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!警告!バイオレンス有り

「運命と宿命 第拾話(GS+Fate)」

九十九 (2006-03-01 07:06/2006-03-01 21:09)
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月明かりに照らされ、荘厳な雰囲気に包まれた教会から、二組の男女が出てくる。

片方は赤銅の髪をした少年と、金髪の少女。つまりは、衛宮士郎とそのサーヴァントであるセイバー。

そして、もう一組は、長い黒髪を左右で纏めている少女と、赤いバンダナをした黒髪の青年。遠坂凛とその丁稚、横島忠夫である。

程よい緊張感を持った二組は、付かず離れず、微妙な間隔を空けて歩いている。

そこからは、ただ、足音しか聞こえない。

士郎は正式に聖杯戦争のマスターになり、その瞬間に凛の敵となった。
故に、そこに馴れ合いはなく、沈黙しかなかった。

しかし、この静寂が覆う中でありながら、士郎は何処か満たされた面持ちをしており、セイバーも同様に無言ではあるが、剣呑なものは感じられない。

この、静かではあるが、決して険悪ではない雰囲気を、二人は貴ぶようにして歩いていた。

そんな士郎達とは対照的に、凛と横島は同じように眉を顰めており、何やら難しい顔をしている。

凛はこれからの対策を、横島は凛への上手い説得を、とそれぞれ考えているのだろう。

深夜、夜道を散歩するこの二組は、それが持つ内容こそ違えど、結果として同じ様相で足を進めていた。

ただ、何故か凛の右拳は僅かに腫れており、横島の左頬が実に微かだが腫れていることが、凛達と士郎達の決定的な違いだろう。

だが、これについては、二組ともに何の違和感も感じていない。そう、それが自然となっているのだ。

それに、何故と思ってはいけない。そんなもの、横島忠夫というピースが嵌れば自ずと答えは出るのだから。

―――閑話休題

「ここで、お別れね。これ以上一緒にいると、心の贅肉がさらにつきそうだし。それに明日からは、敵同士なんだから、はっきりさせとかないと何かと面倒でしょ」

凛は、二組を分かつ交差点に着くと、何の前置きもなく喋りだし、これまた、唐突に打ち切った。

これ以上感情移入すると戦いにくくなるから、と言外に告げて。これまでの曖昧な関係に区切りを入れる為だろう。

士郎は、そんな彼女の話を聞くと、む?と眉を顰める。

そんな事を言う位なら、最初から自分の手を取る必要は無かっただろうにと。

だから、今までの肩入れは、彼女からの純粋な善意。その事に辿り着いた士郎は、凛に感謝の念を告げる。

「ありがとう。遠坂っていいヤツなんだな」

あまりにもストレートな士郎の言葉に、凛は少し呆れた様子で言い返す。

「は?衛宮君、悪いけどおだてたって手を抜くつもりは無いからね」

その言葉に、士郎は何の思惑も無い、唯真っ直ぐな言葉で返した。

「勿論、それは判ってる。けど、出来るなら敵同士にはなりたくない。俺、おまえみたいなヤツは好きだ」

「――――な!」

それは、凛にとって、全くの不意打ちとなった。

彼女にしてみれば、今の士郎の発言は、口説き文句どころか、告白ともとれるセリフである。

そんな言葉を受けて、不意打ちに弱い凛は、瞬時に顔を赤らめてしまう。それが、下心の無い純粋な謝辞と判ったから尚更だ。

士郎からすれば、凛が驚き尚且つ赤面している理由が欠片も思い浮かばない。何故なら、彼は唯自分の気持ちを、言っただけなのだから。

「衛宮。てめえ―――」

士郎が頭に疑問符を浮かべるその中で、凛の背後から、ねっとりとした声が響く。

横島は、赤面した凛を軽く押し退けると、ずいっと前にでる。
その瞳には何やら昏い光が宿っており、横島は殺意さえ含んだ視線を士郎に向けると、物凄い形相で睨みつける。

それを受け、士郎はごくりと生唾を飲み込む。横島の様子から只事ではないと感じ取ったのだろう。

軽く腰が引けた士郎を余所に、横島はすうっと大きく息を吸い込むと、咆哮した。

―――人の女を口説くとは、何事じゃー!!

