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▽レス始

「幻想砕きの剣 5-5(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2005-09-21 00:17)
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 結局昨晩は、未亜と大河だけで添い寝をして過した。
 ナナシまたはルビナスは、未亜の部屋に行って静かに眠っている。
 カエデやらベリオやらが残念がっていたが、大河がかなり疲れていると聞いて泣く泣く断念。
 ……それだけ疲れているなら勝てるんじゃないか、などという意見もどこからとも無く沸いて出たがそれはまた別の話。
 流石に大河の疲れ具合を見て遠慮した。
 もっとも、カエデは王都まで全力疾走で往復して来たので、それでなくても限界だったが。
 ちなみにカエデが買ってきた謎グッズは未亜の部屋に放り込まれている。


「………あぅ…」


 日の光が差し込んで、未亜が目を覚ました。
 大河にくっついたままモゾモゾ動き、うっすら目を開ける。
 そのまま暫く大河に顔を擦りつけ、匂いを嗅いでいた。
 5分もすると、ようやく未亜の頭がすっきりしてきた。

 未亜が起き上がり、伸びをして大河を見た。
 昨日は本当に疲れきっていたらしく、未亜が目を覚まして離れても何の反応もない。
 布団をかけなおして、クローゼットから自分の服を取り出した。
 衣擦れの音に反応して大河がピクピク動いているが、目覚めるには至らない。

 大河の腹の虫が鳴る。


“肉を食え〜!”


(今の誰!?)


 ある意味とても正直な腹の虫だ。
 大河の謎な腹の虫はともかくとして、今日は朝から授業がある。
 そろそろ食堂ではラッシュを過ぎて、在庫がなくなる頃だ。
 普段はもう少し余裕があるが、昨晩大河が大量に飲み食いし、さらに何故かリコが張り合ったため余裕がない。
 このまま大河が起きるのを待っていては、自分も朝食を摂り損ねてしまう。
 かといって自分だけ食事に行くのも悪い気がする。
 未亜は取り敢えず食堂に行き、大河と自分の分を確保して帰ってくる事にした。
 静かにドアを開けて、未亜は食堂に向かう。
 大河はまだ眠り続けていた。


 食堂は未亜の予想通り、餌場に群がる野犬の群れかハゲタカの如き有様だ。
 いい加減未亜も慣れてきたが、やはり人ゴミは得意ではない。
 自分の頬を一つ叩いて気合を入れ、未亜は人ゴミに突入して行った。


「ちょっ、通して、通してください!
 あう゛、足踏まれ、ああそっちじゃなくて!
 冷たいっ、何かかかった!
 しかも緑色で……って誰よ朝っぱらから青汁飲んでるのは!?
 って、引っ張らないで引っ張らないで!
 ……って、リコちゃん?」


「……大丈夫ですか?」


「あ、うん、ありがとう…。
 リコちゃん、どうして平気なの?
 私よりも小柄なのに、あの中に入っていって…」


「さぁ……どう言う訳か、私は邪魔されないのです」


 人ゴミに翻弄される未亜を引きずり出したのは、周囲よりも頭二つ以上小さいのに、何故か人の圧力にも負けないリコだった。
 圧力に負けないというよりも彼女の周囲30センチは誰も侵略しないのだ。
 実を言うと、鉄人ランチ制覇者兼食堂のマスコットという事で、食堂料理長直々にVIP扱いを命じられている。
 生徒達としては正直知った事ではないのだが、ヘタに破ると食事を食べさせて貰えなくなる。
 そんな訳で、リコが来たら道を空けるのが食堂の常識となっていた。
 リコを気にしながらも大暴れしているのは、流石育ち盛りと言ったところか。


「……大河さんはどうしました?」


「うん…昨日ちょっと疲れたみたいで、起きてこないの。
 それでお兄ちゃんの分もご飯を確保しようと思ったんだけど…」


 やはり彼女には難しい。
 決定的に平時では馬力が足りない。
 困った顔をしている未亜を見かねたのか、リコは自分の朝食を差し出した。
 相変わらず量が多い。
 未亜と大河で食べても、まだ余るほどの量。
 しかし未亜は辞退しようとする。


「いいよ、リコちゃんのご飯でしょ?
 私たちはお昼まで我慢すればいいから」


「……大河さんが疲れているのでしょう?
 栄養補給は疲労回復に重要なファクターです。
 それに…私の朝食は、まだまだありますから」


 そう言ってリコが指差した先には、皿皿皿、皿の山。
 それを見て顔を引き攣らせた未亜は、壁にかけられているカレンダーに目をやった。
 今日の日付に、なにやらクロスしたナイフとフォークのマークが書き込まれている。


「……決戦当日…そういえば、今日って鉄人ランチの日だったね…」


「ハイ。
 ですから遠慮せずにどうぞ」


 そういう事なら未亜としても問題ない。
 朝っぱらからアレだけの量を食い尽くすリコにちょっと引きながらも、ありがたく受け取った。
 リコはそのまま食事に戻り、未亜は大河の部屋に帰ろうとする。

 廊下に出ようとすると、その向こうから見覚えのある人物が歩いてくる。


「あ、リリィさん……」


「未亜…」


 2人は一瞬立ち止まって見詰め合う。
 しかしすぐに目を逸らした。
 気まずい空気が漂う。

 未亜としては、昨日大河が危険な真似をしたのは、ある意味彼女のせいだと思っているのかもしれない。
 わざわざ大河にウソまでついて地下探索を止めさせようとしたのに、見事に無駄にされてしまった。
 また、リリィと大河の間に何かあったのではないかと勘ぐっているのだ。
 普段からリリィと大河の相性やら何やらを気にしている未亜としては、とてもではないが『気のせい』で済ませられるような事ではない。

 リリィとしては、特に後ろめたい事をしたわけではないが、それでも目を合わせ辛い。
 理由は自分でもよく解らないが、どうしてか未亜を直視できない。

 対峙はすぐに終わり、何も無かったかのように2人は擦れ違った。


「あ、未亜ちゃん」


「ナナシちゃん?
 ……えっと、それとも…ルビナスさん?」


 未亜が大河の部屋に戻る途中、ルビナスだかナナシだかの声が聞こえた。
 振り向くと、自分の部屋…殆ど使ってないが…から出てくるナナシ。
 う〜んと一つ伸びをして、彼女は未亜の元までやってきた。


「ルビナスちゃんはまだお眠ですの。
 ナナシはナナシですの」


「あ、そうなの?
 ……でも、本当にルビナスさんがナナシちゃんの中にいるの?」


「居るですの。
 ルビナスちゃんが起きている間は、頭がナナシじゃ動かせないんですの。
 だけど首から下はナナシが動かせますから、頭と体がバラバラに動いている時にはルビナスちゃんが起きているんですのよ」


「……あ、そうなの」


 指を立てて何故か自慢げに語るナナシを醒めた目で見て、未亜はそのまま大河の部屋に向かおうとする。
 ナナシは未亜の後をついてきた。
 未亜に話しかけようとしているが、なにやらモジモジして躊躇している。
 それを察した未亜は、自分からナナシに声をかけた。


「ちょっとナナシちゃん、何かあった?」


「あ、うー……アレですの…」


「?」


「な、ナナシは未亜ちゃんのヒミツを見ちゃったですの!
 ゴメンナサイですの!
 でも、ナナシは未亜ちゃんを軽蔑したりしないですの〜!」


「???」


 未亜は首を傾げた。
 自分の秘密。
 一体何が?
 未亜にも確かに色々とヒミツはあるが、あの部屋には見られて困るような物は置いていない。
 そもそも物を殆ど置かずに、大河の部屋に持ち込んでいるのだから。
 それにしたって、精々漫画か私服くらいである。
 そんな所で、一体何を見たというのか。


「あの…ナナシちゃん、話が見えないんだけど」


「誤魔化さなくても大丈夫ですの。
 ナナシと未亜ちゃんは、ダーリンを挟んだライバルで、強敵と書いて友ですの。
 むしろあんな事をダーリンにされても平気だなんて、未亜ちゃんを尊敬するですの」


「………?」


「だから未亜ちゃん、今度使う時にはナナシも混ぜて……やっぱりイキナリは怖いから、見学させて欲しいですの。
 きっと人目があるから、一層燃え上がるですのよ、SMプレイ


「ストップ・ザ・その御意見!
 どこからそんなの出てきたの!?」


「ほへ?
 未亜ちゃんのお部屋に、ムチとか穴だらけで皮ベルトのついたボールとか妖しいクスリとか、色々置いてあったですの。
 拘束具もあったし、てっきりダーリンと専門的かつアブノーマルなエッチに耽っているものと…違うんですの?」


ちーがー……わないかも…。
 どうして私の部屋にそんな物が……って、


 未亜は昨晩、カエデをパシらせて王都からデンジャーな器具を買って来させていたのを思い出した。
 そう言えば、疲労困憊で帰ってきたカエデに自室に置いておいてくれ、と言った気がする。
 つまり…。


(じ、自業自得だぁぁ〜〜〜!)


「ま、待ってナナシちゃん!
 私はあんなの使った事ないのよ!
 アレは昨日友達から押し付けられて!」


「そう……未亜ちゃんにはあんな趣味を持った友達がいるのね。
 類は友を呼ぶ、という事かしら……。
 あ、申し遅れたけど私はルビナス・フローリアスよ。
 よろしくね、未亜ちゃん」


「あ、こちらこそよろしく…じゃなくて!
 本当にナナシちゃんがルビナスさんだったんですね……でもなくて!
 私にあんな趣味は本当に無いんですよぅ!
 そりゃお兄ちゃんに色々な属性を開発されましたけど、アッチ系は怖くてやってませんよぅ!
 だって痛いのイヤだし。
 ……そりゃちょっとは興味がありますが」


「ほら、やっぱり類友じゃない」


「墓穴を掘ったぁぁぁぁ!
 いやそうじゃなくて、アレは私が命令して…してないの!
 アレはテンパってた何処かの誰かが未来のために、血に電波を脳天に悪夢を刷り込んだのよ!
 意味もなくガンパレードさせるな時守〜!」


 身を捩じらせて悶える未亜。
 なにやら危険な楽屋ネタが入っていた気がするが、私は何も聞いてません。

 零れそうになった朝食を、ルビナス…首から下だからナナシがキャッチする。


「ほらほら、ダーリンの所に行きましょう。
 お腹を空かせて、その辺の虫とか食べてるかもしれないわ。
 無闇にサバイバル能力高そうだから、きっと極限状態まで追い込まれなくてもネズミとか捕まえて食べるわよ」


「お兄ちゃんはモグラだって食べます。
 中国人並みに雑食ですから……って、それよりも私は本当に!」


「ああハイハイ、そういう事にしておいてあげるから。
 だから次の機会には私も混ぜてね」


「NOOOooooo!」


「あ、お兄ちゃん起きてたんだ」


「…うー…」


 部屋に帰ってきた未亜は、ベッドから転げ落ちて唸っている大河を発見した。
 どうやら目を覚まし、食事に行こうとして力尽きたらしい。
 腹の虫が響き渡って煩い。
 ちなみに腹の虫は進化を遂げていた。


“天に滅っせい、ケンシロウ〜!”


