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▽レス始

「幻想砕きの剣 6-1(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2005-09-28 22:47)
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 地下に潜った日から一週間が過ぎた。
 リリィはあの後烈火の如く怒ったが、後日からは何も言ってこなかった。
 念のために追記しておくが、最後の一線は越えていない。
 ひたすらにミミとシッポを追いかけている間にリリィが正気に戻り、未亜と大河を吹っ飛ばして帰っていったのである。

 しかしその日以降、何か考え込む事が多くなり、時々頭を振っては落ち込んでいた。

 それはそれとして、今日も日々は過ぎていく。


「あれ? セルじゃないか。
 どーしたんだ、タヌキがアブラアゲ食ったような顔して」


「そりゃどんな顔だよ」


 召喚の塔の近くをフラフラ散歩していた大河は、微妙な表情をしているセルを発見した。
 ちなみに連れは未亜とカエデ。
 2人とも連れ立って花摘みに行っているので、大河はこの辺りから離れるわけにはいかない。
 ちょうどいい暇つぶし相手が見つかったとばかりにセルに話しかけたが、リアクションが何時もよりも湿気ている。


「…どうした?
 ヤバイクスリでも極めて来たのか?」


「……テメ、俺をなんだと思っとるんだ…。
 それはともかくとして、ついさっき女の子に会ったんだけどな…。
 こう、髪が藍色で、顔つきは……割と幼い方で、どっちかと言うとボーイッシュな女の子なんだが」


「ああ、それがどうかしたか?
 女の子なら、あっちこっちに居るだろ?
 世界の半分くらいは女と微妙な女と微妙な男で占められてるからな」


「まぁ、それは置いといて……。
 その子、前に一度デートした事があるんだよ」


 どうやらセルのナンパも成功する事があるらしい。
 大河は自慢でもしているのかと思ったが、そう言う訳でもなさそうだ。
 セルの表情は、どちらかと言うと落ち込み気味だからだ。
 ひょっとして振られたのかとも思ったが、そういう落ち込み方ともまた違う。
 そもそもナンパで振られた程度で落ち込む性格ではない。


「で、その子がどうしたんだ?」


「ん〜……結局前のデートでは、何も出来なかったんだけど、結構いい所まで行ったんだ。
 浮世離れしてて、ちょっと非常識な所もあるけど、これがまた美人で…。
 あの子…アルディアっていう子なんだけど、いい笑顔で笑うんだよ…。
 こう、何も知らない無垢な笑顔っていうのか?
 あの顔で微笑まれると、ポワ〜っとなって、もう色々と癒されて、課題の提出期限がつい2時間前に過ぎ去ったのがどうでもよくなるというか……。
 へぶしっ!?
 な、何でいきなり殴るんだよ大河!?」


「やかましい。
 人の惚気話と自慢話と昨晩見た夢の話ほど詰まらん話はそうそう無いんだよ。
 で、その…アルディア? ちゃんがどうしたって?」


 問答無用で一発セルにいいヤツを叩き込んでおきながら、帝王さながらに傍若無人な態度で先を促す大河。
 セルも言い返したかっただろうが、実際に惚気話を聞いても不快なだけだ。
 自分の話が惚気になっていた事も自覚していたのか、おとなしく引き下がった。


「お〜イテテ……。
 あ〜、とにかくな、次のデートの約束までしてたのに、ついさっき其処で会ったら、どちら様ですか、と来たもんだ。
 名前を忘れられる程度ならともかく、存在すら知らないって面されたんだぜ?
 こりゃ落ち込むのもムリないよな?」


「あ〜、そりゃイタイな…」


 肩を落として落ち込むセル。
 背中を叩いて大河は慰めた。


「おや?
 セル殿ではござらぬか。
 一体どうしたでござる?」


「え?
 セルさん?」


 カエデと未亜が戻ってきた。
 セルは2人を見て反射的に笑顔を作ったが、それも何時もほどのキレは無い。
 どうやらアルディアとやらに、相当入れ込んでいたらしい。
 ショックが何時もの比ではない。

 心配する2人に、大河が事情を説明してやった。
 呆れるかと思ったが、二人はセルに向かって尋ねる。


「その子って、大きな鞄を提げてて、白っぽい服を着た女の子?
 胸に華の形をしたブローチをつけた」


「え?
 あ、ああそうですけど」


「それならさっき、塔で見かけたでござる。
 誰かを探しているようでござったが……しかし、あの少女…確か名札にティシアと書かれていたでござるが」


 カエデの視力は折り紙つきである。
 観察力も鋭く、頭はそれほどよくないものの、それは諜報員として活躍する忍者の基準で考えたらの話。
 マヌケな所はあるが、かなりの洞察力を持っている。
 そのカエデが言うのだから間違いない。


「セル、ひょっとして人違いだったんじゃないのか?」


「いや、それにしては符合する点が多すぎるんだけど…。
 プレゼントしたブローチもつけてたし…」


「なにやら奇妙な雰囲気の少女でござったな。
 ……にしても、何やら引っかかる………」


 カエデは頭を抱えて悩み始めた。
 少女の何かがカエデのセンサーに引っかかったのだろうか?
 しかし彼女の鋭敏なセンサーは、半分以上が第六感で構成されている。
 そこから具体的な手がかりを得るのは至難の業である。


「ああ、それは私も思った。
 なんて言うか、演技をしてる…のもちょっと違うか…。
 そう、お面を被ってるような感じだったの」


「お面?」


 その少女は無表情なのだろうか、と大河は思った。

 しかしセルとしては、いい加減別の話題に移りたいらしい。
 傷を抉られるような気分なのだろう。


「それはそれとして大河、お前今日は能力測定試験だよな?
 リコ・リスとはもう戦ったのか?」


「いいや。
 リコがどうかしたのか?」


 大河の脳裏に、無表情ながら自分の欲求を無言で伝える少女の顔が浮かぶ。
 妙に大河に懐いているようで、最近では時々笑顔も見せてくれる。
 かなり可愛い笑顔なので、大河としてもポイント急上昇中。
 ツッコミが少ないので大河としては少々不満だが、友人としてはいい女の子だ。
 無論一人の女性としても、大河は彼女が好きなのだが。


「大した事じゃないんだけどな……気をつけろよ。
 今までリコ・リスと初めて戦って勝ったヤツは居ないんだよ。
 未亜さんだって最初は負けたんでしょう?」


「え? ああ、はい。
 最初に戦った時にはそれなりに対抗できました。
 ……でも、やっぱりまだまだ余裕があったと思います。
 でも、次に戦った時には割りと楽に勝てましたけど」


「ソコなんですよ!」


 セルは我が意を得たと言わんばかりに捲くし立てた。


「現在救世主クラス主席のリリィ・シアフィールドでさえ、リコ・リスと最初に戦った時には負けてるんです。
 詳しい事は知りませんけど、寮長も負けたとか……。
 ところが、彼女が勝つのは最初の一回だけで、後はほぼ全敗。
 ちょっと出来すぎてると思いませんか?」


「それは……リコ殿が手を抜いているという事でござるか?
 今ではリコ殿がリリィ殿に勝つのは、10回に1度もないでござるよ」


 カエデの疑問に、セルは肩を竦めた。
 実際の所は、彼女にしか解るまい。
 増してセルは当事者でもなく試験に居合わせた訳でもなく、単に人伝に話を聞いただけである。

 大河はしばらく考え込み、未亜に尋ねる。


「未亜、二度目に戦った時にはどんな感じがした?」


「どんな……って、何が?」


「例えば攻撃の威力が弱くなってるとか、連携が甘くなってるとか、オーラが小さく見えたとか体の一部がもげているとかそういう事はなかったか?」


「オーラって言われても……それにナナシちゃんじゃないんだから…」


 未亜はリコとの戦いを思い出そうとした。
 一度目も二度目も、とにかく必死だったので細かい事を気にする余裕は無かった。
 が、言われて見ればおかしい気もする。
 一度目は、リコにはかなり余裕があったと思う。
 二度目は自分が勝った……しかも割と簡単に。
 その間、一週間足らず。
 たった数回の訓練と座学だけで、そこまで違いが出るのだろうか?
 増して自分は単なる素人である。
 付け焼刃は所詮付け焼刃なのだ。

 傍から見ていた大河から見ても、攻撃のタイミングは変化が無かった。
 となると、単純に破壊力が落ちていると考えられる。
 つまり手を抜いている。
 何のために?