横島の怒声に、本来なら直ぐに制裁を下すだろう凛は、先程の動揺もあってか、遅れてしまう。

その隙に、横島はさらに士郎に詰め掛かる。

「んんー。衛宮さんよう、何か弁明はあるかい?」

「誤解だって、横島。俺は遠坂に手を出したつもりはないぞ」

脅しを帯びた横島の詰問に、士郎は慌てて弁解する。

だが、嫉妬に狂った男に、そんな言葉は届く筈も無かった。

「ぬわにー!」

士郎の必死の弁明を、横島はふざけんなと叩き落す。

士郎を睨み付けたまま、ぐぬーと唸る横島は、突如閃いた表情をすると、何を思ったかセイバーの前に移動する。

こほん、と横島は咳払いをし、シリアス意外では、滅多にお目に掛かれない真面目な表情をすると、セイバーをじっと見詰め始めた。

「出来るなら、セイバーとは敵になりたくない。俺、お前みたいなヤツ好きだ」

横島は、セイバーを見詰める瞳をそのままに、とびきりの口説き文句で語り掛ける。

その姿。女性を口説く様は、横島の実父である大樹に迫るものがあり、天性のナンパ師の片鱗が窺える。

横島は、この三年で変な方向に成長した様だ。

ともあれ、士郎は横島のセリフを聞いて、漸く自分の言葉の問題に気付いた。

「……あっ」

士郎は、はっとした声を上げると、軽く赤面しながら、おそるそる凛に目線を移す。

凛は、一瞬士郎と目を合わせたが、直ぐにふいっと視線を外すと、つかつかと横島に近づいていく。

そんな彼女の横顔からは、赤面の名残がはっきりと見て取れた。その事に気が付いて、士郎は益々顔を赤らめていく。

「えっと、ヨコシマ?」

面映くなってる二人を余所に、セイバーは横島からの告白紛いの言動に目を丸くしていた。

何の脈略も無しに、突然真面目な顔で見詰められ、尚且つ、口説き文句を言われたのだから、困惑の一つでもするだろう。

だが、横島は当惑の面持ちのセイバーを、あっさりと見放すと、くるりと反転する。

その余りにも素っ気無い横島の行動に、セイバーはカチンと来る。

貴方は本当に何をしたいのですか、と。

セイバーは、横島に何か一言文句を言ってやろうと思ったが、―――止めた。

彼女の視線の先には、冷たい微笑を保った少女が居たから。もはや、横島の数秒後の未来は確定したようなものである。

しかし、士郎を取っちめる事に夢中になっているせいか、横島はその事に気が付かない。刻一刻と、それの時は近づいているというのに。

セイバーの呆れた様な視線に気付かぬまま、横島はずずいっと士郎に迫ると、再度士郎を睨み付ける。

士郎は殺意さえ含んだ、横島の睨みを受けているにも関わらず、横島に対して憐れみというか同情というか、とにかく悲哀の込もった瞳を向けている。

士郎も気付いたのだ。横島の行く末に。

やはり横島は冷静さを欠いていたのだろう。横島は士郎からの危険信号に気が付くことが出来なかった。

「これでも、口説いてないというのか、衛ぶぅっ!」

紫電一閃。

今回の“それ”は上段の回し蹴りだった様だ。
凛は自身の右足を雷光へと変えると、横島の即頭部を綺麗に打ち抜いた。
常人なら、蹴りの反動で頚椎が損傷しかねない程に、凛の回し蹴りは鋭い。
その、蹴りという名の雷は、横島の脳を瞬時に麻痺させると、彼の意思とは無関係に膝を折らせてしまう。

横島は膝を地面に付けると、がくりと頭を垂らす。その姿は、傍から見ると士郎に土下座している様にも見える。

「……あ、う」

士郎は、凛と目が合うと、途端にうろたえてしまう。

その理由は、凛の凄ましい、横島への折檻を見たからではなく、凛が回し蹴りを放った際に見えたモノが原因である。

さしもの絶対領域も、ほぼ真正面の相手に向かって、振り上げられた蹴り足までは、カバー仕切れなかったようだ。

「衛宮君。今度から自分の発言には気をつけなさいよ。………でないと天然のジゴロと呼ばれるんだから」

凛はにやにやと爽やかな笑顔で士郎に忠告する。

彼女は、しどろもどろな士郎の反応を、この騒動の発端になった発言によるものと勘違いしたようだ。

仮に気付いていれば、もっと違う展開になっていただろう。なんていうか、仄かに香るはバイオレンス?みたいな感じに。

流石に、深く知り合って間もない士郎に、そこまではしないかも、しれないけれど。

それはともかく、未だに赤面しさらにか細い声で答えた士郎を見て、凛は今までのからかう様な表情を改めると、今度こそ区切りを入れた。

多少浮ついている、士郎に釘を刺す形で。

「衛宮君、私達明日からは敵だから、そこは忘れないように。それじゃあね」

凛は言うだけ言うと、横島の襟を掴みずるずると引っ張って行く。

「……帰り道、気をつけろよ」

士郎は、凛の判りにくい善意に心内で感謝すると、しっかりとした口調で見送った。

その言葉に、横島は引っ張られながらも、心配すんなという風に右手をぷらぷらとさせる。

流石は横島忠夫。彼のタフさは尋常ではないものがある。尤も、凛もそれが判っているから、安心して折檻出来るのだろう。一応、疲労している横島を考慮して、ガンドは撃っていないし。

と、横島を牽引していた凛の足がぴたりと止まる。

その、余りにも不自然な凛の停止に、士郎は怪訝に問い掛ける。

「遠坂?」

言って、士郎は突然の左手の痛みに顔を顰めてしまう。

それに合わせるようにして、

「ねえ、漫才は終わり?」

可憐な声が、夜の街に静かに響いた。

その少しずれた感想に、誰もが突っ込みを入れることが出来なかった。そう、数多くの突っ込みに命を張った横島さえも。

彼が、突っ込みを入れれない状況で、他の誰が突っ込みを入れる事が出来るだろうか?

「……バーサーカー」

震える声で凛が呟く。

既に、横島は凛を庇う様に立っており、その行動から凛の示した相手が、どれほどの力を持っているかが判る。

彼らの視線の先。

坂の上には、銀の少女と灰色の巨人が佇んでいた。

その巨人。二メートルを優に越す身長と、それに見合う鎧のような猛々しい筋肉。それは、明らかに人知を超えた存在だった。

じわり、じわりと、圧倒的な死の気配が充満する。

背骨に直接氷柱を指し込まれても、ここまで冷え冷えとはしないだろう。

それ程に、空気が激変していた。

巨人は唯そこに居るというだけだ。だが、それだけで、彼は死を連想させてくる。

そう。彼等は出会ってしまったのだ。生を奪い尽くし、死を贈りつける、絶対的な殺戮者、サーヴァント“狂戦士”に。

「こんばんわ、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

にっこりと、まるで妖精の様な、可憐な微笑みを持って少女は告げる。

それは、お兄ちゃんと呼ばれた士郎に、畏怖を植え付けるには十分すぎる行動だった。

彼には、この奇怪な状況で楽しげに喋る少女の姿が、どうしようもなく異様に思えたから。

「…やば、あいつ桁違いだ」

凛が皆の気持ちを代弁するように呟く。

その言葉からは、絶望の感情が漏れ出していた。
彼女のサーヴァントである横島は疲労困憊。従って、頼みの綱はセイバーになるが、彼女の基本能力は、バーサーカーより下だろう。

故に、彼女は死を覚悟していた。無論、易々と死を受け入れる神経など凛は持ち合わせていないが。

少女は、そんな彼女達の気持ちを知ってか知らずか、尚も楽しげだ。

「あれ?そこの彼は本当にサーヴァントなの。……うーん、何か変な感じがするんだけど」

少女は、風変わりな横島の異状さを指摘すると、可愛げに小首を傾げる。

その表情と言葉は、心底不思議そうで、今の彼女は年相応の小学生にしか見えない。

しかし、次に出た言葉とその面持ちは、明らかに唯の少女のモノではなかった。

「ま、いっか。殺してしまえば一緒だものね。片方が、凄く弱そうなのが残念だけど、ここで二匹とも、仲良く潰してあげるわ」

少女はとても朗らかに、死を宣告する。

そこからは、魔術師。引いては聖杯戦争のマスターとしての自負しか感じ取れなかった。

と、少女は不意にスカートの端を持ち上げ、この上なく真摯な挨拶をする。

「始めまして、リン。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば判るでしょ」

「…アインツベルン」

凛は確かめる様にして、少女の言葉に答えた。そして、もう一人。その言葉に反応した男がいた。

なんだってー!!