(世紀末覇者〜〜!?)


「ほらダーリン、起きて。
 ご飯よ……はい、アーン」


「ちょっとルビナスさん!?」


 ナチュラルにスプーンを大河の口に運ぶルビナス。
 それを見て未亜は仰天するが、空腹で脳が空になっている大河はそんな事は気にしない。
 本能のままに、突きつけられた栄養の匂いに反応して口を開く。
 ムグムグ咀嚼して、ゴクンと飲み込む。
 そこはかとなく幸せそうだ。

 未亜は『それは私の役なのに〜!』と心中歯噛みした。

 次の瞬間、匂いの元…ルビナスの手の中にあった朝食が消え、再び現れる。
 ただし中身は全て空になっていた。


「……あれだけあったご飯を、文字通り瞬きする間に食べちゃった…」


 さすがのルビナスも呆れている。
 アーンも一回しかできなかったし。
 しかも今度は未亜の朝食にまで手を伸ばしていた。


「ちょっとお兄ちゃん、それ私の!」


「ムグ?」


 もう半分近く食べていた。
 やっと理性が戻った大河が、申し訳なさそうに朝食から口を離す。


「す、すまん…どうも腹の中から『肉を喰らえ』って声がして…。
 比喩じゃなくてマジで」


「お腹の中に誰か居るの?」


「…流石に喋る寄生虫なんぞ飼ってる覚えはないんだけど」


 喋らない寄生虫なら飼っているのだろうか。
 それはともかくとして、未亜は半分になった朝食を食べ始めた。
 朝食は一日のエネルギー源だが、午前は座学…アヴァターの歴史なのでそれほど体力は使わない。
 半分だけでも充分事足りるはずだ。

 未亜が一口噛むたびに、大河の口も同じように動く。
 未亜がパンを口に入れるたびに、大河の目が大きく見開く。
 ………ものっそい居心地が悪い。
 しばらく未亜は動かずに思案して、ちらりとルビナスを見た。


「?」


 首を傾げるルビナス。
 未亜は無言で、自分が食べていたパンを大河の口元に持っていった。


「み…未亜……?」


「はい、アーン。
 全部食べちゃダメだからね」


「お…おおおお…」


 男泣きに泣きながら、大河はパンを食べる。
 少し食べると、今度は未亜がパンを食べる。
 次はスープを掬って大河に飲ませ、また自分が飲む。

 横でルビナスが顔を引き攣らせていた。
 手がブンブン振り回されているのを見ると、どうやらナナシも無言で抗議しているようだ。


(……く、悔しいわ…。
 私も未亜さんに見せ付けるみたいに同じ事をしたけど、彼女はその一歩上を行った…。
 アーンだけじゃなくて、同じ物を分け合って食べて間接キス…。
 流石は未亜さん、我が終生のライバルよ………)


 まだ初めて会って一日も経ってないのだが、未亜はどうやらルビナスのライバルに認定されてしまったらしい。
 未亜がルビナスを横目で見て、ちょっと笑った。
 それを見たルビナスの米神に、血管が浮かぶ。
 が、それは髪に隠れて未亜には見えない。
 ルビナスは平静を見事に装い、微笑ましげに二人を見守った。
 視線に嫉妬や殺意ではなく、慈愛すら載せる芸の細かさ。
 ついでにナナシもルビナスの意図を感じ取ったのか、大人しくしている。
 これで構図は、『優しいお姉さんと、嫉妬するお子様』が演出された。
 未亜もそれを感じ取り、やや分が悪いと判断してルビナスを意識するのはやめた。
 だが大河の世話は続けている。

 未亜 VS ルビナス+ナナシ、第一ラウンドは引き分け。
 ただしやや未亜が優勢…か?


「それで、今日は授業だけど……ルビナスさんはどうするんですか?」


「私が今更授業を受けてもねぇ…ナナシはダーリンと一緒に学園ラブコメしたがってるんだけど」


 ルビナスまでダーリンと呼ぶのに反応した未亜だが、今更どうこう言っても詮無い事である。
 どの道、自分が大河をガッチリ引きとめておけばいいだけだ。
 ……自分の下に引き止めてはいるが、大河の下に色々来ているのは気にしない方向で。

 ルビナスは少し考え、自分の中の…というより下のナナシに呼びかける。
 しばらく交渉を続け、ルビナスは顔を上げた。


「とりあえず、私はこの体とナナシちゃんの体をどうにかするわ。
 神経が死に掛けてるからご飯を食べてもあんまり美味しくないし、何より昨日の騒動で決定的なくらい負担がかかっちゃったものね。
 ホムンクルスの材料を集めて、もっと頑丈な体を作るわ。
 いつまでも飛頭蛮みたいな体じゃちょっと気分が悪いし…。
 早く人間になりたいな〜♪」


「ホムンクルスの体を作るんじゃ人間にゃなれんがね」


 大河の突っ込みに満足そうに頷いて、ルビナスは外に出て行った。
 が、すぐに扉を開けて顔だけ出す。


「それじゃダーリン、楽しみにしててね。
 昨日地下で言った機能の幾つかと、極上の名器を作るから♪
 参考までに未亜ちゃん、ダーリンの好みの絞め具合や湿り具合を…」


「さっさと行けーーー!」


 ビュビュビュビュビュ
   スカカカカカカカカカ


 未亜のジャスティが、扉に突き刺さる。
 ルビナスはそれを受ける寸前、大河に向けて投げキッスをしてスキップして去っていった。
 肩で息をする未亜。


「……ルビナスさんて…生きてた時からあんなエロトークしてたのかな…」


「…知るか」


 少なくとも変身とドリルはつけて欲しいな〜、と期待している大河だった。


 授業中。
 大河は例によって眠っている。
 少し前までは連結魔術に必要な数式やら何やらを思い出そうと、意味不明の文字その他をノートに書き綴っていたが、それももう必要なくなった。
 よって今の大河は、素晴らしい居眠りっぷりを披露している。
 その隣でカエデが目を開けたまま不動で眠っているのもいつもの事。
 ちなみにカエデは時々鼻提灯を膨らませる事がある。


「…という訳で、かつて“破滅”に寝返ったホワイトカーパス州は冷遇されているわけです。
 無論、今でもその裏切りを引き摺っているわけではありません。
 現在ホワイトカーパス州が他の土地よりも発展が遅れているのは、ちゃんとした理由があります。
 まず最初に、“破滅”に寝返った旧ホワイトカーパス州は一度滅びました。
 その時は別の名前でしたが、そこに人が再び住むようになってから今の名前になったわけですね。
 もう名前すら解らない国なので、便宜上旧ホワイトカーパス州と呼んでいます。
 しかし如何にその国が滅んだとはいえ、イメージの悪さは否定できません。
 何よりも地が荒れています。
 そのせいで復興が後回しにされ、結果として重要な機能を持った都市は離れた場所に作られます。
 そのため自然とホワイトカーパス州は田舎となり、中央の目を掻い潜るのも容易くなり、治安もよくないわけです。
 ちなみに、ホワイトカーパス州が作られる以前に栄えていた王国は、邪神を守護神として崇めています。
 まぁ、邪神と言っても旧ホワイトカーパス州が守護神として崇めていたので、生き残った人々が“破滅”に与する邪神だと思い込んだのが実情だと思いますが…。
 さて、このホワイトカーパス州が確立されてからの歴史ですが……」


 眠くなる。
 書いているだけでも眠くなる。
 実際、生徒の半分ほどは眠っている。
 未亜もうつらうつらと舟を漕いでいた。

 しかし、そんな授業でも真面目に受ける者は居る。
 例えば真面目なベリオ・トロープや、救世主クラスの模範たろうとするリリィ・シアフィールドだ。
 だが今日のリリィは普段とは違って、真面目に授業を聞いていなかった。
 昨日の疲れが抜けきっていないという事も在るが、昨日得た情報を整理するので手一杯だったのである。
 普段は板書された記述を移すノートには、色々な文章が殴り書きされている。
 その幾つかは線で結ばれ、そこにも何かしらコメントがついていた。
 が、いい加減頭を使うのにも飽きたのか、リリィは頬杖をついて窓の外を眺めている。
 この授業でやるような歴史は一通り頭に入っているので、今更聞いても意味がない。

 窓の外を大きな鳥が飛んでいた。


 今日の午後は休校である。
 ダウニーが何やら用事を命じられたらしく、今朝から王都まで出かけているのだ。
 これ幸いと、空いた時間でそれぞれの趣味に走る生徒たち。
 大河もセルと一緒に遊びに行こうとしていたのだが、途中でリリィに呼び止められた。


「大河、昨日の事だけど…」


「え? …………ああ、情報交換な」


 忘れてやがったな、この4KB頭。
 リリィは非難がましく大河を見る。
 自分は授業中に延々と考えていたというのに、この馬鹿は情報交換すら忘れていたと?
 ざけんな。
 この場で頭蓋骨をカチ割って脳みそを取り替えてやりたくなった。
 が、その衝動を何とか押さえ込む。
 最近大河に対して、不必要に衝動的になっている気がするリリィだった。
 それは素で接しているという事なのだが、本人はそれに気づいていない。


「丁度午後の予定も空いたし、何処かでゆっくり話しましょ。
 ………ルビナスは?」


「ホムンクルスの材料を集めに行ったぞ。
 どこに居るかはさっぱりだ。
 ……ホムンクルスって、創るのにどれくらい時間がかかる?」


「うーん……専門外だから、あまり断言は出来ないけど……少なくとも一朝一夕じゃできないわ。
 その技術系統にもよるけど、どんなに短く見積もっても2ヶ月から3ヶ月はかかるって聞いたけど」


 今回はルビナスが色々と余計な機能をつけようとしているので、もっとかかると思ったほうがいいかもしれない。
 それに今から材料を集めるのでは、さらに余計に時間がかかる。
 当面戦力扱いしないほうがよさそうである。


「で、何処で話す?
 俺ちょっと用事があるから、先に行っててくれ」


「何よもう…。
 じゃあ図書館でいいでしょ。
 さっさと来なさいよ」


 リリィはマントを翻して去っていった。
 それを見送った大河は、急ぎ足で礼拝堂裏手の森に向かう。
 今の時間なら誰もいない。
 いや、一人居る筈だ。


「すまんポスティーノ、遅れた!」


「いやいや、いい休憩時間になったよ。
 この森は気持ちがいいな……。
 ほら、手紙だ」


 森にはポスティーノが待っていた。
 バイクに寄りかかって、日光浴している。
 相変わらずゴーグルを着けたままなのを大河は少し残念に思う。
 コイツの素顔は誰も見たことが無い。

