スプリガンチームサイド
結局、綾乃の突然の提案で次鋒戦は半ば強引に引き分けとなったわけだが、ここに一人、未だに結果について納得できていない男がいた。
何を隠そうその男とはスプリガンチームに所属し、今まで次鋒戦を戦っていたボー・ブランツェその人だ。
結果に納得できないといっても別に自分が有利だったのを無理やり引き分けにされたわけでは無い。むしろその逆だ。決定的に、絶望的なまでに敗北の未来が確定していたというのに相手であった神凪綾乃は評判がどうのこうのという理由で剣を引き、あろう事か自ら司会に引き分けを進言したのだ。
チーム全体の事を考えればこの結果は行幸とも言えるが、ボー個人の私見で見るならば到底納得などできるはずが無い。
不器用と思われるか知れないが、ボーとはそういう男なのだ。
だからこそ、ボーは不機嫌だった。闘技場を荒々しく歩きながら控えの場に戻って行く様はそれこそボーの事を何一つとして知らない他人が一目見て怒っているとわかるだろう。
そんな不機嫌なボーを迎えたのは、信じられないと言いたげな優とジャンの唖然とした顔だった。
「……なんだ、貴様等。その顔は」
ただでさえ結果が自分の信念に反するものとなって腹が立っているというのに、その明らかに予想外と言いたそうな顔はなんだと、ボーは試合時に綾乃に向けていたよりもさらに濃い闘気に苛立ちと抗議の意を込めて二人に叩きつける。
もっとも、ただ垂れ流しになっていて指向性のまったく無い闘気程度に動じる優とジャンではない。それを無意識の内に軽く受け流しながら二人はまったく同じ動作で一度顔を見合わせ、再びボーへと視線を向けると、
「意外だ。てっきり負けると思ってたぞ」
「ああ。しかも終盤まで優勢で進めてやがった」
一切合財隠す事無く抱いていた本心をさらけ出した。
「き、貴様等……人を何だと思っているのだ!?」
あまりといえばあまりの言い草に激昂するボーだが、これに対する二人の返答は実に簡潔だった。
「暑苦しい単細胞」
「筋肉バカなお笑い芸人」
「誰が単細胞にお笑い芸人だ!やはり、貴様等とは今この場で決着をつけてくれるわ!!」
声を張り上げながら本気で構えを取るボー。実を言うと、ボーは炎雷覇から発する熱風にさらされて所々を火傷し、最後に無理な動きをしたため身体を痛めているものの、戦闘が出来ないほどでは無い。それに体力も全快には遠いがまだまだ余裕があるのだ。
いつもなら二人が軽くからかいながら口先で丸め込んで終わらせるのだが、生憎と今のボーは虫の居所が悪い。形だけでも数手付き合わなければ納得することはないだろう。
「あ、オレは試合があるから。じゃ、後は任せたぜ、ジャン」
最後にジャンの肩を軽く二回ほど叩き、その場で唯一盾になりそうな『A・M(アーマード・マッスル)スーツ』を片手に持つと優は惚れ惚れするほど爽やかな笑顔でさっそうと闘技場に足を踏み入れて行った。
「てめぇ、オレに俺にこいつを押し付ける気か!?それに、今更A・Mスーツなんてどうするつもりだ!?」
なにやら後ろからジャンの怒声が聞こえ、続けて「いくぞ!」という暑苦しい声の後に数回の打撃音が聞こえた気もするが、すでに対戦相手に集中している優には関係ない……はずだ。
聖痕チームサイド
「お前は馬鹿か」
ボーとは対照的に晴々とした気持ちで戻って来た綾乃を迎えた第一声は、いかれてんじゃねぇかこいつ?という隠そうともしない心情がこれ以上無いほどに込められたものだった。誰の言葉かはあえて言うまでも無いだろう。普段ならここで綾乃が喰い付き、一方的なヒートアップの果てに炎雷覇を取り出してチャンバラのようなやり取りをするところだが、
「……なによ、敗者」
気分が良いことに加え、今だけは綾乃の方が立場的に上位にいるので精神的にも寛容だった。
和麻は敗北、綾乃は引き分け。どちらが優れた結果かは言うまでも無い。
まあ、もしも綾乃の相手が朧で和麻の相手がボーだったならば違った結果になっていただろうが、所詮はifの話だ。結局は何事も結果が全てである。
「なんで止めをささなかったんだ」
だが、和麻は気にした様子も無く淡々と言葉を紡ぐ。それは疑問というより確認のような声色だった。
「神凪の評判のため……って言っても納得しないわよね」
言ってみたものの、口に出すと綾乃自身これが本意ではないことがよくわかる。単純に、あの時に思った事はもっと簡単だったはずだ。
「そうね……何となく、あの人の考えは好きだったから」
自分も、ボーも、命を賭ける戦いを日常とする者。
それは同時に譲ることの出来ない信念を持っているということだ。たとえそれがどんなにくだらなく、歪んでいるとしても、人は何かしらの支えを必要とするのだ。
ただ、それはあくまでも支えに過ぎない。