横島は、大層な驚きの声を上げる。

それは、かのM○R隊員に匹敵するほどの、哮り声だった。
今まで沈黙を保ってきた男の、突然の奇声を受け、少女イリヤが始めて驚きの顔を見せる。

イリヤの驚き、いやそこに居る皆の驚きを無視して、横島はイリヤに質問する。

「イリヤスフィールちゃん。君は聖杯戦争御三家の内の一つである、アインツベルン家の人間と言ったな。だったら、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。…いいかな?」

その声は、微かに震えていた。

それを、恐怖からくるものと考えたのだろう、イリヤは余裕を持って横島を見返した。

「くすっ。いいわ、その内容にもよるけど、大抵の事には答えて上げる。……こういうのって、冥土の土産って言うのよね」

弾む声で、イリヤは言う。

それを聞いて、横島は軽く頭を垂れると、真摯な瞳をイリヤに向ける。
そこからは、さっきまでの軽い雰囲気は無く、逆に真剣身を帯びていた。

「それじゃあ、聞かせて貰うけど。そこに立つ、ど凄えサーヴァントは狙って召喚したのか?」

イリヤは横島の質問に意義を見出せないのだろう。怪訝な顔をする。それは、凛達も一緒だった。

しかし、イリヤは自分のサーヴァントが誉められたのが嬉しかったのだろう。つい、口を滑らせてしまう。

「そう。私のサーヴァント“ヘラクレス”は狙って召喚したものよ」

イリヤは喜色満面だ。自分の失言に気付いた様子はない。

しかし、イリヤの意図せぬ発言に、凛は冗談、と悔しげに顔を曇らせ、セイバーはぎしりと歯を噛み鳴らし、士郎もその存在に渇目していた。

災い転じて何とやら、イリヤは凛達の様子で漸く己が失態に気づいたが、戦闘の前に多分のプレッシャーを与えれた事を感じ、そのまま続ける事にした。

「どう、驚いたでしょ。こいつが、ギリシャ最大の英雄と判って」

イリヤは駄目押しとばかりに、笑顔で言う。折角だから、もっと恐怖を与えて上げようという考えだろう。

イリヤの決定的な言葉に、横島は地面に膝を付く。そこからは、失意の感情が読み取れた。

「ああ。すんげえ驚いたよ。“ヘラクレス”それは誰もが知っている大英雄だ。その一つでも達成不可能と言われた、十二の試練を突破し、さらにその後に起きた難関さえも打ち破った、正に英雄の中の英雄。……おそらく英霊というカテゴリーの中でも最高峰に位置する存在だろう」

横島は俯きながら、ぼそぼそと確認を取るようにして、バーサーカーの武勇伝を述べる。

「よく知ってるじゃない。どうする、降参するなら優しく殺して上げるわ。諦めるのは仕方ないわよ。貴方の前に立つのは“ヘラクレス”なんだから」

横島のまるで土下座している様な格好を見て、イリヤは余裕綽々で言う。

そこには、愉悦の感情しかない。

イリヤは自分のサーヴァントに誇りを持っている。だからこそ、横島の行動は、イリヤのプライドを満たすのには、十分過ぎるモノだった。

凛達は逆に横島の振る舞いに失望を覚える。

しかし、誰も彼を責めることは出来なかった。皆にもあるのだ、諦観という気持ちが。

だからこそ、凛達は横島を責めれなかった。彼が諦めることが、どれほどの絶望を与えるのかが、判っていても。

しかし、横島はイリヤを含め皆の予想を軽々と裏切った。

だからこそ、俺はアインツベルンの男達を許さない!!

どん、という爆砕音が周囲に木霊する。

横島は、明らかな怒声を上げると、右拳をアスファルトに叩き込んだ。
横島の放った拳は、硬いアスファルトを粉砕すると、彼を中心に放射状の皹を穿つ。

しーんと、沈黙が舞い降りる。

誰もが口を開けなかった。
何故なら、横島の気の質が変わったのだ。そこから感じ取れるのは、憤怒。決して諦観などではなかった。

横島は俯きながら、静かに言葉を発する。

「あー。久しぶりにぶち切れたよ。けど、それはイリヤちゃんにじゃない、アインツベルン家の男にだ。マジで、そいつらには殺意を覚える」

その言葉からは、はっきりとした怒りが垣間見れた。

横島はふうと大袈裟な程に息を吐き、ゆらりと顔を上げる。
その表情からは、何も窺えない、まるで能面の如き有様である。
それに、イリヤは恐れを覚えた。そう、捕食者が餌と思っていたモノに恐怖したのだ。

ここに至って、主演が交代した。

先程は、バーサーカーとその主、イリヤスフィールが舞台を作り上げ、自分達が主演を演じていた。処がどうだ。今は横島忠夫が主役である。彼は言葉、仕草、行動を持って、彼女から主導権を奪い取ったのだ。

「だって、そうだろう。ギリシャ最大の英雄を召喚できるほどの力を持ちながら、それを成さないとは、……本気で馬鹿だ」

横島は淡々と告げる。

本当に坦々と坦々と。先程の、ぶち切れたとの言葉とは裏腹に、今の言葉平坦だ。全く感情の起伏が見られない。

それに、横島を知る者は恐怖に似た感情を覚えた。凛でさえも、横島に声を掛けるのを躊躇うほどに。

それは、嵐の前の静けさに似ていた。

「ふ、ふん。何が馬鹿だと言うの。ヘラクレスよヘラクレス。貴方や、そこに居るセイバーとは格の違う存在なのよ。それを召喚することが、どうして馬鹿だというの!」

イリヤは、早口に横島の言葉を否定する。

そこからは、先程のまでの余裕は一欠けらも見られなかった。
彼女は、呑まれたのだ。横島の気配に。バーサーカーとは違う、しかしそれに匹敵する程の信念に。

「ああ、それが馬鹿だってんだよ。………何で、何で、何で、それ程の力を持ちながら」

横島の顔に生気が燈る、それと同時に、言葉に熱が入る。それは烈火となりて、各々の心に飛び火する。

そして、たった一つの信念に万感の想いを込め、――――横島は叫んだ。


何で“女”を召喚せんかったんやー!!!