 それはともかくとして、ポスティーノは岩の陰に寝転がった。


「俺はもう少し休憩して行くよ。
 手紙を読んで、返事を書けるなら返事を書いておいてくれ」


「了解」


 寝息を上げ始めるポスティーノ。
 大河は貰った封筒を開けて中身を読んだ。
 差出人は例によってアシュタロス。





大河君へ

 君が送ってくれた召喚器とやらのデータのおかげで、ルシオラの復活も上手くいきそうだ。
 横島君が一週間絶食した野犬のように……というよりも、彼を知る者ならば、好みの美女に『カモーン』とか言って誘われた横島君のように、と言った方が解り易いかな?
 とにかく凄まじい勢いで急かして来るので、今回は必要な事だけ書いて送る。
 あんまりグズグズしていると、何を仕掛けてくるか解らないからな。
 今朝なぞあまりの迫力に、尻を庇って『勘弁してください』と謝りそうになったほどだ。

 さて、あの召喚器という器具だが、中々興味深いね。
 根源から力を掬い上げ、供給するための物のようだが……それだけではなさそうだ。
 恐らく、他にも何かしらの役割が課せられている。
 誰にかって?
 これは推測でしかないが、世界か、又は神話的定義付け…恐らくは後者だと思う。

 ことに君と妹君の、トレイターとジャスティだったか?
 あの召喚器は、どうも他の召喚器とは根本的に違う部分があるようだ。
 成り立ちは同じかもしれんが、そこに至るまでの過程が違うような気がする。
 本格的な解析はそちらに向かわねばならないので不可能に近いが、これだけは言える。

 召喚器は意思を持っている。
 それも極めて人間的な、明確な意思をだ。
 どうすればその意思と交感を持てるかはわからないが、恐らく呼びかければ答えてくれるだろう。
 君達が召喚器の意思を感じ取れないのは、単にその意思を認識できないからだ。
 『存在を知っている』のではなく、『存在を確信』すれば、自ずと意思交感は可能になる筈だ。

 それでは、今回はこの位にしておく。
 すぐ後ろで横島君が今か今かと待っているからな。


 追申 ところで、横島君とルシオラの結婚式での演出はどんな物がいいと思う?
    私としては、彼に好感を持つ女性達を集めて修羅場を作り出したいのだが、娘の晴れ舞台と思うとそうもいかん。
    何かいい案はないかね?



「……ふむ…」


 手紙を読み終えた大河は、顎に手を当てて考え込んだ。
 アシュタロスから得た情報を整理しようとしているのか、暫く動かない。
 が、どこからともなく紙とペンを取り出す。





アシュへ

 召喚器のデータが役に立ったようで何よりだ。
 それは置いておいて、演出はやはり王道を行くのがよい。
 巨大ギミックは当然として、聖火台など如何だろうか?
 メギドの火でも灯せば、三界無双の結婚式を演出できるぞ。
 結婚式の舞台が唐巣神父の教会なら、身内という事で多少の無茶はしても問題ないだろう。
 神父の頭髪に多大な負荷がかかってしまうようなら、事前に飲ませてテンパらせてしまえばいい。
 その際は、神父が素面に戻る前に証拠隠滅を謀っておく事。
 それとケーキに精力剤を入れるのは止めておけ。
 いくらルシオラさんが人間より頑丈な魔族でも、ドーピングしたヨコッチを相手にしたら普通に腹下死しそうだ。


 ………考えてたのソッチかよ。



 それはそれとして、やはり召喚器に意思があると思うか。
 時々感じていたんだが、どうにもまともな意志交感が出来なくてな。
 それに他の召喚器からは、特に反応は無いそうだし…。

 それにしても、神話的定義?
 連結魔術の最高峰じゃないか。
 一体誰が元になったんだ?
 いや、そっちの人に聞いても解らんな。

 こちらも色々あって、どうも胡散臭い事が山積みだ。
 これから探りを入れていこうと思う。

 そうそう、以前に送ってきた魔力塊のおかげで、随分と助かった。
 礼を言わせて貰う。
 ありがとう。

追記 隊長に『ムドウ』とか言うの男の心当たりがあるか聞いておいてくれ。
   随分前に、報告書を作る時にブツブツ言ってたんだが…多分忘却の彼方だろうけどな。




「……と、こんなモンかな。
 ポスティーノ、ここに置いておくぞ」


「……ああ…。
 俺はもう一眠りするよ…」


 ポスティーノは手をパタパタ振って、また静かになった。
 構わず大河はアシュタロスからの手紙を丸めて、人に見られないように焼却処分しようとする。
 しかし、手ごろな火が見つからない。
 仕方なく大河は、丸めた手紙を飲み込んだ。
 ……ちょっとばかり方法に問題があるような気がするが気にしない。
 大河は昼寝の邪魔をしないように静かに離れ、図書館へ向かった。


「あ、大河お兄さ……当真さん…」


「ん? あ、君は確か…」


「? 初対面、の筈……ですよねぇ…。
 どうして私は名前を知っていたのでしょう?
 それに大河お兄様って……」


 図書館に行く途中、大河はある少女と再会した。
 彼女は何時ぞやカエデの訓練中に図書館で会った少女…リリィに恋する、百合な少女である。
 しかしリリィにヴォルテックスを叩き込まれて記憶を失っているらしい。
 だがそれでもボンヤリと覚えているのか、大河の顔を何度も見直している。
 一応大河は有名人…危険人物(と書いて救世主候補生と読む)として…なので知っていてもおかしくないが、少女は何か引っかかりを覚えているようだ。


「まぁ、細かい事は気にしない気にしない。
 それより、今から図書館か?
 お目当てはリリィ?」


「……!
 ど、どうしてそれを…。
 さては大河お兄様…もとい当真さんも!?」


「理由はちょっと違うけどな。
 リリィと相談しなきゃいけない事があるんだよ」


「そんな……リリィお姉様と大河お兄様が協力して私を捕獲し、調教するなんて…」


「言ってねぇよ!
 ………していいのか?」


「是非」


 全く躊躇無く即答する少女。
 本当に実行してやりたい衝動に駆られたが、生憎今回は先約がある。
 そもそも多分リリィが承諾しない。
 だから、やるならば少女と大河が協力してリリィを、である。

 それはともかくとして、大河は少女を見ている内にピンと閃いた。


「なぁ、リリィに尻尾ケモノ耳をつけるなら、何がいいと思う?」


「リ、リリィお姉様にですか!?
 そそソSOそれは何と素晴らシイ………ゼヒともキョウリょくさセてくだサイ!
 う、うは、うははははは……おっと涎が…」


 なにやらテンパっている。
 尋ねた事をちょっと後悔しつつ、大河は少女と共に図書館へ向かう。


「で、何がいいと思う?
 ネコミミは基本だろ」


「イヌミミはどちらかと言うとヒイラギさんですね。
 ここはキツネミミで如何でしょう」


「む、マニアックな所を突いてきたな…。
 ならウサミミでどうだ?」


「リリィお姉様の胸でバニーガールは無理があります。
 小さければ小さいで萌えるものがありますが、まだリリィお姉様には耐えられないでしょう。
 他には新境地としてトリミミはどうでしょうか?
 耳に羽をつけて、パタパタ動かすのです……まだアヴァターではトリミミは広まっていませんから」


「ほほぅ…ならば、シカミミはどうだ?
 勿論角もつけるぞ」


「ああ、オプションという発想がありましたか…。
 私もまだまだですね。
 ではいっそ、ミミから外れて赤毛猿でどうでしょう。
 性格的にも某二号機パイロットに似ていると思うのですが」


「二号機パイロットではなく、某ブラコン6姉妹のツインテールでも可だな。
 いやいや、中々見事なお手前で…。
 しかし赤毛猿は、萌えではなく笑いにしか向かわないのでパスしましょ。
 それにしても、コアな所を突いてきますなぁ…」


「ふっ、伊達に王都の聖地でリリィお姉様関連の同人誌を買い漁ってはおりませんわ。
 そーいえば、大河お兄様とセルビウム・ボルトの薔薇モノ同人を見かけましたが」


 流石に大河も顔を引き攣らせた。
 自分が同人ネタになるのはまぁ笑い話にできるとしても、それが強姦モノやら同性愛モノなら話は別だ。
 ちょっとリリィの気持ちが解かった大河だった。


「見かけましたが、大河お兄様とあのむくつけき傭兵科の恥…まぁ一部では傭兵科男子代表とも言われていますが、とにかくあのような男が絡むなぞはっきり言って不快です。
 燃やしてきましたのでご安心ください」


「おし、よくやった!」


 実はダウニーとの本もあるのだが、こっちはダウニーがアフロになっているので耽美云々ではなく一部の人間が冗談で書いているだけだ。
 少女もそちらは見逃したのだが、大河がそれを知ったらどう思うだろうか。
 多分セル以上に不快を感じる。

 少女は大河に褒められてとても嬉しそうである。


「それで、いつ決行なさるのですか?
 出来れば私も参加させていただきたいのですが…」


「うーん、必要な物が揃ったらすぐにでも始めようと思ってたんだが…コンセプトがな…」


「それで『ミミは何がいいと思う?』ですか。
 ミミやシッポは直ぐにでも揃えられますが……もう少し考えてみましょう」


 2人はそのまま、図書館への道をゆっくり歩みながらケモノミミ談議に花を咲かせていた。


「遅いわよ、大河」


「あー悪い悪い。
 ちょっと盟友が出来たんでね」


「盟友?」


「ホラ、あの娘だよ」


 大河が指差す方向を見ると、そこには見覚えのある少女。
 リリィは顔を引き攣らせる。
 電撃で記憶が飛んだ後も、よくリリィの前の席で本を読んでいた。
 それが実はカバーを変えた同人誌である事は知らなかったが、流石にリリィも平常心ではいられず、彼女が来るとさっさと隠れる事も多々あった。
 今日は本当に何か調べ物があるらしく、少し会釈をした程度で本に目を戻した。

 リリィは大河の手を引いて、逃げるように場所を変える。
 その後姿を少女がこっそり見守っていた。
 少女に向かって、コッソリ大河がサムズアップ。
 少女はニヤリと笑った。


「さ、ここなら誰も来ないわ」


「ここは?」


「書庫よ。
 この前点検したばっかりだから、週末までは誰も入ってこないはず」


「なるほど、逢引にはピッタリだな。
 (あと放置プレイにも)」


 邪な事を考えている大河は放っておいて、確かに誰も来そうに無い。
 埃が積もっているが、この図書館では掃除は最小限で、後は全て本の整理に当てている。
 掃除は週一回くらいでいいと考えているらしい。


「それで、昨日の事だけど…」


「ちょっと待て」


 早速本題に入ろうとするリリィだが、大河が静かに、とジェスチャーを送る。
 そのまま気配を消して扉に近寄った。
 訝しげに見るリリィ。
 大河は音を立てずにノブを掴み、一気に扉を開いた。


「…………」


「…………」


「…………あら、お邪魔だったかしら」


「…司書さん…」


 いつの間にか扉にコップを押し付けて、司書さんが盗み聞き100%の体勢で陣取っていた。
 オホホホホ、と平行移動で去っていく。
 バック走で体が全く揺れて見えないのに酷く速い。
 足も動かさずに、曲がり角の向こうに消えていった。
 げんなりして見守るリリィ。


「…ちょっと大河、あの人は本当に人間?」


「俺に聞くな」


 大幅に気力が削がれた気がする。
 ゆっくり戸を閉める。
 その瞬間、司書さんの声が聞こえてきた。


「若さに任せて突っ走るのはいいけど、白いのとかで本を汚しちゃダメよ〜」


「するかああぁぁぁ!」


「………興味ないのか?」


「それはその……って、そういう問題じゃない!」


 大河がちょっと危険な目をしている。
 慌てて距離をとって威嚇する。
 大河は残念そうに引き下がった。
 司書さんといい同人少女といい、図書館が鬼門に思えてきたリリィだった。


「で、真面目な話、何か伝えておく事や気付いた事はある?」


「いや、特に何も。
 目新しい事は特に無い。
 手持ちの情報を組み立ててみるしかないな」


 謎の地下遺跡。
 巧妙に隠されていた通路。
 あの幽霊達の脅えよう。
 救世主という言葉に反応した事。
 何故か鎧に括られていた幽霊達。
 鎧の謎。
 そしてルビナス。


「考える事が多すぎるわね。
 まずは……あの鎧の事について考えてみましょう。
 アンタの世界に、あの手のものはあった?
 魔神だって居るんだから、アレくらいは居てもおかしくないわよね?」


(魔神が…居る?
 俺の世界に?)