だから戦闘者としての視点でボーを見ればその信念に対する考えは馬鹿げているとしか言いようが無いだろう。誰でも、特に戦いに身を置く者ならばまず優先すべきものはたった一つしかない命だ。しかし、ボーは信念を優先し、命をそれに賭ける。
馬鹿げている。馬鹿げているが、気に入った。
どっかの「信念?何それ?うまいの?」っていう感じの性根が捻じ曲がっている奴を見ていると、なおさらそう思う。
もっとも、性根が捻じ曲がっている奴こと和麻にとっては感情論などどうでもいい。
和麻にとって戦いとは、
「敵は殺す。万国共通のルールだろうが」
そういうものだ。
「……別にあんたがどんな考えを持とうが勝手だけどね。それを私に押し付けるのはやめて」
少なくとも綾乃はそこまで偏った考えは持っていないので切り捨てる。
とりあえず話が一段落したそこに、
「……それぐらいにしておけ」
これ以上くだらない口論をするな、と釘を刺す厳馬の重苦しい声が響いた。
「ん?ああ、そういえば次は親父だったな。相手は御神苗 優か……情報、欲しくないか?安くしとくぞ」
「に、兄様……いくらなんでもそれは……」
いつものように傍らで様子を窺っていた煉だったが、この追い詰められた状況の中で実父に金を要求する実兄に頭が痛くなる思いだった。
「必要ない。私は、貴様のような無様はさらさん」
侮蔑するわけでもなく事実を淡々と告げ、厳馬はさっそうと出陣した。
黄昏の式典 第十四話 〜妖精と炎〜
ほぼ同時に闘技場に足を踏み入れた二人は特に気負いする様子も見せずに淡々と歩みを進め、何かに導かれるように同時に足を止めた。二人は距離にして二十メールほど離して向かい合う。
これから戦う者達とは思えないほどに纏う空気は穏やかで、どんなに注意深く探っても闘気の欠片すら感じ取ることができない。
それは暗に、手の内を、自らの底を隠すため。熟練の戦闘者の前哨戦だった。
世界最高峰の超巨大財閥アーカムに所属する遺跡を守る現役最強のスプリガン、御神苗 優。
日本が誇る炎術師最強の称号を遥かな時から持つ神凪一族現役最強の炎術師、神凪厳馬。
背に背負う名の重みは対等であり、無様な戦いなどするわけにはいかない。
「副将戦!御神苗選手VS厳馬選手!始め!!」
優は司会の開幕の合図に合わせて身体中の力を抜き、ゆっくりと、緩慢な動作で自身にとって最適な構えを取る。
現在の優の装備は軍用のスーツに装備された手榴弾などに加えて左胸の辺りに備えた銃が一丁。右手に『時の番人(クロノ・ナンバーズ)』が持つ武器と同じオリハルコン製のファイティングナイフ、それに左手にはオリハルコン繊維で作られたA・Mスーツを持っている。
いったい何の意図があって着た時にこそ本領を発揮するA・Mスーツを手に持っているのかは不明だが、その不審な点を除けば優は本来のスプリガンの任務に赴く時と同じ完全装備だった。
対する厳馬は身動ぎすらしない。ただ静かにその場に佇み、優を冷ややかに見据えているだけだ。いや、見るものが見ればわかっただろう。開始の合図と同時に厳馬の周囲を取り囲む炎の精霊の密度が爆発的に増したのを。
優は精霊術師ではない。故に、精霊を知覚する事は不可能だ。だが、他ならぬ朧との修練や度重なる激闘を生き延びることで磨きぬかれた戦いへの感性はすでにその異常を感じ取っていた。
「…………」
「…………」
二人は物言わぬ石像になったかのようにピクリとも動かない。正確には、動くことが出来ない。
互いに裏で名が知れ渡っている者同士、実力を測りかねているのだ。
優は肌を突き刺す相手の人の域を脱した強大な力の前に攻め入ることができず、厳馬は和麻を破った朧にすら比肩すると噂される優に対して迂闊に行動を起こすことができない。
序盤から何の手も差されることは無く、戦いは始まる前から膠着していた。
そのまま早くも五分ほどの時が過ぎただろうか。何の進展の無い状態に飽きたのか、おもむろに厳馬の右腕が優へと向けて持ち上がり始めた。
キケンダ――――
優の優れた第六感はたったそれだけの動作に対して静かに、それでいて身を震わせるほどの切迫の念をぶつけてくる。
「っ!!」
気づいた時には、優は右側面に全力で走り出していた。そして優が動き出したまさにその瞬間。厳馬の突き出した腕から黄金が煌き、金色の炎の波、いや、壁が出現した。金色の壁は進路上にあるものを根こそぎ焼き尽くし、灰すら残さずにこの世から完全に消滅させる。
もし、優があの場に立ち尽くしていたなら、万が一ではあるが金色の破滅に飲み込まれていた可能性すらある。それほどの規模と、圧倒的な威力だった。
「……これで、隠れることはできん」
「くっ……!」
あくまでも無表情に呟く厳馬の言葉に優は強く奥歯を噛み締める。
元々、厳馬は今の一撃で優を倒せるなど微塵も思っていない。目的は、散乱した瓦礫の撤去。優はさり気無く和麻の暴風を免れた闘技場の半面を陣取り、瓦礫に隠れながらの戦いを構想していた。
