漠然とした事ながら、それでも確かに俺はこれが夢だと認識している。
世界が霞んだ白に塗られた景色。
葵学園の廊下であろう場所で、俺は一人佇んでいた。
廊下にも教室にも人影は無く、廊下の窓から見える外の景色は真っ白な空白。
あぁ、これは夢なんだな…と頭では理解していても、意識が覚醒する事はない。
―――――あぁ、これで何度目の夢だろうか―――――
白い世界を眺めながらそう思う。
いつもと違う夢。
夢なのに現実感があり、現実感があるのに有得ない夢。
『■■■■………!』
背後から聞こえる獣の低い唸り声。
その声の主をゆっくりと振り返り見る。
そこに居るのは、巨大な獣。
鋭利で巨大な角と、三つの瞳。
ギラリと覗く歯が、獲物を求めている。
「……また、君達なんだね……。」
ゆっくりと呟きながら、魔力を操作し、門を開くための魔法陣を展開する。
俺の胸元に浮かび上がる、六色の線と文字からなる魔法陣。
複雑で緻密なその陣は、通常の【檻】の門を開く為の魔方陣ではない。
この身体に、夢の世界であるここに、檻の中の魔獣達は居ない。
収納符も、装備もない。
そんな状況で唯一存在したのが、俺の魔力内、その奥底にある一振りの剣だけ。
門が開く。
その中心から現れる剣。その剣を掴み、引き抜く。
『■■■■■…ッ!!』
獣が吼える。
俺の持つ剣が唸る。
敵を殺せ、全てを燃やせ、あらゆる存在を駆逐しろと…。
「…すまんな。でも…ただではこの身体、くれてやらん。」
『■■■■■■■ッ!!』
思考が戦闘型に切り替わる。
温和でマイペースな和樹は眠り、魔獣のように獰猛で冷血な自分が覚醒する。
巨体の魔獣が吼え、跳躍する。
狙うのは俺のこの命。
だが、それを安易にくれてやるほど、俺は甘くない。
「破あぁぁぁッ!!!」
呼応するように吼え、鋭い爪を振るう魔獣のその首を斬り裂く。
着地した魔獣の振るわれた腕と首がゴトリと地面に落ちる。
だが血は流れず、斬られた断面が音を立てて燃える。
煉獄の如く燃え盛る炎が、魔獣の亡骸を焼き尽くす。
彼らを切り捨てると、心が痛む。
だが仕方が無い。彼らは自分には懐かない。
この血と力をもってしても、彼らを律するどころか、押し止める事すら適わない。
魔獣、モンスターと呼ばれる存在であれば、その殆どが自分に平伏す。
だが彼らはそうならない。
その存在が例え神話の魔獣であろうとも、この■■の■たるこの身に逆らうなど出来はしない。
よって彼らは魔獣ではない。
魔獣の姿を借りた、紛い物でしかない。
『■■■■……。』
視線の先に、廊下を埋め尽くす紛い物達。
今宵に夢もまた、彼らとの殺し合い。
何度戦ったことか、何度殺したことか。
目覚めるまで続く殺し合い。
「来さらせ贋物。全て塵に戻してやる。」
剣を構える。少しだけ口調があの人になってしまった。
何匹もの魔獣が吼え、殺到してくる。
さて…今夜は何匹殺せばいいのだろうか………。
そんな事を考えながら、俺は煉獄を生み出す剣を振るい続けた。
第四話「みられちゃった…………。」前編
「むぅぅ〜〜〜……。」
妙なうめき声を上げて机に突っ伏している和樹。
その表情は不眠不休で働くサラリーマンのように悲惨な表情であった。
「どうしたの和樹、顔が酷いわよ?」
席が近い沙弓が心配そうな声で問い掛けるが、それを言うなら「顔色が酷い」だと思われる。
「目の隈も凄いですよ、寝不足ですか?」
夕菜も心配そうに顔を覗き込む。
「うん、ちょっと夢見が悪くてね……寝てるのに徹夜したみたいに疲れちゃっててさ……。」
「…………どんな夢だ?」
席替えで前の席になった駒野が話しに加わる。
この極悪の殿堂B組において、たった二人の信頼できる友人の一人だ。
もう一人は信用できる友人の數馬。だが彼は女性恐怖症なためにちょっと言動が怪しかったりする。
「うん、なんか夢の中に魔獣が出てきてさ、それで目が覚めるまで戦う夢なんだ。」
ぐで〜と突っ伏しながら話す和樹。
見た目とは裏腹に体力がある和樹がここまで疲れるのだから、一日二日ではないのだろう。
「変な夢ね…呪いとかじゃないわよね?」
沙弓がそう問い掛けると、いつの間にか隣に来ていた矢夜がふるふると首を振った。
「式森くんからは呪いの魔力なんて感じないわ…。」
「そう…だとしたら何なのかしらね…?」
首を捻る一同。何時もなら傍に居る和美は、何やら来花達と出て行ってしまった。
「和樹さん、辛いなら保健室で休んだらどうですか?」
「そうしたいけど、居眠りしても同じ夢を見るんだ。ここまでくるともう拷問だよ…。」
ふにゃぁ〜…と謎の呻き声を上げつつ机にたれる和樹。
そんな和樹の姿に某B組のコスプレ好きが「も、萌えっ」とか言っていたが気にしない方向で。
「そうだ、紅尉先生に診て貰ったらどうですか?あの人色々な事に詳しいみたいですし。」
ポンっと手を叩いて提案する夕菜。
その提案に顔を顰める一同。その様子に?を浮かべる夕菜。
葵学園のB組が囚人監獄なら、保健室は人外魔境と言っても過言ではない。
現に、保健室送りになった男子が薬物患者や精神操作された人みたいになって帰ってきた事がある。
まぁ、二日もすると復活しているあたり、B組男子も不死身揃いなご様子。
「そうだね…一応診てもらうよ…。」
フラフラと立ち上がる和樹。その足取りは余りにも危うい。
「……肩を貸す、掴まれ式森。」
「ありがとう駒野。ごめんね。」
「………気にするな。」
駒野に肩を貸してもらい、保健室を目指す和樹。
心配になった夕菜と沙弓も同伴する。
保健室を目指して歩く最中、廊下や階段ですれ違う生徒達の会話が自然と耳に入る。
「なぁ、聞いたかあの噂。」
「あぁ、変な唸り声の話だろ?」
「野良犬とかじゃないらしいわ。」
「私は風の音が響いてるだけって聞いたけど…。」
「宿直の先生が変な影を見たんだってよ。」
「マジかよ、幽霊とか?」
「部活で残ってた子が、変な足跡見たって…。」
「え〜、怖〜いっ」
話の違いはあるにせよ、皆何かしらの噂話をしていた。
その会話の内容が何となく気になった和樹だったが、今は保健室を目指すのが優先だと思い、足に力を入れた。
「あ、式森先輩…どうしたんです?」
「やぁ凛ちゃん…ちょっと寝不足でね…。」
階段でばったり神城凛と遭遇。
彼女は最初の出会いこそ最悪だが、その後は和樹の教師達の評価を知ってからは礼儀正しく接している。
「大丈夫ですか?」
「うん、一応保健室に行くだけだから。」
そう言って力なく笑う和樹を見て一瞬思案する凛。
その後何かを決めたかのように頷き、
「では私もお供します。」
と言ってのけた。
和樹や夕菜、それに駒野は別に何も思わなかったが、一人だけ不快感を隠そうともしない人が一人。
「あら、和樹をいきなり殺そうとした人が何の用なのかしら?まだ命を狙ってるの…?」
と、高い所から(実際背が高い)見下すように言い放つのは沙弓嬢。
「…ふん、そういう貴様こそ先輩の血を狙ってこそこそしているんじゃないのか?」
それを下から(実際背が低め)睨み返す凛ちゃん。
バチバチと視線がスパークしてぶつかっている。
この二人、実家が物凄く仲が悪い影響なのか、ものっそい仲が悪い。
出会った瞬間に決闘が始まるかと思うくらいに仲が悪い。
そんな二人の様子に夕菜はオロオロし、和樹は苦笑。駒野はやれやれと肩を竦めた。
因みに和樹の血云々は、和美や沙弓には知られている。
知らないのは大多数のB組女子と他の方々。
わざわざ言って不要なライバルを増やす事無いと、和美が皆に口止めしたのだ。
「長くなりそうだから先に行こうか。」
「……………そうだな。」
「えっ、でも…あ、待ってください〜っ」
放置した方が良いと考えた和樹と駒野が歩き出し、それを慌てて夕菜が追いかける。
いつもの和樹ならまぁまぁと間に割ってはいるのだが、生憎本日は体調が優れないので断念。
二人が置いて行かれた事に気付くのは、それから10分後の事。
急いで保健室に現れた二人の衣服が微妙に崩れていたのは、多分気のせいだろう。
「ふむ、それは予知夢かもしれないな。」
「「「予知夢?」」」
保険医でありマッドである紅尉の言葉に首を傾げる夕菜・凛・沙弓。
和樹は深く考え込み、駒野は腕を組んで後ろに立っている。