 大河はリリィが何を言っているのか解らず、一瞬言葉に詰まった。
 しかし、次の瞬間には自分で答えを出した。
 大河はアシュタロスの事を、『大河が住んでいた世界では普通に存在する住人』だと思っているのだ。
 世界を行き来する『ネットワーク』の事など話してもいないのだから、勘違いしても無理はない。
 その勘違いを態々訂正する理由もなかった。
 あまり『ネットワーク』の事を喋りまわるのはよろしくない。
 別に禁止されている訳でもないが、単純に揉め事の原因になったりするからだ。


「いいや、あんな強力なリビングデッドは居なかった。
 でも漫画とかの中なら、アレはガードロボットに相当するんじゃないか?
 (しまったな…ちょっと要らん事を喋りすぎたか)」


「ああ、機械仕掛けのリビングデッドの事?
 じゃあ、アレは何をガードしていたんだと思う?」


「ガード…というより、自衛のつもりだったのかもな。
 そもそもアレを動かしていたのは、あの物凄い怨念だぞ。
 製作者の意図した通りに動いたのかな、アレ」


「そう言われるとね…。
 じゃあ製作者の意図って何かしら?
 どう見ても殺戮用の兵器だったじゃない。
 でもそれにしては手が込みすぎていたし、あんなの量産するくらいなら剣でも作った方が効率的だと思うわ。
 かと言って一体だけじゃあ出来る事なんてタカが知れてるし」


 地下に一体だけで放置されていた事から、手入れや調整がほぼ必要ない事が予想される。
 いつの時代の科学力かは知らないが、そんなとんでもない代物をホイホイ造り出せるわけでもないだろう。

 アレはどう考えても戦闘用…恐らくは個人装備だ。
 しかし所詮個人は個人。
 一国を一人で覆せるわけでもなし、軍事力としての価値は無いに等しい。
 例えば搭乗者の家族を人質にとれば?
 例えば補給を絶ってしまえば?
 いずれ自滅する。
 そうなると使い捨てにしか使えないわけだが、どうにも見合ったコストとは思えない。

 どこぞの闇の王子のようにコロニーを一つ潰せる程の破壊力を搾り出せるならともかく、あの程度では単体で戦う意味はない。
 その闇の王子にしても、やはり補給なしでは戦えない。


「……局所的な戦闘における短期決戦兵器、という事か…?
 ボン太君スーツじゃあるまいし…。
 しかしそれじゃあ、アレほどの怨念がこびり付いていた理由に説明がつかない。
 規模が小さすぎて、あれの怨念が憑依するとも思えん…。
 なら救世主が使った……“破滅”を相手に?
 それじゃああの幽霊達の脅えようは何だ?」


「たとえ“破滅”に寝返った連中を相手にしていたとしても、やっぱり納得がいかないわ。
 敵対する者を全て殺すなら、それは救世主の名を借りたただの独裁者よ。
 …………認めたくはないけど、やっぱり救世主像に何か間違いか秘密があるわね…。
 次の話題に移りましょう」


「じゃあ、次のテーマはこれで。
 ナナシとルビナスの事だ」


 陰口を叩いているようで気分はよくないが、本人が居ないからこそ話せる事もあるかもしれない。


「まさか救世主候補ルビナス・フローリアス本人だったとはね…。
 1000年前に一体何があったのかしら…。
 当の本人はどうして蘇ったのか、記憶が無いのかサッパリ思い出せないって言ってるし、召喚器も呼び出せないみたいだし」


 彼女が完全覚醒すれば強大な戦力となり、また救世主の謎を解く鍵にもなるだろう。
 が、思い出せないものは仕方ない。


「そういえば、ミュリエル学園長はルビナスの写真を持ってたんだよな?
 ルビナスをぶつければ、何か反応が得られるんじゃないか?」


「お義母様を相手に、そんな事をしろっていうの!?
 私はイヤよ。
 アンタがやるのも見逃さない。
 お義母様を疑うのも許せないけど、間諜まがいの真似をするのも絶対に許さないからね」


「もう何度もやりあってるんだけどな…。
 同じような事をカエデにもやらせたし。
 それにしてもリリィ、浣腸だなんて、昨日ナナシにやられて「死ねーーーーーー!」げふぁ!


 シリアスから一転して、下ネタに走る大河。
 リリィが真剣に怒り出しそうだったから注意をそらそうとしたのだが、はっきり言って方法が下劣だ。
 肩で息をするリリィと、何だかボロボロになって倒れている大河。
 普段なら大河を放り出して何処かに行ってしまうリリィだが、今はそうはいかない。
 まだ話さなければならない事はあるし、放置したら本当にルビナスをミュリエルにぶつけようとするかもしれない。
 ここで去る事はできない。


「……ま、つまらん冗談はともかくとして、学園長とルビナスの間に何かあるってのは認めるだろ?」


「…この野郎、本気で耐性がついてきやがったわね…。
 未亜並に容赦なしで攻撃しなくちゃいけないのかしら…。

 ………ま、それを認めるのはね…。
 流石に個人的交流があったなんて事はないでしょうけど、そうね……例えば世界を渡る間に何かあったのかも」


「世界を渡る?」


 なんだそりゃ、と聞く大河。
 彼も似たような事をやっているが、ミュリエルが出来るとは初耳だ。
 リリィが自慢気に講釈をたれる。


「お義母様にはできるのよ。
 誰にでも出来る事じゃなくて、物凄い魔力と技術が必要なの。
 私じゃ召喚器を使ってもまずムリね。
 何らかの理由で、もう次元跳躍はできないそうだけど…。

 私を拾った時も、同じように世界を渡っていたらしいわ。
 その後私をアヴァターに連れてきてくれたのよ。
 うーん……ルビナスが何処の世界の出身かも解らないし、次元断層を超えたとしたら…。
 うん、可能性で言えば何かの関わりがある可能性はあるけど…」


 とんでもなく低い可能性ね、とリリィは締めくくる。
 ミュリエルが何故世界を移動し、どれだけの世界を見てきたのかは知らないが、ルビナスと関わりを持つ可能性は皆無ではない。
 が、この世界はとにかく広い。
 ルビナスの足跡…存在の痕跡に直接触れる可能性はやはりゼロに近く、個人と関わりがある可能性なぞゼロ同然。


「ま、それはともかくとして、1000年前に何があったんだと思う?
 ルビナスがホムンクルスを作って、さらに何かしら復活の手段を用意していた…。
 どう考えても、ちょっとやそっとの事じゃないわね」


「だな。
 しかも、ホムンクルスを態々墓に埋めていた…。
 この理由として考えられるのは……何者かを欺くため、体を保存するため、土に埋まる事で何かの要素を満たすため」


「二つ目は真っ先に除外できるわ。
 アレだけの技術と知識を持った錬金術師だもの。
 墓なんかに埋めるよりも、もっと効率的な保存方法がある。
 あの棺桶にも、何の仕掛けもなかったし。

 三つ目に関しては……保留ね。
 専門外だから何ともコメントできないわ。
 だけど、完成したホムンクルスを土に入れてどうするのかしら…」


 となると、一番信憑性があるのは一つ目。
 だが誰を欺くためだというのか。
 単純に考えれば“破滅”だが、墓に入れた程度で誤魔化せるならもっと他の方法もある。


「それに、復活の準備をしておきながら、その方法が何処にも伝わっていないのは何故?
 ここまでするんだから、何か重要な目的があるのは確実…。
 なのに、肝心の復活方法と復活のタイミングがさっぱり解らない。
 それともオートで作動する予定だったって事?」


「単純に考えれば“破滅”に対抗するためって事なんだろうが…。
 それじゃ誰も知らない墓に埋まっていたのは…?
 仮にも救世主候補だったんだ、王宮にも多少の融通は利くはず。
 あっちに何か残ってるかもしれないな。
 今度クレアにでも探させるか」


「? クレア?
 あの、カエデを召喚する日に私たちを引っ張りまわしてくれたあの子?
 あの子がどうしたのよ?」


 きょとんとするリリィにふう、と一つ溜息をつく大河。
 その目がカンに触ったのか、リリィの目つきが鋭くなる。


「リリィ…もうちょっと観察眼というか、疑問を持てよ…」


「……その目がすっごくムカつくわ。
 少なくとも、アンタをここで張り倒したら良心が疼くかっていう疑問には答えられるわよ」


 無論疼かない。
 しかし、どうも話が横道に逸れている。
 集中力が続かなくなってきているらしい。
 それを自覚して、リリィは身を引いた。


「はぁ…今日はこれ以上話しても進展は無さそうね。
 今回はこれでお終い。
 今後気づいた事や重要な情報があったら、お互いに報告しましょ」


「あいよ。
 まぁ話せる範囲は自分で判断するって事で」


 2人は立ち上がり、思い思いに伸びをする。
 ゴキゴキ首を捻りながら、大河はリリィに目を向けた。
 既に2人の空気は緩んでいる。
 別に真面目な話でもないので、特に不都合はない。


「さて、それじゃ次の話だけど」


「はぁ?
 今日はこれで終わりだって言ったじゃない」


「そっちじゃない。
 指導の事だ」


「? 指導?」


 救世主クラスで指導と言えば、言うまでも無く一日絶対命令権だ。
 しかし大河と勝負した覚えはない。
 無論負けた記憶も無い。
 だから指導を受けさせられる事も無い。


「おいおい、忘れてるのか?
 昨日地下に潜ったのは、元々肝試し勝負だったろーがよ」


「あ!」


 確かにそうだ。
 しかもリリィから持ちかけた勝負。
 が、やはり負けた覚えは無い。


「ちょっと大河、どうして私があの勝負で負けた事になってるのよ?
 どっちも何も言わなかったし、引き分けじゃないの」


「あ・まーい。
 リリィ、あの鎧とやり合う前に言った事を自覚してないのか?
 確かに“怖い”って言ってたんだぞ」


「そ、そんなのでっち上げじゃないの!?」


 リリィには本当に記憶が無い。
 あの時は金縛りにあったように体が自分の制御を離れていたので、ひょっとしたら何か言ったかもしれなかったが、何せ相手は黒い大河である。
 …こう言うと、どっかの工場廃水で汚染された川のようだ。
 さもなきゃスタンピードする蟻の大群。
 本人の性格の悪さも似たようなものなので、イカサマという可能性も充分考えられる。


