前回のあらすじ。
「被害者の名前は式森和樹。17歳で葵学園の学生や。死亡推定時刻、部屋は完全に密室状態。おまけに当日部屋に入ったんは誰も居ない」
黄色いテープで封鎖され、現場検証を行われている部屋。
その中央で、何故か場違いにも浅黒い肌の高校生と眼鏡を掛けた小学生が遺体を検分している。
「被害者の死因は?」
「毒物やな。外傷は一切無し。ただ使われとる毒の成分が一切判らん。当然、混入経路も入手ルートも不明や」
「何か犯人を示す手がかりでもあれば……」
そう言って部屋の中を見て回る小学生。
同様に部屋を見て回っていた高校生が、ある一点を見て声を上げる。
「おい、これ見てみい!」
「これは……ダイイングメッセージか!」
そこには掠れてほとんど見えない字で、こう書いてあった。
『 べ ん と う こ わ い 』
※このあらすじは本編とは全く関係御座いません。
そこは暗かった。
闇は人の、本能的な恐怖を喚起する。
夜の闇が全てを包み込む静寂ならば、そこにあったのは全てを呑み込む混沌。
前者が与える恐怖が『未知』であるならば、後者が与える恐怖とは即ち『死』であろう。
――――その『死』を象徴するモノが、目の前に迫っていた。
濁った宝石のように鈍く輝く瞳。突撃槍の如き鋭さを持つ角。小山が動いているかのような巨大な体躯。
ベヒーモス。その『死』は人にそう呼ばれるモノだった。
その歩みは遅く、しかし真っ直ぐに自分に向かってくる。
緩やかに近づく『死』。四方を壁に囲まれた狭い部屋では、逃げ場など存在しない。
そうして眼前まで迫った『死』は、焦点の無い瞳で俺を見据え、荒く獣臭い息を吐き、まるで味見をするかの如く――――
――――ざらり、と、俺の頬を舐めた。
「…………朝か」
ピピピピと五月蠅い目覚ましに手早く裏拳をぶちかまし、早々に布団に舞い戻――ろうとした所で、頬にざらりとした感触が走った。
「――ッ!?」
反射的に布団をはね除け、壁に背を付く。
空いたスペース、俺が寝ていたすぐ横に座っていたのは――
「…………猫?」
みゃあ、と。手の平に乗る程の小さな黒猫は、まるで肯定するかのように応えた。
「どっかから入り込んだか?」
試しに手を出してみると、凄く楽しそうにじゃれついてくる。
喉を撫でてやると、ゴロゴロと嬉しそうに鳴く。
手を離すと、もっとやってと要求するようにジーっとこちらを見つめてくる。
で、もう一度撫でてやると嬉しそうに鳴く。
「…………むむ」
アレだ、何だろうねこの懐き様は。
もしや俺には動物に好かれるスキルでもあったのだろうか。そう言えばプラ犬にも懐かれていたし、ベクトルは果てしなく拗くれていたが。
訝しげな顔に変わった俺に、黒猫は、にゃあ? と不思議そうに小首を傾げた。
「うぁ……マジ癒されるわー……」
アリスも外見だけなら可愛いんだけど、無愛想に過ぎるからなー。
などと言う事を考えていたら、何故か背筋をぞわぞわと悪寒が通り過ぎた――――が子猫を見て速攻忘れる。
せっかくの癒しタイムだし。…………いいんだ、後の事は後で考えるんだ。
現実逃避万歳。子猫を抱き上げ頬ずりし、その柔らかい毛皮の感触を楽しむ。
返すように子猫も俺の頬を舐めた。ざらりとした感触がして、――――夢の内容を思い出した。
「…………あー」
嫌な事を思い出した。しかも無視していいのかどうか、微妙な線だ。そう言えば、最近校内でよく犬猫を目撃する。
もしかして、そろそろベヒーモスの季節だったりするのか?
「…………一応確認しておくべきか」
「ってわけなんだが。まさか、心当たりあったりしないよな?」
「朝早くから何かね、いきなり」
場所は変わって保健室。朝イチで乗り込んだ俺は紅尉を尋問していた。
「どうせ来るなら私の実験にでも協力して貰いたいものだが……そうだね、質問に答える代わりに実験に協力するというのはどうだろ――いや、待ってくれ。いきなりシャドーを始めるのは止めてくれないかな。真剣に命の心配をしてしまうのでね」
フリッカージャブ! フリッカージャブ! そして見よ、伝説の○ャンプシーロール! ワンラウンド三十秒でマッドドクターを脳内リングに沈める俺。エイドリアーン!!
