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▽レス始

「幻想砕きの剣 6-2(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2005-10-05 23:31/2005-10-06 21:27)
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 朝。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん起きて!
 朝ご飯食べられなくなるよ!」


 何時になく忙しく、大河の部屋のドアを叩く音。
 しかし大河は目を覚まさない。
 ついでに大河の横で寝ている誰かさんも目を覚まさない。

 焦れた未亜が扉を開けて入ってきた。
 その音で、大河も目を覚ます。


「お兄ちゃん、早く起きてって……起きて…おき…」


「ん〜……未亜、オハヨ…」


 起き上がる大河と、フリーズする未亜。
 その目は大河の隣に固定されている。
 赤い。
 赤い髪の毛と、シーツについた赤。


「リ……リリィさん…」


「ほへ?」


 大河の隣には、なんだか安らかな顔で眠るリリィが横たわっていた。


 そのままフリーズした未亜。
 大河はさっさと服を着替え、顔を洗って戻ってきた。
 普段なら未亜の逆鱗に触れるのを恐れて逃げたかもしれないが、今回は違う。
 大河にはこの後未亜がどんな行動に出るのか予測がついていた。
 ちょっとばかり恐ろしい目に合うかもしれないが、別段問題はない。
 なぜなら今回は命の危険はないからだ。

 ようやく未亜が解凍された。


「お、お兄ちゃん…なんでここにリリィさんが…」


「昨日の夜に夜這いをかけられた。
 アレだな、普段真面目な優等生ほど覚えちまったらのめり込む、ってヤツだな。
 多分普段の張り詰めた心理状態の反動で、何も考えずに甘えられるケモノっ娘状態がひどく心地よかったんだろうが…。

 一応言っておくが、今回も最後までは行ってないぞ。
 でもそんな事はどうでもいいだろ?」


「そ、そうだね…。
 よりにもよってリリィさんが、って言うのは意外だけど…。
 重要なのは……リリィさんはこれからも続ける気なの?」


「多分な。
 どうも深みに嵌り始めてるみたいだし、2週間に一度くらいは……うおっ!?」


 大河は未亜に胸倉を掴まれた。
 例によって、大河の足は地に付いていない。
 目が据わっている。
 殺気すら感じた。
 しかし、今回は首を絞められたりはしていない。
 何故か?
 それは大河が未亜の主張と要求を理解しているからだ。
 言われなくても、今の彼女と心は一つ、体は二つ。


「……浮気に関しては何も言いません。
 今後継続しても、別に構わない。
 ただし、次にリリィさんが来た時には」


「解ってる。
 ちゃんと連絡するぞ。
 そして皆で文字通りネコ可愛がりだ」


「ならばよし」


 それだけ言って未亜は手を離し、リリィに向き直った。
 大河も襟首を整えて、ベッドに近寄る。
 布団を剥がすと、リリィが身動ぎした。


「ん…んん……ふぁ…にぃ」


 寝ぼけているのか、まるっきり動物のような動作で伸びをする。
 これも暗示の効果だろうか?
 突き上げられた尻から生えているシッポがユラユラ揺れた。
 そのままうつ伏せになって横になる。
 枕に乗った頭の上で、ミミがピクピク動いた。


プツン


「「触らせて〜〜〜!」」

「みゃっ!?
 にゃふっ、ってナニ!?
 ナニゴト!?」


 レオタードにネコミミシッポのまま眠っていたリリィは、朝っぱらから未亜と大河に襲われてしまった。
 慌てるリリィに構わず、それこそネコジャラシを追いかけるネコのように大河と未亜はミミとシッポを追いかける。
 狭いベッドの上で必死に避けるリリィだが、本物のネコでもあるまいし避けるにも限度がある。
 ついに大河にシッポを掴まれてしまった。


「ン゛ニャッ!?」


 にぎにぎにぎにぎ。

 ここぞとばかりに、大河はシッポを擦り上げる。
 腰がビクビク動き、リリィの力が抜けてしまった。


「ちゃ〜んす♪
 ネっコミっミ、ネっコミっミ♪」


 未亜までリリィに取り付いた。
 ミミを触り、頬擦りし、息を吹きかけ、もうやりたい放題だ。

 やられたリリィはというと、いつぞやのように意識が暗転し始めている。
 また暗示が発動し始めているのだ。
 昨晩もコレで完全に理性が飛んで抵抗どころか抗議も出来なくなった。
 それに気づいたリリィは、必死で抵抗する。

 昨日大河に屈服しただけでも受け入れがたいのに、未亜にまでいいようにされては堪らない。
 そもそも朝っぱらからケモノになるのはゴメンである。


「はっ、はニャせ!
 こら大河!
 未亜、アンタまで何するニャ!
 あうっ、なぅ、んにゃっ!
 だからヤメレーーー!」


 体を無意識にクネクネ動かして、何とか大河と未亜から離れようとする。
 口調が変っているのは、暗示が効き始めているからだ。
 残念ながら素でも意識して作っているのでもない。

 しかし容赦なくシッポとミミが弄られ擦られ甘噛みされ、リリィから抗う力が抜けていく。
 意識が引き摺り落とされ、もう屈服しそうになった時だ。


ドゴォォォォ  ………  ォォン


「んなっ!?」


「に゛ゃあ!?」


「きゃあっ!?」


 寮を揺るがす大音響が響き渡る。
 大河と未亜はベッドから転げ落ち、その拍子にシッポが抜け落ちる。
 落下したリリィは、ネコのように受身を取って衝撃を逃がす。
 だがそのショックで、暗示は完全に解けてしまった。


「ったぁ………ちょっと、未亜、大河!
 アンタら何を考えてるのよ!」


 怒髪天を突くリリィ。
 ついでにミミも威嚇するネコのように逆立っている。
 無駄に高性能である。
 彼女の全身に、魔力が駆け巡っている。

 舌打ちして顔を見合わせた大河と未亜。
 2人はバッと立ち上がる。


「そんな事より、さっきの音はなんだ!?」


「私たち、野次馬…もとい警戒に行きますから!」


「チックショー、人のお楽しみを邪魔しくさってぇぇぇ!」


「ブッコロ! 串刺し! 首チョンパ!」


 バタッ ピューン


 あっという間に部屋を出て行った。
 リリィが口を挟む暇もない。
 怒りのぶつけ所を見失い、しばらく俯いて震えるリリィ。


「あ…あ…ああ………あんの兄妹はーーーーー!」


 リリィの全身から衝撃を伴った魔力が吹き荒れた。
 ベッドが引っ繰り返り、窓ガラスが砕け散り、ベリオの張った結界が悲鳴を上げる。

 大河は最初からあんな感じだったから諦めるとしても、未亜までイカれてきているのはどういう事か。
 所詮は血族だからだろうか?

 救世主クラスにまともな人間は自分以外に居ないのか。
 大河はああだし、未亜も同類になりはじめているし、カエデは大河を師匠と仰ぐ時点でアウト、救世主クラスの良心と呼ばれたベリオも最近大河寄り。
 リコは何を考えているのか解らないし、ルビナスとナナシに至っては2重人格かつ肉体的に人ではない。
 もう少しまともというか控えめな人物が居なければ、幾らなんでも神経が保たない。
 救世主候補の条件として、『人格的に問題有り』という条件でも付けられたのだろうか。
 こんな人物ばっかり選ぶ召喚器も召喚器だ。

 ……リリィとて傍から見ると似たようなものなのだが。


「マテや変態兄妹!
 今度という今度は本気でアッタマキターーーー!」


 夜這いをかけておいて何を言うのやら。
 怒り心頭のリリィは、大河達を追いかけて走り出した。
 ドアを蹴り開け走り始めると、妙に体が軽い。
 不本意ながらもぐっすり眠れたからだろうか?

 大河達を追って進撃するリリィ。
 何故か大河と未亜が通ったルートが解る。
 元々外に向かうには一本道なので迷うはずもないのだが、大河と未亜がこの道を通ったという確信が何故かある。
 首を捻るリリィ。

 大河達の通ったルートは、途中で予想した道を大きく外れた。
 階段に向かわず、壁についている一際大きな窓に向かったのである。
 どうやら玄関まで走るなどというまどろっこしい真似をせず、3階から直接飛び降りたらしい。
 まず間違いなく死ぬ高さだが、召喚器の恩恵があれば出来ないことはない。
 リリィの召喚器は身体能力強化の能力に乏しいが、それならレビテーションでも使えばいい。
 苦手な魔法だが、着地の衝撃を和らげるくらいなら何の問題もない。
 魔力を貯め、窓に駆け寄ろうとする時、窓の一つ手前のドアが開く。


「ん……今のは何でしょう…?
 り、リリィお姉様!?


