結論から言おう。樫崎 優は妹に対して自信満々に
「今日からこの水銀燈と婚約するようになった。それに伴って水銀燈もこの家に住むから仲良くしろ。」
「ちょっ、離しなさいよぉ。」
とまるでなにかおかしい事はあるか、いやないと言わんばかりに唖然とする妹に対して宣言して
「ど、どこから誘拐してきたのよぉーーー!!」
と、コンマゼロ三秒の速さで繰り出されたスリッパによるツッコミを後頭部に受け、KOノックアウトされたのであった。
ローゼンメイデン−ジャンクライフ−
「うわぁ、本当に人形何だぁ。」
「気安く触らないで。手垢がつくじゃない。」
「ふむ。」
優は椅子に座り、自分で入れたコーヒーの味に舌鼓を打ちながら仲良く戯れる未来の嫁と妹を眺める。
もう少し水銀燈という存在に妹である香織が順応するのは時間がかかると思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。
まぁ、早く順応してくれればしてもらえるだけ無駄な問題がおきなくてよいので優は気分良くコーヒーの二口目を含んだ。
その際にコーヒーを飲もうと顔を動かすたびに長い前髪が視界をよぎる。
「邪魔だな。」
記憶をたどればこの時代には美容院という髪をきる専用の、いわば床屋の進化系がいるようなのでそこにいったほうがいいのだろうかと優は考え
「めんどうだな。」
そこまで行く労力も部屋の掃除によって尽きている。いや、と優は考えを巡らせる。
そもそもたかだか近所の美容院に行くのをしんどいと考えるのはこの体の体力がなさ過ぎるからだと優は結論付ける。
見れば見るほど貧弱な体である。
見方によれば優よりも香織のほうが肉付きはいいのではないだろうか。
そう思って二人に再び視線を戻せば、水銀燈の意思を無視してベタベタと触る香織に対して水銀燈がなにか行動をしようとしている。
「くっ。」
「水銀燈。」
出会ってまだほんの数時間しかたっていないが優は水銀燈に対して一つ理解したことがある。
「なによ。」
それは水銀燈がとても律儀な性格をしているという事である。呼び止められれば行動を中断して、声をかけたものに応じる。
そんなものは無視してしまえばいくらか楽に生きれるというのに、と優は考え、そしてそれを否定した。
己は既に十七の人生を生きる生ける屍であるが、水銀燈は物の怪といえど今を生きているのだ。
死したものと、生きているものとの違いがそこにはある。そしてそれは、とてつもなく大きな差なのだ。
水銀燈は生きる者の特権として無自覚にその効率の悪さを楽しんでいるのだろう。
「こっちにこい。」
「お兄ちゃん! 今は私が水銀燈ちゃんと……。」
「わかったわ。」
水銀燈は鬱陶しいと香織の手を払うと優の傍へと寄っていく。優はすく傍にまでやってきた水銀燈を確認すると冷たい視線を香織に向けた。
「水銀燈はお前の玩具じゃない。」
「むっ。」
香織は優の言葉に不満そうにし、助けを求めるように水銀燈に視線を向けるがそれを冷ややかな一瞥で返される。
「意思がある者の嫌がる行為をすることは人として最低だぞ。香織。反省しろ。」
「な、なによぉ! 」
「行くぞ。水銀燈。」
優のその言葉に水銀燈は逆らおうとも、なぜ糧である人間に命令されなければならないのか、という思いは不思議とわいていなかった。
一つは香織といるよりも優といるほうが自分としては幾ばくか心地いいという事。
そしてもう一つは――なぜか水銀燈はそれを言葉で表せず――そういう気が起こらないということ自体である。
二階にある優の部屋に行くために階段に差し掛かったところで優が口を開いた。
「こんど、ああいう事があったら怖がらしてやれ。」
「いいのぉ? 怖がらすどころか、殺してしまうかもぉ。」
そう言って水銀燈はからかうようにそう言ってみせる。
それこそが水銀燈のスタンスであり、そうやってなにかを嘲笑うことで自分を高める水銀燈の無自覚の癖。
だがそれは優には通じない。
正常な者にならそのスタンスで通じるだろう。
しかし優は正常ではない。
「殺せば面倒になる。それはお前にとっても面倒な事態になるという事だ。だから、やるならばほどほどにしておけ。」
「えっ。」
水銀燈はその言葉を予想していなかったので、思わず驚いて顔を挙げそして優の瞳に恐怖を感じた。
優は、本当に、心の底から妹の命を『面倒な事態になる』という理由だけで殺すなといっていることが水銀燈には理解できた。
そして理解すると共に、水銀燈は納得する。
人形とそのマスターもしくは糧であるミーディアムは共鳴する。そ
れはそうすることによって、力の大海である『無自覚の海』から力を効率よく吸い上げるためだ。
つまりは水銀燈と優は共鳴するほどに、似たものを抱え込んでいる。
「優。貴方、壊れてる(ジャンク)でしょう。」
その言葉に優は驚いて目を見開き、そして納得したように微笑を浮かべる。
