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「幻想砕きの剣 6-4(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2005-10-19 20:51/2005-10-26 20:42)
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「こんな所で何を食べてるのよアンタは…」


「腹が減っては戦はできません。
 お腹が空くと怒りっぽくなって冷静な判断が出来なくなりますし、エネルギーも不足してしまいます。
 怒りっぽくなると、お腹が空くじゃないですか。
 お腹がすくと怒りっぽくなるんですよ。
 お腹が…お腹が…お腹が空きました〜」


「お前はどっかの究極超人(実態はマヌケ)かよ」


「それにしても……もう追いついてきたんですか…」


 困ったように言うリコを見て、リリィは鼻で笑った。


「抜け駆けなんてさせないわよ。
 リコが魔物を殆ど吹っ飛ばしてくれたから、進むのはそれほど難しくなかったわ」


「抜け駆け…と言う訳では、ないのですが…」


 リコは何か言いかけたが、口を噤んだ。
 何を言っても言い訳にしか聞こえないだろうし、本当の事を説明する訳にも行かない。
 以前のリコなら『余計な事をするな』とか言い切ったかもしれないが、大河の前でそれを言うのも気が引ける。
 召喚陣を修復するためでも、リリィにしてみれば抜け駆けされた事には変わりあるまい。
 甘んじて汚名を受ける事にして、傍らに置いてあったオニギリを一口食べた。


「…リコちゃんて、本当によく食べるよね…。
 しかもこんな所で。
 怖くないの?」


「周囲のモンスターは掃討しましたし…。
 それよりも、どう言う訳か呼び出せるご飯が少なくなっているのです。
 寮の部屋に置いておいた筈なのですが……何か知りませんか?」


 そう言われて、未亜は思わずリコの周囲に積まれているゴミを見た。
 結構な量になっている。
 これに今までポイ捨てされたゴミを加えると、少なくとも4,5人分の食事が出来る。


「一体どれだけ部屋に置いてあるの…」


「部屋が一杯になるまでです。
 料理長に作って貰ったのですが、暫く休暇を取ると言っていました。
 妙にやつれていましたが」


「…おいたわしや」


 未亜とリリィは料理長に合掌した。
 きっと限界まで扱き使われたんだろう。
 大河が時間稼ぎをした時には既に食材が尽きていたはずだが、ひょっとしたら何処かから召喚術で食材を取り出したのかもしれない。

 それはそれとして、大河にはリコの疑問の心当たりがあった。


「多分ダリア先生が持っていったんだろ。
 リコを探している間に部屋に行って、行きがけの駄賃とばかりに食べていったんじゃないか?」


「そう…ですか…。
 ダリア先生ですか…。
 ふふふ、覚えておいてくださいよ…食べ物の恨みは恐ろしいとアーサー王も言っています」


「言ったか?
 ……いや、シロウから聞いた話じゃ確かに人一倍どころじゃなくオソロシイらしいが」


「大河さん、キングアーサーに会った事でも?」


「いや、なんでもない」


 意味不明の会話に首を傾げるリリィと未亜。
 気持ちを切り替えて、リリィは階段の先を見た。


「どうでもいいけど、禁書庫はどこまで続いているのよ…。
 リコ、アンタ何か知らない?
 どう考えても海抜がマイナス何メートルになってるんだけど」


 一階層がやたらと大きいので、結構な距離を降りてきた事になる。
 海面よりも下は大げさだとしても、そろそろ最下層に到達しなければ建築学的におかしい。
 大河も『この辺りの空間がおかしい』と言っていたし、実は無限ループに入り込んでいるのではないか、とリリィは思った。


「もう7割から8割は踏破した筈です。
 …何せアヴァターの歴史が詰め込まれている場所ですから、ちょっとやそっとでは最下層まで到達できません」


「アヴァターの…歴史?」


 さてはここにある本全てが歴史書なのかと思ったが、それにしてもこの書籍は膨大すぎる。
 棚にあった本は、全て題名も装飾もなく、ただ色が違うだけでサイズも形もまるで同じ。
 まるで何かが自動的に、機械的に本棚を埋めていったような印象があった。
 幽霊でもいるのかと思ったが、この際それは関係ない。


「とにかく、もうすぐ最下層なのね?
 どうしてリコにそんな事が解るのかは置いておいて、この際だから一気に行くわよ。
 あ、私もサンドイッチ一つ貰うわね」


 リコが食べていた弁当から、勝手に一つ摘むリリィ。
 リコに恨めしげな視線を向けられたが、彼女とていい加減空腹である。
 この際だから、と未亜もディッパーを一つ取り、大河は既に食いまくっている。
 リコは世界の終わりのような表情を浮かべていたが、それなら食べられる前に食べるまで。
 どんどん弁当がなくなっていき、5分もすると周囲は残骸だけになっていた。


「ふぅ、食った食った…。
 休憩としては丁度よかったかもな」


「あれだけ食べて、お腹大丈夫なの?」


「ふっ、仮にも鉄人ランチ制覇者だぞ?
 この程度どーってこと無いわ」


 呆れるリリィ。
 未亜はこのくらいなら見慣れている。
 暫く座っていたが、リコが立ち上がった。


「そろそろ進みましょう。
 出来れば皆さんは引き返してほしいのですが…」


「却下よ。
 ここまで来てどうして下がらなきゃいけないの」


 はっきり言い切るリリィを見て、リコも諦めた。
 まぁ、彼女としても戦力が増えるのは心強い。
 小休止して食べまくっていたのも、本気でエネルギーが尽きてきたからだ。
 大河達がいるなら、省エネのままでも何とか進めるだろう。


「それじゃリコちゃん、道案内できる?」


「はい。
 …モンスターを無視して最短ルートで行きますか?」


「……そうだな…かかって来るモンスターだけ潰していく。
 後からカエデが来るかもしれんが、その程度なら大丈夫だろ。
 仮にも忍者なんだから、逃げ隠れは得意中の得意の筈だしな」


 そもそも引き返してくるかも解らない。
 彼女の性格からして、確実に戻って来ようとするだろうが、それでも時間がかかりすぎる。
 それに一人でムリだと判断したら、彼女は躊躇いなく退くはずである。
 その辺の引き際は、大河達よりもよほど上手い。
 忍びとしては必須技能と言っても過言ではないからだ。
 適当に数を減らしておけば、問答無用で囲まれて逃げられなくなる、という事もないだろう。


「それで行きましょう。
 では、先導します」


 リコは大河達の先に立って進み始めた。
 大河と未亜がそれに続く。
 リリィも歩き出したが、ふと振り返ってゴミの山を見る。
 …カエデが後から来て見たら、何があったと思うだろうか?
 燃やして焼却処分してしまおうかと思ったが、目印にはなるので残しておいたリリィだった。


 予想に反して、進んだ先にはモンスターはそれ程多くなかった。
 一階層ごとに歓迎してくれるのは変ってないが、その質はともかく量がダウンしている。
 魔法使い、武装した獣人、ワーウルフ、時々でっかいスライム…。
 精々3,4体が襲ってくる程度。
 どうやら先程までの階層が試練のピークだったらしい。

 単体は強力でも、数の暴力に比べるとどうしても見劣りする。
 救世主候補達の戦闘力は、タイマンなら魔物達よりも明らかに上。
 数が拮抗している上、大河達はコンビネーションプレイに慣れ始めている。
 まず集中して先頭の一体を仕留め、次に個別に足止め、フリーの一人が最も与しやすい敵を潰し、さらにフリーになった誰かが残った敵に集中攻撃。
 極めて簡単に進む事ができた。


「未亜、ベリオと連携したあの技、私とも試してみるわよ」


「え?
 ああ、あの属性付加ですか?
 解りました、何でやります?」


「うーん…じゃあ、まずヴォルテックスでやってみましょう。
 ブレイズノンやアークディルだと燃え尽きたり氷に当たって砕けるだけかもしれないし」


「了解です。
 じゃ、同時に撃ちましょう。
 1、2の、3で撃ちますよ」


 リリィと未亜は手頃な敵に狙いを定める。
 それに気がついたか、狙いをつけられた獣人が突っ込んできた。
 まだ結構な距離がある。
 近づいてきてくれるのは好都合だった。


「それじゃあ…1、2の、3!」


「ヴォルテックス!」


 ビュッと風を切る音と共に、電撃特有のバチバチ跳ねるような音が響く。
 リリィのヴォルテックスは矢よりも早く飛び、獣人を直撃する。
 それに続いて、未亜の放った矢が脳天を射抜いた。
 無論即死である。
 見事に敵を仕留めた2人だが、不満そうである。