「イヤイヤ、ホントホント。
 とはいえ証人が居ない事にはな……仕方ない、ナナシに聞いてみようぜ。
 それで覚えてなければ、今回は俺も諦める」


「いいわ。
 絶対に言ってないんだからね」


 リリィは勝算高しと踏んだ。
 実際に言っていたかは定かでないが、例え言っていたとしても相手はあのナナシである。
 3歩歩く間もなく脳の中身が初期化される、あのボケボケナナシである。
 ルビナスだったら覚えているかもしれないが、彼女は鎧と戦う前にはまだ覚醒していなかった。
 事実に関係なく、そんな記憶は持っていないに決まっている。

 また大河がナナシに偽証の片棒を担がせようとしても、それすら忘れて段取りをメチャクチャにする可能性は大いにある。
 もしそれでボロが出たら、今度はこっちが主導権を握ればいい。

 とにかくルビナスを探さなければならない。
 彼女はホムンクルスの材料を集めに行ったはずだ。
 金を持っているはずはないから、まずは自然から手に入る者を探すはず。
 つまり…。


「まずは礼拝堂裏手の森を探すわよ。
 あの辺りなら、良質の薬草とかも生えてるはずだから」


「OK。
 ほえ面…むしろ喘いでる面をさせて…いいか?」


「黙れ下ネタ野郎」


 結局、ルビナスは礼拝堂の森にはいなかった。
 それらしい痕跡はあったのだが、どうやら一足早く立ち去ってしまったらしい。


「まいったわね……私は別に見つからなくても困らないんだけど、コイツが自分の勝ちだと主張するのも気に入らないし、不完全燃焼みたいで気分がよくないし…」


 リリィは頭を掻いた。
 ここで見つからなかったとすれば、後は学園の外の森程度しか心当たりはない。


「どうする?
 今回は見送りって事で」


「いや、もう一つ心当たりがある。
 そっちを当たってからにしよう」


 そう言って大河が向かったのは、研究科の建物だ。
 それを見たリリィは、思わず納得した。
 なるほど、確かにこちらの方がアイテムが手に入る確立は高い。
 ロハではないかもしれないが、その分色々と手間が省けたり精度の高い材料を手に入れられるかもしれない。


「でも、研究科には偏屈というか頭の固い連中が多いわよ。
 何かくれって言っても、等価交換とか言って渋る連中ばかりだし…。
 揉め事になってなければいいんだけど」


「いやぁ、それは大丈夫なんじゃないか?
 だって、あのルビナスだぞ?
 ほら…」


 大河が指差す先には、白衣を纏って黒板に板書するナナシのようでルビナスの姿。
 白衣をズルズル引き摺っているのがチャーミング。
 教科書も持たず、スラスラ黒板にチョークで書き殴っている。
 傍目から見ても、それは非常に高度な内容である事が見て取れた。


「なるほど……脳が腐ってるかもしれないけど、1000年前の救世主候補、錬金術師ルビナスだものね。
 そうとは知らなくても、ちょっと未知の技術や失われた技法をひけらかせば、あっという間に乗ってくる。
 彼女の講義を受けられるなら、それこそ値千金どころの話じゃないか」


「……それだけでもなさそうだが」


 大河の視線の先には、ちょっと悦った表情で授業を受ける白衣の群れ。
 ……ちょっと視点を移動して、彼らの近くに行ってみる。


「…ちびっ子に白衣…」

「生ホムンクルスが目の前に……解剖してぇ…」

「背を伸ばして黒板に板書する姿…萌え!」

「首ポロリ…萌え!」

「ルビナスたんハァハァ」


 ………まぁ、所詮はフローリア学園の生徒という事だろうか。
 言い方を変えると、ダリアやゼンジー先生、図書館の司書のおねーさんが働いている学園の生徒、と言う事だ。
 このくらい神経が太くないとやっていけないのかもしれない。
 さて、視点を戻す。


「待つしかないわね。
 あの授業を止めたら、研究科全員から恨みを買うわよ。
 基本的に問題になるくらい学習意欲が旺盛で、真理探究のためなら自殺も辞さない連中だから。
 見なさい、あの真剣な顔」


「……俺は別の意味で恨まれそうな気がするがな」


 リリィは研究科の表情を誤解して受け取ったようだ。
 大河は限りなく正しく理解している。
 なぜなら彼もちょっと萌えたからだ。


 2人の背後に、コツコツと足音が近づいてくる。
 てっきり通行人だと思っていたので、大河もリリィも気にしない。


「それにしても、流石はルビナス、といった所かしら…。
 記憶がないのに、あれだけ高度な知識を持っているなんて。
 私も今からでも受けようかしら?」


「やめとけ。
 学習意欲旺盛なのはいいけど、錬金術と魔法じゃ技術系等が違いすぎるだろ。
 中途半端に理解するより、専門分野を伸ばしたほうがいいんじゃないか?」


「でも知ってるに越した事はないでしょ?」


「そりゃまぁ……」


 足音は教室を覗き込んでいる2人の背後で立ち止まった。
 リリィは気にしない。


「基本的な事だけならルビナスに頼んで集中講義してもらえば、結構いい所まで理解できるわ。
 それに、あの手の技術は生活に密着していたはずだもの。
 案外何かを思い出すかもしれないわよ」


「……ルビナス…思い出す、ですって?」


「? 今の誰………って、ミュリエル学園長!?」


「ええ!?」


 慌てて振り向くリリィ。
 そこには何やら呆然としたミュリエルが立っていた。
 しかしすぐに立ち直ると、大河とリリィを正面から見据える。
 リリィはそれだけで竦み上がった。
 大河は逆に探るような目でミュリエルを見つめている。


「……彼女は誰です?」


「…ルビナス・フローリアスですよ。
 学園長のほうが、彼女の事は知っているのでは?」


「知ってはいますが、私が知っているルビナス・フローリアスは所詮は古書に残された記録像だけです。
 あそこで講義をしているルビナスさんの事は何も知りませんね。
 貴方達の知人ですか?」


 大河は舌打ちする。
 ミュリエルの接近に気付かなかったのは大ミスだった。
 しかもさっきのリリィとの会話から、ルビナスが記憶を持っていない事も知られてしまっただろう。
 これで彼女にルビナスをぶつけて動揺を誘う事は出来なくなってしまった。
 リリィが何とか言葉を搾り出す。


「お、お義母様、どうしてこんな所に…」


「いえ…研究科に正体不明の人物が現れ、非常に高度な授業を展開していると聞いたので、不審者かと思って見に来ただけよ。
 ………アナタ達の知り合いなら、大丈夫かしら?」


「ハ、ハイ!
 彼女はちょっと変わった所がありますが、危険な人物ではありません!
 少なくとも、そこのトラブルメーカーに比べれば…」


「でしょうね…」


 ルビナスとリリィはそろって大河を見た。
 当の大河は明後日の方向を見て、口笛なぞ吹いている。

 ミュリエルは目を細めて、何かを思い出すようにルビナスに目を向けた。
 その目からは何も読み取れない。
 しかし、リリィには心なしか頬が緩んでいるように感じられた。


「…彼女とは何処で?」


「学園に地下がある事は知ってますか?」


「ええ、あそこの事は代々伝えられていますから。
 みだりに立ち入らないよう、鍵をかけておいたのですが…」


 それを聞いてリリィは目を見開いた。
 彼女が地下に降りた時には、そんな物はついていなかった。
 大河がトレイターでぶっ壊してしまったのだが、バカ正直に言うようなヤツではない。


「えっと……な、何か不都合でもあったでしょうか…?」


「いえ…ただ、何が出るか解らないし、病原菌にでも感染されていたら大変よ。
 後でゼンジー先生に診てもらっておきなさい。
 それで、どうだったの?」


「はい……どうも大河が初めて入っていった時に、一目惚れしたとかしないとか…」


「……ヒトメボレ?
 なんて物好きな」


「同感です…。
 それで時々地下から出てきて、大河と遊んでいるようです。
 ついこの間までは、彼女はナナシだったのですが…」


 首を傾げるミュリエル。
 リリィはあがってしまって上手く説明が出来ない。
 大河はというと、ミュリエルに簡単に情報を与えるほどお人好しではない。
 ルビナスを見物するフリをして、じっとミュリエルを視界の端で捕らえている。
 勿論ミュリエルもそれに気付いており、極力表情を出していない。


「………そう…。
 解りました。
 彼女に危険はないようですね。
 あれほどの知識があるのなら、是非教師として招きたいのですが…」


 リリィが説明したのは、大幅に略された事情だった。
 地下にあった隠し通路や、幽霊や鎧の事には一切触れていない。
 説明したのは、ルビナスの墓から出てきた事と、復活の手順に何かしら失敗があったらしい事、そしてナナシの事だけである。
 それでミュリエルも納得したのか、彼女は大河に何かを読み取られる前に退散する事にしたようだ。


「学園長、ルビナスは放っておいていいんですか?」


「構いません。
 そうそう、彼女に伝えておいてください。
 『アナタが学園の教師として勤めてくれるなら、ホムンクルスの材料集めに協力してもいい』と。
 (覚醒の手順に不備があった……私の呪文でも記憶は戻せるけど、残念ながら止めた方がいいわね。
  脳の記憶野はデリケートだし、どこに歪みが出るか解らないもの)」


「了解ッス」


「わかりました!」


 2人の返事を満足気に聞いて、ミュリエルは去って行った。
 リリィは大きく息をつく。
 ただでさえ心労の多い義母に、これ以上負担をかけるのは忍びない。
 鎧の謎、救世主の謎、幽霊の謎……言うべき事かもしれないが、リリィは黙秘した。
 言うならば、もう少し調査を進めてからだ。


「ああ、驚いた…。
 何にしても、納得してくれてよかったわ」


「そんなに緊張したのか…やっぱマザコンだな」


「……コロスわよ」


 2人の緊張が高まり始めた時、ルビナスが教室から出てきた。
 どうやら講義が一段落し、今日はここまでとなったようだ。
 その手には、妖しい植物や器具が山ほど積まれている。


「あら?
 ダーリン、どうしたの?
 リリィさんまで……今日は情報交換じゃなかった?」


「それはもう終わった。
 それはそれとして、ナナシ…ルビナスでもいい。
 昨日、鎧と戦う前にコイツが何て言ったか覚えてるか?」


 ルビナスは問いながらも、ピトっと大河に密着した。
 どうやらナナシが下半身を制御しているらしい。
 ルビナスの顔も少し赤くなっている。


「鎧と戦う前?
 さぁ…私は微睡んでいたから…ちょっとまって、ナナシちゃん…。

 ハイですの。
 鎧と戦う前ですの?
 えーと……そう、確か“怖い”とか“何か出そう”とか“特売大安売り”とか言ってたですの」


「ちょっと待てぃ!
 少なくとも後の二つはウソだ!」


「あら、バレちゃったですの?
 でも“怖い”って言ってたのは本当ですのよ。
 ルビナスちゃんが起きてから、頭の中がスッキリしてるですの。
 階段でダーリンとリリィちゃんに使ったカン○ョーの感触だってはっきり覚えてるですの」