最も、当の紅尉はあんなセリフをのたまいつつも、平然とした顔をしていたりするが。
やはりコイツをどうにかするには、青子ねえ辺りを引き合いに出さねば駄目か。
「何だか妙な悪寒がするのだが……気にしないでおくとしよう。さて、質問の答えだが……正直に言うとある」
とりあえずリバー。
「ぐふぉっ!? し、式森君……いきなり急所打ちは無いんじゃないかね。一瞬黄泉路を渡りかけたよ」
「アンタに急所なんてあるのか?」
「…………君は私を外宇宙生命体か何かと勘違いしていないかね」
「黙れナマモノ。それで、出てきたのはベヒーモスか?」
予想通り、その言葉に返ってきたのは肯定だった。
「ふむ。相変わらず君は情報が早いね」
となると、やっぱり朝の夢はこれの前兆か。
原因は確か、病魔か空間の歪み。歪みを残すような雑な空間操作はしてないから、原因は多分病魔だな。
「それで式森君に退治を頼みた」
「断る」
THE・速効。
今の速さは、邪夢作り名人な主婦の『了承』にもきっと負けてないだろう。
「考える仕草くらいは欲しい所なのだが」
「うっさい。仮にも封印指定級の魔術師なら、自分でやれ。それが駄目なら魔法旅団でも呼べ。一個大隊も持ってくれば何とかなるだろ」
「無理を言わないでくれたまえ。私の魔術は戦闘向きではないし、ここで魔法旅団が出動するような騒ぎを起こしてしまっては、時計塔に居場所がばれてしまうではないか」
「それは素晴らしいな。さようなら紅尉先生。撲は貴方のことを三秒くらい忘れません」
「せめて三日くらいは忘れないでもらいたいものだがね」
これ見よがしに溜息を吐き、紅尉は視線を廊下への扉へ向けた。
って言うか三日ならいいのか?
「ところで良かったのかね、聞かせてしまって」
「ああ。痛い目見るなら早い方がいいからな」
「魔術師相手に事を構えようとは、風椿君も随分と生き急いでいるものだ」
「ま、風椿財閥は新興の成り上がりだからな。伝統とか暗黙の了解とか、そういうのに弱いのも仕方ないだろ」
ああ、それ以前に紅尉が魔術師だと気付いてない可能性もあったか。だとしたら無様な事である。
「教師としてはそうなる前に気付かせてやりたものだが。――と言うわけで退治をしてくれないかね」
「改めて言うまでも無いが断る」
大体、今回の話にはメリットが無い。
前回、寮を飛ばした時は俺に降りかかるであろう災難を軽減(あくまで軽減)する意味もあって手を出したが、今回は事が終わるまで傍観していればいいだけの話だ。
壊れるのが校舎なら俺の命と生活に被害は出ないし。
「そもそも仕事を頼みたいなら代価を用意しろ代価を」
「君は等価交換に縛られない魔術使いでは無かったのかね」
「相手がアンタなら話は別だ」
と言うか相手が男の場合、極一部を除いてみんな別だ。
「やれやれ、嫌われたものだ。君がそういう態度を取るなら、私にも考えがあるのだがね」
そう言って取り出したのは数匹の子猫達。
「ふふふ、君がアレを退治してくれないと、この子達は病魔に苦しんで死ぬことになってしまうのだが……さあ、どうするかね式森君?」
紅尉の腕の中から俺を見上げてくる子猫達。そのつぶらな瞳、か細い声、弱々しい仕草。
「貴様ッ……猫質とは卑怯なッ!」
「何とでも言いたまえ。さあ、可愛い子猫達が君の助けを待っているぞ」
そう言って子猫達を目の前に突き出してくる。
くぅッ! その目が、その無邪気な視線が俺を苛めるぅぅぅぅ!
