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「黄昏の式典 第十五話 〜戦い方〜(GS+東京アンダーグラウンド+他)」

黒夢 (2005-12-26 22:00/2005-12-28 13:26)
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四試合目が終了したことで、三日目の戦いは幕を下ろした。各チームは各々で食事を取り、戦った者は疲れを取るため、明日に試合を控えた者は身体を休めるためにすでに寝床につき、安眠を貪っている。

そんな静寂が包む選手専用ホテルだが、どうやら例外もいるらしい。

広い通路の中でただ一つ動く影は壁に身体を張り付け、通路の角から辺りを注意深く見渡しながら泥棒の如く慎重に移動している。

何を隠そうその影とは、我らがヒーロー横島だ。

「冗談やない!相手がどういう奴らか知らんけど、今までの試合の流れを見る限り絶対に化け物だ!逃げちゃる!後の事なんて知るか!絶対にこの島から脱出したる!!」

横島は今までの常識外れの試合を観戦して完全にビビっていた。まあ、自分の相手が横島認定A級危険人物であるアンデルセン、ハオ、アーカード、毒蜂、志貴、赤屍、アルクェイド、銀次、和麻、朧、厳馬などに匹敵するのではないかと考えればその気持ちもわからなくもないが。

もっとも、他の参加者にしてみれば横島の能力も立派に反則クラスなので本当はどっちもどっちなのだが、自分を過小評価し過ぎている横島は気づいていない。

ついでに逃げ出したら美神による形容することさえおぞましいデッド・エンドが待っていることにも、精神的に追い詰められている横島は命までは奪わないだろうと楽観的に考えていた。

巡回するマネキンを巧みに避け、いくつ目かの角を蛇のような身のこなしで曲がり、横島はようやく一階のロビーにまで下りてくることに成功した。

「よし!都合よくマネキンどももいないし、これで助かる!」

逃げるにあたり、最大の難所であったロビーに障害が無いことに安堵し、横島は無警戒にロビーを横断して行く。

故に、最後の最後で詰めを誤った。


「こんな所でなにしてるんだい?」


物静かなロビーに、絶対者の声が木霊する。

それを脳が情報として認識した瞬間。横島は身体が、否、息が、止まった。

混乱に思考がぐちゃぐちゃとなり、身体が己の意思に反して停止する。まるで小石ほどの小さな蛙が大木ほどもある大蛇に睨まれているかのように、身を縛る悪寒が身体中を余すところ無く嘗め尽くす。

ロビーにいくつか置かれている立派なソファ。その中の一つ、もっとも横島から近い位置にあるそれに、誰かが座っている。

背もたれが横島に向いているためそこに座り、話しかけてきた人物の顔を見ることは出来ないが、それがどうした。

顔が見えない?そんなことは関係ない。この、自分とは桁どころか次元違いの圧倒的な霊力の持ち主など、横島は一人しか知らないのだから。

ゆっくりと、ソファに座る人物は腰を上げる。長い黒髪を揺らし、威厳を見せ付けるかの如く。

横島は唯一自由に動く首を恐る恐る向け、そこに現れた人物を視界に収める。

その人物は、なぜかジャージを着てこそいるが、間違いなく記憶にある人物だった。

「あ、あさく、ら、ハオ……」

「やぁ。こんばんは、横島忠夫。奇遇だね、君も眠れないのかい?」

ハオは初対面であり、大会のライバルでもある横島に微塵も警戒を抱く事無く近寄ってくる。

当然だ。巨象が、なぜ小石よりも小さい蟻に注意を向ける必要がある?

一歩、ハオが近づく度に横島は離れようとするのだが、身体は意思に反してピクリともしない。

横島とて原因はわかっている。

ハオから漏れ出す圧倒的な霊力の波動に、身体中の神経が麻痺してしまっているのだ。

(な、なんでこうなるんやーーーー!!?これならおとなしく試合やってた方が幾分かマシやないかーーーー!!!!)

大会中二人っきりで出会いたくない人ベスト3にランクインしているハオの登場に横島は表情を泣き顔に歪め、人知れず心の中で絶叫した。

後悔先に立たず。これほどこの言葉が似合う場面もそう無いだろう。

「……ああ。僕の霊圧にあてられて動けないのか」

間近まで近づいてきたハオはわずかな沈黙の後に一人呟く。数瞬後、横島の身体を縛っていた霊圧が唐突に和らいだ。

「うわっと!?」

何の前触れも無く身を縛る圧迫感が消えたことで横島はわずかにふらつくが、ハオはそんなことなど気にもせずに、

「これで動けるだろう。ここで会ったのも何かの縁だ。一緒にコーヒーでも飲まないかい?ここのコーヒーは、人形が入れるにしては中々のものなんだ」

なんて気軽に言ってきた。

もちろん、横島の返答は決まっている。

「い、いえ。俺は忙しいので「まさか……僕の誘いを断る、とは言わないよな?」……謹んでお受けいたします」

予想はしていたが、やっぱり駄目だった。


そういうわけで現在。横島は何故かハオと向かい合う形でソファに腰を下ろしている。

当然のように横島はカチコチに緊張していて、まだ一度もテーブルに置かれたカップに口をつけていない。

余談だが、マネキンは別にいなかったわけではなく、必要とされていない時は受付の下に自動的に収納されるらしい。

一方のハオは気品すら感じる仕草で一口二口飲み、実力に裏打ちされた余裕の態度を崩していない。

「飲まないのか?」

わずかに音を響かせながらカップをテーブルに置き、ハオは横島を見ることも無くただ静かに問う。

「はっ!?の、飲みます飲みます!!」

声をかけられたことで硬直を解いた横島は慌ててカップを掴むと注がれたコーヒーを一気に飲み干す。緊張で味覚が麻痺していて味わいもクソも無かった。そんな分かりやすい横島の様子にハオは怒るわけでもなく、穏やかに笑う。

