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「6 years later -Case Fate-(リリカルなのはA's)」

Rebel (2006-01-30 03:15)
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※いろいろとネタばれ有りですが、許容できる方はどうぞ。


 朧気に記憶にだけ残っていた、優しい母の穏やかな微笑み。
 その微笑みが、自分に向けられる事だけを望んだ幼い心。
 何事にも控え目な彼女は、それだけ有れば心が満たされただろう。

 けれど、どんなに与えられた課題をこなしても、返るのは冷たい拒絶。
 魔法の力を望まれたのに、力を付ければ付ける程、心の距離は遠ざかった。
 決して彼女のせいではない、けれど悲しいまでの矛盾。

 そんな彼女を庇い包んでくれたのは、母の使い魔の少女リニス。
 彼女に戦う術を教授するために生み出されたリニスだけが、唯一の救いだった。
 リニスは魔法を教える時は厳しかったが、普段は本当に優しくて。
 瀕死の狼の仔を使い魔にして助けられたのも、リニスのおかげだった。
 そんなリニスも、彼女の傍から永遠に失われてしまったけれど。
 彼女の手には、リニスが作り上げた魔導の杖、バルディッシュが遺された。

 それから、彼女の孤独な戦いが始まる事となる。
 どれほど虐げられても、どれほど絶望しても、諦め切れなかった母娘の絆。
 常に傍にいてくれたアルフの諫言も、彼女の耳には酷く遠くて。
 母の望みであるジュエル・シードの収集の際に出会った少女の言葉も届かず。
 ただただ、当ての無い希望に縋り、戦い続ける事を選んだのだった。
 やがて、手酷く裏切られる日が来る事など、思いも寄らずに。

 そんな彼女を救ったのは、戦いの最中に出会った高町なのはの言葉だった。
 何度戦っても、どんなに傷付けられても、絶対に諦めずに向き合ってくれた少女の。

「私達はまだ、始まってもいない――」

 いつかきっと得られると信じ、大事に思った母との絆は、まやかしでしかなかった。
 けれど、まだ死んでしまった訳ではない。
 戦うための牙も、まだ折れてはいない。 
 だから、諦めずに立ち上がれたのなら、新しい自分を始められるのではないか。
 そう思えたのは、何度も拒絶されながらも、なのはが決して諦めなかったから。
 いつでも、真摯な想いを伝えようと必死でいてくれたから。

 最後まで母はフェイトを見ようとはしてくれなかったけれど。
 それ以上の大事な絆を、彼女は手に入れる事ができたのだ。

 だからこそ、彼女――フェイトは未来を望む事ができた。
 自分や母の様に、大きな力に惹かれ、悲しい運命を辿る人を無くしたい。
 新しい絆をつなごうとしてくれているリンディやクロノを助けたい、と。


 ある冬の日の朝、とあるマンションの一室。
 朝食を終え、通学の準備も終えたフェイトは、リビングで仔犬フォームのアルフに構っていた。
 やや栄養失調気味で痩せぎすだった彼女の体も、年相応の娘らしく成長を遂げている。
 ツイン・テールにまとめていた長い髪も、今は毛先の辺りをリボンで一つにしていた。

 台所では、彼女の義母になったリンディが、小さな弁当箱におかずを詰めている。
 朝食や弁当の仕度は、リンディはフェイトを手伝わせようとしない。
 ここに一緒に住み始めてから、いつの間にかそうなっていた。
 最初は心苦しく感じていたフェイトだが、遠慮しないでと言われれば従うしかなかった。

 この部屋には現在、フェイトとリンディ、使い魔のアルフの三人で住んでいる。
 フェイトの義兄であるクロノの部屋も用意されているが、使われるのは稀だった。

 闇の書の事件が終結した後、リンディは艦長としての職を退き、本局勤めになっていた。
 だが、実際に登庁する事は少なく、ほとんど自宅で仕事をする形となっている。
 名目上は、フェイトと共に、海鳴市に住む八神はやてや守護騎士達の保護監察を行なう事。
 だが、はやてが良い子なのは知っているし、騎士達が問題を起こすとも考えていない。
 実際は、養女となったフェイトを、友人達の傍にいさせてやりたいためであった。