言葉にしていったわけじゃない。ただ、二人は互いに似たもの同士だという事に気づき、水銀燈は親近感にも似た思いを優に抱き
「傷を舐めあうつもりはない。」
優はそれを切り捨てた。
そのあまりにもストレートすぎる拒絶の言葉にぴくりと水銀燈の顔が歪む。
「私も、貴方なんかと舐めあう気はないわ。」
「それでいい。後々になって、傷の舐めあいの延長で結婚したとなれば離婚は免れんからな。」
「はぁっ!?」
「先ほどのあの、箱ではなく、そう、テレビで言っていた。そういう結婚をしたものは長続きしないらしい。」
ひくっと水銀燈の顔が引きつる。
アリスゲームの事、ローゼンメイデンの事、ミーディアムの事をあれほど細かに教えてやったというのにこの男の誤解はまだ解けていないのかと。
契約だと言って指輪に口付けをさせた、いや、契約とはそういうものだといった瞬間に優がやったのだが、水銀燈は今すぐソレを撤回したい気分になっていた。
怒りが沸々とわいてきて、そして疲れたように水銀燈は溜息をついた。
「らしくないわね。」
水銀燈はそう言って、目の前の優の背中を見つめる。
階段を、高みへと上っていくその姿、それがふと違う姿と重なった。
片手に錆びた使い物にならない剣を持ち、岩が並んだ険しい山道を登っていく一人の男、その先に求めるものがあり、同時にそこは終焉でもある。
「どうした?」
「――――っ!」
水銀燈は優の呼びかけによりはっと我に帰った。
そこには岩などなく、ただの一般住宅の壁があり、木造の階段が存在するだけ。
「なんでもないわ。」
「そうか。」
水銀燈は少し乱れた息を整えるとちらりと優の背中に視線を向ける。
不健康そうな白い肌が覗く半袖姿の優がそこにいるだけであった。
優は部屋に入ると勉強机に備え付けられている椅子に座り、水銀燈はベッドの上へと腰掛けた。
「後、一、二時間もすれば香織が暴れだす。痛めつけるなり、なんなり好きにしろ。」
「あの人間がぁ? どうして?」
「先ほど思い至ったのだが、香織が見せたあの早い順応能力は、ただの現実逃避の産物ではないかと。」
「あぁ。人間は脆いものねぇ。心が。」
「己が常識を逸脱したものと出会った際に人がとる行動は二つだ。恐ろしい物なら逃げ惑い、そうでないのなら認めない。」
そこで一度優は言葉を切ると優は吐き捨てるようにして告げた。
「心が脆いのではなく、心が受け入れないのだ。その狭さゆえに。」
まるでその狭さに対して憎しみを抱いているように優はそう言うと、ふとベッドに座っている水銀燈に視線をとめた。
ぞくりと水銀燈に寒気が走る。先ほどまでの真面目な感じが優からなくなり、不吉な感じがあふれ出す。
それはまさに水銀燈の脳裏にこの短時間での優の行動が蘇り、そして今の状況に照らし合わせる。
ベッドに座る自分、優の頭では二人は婚約している、時刻は夕方。
「今夜は……ふむ。やはり、結婚してからの方がいいのか。いや、だが……。」
「――――寝るわ。」
これ以上優の前にがたを見せているのは危険だと判断した水銀燈は少し慌てた様子でトランクの中に入る。
鍵をかける事も忘れない。
トランクの中に潜んでいた人工妖精のメイメイがきらりと輝き
「メイメイ。貴方はどういう基準であんなマスターを選んだのよ。」
それに対し、メイメイは困ったように明滅を繰り返すしかなかった。
あとがき
前回の話の後編という感じの話でした。
>D,様。
俺の中では水銀燈・蒼星石が同率一意です。いや、勘のいい人には話をTV版基準にしたということで気づいていたかもしれませんが…。
>幻覚キャベツ様。
とりあえず香織と水銀燈のご対面です。のり並の順応力を見せた香織ですが、実は現実逃避をしているだけと言う。
人間蒼簡単に非日常なものを受け入れるなんてできませんからね。
>TILTIL様。
水銀灯はこれからも苦労……いえ、慌て続けることでしょう。ええ、優の唯我独尊が終わるまでずっと……。
>54様。
物の怪と平気で婚約する主人公。彼がどういう人生を送ってきたかは後々明らかにしていくのでお楽しみに。
>ダブルドラゴン様。
アニメ、もしくは漫画を見れば本来の水銀燈のスタンスが理解できて、水銀燈の慌てっぷりの貴重さが分かるのでぜひアニメを見てください。
そして萌えてください。さぁ、我らローゼン好きの扉はすぐ目の前に……。
>315様
とりあえずTV版基準で話は進んでいくので、第一期の話が終わってからの登場になる予定です。
それまでどうかご辛抱を。
>しゅらばー様
ない部分については話のネタばれになるんで、後々明かしていきたいと思います。
>西環様
漫画版の水銀燈では明かされていない部分が多々あるので話を作る上で無理だと判断しました。
とりあえず終わりまで話の流れは完全に出来上がっているので、意地でも続けて終わらせます。
というか、書くのが楽しいので続きは必ずあります。
そして、水銀燈のキャラ。
なんとかつかもうとアニメを見直したりしておりますが、現状では皆さんが読んで違和感がないようにと祈るば