「そういえば、ヨコシマは霊体化しないのですか?」
凛に撃沈された横島と合流し、しばらくして、セイバーは横島に問いかけた。
確かに、横島の服装等は現代の物であり、このまま出歩いてもなんら問題はないだろう。
しかし、サーヴァントは普段は霊体化するものであるという、先入観からセイバーは横島に質問した。
その問いに対し、横島は多少怪訝な表情をすると、逆に問い返す。
「セイバー、その霊体化ってのはなんだ?」
その問いに、今度はセイバーが怪訝な顔になる番だった。
「えっ。貴方は召喚された際に、聖杯戦争についての知識を得ていないのですか?」
セイバーからの発言を受けると、横島はちらりと凛を見て、アイコンタクトを取る。
――――どうしますか、凛さん?
――――いいわ。私も知りたいし。
凛とのアイコンタクトを終えると、横島は、素直に話すことにした。
「ああ。俺の召喚はちょっと特殊だったから、サーヴァントとしての知識が多少欠けてるんだ。つう訳で、できればその霊体化てについて教えて欲しいんだけど」
「…そうなんですか。先程の借りもありますから、この位は教えて上げます。我々サーヴァントというのは霊体です。そして、その霊体を実体化させているのは、マスターからの魔力。ですから、マスターが魔力供給をカットすれば、自然と霊体に戻ります。そして、霊体化したサーヴァントは守護霊の様なものになり、レイラインで繋がっているマスター以外には観測されません。尤も、会話程度ならできますので、偵察ならば問題なく行えますが」
「へー、そんな便利な事が出来るんだ。でも、それなら何でセイバーは霊体化しないの?…まあ大体見当は付くけど」
凛は霊体化の説明を聞き、感心した様に声を漏らすと、同時にセイバーに質問する。
この質問は、はっきり言うと確認であり、その証拠に、凛は士郎に目線をやっている。
「凛の考えは当たっています。先程言ったように、シロウの魔力は高くはありません。ですから、私は霊体に戻ることも、魔力の回復も難しいでしょう」
ずばりな、セイバーの言葉を聞き、士郎はうっ、と声を漏らすと、どよーんとした雰囲気になる。
先の戦闘での足手まといと、凛との魔術師としての実力差を感じたことが、彼の心の重荷となっていた。
そこに、自分の未熟さがセイバーの足枷となっている事実が、追い討ちとなった様だ。
それを見兼ねたのか、横島が助け舟を出す。
「成る程。セイバーが霊体化出来ないのは、衛宮のへたれが原因なのか」
…訂正。むしろ、止めを刺したかったらしい。
ずーんと落ち込んだ士郎を見て、横島は軽くほくそ笑むと、セイバーからの最初の疑問に答える。
「セイバーは兎も角として、俺はおそらく霊体化することは出来ん」
「何故ですか?貴方はきちんと凛とラインが繋がっているのでしょう」
横島からの答えを聞き、セイバーは、不思議そうに横島に問う。
「簡単よ。だって、横島は生霊だもの。まだ、死んではいないんだから、霊体化できないのも頷けるわ」
セイバーの問いに、凛が横島に代わって説明する。凛の説明を聞き、士郎とセイバーは同時に驚いた。
「それなら、ヨコシマは、今も生きているという事ですか?」
「まあな。今の俺は幽体離脱してる様な状態で、凛さんとラインが繋がっているからこそ、実体化できている訳だ。だから、セイバーとか他のサーヴァントとは違い、俺は英霊として召喚された訳ではないんだな。これが」
何時もの軽い口調で、横島は自分の状態を説明する。
凛は前に、“横島は、大事なことをさらっと言う癖みたいなものがある”と予測していた事があったが、横島は今回も、それを発動させた。
セイバーは、事の重大さに気付き絶句している。
しかし、それに気付かない士郎は、ごく普通に疑問を発した。
「へー。だから、横島は…クラス名だっけ、それで、呼ばれてる訳じゃないんだ」
「衛宮君。残念だけどそれは違うわ」
「えっ」
ふー、と凛は士郎の言動に嘆息すると、やや面倒くささそうな面持ちをする。
「横島が生霊だってばらしたのは、多少とはいえセイバーの弱みを聞いてしまったからなんだけど。…折角だから、衛宮君が聖杯戦争に参加するかどうか判らない為に、省いていた説明をしてあげるわ。まっ、時間はあることだしね」
聞く?と凛は視線で士郎に問いかける。士郎自身、知識不足はセイバーからも窘められたこともあり、聞くことにした。
「それじゃ、説明するわ。ただ、私自身も聞いた話だから、セイバーは、間違ってることがあったら、補足してくれるかしら」
「…わかりました。シロウは凛の説明をしっかりと聞いて下さい」
何処か鬼気迫るセイバーを見て、士郎はこくりと頷く。
そんな士郎の姿を見て、凛は満足そうな表情をすると説明を開始した。
「その前に凛さん。はいこれ」
凛の発言を遮って、横島は懐から取り出した、黒縁眼鏡を凛に渡す。
そんな横島の行動に、口を開こうとしていた凛は、一度、こほんと咳払いをすると、横島から眼鏡を受け取る。
凛は、受け取った眼鏡を、自然な仕草で掛けると、今度こそ説明を開始した。
「それじゃ、説明するわね」
「ちょっと待ってくれ遠坂。その眼鏡は何か意味があるのか?」
士郎は、凛が眼鏡を掛けた事に意義があるのかと問う。
その前にあった、眼鏡を普通に懐から取り出した横島については、この際スルーしたようだ。
