曇天の合間から、月光が降り注ぎ、学園の屋上が微かに明るくなる。その光を受け、屋上に三人のシルエットが浮かび上がる。
真紅の槍を持つ青き槍兵、ランサー。黒髪の若き天才魔術師、遠坂凛。そして、煩悩の化身こと、マルチ、横島忠夫。
横島の向かい側にランサーが立ち、横島は、マスターである凛を庇うように立っている。
その空間に充満しているのは殺気。しかし、出しているのは、ランサーだけで、横島は受け流すだけだ。
ランサーは、横島に対して軽い困惑を受けていた。一般人程の魔力しか発せず、武器すら出さないで、ただ立っているだけ。
横島からは、全く戦意が見えない。その戸惑いにより、ランサーは先手を出すタイミングを逃していた。
しかし、それも此処まで。もし、本当に一般人並みだったら期待外れということだろう。ランサーは意を決して初撃を見舞う。
一足で己が間合いに入れ、相手に死をもたらす高速の槍を奔らせる。その刹那、目の前が閃光に包まれた。
視界が利かぬと分かるやいなや、瞬時に、聴覚と気配で相手を捉えようとする。
そして、ランサーの耳に入ったのは、攻撃音では無く、横島の軽い声だった。
「戦略的撤退ー」
視界が戻り、横島の姿を捉えると、凛を抱え、屋上から飛び降りているところだった。
「これが、狙いか」
ランサーは舌打ちをすると、横島たちの後を追い、屋上から跳躍した。
この場からの離脱。
それが、横島の狙いだった。屋上の様な場所では、物を破壊してしまう、サイキックソーサー等の遠距離攻撃がし辛く、派手な攻撃が出来ない。横島は、最初から屋上からの離脱を考えていた。
しかし、自分一人ならまだしも、凛が居るために即効での離脱が出来なくなっていた。
だから、あのような手段を取った。
わざと殺気も何も出さないで、戦う気が無いように見せかけ、戸惑いを誘いい、初撃のタイミングを判りやすいようにする。
後は、単純。ランサーが踏み込んできた瞬間に、予め用意していた『閃』の文珠を投げつけ、縮地法を用い、全速で凛を抱え屋上から離脱した。
「凛さん、舌噛むんで、喋らないで下さいね」
「へ?って、横島」
横島は、空中にありながらも、抜群のバランス感覚を用い、壁面に垂直に立つように体勢を整え、凛に忠告する。
凛はというと、ランサーが動いたと思った瞬間に、眼前で閃光が走り、それに驚く間も無く、横島に抱きかかえ上げられ、そのまま空中にいるので、自分の状況を完全に把握出来ていなかった。
「行きますよ、疾風」
たった、一単語の呪文により、己が体を変質させる。
仙術。横島は、世界に働きかけ、神秘を起こす仙術には、それほど力を入れなかった。前世から継承した陰陽術が使える為である。
それを、覚えるよりも、前世の記憶に無かった、身体能力向上の術を欲した。元々、身体能力については、鍛える以前より、変に高かったこともあり、存外に相性が良かったといえる。
そして、横島は、基本を習うと、質を上げるのではなく、如何に速く術を発動させるか、発動スピードの向上を目指した。
どれだけ、効果が高くとも、使えなければ意味を成さない。接近戦などを行う場合は、それが顕著に現れる。仮に、力が足りない状況に陥った場合でも、横島には文珠がある。
二小節唱える時間があれば、文珠を使い効果を高めることが出来る。逆に、一小節未満だと、文珠に明確な念を伝えられないために、威力が下がり、最悪使えない可能性だってある。故に、少しでも余裕を持てるように、横島は質より速さを求めた。
横島は、壁面に足を着けると、膝を屈め、跳躍の準備をする。
ここにきて、凛は漸く横島がやろうとしていることに気づいた。
横島は、素直に地面に着地をするのではなく、このまま、グラウンドに向かって跳ぶのだと。
「ちょっと、横島!?」
びきりと、横島からの圧力に耐え切れず、壁が悲鳴をあげる。
そして、横島は溜め込んだエネルギーを開放する。
どんっ、という衝撃音を残して、二人の姿は消失した。そうして、後に残ったのは、くっきりと痕跡が付いた、壁面の足跡だけだった。
「きゃあーーーーーーー」
ドップラー効果を残しつつ、横島たちは、グラウンドに向かう一筋の弾丸になっていた。
縮地法の応用である跳躍法を使い、屋上からグラウンドまで一息に駆け抜ける。
その姿は、端から見れば地面に激突する、隕石の様に見えたであろう。
