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「幻想砕きの剣 7-3(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2005-11-30 18:49)
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 最上階。
 職員用。
 建物の外の簡易トイレ。
 大河はありとあらゆるトイレを走り回る。
 無論クレアから逃れる為だ。
 しかしどういう事なのか、どれだけ逃げても行き着くトイレの裏側にクレアは佇んでいた。
 そもそもトイレに逃げなければいいのに、と言う意見は今の彼には届かない。
 テンパってパニックを起こしているので、まともな判断なぞ期待するだけ無駄である。


「うひいいぃぃぃぃ!?」


「あれ、お兄ちゃん?」


「大河さん、背中に何か背負われていますけど…」


「ぬあああああぁぁ!」


「へ? ちょ、大河君?」


「!!!!!!!!!」


「師匠?
 背中の足跡は何でござるか〜?」


「ぬがああぁぁぁぁ!!!!」


「…今のは…大河君?
 ………奇行が激しくなってきているわね。
 人を背負って叫びながら走り回るなんて…。
 クレシーダ殿下はどうしたのかしら?」


 以上、逃げ回る大河を目撃した人々の証言でした。
 ちなみに大河は誰も背負ってなぞいない。
 ……少なくとも生きている人間は。


 しばらく全力で走り回った後、大河は闘技場のトイレに辿り着いた。
 ぜぇはぁと荒い息を吐く大河。
 暫く周囲を警戒していたが、今回は誰も居ない。
 クレアは勿論、他の利用者も一人として居ない。

 大河はようやく安心し、フラフラと廊下に出て壁にもたれかかった。
 爽やかな太陽の陽が、理由も無く恨めしい。


「あ゛〜……今回ばかりは本気で怖かった…」


「何…が……だ?」


「何って、そりゃクレアに決まってる…。
 刃物なんぞ持ち出しやがって…」


「………。
 まぁいい…俺は新しいトイレに住もう…。
 あのトイレはそろそろ限界だったし。
 じゃあな」


「あぁん?
 トイレに住むって、お前は何を………ん?」


 大河はふと黙り込む。
 今ここには自分一人しか居ない筈。
 声は後ろ…というより後頭部の辺りから聞こえてきたような気がするが、後頭部は壁に預けている。
 人が居られるようなスペースはない。
 窓も無い。

 大河は黙ったまま周囲を見回す。
 誰も居ない。
 そのせいか、妙に空気が冷たく、寂しく感じるような気がする。

 今度はトイレに目を向けた。


「…………」


 ドロドロした粘液を纏い、ふらふらと歩くきながら。
 男子トイレの中にスゥーっと消えていく、誰かを見たような気がした。


「………頑張り入道?」


「何を言っているのだお主は」


「!」


 唖然としていた大河だったが、すぐ横から声をかけられて飛び上がった。
 しかもその声と口調は、さっきまで自分が逃げ回っていたクレアのものである。
 慌てて走り出そうとするが、その前にクレアの手元でキラリと何かが光る。

ヒュオッ!


「うおおおぉぉ!!??」


「おっ、掠ったな」


 クレアの手が一閃すると、飛びのいた大河の手に鋭い熱が走る!
 振りぬかれたクレアの手の中には、ジャックナイフ…しかも異様に光を反射する…が収まっていた。


「て、テメェ!
 マジで俺を刺す気か!?
 刺す気なんだな!?
 JTRじゃあるまいし、ナンつー事を考えてんだお前は!」


 ちなみにJTRとはJack The Ripperの略である。


「なに、以前のリベンジだ。
 まともにやっては勝ち目がないからな、ちょっと小細工をしておるのだよ…っと!」


「!?」


 突如クレアが右手を上げる。
 咄嗟に前に出てクレアを抑えようとする大河。
 しかし、その前にトイレの中から丸い何かが転がり出た。


カッ!


「チッ、閃光弾!?」


「むわっ!?」


 眩い光を放つ閃光弾。
 大河は咄嗟に目を閉じて光を遮る。
 しかし予定外だったのか、.クレアも閃光を浴びて目が眩んでいた。
 ダメぢゃん。

 これをチャンスと判断して、大河は目の見えないクレアに一気に近づく!
 空気が裂かれる音を頼りに、その腕を強引に掴み取った。


「このっ、目も見えていないのにヒカリモノ振り回すなよ!」


「ええい、目がロクに見えないのに何故私の手の位置が解る!?」


「錯乱でもしてるんかテメーは!
 確かに闘技場での一件は悪かったが、マジで刃物を取り出す事はないだろが!」


 暴れるクレア。
 大河は腕を引き寄せて、クレアに小手返し(注 サブミッション技)をかけて地面に押し付けた。
 苦しそうにクレアの顔が歪む。
 しかし大河からは見えないが、その顔はニヤリと笑っていた。


「錯乱しておるのはお主じゃろう!
 何せ……」


「クレア様だけに目を向けて、周囲を全く警戒してないんだからね♪」


「え?」


 予想だにしなかった、第三者の声。
 大河の動きが一瞬止まる。
 その瞬間、大河の喉元を銀色の何かが通り抜けた。


 その頃のリリィ。
 走り去る大河を見送った後、呆然としていた。
 しかしだからと言って、どうこうする気はない。
 少なくとも、大河に積極的に関わって行く気にはなれなかった。
 昨晩の大河の発言が、まだ糸を引いているのである。


「……誰がアンタなんかに…。
 私はアンタに懐いてるんじゃないの、ネコは家につくのよ…。
 断じてアンタの所に行ってるんじゃなくて、屋根裏部屋に行っているだけ…」


 …えらく無理のある言い訳である。
 というか、自分をネコだと認めている時点で色々と手遅れだろう。

 俯いてブツブツ呟くリリィの傍を、ミュリエルが通りかかった。


「…?
 リリィ、どうしたのですか?」


「え?
 あ、お、お義母様!
 いえ、何でもないんです!」


「そうですか?
 先程も大河君との間に、妙な反発が感じられたのですが…」


「そ、そんなの何時もの事じゃないですか」


 明後日の方向に目をやりながら、なんとかリリィはミュリエルを誤魔化そうとする。
 彼女の沽券にかけて、女としてのプライドに賭けて、断じてネコミミモードの事を知られてはならない。
 もし知ったら、ミュリエルはどんな顔をするだろうか?
 ……案外、彼女もリリィの喉とかを撫でようとするかもしれない。


「いつもの事と言われればその通りですが…。
 まぁ、いいでしょう。
 それより、大河君を見ませんでしたか?」


「大河でしたら、さっきそこの通路を爆走していきましたが…」


 リリィが指差した先の廊下を見るミュリエル。
 …足跡が残っていた。
 廊下は頑丈な煉瓦で作られている。
 にも関わらず、そこには大河の残したらしき…足の形のへこみ。
 しかも…。


「………なんでしょう、このドロっとした液体は…」


「……触ると危険かもしれませんよ、リリィ」


 足跡の中には、緑色の粘着質の何かがこびりついていた。
 顔を顰めなららもしゃがみこんで、つぶさに観察する。
 特に匂いもしないし、動きもしない。


「………これ、スライムの残骸でしょうか?」


「そのようですね…何故大河君の足跡に?
 というか、何だか霊気というか妖気を感じるのですが…」


 リリィとミュリエルは揃って首を傾げた。
 が、考えても仕方ない。
 そもそもこれが何かも知りたくはない。
 まさか大河の背中に乗っていた幽霊(仮)の痕跡だとは思いもよらない。


「焼却処分してしまいましょう。
 燃えなさい!」


 ブォッ……


 ミュリエルが軽く手を振ると同時に、大河の足跡に炎が充満する。
 音も無く燃え上がり、5秒ほどで消えて行った。

 それを見て、リリィは複雑な顔をする。
 魔法使いのリリィには、ミュリエルが造作も無くやった事がどれだけ難しい事か、身に染みて解った。
 いくつもの足跡を残さず把握し、余分な威力を撒き散らす事もなく、液体が燃え尽きるだけの威力だけを持たせる。
 あまつさえ、呪文もなく一瞬だけで。


(知ってはいたけど、格が違いすぎる…。
 私なんかが、お義母様に追いつけるの?
 このままじゃ、お義母様を失望させてしまうかも知れない…)


 そして、胸をよぎる一抹の悔しさ。
 召喚器の助力を得たとて、これほどの技量を得る事は出来ない。
 負けず嫌いのリリィは、相手が尊敬する義母だとしても嫉妬を抱かずにはいられなかった。