「………手を抜く理由としては……手の内を隠すとか、自分を過小評価させるとかその辺りだよな。
 または………格好いいから?」


「あのリコ・リスが格好いいとか悪いとかで行動するかな…。
 でも、手の内を隠すのはともかく過小評価させて意味があるのか?
 そりゃ確かに同じ救世主を目指すライバルを欺くのは有効かもしれないけど、そこまでのメリットがあるのかと思うと…」


 考え込むセル。
 未亜とカエデ、大河も同感である。
 そもそもリコがそこまで救世主に執着しているかすら分からない。
 彼女は救世主という言葉に大した反応を見せた事はなく、あまり興味がなさそうなのだ。


「ま、とにかく勝てばいいんだな。
 今日辺りリコと試験で当たるような気がするから、その時に探りを入れてみるわ」


「そうか?
 何か面白いことが解ったら、俺にも教えてくれよ」


 そう言ってセルは去っていった。
 どうやらアルディアの事が気になるらしく、召喚の塔の周囲をうろついている。
 ストーカーにならなければいいのだが。

 カエデはアルディアの事を思い出し、やっぱり首を捻っている。


「お兄ちゃん、そろそろ時間だよ。
 闘技場に行こう?
 あ、でもナナシちゃんに渡す物があったんだっけ」


「渡す物?」


 未亜は懐から小瓶を取り出した。
 そこには防腐剤とラベルが貼ってある。


「ゼンジー先生のお勧めだって。
 あの先生、ナナシちゃんがゾンビじゃなくてホムンクルスだって知らないみたいなの」


「まぁ、特別言触らしてる訳じゃないものな。
 渡しても意味がない気がするが……渡すのか?
 今は多分研究科で講義だか実験だかホムンクルスの生成だかに大忙しだぞ」


「頼まれたんだから、渡しておかなきゃ。
 それじゃ行こう、お兄ちゃん、カエデさん」


 研究科には、相変わらず危険な空気が漂っている。
 特に何かある訳ではないのだが、何処と無くマッドな気配が漂っているからだ。
 ルビナスが来てから、その傾向は一層強くなってきた。
 ナナシのボケボケした空気でいくらかマシになっているが、所詮は墨汁に垂らした一滴の水。
 さらに『ルビナスたんナナシたんハァハァ』な連中がいるので手に負えない。
 トドメにルビナスの術理を見せ付けられた研究科の連中が、彼女を神の如く崇めだしたらしい。
 噂では進んで人体実験を受けているとかいないとか。
 現に大河も彼女のものらしき高笑いを聞いた事が何度かある。
 勿論触らぬガイキチに人体実験なし、とばかりにさっさと逃げた。
 そんな訳で、研究科は殆ど余人が寄り付かない天外邪境と化しつつある。

 が、今日は一人だけその中に部外者が居た。
 リコ・リスである。
 危険な気配をものともせず、廊下に一人佇んでいた。
 その視線の先にあるのは、窓ガラスを隔てて何やら講義しているルビナスである。


「……………」


 全く表情を変えず、直立不動で彼女を見つめ続ける。
 自分の研究……ホムンクルスの生成の途中で授業に出てくる羽目になったからか、今のルビナスは少々不機嫌だ。
 それでも白衣を纏うルビナスを見て荒い息をついている連中がいるが、もう日常茶飯事なのでスルーの方向で。


 ふとリコが目を逸らす。
 視線の先には、新たなる闖入者……大河達。


「お、リコじゃないか。
 こんな所で何をやってるんだ?」


「……いえ…何も」


 大河は不自然さを感じた。
 リコはこれで意外と感情豊かである。
 ただ表情に出ないだけで、慣れればその雰囲気から何を望んでいるのか理解できる。
 むしろ理解しやすい。
 基本的にストレートな性格なのだ。

 未亜とカエデも朧気ながらそれを感じ取れるようになって来ている。
 ベリオやリリィにしてみれば、そういう傾向は最近の事で、初めて会った頃には雰囲気どころか存在感自体が薄かったのだが。

 とにかく、今のリコは普段とは違う。
 まるで自分の何かを覆い隠すような雰囲気で、大河にも心のうちを読ませない。
 カエデと未亜も違和感を感じている。


「ルビナスを見てたのか?
 確かにあの姿には萌えるモノがあるが…」


「うん、白衣をズルズル引き摺ってて可愛いよね」


「そういうモノでござるか………?」


 カエデは今一理解できていないようだ。
 リコは改めてルビナスを見る……大河に言われたような視点で見てみたが、彼女も特に何も感じないようだ。
 単に大河と未亜のストライクゾーンが広いだけだろうか。


「…大河さん達は、何故ここへ…?」


「ゼンジー先生から、ナナシ殿に防腐剤を渡すように託ったのでござるよ。
 “ほむんくるす”には不要なものなれど、気持ちはありがたく受け取るべきでござる」


 そう言って小瓶を見せるカエデ。
 特に興味を示した様子も無く、リコは踵を反した。


「なんだ、もう行っちまうのか?」


「もうすぐ時間ですから…。
 ナナシさんにそれを渡すのでしたら、また今度にした方がいいです……。
 研究科の授業は、私達の授業時間帯とはズレていますから…」


 それだけ言って、リコは早足に去って行く。
 未亜は首を傾げた。


「何してたんだろ?
 私達が来たら、すぐにここを離れちゃって…。
 まるで誰にも気付かれずにルビナスさんを観察していたみたい」


「でござるな。
 何時もなら、もう少し師匠に関心を向けるというか、じゃれ付きにいくのに…」


 教室の中を覗きこむと、相変わらず講義は白熱している。
 ルビナスもいつの間にやら不機嫌を忘れて夢中になっているらしく、下手をすると放課後まで終わりそうにない。
 ドアを叩いてルビナスを呼ぼうにも、一歩間違えれば人体実験されそうで怖い。


「仕方ない……今度にするか。
 ……それにしても本当に活き活きしてるな、ルビナスは………!?
 ま、まさか!?」


 諦めて去ろうとした大河だが、急に愕然とした顔になってリコが去って行った方向を振り向いた。


「どうかしたでござるか?」


「リコだよリコ!
 アイツがルビナスを見ていた理由だ!」


「どうせ馬鹿な事言い出すんでしょうけど…まぁ、言うだけ言ってみて?」


 低温の未亜とカエデの視線にもめげず、大河は声を抑えながらも力説する。
 声が小さくなっている分身振り手振りに力が入り、聴衆の2人はちょっと迷惑そうだ。


「古来から、何かに夢中になって埋没している少年少女は魅力が40%増しになって見えると言う…。
 また『惚れた弱み』のせいか、好きになった人の真剣な顔ならその効果は更に倍増する。
 これ、『青春・恋愛漫画の法則』と言う」


「……その法則名はともかくとして、リコさんがルビナスさんを見ていた理由は?」


「解らないか?
 だからだよ恋!
 リコはきっとルビナスに惚れてるんだよ!
 そして道ならぬ恋と解りつつも、こうして遠くから眺めて無聊を慰めぶぽっ!?


 暴走して妄想を語る大河の鳩尾に、カエデの拳が減り込んだ。
 さしものカエデも呆れ返っている。


「師匠…幾らなんでも、そんな事があるわけないでござるよ」


「な、何でそんな事言い切れるんだよ?
 横を見てみろ、横を」


 咳き込みながら言う大河。
 言われた通りにカエデが横を向くと、そこには真剣な顔で考え込む未亜がいた。
 思わず引き攣るカエデ。
 そう言えば、ここにも百合風味な人が居たのだった。
 いつぞや図書館で会った百合の少女も居たし、案外そういう感性の人種は近くに多く居るようだ。
 未亜のは単なる嗜好というか欲望なだけかもしれないが、恋愛感情も大元は欲望だと言うし。


「…思慮が足らなかったようでござる…申し訳ない…」


 闘技場。
 そろそろ時間なので、大河達はナナシに防腐剤を渡すのを諦めて移動した。
 その途中で相変わらずアルディアとやらを探しているらしきセルを見かけたが、それはどうでもいい。

 闘技場に向かう途中に、カエデが未亜に聞いた。


「リコ殿は、実際には強いのでござるか?
 魔法の事はよく解らないので、対峙して氣を感じ取ろうにも、イマイチ参考にならないでござるよ。
 未亜殿は何度か戦ったのでござろう?」


「う〜ん……我武者羅にやってたら、気がついたら勝ってたり負けてたり、程度の事しか覚えてないよ。
 集団で演習をする時にはすぐに負けて抜けてるし、能力測定試験では一対一の時にはやっぱり負けてる事が多いし…。
 もし一対一での戦いの殆どを手抜きで済ませていたんだとしたら、リコちゃんが本気で戦ってる所は見た事ないんじゃないかな?
 私と初めて戦った時も、まだ本気じゃなさそうだったし」


 ちょっと不機嫌そうな未亜。
 彼女とて、理由はどうあれ嘗められていると思うといい気はしない。
 戦闘なんぞしたくもない彼女だが、それでも初めて勝った時の喜びはそれなりのモノがあった。
 それが糠喜びだと聞かされれば、憤慨もしよう。


「俺としても、正直リコが全力でやってるとは思えないな。
 未亜がリコと二度目に戦った時の動きは、初めて戦った時の動きと大差なかった。
 一度だけなら偶然だとも思えるけど、リリィともベリオとも同じ結果が出てるんじゃな…」


 基本的に単純なリリィと、人を疑わないベリオでは気付くまい。
 特にリリィなどは、勝利したら疑問を抱かず、復習をすっ飛ばして次のステップに進もうとするタイプだ。
 問題を解く事は得意だが、その裏を読むのは苦手なのである。
 概ね大河はその逆だ。
 ミュリエルとの腹の探りあいがその象徴である。


