インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始

「黄昏の式典 番外編 〜察知〜 前編(灼眼のシャナ+ブギーポップ)」

黒夢 (2005-10-16 17:28/2005-10-22 15:36)
BACK< >NEXT


世界とは、とても広く、深く、大きな道のようなものだ。

存在とは、とても多く、重たく、世界を満たす水のようなものだ。

運命とは、世界という名の道に存在という名の水を流し込む流れのようなものだ。

世界が道を創り、存在が水で満たし、運命が道に水を流す。

この三つが揃うことでそれは大きく、激しく、穏やかな川のようなものを創り出す。

その流れには世界の存亡に関わるほどに大切なことも、意識の隅に追いやるほどのどんなにくだらないことも、全てが等しく繋がっていて、そこに区別などない。ただ全てがそこにある。それだけのことなのだ。

全てがあるからこそ、その流れは一つの到達点のようでもある。

流れに触れることができるのは存在の中でほんの一握りだけ。触れることができたものにとってもそれが本当に幸福なことだとは限らない。

流れとは、そういうものだ。

だが、何事にも例外というものは存在する。それは世界そのものにとっても同じことだ。

流れを外れた者と、流れに留まる者。

つまりは、異物。

これに介入できるのは、運命だけだ。

故にこれは運命という名の必然だったのだろう。

存在自体が曖昧で自己を持たぬ『死神』と、どこまでも強い意志を持ち続ける『炎髪灼眼の討ち手』

まるで悪い冗談のように強すぎる『最強』と、強烈で激烈で熾烈で容赦のない『弔詩の詠み手』

サムライくずれでサムライである『稲妻』と、誰よりも優しくそのために強くある『万条の仕手』

それぞれが出会い、運命を交錯させるのは……


黄昏の式典 番外編 〜察知〜 前編


1.会合


僕は、坂井悠二はずっと前に死んでいる。

唐突に何を言っているのかと思われるかもしれないが、残念ながらこれは確固たる事実で、どんなに否定しようとも絶対に覆しようの無い現実なのだ。

あらためてもう一度言おう。僕はすでに死んでいるのだ。

ならば、こうして語っている僕は誰だとあなた達は思うだろう。

それは当然の疑問だ。もちろん幽霊や残留思念といった不確かな……いや、今の僕も不確かには変わらないけど、一応の意思を持ってこうして話している。

こう言うと矛盾しているようだけど、僕は確かに死んではいるが、同時にこの世界に存在はしているのだ。

こんなややっこしく、とんでもない状態になってしまったのは忘れもしないあの日からだ。

そう……今までの僕が終わって、新しい僕が生まれたあの日。

僕が『人間』から本来の僕の代替物である『トーチ』に……正確には『紅世の徒』が作った宝具と呼ばれるものなどが入った『旅する宝の蔵』である『ミステス』になったあの日。

そして……僕の見てきた世界を根本から変えてしまったあの少女と出会ったあの日。

あの日は、あらゆる意味で僕の全てを変えてしまった。

それこそ生と死すらも逆転されてしまった。

だけど、不思議と理不尽に殺されてしまった怒りとか、そういったものはない。もちろん最初はあったけど、今はそれ以上に少女が加わった日常が楽しいのだ。

さて、ここまで僕の身の上話を聞いてもらったわけだけど、実を言うと今わかってもらいたいのはそう多いことじゃない。

僕がわかってほしいのはただ一つだけ。

こうして普通に語っている僕がすでに死んでいる。そのことだけだ。

死んでいる――――

ああ。よく考えてみれば今起こっているこの状況は当たり前のことだ。

むしろ来なければおかしい。なにせ僕は死んでいるのだ。そのことを思えば、目の前のコレが現れるのは驚くほどに遅いとさえ感じてしまう。

もったいぶってばかりだと飽きられてしまうかもしれないのではっきり言ってしまうと、今、すでに死んでいる僕の目の前には――――


――――黒い、死神がいた。


(どうして、こんな状況になってるんだっけ……?)

