。
 その時に私を助けてくれたのが大河って事。
 街からも遠い場所だったし、魔力を補充できる方法と言ったら…一つしか無いでしょ?」


 つまり房中術だ。
 しかしルビナスは怪しげにイムニティを見る。


「だったら、ダーリンと何処で会ったの?
 それに、その言い分だと仕方なくダーリンと関係を持ってるみたいだけど」


「最初はそうだったわね、死にたくなかったし。
 マスターと会ったのは、学園と王都の中点のあたりね。
 今は…私もマスターが気に入ってるし、相性が良かったのか魔力の燃費が異常にいいし…。
 ま、そういう訳で、時々マスターに抱かれてたのよ」


「…マスターってのは?」


 イムニティはプイ、とそっぽを向いた。


「…私が勝手に呼んでるだけよ。
 ご主人様、とか呼ぶとリコと被るし」


「当然です、それは私の専売特許です。
 使いたいなら何か代価を寄越しなさい。
 ただしケモノ娘は可。
 リリィさんとミュリエルの事ですが」


 むー、とリコとイムニティが睨み合う。

 疑惑は残るが、カエデ達は追及の手を休める事にした。
 一段落ついたのを見計らって、クレアがイムニティとリコを座らせる。


「あー解った解った、仲が悪いのは解ったから、ネズミとネコみたいに仲良くケンカしな。
 体の形が有り得ない程に変ったりその辺に何の脈絡もなく隠し通路を発見したり異常に機転が利いたりすると、とても嬉しいぞ。
 幻影石で録画して、商品化してコメディー映画として売り出すからな。

 …で、結局どうして此処に居るのだ?」


「そもそもクレアちゃんは、どーしてダーリンを呼び出したんですの?」


 ナナシの素朴な疑問。
 何の邪気も勘繰りもないだけに、クレアも却って反撃できない。
 未亜と張り合っている時ならばともかく、素の状態で大河をSMプレイに誘った、などと言うのは人としてアレだ。

 チラっとクレアは未亜を見る。
 この状況で引いたらどうなるか?

 …未亜はニヤニヤ笑いでクレアを見物していた。
 瞬間的にカッと血が昇る。


「決まっているだろう。
 お主達と違って、私は頻繁に大河と会う事は出来んからな。
 今宵一晩くらいは占有してもよかろう?
 それにお主達は明日から戦いに行くのだ。
 腰とかガタガタでは話にならんぞ。
 その点、私は腰が抜けていても仕事はできる」


 …後先考えずに言い切りやがった。


「ふーん、それじゃ今日はとっても激しいんだ?」


「そうともよ!」


 大河の了承も意見も聞かず、勢いだけで爆走するクレア。
 それも未亜の罠だとは気付かずに…。
 ちなみに他のメンツは、クレアと未亜の間で発生する乱気流に押されて話に入って行けない。
 本能が警鐘を鳴らしているのだ、「未亜の邪魔をしたら次のターゲットは私だ」と。
 しかも会話を聞くに、どうもクレアと大河のナニはSMらしい。
 未亜がSである以上、確実にMの役を押し付けられる。
 未亜と張り合うためとは言え、そこまでディープな事をこなす自信は無い。
 ある意味で尊敬の眼差しをクレアに向ける一同だった。


「……当然道具とか、そういうのも?」


「無論だ。
 大河から教えられたのだが、王宮にはそーいうプレイ用の部屋が何故か残されていてな。
 本来なら王女が20歳になり、王位を継承しなければ入れぬのだが…私は例外だ。
 道具だったらそれこそ何でもあるぞ」


「お、王宮にそんなのが…?」


「下が下なら上役も上役か…」


 呆然として呟くベリオとリリィ。
 幸いにして、2人の呟きは誰にも聞かれなかった。

 クレアは万全の気構えをして、未亜の反撃を待つ。
 が、いきなり未亜の圧力がスーっと引いた。


「そっか、解ったよ。
 それじゃあ今日はお兄ちゃんとクレアちゃんのペアって事で?」


「え?
 ん、あ、あぁ…解ればいいのだ、解れば」


 あまりにあっさり引き下がった未亜に一抹の不気味さを覚えつつも、クレアは追撃する事が出来なかった。
 藪を突付いたらリヴァイアサンが出てきた、などというのは御免蒙る。
 ルビナス達も、ヘンな事を言えば標的にされかねないので口を出さない。


