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「6 years later -Case Nanoha-(リリカルなのはA's)」

Rebel (2006-01-27 05:44/2006-01-30 03:13)
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※いろいろとネタばれ有りですが、許容できる方はどうぞ。


 それなりに平凡な小学三年生だったはずの高町なのは。
 友人に恵まれたせいか、父親の怪我のために孤独な幼年期を送ったせいか。
 実際の年齢よりも、割と大人びた所のある普通の少女として生きていた。
 家族の中で小さな疎外感を感じ、自分の将来に展望を見出せてはいない。
 そんな小市民的な悩みを抱き、人並の日常を何となく過ごしていた。

 それが、非日常とも言える生活を送る様になったのは、ある出会いから。
 ある日、誰かの呼ぶ声を聞き咎め、見付けた怪我を負ったフェレット。
 そのフェレット――ユーノの願いに応え、自覚した魔法の力。
 今ではもう、半身以上の存在となった魔導の杖、レイジング・ハートとの出会い。

 レイジング・ハートにより導かれた魔法の力で、彼女は戦い続けた。
 最初は、困っているユーノを助けるため、自分にできる事ならばと思い。
 次に、戦いの最中出会った少女――フェイトと心を通わせたいと願い。
 そして、否応なく巻き込まれた闇の書を巡る戦いを終わらせるために。

 そんな彼女の戦いの中に、絶対悪など存在してはいなかった。
 正義が悪を倒し、めでたしめでたしとなる程、世界は単純ではなかった。
 誰もがより良き未来を願い、心を殺して戦う事を選び――
 戦いを終わらせる事ができても、それでも悲しみは残された。

 だからこそ、自分の魔法を正しい事に使って行きたいと、彼女は願ったのである。
 その魔法の力で、少しでも多く、悲しむ人々を助けられるのなら、と。
 それが、自分が魔法の力を持っている意味なのだろうと信じて。

 雪の降る聖夜に、親友と交わした幼き誓い。
 あれから六年の月日が流れた。
 幾つもの出会いや別れが有り、何度か大きな事件にも遭遇した。
 一学生として過ごす中で、民間協力者としてなのはは戦う事を選んだ。
 正式に管理局に勤めるために、コツコツと勉強を続けながら。
 そして、ユーノやフェイト達の助けも有り、なのはは夢の階を掴む事ができた。

 彼女の今の肩書きは、時空管理局武装隊戦技教導官兼捜査官。
 どちらにおいても、優秀な成績を残している逸材なのである。

 そんな彼女の、ある日の仕事振りを覗いてみようと思う。


 時空管理局とは、ミッドチルダを筆頭とした複数の世界が協力運営している組織である。
 簡単に言えば、多数の次元世界を管理する、司法と警察を併せた様なものであった。
 主な仕事は、魔法災害からの人命救助や各世界の文化管理。
 特に、滅んだ世界の古代魔法遺物――ロストロギアの対処には、最優先で当たっている。

 そんな時空管理局だが、毎年数十人の新規採用を行なっている。
 基本的に、ロストロギアの対処の過程においては、戦闘に至るケースがまま有った。
 それは、自動防御機構の排除や、事件の鍵を握る人物の抵抗によるものだったりする。
 そのため、それらの戦闘で大きな怪我を負い、辞めて行く職員も多いためだ。

 また、新規に入局した者から武装局員として配属されるのは、十数人程度。
 魔力の容量に付いては、生まれついての素養によるものが大きい。
 魔導師としてのランクは、魔力の最大出力値とその運用技術等を含めた能力で決まる。
 そして、そのランクは、SSS、SS、S、AAA、AA、A、B、C、D、E、Fの十一段階。

 AAA級以上の魔導師は、時空管理局内でさえ職員全体の五%以下しかいないのだ。
 その上、有力な魔導師の半数以上は管理職に就いているという実情もある。
 有る程度は訓練で伸ばせるとは言え、誰もが一線で戦える訳ではなく。
 新人の獲得と育成は、管理局では深刻な問題の一つであった。

 その上、戦技教導官となるためには、繊細な魔法制御の技術も要求される。
 単純に戦闘能力が高ければ良いと言う訳でもないのだ。
 加えて資格試験の合格が狭き門でもあるため、人手不足は結構切実であった。

 その点、オーソドックスな戦い方をするなのはは、教導官としては最適なのである。
 扱える魔力の大きさを除けば、という注釈は付くのだが。
 砲撃に特化し過ぎていた戦闘スタイルも、この六年の地道な努力でかなり矯正された。
 使い魔を持たない彼女は、単独でも戦える技能が必須だったためである。

 この日、今年入局した十三名の新米魔導師達は、無闇に広い訓練室に集められていた。
 彼らの男女の内訳は、男性五名に対し、女性が八名。
 魔法として発現できる程魔力の強い者は、基本的に女性が多く見られる。
 因果関係は明らかにされてはいないが、クロノ並の力を持つ男性は更に稀だ。
 武装局員程度ならともかく、執務官や提督以上の地位にいる男性は数名に過ぎなかった。

 これからの職務に対する希望に満ち溢れた彼らの姿は、どこか初々しかった。
 未だ実戦を経験せず、これからの華々しい活躍を夢見ている所があるためか。
 彼ら武装局員の卵達は、なのはよりも年齢の高いものがほとんどである。
 これはなのはが若過ぎるのであって、決して彼らに問題がある訳ではない。

 だが、管理局の武装局員の仕事では、何よりも魔法の素養が重要となる。
 執務官ともなれば、能力もさる事ながら、AAA級以上の魔法力が必須なのだから。
 その点、なのはは魔力も大きく、戦闘面でも多大な功績をあげている。
 今更、彼女の年齢をあげつらって不満を零す不心得者などいるはずもなかった。

 外見の可憐さも相俟って、なのはの存在は概ね受け入れられていたのである。


 訓練室とは、実際に魔法を使った戦闘訓練を行なうための施設である。
 壁には中和結界が張り巡らされ、限界はあるものの戦闘による余波を抑えているのだ。
 その訓練室に並んだ新人達の所へ、一人の少女がゆっくりと歩み寄った。
 女性職員の青い制服に身を包んだ十代半ばの少女。
 彼女は腰まで届く栗色の髪を、左の側頭部でポニーテールにまとめている。
 柔らかな雰囲気を持つその少女は、戦技教導官となった高町なのはだった。
 初めての実戦訓練に緊張を隠せない新人達の前に立ったなのはは、にこやかに口を開く。

「皆さん、おはようございます。
 入局してから今日まで、ずっと座学が主で、いろいろとつまらなかったと思いますけど。
 今回の授業から、いよいよ実戦形式での魔法の訓練に移る事になります」
「はいっ!」

 すると、真剣に話を聞いていた新人達の顔が、目に見えて明るくなった。
 これまでの訓練は、なのはの言葉通り、現場での対応方法に付いての座学が主だったのだ。
 やはり、魔法の訓練と言えば、実技が一番、張り合いが持てるのだろう。

 自分の言葉がもたらした反応に頷きながら、なのはは首にかけたペンダントに手をやった。
 チェーンを外し、掌の上に乗せたペンダントを前へと差し伸べる。
 ペンダント・トップに付いた赤い宝珠は、スタンバイ・モードのレイジング・ハート。
 魔法に出会った時から一緒に戦って来た、彼女だけの魔法の杖であった。

「レイジング・ハート、セット・アップ!」
『Stand by ready. Set up』

 なのはの足元に円形魔法陣が展開され、その体が眩い光に覆い尽くされる。
 変化は瞬く間に起こった。
 レイジング・ハートが起動時の基本であるアクセル・モードに組み上げられ。
 バリア・ジャケットが制服の代わりに体を覆ったのである。
 そのバリア・ジャケットは、彼女がかつて身に着けていたそれを、大きくした感じのものだ。
 見た目は、白を基調として各所に青いラインの走る、スリーピースのドレス。
 大きな違いと言えば、胸の大きな赤いリボンがなくなっている事くらいである。

 このバリア・ジャケットとは、魔力によって作成された強化服の事を指す。
 魔法攻撃や物理的な衝撃、温度変化等から使用者の体を守るためのものである。
 別に魔法を使用する際には、バリア・ジャケットを着る必要は無いのだが。
 それは、その場の気分と言うものなのだろう。

 敵対した者からは悪魔の化身とも恐れられた、あまりに有名なその姿。
 訓練の初期に、新人達はなのはの勇姿を映像記録で何度か見せられていた。
 圧倒的な魔力容量を背景とした、大出力の砲撃魔法を得意とする若き天才。
 雰囲気は柔らかいままなのに、見る者はどこか気圧されるものを感じてしまう。
 それは、恐怖ではなく畏怖、神に対する信仰にも似た何かであった。

 そんな彼らに気付いた様子もなく、微笑んだなのはは形の良い唇を開いた。

「戦いにおいて最も大事なのは、いかなる状況からでも生きて帰る事です。
 ですから、まず防御魔法の訓練から始めて行く事になります。
 それには、貴方達の実力を量らない事にはどうし様もありません。
 そこで、今から私がカウントを始めて、ゼロになったら砲撃を行ないます。
 各自、その砲撃を防御魔法で防ぐように。宜しいですか?」
「はいっ!」

 元気の良い返事に、満足げに頷いたなのはは、彼らからある程度の距離を取る。
 そして、アクセル・モードのレイジング・ハートを構え直し、鋭い声を発した。

「レイジング・ハート、アクセル・シューター!」
『All right, Accel shooter』


 斜めに一閃されたレイジング・ハートの復唱と共に、足元に円形魔法陣が展開。
 宝珠の部分が光を発し、高速化した詠唱を瞬時に行ない、持ち主の意思を具現化。
 ほとんど間を置かず、なのはの周囲に魔力の塊が幾つも出現する。
 高密度に圧縮された、破壊のためだけの純粋な力。
 その力の数は、ちょうど新人達と同じだけ存在していた。

 アクセル・シューターとは、複数の魔力弾を作り出し、個別に操作して敵に撃ち込む魔法。
 近接戦闘を苦手とするなのはが出した答えの一つ。
 敵を己に近付けさせないための牽制として考案されたものなのである。
 だが、A級以下の魔導師にとっては、たった一発のそれでも脅威となる。
 それだけの威力を秘めているのであった。

 表情を消した年端も行かない少女の周囲に舞う白い光。
 どこか幻想的なその光景に、新人達は我知らず唾を呑み込む。
 魔導師のエリート足る武装局員に選出されただけに、その威力を感じ取ったのだ。
 けれど、彼らの逡巡を他所に、あくまで冷静に、なのはは言葉を紡いで行く。

「……それでは、カウント・ダウン開始します。
 10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0!」
『Fire』

 弾ける様に動き出した魔力塊は、まるで生きているかの様に複雑な軌道を描いた。
 そして、なのはと新人達の中間で、上へ向かって絡み合いながら上昇して行く。
 訓練室の天井すれすれまで舞い上がった後、一旦停止。
 それから、獲物を狩る猛禽類の如く、一人につき一つの魔力弾が襲い掛かった。

 瞬時に十数発の制御を行なえる彼女の能力は、才能だけで片付けられるものではない。
 ぽっと出の新米魔導師達に、その事実を忖度できるだけの実力はなかったが。
 また、例え理解できたとしても、この場では何の意味もなかった。

 管理局から配給されたデバイスを用い、各々防御魔法を組み上げるものの。

「きゃああ!」
「うわぁっ!?」

 一人一発に過ぎないアクセル・シューターを防げた者は、半数にも満たなかった。
 これは、自身の魔力の成長度合いを見誤ったなのはの単純な失敗。
 九歳の時点でAAA級だった彼女の魔力容量は、未だに成長を続けていたのである。
 それは、アースラでなのはの双璧とされているフェイトも同様では有ったのだが。
 無事だった者が倒れた者へ駆け寄り、介抱をしている様を見て、なのはは首を傾げた。

「……あれ?」
『It's a failure, my master』
「あはは……そう、みたいだ……ね?」

 何ともいえない微妙な空気が、訓練室に満ちている。
 レイジング・ハートの冷静な声に、なのはが苦笑いを浮かべたその時。

「なのはさん!」

 若い女性の声が、シミュレーション・ルームに響き渡った。
 そして、青い制服を来た二十歳程の女性が走り寄って来る。
 淡い金色の髪を肩で切り揃え、それなりに美しい顔立ちをしている。
 彼女は、年若いなのはの補佐として付けられた女性局員だった。

 彼女はD級程度の魔力しかないため、事務職員として管理局に勤めている。
 決して四角四面な性格ではないのだが、なのはは彼女に怒られる事が多かった。
 それは、なのはの性格が大らか――と言うか結構アバウトなのが原因だろう。
 この辺は、人格形成において父の士郎の影響が大きかったせいかもしれない。

「あ、これは違うんです! ちょっと加減を間違えちゃって!
 ええ、絶対わざとじゃないんですってば!」
「そうでは有りません。いえ、その事は置いておいて。
 クロノ提督から緊急の出動要請です!」

 レイジング・ハートを振りつつ、言い訳を始めたなのはの言葉を遮る補佐官。
 その内容に、年相応の顔に戻っていたなのはの顔が引き締められた。


 所変わって、とある世界のとある場所。
 既に滅び去ったその世界は、かつての繁栄を示す様な巨大な街の廃墟のみが在る。
 荒涼としたその廃棄街に、幾つもの魔法の光が瞬いていた。
 管理局の武装局員一個小隊が、一人の犯罪者を追い詰めていたのである。

 その犯罪者は魔法を私利私欲に使い、魔法遺産を発掘するのが主な仕事。
 たまたま張られていた監視用の結界にかかったため、管理局が腰を上げたのだ。
 だが、運が悪い事に、その犯罪者はAAA級以上の力を持った魔導師。
 一匹狼として行動していただけはあり、戦闘では一対多でもひけを取らなかった。

 管理局の武装局員は、A級以下の魔導師で構成されているという現実もある。
 そのため、集団による攻撃魔法で追い込み、広域結界に閉じ込めるのがせいぜい。
 後は、AAA級以上の力を持つ管理局の魔導師の到着待ちの状態となっていた。

「何!? 高町捜査官がこちらに来る事になっただと!?」
「はい。その通りです、隊長」

 本部と通信していた部下からの報告を受けた小隊長が、顔を蒼白にして聞き返す。
 冷静沈着を旨とし、常に任務には厳しい態度で臨む上官が初めて見せる動揺に。
 内心の疑問を顔には出さず、部下は敬礼と共に肯定した。
 それに、その動揺の原因には、若干の心当たりも有ったのである。

「高町捜査官と言えば、“説得と書いて砲撃と読む”ともっぱらの噂だぞ?
 本当に大丈夫なんだろうな?」
「しかし、本日管理局に詰めていたのが彼女だけだったのです。
 この際、背に腹は変えられません」

 本人がこの場にいないとは言え、言いたい放題である。

「確かに彼女の犯罪者の検挙率は、管理局でもトップクラスだ。
 それにフェイト執務官と組めば、他の追随を許さないと来ている。
 だが……これは噂話の範疇になるが、この間の任務でもな?
 彼女は、犯罪者個人に対してスターライト・ブレイカーを撃ったと聞いている。
 しかも、その理由が、子供じみた悪口を言われたからだと来ては……」
「そんなに沸点が低いのですか、彼女は?」

 去年入局したばかりでそれ程内情に詳しくない部下は、上官と同じ様に顔を蒼くした。
 悪口を言われた程度で殺されては、流石に犯人も気の毒だと思いながら。

 スターライト・ブレイカーとは、なのはの使用する最大級の攻撃魔法である。
 自身の魔力に周辺空域の魔力を加えて放つ、攻撃魔法の一つの究極。
 その威力を超える魔法を放てる者は、今の所、管理局内には誰もいない。
 フェイトのプラズマ・ザンバーや、はやてのラグナロクが、辛うじて準ずる程度か。
 何しろ、空間に満ちた使用済みの魔力すら再利用し、際限なく威力を増大させられる反則技だ。
 防御の低い者が食らえば蒸発しかねない魔法を、簡単に人に対して撃って良い訳がなかった。


 その時、何故か話をしていた二人は、言い様もない不安に襲われる事になった。
 例えるのなら、フェンスの無い屋上の縁に命綱無しで立たされているかの様な。

「……なかなか愉快な噂が蔓延しているみたいですね、私ちっとも知りませんでした」
「全くだな……ってぇ!?」

 鈴を転がす様な女性の声に、何となく頷いてから、小隊長は驚いて奇妙な踊りを踊った。
 彼の率いる小隊の部下に、女性は一人も存在していない。
 そのため、その声の主が誰だかすぐに思い至ったせいである。

 果たして、部下と共に振り向いた先には、十代半ばの美しい少女の姿。
 捜査官として赴いた高町なのはが、気味悪い程にこやかに佇んでいた。
 ただ、こめかみと口の端が、面白い程ピクピクと引きつっていたのだが。

「ご足労、感謝致します、高町捜査官殿!」
「……いえ、任務ですから。どれで、状況はどうなっていますか?」

 すぐ様体裁を取り繕って敬礼する小隊長に、なのはは鷹揚に頷いてみせた。
 誹謗中傷ならともかく、噂を口にしていただけでは、追求する訳にも行かないからである。
 それに、噂に関しては、全く心当たりがない訳でもなかったという事もあった。

「はっ! 捕縛対象は、攻防共にAAA級以上の魔法を使用。
 結界で逃げ道を塞ぎましたが、投降を拒否して現在廃墟された建物内に潜伏中です。
 武装局員は全員結界の維持に努め、捜査官の到着を待っておりました」
「ごくろうさまです。
 私が犯人を取り押さえますので、引き続き結界の維持をお願いします」
「了解しました!」

 しゃちほこばって敬礼する小隊長に苦笑しながら頷き、なのはは空へと舞い上がる。
 もはや詠唱も魔法陣の展開も必要としない程習熟した飛行魔法によって。
 後には、緊張で体を硬くしている二人の武装局員が残された。
 高速で飛翔する彼女の姿が見えなくなってから、二人は安堵と共に会話を交わす。

「しかし、若くて綺麗な人でしたね、高町捜査官は」
「そうだな。人は見かけに寄らないと言う良い例だろう。
 さて、我々も結界の維持に加わるとしよう」
「了解」

 武装局員の張った広域結界は、局所的な解除コードが設けられている。
 それさえ解っていれば、簡単にすり抜けられるのだ。
 上空から結界を壊さずに内部に侵入したなのはは、口を尖らせて愚痴を零していた。

「みんな酷いよね。私は一生懸命仕事をしているだけなのに。
 まるで化け物みたいに怖がる人もいるんだから」
『Not disappointed, master』
「そうだね。ありがとう、レイジング・ハート」
『Don't mention it』
「……だけど、一体誰なんだろう、あんな噂流したのは?
 私が撃ったのは、ディバイン・バスターなのに」

 どうやら、犯人に砲撃魔法を撃ち込んだのは事実らしかった。
 因みに、ディバイン・バスターとは、最も使用頻度の高いなのはの主砲である。
 膨大な魔力を相手に撃ち込む、シンプルかつ強力な魔法。
 その威力は、AAA級の防御魔法で辛うじて防げる程に高いものだった。

 何とか気を取り直してから、なのはは索敵魔法を用い、犯人を捜索し始める。
 この程度の小技を苦もなく使える程度には、彼女は自身の魔法を鍛え上げていた。


「……いた!」

 程なくして犯人を見つけたなのはは、付近の空域まで飛翔する。
 そして、上空に留まったまま、魔法により周囲にあまねく声を届かせた。


「私は、時空管理局嘱託魔導師、高町なのはです!
 この場所は、管理局の武装局員に包囲されています!
 抵抗しなければ、あなたには弁護の機会が与えられます!
 大人しく、武装を解除して投降していただけないでしょうか!?」

 なのはの口上に対する返答は、一発の魔力弾だった。
 防御するまでもなく、あっさりと避けたなのは。

「この状況でも戦うつもり!?……このぉッ!」
『Divine Buster』

 眉をひそめると、レイジング・ハートを下方に向けた。
 展開された環状魔法陣の先端から、巨大な魔力の帯が放出される。
 次の瞬間、着弾による轟音と爆煙の中から、一筋の魔力光が飛び出して来た。

 なのはと同じ高度で停止したそれは、管理局の追っていた魔導師。
 黒いローブの様な服を着た、いかにも私は魔導師ですと主張しているかの様な男。

「てめえ、ふざけた真似してくれんじゃねぇか、このブス!」

 まだ三十代には届いていないだろう男は、いきなりチンピラの様な口調で怒鳴る。
 魔導師であるからには頭は良いはずだが、あまり品性は高くない様だ。
 その言葉尻を捉え、なのはの瞳から一切の感情が消え去った。

「もう一度だけ言います。武装を解除して、大人しく投降して下さい」
「ああ!? 戯けた事抜かしてんじゃねぇぞ、この○○○!
 てめえみたいな××は、その薄汚れた杖を、腐った△△△にでも□□□□でろ!」

 その時、比喩や誇張ではなく、周囲の温度が急激に下落した。
 なのはの魔力に反応して、空気中の水分が凍り付いたのである。
 氷結魔法に特化したデバイス、デュランダルに届かんばかりの冷気に。
 それは、炎の様な怒りすら通り越した、冷たい静かな殺意――

 威勢よく目の前の相手を罵った男は、妙な胸騒ぎを覚えていた。
 首筋にチリチリと火花が散っている様な感触。
 まるで空気が重さを持ったかの様に、体にまとわりついて来る。
 それが、本能が殺意を感じたための無意識下の怯えである事に。
 残念ながら、男は気付く事はできなかった。

「それでは仕方ありませんね。実は私、力づくって嫌いじゃないんです」
「あん?」
「レイジング・ハート……行くよ」
『All right』

 瞬時になのはの足元に展開される巨大な魔法陣。
 周囲に生み出されていく、数えるのが困難な程の球状の魔力弾。
 その魔力弾は、男の視界全てを埋め尽くす程に膨大な数に及んだ。

「お、おい、何だそりゃあ?」

 尋常でない事態に陥った事をようやく悟った男の口から漏れる疑問の声。
 それに応える事無く、俯いたなのはの口から、一つの言葉が紡がれた。

「アクセル・シューター……」

 視認不可能な速度で爆発的に飛び出して行く魔法の光。
 形は球状であるはずなのに、まるで帯が広がっていくかの如く。
 それは、男に対して巨大な光の顎が閉じられていくかの様に見えた。

「じょ、冗談じゃねえぞ!?」

 魔力弾を撃ち落とし、撃ち落とせないものは避け、避けられないものは防御。
 離脱しようとすると進路上の弾幕が厚くなり、それも叶わない。
 必死の形相で、破局を回避しようとひたすら逃げ続ける男。
 なまじ魔導師としての能力が高かっただけに、どうにか凌げてはいる様だ。
 だが、その行動すら、怒りに滾るなのはの計算の内だった。
 このアクセル・シューターは、男を仕留めるためのものではなかったのである。