「さて、それはそれとしてリリィ。
 大河君…というよりも、ダリア先生を探しているのですが」


「ダリア先生…ですか?
 見ていませんけど……それに、どうしてダリア先生を探すのに大河を探しているんです?」


「どうやらクレシーダ殿下に頼まれて、イタズラに手を貸しているみたいなの…」


「…………ダリア先生?」


「はぁい♪」


 大河が呆然として呟いた。
 その呟きに律儀に返事をするダリア。
 どうやら女子トイレの中に潜んでいたらしい。
 大河の間の抜けた顔を見て、クレアは抑えつけられたまま笑っていた。

 喉元に鋭い衝撃が走り、大河は本気で殺されたと感じた。
 一体誰が、と振り向くと、そこに居たのは乳教師にしてクレア直属のスパイ、普段は昼行灯そのもののダリアだったのである。
 オホホホ、と楽しそうに笑うダリア。
 その手には、クレアが持っていた……そして大河の喉を掻き切ったはずのナイフ…が、ベロンと曲がった状態で握られていた。
 気がついてみると、斬られたと思った喉元には傷一つない。


「え? ええ? ええええ?」


「ホンットに錯乱してたのね〜。
 閃光弾が転がり出てきたトイレに注意も向けなかった上、オモチャのナイフと本物のナイフを見分ける事も出来なかったなんて」


「ふはははは、いくら私でも本気でお前を刺すわけがないだろうが。
 ただでさえ“破滅”が迫っているというのに、貴重な戦力を減らすようなマネをするものか。
 やるなら“破滅”を撃退してからにするわ」


 混乱したままの大河の下から何時の間にか抜け出し、クレアは一矢酬いてやったとばかりに高笑い。
 ダリアもダリアで楽しそうである。
 硬直したまま、2人を見上げる大河。
 そうとうショックだったらしい。


「……じゃ、じゃあ、あっちこっちのトイレに居たのは!?」


「アレは影武者のようなものだ。
 顔を見たわけではないのだろう?
 適当なカカシやらマネキンやらに服と帽子を付けたにすぎん。
 それによって目を誤魔化している間に、私はダリアのナビゲートによって最短ルートを通って先回りしていたのだ。
 お主の事だから、素直にトイレの裏の私に話しかけずに他のトイレに行く事は予想できた」


 クレアがあちこちのトイレに居たのはこれが理由である。
 まず下準備…影武者のセットや、一部のトイレを使用不能にする…を整えておき、大河の目を欺く。
 学園の中心部にいたクレアは、こっそり監視していたダリアにより行動パターンを予測された大河の行く先に走る。
 そして大河が影武者に気を取られている間に忍び寄り、オモチャのナイフでグサリ。
 大体の理屈はこんなものだが、大河は納得しなかった。


「そんな訳ないだろ!?
 だったら最初のトイレに居たのは何だよ。
 滑らかに動いていた上に、刃物を出してうっとりしてたぞ」


「クレア様が?
 そんな趣味ありましたっけ?」


「私は刀剣類を見てトリップするような性癖はない。
 というか、このオモチャのナイフはさっきまで全く使われていないぞ。
 勿論取り出して観察もしていない。
 そもそも何処のトイレでそれを見たというんだ?」


「校舎二階の西側だ。
 ほら、生徒の間で幽霊が出るとかいう噂の…」


 クレアとダリアは顔を突き合わせる。
 そして暫く記憶を探った。

 何を考えているのかと首を傾げる大河。
 きっかり15秒後、クレアとダリアは口を揃えて言った。


「「そんな所に仕掛けはしてない」」


「…じゃあ、俺が見たのは?」


「案外本当に幽霊ではないのか?」


「そうですね〜。
 そう言えば、あそこの噂って『探している人の姿をして出てくる』だったものねぇ」


「…………マジ?」


 しばし沈黙。
 なんだか居心地の悪い静寂が舞い降りた。

 大河は無言で男子トイレに目を向ける。
 クレアとダリアも目を向けた。


「…時に大河、お主の背中の足跡は何だ?
 まるで……そう、人を背中に立たせていたような痕跡だが…」


「………そう言えば、あそこの噂って『執り憑かれると背中に足跡がつく』って…」


 一堂、再びトイレに目を向けた。
 ……トイレの中でニヤリと笑う誰かが見えたような気がした。


「それはともかくだ。
 大河、本題に入るぞ。
 意趣返しも済んだ事だし、これでようやく本格的に密談が出来るな」


「密談ねぇ……。
 何だか浪漫を感じる響きだな。
 ここじゃ話せない、場所を変えるか」


「何処かいい場所が?」


「ああ。
 図書館の一室でな、この時間帯だと明日の昼まで誰も来ないはずだ」


 大河は踵を返して歩き始める。
 …背中の足跡が気になるが、クレアもダリアも何も言わなかった。

 ダリアは頭の中で計算する。
 密談の場所を相手に用意させるのは危険である。
 どんな罠が飛び出すか、解ったものではないからだ。
 しかし、大河がクレアに…と言うより、可愛い女性に危害を加えるか?
 そう考えると、これ以上ない程に安全と言えなくもない気がする。
 ……ダリアにしては間抜けな事に、別の意味での危険には気付かなかった。


「クレア様…」


「いや、よい。
 ここは大河を信用する。
 やつがスパイだとしても、それは“破滅”からのものではなかろう」


「確かに、彼の動向は明らかに人類寄りですが…他にもクレア様を狙う者は多数存在していますわ。
 大河君が敵ではないという保証は……」


「ない。
 だが、私は大河に賭けたいと思う。
 ヤツにはそうするだけの価値が十分にある」


「それは…確かにあると思いますが…」


 大河は危険である…色々な意味で。
 戦闘能力は個人のものとしては群を抜いている。
 しかしそれはあくまで個人の物であり、物量で押せば対抗できる。
 大河には弱点が多いからだ。
 未亜を初めとし、身内には甘くなり、極力守ろうとする性格。
 人質作戦に出れば、まず大河は身動き取れなくなるだろう。

 しかし、本当に恐ろしいのは個人の戦闘力ではない。
 異常に上手く立ち回り、自分や仲間に手を出させない状況を作り上げる、いわゆる政争能力。
 王宮にさえパイプを伸ばし、賢人会議などの動向を把握し、そして影からそれらを操る。
 法を破るような手段も平然と使い、しかし一線を越える事だけはしない。
 優秀な人材が不思議と揃い、天運にも恵まれる。
 これが平気で一線を越えられる性格ならば、味方にも見放される事もあるが…大河はそうではない。
 甘さと冷酷さが同居した、敵に回すと一番厄介なタイプだ。

 今までも大河は危険視されているのだが、“破滅”が迫ったこの時期に救世主候補を害するのは得策ではないと言われて手が出せなかったのだ。
 そしてそれを大河は自覚している節がある。
 もし今大河を力尽くで排除すれば?
 救世主クラスが問答無用で崩壊、ないし反旗を翻す恐れがあるのだ。

 それだけに、味方に付けられれば強力な戦力となるだろう。
 ……理屈は解るが、クレアの個人的な感情が入っているんじゃないかと疑うダリアだった。
 その推測は正しい……が、クレアに自覚はない。
 いざとなったら、自分がクレアを止めねばならない。
 その重労働に思いを馳せ、密かに欝になるダリアだった。


「それではクレア様、私はこれで」


「うむ、大儀であった」


 図書館へ向かう途中、ダリアはクレアから離れて通常業務に戻る。
 本来ならばクレアに付いていかねばならないが、クレア自身が頑として拒んだのだ。
 だが優秀な家臣たる者、必要とあらば時には主の命令に背いてでも行動せねばならない。
 と言うより、それが家臣の本分という物だろう。
 無論限度はあるが、命じられた事をやらせるだけならば、家臣には大した能力は必要なくなってしまう。

 ダリアは優秀な家臣に分類された。
 しかし彼女にも逆らえない言葉というのは存在する。
 例えば……


「こっそり護衛に来たら、給料を下げるからな」


「いえっさー」


 ……優秀な家臣という言葉は取り消します。
 大河への信頼ゆえか、それとも知ってはならない会話を聞く気は更々無いのか、それとも単に責任感が皆無なだけか。
 ………断言はできないが、最後のだけは無いだろう。
 これでダリアはきっちり仕事をしている。
 生徒の事も好きだし、何気にワーカーホリックなのだ。
 普段の態度は地でもあるが、それは長い間昼行灯を装っていたので、演技が馴染みすぎてしまっているだけである…多分。

 理由はともかくとして、ダリアはクレアには付いていかなかった。
 クレアに危険が及ぶ事を考慮していないのか?
 答えは否だ。


(私はついていかないけどぉ、他の護衛をつけるなとも言われていませんわぁ♪)


 …ま、仕事はしているようだ。
 が、やっぱり無責任な事も考えていたり。


(それに減給されるのは、私じゃなくて他の護衛だものね〜)