「それでクレア、結局呼んだのはそれだけか?」


「ああ、イムニティの事で少しの相談があったのと、その…今晩の誘いだけだ。
 私の部屋を使ったのは、イムニティの存在を極力知られたくないからなのだ。
 彼女は実力は充分だが、なにせ戦える時間が少ない。
 自然、伏兵としての扱いになるわけだな」


「ま、そういう事よ。
 改めてよろしくしなくてもいいわよ、救世主クラスのお嬢さん達」


「…その背丈でお嬢さん言われても…」


「それは暗に私がチビだと言っているのと同じですよ、カエデさん」


 イムニティと微妙な火花を散らしながら、リコはカエデにツッコミを入れる。


「正直な話、私はイムニティと長く顔を合わせていると機嫌が悪くなってきます。
 クレアさん、お腹が空いたのでご飯を食べたいのですが」


「まだ夕食には早いがな…。
 まぁいい、それなら文官用の食堂を使え。
 文官は大抵の場合、自室か書庫か資料室に篭りっきりなのであそこは仕事が少ないのだ。
 場所は…ほれ、そこの窓から見えるだろう。
 あの辺りに行けば、ちゃんと案内板があるはずだ」


 意外と親切だな王宮よ。
 それでは失礼します、と言って出て行くリコ。
 …その日、文官用の食堂にブラックホールが出現したという噂が立ったが、関係のない話だ。


「それじゃ、私も訓練…いえ、軽い調整をしてきます。
 クレア様…もといクレア、どこか丁度いい場所は?」


「体育館がある。
 何せ丸一日座りっぱなしの日も多いからな。
 運動せねば、この歳で………ブツブツ


「それじゃあ、私もリリィと一緒に軽く体を動かしてきます。
 カエデさんは?」


「拙者は…その辺を散策してくるでござるよ」


「妙な所に立ち入らんようにな。
 随分前にダリアが黒魔術ごっこに凝って夜毎に降霊会を繰り返し、魑魅魍魎が跋扈している。
 侵入者対策になるので放っておいたが、時々魔界に入り込んで2,3日行方不明になる事があるのだ。
 ちなみに行方不明から帰って来たヤツは翼かシッポか、精神に知らない誰かがくっ付いていた。

 ああ、それと体育館では魔法を使う時には気をつけろ、破壊されない為に床と壁一面にスカラとマホカンタがかけてある。
 以前炎を放った魔法使いが、反射しまくる火の玉に追いかけられて必死で逃げ回っていた」


「さっき見かけた、美味しそうなアイスクリーム屋さんに行くですの!
 ダーリン、ダーリンもご一緒するですの」


「王宮前のアイスクリーム屋『バブバブ』か?
 やめておけ、ものの噂によるとあそこのアイスを食べたら語尾に『ばぶぅ』が付くという。
 それは冗談だとしても、あまりに美味いので意識が飛ぶヤツが時々出るのだ。
 なんか心の痛みが癒されるとか見えなくなるとか…そう言えば、あのアイスを作った人間は“人の痛みを我が物に出来る”とかいう能力を持っているとかなんとか。
 ま、そういうアイスが売られるのは、それこそ何年に一度だが」


「それじゃ、私は早速過去の文献を漁らせてもらうわね。
 ふふふ……私の専門は錬金術だけど、人の営み、歴史も大局的に見ればその一部…。
 隠された過去の真実、どんな代物が出てくるか楽しみだわ」


「…マッドな事はせんようにな…。
 ああそうだ、図書館の東側にある特別コーナーは漫画や雑誌ばっかりだからな。
 別に調べなくてもいーからな?
 OK? オーケィ!?(実は同人誌置き場…しかも耽美系)

 あ、それと北側に一つだけ妙な本棚があると思うが、それは乱雑に扱っても…いやむしろ燃やせ溶かせ埋めろ。
 今は亡き親父殿が作った『厳選駄洒落百選』だ。
 しかも参考にしたと思しき『トルネコ冗句』まで保管されている。
 一応忠告しておくが、呼んだら丸一日は寝込むぞ、風邪を通り越して肺炎で」


「それじゃ、私はダリア先生にちょっと会って来るよ」


「…お主にしては大人しいなぁ……要らん事を考えるなよ?
 ダリアだったら、今は明日からの遠征に持って行くスナック菓子とかを買いに行っておる。
 黒魔術にハマった時に見つけたとかいう妖しい店に行っているので探し出すのは至難の業だ。
 何処にあるのか、奴以外は誰も知らん」