眼から涙、いや血涙を流し、横島は咆哮した。

その、様子から彼の本気が伺える。今、敵味方問わず、彼らの胸の内は、この気持ちで占められていた。

――――こいつ、馬鹿じゃねえ、と。

「…えっと。あの」

横島の裂帛の言葉を受け、イリヤは可哀相な位動揺している。

なぜなら、横島は、血涙を流しながら、イリヤを見詰めているから。
その表情は、本当に悲しそうで、全く謂れのない罪悪感をイリヤは感じていた。

因みに、凛達三人は、未だに現実回帰していない。あ、う、とかよく判らない言葉を発するので精一杯だ。

今の横島に、突っ込みを入れることが出来ないとは、まだまだ、彼の元雇い主である“世界最高のGS”たる彼女に追い付くことは難しそうだ。

「だって、そうだろう。聖杯戦争最大の利点は、伝承の中に生きた美女を召喚できることだ。だってのに、バーサーカーという、ある種の色気を感じさせるクラスに、男を召喚するなんて本当に馬鹿だ。清楚な女性が色っぽい狂気に身を任せる。それに期待して、ずっと待っていたのに、……それなのに、それなのに、アインツベルンは“僕の気持ちを裏切ったんだ”!!」

横島は、早口で思いの丈をぶちまける。

俯き、涙まで流しているその姿には、同情したくなるほどの、迸る悲しみが漂っていた。

勿論。それは間違い以外の何ものでもないが。

しかし、イリヤの気勢を削ぐのには十分な効果を表していた。

「ああ、もうやる気なくなったちゅうーねん」

言って、横島は心底気だるそうに立ち上がる。

「悪いけど、イリヤちゃん俺達今日は帰るわ。ほれ、衛宮にセイバー、何をぼけっとしてんだよ。……凛さん帰りますよ」

優しげな言葉発し、横島は士郎とセイバーを押し出すと、凛に帰宅を促す。

イリヤはというと、「え、うん」と反射的に声を返してしまう。

「ほんじゃ、イリヤちゃん。またなー」

最後に横島は軽い声で挨拶をすると、くるりと踵をかえした。

進行方向にはイリヤがいるので、向かう先は新都方面である。イリヤ達を撒いた後、違う道を通り帰宅するつもりだろう。

こうして、対バーサーカー戦は呆気ない程にあっさりと回避されることになった。


――――かに、見えた。

そう。ここに来て、やっと二人が覚醒したのだ。

「って。あんたは何考えてんのよ!!」

「何を考えているのですか、貴方は!!」

横島の両隣、右からは凛の怒声が、左からはセイバーの叱咤が、横島の耳にステレオに木霊する。

二人の表情からは、怒りと呆れ、実に様々な感情が入り乱れている。

「くそっ!」

そんな二人に詰め寄られる状況でありながら、横島は、強烈な舌打ちをかます。その横島の行為に、凛とセイバーは怒りをヒートアップさせていく。

しかし、その怒りは直ぐに鎮火した。そう、主役が戻ったのだ。銀の少女と狂戦士に。

ずん、とさっき以上の威圧が降り注ぐ。

少女の紅き眼は爛々と光り、バーサーカーも主の怒気に反応したのか、恐ろしい程に重厚的な吐息を吐き出している。

これで、二人は己が失態に気付いた。

横島の遺憾を含んだ舌打ちの意味を。横島は過程はどうあれ、今ここでの最善の一手を打っていたのだ。

セイバーの疲労具合。そして、横島の体調。横島に至っては、令呪を使用しなければならないほどである。

故に、ここでの最善は戦闘の回避。

幸い、相手の真名は知れたのだ、そこから作戦を立て、再度戦闘に望むことが、一番の冴えたやり方だった。

それに、相手はおそらく聖杯戦争史上最強のバーサーカー。下手をすれば、史上最強のサーヴァントの可能性だってある。

横島は言った。俺は正攻法に弱いと。だからこそ、横島は一旦引いて、策を持って再戦しようとしていたのだ。

――――無論、先程の言動は間違いなく横島の本音ではあったが。

だが、凛とセイバーの気持ちも分からなくは無い。聖杯戦争の正しい在り方を横島は否定したのだから。

ともかく、先程までの動揺を微塵も感じさせない声で、イリヤは宣告した。

死になさいと。

「くすっ。本当に見事だったわ、さっきの演技。すっかり騙されてしまったもの。……残念だったわね、赤いバンダナのお兄ちゃん。リンとセイバーが邪魔しなければ、上手く行ってたのに。でも、遊びは終わり」

少女は本当に楽しそうだ。言葉からはウキウキといった程の感情が見られる。イリヤは嬉しいのだ。これ程までに自分をこけにした相手を殺せることが。

最後に、イリヤは見惚れる程の笑みを溢し、バーサーカーに命令を下した。

「じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」

待ちに待った、主からの指令を受け、バーサーカーは裂帛の気を叫ぶ。

■■■■■■■■!!!

びりびりと鼓膜が破れるほどの咆哮。猛獣を遥かに超える獣の猛り。それは、正に咆哮だった。

そして、それが殺し合いの合図となった。

バーサーカーは、一メートルを遥かに超える斧剣を取り出すと、―――飛んだ。

坂の上から、横島達の居る地点まで、バーサーカーは一息に落下する。

その、隕石の如き威圧を持ったモノを見て、横島は笑い、セイバーは瞬時に駆け出した。

横島の脇を蒼き風が吹き抜ける。それを感じ、横島は笑みを苦笑に変化させると、語気を荒めてマスターに命じる。

「凛さん、令呪!どけ、セイバー!!」

横島は、右半身になり、腰を落とすと、あの体勢を作る。それを見て、凛は横島の思惑を知ると、急ぎ令呪を使用する。

「横島!あいつを殺しなさい!!」

きぃんと、凛の右手の甲にある令呪が淡く光る。
それに従い、サーヴァントへの強制執行権は、マスターの意により開放された。

令呪によるブーストを受け、横島に力が燈る。

瞬時に横島は、後方に引いた左手に、一メートル程の霊波刀を発現させると、真名の宣言と共にそれを撃ち出した。

横島ストラッシュ!!