 ……非道ぇ上司である。
 典型的な汚れ役の押し付け……いつか部下に裏切られなければいいが。

 図書館と校舎を繋ぐ未知の途中で、ダリアは小さな声で呟く。


「じゃ、そういう事だから…お願いね。
 でも近付きすぎちゃダメよ〜、余計な事までしった諜報員の末路は…悲惨よ?」


「解っていますわ。
 大河君は最近カンもよくなってきていますから、あまり近付くと気付かれてしまいますもの」


 ダリアがすれ違い様に肩を叩いたのは、図書館の司書さんであった。
 彼女もダリアの部下だったのである……その技量を鑑みるに、全く不思議ではないと言われると反論出来ないが。

 フローリア学園には、彼女の他に数名のダリアの部下が入り込んでいる。
 あまり多くても気付かれるだけなので、少数精鋭…全員揃っても、片手で数えられる人数である。
 彼女はダリアの右腕とも言える人物で、穏行だけならばダリア以上とも言われていた。
 その彼女をして、ヘタに近付くと気付かれると言わしめる大河のカン。
 野獣よりも鋭いかもしれない。


「さって…そうは言ったものの、やっぱり好奇心が疼くわね…。
 ダリア様の言う通り、近付くようなマネをする気はありませんが…ちょっぴり残念です」


 一方、こちらはクレアと大河。
 大河はクレアを図書館の一室に連れて行った。
 そこは何時ぞやの鎧と戦った後にリリィと話をした、あの一室だ。
 あるのは本の山だけで、入り口は一つだけ。
 極端に言うと、そこだけ警戒していればいいのである。
 無論、何か仕掛けがないか事前にチェックしてある。


「……おあつらえの場所があったものだな。
 この場所……逢引にでも使われているのではないか?」


「さぁな。
 何せここにはあの司書さんが居るからなぁ…。
 どこで盗み聞きされてるか解ったもんじゃないぜ」


「ならば何故ここに来たのだ?
 外に漏らしていいような話ではないだろうが」


「ああ、あの人はダリア先生の部下みたいだから。
 ヘタに人の居ない場所に行くよりも、ギリギリ手が届く所に居たほうがいいだろ?」


「…まぁ、警備上の問題もあるものな…」


 クレアはまだ納得はしていないようだが、矛を収めた。
 ダリアには来るなと言ってはいるが、大河が危険人物な事には変わりない。
 本当に警備が外れるはずもない。
 この辺りで矛を収めたほうがいいだろう。


「さて、そろそろ本題に入ろう。
 ダリアの話では、我々の知らない情報を持っているとの事だったが…相違ないな?」


「無い。
 こっちとしても色々と情報網…つうか、情報源があってな。
 情報源が情報源だけに言っても信じてもらえるとは思えんけど、間違いない情報だぞ」


「ふん…まぁその位の譲歩はしてやろう。
 では聞かせてもらおうか。
 その代わりに、私はお前の行動に関して便宜を図る。
 それでいいんだな?」


「便宜…ね。
 ブッちゃけた話、権力の後ろ盾を作って動き回れる範囲を増やそうって事なんだが」


「構わん。
 しかし限度は当然在るぞ。
 それが“破滅”を撃退するのに有効な事ならば相応の効果は期待できようが…」


 王宮の権力は、決して強いとはいえない。
 統括する立場にありながら……いや、それ故だろうか?
 一言で言えば、命令するだけの権限しか持って居らず、強制力というのは大して持っていないのだ。
 いや、持ってはいるが、その力は大きすぎて迂闊に振るう事は許されていない。
 だから建前でもそれなりの効果はあるので無駄ではないが、その裏までは行き渡らない。


「その前に、お主が事の次第をどれだけ把握しているか、述べてみよ。
 自分が置かれている状況も解らぬほど世間知らずならば、同盟を組む価値がない」


「へいへい…今更だと思うけどね…。
 じゃあ、まずは今回のモンスター討伐の本当の目的から。
 モンスター討伐は…デモンストレーションだな?
 恐らくは賢人会議の連中を納得させるための」


「ほう…一応は理解しているらしいな」


 さして意外な事ではない。
 賢人と称される者達の性格を考えれば、用意に推測できる事だ。


「俺達救世主候補生は、召喚器の力により一種の超人と化す事ができる。
 しかしそれはあくまでも個人の力。
 チームとしてまとまったとしても、組織と呼ばれるほどじゃない…総合的には、軍隊の戦力のほうが余程強いんだ。
 数の力には簡単には勝てないからな…。

 何よりも、俺たちは所詮はガキ…20にも満たず、長い戦闘経験を積んだ訳でもない青二才に過ぎない。
 そんな連中を、賢人会議の連中が信用するか?
 答えは否だ。
 だから王宮…クレアは、俺達を存分に『使う』ためにもその力を誇示しなければならない。

 今回向かう先は、戦略的に言えば大して価値のない場所だ…。
 救世主クラスが向かわされる戦場としては、精々肩慣らし、経験地稼ぎ程度の意味しか持てない」


「肩慣らしと言えども、人を救う事は出来るかもしれんぞ?」


「論点がずれてるぞ。
 強い力は、それ相応の場所に向かわされなければ意味がない。
 俺達が重要な戦力として考えられているのなら、今すぐにでも王宮から最前線に出ろとの命令が飛ぶさ。
 最前線…つまり辺境ではなく、殆どの連中にとっては自分達の周囲の警備、一部の人間にとっては“破滅”の出現予測地点だ。
 例え時期尚早だとしてもな…。

 俺たちにさせようとしている事は、賢人達が俺達の力をアテにするように力を示させる事。
 辺境を盾にしてでも、経験を積ませる事。
 それによって、賢人だけじゃなくて有象無象も俺たちを引き入れようとするかもしれないが…」


「全く動けぬよりはマシだ。
 救世主クラスは王宮直属…ダリアと同じで、私にしか命令権は存在せぬ。
 表立ってちょっかいを出してくる事はあるまいよ。
 水面下に関しては、我々が相手をする…。

 と言っても、お主は既に手を下しているのだったな。
 この前の賢人会議でのテロ騒ぎ…アレはお主の差し金であろう?
 いっそ貴様をしょっ引いてくれようかと思ったぞ……賢人どもの醜態が見れたのは面白かったがな」


 ギロリと大河を睨むクレア。
 大河はニヤニヤ笑ってその視線を受け流した。
 本来なら、問答無用で逮捕・処刑・封印刑なのだろう。
 しかしそれを実行する事が出来ないと踏んだからこそ、大河は策に踏み切った。
 そうでなければ、ブラックパピヨンを差し向けるような事はしない。
 自分で細工をし、演出する。


「さて、何の事やら…。
 誰が何をしたのかは知らないが、ダリア先生の話じゃあ、その切欠のお蔭でジジィどもの物分りが大分良くなったらしいじゃないか。
 この際だから、もう暫く脅えていてもらおうや。
 ヘタに逮捕すると、無用な安心感を与えてしまうかもしれん」


「ふん…よくもまぁ抜け抜けと……まぁいい、私も同感だ。
 本来ならば“破滅”の民かどうかに関係なく放っては置けぬが、今回は例外だ。
 人が団結するには、敵が必要なのだからな。
 とはいえ、何度も使える手ではないぞ。
 組織として、モラルハザードは見過ごせぬ」


「解ってる。
 今度はもっと上手くやるさ…」


 大河の言い様に、クレアは苦笑する。
 見過ごす事は出来ないが、今はまだ結果が出ている。
 止めるには時期が悪いのだ。
 今止めてしまえば、曲りなりにも纏まりかけた人間側の陣営は、再び空中分解してしまう。


「まぁ、それだけ認識していれば上出来だろう。
 ……よかろう、同盟を組む件、承知した。
 ただし、これは私…クレア個人との同盟にすぎぬ。
 王宮全体が貴様の背後に立つと勘違いせぬようにな」


「王宮なんぞより、お前の後ろ盾の方が余程心強いさ」


 キッパリと大河は言い切った。
 多少誇張が入っているかもしれないが、紛れも無い本心である。
 『武器』としては、確かにクレア個人と王宮の後ろ盾では、比較になるはずもない。
 が、『盟友』としては王宮よりも、クレアの行動力と明晰さが際立つ。

 言われたクレアは少々照れたような素振りを見せて、強引に話を進める。


「さて、同盟の件は置いておいて。
 先程お主が推察した通り、“破滅”は既に現れ始めておる。
 まだ具体的な形…“破滅”の軍団が現れている訳ではないが、出現地点は恐らく間違いなかろう。
 場所はホワイトカーパス州の辺境……。
 モンスターが人々を襲い始めておる。