 幸薄い幼少期を過ごしていたフェイトを気遣っての措置なのだが。
 部下のエイミィに言わせれば、リンディの優しさ。
 実子のクロノに言わせれば、単なる親馬鹿と言う事になる。

 フェイトも執務官として働いてはいるが、中学校に学生としても通っていた。
 本人としてはすぐにでも働きたかったのだが、義母と義兄に止められたのである。
 せめて、なのはが義務教育を終えるまでは一緒に学校へ通うべきだと。

「フェイトさん、はい、お弁当」
「ありがとうございます、母さん」

 いつもの様に、リンディが小さな弁当箱を渡すと、フェイトははにかむように微笑んだ。
 あまりの可愛さに抱き締めたくなる衝動を抑え、リンディは学校へ向かう娘を送り出す。

 幼い頃から大人びていたクロノは、フェイトの様な反応は期待しても無駄だった。
 良かれと思って付けた魔法と格闘の師匠に散々いじられ、益々性格が硬くなったせいもある。
 母子としてより、上司と部下として接している時間が長かった事も要因の一つだろうが。
 それでも、家でくらいは普通の母子の様に暮らしたいと常々リンディは思っていたのだ。

 その点、養女として引き取ったフェイトは、リンディの期待に充分以上に応えてくれた。
 対外的にはクロノと似たタイプだが、親しい人には優しく柔らかな態度を崩さないのだ。
 遠慮がちな性格は治ったとは言い難いが、それでも少しは甘えてくれる様になっている。

「ああ……女の子って良いわね。本当に、あの娘を引き取って良かった」
「毎日毎日、良くもまあ飽きないもんだよね……」

 先程のフェイトの微笑みを思い浮かべ、うっとりとトリップするリンディ。
 そんな彼女に、聞こえないと知りつつも子犬モードのアルフは突っ込みを入れる。
 案の定、しばらくの間、リンディは立ったまま桃源郷を漂っていたのだった。


 外へ出ると、空は青く晴れ、気温も冬にしては比較的暖かかった。
 吐く息の白さも気にせず、フェイトは胸に大きく空気を吸い込んで吐き出す。
 そして、マンションのエントランスの階段を降りた所で足を速めた。
 やや小走りに、まだ人通りの少ない通学路を駆けて行くフェイト。

 彼女の通っているのは、なのはと同じ私立聖祥大学付属中学校だ。
 始業までには充分に時間が有るし、急ぐ必要は全くない。
 なのに走っているのには、理由が有る。
 通学路で最初に合流する友人の少女、八神はやてを待たせたくないためだった。

「あ、フェイトちゃ〜ん!」
「はやて!」

 待ち合わせの場所で、栗色の短い髪の少女――はやてが、手を振っていた。
 傍に駆け寄ってはやてと挨拶を交わし、並んでゆっくりと歩き出す。
 かつては車椅子での生活を余儀なくされたはやても、現在は普通に歩く事ができる。
 それどころか、時空管理局でフェイトの後輩として働いてもいた。
 学校に通っている時間は、フェイト共々普通の少女として振舞ってはいるが。

 楽しげに昨夜のテレビについて話すはやてに相槌を打ちながら、歩みを進めるフェイト。
 あまり口数の多くないフェイトは、大抵聞き役に回る事が多い。
 対するはやては、五人所帯の長だけあり、自分が話す事も他人の話を聞く事も上手である。
 そのため、フェイトと一緒にいる時は、彼女がリードする事が多いのだった。

 やがて、横断歩道を渡った辺りで、二人は友人である三人の少女と合流した。
 栗色の髪を頭の左側で一つにまとめているのが、高町なのは。
 フェイトより淡い色合いの金髪をショートにしているのが、アリサ・バニングス。
 ウェーブのかかった長い黒髪をストレートに降ろしているのが、月村すずか。
 小学三年生の頃からすっと付き合い続けている大事な友人達。
 彼女達と一緒に学校へ行くのが、朝の通学におけるフェイトの日常だった。