 ああだこうだ言っている間に、闘技場に到着した。
 掲示板に、今日の試験の組み合わせが張り出されている。
 大河とリコ、カエデとベリオ、リリィと未亜。
 既にリコ・リスは到着している。
 ベリオも居るが、彼女は基本的に5分前行動を実行するタイプである。
 早めに来ているのは珍しくないが、どう言う訳か召喚器を出して壁に寄りかかっていた。

 心配して近寄ったダリアに、何か話している。


「ダリア先生……今日はちょっと疲れてるんで、休んでもいいですか?」


「あらぁん、熱でもあるのベリオちゃん?
 いいわよ〜、大河君なら疑わしいけど、ベリオちゃんないうなら本当だろうしね〜。
 それじゃあ組み合わせを変えなきゃいけないわねぇん」


 えらくあっさり許可が出た。
 それを聞いた大河が、横から声をかける。


「ベリオ?
 どうしたんだ?
 なんだか疲れてるみたいだが」


「……アナタがそれを言いますか…」


 腰を抑えて、恨めしげに大河を見るベリオ。
 それを見て、カエデと未亜はピンと来た。
 大河をガッシと掴んで押しのけて、ベリオに迫る。
 大河は適当に放り出された。



「何時何処でナニをされたのでござるか!?」
「ソコに至るまでの経緯は!? 今日はどんな事をシたの!?」
「ブラックパピヨン殿もまぐわったのでござるか!?」
「何回? 何回シたの?」
「新しい“てくにっく”は体得したでござるか?」


 目を爛々と光らせて、大河との行為の情報を引き出そうとする。
 野次馬根性丸出しだ。
 小声ながらも迫力満点で、ベリオは誤魔化す事など出来そうにない。

 現在未亜を中核として、大河を打倒するために同盟が出来上がっている。
 ベリオはブラックパピヨンと共に同盟に加入し、その際に日中に機会があれば最後まで行ってもいいという条件を獲得している。(4−1参照)
 そのためNTRがどうの浮気で刺されてどうのと言う心配は無いのだが、その代わりに単独での行為は逐一同盟に報告しなければならなかった。
 要は他人の行為の事を知りたいという下世話な好奇心の表れなのだが、誰かから報告される時にはベリオも興味津々で聞き入っているので反抗の余地はない。

 ちなみに今回は早朝の礼拝堂で、ベリオとパピヨン合わせて都合6回戦まで。
 祭壇に手を付かせてバックからだったそうな。


 大河は針の莚を体感しているようだ。
 女同士の会話に混じれず、さらに近くのリコからレーザー砲のように痛い視線が飛んでくる。
 あまつさえ、ダリアが耳を巨大化させて盗み聞きをしていた。
 何を聞いたのか、大河を横目で見てこっそり唇を舐めていたり。

 大河はモテる男の宿命だと言い聞かせて耐えるが、はっきり言って生温い。
 いつか制裁を加えねばなるまい。
 それも手を出した女の数だけ刑が重くなるような。
 ………ちなみに人はそれを修羅場と称す。

 少しでも早く試験が始まってくれと、初めて願った大河だった。


「な、なぁリコ、ちょっと聞きたい事があるんだが…」


「なんですかケダモノの大河さん」


 空気に耐えかね、リコに話しかけた大河だがのっけから鋭いストレート。
 顔を引き攣らせる大河と、澄ました顔のリコ…ただし怒っているっぽい。
 それでも針の莚よりはマシと割り切って、大河は怯みながらも話しかける。


「セルから聞いたんだけど、最初に戦った時にはリリィやベリオとも勝ったんだよな?」


「それがどうかしましたか、肉欲獣の大河さん」


「……いや、それから後は殆ど勝ってないんだろ?
 本気でやってるのかなと思って」


 冷たいリコに必死に話しかけるが、返ってくるのはやはり冷たい返事のみ。
 こりゃダメだと思ったが、リコは大河の疑問に応じて顔を向けた。
 ……確実に怒っている。
 気のせいではない。


「………例えリリィさん達との戦いを本気でやってなかったとしても」


「お、おう」


「この一戦だけは、かつてない程に本気で戦おうと思います。
 私も女ですので……女性の敵を放置する事はできません」


 リコの背後に阿修羅が見える。
 思わずビビって後退する大河。
 リコが『そんな事するなら、私にももうちょっと構って…』とか何とかブツブツ言っていたが、大河には聞こえなかった。

 大河は何故リコがそこまで怒っているのか理解できない。
 彼にも複数の女性と付き合う事は道徳の道に外れるという認識はある。
 あるが、それと同時にそういう道徳は様々な文化の一面でしかない事も認識している。
 結果として、自分に都合のいい結論が出てしまったのだろう。
 道徳からは外れているが、本人達の間で合意が成立しているならば何の問題も無いと思っているらしい。
 一面では正しいかもしれないが、人間関係は当人だけでなく第三者も関わって形成されている事を忘れている。
 そもそも、リコにそこまで好意を持たれている事に気がついていないのだ。

 どっちにしろ、ヤキモチという大義を振りかざされると大河は抵抗しにくくなる。
 相手の精神状態を乱すのは戦略上非常に有効かもしれないが、この場合大河の方がよほど乱されていた。


「ついでに…」


「ン…?」


「見極めさせてもらいます」


「…何をだ?」


「アナタがただの女の敵か、それとも見所のある女の敵かをです」


「……どっちも似たようなモノじゃん!」


 ……リコの怒りは根深そうだ。
 ちなみにリコが見所のある女の敵と言うのは、『戦闘能力のある女の敵』ではなく『とんでもない女の敵』という意味である。
 どっちに転んでも、大河は肉欲獣の謗りを免れそうに無い。

 リコのご機嫌取りをする大河。
 アタフタして、頭を撫でようとしても睨み付けられ、中々の醜態を晒している。

 相変わらず未亜とカエデによるベリオの審問会は続いているし、ダリアはそれを傍受している。
 リリィの登場を願う大河だったが、実を言うと彼女は既に到着している。
 そして物陰から、大河がアタフタするのをこっそり覗いて楽しんでいたりした。
 普段の仕返しだろうか。


 チャイムが鳴って、ようやくリリィが闘技場に姿を現した。
 その手にはつい先程何かを撮ったらしき幻影石が納められているが、大河達はそれを知らない。
 大河を見て嘲笑うような笑みを向けるが、これは妖しい顔で返された。


「……ナニよその顔は」


「いや別に。
 ネコミミが可愛かったな〜とか、また触りたいな〜なんて思ってないぞ」


んなッ!?


 この一週間、大河も未亜もこの話題に全く触れようとしなかった。
 それだけにこの不意打ちは効いた。

 あっという間に余裕が吹き飛び、人生最大の恥がフラッシュバックする。
 可愛いとか言われて顔が赤くなっているのがなおさら悔しい。

 実を言うと、着替えた時に全身を姿見に写して、何気に自信を持ってしまったりしたのが致命的。
 ポーズをとってみようとして、慌てて正気に返ったくらいだ。
 もし誰かに見られていたら、電撃かまして記憶抹消所では済まない。
 その後は妙な暗示のおかげで記憶が無くなっているが、未亜と大河が恍惚としていたのでロクでもない事が起きていた事は確実だ。

 何とか反撃しようとしたが、大河はさっさと闘技場の中心に向かってしまった。


「うう〜……っ!
 い、何時の日か……何時の日かっ………!」


 歯を食い縛り、涙すら流して悔しがるリリィ。
 その肩にリコの手が置かれた。
 泣くのをやめて振り向くと、何時になく無表情なリコの顔。
 ただし何かが燃え盛っているように見える。


「あ、あの…リコ……?
 一体どうしたの………」


「いつ…ですか」


「へ?」


「“いつか”なんて日は、何時ですか?」


 某南国少年みたいな台詞を吐きつつ、リコは手に力を篭めた。
 非力なはずのリコの手は、リリィの肩を骨が軋む程の力で締め付ける。


「あ、あの、ちょっとリコ?」


「リリィさん、ナニをされたんですか?」


「あ、いや、その、アレはソレでそう、だからそうじゃなくて」


「自分で決めなければ、“いつか”なんて日はやってきません!
 戦うべきは今でしょう!


「ひぃっ!?」


 珍しくアグレッシブというか感情的というか、怒りを露にするリコ。
 物珍しさも手伝って、リリィはその迫力に飲み込まれた。
 どうやら唯でさえヤキモチ気味の心情の所に、更に気になる男性にちょっかいを出されたと思しきリリィが現われてキレてしまったようだ。


「今を戦わない者に明日はやってきません!
 今日この日この瞬間に輝けない者が、明日輝けるとでも!?
 いつからアナタはそんな腑抜けになったんですか?