しかし、その隕石は地面に衝突する前に、体勢を立て直し、ざざあーと、大量に砂煙を巻き上げながら、グラウンドに着陸した。
「ふう」
横島は、一仕事終えたような良い顔をしている。おそらく、凛をお姫様抱っこできて、尚且つ、抱えたままだからだろう。
「横島、降ろして…」
横島は、まだ抱えときたかったが、残念ながら、そんな余裕は無いために素直に降ろした。ランサーが近づいてきてるのが判るからだ。
凛はというと、少し顔が青い。やはり、心の準備も無しに、時速百二十キロの疾風になったのは、心臓に悪かった様だ。
百メートルの距離を僅か三秒で駆け抜ける。
下手なジェットコースターより、ずっと速いスピードで、地面に突撃しようとされれば、誰だって恐怖に顔が引きつる事は間違いない。むしろ、この程度で済んでいる、彼女を賞賛すべきだろう。
横島は凛を背にして正面を見据える。ランサーとの距離は既に二十メートルもない、数秒後には戦闘が始まだろう。
凛は、一度頭を振り、気を整える。
「横島、頼りにしてるわよ」
凛は横島に、全幅の信頼を寄せた言葉を送った。それを受け、横島はにやりと笑う。
「凛さん。そんなこと言うと、家に帰ってから後悔しますよ」
「いいわ、後悔させて貰おうじゃない」
その言葉を受け、横島はランサーに向け疾走した。
屋上の時とは違い、先手は横島だった。
横島は、両手にソーサーを出し、同時に投擲する。ランサーは対魔力を持つために、それをキャンセルし、そのまま反撃しようとするが、何か嫌な予感を受け、槍でソーサーを迎撃した。
ランサーの戦士としての勘は正しかった。
横島の出した、サイキックソーサーは半ば物質化し、さらに、文珠使いである横島の霊的特性、概念付与が行われ、一種の概念武装になっていた。
文珠使いたる横島は、己が魔力で生成した物には、単純な概念を込めることが出来る。“全てを断ち切る”と概念を込めた霊波刀は文字どうり切れやすい刀になり、逆に“何も切れない”と概念を込めれば、それは、魔力を圧縮した木刀の様になる。
その効果により、横島の霊能は、圧縮した魔力を、ただ扱うものとは、一線を隔てたモノになっていた。
横島の投擲したソーサーには、“全てを打ち貫く”という概念が込められている、仮にランサーがそのまま突っ込んでいたら、多大なダメージは免れなかっただろろう。
ランサーの能力である対魔力を持った槍を受け、ソーサーは爆発することなく霧散した。その光景を見て横島は、舌打ちをする。
これが、対魔力ってやつか、これじゃあ、ぎりぎり霊波銃が効くかどうかってとこか。
横島は、ソーサーが爆発し、ランサーの視界が閉ざされた時に、攻撃を仕掛けるつもりでいた。しかし、ソーサーが霧散した為に、作戦を変更せざる負えなくなった。
ランサーも内心で舌打ちしていた。
舐めていた。自分は相手の事を完全に舐めていた。これの何処が一般人か。気持ちいい位の殺気を発し、不可思議な攻撃を行う、これ程の戦士、生前においてさえ、どれほどいたことか。ランサーは、自身に対して叱咤した。
横島は、栄光の手二式、剣を右手に銃を左手に発動させ、ランサーに肉迫する。その速さ、仙術を掛けた肉体から繰り出されるスピードは、ランサーにさえ比肩する。
その疾風に対し、ランサーは、待ってましたといわんばかりに、瞬速の突きをもって応戦する。
激しい剣戟が周囲の空間にこだまする。
二人の戦いは一進一退だった。
横島はランサーの突きを、手に持った霊波刀と霊波銃で防ぎ、受けた手とは逆の手で反撃することで、ランサーの猛攻を凌いでいる。
通常の剣では、あり得ない間合いからの攻撃と、効くはずのない魔弾。
この二つの効果でランサーの疾走は止められていた。
ランサーには、矢避けの加護がある為に、霊弾は効かないが、牽制にはなる。あくまでも、肉眼で捕らえ対処できるだけであり、キャンセルできる訳ではないのだ。
横島は、ランサーの攻撃の合間合間に霊弾で攻撃して、なんとか一進一退の状況に持ち込んでいた。
ランサーは、疑心を持ちながら戦っている。
何故、俺は力が出せている。俺には、あの忌々しい令呪による枷がある筈なのに。こいつとは、初見の筈だ。それなのに、どうして全力が出せる。――判らねえ。だが、折角訪れたこの好機。精々、楽しませて貰おうか!