「ねえねえ、昨日のあのドラマ見た?」
「見た見た。格好良かったよね♪」
「え〜? 何か面白いドラマやってたっけ?」

 アリサが話を振り、すずかがそれに応え、他の三人の誰かが話をつないでいく。
 自然に割り振られた、五人の会話の基本である。
 そこには、普通ではない世界に身を置いたなのは達への、アリサとすずかの気遣いが有った。
 地球以外の時空で働く三人は、必然的に世事に疎くなる。
 それを、アリサとすずかがおしゃべりと言う形で情報提供しているのだ。

 冬の凍える寒さも、その場では和らいでいるかの様に。
 くるくると忙しなく表情を変えながら、途切れる事無くおしゃべりしている友人達。
 積極的におしゃべりには参加していないが、フェイトも楽しそうに歩いている。
 本当に他愛のない、いつもの友人達の様子に、彼女は不意に笑みを零した。

「ふふっ……」
「どうしたの、フェイトちゃん?」

 そんな彼女に、隣を歩いていたなのはが可愛らしく首を傾げる。
 一番大事な親友の仕草を微笑ましく思いながら、フェイトは言葉を紡いだ。

「私、今とっても幸せなんだなって……」
「……そうだね。でも、これからもっと幸せにならなくちゃ!」

 フェイトの表情を見れば、その言葉が本心だと誰でも解るだろう。
 その微笑みに釣られた様に、なのはもとびきりの笑顔で応えたのであった。


 学校も昼休みの時間に入り、五人は校舎の屋上でベンチに座って弁当を広げていた。
 天気の良い日は、例え冬の寒い日であろうと続けている習慣である。
 それぞれの膝の上で広げられた中身は全部、甲乙着け難い程の立派なもの。

 もちろん、材料や味で言うなら、お嬢様であるアリサやすずかの弁当に軍配が上がるだろう。
 だが、この中で唯一自分で作っているはやての弁当も、充分に美味しそうではあったのである。

「そういえば、フェイトってさ……」
「なに、アリサちゃん?」

 各自、忙しなくおしゃべりしながら弁当に舌鼓を打っていると。
 何かを思い付いた様に小さく箸を振り回したアリサに、すずかが小首を傾げて問いかけた。

「うん。聞くの忘れてたけど、愛しのお義兄様と、あれから何か進展が有ったのかなって」
「……ししし、進展だなんて……別に、兄さんと私はそんなんじゃ」
「駄目だって。そんな顔で言っても説得力ないわよ?」

 飛び出した言葉に、箸を口元に運ぼうとした状態で固まったフェイトが、桜色に頬を染める。
 そのまま俯き、それでも幸せそうなフェイトを、悪戯っぽく笑ったアリサが箸で指し示した。

 リンディの義理の娘となったフェイトは、義兄のクロノの事を「兄さん」と呼んでいる。
 最初は「お兄ちゃん」と言っていたが、そう呼ぶとクロノが挙動不審に陥るためである。
 それに付いてリンディに相談しても、笑ってはぐらかされてしまい。
 今でも彼女は、クロノが何故おかしくなったのか、詳しい理由を知らなかった。

「お行儀悪いよ、アリサちゃん」
「アリサちゃん、フェイトちゃん真面目なんだから、からかうの止めようよ」
「せやな、そう言うのはあまり感心せんよ、アリサちゃん」

 更に頬の赤みを増してしまったフェイトを見て、すずかとアリサとはやてが窘めに入る。

 恋愛に対して晩生なフェイトが、義兄に仄かな想いを寄せているのは、この場の全員が知る所だ。
 その事に付いては、肝心のクロノがどう思っているのかは定かではないのだが。
 実母のリンディさえも乗り気な現状からすれば、陥落するのは時間の問題かもしれない。

「で、そこの所どうなってるのかなぁ?」
「う……そ、それは……」

 制止の言葉も丁重に無視して、アリサは小悪魔めいた笑みでフェイトに迫る。
 どう切り替えして良いのか解らなくなってしまったフェイト。
 そんな彼女に、期せずして救いの手が差し伸べられた。
 彼女の制服の上着のポケットに入った携帯電話が、軽快な音楽を奏で始めたのだ。