 こちとら食事だけではエネルギー不足で、空腹感に苛まれて日々苛々しているというのに、アナタ方はそんなにエネルギーの無駄遣いが好きなのですか!?
 他の人にちょっかいを出すくらいなら、私にその分のエネルギーを渡してください!
 大河さんなら私もOKですから、今すぐエネルギーを補充してください!
 それとも何ですか、貧乳はよくても微乳や無乳はダメだとでも!?
 肉欲獣で煩悩まみれの大河さんの分際で、そんなグルメ気取りが許されると思っているのですか!?
 どっかの竜の神様や人外の血を引くお嬢様と一緒に制裁を加えますよ!?」


「ちょっ、リコ、落ち着け!
 落ち着きなさい!
 っていうか、アレだけ食べてまだエネルギー不足なのアンタは!?
 そもそも文句は大河に言いなさい!
 どうして私に言うのよ!?」


「大河さんに直接言ったら、誘っているふしだらな女だと思われるかもしれないじゃないですか」


 リリィは天地が引っ繰り返るかのような目眩に襲われた。
 リコにこのような一面があったのも意外だが、彼女が大河にそういう感情を持っているのも意外だ。
 しかしそれはまだいい。
 リコにだって感情はあるし、今では自分も大河に多少なりと好意を抱いている……それ以上に敵意がテンコ盛りだが。

 エネルギー不足云々はよく解らないが、要するに疲れている時に周囲でドタバタされて苛立っていたのだろう。
 そこに大河の毒牙にかかった(らしい)人物がまた一人増え、『私がこんなに疲れているのに、アナタ達はお楽しみですか』とキレてしまった。
 普段大人しいだけに、キレると手に負えない人物は珍しくない。

 が、大河にふしだらな女だと思われる?
 あの大河が、そんな事を気にする訳ないではないか。
 むしろ喜ぶのが目に見える。

 リリィはもうどうでもよくなって来た。


「ああそう……だったら今回の能力測定試験で大河に勝って、指導の名を借りて命令してみたら?
 大河がいつもやってる事なんだから、やられたって文句は言えないでしょ。
 命令権は一日だけでも、効果がずっと続くような魔法でもかければいいじゃない」


「! その手がありました…」


 天啓を受けたかのような顔をするリコ。
 くるりと振り返って、闘技場の真ん中で何故か“ろ”の字を書いている大河を睨みつける。


「大河さん…今回は全力を通り越して、消滅する寸前まで戦い続ける所存です。
 覚悟しておいてください………」


「……アンタ、本当にリコなの?
 あのバカに乗り移られてない?
 やっぱり空気感染でもしたの?
 ……で、結局大河を大人しくさせるの?」


「いいえ。
 そんな勿体無い事はさせません。
 むしろ私のご飯になってもらいます」


「カ、カニバリズム!?」


 リリィが心底リコに恐怖した瞬間だった。
 もしこの迫力を測定試験で出されたら、それだけでリリィは頭を下げてギブアップするかもしれない。
 ほんのちょっとだけ大河に同情したリリィだった。


「それにしても、今日は随分感情的ね、リコ?」


「私の力の根源は赤の力、理性を超えた感情と命の力ですから。
 普段感情を出さないのは、力を溜め込むために感情を押し込めているからです。
 その分、何かの切欠で開放したらすごい勢いになりますが…どうも最近コントロールできなくて」


「赤の力……? 感情?」


「そ、それでは行ってきます!
(しまった……感情的になりすぎて、口が滑った…)」


 首を傾げるリリィを置いて、リコは大河の前に走って行った。


「それじゃあ、始めぇん!」


 ダリアの声と共に、大河はトレイターを呼び出して構えを取った。
 さっきから、妙な圧迫感をリコから感じる。
 そう言えば先程リリィを相手に激発していたみたいだし、普段のリコとは少し違うのかもしれない。 

 ソレより何より、リコから妖しい気配がプンプン感じられる。
 何と言うか、慣れ親しんだ煩悩の匂いだ。
 ああ、男が女を下心込みで見る時はこんな視線なんだろうな、と大河は何となく思った。

 救いなのは、煩悩というか欲望の力が強くなって、逆にヤキモチの気配が少なくなっている事だろうか。
 戦いにくいのは変ってないが、これなら反撃できる。
 むしろこの手の戦いは得意分野だ。
 伊達に横島の友人…ナンパ友達はやっていない。
 彼の煩悩に比べれば、リコから放たれる気配なぞ知れたもの。
 何故リコからそんな気配がするのかは解らないが、とにかく勝ってしまえばいい。
 その暁には、当然指導権を駆使してリコと色々やるつもりである。


「いくぜリコ!」


「はい。
 本気でいきます…。
 ご飯が無くならない程度に」


「ご飯!?」


 予想外の言葉に驚く大河。
 一瞬の硬直から立ち直ったが、その時リコは既に視界から消えていた。


「!?」


ジジジジ……


 目を見張る大河は、自分のすぐ横から危険を感じさせる音を聞き取った。
 咄嗟にトレイターを振りぬいて跳躍する。
 牽制に振るわれたトレイターは、真横に出現していたリコにぶつかる。
 しかし彼女を包む白い光がそれを阻んだ。

 リコはその光を纏ったまま大河を追尾する。
 一直線に進むのではなく、軌道を大河の死角に乗せて突っ込んだ。


「このッ!」


「効きません」


 大河は咄嗟にトレイターを爆弾に変えて投げつけたが、爆発はリコに微塵の衝撃も与えなかった。
 しかし僅かに軌道がずれる。
 大河はそのズレに強引に割り込み、リコの体当たりから直撃を免れた。
 リコはそのまま慣性に任せて飛び、大河から距離をとった。
 着地と同時に瞬間移動。
 その一拍後に、大河のナックルがその場所を通り過ぎる。

 リコが移動したのは、大河のすぐ上空!
 大河が静止する瞬間を見切り、リコはページをばら撒いた。


「甘いわぁっ!」


 しかし大河は手に爆弾を掲げ、その爆風でページを全て吹き飛ばした。
 リコの視界が塞がれ、大河の姿を見失う。
 すぐに瞬間移動でその場を離れた。
 移動の際に湧き出る光を目印にして、大河が再び突っ込んでくる。


「くっ……ネクロノミコン!」


 一人では捌ききれないと判断したリコは、大河に対する牽制のため本の魔物を呼び出した。
 オートで動くように命令し、自分は大河に集中する。
 ネクロノミコンが、突っ込んでくる大河に冷気を吹きかけた。
 大河はすぐに飛び退いたが、槍に変えていたトレイターにはモロに冷気が直撃する。
 トレイターが凍りついた。


「このまま決めます!」


 リコは空を指差して隕石を召喚し、さらに自分の前方にスライムを召喚する。
 スライムを迂回して大河の横に移動して、逃げ道を塞ぐ。
 大河は凍り付いて変化させられないトレイターを振ってリコを牽制するが、リコは近寄ろうとしないのであまり意味はなかった。
 その隙を突いて、スライム…ぽよりんが大河に襲い掛かる。
 大きく広がって大河を包み込み、一瞬で収縮して大河を拘束した。
 頭だけぽよりんから突き出している大河目掛けて、隕石が落下してくる。
 リコはさらに隕石を呼び、大河に狙いを定めた。


「大河さん、これで詰みです。
 トレイターは凍り付いて変化させられません。
 私が召喚を完了すれば、あと5つは隕石が降ってきます。
 最初の隕石が直撃するまでにギブアップしなければ、全て大河さんに叩き込みます。
 躾と八つ当たりを兼ねて」


「八つ当たりはともかく躾!?
 ……それはそれとして、ついさっき新技を考えたんだ。
 ギブアップはそれからでも遅くないだろう?

 トレイター!


 大河は凍りついたトレイターに念を送る。
 隕石はもう少しで大河に到達する位置だ。

 それを無視して、大河はトレイターを変化させた。
 いや、形はそのままなので変質と言った方がいいかもしれない。


「うおりゃあ!」


 ぽよりんが内部から爆散する!
 その一瞬後に隕石が着弾し、埃が舞い上がる。
 その中から人影が飛び出し、リコに突きかかった。


「効きませ『ボムッ!』!?


 余裕を持って甲虫(?)で防いだリコだったが、予想外に重い衝撃と爆発で吹き飛ばされた。
 何とか受身を取って大河を見ると、トレイターの穂先が赤く染まっている。
 それも一定の色ではなくて、一刻一刻と色を変える、まるで炎のような赤。


「それは!?」


「なに、トレイターを槍の形のまま爆弾に変えてみただけさ。
 中身だけ爆発してるようなものだから、爆発しても爆弾みたいに消えないし、常に爆発し続けているから攻撃力はかなりのモンだ。
 即興だったが、上手く行ったな……名づけてテンコマンドメンツ・爆弾の剣エクスプロージョン…ってか?
 槍だけど」


 要するに当たったら無条件で爆撃を受けるようなものだ。
 反動が大きいので連撃には向かないが、その分一撃の攻撃力はかなり高い。
 現に盾を支えていたリコの手は、痺れて使い物にならなくなってしまった。

 大河はここぞとばかりに攻め立てる。
 リコは連続ワープで避けるが、大河は次第にリコの移動パターンを理解してきたようだ。
 リコがワープで消えると同時に方向転換し、ダッシュで一息に突き進む。
 その先にリコが居れば続けて攻撃、居なくても反撃は受けない。
 そして狙いはどんどんシャープになっていく。

 このままでは追い詰められる。
 そう悟ったリコは、ワープしてから現れるまでのタイミングを微妙に変えた。
 攻撃のタイミングをずらされた大河は、勢い余ってリコの射程範囲に入り込んでしまう。