追い詰められた坂井悠二はそもそもこうなることになった今日一日の出来事を回想し始めた。


「え?」

悠二は弁当から視線を上げ、動かしていた箸を止めるとそんな気の抜けた声を出した。

場所は自分の通う学校である御崎高校の一年二組の教室。

先生の声が子守り歌となって絶え間なく眠気が襲いかかる午前中の授業を終え、ようやく昼休みに入りある人からいつも手渡される手作り(愛情入り)弁当を食べているときのことだった。

上げた視線に移るのは最近すっかりお馴染みになった五人の顔ぶれだ。

「なんだよ、坂井。聞いてなかったのか?」

ちょうど悠二の正面に座り、悠二の今の反応に眉をひそめたのは一年二組のお助けヒーロー・メガネマンこと池速人である。

「ごめん。ちょっとぼーとしてたみたいだ」

「まあ、坂井はちょっと抜けてるところがあるからな」

「いやいや。抜けてるというより、愛妻弁当がおいしすぎて上の空になってたんじゃないのかね?くー!うらやましい!!」

おふざけ混じりでそう言うのは池の両隣に座る佐藤啓作、田中栄太の両名だ。この二人は華奢、大柄という対照的な体格だが、ことあるごとにいつも一緒にいる。恐らくはこのクラスの中で一番仲のよいコンビだ。

「え……?あ、あいさい……」

悠二の右隣に座る可愛らしい少女は田中の冗談に素直に頬を赤く染め、俯いてしまった。少女の名は吉田一美。悠二の弁当を作ってくる張本人で、悠二に恋心を持っている。実はすでに悠二に告白しているのだが、まだ付き合うまでには至っていないし、吉田もこのまま簡単にいくとは思っていなかった。

その理由は、

「…………」

不機嫌そうに悠二の左隣に座る高校生とは思えないほどに小柄な少女、シャナが関係している。

シャナが不機嫌な理由はただ一つ。吉田が赤くなったのと同時に、頬を赤く染めた悠二のせいだ。

「…………」

とりあえず、シャナは己の感情の命ずるがままに悠二の足を蹴りつける。それも若干強めで。

「がっ!?」

赤かった顔も一転して苦痛に歪み、目の端には涙までもが浮かんでいる。どうやらただでさえかなりの威力がある蹴りが脛にピンポイントで命中したらしい。そりゃあ痛いのも当然だ。

「な、なにするんだよ、シャナ……」

未だに残る痛みと痺れにあまり強くは出れないが、一応の抗議だけはしておく。

「うるさいうるさいうるさい!全部悠二が悪いの!」

そしてシャナは切り捨てる。

どこまでもいつも通りな昼食風景だった。

そして、五分後には今のやり取りが無かったかのように再び他愛のない会話が再開される。これもいつも通りだ。

「そういえば……学校に来る前に妙な奴に会ったんだよな」

何の脈絡も無く、不意に池は過去に記憶を遡らせるかのように天井に視線を向けながらそう口にした。

「妙って……もしかしてでっかい本を持ってる美人さんか?」

冗談を感じさせない真剣さで佐藤が真っ先に頭に思い浮かんだ尊敬し敬愛する人物の特徴を挙げてみる。

「いや、違うけど。それに妙っていっても別に外見がおかしいとかそういうのじゃないだ。なんていうか……その、雰囲気が変な感じがしたんだ」

「雰囲気?」

歯切れの悪い言葉に悠二が聞き返す。

「見た目は本当にどこにでもいそうな女の子だったんだけど……触れれば切れるナイフというか、そもそもそこにいることがわからないというか……かといって存在感が薄かったわけでもないし。とにかく妙な人がいたんだよ。たぶん、会えば僕の言っている意味がわかると思う」