「忘れちまえそんなモン!」


 えへへ、と笑うナナシ。
 いい加減コイツも毒されてきたっぽい。


「ま、それはそれとして、これで俺の勝ちだって事が証明されたな。
 一日指導権確保、文句はあるか?」


「ぐっ…」


 文句はありまくりだ。
 しかしそれに反論する事は、リリィのプライドが許さない。
 見たところナナシがウソをついている訳でもなさそうだ…さらっと虚言を吐いたが。
 ついた勝負にあれこれ文句をつけるような真似はしない。
 そんな事をするくらいなら、指導権の方を踏み倒す。
 どちらも目くそ鼻くそという意見もあるが、そんな事を言ったらヴォルテックスで洗脳されてしまう。


「くっ……仕方ないわね。
 不本意ながら、自分の身を守りつつアンタに従ってあげるわ。
 それで、指導は何をさせる気?」


 色々と覚悟を決めるリリィ。
 もし何か卑猥な事でも求められたら、一日気絶させて指導権を潰すつもりだった。
 しかし、さらに自体は悪化する。


「ついでに言っておくが、今日だけ指導権を潰しても意味がないぞ。
 もう一度俺に従う義務があるんだからな」


「!? どうしてよ!?」


「これは自分でも覚えてるだろ?
 『大河が魔法を使えるようになったら、私も運動する』って言ったの」


「!」


 確かに覚えている。
 大河が使えるのは魔術だが、それも大別すれば魔法のうちに入る。
 が、あれは単なる冗談だ。
 そもそも運動するとは言ったが、大河の指導の下で運動するとは一言も言っていない。


「それはそれ、自分で運動するわよ。
 少なくともアンタに指導される云われはないわ」


「一人で運動するよりも、みんなで運動した方が楽しいですのよ?」


「コイツと運動なんかしてたら、いつ襲われるか心配でおちおち休憩もできないわよ。
 専門の人に指導を頼むなら、大河よりもカエデの方が詳しそうだしね」


 そう言われると、大河にも返す言葉がない。
 珍しく簡単に勝利して、リリィは鼻で笑った。


「反論はないわね?
 それじゃ、私はもう行く「マテやコラ」……(チッ)…何よ?
 私は午後の勉強があるんだけど」


「どさくさ紛れに指導から逃げようったってそうはいかんぞ。
 とりあえず、夜10時になったら俺の部屋に来るように」


 このまま大河から離脱して、日が変るまで逃げ切るつもりだったリリィは舌打ちした。
 しかも呼び出された時間が時間である。
 何をされるか、容易に想像がつくのがまたイヤだ。


(……仕方ないわ…少々危険だけど、手を打っておくか)


 腹の中の算段を表に出さず、リリィは苦々しげな表情を装って頷いた。
 大河はそれで用は済んだとばかりに、ナナシを連れて研究科を出て行った。

 ふと悪寒を感じて、振り返るリリィ。
 窓から幾つもの顔が突き出し、荒い息をついている。


「あああ……ルビナスたん、ルビナスたん…」

「おおお…我らの天使が…」

「何なんだあの男は!?」

「天誅! いや人誅を下せ! 牙突き立てろ!」

「ナナシたんハァハァ」


「……………(ボゥ)」


 無言で指先に魔力を灯す。

 大河が『別の意味で恨まれそうだ』と言っていた理由がよくわかった。
 図書館での一件といいコイツラといい中途半端アフロ改めフノコのダウニーといい、いつからこの学園はヘンタイの巣窟になったのか。
 以前から問題児はそこそこ多かったが、幾らなんでも異常ではないか。
 問題児筆頭でもあったリリィは自分の事を棚に上げて呟いた。

 魔力を流すと、昨日反作用で痛めた手が疼くが、それもリリィには何の感慨も与えなかった。
 呪文すら唱えず、魔力をそのまま教室に放り込む。


ちゅどおおおん!


「あ、あれ!?」


ドガン!
       ズドン!
   ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………


「時が見えるぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 教室内に残っていた薬品にでも誘爆したのか、意外に強い爆発が起きた。
 空気がビリビリ震動し、窓ガラスが弾け飛び、地震でも起きたかのように建物がグラグラ揺れる。
 ついでに窓から身を乗り出していた学生が、戯言をほざきつつ素晴らしいスピードで宙を舞った。

 冷や汗を垂らすリリィ。
 衝動にまかせてついやっちまったが、これ程の惨状になるとは…。


「えっと………し、知〜らないっと」


 誰かが来る前に、リリィはスタコラ逃げ出した。
 態々目撃者の記憶操作をしなくても、どうせナナシやらルビナスやらに目が向いていて、リリィは記憶にも残ってないだろう。
 問題は自分がここに居た事を知っている義母だが、そっちはなるようにしかならない。
 こうなる前に立ち去った、と言えばいいだろう。
 いざとなったら、大河に罪を押し付ければいい。
 普段が普段だけに、スマートに信じてくれるだろう……意趣返しも兼ねて。
 それでなくとも、何せここは研究科だ。
 これ程の規模ではないが、実験失敗の名の元に爆発は日常茶飯事である。

 これでもう大河の事を笑えない。
 自分も一皮剥ければテロリストだ。


(ごめんなさい、お義母様………!
 って、砂煙?
 何か走ってくる?)

…………ドドドドドドドドド


 爆発した研究科に向かって、何かが……ボールの形をした何かが特攻してきた。
 その後ろには、もはや砂嵐と言っていい煙が立ち昇っている。
 そして弾丸の如きスピードで跳ね上がる!


「私の体の材料ーーーーー!」


「る、ルビナス!?」


 突っ込んできたのはルビナスだった。
 どういう理屈か、頭だけが転がってきている。
 それは今更驚く事でもないのだが、どうやって砂煙が出るほどのスピードで転がってきたのか。

 驚くリリィは、咄嗟にルビナスの頭を受け止めた。
 血走った目でルビナスはリリィを見る。


「り、りりりりリリィちゃん!
 この惨状はどこのゲス野郎が引き起こしたの!?」


「さ、さぁ、私は見てないわ!
 何だかいきなり教室の中から大爆発が起こったのよ!」


「うぬぬぬ、さてはあの工程を端折ったのね!?
 あれほど慎重にやれと言ったのに!」


 一体何をさせていたのか。
 というか、一歩間違えれば大爆発を起すような実験を普通の教室でさせないでほしい。
 そうは言っても、万が一リリィが原因だと知れたら即座にホルマリン漬けが決定しそうな勢いだ。
 とにかくリリィは注意をそらそうとする。


「と、ところで体の材料がどうかしたの!?
 さっき持って行ってたでしょ!?」


「大部分の材料はね!
 でも本当に貴重な材料や高価な機材は、後から持ってきてくれるって約束だったのよ!
 これじゃ材料も機材もぶっ飛んじゃってるじゃない!
 犯人見つけ出して新薬の材料と実験台にしてやるわーーー!」


 藪を突付いた。
 そう悟ったリリィだが、もう遅い。

 と、大河が走って駆けつけてきた。
 その隣を、手を引かれた首なし…ナナシが走っている。
 目が見えないからか、時々躓いてこけそうだ。


「おいリリィ、こりゃ一体ナニゴトだ!?」


「ど、どうもこうも、どうやら実験に失敗したらしくて…」


「………なんか怪しいな。
 ひょっとしてお前、テロ゛ッ!?


「し、失礼な事言うんじゃないわよ!
 アンタと一緒にしないで!」


 自分で言っておいてなんだが、大河と一緒になった事を自覚してリリィはさらに心中落ち込んだ。
 危険な事に気付きかけた大河を手加減なしの鉄拳で慌てて黙らせ、ルビナスを覗き見る。


「ヒッ!?」


 ルビナスは鬼気迫る迫力でリリィを睨んでいた。
 慌てて手を振って……すでに頭はナナシと合体している……無実を主張する。

 一応ルビナスも信じてくれたのか、今度はギラリと光る目で、未だ小規模な爆発が連鎖している研究科校舎を睨みつける。
 大河を引き摺り起こし、リリィを従えて、ルビナスは高らかに宣言する。


「犯人を見つけ出すわよ、名前も思い出せないジッチャンと錬金術師の名に賭けて!
 そして私の材料と機材をメチャクチャにした事、親が自分を産んだ事を怨むほどに後悔させてあげるわ!
 デルタ1、デルタ2、続きなさい!
 イッツァ、ジャッジメントデイ!」


 ルビナスは爆発音轟く校舎に突撃して行った。
 リリィは逃げ出したかったが、もしここで逃げたら後でルビナスが迫ってくる。
 はっきり言って、凌ぐ自信は全くない。

 何より、リリィはこのまま逃げる訳には行かない。
 万が一先ほどリリィが魔法を使った事を覚えている人物がいたら?
 そしてルビナスがその人物に行き当たったら?
 ……シヌ、マジデ。
 自分で自分に念仏唱えたい気分だ。


「あ、さっき魔法を放り込んだへぶしッ!

「ナナシたんハァハガッ!?

「試験問題を盗み出ゲボゥ!?


 しかしそうも言っていられず、リリィはルビナスよりも先行して、危険そうな発言を片っ端から弾圧していった。
 リリィは発言と報道の自由を認めません。
 だって死ぬし。


「何処!?
 折角教えてあげた実験過程を端折ってミスしたのは何処のどいつ!?
 私の材料を返せ!
 ブッコロシャアアアァァァァ!」


 怒りのあまり言語機能に異常を来たし始めている。
 リリィは片っ端から生徒を沈黙させ続ける。
 大河はいつの間にか消えていた。
 最後に見た時はグッタリしていたから、リリィの攻撃はそうとういい所に入ったのだろう。
 さもなくば死んだ振りかもしれないが。
 前者ならこの爆発の中で錐揉み回転しているだろう。
 後者ならさっさと逃げただろう。
 いずれにせよ、今のリリィには自分の身が最優先である。
 マッドを怒らせて無事でいた人物はいない。


「ワレは剣邪の火責ナリー!」


「呪文変ってる!?」


 結局、大河は夕食まで姿を見せなかった。
 食事を取っているときも、離れた所で例の同人少女と何やら話しこんでおり、リリィの方には見向きもしない。
 ちょっとムッとしたが、騒ぎ立てるような事でもない。
 あの2人が絡んでいると、自分にとんでもない災難が降りかかってきそうな気がしただけで、断じてヤキモチの類ではない。
 いつも大河と一緒にいる未亜はというと、今日は何故かベリオとカエデのご機嫌取りをしている。
 『昨晩は一人だけ…』とか、『北の方といえど、我侭が過ぎるでござるなぁ…』とか聞こえてくるが、未亜がそれに対して何やら弁解しているようだ。
 『本当に昨日はそのまま眠ったんです!』とか『か、カエデさ〜ん』とか色々聞こえてくる。

 リリィは夕食のパスタを突付きながら、大河と同人少女を観察している。
 何やら妖しい荷物を大河に渡し、交渉を始めた。
 しばらくすると、何故か握り拳で男泣きに…女だが…泣き出す。
 歯を食いしばり、今にも血を流しそうだ。
 その肩に手を置いて、大河が慰めている。


(…………?)


