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「黄昏の式典 番外編 〜察知〜 後編(灼眼のシャナ+ブギーポップ)アンケート終了」

黒夢 (2005-10-31 17:23/2005-11-04 21:44)
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雑踏で賑わう街の一角。行き交う人々はそれぞれ歩みを進め、周りのことなど無関心に目的地へと向かっていく。それはある意味、近代社会の真の姿を曝け出しているようでもあった。

ここは御崎市の市街地。すでに時刻も十二時を廻っている。平日のためこうやって外を歩く人のほとんどは付近の会社に勤めるサラリーマンかOLだろう。もっとも、まばらに高校生ぐらいの少年、少女が遊び歩いているのはまあ、ご愛嬌といったところか。

そんな密集した雑踏の波の中。一つだけ明らかに不自然ですと自己主張しているようにぽっかりと穴が開いた空間に女性はいた。

その女性の外見を表すとしたら恐らくこの言葉が他のどんな言葉よりも一番しっくりくるだろう。単純に、美人という一言が。

おそらく二十歳過ぎだろうか。欧州系のキリッとした美貌を備えた女性は申し訳程度に薄化粧を施しているが、それがまた女性の魅力を引き立てていた。それだけでなくストレートポニーに仕立てた栗色の髪が風に揺れる様や、服越しからも抜群のプロポーションを誇っていることがうかがえる様、さらに着込む丈の短いスーツドレスと合わせればさながら絶世の美女という大それた言葉も自然に頭に浮かんできてしまう。

どこからどう見ても完璧な女性だが、ただ一つだけ、肩にかけている物は異様と言わざるを得ない。

女性が肩にかけている物。それは分厚く、幾つもの画板を重ねたような大きな本を包み込むさながらブックホルダーとでもいうかのような物の下げ紐だった。

到底活用できるとは思えない本を持つことに意味などあるのかとまず疑念が湧くが、本当に重要で、異様なのはそんな些細なことではなく、先に挙げた女性の周りの空間だ。

まるでそこが絶対不可侵空間であるかのように、何故か人々は女性の周囲五メートルほど付近に近づくと磁石が反発しあうかのように自然に女性のそばを離れ、避けて通っていくのだ。

だからこそ、これは異常と呼べるに値する事態だろう。

もちろんその異常に気づいている者など誰一人として存在しない。

避けられている女性すらそのことを気にしているようには見えない。むしろそれが当然のように開いた空間を堂々と歩いていく。

女性の名はマージョリー・ドー。『弔詩の詠み手』の字(あざな)で世に知られた数多くいる『フレイムへイズ』の中でも屈指の『紅世の徒』に対する殺し屋である。

普段ならある理由から居候している大豪邸の佐藤家のバーにでもいるのだが、今日は街の様子を確認するために朝から直接足を運んでいるのだった。

「……久しぶりに出てみたけど、だいぶトーチは減ったみたいね」

唐突にマージョリーが漏らした声は周囲の喧騒にかき消され、泡のように消えていく。だから、それは独り言であるはずだ。だというのに、

「ヒヒヒッ。我が内気な引きこもり、マージョリー・ドー。そりゃあん時から何ヶ月も過ぎてんだ。これで減らなきゃ一種のミステリーだぜ」

返答が、マージョリーのすぐ傍らから聞こえてきた。

肩から下げられた馬鹿でかい本が声を出したのだ。

「お黙り、バカマルコ。私が言いたいのはこのごろちっとも『紅世の徒』が現れてないってことよ」

「あー、そういやーそうだな。こんだけ待ってやってんのに『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の奴らもちっとも動かねぇ。なんか急用でもできったってかー?」

冗談を含んだ下品で耳障りな癇に障る声が本から上がる。しかし、マージョリーはその言葉に真剣に眉をひそめ、その場に立ち止まった。

「案外それ、冗談じゃないかも知れないわね。ヴィルヘルミナの話じゃこのごろ世界中で『紅世の徒』の行動が沈黙してるってことだし、行方知れずになった『フレイムへイズ』も少なくないらしいわ」

「ヒャッヒャ、どうせ狩られ狩りあわれてんだろ。俺たちはそーゆう間柄だしな」

「……行方知れずになった『フレイムへイズ』の中にあのカムシンの爺いがいても同じことが言える?」

「ッ!?……そいつは、確かに穏やかじゃねーな」

本の形をした神器『グリモア』を通して今まで陽気で自由で思いのままに言いたい事を笑いながら吐き出していた『弔詩の詠み手』マージョリー・ドーに力を与えている『紅世の王』『蹂躙の爪牙』マルコシアスがここに来て初めて声の質を変えた。

すなわち、緊張へと。

それもそのはずだ。なぜなら今、マージョリーは冗談で済む範囲を超えることを口にした。

『偽装の駆り手』カムシン。見た目は十歳前後の少年だが、その正体は『不抜の尖嶺』ベヘモットによって力を与えられている現存する最古の『フレイムヘイズ』の一人でもあり、かつては『フレイムヘイズ』屈指の『壊し屋』として双方に恐れられた人物だ。