困惑顔をしている士郎に、凛はあっけらかんと答える。
「意味はないわよ。唯、眼鏡を掛けたほうが、私の気分が乗るだけだから、そんなに、気にしなくていいわ」
「あ、そう」
凛からの答えを聞き、士郎は、もうどうでもいいやー、とやる気のない返事をする。
実際、その眼鏡は、似合ってないのに、似合っているという矛盾した気持ちを抱かせるものだったし、それ以前に、凛のすることに突っ込むのは、きっと無為なんだろうと、士郎は妙に悟ってしまったようだ。
――――凛が行う、突っ込みを入れたい行動の大半は、横島への折檻なんだが。
ちょっと気の抜けた、士郎を尻目に、凛は漸く説明を開始した。
「今度こそ説明するわよ。まず、聖杯戦争には決まったルールがあり、その大原則というのが呼べる英霊、つまりサーヴァントは七人だけという事ね。それで、その七人を予め作っておいた筐。ようは、クラスに入れて召喚するの。口寄せとか降霊術にしたって、自分という筐にいれるでしょ。それと同じように、時代の違う霊を呼び出すには、筐を用意しておいた方がいいのよ」
凛は、ぺらぺらと、実に華麗に口を回していく。
それが、眼鏡効果なのか、それとも地なのか、それに、士郎は突っ込みたかったが、話の腰を折って、凛に睨まれるのも怖いので、真剣に聞くことにした。
「クラスは役割だったよな。――――ああ。だからセイバーはセイバーなのか」
「そっ。基本的に英霊達は正体を隠すものだっていったでしょ?なんたって、真名が知られれば、自分の弱点も同時に知られる様なものだから。これで、セイバーが横島の名前を聞いた時に、驚いていたのが判ったでしょ」
「…ああ」
士郎は、凛の説明を聞き、納得いった様子を見せる。
本来隠す筈の、真名で呼び合っているんだから、セイバーが驚くのも当然だろうと。
「で、その用意されたクラスは、セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーの七つ。それでも、聖杯戦争のたびに、一つや二つのクラスの変更はあるらしいわ。……さっきの話に戻るけど、衛宮君は、ランサーと聞いて、どういう戦い方をすると思う?」
「そりゃ、ランサーなんだから、槍を使った戦い方になるだろ」
「でしょう。つまりはそういう事よ」
凛は、それで完結させたが、士郎は頭の上に?マークを浮かべている。それを見かねたセイバーは、仕方なしと助言を行う。
「シロウ。凛が言ったように、私達は名を隠します。ですが、ヨコシマは英霊ではないために、隠す必要がありません。ならば、次は何を隠すと思いますか?」
「…戦い方か」
「その通り。だから横島に対しては、クラス名ではなく真名で呼んでるのよ」
士郎の言葉を引き継ぐ形で、凛が注釈をいれる。
その凛の注釈を聞き、確かにと、士郎は横島を盗み見る。
横島は、一見して、セイバーやランサーのように、剣士、槍兵と判るような感じはしない。
横島は剣、槍、弓、術、と何を使っても違和感がないのである。むしろ、何も使えなさそうという感じの方が強くもある。
そんな横島のイメージに対し、先入観もあるだろうが、セイバーが槍を、ランサーが剣を使う姿を、士郎は想像することが出来なかった。
「話を続けるわね。クラスには、それぞれ特徴があるんだけど、サーヴァントの能力は、呼び出された英霊の格によって変化があるから注意が必要ね」
「英霊の格ってことは、生前どれくらいの強さを持っていたってことか?」
「それも勿論あるんだけど、彼らの能力を支えるのは知名度よ。生前の功績、保持していた武具、それらは不変のものだけど、彼らの基本的なスペックは、呼び出された時代、場所によって変わってくるわ。英霊は神さまみたいなものだから、人に崇められれば、崇められるほど力が増すの。存在が濃くなるって言えばいいのかしら、人々に忘れ去られた英雄にはさほど大きな力は無いわ。無論、元が強力な英雄ならある程度の能力は保持できるでしょうけど。…そうね、貴方達ランサーの真名知ってる?」
セイバーは、凛の思惑を見切り、素直に答える。
「ええ。ランサーの真名は、アイルランドの光の御子たるクーフーリンでしょう」
「知ってるのなら、話は早いわ。クーフーリン。アイルランドの大英雄たる彼を例にとるけど、彼は日本ではさほど有名ではないわ。だから、彼にとって、日本はアゥェーになり、基本能力は然程高く成ってはいないの。これが、知名度による能力の変化ね。けれど、彼の強さは本物だったでしょ。これが、ランサーが元々強力な英雄である証なわけ。…仮に、彼がホームで召喚されていれば、最強といっても過言じゃないくらいに、強力なものになっていたでしょうね」
「その上、彼の宝具は眼を見張るものがありますから、凛の言ったことも、あながち間違いではないでしょう」
凛の説明に補正をいれる形でセイバーが続ける。
セイバーは、そこまで言うと、士郎に視線を送る。その目には、少し怒ったような感がある。
「…マスター。今の話でヨコシマの異常さが判ったでしょう」
出来の悪い生徒を見る視線を受け、士郎は懸命に考え出す。
(英霊の格を決めるのは、知名度。だが、もとが強力な英雄ならある程度は保持できる。…………はて、横島忠夫なんて英雄いたっけ?)