「げっ、同人女!」


「は?」


 何の事やら、と首を傾げる同人少女。
 思わず引き下がるリリィ。
 が、同人少女はリリィを見て目を丸くした。
 それはもう目玉が飛び出るほどに。

 そしてリリィを見据え、ブツブツと何か呟いている。
 目が危ない。


「お、お姉様……なんて素晴らしい…ああ、自分でコーディネートしておきながら、課題を出しっ放しで王都行脚に行きやがったクソアフロダウニーのお陰でお目にかかれなかった御姿が今目の前に………お宝画像お宝画像、幻影石がない……写真ではこの素晴らしさは保存できません、全て脳に焼き付けます…というか、誘っているのですか? 誘っていらっしゃるのですね? だってネコですもの。 お姉様はタチだと思っていましたが、ネコもいけたのですね? ああ、流石はリリィお姉様。 不慣れな大役ではございますが、タチは私が勤めさせていただきます。 大河お兄様にも存分に堪能して頂きましょう…初めてだから優しくも激しく奪ってください…」


「ちょ、ちょっと!
 さっきからネコだのタチだの誘うだの、アンタ何を言ってるのよ!」


 身の危険を感じ、思わず叫ぶリリィ。
 それを聞いて何を今更、という顔をする同人少女。


「決まっているではないですか!
 お姉様と私の熱く甘く激しく淫靡かつ、いい塩梅に背徳感に満ちた性活の事です!
 そのような格好をしているなんて、誘っている以外にどんな意図があるというのです!?
 わざわざ私が選んで揃えたネコスーツ着用だなんて、可愛がってくれと言わんばかりではないですか!
 しかも仕草から身体能力までネコに近づく夢仕様、勿論性癖も暗示によってネコに近づいています!」


「え? え? あ、きゃあああぁぁ!?


 リリィはネコミミシッポレオタードのままだった。
 悲鳴を上げて蹲る。
 だがそれすらも同人少女には誘っているように見えたらしい。


「ああ、なんて手の込んだ誘い方!
 これは大河お兄様を誘惑するときに参考にさせていただかねばなりませんね!
 でも今はお姉様をイタダキマス!
 ワタクシ オマエ マルカジリ!
 っていうか、シッポーーーーーーーー!


 ぴょーんと飛び掛る同人少女。
 本気で貞操の危機を感じるリリィ。
 咄嗟に構成したままだった魔法を開放する。
 つまりレビテーションだ。


「え? あ、あら? 体が前に進みません…」


 ただしレビテーションにかかったのは同人少女。
 どうやら空中にいる間にレビテーションをかけられ、慣性が打ち消されてしまったらしい。
 これを応用すれば、敵のバランスを崩して防御を突き崩したり勢いを殺いだり出来るかもしれない。
 思いもしなかった使い方を発見したリリィだったが、そんな事を考える余裕は全くない。
 これ幸いとばかりに、屋根裏部屋まで逃げ帰る。


「ん〜…さっきの音は何だろげびゃ!?」


「騒がしいなぁ…おかげで眠気が吹き飛ぐは!?」


「ああもう、もうちょっとで朝這いが成功がひょ!?」


 早い早い。
 道を塞ぐ障害物…っていうか、轟音で目を覚ましてきた生徒達を跳ね除けながら爆走する。
 廊下に出ていたら視界に留まらないほどのスピードで接近して気絶させ、扉を開けて出てこようとすると、扉をぶち殴って開かなくする。
 人的被害・器物被害と結構なモノである。

 幸いリリィに吹き飛ばされた人々は、リリィのネコ姿を見ていないようだ。
 もし見られていたら、リリィによる恥の抹消・未亜による機密保持のための粛清・大河の独占欲による制裁の三連コンボで全員三途リバーを渡る事になっただろう。

 速攻で屋根裏部屋に逃げ帰ったリリィ。
 鍵をかけ、カーテンを閉めて世界新を狙える速度で着替える。
 初めて着けた時と違い、幸運にもミミとシッポはあっさりと取れた。
 レオタードを引き裂くように放り出して、何時もの服を着る…段階になって気がついた。
 下着がない。


「……Why?」


 思わず埴輪顔になってぼやくリリィ。
 勿論昨日着てこなかったからだ。
 だって最初からレオタードを着けてたし。

(天の声) …レオタードを着る時に、普通下着は着けるのか?
(地の声) その位下調べしろよ…。
(人の声) 知らん、萌えと勢いとその場の都合が全てだ。

 暫し悩むが、ドアが外からガチャガチャ動かされている。
 恐らく同人少女にかかったレビテーションが消え、再びリリィのお宝画像を確保プラスネコミミシッポ弄りのために追いかけて来たのだろう。
 もはや一刻の猶予もない。
 このまま座して待てば、彼女に弄ばれてしまうだろう。
 大河&未亜に弄ばれるのとどっちがマシか。
 考えたくもない。

 今から服を脱いで、レオタードを着けるような時間はない。
 それに、レオタードを着ている限り彼女の勢いは止まりそうにない。
 リリィは覚悟を決めて、そのまま服を着てレオタードを放り出されていた何かの袋に包み込む。
 なんかスースーする感覚がとても心許ない。
 後は同人少女にばれない事を祈るだけだ。
 ネコミミシッポと下着なし。
 どっちがマシかはともかくとして、暴走されるのは目に見えている。


「なんだかんだ言っても私はウソや隠し事が苦手なのよね…。
 長い間話していたら、確実に気付かれる……。
 二言三言話して、そのまま一気に逃げ切るわ!」


 窓からレビテーションで飛び出すという手もあるが、下に誰か居ようものなら色々なヒミツがばれてしまう。
 そうなったらリリィはライテウス最大の秘術を使って、色々なものを消し飛ばすだろう。

 部屋を出て目指すべきは、まず自室。
 そこで下着を着けて、そのまま先程の轟音の発信源に急ぐ。
 その際に注意すべき事は?
 走ったらスカートが揺れて、チラリズム万歳を通り越して特殊なプレイになってしまうかもしれない。
 しかし長く話しているのと走って逃げるのでは、どちらがリスクが少ないか?

 リリィは後者と判断した。
 ちょっと見られてしまう危険はあるが、一気に離れてしまえば問題ない。
 後姿はマントが隠してくれる。
 リリィはヤケクソ気味に覚悟を決めた。


お姉様! って、あら…着替えてしまいましたの…?」


「何よ、文句ある?」


「いえ…」


 そう言いつつも、同人少女はえらく沈んだ顔を見せる。
 だが甘い顔を見せてはならない。
 この手の人種は、チャンスと見たら思い込みの激しさを存分に発揮して迫ってくる。
 リリィは極力素っ気ない表情で言い放った。


「文句がないなら私は行くわよ。
 あの爆発音が気になるから。
 アンタはさっさと帰って寝てなさい」


「ああっ、リリィお姉様!」


 いい加減にその呼称はヤメロと思うのだが、はっきり言って言うだけ無駄。
 リリィは後ろを振り返らずに駆け出した。
 全速力で走りたいが、やはり恥じらいと躊躇いが先にたつ。
 結果的に超高速の小走りが出来上がった。

 幸運にも同人少女は追ってこない。
 リリィはチャンスとばかりにスピードを上げ、自室に特攻した。
 部屋に入るやすぐに鍵をかけ、カーテンを閉め、手早く下着を取り出す。
 速攻で装着し、レオタードとネコミミシッポは……しばらく悩んで、ベッドの下に押し込んだ。
 男子学生がエロ本を隠すようで、リリィはかなり悲しくなった。
 確かに自分もその手の本に興味がないわけではないが、本ならまだしも衣装ってのはどうよ?
 それも使用後。
 きっと汗とか液とか色々染み込んでいる。
 近いうちに、人知れず洗わなければならない。
 染み込んだ匂いで悦るほど、彼女はマニアックではないのだ。
 ……同人少女はどうだろう?