「式森君は、知っての通り動物や魔獣に好かれる体質だ。その彼が魔獣に襲われる夢を見ると言う事は、過去にそれに近い体験をしたか、この先それを体験するかに分けられる。何度もその夢を見ると言う事は、それが予知夢である可能性が高い。」
「「「はぁ…。」」」
現実味が少ない話に、曖昧な返答をする三人。
だが和樹だけはその言葉を深く受け止めていた。
「そっか…だからなのか…。」
「?何がですか先輩。」
和樹の呟きが聞こえた凛が聞くと、和樹は深く頷く。
「うん…その魔獣…多分ベヒーモスなんだよ。」
「「「「ベヒーモスっ!?」」」」
和樹の言葉に驚く四人。
ベヒーモスと言えば、地属性魔獣の筆頭にして、S級召還獣の代表格でもある。
その力は凄まじく、一つの都市を一夜で壊滅させることすら可能とまで言わしめる神話の魔獣。
個体差はあるにせよ、その巨体は須らく大きい。
そんな化物に和樹が襲われるのだから彼を愛するor尊敬するor信頼している人にとっては堪ったものではない。
「確証は無いんだけどね…。」
四人の反応に苦笑する和樹。
「あぁ、そうか…式森君はまだベヒーモスを召還した事が無かったんだったね。」
「えぇ。S級なんて召還できても支配できるか分かりませんし、何より危ないですから。」
この和樹の言う「危ない」は、自分ではなく周囲の事だったりする。
S級に留まらず、上位ランクの召還獣は、やたら大きい固体が多い。
なのでめったな場所では召還なんて出来ないのだ。
呼んだだけで被害が甚大になってしまう。
「一応魔道書に書かれていた絵と似ていたのでそうだとは思うんですけど…なんか違うんですよね。」
「ふむ、何が違うのかね?」
和樹の話に興味を持った紅尉がカルテのような物を持ち出して尋ねる。
「何ていうか…夢の中のベヒーモス達は、何となく作り物っぽいんですよ。俺の支配も受けませんし、何より【真の名】が見えない…と言うより存在しないんです。まるで、出来損ないの魔法生物みたいで…。」
「ふ〜む、紛い物のベヒーモス…と言う事かね?」
「そう言えますね。【モンスター】種に関しては、俺の支配が効き易いんですけど、彼らにはまったく効果ありませんでしたし。」
「ほう、君の【力】でも従えられないのかね?」
紅尉は驚いたような顔でモノクルを光らせた。
「ええ。最初はS級だからかと思ってたんですが、どうも違うみたいなんですよ。」
「それは確かにおかしいな。ベヒーモスは【モンスター】種筆頭と言っていい魔獣だ。それが君の支配を受けないとは考えられ難い。」
「あの…どういう事なんですか?」
二人の間で交わされる言葉に、夕菜がオズオズと手を上げて質問する。
どうも先ほどから四人が置いてけぼり。
まぁ、今時分で召還術に詳しい人間なんて、和樹を除けば葵学園には紅尉先生とその妹くらいなものだ。
「あぁ。式森君は【モンスター】種と呼ばれる種族の魔獣を強制的に従えさせる力があってね。その力なら支配できずとも牽制するくらいなら可能なはずなのだよ。実際に、あのキマイラを制する事が出来たしね。」
「「「キマイラをっ!?」」」
またも驚く夕菜達。ただ、沙弓だけは驚かずに「あぁ、そう言えば…」と呟いていた。
「キマイラって、あの三つ首の魔獣ですよねっ!?」
「神城家でも過去に討伐した事がありますが、その時の被害は甚大だったと聞きますよっ!?」
「そう、そのキマイラだ。前に知人から頼まれて捕獲に行ったのだが、その時彼が睨み、数度戦っただけでキマイラは彼に平伏したよ。あれには驚かされた。」
その言葉に苦笑する和樹。
「あの時は運が良かったんですよ。あのキマイラは支配されてませんでしたし、此方に殺す気が無いと知れば大人しいものですから。」
事も無げに言い放つ和樹。
キマイラが大人しい?と聞かれれば、そんな訳ないだろ!と魔法旅団の方々は叫ぶだろう。
キマイラはその在り方故か、極めて凶暴な魔獣である。
そんな魔獣を睨むだけで牽制できるのは和樹くらいなものだ。
つくづく規格外な少年に、夕菜は驚き、凛は驚嘆しつつも尊敬の念を強め、駒野は純粋に驚き、沙弓はちょっと呆れ顔だ。
「キマイラを大人しいなんて言うの和樹だけよ…」
と聞こえないように呟いていたり。
「話を戻すが、そんな彼の力が及ばないのは少々考え難い。A級であるキマイラを制する事が可能なのだ、S級とは言え牽制くらいなら効くはず。それが効かないなら、そのベヒーモスはベヒーモスでは無い可能性もある。」
「そうですね…もし本物のベヒーモスなら、あんなに簡単に倒せないでしょうし…。」
そう、いくら和樹が規格外とは言え、神話に語られる魔獣を一人で、しかも何匹も葬れる筈が無い。
例え彼の持つ剣の力でも、あの魔獣を葬り続けるのは無理であろう。
となれば答えは一つ。
夢のベヒーモスは、ベヒーモスでない可能性が高いのだ。
「とりあえず、式森君はベッドで眠っておきなさい。もし予知夢なら近々戦うことになるだろう。」
「でも、眠る度に襲われるんですけど。」
「ふむ…ならば私が呪い(まじない)をかけよう。紫乃程ではないが、夢を見なくする位なら可能だ。」
「じゃぁお願いします。」
そう言って和樹は、一番手前のベッドに横になる。
それを見て紅尉が「…チッ」と小さく舌打ちしたのを和樹は強制的に忘れる。
恐らく奥のベッドは碌なモノじゃないのだろう。
「では目を閉じて力を抜きなさい。」
「はい。…先生?」
「なんだね?」
「もし実験しようとしたらヘルハウンド達に襲わせますからね?」
「………………ははは、そんな事する訳ないだろう?」
「「「「「今の間はなんですっ!?」」」」」
全員に突っ込まれる紅尉。
ゴホンと咳払いをして誤魔化す。
まぁもし肉体に危機が迫れば、檻の中の魔獣達が騒いで知らせてくれるので問題ない。
どうやら檻の中に居ても、気配などは感じられるようだ。
やがて紅尉が小さく何かを唱えると、和樹の呼吸が小さくなっていき、寝息が聞こえてくる。
暫く全員で様子を見ていたが、魘される様子も無いので一安心。
夕菜が看病すると言い出すも、別に病人ではないと言われ却下される。
まぁそれでも傍に居ると叫んでいたが、沙弓と駒野に引き摺られ強制退場と相成った。
「ふぇ〜ん、和樹さんの寝顔ぉ〜っ!!」
それが目的かあんた。
「あら?夕菜ちゃんに凛、それに杜崎さんだったかしら?」
「どうしたのよ皆して?」
廊下を歩ていると、珍しい取り合わせに出会う夕菜達。
「玖里子さんに松田さんこそ、どうしたんですか?」
なにやら真剣な顔で話し合っていたのは、葵学園の影の支配者こと風椿玖里子。
そしてB組最強の策士にして和樹の幼馴染、松田和美の姿。
「私達は…あ、ちょうど良かったわ凛に杜崎さん。ちょっと仕事頼まれてくれないかしら?」
ポンっと手を叩いて二人を見る玖里子。言われた二人は首を傾げるばかりだ。
「……………俺は先に戻っている。」
「あ、先生には生徒会の用事って言っておいて。」
和美の言葉にコクリと頷いて教室に戻る駒野。彼の役目は和樹を運ぶことで終えているので誰も止めはしない。
「それで、仕事とはなんなのですか?」
「それなんだけど、ちょっと長くなるから生徒会室に行きましょう。もう授業中だし。」
玖里子の言葉に全員頷いて移動する。
一度凛は教科担当に「生徒会で呼ばれた」と言いに行ったが、授業公欠に出来るあたり玖里子の支配力の強さが窺える。
まぁ、生徒会の仕事なら授業公欠になるのだが(作者もそうだった)
「さてと、それじゃ話の続きね。」
凛が遅れて到着し、全員にコーヒーを配ると玖里子が話を始める。
どうでもいいが、生徒会室のはずなのに完璧玖里子の私室になっている気がする。
「皆、最近校内で噂されてる話知ってるかしら?」
「噂ですか?」
「私はあまり…。」
首を傾げる夕菜と、そういった話に疎い凛。
逆に和美と沙弓は軽く頷いている。
何せ在籍しているのがあのB組である。噂も情報も嘘だろうが真実だろうが伝達速度は学園一だ。
ただ、B組から流れた情報が元の情報より著しく捻じ曲がっているのは、もしかしなくても男子の仕業である。
昔なら来花などが率先して情報を捻じ曲げていたが、現在ではそれはない。
これも式森効果であろうか?