「上手く行かないわね…。
 予定通りなら、矢が雷を纏うはずだったのに」


「う〜ん…やり方が悪いのか、武器と属性の相性が悪いのか…。
 あ、最初から矢に電撃属性を持たせるのはどうでしょう?
 ジャスティの技にそういうのがあります」


「上手くいけば、電撃が増幅されるけど…いずれにせよ、ヴォルテックスは難しいわね。
 高速で飛ぶ矢に直撃させなきゃいけないわ。
 ……ベリオの時は、シルフィスに矢は当たってなかったわよね?
 魔力を浴びせればいいんだから、まだ発現してない現象の間を通せばいいのかしら…」


 戦術談義をしている2人は放っておいて、リコと大河は周囲を警戒し、襲ってくる敵が居ない事を確認して先に進む。
 大河は未亜とりリィが話し込んでいるのを確認して、リコに小声で話しかけた。


「なぁリコ、お前何を知ってるんだ?」


「…何の事でしょう?」


「色々な事だよ。
 この禁書庫の事、導きの書の事、そしてその所在の事…。
 これだけ知ってれば、リコには何か秘密があると思うのも当然だろう?」


「……生憎、本当に図書館の本で知っただけです」


「……まぁ、禁書庫だって図書館ではあるよな。
 ねぇ、『本』の人」


「?」


 首を傾げるリコ。
 大河が何を言いたいのか理解できないらしい。
 大河は表情を隠して、リコを見つめている。


「考えてみれば、本質の意識が赤の書だってのがな…。
 象徴として考える事も出来なくはないが。
 考えていたのとは逆だったわけだな。
 本が本質で、今ここにいるリコが意識…」


「…言っている事がよく解りません」


「赤の書そのものは、ずっと昔からあるらしい。
 それが全て同じ物を指すのか?
 答えはノーだと推測される。
 なぜなら、赤の書は救世主候補生を召喚する召喚士の一部。
 召喚士が同一人物で無い限り、赤の書は同じ物ではない。
 それぞれの召喚士に一冊、それも違った形で表現される。
 赤い色一つとっても、共通になる可能性は酷く低い。

 では、逆に全て同じ物だと考えてみる。
 つまり、赤の書は召喚士の一部なのではなくて、召喚士が赤の書に意識をリンクさせる場合だ。
 …赤の書は『本質の意識』だって言ってたよな。
 『本質の意識』ってのは、そう簡単なモノじゃない。
 ぶっちゃけた話、同じ物なんて在り得ないんだよ。
 さらにそれを物体にリンクさせる?
 出来ない訳じゃないけど、当然それには相性がある。
 同じ物体にリンク出来る可能性なんぞ、それこそ小数点以下なんだよ。

 が、この矛盾はある前提を覆せば説明できる。
 つまりリコ、お前だ」


「……私が人間ではない、と?

 ですが、他にも説明する方法はあります。
 例えば召喚魔法を使役できる条件があり、その条件を満たした結果、大河さんが言ったような事になる、とか。
 いずれにせよ、大河さんの説は飛躍しすぎだと思います」


「そうか?
 ま、それならいいんだ。
 俺も適当に情報を組み合わせてみただけだしな。
 でも実際不思議な事がいくつもあるんだよ…教えてくれないか?」


「不思議は不思議のままでいいんです。
 秘密です。
 大人の女には秘密が多くて格好いいんです」


「大人の女…」


「なんですか」


 文句あるかゴルァと言いたげにリコが大河を睨む。
 大河の目が何処を向いていたのかは言うまでもない。
 ついでに身長も見ていた。


 大河はあっさり退いた。
 リコは肩透かしを食らったような顔をしたが、気持ちを切り替えて先に進む。
 妙に鋭い大河のこと、ヘタに対応しただけでも情報を読み取られる可能性がある。
 引いてくれるに越した事はない。

 大河は心中で情報を組みなおしていた。
 禁書庫の存在を知っていたのも、ここの構造を熟知しているのも、ついでに自分の体積よりも大量の食事を摂るのも、例えばこの説で説明できる。
 すなわち、リコは何かの象徴として作られた幻影の類…精霊やら九十九神の類。
 あまりに荒唐無稽なので大河としても否定的だったが、暇つぶしも兼ねてリコに探りを入れてみた。
 全く反応がなかったので、やっぱりなと思って推論を忘れ去る。


「ところで、赤の書があるなら青の書とかもあるのか?」


「青の書はありませんが、白の書はあるそうです。
 それが何の役割を果たすのかは知りませんが、赤の書と対になる本だと聞きました」


「ふぅん…」


 そうこう話している内に、大河達は少し変ったフロアに出た。
 その階層は今までの階層よりも広く、吹き抜けになっている。
 大河達が降りてきた階段は部屋の上半分にあり、そこからはフロア全体が見渡せた。
 本棚の数が少なく、フロアの中央は何も置いていない。
 その奥に、何か大きな石碑らしきものが置かれていた。


「ここが…最下層?」


「はい」


「じゃあここに導きの書があるの?」


「……そうです」


 大河は目を凝らす。
 奥の石碑をしばらく見つめ、その周囲を見回した。


「…?」


 本棚の上で、何かが動いた気がする。
 大きな何かだったような気がするが、暗がりになっていてよく見えない。


「リコ、ここにはモンスターはいないのか?」


「モンスター…というか、守護者が居ます。
 気をつけてください。
 とても強力です」


「どんな守護者か解る?」


「いえ…全く」


 情報が得られず、リリィは舌打ちした。
 流石に今までのモンスターのように鎧袖一触というわけには行くまい。
 言わば最後の本の試練。
 パターンとしては、最後の最後に最大の試練が襲ってくる。
 そして大抵の場合、その試練は今までの試練の全部を合わせてもまだ足りないくらいに凶悪なのだ。
 漫画とゲームのパターンである。
 …まぁ、ゲームの場合は最後から2番目3番目の試練の方が難しい事が結構あるが。


「ま、ここまで来たんだから、グチグチ言ってても仕方ないよね。
 ちゃっちゃと片付けて、早めに帰りましょ」


「…肝が据わっていると言うべきか、本当に事態を理解しているのかと問うべきか…」


 いざとなると、未亜は大河よりも大胆かもしれない。
 リリィは複雑な思いを抱えつつ、スタスタ歩いていく未亜を見る。
 周囲に何がいるのかさっぱり解らないのに、こうも無造作に歩いていくなぞ、良きにつけ悪しきにつけリリィには無理だ。
 どっちにせよ、彼女を放って置く訳にはいかない。

 舌打ちして大河を見た。
 無言で頷き、大河は未亜の傍まで走っていった。
 リリィはその背後につき、自然と大河と未亜の死角を補おうとする。
 リコはリリィと少し離れて歩き、手を動かして簡単な召喚陣を描いている。


「おい未亜、落ち着け。
 導きの書は逃げやしないから」


「逃げないからでしょ。
 最後の試練とやらが襲ってくる前に、あの本だけ持ってさっさと逃げようよ。
 あの本だけ……って、ナニあれ?」


 未亜は素っ頓狂な声を上げた。
 声には出さなかったが、大河もリリィも同じ思いだ。
 視線の先には、鎖がグルグル巻きついた本。
 おそらくこれが導きの書なのだろう。
 しかし、どうして鎖なんぞが巻き付いているのか。


「……どう見たって、神聖な本を保管していると言うよりは…」


「危険物扱いよね…」


 呆れて大河とリリィは呟く。
 爆発物でもあるまいし、何を考えているのか。
 本が勝手に動くわけでも在るまいに……。
 そこまで考えて、リリィはリコに顔を向けた。


(そう言えば居たわね、動く本が…魔物だけど)


 という事は、導きの書も魔物なのだろうか?
 本がSMプレイを嗜むとは思えないが…。
 ひょっとしたら導きの書を倒して内容を読め、などという試練だとか?
 ブレイズノンとかぶつけて燃えてしまったらどうしようか?


(…まさか、千年前の“破滅”で失われたのは当時の救世主候補生が燃やしちゃったからだとか?)