 心臓に悪い想像はうっちゃって、リリィは完全武装した。
 と言っても普段着になっただけだが。
 そのまま窓に駆け寄って外を見る。
 召喚の塔から煙が立っていた。
 明らかに爆発後……先程の轟音の発生源はあの塔だ。
 その爆発音に救われた事を考えると思わず感謝したくなるが、非常事態である。
 そんな事は言っていられない。


「とにかくあそこに行くわ!
 その途中に大河と未亜を見かけたら張り倒す!」


 リリィはレビテーションを唱えながら宙を舞った。


 その頃の同人少女


「ああ…これが大河お兄様のベッド…。
 とてもいい匂いがしますわ……色々な女の人の匂いと、イカのような匂いと、それにリリィお姉様の匂いまで…。
 この匂いをかいでいると…疼いてしまいます……」


 リリィが出て行った後、大河のベッドに埋まってナニかを満喫していた。


 ちなみに、大河の部屋のシーツに付いていた赤は、破瓜の血ではなくて単なる月のお客様である。
 さすがの大河も妊娠確立が高い状況ではヤれなかったようだ。


 召喚の塔は、見るも無残な状態だった。
 外側から見ると解らないが、内部構造からして根こそぎ破壊されている。
 10階以上あった階層は全て砕かれて吹き抜け状態になり、上を見上げれば屋上の裏側が見える。
 落下してきた瓦礫で細かい石があちこちに散らばり、爆破前にあった神秘的な雰囲気なぞ全く感じられない。

 リリィは召喚の塔に入って、惨状を把握して絶句した。
 隣に未亜と大河がいるが、この破壊後に気をとられてそれ所ではない。

 リリィと同じように、救世主クラスが立ち竦んでいる。
 特にリコはショックが大きいのか、珍しく驚きを露にしていた。
 その向こうには、同じく駆けつけて来たらしきダリアやミュリエルも見える。


「リコ! 生きてる!?」


「……(こくん)」


 爆発に巻き込まれたのではないかと危惧したリコは、全くの無傷。
 呆然と召喚の塔の惨状を眺めている。
 自分の職場だけあって、やはりショックが大きいのだろうか。


「お義母様、これは一体…」


「ダウニー先生、マナの残留波動を調べて。
 ダリアは周囲の被害状況を調査」


「はっ」


「はぁい」


 リリィの声に応えず、テキパキ指示を出すミュリエル。
 ……どうでもいいが、ダウニーはアフロではなくなっている。
 なに? 断じてどうでもよくない?
 まぁそれは置いておいて。

 与えられた指示をこなすべく、ダウニーとダリアが動く。


「お義母様!?」


「後にしなさい。
 こうしている間にも、手掛かりが消えてしまうかもしれないのです」


「あ、はい…」


 ピシャリと言い切ったミュリエル。
 リリィは反射的に従い、小さくなって引き下がる。

 その隣で、大河は鼻を蠢かせている。


「カエデ、火薬の匂いはどこからする?
 量や設置された時間を特定できないか?」


「ムリでござる…。
 ただ、量自体はかなりのものでござるが、質はあまり良くないでござるな。
 それと……この崩れ方は、綿密に計算された物ではないでござる。
 おそらくこれ程に壊れなくても、召還陣さえ使い物にならなくなれば、それでよかったのでござろう。
 どうも一階に二つ三つの割合で仕掛けられていたようでござるよ」


 カエデが上を見上げ、壁に着いた煤…おそらく爆破の名残を見て推測した。
 ダリアも火薬の匂いを感じ、ダウニーにもマナの残留波動は感じられない。


「という事は……やはり計算された物理的作用による爆発ですか」


「じゃあ、誰かが火薬を使って意図的にリコ・リスの召喚陣を壊した…と?」


「リコ、お前召喚の塔で何か実験でもしてた?」


 無言でフルフル首を振るリコ。
 リコはふと振り向いて、塔の入り口に目をやった。


「何!?
 ナニゴト!?
 おかげで貴重な材料が無駄になっちゃったじゃない!

 ダーリン、何があったですの〜?
 煙たいですの〜」


 けたたましい足音と共に、ルビナスとナナシが乱入してきた。
 全員の目が彼女に向かう。
 無言で見つめる。
 その迫力というか圧力に、ルビナスは一歩下がる。


「な、何よ!?」


「召喚の塔で爆発するような実験をするのは……私ではなく、どちらかと言うと彼女のような気が……」


 ボソリと呟くリコ。
 頷きこそしなかったものの、この場にいる誰もが否定できない。
 ルビナスにしてみれば名誉毀損もいい所だが、何か心当たりでもあるのか強く出られない。


「………わ、私じゃないわよ」(BY猫好き金髪マッド)


「…まぁ、いくらマッドで学園に名を轟かせるルビナスさんと言えど、召喚の塔を爆破するようなマネはしないでしょう。
 どちらかと言うと、大河君が何かやったと言われたほうが納得できますが」


「そ、そうよ!
 いくら私でも…解っていただいて感謝しますわ学園長先生!

 ……でもルビナスちゃんは昨日の夜、貯水タンクにクスリむがっ」


 なにやらとても危険な事が聞こえたような気がするが、ルビナスは強引に自分の口を自分で塞いで誤魔化した。
 とても厳しい視線がミュリエルから飛ぶ。
 曖昧な笑みで誤魔化して、ルビナスは周囲を観察する。


「すごい爆発……でも、えらく雑ね?
 この塔の機能を停止させるだけなら、中枢部だけを吹き飛ばせばいいのに」


「でござるな。
 …でも、そうすると簡単に修復されてしまうのでは?」


「いえ、それは出来ません。
 この召喚の塔の構造はとても複雑で、かつデリケートです。
 私達の手元には設計図もありませんし、ヘタに弄るとそれこそ修復が不可能になってしまうのです」


 カエデの疑問に答えるミュリエル。
 ルビナスへの追求は後回しにしたようだ。

 カエデ達は疑問に思う。
 状況から推測される火薬の扱いが、あまりにも杜撰…というより素人くさい。
 おそらく狙った場所をピンポイントで爆破する自信がなかったため、丸ごと吹き飛ばすという暴挙に出たのだろう。
 そうでもないと、ここまでグチャグチャに壊す理由はない。
 むしろ仕掛ける火薬の量が多くなり、発見される危険が増すだけだ。


「リコ、最後に召喚の塔のチェックをしたのは何時?」


「昨日の……寝る前ですから、12時ほどです。
 特に危険物や不審な物体ははありませんでした」


「それじゃあ、火薬が仕掛けられたのは12時から早朝って事ね…。
 時間が時間だけに、目撃者はいそうにないわね」


 舌打ちするリリィ。
 これだけ壊れていては、物証は手に入れられないだろう。


「思いっきりテロだよな、これって…」


「そうですね。
 しかもマナの残留波動が見られないという事は、魔法による事故の類ではありません。
 魔法ならば、何らかの術式の間違いで、とんでもない場所に効果が出る事が稀にありますが…」


「火薬は仕掛けられた場所にしか作動しないものねぇ」


 周囲を調べまわっていたダウニーとダリア。
 事故の線は消えたと思っていい。
 確実に何者かの意図がある。
 では、それは何者で、どんな意図なのか?


「誰がこんな事を…何のために…」


 生まれて初めてテロという行為の爪痕を見せ付けられ、呆然としていた未亜が呟く。
 ……大河も教室を爆破した事があるが、アレはテロではなく悪ふざけ又は事故だ。
 悪意を持って為された破壊活動の痕跡は、未亜に想像以上のショックを与えたようだ。


「…救世主を、呼べなくするため…」


「まぁ、簡単に考えるとそれが一番最初に思いつくよな」


 未亜の呟きにリコが答え、大河が賛同する。
 しかしそれにはリリィが反発した。


「どうしてそんな事をする必要があるのよ?
 私たちは救世主候補生…候補生とはいえ、救世主よ。
 どうして自分達の救い主とも言える救世主候補生に危害を加えるような真似をするの」


「世の中はそれほど単純じゃないんだよ、リリィ。
 “破滅”や破壊を尊ぶのは“破滅”の軍団だけじゃない。
 何時の世の何処の世界でも、世紀末思想とか妙な宗教に被れたテロリストやらは居るもんだ。
 狂信者には、救いがどうのなんて関係ない。
 信じているモノから命令されれば、真の救世主にだって牙を剥くぜ」


 リリィの反発を一蹴する大河。
 反論しようとするリリィだが、ミュリエルに制された。
 何かを訴えるようにミュリエルを見つめるリリィだが、ミュリエルは首を振るだけだ。

 2人の会話が終わったのを見計らい、リコはまた呟く。


「…または」


「ん?」


「…救世主を帰せなくするため」


「なに…」


 大河は顔を顰めた。
 ミュリエルはリコの言葉を肯定する。


「そうね…召喚陣を壊すメリットと言ったら、救世主候補生を呼べなくするか帰せなくするか…でしょうね」


「あの…それって、私たちはもう帰れないって事ですか!?」


 ミュリエルに未亜が詰め寄った。
 しかしリコがその間に立って未亜を押し留める。


「な、なに?」


「……大丈夫です。
 これは私の責任です。
 みなさんが無事帰れるように、私が責任持って直します。
 ……それでは、少し用事があるので」


 リコは早足に出て行った。
 唖然として見送る未亜。

 それは置いておいて、大河はミュリエルに向き直る。


「とにかく学園長、誰がやったのかつきとめないと…。
 魔法陣の修復はその後だな。
 直したってまた狙われるのがオチだ…。

 下手人に心当たりはあるか?」


「ええ…無い事は無いのですが……正直な話、可能性は低いのです。
 …“破滅”がこの学園内にいる可能性は」


「「「「「「「「 !! 」」」」」」」」


 驚く大河達。
 しかしダリアとダウニーはいち早く立ち直った。


「しかし学園長、“破滅”に取り付かれた者は理性も何もない獣になると聞いています。
 とても我々を欺いてテロを仕掛けるような理性が残っている筈はないのですが」


「だから可能性は低いと言ったのです。
 それ以外には、正直な話心当たりはありません。
 危険な思想を持つ団体はこの辺りにはありませんし、学生がトチ狂って爆破したとも思えません」