「ん?ちょっといいか、池。もしかしてその女の子、スポーツバッグ持って軍隊で被るような黒い帽子被ってなかったか?」

池がそこまで言うと田中は首を捻り、そんなことを言った。見れば、いつも田中と一緒に登校している佐藤も思い当たる節があるのか何かを呟いている。

「そうだけど……ってもしかして」

「俺も見た」

「俺も。間違いないと思うよ」

「あ、あの……私も、たぶん」

吉田も思い当たるようで、この場に集まっている六人のうちの四人がその奇妙な女の子を目撃しているらしい。偶然としては行き過ぎている。

「……シャナ。どう思う?」

不自然さに気づいた悠二も傍らのシャナに小声で声をかけるが返答は無い。疑問に思いながら視線を向けるとシャナは顎に手を当てて表情を強張らせていた。時折まさかとかでもとか声が漏れている。

「シャナ?」

もう一度声をかけた悠二だったが、シャナは答えることなくいきなり悠二の腕を取ると席から立ち居がり、ドアの方へと引っ張られた。何かを言う前に教室を連れ出され、人気の無い所まで連れて行かれるとようやく開放される。

シャナは悠二と真正面から向き合うと真剣な眼差しを向けてくる。悠二も場の雰囲気を悟り、表情を自然に緊張に染めていく。

シャナは若干の沈黙の後、開口一番にこう告げた。

「もしかしたら、『紅世の徒』より厄介なのが来たかもしれない」

「え?」

一瞬、その言葉の意味が理解できなかった悠二は気の抜けた声を上げてしまった。数秒の時間を要してシャナの言った言葉の意味を飲み込むと、同時に驚愕が浮かび上がってくる。それほどシャナの言葉は信じられないものだった。

『紅世の徒』とはこの世の“歩いてゆけない隣”……異世界『紅世』から渡り来た者たちのことだ。

『紅世の徒』は人の持つこの世にあるための根源の力、『存在の力』を喰らいこの世に不思議を自在に起こし、自由に跋扈する。もちろん彼らは己が行為の世界に及ぼす影響のことを考えていない。そこに本来あった者の欠落によって歪みが生まれ、いずれ双方の世界に呼び起こす大災厄のことなど、自由に生きる彼らにとってはどうでもいいことなのだ。

しかし、災厄を危惧する者たちも当然いた。それが一部の『紅世の王』と呼ばれる存在だ。彼らは考えなく行動する同胞を嘆き、決意した。すなわち、無道の同胞を狩ることを。だが、彼ら自身が渡ってしまえばそれこそ本末転倒だ。なぜなら彼らは『存在の力』が無くしてはそんざいすることができない。そこで彼らは『徒』の存在に気づかされ、愛しい者を喰われ、復讐を望む人間たちに全存在を『王』の器として捧げさせ、代わりに異能の力を与えた。

それこそが悠二の目の前にいるシャナも含まれる『徒』の討滅者『フレイムヘイズ』である。

「ぐ、『紅世の徒』より厄介って……嘘だろ」

悠二はそう聞き返してしまった。『ミステス』になってから悠二は様々な『紅世の徒』や乱獲者に回った『紅世の王』を見て、少しでもシャナの手助けになれるようにと一緒に戦ってきた。

だからこそ悠二はわかる。『紅世の徒』がどれほど出鱈目な存在であるのかを。

「本当よ」

けれどシャナは簡潔に悠二の言葉を断ち切る。

「で、でも、それじゃあいったいなにが来たって言うんだよ」

これにもシャナは簡潔に、ただ一言で答えた。

「人間」

「……ごめん。余計にわからくなっちゃったよ」

うな垂れてそう答えてしまった悠二を攻めることなど誰にもできないだろう。よりにもよって人間ときたのだ。この時点で悠二はシャナが自分をからかっているのではないかという疑念に囚われかけたが、シャナがこういった冗談を言う性格ではないと知っているためそう割り切ることができない。