なにせ相手は世界最強の炎術師一族として誉れ高い神凪一族の現役最強の術者。すなわち、世界最強の炎術師のようなものだ。そんな相手と真っ向から戦って勝てると思えるほど優は楽観的ではない。だからこそ、変則な攻撃を繰り返し、隙ができたところで叩くつもりだったが……どうやら、厳馬にはお見通しだったらしい。
和麻に敗れる以前の厳馬ならば恐らく優の戦術はうまくいっただろう。しかし、揉め手を好む愚息に敗れて以来、厳馬には相手に対しての侮りは無い。故に、万全を期す為の行動を冷静に取るのだ。
だが、優とて数多の戦場を駆け抜けた歴戦の猛者。すぐさまかつての戦術への未練を断ち切り、現状を分析し始める。
(強い……炎の威力や規模もそうだが、こういう強大な力を持つ奴に多い隙がまるで無い。しかも、あの炎は掠るだけでもやばい。唯一の救いといえば、炎は風より遅いって事か……ここまで絶望的なのは、ガイア事件のとき以来だぜ)
かつての激闘を思い出し、優は苦笑いを浮かべる。
ただでさえ試合当初から勝率は2割を切っていたというのに、これで確実に1割を切ってしまった。けれど、諦める事はありえない。
スプリガンとは、諦めの悪い連中の集まりなのだ。
優は覚悟を決め、腰を落としながら一度深く深呼吸をする。
たとえ仕掛けたとしても迎撃されるだけだろう。ならば、この場で優がすべき事はただ一つ。絶好の、必勝のチャンスをひたすら待つだけだ。
(纏う空気が変わったか……)
あえて感じるまでも無い。優から迸っていた闘気の明らかな変質に厳馬は微かに眉根を揺らし、次いで炎を練り上げる。
相手が何を企んでいようが関係ない。その企みごとすら燃やし尽くすまで、との威厳を込めて。
厳馬は厳とした態度で炎の精霊に語りかける。途端、神聖な劫火が厳馬の周囲に顕現し、大気を焦がす。それは、ハオの持つ『S・O・F(スピリット・オブ・ファイア)』を連想させるほどの炎の化身の姿だった。
「戦う前に忠告しておこう。私は手加減などせん……棄権しろ」
それは厳馬なりの気遣いなのだろう。そもそも優にとって厳馬は相性が悪すぎるのだ。確かに厳馬と同等の力量を誇る和麻は朧に敗れた。しかし、それは朧が風術師に対して有効な技を保有しており、和麻とは段違いの覚悟を秘めていたためである。
さらに、厳馬は地、風、火、水の四大属性の中で最強の攻撃力を誇る炎術師。
優の読み通り、掠っただけで灰も残らずに地上から消滅するだろう。だからこそ、厳馬は言う。年若い未来ある若者の命を奪う事は忍びないと。
「……断る。俺だって、正直あんたに勝てるとは思ってない。だけど、その堅物を変えさせてギャフンと言わせるぐらいはできるつもりだぜ」
だが、優は軽口を叩きこそするが、退こうとはしない。絶望的な状況である事は一目瞭然だ。
それがどうした。
絶望的……それは諦めの言葉ではない。前へと進む障害が、普通より多いということの確認に過ぎないのだ。
絶望。破滅。無理。難題……それらを全て乗り越えることができる人物こそが、太古の遺産を封印するために戦場を巡る妖精、スプリガンなのだ。
「……そうか」
ただ一言、厳馬は呟く。穏やかな口調の中に、厳しさを込めて。
「ならば、その思い上がりごと燃え尽きるがいい」
最早遠慮など必要ない。纏っていた炎は一際火力を上げながら天高く火柱を立て、さながら神に挑むバベルの塔を連想させる。
巻き起こる熱風に肌を荒く撫でられながら、今更になって優はわずかに後悔した。自分の考えが甘かったと。しかし、それ以上に優は内から込み上げてくる衝動に身を奮わせた。恐怖ではなく、高揚感に。この状況を優は密かに楽しんでいるのだ。それこそ自身でも気づかぬうちに。
これより真の闘争の時間が始まる。その狼煙として、火柱が崩れ、優へと火球となって降り注いだ。
「!?っちィ!いきなりか!!」
頭上から迫る隕石の如き天災に悪態を吐き、初撃を転がるようにして避ける。目標を失った火球はそのまま地面に激突し、消えた。辺りには焦げ後すら残っていない。
ある程度のレベルまで到達した炎術師は不要な物を一切燃やす事が無い。ただ指定したものを消滅させるのだ。
優は闘技場を疾風となって駆け抜ける。残念ながら現状を打破する手段は未だに無いからだ。
一方の厳馬は圧倒的優位に立っていると思われるが、その実そうでもなかった。
その原因は優の卓越した動きと速さだ。
右と思えば左。前と思えば後ろ。緩急をつけた動作で厳馬に狙いを定めさせない。その様は朧に似ていたが、優のそれは朧より速い。
四大最速である風術ならばともかく、ただ最攻であるだけの炎術では捉えきれないのだ。
かといって優の逃げる隙間を全て覆い尽くすほどの広範囲の炎を展開しようとすれば厳馬といえどもほんのわずかに、それこそ一秒足らずだが炎の精霊を集めるのに時間がかかる。