「あれでしょ、校内で変な唸り声が聞こえてくるって噂。」
沙弓の言葉に頷く玖里子。
「そうなのよ、あんまりにも目撃と言うか、聞撃と言うか、聞いたって話が多くて。最初はB組の仕業じゃないかって生徒会でも言われてて、それで和美ちゃんに調べてもらったのよ。」
何時の間にか和美を和美ちゃんと呼んでいる玖里子。
利害さえ一致すれば、ある意味恐ろしいコンビ誕生である。
「先輩に言われて鳴尾達と調べたんだけど、仲丸も浮氣も何もしてないのよね。勿論女子も白よ。」
先ほどまで和美達が教室に居なかったのは、それを報告に行っていたようだ。
「で、隙間風の音とか、迷い込んだ犬猫じゃないかって話になったんだけど…今朝これが見つかったのよ。」
そう言って玖里子がテーブルに一枚に写真を置く。
拡大コピーされたそれは、地面に残る巨大な足跡を映していた。
比較対照なのか、何故か購買の焼きそばパンが置かれているのが微妙にマヌケだ。
「こ、これは…っ」
目を見開く夕菜。
「そうよ、葵学園購買部10食限定特製焼きそばパン、黒豚入りオイスターソース味よっ!」
「あのお昼休みには売り切れていてその存在を知らないまま終わる生徒が多いと言われる、伝説のっ!?」
「豊潤なソースと、厳選された麺、そして吟味されたパンから生まれる至高の味。しかも大きさは普通の焼きそばパンの二倍!」
「うぅ、私噂だけで初めて見ましたっ」
「って、そうじゃないでしょうっ!?!?」
話の論点が著しく斜めにすっ飛んで行くのを、凛ちゃんが突っ込んで止める。
「「「だって食べたいんだも〜ん。」」」
口を揃えて言う三人。だが沙弓だけは瞳を逸らしている。
「あら?どうして目を逸らしているのかしら沙弓?」
「別に…何でもないわ。」
「ふ〜ん…。」
その態度に怪しむ和美だが、話がさらに逸れるので保留する。
実は沙弓、前に和樹に買って貰って食べた事あり。今言ったら大変な事になるのは必須だ。
「で、この焼きそば…じゃなくて、足跡がどうしたんです?」
「気付かない夕菜ちゃん?その焼きそばパン、普通の焼きそばパンの二倍あるのよ?」
普通の焼きそばパンの大きさなんて店によって違うだろうが、平均して20cm〜くらいだろう。
その二倍、およそ30cmオーバーであるパンより大きな足跡。
つまり…。
「な、なんですかこの大きさ…っ?」
「遅いですよ夕菜さん…。」
疲れたように突っ込む凛ちゃん。何故か突っ込みキャラになっている。
幻の焼きそばパンに目が行っていたので気付くのが遅れたが、その足跡はどう見ても普通の犬猫では考えられない大きさだった。
形は獣のそれだが、親指らしき場所にある深い溝から、かなり大きな爪を持っていると推測される。
「加えて、この足跡の持ち主は四足歩行、大きさは大体3メートル以上と思われるわ。」
「和樹のヘルハウンド達じゃないわね。形が違うわ。」
流石は和美、瞬時に足跡の判別をしている。
「熊…じゃないわね。虎やライオンとも違うわね…。」
「かなり大型、しかも爪跡から見て肉食でしょうか…?」
皆写真を見て推理する。
本来なら和樹に見てもらうのが一番なのだが、生憎現在お休み中である。
それを聞いた玖里子がいそいそと保健室に行こうとするが、殺気を漲らした四人に阻止される。
何気に凛ちゃんまで刀抜いていたのがポイントである。
「今日生徒会で原因を探す事になってたんだけど、犬猫ならまだしもこんな足跡が見つかっちゃったら流石に生徒じゃ危険でしょ?それで和樹に応援を頼もうと思って、さっき廊下で和美ちゃんに相談してたの。」
「ここんとこ和樹疲れてるみたいだから、無理させたくないんだけどねぇ…。」
だがもしこの足跡の持ち主が魔獣等だったらそれこそ和樹の出番である。
「で、凛ちゃんと杜崎さんにも頼みたいんだけど、どうかしら?」
「そうですね、私は構いません。」
「私も。和樹のフォローしなくちゃいけないから。」
「玖里子さん、私もお手伝いしますっ!」
シュバッと挙手して宣言する夕菜。
彼女の場合、和樹に良い所を見せたいのと、和樹の活躍を見たい等の考えがあるのだろう。
「助かるわ、それじゃ放課後またここに集合ね。今日は部活も委員会も中止にして生徒も教師も全員帰らせるから、行動開始はその後よ。」
玖里子の言葉に全員が頷く。
どうでもいいが、一生徒の権限でそこまで出来るのか疑問。
まぁ玖里子さんだしねぇ…。
和樹は保健室のベッドで深い眠りについていた。
危惧していた夢も見ていない様子で、静かな寝息だけが保健室に木霊する。
紅尉は何やら書類の整理をしている。
本来ならベッドで眠る=紅尉の実験台なのだが、下手に和樹を実験台にすると凶悪無比な【ワル和樹】となって目覚め(寝惚け?)てしまうので、既に経験した紅尉も手は出さない様子。
まぁ、隙があれば何かしようとするだろう。
実験とか改造とか解剖とか。
生憎それを止めてくれる紫乃は趣味の為にちょっと遠出している。
帰ってきたらミイラとかゾンビとかのコレクションが増えているのだろう。
「……………………………………誰…?」
ス―――と静かに瞼を開く和樹。
その問いかけは小さく、机に向かっている紅尉にも聞こえない大きさ。
和樹はゆっくりと上半身を起こすと、静かな動作で保健室の壁を見た。
何の変哲も無い真っ白な壁。
だが微かに和樹は感じた。
ここに在らざるハズの存在を…。
「おや、起きたのかね?」
書類の整理を止め、起き上がった和樹の気配に声をかけてくる紅尉。
既に時刻は4時を過ぎ、放課後の時間となっていた。
「はい、お陰で眠気は取れました。」
「そうだろう、二時間目からだから6時間は眠れただろうからね。身体の方はどうだね?」
「問題ありません。若干疲れがあるのと……お腹が空きましたね。」
苦笑する和樹。何せお昼も食べずに眠っていたのだからそりゃ腹も減る。
「お昼休みに松田君が来て、放課後生徒会室に来て欲しいそうだ。早く行った方がいいんじゃないか?」
「和美が?そうですか、ありがとうございます。行ってみますね。」
「うむ、そうしたまえ。あぁ、それと…紫乃が帰ってきたら相手をしてやってくれ。最近逢えなくて寂しいと愚痴を溢されてね。」
そう言って苦笑する紅尉。和樹も苦笑するしかない。
「あははは…善処します。それじゃ、お世話になりました。」
失礼しました…と礼儀正しく挨拶して保健室を出て行く和樹。
だが扉を閉める時、いつもとは違う鋭い視線が保健室の壁を射抜いていた。
「………………やれやれ、気付かれたかな?」
嘆息しつつも書類に向かう紅尉。
手伝いである妹が不在なため、少々作業が難航しているご様子であった。
「あれ?凛ちゃん。」
「あ、式森先輩。身体はもうよろしいのですか?」
「うん、眠気も取れたしもう大丈夫だよ。」
生徒会室の前で立って待っていた凛に声をかける和樹。
凛の返答に笑顔で答えると、彼女も安心したように頬を緩める。
思えば、彼女も最初は和樹を殺そうとまでした子だったが、日頃の行いが何処で幸いするか分からないものだ。
玖里子や担任などから聞いた和樹の評価を知り、凛の中で尊敬できる先輩となった和樹。
何せあのB組の暴走(主に男子)を幾度となく防いだある意味での英雄にして葵学園の守護者たる和樹。
実は一年にも隠れファンが多数存在する。
和樹の詳しい情報はB組女子達によって隠蔽・改竄されているのだが、やはり人のカリスマに偽りは効かない様子。
ただそのカリスマが女性に強く作用しているのはどうなのだろうか。
「凛ちゃんも玖里子さんに呼ばれたの?」
この間通学路で襲撃(誘惑)された時に先輩ではなく名前で呼べと強制された為に名前呼びになった玖里子嬢。