 まさか…と思いたいリリィだったが、当代の救世主候補生を見ていると不安が募る。
 具体的にあげると大河とかカエデとか。
 そう言えばボケボケホムンクルス・マッドサイエンティストのルビナスも千年前の救世主候補生だ。
 薬品をぶっ掛けるくらいは普通にやりそうだ。
 暗くて見えないが、本にはちょっと焦げたような変色したような跡があるような気が…。


「こ、怖い…考えてみると怖いっ!」


「へ?
 何がですか?」


「え? ああ、いやいや何でもないの…そう、何でもない何でもない…」


 いやな想像を意識の片隅に追いやって、振り向いたリリィに手を振った。
 心臓に悪い想像はやめて、さっさと本を持って帰ろう。
 何が来ようと、このまま深く考えるよりはマシだ。


「とにかく、あの鎖を外しちゃいましょ。
 大河、さっさとやっちゃいなさい。
 なんならトレイターで叩き斬ってもいいから」


「珍しく積極的というか大雑把だな。
 …俺としてもさっさとヤッちまいたいが、そうも行きそうにないぜ。
 ………振り返るな、上に居る。
 戦闘体勢を取れ」


 ビクッと未亜とリリィの体が震える。
 リコは既に察知していたのか、ネクロノミコンを懐に呼び出していた。

 大河はと言うと、今までのモンスター達とは全く異質のプレッシャーに触れて戸惑っていた。
 これまでの階層で遭遇したモンスターとは根本的に違う。
 最後の試練だという事を差し引いても、違和感が残るほどに違う。


(どういう事だ…?
 考えてみれば、今までのが試練だなんて言えるか?
 そりゃ確かにそこそこ梃子摺ったが、楽な方だろ。
 こんなプレッシャーを放つモンスターが居るなら、今までの試練なんざあってもなくても似たようなものだ。
 まるで……最初にあった試練の他に、誰かが付け足したような…)


 物思いに沈みかけた大河だったが、背後から感じるプレッシャーがそれを遮る。
 一つ首を振り、トレイターを握り締めた。
 確かに強いプレッシャーを感じるが、以前戦った鎧ほどではない。
 というか、アレから感じた怨念やら何やらに比べれば可愛いものだ。

 チラっと未亜を見ると、死の恐怖をリアルに感じているのか表情が強張っている。
 大河は未亜の頭をポン、と無言で叩いてやった。
 未亜は大河に目を向け、少し悩んだが無言で頷く。


(やれるか?)


(…足手纏いにならない程度には)


 少し考えたが、未亜が逃げていたからと言って守護者が見逃してくれる保障はない。
 大河は全神経を研ぎ澄まし、守護者の呼吸を計る。


(……呼吸のリズムは一つなのに、呼吸音が複数…。
 口が幾つもあるタイプだな。
 となると、ヒドラとかキマイラとかケルベロスの類…?
 キマイラだったら挟み撃ちの効果は半減するな、前と後ろに同時攻撃できるから。
 タイミングを計って、全員一度下がって相対するか)


 リリィ達も、大河と同じように神経を尖らせている。
 その緊張が伝わったのか、守護者から感じるプレッシャーが急に増す。
 その瞬間、大河は反射的に警告を放っていた。


「下がれ来るぞ!」


 一息に言い切って、大河は振り向いてトレイターを爆弾に変えて放り投げた。
 未亜はその隙に走って後退、同じく下がったリリィとリコが魔法を放った。

「ブレイズノン!」


「マジックソード発動、ネクロノミコンレーザー発射!」


 爆発で視界を塞がれた守護者に、リリィとリコの攻撃が襲い掛かる。
 しかし、本棚から飛び降りて襲い掛かってきた守護者は空中でフワリと軌道を変える。
 ブレイズノンは虚空を爆裂させ、マジックソードは避けられ、レーザーは直撃した。
 さらに軌道を変えた守護者に向けて未亜が矢を放つが、こちらは当たっても弾かれる。


「か、硬い…。
 普通に撃ったんじゃ、当たっても効かないよ…」


 未亜が慄いたように呟く。
 唯一当たったレーザーは、守護者の体に小さな傷跡を残していた。

 フルルル、と守護者の荒い息が聞こえる。


「キマイラ…か。
 結構厄介な相手だぞ…」


 大河は苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。
 ライオンとヤギと竜の頭、獅子の体、そして蛇の尻尾。
 それぞれが息をして、思い思いに動いている。

 キマイラの前足が地面を掻いた。
 反射的に大河は動く。
 キマイラの前に立ち塞がり、トレイターを変化させる。


(流石に獣が相手じゃ剣もナックルも使いにくい。
 やっぱり槍だが……爆弾能力を付けて攻撃できるのは、精々2,3発程度。
 口の中を狙うと噛まれて掴まりそうだから、目玉を狙う!)


 遠距離戦に路線を定め、大河は普段よりも長めの槍に変化させた。

 大河の役割は牽制及び足止め。
 一人では正直キツかったが、思わぬ援軍が現れた。

 ぽて
   ぴょーん
  ぽて


 大河の隣に、表面張力が妙に強い液体が降ってきた。
 新手かと思った大河だが、液体は守護者の手足に纏いついて動きを邪魔している。


「…ぽよりん?」


 液体はリコが召喚したスライムだった。
 頼もしい(?)援軍に勇気付けられ、大河はキマイラに突きかかった。
 背後から、未亜が放った矢が同じく守護者を狙っている。
 しかし大まかな狙いしかつけていないのか、足や胴など、急所とは言えない場所にばかり当たって弾かれた。
 それでも結構鬱陶しいらしく、守護者は未亜を睨みつける。


「ファル…ブレイズン!」


 その一瞬の隙を突いて、リリィが炎を放つ。
 炎と言ってもリリィの手から離れた瞬間は火の粉でしかない。
 それがキマイラの顔付近に漂っていった時、一瞬で膨れ上がった。


ズドォォォン!


「ガアァァァ!」


 ヤギの目から血が流れ出した。
 少なくとも片目は潰したようだ。

 キマイラがリリィに視線を移す。
 魔力を放った後なので、リリィはすぐに動けない。

 キマイラの尾…蛇の頭が、リリィに向けられた。
 とてもではないが、攻撃が届く距離ではない。
 しかし大河は直感に動かされ、トレイターをナックルに変えて跳び上がった。


「タイガーアパカッ!」


「シャゲッ!?」

 ゴツッ!


 鈍い音がして、開いていた蛇の口が下から突き上げられる。
 強制的に閉じられた口から煙が逆流したのか、跳ね上がった蛇の鼻から、紫色の煙が噴出した。
 毒煙である。
 鼻に沁みたのか、蛇が涙を流してのた打ち回る。

 からくもリリィに煙が吹きかけられるのを防いだ大河だったが、それは壁が居なくなった事を意味する。
 蛇の悲哀なぞ知った事ではない、とばかりにキマイラは飛び出した。
 全身をバネにしての跳躍は、ぽよりん如きの質量では引き止められない。
 キマイラはぽよりんを振り切って、一番小さなリコに突進する。


「ガァッ!」


「当たりません」


 しかしリコは、振り下ろされた爪の先には居なかった。
 キマイラは顔を上げ、リコを探す。
 すぐ正面にリコは居た。
 ならば追撃しようと体に力を入れた瞬間、リコは消え失せた。
 予想外の事態に、思わずキマイラの動きが止まる。


「ガラ空きだぜぃ!」


「ええい!」


「でっかいの行くわよっ!」


 動きが止まったキマイラは、絶好の的だった。
 リコが居た位置は、大河達とは少し離れた場所。
 だからこそキマイラも狙ったのだが、それは計算されていた。
 キマイラは、大河達に後ろを見せていたのである。

 チャンスを逃さず、大河達の攻撃が殺到する。
 リリィの魔法がライオンの頭の後頭部に、未亜の渾身の一矢が蛇の付け根の下に突き刺さる。
 そして大河がトレイターを斧に変え、さらに爆発機能を付加して、蛇の胴体を叩き斬った!
 …ちなみに未亜が狙ったのは、キマイラにも当然空いている穴…排泄物が出てくる場所だ。
 確かに当たれば効くだろうが、お下品かつエゲツナイ。

 流石にこれは効いたらしく、身を捩って絶叫するキマイラ。
 斬り飛ばされた蛇の体は、トレイターから伝わった爆発の衝撃のせいか、遠くまで飛んで行った。
 さらに、キマイラの上に紙が振ってくる。
 キマイラは気付いていないが、唐突に動けなくなった。
 強力な磁場が発生し、キマイラの動きを阻害しているのだ。


「…ハルダマー、です。
 テトラグラビトン、追加で行きます」


「同じく、アークディアクル!」


「エアレイドアロー!」


 リコが作った磁場に囚われ動けないキマイラに、隕石が、氷が、矢が放たれる。
 次々に着弾した攻撃は、確実にキマイラを傷つけた。


「しぶとい…さすが試練…」


 しかし大河は忌々しげに呟く。
 キマイラは血を流してはいるものの、依然として動きを止めはしない。
 むしろ手負いになった事で、凶暴にさえなっている。

 リコが作った磁場が消え、キマイラが自由になった。
 それぞれの頭の目には、怒りの炎が燃え盛っている。
 未亜は思わず一歩後退した。
 それに反応し、キマイラは今度は未亜に飛び掛った。

 大河が横から突っ込み、槍で串刺しにしようとするが、逆に後ろ足で蹴り飛ばされる。
 しかし、未亜にはそれだけでも十分だった。
 飛び上がり、キマイラを飛び越えながら矢を放つ。


「ライトニングアロー!」


 しかし、この攻撃も殆ど弾かれた。
 未亜としてはとにかく距離を取る事が目的だったので、それは別にいい。
 が、キマイラの頭の一つ…竜の頭が首を捻って未亜を睨みつける。
 次の瞬間、竜の口から凄まじい炎が飛び出した!