 今はまだ、州に配備されている軍隊が食い止めている。
 あそこには良い人材が揃っているからな…」


「噂に名高い“紅蓮の獅子”ル・バラバ・ドム、“無責任隊長”ジャスティ・ウエキ・タイラーを筆頭に、ユウカ・タケウチやヘーハチ・エダジマの事か」


「うむ。
 叔父上…エダジマ殿は最近行方不明になっておるがな。
 いずれにせよ、あと一ヶ月は持ち堪える事ができるだろう」


 大河は目を剥いた。
 予想していたよりも、遥かに長い。
 名だたる人材が揃っており、彼らを束ねるアザリン自身も非凡な才覚を持っているとはいえ、人材だけで戦争が出来る訳ではないのだ。
 とにかく補給。
 一に物資、二に人材、三四が金で五が天運。
 特に篭城戦はあっという間に物資が尽きる。

 大河の驚愕を読んだのか、クレアは冷たい笑みを見せた。


「私を…私達を見くびるなよ、大河。
 確かに人材は揃っていても、あの辺りは物資が乏しい。
 自然が豊かとはいえ、決定的に足りぬ。
 しかし足りないならば、別の場所から持ってくるだけの事だ。

 既に王宮での粛清…足手纏いの封殺は始まっておる。
 己が保身のみ考えて資源を溜め込む領主などから徴収し、ホワイトカーパスに送り続けているのだ。
 王宮内部の政略事情も、大分スムーズに流れるようになっておる。
 手っ取り早い効果を期すために、少々荒っぽい手段を使ったがな…」


 つまり、多少の問題は残っているものの、アヴァター全土の戦力がクレアの意思で動かせるようになりつつあるのだ。
 この意味は非常に大きい。
 現にホワイトカーパス州は、送られてくる大量の物資により善戦を続けている。


「そうか…となると、アヴァター全土の戦力を一点に集結させるか…?
 いや、一点にとは言わないまでも、辺境の地を守る必要はなくなる。
 言い方は悪いが、辺境は見捨てて……民を避難させるのか?」


「…本当に察しがいいな、お主は……やはり何処かのスパイではないのか?」


「フン、仮にスパイであったとしても…」


「信じるさ。
 私はお主を信じる。
 お前を見てそう決めた。
 信じるのならば最後まで、だ。
 ちょっとした事で揺れる信頼なら、最初から手を結ぼうなどとは思わぬ」


 クレアの信頼に答えるように、大河は笑った。
 とても嬉しい。
 クレアの強さもそうだが、自分がこれ程に信じられている事が。


「さて、それでは今後の王宮からの指令の動向と、大まかな作戦を説明しておこう。
 大河、耳を貸せ。
 絶対に人に漏らすでないぞ」


 クレアは念を押して、大河の耳元に囁く。
 暫くの間、掠れるような声だけが微かに空気を震わせていた。
 クレアから囁かれる間、時々大河の目が見開かれたり、ビクっと体が震える。
 どうやら『作戦』とやらの内容に驚いているらしい。


「…という事だ。
 解ったか?」


「ああ……それにしても、よくもまぁこんな…。
 一体誰が考えたんだよ…」


「アザリン…お主が連絡を取った領主の部下の一人で、さっきお主が言ったジャスティ・ウエキ・タイラーらしい。
 いやはや、スケールの大きい事よの」


 そう言いながらも、クレアは楽しそうである。
 彼女も血が騒ぐのであろう。
 大河の同類というのは伊達ではない。
 かつて“破滅”と戦い、英傑王女と称えられた救世主候補の血は、クレアに脈々と受け継がれている。
 冒険や危機に際して、心躍る一面を持っているのだろう。


「この戦は絶対に負ける訳には行かぬ。
 ならばこそ、愉しんで戦え、というのが家伝でな」


「真理だな。
 負け戦こそ楽しむべきもの…か。
 悲壮な覚悟を持つよりも、現状を楽しめるヤツがずっと強い。
 何でかっていうと、諦める事が絶対にないからだ」


「そういう事だ。
 圧倒的苦境を、奇策を弄して覆すのは本当に楽しい…とは誰の言葉だったかな」


 大河とクレアは顔を見合わせてニヤリと笑う。
 “破滅”との戦いは、苦しく、決して勝機が大きいとは言えない。
 だからこそ2人は前向きに構える。
 決して歯が立たない相手ではないのだ。
 それは今現在、“破滅”に世界が滅ぼされていない事が証明となっている。
 ならば無闇に暗くなっても仕方ない。
 覇気とは前を向く人物にこそ宿るのである。


「さて、こちらが明かせる情報はこの程度だ。
 そちらの情報を示してもらおうか。
 もしこちらの情報に釣り合わぬようならば…」


「打ち首獄門?」


「いーや。
 私がやられた事を、お前にやり返す。
 すなわちセクハラ+お尻ペンペン」


「…………まぁ、安心しろ。
 十二分に釣り合う情報だから」


 想像して、女王様ルックのクレアにちょっと萌えたのは秘密である。
 血筋からして、クレアの性癖は責めではなく受けの方だと思うのだが…。
 突然変異だろうか?


「それじゃこっちの情報…と言っても、かなり憶測が入ってるけどな…。
 情報は、まず救世主の事についてだ。

 救世主の役割は、“破滅”を追い払って世界を救う事…だと言われている」


「確かにそう言われているが、実際にはおかしな部分が多いのだ。
 矛盾や願望が入り混じり、何が何だか解らなくなっている。
 その部分を解き明かしてくれるというのか?」


 もったいぶった大河の口調に、思わず引き込まれるクレア。
 無理も無いだろう。
 大河の話そうとしている事は、クレアの持つ疑問点の核を直撃するかもしれないのだ。
 食いついてきたクレアを見て内心笑い、大河は続ける。


「流石にその位は気付いているよな。
 実際の所、“破滅”を打ち払うのはウソじゃないらしい。
 だがその意味は全く別物だ。
 救世主の本当の役割は…『新世界の創造』だ」


「創造?」


「そう。
 情報源が情報源だから間違いないぜ。
 救世主の役割は、世界の創造。
 “破滅”はどうやら、救世主を出現させるため、または篩いにかけるための…まぁ起爆剤みたいなモノかもしれん。

 救世主が世界を創造したら、今の世界はどうなるか?
 簡単だ…破棄されるのさ」


「それはつまり…救世主こそが、真の“破滅”…?」


 大河は無言で頷いた。
 暫く沈黙し、クレアに考慮する時間を与える。
 その時間で、クレアは凄まじいスピードで情報を検分する。

 確かにおかしな部分の一部はこれで説明できる。
 歴代の救世主が…救世主候補ではなく、真の救世主が全て命を断ってきた理由。
 それは世界を守るため。
 意思が強い事が救世主候補の条件だ。
 世界を守るためなら、死を選んでもおかしくはない。


「話を続けるぞ。
 1000年前…丁度この学園が設立される前の“破滅”だな。
 この時に、今までの“破滅”とは違う展開が起きた。
 簡単に言うと、救世主を決めるためのファクターが欠けちまった。
 それも千年前の救世主候補の仕業だな。
 世界を破滅させる、真の救世主の誕生を防ぐためだ」


「それは…『導きの書』というヤツか?
 そのせいで、1000年前の“破滅”で彼の書が失われたと伝えられ、500年前の“破滅”では救世主が誕生しなかった」


「その通り。
 そして同じく千年前、救世主となる筈だった人物の片割れ…ルビナス・フローリアス。
 彼女はホムンクルスの体を作って、死んだ後…次なる“破滅”に備えて、墓の下で眠り続けた。
 ちなみにルビナスの事は…報告で聞いてるか?」


「うむ、まさかルビナス・フローリアス本人だとは思わなかったがな…。
 なるほど、高度な錬金術を知りえている訳だ…。
 確か彼女は、記憶喪失だと聞いたが?」


「復活のプロセスに問題があったらしい。
 多分アルストロメリア王女が何か残していると思うんだが…」


 問いかけるような大河の視線。
 しかしクレアは、妙に気まずそうと言うか、身内の恥を晒されるような顔をする。
 苦虫を噛み潰したような顔のまま、クレアは虚空を見て告げる。


「…おそらく残っておらぬ」


「そうか…やっぱり失伝したのか」


「い、いやそうではなく………。
 王宮の書庫に、アルストロメリア王女の日記が保管されているのだが…」


「マジか!?」


 それが本当なら、大発見と言っていい。
 歴史的にも文学的にも、大きな意味を持つ。
 日記を読めば当時の生活などを推測できるし、何より貴重な情報が記されている可能性がある。

 が、クレアはもっと情けなさそうな顔になる。


「ど、どうした?」


「それがその……日記と言ってもな…。
 あー、アレだ、その…三日坊主…」


「…あん?」


「だから、三日坊主になっておるのだ!
 一ヶ月以上の間が空いたり、かと思えば二週間ぶりの日記が三行半で終わっていたり、幼稚園児の絵日記になっていた事もあったのだぞ!
 いい歳こいて、何をやっていたのだ我が先祖は!?
 筆不精なら筆不精で、重要な情報だけは他のところに保管しておかんかい!」