横島は、ランサーの攻撃を紙一重で躱していく。
既に横島の体には幾筋もの切傷ができ、ぎりぎりの中で生を掴んでいるような状況である。
そもそも、横島は白兵戦を主とする者ではない。それが、ランサーと互角に戦えていることこそ異常。
横島は、ランサーの電光石火の刺突をはっきりと眼で捉えていた。
線の動きである払いならともかく、点の動きの突きを眼で捉える。それも、ランサーの英霊たる彼の槍を。
その人外の動体視力こそが、横島の強みであった。
横島は、その体に通される魔力の流れ、筋肉の動き、その他様々もの視て、ランサーの動きを予測する。
そして、それらの情報を元に、相手の攻撃パターン、弱点等を割り出していく。これは、すさましすぎる両親からの遺伝もあっただろう。
相手の動きを把握する観察眼、並外れた洞察力、そして、得た情報からの未来予測。その能力は、修行を行った今、完全に開花していた。
その能力に直感力を含めて、横島は心眼(真)と心眼(偽)の二つのスキルを用い、ランサーの烈火の如き槍を捌いていた。
凛は眼前の戦闘を見て、驚嘆していた。
横島の動きを見ていた凛は、サーヴァントも聞いていた程では無いと思っていた。自分のガンドにすら当たり、それを受け痙攣すら起こす。
これなら、自分の知り合いである神父と、どっこいではないかとすら考えていた。
それがどうだ。
人間の限界を、遥かに超えたスピードで刺突を繰り出し、紅い閃光となったそれを、青白く輝く霊波刀を用いてきっちりと対応する。
この二人の何処が、神父と同等だろうか。凛は横島いや、サーヴァントの強さを修正した。
くっ、本気でおもしれぇ、伸縮自在の剣を振るい、対魔力でキャンセル出来ない魔弾を放つ。こんなに不思議な相手、生前にすらいなかった。しかも、こいつは、まだ力を隠してやがる。――坊主その底、見せてもらうぜ。
ランサーの槍は、彼の意気に呼応する様に、さらに加速していく。
げっ、まじかよ、それ以上速くすんじゃねえ。
横島は、内心で泣き言を吐き、その苛烈していく穂先を必死に受け流す。
もう一つ、マルチたる横島が白兵戦を主とするランサーと互角に戦えている要因がある。
ランサーの突きは、常人から見れば、人技を超えた神技と見えるだろう。それほどに、ランサーの槍捌きは凄い。
だが、横島からすれば、ランサーの技量は確かに凄いが、まだ人技の範疇に入る。
知っているのだ、本当の神技を。己が眼を持ってすら、視認さえ許さぬ本当の神の技というものを。
闘戦勝仏、斉天大聖孫悟空。
横島の武の師匠でもある、彼が繰り出す打突に比べれば、ランサーの刺突でさえ児戯に等しい。
それ程の武を、日常的に受けていた横島は、『突く』という攻撃に対して、異常なほどの対応力を身に付けていた。
しかし、それもここまで。一合、五合、十合と剣戟が交わされる度に、横島が押されていく。
凛の眼にも、横島のスピードが落ちてきているのが判る。自信に掛けた仙術の効果が落ちてきているのだ。
その隙を逃す程、ランサーは甘くない。ランサーの槍はここにきて最高のキレを見せていた。
「疾風」
横島は、慌てて仙術を掛けなおす。基本的に仙術は重ねがけできず、さらに横島の仙術は効きが甘い。
質より速さを取ったつけが、今ここに表われていた。
たった一単語の呟き、一秒にすら成らない空白が、ランサーの最大の勝機になる。
「貫け」
がっしりと地面をくわえ込んだ体から、真紅の光となった槍が突き出される。
眉間、首筋、心臓。必殺の三筋の光が、吸い込まれるようにして、横島の体に刺し迫る。
結果だけをいうと、横島は死にはしなかった。
縮地法を用いて全力で後退する。これが横島の取った行動である。
命を救ったタイミングは、ほんの刹那の差でしかない。ぎりぎりで仙術が掛かり、己が出せる最速の縮地を繰り出せた。ただ、それだけのこと。
質より速さを取った横島は、それに追い詰められ、それによって救われた訳である。
しかし、相手の得物は槍。その間合いから離れきるには縮地ですら遅すぎる。
死神の鎌が首に掛かる中、横島は迫る穂先を眼に捉えると、狙いを瞬時に見極め、体を捻ることにより回避した。
だが、それでも完全には回避できなかった。むしろ、回避行動を行えたのですら奇跡の技。
神技を受け続け、それを死の間際で回避する事によって生き延びてきた、横島だからこそ出来た、奇跡の回避行動であった。