「きゃああぁぁ!」


「未亜ーー!」


 炎の勢いに吹き飛ばされ、本棚に叩きつけられる未亜。
 そのまま落下し、さらに詰め込まれていた本が幾つも降って来る。
 あまつさえハードカバーだ。
 しかしそれが幸いして、未亜にちょっと燃え移っていた火は全て消えた。
 頭と腰を抑えながら、ヒリヒリと痛む肌を抱えて立ち上がる。
 大河を見返して、大丈夫だとサインした。

 それを見て大河はほっと一息つき、キマイラを睨みつけた。
 冷たい怒りが燃え上がる。


「大河さん、気を鎮めて下さい。
 そのまま突っ込んでも、ブレスの餌食になるだけです」


「え…」


 怒りに任せてキマイラを叩き殺そうとした大河だったが、トレイターを持つ手を強引に引かれた。
 驚いて見ると、そこには心配そうな顔をしたリコが居る。


「幸い、未亜さんには大した怪我はありません。
 打撲と軽度の火傷だけです。
 ですから、我を忘れるような事はしないでください」


「…すまん、借り一つだな」


 リコに諫められて、大河は怒りを強引に抑え付けた。
 その間にも、リリィは単独でキマイラを牽制している。


「ちょっとそこの連中!
 いい雰囲気になってないで、さっさと戦線復帰しなさい!
 とてもじゃないけど、私一人じゃコイツを抑えきれないわよ!
 もう一丁、アークディル!」


「援護射撃、行きます!」


 体の点検を終えた未亜が、リリィの魔法に合わせて矢を放った。
 力を篭めたその一矢は、リリィが作り出した氷に直撃する。
 鈍い音がして、氷が粉々に砕け散った。
 そして砕け散った氷が、散弾銃のような勢いでキマイラに殺到する!


「グッ、グガッ、ガォウ!」


 ランダムに打ち付けられる氷の礫を受け、キマイラは身悶えた。
 その内一際大きな氷が、先程リリィの魔法で潰されたヤギの目に直撃。


「グガアアァァァ!!」


 たまらず仰け反るキマイラ。
 チャンスを逃さず、大河はトレイターを槍に変えて突撃した。


「爆弾攻撃EX・一斉爆破機能付加!」


 普段トレイターを変化させて作る爆弾の数倍の破壊力を秘めた爆弾能力の付加。
 この一撃で、大河の手は暫く痺れて使い物にならなくなるだろう。
 大河はトン、と床を蹴り、猛烈な勢いでキマイラの背後に回りこんだ。
 そして足を止めた反動を纏め上げ、猛烈な捻りを勢いに変えて槍を突き出した!


「傷口を抉ってやるぁ!」


 大河の突き出した槍は、切り飛ばされた蛇の体を正確に貫き通す。
 傷口から槍を付きこまれ、内臓を傷つけられてキマイラは三つの口から大量の血を吐いた。

 さらに未亜が追撃する。
 大きく開いた口に狙いをつけて、リリィに声をかけた。


「リリィさん、炎をお願いします!」


「なに? あ、ファルブレイズン!


 意図を察して、リリィは高圧縮状態の魔力…炎の性質を帯びた魔力をキマイラに接近させた。
 そして、未亜がたっぷり5秒は溜めて威力を増幅させた矢を放つ。

ビュオッ
 ボォ……

   ガッ  ゴオオォォォン!


 未亜が放った矢は、リリィが放ったファルブレイズンのすぐ傍を通過し、強力な火気を帯びる。
 そしてキマイラのライオンの口の中に突き立つと、次の瞬間に大爆発を起こした!


「トドメよ!
 吹き飛びなさい!


 さらにリリィが指を鳴らすと、キマイラのすぐ傍で漂っていた魔力が、戒めを解かれて吹き荒れる!


ドゴオオォォォォォン!

「ガアアァァァ!」

「うあっちゃあああああぁぁぁぁぁ!」


 キマイラは未亜とリリィのコンビネーション攻撃で、爆炎の中に消え去った。
 ついでに逃げ遅れた大河も炎に飲まれそうになったが、リコが瞬間移動で現れて掻っ攫う。


「…人間は重いです」


「イデッ!」


 リコに地面に放り出され、顎を打つ大河。
 慌てて立ち上がってキマイラを見ると、猛烈な炎で一欠けらも残さず炭に変っていく途中だった。
 とんでもない炎である。
 あんなモノをリリィと未亜が放ったのかと戦慄し、2人を見る。

 リリィと未亜は、2人揃って荒い息をついていた。
 どうやらさっきの一撃に、懇親の力を篭めたらしい。


「はぁ…はぁ…はぁ…も、もう限界…」


「さ、流石に…キッツイわ…」


 未亜とリリィはへたり込み、肩で息をする。
 しばらく動けそうにない。

 大河は周囲を見回し、リコに話しかける。


「殺ったと思うか?」


「恐らく。
 守護者は一欠片でも肉片が残っていれば、そこから再生できるのですが…。
 あの炎で、完全に燃え尽きてしまいました」


「一欠片でも残っていれば、か…殆ど不死身じゃねーか」


「だからこそ守護者なのです。
 それにしても、もの凄い炎でしたね…」


 何はともあれ、リコのお墨付きを貰ったので一安心である。
 大河もリリィと未亜の傍に寄って座り込む。
 リコもトテトテついて来た。


「みなさん、大丈夫ですか?」


「あー…何とかな…」


「私は…もう少し休めば…」


「同じく。
 平気と言いたいけど、ちょっとね…」


 リコ一人だけ、体力を残している。
 時々妙に体力あるなー、と未亜は思った。

 ふと大河が脇腹を抑える。


「い、イタタタ…」


「ど、どうしたの!?」


 苦悶に歪む大河の顔。
 さてはキマイラに何か致命的な攻撃を受けたのか。
 それを見てリリィが慌てるが、リコが手で制した。


「な、何よリコ!?」


「落ち着いてください。
 ……単に食後の運動のせいですから」


「「は?」」


 未亜とリリィの目が点になる。
 大河は横っ腹を抑えているだけで、傷の類は全くついていなかった。


「メシ食ってすぐに運動したから…は、腹痛くなってきた…」


「「…アホかぁ!」」


「ヤワな胃ですね」


「「基準がおかしいのよ!!」」


 大河とリコに一言ずつ突っ込んで、2人は溜息をついた。
 マヌケな話だったのはともかくとして、怪我がなかったのは安心した。
 未亜の火傷や打撲も召喚器の恩恵のお陰でほぼ回復しており、リリィもそろそろ魔力が回復しつつある。
 リコは結局大した攻撃は受けなかった。

 リリィは全員を見て、気力も体力もそこそこ回復した事を確認する。
 もし何かあっても、ヘロヘロで戦えないという事はないだろう。


「さて、このバカはともかくとして、全員もう大丈夫ね?
 そろそろあの本に巻きついてる鎖を外すわよ」


「いよいよか……誰が選ばれても、恨みっこ無しだからな」


「うう……緊張してきた…」


「…………」


 いよいよ導きの本を手に入れる。
 流石の大河達も緊張している。
 どのようにして書に選ばれるのかは知らないが、ここが運命の分かれ目と言っていいだろう。

 導きの書の前で横一列に並ぶが、リコだけは並ばずにじっとしていた。


「リコ、どうしたの?
 アナタも導きの書を手に入れるために来たんでしょ」


「確かに、導きの書を必要としましたが…。
 お願いです。
 皆さん、何も聞かずに帰っていただけませんか?」


「「「はぁ!?」」」


 いきなりの懇願に、呆気に取られる大河達。
 幾らなんでもそれはないだろう。
 頼まれて諦められる程度なら、100階層近い禁書庫を踏破してこない。

 リリィの顔つきが厳しくなる。


「リコ、アンタ救世主を舐めてるの?
 子供の遣いじゃないんだから、帰れと言われて帰るわけないじゃない。
 救世主になりたいのは、私達だって同じなのよ」


「そうではありません。
 むしろ救世主になど…」


「救世主になど?」


「いえ、何でもありません。
 やはり帰って戴けないのですか」


 言葉尻を濁して、再び問うリコ。
 リリィはくどい、と言い切ろうとしたが、その前に大河が遮った。


「リコ…お前、やっぱり何か知ってるな?
 例えば…伝えられていない救世主の正体とか…他には、学園の地下にある鎧の事とか。
 他には……導きの書に、何が書かれているのか」


「大河!? それ、どういう事よ!?」


「鎧……会ったのですか!?」


「リコ!?」


 大河から出た疑念に驚き、さらに間接的に肯定するリコに驚くリリィ。
 リコはしまったと言う顔をして、急いで手を組み合わせる。
 会話に加われずボケッとしていた未亜は勿論、大河とリリィも反応できない。


「バラック!」


 ピシャアァァァン!