 とりあえず直前の出来事を頭から追い出し、フェイトは弁当箱を脇に置く。
 仕事の話かもしれないため、アリサも大人しく引き下がり、箸を動かし始めている。
 フェイトが携帯電話を取り出して画面を確認すると、かけて来たのはリンディだった。

「……はい。はい……解りました。一時間後にですね?」
「誰からだったの? フェイトちゃん」

 短い問答で携帯電話を切ったフェイトに、心配そうになのはが尋ねる。
 安心させる様に微笑みを向け、フェイトは話の内容を簡潔に告げた。


「うん、母さんから……管理局の方で、出動要請が入ったんだって」
「私やはやてちゃんは行かなくても大丈夫?」
「今回は、私一人での単独任務みたいだから。
 もちろん、アルフは一緒に連れて行くけど」
「そうなんだ」

 二人の会話を息を呑んで見守っていたはやて達が、ほっと安堵の息を吐く。
 なのは、フェイト、はやての三人は、学生をしている傍ら、時空管理局で魔導師として働いている。
 だが、日本での義務教育期間中は、なのは達は学業を優先する様に配慮がなされているのだ。
 そのため、通常は彼女達の誰か一人と、武装局員数名と言うシフトで任務に当たる事が多い。
 余程の大事件でもない限り、平日に二人以上で仕事に呼ばれる事など滅多に無いのである。
 つまり、単独での出動という事は、それほど危険性の高くない任務という事だった。

「昼休みが終わったら、一旦家に帰ってから任務に向かう事になると思う」
「解った。午後の授業のノートは取っておくから安心しなさい」

 皆まで言わせず、胸を叩いたアリサは、この後の事を請け負った。

「ありがとう、アリサ。頼りにしてるから」
「任せて。この上もなく綺麗にまとめといてあげるわよ」

 ふっと微笑んだフェイトに、少し照れながらもアリサは微笑みを返した。

 時空管理局巡航艦アースラの艦橋。
 フェイトの到着待ちだった艦長のクロノは、背後のドアが開いた音に振り返った。

「来たか、フェイト」
「はい、艦長」

 厳しい表情の中に若干の笑みを浮かべたクロノに、フェイトも似た表情で頷く。
 彼女がすぐ傍に来るのを待って、クロノは口を開いた。

「来てすぐで悪いが、仕事の話に入らせてもらうよ。
 最近になって、頻繁に時空震を起こしている世界が有って調査を進めていたんだが。
 その世界で、かなり高位のロストロギアが発見されたんだ。
 君には、これから指定する場所に赴いて、ロストロギアの封印を行なって欲しい。
 ……エイミィ、スクリーンに詳細を表示してくれ」

 無理しなくて良いのにという風情で見上げてきていた女性に、クロノは指示を飛ばす。
 どこか猫科の動物を思わせる人懐っこい雰囲気を持つその女性の名は、エイミィ・リミエッタ。
 クロノの直属の部下で管制司令の地位にあるが、フェイト達とは友人として親しく付き合っている。

 あくまで艦長として振る舞うクロノに、一瞬だけ何か言いたげな視線を向けた後。
 軽くフェイトに向かって肩を竦めつつ、エイミィはスクリーンに向き直りコンソールを操り始めた。

「目標のロストロギアの規模は、第二級に相当しています。
 発現形態としては、ジュエル・シードと同じく融合・強化タイプ。
 文化レベル・ゼロ、森林に覆われた惑星にて、二時間前より活動を開始。
 現住生物を取り込みながら、無作為に海中を移動しています。
 現在、武装局員による位相変異の広域結界を展開中。
 周囲への影響は可能な限り抑えている状態ですが、早期の対処が必要です。
 フェイト執務官は、三番転送ポートより現地に向かい、ロストロギアの封印をお願いします」
「了解しました」

 有能な局員として流れる様に説明を進めるエイミィに、真剣な表情でフェイトは答える。
 ここに来る前に既に戦闘準備は済ませているため、後は出動するだけだった。

「……フェイト、目標はまだ半覚醒状態とは言え、決して無害な訳じゃない。
 厳重に注意して事に当たってくれ。
 くれぐれも怪我だけはしないように」
「はい、承知しています」