――――俺が膝を屈したのは、それから三十分後の事だった。
放課後。
一時間目を余裕でブッチした俺はそのまま授業が終わるまで保健室に居座った。と言うか子猫と戯れていた。
保健室で飼われていた猫の数は実に十匹以上。まさに猫まみれ。
やばい、このままではよりにもよって保健室が俺の癒しスポットになってしまうのではなかろうか。そんな愚にも付かない危惧を抱いてしまう程に、そこはパライソだった。
「失礼します」
そんな俺の癒しタイムを壊す乱入者。ガラガラガラと乱雑にドアを開けて入ってきたのは、やはりと言うか、言うまでもなく玖里子先輩だった。
「あら、こんな所に居たの和樹。ま、ちょうどいいわね」
「やれやれ、ノックも無しとは失礼だね」
「あら、ごめんなさい」
溜息混じりの言葉に飄々と答える玖里子先輩。この辺の面の皮の厚さを俺も見習いたいものである。
「それで、何の用かね」
「最近校内で聞こえる異常な唸り声に関して調査をしています」
「ほう、それはご苦労さん」
「そこでなんですが……。証拠は揃ってるし、まどろっこしい事は好きじゃないので、単刀直入に言いましょう」
玖里子先輩は紅尉を指さし、その手をゆっくりと横へ移動させていく。ピタリと止まった指の指し示す先には、ベタベタと護符の張られた扉、通称『保健室の開かずの間』があった。
「ベヒーモス、居るんですよね」
「何故そう思うのかね?」
「惚けても無駄ですよ。先生が召還獣を呼び出したという情報は手に入れていました。そして、その始末に困っているという話も」
「それを確認する為の校内探査かね」
「ま、一応程度のものですけどね。先生と和樹の会話は録音させてもらいましたから、証拠ならこれで十分ですし。なんなら聞きますか?」
「いや、結構。確認せずとも君が言った事は本当だろう」
「ならわたしが言う事も大体予想が付くでしょう。…………紅尉晴明、わたしの物になりなさい」
「やれやれ、誰かに仕えるのは性に合わんのだがね」
「もちろん、言いなりになれとは言いません。うちの研究所で働いて欲しいだけです。それでも断ると言うなら、こちらにも考えがありますけど」
「ほう、どうするのかね」
「ベヒーモスと言えばSランク召還獣の中でも最も凶悪な物。にも関わらず先生が焦っていないのは退治する方法があるからでしょう。……つまり、世界一の魔力を持つ和樹の魔法です。もし先生が断るなら、和樹に魔法を使わせない、と言えば?」
「なるほど、大したカードだ。内々に処理出来なければ、罪を被るのは私というわけだね。 だがね、風椿君。君はそもそも前提からして間違えているよ」
「…………どういう意味ですか?」
「まず一つ。君は私が断れば式森君に魔法を使わせないと言うが、それはどうやってかね。式森君は君の所有物でも無ければ部下でも無い」
「え? それは……」
玖里子先輩は口ごもり、いかにも『考えてなかった』と言う表情を見せる。恐らく前回俺があっさり言う事を聞いたので失念していたのだろう。
ただ、余りにも玖里子先輩らしくない失態だと思う。どうかしたのだろうか。
「そしてもう一つ。実は既に式森君にはベヒーモスの討伐を頼んでいてね。式森君も了承しているのだよ」
「なッ!? 本当なの、和樹!」
あ、やっと俺も会話に入れる?
「イエスかノーで言うならイエスですね」
了承と言うか、実際には脅迫されたんだが。
「そういうわけで、君のカードは無効化されたわけだが……ちょうどいい、君も後学の為に見ていきたまえ。ベヒーモスが退治される所を」
パチン、と紅尉の指が鳴らされる。
それに呼応するように弾け飛ぶ大量の護符。
そして吹き飛ぶ開かずの間。
「「「………………」」」
閉口したまま固まる俺達。
開いた穴から屈むようにして現れたのは、二階建ての一軒家程はあろうかという馬鹿でかい獣。
明らかに原作よりデカい。
と言うかあからさまにデカい、デカ過ぎる。
まさしく小山程もあろうかという巨体で、ゆっくりとグラウンドへ歩を進めている。
「……一つ聞くが、ベヒーモスってのはあんなにデカいもんなのか?」
「いや、公式に確認されているベヒーモスの最大個体は全長十二メートル程だ。目の前のあれは優にその倍はある。明らかに異常だ。……最も、神話においては入れば海が溢れるとも言われた怪物だ。本来はもっと大きいものなのかも知れないがね」
「そうなのか……ところでその後ろに隠してる薬瓶は何だ?」
「……大した物ではない。最近知り合った薬剤師から手に入れた新薬だよ」
その瓶のラベルにはでかでかと書かれていた。――――『まききゅーX・ネオ』と。
「ってやっぱりてめーが原因かぁぁぁぁぁぁ!!」
リバーリバーリバーついでにテンプル!