 リコの行動を妨害しようとした時には、大河達の体は動かなくなっていた。
 またしても、大河達が見たことのない攻撃。
 電撃に何か付加してあったのか、大河達の体は痺れている訳でもないのにピクリともしない。
 まるで周囲の空気を固められたようだ。


「リ、リコ…アンタ何を…」


「う、動けないよ…」


「ぐっ…っきしょ、このくらい…」


 突然のリコの裏切りに驚きながらも、何とか動こうとする三人。
 しかしリコは無情に宣告する。


「無駄です。
 大河さん達では、私の呪縛は振り解けません」


「リコ…そこまでして救世主になる気…?
 確かにアンタが私達が知っているよりも強いのは認めるわ。
 でも仲間を裏切って抜け駆けするようなヤツが、救世主に選ばれるとでも思ってるの!?」


「そうではありません。
 …申し訳ありませんが、これ以上は何も話せないのです。
 ですが、私が救世主になる事だけはありません…。

 今から逆召喚で、地上に送ります。
 私もすぐに戻りますので…」


 リリィの怒りに悲しげな表情をしながら、リコは淡々と答える。
 いくら怒っても、リリィも未亜も動けない。
 リコの言は理解できないが、とにかくこの呪縛を解かなければならない。
 四苦八苦している2人から目を逸らし、躊躇いながらリコは大河に目を向けた。
 恐らく嫌われた、と思ったリコ。


(私は大河さん達を裏切った…その理由も話せない。
 ……でも、このまま大河さん達が選ばれてしまうよりはいい。
 …私は嫌われる。
 私は、裏切り者……)


 絶望的な諦念を抱いて大河を見たリコだが、大河の顔は全くの予想外だった。
 大河は怒るどころか、全く意に介さずに、顔を真っ赤にしていた。
 呪縛を振り解こうと、全身に力を篭めていたのである。

 リコの視線に気付いた大河は、フン、と鼻で笑って見せた。


「大河さん、アナタは…」


「俺を……甘く見るなよ…」


 衝動的に声をかけたリコを遮り、大河は歯を食い縛りながら言う。
 やはり大河はリコを嫌悪していない。
 それは嬉しい事だったが、申し訳なさと戸惑いがリコの動きを止める。


「…お前が……理由もなく、こんな事…をするヤツじゃない、ぐらい…解ってるっての…。
 大方、お前…の、正体と、救世…主、それ、に、書の…内容…関係がある、んだろ?」


「!」


「お前は…俺達を、裏切った…んじゃない…。
 俺達が知らない…事を知って、その為に……動き、俺達の…邪魔をしてるように、見えるだけだ…。
 なぁ、そうだろ…『本』の人?」


 図星を突かれて、リコは本当に混乱した。
 大河は一体、何を何処まで気付いているのか。
 上の階層で『本の人』と言われた時にはまだ動揺を隠せたが、今回はモロに表情に出してしまった。
 それを見て、大河は何かを確信したようだ。


「へへ…やっぱりか…。
 くっ、この…程度ッ……!」


「う、動けるのですか!?」


 なんと大河は、リコの呪縛に抵抗して、ノロノロとだが動き始めていた。
 ありえない。
 リコは大河を見て呆然とする。
 慌ててリリィと未亜を見るが、こちらは全く動いていない。
 大河とリコの会話を聞いて、何が何だか解らないと言った顔をしている。

 リコの呪縛は、恐ろしく強力である。
 一度嵌ってしまえば、人間ではまず抜け出せない。
 物理的な力をキャンセルし、動こうとする力の流れ自体を無かった事にしているのだ。
 気力や根性でどうにか出来る問題ではない。
 物理的な力でないとすれば精神力だが、それもまず在り得ない。


(私の呪縛を上回る程の精神力!?
 赤の精霊の力を上回る赤の力…人間業ではない!)


 驚愕するリコを他所に、大河は本格的に呪縛を突き破りはじめた。
 少しずつではあるが、動きが早く、滑らかになってきている。
 もう少しで本来の動きに戻る、という時だ。


「リ、リコさん!
 早くこれを解いて!」


 未亜が悲鳴染みた声を上げた。
 リリィも焦った顔をして、魔力をオーバーロード寸前になるまで体内に流し込んでいる。
 大河も動きを止め、視線を左右に動かす。
 そして一点に視線を固定させ、今まで以上に体を動かそうとする。


「な、何です?」


「志村…もといリコさん、後ろー! 後ろー!!」


「?」


 リコは背後を振り返る。
 獣が居た。


「なっ!?」


 リコが驚愕の声を上げると同時に、獣はリリィに飛び掛った。


「キャアァっ!」


 前足の一振りで、リリィが吹き飛ばされる。


「ぐがぁっ!」


 尻尾に銜えられ、大河が宙を舞う。
 大河は本が縛り付けられている石碑に叩きつけられ、咄嗟に鎖に手を絡ませる。
 鎖が引かれ、本から鎖が解かれた。

 慌ててリコは呪縛を解く。
 未亜は呪縛が解けた瞬間飛び上がり、獣の突撃を避けた。
 獣はそのまま直行し、本棚に直撃して落下してきた本に埋もれる。
 その中から、蛇の姿が突き出していた。


「守護者…!
 しまった、大河さんが斬り飛ばした蛇の胴体…!」


 守護者は一欠片でも肉片が残っていれば再生できる。
 増して蛇の胴体と頭が丸ごと残っていれば、再生なぞ朝飯前である。
 今まで影に潜み、致命的な隙を窺っていたのだろう。

 リコは自分の迂闊さに歯噛みする思いだった。
 気付かなかったのは大河達も同じだが、より致命的なものに変えたのは自分自身だ。
 幸いと言うべきか、大河は何とか意識を保ち、未亜は攻撃を避けた。
 リリィは気を失っているが、守護者に一撃で遠くに飛ばされている。
 守護者はリコと未亜を標的に定めたようだし、暫くは放っておいても問題ないだろう。
 早めに気がついて、戦線復帰してくれる事を願う。


 守護者の突撃を避けた未亜が、矢を放ちながらリコに問いかける。
 放たれた矢は本に着弾し、同時に小爆発して本に火をつけた。


「リコちゃん、大丈夫!?
 お兄ちゃん達は!?」


「私は大丈夫です、大河さん達は命に別状はなさそうです。
 とにかく守護者を退けますよ!」


「うん!」


 そうは言ったものの、圧倒的に火力不足である。
 先程はリリィと未亜の全力を込めた炎で丸ごと焼き尽くしたが、リコには丸ごと焼き滅ぼすような術は無い。
 当然未亜にも無い。
 そこそこダメージは与えられるが、すぐに復活してしまう。
 目を潰すとか五体を切り離すとか、そのくらいしないと実質的なダメージにならないのだ。

 矢を弾かれ、ぽよりんを吹き飛ばされ、ネクロノミコンをブレスで薙ぎ払われながらも、未亜とリコは何とか対抗する。
 ダメージは与えられないが、衝撃で後退させているのだ。
 大河が動けるようになるかリリィが気がつくまで粘る事も考えたが、どう計算しても体力が持たない。

 守護者の方でも業を煮やしたか、唐突に標的を変えた。
 振り向いた先には、叩きつけられて動けない大河。
 リコには守護者がニヤリと笑ったように見えた。


「くっ、ネクロノミコン!
 凍らせて!」


 召喚した本から、冷気が吹きかけられる。
 しかし竜の口から炎を吐き出し、守護者は冷気を相殺した。


「お兄ちゃんには手を出させない!」


 未亜も今まで以上に激しい連射を放つが、やはり決定打にもならない。
 貫通力も打撃力も足りず、守護者にとっては牽制されている程度にしか感じなかった。
 それでも数が数なので、そう簡単には大河に飛びかかれない。
 跳ぼうとした瞬間に矢が激突し、バランスを崩してよろめく。

 千日手になるかと思われたが、守護者は実も蓋もない行動を取ってきた。
 歩いたのである。
 ジャンプして一気に移動するのではなく、バランスを崩さないように重心を低くして、降り注ぐ矢と冷気とその他諸々の間を歩いていく。
 未亜達は焦るが、何も出来ない。
 たとえ自分達が体当たりしても、体重差で弾かれるのは自分。
 リコはともかく、未亜は射撃しながら動く事は出来ない。
 矢を放つのを止めれば、すぐに守護者が大河に飛びかかるだろう。

 リコは瞬間移動で大河と守護者の間に割り込んだ。
 キッと睨みつけ威嚇する。
 獣のサガか、守護者は同じくリコを睨み返して動かなくなる。
 その間にも、竜の口から吐き出される炎で、未亜が放った矢が次々と撃墜されている。


「ぐっ…が…ぁ」


 リコの後ろで、大河が呻いた。
 苦しそうな声に、リコの気迫が一瞬揺らぐ。


「リコさん!」


「!」


「GAAAAaaaaズドムッ!