回避したとはいえ、ランサーの追撃は止まらない。
胸と首筋を抉られ、出血だけで、もはや死ねる。その横島に対して、ランサーは、さらに必殺を決めにかかる。
「こなくそっ!」
横島は、両手にソーサーを作り出し、ランサーの眼前に投げつける。
しかし、十分でない予備動作の為に、そのスピードは初撃と比べると愕然に劣る。だが、横島の狙いを達するには十分なスピードだった。
“爆発”の概念を込めた、ソーサーは、ランサーに霧散させられる前に、その役目を果たした。
「ちいっ」
目の前で爆発が起き、ランサーはたまらず、後退する。
その間に横島はさらに間合いを離し、両者、再び睨み合う形になる。
マルチ対ランサー。第一ラウンドはランサーに軍配が上がった。
横島は、青いジージャンを真っ赤にし、血をだらだらと流しながら、ランサーに提案する。
「この辺で、引き分けにしとかねえか?」
「けっ、何言ってやがる。これからが、おもしろいんじゃねえか」
しかし、彼の言い分とは裏腹に、その瞳からは、先刻まで在った喜悦の光が失われていた。
横島の体は既に死に体。彼の体において、赤く染まっていない所を探すほうが難しい。
この状態では、十合、合わせぬ内に勝敗は決するだろう。
楽しかったが、出し惜しみしたのが、運のつきだったな。残念だったぜ、坊主。
ランサーは、槍を構えなおし、勝負の幕を下ろそうとする。
しかし、それは驚愕によって、取り消された。
横島が、胸と首筋、致命傷となった箇所に手を当てると、見るも無残だった傷が消えているではないか。
ありえねえ、あれは間違いいなく死に至る傷だった。それを、手を当てるだけで治すなんて、一級の治癒魔術ですら不可能だ。しかし、相手はそれをやった。原理は判らない。判る必要すらない、まだ戦える、これだけ判れば十分すぎる。
ランサーの瞳に、喜悦の光が再度灯る。獣じみた吐息を吐き出すと、彼は、実に嬉しそうに唇の端を吊り上げた。
「くそう、バトルジャンキーが」
横島は泣きそうな顔で、文句を言うと、両手に文珠を発現させる。
『治』と込めた文珠を、掌で隠し、傷の深い首筋と胸に添え、それを瞬時に癒した。
しかし、いくら治したといっても、戦闘を行えるほどの余裕は出来てはいない。
このまま戦えば、直ぐにでも傷が開くだろう。それを防ぐ為にも、横島は時間稼ぎをすることにした。
「ここまでで、何か質問とかあったりするか、ランサー?」
自分の能力は、この世界に置いては異端だということを、自負しての質問。
ランサーは、横島の時間稼ぎと判りながら、その思惑に乗ってやる。少しでも愉しむために。
「そうだな。坊主、お前は何者だ」
その言葉に、横島は、むっとした表情をすると、
「坊主は辞めい。俺には、横島忠夫っちゅう名前があるんじゃ。その呼び方を変えんと、質問には答えん!」
そう、言い放った。
横島はもう二十歳近い、年齢の通りに見えない童顔がいけないのかもしれないが、横島は、坊主という呼称に少し傷ついていた。
ランサーも、ここまで戦える戦士に、坊主は失礼だろうと思案していたので、横島の発言は、渡りに船といえた。
「いいのかよ、横島。真名をあっさりばらしちまって」
ランサーは怪訝そうに問いかける。真名とは、本来隠すべきモノである。それを、隠すどころか、逆に明かすとは、如何なることかと。
「問題なし。つうか、屋上で凛さんが俺のことを、クラス名ではなく、真名で呼んでいただろうが」
そういえば、とランサーは納得する。
「てえことは、お前は、クラス名の方を隠してるってことか?」
「そっ。考えちゃいたろ、俺が正規のクラスではない事くらい」
「まあな。…それより、もういいか。流石に、待ちきれなくなってきてたんだが」
横島は、困った様に髪をわしゃわしゃとすると、
「わりい、後十秒待ってくれ」
そう言って、無防備に背を向けた。
「横島。大丈夫なの」
凛は、気遣う様に横島を見やる。
既に八割方治り、戦闘に耐えうるまで回復しているとしても、心配には違いない。先ほどの攻防において、最後の刺突は、正に必殺だった。
それを、躱した横島には瞠目するしかない。しかし不完全だった。
首を穿たれ血液を噴出し、胸を抉られ肉片を撒き散らす、その姿を彼女は見ていた。
それを見たときに考えてしまった。