結果。更なる混乱の渦に叩き落されてしまった。

それにかまわずシャナは続ける。

「人間って言っても普通の人間じゃない。私が言ってるのは教会の異端審問官とか協会の魔術師。後はどこかの組織に所属してる異能能力者のことよ」

「いたんしんもんかん?まじゅつし?いのうのうりょくしゃ?」

次々にシャナの口から唱えられる言葉の意味しか理解できない意味不明な単語群に悠二が混乱の絶頂に到達しかけたその時、

「ふん。貴様は知らんだろうが、この世には『フレイムヘイズ』、『紅世の徒』に比肩するほどの人間や組織が存在しているのだ」

遠雷のように重く低い響きを持った男の声が辺りに響いた。しかし、辺りには二人以外に誰も居ない。

それもそのはず。なぜならその声はシャナの胸元に下げられた指先大の黒い宝石に金色のリング二つ、交叉する形でかけられているペンダント『コキュートス』から聞こえてきたのだ。

声の主の正体は『紅世』の魔神『天壌の劫火』アラストール。神器『コキュートス』に意思を表出させ、シャナに『フレイムヘイズ』としての力を与えている『紅世の王』だ。

「さっき挙げたのはその代表的なものよ。私も数回しか戦ってないけど、二、三人はその辺の『燐子(りんね)』なんか一蹴するぐらいの戦闘能力があった」

実を言うと、この二、三人の中にはマーボー好きの代行者や蟲の業を宿す仮面を被った蜘蛛男も含まれているのだが、この際どうでもいいことだ。

「ちょ、ちょっと待った!戦ったって……なんでまた」

「あっちにしてみたら私たちも『紅世の徒』も一緒なの。だから見つかったら有無を言わずに戦いになる」

「我も詳しいことはわからぬが……どうやら概念を宿している武器などを持つ者や存在自体が神秘となっている者、そしてある一定以上の存在の力の持ち主は『封絶』に捕らわれぬらしい。もっとも、それほどの者ならばおのずとわかるがな」

「…………えと、そんなとんでもない人たちが来てるかも知れないの?」

元人間としてはあまり実感がわかないが、『フレイムヘイズ』……その中でも『炎髪灼眼の討ち手』の名で知られるシャナと『紅世』にその名を轟かせる『天壌の劫火』アラストールがいうのだから現実にあることなのだろう。

今問題なのはそんなびっくり人間がこの町に来ているかもしれないということだ。

「確証は持てないけど、可能性は高い。昨日ヴィルヘルミナも警戒するように言ってたし、さっきの四人の言葉も気になる」

ヴィルヘルミナとはシャナと長い付き合いがある『万丈の仕手』の名を持つ『フレイムヘイズ』だ。ある理由でこの町を訪れ、今はシャナと一緒に暮らしている。

「なんにしても警戒する必要はある。貴様も十分に気をつけることだ」


あの話が胸に残り、後の授業をどこか上の空で受けた悠二は一人で帰り道を歩いていた。いつも一緒に帰るはずのシャナは傍らにいない。どうやらヴィルヘルミナに緊急のようがあるらしく、先に帰ってしまっている。

帰る際にシャナから十分すぎるほどの忠告を受けたことはいうまでもないだろう。

(もう少し、しっかりしないと)

人通りのない道を歩きながら、いつまでもそうやってシャナに心配かけるのはやはり申し訳ないと内心でうな垂れる。せめて、シャナが安心できる程度には強くならなければという思いがやはりあるのだ。シャナとアラストールの話では人間でも十分強くなれることが証明されている。ならば、『ミステス』である自分も強くなれるはずと心の中で気持ちを奮い立たせたその時だった。

風に乗って、奇妙な音が鼓膜を震わせてきたのは……

耳を澄ませばさらに鮮明に聞こえ、その音の正体に気づいた。

(口笛……?)

しかし、妙に派手な曲で、口笛に合っているとはお世辞にも思えない。

そこで悠二はようやく気づいた。

いったい――――誰がこの口笛を吹いているのだ?