 大河は厳しい目でミュリエルを見た。


「学園長、そこまで気を使わなくてもいい。
 いずれぶち当たる問題だし、信じるにせよ信じないにせよ、切羽詰ってくる前に一度認識させておいた方がいいぞ」


「……お見通しですか」


 大河とミュリエルの会話に首を傾げる救世主クラス。
 ダリアとダウニーは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「大河…アンタ何を言ってるのよ?」


「……最悪の可能性だ。
 それだけに信憑性がある」


「だからそれは何よ?」


 機嫌の悪い大河に、リリィは詰め寄った。
 そこにミュリエルが口を挟む。


「つまり…大河君は、“破滅”に取り付かれている訳でもないのに、“破滅”を手引きした者がいるのではないか…と言っているのです」


「……っな、何を言ってるのよバカ大河!


「最悪の可能性だって言っただろ」


「ふむ、可能性はありますね」


「ダウニー先生まで!」


 予想外のダウニーの言葉にリリィは振り向く。
 しかしダウニーは淡々と話す。


「授業で教えたように、かつては“破滅”に寝返った人々も居たのです。
 それでなくても、人類の歴史は血で血を洗う闘争と裏切りの歴史…。
 相手が“破滅”だというだけで、裏切り行為がなくなる訳ではないのです」


「劣勢になれば、または敗北して囚われたら寝返るヤツは必ず出てくる。
 元から破滅的な思考をもってるのか、命惜しさか、それとも人質でもとられたか、はたまた洗脳されたかの違いはあるだろうけどな。
 覚悟を決めとけ、いつかぶつかる問題だ。
 それも、そう遠くないうちに……な」


 言い切る大河とダウニー。
 それを聞いて、救世主クラスは動揺する。

 その中でも、カエデの動揺は少ない方だった。
 彼女は謀反謀略暗殺が日常茶飯事の世界で、その中で動くべく忍びとしての技能を叩き込まれて育った。
 人が命惜しさに狂ってどれほどの事をやってのけるか、幼い頃からずっと見てきた。
 彼女にとっては、別に疑問でもなんでもないのである。

 逆にショックを受けたのが未亜とベリオ。
 ひょっとしたら、と思っていた事を直に言われてしまった。
 未亜は戦争を突きつけられたから、ベリオは味方に裏切られたような錯覚を持ったから、そのショックは並ではない。

 それを見て、ミュリエルは心中苦い顔をする。
 確かにいつかはぶつかる問題だ。
 人間の敵は、結局は人間。
 “破滅”との戦いが始まる前に、一度ははっきりと言っておかなければならない。
 しかし言うだけでは理解できまい。
 そういう意味では、物証とも言える破壊後がある今は絶好の好機でもある。
 が、それは裏を返せば精神的ダメージが大きいという事でもある。
 年端も行かない少年少女に重荷を背負わせる。
 ミュリエルはその悲嘆を胸の奥に閉じ込めた。


「それはともかくぅん、これでもう新しい救世主候補は呼べなくなりましたわぁ」


「ええ…現時点での戦力でどうにかしなければなりませんね」


 今はダリアのお気楽な声がありがたい。
 普段の彼女はよく仕事をサボって、なおかつ今のような声を出すので時々殺意が沸くが、これも彼女のいい所である。


「新しい人材を確保できない以上、王宮も時間の浪費は認めてくれないでしょう。
 救世主クラスの訓練は、これまで以上に厳しくなります。
 覚悟しておきなさい。

 ダリア先生、善後策を検討する為に緊急職員会議を開きます。
 全職員に召集をかけてください。

 ダウニー先生は現場の被害状況の報告書の作成と、校内にいる火薬知識を持つ人物のリストアップと、同人物の一両日中の足取り調査を。

 ルビナスさん、貴女はこの爆発後から何か分析できないかを調べてください」


「はぁい」


「はっ」


「それじゃ、道具を取ってくるわ」


 ダウニーとダリアとルビナスは足早に駆けていった。
 ミュリエルは救世主クラスに向き直る。


「全校生徒は別命があるまで自宅と寮で自習です。
 リコはこちらで探して発見次第、同じく待機を命じます。
 校内に不審人物がいないかの操作が完了するまで外出を禁じます。
 リリィ、貴女は……リリィ?
 どうしたの?
 顔色が…」


「へ?」


 大河がリリィに向き直ると、そこには顔色が青を通り越して紺色っぽくなっているリリィ。
 そう言えばさっきから妙に大人しかったな、と思うと同時に、リリィは崩れ落ちた。
 隣に居た未亜が慌てて抱きとめる。


「ちょっ、リリィさん!?」


「ベリオ、容態を見ろ!
 学園長、ゼンジー先生は会議に出席するのか!?」


「出席しますが、その前にリリィの診察をしてもらいます。
 ベリオさん、問題はありませんか?」


「あ、はい。
 外傷は特にありません」


「ならカエデさん、リリィを保健室に運んでください。
 なるべく揺らさないように」


「承知したでござる!」


 カエデはリリィをベリオから受け取り、体を揺らさずに走り出した。
 膂力で言ったら大河の役割だが、大河には上体を揺らさず走るような器用な真似は出来ない。
 そこまで気を使うのは、さすがに学園長としての面目躍如と言った所だろうか。

 カエデに続き、未亜達も出て行った。
 大河はミュリエルを一瞥して、何かを聞きたげに口を少し開く。


「なんです?
 迅速な対応をとるため、一刻も早く動かねばならないのですが」


「……いや、やっぱりいい。
 一言二言じゃ済みそうにないし、話がややこしくなりそうだ。
 それじゃ、俺も行ってくる」


「はい。
 リリィをよろしく」


 大河はミュリエルにヒラヒラ手を振って、そのまま駆けていった。
 ミュリエルはもう一度だけ瓦礫の山を見上げて、会議を開くべく駆け出した。


 大河が保健室に向かう途中、セルに遭遇した。
 セルは見慣れない女性と共に歩いている。
 髪が短く、胸には白いブローチが見える。
 どうやら昨日セルと未亜とカエデが言っていた、アルディアなる女性らしい。
 冷やかしでもしてやりたいが、今はリリィが優先だ。
 後でからかってやろうと心に決めて、大河はスピードを上げた。


 保健室から、ベリオ達が出てきた。
 ちょうど大河が到着する。


「遅いでござるよ、師匠」


「スマンスマン。
 で、リリィの容態は?」


 悪びれない大河を見て溜息をつく未亜。


「問題はないって。
 過労と心因性のストレスから来る一時的な軽い体調不良だって言ってたよ」


「過労ねぇ……そりゃあれだけ毎日机に噛り付いて勉強してればな」


「拙者達なら、一週間もせずに倒れるでござるな」


 むしろ三日坊主で倒れもしない気がする。
 ベリオが大河とカエデを非難がましく睨みつけた。


「何を言ってるんです……過労はともかく、ストレスの原因は確実に貴方達ではないですか」


「それを言っちゃあお終めぇよ…」


 からかいすぎたかな、とバツが悪い大河。
 カエデは何故自分がストレスの原因になるのか解らない。

 大河は腕を組んで考え込む。


「しかしなんだな、そうなるともうちょっとストレス解消させてやった方がいいな」


「ストレス解消……って、まさか今朝みたいな…」


「なんだかんだ言っても、あれでかなりスッキリしたと思うんだが…。
 それに自分からやってくれって来たんだぞ」


「それはそうだけど…」


 未亜と大河の会話を首を傾げて聞いているベリオ。
 しかし、話はそう簡単ではない。


「リリィに何をするのかは後で追求するとして…。
 リリィが倒れたのには理由があるんです」


「理由?」


「彼女は……本物の“破滅”に会った事があるから」


「“破滅”に…でござるか?
 しかし、前回の“破滅”は千年前と聞いたでござるが…リリィ殿は千年間の冬眠でもしていたのでござるか?」


「それは最早冬眠ではなく、死体を冷凍保存しているだけのような気が…。
 いえ、私も詳しい事は知らないのですが、彼女の世界では定期的に“破滅”が猛威を振るっていたそうです。
 世界の時間の進み方は極端に違う事もあって、リリィの世界はアヴァターの時間に比べて進み方が遅かった。
 だからアヴァターの時間で1000年前に起こった“破滅”が、リリィの時間で見るとほんの十数年前でしかないんです。