「だったら未亜、ちょっと付き合え。
 試してみたい事があるんでな」


「大河…未亜のお守を頼むぞ」


 …忙しいクレアだった。


 一人になったクレアは、思い切り伸びをしてベッドに倒れこんだ。
 流石に未亜との対峙は精神的に疲れたのか、あっという間に眠気が襲ってくる。


「…まぁ、マスターの妹を相手にあれだけ張り合えば疲れるわよねぇ」


「……イムニティ…護衛を…頼む…ぞ…」


「はいはい。
 安心して眠りなさい」


 今晩のために寝溜めをするらしい。
 イムニティは姿を隠し、クレアに布団をかける。
 今のところ出来る仕事は全て終わったし、少しでも体力を回復させなければならない。
 何せSMプレイは大幅に体力とか生命力とかを消耗するのだ。
 ただでさえ体力の劣るクレアだから、体に不調があったらあっという間にダウンしてしまうのは目に見えている。

 その点、イムニティは気楽である。
 マスターたる大河と繋がっていれば、体力を使いきってしまっても直ぐに復活できる。
 …気力は復活しないが。
 夜に備えて特にする事もなく、買ってきた小説…漫画以外にも雑誌その他を買ってくるようになった…を読み始める。
 2ページ目を開く頃には、クレアの静かな寝息が響いていた。


 さて、その頃未亜と大河はと言うと…。


「んっ…んむ………んん…」


「…っ…はぁ…ふふ、ご馳走さまでした」


 人気の無い回廊で、ディープキスの真っ最中だったりした。
 何故、という疑問は置いておいて、未亜は唇から垂れた涎を拭う。


「…久しぶりだよね、こういうの…」


「前は校舎の影でキスしてたっけ…。
 こっちに来てから、あんまり隠さなくなったもんな」


「ん〜、おおっぴらにイチャつけるのもいいけど、こういうのもスリルがあるよね」


 未亜を後ろから抱きしめなおして、首筋に大河は口付ける。


「それで…どうしたの?
 お兄ちゃんから迫ってきたんだから、これは抜け駆けにはならないけど…。
 欲しくなった?」


「俺はいつでも欲しがってるぞ。
 こう、救世主の事とか“破滅”の事とか放り出して、女の子と朝から晩まで裸で自堕落かつ退廃的な生活を送りたいと…。
 ま、放り出せないから“破滅”をどうにかしてから実現しようか」


「もう…どーしてそこで、女の子じゃなくて未亜と、って言えないかなぁ…。
 …でもイイよ、私もやりたいな…。
 出来れば二人きりで。
 …“破滅”を退けるよりも無理かな?」


「…交替でやれば何とかなるんじゃないか?」


「こら、お腹を撫でない…。
 それで、結局どうしたの?」


「…ちょっとした実験みたいなモノだよ。
 未亜、ちょっと離れるぞ」


 名残惜しみながらも、未亜は素直に大河に従って離れる。
 大河は数歩後ろに下がって目を閉じた。

 不思議に思う未亜。


『未亜、聞こえるか?』


「?
 そりゃ聞こえるよ、こんなに近いんだもん。
 お兄ちゃん、何がしたいの?」


『聞こえるんだな?』


「だから聞こえてるって」


『どんな風に聞こえる?』


「…普段通りに決まってるじゃ……?」


 未亜は気がついた。
 大河の口元は、全く動いていない。
 さては腹話術かと思ったが、そうでも無さそうだ。


「え? え? ええ?
 お、お兄ちゃん、これ何?
 いつからエスパーになったの?
 超人“岩”ならぬ超人“大河”なんて語呂が悪いよ」


「…何をアホな事言ってんだよ…。
 念波で会話なんて、リリィ達もやってるだろうが」


「う、そう言えばそうだけど…」


 何れにせよ疑問は残る。
 何時から魔法なぞ使えるようになったのか。


「これは魔法じゃない。
 ひょっとしたら、と思って試してみたんだが……。
 召喚器を通じて会話してるんだよ」


「召喚器を?」


 未亜は首を傾げ、ジャスティを呼び出してみた。
 特に変った所はない。

 大河もトレイターを呼び出した。


「未亜、もう一回行くぞ。
 いいか?
 用心のために、心理ブロックを掛けておけ」


「心理ブロック…って、そんな器用な事出来ない…」


「心構えをしておくだけでいい。
 多分大音量でそっちに声が行くはずだから」


「え?
 ちょ、ちょっと」


『では、GO!』


「!!??!?!?」


 問答無用で送られた大河の念波。
 その音量は異常なほどに凄まじく、未亜は心臓が止まるような衝撃を受けて立ち尽くした。
 実際には体が跳ね上がり、大ジャンプなぞしてしまっていたのだが。