 踵を返して艦橋から出ようとするフェイトの背中に、平坦な口調でクロノが声をかけ。
 無愛想で事務的な言葉の裏に自分への心配を汲み取ったフェイトは、小さく微笑んだ。


 転送ポートから現地に到着したフェイトとアルフを、武装局員の一人が出迎えた。

 二人は既に、魔法による防御服――バリア・ジャケットを身にまとっている。
 フェイトの姿は、黒い衣装にマントを羽織ったものだ。
 昔と違うのは、硬い胸当てが付き、スカートの丈がやや長くなっている点である。
 流石に、女性らしくなった体に、あの格好は問題が有り過ぎたのだろう。
 主に、彼女ではなく周囲の男性にとって、では有るが。

 アルフの方は、六年前で既にプロポーションは完成されていたので、以前のまま。
 臍の見えるタンクトップに、ホットパンツという格好だった。

「それでは、お願いします、フェイト執務官!」
「はい。何が起きるか解りませんから、注意は怠らないで下さい」
「はっ!」

 簡潔に経緯を聞いた後、フェイトは人間形態のアルフを伴い、空へと飛翔する。
 局員の張った結界を潜り抜け、目標のいる海域へと移動する二人。

 やがて、眼下の海上に、白い波を立てて移動している何かを見つける。
 目標のロストロギアは、海洋生物に取り憑き、その威容を誇示するかの様に存在していた。

「うわ〜、でっかいねぇ。地球の鯨くらいはあるのかね、アレ?」
「そうだね、それくらいかな?」

 ちょうど海面まで上がって来た目標を見て、二人は感嘆の声を上げる。
 白く滑らかな体表面は、その姿も相俟って、元は哺乳類である事が推測できた。
 そして、その巨体は、少なく見積もっても三十メートルは有るだろう。

「大人しく回収させてくれると助かるんだけど……」
「……アルフは捕縛結界を用意しておいて。
 その間に、私が目標の封印を始めるから」

 ロストロギアの回収に赴いた以上、感心してばかりもいられない。
 目標の生物の威容を目を細めつつ見やるアルフに、フェイトが指示を与える。

「ん。解った」

 真剣な表情に戻ったアルフが頷き、フェイトが魔力を高め始めたその時。
 二人が思いもかけない異変が始まった。

 目標の周辺を泳いでいた魚らしき生物数十体が、空中に躍り上がったのである。

「フェイト!」
「……ッ!?」
『Protection』

 アルフの叫びと、フェイトが彼女を庇う様に前に出たのは、どちらが先だっただろうか。
 フェイトの意識に反応して、彼女の杖であるバルディッシュが防御結界を展開する。
 わずかに遅れて、魔力光を帯びて突撃してきた魚達が、結界の前に体を四散させて行った。

「アルフ、一旦上空へ!」
「了解!」

 更に上空へと体を運び、“彼ら”の射程距離から逃れる二人。
 集団自殺としか思えない行動を取る魚達に、フェイトはめずらしく眉をひそめる。
 この行為が、“彼ら”の意思とは、彼女には思えなかったためだ。
 生物であるならば、自己保存は本能として持っていなければならないのだから。
 弱い相手を強制的に従わせるロストロギアの力に、フェイトは不快感を禁じ得なかった。

 どうやら、あの攻撃は、一定の領域内の魔力に反応して自動的に行なわれるらしい。
 フェイトとアルフが離れた途端、目標は何事もなかったかの様に移動を再開していた。

「どうする、フェイト?」
「……とりあえず、攻撃してみて、どう反応するか確認しよう」

 その様子を眺めながら目配せして来たアルフにそう提案し、フェイトはバルディッシュを振るった。


 フェイトの前面に、環状魔法陣の一種――スフィアと呼ばれているものが五つ形成される。

「プラズマ・ランサー!」
『Plasma Lancer, Fire』

 フェイトの詠唱と同時にスフィアに形成された魔力の矢が、次々に弾け飛んで行く。
 発動の形態はなのはのアクセル・シューターに近いが、この魔法の軌道は直線的なものだった。
 細かいコントロールが効かない分、速度と威力を上げているためである。

 だが、空気を切り裂いて進むプラズマ・ランサーが、目標の一定距離まで近付いた所で。
 その進路を塞ぐ様に魔力による防御壁が現れ、ことごとく威力を殺されてしまった。

「くっ……!」

 ある意味予想していた事態に、バルディッシュの排熱処理を行ないながら悔しがるフェイト。

「思ってたより結構頑丈だ、フェイト!
 となると、ファランクス・シフトを使うか、ザンバー・フォームで行くか……」
「ううん。どっちも使わないよ、アルフ。要は懐に潜り込めば良いんだから」

 表情を険しくして唇をかむアルフの言葉に、フェイトは首を振って視線を下に移す。
 彼女の場合、機動力を生かした近接戦闘が主体で、一撃の威力は二の次である。

 その弱点を補うための魔法が、プラズマ・ランサーのファランクス・シフト。
 一度に三十個以上のスフィアを形成し、個別に毎秒七発の攻撃を四秒間行なうというもの。
 それにより、合計千発近くの魔力弾を一斉に相手に撃ち込む事になる。
 だがこれは、使用後にほとんど余力が残らないため、最後の切り札としてしか使えない。

 また、ザンバー・フォームとは、バルディッシュのフルドライブ・モードの事である。
 フレームの破損を防ぐためのリミッターを解除する事で、大威力の攻撃魔法を使用可能とする。
 これもまた、余程の事態でなければ使う事のない切り札的なものだった。
 それに、ザンバー・フォームを使うまでもないと、フェイトは肌で感じ取っていたのだ。

 そう、あんな相手に、切り札を使わなければ勝てないなんて有り得ない。
 かつて、母の人形でしかなかった自分を越えるためにも。
 自らの足で歩む事を望んでくれた人達に報いるためにも。
 そんな決意を胸にして、フェイトは大きく息を吸い、静かに体勢を整えた。

 先程までの真剣な態度に何かが加わった様な気がして、アルフは戸惑う。
 そこへ、フェイトの押し殺した様な声が聞こえて来る。

「手早く封印するよ。アルフは、私の進路に合わせてバインドを」
「あ、ああ……」

 精神リンクを通じて進路を伝えたフェイトは、足元に魔法陣を展開する。
 そして、バルディッシュを一振りして短く叫んだ。

「バルディッシュ、カートリッジ・ロード!」
『Sir. Load Cartridge. Haken Form』

 闇の書事件の際、守護騎士に対抗するためにバルディッシュに増設されたカートリッジ・システム。
 それは、魔力の篭った弾丸を消費する事により、魔法の威力を上げる効果がある。
 ミッドチルダの魔導師では、フェイトとなのはしか使いこなせていない扱いの困難な代物だったが。

 フェイトの意思を受け、バルディッシュの本体下部のコッキング・カバーがスライドして開く。
 続いて、リボルバーが回転してカートリッジを装填。
 再びコッキング・カバーが閉じると同時に、カートリッジを爆発させる。
 それにより魔力をチャージしたバルディッシュは、光の鎌の形状に変化した。

「行くよ、アルフ、バルディッシュ」

 アルフとバルディッシュの返事を待たずに、フェイトは弾かれた矢の様に飛び出す。
 これからの段取りについては、完全に“二人”を信頼しているが故の行動だった。


 目標に向けて飛翔するフェイトに、弾丸と化した魚達が襲い掛かって来る。
 だが、それらは次々にアルフの捕縛結界に囚われ、そのまま海へと落ちて行った。
 それを潜り抜けたものもフェイトは危なげなく避け、速度を更に上げて行く。
 さして時間がかかる事もなく、目標の至近へと辿り着いた。

「……ッ!!」

 何かを感じて鋭く息を呑むフェイトの眼前に、白い魔力の光が煌く。
 自らを狩りに来た敵を阻まんとしたのか、魔法障壁が立ち塞がったのだ。
 だがそれは、その行動を予測していたフェイトには、全く意味を為さなかった。