 彼女の両親も村も、全て“破滅”の手によって炎の海に沈んだ…。
 その後、学園長に拾われて学園にやって来たそうです。
 だから彼女は私達の中で唯一、本物の“破滅”…“破滅”が取り付いただけのモンスターではない“破滅”を目撃した経験者なの」


「そうでござったか…」


「それでトラウマがフラッシュバックしちゃったんだね…」


 改めて“破滅”の恐ろしさを思い知らされ、沈む未亜とカエデ。
 大河は舌打ちした。


「ったく、これだから戦争ってのはイヤなんだ…。
 とはいえ、そんな事も言ってられないか。
 ここで騒いでてもリリィの安眠妨害になるだけだし、河岸を変えるぞ」


 大河は未亜達を連れて歩き出す。
 確かに病室の前で延々話す事もない。
 大河はくるっと振り返って、一声だけ眠っているかもしれないリリィに声をかけた。


「さっさと復活しろよ、お前程からかい甲斐があるヤツも珍しいんだからな!」


「うっさいわね、さっさと行きなさい!」


 保健室の中から、普段よりも少し覇気が無いながら返答が返ってくる。
 何はともあれ、元気にはなったようだ。
 保健室で目を覚ました時には、何時もの強がりもない程に弱々しく見えたが、大河に声をかけられただけでこの有様。
 ベリオ達は苦笑しながら大河についていく。


保健室…


「ふむ、相性がいいのぅ。
 ヘタな薬よりもよく効きそうじゃ。
 恋人になれば、案外上手く行くタイプじゃな」


「じょ、冗談じゃありません…」


 ゼンジーに茶化され、否定しながらも顔を赤くするリリィだった。


「さて、これからどうします?
 リリィはあの調子なら、そう遠くない内に復活してくるでしょうし」


「それなら拙者、修行してくるでござるよ。
 “破滅”との戦いも間近に迫った今、少しでも実力を上げねばならぬでござるからな」


「それじゃあ私は礼拝堂でお祈りします。
 ベリオさん、ご一緒してくれます?」


「よろこんで」


 カエデは修行、ベリオと未亜は礼拝堂でお祈り。


「何を祈るんだ?」


「「浮気者に天罰を!」」


 打ち合わせもなしにピッタリ揃って言い放つ。
 カエデも苦笑していた。
 それを言われると、大河としては反論のしようがない。


「じゃ、俺はリコでも探してくるわ。
 大分思いつめてたみたいだし、何か無茶な事をするかもしれん」


「そうですね…そもそも、どうやって召喚陣を修復するつもりなのでしょうか?
 如何にリコと言えど、設計図も無しにあれほどの陣を作るのは不可能です」


「さぁな。
 ま、何か心当たりでもあるんだろ。
 その辺りも含めて、聞いてくるよ」


 大河は踵を反して歩き始めた。
 カエデも姿を消し、未亜とベリオは礼拝堂に向かう。

 リコを探そうにも、彼女は普段召喚の塔に篭っている。
 しかし塔は破壊され、今はルビナス率いる特捜課が調べているので立ち入り禁止。
 リコと言えども通してもらえないだろう。

 ならばと大河は図書館に足を向けた。
 知識や資料を得るなら学園内にこれ以上の場所はないし、リコがここでウロウロしているのを何度か見た事がある。
 召喚陣を修復するための何かを探しているのではないかと思ったが、リコは居なかった。
 そもそも誰も居なかった。


「……リリィの事ですっかり忘れてたが………そう言えば戒厳令が出てるんだよな。
 みんな寮か自宅に帰っちまったのか…」


 よく考えれば、救世主クラスは総出で命令違反だ。
 カエデは多分森で訓練をしているだろうし、ベリオと未亜は礼拝堂でお祈り。
 リコは姿が見えないし、大河は現在図書館。
 リリィはどうか知らないが、そろそろ復活してもおかしくない。

 何にせよ誰も居ない以上、図書館に居る理由も無い。
 どの道リコがどこに居るのか見当もつかないし、大河は寮に戻る事にした。
 帰ってセルを冷やかしてやろう。
 ついでに彼女…アルディアさんの事も聞き出せたら行幸だ。


 寮に帰ってきた大河。
 小腹が空いたので、先に食事を摂っておこうと食堂に向かう。
 そこには予想外の光景が広がっていた。


「……リコ…しかも何時もより沢山食べてる」


 山どころか山脈のように皿を積み上げるリコが居た。
 そう言えば昨晩も普段の倍は食べていたと聞いたが、明らかにこれは異常だ。
 どう少なく見積もっても、リコの体積の3倍以上は食べている。
 昨日の今日で調理場は大混乱である。
 ぶっ通しで包丁を振るい、炎が天井に届くほど踊り狂い、食料庫から賞味期限ギリギリの材料まで掻き集め、既に5人が疲労で卒倒した。
 創った端からあっという間にリコに食べられ、まるで賽の河原で石の山を崩されるような心境だろう。
 料理長のものらしき奇声も時々響いてくる。
 周囲の生徒は見ているだけで満腹どころか飽食状態。
 この状況で食事を注文しようという猛者は居ない。
 仕事を増やそうものなら、その瞬間に自身がケルベロスの食事にされてしまう。


「お、おいリコ……腹壊すぞ」


「むぐ…大河さん?……あぐあぐ…大丈夫です」


「いや、大丈夫とかそう言うんじゃなくてさ、なんと言うか…何でそんなに食べてるんだ?」


「食い溜めです。
 エネルギー補給です。
 昨日殆ど使い切ってしまいましたから。
 誰かさんのせい…ではありませんが」


「……ちなみに召喚陣の修復はどうした?」


「これが前準備です…はぐっ………すいません、お代わり」


 厨房から矢のように鋭い視線が大河に飛んでくる。
 もっと引き伸ばせ、と無言で言っている。
 少しでも時間を稼げと言う意味らしい。
 ここで逆らって今後のメシが不味くなったりしても困るので、大河は仕方なく話を続ける。


「あのさーリコ。
 ちょっと聞きたい事があるんだけど」


「なんですか…ゴクン」


「確か召喚陣を破壊された時に、救世主候補生を送り返せなくするため、って言ってたよな?」


「はい」


「それって、“破滅”には何かメリットがあるのか?
 むしろ救世主候補が居なくなって戦力がダウンするんだから、願ったりじゃないのか?」


「さぁ……あくまで可能性の話ですので。
 モグモグ……こじつけるなら…救世主を逃がさないため、でしょうか…。
 例え救世主候補生を元の世界に送り出したとしても、それは消える訳ではありませんから」


「どこかで目覚められたらそれこそ勝ち目がないって事か?」


「ではないでしょうか? はむっ…」


 大河との会話で、リコの食事は確実にペースダウンしている。
 厨房から飛んでくる視線が救世主を見るような視線に変っていた。


「それじゃあ、召喚陣の修復方法の心当たりはあるのか?」


「一応…。
 『導きの書』という本があるので、それならば恐らく」


「導きの書?」


 何じゃそりゃ、と首を傾げる大河。
 リコは一端食事の手を休め、大河を見た。


「千年前の“破滅”で消失されたと言われている本です。
 しかし、その本がこの学園……どうやら図書館の地下にあるようなのです」


「地下?
 ああ、そう言えばそんなのがあったな。
 結局入らなかったけど」


 ブラックパピヨンを探す時にリコから聞き、探し出した扉。
 鍵もかかっていたし、その時は関係ないと判断して特に興味を示さなかった。
 そこから地下に入れると聞いていたが、専ら別の地下に注意が行っていて忘れていた。


「その本なら召喚陣を修復できるんだな?」


「恐らく。
 導きの書には、救世主に関する事も書かれているそうです。
 どうやって“破滅”を打ち払うのかだけではなく、神が世界を創った時に、その進路を決める者に対して必要な事を教えるための書だと言われています。
 ……と言っても、導きの書の存在自体が殆ど知られていませんが。
 救世主が生まれた理由、“破滅”が起こる理由などが書かれているのだそうです。
 ですが、実際は……」


「実際は?」


「いえ、何でもありません。
 いずれにせよ眉唾物だと思っていいでしょう。
 そんなモノが学園の地下にあるのなら、さっさと使うはずですから」


「それは学園の地下にあるのが本物の導きの書だったら、の話だが…。
 千年前の“破滅”で、ねぇ……。
 つー事は、学園成立の時期と一致するよな。
 消失したんじゃなくて、学園か王宮辺りが仕舞い込んでたんじゃないのか?」