「怖がるなよ。別にお前を取って喰おうというわけじゃないんだ……まあ、それはそれでS・O・F(スピリット・オブ・ファイア)の良い糧になりそうだが……」

さらっと、大したことでは無い的な口調でハオは横島への死刑宣告とも取れる事を口にする。

意味こそ分からないが、それが自分の生死に関係することだと感じ取った横島はさらに身を硬くするが、疑問も沸いてきた。

「僕が君を誘ったのがそんなに不思議か?」

「!?は、はい……」

つい反射的に答えてしまったが、ハオの問いかけは横島が抱いた疑問そのままだった。

「特に理由は無いよ。あえて言うなら、気になった。それだけさ」

「は、ははは……い、いやだな〜。お、俺なんて道に転がってる小石、いえ、ゴミですよ?あなたほどのお方が気にかけるほどの「魔族の霊体を大量に宿した人間が大したことないのかい?」っ!?なっ……!?」

あのアシュタロス大戦を共に戦った戦友以外に知りえるはずのない情報を当然の事のように言い切ったハオに驚愕の表情を向けながら、横島は勢い良く立ち上がる。

「騒ぐな。その程度のこと、僕でなくとも気づいている者は数人いる」

動揺する横島を一言で切り捨て、ハオはあくまでも気を揺るがす事無くカップを手に取り、一口飲むと再び口を開く。

「僕が気になったのはそんな事ではなく、君の心だ」

カップを置き、ハオは初めて横島を正面から真っ直ぐ見据えた。内まで見透かすような強い炎を宿す瞳に押され、横島は怯む。

「俺の……心?」

いったい何を言っているのだろうか?

横島には分からなかったが、勘が訴えかけてくる。

聞くな。これを聞いてはいけない。聞いたら、いつも通りの俺じゃなくなる、と。

だが、逸らすことが出来ない。勘が聞くなと訴えかける以上に、思考が絶対に聞かなければならないと伝えてくるのだ。

「この大会に集った者たちの大部分には一つの共通点がある。何かわかるか?」

「…………」

ハオの問いに、横島は無言で首を横に振る。

「そいつにとって大切な者を守れたか、守れなかったかだ」

「……え?」

呆然と驚く横島など意に介さず、ハオはなおも謳うように続ける。

「両親を…兄弟を…恋人を…友人を守り通した者と、守ることができなかった者……それが、この場に集った者たちの最大の違いだ。お前がどちらに属するのかは、言うまでも無いな」

ハオはそれだけ告げ、再びカップを手に取りわずかに残っていたコーヒーを飲み干すと立ち上がった。

「世界と魔族を天秤に賭け、世界を選んだ人間……君がその時に何を思ったのか。僕はそれが知りたいんだ」

「それは……」

言葉に詰まる横島を見下ろしながら、ハオは煽るわけでも微笑みかけるわけでもなく、眼を細めて、ただ笑う。

「今でなくてもいいさ。いずれ、次の機会に」

用はそれだけだと告げ、ハオは苦悩する横島を余所にさっさとロビーから去ろうとする。

「ああ、そうだ――――」

ハオは通路へと続く出入り口の前で、さも今思い出したかのように振り返り、無情にも横島を縛る言葉の呪縛を残した。


「君が親しくしている遠野志貴と大十字九郎……彼らは君と違い、守り通した側だ」


「!?」

何の意図があってそんな事を教えたのかはわからない。だが、横島はどうしても一つだけ聞きたかった。

「ま、待て!!」

横島の必死の制止の言葉が届いたのか、ハオは歩みを止め、首だけ振り返る。

横島から見て、ハオの強さは圧倒的だ。それこそアシュタロスに止めを刺した美神との『同期』ですら勝てないと思わせられるぐらい、ハオは強い。

だから、恐らくこの質問は愚問だ。あんなに強いのだから、答えは一つに決まっている。


「あんたは……守れたのか?」


返答は……穏やかで、悲しい笑みだった。


黄昏の式典 第十五話 〜戦い方〜


やはりというか、昨日の計十二試合によって半壊どころか全壊されたはずの闘技場は大会開始当初と見間違わんばかりに修復されていた。少なからず疑問は残るが、二回目ともなればなれたもので選手はおろか観客にも動揺は無い。

それに今までの想像を絶する激闘や、そこで行われてきた神代に匹敵する神秘の数々に比べればそうたいしたことでもないだろう。

現状で注目されているのはそんなことではなく、第五試合の始まりだ。

すでに、試合開始まで五分を切っていた。


GSチームサイド


「さーて、いよいよ私達ね。あんたら準備は良い!?」

すでに覚悟は決まった。ここまで来て、おめおめ逃げるなど美神令子のプライドが許さない。わずかに残った気負いを振り切るかのように美神が激励を上げる。

「はい!」

「いつでもいいぜ!」

ピートと雪之丞は気合を以ってそれに答える。この二人にもすでに迷いは無い。戦うならば勝つ。その気概があった。

「…………」

そんな中でただ一人、力無く顔を俯かせている者がいた。

GSチームの四人目。横島忠夫だ。

結局、横島は逃げなかった。

いや、逃げられなかった。

何度もホテルから出ようと思った。だが、後一歩。たった一歩を踏み出そうとする度にハオのあの言葉が蘇るのだ。


大切な者を守れたのか、守れなかったのか――――


まるで呪いの様に纏わりつく迷い。気がつけば朝になっていて、ずるずると晴れぬ気持ちのままにここまで来てしまった。

(俺は……)

なぜこんなにも心が揺れているのか、横島にも分からない。

自分はもう吹っ切れたはずなのに、どうしてこうも胸が痛いのだ?

「ちょっと横島クン!?あんた聞いてるの!?」

「えっ?あ、な、なんですか?」

どうやら横島は自分で思っていたよりも深く己の内に沈んでいたらしく、美神の言葉でようやく現実に引き戻される。

「はぁ。緊張してるのはわかるけど、あんまり気負いするんじゃないわよ。まあ、もし負けたらしばらくただ働きだけどね」

「プレッシャー与えんでください!というか今の給料でもやばいのにそれまで無くなったらマジで死にますよ、俺!?」

心情を出さないように、横島はいつもの自分を演じる。美神はいつも横島に強く当たるものの、こう見えて根本では優しい。ピートも雪之丞も掛け替えの無い友人だ。だからこそ、無用な心配をかけたくなかった。