 クレアの魂の絶叫(聞かれないように抑え目)。
 その絶叫に、クレアの警護を密かにしていた司書さんが慌てたが、それは別の話。

 流石の大河も、アングリと口を開けた。


「そ、それじゃあ何か…ルビナス復活の手掛かりは、失伝したんじゃなくて、先祖の筆不精のせいで伝えられてなかったと…」


「ああ、そうだ!
 きっとそうだ!
 あんなメチャクチャな、大ミミズがラインダンスして絡まった挙句、進化の秘法ヤマタノオロチに化けたような字を書いておいて、必死こいて解読したのに、『今日は天気がよかった』だの『ルビナスがキレてロベリアが亡失した』だの『本からロリっ子が二人も出てきた』だの『痛いので新しい世界が見えた』だの、意味が解らん文章ばかり!
 そんな先祖の事だから、どんなバカな事をしていても私は疑問に思わん!
 そして私がその子孫だと思うと泣けてくる!」


「………はは…」


 その文章の意味が半分くらい予測がつく大河としては、コメントを控えるしかない。
 しかし笑ったのが癇に障ったのか、クレアはギロリと大河を睨みつけた。
 クレアを適当に宥めながら、大河は話を続けようとする。


「あー、あのな。
 さっきの『導きの書』の話だけど…実は、もう復活してるんだよな」


「…なに?」


「だから、救世主を選ぶ、封印されたファクター。
 この間復活しちまった」


「………なにー!?」


 サラっと重要な事を言う大河。
 クレアは先祖への恨み言もそこそこに、飛び上がって驚愕する。


「そ、それでは救世主の誕生は!?」


「いや、それは当分心配ない。
 二つのファクターが一人の人間に宿らなきゃいけないんだが、別々の人間に宿ってる。
 お互い救世主になる必要なんぞないから、周りが妙な事を考えなきゃ問題ないさ。
 あ、どっちか一方が死んでもダメかな」


「そ、そうか…」


 大河はリコとイムニティの事を話そうとしない。
 同盟を張っておいてなんだが、全てを話そうとしないのはお互い様だ。
 むしろ同盟を張った途端に警戒心を無くすようなら、お互いに組む価値はないとさえ考えている。

 クレアはクレアで、大河のいう事を信用する事にした。
 …あくまで今は、の話だが。
 当分救世主が現れないのは本当なのだろう。
 そしておそらく、救世主になるためのファクターが宿っている人物は、大河本人と、彼が絶対の信頼を置く人物。
 付き合いの短いクレアでも、簡単に割り出す事ができる。
 確定は出来なくても、ほぼ決定だろう。
 大河がウソをついているという可能性もあるが、それならばこんな事は喋らず、ファクターが復活した事を黙っていればいい。
 態々話すメリットはない。
 とはいえ、人の心は移ろいやすい。
 たとえ絶対の信頼関係で結ばれていようと、外部からの計略や洗脳により、断ち切られてしまう事もある。


(いざとなったら…2人を安全な場所まで隔離せねばならんな。
 2人同時に殺すような事はしたくないし、実質上不可能……)


 額に浮かぶイヤな汗を拭い、クレアは一息ついた。


「なるほど…充分すぎるほどに有益な情報だな。
 対価としては破格だろう」


「そうか?
 でも、本当に重要な事は別にあるんだがな。
 多分、“破滅”から救世主まで、全ての謎を知るであろう人物の事」


「何!?」


 クレアは今度こそ本当に仰天する。
 これまでの情報だけでも一杯一杯だというのに、これ以上何があるというのか。
 固唾を呑んで、大河の話に聞き入った。


「召喚の際、次元断層を超えて時間を移動する事があるのは知ってるな?
 千年前の“破滅”が終わった後、生き残った救世主候補達はそれぞれの役割を果たさんとした」


「うむ。
 その一人が我が先祖、英傑女王アルストロメリア」


「そう。
 で、もう一人の救世主候補は次の“破滅”に備え…と言うより、実際は救世主の誕生を防ぐためだな。
 その為の施設を設ける事にした。
 それがこのフローリア学園だ。
 彼女はフローリア学園で、教鞭を取るはずだった」


「しかし、設立してすぐに彼女は消え失せたそうだ。
 そのせいか、我が祖先と違って名前すら伝えられておらぬ。
 どこかの組織に連れて行かれたとか、救世主を追って逝ったとか色々な説が残っておる。
 …おそらく、召喚の揺り戻しであろうな。
 元々存在した世界が、彼女を引き戻した…と言うのが現在の定説だ」


 その後何処で何をしていたのかは全く解らない、とクレアは言った。
 確かにその推測は的を得ている。
 召喚された人物は、基本的に二つの力の板挟みに合う。
 召喚された世界が引きとめようとする力と、逆に元の世界が連れ戻そうとする力だ。
 この二つのバランスが崩れた時、召喚された者はその世界に束縛されるか、元の世界に連れ戻される。


「そうだろうな…。
 しかし彼女は帰って来た」


「帰って…!?」


「次元断層を幾つも超え、アヴァターに帰ってきた時には千年近い時間が流れていた。
 かつて残そうとしていた“破滅”や救世主の真実は遠く忘れ去られ、知る者は誰一人として居ない。
 …彼女は戦い始めた。
 それなりの力を奮える地位に着き、救世主クラスを監視する。
 真の救世主が現れた時に、すぐに抹殺出来るよう」


「その立場に合致する人物……。
 ま、まさか……ミュリエルか!?」


 流石に信じられない。
 ミュリエルの力量を考えれば、確かに救世主候補であってもおかしくない。
 何せ召喚器を呼べなかった理由が、強すぎて生命の危機を感じられないから、だ。
 大河とガチで戦っても、ヘタをすると封殺してノーダメージ勝利だってしかねない。


「…その話に、証拠はあるのか?」


「いや、無い。
 そっちで探してもらうしかない。
 とはいえ、状況証拠としては結構なモノが揃ってるが…。
 設立者しか知らないはずの導きの書の在処とかな。
 多分、王宮の何処かにアルストロメリア女王の残したアルバムとか幻影石が残ってるだろう。
 …ま、見ても学園長だとは解らないかもしれないが」


「まぁ、どう考えても10年から15年は若いだろうしな」


「いや、そうじゃない。
 聞いた話では、その頃の学園長は…純粋でエロい話に免疫がなくて、正義感溢れて慈悲に満ちた「お前はそれを信じてるのか!?」んなワケねーだろ。
 ま、とにかく今とは随分性格が違ったらしい。
 俄かには信じられんが…」


「そうだな…あのミュリエルが、正義感溢れる純粋な少女だったなどと…。
 世も末よな…“破滅”のせいか?
 私はてっきり、昔から腹黒いナニかの片鱗を見せていたものと…」


「そーいえば、学園長がフローリア学園学園長に就職するまでの事、知らないのか?
 そういう重要人物なら、身元調査とかは必須だと思うんだが」


 大河の問に、クレアは肩を竦めた。
 どうやらミュリエルの過去は、王宮にも知られていないらしい。
 その理由も、ミュリエルが千年の次元断層を超えて来たのなら納得できる。


「確かに身元調査はしたのだが、全くの不明だった。
 それでも採用しているのだから、人事部も何を考えていたのやら…。
 まぁ、彼女に関しては…少なくとも能力的には大当たりだったな」


「人格的には、これから明らかになる真実次第…か」


「そうだな。
 と、過去が不明といえばダリアの苗字も過去も知らんな。
 以前聞いたら、はぐらかされた。
 本人も言わないし、同僚も言わん。
 素性を知られると、仕事に差し支えが出ると言ってな」


「それ、自分でも解らないのと違うか?
 以前俺に、『私の名前なんだっけ』なんて聞いてきたぞ」


 何となく2人は沈黙した。
 ダリアの苗字…それは“破滅”の謎よりも深い謎だった。
 決して触れてはいけない。
 まぁ、世の中には苗字の無い人間なんぞそれほど珍しくは無いし、特に気にする事でもないのだろう。
 …でもダリアだしなぁ…。


「あい解った。
 まずは私のほうで、ミュリエルに関する資料…1000年前の“破滅”に関して、それらしい資料を調べてみよう。
 姿形は記録されておらずとも、名前くらいは解かるであろう」


「それが解かれば、学園長から何か聞きだせるかもしれんな…。
 あ、学園長の本名はミュリエル・アイスバーグだ」


「アイスバーグ、か……名前くらいなら、あのモノグサを体現したような日記にも書かれているであろう。
 これに関する調査は、それほど難しくない……以前あの形而上学的な意味をぶち破るような文章を解読している者がいるからな」