「かもしれません」


 それだけ言うと、リコは再び食事に戻った。
 そろそろ料理が冷めてしまいそうだからだ。

 大河は振り返って厨房を見る。
 料理長らしき人物が、涙を流しながらサムアップしている。
 その周囲では下働き達が頭を下げ、さらに周囲では出来立ての料理や下拵えが陳列していた。
 時間稼ぎは充分だったらしい。
 大河は苦笑してリコから一皿貰い、それを食べて腹を満たした。


 食堂から退散した大河。
 ベリオと未亜は戻ってきていないようなので、今度はセルを探した。
 言うまでもなく、からかうためだ。
 パッと見た所、アルディアという女性はかなり可愛い。
 彼女持ちだろうがモテる男だろうが、他人の色恋沙汰は楽しいものである。
 この時点でセルの災難は決定していたのかもしれない。


「セ〜ル〜君っと……あら?」


 満面の笑みを見せつつ、セルの部屋に乱入した大河。
 しかしそこにセルは居らず、同じ部屋の傭兵科の生徒が三人いるだけだった。
 三人の視線を一身に集める大河。


「あの〜…セルは…?」


「おお、当真大河だ…。
 ナマで見たの初めてだよ俺」


「セルのヤツは普段からよく話してるんだよな」


「要するにセルの同類って事だな…。
 セルに何か用でもあるんか?」


 口々に勝手な事を述べる傭兵科の生徒達。
 肩透かしを食らった大河は、頭を掻きながら入り口で答える。
 ……部屋の中は、タコ部屋独特の匂いが渦巻いている。


「いや、さっき女連れで歩いてたの見かけたんで、からかってやろうかと思ったんだけど」


「「「女連れだと〜〜〜ッ!!!」」」


「うへっ!?」


 凄まじい怒気と殺気が一気に膨れ上がる。
 大河は思わず退いた。



「あ、あの裏切り者がッ……!」


「傭兵科の血の誓いを破る気か!?
 まさか傭兵科男子生徒の希望と呼ばれたあやつが、よりにもよって裏切りなど!」


「僕というものがありながらー!」


 約一名危険な事を叫んでいる気がするが、そこは揃って流した。
 だってヘタに突っ込むと男として危機に立たされそうだし。


「それは確かなのか!?
 確実な情報なのか!?」


「あ、ああ……前にデートした事があるらしい女性と一緒に歩いてた」


「ア、アンチクショウッ……滅殺だ!
 女無し仔(みなしご)達の会だ!
 野郎ども、傭兵科男子に召集をかけて竹槍を用意しろ!
 藁人形は要らん、ナマの人間を突けるぞ!」


「ウオオオォォォォ!」


 エライコトになってきた。
 心の中でセルに平謝りしながら、何とか警告ぐらいはしてやろうと思う。


「そ、それでセルはどこに?」


「知るかー!
 この部屋に居なけりゃ、どっか覗きにでも行ってんだろ!」


 デート?の直後にそれは流石に考えにくい。
 戒厳令にも関わらず帰ってきていないのなら、多分何処か人目に付かない所に居るだろう。
 仕方なく大河は、一端部屋に戻る事にした。

 が、その途中にバッタリセルとご対面。


「あ、た、大河…じゃないか。
 何やってるんだ、こんな所で?」


 セルは何やらソワソワしている。


「いや、お前をからかってやろうと思ったんだが…」


「俺を? ヒドイヤツだな」


「いやいや、彼女が出来た学生の宿命だよ。 諦めろ」


「かっ、カノジョ!?
 イッタイダレノコトカナ!?」


 あからさまに怪しい。
 大河は少し怪訝に思った。
 普段のセルなら、むしろ彼女が出来たとかデートしたとかは自慢するだろう。
 流石に自室ではしないだろうが…。
 だって竹槍で突かれるし。


「誰って、アルディアちゃんの事に決まってるだろ」


「み、見たのか!?」


「おうよ!」


 心底楽しそうな大河と違って、セルは妙に切羽詰っている。
 セルは大河の手を取った。


「お、おい!?」


「頼む!
 誰にも言うな!
 あの娘はちょっと訳アリで、見つかる訳には行かないんだ!」


「そ、そう言われても……もう言っちまったぞ」


「んなぁっ!?」


 セルがグラリと揺らいだ。
 かと思うと、今度は猛スピードで走り出す。


「お、おいセル!?」


「うるせえ!」


 大河の声も一言で切って捨て、セルは疾走する。
 大河も遅れて付いて行くが、何を焦っているのかセルは普段の5割り増しのスピードである。
 流石の大河も見失わないのが精一杯だ。

 セルは学生寮を抜けて、校舎に入って行った。
 普段使われていない教室に駆け込む。


「あの教室って…確か開かずの間だったよな、建前上は」


 セルが入って行った教室は、学生達の秘密の遊び場と化している部屋だ。
 何年か前に鍵が紛失したが、生徒達の一人がコピーしていた合鍵が某所に隠され、代々学生間でのみ伝えられてきた。
 教室を使用したい時には鍵を持ち出し、教室に入って鍵を閉める。
 その間に他の生徒が入ってこようとしても、鍵は教室内にいる人物が持っているので入れない。
 結果として、ダブルブッキングなどは防げるというわけだ。
 2人きりになりたい恋人や、授業をこっそりサボる学生が時々使う。


「アルディアさん!」


 セルの焦った声が聞こえる。
 ガチャガチャ音がするのは、鍵を開けているのだろう。


「おいセル、一体何が…」


「後にしてくれ!
 っと、開いた!
 無事ですか!?」


 扉をぶち破らんばかりの勢いで乱入したセル。
 大河も部屋の中を覗きこんだ。
 そして目が点になる。


「…女の子?」


 アルディアらしき人物がそこに居た。
 だが床に倒れている。
 セルは彼女に駆け寄って抱き起こす。
 そして一瞬息を呑み、特大の溜息をついた。


「どうした?」


「…………寝てる」


「あ、そ…」


 セルは恨みがましい目を大河に向けた。
 思わず仰け反る。
 傭兵科の連中にチクったのは事実なので、どうにも後ろめたい。
 そもそも、どうして彼女を傭兵科から隠さねばならないのだろう?


「大河ぁ…お前がいらん事言うから、アルディアさんを匿いにくくなったじゃねえか」


「あ、すまん……。
 所でそのアルディアさんが、どうしてこんな所に居るんだ?」


 そう言って大河はアルディアの顔を覗き込もうとした。


「「 ! 」」


 その瞬間アルディアの手が閃き、咄嗟に下がった大河の首に鋭い衝撃が走る!
 そのままもう一歩下がってアルディアを見ると、鋭く研がれた爪から血が滴っている。


「気配に反応して撃退しようとしたのか…?」


「……俺には…そんな事はしなかったぞ。
 お前、何か邪心でも持ってたんじゃないのか?」


 セルと大河が呆然と呟く。
 大河の首筋から、一筋の血が流れていた。
 当のアルディアは目が覚めたのか、目をゴシゴシ擦って体を起こした。


「…ン……せる、どこ?」


「あ、此処です…」


 まだ驚きが覚めやらず、セルは気の抜けた声で返事をした。
 アルディアはセルを探して周りを見る。
 その視線が大河に止まった。


「……セル、その人は誰?」


「あ、コイツは大河って言って、俺の…まぁ親友というか悪友というか…」


「ナイストゥーミーチュー、マイネームイズ大河 当真。
 当真 大河だ。
 よろしくな」


 首筋を撫でている大河を見て、アルディアは脅えたようにセルの背後に隠れた。
 ちょっと傷つく大河。
 セルがアルディアに見えない角度で、手で謝罪の意を示す。
 適当に手を振って答え、大河はセルに声をかけた。
 本当はアルディアを口説いたりしたかったが、これだけ脅えられているのに強引に声をかけたら泣かれてしまうかもしれない。


「それはそれとしてセル、お前どうして焦ってたんだ?
 何か知られてマズイ事でも?」


「あ、そうだった!
 アルディアさん、ここから離れましょう!
 見つかっちまう」


「見つかる…誰に?」


 アルディアは首を傾げた。
 男にも女にも見える容姿なので、見様によっては妖しい構図だ。
 しかしセルは妙に切羽詰って、顔も赤らめない。


「だから教師達にですよ!
 急ぎの用事があるんでしょう?
 見つかったら、最悪一日以上逃げられませんよ」


「ええっ、それは困る!」


 ガバっと立ち上がるアルディア。
 セルはその手を引いて、教室から出て行こうとした。
 しかし、その背中に大河が声をかける。


「おいセル、どうして教師達に見つかるんだ?
 ここに居れば見つからないと思うが」


「馬鹿野郎、アルディアさんの事を話したのはお前だろ!?
 部外者だって一発でばれる!
 自分で言うのも悲しいモノがあるが、この学園に俺と付き合ってくれる女の子がいると思うか!?」