その考えは、魔術師としては、甘く、それが、心の贅肉だってことも判っている。
それでも、自分が召喚しなければ、自分と契約さえしなければ、彼をこんな目に合わせずに済んだのではないのかと。そう、思ってしまった。
横島は、無言で凛を見る。
その視線は、召喚されてから、これまでの中で一番真剣であり、なにより情熱的だった。
「横島……」
凛は、普段の横島からは、考えられないほどに真摯な視線を受け、動揺を隠せなかった。
沈黙が辺りを支配する。先ほどまで、剣戟が鳴り響いていたなんて、嘘の様な静けさ。
その中で、横島が動き出す。
腰を落とし、拳を握り締め、眼を全開までに見開くと、声高らかに咆哮する。
「煩悩全開ーーー」
途端、横島を中心に魔力の烈風が巻き上がる。
威風堂々。
旋風は、横島を包み込み、彼を中心に絶対の領域を築き上げていた。
その光景を見て、凛は愕然とし、ランサーは歓喜する。
「……うそ」
「へっ、楽しませてくれるな。横島」
横島は、増幅させた魔力で、ヒーリングを行い、文珠で治療しきれなかった分の傷を治していた。
すっかり、戦う前の姿に戻り、戦った証拠といえる物は、血濡れの服しかありえない。
各々が驚きに打たれる、その中で、横島は鼻血を噴いていた。
「くっ、流石は、凛さんの裸体。その破壊力は伊達じゃない!」
その言葉を聞き、凛は反射的にガンドを放っていた。
「うおっ、いきなり何するんすか、凛さん」
横島は凶弾を避けると、それを撃った人物に問いかける。
返ってきたのは、絶対零度の言葉。その眼には、青白き炎を宿し、さながら羅刹女の如く横島の前に立ちはだかる。
「横島さん。貴方は、今何をしたんですか?」
ツンドラの永久氷土の様な冷気を伴った姿は、横島を、凍て尽かせるには十分すぎる。
だが、横島は凍りつくどころか、シニカルな笑みを見せた。
「やっと、らしくなったすね。凛さん、心配してくれるのは、嬉しいんすけど、後悔するのは見当違いっすよ。俺は、俺らしく、美女の為に頑張ると決めてるんすから。それに、俺だって叶えなきゃいけない望みがあるんすよ。まあ、ギブ・アンド・テイクって奴っすね」
そう言って、ランサーに振り返る。その時の横島の背中は、とても、心強かった。
「お待たせー」
「お待たせー、じゃねえぞ、横島。折角待っててやったんだ、どんな手品を使ったか位、種明かしをしてくれてもいいんじゃねえか」
ランサーは、冗談めかして言う。別に答えてくれることは望んではいない。本当に、ただ言ってみただけなのだ。
横島は少し思案してから、まあ、いいやとランサーの要望に答えることにした。
「別に大したことはしてねえよ。ただ、煩悩で魔力を増幅させて、ヒーリングを掛けただけだ」
「煩悩で、魔力を増幅だと」
「ああ、俺は煩悩で魔力を増幅させることが出来るんだ。マスターが美人で本当に良かったよ。うん」
「てえ事は、さっき振り向いたのは、嬢ちゃんを視姦する為か」
「視姦じゃないっつーの。ただ、凛さんの体を見て、妄想しただけじゃ」
横島は、迂闊な発言をしてしまった。
何故なら、今のセリフを聞いて、守るべき人が、自分に向かって、とんでもない殺気を発し出したから。
「ラ、ランサー、行くぞ」
横島は、即座にスキル、仕切りなおしを発動させ、この窮地から逃れようとする。
だが、その前に、どん、と横島のこめかみに熱い何かが掠める。
「横島、ランサーに勝ちなさい。それでチャラよ」
凛は、左腕を突き出したまま、丁稚に命令した。
その、姿はとても鮮烈で、横島にとっての勝利の女神のようだった。
それを見て、ランサーは皮肉気に笑う。
「羨ましいぜ、横島。良い、マスターじゃねえか」
「気付くのが、おせえんだよ」
両者の間で、戦気が膨れ上がる。
そして、それが頂点になり、――――再び、蒼と朱が交差する。
始まりはの合図は閃光だった。
横島は、『閃』の文珠を投げ、先の先を取ろうとする。
当然、横島はそんなことで、ランサーから、不意打ちが取れるとは思ってはいない。唯、一瞬の虚を付ければ上等と思っている。
横島の狙い通り、ランサーは瞬間的に逡巡した。横島の武装が変わっていることで。
横島は、先ほどとは違い、小太刀二刀流で攻めかかっていた。
文珠の効果が切れ、校庭が闇に包まれるころには、絶え間ない剣戟が鳴り響き、周囲の大気を鳴動させていた。