 自分の知らない所で、何かが進行しつつある気がする。
 念の為に手は打っておいたが、どうしたものだろうか。
 結局悶々としながら時間は過ぎ、夜9時50分。


「…………なんで私は体を丁寧に洗った挙句、お気に入りの下着まで着けてるのよ」


 今後の展開を予測しようとしていると、まぁ主にピンク色というか淫とか犯とかが出てくる展開にしかならない。
 大河の事は嫌ってはいない。
 しかしそれは召喚当時と比べて、と言う意味でしかなく、今でも個人的に敵には違いない。
 昨日の初めての命がけの戦いで背中を預け、意外な程の一体感を感じて多少好感度が上がっているかもしれないが、所詮はその程度。
 男性としての好意を向けているわけではない……筈だ。

 しかし彼女の体は無意識に日常をこなし、ふと気がつくと普段以上に丁寧に体を磨き、さらに何時ぞやちょっと冒険して買ってみた“黒”を着けていたり。
 慌てて着替えたら、これまた何故かお気に入りの衣服を纏っている。
 自分の頭をポカポカ叩くリリィだった。

 しかしこれ以上下着やら服やらをとっ変えひっ変えしていると、それこそ初体験に挑む市井の少女のようだ。
 もうどうにでもなり腐れとばかりに開き直ったリリィは、結局お気に入りを着けたまま大河の部屋に向かった。
 どの道、大人しく“食われて”やるつもりはない。
 時間さえ稼げば、自分にも勝機はある。
 仕込みはバッチリだ。


「勝負!」


「誰とだ」


 ガチャ


 一声叫んで気合を入れ、ドアを蹴り開けようとしたリリィの勢いはあっさり殺された。
 足がドアに叩きつけらる寸前に、ドアが内側に開く。
 勢いを空かされて、バランスを崩すリリィ。
 つんのめって、思わず目の前の何かにしがみつく。


「………意外と大胆だな、リリィ。
 こんな時間に呼び出したからって、即そういう方向に進むつもりはなかったんだが…。
 これほど情熱的に求められては仕方ない。
 めくるめく情熱の夜へと…」


「な…な……」


 言うまでもなく、しがみ付いたのは部屋の主の大河である。
 今の彼女は、大河に抱きつくようにして立っている。
 自分の状況を把握すると、あっという間に顔に血が昇る。
 そして手が瞬く。


「何すんのこのバカ大河ーーーーー!」

「のごわーーー!?」


 大河の顎に、素晴らしいアッパーが突き刺さった。
 ヒットの瞬間、地面を蹴って更に加速をつけている。
 あまつさえ、ブレイズノンでも使ったのか炎を纏っていた。
 そして浮き上がった大河に、空中踵落としで追撃。


「ヴ、ヴォルカニックヴァイパー………見事…」


 床に叩きつけられて、ピクピク動いている大河。
 流石に今のは理不尽だが、今のリリィにそんな理屈は通用しない。
 顔を赤くして、何故か壁に向かって『反省』をやっている。


「さて、今回の指導だが…」


「復活早ッ!」


 別段焦げた様子もなく、大河はもう復活した。
 これも今から展開する桃色時空のためだろうか?

 大河は部屋の奥から、何やら袋を取り出した。
 よく見ると、食堂で同人少女から受け取っていたあの袋である。


「これを着てもらう。
 なに、それ以上の事はしないから心配するな。
 少なくとも俺は襲ったりしない。
 貞操は約束する」


「……本当でしょうね…」


「神…は苦手だから、亡き父母と未亜に誓って」


 そう言われると信憑性が出てくる。
 大河が未亜を大事にしているのは彼女も知っているし、自身も両親を失った身だ。
 父母を引き合いにだされると、リリィとしても信用してやりたくなる。


「……解ったわ。
 これを着ればいいのね?
 じゃあ、着替えてくるから…」


「いや、ここで着替えてくれ。
 俺は外に出てる。
 信用できなきゃ、何か防犯装置でも……」


「な、何でここで着替えなきゃいけないのよ!?
 別に私の部屋で着替えて、それからここまで来てもいいじゃない!」


 リリィは慌てて大河に反論する。
 これも指導だと言われると逆らいようがないが、そうなったら本気で張り倒すだけである。


「俺はそれでも構わんが……とにかく俺は外に出てるから、衣装を見てみろ。
 見て、それでも部屋で着替えてまた来るっていうなら止めないが…。

 盟友に協力してもらい、選びに選んで揃えた一品だ。
 ひっちゃぶくような事はするなよ。
 少なくとも女の子が一人泣くから」


「あ、あの同人百合女のこと!?
 何か泣いてたみたいだけど」


「なんだ見てたのか?
 気をつけろよ、あんまり素っ気なくするとキレるタイプだから。
 さっきだって、参加したかったのに課題の提出先のダウニー先生がまだ王都から帰って来ないんで泣く泣く諦めたんだ。
 ……まぁ、万が一の事を考えてダウニー先生の冥福を祈ってやるか。
 じゃ、着替えたら呼べよ」


 それだけ言うと、大河はさっさと部屋の外に出て行った。

 リリィとしては内容に関わらず燃やしてしまいたいのだが、大河が最後に言い残した言葉が妙にリアリティーを持って胸に残る。
 着るは一時の恥、着ないはブチキレたレズ(暴走機能確認済)の相手。
 苦渋の決断を下し、リリィは袋の中身を覗き込んだ。


「なっ……何よコレエエェェェェ!?」


 大河が部屋の外にでて約10分。
 リリィは基本的に真面目なので、躊躇しつつも指導に従うだろう。
 あまり追い詰めると開き直るが、プレッシャーをかけずにじっくり腰を据えて待つのがコツだ。

 扉に背をつけてじっと待っている。
 ベリオが張った結界のおかげで、中からの音や振動は遮断されているが、振動そのものが消えるわけではない。
 扉に張り付いていれば、ちゃんと内側からの呼びかけは感知できる。

 が、呼びかけは別の方向からやって来た。


「あれ、お兄ちゃん?」


「み、未亜!?」


 何と言うタイミングか、未亜襲来。
 普段はもう少し遅くなってから来るのだが、一体何事か?

 慌てる大河を見て、未亜は視線を鋭くした。
 慌てて弁解する大河。


「ちょっと……部屋の前で何してるのよ…」


「い、いや何でもない!
 それより未亜こそどうしてここに!?」


「リリィさんから、お兄ちゃんが何かとんでもない事を企んでるって聞いたんだけど…。
 部屋の中に何を隠してるの?
 ん? ん? ん? んん?
 拉致ってきた幼女?
 調教済みの女?
 それとも新しい愛人?
 殺さないから、妹さんに言ってみ?」


「(あ、あのアマ仕込みやがったな!
  何つう危険なマネを…!
  ヘタするとお前も大火傷するぞ!)
 こ、殺さないだけなのか!?」


「ナマ言ってんじゃねぇぞゴルァ!」



「げふぁっ!」


 久々に本格降臨、893未亜。
 見えないパンチが大河に突き刺さった。
 ドアに叩きつけられ、ズルズル崩れ落ちる大河。
 その腹を踏みつけて、少しずつ体重をかける。


「オラ、何考えてるのか吐けっつってんだYo。
 アタマん中を吐き出すだけなんだから簡単だロ?
 それともテメェ、ナニ考えてるか自分でも解らなくなったくらい退化したんか?
 んん?」


 ギリギリギリギリ。
 大河の肋骨がイヤな音を立てる。

 霞む大河の目に、キセルを咥える未亜の顔が映る。
 勿論錯覚……の、ハズだ。


「ホラ、黙っとらんとちったぁ喋れや。
 ……起きとんのかクソガキ?
 どれ」


 キセルを離して、大河の上で引っ繰り返す。

 ポトッ


「…………!!!!!」


 錯覚の筈のキセルから、大河の頭に火種が落とされる。
 堪らず叫ぼうとするが、未亜に抑えつけられてそれも出来ない。
 無言で手足をドタバタ振り回す。

 それを見てやっと気が済んだのか、893未亜は引っ込んだ。
 未亜の表情がデフォルトに戻る。


「………あれ?
 ここ、お兄ちゃんの部屋……って、お兄ちゃん何があったの!?
 ああっ、火傷にボディブローの後に足跡に……しっかりしてぇ!
 一体誰にやられたの!?」


「けひゅー……けひゅー……(お、お前だお前…)」


「(ニヤソ)」


ビクッ!


 893未亜は通常未亜とは別人格なのか?
 それは誰にもわからない。

 大河を介抱……と言っても、寄りかからせて抱きしめただけだが…して、大河が回復するのを待つ。
 大河の頭が、ちょうど未亜の胸に当たる位置。
 柔らかい感触を感じて、それだけで大河の活力が戻ってきた。
 ついさっき散々恐怖を味合わされた相手なのに、なんともお手軽だ。


「それで、一体何をしようとしてるの?
 場合によっては……」


 再び893未亜が顔を出す。
 大河を抱きしめる手に力が入り始めた。

 が、それより前に扉が開いた。


「ちょっと、さっきから何やってるのよ?
 それにずっと呼んでるのに……………未亜?」


「…………リリィさん?」


 扉から顔を出したのは、着替え終えたリリィだった。
 彼女は未亜の顔を見て、あからさまにしまったという顔をした。
 どうやら仕込みの事を忘れていたらしい。
 あるいは、思ったよりも早く未亜が来たのか。
 慌てて引っ込むが、未亜の目にはしっかりそれが見えていた。


「………お兄ちゃん、起きて。
 部屋に入るよ」


「お、おう…」


 扉を開けて入ると、そこにはリリィが頭に手をやって四苦八苦していた。


「このっ、取れろ、取れろっ!
 何でくっついてるのよコレ!?
 ああもう、どうしてこんな事になるの!」


「リリィさん……」


 静かにリリィに声をかける未亜。
 それを聞いてリリィはバッと振り返り、頭を手で、体を床に畳んであったマントで隠す。
 リリィを見る未亜の目は、どこまでも静かで静かで平坦で、感情が抜け落ちてしまったかのようだ。


「ち、違うのよ!
 こんなはずじゃないの!
 ねぇ、お願いだからちゃんと話を聞いて!」


「リリィさん……そんな趣味があったんですね…。
 それも、お兄ちゃんの部屋でこんな格好をして誘惑するなんて…」


「な、何でそうなるのよ!?」


「じゃあどうしてお兄ちゃんの部屋で、そんな露出度の高い格好をしてるんですか!?
 私を呼んだのだって、お兄ちゃんを寝取る場面を見せ付けるためなんですね!」


「だからお願いだから話を聞いてぇ!」


 涙目になっているリリィ。
 自分の世間体も危ないが、目の前の未亜の気配も充分危ない。
 大河は置いてけぼりになっていた。
 ブルブル震えてうつむく未亜。
 かと思うと、顔を決然と上げてリリィの顔を睨みつける。

 クワッ!