「ならがんばりなさい。活躍しだいじゃ給料アップも考えてあげるわ」

「ま、マジっすか!?いよっしゃー!何人たりとも俺を阻む事はできん!!」

いつも通りの横島の行動。そこにおかしなところなど微塵も見当たらない。だが、付き合いの長さからか、三人はいつもとの微妙な違いに気づいていた。

「……ねぇ、横島クン、何かあったの?」

美神は横島に聞こえないよう小声で二人に話しかける。

「いえ、僕は何も……」

「俺もだ。どうしちまったんだ、あいつ」

二人の言葉の端には心配の念が感じられる。

「……とにかく、今は試合に集中しましょう。先鋒は、雪之丞か」

気にはなるが、今は試合が先決と割り切った美神は雪之丞に厳しい視線を送る。

「任せときな。横島に何があったかはしらねーが、アイツの目を覚ますぐらい熱い試合をしてやるぜ!」


アンダーグラウンドチームサイド


「最初は僕か」

スクリーンに映し出された自身の名を見上げたテイルは微笑の裏に残念さを含めながら呟く。

「いいなー、テイル。最初は私が出たかったのに……」

その横でふくれっ面で文句を言うシエルはテイルを見上げ、恨めしげな視線を向けていた。

そんなシエルの様子にテイルは苦笑し、やれやれといった具合に首を振る。

「できれば譲りたいんだけどね。僕は横島忠夫か美神令子と戦いから」

「お前、あの二人のこと知ってるのか?」

テイルとはお世辞にも仲が良いといえないルミナだが、相手を名指しで指名した事に軽く驚く。

「まあね。僕だけでなく、彼女も知ってるはずだ」

そう言いながらテイルは視線をルミナの後ろの壁に向ける。そこには壁に寄り掛かったチェルシーがいた。

「金髪も?」

「最初に司会もいってたでしょう?魔神を倒したって。真偽はどうであれ、仮にもそう言われるからにはかなりの実力のはずよ。あの雪之丞って奴もたぶんその時のメンバーね」

「へぇ……魔神ってどれぐらい強いんだ?」

「知らないわよ、そんなの。でも、魔神って言われるからには人間より遥かに強かったでしょうね」

「魔神かー……私も見てみたかったな〜」

何となく、試合前とは思えないほどに暢気な雰囲気が充満しているが、場慣れしているからだろう。

「まあ相手が強いのかどうかなんて、戦ってみればわかるさ」


「先鋒戦!雪之丞選手VSテイル選手!!始め!!」


「うおおおおおっ!!」

獣の如き咆哮を上げ、雪之丞は序盤からテイルの下へと地を這う獣のようにして駆ける。そこに小細工などは存在しない。自身を満たす闘争本能の赴くままに、雪之丞はテイルという獲物に牙を突き立てるために疾る。

「ふん……一直線に向かって来るなんて、倒してくれと言っているようにしか見えないね!」

愚考を選ぶ獣を見据え、テイルは嘲笑う。浅はかな考えを、無謀な行動を、その全てがお前の敗因だと告げるように。

テイルの意思に呼応し、空気中にわずかに在る水が圧縮されて右手に集う。

「水珠!!」

手の平に留められた水の球はテイルの意思によって弾丸となり、瀑布の如き勢いで雪之丞に襲い掛かる。だが、雪之丞は止まらない。それがどうしたと言わんばかりに、真っ向から圧縮された水に挑む。

獣と水は互いに決して退く事無く、衝突した。

水が響かせるにしてはあまりにも重たい音が辺りに響き、圧縮された水と同時に砕かれた粉塵がテイルの視界を隠す。飛び散った水飛沫が夕焼けに照らされた空を舞う。

テイルはその様をただ冷徹な瞳で見据えていた。

「バカが……期待外れもいいとこだね。これじゃあ残り三人の腕も知れるよ」

つまらなさそうに憮然とした態度でそう吐き捨て、テイルはその場に背を向ける。


「期待外れかどうか……」


だが、水と粉塵の霧の先から声が響く。それに伴い、黒い影が飛び出した。

「決めるには早過ぎるぜっ!!」

「……!?」

眼前で振り抜かれた拳をテイルはとっさに右手に持っていた布で覆われた棒で受ける。

だが、力に押され容易く後方に弾き飛ばされた。

難なく体勢を整えたテイルは落ち着き払った様子で自身を飛ばしたものを見る。

そこには、黒い獣がいた。

上半身から頭にかけてスリムでありながらも力強く強固な印象を与える歪な鎧で包み、下半身から全身には霊力によって作られた黒いボディスーツを纏っている。

これこそが雪之丞の用いる最高の戦闘術、『魔装術』の極意。

「水珠を正面から受けて傷一つ無いか……見かけどおり、装甲だけは硬いんだね」

「減らず口を叩けるのも、今のうちだぜ!!」

唯一鎧に覆われていない眼光を鋭くし、雪之丞は再びテイルに襲い掛かる。その速さは生身だった先ほどの比ではない。

だが、テイルの余裕は崩れない。

「どんなに速くなろうが……」

テイルは呟きながら顔を狙った一撃を軽く身を捻ることでかわし、至近距離で雪之丞の足元へと水珠を放つ。

「うおっ!?」

流石の魔装術でも衝撃までは防ぐ事はできず、足を弾かれた雪之丞は五メートルほど地をすべった。

「戦い方が下手じゃ意味が無い。そうだね……もし君が僕に一撃でも与えることができれば、期待外れって言葉は訂正してあげるよ」

周囲に水を浮かべ、絶対的優位に立っている事を確信するテイルは自信と余裕を込めて宣言する。雪之丞はその宣言に怒る事も無く、『魔装術』の装甲の下で不敵な笑みを刻んだ。

「へっ……なら、いま訂正してもらうぜ」

「なにを……!?」

頬を流れるねっとりとしたものに気づき、テイルは頬を乱暴に手の甲で拭う。そこには、赤い液体が付着していた。

いったいいつの間にやられたのか、テイルにはわからなかった。

「……なるほどね。さすがにここにいるだけの事はあるか……約束通り訂正するよ。少なくとも、キミは真面目に相手をするにたる人物だ」

今まであった侮りを消し、テイルは棒を真横に一振りする。

「初戦で使うつもりは無かったけど、気が変わった。存分に力の差を思い知らせてあげるよ」

布が落ち、棒は隠されていたその姿を明らかにする。流動するそれは、間違いなく。

「水?」

「そう、水だ。もちろんただの水じゃない。大量の水を圧縮して固めた変幻自在の刃、穿水刃。キミにこれをかわすことができるかな?」

「!?」

テイルは笑みすら零し、無造作に穿水刃を振るう。たったそれだけの動作で刃は無数に枝分かれしながら雪之丞に襲い掛かった。

「ちぃっ!!」

迫る刃のどれもが必殺の威力を誇っている事を察した雪之丞はその場から飛び退き、なおも追撃する刃を拳に霊力を込めて弾き飛ばす。砕かれた水滴は礫となって魔装術の装甲をわずかに削り取るが、雪之丞の顔に浮かぶのは焦燥のそれではなく、隠し切れない楽しげな笑みだ。