並の相手ならそれでも問題ないが、優ほどの強者となると致命的だ。なにせ、逃げ回っているように見えて確実に厳馬との距離を縮め、死角に回り込もうとしている。
だが、ここで疑問が残る。いかにスプリガンNo1との誉れ高い優といえども、本当に厳馬の操る炎全てをかわしきれるものなのか。
厳馬の炎は綾乃が持つ炎雷覇に比肩、あるいは超えるほどの威力がある。
それこそ飛び散る火の粉の一つ一つが大人を消し炭に変えられるほどの、だ。
朧ほどの氣の極地に到達しているならばともかく、いくら優でも火の粉まで完全にかわしきることは不可能だろう。
ならば何故、優は無事でいられるのか。
その答えは優が左手に持つA・Mスーツにある。このスーツがオリハルコン繊維でできていることはすでに述べたが、実を言うとこのスーツ、単純な物理攻撃よりもこういった類の攻撃の方が通じ難いのだ。
事実、死徒二十七祖第一位プライミッツマーダーと同じく星の化け物とも言うべき、星の内部で生まれた超生命体、『炎蛇』による炎でさえも防ぎきった。
ここまで言えばもうお分かりだろう。つまり、優はスーツを盾にすることで火の粉を払っているのだ。常人では考え付かないだろうが、優の天性ともいえる柔軟な発想から生まれる活用の転換だろう。
しかし、それもそこまでだ。
たったそれだけの要素では戦況を逆転させることなど決して出来はしない。
残念ながらはっきり言おう。
御神苗 優では、絶対に神凪厳馬に勝利することは出来ないと。
これは諦めだとかそういうものは関係なく、二人が対峙した瞬間から決まっている決定的な未来。
そしてそれは今なお戦っている優自身もわかっていた。
侮りや慢心は無かった。ただ、自信はあった。相手が最強クラスの炎術師であろうとも決して引けを取らないと。それは今も変わらない。例えば戦場で出会い、そこで戦えば六、七割方勝てるだろうと思う。
だが、今この時。勝つ事は不可能。決定的に場所が悪い。こういう圧倒的な力を保有している相手と真っ向から戦うこと自体が間違いであり、本来は何らかの障害物の陰から奇襲するのが定石だ。
実際に天地との戦いでトレインは見事にその方法で勝利している。
優の失態とは、最初の一撃でそれを失ってしまったことだ。
このまま戦っても最高に良くて相打ち。しかも、間違いなく両者の死亡という結末になるだろう。
この場で優が取るべき最善は棄権することだ。確かにこの試合は負けに終わるが、次にはジャンが控えている。これだけ炎術師の戦いをその目で見ていれば対策の一つや二つぐらい立てているだろう。
だから、もう優が戦う必要など無い。これはチーム戦だ。個人でどうにもならないところを補うために仲間がいるのだから。
……しかし、確実に笑われる。
このまま何もできずに終われば、心温かな仲間たちはそれはもう飛びっきりの笑顔で出迎えるだろう。もちろん笑みとは嘲笑だ。
(……やべぇ。かなりムカつく。それに……)
無様な姿だけ晒して終わっては、スプリガンNo1の称号が廃るというものだ。
(ボーじゃないが、有言実行してやろうじゃねーか!)
新たな決意を固め、優は動く。後ろではなく、前へ。安全地帯ではなく、危険地帯へ。
そう……厳馬の元へと、駆ける。
「愚かな……」
底の浅さが知れる蛮行に厳馬は行使する力とは対照的な冷たい視線を向ける。速さでは劣っているといってもそれはある程度の距離が離れていればの話だ。
十メートル。
その境界線を踏み越えたとき、優の命運は尽きる。
十五メートル。
未だに優に止まる気配は無く、右手に構えていたオリハルコン製のファイティングナイフを口に銜えながら炎の渦を紙一重でかわして突き進む。
十四メートル。
正面から迫る炎の槍を身を捻ってやり過ごし、同時に胸に下げた拳銃を取り出し、厳馬に対して発砲する。
十三メートル。
銃弾は狙い違わず厳馬の四肢、心臓に突き進むが、炎の衣に阻まれ音もなく消滅する。
十二メートル。
今度は手榴弾を取り出す。ここに来て厳馬は何もしない。大木のようにその場に立つのみだ。
十一メートル。
ピンを片手だけで外し、厳馬の足元に投擲する。
そして、十メートル。
手榴弾は炎に触れて爆発し、粉塵が辺りを覆いつくした。
「目晦ましか……くだらんな」
ゼロ距離での手榴弾の爆発さえ意に介さずに厳馬は腕を一振りする。その動作で生まれた炎は自身の行使者の命に従い、物理現象さえも超えて視界を隔てる粉塵を燃やし尽くした。
戻った視界に写るのは丸い影。それが何なのか、あえて考えるまでも無い。
厳馬は楽団を指揮する指揮者のように高らかに腕を上空に向ける。
わずかに上げた視線に写るのは、オリハルコン製のファイティングナイフを右手に持ち直し、襲いかかろうとする優の姿だ。
