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▽レス始

「黄昏の式典 番外編 〜出会い〜(Fate/hollow ataraxia+ARMS)注!レス17に次回の対戦表あり!」

黒夢 (2005-11-12 19:04/2005-11-14 20:09)
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注意!Fate/hollow ataraxiaには後日談の話を使っていますのでお気をつけください!
ついでにレス17に次回の対戦表を載せましたので、見たくない人は注意してください!


どこまでも澄み渡る青い空という名の海をゆっくりと泳ぐように流れる白い雲という名の魚は歩道にちょうど好い日陰を作り出し、道行く人々に涼しさを提供している。日向で表情を疲れに歪め、日陰で表情を緩める人々はいつも通りにその時々を過ごし、まるで永劫に続くビデオの撒き戻しを見ているようでもあった。

そんな時間の流れさえも忘れさせるような空間の中で、隣の町とこの町を繋ぐ大橋の上を一台のバスが軽快に走っている。

道路の交通量はさして多くも無く、幸運にも信号につかまることがなかったバスは予定よりも五分ほど早く次のバス停に到着した。元々それほど乗ってはいなかったのだろう。そこが住宅街であるにもかかわらず降りた人数はわずかに三人だけだった。

そのうちの二人である主婦らしき女性たちは食材などで大きく膨らんだビニール袋を片手に下げ、日差しの強さにため息をつきながら自宅への帰路につく。

残りの一人である男性は二人の主婦に遅れること数秒。しっかりとした足取りで地面に降り立ち、何が珍しいのか辺りを見渡しながらその場に留まっている。すでに乗っていたバスも次の目的地へと走り出し、周りを車や人も通らないため今のバス停周辺は静寂の一言に尽きた。

一切の隙なくスーツを着込み、帽子を目元まで深く被った男性はひどく懐かしそうに辺りを見渡し、感慨深げに口を開く。

「相変わらず良い所だな。ここは……」

ポツリと呟かれた独り言は誰に聞かれることも無く虚空へと霧散し、最初から無かったものとして消えていく。

目の前の公園に植えられた木々の葉が風に揺らされて掠れる囀りの音を聞き、男性は帽子で日の光を遮りながら青と白が交じり合った空を見上げた。

「良い天気だ……こういう日は、墓参りにはもってこいだな」

そう言いながら男性がバス停からも見ることができる山を一望したとき、一陣の風がその周囲いったいを優しく撫でまわした。

風は木々を揺らし、一時の葉のざわめきに音が統一される。


風が吹き止んだ時、そこには誰もいなかった――――


今ここに、一つの戦争の舞台だった冬木という町に、一筋の『風』が舞い降りた。


黄昏の式典 番外編 〜出会い〜


冬木市はちょうど間を分けるように流れる未遠川を挟んで住宅地である深山町と新築建造物が多くある新都とに明確に分けられている。二つの町を繋ぐものは大橋一つきりであり、他には川を泳ぐか船に乗るかしないと行き来する方法は無い。

深山町にそびえる山の上、そこには長い石段と大きな山門を玄関とした柳洞寺が昔から受け継がれてきた古風の雰囲気をそのままにずっしり構えていた。

やはりここまで石段が続くと休日といえどもわざわざ参拝に来る者は滅多にいないらしく、そのためか寺の厳格とした雰囲気を余計に際立たせている。

そんな重苦しい静寂を壊すように石段の辺りから「ほっ!ほっ!」という元気の良い軽快な掛け声が聞こえ、二十台ほどの女性がひょっこりと山門から頭を覗かせた。

「よいしょっ、と!ふぅ……相変わらず無駄に長いわねー。むー。このごろ士郎ったら雑念の倉庫みたいになってるし、やっぱりいつかウサギ跳びで十往復させてみようかな」

女性は登って来た『曰く、無駄に長い石段』を見下ろしながら感慨深げに言葉を漏らすが、ではその長い石段を掛け声まで入れて登ってきたのに息一つ乱していないこの女性はいったい何者なのか?

ちなみに今の独り言は女性と関わりを持たない人物には意味がまったくわからないだろうが、少しでもこの士郎という人物の家庭状況を知っているのなら間違いなく女性に賛同することだろう。

特に男性ならば100%の確立で。

「さて、と!それはまたの機会にして、はやく切嗣さんに挨拶に行かなくちゃねー」

その場で膝を解すように何度か折り、女性は踵を返すと境内を進んでいく。そうしていつも通り寺にいた若い僧の人に水桶と柄杓を借りると柳洞寺の裏に広がる裏山に回る。

裏山は柳洞寺の広い境内とは対照的に深い林に囲まれており、いつも少し薄暗い感があるが、それはそれで林と同様に深い味わいのあるものであり、そのためかこの裏山を気に入っている人も少なくない。

この女性がどっち派の人なのかはわからないが、時々風に揺れる木々の葉に目を奪われているのを見る限りではどうやら嫌いというわけでもないようだ。女性は人が歩きやすいように整理された道を黙々と歩き、この先に広がっている柳洞寺の墓地へと向かう。

寺に水桶に墓地。ここまでくれば、女性の目的もおのずとわかるだろう。

しばらく歩くと木々の細道を抜け、目の前に墓地の象徴たるいくつもの墓石が飛び込んできた。似たような墓石が並ぶ中で女性は迷うことなく真っ直ぐに目的の墓石の場所へと歩いていく。

いくつかの角を曲がり、目的の墓石を視界に入れた女性は、

「え……?」

同時に視界に入った意外なモノに、思わず呆然とした呟きを漏らした。

漏れてしまった呟きは静かな墓地の中にすら響かないほど小さく、風のざわめきの中に溶け込んで消えていく。

呆然と女性はある一点、目的の墓石の方を凝視して立ち尽くす。

なぜなら、目的の墓石の前には先客がいたのだ。スーツを着た中年の男性は鍔の広い帽子を胸に抱きながら立っていて、静かに黙祷を捧げている。

(誰だろう?)

ここに通い始めてもう五年になるが、女性はその男性を知らない。葬式の時にも見なかった。

いつもならそんな面倒なことは考えずにお気楽思考でさっさと挨拶するところだが、なんとなく、男性の雰囲気がよく知っていた人物に似ている気がして、知らず知らずのうちに見入ってしまう。

そのまま一分ほど過ぎただろうか。

女性は未だに男性を見つめながら呆然としたままであったが、当の男性はゆっくりとまぶたを持ち上げ、黙祷から覚めるといつから気づいていたのか、立ち尽くす女性へと向き直る。

「やあ……お嬢さんも、誰かの墓参りかい?」

開かれた口から漏れた音は深い味わいをもって女性の耳を打ち、はっと意識を浮上させる。

「あ……は、はい。あの、切嗣さんのお知り合いの方ですか?」

見入っていたこともあり、突然話しかけられた女性はらしくもなく口ごもってしまう。

だが、男性はそれに気にした様子も無く、胸に抱いていた帽子を被り直しながら見る者を安心させる微笑を浮かべる。

「なるほど。お嬢さんも切嗣に……まったく、アイツも隅におけない。こんなに綺麗なお嬢さんに冥福を祈ってもらえるなど、男としてこれほど嬉しいことはないな」

「え!?またまた〜。お世辞がお上手ですねー」

褒められたためか、今までどこか肩に圧し掛かっていたような緊張が取り除かれ女性は普段の気楽さで男性に応対する。

男性は女性の軽い口調をむしろ好ましいと受け取ったのか、口元に他人でもそれとわかる友好的な笑みが生まれる。

「切嗣とは、何度か仕事で会ったことがありましてね」

言いながら男性は一歩後ろに下がり、女性の邪魔にならないように墓石の前から退く。

そこにある優しさに女性も「お気遣いすみません」と一言断わりを入れ、墓石の前に進むと膝を折り、手を合わせて静かに黙祷する。ぱっと見た限りでは墓石の周辺の掃除は終わっているようだ。

一分後。頃合を見計らって女性は立ち上がると背後に立つ男性へと向き直る。

「掃除までしていただいて、ありがとうございます。えーと、初めて来られたんですか?」

正直な話、女性はこの町の住人以外で切嗣の墓に足を運ぶ人を見たことがなかった。

交友関係が広い狭いとかの話ではなく、言い方が悪いがこの墓は身寄りのわからない切嗣のために柳洞寺の住職などの人たちが勝手に用意したものなので、交友があった人にまで話が行き届かないからだ。それどころか切継が死んでいることすら知らない可能性のほうが高い。

しかし、少なくとも墓の事を知らなかったという可能性は次の男性の言葉で消えた。

「ええ……本当ならもっと早く来るべきだったんですが、なにぶん仕事が忙しく。お嬢さんは、頻繁にここに?」

「あ、藤村です。藤村大河。できれば、というか絶対に藤村の方でお願いします。そうですねー……なんとなく、足を運ぶことはありますね」

女性、藤村は苗字で呼ぶ事を強調すると、切継の墓石を見ながら優しげな、それでいて思い出に浸るような笑みで答える。一方の男性は藤村の名前に何か思うところがあるのか、顎に軽く手を当て少し考え込むしぐさを見せた。

「藤村大河?……ああ、あなたが。切嗣から話を聞いたことがあります。なんでも、とても元気の良い可愛い女の子だと」

「え?女の子?女の子、女の子……うーん。素敵な響き」

女の子という単語にピクリッと耳を立てて反応した藤村はうわ言のように何度も繰り返し、そこに込められた意味を掛け替えの無いものとして噛み締める。

「そういえば、名乗っていませんでしたね。今更ですが、私は高槻巌。見ての通り、ただのサラリーマンです。失礼ですが、聞いた話ではあなたは切嗣の息子にあたる士郎君と親しい関係ようですね。少し、お話を伺ってかまいませんか?」

「いいですよー。何でも聞いてください。あ、でも立ち話もなんですし、いっそうのこと士郎の家に行きませんか?あそこならおいしいお茶にお菓子も出ますし」

「ふむ……後で訪ねようと思っていたが、親密な関係の藤村さんと一緒の方が確かによさそうだ。では、お言葉に甘えさせていただきます。代わりにすらなりませんが、その水桶は私が持ちますよ」

高槻はそう言って墓石の前に置かれていた藤村の水桶と柄杓を手に取ると、自身の持ってきた水桶を握る手とは逆の左手に持って切継の墓を後にする。藤村は申し訳ないと断りを入れるが、高槻はこういうのは男の仕事だと大らかに笑い、結局、高槻が二つとも寺に返却した。


藤村と高槻は二人並んで石段を下りる。途中、山門で高槻が門の上に向かって一礼をしていたが、その行動の真意は高槻にしかわからないことだ。

衛宮家に向かう道中。二人の会話は自然に唯一の共通事項である衛宮切嗣の方へと傾いていく。

「そういえば、さっき切嗣さんとは仕事で会ったって言ってましたけど、どういった仕事で?」

「私は海外赴任が多いので、その時に。腐れ縁でもあるのか、ことあるごとに出くわしましてね。そうしているうちに打ち解けあいまして」

「へぇ。仕事が重なったりしたんですか?」

「そんなところです」

ここでいう仕事とは藤村が想像しているようなものではなく、色々と、それこそ血生臭い方向に傾くものなのだが、藤村の『仕事が重なった』という言葉自体はあながち的外れでもないので肯定する。

しばらくはこういった擦れ違いの話が続き、それに比例してどんどん藤村の話にも熱が入っていく。しかし、後少しで爆発という絶妙なところで高槻の相槌が入り、そこまで至ることはない。

そのやり取りは周りから見れば仲の良い親子に見えなくもなかった。

「あ」

不意に藤村がある一点を見つめながら交差点の前で立ち止まる。高槻がその視線の先を辿ると、そこには一台の救急車が止まっていた。ここからではよくわからないが、どうやら貧血か何かで誰かが倒れたらしい。

「どうかしましたか?」

救急車に担ぎこまれる人物から一時も視線を逸らすことのない藤村の瞳の中に宿る感情の色に気づき、高槻は肩を軽く叩いて問いかける。藤村はそれで少し飛んでいた意識を持ち直して、慌てて高槻に向き直った。

「え、あ、す、すみません。ちょっと半年前のこと思い出しちゃいまして」

「半年前?……それは、集団昏睡事件のことですか?」

表面上は変わらない雰囲気を保ちながらも高槻の目がわずかに細まる。一方の藤村は知っているとは思わなかったのか、軽く驚きを露にした。

「ご存知だったんですか?」

「この町に来る際に小耳に挟んだ程度ですがね」

「そうですか……ほんと、あの時は大変でした。私、これでも高校の教師をやっているんですが生徒も次々に倒れちゃって……他にもあの時期には色々な話が飛び交っていましたし……」

藤村はその時の事を思い起こしているのだろう。背中で手を組み、わずかな悲しみの色を織り交ぜた苦笑を零しながら救急車のサイレンが響く道を歩いていく。

「……やはり、戦いは空しさが多すぎる。特に、犠牲者が無関係だったのなら、なおさらだ」

「え?何か言いましたか?」

呟かれたそれは藤村には聞こえないほどに小さく、高槻は一転して笑いながら答える。

「いえ……あなたに似合うとても素晴らしい職務だと」

「あはは。褒めても何も出ませんよ。私の気分と印象はうなぎ上りですけど。あ、ここです。ここが士郎の家です」

「ほう……雰囲気も構えも申し分無い。切嗣が選んだにしては、中々良い趣味の家だ」

案内された家は高槻の予想していた以上に立派な塀と古風な雰囲気を醸し出している豪邸という言葉を冠するに相応しいものだった。とても風来坊の切嗣が選んだものとは思えない。

「しかし、こんなに大きな屋敷に士郎君一人で暮らすのには色々と支障があったのではないですか?」

「そうでもないですよ。私がけっこう遊びに、じゃなくて面倒を見に行ってましたし、二年前からは桜ちゃんが通い始めましたから。けど……けどね」

いったいどうしたのか。これまでが嘘のようにいきなり苦虫を千匹ほど噛み潰したような苦悩に表情を歪めながら藤村は顔を伏せ、


「いくらなんでも今の状況はありえないでしょうがーーーーーーーー!!!!」


高ぶる感情のままに藤村が、否、タイガーが咆哮する。

「桜ちゃんだけならまだわかる!でもセイバーちゃん、遠坂ちゃん、ライダーさん、あまつさえ知らないうちにさらに二人増えてっるてーのはいったいどういうことなんですかーーーー!!!ついに超えちゃいけない一線であるラブコメ温泉下宿を質と種類では超えてしまったし!!その先にあるのは禁断の領域であるどこぞの不思議いっぱい女学園!!!?否!!!断じて否!!!これ以上フラグをたたせてたまるものかーーーー!!!!」

先ほどまでの礼儀正しさからは想像できないあまりの変貌の様にどんな時でも冷静沈着であるはずの高槻の表情が隠しきれない驚きにわずかだが崩れる。

だが、それでも感覚は研ぎ澄まされたままであり、屋敷の中から人が近づいてくる気配を感じ取った。

いや、それは感じ取る必要すらなかった。

強大な魔力の塊。強力な神秘の具現。絶大な理不尽の顕現。

それを表す言葉は無数にあれど、その最奥にある根本は皆同じ。

すなわち、他を隔絶する絶対の強者。

「タイガ……止めろとはいいませんが、少しは近隣の方々の迷惑も考えていただきたい。それほどにタイガの声は辺りに満遍なく響いている」

「うっ!せ、セイバーちゃん」

屋敷の門から現れたセイバーという存在に絶叫していた藤村はたじろぎ、高槻は相手に悟られない程度の眼光で現れたセイバーという人物を観察する。

外見は可憐の一言。絹のような金色の髪に深い青い瞳、造型の一種の完成系のような顔立ち、まだまだ成熟した身体とはいえないもののそこには無駄が無く、『戦う者』としては申し分無い。

だが、もっとも重要視すべきなのはああして立っているだけでも身を焦がすほどの魔力の波動だ。

(これが、人にして精霊の域に達した英霊か。なるほど。たいしたものだ。この力……おそらくARMSにすら比肩する)

だが、それでも……アレには遠く、あくまで戦力にしかならないだろう。

「……タイガ。そちらの方は?」

ここで初めてセイバーは高槻へと向き直り、淡々とした口調で傍らに立つ藤村へと問いかける。その様子を見る限り、高槻を警戒しているのは間違いないだろう。

「あ、この人は切嗣さんのお友達の高槻さん。士郎に会いに来たんだって」

「キリツグの?……シロウなら居間にいますが、私が案内しましょうか?」

どうやら高槻から漏れるある種の雰囲気によって切嗣の知り合いというのには納得したらしく、向けられる疑惑の視線が薄れる。もっとも、だからといって警戒の色があせたわけではないが。