「そうだな…あ、学園長にその日記を見せるってのはどうだ?
 少なくとも問い詰める時の小道具にはなると思うぜ」


 クレアは頷いた。
 あの日記がそのような役に立つとは思ってもみず、内心複雑だったりする。
 何せ一説では1000年前にアヴァターで使われていた暗号だの、別世界の文字だのと言われ、単に字が汚いだけだと判明するまでは、その字を学ばせようと専門の授業まであったのだ。
 暗号文扱いされて必死で覚えた文字が、今使われている文字と同じだと知った時には思わず放火に走りかけたものだ。
 今でも思い出すと少しイライラする。


「さて、と……真剣な話はこれくらいかな?」


「そうだな。
 今後の事も教えたし、私の知らない救世主の情報も確かに受け取った。
 この後は……オトコとオンナの時間だ」


 クレアはニヤリと笑い、大河に一歩近寄った。
 気圧されする訳でもなく、大河は面白そうな顔をしている。


「なんだ、尻叩きまでされながら結局俺に惚れたのか?」


「言ったであろう、お前を奪い取る、と。
 紆余曲折あって心中複雑だが、言った事は極力実行せねば気分が悪い。
 なんだかんだ言っても、私はお前が好きだしな。
 特に今回は…責任を取ってもらわねば」


「何の?」


「私をキズモノにした責任を、だ」


 大河は余裕でクレアの相手をしているが、クレアはそうでもない。
 平静を装ってはいるが、頬の紅潮は隠せない。
 大人のオンナを演じようとしているのか、大胆不敵を演出しているらしい。
 確かに大胆ではある…年端もいかない少女としては。
 しかし相手は大河である。
 その程度の演技では、背伸びをしている程度にしか見えない。
 …それがまた大河のよろしくないモノを刺激しているのだが。


「それとも、やはり私は守備範囲外か?」


「いーや。
 ちっちゃいのはロマンですよ?
 漢だったら黙ってツルペタ一直線、という名言もあるくらいだ」


「なんだ、ムッツリスケベに青い果実の味を覚えさせてみようと思ったのに…。
 まぁいい。
 ならばさっさと既成事実を作るとするか」


 既成事実、の部分でクレアの紅潮は最高潮に達した。
 やはり随分ムリをしているようだ。
 如何に大河を好いていようとも、経験不足は如何ともしがたい。
 経験不足を承知の上で大河に迫っているのは、周囲の強敵達の存在を明敏に察知しているからだ。
 既成事実ぐらい作っておかねば、割り込む事すら出来なくなる。
 そんな訳で、クレアは慎みとか恥じらいとかを一時心の奥に仕舞い込んで大河に迫っているのだ。
 その為に言い訳……大河は情と肢体で繋ぎとめるのが一番効率的……を用意してまで。

 一方大河の方は、クレアの考えている事も大体見当がついている。 
 ついているが、彼がこの状況でクレアを拒む事があるであろうか?
 否。
 大河はラブコメ畑の人間ではなく、エロゲ方面の住人だ。
 原作からして18禁だし。
 そんな訳で、女の子は喰える時に喰う主義である。
 単に見境の無い肉欲獣だという鋭い意見もあったが、そこは黙殺する。
 特に今回は、何気に未亜の許可まで貰っていたりする。


「既成事実ね……俺はそんなのに縛られる男じゃないぜ」


「縛られはしなくても、繋がりはするだろう。
 繋ぎとめるには、それだけでも十分すぎるほどだ。
 それにこれ位やらねば、お主は本気で逃亡しそうだしな」


「俺はそんなチキンじゃねーって」


「なら責任からも逃げぬよな?」


「…あ、鳥肌」


「チキンめ」


 軽口を叩き合いながらも、クレアは大河に圧し掛かる。
 とは言ってもクレアは軽い。
 大河を押し倒すには馬力不足もいい所だ。
 それでも大河が倒れたのは、クレアを受け入れているからであろう。

 …が、その手はクレアの見えない所で蠢いていた。
 別にスカートに手を突っ込んでいるとかいう事ではない。
 クレアの背後に位置する本の山の中に、手を突っ込んでゴソゴソ何かを探しているのだ。


(ピッタリの位地になったな…。
 何とか誘導するつもりだったんだが。
 まぁいいか、好都合だし。
 えーと、袋の口は確かこの辺りに……)


 …ダリアの懸念通り、大河は会談の場所に何かを仕込んでいたらしい。
 クレアとの会談の前に、色々と詰め込んだ袋を持ち込み、本の山で隠していたのだ。
 その動作に、クレアは気付かない。
 さしもの王女も、自分の行為に精一杯で注意を廻す余裕などない。
 むしろ初体験でここまで動くのだから、その度胸は凄まじいものがある。
 勢いに任せて逆レ○プするならまだしも、このようにゆっくり進めるのは…。


「さて……そ、それではまず…接吻を…」


 明らかに怪しい光を宿すクレアの目。
 その目に一抹の恐怖を覚えつつも、大河は唇を近づけるクレアに応える。
 その手はようやく目的の何かを探り当てた。

 唇に柔らかい感触が触れる。
 少女の軽い体が大河の上に倒れこみ、より深く唇同士が押し付けられた。

 クレアは完全に硬直した。
 どうやら羞恥心が限界を迎えてしまったらしい。
 しかし大河は構わずクレアの頭に手を回して抱き寄せた。

 そのまま30秒ほど経過。
 呼吸をするのも忘れていたのか、クレアの顔色が悪くなってきた。
 それを察して、ようやく大河はクレアを開放する。


「っぷはぁ、はぁ、はぁ……」


「…鼻で息しろよ」


「うっ、うるさい!
 そんな事を考えている余裕などあるか!」


 照れ隠しに大河を怒鳴りつける。
 しかしその声には、明らかに艶が含まれていた。


「……あらあらまぁまぁ…」


 大河とクレアが居る部屋から少し離れた場所で、司書さんが本の整理をしていた。
 勿論フリだけで、実際はクレアに危機が迫らないか神経を尖らせている。
 今の所、特に危険は感じられない。

 唐突に響いてきたクレアの怒鳴り声に驚いたが、そこに混じっている照れ隠しの色を察して眉を潜めた。


「どうしましょう……?
 別に危険というほど危険じゃないし…。
 貞操の危機ではあるけど、同じ女性として『初めて』くらいは好きな相手に捧げさせてあげたいわね…。
 いくら王宮の最高権力者と言っても、政治的な意味では政略結婚の道具でもある…。
 大河君が救世主にでもなれば、殿下とくっつくのも随分簡単になるのだけど…」


 止めるべきなのだろう、宮仕えしている身としては。
 しかし司書さんはそれをしようとは思わなかった。


「ま、別にいいわよね。
 案外本当に大河君が救世主になるのかもしれないし、折角殿下に訪れた春ですもの。
 政略結婚もバカらしいけど、そのために処女でいなければならないなんて馬鹿な事もないわ。
 何より………ここで乱入するような無粋なマネをしたら、殿下に一生恨まれちゃうわ」


 そう言って踵を返す。
 もう少し離れなければ、艶っぽい声を延々と聞かされるハメになりかねない。
 ここに人は滅多に来ないが、司書さんは念のために人払いと防音の結界を発動させた。
 普段から持ち歩いている簡易式の結界で、諜報員としては必須道具でもある。
 これで警備も少しは楽になるだろう。

 結構長い間仕えているクレアを思い、司書さんは『思い出に残る初体験になりますように』と密かに願った。
 そんな事を願われても、クレアは真っ赤になるだけだと思う。
 しかし幸運にも、司書さんの心の中の祈りはクレアには聞こえない。
 もし聞こえていたら、羞恥の余りに脳の血管が切れるくらいの惨事は起きていたかもしれない。


 さて、一方クレアと大河だが…。
 クレアが目を白黒させていた。
 羞恥心が限界を超えたからではない。
 オーバーヒートしてはいるが、まだリミットブレイクまで余裕が少しだけある。
 クレアが戸惑っているのは、大河が唐突に意味不明の事を言い出したからだ。


「ご先祖の日記にあった、『痛いので新しい世界が見えた』の意味…?
 それがこの状況に何か関係があるのか?」


「あるんだよ、思いっきりな…。
 と言うか、自分でも実は検討がついてるんじゃないか?」


 大河の場違いとも言える問いかけのおかげで、クレアは少しだけ頭が冷えた。
 あくまでも少しだけで、クレアを突き動かす体の奥の熱は全く衰えていない。
 むしろ中途半端に理性が戻ってきたので、引くも進むも全く出来ない蛇の生殺し状態だ。
 これを大河が計算していたのかは解からない。