横島が振るう剣は、先程の戦闘とは別人のように猛烈で、荒々しい。
暴風。横島は、吹き荒れる風となって、体を抉られながらも、紅き槍衾を突破せんとする。
対するは突風。点である突きを、面として、蒼き刃を吹き飛ばんとする。
それは、蒼と朱の鬩ぎ合い、両者共に、一陣の風となり、相手の命を弾き飛ばさんと、力の限りぶつかり合う。
限界が近い。長期戦はもう無理だ。なら後は、短期決戦しかないだろうが。
横島が武装を変えたのは、これに尽きる。いくら、文珠を使い傷を治したとしても、限界はある。
煩悩全開させていなければ、最早立っているのすら困難だっただろう。
横島は栄光の手を、伸縮させることで、間合いを予測出来ないようにしている。基本を、小太刀の長さとし、時に伸ばし、時に縮め、変幻する間合いを持つ事で、リーチの差を埋めている。
横島は、たった一つの利を持って、唯ひたすらに突き進む。
ランサーは、相手の間合いが判断できないので、迂闊には踏み込めないでいた。そのことが、マルチである横島が、槍兵たるランサーと、接近戦を行えていた理由である。
しかし、それもここまでだ。百戦錬磨の戦士たるランサーは、横島の攻撃に慣れ始めていた。
横島の持つ利が無くなれば、後は地力での勝負になる。
そうなったら、白兵戦においてマルチがランサーに勝てる道理はない。
徐々に、横島が押され始め、一進一退だった戦いは、遂にランサーの攻めによって崩された。
突風は暴風を貫き、今度こそ、その命串刺しにせんと、心臓に光の筋が走る。
楽しかったぜえ、横島。――だが、これで、終わりだ。
自信を持った、必殺の刺突。絶対の殺意を、ただ一振りに込め、横島の命を貫きにかかる。
その、神技と呼べる刺突を見て、横島は、笑った。
よっしゃ、狙い通り。
横島は、既にランサーには、どう足掻いても勝てないことは、判っていた。
だから、横島は自分が勝てる所に引っ張りだすことに、専念していた。心眼(真)を用い、刺突の場所を限定させ、最後の突きに賭ける。
そうして、それが来た。
横島は左の栄光の手を、サイキックソーサーに変えランサーの突きを防ぐ、そして、そのまま突きの衝撃に任せ、後ろに大きく跳躍する。
さしものランサーでも、突きの勢いも足された、横島の縮地には追いつけない。
一秒間、横島がフリーになる。
横島は、右手の二式、小太刀を逆手に持ち、左半身になると、腰を落とし、真名と共に抜刀する。
「横島ストラッシュ!!」
真名の開放と共に、小太刀が二mほどの長剣になると、柄を残して、刀身だけが、ランサーに向かい飛翔する。
“全てを断ち切る”三日月は、その身を持ってランサーを断ち切らんと、蒼き輝きを増していく。
「マジか!!」
飛来する斬撃を見て、ランサーは焦りを肥大させる。
あれは、間違いなく自分を両断できる。ランサーは、追撃する足を急停止させ、跳躍することで、蒼き死を回避する。
しかし、それこそが、横島の狙い。
「土行。彼の者に戒めを与えん」
すかさず、地面を踏み鳴らし、陰陽術を発動させる。それによって、ランサーの着地点は沼に変わった。
「ちいっ」
ランサーは槍を使い、着地点を変えようとするが、横島のサイキックソーサーがそれを許さない。
横島の作戦通り、ランサーは、為されるがままに、沼に着地する。
「固まれ」
着地したのを見計らい、横島は地面を元に戻す。
それにより、ランサーの膝から下を固定する。だが、それは魔力が込めらている訳ではないために、戒めとしては脆すぎる。
だが、それでも十分。ほんの少しだけ、そこに居てくれればいいのだから。
「水行。我が意に従い形成せよ」
横島は、右手に直径二mほどの水球を形作り、それをランサーに向かい投擲する。
しかし、ランサーには対魔力がある為に、水弾はキャンセルされてしまう。
「弾けろ」
だから、横島は水球が着弾する前に、自分から、水球を唯の水に戻した。
「なにっ」
ランサーは、驚きに眼を丸くする。それでは、意味が無い。ただ水を被せるだけだ。
ランサーの目前で、水球が崩れる中、横島は締めにかかる。
水球に入れておいた、ビー球の様な珠。それが、横島の最後の策。
珠に『雷』という字が浮かび上がる。
ランサーに水が掛かると同時に、文珠は込められた念に従い、その力を解放した。
闇を切り裂く電光が走る。『雷』の文珠は、対魔力を貫通し、ランサーに多大なダメージを与えることに成功した。