「ハルダマー!」


 リコの手から、奇妙な弾が発射される。
 スピードはそれほどではなかったし、狙いも甘い。
 大河は構わずリコに突撃した。
 ハルダマーと呼ばれた弾と擦れ違い、硬直状態のリコにカウンターを叩き込もうとする。
 が、大河の足は途中で止まってしまった。


「な、なんだぁ!?」


 ハルダマーが地面に着弾したがした瞬間、大河の体は後ろから襟首を捕まれたかのように急停止した。
 足は前に進もうとしているのに、体が後ろに引き摺られる。
 振り返ると、何やら大きな歪みが見える。
 どうやら空気の屈折率が変化しているらしい。
 大河はその中心…弾だと思われた、丸められた紙切れに向かって引き寄せられていた。


「ぶ、ブラックホール!?」


「そこまで強くできません。
 それでは……テトラグラビトン!」


「んなぁっ!?」


ゴゴゴゴゴゴゴ…………


 ブラックホール(仮)の中心に引き寄せられて身動きが取れない大河に、極大の隕石が迫る。
 このまま直撃したら、召喚器の恩恵があったとしてもアバラ骨が全壊するくらいではすまない。
 大河はハルダマーによって作り出された引力に引き寄せられて、足が地面についていない。
 走って逃げるには当然地面を蹴らなければならず、大河は逃げる事が出来ない。
 かといって爆弾の爆風如きで逃れられる引力でもない。
 あがく大河に、冷静な…あるいは冷静を装ったリコの声。


「これで最後です。
 ………大分疲れました。
 大河さんにはエネルギー補填と今までの八つ当たりも兼ねて、存分に搾り取らせてもらいます。
 今の私は空っぽに近いので、巨大ホッキョクグマが如き大河さんのエネルギーを全て受け止めきる自信があります。
 ええ、それはもう一晩中どころか一週間ぶっ続けでも。
 覚悟しておいてください。
 ………(にへらぁ)」


 戦闘中だというのに、なんと言うかとてつもなく不気味な笑みを浮かべるリコ。
 それは『ご飯』への期待だろうか?
 大河がソレを見て、『ああ、リコってこれが地だったのかなぁ』なんて思ってしまっても、誰が責められよう。

 が、何にせよ大河はまだ諦めていない。
 新技…爆弾の特性を持たせた槍を見る。


(流石にあのデカブツをどうにか出来るかは疑問だが……この際だ、やってやる!)


 最後の足掻きとばかりに、大河はトレイターを槍から大斧に変えた。
 槍に爆発の衝撃を付与する事が出来たなら、斧にも出来るはず。
 引力に翻弄されながらも、大河は隕石を睨みつける。


「砕け散れェ!」


「!?」


グガァン!


 大河は振りかぶった大斧を全力で振り下ろす。 
 燃える隕石とトレイターがぶつかった瞬間、凄まじい轟音と衝撃が闘技場を震動させた。
 思わず目を閉じるリコ。
 三半規管を直撃する空気の振動で、リコは平行感覚を失って座り込む。

 何かが自分目掛けて飛んでくるのを察知して、リコは咄嗟に結界を張った。
 ガツガツガツ、と結界に硬質の何かが当たる。
 それは隕石の欠片だった。


(私の全力を込めたテトラグラビトンを砕いた……!?)


 信じられずに立ち竦む。
 が、それは戦闘では致命的な隙。


「貰ったぁ!」


「!!」


 ややふら付きながらも、大河がリコに突撃する。
 だがリコにはもう反撃する力は残っていない。

 大河は一直線に突き進む……が、途中で急に進路を変えた。
 その一歩手前で、地面からマジックソードが突き出される。


(これも見破られた……もうエネルギーが残ってない…)


 観念するリコ。
 その首筋に、トレイターが当てられた。
 流石に大河も限界に近いのか、息が荒い。


「終わり、だな?」


「…はい。
 それで………いつ私を襲うのですか?
 出来るだけ早くしてくれると助かるのですが」


「……………」


 リコと大河の戦いを見た救世主クラスとダリアは唖然としていた。
 順位で言えば最下層だったリコと、何だかんだ言っても戦闘能力が異常に高い大河。
 勝者は予想通りだったが、そこに至る経過が全くの予想外である。


「リコ……あんなに強かったの…?」


「セル殿から聞いた話…これで確実でござるな。
 何らかの理由で、リコ殿は試験では手を抜いていたのでござる」


 最後に巨大隕石を砕いた余波で、闘技場の真ん中にクレーターが出来ている。
 さらに砕けて飛び散った隕石の欠片が、壁やら地面やらに着弾して穴だらけ。
 咄嗟にベリオとリリィが結界を張ったが、自分達も危うく直撃するところだった。

 しかも息を切らせている大河に対して、リコはそれほど体力を消耗した様子はない。
 疲労してはいるらしく顔色が悪いのだが、それでも足取りはしっかりしていた。
 殺し合いならば大河が問答無用でトドメを刺して終わりかもしれないが、今は試合である。
 とてもではないが、リコは敗者には見えない。


「あの重力の塊に、極大隕石に、ワープから間髪入れずに放つインフェイム……それも長く続く…。
 どれも私達との戦いでは、一度も使わなかった技だわ………。

 ちょっとリコ!
 アンタ一体どういうつもりよ!?」


 リリィがリコを怒鳴りつける。
 リコは興味なさ気にリリィを見た。


「アンタ今まで手抜きをしてたわけ!?
 私達を舐めてるの!?」


「………私は必要な時にしか力を奮いません。
 それほどの余裕がないからです。
 …今回は重要だった、それだけの事です」


 いきり立つリリィを置いて、リコは闘技場から出て行った。
 恐らくエネルギー補給に食堂へ行くのだろう。
 ちなみにボイコットだが、あまりに堂々としているので誰も気付かない。
 リリィはまだ文句を言いたかったが、当人が居ないのではムリな話だ。
 八つ当たりをしようにも、その最たる標的の大河は疲れきっている。


「う〜ん……リコちゃんがあんなに強かったのは意外ねぇ…。
 ま、それはそれとして、次の試合に行くわよぉ〜。
 ……でも、カエデちゃんの相手のベリオちゃんは体調不良だものね。
 未亜ちゃんかリリィちゃん、代わってカエデちゃんと戦ってくれない?」


「それなら私がやります!
 未亜、アンタは大河を保健室にでも連れて行きなさい」


 八つ当たりでもするつもりなのか、闘志に目を輝かせてカエデを見るリリィ。
 未亜にも異存はない。
 特に戦って勝ちたいとも思わないし、正直な話、カエデに勝てるとも思わない。
 これ幸いと、大河を保健室まで連れて行く。
 ベリオも連れて行こうかと思ったが、ゼンジー先生に何故調子が悪いのか見抜かれたりしたら恥ずかしい。
 それもかなり深刻に。

 結局ベリオはカエデとリリィの戦いを見物する事にした。


「師匠があれほど頑張ったのでござる。
 拙者も根性を見せねば、師匠に申し訳が立たんでござるよ」


「私に勝てるかしら?
 根性だけじゃどうにもならない事もあるのよ。


 ピリピリ殺気を放出しながら向かい合う2人。
 どうやらリコと大河の戦いで、闘争本能を煽られたらしい。
 ダリアの合図と共に、2人はそれぞれの間合いを確保せんと移動した。


「……この際だから、アンタには実力の差を思い知ってもらうわ。
 そしてナナシに余計な事を教えた報い、受けてもらうわよ」


「ナナシ殿でござるか?
 余計な事…と言われても、拙者がナナシ殿に教えたのは里の同盟先の秘伝体術千年殺し…ようするにカンt「それ以上言うなぁっ!」ぬおぅ!?」


 リリィの感情的な奇襲で、2人の戦いは幕を開けた。


 保健室に行き、簡単な手当てを受けた大河。
 今は未亜と共に屋根裏部屋にいる。
 そして未亜の手には、手作りのお粥。


「はい、あーん」


「…いや、自分で食えるんだけど……あむ」


「そう言いながら素直に食べてるじゃない。
 あ、文句いいながらだから素直じゃないかな?」


 なんだかんだ言っても、大河はかなりのダメージを負っていた。
 何とか誤魔化そうとしたが、未亜にはお見通しである。
 最後のテトラグラビトンを砕いた衝撃で、大河の手は使い物にならなくなっていた。
 骨折などはしていないが、下手に動かすと痛みが走るようだ。
 それ以前にも、新技…爆発能力を付加した攻撃は、かなりの反作用を伝えたらしい。


「これなら明日までには治るけど……やっぱり動かさない方がいいかな」


「動かさない方がいいんじゃなくて、動かしちゃダメだよ。
 ゼンジー先生は大丈夫だって言ってたけど、大事をとっておけとも言ってたじゃない」


 怖いが名医のゼンジーの言う事である。
 流石に大河も従った。


「でも、お兄ちゃんのあの技は私達にも使えそうだね」


「テンコマンドメンツの事か?」


「それ、正式名称にする気?
 ……それはともかく、召喚器ってとっても頑丈じゃない。
 だから炎を灯して打撃力を上げたり、雷を纏わせて麻痺効果をつけられるんじゃないかな、と思ったんだけど」