士郎は、ここ数年の世界を騒がせたニュースを思い返す。だが、士郎の脳裏には横島忠夫の文字は浮かぶことはなかった。
そうして、士郎は横島の異様に気が付いた。
「……横島には英雄としての知名度が全くないのか」
ぽつりと、士郎は信じられないといったように、呟く。
「その通りです。それに加え、我々英霊というのは、生前の功績が人々から認められると、死後、人間というカテゴリーから除外され、精霊に近い存在に昇格されます。つまり、自分でいうのもなんですが、我々は“超人”といっても過言ではない存在なのです。その事実にも関わらず、ヨコシマは人間というカテゴリーの内にありながら、英霊と互角に戦い生き延びているのです。それが、どれだけ異常なことは最早言うまでもないでしょう。……それを、考慮するならば、ヨコシマは人類最強の称号を冠していても、おかしくはないのです」
セイバーは、静かに横島の異様さを告げる。その表情には、確かな苦渋が浮かんでいた。
そんな、セイバーの様子を見て、士郎は愕然とする。
今の話は事実だと、本当に自分の隣で満足気に頷いている男は、人類最強の名に恥じぬ力があると。
そう。人でありながら、人以上のモノと戦うことが出来る、人間なのだと。
それが、どんなに常識を覆すことなのか。士郎は、ここに至って、漸く事態を把握した。
――――横島は化け物だと。
セイバーの話を聞きながら、凛は改めて、横島の事を考えていた。
英霊を相手に、互角の戦いができる程の戦闘技術を持ち、その上、人どころか国さえも、蹂躙できる能力を有する男。
類まれな戦闘技術と『文珠』という能力。それは、人としてのスペックを遥かに超えた、規格外存在である事を示す、確固たる証明。
凛は、そこまで考えて、何故自分は横島忠夫という男を信頼しているのかと、僅かな疑問を抱く。
何故なら、そこから、導き出される答えは、恐怖しかないのだから。
だが、その疑問は直ぐに氷解した。
「聞きましか、凛さん!俺って最強らしいっすよ。くぅー、苦節十九年。二十歳手前になって、漸く俺の魅力に気付いた、二人目の女性が現れた。……俺は、今日のこの日の感動を、きっと一生忘れないだろう」
セイバーの話が終わり、皆が難しい顔をする中で、横島の軽い声が朗らかに橋上に響き渡る。
その言葉からは、感激と興奮しか感じ取れない。その上、じーん、と目尻に熱いモノを溜めている姿は、セイバーには悪いが、先程の言葉を疑う程の、情けなさが漂っていた。
そんな、横島の姿を見て、凛はふっ、と表情を崩すと、ぱしっと横島の頭を叩く。
「馬鹿言ってるんじゃないわよ」
そう言った言葉とは裏腹に、凛の表情は何処か嬉そうだ。
それは、横島を信頼する要因を思い出したから。そう、たった一つの単純な事を思い出したから。
――――横島忠夫はバカ。
凛が横島を信頼するのは、これだけで十分だった。
「さて、話は逸れたけど、衛宮君は、まだ何か質問とかある?」
凛は眼鏡をくいっと掛け直すと、横島の豹変ぶりをみて、驚いているのか、呆れているのか、それとも、両方か。ともかく、何ともいえない表情になっている士郎に視線を戻した。
「……えっと、英霊の格については、判ったけど、宝具ってのはなんなんだ」
凛からの問いかけに、士郎ははっとすると、淡々とした口調で言葉を口にした。
「そのサーヴァントが、生前使っていたシンボル。英雄と魔剣、聖剣はセットでしょ。ようは、彼らの武装よ。知っての通り、大抵の英雄はその象徴と呼べる武器を持っている。それが、奇跡を願う人々の想いの結晶『貴い幻想』とされる、最上級の武装なわけ。ランサーでいうなら、あの魔槍“ゲイ・ボルグ”がそれに当たるわ」
「…つまり、宝具っていうのは強力なマジックアイテムってことか」
「そういうこと。セイバーの話が本当なら、衛宮君もみたんでしょう、ランサーの宝具の力を」
「…ああ」
士郎は思案顔になると、彼の宝具の力を思い出す。
“刺し穿つ死棘の槍”。セイバーを穿った因果逆転の魔槍。成る程。あれほど出鱈目な一撃を放てるのなら、最上級の武装というのも頷けるものだ。
士郎は顔を上げると、質問を繰り出す。
「それじゃあ、セイバーはもとより、横島も宝具を持っているのか?」
「セイバーについては、後で本人から聞きなさい。横島についてはノーコメントよ」
「あっ。…悪い、聞くべきじゃなかったな」
「別に謝ることではないわ。…後は、基本的に宝具はその真名を呪文にして発動する奇跡だから、そうそう簡単には使えないって事位かしら」
「ありがとう。凄く為になった」
「べ、別にいいわ。そもそも、衛宮君が聖杯戦争に参加しなければ意味の無いことなんだし」
士郎からの真っ直ぐな感謝の念を受け、凛は照れを隠す為か、軽口を叩く。
その軽口に士郎は真剣な言葉で返した。
「いや、俺は参加するぞ」
「へっ」
士郎の突然の参加表明に、凛は間抜けな声を出してしまう。
しかし、それも数瞬。凛は直ぐに思考を切り替えると、睨むようにして、士郎を問い質す。
「ちょっと、衛宮君本気なの」
「ああ、本気だ。俺は聖杯戦争に参加しようと思う。遠坂が俺に辞退を促すことも無く、監督者に会いに行かせるということは、既に、俺は引き返せない地点まで、足を踏み入れちまってんだろ。だったら俺は戦うほうを選ぶ。俺だって、魔術師の端くれなんだから多少の覚悟はある」
言って、士郎は強い瞳をセイバーに向ける。
士郎は、聖杯戦争のことを詳しくはまだ聞いてない。
だけど、それが殺し合いで、自分を救ってくれた少女の命が危険に曝されることだけは理解出来ていた。
士郎は、彼女の助けに成りたいと思っている。偶然ではあるが、確かに少女は士郎を救ったのだ。
士郎は、その借りを返したいと思っているし、そんなもの抜きで彼女の手助けをしたいと思っている。
だが、現実は手助け所か、唯の足枷にしか成れなかった。
それが、悔しかった。自分の非力さが、セイバーの足手纏いにしかなれない、この非力さが。
士郎は、横島が生霊と聞き、その異常さが判ったときに、どうしようもない位に嫉妬していた。
その強さに。自分は無様に殺されるしかなかった相手と互角に渡り合い、自分を救ってくれた少女を出し抜いた、その強さに。
だから、これは唯の意地かもしれない。この目の前にいる、のほほんとした男に負けたくないというだけの、みっともない意地なのだろう。
だけど、士郎は間違いだとは思ってはいない。希望が見つかったから、“正義の味方”と名乗れる程の強さを持った男を実際に目にしたから。
そう、横島と並ぶために、士郎は戦うことを決意した。少しでも、理想に近づける様に。
その想いが、士郎の瞳に光を燈していた。