 予想外の反応に唖然とする大河の前で、未亜はゆっくりと仰向けに倒れていく。


「お、おい未亜!?」


「…………の」


「の?」


「…の、のっぴょっぴょーん…………ガクッ」


 重症だ。
 だが命に別状や後に引く障害はない。
 大河はたった一言で確信した。


「えーと…お、音量がでかかったのか?」


「大きすぎるよっ!」


 プンスカ怒りながら、未亜が復活する。
 やはり大丈夫だったな、と思いつつも外に出さない大河。


「…まったく…もう少し音量を絞れないの?
 頭がパンクするかと思った…」


「う〜ん、最小で送ったつもりなんだが…」


 大河をジト目で見た後、未亜は溜息をついた。


「それで、結局これって何なの?」


「召喚器同士を使って、携帯電話みたいに使えないかと思ったんだが…。
 ちょっと無理そうだな」


「他の召喚器でも出来る?」


「さぁ、試してみないと…。
 俺の考えが正しければ、多分出来ないぞ。
 出来るのはジャスティとトレイターだけ…いや待て。
 ひょっとしたらジャスティとトレイターは他の召喚器とも連絡をつけられるかもしれない。
 大分音質とかは下がるだろうけど」


「ふーん。
 でもどうして?」


「…最近、召喚器について色々考えててな。
 その一つに対する確証がこれ、ってワケだ。
 ふむ…と言う事は…」


「……よく解らないけど…その考えって何?」


 自分を放っておいて頭を捻りだした大河をちょっと非難がましい目で見て、未亜はため息をついた。
 もうどうでもいいと思ったが、それも大河の言葉で一気に吹き飛ぶ事になる。


「…召喚器には、それぞれ意思…人格がある。
 それも多分、極めて人間的な…あるいは人間の意志がだ」


「…はぁ!?
 何でそうなるの?」


 あまりにも唐突な結論に、未亜は大河の言葉を信じられない。
 確かに召喚器は人知を超えた力を持っているが、唐突に『意思がある』と言われてもそりゃ信じられまい。


「俺がそう感じるのさ。
 時々だけど、トレイターの声らしきモノも聞いた事がある。
 未亜は無いのか?」


 未亜は少し考え込む。
 確かに、ジャスティの声…というか、意思を感じた事は何度もある。
 主に戦闘中に。
 未亜が戦える理由は、その意思に励まされているのと、さらに声が細かい指示を逐一くれるからだ。
 そうでもなければ、召喚器があると言えども何度も実戦を潜り抜けてはこれない。
 しかし、てっきりそれも召喚器の機能の一部…言うなれば零システムだと思っていた。
 しかも最近は細かい言葉遣いや声、口調までも感じるようになっていた。
 とは言っても、あくまで未亜が創り出したイメージかもしれないが。


「確かに…心当たりはあるよ。
 でも、ベリオさんとかはそういうのが全然無いって言ってたよ」


「多分、何かの理由で意思を表に出せないか眠ってるんだ。
 多分それは…」


「それは?」


「……いや」


 大河はいきなり口篭って、何かを考える。


「なんでもない、考えが飛躍しすぎた。
 なぁ未亜、その声をよーく聞いてみるといい。
 多分、お前の召喚器の力が上がっていると思うのは、その声…というか意思を感じるようになったからだ。
 もっと内側に意識を向ければ、それだけ力が強くなる」


「…それは解ったけど」


「?」


「私を抱きしめた挙句、服の下に手を這わせながらじゃ信憑性ないよ」


「…久しぶりに2人っきりで」


「仕方ないなぁ…」


 未亜は頬を染めて、どこか妖艶に笑った。
 ゆっくりボタンを外して、肩を露出させる。
 最近で驚くほど色っぽくなった流し目を大河に向けて、優しく囁く。


「…ちょっとだけよ?」




最近色々と気が抜けまくっている時守です。
就職活動しようにも、成績表が来ないとどうにもならない…。
説明会も暫くは無いので、自宅でダラダラ暮らしています…イカン、脳がクラゲみたいになってる気がする。

う〜ん、電波が来てスラスラ書けるのはいいんですが…ギャグが浮かんできません…。
堅苦しい話が続いたせいか、萌えもギャグも上手く書けなくなってしまいました。
ま、書いてればそのうち復調しますか。

それではレス返しです!


