カガリがそれを見つけたのは偶然だった。
偶然通りがかった倉庫区画の一室の、開け放された扉。
その向こうに彼はいた。
抜き放った白刃を手に、ゆるりゆるりと舞うかのごとく動き回る。
時に進み、時に退き、体を捌き、刀を振るい。
一時も留まることなく、流れる水のように滑らかに。
その動作は美しくすらあった。
人を殺すための技であるというのに、否、そうであるからこそか、漂う空気は聖別された神殿の如く厳かだ。
一目見ただけで、カガリは魅了された。
知らない内に動き出した足が、倉庫らしきその部屋の中へと歩んでいく。
室内は驚くほど静かだった。
全ての動きが見えるほどゆっくりと動いているとはいえ、刀の風切り音どころか足音すらも聞こえない。
その静けさにつられるように、カガリも足音を潜め、呼吸すらも潜める。
やがて、じっと見つめる視線のその先で、剣の舞が終わりを告げる。
ピタリと正眼に構えてしばし静止した後、キラはゆっくりと振り返った。
「どうしたんだ、カガリ」
キラのその言葉に、カガリはハッと我に帰る。
「い、いや、通りがかりに見つけたから、ちょっと見てただけだ。それが神刀流ってヤツなのか?」
「ああ。神刀流の太刀の型の一つだ」
カガリに答えながらキラは刀を鞘に収め、少女のもとに歩み寄る。
「凄いんだな。すごく……かっこ良かった」
「そ、そうか? ありがとう」
頬を微かに染めて言ったカガリの言葉に、キラが珍しく照れたような表情を浮かべた。
何やら甘い雰囲気が漂いかける。
が。
「あー……良い雰囲気を作るのは別に構わないんだけど、できたら俺の存在を忘れないで欲しいかなー……」
控えめな声が下の方から聞こえてきた。
仰向けに転がったトールが、若干引き攣った表情で二人を見上げていた。
ずさっ、と音を立てて二人が離れる。
「ト、トール、何でそんなところに!?」
「稽古の途中でお前に落とされたんだろうが!!」
あんまりと言えばあんまりなキラの言葉に、トールはガバッと起き上がって抗議する。
「ったく、こっちはまだ頭がくらくらするっていうのに平然といちゃつきやがって、何様のつもりだ!」
「えーっと……お師匠様のつもりだ!」
「開き直んな!!」
一瞬にしてお笑いに変じた空気に、カガリは大きくため息をついた。
そして目下のところ最大のライバルである少女に思いを馳せる。
自分よりも付き合いが長い分、こういう展開に阻まれることも多かっただろうと思うと、同情すら湧いてくる。
未だに漫才のような会話を繰り広げているキラとトールに、カガリはこめかみを押さえた。
だが、そこでふとカガリの脳裏に閃くものがあった。
「なあ、キラ。お前、トールにその神刀流ってのを教えてるのか?」
「ああ。半年くらい前からな。それがどうかしたのか?」
「私にも教えてくれ!」
キラの返事の語尾を食うような勢いで、カガリは言う。
「守られてばかりは嫌なんだ! せめて自分の身くらい自分で守れるようになりたいんだ! 頼む!」
一息に言い切り、深く頭を下げる。
自分の正体を知っているキラなら、今の言葉に持たせた含みを汲み取ってくれるはずだ。
汲み取ってしまえば、キラにはまず断ることはできまい。
そんな計算を働かせてしまっている自分を浅ましく思いながらも、それでもカガリはキラとの接点が欲しかった。
脳裏に浮かぶのはライバルの少女。
キラと共に戦うことのできる彼女が、たまらなく羨ましかったのだ。
「……オーケー。その代わり、途中で投げ出すなよ」
しばしの間カガリを見つめたキラは、軽くため息を吐きながらも、カガリの予想通りに承諾した。
第07話 戦う理由と方法と
「バジルール少尉、ここ、よろしいですか?」
食堂で食事を取っていたナタルは、かけられた声に顔を上げた。
見れば右手にトレイを持ったキラが正面に立っていて、空いた左手はナタルの向かいの席を示している。
「あ、ああ。別に構わんが……」
答えながらもナタルは意外な思いを禁じえない。
その視線を感じたのだろう。腰を下ろしたキラがナタルを見返す。
「どうしたんですか?」
「いや……私は君達には嫌われていると思っていたのだがな」