 キッパリと居ない。
 何せ普段の行動が行動で、セルと迂闊にデートしたりすると襲われる、と思われているようだ。
 無論友人として付き合う分には問題なく、むしろ男女関係なく交友関係は広いのだが、男女の付き合いを仄めかすと飢えた野獣の本性が……と言うのが、大部分の女生徒の認識だ。

 セルの言い分に思わずホロリと来てしまう大河。
 しかし思いっきり自業自得である。


「それはそうだけど、ちゃんとした手続きをしてあれば不審人物扱いはされないだろ。
 仮にされたって、長くて2,3時間程度だって。
 そもそも教師はみんな会議中だぞ?
 こんな所まで来ないって」


「だって、お前が先生達にアルディアさんの事を言ったんだろ!?」


「そうなの? 言ったの?」


 セルの非難がましい視線と、アルディアの無垢な視線にたじろぐ大河。
 しかし、それでようやくセルが焦っていた理由がわかった。


「いや、先生には言ってないぞ」


「なに? だってお前さっきは…」


「…………スマン、お前のルームメイトにばらしちまった」


「んがっ!?」


「?」


 顔に縦線が入るセル。
 それを不思議そうに見るアルディア。

 セルの事は置いておいて、アルディアを観察する大河。
 体系はスレンダーなタイプで、スリーサイズは平均的と言っていいだろう。
 容姿は中性的で、男にも女にも見える。
 背丈は未亜より少し高い程度。
 それより何より、妙に仕草が幼い。
 これは性格によるものだろうか?


「…たた、大河ぁ…」


「………スマン、マジで…。
 女無し児達の会がどうとか、竹槍がどうとか騒いでたぞ」


「んのおおおおおぉぉぉぉぅぅ!」


 身を捩って絶叫するセル。
 今帰ったら、間違いなくセルは儀式の生贄にされる。
 っつーか、生きたまま冥府を見るハメになる。
 以前セルも参加した事がある…というより常連なので、その恐ろしさは身に染みている。


「た、大河…匿ってくれぇ…」


「俺の部屋じゃすぐばれるだろ…。
 …まぁ…一応ベリオに交渉はしてみる…。
 確かまだ救世主候補生の部屋が余ってたから…」


「あのカタブツイインチョにそんな話が通じるかぁ!」


 涙を滝の如く流すセル。
 その袖をアルディアがちょいちょいと引いた。


「セル、どうした?
 困ってる?
 私のせい?」


「い、いやいやいや!
 アルディアさんのせいじゃないッス!
 ええもう断じて、それこそ神にも悪魔にも男子寮伝統べたべた室に誓って!」


「べたべた?」


「はっ、しまっ…いやいや、何でもないッス」


 なにやら謎な単語が出てきたような気がするが、大河は突っ込まなかった。
 どっちにせよ男子寮伝統なんてものにロクなものはない。

 アルディアはまだちょっと気になるようだが、それよりもセルが困っているのを見過ごせない。


「じゃあ、私の家に来るか?」


「いいんスか!?」


「ん」


 目を輝かせるセル。
 普段なら邪な輝きが目に宿る所だが、生憎今回はそれほど強くない。
 どうやら性的欲求その他より、命の危機感のほうが勝っているようだ。
 つまり女無し仔たちの会とやらは、セルの邪心を上回るほどの脅威なのだろう。


「あ〜、アルディアさん?
 つかぬ事を聞きますが、ご家族は?
 コイツと2人きりだと、色々と危険ですよ」


「……?
 色々?
 ……よくわからないけど、セルは安全」


「……信頼してんのか男として見てないのか、はたまた理解してないのか…」


 実に微妙な線だ。
 が、いずれにせよセルとしては唯一の生命線を逃がす事は出来ない。


「お願いします!
 何なら家事とかもやりますから!」


「出来るのか?」


「掃除はしないけど、料理ならソコソコ…。
 っても、戦場で作るようなのばっかりだけど」


 その辺は傭兵科の必須科目である。
 ご飯がなければ、戦もサバイバルも出来ない。

 アルディアは鷹揚に頷いた。


「ん。
 ご飯は任せる。
 あとお店から食べ物を買って来て欲しい。
 掃除は家の人たちがやるからいい」


「ウィッス!」


 菩薩を見たと言わんばかりのセル。
 パシリ程度で身の安全が確保できるなら安いものだろう。


「それじゃあ、警備が減ったら出発しましょう。
 もうそろそろ不審人物探索も終わるはずですから」


「ん」


 アルディアは鞄を持った。
 大河に一礼して、セルの後をついていく。


「あ、おいセル!」


「あん?
 どうした大河」


「俺も一緒に行く。
 後でお前の部屋から必要な物を届けに行ってやるよ。
 ほとぼりが醒めるまで学園に顔を出せないだろ?」


「う…そう言えばそうだった…」


 傭兵科のネットワークは広く、そして綿密だ。
 もしセルが学園内をうろついていれば、すぐさま発見され捕縛されてしまう。
 今は誰も出歩いていないから安全だが、2,3日は学園に来ないほうがいいだろう。


「さて、そうと決まれば行きますか。
 アルディアさん道案内をお願いします」


「ん!」


 アルディアを先頭に、大河達は歩き始めた。
 一応セルが先に顔を出して、誰か見ていないか確認している。
 しかし本当に全教師や役員が会議に出席しているらしく、殆ど誰も居ない。
 時々不審者を探しているらしき警備員などを見つけたが、幸運にも発見されずに学園を出る事が出来た。

 その後姿を、人影がずっと見送っていた。
 人影は暫くじっとしていたが、人が来る気配を感じて身を翻して去って行った。


 王都へ向かう道。
 大河とセルを引き連れたアルディアが上機嫌で歩いている。
 時々振り返ってはセルと大河の姿を確認し、へにゃっと嬉しそうに笑ってまた歩き出す。
 セルが『ポワ〜っとなって、もう色々と癒される』と言っていた理由がよく解る。

 大きな鞄を担いで歩くアルディア。
 鞄を代わりに持とうとした二人だったが、アルディアは断固拒否した。
 何か大切な物が入っているらしい。

 アルディアを見ながら、大河は小声でセルに話しかけた。


「なぁセル、彼女は先生達に見つかったらいけなかったのか?
 別段不都合はないと思うんだが」


 彼女はとてもではないが不審人物には見えない。
 どちらかと言うと、年甲斐もない迷子だと言われた方が素直に信じられる。
 しかしセルは複雑そうな顔をした。


「ああ、俺だってそう思ったよ。
 でもなぁ、ちょっと気になる事というか…普通とは違う所があるんだよ」


「違う所? それが見つかったらまずい理由か?」


「ああ…。
 大河、アルディアさんの性格を一言で表現すると何になると思う?」


「天真爛漫。
 または天然ボケ」


 キッパリ言い切る大河。
 セルもそれに頷いた。


「俺もそう思う。
 でも、最初に会った時は違ったんだ。
 彼女はもっとしっかりしていて、天然ボケどころかとんでもない策士か詐欺師って感じだったんだぞ」


「…あの子が?」


 頷いたセル。
 彼によると、初めて会った時には王都で買い物をしていたのだと言う。
 しかも普通に買い物をするのではなくて、所謂ジャンクショップで人相の悪い店長を相手に、物凄い値下げ交渉を繰り広げていたそうだ。
 その店長もやり手と噂だったのだが、アルディアの交渉術は彼を見事に手玉に取った。
 それはもう最初から全て計算されていたかのように、店長の言葉は結果として墓穴を掘るスコップに化けていった。


「結局タダ同然の値段で購入したんだ。
 その時に荷物持ちを申し出て、ついでにデートに付き合ってもらった訳さ」


「ふーん…」


「それだけじゃない。
 二度目に会った時…昨日お前に会う直前だけど、その時にはもっと別の性格だった。
 こう、姉御肌というか、面倒見が言いというか…今の彼女からは想像出来ないだろ?」


 確かに、今のアルディアはその正反対の性格と言っていい。
 しっかりしているどころか、逆に放っておくとはしゃいで川に落ちそうだ。


「ひょっとして…多重人格、か?」


「じゃないかな、と思ってるんだが。
 念のために聞いてみたけど、双子の姉妹とかも居ないそうだし…」


 大河の身近にも一人居るが、彼女の症状とは少し違うようだ。


「そんなんだから、身元が確実でも謂れのない疑いとか受けそうだろ?
 ヘタすると、一人格ずつ事情聴衆とかされるかもしれない。
 早めに帰らなけりゃならないって言うから、先生達に見つかるわけにはいかなかったんだ」