「そうか…俺は単体でやったけど、何も一人で使う必要はないんだよな」


 例えば未亜の放つ矢をベリオが作ったホーリーウォールに通して聖なる魔力を纏わせたり、カエデの黒曜にリリィのブレイズノンを宿して『爆熱!シャイニングフィンガー!』などが出来るかもしれない。
 これが滑らかに出来れば、救世主クラスの攻撃力は一気に跳ね上がる。
 しかし、その為には綿密かつ正確な連携が必要不可欠だ。
 大河一人で使う分には連携は必要ないかもしれないが、かかる負担が大きすぎる。


「上手くいけば、かなりの効果が期待できるな」


「でしょ?
 召喚器に何か細工をするっていうのは、かなり有効だと思うよ。
 ちょっとやそっとの無茶じゃ壊れないから、研究しても問題ないと思うわ」


 意外と武力的な考え方をするようになってきた未亜を見て、大河は複雑な思いにかられる。
 なんだかんだ言った所で、彼女を殺し合いの運命に引きずり込んでいるのは自分だ。
 本当に未亜だけが大事なら、“破滅”もなにもかも放り出して、2人だけで生きて死ねばいい。
 難しいかもしれないが、決して不可能ではない。


(結局……未亜を振り回してるんだな、俺は…)


 それでも彼はこの因果から逃げる気はない。
 仲間を見捨てたら、その瞬間に大河の中の何かが死ぬ。
 未亜ほど大事ではないが、それは大河を構成する重要なファクター。
 未亜もそれを察しているから、やりたくもない殺し合いの訓練をしているのだ。
 いざという時、大河の枷にならないように。
 何かあった時、大河を助けられるように。

 大河はそっと未亜の手を握る。
 未亜は首を傾げて、大河の顔を覗き込んだ。
 ちょっと笑って、お粥を自分の口に入れる。
 そのまま無言で大河に口付けた。
 お粥を口移しして、大河が咀嚼する間に未亜は大河の頭を撫でる。


「そんな顔しないで……私もみんなが好きだから。
 お兄ちゃんだけじゃなくて、みんなを守るためなら私は戦えるよ。
 私の世界は、ちょっとだけ広くなった。
 お兄ちゃんが生きているだけじゃ満足できない。
 それは最低限の条件であって、幸せの条件じゃないもの」


 大河は自分の足で立とうとしている未亜を見て、ちょっとだけ寂しさを感じた。


「それはそれとして、リコちゃんはどうするの?」


「どうするって?」


「ほら、指導の事だよ。
 また何かいやらしい事するんじゃないの?」


「…そう言えば、俺勝ったんだっけ…。
 どうもそんな気がしないから忘れてた」


 大河はポリポリ頭を掻く。
 少し前までの未亜なら、大河がリコにナニかをしようとすれば怒って止めただろう。
 しかし、今の彼女の目には何かを期待するような光が宿っている。


「……ナニをせよと言いたいんだ?」


「あのね……私にシた事がない事をリコちゃんにやってみて欲しいの」


 初っ端から浮気公認する未亜。
 これ以上愛人が増えるのはノーセンキューと自分で言っているのだが、どうやら美味しい機会が巡ってくるとあっさり転んでしまうようだ。
 現に一週間前のリリィネコミミ事件では、煩悩というかフェチ心のままに暴走している。
 機会があったらもう一度、と考えている始末だ。

 大河は未亜の期待に満ちた視線を受けて、未亜にやっていない事を考える。
 …後ろはもう開発済み。
 48手は一通り試したはず。
 道具も使った。
 野外で青姦も何度か。
 コスプレ? 現在進行形でやっている。
 排尿・排泄……後ろを開発する下準備でやった。


「………改めて考えると、えらく爛れた生活送ってるな」


「ナニを今更。
 全部お兄ちゃんが言い出したんだからね」


 大河は冷や汗を垂らしつつ、未亜に向き直った。


「しかしやってない事っつーたら、スパンキングとか本格SMとかぐらいだぞ。
 他の男に見せ付けるとかは論外だからな」


「うん、それは解ってるよ。
 だから私がやって欲しいのは、SMとかそういう痛い…というか体を痛めるようなヤツなの」


 エライコトを言い出した。
 これも目覚めたSゆえだろうか?
 目が鈍い光を放っていらっしゃる。


「そ、それをリコにやってどうするんだ?
 要するに本格的に調教しろっていうのか」


「うん。
 お兄ちゃんもやった事ないでしょ?
 本当に痛いのが気持ちよくなるのか、私は信じられないし」


 確かにやった事はない。
 なんだかんだ言っても未亜を叩くようなマネは抵抗が大きく、中途半端にしかならないのでやっていなかった。
 未亜が最初からソッチ系の属性を持っていたなら解らないが、幸か不幸か彼女はソッチ系の趣味は無い。
 調教のノウハウは覚えているが、流石の大河も未亜に試したり無理矢理属性を付加するような事は出来なかった。


「だからね、誰かで試して本当に気持ちよさそうだったら、私も開発してもらおうかなーって」


「………ナニガアッタンダオマエ」


「っていうか、私も調教ってやってみたいし。
 無垢な女の子を私用に染め替える……なんてゆーか、イケナイ感覚が背筋をゾクゾク走らない?」


「………ナニヲカンガエトルンダ」


 笑顔でとんでもなく鬼畜な事を言い出す未亜。
 流石の大河も開いた口が塞がらない。
 テヘ、と誤魔化す未亜だが、むしろ恐ろしい。


「ど、どっちにしろ流石にそれは出来ないって。
 指導出来るのは一日だけだぞ。
 元から素質のあるヤツならともかく、時間が足りなさ過ぎる。
 写真を撮って脅すとかしたら、物証が出来て足がつくしな」


「ちぇ……じゃあ、誰か丁度いい人見つけたら実験してみてね」


「お、おう……でいいのか?」


 よろしくない。
 断じてよろしくない。
 でもダークにならなければ、きっと此処に止める人はいないだろう。
 だから次の章かその次の章辺りで、誰かさんが目覚めるかもしれないのでお楽しみに……本格描写はないけど。


「でも、それならリコちゃんにナニかするのは禁止だからね」

「わかったよ……試合中も何だか俺を食べるとかなんとか言ってたから、用心しとくか」

「食べる? ……リコちゃんって、人食いの習性でもあるの?」

「いやまさか…と思いたい」


 でも食堂での食べっぷりを思い出し、人間一人くらいペロっと行きそうだと思ったのはヒミツである。
 2人が危険な想像をして口元を引き攣らせていると、ドアが開いて人が入ってきた。


「師匠、未亜殿、元気でござるか〜?
 拙者負けてしまったでござるよぅ、慰めてほしいでござる〜」


 別段落ち込んでもいそうにないカエデ。
 リリィの魔法を受けたのか、あちこちに焦げたような後がある。

 軽やかに走ってきて、大河の足元に座り込んで寄りかかる。
 そのまま膝に顎を乗せてすりすり。
 犬を連想させるような仕草は、確実に狙ってやっている。


「カエデさん、怪我はないんですか?」


「大丈夫でござる。
 少々炎やら電撃やらを受けてしまったでござるが、単に痺れて動けなくなっただけでござるから、大した外傷はないでござるよ。
 師匠〜、不肖の弟子で申し訳ないでござるぅ〜」


 大河の膝にカエデは顔を擦り付ける。
 それを見て、大河のスイッチが入り始めた。


「わかったわかった……でも、不肖の弟子にはオシオキだな。
 罰ゲームとも言うが……カエデ、舐めろ。
 未亜はカエデを慰めてやれ」


「ハイでござる…んむっ…それでは失礼して…」


「こんな事が出来るくらい元気なら、お兄ちゃんもカエデさんも大丈夫そうだね…。
 それじゃ私も…」


 それから暫く水音が屋根裏部屋に響き続けた。


 リコは食堂で、ただひたすらに食事を続けていた。
 普段もすごいスピードで食べているが、今日は明らかに別格だ。
 ついでに言うと、眉間に少し皺ががよっている。
 機嫌が悪いらしい。
 周囲の人間達は、普段は淡々と小動物のように食事を続けるリコが妙に感情的なので戸惑っている。
 今日の食べ方は、まるで砂漠を彷徨っていた半死人が水と食料にありついて貪るような……というより、競馬で負けたオヤジが帰り道に電柱を蹴り飛ばすようなカンジだ。
 つまり何だか八つ当たり気味なのである。

 周囲からの視線を気にも留めず、リコはどんどん食料を摂取していく。
 噛んでいるのか疑問なくらいのスピードだ。
 普段は頬がリスのように膨れるのだが、今日はそれすらない。
 流石に今の彼女に萌えるような人物は少ない。
 小動物的可愛らしさが、拗ねたガキのようなピリピリした気配に変っているのだ。