下段から振り抜かれた霊波刀は、横島の手に柄だけを残して、逆袈裟に飛んで行く。

その飛翔する刀身を、セイバーは横島の言葉と己の直感を信じ、推進方向を転ずることで回避した。

「なっ!!」

飛んでいったモノを見て、セイバーは驚愕の声を溢す。

この短時間。令呪の力を加えたとしても、ほぼ予備動作なしであれ程のエネルギー体を射出するとはと。

しかし、次の横島の行動を見て、セイバーは驚きを通り越し呆れた表情になる。

疾風

何か呟いたと思ったら、横島はセイバーを抜き去っていた。

そのスピードは、つい二時間前にセイバーが直に戦った男。おそらく最速のサーヴァントであるランサーを超えていた。

それは、断じて“キャスター”が繰り出せる速度ではない。

翔けるようにして奔る横島の眼は、既に蒼く染まりきり、目の前の光景はモノトーンに映っている。

横島は、今一つの事しか頭にない。―――タイミングを合わせることしか。

脳の情報回路を、少しでも多く集中に回す為に、味覚と嗅覚の感覚は令呪を受けた時から断っている。視界がモノクロに映るのもそのためだ。

そう。横島はゼロコンマ一秒に全てを賭けていた。

「■■■■■!」

バーサーカーは、横島ストラッシュAを脅威と感じ取ったが、既にこの身は空中であり、落下する他ない。故に、バーサーカーは決死の覚悟を持って、ストラッシュを斧剣で叩き落とそうとする。

縮地を使用し疾風となった横島は、右手に持つあるものを発動させ、手に霊波刀を出現させる。

予め『剣』と込めていた文珠は、発動に従い先に撃ったアローと、全く同一の物を創り出していた。

それは、力の方向を完全にコントロールする文珠ならではのものだろう。

バーサーカーの落下地点まで後一秒。横島は、文珠で創られた霊波刀を持ち、さらにスピードを上げる。

落下地点まで後半秒。先に放ったストラッシュAの速度は問題ない。後は横島がそれに合わせられるかだ。

横島は、数瞬の差で落下地点に先に辿り着くと、目前に迫る斧剣を凝視する。

モノトーンに映る世界で、横島の視線の先は、ストラッシュAと斧剣の交差する地点を睨んでいた。

踏み込み、体勢は問題ない。後は、袈裟に振りぬくタイミングだけ。そのタイミングが僅かでもずれれは、横島の策は失敗に終わり、多分死ぬ。

そんなぎりぎりの緊張感の中で、横島は苦笑していた。

横島は踏み込んだ左足により力を加え、タイミングの調整を行う。びしりとアスファルトが砕けた。

それを意に介さず、横島は左足を基点に、回転する様にして右腕の霊波刀を振り抜いた。

クロス!!!

下方から抉る様にして、振り抜かれた横島ストラッシュBは、寸分の差も無く、横島ストラッシュAと真名通り重なった。

それは、一瞬ではあるが共鳴を引き起こし、爆発的な力となって、バーサーカーの斧剣に襲い掛かる。

斧剣に打ち付けられた、横島ストラッシュクロスは、目を焼き尽くすかの如き青い閃光を放つと、夜の闇をX字に切り裂いた。

ずうんと、バーサーカーの斧剣が地面に落下する。

その切断面は逆三角形をしており、横島ストラッシュクロスの威力が伺える。

青い残照が消え去り、再び漆黒が覆い尽くす中、血の雨が横島にどしゃぶりとなって降り注ぐ。

バーサーカーの分厚い胸板には、Xの字が深く刻まれていた。その傷の内からは、白い物、骨が見えている。―――それ程に深い。

クロスの余波は、バーサーカーの胸を切り裂き、致命傷を与えていた。

並みの英霊なら、両断されかねない程の、衝撃を受けきれたのは、偏にバーサーカーの頑強さゆえだろう。

しかし、それは即死ではないが、バーサーカーに死を告げるには十分すぎる。

■■■■■!!

だが、それでも尚、バーサーカーは吼えた。

その、猛り狂う姿は致命傷を受けた者では決して無い。
胸の傷からは、未だに血は吹き出ている。だが、それがどうしたというのだろう。

“ヘラクレス”ギリシャ最大の英雄である彼が、たかがこれしきの傷で、精神が折られることなど在り得る筈が無い。

そして、今の彼は“狂戦士”絶対の破壊者なり。

その瞳は、霊波刀を振り抜いた横島を、しっかりと捉えていた。

バーサーカーは、己を奮い立たせるかの如き雄叫びを上ると、短くなった斧剣を横一文字に振り払う。

その、速度と重さは、横島を殺すには十分すぎる。

だが、対するは横島忠夫。避け躱す事に於いて“だけ”は、神さえ超える男である。

それが、どうして、速いだけの駄剣を喰らおうか。

横島は、迫る死の旋風を屈むことで回避し、右手に文珠を発言させると、それを、そのまま腹に押し当てる。

最初の一閃を躱され、既に懐に入られたバーサーカーは為す術無く、横島の策にやられるだろう。

しかし、死を躱した横島が異常なら、死を振るったバーサーカーも異常だった。

振り抜かれた筈の旋風は、刹那の差で天空に昇り雷に姿を変えると、再度横島の命を粉砕せんとする。

折れた手首を酷使した、最上段からの一撃は、容易く横島の頭を潰し切るだろう。

破っっ!!

だが、その瀑布の如き衝撃は、横島の頭上でぴたりと停止していた。
横島の右の掌の内には、『縛』と描かれた文珠が輝いている。

横島流発勁。

彼は、バーサーカーの丹田から気を流し込み、『縛』の力を、余すことなく伝えきった。

しかし、それほどの手順を踏んで尚、バーサーカーを縛れるのは、僅かに一分。

だが、それで充分すぎる。戦闘において、一分間の行動不能は最早詰まれていると言っても過言ではない。

たん、と横島はバーサーカーの左側面に移動すると、降り注ぐ鮮血を気にも留めずに、右手の内に集中する。

ばちばちと、掌に魔力が収束されていくのが判る。やがて、それが臨界点を超えたのだろう、パキンとガラスを割った様な音がすると、横島の右手には、あるモノが出来始めていた。

「こいっ、弧月!!