 未亜が目を見開いた。
 リリィがそれに気圧されされて、一歩退く。


「リリィさん!」


「はっ、はい!」


「ミミとシッポを触らせて〜〜〜〜〜!」


「おおっ、ルパンダイブ!」


「へ? へ? きゃあああぁぁぁ!?」


 未亜の目には、もうリリィの姿しか映っていない。

 ふらふら揺れるシッポ
 何故かくっ付いて取れないらしい、ピンと立った形のいいネコミミ
 ご丁寧にも、体の線がくっきり浮き上がる黒を基調としたレオタード長い手袋まで装着済み。
 あまつさえガーターベルト
 残念ながら首輪はついていないが、代わりなのかチョーカー(鈴付)を巻いている。
 そして何より、慌てつつも恥らいで真っ赤に染まった表情!
 未亜でなくてもキレようというものだ。

 流石に脱衣はしないものの、未亜は伝説のダイブを使ってリリィに突っ込んだ。
 目が笑っている…。いやある意味笑ってない。
 なんちゅーか、ネコを目の前にした某雪国の邪夢お母さんの娘のような目だ。

 リリィは慌てて逃げようとしたが、大河に羽交い絞めにされて動けない。
 抵抗しようとした瞬間に、未亜がリリィに突っ込んだ。
 大河とまとめてベッドに押し倒される。


「ちょっ、離せ、離しなさい未亜!
 さっきの寝取る云々は何だったのよ!」


「あんなのお芝居に決まってます!
 いくら私でも、あんな妄想を真に受けるほどテンパってはいません!
 だからミミを!
 シッポを!
 肉球……は無いから、せめてこのささやかな胸を…。
 ああ、この手触り……ケモノミミサイコォォォ!
 お兄ちゃんグッジョブ!
 疑ってヒドイ事してゴメンね!」


「いやいや、結果オーライだ!
 未亜も解ってくれたようで大変嬉しい!」


「離せ、離せっての!
 胸がささやかで悪かったわね!
 あんっ!
 ど、どうしてミミとシッポに感覚があるの!?」


 同人少女が、ツテを辿って集めてきたらしい。
 感覚がある理由は言うまでも無く、オタクとマニアの力だ。
 彼らの科学力と好奇心と萌えへの探究心は、この世のあらゆる常識を打ち破る。
 ……ウソでも誇張でもないぞ。
 最新技術を開発する人間なんて、世間一般から見ればその道のオタクかマニアのどっちかじゃないか。
 それが納得できなければ世界意思(作者の意思含む)だ。

 それはそれとして、当真兄妹は素晴らしく暴走してくれる。
 大河は最初の『何もしない』宣言を守っているのか、未亜が暴走するに任せている。
 ちなみにシッポはア○ルに入っているわけではないので悪しからず。


「あああ!
 この色!
 この手触り!
 一級品よぉぉぉぉ!」


 涙すら流して、ミミやシッポに頬擦りする未亜。 
 メチャクチャ目が悦っている。
 一擦りするたびにシッポとミミから刺激が伝わり、リリィは凄い事になっていた。

 が、暫くすると様子が変ってきた。


「…ふみゃぁ…」


「へ?
 …今の……ネコリリィさんの鳴き声だよね…」


「ちょっと待て…ええと、説明書説明書…」


 大河はマタタビを嗅がされたネコのように脱力しているリリィを置いて、衣服が入っていた袋の中を探る。
 程なくして目的のものを見つけ出した。


……なお、リリィお姉様が素直に従ってくれるとは思えないので、一定以上の刺激を受けると素直になるよう鈴に細工をしておきました。
 課題の実験にちょうどよかったので、様子を後で報告してください。

 …………細工……暗示?」


 大河はリリィを見た。
 腑抜けきっている。
 とても気持ちよさそうだ。


「……つまり…今のリリィさんって、暗示で自分がネコだと思い込まされてるの?」


「多分…」


 大河は同人少女の顔を思い浮かべる。
 ニヤリと笑うその表情を見て、大河は瞼を下ろした。
 体の底から熱いナニかが湧き上がってくる。
 激情に震えながら、大河は口を動かす。


「ダメだ……。
 ダメだダメだダメなんだ!
 素のままのリリィがミミをつけて甘えてくるのがいいんじゃないか!
 それを暗示を使うなんて邪道邪道!

 が、そこを敢えて言わせて貰う!」


 大河はクワッと目を見開く。
 未亜も大河の意見には少し異論があったが、大河が言わんとしている事は理解できる。
 2人は同時に手を握って天に突き出し、親指を立てた。


「「グッジョブ!」」


 大河の足元には、四つん這いで甘えるようにじゃれるリリィ。


「にー?」


ねこみみモード、ねこみみモード、ねこみみモード、ねこみみモード、ねこみみモード………



ぐはああぁぁぁぁ忙しッスィィィィ!
学生だってのに、どうしてこんなに時間が無いんだあぁぁ!?
これならちょっと前のスランプ状態の方がよく書けた!
少なくとも時間はあったし!
……今更ドラクエ8やってる私の自業自得です、ごめんなさい。
主ゼシに嵌り、そのうち再構成モノ買いてみようかと思う始末。
だけど幻想砕きの完結とラブひなが先の予定なんですよね。

でも本当に時間が無いッス。
学校が1限からあるのはいいんですけど、学園祭の準備で直ぐに帰ってこれません。
だから冗談抜きで投稿速度が遅くなるかもしれません。
学園祭が終わるまで、あと一ヶ月ちょっと…。
書き溜めしてる分も加えて、ギリギリってトコでしょうか?


それではレス返しです。


1.アクト様
ボンボン坂高校は面白かったですねぇ…。
部長さんを出そうと画策しましたが、ちょっとあのキャラはムリです(笑)

ああ、言われて見ればフノコことダウニーは植物と同レベルですね。
真面目な時代ならともかく、今のダウニーは……。
そもそも謎植物ごときで召喚される神もどうかと。


2.くろこげ様
聖銃にも比較的弱い攻撃があるとの事ですが、どうせ撃つなら火力全開でぶっ放します。
そうじゃないと、わざわざ重火器(?)を持ち出す理由になりませんからね。

それに、ちまちま聖銃を撃つのと、多少設定にムリがあってもドカーンと一発派手に打ち上げるの…どっちが読んで気持ちがいいと思いますか?
少なくとも時守は後者です。
それに聖銃の武装は殆ど知りませんし。←ソレガホンネカ

世界の異物にしか効かない……つまり、世界から弾き出されたモノでも効果はあるって事ですよね?


3.竜神帝様
神様だってそーするハズさ…もとい、古来からギャグにおいて神様とは、オチをつける存在か笑いのネタにしかならないでしょう、多分(笑)
それに時守はあのナマモノは嫌いです。
だって食われたし。


4.干将・莫耶様
酔っ払いに理屈も法則も通用しません。
いっその事イムニティ辺りを召喚して、ベリオを白の主にしようかとも思いましたよ。

導きの書の話は次あたりからです。


5.ななし様
蟹光線…イブセマスジとルビを振ろうかとも思いました。
でも実は、名前だけで詳しい事は知らないんですよ。
当たったら泡になって溶けるんでしたっけ?
あれ、塩だったかな?


6.なまけもの様
ルビナスの記憶喪失に関しては、もうご都合主義としか言いようが…。
でも、フィクションの記憶喪失って大体そんな感じじゃありませんか?
現実でも、記憶を失っても日常的な知識は覚えているそうです。
錬金術の知識が文字通り血肉となっていれば、そこだけ覚えてても不思議は無いんじゃないかなー、と…。


7.3×3EVIL様
まだジャスティスが無いんですか……涙が出てきそうですね。
いっそ通販とかやりますか?
500円ほど余計に金がかかりますが…。

怪奇なるキタキタ踊りは…やりますよ、名もない誰かさんが。


8.アルカンシェル様
キシャーは本当に怖いですね…美点が帳消しにされるくらいですから。
絶対に狙っていたと思いますよ……本人も二次創作を見て笑ってるんじゃないでしょうか?

NEPは何とかなるとしても、さすがに士翼号はムリっす。
士翼号はオートでも戦いますから、放っておいても“破滅”の軍勢を叩き潰しそうで…。
あれ?
でも考えてみれば、戦力比はともかくとして士翼号が送り込まれる条件は揃っているかも…。


9.水城様
ええ、一度はあのセリフを言わせて上げないといけませんね。
マッドとして定義付けた以上、これは絶対の義務でしょう。
そうじゃないと可愛そうで涙が止まりません。
決してルビナスに脅された恐怖で泣いているのd


10.きりん様
今からでもナイトウィザードをやるべきでしょうか…。

それはともかく、自重するのは大河の行動…諜報活動(?)ではなくて、異界の事を軽弾みに喋る事です。
諜報活動の方は、自重させる気は全くありません……話が動かなくなりそうですから。

ダリアに関しては、確かに大河が何処かと繋がっているという予測はするでしょう。
しかし彼女は宮仕えの身、クレアが否と言えば手を出す事はできません。
ダウニーは……まぁ、ナンです、ご都合主義極まりって感じですが、アフロになってフノコと化して以来、まともな精神状態じゃありませんから…まだ気付かないです。

情報が異世界に流出しているという事には、そう簡単には気付けないと思います。
実際には、異世界との繋がりを示す物は魔力塊しか無いのです。
大河は“ネットワーク”の事は未亜にしか話していないし、オバカな時守が書き忘れましたが、ちゃんとアシュからの手紙も始末しています。
…カエデの時に机の中からアシュの手紙が出てきましたが、アレは手紙が入っていた封筒なんです、多分。
アシュの魔力塊は本人が持ち歩いているし、屋根裏部屋にある物が異世界の物かどうかなんて、リコにだって解りません。

例えば仕事で調べ物をしている時に不思議な事を発見したら、「これは宇宙人の組織の仕業だ!」と思いますか?
今の情報でダリア達に“ネットワーク”の事を気付けというのは、NASAの技術を学んでマゼラン星雲に住む異星人の存在を確信しろ、というようなモノだと思います。
リリィとルビナス、ナナシと未亜に口止めしておけば“ネットワーク”の存在には想像も及びません。
他の組織と繋がっていると思われるかもしれませんが、どっかの三重スパイのように、暫くは泳がせておくはずです。

かなり苦しい言い訳ですが、一応間違ってはいない…と思います。

それと、学園長は最初から被害妄想に囚われる事はないと思いますよ。
無駄に敵を作る事の危険性は、身に染みて解っている筈です。
初っ端から全面戦争を仕掛ける危険人物に、フローリア学園の学園長を任せるとは思えません。

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