 当のリコはというと、味を全く気にせずに心中文句を言っていた。


(迂闊でした…。
 ついリリィさんに乗せられて大河さんから栄養摂取しようと思いましたが、それをやると大河さんが…。
 もう誰も選ばないと決めたのに…。

 大体大河さんが悪いんです。
 色々な人にコナをかけておきながら、私には殆ど何もしないし。
 もっと頭を撫でてほしい……のはともかくとして、このエネルギー不足をどうしてくれます?
 大河さんを食べて失ったエネルギーまで補充するつもりだったのに…。
 結局ほぼ全力を使ったというのに負けてしまうわ、よくよく考えてみれば最初から捕食は事実上不可能だわと、もうやっていられません。
 いっその事、後の事は考えずに大河さんと契ってしまいましょうか?
 大河さんなら、案外どうにかしてくれるかもしれません…………ダメですね、エネルギー不足で考えが危険な方向に向かっています。
 もっと食べなければ…。

 何とか問題ない程度のエネルギーは食事で確保できましたが、当分大人しくしていた方がよさそうですね。
 はぁ、大河さんが絡むとどうして感情の制御が出来ないのでしょうか?
 彼の前だと、妙に饒舌になっています…。
 おかげでリリィさんを相手に捲くし立ててしまうし……私のイメージが完全に崩れてしまったでしょうね)


 リリィを相手に喚きまくったのは、彼女自身本当に意外だった。
 彼女はまず大河と懇ろにはなるまい、と踏んでいたせいか、リリィが大河と何かヒミツな行為をしたらしいと思った瞬間に、何やらアクセルが踏み込まれたらしい。
 ふと気がつけば、リリィの口車に乗せられて大河を前に全力で戦おうとしている自分。
 それも完全に暴走が収まったわけではなく、やっぱり目の前のご飯…大河を確保しようとしていた。

 確かに大河の事は好きだ。
 それが男女間の思いなのかは別として、気になる存在である事は確かである。

 アヴァター史上初めての男性救世主候補。
 召喚した覚えのない2人の片割れ。
 争いの少ない世界から来たという割には、妙に高い戦闘力。
 いつぞやベリオと戦った時には、魔力球を切り裂き、斥力の壁を蹴り飛ばし、あまつさえ殆どそのダメージを受けていない。
 今回のリコとの戦いもそうだ。
 リコの攻撃が妙に効きづらい。
 確かに効果はあるのだが、まるで大河の周りにクッションでもあるかのように、ヒットする時には力が抜けてしまう。
 ならば大質量で吹き飛ばしてくれようと、切り札の極大隕石まで出したのだがあの様である。

 とにかく普通ではない。
 まるで魔力を霧散させているかのようだ。

 自分の頭を撫でた人物としても初めてである。


(私は…大河さんに恋でもしているのでしょうか?
 ………できるのでしょうか、私が?
 …確かに出来ないという確証もありませんが)


 首を捻り食事を続けつつも、自分の生態に関して考えるリコ。
 いつの間にか眉間によっていた皺も消え、いつも通りの愛らしさが湧き出てきている。
 しかし周囲の人間はそれを見て萌える事はない。
 なぜなら、リコの周囲は彼女の姿が見えなくなるほどの皿で埋め尽くされていたからだ。


「も、萌えっ、萌えの気配がッ!」

「リ、リコたん? 怒ってないいつものリコたん!?」

「この皿の向こうね!? 食堂総出で皿を片付けなさい!」

「サー・イエッサー姐御!
 我らがマスコットのために!」


 ………姿が見えなくても気配を察知して萌える者はいるらしい。
 ガタガタと彼女の周囲で音がしているが、彼女は気にもしない。
 ただひたすら食べ続ける。


(そう言えば、私は能力測定試験で負けたのでした…。
 そっちはどうでもいいのですが、もし大河さんに迫られたらどうしましょう…。
 それはそれで望む所ですが……料理だけじゃお腹一杯になりそうもありませんし。
 ですが、さっきも考えたようにそうなると大河さんが………何とか対策を考えておかねば。
 何としても最後の一線を越える事は防がねばなりません。
 ………でも、もし大河さんが私を強引に抱いて、あまつさえ写真を撮ってその後も関係を継続させようとしたら…………別に問題はありませんね。
 問題なのは最初の一回だけですし……。
 一度契ってしまえば、後は何度やっても同じです。
 あ、もしそうなったら大河さんをマスターと呼ぶのですか。
 大河さんの国の言葉に置き換えると……ご主人様?)


 何やら危険な想像をして悦るリコ。
 どうやら本当に感情のコントロールが出来なくなっているらしい。
 どっちかと言うと欲望かもしれないが。
 ポッと頬を染める。
 表情が緩み、にやけるのを押さえきれないようだ。
 今にも満面の笑みに変りそうな顔を必死で抑え、さらに頬が紅潮しているその様は激烈に愛らしい。
 ちょうど彼女の目の前の皿を退けた幸運な一般人(研究科3年男性)は、リコの表情を見るや速攻で昇天した。


「お、おいどうした!?」


「わからん、急に倒れた!
 おい、なんだ、何を見た!?」


「………リコたん…リコたん………リコ様………ネ申降臨」


「あ、なんかランクアップしてんぞ!?」


「起きろ!
 起きろコラ!
 一体どんな素晴らしいものを見た!?
 私たちにも教えなさい!」


 倒れたパンピーに群がる萌えの使徒達。
 至福の表情で倒れる彼に、嫉妬交じりの活が降り注ぐ。

 だが彼は既に理想郷に旅立ってしまったらしい。
 蹴ろうが殴ろうが踏もうが燃やそうが(下半身をHOMOが)抉ろうが、全く現世に戻ってこない。

 その後ろでは、リコが俯き加減になにやら呟いている。
 妄想がピンク領域に突入しつつあるようだ。

 それを見た他の一般人達は、音もなくバタバタ倒れていく。
 あっという間に食堂が死屍累々の合戦場跡に早変わりした。


「な、何!?
 この壮絶な戦死者の山は何!?」


「ま、まさかお宝リコ様表情はまだ継続しているの!?」


「なにッげはぁ!」


 最初に倒れたパンピーを揺すっていた一人が振り向いた。
 その瞬間にリコを見て悶絶、英霊となる戦死者がまた一人。
 なお、この英霊とは世界と契約した誰かさんたちとは違うので悪しからず。


「お…おおおおお!
 いま振り返れば、パライソは正に目の前に!
 ……おい、この手はなんだ?」


 振り返って旅立とうとした男を、女の手が引き止める。
 彼女の目がギラリと光った。


「ドルァッ!」


「げふぁっ!?
 な、何を…」


「宝は私だけのものよ。
 あれを独占するためなら、悪魔にでも魂を売るわ。
 滅びなさい、愛と共に」


 へヴィなボディブローを叩き込み、男を地に這わせる。
 吐き捨てて、さぁ振り返って至宝を鑑賞……しようとした所で、彼女もまた肩をつかまれた。
 慌てて手を払おうとするが、凄まじい握力で離さない。


「くっ、貴様!?」


「愛は…愛は滅びぬ!」


 なんか後光を背負って復活する。


「我が愛は不滅!
 そして貴様にも我らにも愛を滅ぼす事は出来ん!
 なぜなら、それは我らが天使・リコ様に対する萌えの炎を消し去る事だからだ!!
 そんな事が出来ると「私が間違っていたわ!」
 早っ!
 そして素直!

 ……まぁいいか。
 それより、1、2の、3で振り返るぞ」


「そうね。
 生き残った方が独占、両方生き延びれば2人で心行くまで鑑賞って事で」


 和解が成立したようだ。
 2人は宣言通り、1、2の、3で振り返る。
 そこにあったのは………皿の壁。


「…………」


「…………」


 2人が揉めている間に、リコは食事を終えてしまった。
 実際には食材が無くなっただけなのだが、今の2人にそんな事は関係ない。


「ふ……ふふふふ…」


「あ、あは…あひゃひゃひゃ…」


 不気味な笑顔で向かい合う。
 あれ程の試練(というか仲違い)を超えて辿り着いたのに、そこはもうモヌケの空。
 誰のせいか?