「そうでなきゃ、面白くないぜ!!」

身を捻り、石柱の側面に足をつけた雪之丞は腰から足首にかけてのバネをフルに使い、己の身を黒い矢としてテイルに突き刺さらんと飛翔する。

だが、さっきから何度も繰り返されている直線的な攻撃をテイルが素直に当たってやるはずが無い。

「バカの一つ覚えのような突進ばかり……もう飽きたよ!!」

ゆっくりと穿水刃を構え、テイルは空中でろくに身動きが出来ない雪之丞へのカウンターを狙う。

雪之丞とて身動きができないのは百も承知している。だが、それがどうした。

そんな不利など、

「なら、こんなのはどうだ!?」

こうすれば、問題無い。

「な、に……!?」

この試合が開始されてから始めて、テイルの表情が驚愕一色に染まる。それほどまでに、目の前に展開されている光景は信じ難いものだった。

その光景を表すならば、光の豪雨。

数えることすら阻まれるいくつもの霊波砲の雨が、テイルに向かい降り注いでいるのだ。一撃一撃の威力こそセラスのハルコンネンや和麻の風の刃などに劣るものの、視界を覆いつくさんと言わんばかりの閃光の波は雪之丞の姿を完全に隠した。

「この程度……解!!」

動じたのも一瞬。テイルはとっさに穿水刃を形作っていた水を開放し、自身を守る大質量の壁とする。

激突によって轟音が辺りに響き渡り、水の壁が霊波砲の掃射によってわずかずつだが削られていく。

だが、100tにも及ぶ水だ。たかだか数十発の霊波砲で破られるほど柔ではない。

だから、この場でそれを破れる者がいるとしたら、


「うおおおおおおおおおお!!!!」


猪突猛進のバカ以外に、存在しない。

「っ!?クッ!!?」

突如として水の壁を突き破り現れた雪之丞に対してわずかに反応が遅れるが、反射的に顔をガードしながらテイルは後方に跳ぶ。

一瞬後、容赦の無い一撃がテイルを打ち抜いた。

パチンコ玉のように勢い良く弾き飛ばされたテイルは地面を一度バウンドするが、身体の軸を捻るようにして片手で地面を叩くと体勢を整え、膝をつきながらも何とか衝撃を逃がす。

ガードした腕には少量とはいえ水を纏っていたため折れてはいないが、突き抜けた衝撃はテイルの口内を傷つけ、口の端からわずかに血を流させた。

「どうだ!!」

雪之丞は得意気に声を上げるものの、魔装術の角は折れ、装甲も所々剥がれ落ちている。当然だ。霊波砲の掃射でそれなりに薄くなっていたとはいえ、あれだけの水量を強引に突破したのだ。むしろこの程度ですんで幸運だったといえよう。

「……忘れていたよ。バカは恐怖を感じないんだった。だが……」

自分に片膝をつけさせたその無謀を言外に賞賛し、テイルはどこか楽しげな笑みを微かに浮かべながら立ち上がる。

そして、雪之丞を隻眼ん瞳でしっかりと捉え、高らかに宣言した。

「予告するよ。キミは次の僕の攻撃で負ける」

「なんだとっ!?」

唐突に言い放たれた勝利宣言に雪之丞の眉が激しくつりあがった。雪之丞の気持ちもわからなくは無い。現状は誰がどう見ても互角。

だというのに、すでに勝敗は決まっていると口にするテイルはいったい何を考えているのか?

「嘘か本当かはすぐにわかるさ。一つ忠告をしておくなら、攻撃しないことだ。キミが攻撃した瞬間にあっけなく終わっちゃうからね」

手に持っていた穿水刃を崩し、開放された水を周囲に浮かべながらテイルは両手を真横に広げて余裕をアピールする。元々我慢強いとはいえない雪之丞の神経を逆撫でするには十分すぎた。

「てめぇ……やれるもんならやってみやがれ!!」

激情に駆られ、雪之丞は飛び出す。すでに魔装術の装甲も修復が終わり、万全の体勢だ。これで負けるなど、ありえない。その思いを体現する黒きものはすでに獣ではなく、魔獣。肉を切り裂き贓物を引き千切る破壊の権化だ。

己の身ごと弾丸に変えた雪之丞を止める事など、いかにテイルといえどもできないだろう。

だが、浮かぶのはあくまで余裕の微笑。まるで予定通りと言わんばかり、口先を嘲笑に歪めていた。

「くらえーーーー!!!!」

一秒とかからずにテイルの懐に潜り込んだ雪之丞は無防備な腹部に勢いを乗せた強烈なボディブローを繰り出す。普通これほどの一撃を受ければ腹部に大穴が開く事は間違いないのだが、激情に駆られた雪之丞はそこまで考えていない。

テイルは迫る必殺にもそれらしい防御の動きも見せずに、いとも容易く腹部を貫かれた。

だが、雪之丞の表情は殺してしまった事に焦る事も驚くことも無く、ただ訝しげに眉を顰めているだけだ。

拳は確実にテイルを貫いている。それは間違いない。


しかし、ならばなぜ、手ごたえが無いのか――――


パシャッ、と。疑念に捉われていた雪之丞の耳をそんな軽い音が打つ。

見れば、テイルの身体が水になって崩れていた。

「なっ!?」

「やっぱりね……挑発すれば向かってくると思っていたよ!!」

背後から声が響く。間違えようが無い。この試合中ずっと聞いていた声だ。慌てて雪之丞は振り返るが、その時にはもう終わっていた。

雪之丞の周りを取り囲むのは、数人のテイル。それらは全て片腕を天へと伸ばし、雪之丞の頭上に水の塊を形成する。

最後にテイルは笑い、片腕を騎士の剣の如く振り下ろした。

「狐瀑殺!!」

力強い号令の下。凄まじい勢いで立ち上った水柱は、瞬く間に雪之丞を覆い隠す。

それからどれほどの時間が過ぎただろうか。天を突いた水柱が消え、削られた地面を顕にする。その一番底には、魔装術が解け、気を失っている雪之丞がいた。

「勝者!テイル選手!!」

これ以上の試合続行は不可能と判断した司会はテイルの勝利を告げる。

「…………」

だが、テイルはそれに何の感慨も無いのか、倒れた雪之丞を見下ろしている。

「……僕がキミ以上のバカを知っていた。それが、キミの敗因だ」

テイルは振り向きざまにそれだけ言い残し、その場を去った。


次鋒戦  美神令子VSチェルシー・ローレック


GSチームサイド


「すまねぇ……負けちまった」

マネキンによって運び込まれた雪之丞は身体を起こすこともできずに力なく呟く。外傷はほとんど見当たらないが、肋骨を含めた全身の骨が数本折れているのだ。常人なら激痛によって気絶するところだが、雪之丞にはこの痛みさえ悔しさを煽るものでしかない。

「……本当なら報酬を減らすとこだけど、あんたのおかげで謎も解けたことだし、まあいいわ」

「謎……もしかして、彼らの力のことですか?」

美神の言葉に思い当たる節があるピートは聞き返す。しかし、それに答えたのは雪之丞だった。

「ああ……戦ってみてわかったんだが、あいつの力は単純な物理攻撃だ」

「やっぱり……けど、あいつは霊派砲を水で簡単に防いでた……これが司会のいってた異端の力って奴ね」

「えーと、つまりどういうことっスか?」

この場で唯一その話についていけない横島はできるだけ美神の怒りを買わぬ様に恐る恐る質問する。

「いい?あいつの力は完全に物理攻撃。でも、それだけじゃない。いくら大量の水でも霊気や魔力を付加していないんじゃ雪之丞の霊波砲の掃射を受けきれるわけ無いわ。つまり、あいつの力には私達が感知できない何かが使われてるってことよ」

「何かって……何がですか?」

「それがわからないから悩んでんでしょうが!」

「え?だって謎が解けたって……」

「それはあいつの攻撃が霊気で判断できるかできないかってことよ。できるって先入観を持ってたら不意を突かれるでしょう?」

確かに美神の言うとおりだ。少なくとも今までの試合で使われてきた様々な力はその波動を感じ取ることができた。しかし、今回のテイルの水にはそれが無かった。

雪之丞は持ち前の勘で何とか戦っていたようだが、これまで霊気を使う者たちとの戦いを前提にしてきた美神たちにとっては正直、苦しい相手だ。結果的にこの情報を早めに入手することができたのは嬉しい誤算というやつだろう。

……その代償が一敗なのだが、恐らく先鋒は誰が出ても負けていたので気にはしない。

「まっ!よーく見てなさい!!私が手本を実演してやるわ」

漲る自信を纏い、美神は戦いの場に足を踏み入れた。


アンダーグラウンドチームサイド


「流石だね、テイル!まずは一勝!!」

戻ってきたテイルを出迎えたのは、シエルから送られた賞賛の言葉だった。もちろんテイルはそれを否定するわけが無く、

「当然だね。僕が負けるはずが無い」

と、何を当たり前の事をと言わんばかりに肯定した。

「それより、次の心配をした方が良いよ」

「それこそ余計なお世話ね」

チェルシーは一言でそれを切り捨て、悠然と闘技場に足をかける。

「最高のGS美神令子……相手にとって不足無し、ってね!」


闘技場サイド


微塵もこれから始まる戦いへの気負いは無いと態度で語るかのように、悠然と中央に進み出た美神とチェルシーは先ほどテイルが作った大穴をちょうど挟んで立ち止まる。二人はすでに臨戦態勢に入っているようで、美神は神通棍を展開し、チェルシーは拳を固め、それぞれ長年の戦いで培った自身にとって最適の構えを油断無く取っている。

開始の合図が響けばその途端に始まる。言葉で言わずとも、場に満ちた雰囲気がそう言っていた。

「……戦う前に聞きたい事があるんだけど、いい?」

不意に、静寂を崩す形で美神が口を開く。

いきなりの美神の言葉にチェルシーは若干疑念の眼を向けるが、断る必要も無いと思い立ち、

「なにかしら?」

と、声の端にわずかな警戒を乗せて言う。

「たいしたことじゃないわ。ただ、確認しときたいことがあるだけよ。単刀直入に聞かせてもらうけど、あんた達がこの大会に出場した理由は?」

美神が考えた末に到達したこの大会のカラクリ。

それは、そもそもこの『黄昏の式典』なる大会そのものが存在しないという矛盾したものだった。

たとえば美神がこの大会に出場する理由は優勝賞金の百億だ。

しかし、それは本当に存在するのか?

確かに名だたる出資者の数々を見れば百億どころか千億ぐらい楽に出せるだろう。

だが、それならばなぜ、わざわざその出資者自体が選手を送り込む必要がある。

裏の世界の勢力覇権の争い。美神も当初はそう考えていた。

だが、紅麗の謎の言葉。ウィンフィールドに教えられた覇道財閥総帥の不振な動き。アルクェイドが言っていた辺り一帯の世界からの隔離。朧の言っていたアーカムの不振な行動。

どう考えても不審な点が多すぎる。そもそもそれなら美神が招かれる理由が無い。GS協会には裏の覇権を狙えるほどの権威は無いのだ。

そこで美神は発想を変えてみた。

この大会は、何かを行うために必要な者を集めるためだけに開かれているのではないか、と。

少々強引だが、そう考えれば色々と辻褄が合うのだ。

根拠はある。美神はこの場に訪れた初日に出資者には奇妙な共通点があることに気づいていた。

それは……世界各国への大規模な寄付活動だ。

美神も聞いた当初は耳を疑ったものだが、大会出資者にもなっているいくつかの組織が名を変えて同時期に人材派遣やら寄付金やらで動き回っていたのだ。

これが行われるようになったのは、美神の記憶に間違いが無ければおよそ二カ月前。

二ヶ月前……シエルがヴァチカンに奇妙な様子を感じたのも、アルクェイドがジャバウォックという魔獣と戦ったのもちょうどその時期に当てはまる。

偶然と片付けるには、あまりにも出来過ぎている。

美神がチェルシーに問うた理由はその確認のためだ。すでにウィンフィールドと秋葉、朧には事前に確認している。

後一チーム……GSチームを含めて全12チーム中の5チームの確証が得られれば、美神の予想は現実に変わる。

そしてそれは……世界に起こる、いや、起こっているかもしれない異常を決定づける事にもなる。

そんな色々な憶測を成り立たせるための美神の言葉に、チェルシーの纏う雰囲気が変わった。

「……答える必要はないわ」

(……やっぱり、か)

この瞬間、美神は確信した。

この大会の異常を……世界に何かが起こっている事を……

チェルシーは答える必要が無いと言ったが、なぜだ?

目的は別にしても、理由など、普通に考えて優勝賞金の百億以外にありえないというのに。

すでに理由を聞いた三人は下記の通りだった。

ウィンフィールドは「総帥のご命令です」

秋葉は「……付き人の琥珀の事は以前言いましたよね。身内の恥なのであまり話したくは無いんですが……はめられたからです。すみませんが、これ以上は思い出したくもありません」

朧は「私は強者と戦えると聞いたからです。もっとも、優たちは上からの命令のようですが」

誰一人として、優勝賞金の事を話すどころか触れさえしなかった。

つまり、大会に出場した者たちには共通する明確な理由が存在しない。ただ、その者にとってもっとも効率の良い方法で集められているだけなのだ。

(そこまでして、これだけの面子を集める必要があった……下手したら、アシュタロスの時以上の厄介事に巻き込まれてるのかもね)

嫌な想像に美神は思わずため息をつく。訝しげに見てくるチェルシーは適当に誤魔化した。

(私の予想が正しいなら戦う必要なんてないけど、迂闊な行動をして眼を付けられたら厄介だし……どっちみち、この場は戦うしかないってことか……こうなったら、憂さ晴らしに付き合ってもらうわよ!)

ただ働きになるかもしれないと思う度に美神は胃が痛くなる思いがしたが、吹っ切れた。

どうせならこの鬱憤をチェルシーにぶつけてやるといった感じに。


「次鋒戦!美神選手VSチェルシー選手!!始め!!」


開始早々、チェルシーが動いた。すでに全身のバネという名の弓の弦は引き絞られていたのだろう。解き放たれたチェルシーは、正に敵を射ぬかんとする矢そのものだ。

対する美神は、ほんの一瞬、チェルシーの姿を見失った。

「っ!?」

だが、そこは最高クラスの霊能力者。突如として腹部の辺りから湧き上がる悪寒にも似た第六感に逆らわず、とっさに横に跳ぶ。美神の耳に風を切る音が鋭く響き、栗色の長髪が数本夕焼けの空に舞う。

先ほどまで美神の身体があった場所には、拳を突き出した状態のチェルシーがいた。いかにして二人を隔てていた大穴を超えたのかは定かでは無いが、そんな事は現状で関係ない。

刹那の時間、二人の視線は交差する。

自分の奇襲が避けられた事を驚くよりも先に、チェルシーはすぐさま回し蹴りを放つ。それを美神は右手に持つ神通棍で受けようと構えるが、わずかに接触した瞬間、ミシッと、重たい衝撃が伝わってきた。

「クッ!?」

ヤバイと直感した美神は反射的に身体を浮かし、衝撃の全てを逃がそうとする。だが、振り切られた蹴りはそれを嘲笑うかのように美神を容易く吹き飛ばした。

美神は衝撃に震える右腕を左腕で包み込み、何とか神通棍を地面に突き刺すことで勢いを殺す。

優に三十メートル近く滑っただろうか。一本の線が引かれた闘技場には摩擦熱で生まれた焦げ臭い匂いが漂っていた。

チェルシーは蹴りを放った体勢でたたずんでいたが、美神の無事を確認すると足を下ろし、ため息をつく。

「さすがに、この程度じゃやられてくれないか」

まあ、いいだろうとチェルシーは思考を切り変え、美神の下へと歩みを進める。

今のはあくまでも腕試しだ。美神令子の実力を測るための行動に過ぎない。

美神は名こそ各方面に響き渡っているが、その戦闘能力や戦闘技巧などは不明点が多い。というより何一つとして知られていない。

現状でのチェルシーの判断は体術なら自分が上。まだまだ実力は未知数といったところだった。

「いきなりきついご挨拶ね。年上はもう少し労わるものじゃない?」

美神は近づいてきたチェルシーを鋭い眼光で射抜きながら、立ち上がる。

表面上は何でもないかのように振舞い軽口を叩いているが、実際には未だに腕が痺れている。もしもいま襲われればひとたまりも無いだろう。今は口先で誤魔化すしかなかった。

「あら?日常じゃ労わってるわよ……時々、殺意を抱くけどね」

いったい誰を思い出しているのか、チェルシーのこめかみに青筋が浮かぶ。とにかく、話に乗ってきたのは美神にとって好都合だ。

何となく、近親感を覚えずにはいられないが……

「ま、まあそのお礼に、プロの心得ってやつを教えてやるわ!」

気を取り直し、美神は絶対の自信を持って言い放つ。

わずかに呆気を取られチェルシーは目を丸くするが、続けて愉快そうに微かに笑う。

「面白いわね。何を教えてくれるの?」

「まずは心得その1。どんな状況だろうと余裕を崩さない」

言いながら美神はチェルシーを煽るように笑う。腕の痺れも完全に取れた。あの超威力の一撃の謎は分からないが、少なくとも水ではない。つまり、このチームはそれぞれ別の力を行使するということだ。

余裕は戦いにおいてかなり重要なものであるといえよう。なぜなら焦れば焦るほど事態は泥沼にはまってしまう。それを打破する鍵が余裕であり、そこから生み出される柔軟な思考だ。

現に今、美神は余裕を駆使して危機を乗り切った。もっとも、美神だからこそできた芸当ともいえるが、それはそれだ。

「さっさとかかってきなさい。軽く教育してあげるわ」

先ほどまでは攻められたら負けていたというのに、それを微塵も感じさせずに、むしろいつまでもそんな所に突っ立ってないでさっさと来いというニュアンスを言葉に含める。

「いわれなくても……!!」

チェルシーが動かぬ理由は無い。もちろん、その誘いに乗った。

地面を陥没させるほど強く蹴り、チェルシーは試合開始時にも劣らぬほどの速さで迫る。

相変わらず目で追う事は難しいが、来ると分かっていれば反応はできる。

美神は自身の勘と知識を総動員して、チェルシーの動きを読み、顎を跳ね上げる意図を含んだ攻撃を神通棍で捌く。先ほどの教訓を踏まえて直に受ける真似はしない。あくまで受け流すだけだ。

そのまま身体を捻らせ、美神は巧みにチェルシーの側面に回り込むと後頭部を狙う容赦の無い一撃を喰らわせようとするが、あろう事かチェルシーは神通棍を片手で掴むと美神の軸を崩し、投げ飛ばした。

(チャンス!!)

空中で身を捻り、美神はなんとか足から着地することには成功したようだが、隙だらけだ。

この好機を逃す事無く、チェルシーは自身の能力を右手に纏いて疾る。

(つゥ!人一人投げ飛ばすって、どんな馬鹿力よ!?)

まさかあのタイミングで反撃されるとは思っていなかった美神は揺れる視界に苛立ち悪態をつくが、そんな暇さえ無かった。

「もらった!!」

眼前には拳を大きく振りかぶったチェルシーの姿。完全に、反応が遅れた。

(マズッ……!?)

とっさに神通棍を盾代わりに突き出すが、チェルシーの拳に触れた瞬間、軋みを上げる。

(ダメ、重いッ!!?)

瞬く間に押し込まれ、轟音と共にチェルシーを中心にした半径二メートルほどの地面が陥没した。

粉塵が舞う中、チェルシーは動かない。振り切った拳の下には、無残に折れ曲がった神通棍だけがあった。それはつまり、

「……まさか、今のタイミングで避けられるとは思わなかったわ」

美神の無事を意味していた。

あの時、美神は押し切られる事を悟るとギリギリのタイミングで精霊石の力を解放したのだ。おかげで押し潰される事だけは避けられたわけだが、代償として一張羅の服がボロボロになっている。密かに後で弁償させる事を心に誓うと、美神は主人公ではなく悪役がよくする類の笑みを浮かべた。

「私も、死ぬかと思ったわ。けどまあ、おかげであんたの能力が分かったけどね。あんたの能力……ずばり、重力ね」

「…………」

美神の指摘に、チェルシーは無言で体勢を直した。

そもそもおかしいとは思っていたのだ。細身であるチェルシーにあれだけの力があるのには。最初に吹き飛ばされた時点で目に見えない何らかの力を使っているとは読んでいたが、あの時点では内に作用する氣功のようなものだと当たりを付けていた。

しかし、今のでそれは間違いである事に気づいた。確かに元々の力が上がれば神通棍をへし折ることもできるだろうが、辺り一帯陥没させるなどありえない。消去法で考えれば、答えはすぐに出た。

「……それが分かったところで、もうアンタに武器は無いわ。まさか、素手で私と戦うつもり?」

「あまいわね。心得その2。プロは常に予備の武器を用意しておくものよ」

美神はそう言って太股の辺りから新たな神通棍を取り出す。

「種さえ分かっていれば、対策の立てようはある。プロの戦い方は一つじゃないのよ」

「悪いけど、今までの戦いじゃ私の能力がばれてるのは当たり前だった。今さら、能力がばれた位で不利になるなんて事は無いわ」

二人は共に相手を嘲笑い、動いた。

チェルシーは陥没した地面から跳びだすと一気に美神の頭上へと跳躍し、踵落しを繰り出す。それを美神は好都合といわんばかりに口先を歪めながら転がるように避け、チェルシーを無視して前へと進む。

美神の目的はチェルシーではない。目的は、

(よし!!これなら……)

折れ曲がった神通棍。

「そんなもので、どうする気!?」

陥没した地面から美神が抜け出るのとほぼ同時にチェルシーの拳がうねりを上げて迫る。美神は身を翻し、それを捌くが、そこからは一方的だった。連続で繰り出される超重量の打撃の雨を抜け出る事ができず、美神は完全に受けに徹する事で何とかもちこたえる。

だが、このままでは一分も持たずに地に伏せられることになるだろう。

美神とて、そんな事は百も承知している。元々チェルシーと真っ向から戦えば勝ち目は無い。

ならばどうするか。

簡単だ。自分の勝てる状況に、相手を誘い込めば良い。

そのための布石はすでに完成している。

だが、美神は自身が先ほど作った直線にして三十メートルもある溝に足がはまってしまい、チェルシーの一撃を神通棍ごしにとはいえまともに受け、勢い良く倒れてしまった。

「しまっ……」

「これで、終わり!!」

勝利を確信したチェルシーは倒れる美神へと止めの一撃を放つ。本来ならここまでする必要は無いと思うのだが、この人に意識を持たせたままではダメだと直感が訴えかけてくるのだ。

その判断は正しい。なにせ、アシュタロスですら最後の最後で足元をすくわれたのだ。

唯一惜しむべきは、その判断が遅かったことだろう。

残念ながら、すでに布石は出揃っている。

それを判断することができたのはチェルシーにとって本当に偶然だった。

右手に持った神通棍は腕ごと溝にはまってしいて使用不能。左手に持った神通棍は折れ曲がって使用不能。

本当にそうなのか?

疑問が思考を掠る。そもそもなぜ、美神は危険をおかしてまで折れ曲がった神通棍を拾ったのだ?

そこに考えが至った時、チェルシーは見た。折れ曲がった神通棍の先端に、光が灯るのを。

「っ!?クッ!?」

チェルシーはとっさに攻撃を中止し、身を捻る。漏れ出た霊気の棍は、右腕をわずかに掠って消えた。

「避けた!?」

あのタイミングで避けられるとは思っていなかった美神の驚愕の声が闘技場に空しく響く。

「危なかったわ……もう少し気づくのが遅ければ、やられていたわね」

どっと吹き出た冷や汗を拭い、チェルシーは呆然と呟く。

「はぁ……」

美神は俯き、小さなため息を漏らす。チェルシーはそれを諦めと受け取り、降参を呼びかけようとして、次に耳に飛び込んできた美神の言葉に、開きかけた口を閉ざした。

「ギリギリ、ってとこね」

「え?」

何を言っているのだと問いかける間も無く、それは起こった。

突如として地面を突き破って現れた光の縄のような物が、チェルシーの身を縛りあげたのだ。

「なっ!?」

予想外の事態に混乱するチェルシーを余所に、美神はゆっくり立ち上がる。見れば、この光の縄は右手に持つ神通棍から伸びていた。

「心得その3。利用できるものは何でも利用する。私たちがあんたたちの力を感知できないように、あんたたちは私たちの力を感知できない。それを逆手に取らせてもらったってわけよ」

「……やられたわ。最初からこれを狙ってたのね」

「そういうこと。最後に心得その4。切り札は最後まで取っておく。どう?ためになったでしょう」

美神の策略はこうだ。チェルシーの能力が判明し、正面からの戦闘では絶対に勝てない事を悟った美神はいつも通り揉め手を使う事を考えた。

折れ曲がった神通棍を拾ったのは、中枢を破壊されたわけではなかったので、一度ぐらい使えるのではという期待があったためだ。まさか、本当に使えるとは美神も思っていなかったが。

後は前文の通りだ。わざと溝の近くで倒れ、そこに美神の切り札、神通鞭を展開させて隠し、折れ曲がった神通棍で奇襲する。それで倒せれば好都合であり、失敗しても相手に最後の悪足掻きと思わせ油断を誘うことができる。

結果は、見ての通りだ。

だが、チェルシーの表情には諦めの色は無かった。むしろ不適な笑みが浮かんでいる。

「アンタの策略に引っかかった事は素直に認めるわ。けど、こんなもので私を封じておけると本気で思ってるの?」

確かに、チェルシーほどの使い手になれば重力を利用して引き千切ることも可能だろう。もちろん、美神にだってそんな事はわかっている。分かっているから、腰の辺りから何か無骨なフォルムの黒い物を取り出した。

「これでも同じことが言えるかしら?」

晴々するほどの笑顔で美神は黒い物をチェルシーに突きつける。その顔には一片の迷いすら浮かんでいない。

「……一つ、聞いてもいい?」

「なに?」

「アンタの職業は?」

「GSよ」

「……GSって、そういうの持つの許可されてたっけ?」

「そんなわけないでしょう。法律で決められてんだから」

「……じゃあなんでアンタはさも当然のように私に銃を突きつけてるの?」

「それが一番手っ取り早いからに決まってるじゃない」

いったい何を言ってるという感じで美神は首を傾ける。この様子では本気でそう思ってるようだ。

チェルシーは額に浮かんだ汗が首筋へと伝うのを感じた。

何故だか分からないが、チェルシーは確信した。

こいつはやる。この場で降参しなければ引き金を引く、と。

「……ギブアップ」

つまるところ、選択の余地は無かった。


世界は、動く。


絶望に抗うために。終焉を回避するために。遠回りに見えて、唯一確実な道を辿りながら。


この世界に何が起きようとしているのか……それともすでに起きているのか。


それは『運命』に選ばれし者たちにも、この喜劇の行く末を知る者ですらわからない。


『私念』のスペード
          象徴たるAは未来王  それは違える事の無い道


『意思』のハート
          象徴たるAは吸血鬼  それは朽ちる事の無い自己


『誓い』のクローバー
          象徴たるAは契約者  それは折れる事の無い心


『想い』のダイヤ
          象徴たるAは吸血姫  それは変わる事の無い約束


『破滅』のジョーカー
          象徴たるは『魔獣』と『水晶』  それは救世主にして破壊神


星の可能性であり、絶対破壊を真に行う終焉の破壊者


対極なりし『自由』の使徒……彼らもまた、『自由』という捉えどころの無い波の中で緩やかに動き始めた。


だが、彼らに決められた未来は無い。


それは、可能性の上に望みをかける世界の意思。


決められた者があるとすれば、それは二枚のカードのみ。


『救済』のジョーカー
          象徴たるは『旧神』と『番人』   それは門番にして殲滅者


遥かな機神を携え、神の領域に足を踏み入れた『人間』


世界は、動く。


どの世界よりも不完全で、どの世界よりも完全に近い世界は動き続ける。


その胎動に、『世界』すらも巻き込んで――――


あとがき


どうもー黒夢です。

思ったよりも早く投稿できた事が嬉しい今日この頃ですが、皆様はどうお過ごしでしょうか。

今回は一気に書き上げましたが、かなり重要な話です。というか、この大会の行われるに当たる理由や真の『黄昏の式典』の事とかがこんなに出して大丈夫なのかってぐらい出ています。

特に大会の裏と『破滅』と『救済』のジョーカー……本当は六試合が終わった後に書こうとしていたんですが、指が勝手にキーボードを叩いてしまいまして。

ちなみに計四つのジョーカーについてですが、できれば名前は出さないでください。

その方が色々と面白そうですし。名前さえ出さなければある程度の質問はOKです。

横島についても今回は色々動かしました。

一応、このSSの主人公っぽい位置づけですので。まあ、あくまで『ぽい』ですけどね。

雪之丞VSテイルは無難にこういう結果にさせていただきました。この試合は特に語る事は無いと思いますのでスルーします。もし気になる点があった場合はレスにてお願いします。

美神VSチェルシーは……申し訳ないことに話の都合上やむなくというのが少しありました。どこがそれに当たるのかはあえて語りませんが、第二部に向けての複線という事で納得していただけるとありがたいです。


おまけ


相性表

前回けっきょく書かなかったので。


御神苗優 ― 神凪厳馬 △

優は基本的に誰とでも仲良くなれると思いますが、厳馬のように堅いお方には合わないと思いますのでこうしました。


ジャン・ジャックモンド ― 神凪煉 ○?△?

どうでしょうかねー……ジャンはそこまで毛嫌いしないと思うんですが、煉の反応が予想できません。これが竜だったら予想も楽で良いんですが……


伊達雪之丞 ― テイル・アシュフォード ○

何だかんだ言いながらも良い喧嘩友達になれそうなので……実際に後日談で入れるか真剣に検討しましょうかね?


美神令子 ― チェルシー・ローレック ?

予測不能。普通に考えれば○なんですが、なんというか、それだけで終わりそうに無い気がするんです。よってこの二人に関しては皆さんのご想像にお任せします。


裏設定

……どうしましょう?

うーん……申し訳ありませんが、特にいま説明するべき設定が見当たらないので、いつも通り質問はレスにてお願いします。


対戦表を出して欲しいという要望があったので、今回からは載せようと思います。

副将戦  ピートVSルミナ

大将戦  横島VSシエル

それでは次回、黄昏の式典 第十六話 〜自分自身〜をよろしくお願いします。

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