「ふ〜ん…」


 大抵の人間から見れば、アルディアは精神病患者である。
 公平な目、曇りのない目で見ようとしても偏見はそう簡単には捨てられない。
 それに幾つもの人格があるなら、そこから矛盾した発言が出ないとも限らない。
 いずれにせよ、捕まったらすぐには開放されなかっただろう。


「セル〜、大河〜!
 私の家はここだぞ〜〜!」


 少し離れた場所で、アルディアが手を振っている。
 アルディアが案内してきたのは、王都と学園の間に点在している家や団地の一軒だった。
 結構人が通過するので、意外と商売には向いている場所だ。
 住宅地としては、日用雑貨の類が手に入りにくいのを覗けば静かな場所である。


「へぇ、結構いい所に住んでるんだな…」


「だな。
 それじゃあ、俺は後で荷物を持ってくるよ。
 遅くても明日にはな」


「ああ、頼んだぞ」


 大河は道を引き返す。
 セルはアルディアに駆け寄り、何か話しているようだ。
 暫く雑談を続けたセルとアルディアは、家の中に入って行った。

 大河は急ぎ足で学園に戻る。
 今は一応戒厳令の真っ最中だ。
 今更ではあるが、案外ばれているかもしれない。
 ダウニー辺りに見つかると話が面倒だ。



あうぅ、マジで時間がない…。
この一週間で書いたのが、精々20KBというのが物悲しいです。
学園祭の準備をしているのですが、それだけならまだしも5時限目がほぼ毎日…。
本当に書き溜めしておいてよかったと思う時守です。

それではレス返しを…。
何だか凄い事になってたなぁ…(汗)


1.ディディー様

はじめまして、今後ともよろしくお願いします。
ひょっとして、一から全部読んだんですか?
一括表示した時に長さを見て、時守は見直す気力を根こそぎ奪われたのですが…。
もしそうだとしたら尊敬します。
よくこんな冗長な話を読んでくださった、と…。


2.くろこげ様

聖銃に関しては…かなり反則というか素人考えな設定ですが、なんとかなると思います。
世界観がどうの機能がどうのに関係なく、都合のいい動作をさせる案がありますので…。
公式設定との矛盾は勘弁してください。
未だに世界の謎の一端すら把握できておりません(涙)


3.沙耶 又は『R&R』会長様

マジで立ち上げる気ですか!?
だったら時守も入ろうかなぁ…。

そのくらいのゴロ合わせは許容範囲でしょ。
ローマ字表記なら間違っていないと思いますし、何よりリズムがいいです。


4.『R&R』会員一号様

赤いリボンはいいですね…マッドドクターに改造されそうですが。

リコのエネルギーに関しては、供給を受ける方法もない以上、自然とそうした形になると思います。

幾らなんでも、リコは白化しませんよねぇ…だって本質が本質ですし。
あれ、でも白化した未亜って、思いっきり感情のままに動いてましたね。
白の主でもロジックではなく情動に従うという事でしょうか?
ならリコが白化してもおかしくないかなぁ…。


5&6.なな月様

リリィとリコのコンビネーション、堪能していただけたようで何よりです。

聞けば聞くほどNEPは物騒な武器ですね…。
あまり多用すると話がややこしくなるので、最重要ポイントとかでのみ放とうと思います。
ところで…NEPと時空内服消滅液って似てません?(←ちょっと伏線?)


7.

いえいえ、色々と勉強になるので有難いですよ。

七つの世界に関しては、もうこれ以上は話に巻き込まないつもりです。
正直な話、さっぱり把握できてない状態ですし、何より書ききる自信がありません。

非エリンコゲート…入り口と出口が繋がっているって、そんな能力を持ったスタンドが居たような…。
でもあれが空間を切り取って移動しているだけだから別物でしょうか?

聖銃に関する機能で今の所重要になりそうなのは、侵食とNEPの一部くらいです。
でもこれから思いつくかもしれないので、色々と教えてくださると本当に助かります<m(__)m>


8.白(R&RNO.2)様

DSJを連日連夜…うう、考えただけで眠気が襲って来そうです。
時守は徹夜がダメな人種なので…。

ねこりりぃを捕獲するのは至難の業ですよ。
だって、ボールを使う前に攻撃しなくちゃいけませんから。
それに恥ずかしがり屋だから、人を見たら全速力で逃げるか記憶を抹消しに来ます。


9.竜神帝様

はい、リコが言っていたのはあの2人です。
でも赤の書で平行世界を見ていたからではありません。
あれはリコに届いた単なる電波…○乳同盟からのメッセージです。
さて、同盟から制裁が降りる前に逃げますか…。


10.皇 翠輝様

半分くらいは時守のせいでしょうか(汗)
人が居る所では、極力リアクションを抑えた方が身の為ですね。
まるでエロゲをやっている所を親に見られたような心境です。


11.リル様

頭文字を変えるという点では、どちらも同じような気が…。
でもL&Lの方が、文字の変更は少ないですね。
とはいえ、もう定着しちゃったかも…。


12.神曲様

はじめまして。
原作をやってない人でも楽しめるSS、を目指していたので、曲がりなりにも達成できているようでホッとしました。
時守のSSがサプリメントの代わりになれるか不安ですが、今後も頑張ります。


13.ななし様

プロットと言うほどのものでもないんですが…。

萌え死…腹上死と並ぶ人の夢ですね。
でも腹上死は本気でしんどいらしいから…時守は死ぬならこういう死に方が理想です(笑)


14.砂糖様

萌えの冬…よりも、運動の秋、食欲の秋、読書の秋に続いて萌えの秋を公式に作ろうと画策していたりします。
ここまで当たるとは思ってもいませんでしたが…。

シャイニングフィンガー…素で間違えました…不覚。


15.なまけもの様

ホムンクルスではないです。
今後ストーリーに絡んでくる重要人物の予定です。

ブラパピの所は、都合よくダリアが聞き逃しています。
ちょうど大河を見て舌なめずりなぞしていた時です(笑)。
カエデがブラパピの事を知っているのは、大河達と情事を繰り返している途中に自然と知りました。

萌え死しろとはいいませんが、死なずに萌え続けてくださいとは言います(笑)
今後萌えシーンがどれだけ出せるかはわかりません。
何せ電波任せですから、何時何処にどんなネタが降って沸くか予想がつかないのです。
いつぞやの爆弾騒ぎしかり、図書館での同人騒動、そして今回のリコ暴走とねこリリィ。
すべて電波の思し召し。

追記 ミュリエル学園長と大河が絡まない、などと誰も言ってませんよ〜。


16.20face様

そうですね、一応救世主クラスはこれで全員です。
次に目指すは、メ○○○○ーティコンプリート。
でも約二名ほど、マジで厄介なのがいますから…。
シチュエーションはともかく、話が進まなければコンプできません。

どうにかしてくれる…って、えらく期待されてますね…(汗)
まぁ、実際やりますけどね。
親子丼を超えるような展開かはわかりませんが。


17.竜の抜け殻様

はい、初レス時にリクエストして頂いた属性武器です。
お蔭様で技の数を増やせました。
ありがとうございます。

さて、どんな技を再現できるかな…?


18.アルカンシェル様

前回は戦闘シーンとかは殆どオマケだった気がします(汗)
常時全力で書いていたつもりが、気がつけば他のシーンに集中…。

確かに片方はアクエリオンです。
で、その後の○○化は巨大化。
しかし残念ながら巨大化するのはキシャーではありません。
だって幻想砕きでキシャーの役割をになっているのは未亜ですから。
流石にあれを巨大化させるのは…(汗)

19.JIN様

レスありがとうございます。
今回は萌え殺しとか萌え死とかがよく言われます…それだけ破壊力が大きかったのでしょうか?
お持ち帰りにチャレンジしても構いませんが、その場合本人だけでなく大河も出てきますよ?
大剣使ってぶっとばされますよ?
チャレンジ精神に万歳!


20.カシス様

大河は確かに怪我人ですが、あの状況でカシス様はじっとしていられますかな?
抱きついてスリスリしてくるカエデ、夜這ってくるリリィ(ねこ)。
据え膳食わぬは男の恥、ここで怪我如きに抑えられては漢の恥ってモノでしょう(笑)


21.3×3EVIL様

ご、五週間…遠い………(血涙)
他のルートとか無かったんですか?

本当、甘えるのって何だかんだ言っても気分がいいものですね。

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