「検討…と言われてもな…。
 全く意味不明だが」


「じゃコレはナンだと思う?」


 首を傾げるクレアに、大河は袋から引き抜いた写真を見せる。
 クレアは大河の上に寝そべったまま、大河から渡された写真をまじまじと見入った。
 そこにあるのは、グロテスク…とまでは行かなくても、不気味で痛々しげな、所謂拷問用具である。
 しかし血の跡などは付いていない。
 かと言って、全く使われていない訳でもない。
 そこそこ年季が入っており、よーく見ると普通の拷問用具とは違う。

 顔を顰めながらも、クレアは困惑を露にする。
 この写真の部屋…装飾に見覚えがある。
 これは明らかに、王宮内部の写真だ。
 しかしこのような部屋はクレアの記憶に無い。
 王宮全室を把握している訳ではないが、どこに何があるのかは把握している。
 そのクレアを持ってしても、この写真の部屋が何処なのかは解からなかった。


「…これが?」


「それ、王宮の写真でな…開かずの間みたいなのがあるだろ?」


「確かに…あったな…」


 クレアは大河に指摘され、その存在を思い出した。
 その部屋はクレアと言えども立ち入る事は出来ず、正式に王位を継ぎ、そして20歳以上になった姫にのみ開かれる、という伝統がある。
 当然、クレアはその部屋に何があるかは知らなかった。
 てっきり重要な機密事項が眠っていると思っていたのだが…。
 確かに、これも機密事項ではある。
 外に知られたら、スキャンダルもいい所である。
 このような拷問目的の部屋が残っている事自体、王族の残虐性を示す証拠ととられてもおかしくない。


「なぜこのような写真をお主が持っておる?
 いや、それよりもこの写真とこの状況に何の関係が…」


 流石のクレアも、全く予測が出来ないらしい。
 大河はちょっとした優越感を覚えながら、またも手を袋の中に突っ込んだ。
 やはりクレアは気付いていない。


「その写真に写ってるの、よく見てみろよ。
 確かに拷問用具ではあるけど、ちょっと違う。
 刺したり焼いたり漬けたりするような器具があるか?」


「…いや……無い。
 そういう系統の器具ではなくて、もっと…こう…相手に苦痛だけを与えるような器具や…拘束具だけ…。
 まるで、苦痛を与えはしても相手を傷つけないような…」


 クレアの息が、心なしか荒くなってきている。
 それを感じて、大河は内心ニヤリと笑う。
 やはり遺伝は失われてはいなかった。

 少し写真を見ただけで、クレアは普通の拷問部屋とは違う事を見抜いてしまった。
 大河はクレアの“素質”を感じ取る。


(よし、計画実行!)


 クレアの目がトロンと垂れてきた。
 それに乗じて、大河はクレアを引き寄せる。


「その拷問器具な、アルストロメリア王女が集めたものらしい」


「ご先祖が?」


「ああ、自分の趣味のためにな…。
 と言っても、別に王女は誰かを痛めつけるのが趣味だった訳じゃないぞ。
 むしろ…」


「………その逆?」


 自分も意識していないであろう呟きが、クレアの口から滑り出る。
 思いもしなかった自分の言葉に、クレアは本気で驚いたらしい。
 自分がなぜそんな事を予測できるのか。
 アルストロメリアの遺伝子が脈々と受け継がれているのか、彼女にも矢張り素質がある。


「その通り。
 アルストロメリア王女は、痛めつけられる…例えばムチで打たれたり、尻を叩かれたりして性的興奮を覚える、所謂マゾヒストだったらしい」


「な、なぜそんな…」


「これも情報源からね。
 あながちウソとも否定できないだろう?
 写真に写っている器具は、最後に使われたのは精々5年以内…。
 使われた痕跡はずっと前からあるのに、どうして最近も使われていたんだろうな?

 答えは簡単、王位を継承した選定姫は、代々同じ性癖だった。
 アルストロメリア王女本人がそういう趣味でなかったとしても、Mの素質は延々と王族に根付いていたのさ。

 現にクレア、お前は自分でも自覚しない内にこの器具の使い方を理解していた。
 体が知ってるんだよ、先祖から受けついたMの素質をな…」


 大河はゆっくりと、刷り込むようにクレアに囁きかける。
 クレアもショックが大きかったのか、大河の言葉に反論できずに、まるで催眠術を掛けられるかのようにそれを信じ始める。


「ああ、勿論趣味と人格、能力は比例するものじゃない。
 例えアルストロメリア王女が真性のマゾヒストで、その子孫のクレアも変態だったとしても、お前が王女として充分すぎるほどの能力を持っている事は本当だ。
 だが逆に、どれほど高潔にあろうとしても、お前のMの素質は消せない。
 そりゃそうだわな、1000年近く受け継がれてきたんだ…意思一つで対抗できる代物じゃない。

 さぁクレア、どうする?
 俺が満たしてやろうか?」


「…満た、す…?」


「そうだ。
 お前の肢体を拘束して、ムチで打って、三角馬に乗せて、お前を強引に貫いてやろうか?
 俺の奴隷になるか?」


「そ、それは…」


 熱に浮かされながらも、クレアの目は自分の意思を失っていない。
 それどころか、大河の言い様に反発したかのように目に輝きが戻ろうとする。
 急ぎすぎた事を悟った大河は、失策を埋めるためにクレアの尻に当たっている手を動かした。
 乱暴に掴むと、クレアの体が跳ね上がる。
 全く知らなかった衝撃にクレアの体は反応する。
 あっという間に理性は足を取られ、情欲の炎の中に融けていく。


「んっ、く、ふぁ……ら、乱暴に…」


「シてほしいんだろう?
 なぁ、変態王家のクレアサマ?」


 服の上から探り当てた乳首を強く抓る。


「どうだ?
 ご先祖様の日記に書かれていた事がどういうことか、理解できたか?」


「んんんっ…!」


 クレアの意思に関わらず、その体は受け継がれてきたMの素質を想像を絶する勢いで開花させつつある。
 そしてクレア自身も、その衝動に逆らう確固とした理由は持っていない。
 王族だからとか、“破滅”がどうだとか、そんな事は今は関係ないのだ。
 今ここに居るのは、鬼畜入った大河と、幼いながらもマゾヒストの血統のクレアのみ。
 そうなってしまえば、王女の誇りも眠りについてしまう。


「さぁ、もう一度聞くぞ。
 俺の奴隷になるか?
 勿論プライベートでだけだ。
 お前を責めながら、権力でアレをしろコレをしろとは絶対に言わない。
 何よりも醒めるからな、そんな事を言ってると。
 どうする?」


 計らずも、先程大河が言った『変態だったとしても、お前が王女として充分すぎるほどの能力を持っている』が決め手となった。
 言い訳ではあるし、異性に夢中になって国を傾かせた王は歴史上何人も居る。
 しかしクレアは自分に都合の悪い部分はサクっと無視し、仕事さえきっちりやっていれば、プライベートでSMをやろうがサーカスをやろうが口を出される事ではない、と考えてしまった。
 一瞬でも思いつき、考えてしまえばもう逃げられない。


「………な…る…」


 ついにクレアは陥落した。
 大河はニヤリと笑い、袋から取り出した縄を見せ付ける。
 しかしクレアは熱っぽい目で見るだけで抵抗しようとしない。
 それどころか艶かしい溜息を吐き出し、体を縮込ませる。
 これ幸いとクレアを縛りつけ、最後に大河はもう一つ袋から取り出した。


「それは…っ!」


 思わず息を飲むクレア。
 大河の手の中にあったのは、ムチやギグボールといった、SMに使う道具だったのである。
 クレアはそれで責められる事を想像したのか、無意識に体をくねらせる。
 どうやら王としても素質も随一だが、Mとしての素質も強く受け継いでしまったらしい。
 あらゆる意味で王族が受け継いで来たものの結晶と言えるかもしれない。


「素質はあっても、やっぱり初心者だ。
 今日は軽く行こうか……。
 ムチが欲しければ、尻叩きだけで濡れてみろ」


 そう言って邪悪に笑う大河の顔は、どう見ても犯罪者そのものだったそーな。


 ちなみにクレアは叩くまでも無く濡れており、大河に純潔を奪われてしまった。
 まぁ、本人が新しい世界にどっぷり漬かりこんでしまい、満足しているので……いいんでないかい?

追記  大河が王宮に来たら、その時は秘密の部屋を使って相手をする事を約束したらしい。
追記2 未亜がその約束を聞きつけて、世界が恐怖で崩壊しそうな含み笑いをしたが、いつもの事だ。



ちわっす、時守です。
冗談抜きで寒くなってきた今日この頃、如何お過ごしでしょうか。
時守は指がかじかんで、上手くキーボードを打てません(涙)

さて、今回はクレアがMに目覚めましたが…どうでしょうか。
流石に今の年齢で本格的なプレイをやったら、後遺症とか残りそうですが…。
適度に進まなければいけませんね。


それではレス返しです!