横島の叫びを受け、それは遂に形を見せる。

それは、一振りの刀だった。
全てが青白き色に染め上げられた、一振りの日本刀。

横島の“栄光の手”三式の一つ『弧月』。

『文珠』という奇跡を成せる、横島だからこそ出来る技。
何の術理も用いず、圧縮という技法だけで、架空元素たる魔力を物質化する一つの奇跡。

それは、横島の霊的特性に伴い、ある一方向に完全にコントロールされ、“三界に於いて断てぬモノは無し”という一級の概念武装と成りえていた。

横島は、物質となった霊波刀を握り締め、静かに視線を移す。その先は、サーヴァントの急所である、首を睨んでいた。

「ちょっと、バーサーカー何やってるの!!ふざけてないで、早くそいつを殺しなさい!」

遠く、坂の上からイリヤの絶叫が響く。

しかし、それでも尚、彼は沈黙したままだった。イリヤの失態があるとするなら、それだろう。

叫ぶ暇があるならば、令呪を迷うことなく使用すべきだったのだ。それが、銀の少女の失態だった。

トン、と軽やかに横島は跳び上がる。

狙うは、頭を垂れたバーサーカーの首筋。横島は、大上段に構えた弧月を、躊躇う事無く、真っ直ぐ振り下ろした。

極楽へ、逝ってこい!!

流れる軌跡は、刀の名そのものである。
青白き刃は月輪の如く、弧は月を画き切り、その斬撃は“弧月”を顕していた。

ごとん、と巨人の頭が落ち、一拍遅れて、真っ赤な噴水が首から飛び出す。

「戻れ、弧月」

横島は、弧月を魔力に戻し自身に還元する。その間にも、降り注ぐ雨の勢いは止まらない。

横島の体は既に真っ赤に塗られ、血に濡れていない所等ありはしない。

その場に居る誰もが声を失っていた。
バーサーカーが飛び、横島が反撃するまで、この間わずかに十秒にすら満たない。

その数秒で、横島はバーサーカーを殺した。

己が持つ能力を駆使して、遥かな高みに居る相手を殺したのだ。
横島が、今の状態で勝利しうる可能性は二桁に満たない筈だった。にも関わらず、横島は勝利した。

今の戦闘での横島の勝因はたった一つ。逆にバーサーカーの敗因もたった一つだ。

――――飛んだこと。

それが、奇跡の因だった。
基本的に、人ならずとも地上で生活するものは、地面に足が着いていないと、本来の力が発揮されない。

故に、高く跳びその身を空中に躍らせたのなら、己の能力の大半が半減してしまうのは免れないことだろう。

確かに、威嚇、位置エネルギーの増幅、死角からの攻撃という効果はあるだろうが、今回に至って、横島という男には、それは通用しなかった。

横島は、三次元戦闘の経験を多く積んでおり、頭上という死角からの攻撃は勿論、下方から攻撃を仕掛けることを苦手としていなかった。だからこそ、あれだけスムーズに行動を移せたのである。

従って、バーサーカーのミスは、行動が制限される場に自ら赴むき、横島ストラッシュクロスの発動条件を満たしたこと。これだけだ。

刹那のタイミングを合わせ、文珠まで使用しなければならない、横島ストラッシュクロスは、余程の好条件が揃っていないと不可能なのである。

それをクリアさせたのが、バーサーカーの敗因だった。

誰が予想出来ただろう。見た目さえ無い男に、ギリシャ最大の英雄が殺されることを。

皆が皆、今起きた現実を受け止めるのに必死である。

それほどまでに、バーサーカーが殺されることは、敵味方であれ、不可解なことだった。

その中で、一番呆然としなければいけない人物。イリヤは笑っていた。

それは、自嘲的な笑みではなく、本当に驚き、愉しんでいる様な笑みだ
った。

「くす、本当は強かったのね貴方。バーサーカーを一度も殺すなんて」

イリヤは実に愉快そうだ。
己のサーヴァントが殺されたなんて思えないくらいに。

横島は、虚ろな目でイリヤを見る。令呪のブーストの効果も切れ、ストラッシュによる疲労も襲っていた。

「どういうこと――――!!」

横島は、イリヤの言葉尻にある、“一度も”についての疑問を口にする。

しかし、それは驚愕によって打ち消された。

バーサーカーの首の上。何も無い筈の空間に何かかが現れていた。

横島は、己の勘に従い、瞬時に後ろに飛ぶ。だが、がくんと折れた横島の膝は、後退を許してはくれなかった。

横島ストラッシュクロスと今迄の疲労が、横島にとって重すぎる足枷となっていた。

左方から、有り得ない筈のバーサーカーの斧剣が迫る。半ばから折れた筈のそれは、既に元の長さに戻っていた。

モノトーン世界が先程より遅く、コマ送りになって表される。

かち、かち、とだが、確実に迫り来る斧剣は容易く横島を轢きちぎるだろう。

時間が止まったかの様な、色の無い世界で、横島は懸命に死を直視する。

(洒落になんねー。間違いなくアレは俺を殺すぞ。畜生ー、肉体に嵌めてる『ニーベルンゲンの指輪』がありゃあ、左腕を吹っ飛ばされなくて済みそうなのに。霊体で呼ばれたかんなあ。仕方ねえ、サイキックソーサーで我慢するしかねえかあ。セイバー、後頼んだからなー)

「がっ!!」

衝撃音と粉砕音は、同時だった。

バーサーカーの斧剣による衝撃は、横島の体をいとも容易く吹き飛ばすと、道に沿って立っている塀に、容赦無く彼をぶち込んだ。

ぼとりと、上空から何かが落ちてくる。

それは、腕だった。

バーサーカーからの攻撃に耐え切れず、横島の左腕は、肘の先から吹っ飛ばされていた。

「「横島!!」」

凛と士郎の悲鳴が深夜の街に響き渡る。

だが、それは轟音によって掻き消され、代わりにギィン、ギィンと重たい剣戟が周囲に木霊する。

横島が宙に舞った瞬間、セイバーは奔っていた。何故殺した筈なのに今も活動しているかなど関係ない。

事実として、バーサーカーは生きているのだ。そして、その狂眼は横島が埋まっている塀を見ていた。

ここで、借りを返さなければ、騎士王の名が廃る。セイバーは脇目も振らず疾走した。異形の巨人に向かって。

ここにきて、バーサーカーの強さがはっきりと判る。

横島がバーサーカーを殺せたのは、彼が持つ本来の力を封殺出来たからだ。しかし、セイバーは横島のような器用さは持ち合わせておらず、バーサーカーと打ち合うほか無かった。