さり気なく凛ちゃんもそれに追随して名前で呼ばせていたり。
「はい、近頃学園内で変な唸り声や影を目撃したとの噂があって、その実態調査の為に呼ばれました。先輩はその噂はご存知でしたか?」
「噂…そう言えば鳴尾さん達がそんな事言ってたような…。」
ちょうど寝不足で思考が鈍っていた時なのであまり明確に覚えていない和樹。
う〜ん…と唸って思い出そうとしていると、廊下の先から一人の女子が少し駆け足でこちらにやってきた。
「和樹く〜んっ」
「あ、千早。」
ぱたぱたと駆け寄ってくるのは、和樹の幼馴染である山瀬千早。
その手には何やら布に包まれた物体が。
「む………。」
二人の親しそうな雰囲気に眉を顰める凛。
千早とは面識が無い様子。
「よかった、ここに居たんだね。」
「どうかしたの?」
和樹がそう言って首を傾げると、そんな彼の前に布に包まれた物体が差し出される。
「和美達から聞いたよ?お昼食べてないんでしょ、だからこれ。」
そう言って渡してくる千早。つまり中身はお弁当と言う事になる。
「あ、そう言えば今日は千早が作ってくれる日だったね。」
ありがとうと受け取りながら納得する和樹。
和樹君、日替わりで幼馴染の手料理か購買のパンか学食を食べているご様子。
最近はこれに夕菜が手作り弁当を持参してローテーションに捻じ込んできている。
夕菜の料理スキルは高いので、和樹はまったく文句無いが、それを見て面白くないのは恋する方々。
近々、大々的なお弁当戦争が勃発するかもしれない。
まぁ被害者は常に和樹なので問題は無いだろう。…たぶん。
和樹が包みを開くと、中には色彩鮮やかなサンドイッチがズラリ。
しかも数種類はフランスパン等を使用した豪勢な物である。
思わず凛ちゃんも覗き込んで目を見開く。
「美味しそう。玖里子さん居ないけど、中で食べさせて貰おう。」
と言って二人を伴って生徒会室、むしろ玖里子の執務室に入る和樹。
千早と凛はそれぞれ面識が無いので取り合えず自己紹介をしていた。
「はい和樹くん、紅茶だよ。」
「ありがと。やっぱり千早は料理上手だね。」
バクバクと見ている方も幸せになるような見事な食いっぷりを披露している和樹。
作った千早も嬉しそうに頬を染めている。
「あの…やはり先輩も女性は料理が上手な方が良いと思いますか?」
二人のほのぼの空間に、凛がおずおずと入ってくる。
「俺?別にそうは思わないけど?出来れば良いし、出来なければそれなりの方法を取れば良いんだし。」
「そ、そうですか……。」
和樹の返答に少し安心した様子の凛ちゃん。何やら料理に関して確執があるご様子。
凛と千早もサンドイッチを少し分けて貰いながらほのぼのと過ごす。
和美達は掃除、玖里子は教師達に話があるので遅れている。
「ごめんね遅くなって〜。あ、和樹大丈夫なのっ?」
扉を開けて入ってきた玖里子が心配そうに和樹に駆け寄る。
午前中に聞いていたとは言え、かなり心配だったようだ。
「えぇ。眠気も覚めましたしお腹も一杯です。」
「良かったわ。まだ和美ちゃん達が来てないけど、一応和樹にも説明しとくわね…ところで彼女は?」
「あ、初めまして。山瀬千早です。」
「千早は和美達と同じで俺の幼馴染なんです。」
千早の自己紹介に、あぁ!と声を上げる玖里子。
「知ってるわ、確かF組で上位の優等生だって言われてる子よね。そっか、ならちょうど良いから手伝って貰えない?」
「私でお役に立てるなら…。」
ちょっと恐縮しながらも頷く千早。
玖里子は改めて二人に今回の話を説明した。
その際、例の写真を見て和樹の瞳が鋭い物に変わった。
「これは……。」
「分かる?あの購買で幻と言われる限て「それはもう良いですからっ」――あん、つれないわね凛は。」
同じネタを繰り返そうとして凛に突っ込まれる玖里子。
何故彼女がこれほどこのネタに拘るのかと言えば、まだ彼女もこの焼きそばパンを食べたことが無いのだ。
彼女の権力を駆使しても手に入らない幻のパン。
だが目の前の男がそれを食べた事がある。それどころか、一週間前にも食べていると知ったら彼女はどうなることやら。
「まさか…でも…。そうなるとあの夢は……。」
写真に写る足跡と、自分が見た予知夢。
あまりにも接点が多い二つの事柄に、和樹の表情が強張る。
「ごめんなさい、掃除で遅れちゃったわ。」
「遅れました〜っ」
和美達が掃除を終えてやってくる。
これで面子は揃った。
現在時刻は5時前。
既に放送などで生徒の退校が促され、教師達も帰宅する事になっている。
唯一例外として保健室に紅尉が残っているが、彼は色々な意味で例外なので無問題。
「それじゃそろそろ探索に行きましょう。人数が多いからそうね…三班くらいに分かれる?」
「あ、それなら私和樹さんと一緒が良いですっ」
「それなら私も和樹くんとが…。」
「ダメよ、そんなのズルイじゃない。」
「あ、やっぱりですか?」
てへへ…と可愛らしく舌を出して笑う夕菜と千早。
その姿に苦笑しつつ、和樹が手を上げた。
「玖里子さん、俺は一人で行きますよ。そうすれば3・3で分かれられますし。」
「でもそれだと…あ、そっか和樹なら大丈夫よね。」
言いかけて和樹の力を思い出して納得する玖里子。
和美達も納得している。
「それじゃ、もしもの事を考えて凛と杜崎さんは別。夕菜ちゃんと山瀬さんも別が良いわね、似たような魔法スタイルだし。」
「そうですね、それと和樹の召喚獣達も入れた方が安全かつ安易に探索できるでしょうから、その扱いも考えると…。」
「玖里子さん、千早、沙弓の班と、和美、夕菜、凛ちゃんの班かな?」
和美の後を引き継いで答える和樹。
本来なら和美達幼馴染ーズと、玖里子達で班分けした方が良いかもしれないが、和樹の召還獣を扱える人間が一人でも居ないと困る。
なのでこの班分けが妥当と言えた。
「それじゃ、俺が特別校舎を。」
「あたし達が校舎ね。」
「で、私達が部活棟と体育館、それに校庭ね。」
探索する範囲を決め、廊下に出る面々。
そこで和樹が両手を目前に掲げ、檻の門を開く。
「出ておいで、皆。」
その声に呼応して飛び出してくる魔獣達。
総勢8匹のヘルハウンド。
更に肩の魔方陣からは蝶の羽を持つ妖精、フェアリーが。
それに続いてブライニーズがぴょこんと飛び出てくる。
「カズキ呼んだ〜っ?」
「ご主人さま〜っ」
「お仕事のお手伝いですか〜っ?」
和樹の頭の上を元気良く飛び回るフェアリーと、ぴょこぴょこ元気なブラウニーズ。
見慣れている和美達は兎も角、生の妖精、しかもフェアリーを見て感激している夕菜が居たり。
和樹の能力を見て「やっぱり欲しいわね…」と妖しく笑う玖里子さんが居たり。
ただ純粋に驚き、さらに尊敬の念を強める凛が居たりした。
「ティテス、ちょっと手伝って欲しい事があるんだ。勿論、エレとリレもね。」
「う〜ん、面倒だけどカズキのお願いだし…蜂蜜たっぷりのホットケーキで手を貸すわ。」
「わ〜いっ、お手伝い〜っ!」
「がんばるです〜っ」
「皆も頼むね。」
和樹が並んでいるヘルハウンド達に頼むと、皆揃って返事を返すように吼えた。
「あ、チハヤ久しぶり〜っ」
「久しぶりだねティテス、ホットケーキは私が作るからね。」
ティテスと呼ばれたフェアリーは、嬉しそうに千早の肩に座り、仲良さげにお喋りをしていた。
何しろティテスを召喚した時に一緒に居たのが千早であり、ティテスと名づけたのも千早だ。
ティテス達には本来の名前【真の名】があるのだが、それで呼ぶことは相手に【真の名】を知られる事になる上に、人間では発音し難い名前が多い。
その為、千早が召喚獣達に名前をつけようと提案したのだ。
意思が強く、話をする事ができる召喚獣達は千早達が考えた名前を付け、グリフォンやバジリスク達は和樹が呼ぶ愛称で呼ばれる事が多い。
「エレとリレは私について来て。頼りにしてるからね。」
「「は〜いっ」」
和美の掌に乗り、そのまま肩まで持ち上げてもらうブラウニーズ。
ヘルハウンド達も4:4に別れ、和美と千早の指示に従っている。
伊達に幼馴染をしていないので、ヘルハウンド達も和美や千早の言うことを素直に聞いてくれる。
「それじゃ出発しましょう。何かあったら直ぐに連絡するのよ?」
玖里子の言葉に頷いてそれぞれ探索場所へと移動する。
時刻はもう直ぐ夕暮れとなる時間だ。
「どうワンズ、何か臭う?」
部活棟や校庭を探索している和美チーム。
和美がスピスピと鼻を鳴らして臭いを嗅いでいるヘルハウンドのワンズに問い掛けるが、ワンズは首を横に振るだけだった。
「そっかぁ…。ワンズ達の嗅覚なら簡単だと思ったけど、考えてみれば学園なんて色々な臭いが集まりすぎるのよね。」
「そうですね、特にここは部室棟ですし…。」
そう言って凛が視線を送った先には、柔道部の部室近くで臭いを嗅いでしまったフォルツが、その臭いにやられピクピクしていた。
「だ、大丈夫ですか〜?」
『クゥゥ〜ン………。』
ハンカチでパタパタと顔の辺りを扇ぐ夕菜の問い掛けに、弱弱しく返事するフォルツ。
魔界の猟犬を一発KOさせる柔道部の臭い。どんな臭いやねんと和美達は心の中で突っ込んでいた。
やがてフォルツが回復したので部室棟から今度は体育館に足先を向けた。
本来なら部活動に専念している生徒で溢れているはずの体育館は不気味なほどに静まりかえっていた。
「静かね…。」
「な、なんだか不気味ですね、誰も居ない体育館って…。」
「どうします、一応館内放送室や用具室も見回りますか?」
「そうね、そんな所に隠れているとは思えないけど、一応見て回りましょうか…。」
「お手伝いです〜っ」
「お手伝いするです〜っ」
ヘルハウンドの上でぴょこぴょこ跳ねるブラウニーズ。
その姿に癒される面々。
だがその空気を、軽い物音が消し去った。
ターーンッ―――――トントン……――――
「「「っ!?」」」
音がした方を三人が振り向くと、そこには転がるバスケットボールが一つ。
転がっている方向から考えて、ステージから転がり落ちたと思われる。
だが、転がり落ちるにはあまりにも不自然なタイミング。
バスケ部か生徒が片付け忘れてものであっても、今このタイミングで動くのは余りにも不自然だった。
『グルルルルルル……ッ』
ワンズ達ヘルハウンドがステージに対して牙を剥き出し、唸りを上げる。
警戒しているのか、和美達を庇うように四匹が前に出る。
和美はヘルハウンド達の様子からただ事ではないと感じ、ポケットに入れてあった【ヴァガンデの耳飾り】を耳に着ける。
炎の魔力が和美に付加され、全身を赤いオーラが包む。
夕菜も精霊を集めだし、凛も刀を抜刀する。
やがてステージ袖から、小さな影が現れる。
黒っぽい体毛のそれは、大きさは小さめの犬程度だった。
「い、犬…ですか…?」
その姿に唖然とする夕菜。
だが和美と凛は、それが犬などではないと直感で感じていた。
『ガウッガウッ!ガウッ!!』
ワンズ達が激しく吼える。
それに反応するかのように犬のようなそれはこちらに顔を向け…三つの目で和美達を目視した。
「み、三つ目っ?」
「夕菜ちゃん、気をつけて…。どうも最悪なのが相手らしいわ…。」
ゴクリと喉を鳴らす和美。
三つ目のそれは少し震えたかと思うと、全身がメキメキと音を立てながら巨大化していった。
体毛は伸び、爪と牙が鋭く巨大になり、さらに頭からは一対の角がつき出てきた。
やがて変化が終わったのか、ブルブルと身体を振るわせる三つ目の獣。
漆黒の体毛を持つ、ライオンのような巨躯の獣。
その獣が、天に向かって吼えた。
『■■■■■■ーーーーーーッ!!!』
ビリビリと体育館を揺らす巨獣の咆哮。
場慣れしていない夕菜の身体が恐怖に震える。
「最悪…あれってもしかしなくてもあれよね…?」
「えぇ…。昼休み先輩の話を聞いて図書室で調べました。あれは…。」
「「ベヒーモス」」
『■■■■■ーーーーッ!!』
再び吼える巨獣。
神話に名を刻み、現代においてもその名を輝かせる魔獣。
その魔獣が、和美達を睨み…和美達に向かって襲い掛かる。
「っ!、回避っ!!」
和美が叫ぶと、ヘルハウンド達がそれぞれ別方向へと飛び退く。
恐怖で動けない夕菜はフォルツが服を咥えて回避させた。
――バキィッ!!――
先ほどまで和美達が居た床が、ベヒーモスの爪によって破壊される。
その巨躯に似合わぬスピードで襲い掛かるベヒーモス。
だがヘルハウンド達とて、魔界の猟犬と呼ばれる存在。
例え一匹一匹がベヒーモスより弱くとも、それを補う方法が存在する。
集団で敵を狩る事こそ、猟犬の真骨頂。
なによりこの場には、彼らの能力を知り尽くした有能な指揮官が存在する。
「一箇所に止まらないでっ!かく乱しつつ隙を作るのよっ!」
『バウッ!』
和美の指示に従い、体育館内を縦横無尽に駆け巡るヘルハウンド達。
それぞれ背中に和美達を乗せているが苦にした様子もない。
ベヒーモスの攻撃を避ける度に体育館がボロボロになるが、今はそんな事気にしていられない。
だがその攻防の最中、和美は微かな違和感を感じる。
それは、ベヒーモスが攻撃したり、逆に攻撃されたりすると更に強くなる。
「(何かしら…何だか腑に落ちないわ…。)」
「ザラマンダーっ!!」
夕菜がフォルツの背中から精霊魔法を放つが、ベヒーモスの体毛を僅かに燃やすだけで効果がない。
効いていないのでなく、単純に威力が足りないのだ。
「はぁっ!!」
同じくサウルに跨っている凛が回避の際に斬りつけるが、硬い体毛と筋肉に阻まれて致命傷とならない。
ヘルハウンド達のブレスも、一匹一匹の攻撃では夕菜と同じだ。
「このままじゃジリ貧じゃない…夕菜ちゃん、一時で良いからあいつの動き止められるっ!?」
「は、はいっ、何とかやってみますっ!」
和美の言葉に頷き、三節以上の詠唱を必要とする魔法を発動させる。
回避はフォルツがやってくれるので、夕菜は呪文の詠唱に専念できる。
「対象を捕縛せよ…ウンディーネッ!!」
夕菜の両手が輝き、集められた水の精霊達が具現し、ベヒーモスを水のロープで捕縛する。
だが夕菜の魔力をもってしても、ベヒーモスを繋ぎとめるには至らない。
だがその一瞬、その一瞬で十分だった。
「今よ、一斉攻撃っ!!」
動きが止まったベヒーモスに殺到するヘルハウンドの炎のブレス。
四匹揃っての、一番高い攻撃力。
だが足りない。ベヒーモスを絶命させるにはまだ足りない。
炎の中で呻きつつも和美達を睨むベヒーモス。
だが、まだ和美の攻撃は始まっていない。
「これで終わりよっ
――――心萎えよ、魂萎えよ、熱き破壊の火に抗う力失くし、煉獄の炎の贄になれ――
――心萎えよ、魂萎えよ、汝が抗う炎の力失くし、灼熱の海に溺れよ―――
炎の力剥奪せしめよ、【バーン・アウト】っ!!」
和美の放つ炎の呪文。
赤いオーラがベヒーモスを包み、その身体から炎への耐性を奪い取る。
『■■■■■■■■ーーーーっ!?!?』
突然炎への耐性が失われ、その身を焦がす炎に断末魔の声を上げるベヒーモス。
炎への耐性を失くしたその身は、微弱な火とて命取りとなる。
やがて炎がベヒーモスの全身を燃やし尽くし、黒い煤を残して消え去る。
「やっ、やりましたっ!やりましたよ松田さんっ!!」
「お、お見事です先輩っ!」
狂喜乱舞する夕菜と凛。
そして脱力して汗を拭う和美。
「ふぅ…失敗しなくてよかったぁ…。」
「凄いですよ松田さん、いったいどんな魔法使ったんですかっ!?」
「簡単よ、あのベヒーモスの炎への耐性を失くしてやっただけ。」
「耐性…ですか?」
凛が首を傾げる。あまりその辺りには詳しくないのだろう。
「そ。詳しく話すと難しくて長くなるから省くけど、早い話あいつは滅茶苦茶火に弱くなって、ワンズ達の炎で骨まで燃えちゃったのよ。」
和美の説明に素直に驚嘆する二人。
二人が知らないのも無理はない。
和美や和樹が使うのは今現在使われている魔法ではなく、昔使われた【戦闘スペル】と呼ばれる物なのだから。
「とりあえず、和樹達と合流しましょう。体育館は…玖里子さんに任せるとして。」
何気に体育館の現状に目を背ける和美。
何せ床はボロボロだし壁もあちこち穴が開き、さらに窓ガラスは割れていたりヒビだらけだったりする。
「そうですね…流石にここまで壊れちゃうと…。」
「私達でも修理は難しいですね…。」
「そゆ事。さ、早いとこ和樹達の所に―――ワンズ?」
『グルルルルルル………ッ』
違和感を感じてヘルハウンド達を見ると、皆ある方向を見て唸り声を上げている。
「和美さま〜っ」
「あっち、あっちぃ〜っ!」
ツヴァウの背中にくっ付いていたブラウニーズが、体育館の入り口を指差して叫ぶ。
ヘルハウンド達もそこに向かって吼えている。
「うそ………。」
「そんな………。」
「まさか………。」
三人が呆然とした声を漏らす。
体育館の入り口、そこに――――
『■■■■…………ッ』
もう一匹の、ベヒーモスが居た――――。
和美達が体育館へと移動している頃、玖里子達は教室が並ぶ校舎内を探索していた。
「足跡から考えての大きさだから、滅多な場所には居ないはずよね。」
「そうですよね、じゃないと今頃誰かに見つかってますよね。」
「ただ正体が分からない以上、油断は禁物よ。」
会話する二人に手甲の調子を確かめつつ注意を諭す沙弓。
「ねぇチハヤ〜…なんかこの建物変な感じがするよ〜?」
「変な感じ?」
千早の肩に座っているティテスが顔を顰めながら声を上げた。
「うん、何か魔力じゃないけど魔力みたいな力が漂ってるの。」
「葵学園は魔法に関してはトップの学校だもの、魔力痕とか残留魔力があってもおかしくないわよ。」
「う〜ん、でもなんか違うんだよね〜。」
腕を組んでうんうん唸るティテス。
ヘルハウンド達も、臭いを嗅いでは顔を顰めるような動作を繰り返している。
「それもあの足跡の持ち主が関係しているのかしら…?」
「もし召喚された魔物ならありえなくはないよ。」
前の和樹が言っていた、召喚しただけで瘴気などを振り撒く魔物や魔獣を思い浮かべる千早。
その時、ヘルハウンドの一匹が何かの臭いを感じ、一つに教室に向かって吼えた。
「何っ?見つかったのっ?」
「あれ?でもあの教室…。」
「……私のクラスね…。」
ヘルハウンドが吼えているのは、2年B組と書かれたプレートが輝く教室だった。
不審に思いつつも、気配を感じ取る沙弓。
「……確かに中に何か居るわ。でも……。」
「でも?」
「人の気配よ、これ。」
「「へっ?」」
沙弓の言葉に一瞬呆然とする二人。
その二人を置いて、一応警戒しつつ教室の扉を開けると…
「きゃっ、も、杜崎っ!?」
「……………何してるの、諏訪園?」
ゴスロリファッションに身を包んだ諏訪園ケイが居た。
しかも和樹の机で何かをしている。
「お、驚かさないでよ、急に犬の吼える声がしたと思ったら…。」
「それはこちらの台詞よ、生徒は全員帰宅するはずでしょ?」
「あれ、諏訪園さんだ。」
「あら、知り合い?」
千早と玖里子もひょこっと顔を出して教室を覗き込む。
「帰らないで、しかも和樹の机で何をしていたのかしら?」
「だ、だって式森が最近悪夢に魘されてるって矢夜が言うから、一応呪詛返しの魔方陣を書いとこうかな〜って…。」
確かにケイの手には呪文や魔方陣を画くチョークのような物が握られていた。
「そう、その割には随分慌てているけど…実際の所は?」
「その、ついでに私の事を意識してくれる魅了の魔方陣も書いておこうかな〜なんて…あははは…。」
沙弓の鋭い瞳に睨まれて素直に白状するケイ。
実際は、さらについでに和樹の机の角とかでとってもイケナイ事をしようかな〜なんて考えていたケイだが、ヘルハウンドの声に驚いて中止していた。
もう少し遅かったら色々な意味でピンチだっただろう。
「あ、それよりもその子達式森の召喚獣よね?式森は何処?」
一応和樹の魔術について知っているケイ。
その問い掛けに「特別校舎の方よ」と答える玖里子。
「そう、ならついでにこれ渡さないと。」
と言ってケイが取り出したのは、なにやら粉の入ったビンだった。
粉は灰色と黒の中間的な色で、サラサラの粉だった。
「うわ〜、何これ〜?」
興味を惹かれたティテスがそのビンを覗き込む。
ケイはティテスの姿に驚くが、和樹が召喚術を得意としているのだからフェアリーくらい召喚できて当然かと一人納得する。
「ふふふ、これは私と矢夜が協力して作った魔法アイテムよ。式森にオリジナルを貰って、頑張って作ってみたの。」
「ふ〜ん、どんな効果があるのこの粉?」
玖里子も興味を惹かれたのか、ティテスと同じようにビンを覗き込む。
「これは――『バウバウバウッ!!』――な、なにっ!?」
説明しようとした途端、突然ヘルハウンドが凄い勢いで吠え出した。
ただ吼えているのは、教室の外…廊下の先に向かってであった。
慌てて廊下に出る沙弓達。
訳が分からないケイも、とりあえず沙弓達に続く。
「どうしたの皆、何か見つけたの?」
『バウバウッ!!』
千早の問いかけにも応じずに吼えるヘルハウンド。
ただ事ではないと感じた沙弓が右腕に装着した腕輪を確かめるように触れる。
千早も、右手の中指に身に着けている指輪を左手で包むように握る。
やがて廊下の奥、突き当たりの所から、一つの影が現れる。
その影は、傾いてきた日を浴びて姿を明確に現す。
二本に突き出た角、ライオンのような巨躯、そして三つの瞳。
その瞳が、沙弓達を捉えた。
「な、なによあれっ!?」
「じょ、冗談でしょ…?」
「大きい…。」
事態を把握していないケイが慌て、玖里子が予想していながらもあまりの現実に呆然とし、千早が少し震えながら言葉を呟く。
「和樹の予知夢…当たったわね…っ」
身構えながら沙弓が呟く。
彼女達が相対する敵こそ、和樹が夢の中で戦っていた相手。
『■■■■■ーーーーーッ!!!』
魔獣、ベヒーモス。
「何がなんなのよ一体っ!?」
「お、落ち着いて諏訪園さんっ、危ないから下がってっ」
千早が若干混乱しているケイを後ろに下がらせる。
玖里子も何とか平常心を保って霊符を構える。
「グールに比べれば見た目だけはマシね…。」
と呟く。確かに見た目だけならマシだ。強さは桁違いだが。
『■■■■………■■■■■ッ!!!』
廊下の奥から吼え、こちらに向かってくるベヒーモス。
それをヘルハウンド達が迎え撃つ。
―――ドォンッ!――ドォンドォンッ!!―――
ヘルハウンド達が放つ火球がベヒーモスや廊下に着弾して爆発するが、ベヒーモスの進軍は止まらない。
「くっ、皆下がって!」
沙弓がヘルハウンド達の前に踊り出て下がらせる。
彼女が身に着けている腕輪の宝石が、淡く輝いている。
「防御を上げれば…っ――我が内にありし鋼鉄なる力よ、この身を包み、強固たる鋼鉄としたまえ――【エンデュランス】――っ!!」
沙弓の詠唱に呼応し、腕輪の宝石が輝く。
全身を緑色のオーラが包み、彼女の身体を強固に、鋼の如く硬く包む。
『■■■■■ーーーッ!!』
目前に迫ったベヒーモスが彼女を葬ろうとその角を衝き立てようと頭を振るう。
「沙弓ーーーーーっ!!」
千早の叫び。だが沙弓には恐怖の色は無い。
「くぅっ!!!」
沙弓が呻き声をあげる。
『■■■……ッ』
だがそれよりも、ベヒーモスの困惑したような声の方が大きかった。
何故なら、大柄とは言え女性である沙弓が、三メートルを超えるベヒーモスの突進を、その角を掴んで止めているのだ。
「……っ、流石はベヒーモスね…このままじゃ…ッ」
だがジリジリと沙弓の足が後ろに下がる。
ベヒーモスはその力をもって沙弓を押し切ろうと更に足に力を込める。
「―――命の水よ、優しき流れよ、かの者の身を包み、全てを守る盾となれ――【プロテクション】っ!!」
沙弓の後ろから聞こえる声と同時に、彼女の眼前を水が遮り、ベヒーモスを押し止める。
その出来事に動揺した隙を見て、沙弓は角を放すとその巨大な口の下…顎を全力で蹴り上げる。
――バキィッ!!――
『■■…っ!?』
「はぁぁッ!!」
さらに蹴り上げた状態で身体を捻り、ベヒーモスの顔面を回転蹴りで蹴り飛ばす。
その威力にベヒーモスの巨体が揺らぐ。
その揺らいだ体に、ヘルハウンド達が体当たりをかます。
『■■■■ーーーーッ!?!?』
距離にして10メートルは吹飛ばされたベヒーモス。
だがまだ倒すには至っていない。
「ありがとう千早、助かったわ。」
「気にしないで。でも危ないことはしないでよ、心臓止まるかと思っちゃったよ…。」
沙弓が立ち上がろうとしているベヒーモスを見ながら後ろに居る親友に声をかける。
そこには、青く輝く宝石が埋め込まれた指輪をした千早が立っていた。
「凄いわね、流石F組の天使。」
「や、やめてくださいよ風椿先輩っ」
玖里子に非公式ファンクラブなどで呼ばれている二つ名を言われ照れる千早。
沙弓とベヒーモスの間に割って入った水の盾は、彼女が使った防御スペルだった。
「それにしても硬いわね…なんとか先手を取らないと…っ」
立ち上がり、警戒しつつ隙を窺っているベヒーモスを睨む沙弓。
あの一瞬で、絶対に倒せない事は無いと感じた彼女だが、それにはこちらが先手に回る必要があった。
「は〜いっ、それならアタシにお任せ〜っ!」
沙弓の呟きを聞いたティテスが、手を上げながら沙弓の傍にやってくる。
「今からサユミのスピードを上げてあげる、準備は良いっ?」
「えぇ、お願いするわ。先輩と千早は援護をお願い。諏訪園も手伝いなさい。」
頷く玖里子と千早。ケイもしょうがないわね…と言いつつ、何やら怪しげな道具を取り出す。
『■■■■■ッ!!』
意を決したベヒーモスが再び沙弓に襲い掛かろうとする。
「剪紙成兵っ!」
「くらいなさいっ!」
だが、玖里子が放った霊符が視界を遮り、さらに動きを鈍らせる。
そこにケイが小剣のような物を投げ、ベヒーモスの左目に突き刺さる。
『■■■■ーーーーーーッ!!!?』
その痛みに廊下の窓ガラスが罅割れるほどに吼えるベヒーモス。
その痛みを返すべく走ろうとするも、体が痺れたように動かなくなる。
「呪いの小剣よ、でも模造品だから効果が薄いわっ」
「十分よ、ティテスっ」
「はいは〜いっ、いっくよーっ、――荒ぶる風よ、吹き上げる嵐よ、その風の力貸し与え、全てを超越せし速さを与えよ――【スピード】っっ!」
ティテスが沙弓に向かって呪文を唱えると、彼女の体が紫色のオーラに包まれ、風が彼女の身体を包む。
それと同時に、沙弓が素早く呪文を唱える。
「――恵みの大地よ、豊穣の森よ、その力貸し与え、全てを砕く力を我に――【ストライキング】ッ」
沙弓の腕輪が緑色に輝き、彼女の両手両足を緑のオーラが包み込む。
「はぁぁぁ………ッ!!」
『■■■ーーーッ!!』
杜崎家で伝わる退魔の技を放つ構えを取る沙弓。
それを迎え撃とうとするベヒーモス。
だが、素早き風を纏う彼女は、反撃の動作すら許さない。
「たぁぁぁぁぁぁッ!!!」
―――シュンッ―――――ドスゥッッッ!!!――――
『■■■―――――――っ!?!?』
ベヒーモスの叫びが途切れる。
左目を潰された魔獣の、その胸を貫くかのように減り込む沙弓の腕。
おそよ人間では考えられないその威力に、ベヒーモスの体内から『メキベキ…ッ』と何かが折れる音がする。
「はぁぁぁ……はぁッ!!」
沙弓が腕に力を込め、さらに拳を減り込ませる。
―――ドンッ!―――――ドガァンッッ!!――
ベヒーモスの体が殴り飛ばされ、天井と地面に衝突しながら廊下を転がる。
ゴボっ…と、ベヒーモスの口から粘り気の強い液が流れ出し、ビクビクと痙攣していた体がぐったりとして動かなくなる。
そして、砂が崩れるようにベヒーモスの体が塵になっていった。
「……ふぅ、生身での加速は辛いわね…。」
「やったよ沙弓、凄いよっ」
肩や手を回して調子を確かめる沙弓と、喜ぶ千早。
玖里子とケイは目前で起きた出来事に目が点になっている。
それはそうだろう、何せ沙弓が一瞬残像を残して消えたかと思うと、次の瞬間にはベヒーモスの胴体に拳をつき立てていたのだから。
その後はあの通り、ベヒーモスの巨体を殴り飛ばすという荒業を見せたのだから。
「す、凄いのね杜崎さんって…。」
「B組一の、武闘派ですから…あはは…。」
そんな会話がなされていたり。
「失礼ね、人をどこぞの背中に鬼の顔が浮かぶ最強生物みたいに…。あれは攻撃力強化の魔法とティテスの魔法のおかげよ。でなきゃあんな大きさの魔獣、殴り飛ばせるもんじゃないわ…。」
「それもそうね…。さて、それじゃぁ和樹達と合流しましょう。」
探していた召喚獣は倒してしまったのだから、事件は解決とばかりに言う玖里子。
千早とケイもそれに賛同する。だが沙弓だけはベヒーモスの亡骸が消えた場所を見ていた。
その為に、一瞬気付くのが遅れた。
ヘルハウンド達も沙弓の傍に居るので気付くのが間に合わなかった。
「――――――――っ!?、諏訪園後ろっ!!」
「え…?」
一番後ろに居たケイの背後に迫る、その巨体に…。
玖里子達がベヒーモスと遭遇していた時、特別校舎を探索していた和樹は…。
「ふッ!」
――ズバァッッ!!――
『■■■―――っ!?』
唸り声を上げて襲い掛かるベヒーモス達を、その手に持つ黄金の剣で次々に切り殺していた。
今もまた、その巨体の側面を黄金の刃で切り裂いた所だ。
切り裂かれたベヒーモスは、地面を転がり、もがき苦しむと塵になって消えていった。
「おかしい…最初の奴より弱くなってる…?」
最初、科学室や視聴覚室がある特別校舎に入ったとき、廊下で相対したベヒーモス。
それを戦闘スペルと装備で倒したのだが、気がつけば廊下の前後は数十匹のベヒーモスで塞がれていた。
運が良かったのは、ベヒーモスの巨体が仇となって、一度で多くても三匹程度が相手な事。
それに、先ほど言ったように、後から現れたベヒーモスは最初の個体に比べて弱くなっているように感じられた。
「数は多いけど、強さはヘルハウンド達くらいになってる…どういうことだ?」
首を傾げ、疑問を口にしながらも襲い掛かるベヒーモスを切り殺す。
何より、倒した後の死体の消え方がおかしいのが、和樹の頭に浮かんでいた。
振るわれる鋭い爪や角、牙を左手に装備した盾で防ぐ。
黄金の剣と黄金の盾を装備した和樹が、実に14体目を倒した時、体育館の方角と、本校舎の方から魔獣の咆哮が聞こえた。
「まずい、和美達が心配だ…。こうなったら…っ」
ジリジリと包囲を縮めてきたベヒーモスが二匹、前後から襲い掛かる。
そしてその爪が和樹を貫こうとした瞬間!
―――バサバサバサッ―――くるっくー…―――
突然現れた鳩が視界を遮る。
ベヒーモスが割ったと思われる窓から鳩たちが逃げ出すと、そこに和樹の姿は無かった。
後編に続く。
〜今日のモンコレ〜
舞穂「にゃ〜、今日は紫乃さんがお出かけだから舞穂だけなの、どうしよう〜。」
???「ふむ、ならば私が妹の代理として解説しよう。」
舞穂「あ、晴明さんだ。」
晴明「ふふふ、こちらの話ではちょっとマッドな保険医というスタンスなのでね、インパクトが無い分出番を稼ごうと思ってね。」
舞穂「にゃ〜、どっちのお話でもまだ登場してない舞穂はどうなるの〜?」
晴明「それは今後の作者の努力次第だね。さて、では始めようか。」
モンコレNo6:ブラウニーズ
舞穂「にゃ〜、ちっちゃなメイドさんだっ」
晴明「ふむ、【土】属性のスピリット、つまり妖精だな。常に二人一組で行動し、学会ではその理由は双子の姉妹だと言われている。戦闘能力は皆無で、人や多種族の手伝いを好む習性で、一部の人間からは大人気だそうだ。」
舞穂「この子たちもランク無しなんですよね?」
晴明「うむ、人に無害どころか掃除から何から手伝ってくれるので、逆に有益な召喚獣とされている。実際式森君も部屋の掃除などをして貰っているようだ。彼女達が手伝うと、何故か防御力が上がったりするのだが、これは是非とも理由を解明したい所だ。…式森君、貸してくれると思うかい?」
舞穂「にゃ〜、絶対無理だと舞穂思うよ?」
モンコレNo7:フェアリー
晴明「妖精と言われれば大抵の人が思い浮かべるのが、このフェアリーだ。【風】のスピリットで、イニチアシブ+1、さらにスペルまで使えるユニットだ。攻撃力はまったく無いが、スペルを巧く活用すればかなり便利だろう。」
舞穂「蝶々の羽が生えてるんだ。舞穂もひらひら飛んでみたいな〜。」
晴明「偶にフェアリーの羽を間違える人が居るが、フェアリーの羽は一般的には蝶で、蜻蛉のような羽はピクシーなので注意が必要だ。これらの妖精たちは、性格的に悪戯好きが多くてね、私も研究資料をダメにされた事があったよ。」
モンコレNo8:ベヒーモス(オリジナル)
舞穂「あれ?どうして名前の後ろにってオリジナル書いてあるの?」
晴明「うむ、実はモンコレの世界にベヒーモスは存在しないのだ。ベヒモス・アースベヒモスと呼ばれる個体は居るが、彼らの見た目は巨大なサイのような感じだ。そこで作者が独自にベヒーモスの能力を勝手に考えたのがこの個体だ。」
舞穂「にゃ〜、7レベルで攻撃力6、防御力8で、歩行タイプ。ディフェンダーが+6なんだ〜。あれ?でもどうしてこの強さで和樹くんたちに負けちゃってたの?」
晴明「それは次回明らかになるので、ここではまだ秘密だよ。」
舞穂「にゃ〜、それじゃぁ今日はここまでだよ〜。」
晴明「次回は後編。出番が無かった人たちが活躍する…とは言うが私は活躍するのかね?」
舞穂「にゃ〜、舞穂に言われても〜…(汗)」
あとがき
お久ぶりでございます、ラフェロウです。
この所、風邪になったり私生活が忙しかったりで全然文章が書けず(汗)
年末までにはメイド編かドイツ展編まで行きたいなぁ…と思いつつ。
今回のお話はベヒーモス事件。
ベヒーモスの扱いをどうしようかと考えていたら、何故か前後編になってしまいました(汗)
本来なら一話完結だったはずなのに、なんてこった(汗)
ベヒーモスの扱い、詳細については後編で。
今回初登場な紅尉先生。剣魔の方で壊れているので、こちらではちょっとマッチョ…もといマッドな保険医さんです。
また、人気のブラウニーズの名前公開に、新キャラのフェアリーのティテス登場。
やはりモンコレにはフェアリーが必須ですよね?ねっ?(何故か必死)
あとこのお話は時系列が滅茶苦茶だったりします。
今回のお話にも別の話が混じっていたり…(何)
近々、シリーズ形になる予定です。「■■■…」第何話みたいな。
今回やたら戦闘スペル使ってます。と言うか沙弓さん強っ(汗)
後編ではあの人がバリバリな活躍を…するハズ(何)
さぁレス返しでございますよ。
REKI様
こちらこそ初めまして、そして感想ありがとうございます。
那穂嬢はさり気なく美味しい思いをするキャラだったり(何)
ただ、寝ているので台詞が圧倒的に少なかったり(汗)
お手伝い妖精は欲しいですよね〜。ただ、ブライニーズ、一匹ならブラウニー、彼らって実はホブゴブリンなんだそうです。…考えたくないですよね(オイ)
まぁ、このお話では可愛い小人さんなのでご安心を(何)
おぉ、企画賛同ありがとうございますっ。
しかもキシャーな夕菜ですか、扱いにくいだろうキャラを選ぶとは…通ですね?(ニヤリ)
能力も問答無用で、キシャー様ですねぇ…。
他のB組キャラ、または原作キャラのカード化お待ちしていますよ〜(何)
この話の夕菜は、キシャー化しない可能性が現在高い…と言うか、夕菜の影が薄かったり(オイ)
夕菜は周りに振り回されてオロオロしていた時が一番可愛いと思う私です(マテ)
これからも頑張りますので、ご期待ください。
SLY様
感想ありがとうございます。
焼肉ララバイ、この名前を思いついたのが、近所の焼肉屋でカルビ食べてる時でした。
隣で食べてる友人にこの言葉を言ったら、ツボに入ったのかビビンバ噴出…。
何故か気にっている名前です。今後も登場予定。
ちょこちょこブライニーズ……じゅるり…おっといげねぇいげねぇ(マテ)
萌えは偉大ですよ、人生の潤いです(何)
ブライニーズ主体となると…ファイアドラゴンにウジャドバジリスクは外せませんね、定番ですしw
企画の方もお待ちしております〜。
D,様
感想ありがとうございます。
白衣な和樹…さらに丸いオシャレメガネ装備なんてどうでしょう?手には指示棒片手に、黒板の前で授業…。
個人授業希望な方々続出ですかなw
影響云々については…まだ秘密でございます(何)
とりあえず現在は影響なし、あっても危険に対して騒ぐ程度です。
今回から段々と玖里子さんと凛ちゃんの出番が増えますよ〜。
でもとあるシリーズに入ると出番激減になったり…(何)
ディディー様
感想ありがとうございます。
まともな夕菜…むしろ私はキシャーな夕菜が書けなくて(汗)
あの理不尽な台詞を考え付かないあたり、私の力量が窺えると思います(苦笑)
精々可愛い嫉妬をする程度が限界でして…キシャー化しない夕菜なんて夕菜じゃないと友人にも言われたり(汗)
和樹を手に入れる人…本命の和美か、それとも対抗馬の夕菜か、大穴で華怜さんか!?(何)
エルフのお姉さんとかもありかなぁ…(ニヤリ)
ジェミナス様
感想ありがとうございます。
私は伊藤勢先生の作品ではあの人が一番好きなんですよ〜、斬魔剣伝の時から(何)
登場するのはもう少し先ですが、美味しい活躍してくれることでしょうw
コルボと仲間達…壊れですねw(何)
六門世界との交流は考えていませんが、それも面白そうですねぇ…。
やはりコルボの飼い主(雇い主)だったあの人とかですかね?w
ロビン先生も捨てがたいですが(笑)
サイサリス様
感想ありがとうございます。
むむっ、同士の願いでは無下にできませんねぇ…。
一応ダークエルフとの絡み(エッチじゃないですよ?)は考えて在りますが、ツンデレじゃないんですよねぇ〜(汗)
むしろお嬢様デレ?(何)
ワルキュリア達は素直クールな率高いでしょうし…あ、考えてみればスピリットの女性達でもOKですよね…(邪笑)
とりあえず、期待に答えたいと思いますです。
焼肉ララバイの内装…次回登場した時明らかにしようかと(何)
風邪ひいちゃいました(汗)でも何とか治って一安心です。
サイサリス様もお気をつけてください、今年のはしつこいですから(苦笑)
ダイ様
感想ありがとうございます。
召喚術講座、穴が無いか心配でしたが、楽しんでいただけたようなので一安心です。
儀式スペルは一応登場します。ただ、あまり登場する機会がないのが難点だったり(汗)
今回美味しい思いをするのは…後編で明らかに(何)
ベヒーモス騒動で、紅尉先生初登場〜。
剣魔に比べてまともですが、さはてさ実際はどうなる事やら…(何)
むしろ剣魔の先生が変なんですよね(苦笑)
企画参加ありがとうございます〜っ
しかも金ぴかな和樹こと寝惚け和樹のご投稿!
能力も申し分ない理不尽キャラですねぇ(笑)
特に寝返りがいい能力です、ダイ様お見事です!
次回は後編、その次は…さてどうしよう?(何)
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