1.ふゆあき様
学園長は、まだ辛うじて大河に買ってはいません。
暴走気味とはいえ一応大河はコントロールされていましたから、一応引き分けですね。

生憎、エダジマさんと大河君の間には面識は…多分ありません。
あのお方が出てくると、冗談抜きでパワーバランスが崩れますし…何せ大気圏から突入しても平気な、ガンダムより頑丈なお方ですから。


2.神曲様
残念ながら、後継者には成り得なかったようです。
もっとも、成っていたら成っていたで、あの植物同様にダリアに捕獲されて売り払われてしまいそうな気もしますが。

シリアスに移行するには、あと2話ほど必要かもしれません。
もー話が進まない進まない…。


3.沙耶様
ムリです。
ネコりりぃは滅多に人に懐きません。
それでも飼おうとしたら、ストレスで早死にしてしまいますぜ?
そうでなくても、猫又みたいに誰かを殺して成り代わるかも…。

それとも、R&R会長としては、ネコりりぃに食い殺されるのは本望でしょうか?


4.黄色の13様
あのお方なら、異世界ぐらい渡っていても何の不思議もありませんな…(汗)
マスターアジアとエダジマさんが出会ったら?
……生身でドラゴンボールが再現される事でしょう。


5.くろこげ様
えーと…普通、アフロ、波平で、現在三つ。
フノコを一つの髪型として数えるなら四つ。
波平にちょっと手を加えて一つ、更に細工をして一つ、でもって定番のヤツを入れて、何とか7つ。
後はどういうタイミングで出すかだけです。


6.ディディー様
首輪に鎖をつけるまであと一歩ですな…。
しかし、リリィはネコなので鎖をつけていいものでしょうか。
ロマンではありますが、ちょっと嫌がられるかなぁ…。

ファンネルはともかく、ミノフスキー粒子は使い道があるでしょうか?
煙幕かガスが打倒な所でしょうか…。


7.ZERO様

いえいえ、ぢつはまだハーレム入りする予定の人が。
あえて名は明かしませんが、まー多分バレバレなのではないかと。


8.砂糖様
いや、糖尿はヤバイっす。
ちょっと信じましたよ…失礼しました。

ルビナスとナナシの合体…そこで一つ問題があります。
名前、どーしましょうか。
適当に混ぜ合わせてみても、語呂がいいのはありませんし…いっそ破壊神ラ・バスワルトとでも…。

時守はSaGaの神はキライです。
散々負けて、結局最初からやり直すハメになったのに、結局チェーンソーで一撃必殺…コンチクショー!

OP見ました。
大河の顔はともかくとして、あのミョーに爽やかな表情はどうかと…。
PS版に移植したから、年齢制限を無くすためでしょうか?

追記 アニメーションで、未亜の胸がちょっと大きくなっているよーな気が…イエナンデモアリマセン。


9.鈴音様
曲芸が符丁って、意外と便利かなー、と思ってやってみました。
割符とかだと誰かに奪われる危険がありますから、極一部の人物だけに、滅多にやらない行動を符丁として伝える…スミマセン、コジツケでした。

ダウニー救済も目標ですから、一応影の主人公…なんでしょうか。
ある程度話が進んだら、シリアスキャラに化けてもらいます。


10.試作弐号機様
無責任シリーズは沢山ありますよー。
全部読もうなんて、夢のまた夢…(汗)

リリィはまだノラ猫気分ですけど、もう手遅れですよねぇ…。
エサをくれる人を覚えちゃったって感じです。
飼い猫になるまであと少し…。


11.みっしぇる様
カイザースーツと来ましたか…。
原作は読んでいないので知りませんが、それなか代わりに救世主の鎧でも着せてみましょーか。
でもアレって別の使い道を考えてるし…。


12&13.謎様
未亜達に囲まれても単騎で駆け抜ける大河…。
調子龍の一騎駈けならぬ一騎交?
でもそんなのが語りつがれている歴史はイヤです(笑)


14.竜神帝様
ソッコーでクレアが堕ちました。
さて、次はリリィですが…その前にイロイロと…(ニヤリ)


15&16.悠真様
流れるようなカード捌き、お見事です(笑)
つーか、しっと団が神格化されている!?
それにしてもセル君…破滅に寝返って討たれ墓場に入り、さらにホムンクルスにされた挙句に生贄ですか…。
哀れな…(涙)

ちなみにこれは誰と誰のデュエルでしょーか?


17.アレス=アンバー様
む、Gガンネタは読まれましたか。
でもまぁお約束ですからね。

破滅の軍勢…アフロの頃なら、まだ(別の意味で)恐れおののいて従ったかもしれませんが、波平は…。
触手にじゃれるネコりりぃ………イイ!
でもじゃれると言うより、ネコがネズミや落ちたセミをいたぶる様な感じかも。


18.なまけもの様
ベリオに地味は禁句ですぜ…ある意味、DSではシエル先輩的位置づけではないかと思っています。
何故かって、シナリオで損してますから。
それに技が地味…いけね、自分で言ってしまった…。

ゴメンナサイ、ぐっちゃぐっちゃのどろどろには出来ませんでした<m(__)m>
クレアは大好きなんですけど…もう少し段階を踏まねば、レベルアップは出来ませんな…。
でも何とかしてみます!


19.カシス様
鬼に金棒…どっちが鬼なんでしょう?
アザリンとユリコさんとの重婚に関しては、一応考えてみた事があります。
しかし哀しいかな、時守にはどーしても想像できません!
2人とも『女』の部分では相容れない性格っぽいし、独占欲も強そうですから…間のパコパコが笑いながら胃を痛めているのは想像できるんですが。

神に関しては、設定上素直に降臨させる事は出来ません。
が、一言だけ言っておきましょう…ニアピン賞です、今の予定だと。
ブラパピは…計画中です。
ま、こっちはそのうち…。


20.3×3EVIL様
学園はもっとコワしたいですねぇ。
大きな物ほど壊したい、厳粛であればあるほどおちょくりたい。
これ人類の真理です。

貞操観念…懐かしい言葉です…。
学園長まで堕落し始めた時点で、もう止めようがありません。


21.アルカンシェル様
はい、変身できますよ。
でも滅多にやりません。
なぜならゴニョゴニョゴニョゴニョだからです。

クレアに関しては犯罪ではありません!
何故なら合意の上であるし、何よりもクレアはアヴァターの最高権力者です。
彼女が白といえば、黒いものでも白くなるのです。
何なら特別許可証とか発行する手もありますから(笑)

ビッグファイアか…どーしても、思い出そうとすると顔が超人ロックになるのです。


22.なな月様
そう、もっと、もっと!
それこそ全員がヤヴァイ性癖に目覚めるくらい!
…もう殆ど目覚めてますか?

ルビナスとナナシに関しては悩みましたが、先日ようやく決めました。
双子は双子でも…お楽しみに。

塾長が生身で次元の壁を突破………コワッ!
塾長の同一存在…もし本人同士が対面したら?
マジで怖ッ!
世界が滅びるかもしれん…。


23.K・K様
いえいえ、足掻いてもらわねば面白くないのは当然でしょう。
悲壮なヤツだったり陰湿な展開ならともかく、あっさり堕ちても面白みに欠けかけます。
そーですね、抜け出そうとしているつもりで、最下層に向かって突き進んでもらいたいです。

塾長が居るという事は、当然あの塾もあるわけで…。
“破滅”との戦いの真っ只中に、でっかい闘技場や意味不明のオブジェが出現するかも(汗)


24.神[SIN様]
感想ありがとうございます!
隊長に関しては、完全にオリジナルですね。
でもモデルは、ギルティギアのクリフ・アンダーソンです。

リコと絡ませる…どっちがネコにするべきでしょう。
ロベリアの子供…そう言えば、ちょっと不思議ですね。
彼女の子供が産まれていたら、世界を滅ぼそうとするでしょうか?
それとも子供のために、別の世界を作ろうとしたのか…。
案外直系の子孫じゃなくて、姉妹あたりの血筋かもしれませんね。

ダウニーの頭は、カッパ…の亜流になると思います。


25.ナイトメア様
お褒め頂き、恐悦至極です。

リリィには『まだ』自覚はありませんよ。
だから飼い主発言に戸惑っているわけですね。

ステキなデムパをありがとうございます(笑)
バカサバイバーを聞きたくなってきた…。

衝撃のお方は、いい死に方しましたもんねぇ…。
主人公より主人公らしかった。
塾長との一騎打ち…み、見たいッ!
でも想像が追いつかないッ!

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