しかし、その瞳の力強さとは対照的に、士郎の表情は悔しげだ。
「……だけど、もし俺より相応しい魔術師が、俺の代わりにマスターになれるんなら、俺はそいつにマスターの権利を譲ろうと思う。その方が、セイバーの為になるだろうし」
士郎は、己が気持ちよりも、セイバーの安否を取るつもりだった。
そして、それが士郎の不安であった。…だが、それは心配することはなかったのだ。
「シロウ。顔を上げてください。召喚の際に宣言した通り、我が剣は貴方と共にあります。ですから、貴方が誓いを破らない限り、私のマスターは貴方です」
士郎の気持ちを察したセイバーは、優しげに言葉を投げかける。
自分は、マスターを変えるつもりはないと、貴方が自分のマスターだと。
その言葉は、セイバーの弱点になっていると自覚している士郎が、なによりも求めていたモノだった。
「ありがとう。セイバー」
簡潔に、赤い顔で士郎はセイバーに感謝の言葉を送る。その純粋な言葉に、セイバーは綺麗な微笑みで返す。
その光景を見て、凛はむずかゆい表情をし、横島は、真面目な顔をしていた。
「衛宮。お前は戦うと言ったな。それは人を殺すということだ。お前にその覚悟はあるのか?」
横島は、あの戦闘以降、初めての真剣な声色で士郎に問う。
その瞳には、ある種の殺意めいたモノが浮かんでいる。それを、じっと睨み返すと、士郎は凛然と言い放つ。
「――――ある。…だけど、それは外道なことをするヤツにだけだ。それと、俺は戦うと言った、けど、無闇に戦闘をしかけたりはしない。もし、こっちから率先して戦うとしたら、無関係な人々に、害をなそうとするヤツだけだ」
「シロウ「衛宮、それは、自分に火の粉が飛ぶ、あるいは、一般人に害をなすヤツとしか戦わんということか?」
セイバーの発言を遮って、横島は、士郎に確認を取る。
邪魔されたセイバーも、聞きたいことは同じだった為に、横島には何の文句も言わずに、士郎の言葉に耳を傾けることにした。
「ああ。そういうこだ。あそこまで言って貰った、セイバーには、本当に悪いと思うが、これを変えるつもりはない」
「シロ――――」
横島は、セイバーの発言を、右手で阻む。
ごもごもとセイバーは横島の右手の下で何かを言っているようだが、それを意に介さず横島は士郎に言う。
「そうか。ま、これは、俺達が口を挟む事ではないしな。家に帰った後で、存分にセイバーと話し合ってくれ。っと、悪かったなセイバー」
言うだけ言って、横島はセイバーから手を離す。
セイバーは、何か文句を言いたげだったが、横島の言った事が尤もだっために、口を閉ざした。
話を終えると、横島は何故か面倒くさそうな表情をする。
凛は、そんな横島の表情を怪訝に思い、その理由を聞こうとしたが、横島の発言によって、それは取り止められた。
「それより、さっさと橋を渡りきろう。二度も、凛さんに叩き落されるのは流石に勘弁して貰いたいからな」
横島は、先程までの真剣な口調ではなく、からかうような軽い口調で、三人を促す。
しかし、三人の足は止まったままで、士郎が冗談だろ、と言うように、困惑気味に呟いた。
「えっと。横島は、遠坂に橋から叩き落されたことがあるのか?」
「ああ。昨日のことなんだが、俺が凛さんと絆を深めようとしたらだな、あろうことか、凛さんは俺を川の中に突き落としたんだ。…昼間とはいえ、あの寒空の下での水泳はきつかったぜ」
横島は、ふっと自嘲的な笑みを浮かべながら、士郎の呟きに答える。
士郎とセイバーは、横島の言ったことから、本当なんだと認識するが、まさか、そんな事はと凛を見る。
二人からの視線に凛は、ふいっと目線を逸らすと、ずかずかと歩き出す。
「ほら!馬鹿なこと言ってないで、教会に急ぐわよ」
視線を前に向けたまま、凛は声を高めて先を急ぐ。その際、勿論横島を殴るのは忘れない。
さっきまでの、シリアスな空気は吹き飛んで、代わりに軽い雰囲気を纏いつつ、彼らは再度教会に向かって歩き出した。
シロウと凛が教会に入っていったので、ヨコシマと二人になる。
今のこの姿を見ると、とてもじゃないが、あのランサーと戦い、さらに、私を出し抜いた男には見えない。
ここに来る途中にも、凛に対してセクハラ?と呼ばれるものを行い、その制裁を受けて鼻血を出していたことだし。
しかし、あの青い光を目に灯らせた姿は本物だった。紛れもない、一流の戦士。
おそらく、彼のクラスはキャスターだろう。
初めに投擲された六角形の盾のようなものから、使い魔の召喚、さらに空中浮遊を行い不可思議な風を起こす。それから省みるに、彼の戦い方は正にキャスターらしいといえるだろう。
白兵戦を苦手とするが故に、それ以外で勝利を呼び込む。…情けないことに、私はまんまとそれに引っ掛ってしまった訳だが。
凛達が本気だったなら、私の聖杯戦争は、既に終わっていた。召喚されて、僅かの時間での敗北。
――――なんて、無様。
私は、侮っていたのだ。ヨコシマという男を。見た目でだけで、その者の強さは測れないというのは当然の事なのに。
それなのに、私は勝負を急いてしまった。ランサーを追い払ったからなんだ。彼の風貌から勝てると思った時点で、私の負けは決った様なものだった。
あの戦闘は人質をとる等、前のマスターがやっていた様な騎士道に反する行為、一切なしで勝負がついた。
条件は同じ、ランサーのように単身ではなく、同じようにマスターがいた状態での戦闘。むしろ、ヨコシマの方が不利な状況での戦いだった。
凛を背にしていなければ、もっと早く勝負は決していただろう。
だからこそ、悔しい。ランサーによって受けた傷が、開く開かない、そういう状況の前に終わった。正に先ほどの戦闘は完敗といえる。
ぎしり、脳に直接熱湯を浴びせられたように、頭が熱い。これ程までに自分が不甲斐なく思えることはない。
私は、負けたのだ。英霊でも何でもない唯の男に。
――――いや、それは間違い。私は“横島忠夫”に負けたのだ。
「セイバー。少し真面目な話あるんだけど、いいか?」
「なんですか!」
ぼー、と月を眺めていたヨコシマが、突然に話しかけてきた。
それに対し、私はついきつめの言葉を返してしまう。
「い、いや。別に大した事では無いんだが、俺達と同盟組まないか?」
私の反応に腰を引かせながら、ヨコシマは、何でもないように、とんでもないことを、持ちかけてきた。
「はい?」
ここに来るまでも、ヨコシマは重要なことを、特別気にすることなく話していた。
しかし、これは流石に簡単に言いすぎだろう。そもそも、ヨコシマから同盟の話が出るなんて予想している筈も無い。
だからだろう、私は気の抜けた返事を返してしまった。
「だから、同盟を組んでくれんかと聞いたんだが」
「それは、判っています。ですが、何故同盟を組みたいと思ったのですか?貴方は、私達に勝ったではありませんか、それなのに、同盟を組もうとは、些か怪しいものがありますが……」
そう、怪しいのだ。ヨコシマ側には同盟を組むメリットが殆どない。
ヨコシマは、あのランサーと戦い尚生き残り、その実力はさっき実際に味わい、彼の力は本物と知っている。それに加えて、優秀なマスターである凛もついているのだ。
十分に、この戦争を勝利しうる力をもっている。
それなのに、敵であり、つい一時間前に出会ったばかりの、私達と同盟を組もうとは何かあるに違いないだろう。
「んー。怪しまれるのは仕方ないと思うが、話だけでも聞いてくれんか。どうせ暇だろ」
ヨコシマは、私の探るような視線を受けつつも、彼らしい軽い声で返してきた。
「…そうですね。聞かせて貰えますか」
「よし。まず、こちら側のメリットだが、戦力が増える。ぶっちゃけた話、俺は白兵戦が得意ではないからな。先のランサー戦も、場所が良かった、対魔力がセイバー程高くは無かったと、様々な幸運があったから何とかなった訳だが、次回もそう上手くいくとは限らん。だから、今度の戦闘では勝つどころか、生き延びるのも難しいと思う。初見じゃないしな。そんな俺の弱点を補えるのがこちら側のメリットだな。…ここまでで、なんか異論はあるか?」
ヨコシマは、本来隠さなければいけない筈の自分の弱点を、ぺらぺらと喋ってくる。
自分の要望を聞いて貰うためには、手札を明かし、信頼を勝ち取るこが重要になる。
その定石でいえば、ヨコシマの言動は正しい。正しいが、ここまで簡単に明かすとなると、やはり何かを隠しているのだろうか。
「いえ。続けて下さい」
「それじゃ、今度はセイバー側のメリットだが、まずはこっちと同じ戦力の増強だな。言っちゃ悪いが、お前達二人のコンビは搦め手に弱い。逆に俺と凛さんは搦め手に強い。ま、裏を返せば、俺達は正攻法に弱いってことだが」
だろ。とヨコシマは視線で問うてくる。
実に悔しいが、ヨコシマの言い分は当たっている。私の能力、そして、シロウの性格から考えれば、私達が搦め手に弱いことは明らかだ。
シロウは、とてもじゃないが、狡知に長けているとは思えない。実際、凛に相当遊ばれていたことからも、それは伺える。
私の能力は、搦め手に対抗できるようなものはない。ランサーことクーフーリンのように何らかの魔術も習得していないのだ。
それを、考慮にいれるなら、マスターであるシロウが魔術を使えない事は、酷い痛手なのだ。
「続けるぞ。二つ目に、セイバーお前の真名の流出が防げる。これは、大きいだろ、騎士王“アーサー”さん」
「――――っっ」
どくん、と心臓がヨコシマの言葉を受け跳ね回る。
何故、ヨコシマは私の真名を知っているのだ。今回、召喚されてから、一度も言葉にしてはいない筈なのに。
私の思考を読む術でも掛けたのか、いや、そんな事をされれば、対魔力でキャンセルされているはずだ。
対魔力?もしかして、あの隠密用にと渡された札に、細工がしてあったのか。しかし、それでも何かをされたら気付く筈。
…………駄目だ。魔術にそれほど詳しくない私では、答えに辿り着けそうにない。
「否定されないって事は、当たりでいいみたいだな。いやー、確信って程はなかったから、外れたときはどうしようかと、思ってたんだよ」
余裕を含んだ声色で、ヨコシマが告げてくる。
その表情は心底ほっとしたようで、本当に確信を持っていなかったようにも見える。
しかし、それがフェイクの可能性もある。やはり、ヨコシマ相手に気を抜くわけにはいかないだろう。
「何故、判ったのですか」
「企業秘密と言いたいところだが、セイバーは可愛いので、特別に教えてあげよう」
「ヨコシマ、冗談はいいですから、早く教えて頂けませんか?」
「へいへい。簡単に言うとだな、セイバーが持つ、あの隠された武装を見破ったってだけだ。あれ程の聖剣は、エクスカリバー以外にゃねえからな。まさか、かの騎士王が、女とは思わんかったが」
……冗談でしょう。
私の剣は、風の加護を受けている為に、生半可の力では見破ることは出来ないのに。事実、前回の聖杯戦争では、このような方法で剣の正体がばれたことはなかった。
やはり、あの青い眼に何か秘密があるのだろうか。
「んで、三つ目が重要なんだが、セイバー、お前の最大の懸念を無くす事が出来る。お前、衛宮から魔力供給されてないんだろ」
「――――っっ!!」
今度こそ愕然とした。
この男は本当に何者なのだ。この短時間、しかも調べた様な事はしていない筈なのに、魔力供給がされてないなんて、一体誰が判るというのだ。
仮に、私の世話役でもあった、あのメイガスなら判るかもしれない。だが、それならば、目の前のこの男は、彼ほどの実力を持っている事になるのか。
つぅー、と背筋に冷たい汗が流れる落ちる。この瞬間、ヨコシマを敵に回してはいけないと、私の直感が警鐘を鳴らした。
ヨコシマは、私の反応で確信を得たのだろう、確認を取ることなく、話を続ける。
「これは、試さんと、はっきりとは判らんが、まず間違いなく問題はないと思うぞ。いくら、セイバーとはいえ、魔力供給がない状態で、この戦いを勝ち抜けるとは、思ってねえだろ」
「……いえ、魔力供給が無い状態であれ、私達は負けるとは思いません」
それは、明らかな強がりだった。
自分でも、声が微かに強張っているのが判る。それは、ヨコシマの言を認めていることに他ならない。
そんな私の心を見透かしたのだろう。ヨコシマは、決定的な事実を突き付けてくる。
「無理だ。セイバーだって判ってんだろ。そんな事くらい。衛宮とセイバーお前達二人が勝ち抜くには、短期決戦しかない。それも、不意打ち、騙し討ち、なんでもござれの、卑怯な手を使った上でだ。だが、騎士であるお前は、そんな真似せんだろう。それに、衛宮。あいつの考えでは、間違いなく、長期決戦になる。自分からは手を出さないで、降りかかる火の粉を払う、そんな戦法なんだからな。いくら、白兵戦最強と名高いセイバーでも、魔力が尽きた状態でクーフーリンに勝てるなんて思ってないよな。…まあ、性交渉を行い魔力を貰う、もしくは、魂喰いでもすれば、この問題はなくなるけど、セイバー、お前は両方共する気はないんだろ」
「……………」
ヨコシマの追求に、私は沈黙で答えるしかなかった。
全てが彼の言う通りなのだ。魔力供給を受けていないこの身では、宝具を一回使っただけで、動けなくなる可能性がある。
そんな状態で、この戦争を勝ち抜くには、余程の幸運か奇跡でもないと難しいだろう。
それに、シロウのこともある。彼の考えははっきりいって甘い。理想を語るには、それに見合う力が必要になる。
そして、残念だが彼にはその力がない。
ヨコシマの言った、供給手段である、性交渉を行う気はない、私は女である前に騎士であり王だ。
シロウには、失礼な事ではあるが、彼とはそういう事を行う気にはなれない。
それに、もう一つの手段である、魂喰いこそ、私の理念に反する事だ。
実に悔しいが、私はヨコシマの言い分を認めざる負えなかった。
「さて、俺からの話は以上だが、肚は決まったか?」
「その前に、一つこちらから質問させて貰っていいでしょうか?」
私からの返答に、ヨコシマは少し困惑した面持ちになる。
直ぐに、色よい答えが返ってくると思っていたのだろう。私もこの疑問がなければ、彼の望む答えを返していただろうし。
しかし、これだけは、はっきりさせとかなければならない。彼は、信頼に足る男だと思う。だからこそ、これだけは確かめたい。
「何故、ヨコシマは、私達と同盟を組みたいのですか」
「へっ?。何言ってんだよ、それは今言ったろ。戦力の増強だって。…まあ、俺が楽したいってのもあるけどな」
ヨコシマは、私の問い掛けに、少し、おちゃらけた風になる。…やはり、簡単には答えてはくれませんか。
「私は、そんな上辺だけの、理由が聞きたい訳ではありません。…質問を変えましょう。何故、ヨコシマは私達にそこまで構うのですか?」
「…そりゃー、セイバーは美人なんだから、構うのは当然だろ。衛宮のことはどうでもいいけどな」
「ヨコシマ。正直な所、聖杯戦争という枠内では私は貴方に勝てる気がしません。ランサーと互角に戦ったであろう技量に加え、私を打ち破った咄嗟の判断力。そして、その眼力。貴方達が本気になれば、私達は明日にも敗北しかねません。同盟を組むメリットとして、貴方は戦力の補強といいましたが、実際には必要ないのでしょう。優秀なマスターである凛を有した貴方は、それこそ、この戦争の勝者になってもおかしくはありません。だからこそ、私達と同盟を組みたいというのが、不可解に思えてならないのです」
じっとりとした沈黙が、私とヨコシマを包み込む。
私の言葉を受けたヨコシマには、先程まで纏っていた軽い雰囲気は無くなり、反対に重圧とも取れるほどの、重たい気配を有していた。
「仮にだ。俺にさっき言った以外の思惑があったとしても、それを無視できる程の条件をセイバーには提示したつもりだ。それでも、お前は本当の理由とやらを聞かなきゃ、同盟を組む気にはならねえのか」
「絶対絶命の状況で、その選択をとるしか無いというのなら、同盟を組みましょう。ですが、今の状況においては、同盟を回避する選択を取っても、問題はありません。……先程、貴方には勝てる気はしないと言いましたが、 私は簡単に負けるつもりも、ましてや勝利を諦めるつもりは、毛頭ないのです。ですから、真意の判らない敵に背を預けるつもりはありません」
「それが、答えか」
「ええ」
ヨコシマは、私の瞳を認めると、今の発言に虚偽はないと感じとったのだろう。一度ふう、と溜息をこぼすと、天を仰いだ。
「頑固者め」
ぽつりと、顔を背けたままヨコシマは呟いた。
ヨコシマの言うことは尤もだ。あれ程の好条件を提示されて、私はそれを意地で蹴ろうとしているのだから。
「それでは、この話は無かった事に」
言って、私は反転してヨコシマから離れる。今の言葉で同盟は破棄された。これで、私たちは正式に敵なのだ。
私だけの判断でヨコシマの提案を無視し、マスターの命を危険に曝す私は、愚かと言われても文句は言えないだろう。
それ程に、ヨコシマの条件は素晴らしかった。
「馬鹿たれ。誰も話さんとは言ってないだろが」
私の背に、ヨコシマの軽い声が掛かる。
その言葉に、私は内心驚いて振り向くと、出来るだけ冷静に語りかけた。
「では、話して貰えるのですか」
「ああ、話しててやる。それと今からの話は、凛さんと衛宮には秘密だからな。…全く、面倒くさい」
ヨコシマの言葉にこくりと頷くと、言葉通り、ヨコシマは物凄く面倒くさそうな表情する。
そうして、彼は淡々と、本当の理由を口にした。
「簡単明快にいくぞ。…俺は衛宮に死んで欲しくない。俺が同盟を組みたい理由はこれだけだ」
ヨコシマの言葉には嘘はないのだろう。
表情や仕草こそ、おどけたものがあるが、今の言葉にはそういうものが一切なかった。
だからこそ、今の言葉が不思議で仕方ない。
「な、何故ですか。貴方は、シロウとは赤の他人の筈。実際、殺そうとしていたではありませんか」
「あの場で、凛さんが殺せと言っていたら、俺は衛宮を殺していたさ。俺は、衛宮に対して、恩も義理も親愛もねえからな。つうか、男にそんなもんは、わかんが」
「だったら、何故」
ヨコシマは、さっきまでのやる気のない表情から一転して、真面目な顔になる。そう、私を追い詰めた、あの顔に。
「凛ちゃんが悲しむ。このまま、聖杯戦争に参加したら、まず間違いなく衛宮は死ぬ。そうしたら凛ちゃんが悲しむんだ。だから、俺は衛宮に死んで欲しくない。………それだけだ」
ヨコシマは、一息に言い切ると、赤面し、明後日の方角を見やる。
その姿を見て、私は漸く凛が、ヨコシマを信頼するのが判った。英霊と戦える程の力を有した人間。それがどれほど危険な存在であるか、凛は判っている筈だ。
それなのに、あれほどまでに普通に接せるのは、凛の性格もあるだろうが、やはりヨコシマだからなのだろう。
だって、この男は本当にバカなのだから。
ああ、なんだか、さっきまで真面目に受け答えしていたのが、馬鹿馬鹿しくなってしまった。
「何も、笑うこたねーだろうが。そんなに可笑しいか、俺が真面目な話するのって」
気が抜けたせいか、それとも、ヨコシマの余りに幼い表情を見たせいか、私は笑っていたらしい。
「勿論です。あの煩悩に塗れた姿からは、想像もつきませんからね」
「きついな、セイバー」
その、ちょっと拗ねたような表情からは、煩悩少年とは正反対の純情な少年に見えてしまう。
彼の表情は、本当に多彩であると、思わず感嘆してしまった。
「それより、凛がシロウの死で悲しむとは本当なのですか。シロウと凛はそこまで親密な間柄には見えなかったのですが」
「ああ、凛さんと衛宮は恋人とかそういう関係じゃねえし、凛さんも衛宮にそこまで深い親愛の情はもってねえと思う」
「では、何故?」
「まあ、これは俺の勘なんだが、凛さんは衛宮には、親愛の情とか抜きで死んで欲しくない存在なんだと思う。これも、秘密にしといて欲しいんだが、凛さんは、既に一度、ランサーに殺された衛宮を助けているんだ。凛さんの落ち度ではなく、衛宮の不運の結果の死だったのにも関わらずな」
シロウが一度ランサーに殺された?
それは、何時の事だ。私が召喚されたときには、ランサーがシロウを襲っている所だった。
そして、私はランサーを追い払い、彼等に出会った。
………ちょっと、待て。何故、シロウはランサーに襲撃を受けていたのだ。
確かに、シロウはマスター候補として、令呪の兆しはあっただろう。しかし、聖杯戦争を知らない筈の、シロウを襲うにはあまりにも根拠が薄すぎる。
最初から、彼のマスターは、知っていたのだろうか、シロウがマスターになるということを。
……ふう、考えるより、目の前の男に答えを聞いた方が早いですね。
「ヨコシマ。何故シロウはランサーに、襲撃を受けていたのか、教えて頂けませんか」
「全く、さっきから何故、何故と疑問ばっかだな。…う、教えるから睨むのはやめい」
素直でよろしいですね。私の睨みを受け、ヨコシマは簡単に承諾してくれた。
尤も、彼も最初から教えるつもりだったのだろうが。
ヨコシマは、ちらりと教会の扉を見やると、一度溜息をつき、やれやれといった風に話を開始した。
「タイミングが良すぎると思わんかったか。ランサーの襲撃、セイバーの召喚、そして、俺達の登場」
「確かに、貴方達の登場はタイミングがいいとは思っていましたが」
「全部繋がってたんだよ。まず、衛宮はマスター候補者としてランサーに襲撃された訳じゃなく、目撃者として襲撃されたんだ。話はセイバー召喚の数時間前に遡るんだけど、たまたま、衛宮は学校で行われていた、俺とランサーの戦闘を見てしまったんだよ。それで、その時に衛宮は目撃者としてランサーに心臓を貫かれ殺された訳だが、凛さんが助けたんだよ。自分の切り札を使ってまでな。……多分、殺されたのが、衛宮じゃなかったら、凛さんは無視していたと思う、彼女は魔術師だからな。ああ、けど凛さんは別に冷徹って訳ではないぞ。唯、甘さを捨てれるんだよ。衛宮と違ってな。まあ、これが、凛さんが衛宮に死んで欲しくないと思わせる基因の一つなんだが。……それで俺達は一安心と家に帰った訳だが、その、うっかりしてたんだな。衛宮の記憶を弄るでもなく、ランサーに対しての策を労するでもなく帰っちまったんだから。ここから先は、言わなくても判るだろ」
「ええ。そのうっかりに気付いた凛と貴方は、シロウの安否を確認する為にシロウの家に駆けつけたが、ランサーの襲撃には僅かに間に合わなかった。そうして、外に居た所に、襲撃と勘違いした私が現れた。貴方達は、別に私達を倒そうとして来た訳ではなかったのですね」
「そういうことだ。まさか、あんなに魔力の乏しい男が、サーヴァントを召喚するなんて思っても見なかったからな。これで、大体判ってくれたか、凛さんのおせっかいともとれる、衛宮への温情。んで、俺が同盟を組みたい理由。さて、もうそろそろ、戻ってくるだろうから、さっさと答えを聞きたいんだが」
ヨコシマはちらりと、教会の扉を見やる。確かに、そろそろ戻ってきてもおかしくはないだろう。
ヨコシマの真意を聞いた時から、答えはとっくに決まっていたようなものだ。ヨコシマの思惑如何によっては、断ろうと思っていたが、その考えは杞憂ですんだ。
これ程のいい話を、不意にする訳にはいかないのだから。
マスターの思惑を無視して決めるのもどうかとは思うが、それは些細な問題だろう。
私の答えは勿論。
「同盟を組みましょう、ヨコシマ」
「うっし!それじゃ、期限は最後まで。俺達とお前達の二組になるまでだ」
「判りました。それでは、最後は正々堂々と勝負を決しましょう」
「ああ。そん時は、たとえセイバーが女の子とはいえ容赦はせんからな」
「それはこちらのセリフです。私は、唯の人であろうと、ヨコシマには容赦はしません。そう、油断した時が貴方の死ぬ時です」
「いや、英霊がひ弱な人間相手に、本気を出すのは大人気ないと思うぞ」
「何を言ってるのですか、仮にも私を倒した人間が」
「む。あれは衛宮を人質に取れたからだろうが。セイバーと白兵戦になったら、俺はきっちり負けるに決まってんだろ」
「それは当然です。貴方相手に白兵戦で敗北する事があれば、私はセイバーの名を返上しなければいけません」
「そりゃ、言えてるな」
ヨコシマは、緊張感のない声で、かんらかんらと笑う。
実に不思議な男だ。会ってまだ数時間も経っていないのに、こうも普通に話している。それも、自分を殺そうとしていた相手にも関らずに。
だが、それは、私にも当て嵌まるだろう。つい先程まで、あれほど熱かった頭は既に平常に戻っている。
その事実が可笑しくて、私もつい笑い声を漏らしてしまう。
全く、寒天の下先刻までの敵と笑い合うとは、何とも可笑しな光景だ。
ひとしきり、笑い合うとヨコシマは、少し緊張を含んだ声で、言葉を発する。
「正式に同盟を組むのは明日にしよう。多分間違いなく凛さんは、同盟を組むのに反対するから、説得しなきゃならんし、衛宮にも説明が必要だろうからな。明日、衛宮の家に行くから、そこで詳しい同盟の条件を話し合う。こっちからの提案で悪いんだが、それで納得してくれ」
ヨコシマの言うことは尤もだ。凛とは少ししか話をしていないが、彼女の人となりは掴んだつもりだ。
彼女の性格からすると、この万全ともいえる状態でありながら、敵と同盟を組もうとするなど、考えもしないだろう。
それと、シロウにしてもここまでの、怒涛ともいえる展開で、頭は一杯だろうから、冷却期間が必要だ。
「そうしてくれるなら、こちらとしても有難い。明日からよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくな」
ヨコシマは、ほっとした表情をし、教会の扉を見ると、突然に脈略のない話を振ってきた。