 その事に男が気付いたのは、いつのまにか逃げ道に敷設されていた捕縛結界に囚われた時。
 男の周囲に幾つもの光の帯が舞い踊り、瞬時に収束してその身を拘束してのけた時だった。


 そして、ほぼ同時刻――

「隊長、周囲の空間の魔力が、一点に収束して行ってます!」
「何だと!? ……あそこは、先程まで戦闘が行なわれていた辺りだな。
 まさか……!?」

 絶え間なく聞こえていた破壊の足音が消え、首を捻ったのも束の間。
 結界を維持していた武装局員達は、唐突に訪れた異常事態に戸惑っていた。
 それが何なのか解らない内に、全員が桜色をした無数の流星を目の当たりにする。

「……いかん、あれはスターライト・ブレイカーだ! 総員退避!
 こんな結界なんぞ、アレの前では全くの無力だぞ!」

 切羽詰った小隊長の指示により、彼らは蜘蛛の子を散らす様に退避を始める。
 だが、当然と言えば当然のその行動は、結果として間に合わなかった。
 何もかもが遅きに失したのだ。

 視界を埋め尽くしていく、真白き魔法の光。
 鼓膜を極限まで震わせる、暴力的なまでの轟音。
 かき乱れた空気に翻弄される肌に感じる、圧倒的な力の波動。
 強固であるはずの結界が、それの前に、まるで硝子細工の様に易々と破壊される。

 そこまで認識した所で、武装局員達全員の意識は途絶えたのだった。

「……捕縛した魔導師は、奇跡的に命に別状はないそうだ。
 巻き込まれた武装局員達も、大きな怪我をした者は一人もいない。
 だが、これは単に運が良かっただけの事でしかない。
 例え非殺傷設定でも、あれの威力は強大過ぎるからな。
 とりあえず、今回の事で君の経歴に傷が付く事態は避けられたが……
 以後は、注意する様にしてくれ。
 流石にこんな事が続く様では、庇い切れなくなるからな」

 時空管理局巡航艦アースラ。
 艦長用の執務室で、なのはは艦長であるクロノの小言を聞かされていた。
 項垂れて縮こまる彼女に対し、備え付けのデスクに着いている彼の表情は苦い。

「申し訳ありませんでした」
「では退室して良いぞ、高町捜査官」

 普段、クロノはなのはの事を役職名ではなく名前で呼んでいる。
 公式の場で、上司として振る舞う場合を除けば、だが。
 この事から、いかに彼が怒っているのかを悟り、なのははどっと落ち込んだ。
 執務室から出た後、肩を落としてため息を付き、とぼとぼと歩いて行く。

 それから、しばらく後。
 レスト・ルームで、暗い表情で注文したホットミルクをちびちびと啜る彼女の姿があった。
 普段の快活な姿しか見ていない者は目を疑う様な程、暗い雰囲気で。

「……うん、落ち込んでばかりじゃ駄目だよね。
 ちゃんと反省して、次の仕事では活かさなきゃ。
 いつでも前向きなのが、私の取り柄だもん!」

 どれ程の時間が経ってからだろうか。
 俯かせていた顔を上げて、握り拳を作り、なのはは力強く頷いた。
 彼女なりの反省の時間は、終わりを告げた様である。

『That's right, master』

 スタンバイ・モードのレイジング・ハートが、なのはの胸できらりと輝いた。
 元気を取り戻した主を励ますかの様に。


後書き

 NTへは初投稿となります、Rebelと申します。
 このSSは、ちょっと前に書き殴ったものを加筆したものですが。
 色んな意味で需要がなさそうな気が(汗)

 とりあえず、1週間程置いておきますけれど。
 この場への投稿作として問題がある様でしたら、速やかに削除致します。

 ※ 1/30 指摘された箇所を修正。

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