元々この道は人通りが少なく、今は周りに誰もいないはずなのだ。一応辺りを一通り見渡してみるが、やはりどこにも人はいない。

だが、口笛はなおも聞こえてくる。

胸の内に広がる気味の悪さと押し潰されるかのような嫌な予感に悠二がその場から離れるために走り出そうとしたその時、口笛が止んだ。

そして――――

「ずいぶん面白いものを持っているようだね、君は」

誰もいなかったはずの背後から、声をかけられた。

慌てて振り返ると、そこには――――正確には、電信柱の天辺の上に、それはいた。

一目見るとそれは人というよりも影の延長のようで、まるで筒のような黒いシルエットだった。

それは、真っ直ぐに悠二を見ていた。はっきりと顔が見えるわけではないが、間違いない。だって、こんなにも、身体が硬直してしまっている。過去に幾度か体験した存在を抹消される恐怖で、身体が硬直してしまっている。

それは疑う必要の無く、絶対であり真実で、完膚なきまでに容赦のない、


――――死神だった。


「消費された存在の力……つまりは生命の力を自動的に、半永久的に回復させ続ける……実に危険なものだ。それは人の生きる意味を見失わせてしまう。しかし、所有者が君である以上は『世界の敵』になることはないだろうが……これはどうするべきかな」

そう死神は呟き、物音一つ立てずに地に降り立つ。そこでようやく死神の全貌が明らかになった。

筒のような黒い帽子に白い顔、全身は黒いマントで覆われていて、唇には黒いルージュがひかれている。顔立ちは中性的で、雰囲気のためか男だか女だかさっぱりわからない。

「お、おまえは……」

理不尽な恐怖に声が震えるが、そいつは気にした様子も無く淡々と答える。

「僕はブギーポップ。本来は自動的な存在なんだが……どういうわけか、今は必然的に浮かび上がっているようでね。その原因を探した結果、ここに繋がっているまではわかった。しかし、それ以上はどうしてもわからないんだ。だからこうして地道に捜し歩いていた途中で、君とこうして出会ったわけさ」

そこでブギーポップと名乗ったそいつは困っているような、どうでもいいかのような、左右非対称の奇妙な表情を見せた。

「なに言ってるんだ?それに繋がってるって……なんなんだ?」

「それは僕のほうが聞きたいぐらいだ。ここはいったいどういう場所なんだい?やけに世界と相容れない存在が多いようだが……おっと、これは失礼。君もその一人だったな」

「…………」

悠二の返答は無い。ブギーポップは何ともなしに悠二のことを世界と相容れないといったが、それがまるで、世界自体が告げた死刑判決のような妙な重みが重く圧し掛かる。

「……さっき、『世界の敵』がどうのこうのって言ってたよな。あれはどういう意味なんだ?」

「そのままの意味だよ。世界と相容れないもの。世界の流れから外れてしまったもの。全てが『世界の敵』で、僕の敵だ」

そう言うとブギーポップは片目を瞑り、悠二の瞳を射抜く。

「さて……君はどうするかな。危険度で言えば『世界の敵』になるには十分。在り方で言えば『世界の敵』になる可能性は皆無。まったく判断に困ってしまうね。まるでエンブリオの時のようだ。ならば、あの時の穂波顕子の言葉を参考にして見逃すべきか。はたまた用心してこの場で芽を摘んでしまうべきか」

悠二はどっと吹き出た冷や汗に服が背中に張り付いたのを感じた。口調こそ淡々として穏やかだが、その内容は悠二を消すか消さないかというものだ。そして、悠二にはそれに抗うだけの力は無い。どこからか声が聞こえてくるかのように、逃げるなどの行動を自粛させている。まるで身体の中にある『零時迷子』が忠告しているようだ。

『零時迷子』――――かつて一人の『紅世の王』が恋に落ちた人間を『永遠の恋人』にするために作られた永久機関。

これをトーチの中に埋め込むとそのトーチの『存在の力』は一日という単位で時の中に括りつけられる。その日の内にどれだけ力を消耗しても、翌日の零時になれば再び次の一日へと存在は移り、初期値の力を取り戻すことができる。

ブギーポップの言うところの、『世界の敵』になりえる危険なものだ。

「――――決めたよ」

静かに一言だけ呟き、ブギーポップはマントで隠されていた右腕をゆっくりと持ち上げる。

「やはり、この場で摘んでしまうか」

微かに上体が木の葉のように揺らぎ、右腕が上げたときとは対照的に素早く下がる。

「っ!?」

わずかに見えた細い閃光に言いようの無い悪寒を感じ取った悠二は直感に任せて思いっきり横に倒れるように跳んだ。

「ぐぅ!」

着地のことなど考えずに我武者羅に跳んだため、身体中をしこたま打ちつけた悠二は呻き声を上げながらもすぐに立ち上がり――――頬が鋭利な物で切られて血が流れていることに気づいた。