それは、セイバーの土俵であると同時に、バーサーカーの土俵でもある。

従って、セイバーは、バーサーカー本来の能力をその身で存分に受けることになった。

バーサーカーの胸の傷は既に無く、全能力を振り絞られた、彼の斧剣は怒れる雷光となってセイバーを襲う。

それは、全くの無秩序な攻撃だった。相手の虚を付くこともなく、フェイントも入れない、唯全力で振るうだけの技も何も無い剣。

しかし、それで充分。バーサーカーの剣は災害と同じだ、その力を持って相手を襲い、命を奪い去る自然の驚異。

そこに技の入る余地など有る筈も無く、撒き込まれたものは絶望に打ちひしがれるしかない。バーサーカーの剣は正にそれだった。

だが、セイバーはその死の風と正面から打ち合っている。何人たりとも、そこに希望を見出せる筈など無いのに、彼女の瞳はただ、強かった。

鉛色の暴風に蒼色の旋風が入り混じる。

二つの風は、真っ向からぶつかり合い、対する風を呑み込み打ち破らんと、尚も力を増していく。

それは、超人と超人の殺し合い。

嘗ての大英雄と、蒼き英雄。本来なら邂逅すらしない筈の二人の戦士は、現代に呼び出され、覇を競い合っている。

それは、古代ローマで開催されていた、屈指の殺し合いの祭典である、コロセウムでさえも、観ることが出来ない好カード。

異なる神話、伝承のクロスオーバー。

これが聖杯戦争。至上最高峰の殺し合いの祭典である。

「■■■■■■!!」

剣戟の合間にバーサーカーの雄叫びが響き渡る。

それは、勝利を告げる咆哮だった。

一進一退の様相を示していた攻防は、序々にだが、確実に変わり始めている。

バーサーカーの斧剣を捌く、セイバーの顔は苦渋に歪み、その額には玉の様な汗がじっとりと浮かんでいる。

セイバーは明らかなスタミナ切れを起こしていた。

彼女は、バーサーカーの斧剣を掻い潜れる程の、卓抜した体術を持ち合わせていない。それ以前に、セイバーは名の通り剣士だ。故に、その身だけで攻撃を回避すことに慣れているとは言い難い。

従って、セイバーはバーサーカーの斧剣を、手に持つ剣だけで防いでいた。

バーサーカーの斧剣が伝える衝撃は、軽く一トンを超える。
それ程の、衝撃をセイバーはずっと受け続けていた。いくら、魔力放出によるブーストで衝撃を緩和しようとも、それは相殺出来るモノではない。

その余分な疲労は、確実にセイバーの小柄な体躯に蓄積され、先のランサー戦での疲労と共に、今、セイバーに牙を向けていた。

重厚的な剣戟と、度重なる爆砕音が周囲を鳴動させる。

バーサーカーは視界に映る全てのものを蹂躙していく。
アスファルトは捲れ上がり、標識は半ばからぶち折れ、塀すらも粉々。

それはセイバーでさえ、例外ではなかった。
彼女の鎧は、暴風の如き斧剣の煽りを受け、所々欠けており。そして、今尚それは止まることなく、セイバーの鎧を喰い散らかしている。

セイバーは、バーサーカーの振るう、凄まじき駄剣を防ぐことで手一杯になっていた。

もはや、セイバーに残された手は、バーサーカーの剣戟の合間に懐に潜り込み、一閃することのみ。

しかし、それは相手に隙があればの話。
けれど、そんな微かの希望さえ打ち砕く様に、吹き荒ぶ死の暴風は、さらに苛烈さを増していく。

攻めと守り、そのどちらが有利かは最早言うまでもない。バーサーカーは唯振るうだけで、それは即死の一撃となる。

しかし、セイバーにはそれを成す手が無い。戦闘の優劣は、今はっきりと表されていた。このままでは、いつか終わるだろう。セイバーの死という形で。

そして、ついにその時が来た。

セイバーは、バーサーカーの砲弾の様な一撃を、無理な体勢で受けてしまう。確かに防ぐことは防いだが、踏ん張りきれず、バーサーカーの斧剣はセイバーを、軽々と吹き飛ばしてしまった。

それに、死を贈るためにバーサーカーは追撃を――――しなかった。

セイバー以下、三人はバーサーカーとその主を不可解な目で見る。
追撃を止めさせたのは、バーサーカーのマスター、イリヤしかいない。

絶好の好機を逃した意味はあるのかと、セイバーは視線で問う。

「そんなに怖い顔しないでよ。貴女を助けたのは、ほんの遊び心からなんだから」

からかう様なイリヤの声にセイバーは激昂する。

「ふざけるな!お前は私を愚弄する気か!!」

心の臓まで底冷えさせるかの如き怒りを受け、尚イリヤは楽しげだった。

「とんでもない。私はセイバー、貴女に敬意を表するわ。その体でバーサーカーと互角に打ち合えるんですもの。流石は剣の英霊といったところかしら。………だからね、貴女には特別にバーサーカーの本気を見せてあげるわ」

「…本気?」

セイバーの背中に、今までとは違う厭な汗が流れる。

そう。イリヤは本気と言ったのだ、ならば今までの烈火を思わせる剣戟は全力ではなかったということだ。

「そう。本気よ。あれだけ私をコケにしたのだもの。簡単には殺さないわ。貴女を助けたのは慈悲からじゃないわ。むしろその逆。絶望を味合わせるためよ」

バーサーカーの特性は“狂化”。理性を失う代わりに、爆発的な力を得ることにある。

ならば、彼女のいう本気とは、それに他ならない。

ぼう、と少女の体に赤い紋様が浮かび上がる。全身に令呪を燈しながら、イリヤは静かに死を宣告した。

「狂いなさい、バーサーカー」

己がマスターからの主命を受け、狂戦士は吼えた。

■■■■■■■■!!!

それは、満たされぬモノを埋めた事による歓喜か、それとも、自身の力に対する恐れからか。

最早それは人ではなかった。姿形は変わらずとも、その内面。溢れ返さんばかりの鬼気を身に纏うその姿は、暴力の化身だった。

そこからは、戦闘にすらならなかった。

突然に、ギヤを上げたバーサーカーの剣風に、先程までのリズムに慣れていた、セイバーは対応しきれない。

ただ、バーサーカーの一撃を一撃を、己が剣を持って、打ち返すことしか出来なかった。

次第にセイバーがバーサーカーという暴風に呑まれていく。
後は早かった。暴風に呑み込まれたら、ただ無様に舞うしかない。

吹き荒れる死からセイバーは、懸命に逃れようとするが、その行為は結果を数秒遅くらせたに過ぎなかった。

どん、という衝撃音が不気味なほどに、周囲に響き渡る。

セイバーは血を撒き散らしながら、飛んでいく。受け損なった斧剣は、セイバーの鎧を突き破り、彼女の肉を抉っていた。

だん、だんとセイバーはボールが転がるようにして地面に墜落する。

腹を抉った傷は、命を失わせるには十分だ。しかし、それほどの傷を負いながら、彼女は凛然と立ち上がった。

その瞳からは光は失われてはいない。死は目前に迫り、勝てる可能性など一欠けらすらない状況で尚、彼女は諦めることはしなかった。

「くす。流石は英雄と呼ばれるだけはあるわね。まだそんな瞳ができるなんて。けど、これで本当に終わり。いいわよ、バーサーカー。――――殺しなさい」

マスターからの言葉を受け、不動を保っていた巨人が遂に動き出す。

その目からは、何も窺い知ることは出来ない。だが、殺すという行動だけははっきりと判った。

もう、立っている事すら困難なセイバーに向かって、巨大な死の鎌が振り払われる。

その虐殺寸前の光景を見て、セイバーのマスター。衛宮士郎の中で何かが切れた。

「うぁああーー!!」

唯、駆け出した。
助ける。彼の頭にあるのはこれだけだ。後は何一つ考えてはいない。

士郎は横島の戦う姿を見て戦慄した。横島の方が自分よりも遥かに、バーサーカーの巨大な力を見抜いていただろう。

にも関わらず、横島は恐れる事無く、突撃し殺しきった。遥かな高みに居る相手を、殺したのだ。

自分は、バーサーカーの圧倒的な覇気に、打ちのめされるしかなかったのに。横島は、立ち向かったのだ。あの大英雄に。

悔しかった。自分では助けれない命を助けた横島と自分を比較して。

だからこそ、せめて自分を救ってくれた少女を助けたい。――――自分がどうなってもいいから。ただ、助けたい。

この想いが、衛宮士郎を駆け出させた。

そして、士郎は“横島忠夫”という理想に負けない為に、自分を貫くために、さらに足に力を込める。

だが、現実は甘くは無い。助けたいと思うだけで、誰かを助けることは出来ない。士郎のスピードでは、ぎりぎりだ。

ぎりぎりセイバーは助けれるかもしれないが、代わりに間違いなく士郎は死ぬ。僅かに遅かったのだ。バーサーカーの死から逃れきるには。故に、士郎は腹を屠られ死ぬ。

ただ、セイバーを一瞬でも助けることが出来たことが、士郎にとって、せめてもの祝福だろうか。

「ぐぅっ!!」

士郎はどたんと倒れ、背中からの痛みに呻く。

その傷は、確かに肉を抉っているが、致命傷にはほど遠いものだった。
何より、傷を受けたのが前面ではなく背面。腹ではなく背中。
士郎は、突如飛来した六角形の盾により、突き飛ばされたのだ。

それが、士郎の命を救った最後の一押しだった。

その盾の名は、“サイキックソーサー”横島忠夫が会得した初めての霊能である。

がらがらと、数多ある破壊された塀の一つから、隻手の人物が顔を覗かせる。

誰もが、そこに注目した。狂気に身を任せているバーサーカーでさえも。

雲間に隠れた月が顔を覗かせ、街路が明るく灯されると、彼の風貌がはっきりと浮かび上がる。

「凛さん、セイバー、無事かあ。……後、衛宮も」

戦場に軽い声が響く。

ぱんぱんと、右手で体に付いた埃を落としながら、隻手の人物、横島忠夫は、いつもの軽い声で皆に挨拶した。

「あーー。死ぬかと思った」


あとがき
今回、記念すべき、十回目は軽いバイオレンス風味でお送りしましが、どうだったでしょうか。
さて、忘れた頃にやってきた、栄光の手、第三式ですが、本文で偉い大層なこといってますが、当然そこまで切れ味はよくありません。あくまでも、横島君が、そうやって、イメージして創っているだけであります。ただ、綺麗に刃筋を立てられたら、無銘である、ライダーの鎖やら、真アサシンの短剣とかなら切れます。条件を達成できればですが。
毎度お馴染みの設定等で長くなりましたが、楽しんで頂けたら幸いです。

kuesu様
どうも、そう言って頂けると大変ありがたいです。
バーサーカー戦完結は次回で。

山の影様
ありがとうございます。
ゲイ・ボルグ、全然頭に無かったので、危なかったです。はい。
横島君、吹っ飛ばされました。

ト小様
どうもありがとうございます。
影の薄い主人公。今回ちょっと活躍しました。
バーサーカー戦一Rはどうだったでしょうか。

とり様
口説きはしませんでしたが、文句だけは言いました。アインツベルン家に対してですが。

渋様
ありがとうございます。
横島君の活躍?はどうだったでしょうか。
どうも、頑張ります。

なまけもの様
誤字指摘本当に毎回すみません。そして、ありがとうございます。
忘れた頃にやってきた、本来対セイバー用に考えていた三式初登場でした。
一応横島君は白兵戦も出来ますが、セイバーに弧月使って戦ったら、それなりにあっさり負けちゃいます。伸縮できないので。

T城様
どうも、ありがとうございます。
ちょっとした感想を、書いて頂けるだけでも十二分嬉しく思いますので、そこまで考えられないで下さい。今回も、おもしろかったら、是非感想よろしくお願いします。

ヒロ様
横島キャスター?疑惑は次回か次々回で書くつもりです。
ありがとうございます。頑張ります。

HEY2様
誤字指摘ありがとうございます。
ちょっと、違う横島君、漢のロマン宣言でした

陰陽頭様
戦闘は苦労しているのでそう仰られると大変嬉しい限りです。
質問の答えですが、文珠を使った同期連携はできません。
同期や合体して、何故吸収されないかは、肉体があるからと解釈しています。ですから、きちんとした、肉体が無い、今の状態で合体すると、本当に合体してしまうので、やろうと思えば出来るが、絶対にしないでしょう。

バル様
今回、横島君らしい活躍を書くのには毎回気を使っているので、そう感じられれば幸いです。
ジョーカーも、頭の隅にはあったのですが、戦闘者っぽくないので断念したのです。……マルチも微妙ではありますが。

MO様
ありがとうございます。
横島君の成長スピードやら何やらは今後書いていくので、お楽しみにしといて下さい。期待に添えられればですが。

どうも、最後まで読んで頂いてありがとうございました。
それでは、九十九でした。

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