なぜ過去形なのか。

それはこのカムシンという人物が長い年月を経てすでに己の復讐を果たし、今は『紅世の徒』を追うのではなく、歪められた世界を修復する『調律詩』として生きているからだ。

つい先日も少々どころではないトラブルに遭いながらもこの町の調律を終え、『フレイムヘイズ』の集う『外界宿(アウトロー)』などを巡って『仮面舞踏会』などの『紅世の徒』による集団の情報を集めているはずなのだ。

だというのに行方知れずになっている。

『殺し屋』たるこの二人にすら恐れられるあの破壊の権化のようなカムシンらが、だ。

これは楽観的に考えられる事態ではない。ないのだが……

「けどまあ、どう考えてもあの爺いがやられるとは思えないし、考えられることは一つね」

「なにか厄介事に巻き込まれた、か……ヒヒヒ、あのジジイどもならむしろテメーから飛び込んでいきそうだ」

マルコシアスは先ほどの真剣さが嘘のようにそう笑い飛ばす。

それは知らず知らずの内に芽生えたカムシンらの実力への信頼でもあった。あの二人がそこらの馬の骨に殺られるわけがない、と。

「物好きなジイさんどもならありえるわ」

マージョリーもやれやれと言う具合に首を振り、同意を示したまさにその時だった。


ぞくッ


――――言いようの無い悪寒が、マージョリーの背筋を嘗め回したのは――――


その感覚を、二人は知っている。数十数百数千回と味わい自身も放ってきたこの感覚を、この二人がわからないはずがない。


――――これは、抑えても抑えきれない、そういう類の純粋な闘気であり、殺気だ。


黄昏の式典 番外編 〜察知〜 後編


雑踏が晴れてそれが見えたのは彼にとって本当に偶然だった。

たとえそれが運命によって操作された偶然という名の必然であったとしても、そんなことは最早彼には関係のないことだ。

なぜなら彼は見つけてしまった。視線の先にぽっかりと空いたその空間を。

なぜなら彼は見入ってしまった。空間の中にただ一人悠然とたたずむその女性を。

なぜなら彼はわかってしまった。女性が只者ではなく、明らかに自分と同じ側の強者だということを。

ならばすることは決まっている。そこに選択の余地も相手の承諾も必要ない。


――――ただただ『最強』たるフォルテッシモは貪欲に敵を求めるだけなのだから。


「――――ふふふふ!」

凄絶な笑みを浮かべながらフォルテッシモは一歩一歩しっかり、ゆっくりと力強く地を踏みしめながら、けれども確実にマージョリーの下に歩み寄っていく。

周りの人々はフォルテッシモの身体から漏れる何か壮絶で、形容し難いものを無意識の内に感じ取っているのか、知らず知らずの内に進んでフォルテッシモの前からどいていく。さながら見えない壁で民衆を掻き分けているかのようにも写るその様は触れることすら叶わぬ孤高の王者のような姿を連想させる。

元々距離はそこまで離れていたわけではないので、あっという間にフォルテッシモはマージョリーの全身がはっきりと見える位置にまで来ることが出来た。

「よお。まずは定番通りこんにちはとでも言っておくべきか?」

フォルテッシモは雑踏が途切れている不可思議なエリアに一片も迷うことなく足を踏み入れると歩みを止め、不適な笑みを浮かべながら挨拶とも呼べない傲慢な物言いで話しかける。

「……あんた、何者?いきなりそんな物騒なもんを向けてくるなんて礼儀がなってないわよ」

隠そうともせずにさっきから押しつけてくる殺気に苦言を漏らしつつ、マージョリーは内心で激しく舌打ちした。

(『紅世の徒』じゃない……かといって人外でもない。完全に人間ね。今のところは『封絶』が有効かどうかもわからないし、厄介な相手ね)

『封絶』に捕らわれない人間は『紅世の徒』の宝具のように概念的な道具を持つ者が多いが、中には道具に頼らずに行動できるものも少なからず存在する。

例えば混血がいい例だ。あれは人間以外の何かが交じっているためそれ自体が一つの神秘としてみなされ『封絶』内でも行動することができる。

だが、本当に厄介とされているのはそんな者達ではなく、単体での行動を可能にしている吸血種や人間などだ。吸血種は上下の力の差が激しいため正確にどこまでが安全という基準は存在しないが、下位辺りならば『紅世の王』や『フレイムヘイズ』ならばどうとでもなる。

しかし、人間のほうはそうはいかない。

何も持たず、単体の純粋な人間が『封絶』に捕らわれない方法は三つ。

一つ目は単純に何かの能力の持ち主でそういったものに最初から捕らわれることがない場合(例:幻想殺しなど)。

二つ目はその人間が『封絶』に匹敵するほどの何かを習得、備えている場合(例:固有結界など)。

そして三つ目。この場合が『紅世の徒』にとっても『フレイムヘイズ』にとっても本当に厄介なことなのだが、『封絶』を張る者とその人間が世界から見て実力が均衡しているかそれ以上の場合だ。

世界は矛盾を嫌う。そのため世界に必要であれ不必要であれ強大な力を誇る者がパッと消えてしまっては困るのだ。なにせ強大な力を誇る者は経てして存在の力が濃密だ。そんな者を異界からの使者などに渡せるはずがない。

実を言うと昔から時折知らないうちに討滅されたことが確認される『紅世の徒』や突如として行方不明になる『フレイムへイズ』の原因の一つには運悪く高レベルの異常に戦闘技能が秀でたものを『封絶』に取り込んでしまった結果ではないかとされている。

もっともそんなことは宝くじに当選するよりも確立が低いので実際に起こった例はもちろん多くはない。

この自在式を作り上げた『螺旋の風琴』も普通の人間を第一の対象にしていたわけだが、流石に『紅世の徒』や『フレイムヘイズ』に匹敵、あるいは凌駕するほどの人間がいるなどとは考えが及ばなかったのだろう。

思考を巡らせているマージョリーだったが、何とも無しに吐き捨てたその言葉が心底おかしいと嘲笑うかのようにフォルテッシモの口先が歪につりあがる。

「そんなことはどうでもいい。なにせ――――俺たちはこうして出会ったんだ。ならば、俺たちのやるべきことはたった一つだけだろう?」

無茶苦茶な物言いだが、この最強にとってこれはとても重要なことだ。

強者に出会うこと、それすなわち闘いの始まり。

それこそがフォルテッシモの行動原理であり、他の何を置いても優先されるべきものだ。

故に、この全てを凍てつかせるかのような冷徹たる殺気は真実にして本物。たとえ街中であろうとも相手の反応しだいでフォルテッシモは戦いに準じるだろう。

それでなくともフォルテッシモは珍しく戦いたくてうずうずしていた。あの胡散臭いジンクスもその要因の一つではあるが、それ以上に目の前の相手からは今まで感じたことの無い得体の知れない雰囲気がするのだ。残念ながら最強である自分には遠く及ばないだろうが、それでも楽しませてくれる程度の強さをフォルテッシモはマージョリーから感じている。

そう――――最低でも、自分の初撃をかわせる……いや、それだけでなく、もしかしたら反撃できるほどの力を、フォルテッシモはマージョリーに期待していた。

フォルテッシモの予想通り、マージョリーは確かに強い。

だが、それでも――――彼女はこの最強に傷一つ付けられないだろう。

なぜなら彼は最強だ。

あらゆるものを貫き通す矛も――――

いかなる力でも弾き返す盾も――――

破ることも防ぐことも叶わぬ――――

『最強』と呼ばれる絶対矛盾――――

それは、『戦い』という分類の中で、頂点にもっとも近づいた人間。

そんな存在相手に、そもそも勝つという選択肢が存在することがおかしいのだ。

マージョリーはそのことを知らない。だが、幾多の戦いで磨き抜かれた本能で理解していた。

コイツは、とんでもなくヤバイ、と。

(冗談じゃないわよ……こんな、化け物とやりあうなんて)

普段相手にしている『紅世の徒』も十分化け物だが、はっきり言って桁が違う。あまりにも濃厚な死の気配に不覚にも目眩がしそうだ。

(同感だぜ。こいつは今まで俺が見てきた奴ら全部合わせて一番ヤバイ。相手するだけ損ってもんだ)

口調こそまだ若干軽い印象を受けるが、もしも現実に本体である巨大な狼として顕現しているならばすぐにでもマージョリーを銜え込んでそこから全力で退避するほどに、その声には緊張と若干の畏怖の念しかなかった。

おもわずマージョリーは息を呑んだ。この闘争本能の塊のような『蹂躙の爪牙』マルコシアスがそこまで言い切ったのは長年共にいるマージョリーでさえ一度も聞いたことがない。強いとは思っていたが、完全に予想の範囲外だった。

「…………いいわよ。ついて来なさい」

素っ気無くそう言って、マージョリーは踵を返すと人通りの無い路地裏へと歩いていく。どうするにせよ、ああいった人の多いところでは行動を起こしにくい。いくら自分の周りに近づけない『自在式』を張っていようと、そんなものは戦いになれば意味が無いのだ。

フォルテッシモはニヤニヤと笑みを浮かべながらその後について行く。文句も言わず、マージョリーが背中を見せているのに何もしてこないということは、どうやらその考えには同意しているようだ。

もっとも、フォルテッシモにとっては街中で戦ろうとも多少面倒なだけで全然かまないのだが、せっかく相手が自分の死に場所を選んだのだ。それを無碍に扱うほどフォルテッシモは残酷ではない。

しばらく路地裏を歩いていくと人気の無い広い空き地に出た。ここに来る途中に工事中の看板が立てかけられていたことから、どうやら何かの建造物を取り壊した後のようだ。

マージョリーは空き地のちょうど中心、土管が積んであるすぐ横で立ち止まり、振り返るとフォルテッシモと対峙する。

「さて――――さっきはどうでもいいなんてことを言ったが、歩きながら考えてみたらそれも失礼な話だ。なにせ――――自分を殺す相手のことを何も知らないなんて、哀れすぎるからな。だから名乗ろう。俺はリィ舞阪。フォルテッシモと呼ばれる『最強』だ」

「――――自分で自分のことを最強、ね……私はマージョリー・ドー。『紅世の徒』のクソったれどもを討滅する『フレイムへイズ』よ」

そこから出てきた単語にぴく、とフォルテッシモの眉がひきつる。

「『紅世の徒』に、『フレイムへイズ』……?たしか、『統和機構』の――――そうか、マージョリー・ドー。お前がそれか。やはり、俺の目に狂いは無かった。予想していた通り、お前は俺と同じ、殺す者の立場にある」

そう言うフォルテッシモはとても嬉しそうだった。まるで、子どもに玩具を与えるとやる気を出すかのように、フォルテッシモはその事実という玩具に文字通り『殺る気』を漲らした。

明らかに殺気の当たりが強くなったのを肌で感じたマージョリーはちッ、と口の中で舌を鳴らす。

こんな展開になるのなら名乗らなければよかったと今更ながら後悔する。だが、気になることもある。フォルテッシモから漏れた『統和機構』という言葉だ。

噂程度には長い時を生きてきたマージョリーも聞いたことがある。

曰く、世界を裏から管理する巨大で強大なシステム。

まるで漫画のような話だが、実際にそういった組織が他にいくつか存在し、マージョリーもそのいくつかと接触したことがあるため実在しているとは考えていた。

しかし、よくよく考えればおかしな話だ。

何故、世界の管理を謳うほどに巨大なシステムが世界の在り方を乱す『紅世の徒』や『フレイムヘイズ』を野放しにしておくのだ?

フォルテッシモは自分から『最強』と名乗ったからには『統和機構』で最強の存在なのだろう。それはこうして対峙しているだけでわかる。

だからこそわからない。これほどの戦力を有するほどの組織が、なんで『クロノス』や『HELLSING』、それに『協会』や『教会』のように自分たちを消し去ろうとしてこなかったのだ?

今回のことだって相手の反応を見る限りではまったくの偶然のようで、そこに組織の意思は見えてこない。ただたんに敵対する理由が無いのか、あるいは――――何か目的があってのことなのか、それはわからない。

今現状で一番優先すべきことは生き残ることだ。

そのためにもっとも必要とされるのは相手の攻撃方法を知ること。それがわからない限り、戦うことも逃げることも覚束無い。マージョリーの中には最早戦うという選択肢は存在していない。逃げるのは癪だが、『紅世の徒』でもない相手に命を賭けるまでの理由は無い。

(我が麗しの酒盃(ゴブレット)マージョリー・ドー。それでいったいどーすんだ?この野郎……ムカつくぐらい油断も隙もありゃしねぇ。似合わねぇこと言わせてもらうが、絶対絶命ってやつだぜ?)

思わず愚痴るマルコシアスだが、それは仕方が無いだろう。正面に立つフォルテッシモは間違いなく強い。それはもう絶対に間違いない確固たる事実だ。だというのに、このフォルテッシモには強者にありがちの力に対する油断や、弱者に見せる隙など憎いぐらいに何も無い。

どんなに相手が弱くとも決して手加減をせずに全力で叩き潰す。

それこそがフォルテッシモを最強足らしめる最大の要因でもある。

(わかってるわよ!けど、今はまだ動けないでしょうが)

先にも言ったとおり、逃走に徹する場合の鉄則は最低でも相手の能力がわかっていないと危険すぎる。

マージョリーとマルコシアスが思考していたとき、フォルテッシモはとんでもないことを言い出した。

「しかし、『フレイムヘイズ』か――――個人差にもよるが、炎を使うんだったな。普段ならだいたい相手が俺の能力を知っていて、俺が相手の能力を知らない。今の構図とはまったく逆ということになる……よし。やはり、こういうことはフェアじゃなくちゃいけないな。特別に――――俺の能力を教えてやろう」

まず、マージョリーは自分の耳を疑った。わざわざ相手に自分の能力をばらすなど、正気の沙汰ではない。

しかし、フォルテッシモは大真面目だ。幾分か気分が高揚しているということも理由の一端にあがるが、その方が楽しめそうだから。フォルテッシモにとって喋る理由など、これで十分すぎる。

「いいか?一度しか言わないからよーく聞いておけよ。俺の能力は、簡単に言えば空間を引き裂いてあらゆるものを破壊することだ。お前は知らないだろうが世界というものは無数の罅割れで覆いつくされている。俺はその中の一つを選択して、自由に広げることが出来るんだ。たとえば――――こういう風に」

フォルテッシモは右腕を腰の辺りまで持ち上げるとつい、と指先を軽く空中で振るう。

すると次の瞬間、マージョリーの横に積まれていた土管が――――轟音を立てて雪崩のように崩れ落ちてきた。

(!?)

向かってくる土管にマージョリーは慌ててその場から跳びのき、若干の距離を取る。突然のわけのわからない事態に呆然としたマージョリーだったが、足元に転がってきた土管の破片を見て、顔色が変わる。

その土管の破片は、鏡のように光を反射するほどに見事な断面をさらして切断されていた。

「嘘……何なの、これ……」

まるでその土管自体が一つの芸術品になるかのような、それほどその断面は滑らかで、美しかった。

(こんな滑らかな断面……チビジャリが持ってる『贄殿遮那(にえとののしゃな)』でも不可能よ。まさか、これがこいつの言ってた……)

「そう――――これが空間を引き裂くってことだ」

マージョリーの思考を読み取ったかのように、フォルテッシモは静かに、冷徹に告げる。

「さて、お互いの能力が判明したところで、そろそろ始めるとしよう。くれぐれも――――簡単に死んでくれるなよ?」

それは自分の勝利を一片たりとも疑っていない、そんな上から見た言い方だった。だというのに、油断すらしてくれないのだから、救いようが無い。

だが、こんなことぐらいで諦めるマージョリーではない。確かに相手の能力は凄まじいが、だからといって諦めるなど愚の骨頂だ。どんな時にでもチャンスは必ず訪れる。

いや、訪れなければ、無理やりにでも作ればいい。

(マルコ……先制で一発ドでかいのぶちかまして逃げるわよ)

(やっぱそれっきゃねーか……ったく、とんだ化け物がいたもんだ。空間それ自体を操るたぁ……『紅世の王』でもンな馬鹿げたこと出来るのなんざいねぇぜ)

『封絶』を張ることも考えたが、このフォルテッシモにはおそらく効果は無いだろうし、動揺して隙が出来てくれるとも思えない。

マージョリーは決して悟られないように、己の中で業火の力を高める。

「どうした?こないんだったら、こっちから行くぜ?」

フォルテッシモは一向に動こうとしないマージョリーを嘲笑い、先ほど土管を引き裂いたときのようにゆっくりと腕を持ち上げる。

この瞬間を、マージョリーは待っていた。

「はぁぁぁぁ!!」

「――――!?」

極限まで高めた力を惜しみなく一気に外へと開放し、マージョリーは『フレイムへイズ』と呼ばれる由縁たる炎を爆発させた。

その威力たるや凄まじく、空き地は一瞬で炎に包まれる。これほどの炎……人間に限って言えば神凪一族宗家の上位クラスの実力者でなければ出せるものではない。

突然こんな事態が起これば、例えかなりの実力者であろうとも動揺し、相手を一瞬見逃すだろう。

だが、それさえも――――この最強には、無意味と化す。

「ふん――――」

フォルテッシモは身を燃やし尽くすはずの炎の中で不機嫌そうに鼻を鳴らし、手を軽く横に振る。

たったそれだけの動作で、空き地を覆っていた炎は一瞬で消滅した。

目の前には、すでにマージョリーの姿は無かった。

「――――」

しかし、すでにフォルテッシモの関心はマージョリーには向けられていない。その視線は、足元に向けられていた。

そう――――あの炎が吹き上がる瞬間、突然背後から飛来した鋭利に切っ先を研ぎ澄まされた鉄パイプに――――

「……さっきのマージョリー・ドーが新たな出会い――――そして再会は、やはり貴様だったか」

ゆっくりと、緩慢な動作でフォルッテシモは空き地の入り口の方へと向き直り、そこにいつの間にかいたサングラスをかけた背の高い大男の姿を視界に入れる。

「それで?お前は俺に『最強』の称号を返しにきたわけか?なぁ――――イナズマ」


3.些細


時刻はフォルッテシモがマージョリーを見つける十分ほど前にまで遡る。

人込みであふれる雑踏の中で一つ、頭一個分ほど抜きん出ている背の高い男がいた。

その男は光を鈍く反射する黒いサングラスを掛けていて、気に掛けていないと人目で分かるぼさぼさの蓬髪を風になびくままにしている。身を包む無彩色のコートはこれと決めて着ているわけではなく、ただあったから着たという印象を受けるが、この大男にはそれが良く似合ってしまうのだから不思議だ。

周りの人々はやはり背の高いその人物のことが気になるのか、チラチラと覗き見るように視線を向ける。しかし、男は気にした様子も無く黙々と公道を歩く。時折サングラスに隠れている視線が無気力に街を歩く人物に向けられるが、それも一瞬。すぐさま視線を逸らす。

(……近くに、いる)

男は心中で人知れず呟き、サングラスで隠されている眼光を鋭くする。

一歩前に進むごとに背筋を走る怖気は高まり、まるで目の前にある奈落の底へと自ら歩んでいるような、そんな感慨すら脳裏に明確なイメージとして浮かんでくる。

この先にいったい何がいるのか――――

それを知るのはこの場で彼だけ――――その正体を知るのも彼だけだ。

だが、だからこそこの男の正気を疑わずにはいられない。

それの事を誰よりも詳しく知っているはずなのにそれに向かうなど、自ら死地に赴くようなものだ。

(この手紙に何が書かれているのかはわからないが、重要なことなんだろう)

そう。明確な所載は何一つとして知らされてはいない。手紙を届ける。これが今の彼の行動するとりあえずの理由だ。

いったい何が書かれているのか。手紙の内容は気になるが、もし見るのなら渡してからにしろと言われているので今は見ることが出来ない。

もっとも――――渡す相手が相手なのでその時になって穏便に見ることはおそらく出来ないだろうが。

そのことについては男も諦めているので、今から来たるべき事態に備えて集中力を高めている。

(――――ん?)

不意に視界を過ぎった人影に男は思わずそっちを向く。どうやら周りもその珍しい、というよりありえない人物に興味があるようで、中には立ち止まって見入っている者までいる。

一同の視線の先。

そこにはある意味憧れともいえなくも無い格好、すなわちメイド服を着た女性がいた。

「…………」

女性は周りの視線など意に介さず、無表情に人並みの中を悠然と歩いていく。これだけならば秀麗な容姿と合わさって威風堂々の一言で済ませられそうだが、両腕に提げられたどこかのパン屋のビニール袋とティッシュの箱が何となく雰囲気より生活感を優先して意識させられる。

だからだろう。普通なら近づくことさえも忍ばれる女性の周りを軽い印象を受ける五人組みの若い少年が取り囲んだのは。

男は遠目でその様子を静かに確認すると、内心で小さくため息をつきながら近づいていく。本来なら自分には何の関係もないことだが、だからと言って見過ごすこと出来ない。彼は基本的にとても良い人なのだ。

「ねぇ、いま暇?ってゆーか暇だよね」

「俺メイドさんなんてはじめて見たよ」

「君どっかの店で働いてるの?」

その間にも少年たちは自己解釈を交えつつ思い思いの事を言いたい放題口にする。メイド服の女性は無言で少年たちの言動を聞き流していたが、徐々にある感情が胸の中に生まれ始めた。

(……不愉快であります)

それは――――敵意。

(――――!?)

まるで真っ白なキャンパスに絵の具をいきなりぶちかましたかのような、そんなそうに突然生れ落ちた敵意を感じ取った男は驚愕し、続けて人目を気にせずに全力で駆け出す。

すでに彼の救うべき対象はメイド服の女性ではない。

絡んでいる少年たちだ。

「じゃあ、どこかに遊びに行こうか?」

そんなことなど露知らず、少年の一人が女性の肩に触れようと手を伸ばし、

「え――――?」

そんな気の抜けた声を漏らした。

視界が反転する。今まで地面だったものが空になり、空だったものが地面になる。

少年は、空を舞っていた。

「がッ……!!?」

一瞬の浮遊感のあと、地面に背中から打ち付けられた少年は肺の空気を強制的に吐き出され、意識を刈り取られる。

「お、おい!?」

事態についていけずにぼー、と立ち尽くしていた少年たちだったが、もっとも早く現状を把握できた少年が気絶している仲間の少年に近づこうと一歩踏み出す。

すると、その少年もまた足元を何かに払われ横転する。止めに何かが腹部を穿ち、その少年も同様に意識が消えた。

ここに来てようやく残りの少年たちも現状を理解することができた。

この不可解な事をやっているのはこの奇妙な女だと。

「て、てめーいったい何やりやがった!?」

「…………」

女性は答えず、一歩一歩ゆっくりとした歩調で少年たちに近づいていく。

その堂々たる様は、自分が普段気にも留めない虫の様に短小なものだと思い知らされる。

「う、おおおおおッ!!」

恐怖に耐え切れなくなった少年が雄叫びを上げる。おそらく空手か何かをやっていたのだろう。素人に比べて動きに無駄が無く、スムーズな動作で一切の手加減のない拳が女性へと放たれる。

だが、それは女性に到達する前に急に軌道が逸れ、逆に懐に潜り込んだ女性の肘が少年の脇腹に深く突き刺さる。拳の動きを完全に見切っての反撃。いわゆるカウンターだ。

口から泡を吹き、白目を向いて倒れる少年を意識の外に追いやり、女性は次の標的へと向かう。狙われた少年は唯一この状況を理解はできていても許容できずにぼー、と無気力に立ち尽くしていたが、残念ながら女性に容赦という文字は無い。むしろ殺されない事を容赦と捉えるべきか。

先の少年の時と同じように女性の肘が少年の腹筋へと放たれようとする。

だが、それは目的を遂げることができなかった。

完全に勢いに乗るための一瞬の緩み、それこそコンマ数秒単位のほんのわずかな間に横から伸びてきた大きな手の平によって肘を包み込むように押さえられたのだ。

「!?」

「それぐらいにしておけ。これ以上やれば非はお前に移ることになるぞ」

横合いから声が聞こえるのと同時に女性はその場から後ろに跳んで離脱する。一定の距離を離すと女性はあらためて手の平の主へと向き直った。

「……何者でありますか?」

いくら本来に比べれば軽く力を振るっていただけとはいえ、あれほど完璧に攻撃を受け止められたことは初めてだった。いや、それどころか肘を押さえられた瞬間に全ての力が霧散したかのような感覚さえあった。

(今のは、いったい……)

(摩訶不思議)

女性の脳内に女性のものではない声が響く。今の感覚についてもしかしたらという心当たりはあるが、それはありえないことだ。

「どうやら、さっきの連中は逃げたようだな」

チラッと男は視線を女性からわずかにずらす。そこには倒れていたはずの三人の姿はなく、見れば雑踏の中を慌てふためいて逃げていく影が二つ。どうやら仲間意識は強いようで、気を失った三人をたった二人でよろけながらもわざわざ抱えている。

その気遣いをもっと違う方向に使うことが出来ればどれほどいいだろうか。

男は少年たちから視線を外し、今度は身体ごと女性に向き直る。

「さっきの質問だが、俺はすでに名前を捨てている。だから、どうしても呼びたければイナズマと呼べ」

普通に聞けば奇妙な話だが、それはこっち側の世界では特に珍しいことではない。実際に本来の名前を捨てている者を女性は何人も知っている。だから、その程度のことは疑問に思うこともない。

「できれば、そっちも名乗ってくれないか?聞きたいことが二、三あるんだが、名前を知らないとやりにくい」

「……ヴィルヘルミナ・カルメルであります」

わずかな沈黙のあとに女性、ヴィルヘルミナは静かに、警戒を保ちつつこのイナズマと名乗った男の問いに答える。本来なら無視するところだが、イナズマの性格がつかめない以上はこうして冷静に、無難に対処するしかない。

先ほどは大事な用事を邪魔されたこともあり、不機嫌だったためうまく広い視野を持つことが出来なかったが、苛立ちの原因が無くなれば一目見てすぐにわかる。

目の前に立つこの男の技量は、底知れぬものがあると。

それこそ、『フレイムヘイズ』である自身が全力で立ち向かうにたる相手かもしれない。

「なら、カルメルさん。単刀直入に聞くが……この町をこんなにしたのは、あんたか?」

イナズマは呟きながら緩慢な動作でサングラスを外し、右目が潰れた隻眼の視線でヴィルヘルミナの瞳を射抜く。その身体からは冷たいものが漂い始めている。

それはヴィルヘルミナにはとても馴染み深いもの。説明の必要すらない明確な殺気であった。

いや、それどころか自分の一挙一動に至るまで全てを見透かされているかのような、奇妙な感覚が身を縛る。

(危険)

再びヴィルヘルミナの脳内に直接響くような声が聞こえる。

この声の正体は『万条の仕手』ヴィルヘルミナに力を与える『紅世の王』、『夢幻の冠帯』ティアマトーだ。ヴィルヘルミナもティアマトーの言葉に賛成だ。

この男は、危険すぎる。

「……違うのであります。すでにその存在は狩られているであります」

表面上は普段と変わらないように、内面では臨戦態勢に移行しながらヴィルヘルミナは真実を答える。これでイナズマが引き下がるとはとても思えなかったが、それ以外に言いようがなかった。もしこれでイナズマが納得しなければ、その時は戦いになるだけだ。

たとえイナズマがどれほど油断ならない相手だとしても負けるつもりは一片もない。

だが、イナズマはあっさり、

「そうか……疑ってすまなかった」

と言って引き下がるどころか謝罪してきた。

「謝られる理由がわからないのでありますが?」

いきなり襲われることも考慮して『封絶』の自在式を用意していただけにイナズマの態度にはおもわず拍子抜けしてしまう。

「俺は勝手にあんたを疑っていた。それが違うのなら謝るのは当然だ」

イナズマはサングラスを掛け直しながら付け足すように「これは俺の勘だが、あんたは嘘を吐くようなタイプじゃない」と告げる。

(理解不能)

「…………」

はっきり言ってその考えはちっとも合理的ではない。相手の言葉をそのまま鵜呑みにし、あまつさえこれだけ大切な事を勘だけで決めてしまう。こっちの世界に生きる者にしては、あまりにも愚か過ぎる。

「次、って言ってもこれで最後だが……この町に訪れているなにかに、会っていないか?」

「!?」

唐突に聞かれたそれに、ヴィルヘルミナは心当たりがあった。本当に些細な程度だが、ここ数日ほどの間に何度か感じる奇妙な二つの気配。

一つは触れれば斬れる鋭利な刃物のように危険なもの。

一つは気配はあるのに存在しているのか、存在していなのか曖昧なもの。

「どうやら、心当たりはあるようだな」

動揺した事を見て取ったイナズマは確信を持って問いただす。だが、ヴィルヘルミナは首を振ってその期待を否定する。

「感じてはいますが、会ったことは無いであります」

「……そうか。そうだな。もし奴と会っていたのなら、カルメルさんが生きているはずがない」

「どういう意味でありますか?」

「奴は、あまりにも強すぎるが故に強者との戦いを望んでいる。だから、もし奴と出会っていたのならカルメルさん……失礼だが、生きているはずがないんだ。あの最強と出会うことは死と同義語だからな」

あまりの物言いにヴィルヘルミナも思わず眉をしかめてしまうが、厳として否定はできない。なにせおそらくは強大な戦闘能力を誇るであろうイナズマの言葉だ。あながち、冗談と切り捨てられる相手ではないのかもしれない。

「何者でありますか?」

だから、ヴィルヘルミナは気になった。その最強という存在のことが。

「奴の名はフォルテッシモ。俺の知る限りでは飛び抜けて最強の男だ」

言い終えて、ピクッとイナズマの身体が震える。何事かとも思ったが、ヴィルヘルミナもその気配を察知した。

この、触れれば斬れる鋭利な刃物のように危険な気配を。

イナズマとヴィルヘルミナはすぐさま周囲に厳しい視線を巡らせ、路地裏に消える二つの人影を捉えた。

「あれは……」

その人影の一つを見知っているヴィルヘルミナが何かを言おうとするが、すでにイナズマは走り出していた。

その場に置いていかれたヴィルヘルミナは無表情に立ち尽くしていたが、不意にその手に握る袋の存在を思い出す。

「冷めてしまうのであります」

そう小さい声で呟き、ヴィルヘルミナはマージョリーの無事を祈りながら雑踏の中に消えていった。

余談だが、その後のことをマージョリーに聞いてみたところ、開口一番に「見てたんなら助けなさいよ!!」と凄い剣幕で怒鳴られたらしい。


4.必然


少々以上に地面を黒く焦がされた空き地には二つの人影が対峙していた。

一方の名はフォルテッシモ。万人が認める世界最強の一人。

一方の名はイナズマ。唯一最強たるフォルテッシモに勝利したことのあるサムライくずれ。

向き合った時から二人の間に渦巻く空気はとても穏便とか親愛からは遠く離れたものだ。

しかし、この二人の会合にはむしろこの方がいい。下手な感情など必要ない。ただ敵意と殺意と闘志の三つだけがあれば十分だ。

「それで?お前は俺に『最強』の称号を返しにきたわけか?なぁ――――イナズマ」

飽くなき闘争を求める絶対なる闘志の塊であるフォルテッシモはすでにわかっていた意外な乱入者を歓迎する。

「…………」

イナズマはフォルテッシモの言葉には答えずに無言で懐に手を入れると、一通の何の変哲もない封筒を取り出し、それをフォルテッシモの足元に抛る。

「なんだ、これは?」

足元に抛られた手紙をフォルテッシモは怪訝そうに見つめ、抛った張本人であるイナズマに問いかける。

「俺はそいつを渡すためにお前を探していた。内容は俺も知らん。自分で確かめろ」

無愛想な言葉にもフォルテッシモは気にした様子もなく、封筒の封を切ると中から手紙を取り出し、読み始める。

だが、ここで一つの疑問が浮かび上がる。いったいいつフォルテッシモは手紙を拾ったというのか?

そんな動作は、何一つとしてなかった。気づいたら、手紙は彼の手の中にあったのだ。

手紙を読むにつれてフォルテッシモの眉に皺がよっていく。いったい何が書かれていると言うのか。

「読み終わったら俺に渡せ。お前が読んだあとなら俺も読むことを許されている」

「――――ふん」

不機嫌そうに鼻を鳴らし、フォルテッシモは手紙をただ抛る。気づいたら、それは十メートル以上離れているイナズマの足元に落ちていた。

イナズマはその不思議な現象を気にした様子もなく足元の手紙を拾い、そこに書かれている文章を読む。いや、それは文章ですら無かった。あるのはただ一節の詩のようなものだけだ。

『出会いと再会を経て、戦いは新たなる局面に移る。全ては黄昏の赴くままに』

「どういう意味だ?」

「俺が知るか。貴様こそ誰からこの手紙を受け取った。そいつは知っているはずのないことを知っているぞ」

出会いと再会――――それは間違いなくあのふざけたジンクスに関係している。だが、何故それをこの手紙は知っているのだ。

「それは教えられない。いや、俺も知らないと言うべきだな。俺はただ、この手紙を渡してくれと頼まれただけだ」

「チッ……いったい何が起こっていやがる」

苦々しく舌打を打ち、フォルテッシモは表情を歪める。せっかく再会したイナズマだが、こんな気分で再戦など出来るはずがない。そもそもここでこいつと戦うことは何故か駄目なような、そんな気がするのだ。

「興が削がれた。今日は見逃してやる。どうせ貴様もしばらくはこの町にいるんだろ?」

「ああ。意図はわからないが、連絡があるまでこの町にいろと言われている。もっとも、俺は元から貴様を監視するつもりだったからちょうどいい」

二人とも今が戦うべき時ではないとわかっているのだろう。互いに好戦的な言葉を投げかけながらも決して自ら攻撃を仕掛けようとはしない。

背を向け合い、逆方向に歩き出す。

この二人が再び出会うとき。

それは――――『約束の時』の時計の針が廻り始めた時だ。


死神は一人、沈みゆく夕日を眺める。

いつもと変わらない夜への変化の過程を、ジッと身動きもせずに見続ける。

「――――『約束の時』。それが何を意味するのかは僕にすらわからない」

死神は呟く。

「僕のするべき事は変わらない」

死神は語る。

「ただ、世界の敵を消し去るだけだ」

死神は謳う。

「そういえば……今日は模試だったかな?ふぅ……宮下籐花には、悪い事をしてしまったな」

死神は嘆く。

死神でさえも事の起こりはわからない。

だが、ただ一つだけ。確かにわかっていることがある。

それは――――

「この世界は……混沌の闇に包まれる。そして、それに世界は抗う」

たった、それだけの他愛のないことだ。


あとがき


どうもー黒夢です。

ようやく書き終わりましたよ、察知編。本当に疲れた……両作品とも癖の強いのが多すぎです。

というか今回かなり手抜きだな……瞬く間に2週間が過ぎて慌てて投稿してしまいましたからなぁ。近いうちに少し修正します。文章におかしなところがあればお知らせください。そこを重点的に修正しますので。しかし……普通、2週間あればもっと面白いのを作れるだろうに……まだまだ私は未熟ですな。

この短編についての疑問はレスにてお願いします。正直、昨日の大会で疲れ果てて解説する気力が残ってないです。というか少々風邪気味なので。

それはともかく、次はすでにほとんど書き終えていますので一週間後には投稿できると思います。

今回は短いですが、後書きはこれでおしまい。

それでは次回、黄昏の式典 番外編 〜出会い〜をよろしくお願いします。

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