保健室の床に沈んだ血袋をついでとばかりに踏みつけながら、悠然と歩くベヒーモスを見上げる。
やっぱ俺が倒さないとならんのだろうなー、アレ。
「くっ……猫質さえ居なければ無視するのに……」
怯えてにゃーにゃーと鳴く子猫達を横目に、内心では滂沱の涙。
猫の為猫の為と己を叱咤しつつ、『蔵』から『狩人の鎌』を引き抜き、構えた。
「――さて、鬼退治と行きますかね」
<<補足という蛇足>>
・紅尉晴明
元封印指定級魔術師にして現葵学園養護教諭。
魔法医学、黒魔術、召還魔術などの学位を持つ魔法社会における権威。だが基本的にマッド。
『魔術師』としては『多角的側面から見た人間という存在の解明及び逆樹の確認』をテーマとして持ち、『人間を切り開く魔術』を得手とする。
作中では『戦闘向きではない』と言っているが、相手が人間であり、『人間の常識内の存在』であれば破格の戦闘能力を有する。
なお現在進行形で時計塔に追われているが、戸籍だけでなく顔、身長、体重、声紋、指紋、網膜パターン、魔力パターンなど軒並み改変し他人となる事で時計塔から逃げおおせている。
ちなみに身体改変の影響で味オンチ。だが何故か良い物を食べたがり、しかもまずハズさない。和樹曰く似非グルメ。
<<あとがきという言い訳>>
珍しくシリアスに終わる。
前人未踏の前中後にてお贈りするベヒーモス編、二週間以上も間を空けてようやく投稿です。
ではレス返しを。
>3×3EVILさん
そしてギャグにしたいのにいつの間にかシリアスっぽくなってしまう今日この頃。
高レベルのギャグ作品をきっちり連載出来る人は本当に凄いと思います。
凛ちゃんが可愛いのは……ひとえに作者の愛?
>D,さん
紫乃は……出せるんでしょうか?(汗
『にんげんの巻』分+αで終わる予定なので、紫乃はどうやって出せばいいのやら。
雨降って地固まる(違)、無意識に泥沼化させるのも主人公属性?
>芳紀さん
そんな時こそ『諦観の精神を思い出せ』。まあ和樹くんも最近は妙に生意気になってますが。
和樹は金銭的には困ってない(親の仕送り+たまに『バイト』)ので、いわゆる『持てる人間の余裕』でしょう。たまに幹也・士郎・志貴と一緒に和樹持ちで飯食いに行ったりしてます。このブルジョワめ。
>雷樹さん
まあ自覚して食わせてるのが尚更質悪いわけですが。
宗家の連中は多分食わせようとしても流石に食べないでしょう。凛ちゃんの父親が入院した顛末を知ってるでしょうから。
上目遣い云々に関しては……男の本能って事で。
>kjさん
そういう仕様です(キッパリ
多分アカシックレコードにそういうものだと記されているのでしょう。
凛ちゃんの料理下手はお医者様でも草津の湯でも、カレイドステッキでも直せないのです。
>文駆さん
タイガー道場に行けるというだけで、彼がどれだけ理不尽な運命に囚われているか知れようと言うもの。士郎をおいて弟子二号(予定)に収まっているのは伊達じゃあない。
夕菜は何かオチ要員と化してきています。改善しなければ……(汗
まずはネタ振りな前編です。
今回は前中後の三編仕立てなわけですが、後編が上手く書けずにやたら間が空いてしまいました。そろそろラストに向けて伏線張っていかないとならないのに、思いっきり筆が滞ってます。おーのー。
やはりいきなり連載でギャグ物を書こうと言うのが無謀だったのだろうかと自問自答。
ちなみに以前『シリアス物書きだからギャグは苦手だぜー』みたいな事を書きましたが、だからと言ってシリアス得意というわけでも無いです。要は未熟だと言いたかっただけで(汗
余談ですが、○ャンプシーロールは歌月十夜ではなくメルブラの方。デン○シーと超級覇王○影弾を合わせたアレです。紅尉をナマモノと呼びながら自身がナマモノと化す気か和樹よ。
さて、次回は中編。主にバトルシーン(多分)です。
日付が変わる頃にまたお会いしましょう。
以上、あとがきという言い訳 by ドミニオでした。
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