「…え?」


 リコの気が逸れた一瞬に、守護者が飛び掛った。
 致命的な隙を晒したリコは顔色を変え、未亜は絶望の叫びを上げる。
 しかし、飛び掛ってきた守護者は大爆発で吹き飛ばされたのだ。

 唖然とするリコ。
 未亜も呆然としていた。
 守護者は今度こそ完全に消し飛んでいる。
 念のために周囲をスキャンしたが、何も感じない。


カラン


 リコの背後で、何かが落下して音を立てる。
 慌てて振り返ると、そこにはランスに変形したトレイターが転がっていた。
 先端がマグマのように赤く、異常な熱を放っている。

 一拍おいて、トレイターはゆっくりと薄まって消えた。


「大河…さん……?」


  ドサッ


 茫洋と呟くリコ。
 リコの足元には、右手から血を流して横たわる大河。
 完全に意識を失っている。


「た、大河さん、大河さん!
 しっかりしてください!」


「お兄ちゃん!
 起きて、起きてよ!」


 慌てて駆け寄る未亜と、錯乱しそうになりながらも大河の怪我の具合を見るリコ。
 抱き起こそうとする未亜を制して、脈拍、外傷など、体の異常を点検する。
 真っ青になって、未亜は大河を見つめている。


「ルマッド シェラ マツァヴ…」


 呪文を唱え、大河の体を慎重に検査していく。
 やがて呪文が終わる。
 点検を終え、リコは大河を楽な姿勢で横たえた。
 祈るようにリコを見る未亜。


「お、お兄ちゃんは…?」


「…命に別状はありません」


「そ、そっか…あ、あはは…は、あはははは」


 それだけ聞いて緊張の糸が切れたのか、無意味に笑い出す未亜。
 ペタリとへたり込んで、虚ろな顔で笑い声をあげ続ける。
 ちょっと不気味に思いながらも、リコは診断結果を告げる。


「外傷自体は、大した事はありません。
 召喚器を呼んで回復能力を上げていれば、一週間もせずに完治するでしょう。
 ただ、どういう訳か右手の骨だけが骨折しまくっています。
 むしろ砕けたと言った方が適切かもしれません…。
 しばらくは使い物になりそうにありません」


「右手だけ…なら安いものだよ…ね。
 命がけなんだし………」


「そうですね…二度と動かなくなった訳ではありませんから。
 ……さて、リリィさんの方も診察してきます。
 未亜さんは大河さんをお願いします」


「あ、うん」


 そう言ってリコは吹き飛ばされたリリィを診に行った。
 リコに大河を任されて反射的に頷いた未亜だったが、彼女は何をすればいいのかわからない。
 包帯も無いし薬もない。
 ぶっちゃけた話、今は未亜に出来る事など何もなかった。
 精々ハンカチで汗を拭く事や、大河の容態が急変しないか監視する事だけだ。

 未亜は砕けたと言われた大河の右手を見る。
 見るも無惨な状態で、指があらぬ方向に曲がり、掌には火傷。
 恐らく、大河は守護者を突いた槍の一撃の反作用でこれ程の衝撃を受けたのだろう。
 あの守護者を消し飛ばすだけの一撃である。
 これくらいの反作用はあってもおかしくない。

 あの攻撃は見た事がある。
 大河がリコとの戦いで使った、爆弾能力付与。
 しかし今回は破壊力が段違いである。
 後先考えず、持てる限りのエネルギーを注ぎ込んだからだろうか?
 爆発のエネルギーを得たトレイターは、守護者を吹き飛ばし、その反動で大河の右手を粉砕したのだろう。

 未亜の心に、暗く重い何かが落ちる。
 大河の手助けをすると決めたのに、結局は大河に守られ、頼ってばかりいる。
 自分は本当にこれから戦っていけるのだろうか?


「未亜さん」


「え? あ、なに?」


 暗い考えに浸る未亜を、リコの声が引き戻す。
 リコはリリィの診察を終えて戻ってきていた。


「リリィさんも問題はありません。
 むしろ大河さんよりも軽症ですね。
 それでも骨が2,3本逝っていますが…。
 でも頭を打ったらしくて、動かすのは危険です。
 今から逆召喚で送り返します」


「うん…起きないんじゃしょうがないよね」


 後でリリィは烈火の如く怒り狂う気もするが、そうも言っていられない。
 脳に何か致命的なダメージがあるかもしれないし、骨折なんぞしていたら普通は戦うどころではない。
 リコはリリィが目を覚ます前に、逆召喚で禁書庫の前に送り出した。
 その先にはミュリエルが手配した医療班が居るはずだ。
 そろそろ会議も終わっているだろうし、ひょっとしたらミュリエル本人も居るかもしれない。


「そこで相談なのですが…」


「なぁに?」


 リコは申し訳なさそうに未亜に話しかける。
 大河をチラリと見て、未亜に目を戻す。


「大河さんと一緒に、地上に戻っていただけないでしょうか?
 未亜さんには、特に救世主にならなければならない理由は無かったと思いますが」


「ここまで来てそれはないよ、リコちゃん…。
 何か訳在りだっていうのは解ったけど、もう毒を喰らわば皿までって言うじゃない。
 それに、私だって導きの書に何が書いてあるのかは気になるんだよ。
 まだ試練が続いたりしたら、リコちゃん一人じゃ厳しいでしょ?
 お兄ちゃんは心配だけど、禁書庫前に飛ばせばちゃんと先生達が拾ってくれるし」


「そう…ですか……」


 リコは大河を見る。
 はっきり言って、今すぐ送り返して治療を受けてもらいたい。
 それ自体は未亜も反対しないだろう。
 後になって大河は悔しがるかもしれないが、仕方がない。

 未亜はリコを警戒しているようだ。
 先程のように、奇襲を受けて動けなくなるのはゴメンなのだろう。
 もう不意打ちは通用しない。
 かと言って、リコには力技で押し通せる程の余裕はない。
 今この場で未亜を叩き伏せるのは不可能ではないが、それをやると最後の問題に対応するだけのエネルギーがなくなしまう。
 大河と一緒に帰ってくれないか、というのはリコにとって最後の提案だった。


(どうしましょう…未亜さんに、あの本を読ませる訳には行きません…。
 そう、あの本を…本を………あれ、本に何か足りないような………って)


「鎖が……縛っておいた紐が………封印が解けてる!?
 そんな……ミュリエル達がかけた封印が!」


「封印?
 学園長?」


 リコは何気なく導きの書に目をやり、そこに巻きついていた鎖と、本を縛っておいた紐が全て外れている事に愕然とした。
 先程大河が石碑に叩きつけられた時、落下の勢いを和らげるために鎖にぶら下がった。
 その際に鎖が引かれ、封印の役割をしていた鎖が全て巻き取られてしまったのだ。
 紐はその時に鎖に絡まり、引き千切られてしまった。


(バカな…引いた程度で解かれる封印ではなかった筈…!
 いや、それよりも問題なのは……)


「久しぶりね、オルタラ」


   ヒュオッ


 リコの目の前に、リコにそっくりで色違いの少女が現れる。
 未亜はリコが何に驚いたのか解らず、さらに色違いの少女の出現が何を意味しているのか理解できない。
 それでも何とか頭を動かし、少女を見る。


「………リコちゃん2Pカラー?」


「誰が2Pよッ!」


「そうです、イムニティと同キャラとは、侮辱もいい所です」


「アンタも何気に失礼になってるわね…」


 イムニティと呼ばれた2Pカラー改め類似品
 髪が紫色で、目は赤い。
 リコよりも何処と無く生意気そうで、キツめの顔つきしている。
 未亜は2人を見比べて、首を捻る。

 よく解らないが、リコとイムニティは仲が悪いらしい。
 このままだと、理由はよく解らないが戦う事になりそうだ。
 ならば、イムニティのペースに載せられてはならない。
 もし大河なら、どうやって自分のペースに引きずり込むか。
 未亜は大河なら何を言うかを想定する。