「最後に選択を誤ったか……スプリガンといえども所詮、その程度ということか……」
幾分か残念そうに呟き、厳馬は伸ばした腕の先端から力を解放した。引き絞られた炎はレーザーのようでもあり、たとえスーツを盾にしたとしても無駄だろう。一瞬の停滞も許すこと無く貫通し、優をこの世から消滅させる。
それは空中という人間には身動きのできない場所にいる限り絶対的な未来だ。
しかし、厳馬は確かに見た。
優が迫る炎の矢の先にいる厳馬の姿をしっかりと見据え、口元を笑みの形に吊り上げたのを。
不意に、優の姿が厳馬の視界から消える。
「!?」
驚愕したのも束の間。側面から不吉な銀線が一直線に迫る。
奇跡的にぎりぎりで反応することができた厳馬は少々精霊の数は少ないが、それでも強大な力を誇る炎を生み出し、銀線を迎撃する……いや、しようとした。
あろうことか、銀線は炎を切り裂き、なおも厳馬へと迫ったのだ。
「!?ぬっ!?」
とっさに身を捻るが、銀線は絶えず纏っていた炎さえも切り裂き、厳馬の右腕を掠めていった。
「へへ……まさか、ここまでうまくいくなんてな」
血を流す傷口を押さえた厳馬の耳にどこか楽しげな声が届く。
「貴様……!!」
厳馬は無表情を憤怒に変え、声のした方向へと向き直る。誰だと問う必要は無い。
十数メートル先。その場に立っていたのは、優だ。
「……何故、かわせた」
皆まで言う必要は無い。あの時、あのタイミングでどうやってあの炎の矢をかわしたのか。それを厳馬は問うた。
「これだよ」
優は左腕を持ち上げ、そこに装着したアームパッドを厳馬に見せる。
「こいつにはワイヤーアンカーが付いてるんだ。それも二、三人引っ張り上げるぐらい強力なやつがな。オレは手榴弾が爆発した瞬間、こいつを地面にセットしてわざとわかりやすいように跳んだんだよ。後は簡単だ。タイミングを見計らってワイヤーを引き戻して炎から逃れ、気を取られたところに全力でナイフを投擲する。あのナイフはオリハルコン製だからな。いくらあんたの炎でも燃やす事は不可能だ」
話にしてみれば単純なものだ。だが、自らを危険に落とす行動と追い詰められた状況の中で自らが考えた脚本通りに物事を運ぶ能力。どちらをとっても戦場に生きる者にとっては脅威だろう。
「…………」
怒りを沈め、憮然とした態度を取る厳馬に優は、
「小細工ってやつも、案外捨てたもんじゃねーだろ?」
と、いたずらが成功した子どものように笑いかけた。
一瞬呆気に取られたように唖然とした面持ちになった厳馬だったが、微かに、本当に親しいものしかわからない程度に口元に笑みを浮かべる。
「面白い小僧だ……よかろう。ならば、小細工を超越した力というものを見せてやろう」
言いながら、厳馬の纏う炎が揺らめく。次の瞬間、圧倒的な蒼い霊気が厳馬の身体から爆発するように立ち昇った。
「ぐっ!」
急激な気の高まりに優は呻き、そして見た。
厳馬の纏っていた炎が眩い輝きを放つ黄金から、広大な空や深遠の海のように透き通る蒼へと変貌していく様を。
呆然と、優はその美しい炎に見入る。
話には何度も聞いたことがあった。これが、神凪一族宗家、その中でも選ばれた者にしか行使することが許されない絶対無敵、遥かな頂に立つ事を可能とする神の如き力。
その名は……『神炎』。
「これが、神凪厳馬の『神炎』、『蒼炎』か……とんでもないぜ」
優とて数々の危険な古代遺跡をその目で見て、触れてきた。だが、この力、この存在感……間違いなく今までの遺跡と比べても上位に位置する。個人が持つにしては過ぎた力だ。
「誇るがいい……これを、私に使わせたことを」
厳馬は一歩、足を踏み出す。この試合が始まってから初めて、厳馬は自分の意思で動いた。さながら、遊びは終わりだと言外に告げるかのように。
それを見た優は深く重いため息を吐き、両手を上げた。
「降参。ギブアップだ」
「…………」
「睨むなよ。どう考えても、勝てるとは思えないしな。それに、オレの目的はあんたに一撃与えたことで果たしてるし」
そうなのだ。やる気になった厳馬には悪いが、元々優の目的は厳馬にギャフンと言わせる事。勝つのは途中から二の次になっている。
あれだけ健闘したのだ。目的は達成したと言っていいだろう。これ以上の戦いは優にとってマイナスにしかならない。スプリガンは確かに諦めは悪いが、ちゃんと引き際を心得ているのだ。
「勝者!厳馬選手!!」
優は敗北宣言を聞きながら厳馬の横を通り過ぎ、少々ナックルガードが歪んだナイフを持つと高らかな気分で仲間の下に戻っていった。
GSチームサイド
闘技場を一望できるように造られた選手専用観客席に座る美神、横島、雪之丞、ピートの四人は最早驚くことも無く、妙に達観した極地で試合を観戦していた。
それというのも、あまりにもレベルの違う戦いの数々に通常の感覚が麻痺してしまっているためだ。
だから、その会話の内容も普段からは考えられないほど奇妙なものだった。
「いやー……世界は広いですねー。そうだと思いませんか?雪之丞さん、ピートさん」
頭の中のネジが外れてしまったのだろうか。怖いほどに爽やかな笑顔と口調で横島は横に座る二人に話しかける。
「まったくだな。あそこまで桁違いだと、いくら俺でも戦う気がなくなるぜ」
「ははは、僕なんかがあの炎に触れたら一瞬で消滅すること間違いなしですよ」
普段なら明らかに雰囲気の異なる横島に突っ込みを入れるところだが、横島ほどでは無いにしても少々どころかかなりネジが緩んでいる二人は横島に同意を示す。
「そうそう。まあ、俺たちみたいな凡人には縁の無いことだけどな」
あくまでも爽やかに笑い合う三人。場は横島たちを知る者がいたら間違いなくひくほどの混沌に満ちていた。そこに、この場で唯一正常である美神の声が無常に三人の鼓膜を震わせた。
「一応言っておくけど……明日は私たちの番だからね」
ピタッと、申し合わせたかのように三人の動きと笑い声が止まる。
横島の首が爽やかな笑顔のまま油の切れた機械のように軋みを上げ、美神の方に向けられる。
「い……」
わずかに声が漏れる。ここに来て、外れていたネジは巻きなおされた。
「イヤやーーーー!!あんなメドーサでさえ雑魚っぽく見える化け物どもと戦うなんて無理やーーーー!!!死ぬ!死んでしまうーーーー!!!」
迫っていた現実を思い出し、子どものように暴れだす横島。それをピートは慌てて抑えにかかる。
「お、落ち着いてください横島さん!!僕だって嫌です!!嫌だけど……唐巣神父のためにお金が必要なんです!!一緒に主の元に逝きましょう!!」
「って死ぬの確定!?」
どうやらピートのネジはまだ緩んだままらしい。
背後から身体を押さえられ、身動きが出来ない横島の肩がポンと軽く叩かれる。振り向くと。
「横島……俺たち、死んでもライバルだよな」
「イーーーーヤーーーー!!!!」
「いい加減……」
苛立ちからだろうか。こめかみをピクつかせ、美神は幽鬼の様にゆっくりと立ち上がる。その手には霊力の過剰放出によってオーバーロード気味の神通棍が。
それを美神は、
「……黙れ!!」
一切の手加減をせずに、横島の顔面に向かって思いっきり振りぬいた。
「ぶべらぇ!!」
顔の半ばまで減り込んだ神通棍はゴキブリ並みの生命力を誇る横島の意識を見事に刈り取る。そのままお星様、にはならなかったが、空を飛んだ横島は下の席を陣とっていた火影チームの所まで勢いよく落ちていった。
「うおっ!?な、なんだ!?」
同じ炎使いとして厳馬に畏敬の念を覚えていたところに突然、血まみれの男が落ちてきたことに驚き、烈火はその場から慌てて飛び退く。
横島の頭から血はなおも流れ続けていて、腕などは曲がってはいけない方向に曲がっている。その様はトラックに轢かれた死体と見間違うほどだ。
そこに美神が荒々しく近寄ってきた。
「ったく!あんたは……もっとシャキッとしないさいよね!」
自分の行った事に関して一切気にした様子も見せず、理不尽にも言い放つと美神は横島の首根っこを掴んで引きずっていった。
引きずられた後には紅い道ができている。
「……怖いお人やなー」
離れた場所から一部始終を目撃していたジョーカーはバンダナで隠した目元を引きつらせ、ボソリと呟く。
状況についていけてないのだろう。ポカンと立ち尽くす烈火。紅麗や水鏡でさえ冷や汗を流していた。
闘技場サイド
度重なる人知を超えた激闘によって破壊しつくされた闘技場には、かつての面影の欠片すら無かった。
いくつもの石柱が天へと伸び、雄大でありながら息の詰まる緊張感が支配していたのは昔の話。今は天に突き立っていた石柱は大地ごと削られ、本来あるはずの破壊された石柱の瓦礫さえもこの世から完全に消滅している。
まるで、強力な台風が全てを吹き飛ばしたかのように。
まるで、強力な業火が全てを燃やし尽くしたかのように。
いったい誰が、この破壊の極地を行ったのがたった二人の、しかもこれが戦いの余波で起こったことだと信じるだろうか。
何も無くなった闘技場に、二人の足音が響く。
彼らこそが、次の破壊そのものだった。
大将戦 ジャン・ジャックモンドVS神凪煉
煉は珍しく不機嫌だった。
父親の厳馬を見たら間違いなく養子と疑われてしまい、その辺の美少女と呼ばれている娘ですら相手にならないほどの端正な顔立ちに苛立ちを含め、錬は荒々しく闘技場を歩いていく。
それというのも先ほど和麻や厳馬から言われた言葉に起因する。
勝てない、と。面と向かって言われたのだ。
この程度なら煉とてそう怒る事でも無い。スプリガンチームの強さは三戦を見ることで痛いほど痛感し、朧、ボー、優には勝てないと煉自身思っているからだ。まあ、仲の悪いはずの厳馬と和麻が同時に口にした事には憤りを感じるが、まだまだ範疇内だ。
だから、煉の苛立ちの原因は次だ。
和麻が不意に口にした一言。
「五分持てば良い方だな」
さらに厳馬の、
「貴様にしては妥当な判断か」
というありがたくない肯定の言葉。
これには温和な煉も怒りを感じて必死に抗議をしたが、二人は聞く耳を持たない。綾乃も苦笑いで誤魔化すだけだった。
確かに自分は厳馬や和麻とは比べる事自体がおこがましく、綾乃と比べてもまだまだ未熟だとは思うが、何も敗北を断言し、なおかつたった五分で負けるなんて嫌な予想をする事はないではないか。
そういうわけで試合前から既にテンションが上がっているわけだが、これは煉にとってむしろ好都合だった。
炎の精霊をうまく従えるには怒りなどの強い感情が必要となる。そういう意味で、煉はこれ以上無いほどに絶好のコンディションであると言えよう。
まあ、あの二人の事なのでそこまで考えて言っていたのかは疑問だが……いや、恐らく本心を語っただけだろう。
一方のジャンはというと、肩に担いだライフルを除けば、まるでこれから町に買い物に出かけるといってもおかしくないぐらいどこまでもいつも通りだ。とても試合を控えているようには見えない。
恐らく子ども相手ということで面白みに欠けると思っているのだろう。
対照的な内情で開始の合図を待つ事になった二人は中央より少し離れた場所で向かい合う。ジャンの戦闘手段を考えるともう少し近い方がいいはずなのだが、どうやら手加減のつもりらしい。
「大将戦!ジャン選手VS煉選手!!始め!!」
開始と同時に煉は下半身のバネを余す事無く使い後方に勢いよく飛び退く。これはあらかじめ和麻に言われていたことだ。何でもスピードでは天地が引っくり返っても絶対に敵わないから序盤にできるだけ距離を離しておいた方がいいらしい。
何故そんな事を和麻が知っているのか疑問が残るところだが、こういった類のアドバイスは信用できるので素直に聞いた方がいいのである。
もちろん、退く際に金色の炎でジャンの足元を破壊し牽制を行う事を忘れてはいない。
とりあえず数秒で取れるだけの距離を取った煉は次の和麻の指示に従い膨大な数の炎の精霊を両手に収縮させていく。
「距離を取ったら先制で最強の一撃をぶち込め。それがお前の唯一の勝機だ」
何か釈然としないものを感じながらも、その言葉通り、煉はこの一撃に全てを賭けるつもりでいた。
眼前には初撃によって舞った粉塵。ここまでの時間は開始からまだわずかに五秒ほど。
炎の精霊は十分に集まった。
後は、解き放つだけだ。
眼前にいるであろうジャンへといざ炎を解き放たんとしたその時、後方から、ありえない足音を聞いた。
「え?」
小さく疑問の声を漏らし、両手の炎をそのままにして煉が首だけ背後に振り向くと、眼前に黒い丸い穴が飛び込んできた。
それが、突きつけられた銃口だと気づくまで、大して時間はかからなかった。
「ったく……ガキの相手をしてやるほど俺は暇じゃねぇんだよ」
心の底からめんどくさいと思っているのだろう。つまらないという事を強調するような憮然とした表情で、ジャンはぼやく。
だが、煉はそれどころではない。
まったく、一切、何も、感じなかった……この距離まで近づかれ、銃を突きつけられていたことなど、微塵も感じなかったのだ。足音が聞こえたのだって偶然、いや、恐らくジャンが故意に聞こえるように歩いたのだろう。
なんでそう思うのか。正直に言えば理由など無い。あえて言うなら、そっちの方がジャンにとって面白いからだろうと、何となく、ジャンの事を何も知らないはずの煉は直感でそう思った。
目の前から、キィという音が聞こえてくる。
ゾクッと、背筋が凍る。断頭台に首を突っ込んだ者に刃が落ちる音が聞こえてくる。そんな絶望を与える音だ。
頭より先に身体が動く。とっさに炎の精霊を集中していた両手を銃口の前に出し、自らも体勢が崩れることを構わずに後方に転ぶようにして跳ぶ。
一瞬後。か細い火花とともに轟音が辺りを蹂躙した。銃弾は腕に触れるか触れないかというところで燃え尽き、灰となって消える。もちろん煉には傷一つ無かった。
「……おいおい、あの距離で銃がきかねぇのか!?」
わずかに感心したようにジャンの呆れ声が響く。
殺すつもりこそ無かったものの、肩を撃ち抜くつもりで撃ったのだ。それが防がれるなど、ジャンにとっては予想外もいいところだ。
しかし、撃たれた煉にとっては溜まったものではない。容赦なく撃たれたのだからそれも当然だが。
「このッ……!!」
煉は激情の赴くままに顕現させた炎を何の加工も施さず、ただ垂れ流しの状態でジャンへと叩きつけようとする。
だが、炎が触れるか触れないかというところでジャンの姿は煉の視界から消失した。