不思議そうに問いかけるキラに、ナタルは自嘲気味に言った。
「まあ、色々とキツイこと言われましたからね。でも、俺は結構好きですよ。バジルール少尉みたいに自分にも他人にも厳しい人って」
キラは軽く笑って答える。
「むしろ、俺達の方こそ少尉には嫌われていると思ってましたよ」
「そんなことはない。君達の助力には本当に感謝している。だが……」
「イレギュラーな事態だけに扱いかねている、ってところですか?」
「……ああ」
少し決まり悪そうなナタルの返答に、キラは笑みをこぼしながら割り箸をパキリと割る。
「良いんじゃないですか、そういう人がいても。この艦の人達はみんな親切で良い人ですけど、たまに厳しく締めてくれる人がいないと軍隊として機能しませんよ」
箸で食事をつつきながら、キラは器用に肩をすくめた。
「それよりも俺が話したかったのは、ストライクの運用についてです」
「ストライクの?」
「ええ。今までの戦闘はどうにかなりましたけど、次からはもっと厳しい戦いになる可能性は十分にあります。そうなると、艦橋との連携も上手くできないようでは切り抜けられません。ですけど艦長は本来技術屋です。となると、そういう話ができる相手はバジルール少尉ってことになりますので。どうせ実戦の指揮を執るのはバジルール少尉だからっていうのもありますね」
「だが、運用について話がしたいと言ってもな。何しろ、地球連合軍自体にモビルスーツを運用した経験が無いのだ。ノウハウの蓄積も何もあったものではない」
「それはわかってます。だから俺が聞きたいのは、むしろバジルール少尉の個人的な見解です。少尉はモビルスーツという兵器をどう思います?」
「忌々しい兵器だな」
キラの問いに、ナタルは苦い表情で即答する。
「何ヶ月も訓練を積んだパイロットにもろくに動かせないかと思えば、全くの素人が自在に扱えたりする。これほど数字に換算しにくい戦力は無い。そもそも、そこまで搭乗者の素質に左右されるという点が、既に兵器としては致命的な欠陥だ」
「まあ、最高の兵器というのは誰にでも簡単に扱えて、人を殺傷するのに十分な威力を持ち、なおかつ量産が可能である、というものですからね。だとすれば、モビルスーツは『武器』としては評価できても、『兵器』としては高い評価を与えられません」
「その通りだ。だが、そのような兵器がまかり通ってしまっている。やりにくくて適わん」
「でしょうね。大艦巨砲主義、少数精鋭主義というのは、替えが利かないという効率の悪さから、近代の軍隊が極力排除してきたものですから。多分、宇宙では地上のように大量の物量を投入できないのが原因なんじゃないですか?」
「ああ。最初から宇宙にいるプラントと違い、我々は基本的に人員も兵器も地上から持ってくる。宇宙に兵器を生産する基地が無いわけではないが、地上に比べれば微々たるものだからな。そのコストが祟って、圧倒的な物量の差を生かせていないのが現状だ」
「数を投入することができないならばその少数は必然的に精鋭にせざるを得ない、というわけですね。この艦だって大艦巨砲の極みですし」
「そうだな。人型兵器などという非効率極まりないものがのさばることができるのもそのためだ。少ない兵数であらゆる状況に対応しなければならないのだから、その兵は特化型であるよりも万能型であることが求められる。戦艦に格闘戦はできないしモビルアーマーに攻城戦はできないが、モビルスーツなら兵装次第でどちらにも対応できる」
「俺なんかは頭の中身が古いですから、モビルスーツの兵器としての特性は現存の他の兵器よりも騎兵、それも中世の騎士だの武士だのに近いんじゃないかと思ってしまいますけどね」
「……なるほど、騎兵か。確かに扱いの難しさ、希少性、機動力などを考えるとそう言えなくもないな」
「でしょう? となると、コーディネーターは騎馬民族ってところですかね」
「食料を自給しきれないところも含めて、確かに似ているな」
「……そうなんですか?」
「ああ。プラント理事国はプラントの自立を恐れ、食料の生産だけは認めなかった。そのことが、そもそもこの戦争の遠因とも言える。独立を目指すプラントが食料を自給するために試験的に農業を導入したコロニーがユニウス・セブンなのだ」