「…最近流行りの双子プレイね!?
 お兄ちゃんを挟んでツルペタコンビにご奉仕させる気!?
 中々いい仕事するじゃない戯画!」


「「プレイじゃない!」」


「えー」


 流行かどうかは知らないが、未亜は残念そうだ。
 以前から『リコって小動物みたいで可愛がりたいなー』などと思っていただけに、結構本気の発言だったらしい。
 しかしリコとイムニティはかなり気分を害していた。


「アナタがヨゴレ役になるのはどうでもいいけど、私まで巻き込まないでちょうだい。
 私は格好いいシリアスキャラとして生きるんだから。
 どっかのアフロ教師みたいにはならないわ」


「この融通の利かない頑固者がシリアスキャラかは知りませんが、イムニティが大河さんに抱かれるなど、考えただけでハラワタが煮えくり返ります。
 増してや私と一緒に、なぞ論外です、論外。
 あとイムニティよりも私のほうが若干大きいです」


「2ミリの差で、さも『ステージが違うんですよ小娘が』なんて顔してんじゃないわよ!」


「違いは2ミリでも、センチで測れば1センチ分違います。
 これは大きな違いでしょう。
 アナタは自分の願いでバストサイズを変更できませんからね。
 あらかじめ決められた体を変えられない、秩序の象徴たるアナタの特性ですから。
 命が影響を及ぼしあう赤の力と違って、白の力は融通が利きません」


「命と願いの力を何に使ってるのよ!?
 そんな事だから毎日毎日腹ペコになってるのよ、この大食らいが!
 大体意思の力の象徴のアナタだって、結局胸は殆ど大きくなってないでしょうが」


「皆様、食べる姿に萌えてくださるようなので、むしろ人気の理由ですね。
 最近まで胸を大きくしたいとは思っていなかったので変化しなかったのです。
 これからは違います、目指せ打倒ベリオさんとダリア先生!」


「その身長と顔付きであの乳教師と張り合えるくらいにでっかくしてどーすんのよ!
 アンバランスも度が過ぎれば引かれるだけだって解らないの?」


「ま、胸の大きさが人気の秘訣じゃないよね。
 だって公式HPの人気投票でトップ4人は平均以下だもの。
 さらにドンケツとブービーは巨乳。
 時守はあの2人が面白くて好きみたいだけど…。
 それとも小さい方が人気が出るのかしら?」


「「いや全くもってその通り」」


 なにやら危険な発言が乱発されているような気がする。
 そもそも何故ダリアの事をイムニティが知っているのか。
 一応理由はあるのだが、それは割愛する。

 それはそれとして、やはり仲が悪いようだ。
 三者の意見は一致しても、2人の間にピリピリとした空気が流れている。
 だが経過はともかくとして、二人揃って未亜のペースに巻き込まれていた。
 これなら何とか話を誤魔化したり、この殺伐とした空気を押し流せるかもしれない。

 が、事はそれほど甘くなかった。
 言い争っていたリコとイムニティだが、途中で口論に飽きたイムニティが冷静に戻る。
 それと同時に、リコの表情も普段の無表情に戻った。
 警戒心丸出しで、リコはイムニティを睨みつける。


「それよりも、あの封印をどうやって…」


「そんな事、マスターを得た私には容易い事…と言いたい所だけど、気がついたら勝手に解けていたわよ。
 理由は…見当しかつかないけれど、あなた達がこのフロアに下りてきた時には、いくらか自由に動けるようになってたわ。
 それでも私一人の力じゃ抜け出せなかったけど……今度のマスターのポテンシャルは凄まじいわね」


「まさかマスターを……ウソです!」


「ウソじゃないわよ。
 何ならそこの女の子を、塵も残さず消し飛ばしてあげましょうか?
 救世主候補をお!?


 リコに向かって物騒な言葉を吐いていたイムニティだが、未亜に顔を向けた瞬間血の気が引いた。
 未亜が無言で放った矢が、イムニティに向かって一直線に飛んでくる。
 どうやら戦いが避けられないと悟って、ならば先手を取るまでと割り切ったらしい。
 予想もしなかった奇襲に驚いたイムニティだが、慌てず微妙に騒ぎつつ、体を逸らして矢を避けた。


「チッ…」


「な、なかなかエキセントリックなお嬢さんね…」


「…未亜さん…何だか妙に容赦がありませんね」


「………何となく…(あの女からお兄ちゃんの匂いがするようなしないような…)」


 悪びれずに、舌打ちさえして答える未亜に、流石のリコとイムニティも戦慄した。
 戦闘能力がどうこうではなく、単純にその性格と行動に。
 未亜は既に次の矢を弓に番えている。

 洒落にならないと見て取ったイムニティは、密かに魔法陣を描きつつ会話を引き伸ばそうとする。
 とにかく未亜を一瞬で仕留めねばならない。
 ヘタに突付くと、何を仕出かすかわからないからだ。
 攻撃の準備が整うまで、リコと会話して未亜を牽制せねばならない。


「そ、それにしても、どうしちゃったのオルタ…リコ。
 さっきから聞いていれば、救世主を選ばないなんて…それじゃ私達が存在する理由がなくなっちゃうじゃない」


「私は…もうあんな哀しくて辛い役目を人に背負わせたくありません。
 救世主なんか、もう誕生させません!」


「はぁ…。
 本当にどうかしちゃったみたいね…。
 別にいいわ。
 それなら私のマスターが救世主になるだけだもの」


「マスター……救世主クラスの皆が…あなたと契約するはずがありません!」


「私が言うと笑い事以外の何者でもないけど、何事にも例外はあるものよ。
 ウソだと思うなら、導きの書を開いて中身を見てごらんなさい」


 リコとイムニティの会話を聞いて、未亜は混乱している。
 迷いが弓矢に伝わって、狙いがイムニティを外れてフラフラしていた。


「えっと…リコちゃん、何がどうなってるの?
 リコちゃんが救世主を選ぶって……」


「……」


 リコは沈黙して答えない。
 代わりにイムニティが肩を竦めて答えた。


「私達が『導きの書』って事よ」


「…え?」


「………チャンス」


 イムニティから返ってきた答えを理解出来ず、未亜は放心した。
 その隙を逃さず、イムニティが瞬間移動で掻き消える!


「未亜さん!」


「わっ、きゃうっ!?」


 突如標的を見失い、未亜は慌てて周囲を見回そうとした。
 その拍子に矢がすっ飛んで行き、本棚に突き立った。

 リコは素早く大河に駆け寄った。
 イムニティが真っ先に狙うとすれば、それは負傷して意識を失い、動く事も出来ない大河に他ならない。
 大河を守りながら戦える相手ではない。
 そう判断したリコは、素早く魔法陣を発動させる。
 逆召喚の準備は整っていたので、大河はすぐに消え去った。
 今頃は禁書庫の前に出現し、慌てた先生達に治療をされているだろう。

 すぐにリコは瞬間移動で安全な場所まで逃げようとする。
 しかし、その前に後ろから強い衝撃が与えられた。


「きゃあっ!」


「相変わらず甘いわね〜リコ」


 イムニティが魔力を纏って回転しながら突っ込んできたのだ。
 リコのインフェイムと同じ技である。
 こんな所までリコとソックリだ。


「リコちゃんから放れて!」


 未亜が矢を放つが、イムニティは軽く跳んで避ける。
 リコは軋む体に鞭打って移動した。

 疑問は多々あるが、とにかくこの敵を退けるのが最優先だ。
 未亜はどこか放心気味のリコの頭を叩いて活を入れ、もう一度イムニティを狙って矢を放ち始める。


「遅い遅い。
 さっきは驚いたけどこの位なら当たらないわよ」


「リコちゃん、早く!」


「わかっています…ぽよりん!」


 焦った未亜の声に応えて、リコはスライムを召喚した。
 スライムは複数に分裂し、あちこちに散らばった。

 リコも未亜も前衛系ではない。
 接近されたら不利だが、接近戦が苦手なのはイムニティも同じ。
 ならばぽよりんをイムニティに纏い付かせ、その動きを殺ぐ。
 しかしイムニティは瞬間移動が出来るので、ぽよりん単体では追いつく事は出来ない。
 そこで小さくなりながらも数を増やし、近くにいるぽよりん(欠片)がイムニティに飛び掛る。

 だが、これに対抗してイムニティもスライムを呼び出した。


「目には目を…というより、木を隠すなら森の中かしら?」


 イムニティも同じようにスライムを分裂させ、リコが配置したスライム達の中に潜り込ませたのである。
 それぞれがウロチョロ動き回り、もうどのスライムがどちらのスライムなのか、さっぱり解らない。
 解るのは、未亜が移動するスペースもなくなりつつあると言う事実だけである。
 ヘタにスライムに近づくと、敵味方の区別がつかず奇襲を受ける。