「ふーん。ガキのとはいえ、やっぱり炎に当たるのはまずいか。まあ、俺に当たるはずねーけどな」
再び、背後から声が響く。
「くっ!?」
何故そこにいると思わず問い質したくなるが、その問いが馬鹿げている事を煉は知っている。単純に、ジャンのスピードが人間の視覚できる限界を超えているのだ。
今大会において、ジャンは瞬発力というただ一点に限れば身体能力最強のアルクェイドすら上回り、大会最高だった。
だが、煉にとってそんな事実などはどうでもいい。
遊ばれている。
そのただ一点に、煉は奥歯を鳴らすほどに噛み締める。
わかっていたつもりだった。いや、わかっていたつもりをしていたのだ。
本当の戦闘のプロに勝てないと思いながらも、健闘ぐらいならできると、煉はそう思っていた。
だが、実際はどうだ。相手の反則的な速さに翻弄されっぱなしではないか。
煉は自虐的にそう思うが、そうではない。
確かにジャンは本気になっていない。しかし、少なくとも手を抜いているわけではない。これがこの男のやり方なのだ。むしろ、ジャンは煉に対して感心の念すら抱いている。
さっきの銃撃だが、あれを防がれたのはジャンにとって本当に予想の範囲外だった。あの距離ならば<COSMOS>でさえ確実に撃ち抜く。それほど必殺の距離だったのだ。確かに炎に頼ったものであったが、それを的確に行える行動力。スプリガンにスカウトしたいぐらいだ。
(このガキ……伸びるな)
それは確信にも似た直感であり、後にジャンはこの勘が正しかったことを知ることになる。
(やっぱり、僕には……)
意思に反して震える左腕を押さえながら、煉は正面に立つジャンを悔しげに見つめる。
勝てない。
二人の言っていった言葉が脳裏に蘇る。実際に煉は想像の中でさえ自分の勝利する姿を思い浮かべることが出来ないほどにジャンに呑まれていた。
既に煉は己の敗北を確信していた。そもそも、挑むのが早すぎた。もしこの戦いが十年後に起きていれば、こうはならかっただろう。煉にとって最大の敗因は若すぎたことだ。
だが、煉は思う。
(……でも、それなら……どうせなら、悔いを残さず思いっきりやりたい)
相手は現段階の自分より数段上の実力の持ち主。勝つのではなく、挑むために。
意識を切り替える。元々、和麻と厳馬に勝てないと言われていたのだ。あの二人もすでにチームの勝利を諦めているのであろう。
そもそも、この大会に限れば神凪が勝つ必要など微塵も無い。それどころか、勝つ事に意味は無いのだ。
ならば、負けるにしても全力でぶつかり未練なく終わらせる。
煉は良い意味で吹っ切れた。
次の一撃に、正真正銘全力を尽くす。
煉は隙ができる事を承知の上で目蓋を閉じて炎の精霊に呼びかける。力を貸して欲しいと、純粋に、それでいて拒否を許さぬ威厳を込めて訴える。
瞬間、煉の身体から眠っていた火山からマグマが飛び出すような激しさで炎が勢いよく噴出した。
「うおっ!?」
突如として巻き起こった自然の災害にジャンは慌ててその場から跳び去る。人間や妖魔のように火の粉一つで滅びるとは到底思えないが、用心するに越したことは無い。
黄金の炎はなおも噴出を続け、縦横無尽に闘技場を暴れまわる。もっともジャンにとってはただ暴れているだけの炎など脅威になりはしないので、冷静に見極めて避けていく。
そうして何度目かの眼前に迫った炎の波をかわした、その時だった。
炎を突き破って、煉が飛び出してきたのは。
「なっ!?」
意表をつかれたジャンの動きがわずかに鈍る。
「はあぁぁぁぁぁッ!!」
煉は止まらない。炎を纏った拳を振り上げ、ジャンへと思いっきり振り下ろした。このタイミングではいかにジャンでも避けることは出来ない。とっさに両手に持っていた銃の銃身で器用に拳を流そうとするが、わずかに拳を動かしたところで銃口は赤熱して融ける。
だが、それで十分だった。ぎりぎりで身を捻り、拳をかわす。ジャンはそのまま止まる事無く前進し、煉の腹部に重たい一撃を加える。煉の意識はそれで刈り取られた。
「勝者!ジャン選手!!」
この瞬間、スプリガンチームは二回戦に駒を進め、聖痕チームはおしくも敗退となった。
あとがき
どうもー黒夢です。
皆様方、お久しぶりです。一ヶ月ぶりぐらいでしょうか?こんなに間が開いてしまって申し訳ありませんでした。
現在進行形で私生活の方が忙しく、こんなに投稿が遅れてしまいました。
そういうわけでしっかりしたあとがきは2、3日後ぐらいになると思いますが、ご理解の程をどうかよろしくお願いします。
つぎはいよいよGSチームVSアンダーグラウンドチームですが、この戦いは今までとは一風変わったものになると思います。
対戦表が気になる方がいらっしゃる場合は先鋒、次鋒戦のみ載せますのでお知らせください。
それでは次回、黄昏の式典 第十五話 〜戦い方〜 をよろしくお願いします。