「へえ……それは知らなかったな。となると、地球連合が何よりも避けなければならないのはプラントとオーブの連合ということですか」
「不吉なことを言うな」
キラが首を傾げながら言った言葉にナタルは眉を寄せる。
「でも、事実でしょう。オーブは工業国である以上に、赤道直下という地理的条件を生かした地上―宇宙間の通商国です。騎馬民族と商業勢力が結びついた実例が、かのモンゴル帝国なわけですからね」
「……ああ、そうだな」
不機嫌そうな表情のまま、ナタルは答えた。キラはそこでふと何かを思いついたような表情を浮かべる。
「……バジルール少尉。そう考えると、今回の件は何か策略のにおいがしませんか?」
キラに指摘され、ナタルも考える。
地球連合としてはプラントとオーブの仲を険悪にしたい。
それはオーブを地球連合の側に引き込むことにもなる。
では、プラントとオーブの仲を裂くにはどうすれば良いか。
「……確かにそうだな」
「バジルール少尉、まだここにいたのか」
ナタルが頷くのとほぼ同時に、食堂の入り口から声が投げられた。
「長い食事だと思ってきてみれば、坊主と話し込んでるとはね。艦長が何か話があるとさ。坊主、お前も整備に戻れ。マードック軍曹が探してるみたいだぞ」
そちらに視線を向けた二人に、声の主、フラガは続けて言う。
時計を見れば、確かにここに来てから相当な時間が経っていた。
食事もとうに食べ終わっている。
「……こ、これは失礼しました。すぐに参ります。キラ・ヤマト、君も早く行け」
「りょーかいしました。でも、結局本題に関してはほとんど話せませんでしたね。また今度お願いします」
「ああ」
ナタルは慌てて立ち上がると、食器を片付けて部屋を出る。
「それにしても、随分と楽しそうに話し込んでたな。何を話してたんだ?」
「……楽しそう? 私が、ですか?」
並んで艦橋へと移動しながら問われたフラガの言葉に、ナタルは驚いて問い返した。
「そう見えたぜ。いつもあれくらい笑ってれば、もう少し話しやすくなるんだけどな」
頷いたフラガの言葉にナタルは考え込む。
キラとの会話が楽しかったか、と問われれば、確かに楽しかったような気もする。
と言うよりも、軍略のことであそこまで話が通じること自体、初めてだったかもしれない。
「まあ、あんまり仲良くしすぎてあの子達に睨まれないようにな」
妙に真剣に考え込むナタルにフラガは忠告じみた言葉をかけるが、それが彼女の耳に入っていたかは定かではない。
先程までプラント最高評議会が開かれていた議場を後にして、アスランは密やかにため息をついた。
茶番、という言葉がこれほど似つかわしい場もそうそうあるまい。
会議はパトリックとクルーゼの引いた図面の通りに進み、ヘリオポリス崩壊の責任を問う査問会のはずが、パトリックの扇動演説の場として終わった。
次々に去って行く議員達を見送りながら、これで良いのかとアスランは自問する。
「アスラン」
そんなアスランにかけられる声があった。
「シー……クライン議長閣下」
そちらに視線をやったアスランは、つい「シーゲルおじさん」と呼びかけそうになり、慌てて言い直して敬礼を施す。
「おいおい、そう他人行儀な礼をしてくれるな」
「いえ、これは、その……」
公の場でそんなことを言われても困る。
そんな表情をしたアスランに、シーゲルは少し笑った。
「それにしても、ままならないものだな。ようやく君が戻ったと思えば、今度はラクスが仕事でおらん。君に会えばラクスの気も少しは晴れると思ったのだが」
「……ラクスが、どうかしたんですか?」
浮かべた笑みをそのまま苦笑に変えたシーゲルに、アスランは問う。
脳裏に幼馴染の少女の姿が浮かんだ。
アスランが月の幼年学校に行く以前から付き合いのあった友人は、帰ってきてみれば売れっ子の歌手になっていた。
そのおっとりのんびりとした人柄には、人を惹きつけ、癒す何かがある。
いつでも笑っているような彼女に悩み事というのは不似合いな感じだが、ラクスとて人間、悩みの一つや二つあっても不思議ではない。
「なに、少し前から塞ぎがちでな。カメラや人目のあるところではいつも通りにふるまっているが、私にはわかる。だが、何を思い煩っているのか、そこまで聞くことはできん。その点君なら、同性の友人になら、男親には言えないことも言えるのではないかと思ったのだよ」
シーゲルは立ち止まってアスランを振り返る。
「私の娘ということもあり、歌手として早くに成功しすぎてしまったこともあるのだろうな。あの子には対等な目線で付き合える同年代の友人が少ない。だから、君があの子と仲良くしてくれてほっとしているのだよ。アスラン、これからもあの子をよろしく頼む」
「はい。ラクスは私にとっても大事な友人です」
親友の父の言葉に、アスランは頷いた。シーゲルは娘の親友の返事に微笑む。
と、そこに。
「アスラン・ザラ」
クルーゼの声が二人の背後からかけられた。
アスランとシーゲルは振り返る。
「あの新造艦とモビルスーツを追う。ラコーニとポルトの隊が、私の指揮下に入ることになった。出港は七十二時間後だ」
「はっ!」
アスランはクルーゼに答えると、一度シーゲルに向き直る。
「では、私はこれで」
シーゲルに敬礼し、踵を返す。
その表情は十六歳の少女のものから、ザフトの誇るエリートパイロットのものへ変わっていた。
車でクルーゼを官舎まで送ったアスランは、自室には戻らず、別の場所に来ていた。
道中で買った花束を携え、車を降りる。
そこは墓地だった。
数多く並んだ石碑から目的の物を見つけ、歩み寄って屈み込む。
レノア・ザラ。
そう刻まれた石碑の下に、故人の遺体は無い。
コロニーの崩壊と言う史上初めての大惨事で世を去った二十万以上の人々の内、遺体を回収できた者はごく少数だ。
戦時中という情勢と、宇宙空間という場所が、遺体の捜索を困難にしているのだ。
この墓の下にあるのは細々とした遺品のみである。
だが、それでも遺された者が故人を偲ぶことのできる、唯一に近い場所であることに違いはなかった。
もっとも、アスランが今日この場所を訪れたのは、亡き母を偲ぶためではなく、己の中に生じた疑問を整理するためである。
目を閉じたアスランの脳裏に浮かぶのは、優しい母の笑顔。
それを無残にも奪った地球軍を許すことはできない。
だが、それを理由に戦ってきた自分は何をしたのか。
母の笑顔に続いて浮かび上がるのは、ヘリオポリスの残骸。
原形を留めぬまでに破壊された瓦礫に混ざって、生身のまま宇宙空間に投げ出された人間の身体が漂っていたのも、克明に覚えている。
ヘリオポリスは地球連合のモビルスーツを開発していたのだから。
彼らは敵なのだから。
そういう理由は決して使ってはならないはずだ。
敵に対してなら何をしても良いのなら、地球連合がユニウス・セブンを破壊したことをも正当化することになるのだから。
アスランは迷う。
迷ってしまった。
ヘリオポリスを肯定することはユニウス・セブンをも肯定することだと気付いてしまった。
父のように、迷わず戦争へと向かっていくことはもはやできない。
だが、だからと言ってどうすれば良いのかもわからない。
答えが出ないまま、アスランは母の墓を後にした。
アスランの思いは二人の幼馴染へと飛ぶ。
キラ・ヤマト。ラクス・クライン。あの二人は、この戦争をどう思っているのだろうか。
無性に、会って話したい気持ちが湧いてきた。
ラクス・クラインが、ユニウス・セブン跡地の付近で行方不明になったのを知ったのは、その直後だった。
それを見たとき、誰もが愕然とした。
デブリ、と呼ぶにはあまりにも巨大な、大陸とすら見まごうほどの巨大な残骸。
スペース・デブリの中から補給物資を探すためにやってきたキラ達は、息を呑んでそれを見つめる。
一年前から時間が流れることをやめているようなその場所が、かつて何と呼ばれていたか、彼らはみな知っていた。
「……ユニウス……セブン……?」
その名を呟いたのが誰なのか、はっきりとはしない。
あるいは、皆がその名を口の端に上らせたのかもしれなかった。
三十分後、キラ達は自分達の部屋で折り紙を折っていた。
水はユニウス・セブンにあったものしか見つからず、死者の眠る場所を荒らすのは本意ではないが、そうするしか他に生き残る道が無いという結論に達したのである。
そして、せめてもの鎮魂の意味を込めて献花をしよう、ということも決まった。
生きている花は艦内に無かったが、民間人の中に折り紙を持っている人がいたため、それを譲り受けて花を折って捧げることになったのである。
民間人も総出で、アークエンジェルは今、折り紙を折っている。
「まったく、波乱万丈だな。一週間前はこんなことになるなんて思ってもいなかったよ」
「ホント、ホント。もう何が起こっても不思議じゃない気がしてくるよな」
サイがため息と共に言い、トールが相槌を打つ。
それにキラは苦笑した。
「まったくだ。俺が言うのもなんだが、事実は小説よりも奇なりってやつか」
「お前が言うと物凄く説得力があるよな。……で、次はどんなことが起こるんだ?」
「そんなこと俺に聞かれたって困る。何せ情報が少なすぎるからな。予測の立てようがない」
聞いたカズイにキラは苦笑して肩をすくめる。
だが。
「予測はできなくても『知って』るんだろ?」
キラは、手元の折り紙に落としていた視線を上げた。
「何だ? もしかして、気付いてないとでも思ったか?」
見れば、カズイだけでなく、サイとトールもじっとキラを見ていた。
それ以外の女性陣は、キラとサイ達の間で視線をうろうろさせている。
キラはふぅっとため息をついた。
「リサさん、リョウコさん。悪いけど、この子を連れてしばらく外しててもらえないかな」
「え……? ええ、別に良いけど……」
「しょうがないわね。エルちゃん、お兄ちゃん達は大事な話があるんだって。私達は向こうに行きましょ」
「……そうなの?」
幼女はキラを見上げて首を傾げた。
「うん、そうなんだ。ごめんね」
キラが微笑みながら言い聞かせると、幼女は素直に頷き、二人の少女に手を引かれて出て行った。
「キラ、私達は良いの?」
「ああ。フレイにもカガリにもミリアリアにも、関係のある話になるからな」
答えてカズイに向き直るキラ。同時に、部屋の入り口で自動ドアが閉まった。
一番近くにいたサイが立ち上がり、ドアにロックをかける。
「……で、いつから気付いてた?」
「違和感は結構最初の方から感じてたぜ。何をするにしても、行動が的確すぎるんだよ。キラは確かにすごいけど、限界はある。それがどこなのか、よく知ってるつもりだぜ」
「例えば、あのモビルスーツ……ガンダムだっけ? あれのOSを戦闘中に書き換えたってこと。そんなこと、キラにできるわけないだろう? お前、機械音痴だったじゃないか。かなり勉強してたみたいだけど、モビルスーツのOSなんて複雑なプログラムを即興で作れるほどじゃない。集中してやったんならできるだろうけど、戦闘しながらっていうのは無理なはずだ。だとしたら、あらかじめモビルスーツのOSについて重点的に『予習』しておいたとか、もっと直接的に、あらかじめOSを組んでおいて暗記してたとしか考えられないだろ」
「決定的だったのはアルテミスだよな。可能性に過ぎないブリッツの侵入を、『確定事項として知っている』としか思えない行動だったぜ」
カズイの言葉に、サイとトールが具体例を挙げる。
キラは軽くため息を吐いて頭を掻いた。
「サイ辺りはもしかしたら気づくかもしれないと思ってたけどな。予想外だ」
「ねえ、さっきから話が見えないんだけど、何の話をしてるの?」
男性陣の話について来られないのか、ミリアリアが問う。
それに答えるのは、トールの何でもなさそうな軽い声。
「ああ、こいつが未来を知ってるんじゃないか、って話だよ」
「「「……え?」」」
あまりにも軽く言われた内容のとんでもなさに、女性陣三人は驚愕に目を見開いてキラを見た。
その視線にキラは肩をすくめる。
「お察しの通り、確かに俺は未来をある程度知っている。どういう風にして知ったかは少し馬鹿らしいから伏せるけど、まあ、『向こう』で仕入れた知識とだけ言っておこう」
「まあ、そうだろうとは思ってたけど……何て言うか、ホント何でもありなんだな、昔キラのいたところって」
「いや、それは買い被りだって。本当にくだらないぜ。アニメで見ただけなんだから」
「「「「「「アニメ?」」」」」」
全員の唱和した問いにキラはハッとして口を塞ぐが、もう遅い。
「アニメって、アニメーションだよな?」
「……ああ。TV放映されてたアニメ番組だ」
「それで知ったってことは……俺達がアニメに?」
「ああ、そうだ」
トールとカズイに問いに、それぞれ答えてキラは頷く。
何とも言えない沈黙がその場に落ちた。
それを破ったのは、キラ自身の声。
「もっとも、『キラ・ヤマト』が俺であることをはじめ、色々と違ってきているからな。『原作』のストーリー通りに行くとはもはや思えないし、どんな手段を使ってでも俺が行かせない」
「……そんなに悪い内容なのか?」
「ああ、そうだ」
サイの問いにキラは頷いた。そして語る。
自分が知る、その物語の全てを。
語り終えてしばらく、みな無言だった。
カズイはゆっくりと周囲を見回す。
最もショックが大きそうなのは、カガリ。
隣に座っていたキラの腕に縋りつくように抱きつき、肩口に顔を埋めている。
ときおり肩が動くのはしゃくり上げているからだろう。
無理も無い、とカズイは思う。
聞いた限りでは、アスハ家はカガリを残してほぼ全滅しているようだった。
オーブという国家自体が被った打撃も凄まじい。
彼女はオーブという国を心の底から愛しているようだから、ショックを受けるなという方が無理だ。
次はフレイだろうか。
父が死に、自分まで死ぬ、と聞かされれば当然だ。
そのフレイをサイが抱きしめ、あやすように背を撫でている。
トールとミリアリアはそれなりにショックを受けたようだが、まだしも冷静にキラが語った内容を胸の中で整理しているように見える。
カズイ自身はと言えば、おそらくこの中ではキラを除いて最も冷静でいるのではないか。
何しろ、彼に関しては良くも悪くもほとんど話に出てこなかったのだ。
ならば、一番動揺の少ない自分が話を先に進めるべきだろう。
そう思い、全員がある程度落ち着いたのを見計らって口を開く。
「で、キラはこれからどうするつもりなんだ。『原作』通りには行かせない、って断言するからには、何か対策を用意してるんだろ?」
「ああ、当然だ」
全員の視線が、キラに向き、キラは力強く頷いた。
「まず俺の目標を明確にしておくと、この中から誰一人として欠けさせること無く戦争を乗り切り、みんながいる平穏な生活を取り戻すこと。そのためにはみんなの家族も死なせるわけにはいかないし、オーブに滅ばれるわけにもいかない。だから、『原作』の中で防ぐべきことは第一にフレイとトールの死、第二にジョージ・アルスターとアスハ家の人達の死、第三にオーブの壊滅、とこうなる」
指折り数え上げながら、キラは言う。
「で、一番最初にやってくる関門が、ジョージ・アルスター氏を死なせないことだ。これに関しては腹案がある」
「本当!?」
「ああ。だから心配しないで良い」
サイの胸から顔を上げたフレイに、キラは笑って頷く。
「フレイとトールを死なせないのも、俺が直接守れる範囲だから、まあ、どうにかなるだろう。問題は、オーブの壊滅」
ビクリ、とカガリの肩が震える。
キラの肩に埋めていた顔を上げ、縋るようにキラを見上げた。
「実のところ、これに関しても腹案があるにはある。だが、ことが国家レベルだけに実行はかなりの困難を伴う。俺一人の力では確実に無理だ。だからこそ、このことをみんなに話したんだ」
ぐるりと周囲に並んだ顔を、キラは見回す。
「協力、してくれるか?」
「当たり前だろ」
即答したのは、トール。
にっ、とキラに笑いかけながら答えた。
「親友の頼みだ。断れるわけないだろ。俺にとってもオーブは故郷だしな」
「まあ、結構居心地良いもんな、オーブ」
それにサイとカズイが続く。
「私がキラの頼みを断るわけないでしょ」
「そっか。ありがと」
言外に含みを持たせてミリアリアも続いた。
が、キラはそれに気づいた様子も無く礼を返す。
「わ、私も……私に何が出来るかわからないけど、頑張る」
涙の残滓を目元に残したフレイも、少し言葉を詰まらせながら言う。
親友達の答えを聞いたキラは微笑み、カガリに視線を向ける。
「聞いての通りだ。オーブを守るためにこいつらも協力してくれる。大丈夫、どうにかなる。してみせるさ」
カガリの顔に、ようやく笑顔が戻った。
自然、全員の表情が明るくなる。
「けど、カガリの正体については誰も驚かないんだな」
完全に空気を切り替えるように、キラが軽く言った。
「まあ、薄々気づいてたからな」
サイが苦笑しながら答えた。
「カガリ・ユラ、なんてそんなに多い名前じゃない。言葉遣いとかは乱暴だけど、何となく立ち居振る舞いとかは品が良いし。となれば、カガリ・ユラの後にアスハって付くんじゃないかっていうのは、自然な予想だと思うぞ」
「だってさ、カガリ。次からは気をつけて名乗れよ」
笑いが起こる。
一時は暗くなった空気も払拭され、少年達にいつも通りの笑顔が戻る。
だが、カガリの表情にほんの少し曇りがあることを、ミリアリアだけは気付いていた。
モニターの中を、白をベースにしたトリコロールの機体が素早く動き回る。
それに振り切られまいと、操縦桿を動かし追い縋る。
「クッ……」
全身にかかるGに呻くようにもれた声は、男にしては高く女にしては低い。
切れ長の目がさらに鋭く細められ、苛烈な光を宿したブルーの瞳が敵機を睨みつける。
既に銃が役に立つ距離ではなく、自機も敵機もビームサーベルを装備していた。
トリコロールの敵機、X-105ストライクが、ビームサーベルを構えて突っ込んできた。
それに合わせて自機を下がらせる。
若干遅れるストライクとの激突。
その僅かな時間にストライクとの間にシールドを挟む。
サーベルとシールドが激突する感触。
その瞬間にシールドをはね上げる。
がら空きになったストライクの胴にサーベルを突き出した。
ストライクの回避行動よりも僅かに早く、サーベルが到達する。
ストライクのコックピットを、ビームサーベルが貫いた。
ピー、ピー、ピー、という電子音と共に訓練プログラムが終了する。
モビルスーツのコックピットを模したシミュレーターのハッチが口を開けた。
百八十センチ近いすらりとした長身が、狭い機械の内部から引っ張り出される。
シミュレーターから出て赤いヘルメットを脱ぐと、顎のラインで切り揃えられたストレートの銀髪がはらりと流れ落ちた。
ブルーの瞳が、苛立たしげに機械を睨みつける。
「役立たずが!」
ガンッ!
赤いスーツに身を包んだパイロット、イザーク・ジュールはシミュレーターを蹴り飛ばした。
イザークの知るストライクの動きは、あんなものではなかった。
ミゲルから聞いた、発砲のタイミングを読むことができるらしいというデータを入力してはみたものの、それでも実物とは段違いに低レベルである。
こんなものでは実戦の役には立たない。
思い出されるのは数日前の戦闘。
一合すらも打ち合うことなく、ただの一撃で無様にも機能中枢を破壊された、あの戦闘。
屈辱だった。
完敗を喫したこと以上に、お情けで生かされているという事実が、イザークのプライドをずたずたに切り裂く。
あとほんの少しストライクが切っ先を下げていれば、イザークの命は無かった。
だが、ストライクはパイロットではなく機体だけを破壊することを選んだのだ。
悔しかった。
生まれた初めて、悔しさに涙を流した。
それを見られたくないために、デュエルを母艦へと運ぼうとするニコルを戦場へ追い返したのだ。
「クソッ!」
拳を壁に打ち付ける。
荒れるイザークの気持ちをさらに逆撫でするのが、数時間前に下った命令である。
『「足付き」の追跡を一時中断し、行方不明になったラクス・クラインを捜索せよ』
危うく、ふざけるな、と叫ぶところだった。
そんな命令を出した上層部に殺意すら抱いたほどだ。
最高評議長の娘だかアイドル歌手だか知らないが、所詮はただの一民間人に過ぎない。
そんなものよりも重要なことがあるだろう、と。
それを口にしなかったのは、個人的な感情が多分に入り込んだ意見を述べるのを、軍人としてのプライドが許さなかったからである。
いっそのこと、捜索に出たミゲルが偶然『足付き』を見つけてくれないものか、とそんなことを考える。
実際に見つけてしまえば、どこにいるか知れたものではない民間人よりも、目の前にいる敵の方が優先される。
そうすれば、ヤツとの再戦も適う。
と、その時。
艦内に緊急警報が鳴り響いた。
『総員に告ぐ。つい今しがた、ラクス・クライン捜索に出していたミゲル機より『足付き』発見の緊急連絡が入り、直後に通信が途絶えた。おそらく、撃墜されたものと思われる。ラクス・クラインが行方不明になったポイントの至近であることもある。我々は直ちに急行する』
一瞬、イザークは自分の耳を疑った。
いくら何でも、こんなに都合の良いことなどあるはずがない、と。
だが、艦長からの艦内放送は、同じ内容をもう一度繰り返す。
イザークの鋭く整った容貌に、獰猛な笑みが浮かんだ。
「待っていろよ、足付き!」
連絡の放送に、イザーク達パイロットに召集をかける放送が続く。
イザークはミーティングルームへと駆け出した。
「つくづく、君は落し物を拾うのが好きなようだな」
「厄介事に好かれているらしいことは認めますよ」
呆れたようなナタルの言葉に、キラは苦笑しながら答えた。
その視線の先には、先程まで宇宙空間を漂っていた救命ポッドがあり、そのさらに先にはピンポイントで機能中枢を破壊されたモビルスーツ、長距離強行偵察複座型ジンの巨体がある。
ユニウス・セブンからの補給作業中にジンに発見されたために交戦、うまく破壊できたために鹵獲したのである。
救命ポッドはそのジンを曳航する途中で発見したものだ。
ジンのパイロット二名は、先程引っ張り出して別々に独房に押し込んである。
その際にキラが少々技をふるう事態になったが、その程度は些細な問題である。
問題は救命ポッドの方だ。
このポッドを拾ったポイントの近くにはプラントの民間船が破壊されて漂流しており、おそらくはその船のポッドであると推測されるのだ。
アークエンジェルには既に多数の民間人が乗っているが、彼らはみな中立国であるオーブの国民だ。
敵国の民間人となれば、扱いは非常に難しくなる。
ラミアスやナタルがため息を吐きたくなるのも当然だろう。
「良いですか? 開けますぜ」
マードックの声に、救命ポッドの前に並んだ兵士が銃を構える。
乗っているのは民間人と予想されるとは言え、警戒するに越したことは無い。
空気の抜ける音と共に、ポッドの扉が開く。
中から、何かが飛び出してきた。
「ハロ! ハロ!」
「「「「「「……は?」」」」」」
飛び出してきたピンク色の物体に、間の抜けた声が重なった。
「ハロ! ラクス! ハロ!」
ピンクのボールのようなソレは、耳のような部分をパタパタと動かしながら、軍服を間を飛んで行く。
それを目を点にして全員が見送っていた。
「ありがとう。ご苦労様です」
ポッドの方から聞こえた声に、我に返って全員が視線を向ける。
ピンク色の髪をなびかせ、一人の少女がポッドから飛び出してくるところだった。
(続く)
注意!
私、霧葉は政治・軍事の専門家でも何でもありません。
そのため、この話に書かれているキラとナタルの会話が軍事的に正解である保証は全くありません。
そちら方面に詳しい方は、広い心で読んでくださいませ。
あとがき
皆様、一週間ぶり!
霧葉です。
今回は少し時間に余裕を持ってお届けできて、一安心しております。
それにしても最近は偏頭痛やら夏風邪やらに悩まされることが多く、実は自分は虚弱なのではないかと思い始めております。
皆様もお体には気を付けてくださいね。
今年の夏はめちゃくちゃ暑いようですし。
さて、内容について。
まずはごめんなさい。
こんなに会話ばっかりになるとは思ってもみませんでした。
キラとナタルがまあ、しゃべることしゃべること。
さらにはキラの暴露話も重なっちゃったせいで、この分量です。
原稿用紙30枚、と自分で制限をつけてたんですが、今回は四十枚にいっちゃいました。
このままずりずりと長くならないように注意しないと。
ついでにわりとどうでも良いことなんですが、「神刀流」は架空ですが「香取神道流」は実在します。
前回、あとがきに書こうと思って忘れてました。
日本の剣術の三大源流と言われる流派の一つで、おそらく現存する最古の剣術(?)ではないかと。
興味のある方は調べてみると面白いかもしれません。
次回も頑張りますので、皆様応援よろしくお願いします。
それではまた来週〜