それだけでも、致命的にも関わらず、横島は、止めとばかりに『爆』の文珠を投げつける。
ランサーは、その珠を肉眼で捉え、弾こうとするが、雷撃を受けた体は、己が意思とは裏腹に痺れたままだった。
ランサーを中心に、爆発が起きる。鼓膜を破るかのごとく、爆音は大気を振動させ、命を焼き尽くす業火が上がる。
「勝った!?」
凛は、その光景を見て歓声を上げる。それと、同時に、彼女は横島に畏怖を覚えた。
白兵戦、魔術戦、そして、宝具の使い方。
誰が出来よう、自分に死を与えた槍に躊躇なく突撃し、最後の一振りに全てを掛ける。
肉を切らせて骨を絶つ。
それを、英雄でもない、自分と然程変わらない年齢の者が行うなんて。
しかし、凛の表情とは、対照的に横島の顔は、強張ったままだ。
「くそっ。化け物が」
横島が、吐き捨てるように呟く。
轟々と爆煙が舞い上がる中、槍兵の修羅がそこに居た。
青き鎧を、己が槍の朱に染め上げ、全身を真紅に為しながらも、泰然と立っていた。
それは、焼き写し。
唯、二人の配置が換わっただけだ。
両者、青の装束を赤に変え、三度睨み合う。
「やってくれるじゃねえか!横島!!」
その声は、怒声。そこに含むは殺意のみ。最早、その眼光だけで、人を殺せる。
「馬鹿言うな。見ろこれ、俺だって、腕折れてんだぜ」
横島は、左腕を見せながら、あくまでも軽く言う。
そう、横島の腕は折れていた。最後の刺突を受けた時に、横島の左腕は折られていた。
本当なら、横島は栄光の手で止めをさすつもりだった。けれど、片手では返り討ちの可能性がある。
横島は、文珠に頼らざるおえなかった。
「それより、種明かしして、欲しいんだけど」
横島は世間話をするような気軽さで問いかける。
その、あっけれかんとした口調に、ランサーは毒気を抜かれる。ほんの、ほんの少しだけだが。
「ルーンだ。俺はルーン魔術が使えるんだよ」
その返答を聞き、横島は、がっくりと肩を落とす。
「槍兵が、そんなもん使うなよ。卑怯くせー」
その言葉を聞き、ランサーは獰猛な笑みを見せる。
「何言ってやがる。あれだけ、多種多様な攻めを行う奴が言う台詞かよ」
「うるせい。それより、どうする?クーフーリン」
横島は、なんでもない様に重大な事を言う。
「なっ!」
「え…」
「だーかーら、引き分けにしないかって、聞いたんだけど」
「ちょっと、横島。今の本当なの。ランサーが、クーフーリンだってことは」
凛は慌てて問いただす。冗談では済まされない、目の前の槍兵が、ケルトの大英雄、光の御子クーフーリンなんて。
「その答えは、ランサーに聞いてください」
横島は、そう言ってランサーを睨む。
「全く、いつ気付いたんだよ」
返ってきたのは肯定だった。
「ぶっちゃけると、最初からだ。半神の身でありながら、魔槍を持つ奴なんて、めったに居ないからな。そして、それが確信に変わったのは戦闘中。あれほどの敏捷性を持つ槍兵は、全世界を探してもそうはおらん。んで、止めは、ルーン魔術の使い手ってとこだ。ほら、これだけ揃えば、馬鹿でも気付くだろうが」
ランサーは、その発言に驚きを隠せない。
「俺が、半神って見ただけで判ったのか、それに槍のことも」
「言ったろ。職業柄そういう気配には、敏感なんだよ」
「どういう、職業なんだよ。それは」
横島は、シニカルな笑みを見せて、おちゃらけて言う。
「それは、企業秘密でな。教えられねえんだよ」
「へっ、そうかよ。…ばれたんなら隠す必要はねえな。折角だし、食らっていけよ、我が必殺の一撃を」
そう言って、クーフーリンは、魔槍ゲイ・ボルクを構えなおす。
それと同時に、殺気が世界を包み込む。
からからと喉が渇いていく。悪寒が全身を舐め上げ、身動き一つ許されない。冗談ではない、こんな直感は初めてだ。アレが奔れば横島は死ぬなんて。
横島は、即座に『解』『析』の文珠を使い、魔槍の能力を調べ上げる。
うわー、反則だろ、それは。“刺し穿つ死棘の槍”因果逆転を行う魔槍。やベー、左腕治してねえのに。忠ちゃんピーンチ。
周囲のマナが凍りつき。殺意が校庭を迸る。横島は、内心の余裕と裏腹に、冷や汗をだらだらと流している
話を長引かせたのは、自分が既に限界と判っていたから。それが、こんな結果を導くとは、全く持って計算違いだ。
そして、沈黙を打ち破り、ランサーが動く。
「――――誰だ!!」
ランサーは、突如現れた第三者に鬼気を向ける。
それと、同じくして、走り去って行く足音が聞こえる。
その姿を見て、ランサーは、ぎしりと、周囲に響く程の歯軋りをして、
「決着は預けとくぜ。横島」
悔恨の念を残し、ランサーは消えた。
ランサーが居なくなり、不気味なほどの静寂が辺りを覆いつくす。
そうして、マルチ対ランサーの戦闘は、痛み分けに終わった。
あとがき
一に戦闘、二にバトル、三四がなくて、五に説明の回でした。
横島君の霊的特性ですが、対魔力対策はあれしか思い浮かびませんでした。
安易な考えでごめんなさい。
横島君のスキルですが、心眼(真)心眼(偽)それに、戦闘続行が新たに追加されました。心眼(真)のレベルは、赤い騎士よりも低くCです。
今回、横島君の放った必殺技ですが、某竜の騎士が使う必殺技と、ほぼ同じモノで、衝撃波の代わりに、刀身そのものを飛ばす事意外は、全く同じモノです。因みに今回撃ったのは、アローのほうで、そのランクはB+。ちゃっかり、ゲイ・ボルクと同じです。しかし、粘りがないので、ぶつかりあったら、横島ストラッシュは負けます。いつか、クロスを出せたらなあと思っていたり。
陰陽術による、攻撃ですが、魔力が籠もっていなければ、対魔力は発動せんだろうと思い、使ってみました。どうでしょうか。
文珠、解析については、相手の武器がわかるなど一定の条件が揃わないと発動できません。さらに使ったとしても、発動直前等じゃないと、正確には解析できなかったりする等、その制約は厳しいです。
ランサーの令呪に関してですが、横島君は、厳密には、サーヴァントではない為に、反応しません。
それと、神父の戦闘力ですが、あれは遠坂さん主観の為に正確とはいえません。
それでは、質問その他感想等お待ちしています。
初の戦闘ものでしたが、楽しんで頂けたら幸いです。
sigesan様
本当にありがとうございます。
そうですね、おそらく一緒にナンパするでしょう。
ガバメント様
心眼(偽)は伊達じゃない。
これは、直感もありますが、同族の匂いを嗅ぎ取ったモノに近いものもあります。
V.F様
パラメーターですが、原作を見る限り、やっぱり、幸運というより悪運かなあと思い、Cにしました。
渋様
ありがとうございます。
戦闘は、こんな感じになりました。どうっだったでしょうか。
とり様
結構渡り合えました。本文中でも書いてますが、相手がランサーだからであり、セイバー相手には、ここまでは渡り合えないでしょう。
名セリフは、出来れば自分も使いたいのですが、逃げた隙に、マスターが殺されかねないので、このセリフは、なかなか使えません。
カシス・ユウ・シンクレア様
虎先生は難しいですね。一般人うんぬんを通り越して、異星の人ですから。
REKI様
ありがとうございます。期待に応えれたでしょうか。
双文珠は一応使えますが、現時点では使いません。それについては、後々書いていこうと思います。
なまけもの様
人権宣言については、そんな感じでございます。
間桐家の情報については、町を案内するときに横島君が聞いているということで。同時に横島君は、ちゃっかり、アインツベルンの事も一通り聞いてたりしちゃってます。
慎二のことについてですが、美綴さんと同じように、ナイスタイミングが発動しました。えーと、はい。描写してない私が悪うございました。どうかご勘弁を。
パラメーターに関しては、仙術を使い、B位まで持っていけます。強化の魔術の重ねがけの様なモノですね。
ヒロイン票受け取っておきます。
T城様
「うっかりスキル発動!丁稚と一緒に登校しよう」については、半人前と一緒にで、あるかもしれません。
主人公スキルは大事ですよね。
B&B様
ありがとうございます。
やっちゃいました、バトルジャンキーとの死合。
超加速、使いたいんですけどねえ、実際あれは、反則技に近いのでなかなか難しいです。
HEY様
串刺しイベントはあります。
危険なのが、ぶちきれてるランサー兄貴の、とばっちりを受けかねないことです。頑張れ士郎。
「夜はシリアスなバトル」にしたつもりですが、どうっだったでしょうか。
どうも、ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。
それでは、九十九でした。