「「天に滅っせい!!」」


 2人の拳が交差しあい、食堂内で動くものは居なくなった。


 リリィは闘技場での戦いを思い返していた。
 カエデに勝ったり、リコがめったやたらと強かったりした事もあるが、今彼女の頭に浮かんでいるのはその前のリコの言葉だ。


「今戦わないものに、か……」


 リリィは無意識に頭と腰の後ろを撫でていた。
 それに気がついて顔をしかめる。
 が、やはり思い出してしまった。

 何とか忘れようとゴロゴロしているが、より一層悶々としてくる始末。


「……これは…屈服なのかしら?」


 欲しいモノを手に入れるための行動と見るか、それとも堕落か。

 リリィは自問自答したが、もう限界だ。
 この一週間、とりわけ夜にはあの感覚が思い出されてしょうがない。
 記憶は途中から全く残っていないが、まるで夢を見ていたように感覚だけは朧気に覚えている。
 気がつけばボーっとして呆けていたり、道端のネコを見て自分の頭に手をやったり。
 夜に思い出して眠れなくなった時には、屈辱ながらヒミツな行為をして発散したり、魔法使い科の友人からもらった眠り薬で無理矢理眠った。
 しかし欲求は強くなる一方だ。
 強引な眠りは決して気分のよいものではないし、中途半端に発散しても、次の日にはまた考えていたり夢に見たりする。
 もう堪えられない。

 いっそ大河ではなく未亜の所に行こうか?
 ……なんだかとてもとても危険な予感がする。
 なんちゅーか、自分を強引に別の存在にされそう…一言で言うと洗脳されそうな。
 やっぱり大河しかないのか。

 リリィは覚悟を決めて、クローゼットの奥から『それ』を引っ張り出した。


 カエデから能力測定試験勝者としての権限を駆使して、大河の部屋に誰も居ない事を確認したリリィ。
 理由は聞かなかったが、今夜の大河は一人で眠り、誰も訪れない事は保障されているらしい。
 リリィは今、大河の目の前に居る。


「リ…リリィ……その姿は…」


「………(プイ)」


 顔を赤らめて、そっぽを向くリリィ。


 ここは大河の部屋、しかも深夜。
 今日は誰も夜伽の相手は居ない。
 昨日の夜と今日の朝昼、ハッスルしすぎて全員が潰れてしまっていた。

 そんな時を見計らったかのように、彼女は大河の部屋を訪れてきた。
 まぁ、実際に見計らっていたのだが。
 マントで体を覆って、誰にも見つからないように大河の部屋まで偲んできた。
 そして気配を感じた大河が目を覚ます。


「な、リリむごっ!?」


 リリィは、大河が騒がないように口を抑え付け、目の前でマントを脱ぐ。
 慌てる大河をマントで拘束し、視界を塞いで動けなくした。
 さすがに慌てる大河。


(こ、コイツまさか本気でブチ切れて俺を秘密裏に始末しに来たのか!?)


 今まで散々からかって来た上、一週間前には凄まじい事をやらかした。
 自覚があるだけに、その想像にもかなり説得力がある。
 しかし今の大河にはもがく事しか出来ない。


「ジタバタするな…大事な所にナニカが叩き込まれるわよ」


 リリィの声からは抑揚が抜け落ちていた。
 ビクっとして動きを止める。

 大河が大人しくなったのを確認し、リリィは服を脱ぎ始めた。
 恥じらいから手が止まるリリィ。
 しかし決して手を休めようとはしない。

 リリィが着ていたのは何の変哲もない服だったが、一点だけ違う場所が。
 お尻の辺りから、何かがユラユラ揺れている。

 リリィは懐から何かを取り出して頭につけ、躊躇いつつも服を脱ぐ。
 下から現れたのは、残念ながら素肌ではない。
 何か別の衣類を着用しているようだ。

 大河の耳には衣擦れの音だけが響いている。
 何のつもりなのか読めないだけに恐ろしい。

 衣擦れの音が止まり、リリィが大河に近づく。
 何を躊躇しているのか、大河から離れたり近寄ったりを繰り返していた。
 いい加減大河も落ち着きを取り戻した頃、リリィは意を決したように大河に近づく。

 大河を拘束していたマントが取り払われた。
 大河は深呼吸して、何のつもりかとリリィを睨みつける。
 が、その途端大河の目は点になった。


「リ…リリィ……その姿は…」


「………(プイ)」


 ネコミミシッポ、レオタード……一週間前にリリィに着せて、よく考えたらそのまま回収してなかった衣装を纏うリリィ。
 リリィは顔どころか全身を真っ赤にして、大河から目を逸らしながら呟いた。


「……………にゃあ


 プツン


「リリィ〜!
 ネコリリィ〜〜〜!
 ミミとシッポとささやかな肉球〜〜〜!」


「きゃ、きゃあああぁぁ!?
 た、大河、もっと優しく………あうっ、さ、最後まではダメェ!」


 リリィ・シアフィールド……普段優等生なのでストレスが溜まっていたのか、どうやらミミとシッポの感触にハマッてしまったようである。
 あるいは甘えん坊な性格を全開にするのが快感なのか。
 その日、大河の部屋には妙に色っぽいネコの鳴き声が絶えなかったそうだが、外には一切音が漏れなかった。


* ぽけもんずかん

なまえ  :ねこりりぃ
れべる  :4
とくぎ  :ねこみみ
      ねこしっぽ

とくちょう: 出会った人の理性を簡単に吹き飛ばすミミとシッポが特徴。
       ネコミミ属性の他にツンデレ属性を持ち、レベルがあがると
       『らぶらぶびーむ』や『あまがみ』を覚える。
       構って欲しい時はそっぽを向きながら『にゃあ』と鳴くが、
       人に懐く事は少ない。
       しかし一度懐いたら、親についていく
       カルガモのように必死で後を追ってくる。
       なぜならツンデレだから。
       ただし複乳ではない。
       ミュウよりも珍しい、世界に一匹だけのレアポケモン。
       伝説では、アシュ亜種として『とらりりぃ』や『うさりりぃ』など、
       様々な『りりぃ』がそれぞれ一匹ずつ存在すると言われている。




相変わらず時間が取れない時守です。
以前は一週間に最低一本、夏休み中には二本書けた事もあるのに…めっきりペースダウンしてしまいました。
これも学園祭が終わるまでの辛抱…。
いえ、結局ゲームにうつつを抜かしている私が悪いんですけどね。
ドラゴンボールスパーキングも買う予定だし…。

ゲームしながら寝る前の30分だけじゃ、流石に5キロバイトも書けません。
それではレス返しです!


1.ななし様

ライド・ザ・ライドニングですか?
アレはリリィよりもベリオ向けですね…性格も近いし。

ネタが多い理由……先に2話ほど書き溜めしておいて、思いついたネタを片っ端から突っ込むくらいでしょうか?
もう思いついたら何でもヤル、としか言い様が…。


2.3×3EVIL様

そろそろジャスティスは手には入ったでしょうか?

レオタード+ガーターは…あれ、ブラパピが似たような格好をしてませんでしたっけ?
アレをイメージして書いたんですが…。

ダウニーは一応シリアスキャラに戻ってもらう予定です。
ただしその日は遥かマゼラン星雲よりも遠い…。


3.竜神帝様

ネタを思いついたら書きますよw
でもヘタに他の作品に向かうと、そのまま戻って来れなくなる性格してるので(涙)


4.なまけもの様

リリィの本格的な飼育はまだ先ですね。
今はまだ、ご飯をくれる家に時々寄っているような感じです。
ベリオが暴走したら、ブラパピよりも激しい事になりそうですねぇ…。

百合少女も何時か参加させてあげようと思っています。
…名前を思いついたら、ですけどね。


5.沙耶様

解かりやすい数式をありがとうございますw
萌え狂っていただけたようで何よりです。
今回の「にゃあ」も狙ってみましたが…どんなもんでしょうか?


6&7.くろこげ様

聖銃についての情報、ありがとうございます。
やっぱりアルファさんの世界の謎は深いですね…。

一度でも世界を渡れば異物扱いですか…。
炎鳳や雷虎、水蛇とかは異物じゃなくても使えますか?


8.まじしゃん様

はじめまして、まじしゃん様。
今後もよろしくお願いします…。

GPMはいいですねぇ…。
カラオケ行ったら、一度は歌わないと落ち着きません。

すみませんが、らぶひなはまだ書いていません。
大雑把な予定だけPCの中に書き込んである状態です。
もし投稿するとしたら、ここの掲示板に投稿する予定です。


9.竜の抜け殻様

イムの登場は、もう2.3話先の予定です。
ルビナスの体の完成も時間がかかりそうですし…まるでストーリー終盤に完成する秘密兵器をまだかまだかと待つかの様な心境ですね。
色々と機能をつける予定ですので、体が完成した暁には彼女の周りだけ世界が違う、なんて現象が起きるかも。


10.ケケモコソカメニハ様

ガンパレの黒い月って、半実体形成機とかいうスクラップじゃなかったんですか…。
よく覚えてませんが。

4-1でも書きましたが、アヴァターは一応七つの世界の一部という設定です。
数千に分裂している第六世界の一部で、そこから更に幾つもの世界が繋がっているわけですね。
だから一応聖銃も使えると思います。


11.アルカンシェル様

そう、ヘンな奴らこそ愛すべき!
彼らのような人が居るからこそ世界は楽しい…三年奇面組がいい例ですねw

巨大ロボット戦闘…あ、やばい…設定を無視してでも書きたくなってきました…。
まぁ、ガオガイガーや士翼号がムリでも、何時の日かア○エリオンとか○○○○○○ムとか出してやろうと画策しています。
そして○○化した○○○と何でもアリのバトルを…。
さて、○には何が入るでしょう?


12.ふぁい様

うまく直撃してくれたようで(笑)
カミと呼ばれる日が来るとは思いませんでしたよ。
神…カミ…神といえば、緑色でカリン塔の上に住んでる異星人…。


13.20face様

リリィは残念ながら、具体的な記憶はありません…というか、自分で封印かけちゃってます。
ええ、だって覚えていたら恥ずかしさで悶死しそうですから。

学園長が大河の餌食に……ですか。
確かに前にそれらしい事を書きましたけど…ぢつを言うと、ちょっと予定が違うんですよね…。

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