 未亜は動けなくなる前に、手近にあった本棚の上に登った。
 上からイムニティを狙い撃ちにする。
 しかしイムニティは上昇して瞬間移動を繰り返す。
 これでは未亜の矢は当たらない。

 リコがイムニティを追って上昇する。


「来たわね、リコ!」


「………!」


 2人は瞬間移動を繰り返し、互いの死角を取り合った。
 死角に入り込めれば、すぐさまインフェイムで突撃する。

 目まぐるしく移動する空中戦では、リコもイムニティも有効打を放てない。
 隕石は命中率が低く動きも遅いし、マジックソードは届かない。
 ぽよりんは下でモゾモゾ動き回っているし、ネクロノミコンは2人の動きに追尾してこれない。
 さらに未亜の矢も狙いを定める事が出来なかった。


「………!
 (持久戦になったら、エネルギー源の居ない私が不利…。 何とかしないと!)」


 内心焦るリコと、それを見透かすイムニティ。
 リコが焦っていたせいか、それともイムニティの誘導が巧妙だったのか、リコも未亜も戦闘空域が少しずつ移動している事に気付かなかった。
 導きの書が封じられていた石碑の前で戦っていたのが、何時の間にか本棚の天辺を飛び回っている。

 未亜は本棚の上を跳び回ってイムニティを追う。
 しかしイムニティは攻撃の手を緩め、瞬間移動で逃げまくった。
 リコと未亜はそれを追う。

 と、イムニティの目がキラリと光り、瞬間移動で掻き消える。
 それを見て、リコは直感的に未亜の傍に瞬間移動し、シールドを全開にした。

 次の瞬間、イムニティが出現。
 出現場所は、つい一瞬前まで未亜とリコが居た位置の中点。
 そのままイムニティは、溜め込んでいた魔力を大放出する!


「エヴェット…フルバン!」


ボゴオオォォォォンン………!


 悲鳴を上げる余裕も無く、リコと未亜は吹き飛ばされた。
 至近距離からの魔力の爆発に、咄嗟に張ったリコのシールドもあっという間に破壊される。
 本棚が爆発の余波でぐらつき、本をバラバラこぼしながら倒れていく。
 イムニティを中心として、本棚はドミノ倒しに倒れて行った。
 未亜とリコは倒れていく本棚の中に消える。
 そのままドカンドカンと、本棚が倒れる音が暫く響いた。


「……仕留めたかしら?」


 しばらく空中浮遊して、動く物がない事を確認して降りていく。
 仕留めたかと疑問系で言っているが、イムニティはリコが生きている事を確信していた。


(リコが死んでいれば、赤の力が私に流れてくるはず…。
 それが無いと言う事は、どうやってか知らないけどあの二人は生きている…)


 警戒するイムニティ。
 その後方で、折り重なった本の山がゴソリと動いた。




ちわっす、資格試験が終わって大分楽になった時守です。
ええ終わりましたよ、色々な意味で終わりましたとも。
自己採点する気にもなれない悲惨な結果だったり、週3回のペースで補講を受けてたのが無駄になった事も気にしませんよ、ええ全く。
何より痛いのが受験料5100円でした…こっちは気にします。

それはともかく、レスでイムニティのマスターに関する追求は勘弁してください。
言わなくても誰がマスターなのか解っていらっしゃるでしょうから…。
その代わりと言っては何ですが、ちょっとした予告を…。
次の話ではちょっとリコが壊れて暴走しそうです。


それではレス返しです!


1.3×3EVIL様

そう言われると、本当にバラさせてみたくなりますねぇ…。
実際プロテクトが掛かっていたり守秘義務がある訳ではないと思うのですが、どうして原作では黙っていたのでしょうか?
やはりそれでも制約があるのかも…。

ダウニー…君は当分戻れませんよ…。
アフロになった時点で、運命は既に確定していたのだよ。


2&3.くろこげ様

むぅ…やっぱり私のせいですか。
しかし実際の所、フローリア学園の学生達に対抗させようとしたら…。
……“破滅”の軍団もヘンタイ揃いにしなければならないよーな…(汗)
流石にコミュニケーションの取り辛いモンスターを壊すのは難しそうです。
でも余裕があればチャレンジします……フローリア学園の変人 VS “破滅”の軍団の変態。
期待はしないで…いやホントこの件ばっかりは。


4.水城様

フルート属性…ああ、全く違和感なくピッタリ当てはまりますね。
いっそ彼女の名前を捩って命名しましょうか。
しかし流石にあそこまで不幸には出来ませんねー。
ドツかれキャラよりも不条理その他を踏み潰して進む暴走キャラだと思っていますから。


5.竜の抜け殻様

そう簡単にアフロの呪縛からは抜け出せませんよ〜。
それこそ髪を全部剃りでもしなければ。

アフロ神…………アフロでも神は神だし、いっそラスボスとしてダウニーに降臨させますか。
シリアス成分が丸ごと消えますが。
ここでちょっと想像を……。
原作の絵で、神が降りてきてエライコトになっているシーンのダウニーの姿。
………ただしアフロ。


6.ディディー様

ポイ捨てはマナー違反なので止めましょう。
例えリコの姿に胸をときめかせても、マネをしてはいけません…っと。

すみません、リコ&イムについてはもう少し先になりそうです。
とにかく2人を仲裁しなければ…。


7.アト様

あぅ、しまった…直しておきます。
ご指摘ありがとう御座いました<m(__)m>


8.なまけもの様

フノコのパワーはカツラ如きでは抑えられません!
…しかし、アフロが完全版になってしまったので暫くフノコとは呼べないかも…。

未亜の心は、要らん方向にまで成長していますからね…。
赤の精霊と白の精霊をピンクに染めてしまうかもしれません。


9.竜神帝様

ダウニー…ギャグキャラだから、ちょっとやそっとじゃ死ねません。
セルは…どうしましょうか……暫く学園に帰すつもりはないのですが、登校は出来ますし…。
ま、ネタが浮かんだらセルは捕まります(笑)


10.砂糖様

ご心配なく、最初は髪を剃ったという設定でした。
途中で電波が降臨あそばされたので、急遽変更してああなりました。

ちなみに時守の同人少女のイメージはときめもの如月未緒です。
どーも彼女は隠れてこっそり同人誌とか作っていそうですし。
マクロスですか……大河に「俺の歌を聞けー!」とか叫ばせてみたくなりました。


11.K・K様

フランスパンで頬袋を膨らませるリコ万歳!
ねこりりぃは…進化させられないかな?
ポケモンは初期形体のほうが可愛いし…。

ところで、ある忍者の漫画(確かムジナなんとか)で読んだですが…頭にバネ付カツラを仕込んでおき、相手が切りかかってくる瞬間にバネを伸ばして注意を引き、その隙にズバっと。
確か月影の術、とかいう技でしたが……カツラとアフロで再現できそうです。

大河の周りの女性の間で、新入りは必ず全員に一度に責められるという伝統行事が生まれたとか生まれないとか…。


12.神曲様

お粗末さまでした。
ご賞味くださって何よりです。

ええ、考えて見れば混じりっ気ナシのシリアスは随分昔の事のような気がします…。
必ず何処かでバカな会話してますしね。

同人少女は、またいい場面が浮かんだら再登場します。
彼女は自分で書くよりも電波に任せた方が活き活きと動いてくれますから。


13.アルカンシェル様

本当に、フノコが異常に人気高で…。
もうアフロじゃなくてフノコで定着しちゃってますし。
まさか定着するとは思いませんでした。

しっとマスクは弱かろうが強かろうが英雄ですね。
パっパラ隊の英霊たちに栄光あれ!
ところで…しっと団は健全な男児の集まりと言ってもいーのでしょうかね?


14.キリアス様

リリィがリタイヤしたので、禁書庫から出るまでは未亜とリコだけですね。

種殺しの秘薬…ああ、そう言えば言っていましたね。
ピルでしょうか?
あれって女性の体にはちょっと良くないんでしたっけ。
確か性欲も減退するとか…。


15.カシス様

しっとマスク2号…誰にしようかなぁ…。
都合よくマー○ルの同一存在が居たっていうのもいいけど、いっそしっとの父を降臨させてセル辺りに任命させてみましょうか。
でもセルにはアルディアが居るから、きっとしっと団には入れません。


16.なな月様

桃色方面でも黒化するんでしょーか?
なったらドギツイプレイにのめり込みそうな気が…(汗)

ええ全くその通り、ネコはタチには勝てません。
勝とうと思ったら、それこそ進化でもしなければ…。

剃っても一夜でアフロに戻る…以前に、剃る事すら出来ないかもしれませんね。
例え出番が多くても、出番の度に痛い目にあっているんだからダウニーとしては複雑かも。

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