「貫け――――ッ!」
『Haken Slash』

 飛翔の勢いはそのままに、横薙ぎに振るわれるバルディッシュ。
 直後に発動したのは、魔法防御を貫く特性を持ったハーケン・スラッシュだった。
 光の鎌は易々と魔法障壁を打ち砕き、それは硝子の割れる様な音と共に消失する。

「カートリッジ・ロード!」

 次の瞬間、フェイトはもう一発カートリッジを消費して光の鎌を補強。
 そして、バルディッシュを目標の魔力の中心へと深々と突き立てた。

「よっしゃあっ!」

 ここまで来れば、戦闘はほとんど終わったも同然。
 アルフの上げた歓声を背に、大きなダメージを受けた目標の魔力の中核を切り離し。
 すかさず、中空へ浮き出たそれへ、フェイトはバルディッシュの先端を差し伸べる。

「封印!」
『Sealing』

 周囲を塗り潰す眩い光が収まった時、ロストロギアの封印は成功していた。
 そして、その影響から逃れた現住生物は、何事もなかったかの様に悠々と泳ぎ去る。
 それを、バルディッシュの廃熱を行ないつつ眺めてから、フェイトはふわりと浮き上がった。

「お疲れ、フェイト」
「うん。アルフもお疲れ様。バルディッシュもね」
『A natural thing was done, Sir』

 満面の笑みで出迎えるアルフにゆっくりと近付き、フェイトは微笑みを返した。
 アルフはもちろん、彼女に労われたバルディッシュも、心なしか嬉しそうである。
 軽く一呼吸した後、フェイトはバルディッシュをスタンバイ・モードに戻し、

「兄さんも心配してるだろうから、早く帰ろう。
 事後処理も、武装局員の人達がやってくれるって言ってたし」
「そうだねえ。クロノも、何だかんだ言って結構過保護だから」

 いつもの穏やかさを取り戻したフェイトの言葉に、アルフは腕を組んで頻りに頷いた。
 本人は隠しているつもりだろうが、親しい人間からすれば、クロノの態度はかなり解り易いのだ。
 その感想にくすりと微笑み、フェイトは設置された転送ポートの方角へ飛んで行く。

「あ、待ってよ、フェイト!」
「急がないと置いてくよ、アルフ」

 慌てて付いてくるアルフにそう言うと、どこか楽しげに速度を上げるフェイト。
 その脳裏には、自分を不器用に褒めた後、頭を撫でてくれるだろう兄の顔が浮かんでいた。

 騒がしい闖入者達の去った海に、穏やかな風と波の音が響いて行く――


後書き

 こんばんは、Rebelです。
 GS美神主体のサイトで、なのはのSSが全くない所への投稿だったので戦々恐々としてたのですが。
 とりあえず、出て行けと言われなかったのでほっとしてます(笑)
 考えてみれば、Arcadiaとかなら問題なかったのでしょうけど。
 ここで始めたからには、最後まで投稿させて頂きますね。

 それではレス返しです。


>セラトさん。
 初感想ありがとうございます。
 タイトルで想像付いたかと思いますが、この話はシリーズものです。
 一応、今回のフェイト編の後、はやて、ユーノ、クロノで全5話ですね。
 原型に当たる話を完結後、大幅に加筆して投稿してるので、あまり間は空かないかと。

>博仏さん
 感想ありがとうございます。
 主要キャラの成長した姿を書くのが、このシリーズのコンセプトでした。
 まあ、どんな形でも成長は成長ですよね(笑)

>ルージュさん
 感想ありがとうございます。
 ユーノ君は穴倉(無限書庫)に引き篭もりで、あまりなのはに会えてません(笑)
 その辺りの事情は、ユーノ編で触れます。

>renさん
 感想ありがとうございます。
 このシリーズでは、残念ですが主要キャラ同士のガチンコ対決は有りません。
 別の話を書く事が有れば、その時にでも。

>黒アリスさん
 感想&誤字等の指摘、ありがとうございます。
 指摘して頂いた箇所は、今回の投稿に合わせて修正させて頂きました。
 また、公式設定では、フェイトとはやての技名に「ブレイカー」は付かない様です。

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