「セイバー。ヒーリングも対魔力で弾かれるのか?」
「そうですね。その種類にもよるでしょうが、魔術である訳ですから、弾かれる可能性はあると思いますが」
「そうか。だったら悪いんだけど、対魔力下げてくれねえか。同盟の手付け金代わりに、呪いを解いてやるから」
彼には全てお見通しらしい。
全く、本当に敵に回さないで良かった。
「何から何まで、すみません」
「気にすんな。ランサーとかが来て、戦闘になったらセイバーに頑張って貰うつもりだから。その時は、俺は後ろに隠れて、応援しかせんから、そのつもりでな」
ヨコシマは、何処から何処までが本気なのか、よく判らないセリフを吐くと、懐から三枚の札を取り出す。
「ほんじゃ、やるけどセクハラとか文句いうなよ」
「はい」
ヨコシマは、眼を青く灯らせると、三枚の札を、私の胸当てに貼り付けていく。
三角形に貼られた、それの中心は、ちょうどランサーの槍によって貫かれた場所であり、ほとほと彼の能力には呆れる他無い。
札を貼り終えると、ヨコシマは三角形の中心に右手を当て、呪を唱え始める。
「解呪。火尅金の理もって金気を打ち破りたまえ、急々如律令」
ヨコシマの呪に従い、三枚の札が、赤く発光し始め、ついには札自体が燃え始める。
「解!!」
一際強いヨコシマの最後の呪を受け、札は、最後にぼっ、と音を立てて燃え尽きた。札は灰となり、地面に落ちると、さらさらと消えてしまった様だ。
じわじわとだが、ランサーの槍にやられた所が治っていくのが判る。
この調子でいけば、五分もしない内に、完治することだろう。
しかし、仮にも、宝具で受けた呪いを解くとは、改めて、彼の実力の程が判った。
「本当に素晴らしい腕をしていますね」
ヨコシマは、私の賞賛を受けると、軽く照れた様な表情になる。
「褒めてもらえるのは嬉しいが。今回は偶然の産物だ。偶々、ランサーの呪いが心臓に関係し、尚且つ、金行の属性をもったモノによる呪いだったから、これだけ簡単に出来た訳だ。だから、毎回これだけのモノを期待はしないでくれ」
「それでもです。賞賛は素直に受け取るべきと思いますよ」
うっとヨコシマは、顔を背けると、三度教会の扉に視線を送る。
いい、タイミングだったようだ。そこには、扉を開けて出てくる、シロウと凛の姿があった。
その、姿を確認すると、ヨコシマは疲れたような声を出す。
「はぁー。凛さんの説得って、どうすりゃいいんだよ」
ヨコシマは、額に手を当て、心底悩んでいる様子を見せる。
この姿を見ると、さっきの自信を持って術を使った男とは到底思えない。全く、頼りになるのか頼りにならないのか。
「自分が言い出した事なのですから、文句言わないで下さい」
「文句とちゃう、これは愚痴っていうんじゃ」
「この場合どっちも一緒です」
私の痛烈な一言を受けると、ヨコシマはじとー、と恨みがましい目で、睨んでくる。
「…薄情者」
「どうぞ勝手に言って下さい。私達はまだ敵なのですし」
ぐっと、ヨコシマは言葉を詰まらせると、早まったか、と失礼な事を言いながら、凛に近寄っていく。
さて、私も自分のマスターの所にいくとしましょうか。
あとがき
会話、会話、会話。怒涛の会話構成の回でした。
今回、横島君が言っていた、セイバーの魔力供給についてですが、全てを霊眼で見破った訳ではなく、士郎の令呪を調べた際に、偶々、棚ぼた的に判ったのです。勿論、霊眼も関係ありますが。
会話ばかりの話でしたが、楽しんで頂けたら幸いです。
おまけ
「さらばだ、衛宮士郎〜その身は既にマスターなのだからな」
「――――っ」
「そういえば凛。その眼鏡は何のつもりだ」
「――――っ!何でもないわよ!!」
会話構成話でしたので、会話だけのおまけでした。
なまけもの様
誤字指摘どうもです。
ロリコンについてですが、十七の時ならぎりぎりOKでしたが、もう二十歳前なので、多少年齢制限が上がったみたいです。
スキル、まだありますとも。
果物様
目指せ天下一の守銭奴。君はその素質を持っている。
……冗談です。いい意味で多分追いつきます。
バーサーカー戦は次回です。
シヴァやん様
横島君の式神は簡易ではなく、契約を交わしたものです。ですから、物質を用いた、式神召喚術の方が意味合い的には近いです。
HEY2様
誤字指摘すみません。
セイバーについては両方ですね。それと、士郎がまだ甘い事を言っていませんので、感情の齟齬がないことも、要因の一つだと思います。
次回、vsイリヤ、横島魂の咆哮はあります。
渋様
横島君は“漢”ですから。
変体神父は丸ごとカットしました。教会での会話は、ほぼ同じものになりますし。
イリヤとの掛け合いは次回で。
とり様
横島君は女性がいないと、力が激減します。女性あっての横島君です。
彼は、未だにロリをきっちり否定しています。世間からどんな目で見られていようとも。
口説き文句?は次回です。
ryo様
どうもありがとうございます。
会話構成でしたが、どうだったでしょうか。
樹海様
横島君の霊能は今はマスターである、彼女からの魔力で発現させています。ですから、対魔力は魔力を含んだ攻撃をキャンセルすると解釈しているので、霊能も同じようにキャンセルされます。
教会での会話どうだったでしょうか。
fool様
ありがとうございます。
藤村さんはともかく、(一応、一般人ですしね)ライダーについては、直球ど真ん中でしょうね。横島君にしたら。
T城様
どうもです。
コンビネーションは着々と磨かれてます。…多分。
どうも、ここまで読んで頂き本当にありがとうございました。
それでは、九十九でした。