ぞくっ、と恐怖が身体を震わせる。

(こいつ、本気だ……本気で僕を殺す気だ)

あらためてブギーポップの姿を見つめ、ここに来て悠二は今までのような曖昧なものではなく、現実として実感した。

自分は、ここで死ぬのだと――――

「抵抗は無意味だ。君の生命は僕と出会った時点ですでに尽きている」

「ふ、ふざけるなよ!なんで僕が殺されなくちゃいけないんだ!!」

「それは最初に言ったよ」

再び、そんな必要など無いくせに右腕を持ち上げる。

かわせない。悠二はなんとなく悟った。この死神は、同じミスを二度はしない、いや、あの時にかわせたのでさえわざとだったのかもしれない。

「では、本当にさよならだ」

まったく同じ動作で右腕が下がり、同じように閃光が奔る。先ほどと違う点は、悠二がそれをかわすことができないことぐらいだ。

(できれば最後に――――)

死ぬ前とは本来こういうものなのか。テープを引き伸ばしたかのように時間が緩慢に流れていくような感覚に捕らわれる。

(みんなに……シャナに、会いたかったな――――)

脳裏に浮かぶ友達の顔を思い浮かべ、悠二は静かに目を瞑りその時を待った。

しかし、いつまで経っても覚悟していた瞬間は訪れなかった。

(……?)

疑問を感じた悠二は恐る恐る目を開き、そこに炎を見た。炎のように燃える長い髪と、大太刀を持った小柄な人影を……

その人影を悠二は知っている。

この、気高き『フレイムヘイズ』の姿を……。

「シャ、ナ……?」

悠二は呆然と呟き、信じられないと言いたげな表情でシャナの後姿を見つめる。するとシャナはキッと、擬音が付くほどの眼光で悠二を睨みつけ、ツカツカと悠二に早足で歩み寄り、

「この……バカぁああああ!!!」

死なない程度に思いっきり腹を蹴り飛ばした。

「ぐはぁっ!」

もちろん『フレイムヘイズ』の蹴りをまともに受けた悠二の身体はくの字に折れ曲がり、悠二はその場に倒れ付す。なおもシャナの追撃は止まらずに倒れた悠二に馬乗りになると頭をパカポコとたたき続ける。

「バカバカバカ!おおバカ!」

「ちょ、シャナ、痛いって」

蹴りと比べれば手加減しているようだが、それでも痛いことには変わらない。悠二は抗議の声を上げながらシャナの顔を覗き込み、ようやく気が付いた。シャナが顔を疼かせ、涙目になっていることに。

「……ごめん」

不注意だったこと、諦めたこと、心配をかけたこと、それら全てに対して悠二は心の底から謝った。

そこに、死神の声が響く。

「取り込み中のところ悪いが、確認していいかな。君は彼の所有者かい?」

さっきまでは悠二を殺そうとしていたくせに、それがなんでもないかのように問うてくるブギーポップにシャナの中で怒りの炎が荒れ狂う。

シャナは悠二の上からどき、ブギーポップと向き合う。激情を表すかのように大太刀を強く握りなおし、ブギーポップに斬りかかろうと足に力を込める。しかし、シャナがブギーポップに飛び掛る直前にアラストールの声がその場に重く響いた。

「待て、シャナ。この者には確認したいことがある」

「…………!!」

すでに体重を前足に乗せていたシャナは出足を挫かれたことにムスッと表情をしかめるが、他ならぬアラストールの言葉なのでなんとか思いとどまる。もちろん構えは解かない。アラストールの許しが出れば一切の躊躇も無くすぐにでも斬り捨てるつもりだ