1.くろがね様
お久しぶりです!

英霊のように時間の無視、ですか…。
脳内設定では、出来ない事はないと出ておりますが…。
でも二人目の大河(仮称)はネットワークで来たんじゃありませんよ。

あの2人でも無理なのに、ダウニー先生は止めてしまいましたぜ?

ナナシコンボは出来ますよ〜。
機能を付け加えれば、ナンボでも技の幅が広がりますからw


2.根無し草様
読まれないように知恵を絞っている身としては、努力が報われている思いです。

謎に関しては…粗方出題が終わりましたので、もう少しストーリーを進めてから解答を出していこうと思います。

いやぁ、一番楽しいのは他人の痺れた足を突付くことでしょう。
ちなみに、時守は右足が痺れたままで普通に歩こうとして思い切り転んだ事があります。


3.カシス・ユウ・シンクレア様
アザリン×タイラー派の人にとっては、ユリコとの関係は最大の壁かと…。
キサラ嬢はまだ産まれていませんね。
新婚さんホヤホヤですから。

セル…見込まれるって事は、事実上逃げられないって事だ。
キミはもう桃色の鎖に縛られているも同然なのだよ。

ロリハーレム…それはつまり、アルディアとエレカのような似たような少女達がセルに群がるという事ですね?
……セルがオモチャにされている場面しか浮かばないw


4.アレス=アンバー様
実際、ジャスティスのエンドでは神を倒したような事を言ってましたね?
やっぱり封印をかけたとか、そのくらいの事なんでしょうけど…。

ルビナスの実験に…?
あ、ありうる…。
マッドの実験は、何が起きても不思議じゃないですからね…。


6.悠真様
カスケードは馬刺しにはできませんからw
御者さんが諜報部員というと…動物に頼んでアイテムをちょろまかしたり、鳥に頼んで空中から敵陣を眺めたりですか?
でも彼としては、“可愛い動物達を戦いの道具になんか出来ない!”と主張しています。

アザリンとの会話はムズカシイです…原作が原作でしたから…。


7.蓮葉 零士様
まぁ、日々の料理までに科学的知識を持ち出されても…。
それこそルビナスさんみたいに科学を日常にまで染み込ませた達人でもないと、そんな事は出来ませんね。

アルディアの謎解きですか…試算してみたんですが、そこに行くまで結構距離が…。
しかも未だに行き当たりばったりで書いてる感が強いため、細かい予定が決まってなくて混乱してます(涙)


8.文駆様
最初は同一人物の予定だったのですが…読まれてしまっているようだし、急遽変更してみました。

カエデは根が欲望とか欲求に忠実なキャラだと思っています。
ある意味大河のソックリさん…煩悩に任せる時だってあるでしょう。


9.試作弐号機様
なるほど、そういう見分け方が。
ちなみに時守の見分け方を友人に言ったら、「マジンガーの立場はどうなる」と言われました。

正直な話、アザリンの扱いんは少々困っています。
アザリン本人は才覚に満ち溢れているのですが、如何せん時守の才覚が…。
政治の話は殆ど解らないし、戦略も…。


10.博仏様
クレア様とアザリン様に威厳を感じていただけて幸いです。
根がヘタレの時守では、お2人の威厳を書ききれると思っていませんでしたので…。

実を言うと、クレアも大河もその他諸々も、一本の糸で繋がっている…かもしれません。


11.竜神帝様
そうですね、ある意味大変な事にする予定です。
その辺りから謎を解いていく予定ですね。


12.アルカンシェル様
孔明…というと、予知能力者とも噂される某BF団のあの人ですかい?
確かにあの人なら、このくらいの罠は張ってもおかしくない気が…。

色々ゴタゴタがある予定ですが、基本的にはハッピーエンドを目指します。
ただ、無道とシェザルはその予定内ではありませんが…。
ダウニーは…微妙。

アルファさんの設定資料?
世界の謎も幾らか解明されるでしょうか…。
金がある時に見かけたら買ってみます。


13.K・K様
オギャンオス!

原作ですか…それも考えたんですけどね…。
正直話がややこしくなるので勘弁、と…。
何がややこしくなるって、キャラの書き分けがw

謎は順番に解いていくのでお楽しみに!
でも矛盾を突くのは勘弁な!
…いえ、ツッコミをくれるのは嬉しいんですが。
何とか屁理屈を捻り出しますからw

では、オギャンバイ!

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