「うん、お願い。私はどうしてもやらなくちゃいけない仕事が残ってるから。それじゃあ高槻さん。私はここで失礼しますね」

藤村は軽く高槻へと頭を下げ、高槻もまた帽子を手で押さえながら頭を下げる。藤村は「じゃあねー」と手を振りながら走り去っていった。

「では、こちらに」

タイミングを見計らい、セイバーは高槻に声を掛けると先導して屋敷の中に戻って行く。高槻もそれに続いて門をくぐった。


「…………」

「…………」

二人は終始無言だったが、そこに穏やかなものはない。もっともセイバーが一方的に勘ぐりの気を発し、それを高槻が軽く受け流しているのだけなのだが、第三者から見れば仲が悪い関係としか見えないだろう。

通路を進み、いくつかの角を曲がったところでセイバーはある一室の中に入っていく。おそらくそこが居間なのだろう。高槻は居間の入り口の前、居間にいる者からは見えない位置で立ち止まるとセイバーの説明のきりがいいところで一歩進み出て姿を露にする。

居間を見渡すと、そこにはセイバーを含めて七人もの人物がいた。割合としては男性が一、女性が六だ。そのため誰が目的の人物なのかもすぐにわかった。

「急な訪問すまなかったね。士郎君」

高槻は帽子を取り、ちょうど正面に座る赤毛の髪をした少年、衛宮士郎を真っ直ぐに見据えると軽く会釈する。

「こちらこそわざわざすみません。親父の知り合いが訪ねて来てくれたのは初めてなんで、ちょっと嬉しいですし。いまお茶入れますから、座っててください」

「先輩。お茶なら私が入れますから、先輩も座っていてください」

士郎も立ち上がって会釈を返し、そのまま台所に向かおうとするが、それは士郎の隣に座っていた長い髪に服越しからもスタイルの良さが窺える少女によって止められた。

士郎は少女へと何かを言おうとするが、すでに少女は台所へと小走りに向かっている。

仕方が無く士郎はしぶしぶ、というより残念そうな表情で高槻に座るように促すと自身もまた腰を下ろす。

「…………」

「どうも」

高槻は素直にそれに頷き、士郎の正面から無言でどいてくれた長髪長身の女性に一言礼を言って腰を下ろす。座りながら先ほどもそうしたように高槻は視線を居間にいる人物たちに走らせると、短く感嘆の息を漏らした。

見渡す限りが美女、美少女の居間の絵は中々に凄いものだ。いったいどういった経緯でこの状況に落ち着いているのかがひじょうに気になるところだが、士郎の視線と身から漏れる雰囲気が出来れば聞かないでくれと語っているので無理して聞き出そうとは思わない。

周りの女性たちもいきなりの訪問者である高槻をそれとなく見つめている。それだけなら気にすることも無いのだが、しかし、その中の二つは明らかに敵意と緊張を滲ませているものだった。

チラッと、そちらに気取られないように高槻が視線を向けると、そこには男装の麗人と修道服を着た少女が座っていた。


「どうぞ」

お茶を入れて来た少女がお盆の上から湯飲みを取り、高槻と士郎の前に洗練された仕草で置く。

「ありがとう、お嬢さん」

「ありがとな、桜」

二人は少女、間桐桜に礼を言い、あらためてテーブルを一つ挟んで向き直る。

「とりあえず、必要ないと思いますけど衛宮士郎です」

「セイバーさんからすでに紹介されたが、高槻巌です。突然の訪問申し訳ないね、士郎君」

会話の始めはごく普通の他愛の無い自己紹介で、これからいざ本題が話されるという正にその時に、


「ふん……『静かなる狼(サイレント・ウルフ)』の間違えじゃないのか?」

「あら、それをいうなら『ウインド』の方が的確じゃないかしら?」


二人の針を含んだ声が邪魔をした。

「?バゼットにカレンもなにいってんだ?」

先ほどまでは結構機嫌が良かったはずの二人の物言いに首を傾げる士郎だが、言っているその内容もまったくわからない。

なんとなく隣に座っている黒髪をツインテールにした少女、遠坂凛の方を見るが、彼女も何のことだかわからないようで首を横に振っている。

「まさか、こんな所で貴様のような奴に会うとは思いもしなかった……何が目的だ」

事態を理解できていない士郎たちを置いて男装の麗人、バゼットは今すぐにでも殴りかかりそうなほどに険悪な雰囲気を纏いながら高槻を射殺すように睨み付け、傍らに据わっている修道服を着た少女、カレンもどこからか赤い布、『聖母(マグダラ)の聖骸布』を取り出し、臨戦態勢へと移行している。

「ちょ、ちょっと待てって!いったいどうしたんだよ二人とも!?」

どんどん膨れ上がる二人の敵意に殺意までもが入り混じり始めたのを感じ取った士郎はわけがわからないままに慌てて立ち上がる。どうやらそれは士郎だけの意見ではなく、この家の残りの住人の総意のようで、凛やセイバー、桜でさえも二人に厳しい視線を送っている。

一人だけ長身の女性、ライダーは我関せずと黙々と本を読んでいるが、その意識は常に二人の動向に向けられ、何か行動を起こせばすぐに動けるようにしている。

「……士郎君が知らないのも無理はないですが、この男は危険すぎる」

感情を押し殺したように呟く声にはわずかな緊張と畏怖の念がこぼれ、よく見れば、バゼットの額からは一筋の汗が頬へと流れ落ちている。

「というより、リンは本当に知らないの?魔術師の間でも有名だと思っていたのだけど」

一方、バゼットと同じく高槻を警戒するカレンは手に握る赤い聖骸布を揺らめかせ、隙あらば捕らえようと気を窺いながら凛へと横目で呆れた視線を送っていた。

「……悪いけど、心当たりは無いわね。説明してもらえるかしら?」

カレンの視線に幾分か気分を悪くしながらも凛は現状に至るだけの理由を求める。カレンは別に隠す必要など無いと淡々とした口調で高槻巌という人物について語っていく。

「彼は『静かなる狼』と『ウインド』の二つの異名を持つ世界最高の傭兵にして世界最高の諜報員、高槻巌。裏の組織、中でも協会と教会には特に敵視されている仇敵よ」

「魔術協会と聖堂教会はこの男の手によって近年に見つかった貴重な概念武装をいくつか奪われたことがあります。これが何を意味するのか……リン。あなたならわかりますね」

説明を引き継いだバゼットが凛に問うが、わかるも何も無い。そこから導き出される答えなど、一つしかないのだから。

「それって、協会と教会の内部に侵入してなおかつ脱出できたってこと!?ありえないわ!だって、あの協会と教会でしょう!?そんなの封印指定や埋葬機関でも不可能よ!」

呆然としながら絶叫するという離れ技を披露する凛だが、それほどまでに二人の言葉は信じられない、というよりも真実味の無い話だった。

なにせ魔術協会と聖堂教会といえば分野は違えど世界最高クラスの神秘の最前線。

侵入すること自体が死に直結しているといっても過言ではない。いや、万歩譲って侵入は出来たとしても奪った物を持って脱出することなど夢のまた夢。双方共に執行者や代行者などの化け物が渦巻いているのだから。

だが、カレンは続ける。これは事実だと。

「だから世界最高の諜報員と呼ばれているのよ。ついでに言うなら他にもアーカム、覇道財閥、クロノス、はては無限城にまで入り込んだことがあるらしいわ。曰く、高槻巌に入り込めない所は無い。こんな噂が出来るほど彼はとんでもない、現代に生きる伝説の一人よ」

「そんなに凄い人なのか……」

「ただ者ではないとは一目見た時からわかっていましたが、まさかそこまでの人物とは……」

ポカーンと話についていけずに聞き手に回っていた士郎は呆然と呟き、セイバーもまた驚きを露にしながら自然に視線が高槻の方を向いてしまう。

そこには……

「ほう。こんなに美味しいお茶を飲むのは初めてだ。お嬢さんは良いお嫁さんになれる」

「え!?そんな……お、お嫁さんだなんて。まだまだ私なんて先輩には……」

「そんなことはありませんよ、サクラ。あなたならきっと素晴らしい家庭が築ける」

なんだかほのぼのとした空間が出来上がっていた。

「ってちょっと待ちなさい!こっちは真剣に話してるってーのにあんた等は和んでんじゃないわよ!?」

次々に明かされるビックリ情報に真剣に頭を悩めていたというのに、話の中心の人物が我関せずを地で行っているのがよほど許せないのだろう。凛の指先に魔力が集中し出す。

「お、落ち着け遠坂!!気持ちはわかるけどガンドはヤバイって!!」


ようやく周りが普段の落ち着きを取り戻し、まともな話しができる場が整った。

カレンとバゼットは未だに警戒を緩めていないが、高槻が怪しい行動を取らなければ動かないとの約束を士郎と取り付けたため一先ずは大丈夫だろう。

「色々と騒がしくなってしまいましたけど、用件っていったいなんなんですか?」

やはり、先ほど高槻のとんでもない経歴を聞いたからか、士郎は妙に畏まってしまう。

「ここに来たのは本当に私用さ。切嗣が自慢していた息子を見にね」

「え?親父が……俺を?」

「ああ。自分には出来すぎた息子だと会う度に言っていたよ。その時だけ、彼は本当に楽しそうだった」

おそらく現代(いま)じゃない過去の場景を見ているのであろう。その瞳に浮かぶのは二度と会うことのない味方であり、敵でもあった友人の背中か。

「そして、どうやら切嗣の自慢は本当だったようだ。君はとても良い眼をしている。それを確認できただけでも、訪ねて良かった」

真っ直ぐに士郎の瞳を見据えながら、微笑を口元に表すと高槻はゆっくりとした動作で立ち上がった。

「え?もう帰ってしまうんですか?」

「元々、長居するつもりは無かったからね。つもる話しはあるだろうが、それはまた今度の機会にしよう」

帽子を被り直し、居間を出て行こうとする高槻をせめて玄関まで見送るために士郎と桜が慌てて立ち上がろうとしたその時、


「次なんてないわ」


赤い聖骸布が、空を走った。

「――――!?」

突如として腕に巻きついた赤い聖骸布に高槻は軽く眉を上げるが、そこに動揺した様子は無い。まるでそれが当然の事のように事態をすぐさま受け入れると聖骸布の出所を探る。予想通り、それはカレンの手元から伸びていた。

「教会からあなたを発見した場合は状況に関わらず捕らえるように言われているの。ああ、本当に残念だわ。いくら教会からの指令だとは言え、お世話になっている家主の父親の友人を捕まえなくちゃならないなんて、心が痛んで仕方ないわね」

悲しげに聖骸布を握ってカレンはこの世の理不尽を嘆いているが、その口元に隠しきれない深い笑みが浮かんでいる。

……なんとなく、高槻はこの町に在住していたもう一人の友人の姿をカレンの背後に見たような気がした。

「お、おい!カレン!」

「カレンさん!それは……」

「……まあ、普通に考えたらそうなるわね。そういえばあなたはいいの?協会にとっても、ってそういえばあなたは協会を抜けてたっけ」

「はい。私にはすでに彼を捕らえる義務はありません。もっとも、たとえ私が捕まえようとしても無理でしょうが」

淡々と、バゼットは軽いため息をつきながらカレンへと告げる。

「カレン……あなたも無駄なことはせずにさっさと拘束を解きなさい。下手をすれば聖骸布ごと持っていかれますよ」

「あなたに言われなくてもわかっているわ。でも、捕らえようとしたという建前は必要でしょう?」

カレンはバゼットの忠告を言われるまでも無いと返し、さっさと拘束していた高槻の腕から聖骸布を引いてしまう。

「……えーと、つまり、どういうことだ?」

驚きも一転。めまぐるしく変わっていく状況についていくことができていない士郎は戸惑うことも忘れて唖然と説明を求める。

返答は実にあっさりしたものだった。

「聞いてなかったの?今のはあくまで建前よ。目の前に手配されている人物がいるのにそのまま逃がしちゃったら問題でしょ。かといって私程度じゃどうやっても捕らえる事なんて出来ないから捕らえようとしたっていう事実だけで十分なのよ。それに、手伝うように頼んでも無駄でしょうしね」

確かに。この場にいる者たちが総出でかかれば捕まえることはおそらく可能だろうが、士郎と桜は断固として反対するだろう。それはつまり二人のサーヴァントであるセイバーとライダーの協力も仰げないということになる。

だったら、最初から捕まえようとなどせずに捕まえようとしたが逃げられたという事実だけを報告した方が双方にとってもっとも賢い選択だ。

だが、それほどの評価を受けてもなお、高槻はこう告げる。

「……私はただの海外赴任の多いサラリーマン。それ以上でも以下でもないさ」

それだけを言い残し、今度こそ高槻は衛宮邸を後にした。


色々と予想外の展開があったが、私用を終えた高槻はこの町を訪れた本当の目的を果たすために冬木の港に足を運んでいた。

調べた結果、目的の人物たちがよくこの港に出入りしているという情報を掴んだからだ。


そこでは――――


「いい加減にしやがれ!弓兵どもが!俺の……俺の楽園を返せーーーー!!」

「なに!?馬鹿な……今度は鯛だと!?なぜ港で釣れる!?くっ……私としたことが、槍兵の戦力を見誤っていたか……!!」

「うわー……なんだか凄い事になってきましたねー。でも、なんでだろう?物凄く僕の血が騒いでる」


――――青、赤、金の三色が騒いでいた。


世界最高の諜報員、高槻巌をもってしてもそこに渦巻く圧倒的な魔力の渦は近づく事を躊躇させ、わずかに高槻の肩を震わせる。

「…………」

静かに、それでいて魔力の渦に負けないほどの闘気を纏いながら高槻は三人の下へと一歩一歩確実に歩み寄っていく。額には緊張からか汗が張り付き、息苦しさからネクタイを緩める。

そして、傍観に徹していた少年は高槻に気づく。

「あれ?よくここに近づけましたねー。普通の人なら本能で危険を察知して絶対に寄り付かないはずなんですけど……おじさん、ただ者じゃないですね?」

「…………」

高槻は答えない。己の意思を表明するかのように帽子を投げ捨て、真剣な眼差しをもって真っ向から金髪赤眼の少年を射抜き、


「竿を一本、借りてもいいかい?」


……結局、高槻が目的を果たせたのは日にちが変わってからだった。

これは余談だが、次の日の衛宮家の食卓はそれはもう豪勢なものになったらしい。


あとがき


どうもー黒夢です。

最初を見てもらえればわかりますが、hollowは後日談の設定を使うことにしました。

これが一番キャラを出しやすく、かつ、円滑に進められそうでしたので。

今回、『ARMS』から唯一登場していただいた高槻氏ですが……奥が深すぎます。

こう書きたいのに高槻氏を書こうとすると何だか違う気がするという場面がいくつも出てきてしまい、何度書き直したのか早々覚えていません。

おそらく『ARMS』を知らない方のほうが多いと思いますが、これだけは断言しておきます。

それとなく書きましたが、高槻巌……彼の対人戦闘能力はバゼットを超え、サーヴァントと小細工無しで戦える領域です。

この時点ではジャバウォックの爪をまだ保有していますので、あるいは妥当することすら可能かもしれません。そんな高槻氏の対人戦闘のランクはもちろんS級。もっとも総合的に見ればA級ですが。

参考なまでにサーヴァント達の総合的なランクはだいたいがA級かS級。例外としてギルガメッシュがSS級です。

このランクの定義、というより対集団戦闘能力のA級以上の分け方を大雑把に説明しますと、

A級がどれだけ時間を掛けてもいいので一つの都市を単独で壊滅可能なレベル。

S級が裏の世界でも決して無視できない巨大な組織を単独で壊滅させるレベル。

SS級がその存在自体が世界、大陸、国家の存続に冗談抜きで関わるレベル。

こうなっています。当たり前ですが、対集団戦闘能力でA級以上の化け物はそうそういません。

本編の『黄昏の式典』に参加している選手でも五人いるかいないかぐらいです。

これが対人戦闘能力になるとまた話は変わってくるんですが、これだけでもサーヴァントの理不尽さがわかります。もっともこのランクは危険度も含めていますので、純粋な戦闘能力のみというわけではありません。だからこそ、ギルガメッシュがSS級にいるわけです。

それとこれはまったくの余談ですが、当初書いておいた凛ルート後の番外編では高槻氏は士郎と凛と戦い、セイバーはバイオレットと戦うというものでした。

せっかく書いたものなので、いずれ機会があったら投稿することがあるかもしれません。

あと、皆様にお聞きしたいんですが、どちらも存在自体が一つの神秘と奇跡であるARMSとサーヴァントってどっちが強いと思いますか?

第二部の方で少々関わってきますので、ご意見よろしくお願いします。

それからもう一つ。試合の対戦表って事前に書いておいた方がいいですか?

ご要望があれば今回はレスに、次回からは後書きに載せます。

では、次回『黄昏の式典 第十三話 〜勝利の先〜』をよろしくお願いします。

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