「ん?へぇ、これはこれは……ずいぶん凄い存在だな。なるほど。どうやら僕がここに繋がった一端はそれにありそうだ」

「何を言っているのかはわからぬが……貴様は、世界の使者か?」

「ふむ……やはり君はそういう存在か。そういった意味ではそこの彼より遥かに君たちの方が僕の敵に相応しいが……だからこそ、僕が君たちや彼に手を出す理由はすでにないね。元々彼は可能性だけで明確な『世界の敵』ではなかったし、君たちも異常なほどに意志が固そうだ」

勝手に一人だけ納得すると、ブギーポップは最初に立っていた電信柱に微かな音も無く飛び乗り、シャナたちに背を向けその場からさっさと立ち去ろうとする。

「あっ!待て!!」

あれだけ好き放題やっておいてこのまま逃がすことなど我慢ならないシャナはブギーポップを追いかけようとするが、その前にブギーポップは顔だけシャナたちに向けた。

「君たちに一つ。僕自身もよくわからない些細な忠告を送ろう」

口が動き、声も出ていて、姿も見えてはいるが、すでに気配は無い。そこにあるというのにそこにいないという奇妙な感覚にシャナは知らず額から頬へと流れた嫌な汗に寒気を感じた。

「『約束の時』とやらが、近いらしい」

本当にブギーポップ自身もよくわかっていないだろう。曖昧な言葉を残してブギーポップは現れた時と同様に唐突に去っていった。

「「「…………」」」

三者三様の気持ちでブギーポップの立っていた電信柱を見ていたが、徐々にシャナの身体がわずかに震え出す。

この後に起こった出来事を坂井悠二氏はこう語る。

「ブギーポップとかいう奴より、あの時のシャナの方が怖かった」と。


2.凶笑


御崎市の市街地の街中を一人の男が歩いていく。

背の低い男で、薄紫色の身体にフィットした詰め襟のスーツを着ている。年齢はよくわからない。少年のような顔つきだが、子どもと言うには少し目つきが鋭すぎる。

周りの誰しもがその風変わりで青年か少年かよくわからない男に視線を送り、すぐにまた逸らす。珍しいとは思うが記憶に止めるほどではない。それが目的地へと歩みを進める周りの素直な感想だった。

そしてそれはこの奇妙な男にしても同じことだ。

もっともこの男にとっては周りの人間などは記憶に止める必要が無いのではなく、どこにでもある空気と同じような認識であるのだが、根本的なところは変わらない。

男の名はリィ舞阪……いや、フォルテッシモの方がいいだろう。なぜならそれこそが彼の本質にもっとも近い呼び名だ。

そのフォルテッシモはある任務を受けてこの地に来ていた。

いや、あれを任務と言っていいものなのかはフォルテッシモからしてみても悩むところなのだが、ちゃんと仲介人を通して出された以上文句を言うわけにはいかない。

(ただこの町でしばらく過ごせか……まったくなに考えてんだ。よりにもよってこの俺に休暇のつもりなのか?でもまあ、それよりわからないのはあの紙切れか)

脳裏に浮かぶのは仲介人から受け取った封筒の中に入っていた二枚の紙。一枚は注意書きで、二枚目はよくわからないがジンクスのようなものが書かれていた。

その内容はこういうものだった。


『行ったことの無い町に行けば、新たな出会いと再会があるかも』


当たり前だが、フォルテッシモはジンクスなどまったく信じていない。信じていないのだが……一枚目の注意書きに妙な記載があったのだ。

『もしもこれを他人に見せたり、喋ったりすれば出会いはなくなり再会は永遠に閉ざされる』

この記載のせいでフォルテッシモはらしくもないジンクスの呪縛を恐れていた。フォルテッシモにはどうしても再会したい者たちが何人かいる。

『最強』である自分がようやく見つけた自分と戦える者たち。それらと出会うことが永遠になくなるなど、フォルテッシモには絶対に耐えられない生き地獄のようなものだ。

それにこのジンクスは引っかかるものがある。第一に何故、こんなものが『統和機構』から送られてきたのか。それが疑問でしょうがない。

(仲介人を通して渡された以上はまず間違いなく意味があるんだろうが……まあいい。とりあえずは注意書き通りにすればいいんだ。人に見せる必要も話す必要も無いからな)

フォルテッシモはジンクス通りに動かされていることなど知らずに一度も行ったことの無い町の中を当ても無く歩く。元々明確な任務が存在していないため、こうやって歩き回っているのは強そうな奴がいないかを探すついでの暇つぶしだ。

だが、こうやって辺りを見回していたフォルテッシモは不意に道のど真ん中で立ち止まるとただでさえ鋭い目をさらに鋭くするように目を細める。道行く人は急に立ち止まったフォルテッシモを邪魔くさい奴といった目で見るが、フォルテッシモは少しも気にしない。今はそれより遥かに重要なことがある。

(妙だとは思っていたが……ここまでくると異常だ。なんだ、この罅割れの数は?)

フォルテッシモは眉をひそめ、視界に捉えているそれらの異常性に思考を巡らせる。

フォルテッシモは裏で多大な影響力を持つ大規模な組織『統和機構』に所属している。その中でもフォルテッシモは突出しており、数多くいるMPLSと呼ばれる進化しすぎた能力者の中で『最強』の名を欲しいがままにしている。

そんな彼の能力とは『空間』。

正確に、もっとわかりやすく言えばフォルテッシモは物心ついた頃から見えていた世界に広がる無数の罅割れを自由自在に広げて引き裂いたりすることができるのだ。

空間に存在する以上はいかなるものも彼の前では無意味となる。これこそがフォルテッシモが『最強』と呼ばれる所以だ。

今まであらゆる場所で世界の罅割れを見てきたが、この町の罅割れの数は通常ではありえないほどだ。普段フォルテッシモが見ている世界の二倍は軽くある。

(この町で世界を歪ますほどの何かがあったのか?……待てよ。もしかしたら、あったのではなく、いたのか?この町に、それほどの何かが)

その甘美な考えに至った時、フォルテッシモは周囲の人々など早々意識の隅に追いやり、押さえ切れない喜悦に喉が鳴った。

(『行ったことの無い町に行けば、新たな出会いと再会があるかも』、か……これは案外楽しめるかもしれないな)

すでに周りに人はいない。どんな者でも彼と一メートル以上の距離を取ろうと離れていく。だから、周囲から人がどいたことでそれが見えたのは本当に偶然であった。

そう――――運命という名の、偶然であった。


あとがき


どうもー黒夢です。

予想に反して長くなりそうですので勝手ながら前編・後編に分けさせていただくことになりました。いや、本当にここまで長くなるとは夢にも思っていませんでしたよ。流石はブギーポップ……

さて、今回の主要登場人物はブギーポップ、シャナ、悠二、アラストールだったわけですが……むずかしすぎます。どれもこれもが癖が強く、これだけ書くのに一週間使ってしまった……文章自体はできるだけ雰囲気を壊さずに書きたかったのでそこまで後悔は無いんですが、欲を言えばもう少しシリアスの中にギャグを織り交ぜたかったかな?

さて、次回はいよいよこの短編の本当の山場、今回ちょっとだけ登場したフォルテッシモに加えてマージョリー、イナズマとヴィルヘルミナの出会い。間違いなく何かが起こる組み合わせです。どうやら私は無謀という言葉が大好きのようですね。

まあ、でも。こんな拙い短編はどっかその辺に捨てておいて、ついに始まりましたアニメ版『灼眼のシャナ』。

クオリティーも高いし、原作の話をうまくカバーできていますし、結構期待できそうですね。見た限りではかなり良いです。それにしても今秋は新番組は外れが少ないようで。

もっとも私が今一番楽しみにしているのはOVA版『ヘルシング』なんですけどね。ああ、発売が待ち遠しい。それと『Fate』と『とある魔術〜』の最新刊……本当に待ち遠しい。

ちょっと話がずれてしまいましたが、それでは次回、黄昏の式典 番外編 〜察知〜 後編をよろしくお願いします。

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル