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「幻想砕きの剣 4-5(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2005-08-09 14:26/2005-08-09 14:28)
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 大河は大騒ぎになっている図書館を抜けて、今度は召喚の塔を目指した。
 と言っても、殆どお隣さんだが…。
 図書館からは、まだ稲光らしき閃光が時々覗く。
 どうやらリリィがハッスルしているらしい。
 件の女生徒だけでなく、目撃者全ての記憶を消そうとし、更に目を覚ました司書さんとも熱いバトルを繰り広げたとかなんとか。


「リリィ殿、暴れてるでござるな…桑原桑原」


「そうだな。
 ナナシ、出番だぞ」


「はぁい☆
 ナナシにおっ任せ〜ですの!」


 図書館の窓に映る影を見つめていたカエデを放っておいて、大河はナナシに耳打ちをする。
 今か今かと自分の出番を待っていたナナシは、ようやくダーリンこと大河にアピールできる機会がやってきたので、いつも以上に張り切っている。


「いいか?
 この鞄の中のだな…」


「ふんふん…ですの」


「そんでな…」


「ほほう…」


「っつーワケだ。OK?]


「バッチリ覚えたですの!」


 ビッとガッツポーズを決めて見せるナナシ。
 一抹の不安を感じないでもないが、この位なら大丈夫だろう。
 ナナシは役目を果たすため、カエデの意識が戻ってこないうちに所定の位置に走っていった。


「ほらカエデ、次の特訓だ。 行くぞ」


「え? あ、ああ、わかったでござる。
 ……ナナシ殿は?」


「すぐ解る」


 そう言って大河はさっさと召喚の塔を上っていった。
 慌てて追いかけるカエデ。
 急な階段を上っていき、一際大きなフロアに出た。
 救世主候補生を召喚する、いつもの魔法陣があるフロアだ。
 ちなみに召喚の塔には、幾つも魔法陣が描かれている。
 基本的に一階層に一つ。
 全ての魔法陣が複雑に干渉しあい、それによって召喚対象を引き寄せるための通路を作る。
 そして大河達が上ってきたのは、その最上階近くである。


「おっ、リコじゃないか。
 何やってるんだ?」


 大河達よりも先に、食事を終えたリコがやって来ていた。
 予期せぬ珍客に驚いたのか、目を大きく開けている。
 それでも無表情は相変わらずだったが。


「…掃除です。
 ここの管理は私の仕事ですから…」


「ベリオが寮を管理してるようなモンか」


「間違ってはいません」


 相変わらず淡々とした遣り取りだが、大河はその中からリコの表情や気分を読み取れるようになっていた。
 今のリコは、何故かそわそわしていて、ついでに頭と大河の手を意識しているようだ。
 ピンと来た大河は、リコの頭に手を伸ばす。


「よしよし、お仕事ご苦労さん。
 えらいぞ〜」


「あ……」


 リコの頭を撫でる大河。
 昨日カエデを召喚する際に頭を撫でられ、気に入ってしまったらしい。
 頬が少し赤く染まり、何となく日向ぼっこをしているネコを連想させる。
 大河は萌え転げたくなってきた。

 遅れて階段を駆け上がってくる音がする。
 勿論カエデだが、平時とはいえ仮にも隠密たる者がこんなに音を立てて走っていいのだろうか。
 確かに普段から足音を消したりしていると怪しまれるが、カエデの場合は性格的なものだと思うのだが。


「師匠、置いていかないでほしいでござる……。
 お? リコ・リス殿ではござらぬか」


「ん? 知ってるのか?
 昨日は自己紹介もしてなかったと思うが」


「それはもう…。
 リコ・リス殿は拙者の恩人でござるからして…。
 そう、あれは血液恐怖症をなんとか克服し、里一番の腕前を活かして何とか左団扇の生活ができないかと思っていたときでござる。
 拙者は道端に落ちている古びた本を拾い、質屋にでも売って幾らかの金に換えようと目論でいた所、その本に話しかけられたのでござる。
 禁薬の類なんぞ使った覚えはなかったので、最初は悩みに悩んだ末、終に脳が壊れてしまったのかと…。
 その後幻聴と…実際はリコ・リス殿の声でござったが…漫才を繰り返し、次いで新天地ならばきっと道は開けるとの励ましを受け、拙者はこの世界に来る決意を固めたのでござる。
 里を出た所で、役立たずの落ち零れだった拙者が居なくなっても何の問題もおこらないでござるからな……フン、どーせ拙者は…。
 とにかく、拙者をこの世界に導いてくださったのが、他ならぬリコ・リス殿なのでござるよ」


 何やら横着というか本音が出ていた気がするが、そこに突っ込むような性格をした真人間はここには居ない。
 むしろ同調するリコと大河。
 最もリコが楽をしたいというのは、ちゃんとした理由があるからだ。

 カエデの言葉を聞いて、大河はリコの頭を撫でる手を早めた。


「ほ〜う、いい事してるじゃないかリコ。
 偉い偉い、ナデナデ5割り増しだぞ〜」


「…………(ほぅ)


 大河の腕の動きが早くなり、リコの表情はもっと蕩けてきた。
 まるで縁側でお茶を飲んでいるお年寄りのように穏やかだ。
 今の彼女を見れば、無表情と評するものは一人も居ないだろう。
 それを見て、大河は自分の腕を訝しげに見る。


(俺の腕、何かヘンな波動でも出てるんじゃあるまいな…。
 アレか、メイドロボを堕落させる悪魔のナデナデを持つ男もこんな気分だったのか?)


 撫でれば撫でるほど惚けるのが楽しくて、大河は自然と腕を早く動かす。
 少しずつ早くなっていき、そろそろ残像が見えそうだ。

 カエデはいい加減焦れてきたのか、大河の袖を引いて注意を促した。


「師匠、そろそろ修行を始めるでござるよ。
 ここで何をするのでござるか?」


「ん?
 ああ、わかったわかった……ほれ、命綱」


「命綱?」


 大河はリコを片手で撫でるまま、もう一方の手で鞄の中からロープを取り出した。
 カエデに投げて渡すと、首を傾げて大河を見る。


「カエデよ、さっき図書館で言ったように、まずは度胸と慣れをつける。
 俺の世界にはバンジージャンプという遊び…遊びか?
 命がけの遊びは遊びと言うのか?
 とにかくそーゆー物があって、地面に届くか届かないかの長さのロープを巻きつけ、高い所から飛び降りるんだ。
 今から同じ事をやってもらう。
 くれぐれも言っておくが、ロープを付けずに飛ぶんじゃないぞ。
 ちなみにロープの長さは目分量だ」


「適当でござるな」


「うむ。
 だって安全と解っていたら度胸があんまりつかないからな」


 普通は十分つくと思う。
 しかしながら、飛ぶのは忍者のカエデである。
 多少は命の危機を多めにしても十分対処可能だと判断したらしい。


「さて、どうする?
 そこの窓から飛ぶんだぞ。
 怖いなら別に飛ばないというのなら飛ばなくても…って、もう命綱結んでるのな」


 もう少し躊躇うかと思われたが、カエデはさっさとロープを柱に括りつけ、自分の腰に結び、今にも窓から飛ぼうとしている。
 じっとしているのは、地面からの距離を測っているらしい。

 大河に撫でられたままだったリコが、おずおずと口を出してきた。


「あの……大河さん、彼女は忍者ですよ?
 カエデさんの故郷の忍びの里では、もっと高い崖から命綱無しで飛び降りるなんて、それこそ日常茶飯事ですが…」


「ああ、それくらいは俺も予想してる。
 さっき俺は『度胸と慣れをつける』って言っただろ?
 これはバンジージャンプで度胸をつけると見せか「師匠!それでは行ってくるでござる!」…行くではなく逝くと言うのがお約束「とうッ!」…聞いてねーな」


 カエデはあっさりと窓を蹴った。
 リコはそれを無言で見つめた後、大河に聞いた。


「予測しているのなら、何故こんな事を?」


「俺が何の捻りもなく、こんな特訓をやると思ったか?
 普通に飛ばせるなら、いっそ簀巻きにして断崖絶壁から飛ばせるわ。
 受身を取らずに下まで落っこちるのを繰り返し、鋼の肉体を作るのだ」


「そんな地上最強の生物みたいな事はできません。
 一体何を仕掛け「!!!”#LR$|S%*XΣ(・Д・)´皿血!!!」……仕掛けたのですか?」


 リコの問いかけを遮って響くカエデの絶叫。
 多分フローリア学園の隅々にまで響き渡っただろう。

 ずどどどどどどどどどどど

 召喚の塔を揺らしながら、ナニかが外壁を伝って上ってくる。
 震度3くらいの揺れが召喚の塔を襲った。
 一際大きく揺れたと思うと、カエデが飛び降りた窓から何かが飛び込んでくる。
 そのまま大河の頭に獲りついた。


「血っ、血、血血血血ぃ〜〜〜〜!!!!
 し、ししょ師匠、ななななななしどの、ナナシ殿が死体に海的惨殺に血なって猟奇の沈没に!」


「…一体ナニが?」


 飛び込んできたのは、何やら服が真っ赤に染まっているカエデだった。
 どうやら召喚の塔の外壁を、垂直に突っ走ってきたらしい。
 パニクっているカエデをそのままにして、大河はリコに説明する。


「いや実はな、塔の3階辺りにちょっとした結界つーか網を張ってな。
 そこを通り抜けると、問答無用でびしょ濡れになる、っつー代物なんだ。
 研究科あたりで、何かの実験に使ったらしい。
 で、それをちょっと仕様変更して、水じゃなくて血塗れになるようにしてあったんだ」


「…ナナシさんとやらが死体云々というのは?」


「カエデの着地地点付近に、バラバラになって転がってるように頼んでおいた。
 勿論周辺に血をばら撒くのも忘れてない。
 ………それにしてもよく出来た血糊だなコレ。
 匂いも感触も本物同然だ」


(………バラバラ?)


 つまり、カエデの体験を記述してみると以下のようになる。

 まず窓から飛び、途中までは何の問題もなく落下。
 そろそろ着地の準備に入る瞬間、急に視界が真っ赤に染まり、水に飛び込んだかのような衝撃を受けてバランスを崩す。
 何とか余裕を持って体勢を整える。
 予めロープと高さの差を測り、ロープの方が2メートル以上短いと解っていたので余り慌てなかった。
 ちゃんと用心して命綱を結んだので、解ける心配や体が引き千切れる心配もない。
 落ち着いて目を開けると、すぐ下に真っ赤に染まった大地と、その上に転がる見覚えのある褐色と白の物体。
 一瞬何かわからなかったが、次の瞬間理解する。
 ナナシの頭、腕、足、胴体。
 止めに血!
 五体を引き裂かれ、血の海に沈むナナシ!
 正に猟奇殺人!
 カエデの体が硬直する。
 よく見ると、自分の体も真っ赤になっている。
 この肌触り、匂い、流れ落ちる感触……血!


「あ…あああ……!!!”#LR$|S%*XΣ(・Д・)´皿血!!!」


 パニクったまま、超特急で大河の元に逃げ帰る。
 塔を垂直に上りきり、大河の姿を見るやいなや吶喊。


「血っ、血、血血血血ぃ〜〜〜〜!!!!
 し、ししょ師匠、ななななななしどの、ナナシ殿が死体に海的惨殺に血なって猟奇の沈没に!」
(血っ、血、血血血血ぃ〜〜〜〜!!!!
 師匠、ナナシ殿が、ナナシ殿が猟奇的惨殺死体になって血の海に沈没!)

 以上。


「それは…トラウマになるだけなのでは?」


「一応収穫はあったぞ。
 最初の結界を抜けても、血に気がつくまではカエデは平気だったみたいだ。
 つまり、血を意識すると体が動かなくなるのであって、触れたら無条件に動けなくなるわけじゃない。
 例えば……そうだな、戦闘に没入して返り血やらなにやらに気がつかないほど集中していれば、十分に動けるって事だ。
 そうだな、ちょっと危険だが……魔法使い科辺りに頼んで、戦意高揚の暗示でも……なんか焦げ臭いぞ」


「それは私の頭と大河さんの手です」


「なに?……おおおおお!?」


 加速され続けたナデナデは、いつの間にやらマッハ2位のスピードになっていた。
 無論摩擦が半端ではなく、リコの頭から煙が昇っている。
 慌てて手を退けたが、その途端にリコの頭に火がついた。


「ぅ熱っちゃーーーー!
 水!
 水水水!
 カエデ、その体についてる血糊を搾り出せ!」


「血血血血血ぃぃ〜〜〜〜!」


「…………」


 リコは自分で頭をパタパタ払って火を消した。
 髪が全く崩れがないのが彼女らしい。
 大河達の狂騒を見る。


(面白いから、もうちょっと見ていよう)


 結局、カエデと大河の狂騒は、じっとしているのに飽きて塔を上ってきたナナシの参加によって鎮静化した。
 ナナシが加わった当初は沈静化するどころか、それはもう素晴らしい大騒ぎになったのだが、魔法陣にまで被害が広がりそうになったのでリコが力尽くで止めたのだ。
 後に大河達は、スライムの体はぷよぷよしていて寝心地がよかったと語る。


「じゃあダーリン、次は私に付き合うですの」


「ああ、はいはい。
 約束したからな」


「約束?」


 目を比喩抜きに輝かせている…流石に気のせいだが…ナナシが、大河に迫る。
 彼女の服は血糊で汚れていたので、急遽大河が着替えとして持ってきていた服を上から被せている。
 カエデは服についた血を拭った程度である。
 カエデは不思議そうな顔でナナシを見た。


「そうですの。
 さっき血糊の上でバラバラになってたから、服が真っ赤に染まっちゃったですの。
 ナナシはゾンビでも女の子だから、身嗜みは最優先事項ですのよ?」


「服を汚す代わりに、買い物に付き合うって言っちまったんでな。
 とりあえずカエデ、お前も付き合え。
 一応特訓メニューには入ってるから、そこでも修行するぞ」


「…アレが血糊…?
 どう考えても、何か動物の血だったような…」


 首を傾げながらも、カエデは2人についていく。
 どうやら学園を抜けて、王都に向かうらしい。
 学園内で売っている味気ない服ではなくて、もっと華やかな衣装がいい、とナナシが希望したためだ。
 大河としては、あえて白衣やら魔法使い課指定のローブやらを着せてみてもいいかな、などと思っていたが本人の希望である。
 …もしも大河がメイド科やら俳優科、歌劇科やらの存在を知っていれば、どんな手を使ってでもナナシを説き伏せただろう。
 その時にはきっとマニアックな衣装のオンパレードだ。
 是非見てみたかった。
 いつか別の場所でやってやろう。


 カエデもそうだが、ナナシも王都に向かうのは初めてである。
 フローリア学園よりも、ずっと人が多く、またその服装も多様である。
 しかし、ナナシはともかくカエデの衣装はその中にあっても珍しかった。
 文化圏が根底から違うのである。
 故に、知人が同じ所に出かけていれば、発見されるのも道理。


「あれ? お兄ちゃん?」


「え? 大河君?」


 なんと未亜とベリオに遭遇した。
 一体何をするつもりだったのか、普段の服とはうって変わって黒尽くめ、サングラスに帽子と出来の悪いスパイのような格好をしている。
 顔を隠すために変装して、尚更怪しまれるという伝統の服装だ。
 大河は見てみぬフリをしようとしたのだが、それが返ってよくなかった。
 今この場所に居るのを知られたくないのはお互い様なので、自然にしていれば暗黙の了解の内に解れただろう。
 しかし、大河はあからさまな態度をとってしまった。
 あまつさえ、その両脇をカエデとナナシが固めている。

 何か好からぬ事を企んでいる。

 未亜の直感は鋭かった。
 何とかその場を離れようとするベリオを未亜は力尽くで引き摺って、じろじろ突き刺さる視線にも構わずに大河に詰め寄る。


「オニイサン、チョットソコマデ……」


「……うわ、ものすげえアタマ悪そうな格好」


 ボグッ!


「…好きでこんな格好してるんじゃありません。
 文句はパピヨンに言ってください…………アタシはわざわざこんな格好しなくても、一人で盗るなり買うなり…黙ってなさい」


 大河の顔面に、素晴らしいストレートが突き刺さった。
 ただでさえ周囲の視線が恥ずかしい上、黒で埋め尽くされた服装が周囲の熱を吸収、ベリオのストレスは急速に溜まっていたらしい。
 大河をぶん殴ったのはともかく、一人でブツブツ言っているベリオに奇異の視線を向けるカエデ。
 それを茫洋とした笑みで誤魔化して、ベリオは未亜と大河を引き摺って路地裏に入り込んだ。
 勿論カエデとナナシもついてくる。


「……ベリオ、一体どうしてそんな格好をしてるんだ?」


「いえ、これにはその、ちょっと色々とフクザツな理由が……いずれ教えると思うので、それまで聞かないでください」


 暴れる未亜の口を片手で塞いで、何やら悩み深げな声を出すベリオ。
 大河から視線を外し、きょとんとした顔のナナシに目を向ける。


「大河君、この方は?」


「ああ、ナナシってんだ。
 実はベリオは2回ほど会ってるんだが…さぁ、誰でしょう」


「……確かに…見覚えがあるような…」


 首をかしげて、どこで会ったのか思い出そうとするベリオ。
 ナナシもベリオを見て、何処で会ったのか思い出そうとしている。
 人と接する機会が殆どなかったナナシの方が先に思い当たった。


「ああ、あの時教会に居た人ですの!
 その節は申し訳ないですの…ダーリンとの逢瀬を目の前にして、ついつい…」


「ダ、ダーリふがっ」


 更に暴れだそうとする未亜を両手で押さえ込み、ベリオは教会での記憶を辿る。
 大河が一緒にいたと思われるが、彼が礼拝堂に訪れる機会はそれほど多くない。
 来たのは精々自分を呼びに来る時と、昼寝をする場所がない時、そして…2週間前のブラックパピヨン騒動。
 ベリオの脳裏に、ナナシが大口を開けて「がお〜♪」と言っている映像がよぎった。


「ま…まさか……まさか、まさかまさか…!」


「はい、ゾンビのナナシですの。
 今後ともよろしくですの!」


「ぞぞっぞぞ、ゾンビぃ〜〜〜〜!?」


 絶叫を…しかし肺と声帯が上手く機能しなかったのか、それ程大きくない叫びを上げるベリオ。
 体がガタガタ震えて、力が入らない。
 未亜がベリオの腕から抜け出して大河に迫る。


「ちょっとお兄ちゃん、ダーリンって何よ!?
 さてはこの子が以前お兄ちゃんに告白したっていう2号さん志望のゾンビなのね!?」


「ちょ、ちょっと落ち着け未亜…ベリオも無闇に怖がってんじゃない!
 カエデ、この2人をどうにかしろ〜!」


「無理でござる。
 里の伝承曰く、『嫉妬深い女子が関わっている痴話喧嘩には関わるな。だって怖いし』…」


 俗ながら、心理を伝える伝承である。
 思わず感心する大河だが、事態はそれどころではない。
 ベリオは今にも卒倒しそうな表情でナナシを凝視しているし、未亜はヒートアップしたまま大河に詰め寄る。
 カエデはワレカンセズを貫いている。
 ナナシは未亜と大河の間に割り込もうとしているが、未亜の迫力に押されてそれも出来ない。
 ついでに周囲のネコやら野良犬やらが、一目散に逃げ出した。
 その光景は、荒事発生の通報を受けて駆けつけた来た官憲が登場するまで続いたらしい。


 カエデから警官らしい人物が迫っている、と警告を受け、何とか未亜とベリオをつれて場所を移動した一行。
 裏路地から流行らない喫茶店に場所を移して腰を落ち着けた。


「…………事情はわかったわ。
 気に入らないけど人を好きになるのは自由だし、兄妹でイロイロやってる私が横恋慕をどうこう言った所で説得力がないので何も言いません」


「そ、そうか……理解してくれて助かるわ」


 憔悴しきった大河が呻く。
 未亜に状況を説明するだけで、多大な精神力を費やしたらしい。
 へたり込む大河を一瞥して、ナナシがおずおずと未亜に話しかける。


「あ、あのぉ〜……アナタがダーリンの恋人の、未亜さんですの〜?」


「そうです」


「兄妹でも?」


「兄妹でもです」


(うわ、言い切ったでござる…)


 普段の未亜なら、自分達は兄妹の関係であると言って誤魔化しただろうが、すぐ傍に2号さんと油断のならない3号さん、さらに何故か大河を師匠と慕うカエデ、トドメに照れもせずに『好き』と言い切るナナシがいる。

 ここでの弱気は致命傷となる。

 そう判断した未亜は、一切の躊躇いもなく恋人宣言をしてのけた。
 徹底抗戦の覚悟を決めているようだ。
 剣呑な視線をナナシに叩きつけている。
 しかし、それもナナシが相手では暖簾に腕押しであった。


「ナナシは、ナナシって言います〜。
 ダーリンが付けてくれた名前ですの。
 正妻さん、よろしくですの〜」


「せ、正妻…!?
 それならまぁ…って、そうじゃなくて!」


「はにゃ?」


 未亜の氣を天然で受け流し、毒気を抜いてしまったナナシ。
 大河は本気でナナシの中に救世主を見たと言う。
 いずれにせよ、未亜は気が抜けてしまい、大人しく座りなおして注文していたオレンジジュースに口を付けた。

 代わってベリオが話しに参加した。


「それで、大河君達は王都で何をしているんです?
 確か授業の後、修行がどうのと言って教室を出て行きましたけど…」


 未だにナナシを少々怖がっているようだが、見かけから雰囲気から、全く死霊には見えないので耐性が着き始めているらしい。
 それも直接触れれば話は違うのだろうが、微妙な距離を保っている。


「ああ、修行だよ。
 …カエデ、話してもいいか?」


「いいでござるが…できれば拙者の口から話したいでござる」


 そう言うと、カエデは自分の血液恐怖症の事を話し始めた。
 血を見ると体が動かなくなり、戦闘どころか意識を保っているのも難しい事。
 昨晩大河に出会って励まされ、今一度血液恐怖症を克服するため修行を受けようと思ったこと。
 召喚の塔から飛び降りると、予想外の仕込みに驚かされてパニックに陥った事。
 その仕込みのため、ナナシの服が汚れてしまったので、代わりの服を買うために大河が買い物に付き合う事になった事。
 そして修行も兼ねて王都まで足を伸ばし、さあこれからショッピングだ修行だという時に、未亜とベリオに遭遇した事。


「……と、大体そんな経緯で王都にいるのでござるよ」


「カエデさんにそんな弱点が…」


「だからお兄ちゃんと戦った後に倒れちゃったんですね?」


 カエデの意外な一面に驚く二人。
 そもそも昨日の態度が演技だったというだけでも意外である。


「それで、今から度胸をつけるための修行をするわけだが……カエデ、ちょっと来い」


「ほえ?」


 パフェに舌鼓を打っていたカエデは、唇の端にクリームを付けたまま引っ張られていった。
 向かったのは従業員用の着替え室だ。
 中に誰も居ないのを確認し、念のために覗きや幻影石の類が仕掛けられていない事も確認する。
 問題なしと判断すると、大河はカエデに一本のロープを押し付けた。


「師匠、これは?」


「うむ、これはだな…」


 しばらくして、大河が戻ってきた。
 カエデの姿はまだない。
 また何か仕出かすつもりかと、未亜は冷たい視線を送る。
 ちなみにベリオはいつの間にやらブラックパピヨンに入れ替わっていた。
 どうやら自分でもケーキを食べたかったらしい。
 こちらは『今度はどんなお楽しみだい?』と期待しているようだ。
 ナナシは……何も考えずにケーキを貪っている。
 そもそも彼女には味覚があるのだろうか?


「お兄ちゃん、今度は何のつもり?」


「なに、ちょっと度胸をつけてやろうかと思っただけだ。
 血に慣れさせようかとも思ったけど、さっきはそれで大混乱してやがったしな…。
 あまり追い詰めてもいい結果にはならん」


「こんな所でエッチな事するのも、十分追い詰めると思いますの」


 どうやらナナシは頭から大河がエロい事を企んでいると決めてかかっているらしい。
 天真爛漫・単純極まりないナナシだけにちょっと落ち込んだ大河だが、実際にその想像は当たっていた。
 未亜はナナシの頭を撫でている。


「ナナシちゃんはお兄ちゃんの事をよく理解してるのね〜。
 頭がいいのねぇ、よしよし」


「褒められたですの〜♪
 未亜ちゃん優しいですの。
 このままダーリンとの仲も認めて」


「それはダメ」


 暫くして、カエデが妙にモジモジしながら戻ってきた。
 周囲を落ち着きなく見回し、体を隠すように腕を伸ばしている。
 それを見た大河を除く三人は、即座に『ああ、やっぱり何かやったんだ…』と今更ながらに確信した。
 首謀者の大河はというと、妙に満足気な表情でカエデを眺めている。
 ぶっちゃけ、セクハラしまくる中年駄目オヤジのような表情だ。
 未亜はその場で大河の両目に指でも突っ込んでやろうかと思ったが、人が行きかう王都でそれはさすがにマズイかもしれない。
 大河が飲んでいた得体の知れない炭酸ジュースからストローで一滴吸い取り、それを正確に大河の目に飛ばす。


「い、いで、イデデデデデデ!
 い、イデの星が!」


「煩いよお兄ちゃん」


 目に炭酸水が染み込んで、大河はジタバタ暴れだした。
 しかし誰も…ナナシでさえも心配しない。
 流石に自業自得だと割り切っているらしい。


「うう…し、師匠〜…遊んでないで、さっさと特訓を終わらせて、これを取らせて欲しいでござる…」


 カエデはそう言って、体を一層縮こまらせた。
 しかしそれが大河に仕掛けられたナニかを強調する事には気付いていない。

 未亜は鋭く目を光らせた。
 カエデの服の下に、不本意にも馴染んだ物体の輪郭を捉えたからである。
 未亜はこっそりベリオに耳打ちした。


(ベリオさんベリオさん…)


(? 何ですか?)


(カエデさん…服の下に荒縄で縛ってます。
 それも玄人っぽい縛りです。
 動けばその度に食い込むタイプですね


(……………ボッ
 な、何で未亜さんにそんな事が解るんですか!?)


(昨日言ったじゃないですか…私も体験済みなんですよ…。
 アレはアレで、結構な背徳の味が…………ふふふふふ)


 大河劣化版のような、邪悪な笑みを浮かべる未亜。
 淫蕩でもあるのだが、それ以上にナニかに目覚め始めているらしい。
 アヴァターに来る前から大河の欲求には積極的に応えていたのだが、最近は自分から仕掛ける事も多い。
 具体的に時期をあげると、ブラックパピヨンと大河に責められ、また大河と一緒にベリオを責めるようになってからだ。
 ベリオとブラックパピヨンは、ひょっとしたらとんでもないナニかを揺り起こしてしまったのかもしれなかった。


(神よ……私が快楽に流されたばかりに、未亜さんをこのようにしてしまって…。
 …あ、でもアヴァターに来る前から未亜さんと大河君は近親相姦してたんですよね?
 それなら問題ありません。
 どうせ9か10かの違いですから……)


 ベリオは何やら開き直ろうとしている。
 こんな所にはブラックパピヨンの性格が強く影響してきているらしい。
 当のブラックパピヨンに言わせると、これがベリオ・トロープの本来の性格という事になるのだが。

 大河はまだ目を押さえて動かない。
 その大河をナナシが膝枕して、ご満悦な表情だった。
 いつもの未亜なら不機嫌になるか、対抗して大河の体の一部を抱きしめるなりしただろうが、今の未亜の興味はカエデに移っていた。
 未亜は素知らぬ顔でカエデに声をかける。


「カエデさん、お兄ちゃんはもう暫く立ち直りそうにないから、早く座ったらどうですか?
 そっちはお兄ちゃんが寝転がってるから座れないでしょ?
 ほら、こっちにどうぞ」


「は、はぁ……かたじけない…」


(ダメです、ダメですカエデさん!
 未亜さんがとってもデンジャーです!
 口車に乗らずに逃げてください!)


 ベリオは必死にカエデに目配せするが、カエデはベリオが何を伝えようとしているのか理解できない。
 何となくイヤな予感を感じつつも、カエデは未亜の隣に腰を下ろそうとする。
 未亜は席を詰め、さりげなくカエデの手を引いた。


「………ッ!?」


「どうかしましたか?(フフフ…)」


「い、いや、何でもござらん」


 未亜の手は、年不相応に官能的な触れ方をしていた。
 カエデは性的な経験が殆どないので、未亜から送り込まれる刺激がどんなものなのか理解できない。
 基本的に性器やら胸やらを刺激してナニする程度の知識しかないので、手をなぞられただけで官能を感じる、という現象がある事自体知らないのだ。
 それ故に、カエデは自分に迫る危険に気付かない。


「んっ……!」


 大人しく未亜の隣に腰を下ろしたが、それによって縄がカエデの敏感な場所に喰い込んだ。
 カエデは大河の説明通りに自分に縄をかけただけなので、何がどうなっているのか理解できていない。
 ただ動く度に体に擦れ、手足が痺れて力がぬけるような感覚に戸惑うだけだ。
 勿論未亜はそれを察している。
 それを尾首にも出さず、未亜は心配そうな顔を装ってカエデの顔を覗き込んだ。


「どうしたんですか?
 顔が赤くなってますよ(クスクスクス……)」


 今度は首筋を掠めて、カエデの額から頬をゆっくり撫でる。
 またカエデはビクビクと体を跳ねさせた。
 そのせいでまた縄がカエデの体に食い込み、敏感な場所を刺激する。
 何とか体を抑制しようとするが、初めての刺激に対して耐性のないカエデは上手く対処できない。
 それを見越して、未亜は心中妖しい笑顔を浮かべながら、何かとカエデにスキンシップを測った。
 その度にカエデは嬌声を噛み殺し、よじれる体を押さえ込もうとする。
 堪えきれずに体をよじる様が妙にエロティックである。

 それを見て顔を赤くしているベリオ。
 最初は未亜を止めようとしたのだが、夜と同じ目で……獲物を弄るような目……で睨みつけられ、ベリオは一瞬にして逆らえなくなった。
 大河を通じた夜中のスキンシップで総受けの役割を演じているベリオは、大河だけでなく未亜にも逆らえなくなり始めている。
 普段はそうでもないのだが、今回は未亜の目が情事の真っ最中のそれと同じである。
 ベリオはたちまち大人しくなった。
 ブラックパピヨンはというと、どうやら状況を面白がっているらしく、表に出てこない。
 もし彼女が出て一緒にベリオにイタズラをしていたら、それはもうエライコトになっていただろう。
 大河もすぐさま復活し、参戦していたに違いない。
 それをやると愛人さんが増えそうなので、ブラックパピヨンは自粛したようだ。

 ナナシも気付いているのか、血も流れていそうにないのに顔を赤くしてカエデを盗み見ている。

 カエデも薄々おかしいとは思っているのだが、思考しようとする度に強い刺激が襲い掛かり、頭がスパークしてしまう。
 結局未亜から逃れられず、カエデはどんどん動けなくなっていった。
 ついにカエデはヘロヘロになり、動く事はおろか喋ることさえ出来なくなってしまった。


「カエデさん?
 ちょっと、どうしたんですか?
 (そろそろトドメ………)」


 未亜はカエデの体を向き直らせるように見せかけて、カエデの服の上から縄を掴み、思い切り左右に引っ張った。
 勿論縄はカエデの体に喰い込み、今までと比べて2倍3倍の摩擦を走らせる。
 カエデの全身がスパークした。
 声こそ出なかったが、全身を硬直させて崩れ落ちる。
 未亜はそれを見て、酷薄な笑顔を浮かべていた。


「さすがはお兄ちゃん……縄の縛り方もプロ級ね。
 まさか指示するだけでこんな芸術的な縛りができるなんて…。
 それとも、カエデさんがエッチなだけなのかな?」


 ………どうやらマジで目覚めたようだ。
 ベリオは次の夜伽を想像して、不安とも期待ともつかない溜息をついた。
 ナナシは大河の愛人になろうとすると、彼女を攻略しなければならないという事実を理解して頭が痛くなった。
 大河はまだ唸っている。
 周囲に客がいなかったのが、唯一の救いだろう。
 後にはカエデの荒い息が響いていた。


 夜。
 大河と未亜、そしてカエデは屋根裏部屋に集まっていた。
 カエデは少々未亜を警戒しているようだ。
 尤も、昼間の一件が故意の物だとは確信させていないので、ちょっと距離を置いている程度だが。

 大河はというと、ベリオから事のあらましを聞いて、何故その場で自分は復活していなかったのかと本気で悔しがった。
 未亜の変貌については、『まぁ、俺の妹だし』の一言で片付けてしまっている。
 朱に交わって赤くなっても、全く疑問はないという事だろうか。
 少々自分に対する態度について不安を覚えないでもないのだが、今の所問題はない。
 むしろエッチのバリエーションが増えた事を喜んでいるようだ。

 ナナシは買い物は出来なかったものの、大河の服を一着貰ってご満悦で帰っていった。
 膝枕で大河を介抱できたのもポイントが大きかっただろう。


 大河と未亜は、2人並んでベッドの端に腰掛けている。
 それに対して、カエデは小さくなって床の上に正座していた。


「結局…進展はなかったな…」


「うう…申し訳ないでござる…」


 大河の言葉で、更に(物理的に)小さくなるカエデ。
 もはや立派な忍法だ。

 それを見て未亜は大河を視線で制止して、大河が得た情報を整理しようとした。
 昼間の一件は未亜が楽しんだだけで、情報収集なぞ全くしていないのだ。
 状況とか倫理観とか、丸ごとホワイトアウトさせて、淫靡な行為に没頭してしまった。
 自分の将来に多大な不安を覚えるが、何もかも自分の兄が悪い。
 染められたと思えば悪い気はしないが、不安なものは不安だ。


「でも、何か目処は立ったんでしょ?」


「ああ、応急処置にすぎないけどな…。
 まず、カエデは血に触れると無条件で動けなくなるわけじゃない。
 それに意識が向いたら、何かトラウマがフラッシュバックするんだろう。
 血が出てなくても、それを直に連想させるような物に触れたらいけない。
 今まで暗殺が出来なかったのは、サクっと斬ればその場で血が吹き出る事が解ってたからだ。
 つまり、カエデの意識を他に向けてやれば、いきなり動けなくなる事はない…と思う」


「おお、言われてみれば心当たりも……。
 拙者、里に居た頃には何度かそれについて聞かれた覚えがあるでござる。
 血が出るのは斬ってからなのに、何故斬る前に血液恐怖症が発現するのかと。
 なるほど、そういう理由だったのでござるな…」


 納得して深く頷くカエデ。
 未亜はそれを見て、どうすればいいのか考え出した。


「でも、それだったら戦えないんじゃないの?
 戦う限り流血は避けられないんだし、意識をどこかに飛ばしたまま戦うなんて、いくらカエデさんが強くても無謀じゃない。
 スライムみたいに血が流れていそうになければ、何とかなるかもしれないけど…。
 “破滅”の軍団って、やっぱり血を流すよね?
 少なくとも、授業で習った話によれば、その殆どが魔物の類や、寝返った人間だったって話だもの」


「うう……やはりそうでござるか…」


 血を流さない相手でも、自分が流血すればその場でブラックアウトするのだから大差ない。
 結局、どうにかしてカエデの血液恐怖症を取り除かなければならない。
 しかし一朝一夕で取り除けるようなものなら、カエデ本人がとっくに克服しているだろう。


「ま、ナンだな……根本的な治療はまた別の話として、今はカエデが戦えるようになるのが先決だ。
 そうだな………確かポスティーノに貰ったのが、この辺りに…」


 大河は引き出しを開け、中をゴソゴソ探り始めた。
 中からまあ出てくる出てくる、得体の知れない幻影石から始まって、何時ぞやのアシュタロスからの手紙、挙句三角フラスコだの金槌だの、何に使うのかさっぱり解らない物までどんどん出てくる。
 用途不明の謎物質を手にとって、興味深げに眺めるカエデ。


「師匠、これは何でござるか?」


「ん?
 ああ、それはモノポールのイミテーションだ。
 サイズがえらく拡大されてるけどな…。
 そっちはブリハット・なんたらとか言う本の写しだってさ…随分前に押し付けられてそのままだ」


「もの…?
 ぶりは…?
 未亜殿、何の事でござるか?」


「さぁ……確か、とっても珍しい物質と本だって話は聞いた事があるんだけど…」


 大河はまだ机をゴソゴソ漁っている。
 明らかに机の収納容量を超える物質が引き摺りだされているが、未亜はそんな事など気にしない。
 これに比べれば、自分が修学旅行に行って帰って来た時の大河の部屋の方がまだ凄まじい。
 片付けても片付けてもキリがなく、よくもまあ数日でこれほど散らかせるものだと感心さえしたものだ。


「それはそれとして……今日もあと一時間くらいで終わっちゃうね」


「そうでござるな…師匠に頼れるのも、それで最後でござるか」


「そうでもないんじゃない?
 お兄ちゃんは可愛い女の子の頼みは断れないもの。
 また特訓してくれって頼んだら、多分二つ返事で引き受けるよ」


 可愛いと言われて照れるカエデだが、その言葉の裏には危険な香りも含まれていたり。
 しかし幸運な事に、カエデも未亜もそれには気付かなかった。
 が、それに気付いた助平が一人。
 無論大河である。


「そうそう、カエデみたいな美人の頼みなら、大抵の事は引き受けるぜ。
 特に今日みたいなのは、やってるこっちも結構楽しめたからな。
 誰かさんも何気に楽しんだみたいだし」


 そう言う大河の手には、色のついたゴーグル…カエデの世界には眼鏡もなかったので、それが何かは解らなかった…が乗せられていた。
 左右に一つずつ付いたダイヤルを操作して、ほい、とカエデに放ってよこす。
 カエデは受け取ったが、使い道が分からないので、手に持ってゴーグルを眺め回している。
 未亜がその後ろに立って、カエデにゴーグルを嵌めてやった。
 カエデは昼間の事を思い出して少々警戒心が沸いたが、幸い今回は何もなかった。
 ただし首筋に妙な視線を感じる。

 ゴーグルを嵌めると、カエデの視界に、少しだけ色がついた。


「師匠、これは何でござるか?」


「そりゃ偏光メガネみたいなもんだ。
 詳しい理屈は省くが、特定の色だけ見えにくくなったり、別の色に見えるんだよ。
 そこについてるダイヤルで色の調整をするんだ。
 今は血の色を 別の色に変えるように設定してある。
 それを付けてれば、少なくとも血を見てすぐに気を失うって事はないだろ」


「ちなみに何色でござる?」


「青色だ。
 銀色や緑色、化学物質が混ざり合って出来たような未知の色の方がよかったか?」


「できればどどめ色が…」


「右のダイヤルを回せ」


 大河が考えた応急処置がこれであった。
 流れる血の赤を、全く別の色…緑色や紫色にして、それを『血』だと認識しにくくさせる。
 問題は血に触れた場合の感触や匂いだが、少なくとも気を失う最も大きな要因…視覚による認識…はこれでかなり対応できる。
 血の色だけ見えなくしてもよかったのだが、それだと認識に差し障りが出る。

 カエデはゴーグルを付けたり外したりし、付けたまま顔を触ったりして視界の変化や形を確認している。
 メガネをかけると戦闘の際の弱点を増やす事になるが、この場合差し引きすると黒字であろう。
 


「むう、このような物があったのでござるか…。
 これなら、拙者もそれなりに戦えるようになるでござろう。
 師匠、感謝するでござるよ!」


 そう言って、カエデはゴーグルを下ろした。
 首元に巻いた真っ白いマフラー?の上に、ちょこんとゴーグルが乗っている。


「………イイ」


「なんか似合う…お兄ちゃん、グッジョブ」


「ほへ?」


 何かが大河と未亜の神経に直撃したようだ。
 実際似合うと思うんですけどね。

 カエデは何だか微妙な危機を感じた。
 しかし気のせいだろうと思って押さえ込む。
 少なくとも、彼女の本能は逃げろとは騒いでいない。
 それどころか、むしろ留まれとさえ言ってくる。
 シノビとして鍛えぬかれ、自然と磨かれた第六感は、時に未来予知のような働きさえしてのける。
 問題なのは、その予知が大した事には発動されないという事だが…。


「…お兄ちゃん、まだ時間はあるよね?
 『本来の』指導もやったほうがいいんじゃない?」


「お前もそう思うか?
 やっぱりそうだよな。
 ……で、公認って事でいいんだな?」


「うん。
 でも最後まではダメだからね。
 私にするか、さもなくば後ろにとか…。
 そうね……とにかくカエデさんのヴァー○ン奪うのは禁止」


「う゛ぁー…?
 未亜殿、拙者から何を奪うのでござるか?」


 兄妹揃って暴走しだしている気配を感じたのか、カエデは冷や汗が止まらない。
 血液恐怖症克服とは別の特訓をするという事はわかったが、どうにもそれだけではない気がする。
 にゅふふふふ、と気味の悪い笑みを向けられ、カエデは反射的に逃げ出そうとした。
 しかし立ち上がる前に、いつの間にか背後に回りこんだ大河に止められる。


「し、師匠、いつの間に!?
 いや、それよりも放してくだされ!
 拙者そろそろ眠いでござるよぅ!
 もう部屋に帰って寝るでござる〜!」


 意味はわからないなりに、危機を感じてカエデは必死である。
 しかし卓越した体術も懇願も、暴走した大河には無意味である。
 特に今回は、未亜の承認すら得ているのだ。
 ある意味無敵モードである。


「まあ待て待て、今日はまだ終わってないんだぞ。
 能力測定試験の勝者として命令する。
 とりあえずベッドに寝転がれ。
 俺の部屋のベッドだぞ」


 ベッドで寝ろと言われて、これ幸いと自室のベッドに逃げ帰ろうとしていたカエデは肩を落とした。
 仮に部屋に戻れたとしても、どうせ大河がピッキングして入ってくるのがオチだ。

 大河にそう言われては、カエデに逆らう事はできない。
 唯でさえ掟に厳しい忍びの里で育ったので、ルールに逆らうのは苦手なのである。
 単なるイタズラ程度なら話は別だが、掟破りイコール即刻死、などと言う場合もあった。
 ベリオが義務感や正義感から法を遵守しようとするのとは違い、問答無用で守らなければならない、切実な問題だったのだ。
 そんな訳で、カエデは戦々恐々しながら命令通りベッドに寝転がった。
 捕食者のような目付きをした未亜がとても怖い。
 昼間の一件は絶対に故意だったと確信した。


「それじゃあお兄ちゃん、ちょっと耳を…」


「はいはい……うん、そうだが…いやいや、それならこうして…」


「う〜ん、でもそれじゃあ…あ、そうか……だったら…」


 妖しい。
 デンジャー。
 ニゲロニゲロニゲロ。

 カエデの本能が騒ぎ立てる。
 しかし悲しいかな、敬愛する大河に命令され、さらにルールを盾にされてカエデに逆らう術はない。
 もうどうにでもなれと、まな板の上の鯉の気分になろうとする…が、やっぱり無理でござる。
 口の中で念仏を唱えていると、相談が終わったらしく大河と未亜が近寄ってきた。


「えろいむえっさいむえろいむえっさいむえろいむえっさいむ、ワレは求め訴えられ多額の賠償金を絞り取られたり……」


「……なんの呪文だそりゃ」


「拙者の里に伝わる念仏でござるよ…」


「それって悪魔召喚の……どんな里だったのよ…」


 実を言うと夜な夜な魑魅魍魎が跋扈する危険な里だったのだが、産まれた時からそれが常識だったカエデはそれがおかしい事だとは微塵も思っていない。
 ぶんぶん首を高速で左右に振って、やるせない思いを彼方に放り出す。


「とにかく覚悟は出来てるようだな。
 うむ、話が早くて大変結構だ。
 さて、それでは本日最後の訓練を開始する。
 未亜講師、どうぞ」


「はいな」


 大河に名を呼ばれ、未亜がカエデの隣に立った。
 実に微妙な微笑を浮かべていらっしゃる。
 未亜は大河の机から出てきた本を携え、口調を変えて喋りだす。


「さて、ご紹介に預かった当真未亜です。
 臨時ながら、講師役を勤めさせていただきます。
 これから一時間、真面目に授業を聞いてくださいね?」


「なななんの授業をする気でござるか…」


「性教育です」


「せっ……!?」


 よく見ると、未亜が持っている本には『保健・体育』と書いてある。
 何故こんな物があるのだろうか。
 しかしそんな疑問は放っておいて、未亜は話を進めようとする。


「それでは始めます。
 カエデさん、あなたはオナニーをした事がありますか?」


「おな…?」


「自慰行為です。
 年頃の少年少女の必須技能ですね」


「!!?!?!?!??!!??!」


 カエデは未亜のあまりにストレートな物言いに目を白黒させている。
 その混乱を見取って、未亜は好都合とばかりに強引に話を進める。
 混乱している間に、逆らえない状況を作り上げてしまおうとしているようだ。


「あら、した事ないんですか?
 お子様ですね」


「お、お子様ではないでござる!
 そりゃ師匠みたいに日々やってはおらぬでござるが……ごにょごにょ


 つい反射的に答えてしまい、さらに墓穴まで掘るカエデ。
 それを聞いた大河がポリポリ頭を掻いている。
 自慰なんぞするくらいなら未亜に飲ませる大河だが、異世界に出張中にはそうはいかない。
 そんな日々には、それこそ毎日していたものだ。
 そこまで考えて言った言葉ではないだろうが、大河はちょっと悲しくなった。


「じゃあ、週に何回くらいしているんですか?
 ちゃんと答えてくださいね。
 これもカエデさんの特訓のためなんですから…」


 絶対ウソだ。
 カエデの胸にやわやわと手を走らせる未亜を見て、心中絶叫した。
 反応している自分の体が情けないやら悲しいやら。
 大河の視線にだんだん力が入ってきているのがよ〜く解るので、恥ずかしさもひとしおである。
 未亜の迫力も増してきて、もう地獄のようだ。


「あ、あう……3回、くらい…


 あまりの恐怖と羞恥による混乱で、カエデはつい正直に答えてしまった。
 しかし、未亜はそれに満足していないらしい。


「以外と少ないですね…。
 お兄ちゃんとあんなに波長が合ってるんだから、もっと何度もしてるかと思ったのに。
 ひょっとして、普通の人と比べて一回一回がすごく激しいんじゃないですか?」


「ほ、他の人の事なんて解らないでござるよぅ…」


「ま、それが普通ですよね。
 じゃあ、どんな風にするんです?」


 さすがにヤケクソ気味というかオーバーヒートしていたカエデも、一気に頭から血が引いた。
 幾らなんでも答えられない。
 顔を真っ赤にして、あうあう呻きながら体を捩じらせる。
 大河に視線で助けを求めたが、返ってきたのは千尋の谷に落ちて来いと言わんばかりの期待に満ちた視線だった。


「答えられないなら、私がしてあげましょうか?
 私の場合、まずここをこうして…」


「ひゃう!?
 み、未亜殿、そこは…!」


「ほらほら、どうです?
 最近の学生は進んでいますから、カエデさんもこの位やらないと置いていかれますよ」


「置いていかれたっていいでござるよ〜(涙)」


「そんな事言っちゃっていいんですか?
 床上手と下手な人の扱いには、雲泥の差がありますよ。
 初々しいのが好きって人もいますけど、殿方を弄ぶのもとっても楽しいんです」


「ひ、ひんっ!
 それでは未亜殿も…?」


「いえ、残念ながら敵が巨大すぎるので。
 でもまぁ、それとこれとは別の話ですね。
 いつか床を共にする人のために、寝技はしっかり練習しておきましょうね。
 そして手練手管を駆使して、雁字搦めにしてしまうのです」


「と、床を共に…雁字搦めに……」


「…そこでお兄ちゃんを見るのが気に入りませんが…。
 いいでしょう、ほらカエデさん、足を広げて起きてください」


「へ? へ? し、しかしそれでは師匠に丸見えでござるぅ!」


「そうですよ。
 だって私が自分でするのは、お兄ちゃんとそういうプレイをしている時くらいですから。
 さもなくば自分で下準備をするか」


「み、未亜殿も師匠も不潔でござるーーーー!」


「義兄と義妹間の関係の何処が悪いというのです」


「そういう次元の問題じゃなくてーーー!
 ああああ、し、師匠、そんなにじっと見つめないでくだされ…」


「あら、カエデさん濡れてきましたね。
 お兄ちゃんに見られて感じちゃうなんて、エッチですねぇ。
 これくらいならもういいかな?」


「ようやく出番か!?」


「ひぃっ!?
 し、師匠のがあんなに大きくなって…」


「いいよお兄ちゃん、準備オッケー。
 処女はダメだからこっちね」


「へ? あ、あの、未亜殿?
 ちょ、ちょっと!
 あ゛ぅん…は、入っちゃったでござる…」


「うん、ほぐれ具合も良好。
 妙に綺麗にしてあるのが気になるけど…。
 お兄ちゃん、うえるかーむ」


「突撃ィ!」


「し、師匠!
 ああっ、そんなに急に…もっとゆっくりしてほしいでござるぅ…。
 未亜殿…未亜殿!?
 そ、そんな所舐めたら、ひぃっ!」


「おお、凄い締りだ…。
 未亜、ちょっと中に指入れてみ」


「どれどれ?
 うわっ、カエデさんの括約筋って発達してるんだね。
 それに物凄く湿ってる……カエデさん、感じてるの?」


「あ、あう…それは…ヒィ!」


「声がピンク色になって来たな……そろそろスパートかけるか」


「そうだね。
 初めてだから、早めに終わらせないと負担がかかりすぎるし」


「それでは………ラストスパート!」


「あ、ああぅん!
 ひあぅ、お腹の中が…ぐるぐるしてるでござるぅ…ああっ!
 な、何か来るでござるぅ」


「おおぅ、未亜、それイイぞ!
 カエデの性感帯発見だな」


「集中攻撃〜!」


「〜〜〜〜〜〜〜〜!?」


「だ、出すぞっ!」


「! ! ! !」


「いいよ、思いっきり注いであげて!」


 ドクン ドクンドクン ドクドク……


「ああ、こんなに一杯…ん…もったいない…」


「あうぅ…未亜殿、そんな所に口をつけて……あん!
 す、吸っちゃダメでござるよ〜〜!」


「さすがは忍者、スタミナがあるな…もうそんなに喋れるなんて…。
(ところで……このヘンテコな字は一体何だ?カエデがイッたら浮かび上がってきたが)」


 情事終了。
 我に帰った未亜は、今回は自己嫌悪には沈まなかった。
 どうやらSでレズな自分を受け入れてしまったらしい。
 それを見て大河は、多少浮気をしても未亜をその中に引きずり込んでしまえば誤魔化せると思ったとか思わなかったとか。
 しかしレズッ気はともかくとして、本格的にSに目覚められると自分も危ない。
 今夜辺りから、しっかり仕込んでおこうと考える大河だった。

 襲われたカエデはというと、お尻を両手で押さえ、大河の顔をちらちら見ては赤くなっている。
 陵辱されたにしては、拒否反応の類は見られなかった。
 それどころか、まるでファーストキスをしてお互い意識しあっている中学生のような雰囲気だ。
 流石に立てないので、カエデはベッドの上に転がったままだ。
 その横に未亜が腰掛け、カエデを観察していた。
 ちなみにカエデの背に浮き上がった文字は、いつの間にか消えている。
 浮き出ていた時間は極めて短かったので、未亜はそれを見ていない。


「……カエデさん、大丈夫ですか?」


「(ビクッ!)だ、大丈夫でござる…。
 それに、どの道一度は通る道でござるから…」


「…いや、皆が皆お尻を使ってるわけじゃないと思うんだけど…」


 カエデはそれを聞くと、少し首を傾げた。
 暫く考えて、アヴァターと自分の世界の習性が違う事を理解する。


(だとすると………はぅ)


 ちょっと気が重くなるカエデ。
 ひょっとして未亜が怒り出すんじゃないかな〜、と思いつつ故郷の習わしを説明する。


「実は拙者の故郷の忍びの里では、こちらが主流だったのでござる。
 何せ忍びは主君の命令には絶対服従であるからして、例えそれがどれほど無体な命令でも、はたまた夜伽をせよとの命令でも断れないのでござるよ。
 中には何とか誤魔化して乗り切ったり、主君が人格者だったりして免れた者も居りますが、殆どは……」


 それを聞いて、未亜と大河の額に血管が浮いた。
 カエデの世界の人間にとってはそれが普通で疑問や罪の意識を持つような事ではないのかもしれないが、カエデの様子を見る限りとてもそうではない。
 同じ女性として、未亜の心にメラメラ怒りが燃え上がる。
 つい先程、自分で似たような事をしていたのだが……正に岡目八目。

 大河も大河で、自分がやっている事を棚に上げて怒っている。
 もっとも、彼らとてカエデが本気で嫌がっていれば、適当にお茶を濁す程度でやめただろう。
 強姦嫌いの大河もそうだが、Sに目覚めたといってもあくまでソフト、初心者の未亜は本気で相手を傷つけるような事は性格的に出来ない。

 2人とも今にも暴れだしたい程に怒り狂っていたが、ここで暴れてもどうにもならない。
 それに、カエデの話にはまだ続きがあった。


「まぁ…そんなだから、意中の方に操を捧げられる事はあまりなかったのでござる。
 しかしそれでも何とかして、との思いは強く、男衆も想い人が命令なんぞで純潔を散らされていると思うと、それこそ第三次忍界大戦を勃発させかねないほどにヒートアップする事もしばしば……。
 そこで、前の純潔は主に、そして後ろの純潔は、その……こっ、ここ恋人に…捧げるというのが……」


「「………マジ?」」


「本当でござる。
 現に里での性教育の際、女性には房中術の一環と称して教えられるのでござる。
 いつか操を捧げるために、日々手入れを怠ってはならぬと…」


「………それじゃ、さっきそれほど嫌がっていなかったのは……」


「……し、師匠ならばと…」


 顔を真っ赤にしているカエデ。
 体が緊張でガタガタ震えている。
 無理もない。
 未亜の恐怖はそれなりに体感しているし、そもそも恋人の目の前で告白したようなものだ。
 速攻で修羅場に突入してもおかしくない。

 未亜はブルブル震えている。
 怒りやら嫉妬やらが渦巻いて、今にも顔中の穴から噴出しそうだ。
 しかし元はといえば自分が始めた事である。
 前はダメだから後ろ、と提案したのも自分だし、下準備をしたのも迎え入れさせたのも自分。
 これで怒りの矛先をカエデに向けるほど、未亜の理性はテンパってはいない。
 最大の原因たる自分と、そして大河に矛先が向く。

 大河は大河で、頭がフリーズしてしまった。
 未亜の八つ当たり気味の視線も怖いが、それ以上に予想もしない展開に追いつけなかったらしい。


「そ、それでその、師匠…黙っておいて何でござるが……その、あの、えーと…せ、責任を…」


「せ、責任って……一回エッチしただけで、即結婚なんですか!?
 気持ちは解りますけど、幾らなんでも話が飛びすぎです!」


「せ、拙者の世界ではそれが常識でござるよ〜!」


「クノイチだったら、色仕掛けが基本じゃないんですか!?」


「他の里はどうだか知らぬでござるが、拙者の里はその手の方法はあまり…。
 とにかくお願いするでござるよ師匠!
 師匠に操を捧げた以上、他に嫁の貰い手がいないでござる!
 それに師匠、昨晩には『俺が貰ってあげるよ〜』と言っていたではござらぬか!」


 かなり必死である。
 大河の隣に居られるかという事に加えて、カエデの価値観で言えば操を捧げた以上は添い遂げるのが普通である。
 これで捨てられては、女として立つ瀬がない。


「重要な事を話さず黙っておいて、厚かましいのは重々承知の上!
 しかしそれはそれとして責任を取って欲しいでござるよ、師匠…いや、我が背の君、そして北の方!」


 こうまで必死に言われると、未亜としても断り辛い。
 そもそも自分がした事を考えると、厚かましいどころの話ではない。
 むしろ糾弾されて当たり前である。
 自分も責任を取らねばならないと思うが、それでは大河を盗られてしまう。
 倫理をぶち破ろうが世界を敵に回そうが、それだけは許せない。
 さりとて開き直る事も出来ない。
 同道巡りで未亜の頭から湯気が立った。

 大河はカエデの言葉の中に、聞きなれない言葉を見つけた。


「おいカエデ、背の君はともかくとして、確か北の方ってのは…」


「最も地位の高い奥方……ようするに正妻でござるが」


「……ひょっとして、お前の世界って一夫多妻?」


「? はぁ、そうでござるが……この世界は違うのでござるか?」


 カエデの世界は忍びが現役で活躍しているだけあって、所謂戦国時代や平安時代のような場所らしく、権力者が複数の妾を持つ事も珍しくない。
 大奥だって結構ある。
 そのような世界で育ったので、カエデは愛人や第二婦人という立場に違和感がないらしい。


「だったら、カエデさんはお兄ちゃんに他に恋人や奥さんがいても問題ないのね?」


「拙者のいた世界では、それが普通だったでござるから…。
 第一夫人は未亜殿なのでござろう?
 あと、どうやらベリオ殿もそれらしい言動がちらほらと…」


 鋭い。
 未亜はそれを聞いて、色々と考え始めた。
 大河を取られるかと思ったが、こういう事なら妥協点はある。
 それに自分を正妻と認めているし、彼女ならその座を奪おうとは考えにくそうだ。
 最近大河もパワーアップしてきたようだし、ベリオと未亜とブラックパピヨンの三人がかりでも、翌日腰が抜けていたなんて事もある。
 乙女心はさておいて、カエデを引き込むべきだろうか?


 考える。考える。考える。自分が黒に染まっているのを自覚して鬱になる。考える。考えた。鬱から立ち直った。考えている。


 ……………………結論が出た。


「いいわ、条件付で責任を取ります。
 お兄ちゃん、問題ないわね?」


「そりゃ俺は……男として何かフクザツだけど。
 それで未亜、お前何の条件をつけるつもりなんだ?」


「それは後でカエデさんと交渉するから…。
 カエデさん、それでいい?」


「是非とも!」


 カエデは目を輝かせ、涙まで流して感動する。


「まさか仇を探して異郷の地を踏み、このような出会いに巡り合えるとは……。
 拙者を誘ってくれたリコ殿には、いくら感謝してもしきれぬでござる!」


「仇?」


 聞き逃せない言葉を聞いて、未亜は首を傾げた。
 カエデは真剣な表情になり、未亜と大河を見据える。


「そうでござるな…丁度いいでござるから、師匠と北の方には話しておくでござる。
 できれば、内密にお願いしたいでござる…。
 拙者は……ある男を捜してアヴァターに来たのでござるよ」


 カエデの表情が沈痛に歪む。
 普段のギャグ混じりの落ち込み方ではなく、暗い心を引き摺った落ち込み方だ。
 自然と未亜と大河も緊張する。
 カエデは暫く黙り込み、覚悟を決めて話し始めた。


「拙者、確かに血がダメで臆病者でダウナーでミソッカス扱いだったダメ暗殺者でござるが、それでも元の世界には生きていく術はあったでござる。
 直接的な戦闘は無理でも、後方支援や伝達係など、重要な仕事は幾つもあったし、自分で言うのもなんでござるが、それらに関する技能もそこらの上忍以上には持っているでござる」


「自分を卑下してんのか自信を持ってるのか、どっちかにせーや」


「事実なんだからしょうがないでござるよ。
 それはそれとして、拙者が探している男は……父上と、母上の……仇…」


 正に血を吐くような憎悪が滲んだ声。
 両手を無意識に握り締め、掌を爪が食い破って血が滴る。
 未亜がそっと近づいて、カエデの手を取った。
 カエデが我に帰る前に血を拭って、その手を上からそっと包み込んだ。


「……あ、北の方………大丈夫でござる。
 心配をかけ申した」


 暖かい感触で我に帰り、カエデは未亜に礼を言う。
 微笑んで未亜は首を振り、片手を繋いだまま隣に座った。
 こうしていれば、カエデが我を忘れそうになってもすぐに正気に返らせる事ができる。


「かたじけない…。
 話を続けるでござる。
 拙者はまだ年端もゆかぬ子供だった故、細部に間違いがあるやもしれぬが……。
 あやつは最初、客人として里を訪れてきたのでござる。
 拙者の里は暗殺者の集団ゆえ、最初は警戒していたのでござるが、紹介先が信用できる御人だったし、一応パトロンだったので、無碍にも扱えなかったのでござる。
 里にやって来た時には礼を尽くし、頭領だった拙者の父に面会を申し込んだのでござる。
 会談の内容が何だったのかは知らぬでござるが、紆余曲折の果てにその男を一晩泊める事になったのでござる。
 ………その夜、厠に起きだした拙者は、土蔵から何やら声がする事に気がつき、何気なくその中を覗きこんだのでござる。
 ……………そ、その瞬…間…熱い液体が…人肌の温もりの、ぬめりとした…錆び臭い液体が……全身に降りかかり…」


 ガタガタ震えるカエデ。
 未亜が隣で何とか宥めようとしているが、カエデの震えは治まらない。
 しかしそれでも無理に未亜に微笑み、カエデは話を続ける。
 大河は止めるべきかと思ったが、聞かねばならない事だし、何よりこれはカエデの意思だ。
 大河は自分の女房になる相手の事を聞かずに逃げ出すような男ではない。
 じっと待っている大河に心中感謝して、カエデは一つ深呼吸した。
 少しだけ震えが治まる。


「………何が何だかわからず混乱していた拙者の前で、その男は一言こう言って消えてしまったのでござる。
 『ここにはなかったようだ』と……。
 茫然自失していた拙者は、物音を聞きつけて蔵に集まってきた家人が拙者を照らし出すまで、そのまま座り込んでいたでござる…。
 そして、目に写ったのは……父上の背中から噴出した……赤い…赤い血で、真っ赤に染まった自分、が……。

 …………その後の事は、よく覚えていないでござる。
 気がついたら、父上と母上の葬儀も終わり、拙者もそれに参加していたとの事…。
 里の医者の話では、あまりの衝撃に亡失していたのであろうという話でござった…」


 カエデは一息ついた。
 未亜はカエデの壮絶な話にショックを受けたが、それでもカエデに寄り添っている。
 自分の受けた衝撃は強いかもしれないが、カエデに比べればどうという事はない。
 カエデを慰めるように、未亜の手に篭められる力が強くなった。
 それに力付けられ、カエデは少し落ち着きを取り戻した。

 大河にとっても重い話だが、この手の話は何度も耳にし、時にはその場に居合わせているので、未亜よりは耐性があった。
 戦乱の時代や、その直後の法や生活が整備されていない時代においては、決して珍しい話ではない。
 だからといって、それに対する怒りや悲しみが薄れるわけではないのだが。


「それで、その男の足取りは?」


「全くわからないでござる。
 蔵の奥に歩み寄り、まるで溶けたかのように姿を消してしまったでござる。
 家人がいくら蔵を調べようとも、抜け道の類は見つからず、また紹介先に至っては、そのような男は訪れていないとの事でござった。
 報復のために里の殆どを動かしても、その男の行方は杳として知れず、わかっているのはその名前だけ。
 どこで生まれ、何をして生きていたのかすら…。

 しかし、リコ殿に誘いを受け、ひょっとしたらと思ったのでござる。
 異次元を渡って現われ、また同じようにして消える……。
 全て辻褄が合う」


「……その男の名は?」


「…ムドー、と名乗っていたでござる。
 ………申し訳ない、ちと暗い話になってしまったでござるな。
 情事の後には似つかわしくないでござるよ」


 一通り話し終えたカエデは、その雰囲気を払拭するかのように口調を明るく切り替えた。
 未亜もそれを察して何とか気持ちを切り替えようとしたが、なかなかそうは行かない。
 大河はというと、一見普通に見えるが、その胸中は暗く沈んでいた。
 カエデの話に触発され、大河の脳裏に、かつての記憶が蘇る。


―――泣き叫ぶ声。
―――怒りに染まる視界。
―――血。
―――座り込む未亜。
―――手に持った鉄筋から伝わる、気持ち悪い感触。
―――病院。
―――拒絶。
―――去れば未亜が暴れだす。
―――離れる事も出来ず、壁越しに蹲る自分。
―――そして、現れたあの人。


「師匠?
 ししょーう、返事をしてくだされ〜。
 暗い話が苦手なのはよく解るでござるが、師匠がそんな顔してるとぶっちゃけ不気味でござるよ」


「テメーはもちっと歯にキヌ着せんかいッ!」


「でも私もそう思う」


「ああっ、未亜まで!?」


 何とか普段のテンションに戻ったようだ。
 何気に酷い事を言われている気がするが、はっきり言っていつもの事だ。
 カエデはごろんと転がると、体に痛みが走らないように気をつけて立ち上がった。
 それでも負担をかけたお尻に痛みが走り、痔になったみたいでちょっと悲しい。


「さて、それでは拙者、風呂に入ってくるでござる。
 北の方、ご一緒するでござるか?」


「ううん。
 ちょっとお兄ちゃんに話あるから、その後で……。
 それと、北の方じゃなくって未亜って呼んで」


「承知したでござる。
 では、一足先に行かせてもらうでござるよ。
 条件交渉は、風呂に浸かりながらでいいでござるか?」


「うん。
 それじゃあね」


 カエデは軽い足取りで出て行った。
 どうやら風呂が楽しみらしい。

 一方残った未亜と大河は、腰を落ち着けてちょっと深刻な表情で向かい合った。
 未亜は少々表情が暗い。


「……なんだか悪い事しちゃったみたいだね。
 あんなに大変な事があったんじゃ、血が怖くなるのも当たり前だよ…。
 なのに私達は、まるでカエデさんを玩具みたいにして…」


「まあ……な。
 でも、全く意味がないって事でもなかったけどな」


 事態を甘く見ていた事に対して、罪悪感を持っているらしい。
 本当に血液恐怖症を治そうと思っていたのなら、まず最初に恐怖症の原因を聞くべきだった。
 もっとも最初に聞いた所で、すぐに話してくれるほどの信用があったかどうかは別問題だが。


「それはそれとして……お兄ちゃん、ひょっとしてカエデさんの仇に心当たりがあるんじゃないの?」


「え?」


 大河は思いもよらない未亜の言葉に仰天した。
 何故そんな事を言い出すのか。


「だって、さっきカエデさんが…ムドーだっけ?
 話してた時に、何だか暗い顔してたよ」


「…ああ、それはちょっと別の事だ。
 そりゃ確かに俺は色々な世界を渡り歩いてるけど、そう都合のいい話は……話は…話………むどー?
 ムドー……むどう…む………………


「心当たりがあるの!?」


 ぽかんと口を開ける大河に未亜が詰め寄った。
 考えたくもないが、もしそのムドーとやらが大河の同僚だったらと思うと気が気でない。


「ああ、確か隊長が随分前にそんな名前を言っていたな。
 なんだっけか………クソミソに言ってたのは覚えてるんだけど…。
 確か小物とか雑魚とか言ってたけど、あの人の基準じゃアテにならんしなぁ…」


「……その人、本当にカエデさんの仇かな?
 同姓同名かもしれないけど………それに、カエデさんのお父さんって、忍者の頭領だったんだよね?
 それが負けちゃったんだから、とても弱いとは思えないんだけど」


「だから、あの人の基準はアテにならないんだよ。
 あの人に言わせれば雑魚かもしれんけど、そりゃ隊長が規格外すぎるんだ。
 人間って言ってたけど、あの性能を同種族と認めるヤツは殆どいなかったし。
 あの人、鉄拳一発で津波とか消し飛ばすんだぞ。
 ………ちなみにその後、50キロくらい離れた島に季節外れの大雨が降ったとかなんとか」


「……人間?」


 未亜の疑問に、大河は沈黙を以って答えた。
 未亜は先程大河が沈んでいた理由が気になったが、それ以上に脱力した。
 大河のバイト仲間は、いったいどんな存在なんだろーか。
 会いたくないと切実に思う。


「そ、それじゃあ、ムドーって言うのの情報とかは?」


「……無いな。
 隊長が言ってたのは報告書を作る時にちょっと呟いた程度だったし、俺も全然聞かされてない。
 言うほどの相手じゃないって事なんだろうけど…。
 どっちにしろ、かなり古い情報だしな」


「そっかぁ…。
 カエデさんの助けになれば、と思ったんだけどなぁ…。
 …じゃあ私ももう行くね。
 カエデさんがお風呂で待ってるから」


 そう言って、未亜は箪笥から自分の着替えを取り出して出て行った。
 いつの間にやら大河の部屋が未亜に侵略されているが、もう気にしない事にした。
 ちなみにベリオも自分のスペースをちゃっかり確保している。
 以前ブラックパピヨンが盗品置き場にしようとして、未亜とベリオに怒られたのはご愛嬌。
 ちなみに盗品は殆どが下着だったので、大河は文句をつけようとしなかった。

 大河もジャージを取って風呂場に向かう。


「……あれ、セル?」


 男湯には、何故かセルが倒れていた。
 額に手裏剣が刺さっている。
 言うまでもなくカエデのものだ。
 そしてその手には幻影石。


「……そう言えば、カエデは風呂の場所を知らなかったな。
 案内したついでに覗こうとして返り討ちにあったか………」


 さっき見たカエデの見事な肢体を思い出し、男として共感と優越感に浸る大河。
 自分の妻(予定)に不逞を働こうとしたのは気に入らないが、男としてこれ以上の問責はちと辛いような気もする。
 仕方なく大河は傭兵科の寮まで運んでやった。


かっぽーん


 アヴァターでもこの擬音語は有効だ。
 カエデは未亜より一足先に風呂場までやってきて、視線を感じるや否やすぐさま覗き男を成敗、最低限の小道具だけ持ってゆったりと湯船に浸かっていた。
 ちなみに最低限の道具とは、クナイやら手裏剣やらの事である。

 カエデにとっては少々温めの温度だが、それが今はありがたい。
 負担をかけられてちょっと傷ついたお尻にヒリヒリ沁みる。
 それでもカエデは情事を思い出し、にへら〜と蕩けていた。
 理想的とは言いがたい初体験だったが、想像していたものよりもずっとマシだった。
 元の世界が世界だけに、望まぬ相手に散らされるか、戦場で敗れて陵辱されるかだと漠然と想像していた。
 現にそういう体験をした先人を何人も知っている。
 それに比べれば、二人っきりではなかった事や少々強引だった事など些細な事である。
 何より、慕う相手に捧げられた…奪われたと言った方が正しいが、美化されている…というのが最も大きい。

 にやけるカエデを気味悪がって、数少ない先客はそそくさと出て行った。
 それにも気付かず、カエデは鼻歌交じりに体を磨いていた。
 仮にも輿入れしたのだから、出来る限り体は清めておかねばならない。
 ひょっとしたら、今日の夜か明日辺りにでも、今度は前の純潔を求められるかもしれないのだから。
 念入りに体を擦り、置いてあった“りんす”とやらで髪を洗う。
 泡が沢山出てきた事には驚いたが、慣れてみると意外と楽しかった。

 カエデが異文化を満喫していると、扉が開いて未亜が入ってきた。


「カエデさん、いいですか?」


「北の…もとい、未亜殿?
 ちょっと待って欲しいでござる……イタタ、目にりんすが…」


 ごしごし目を擦るカエデにシャワーを浴びせかけ、未亜は湯船に浸かった。
 カエデもそれについてくる。
 二人揃って湯船に浸かると、浮力の差がモロに目に見える。
 未亜はちょっと落ち込んだ。


「それで未亜殿、例の条件の事でござるが…」


「え?…ああ、はいはい。
 条件ですね。
 そうですね……そう無茶な事は幾つも要求しないつもりですから」


「かたじけない……ふぅ…」


 カエデにとっては緊張するべき場面のはずだが、そこは風呂の効果か、どうしても緊迫感に欠ける。
 緩んでいるのは未亜も同じで、二人揃って目が一本線になっていた。


「ん…と……条件ですけど…まず、私が第一夫人です。
 これはいいですよね?
 ……下克上無しですよ」


「解っているでござる…。
 所詮この身は影に生き、影に死ぬ忍びでござる。
 例え師匠や未亜殿が否定されようと、これは生まれ持った性。
 そしてそのように育てられたからには、あまり華々しい立場に居るわけにはいかぬでござるよ。
 拙者はあくまで主君の懐刀。
 傍に寄り添い、時々可愛がって頂ければ、それで満足でござる」


 未亜はあっけにとられた。
 下克上無しというのは単なる冗談…半分くらいは…で、カエデが情けない顔をして『そんなぁ〜』とか心中で漏らすのを見たかっただけだ。
 その後冗談だと言って、盗れるものなら盗ってみろ、全力で抵抗してやると続ける筈だった。
 しかしカエデの忍びとしての習性は予想以上に強かった。
 主に逆らわず、己が心を殺し、ただ忠義の為に。
 能力はともかく、適正的に向いていないカエデと言えども、それは幼い頃からずっと教えられて育った『常識』である。

 それに思い当たった未亜は、失言をしたと心中舌打ちした。
 今更冗談と言っても通じそうにないし、心の中で好都合と囁く自分も居る。
 しかしそれ以上に、仮にも自分と同じ土俵に立とうという彼女が、そんな事を言っているのは気に入らない。
 厄介な事に、カエデにとっては条件云々以前に、疑う余地もない事なのだ。
 言わば議論の余地もない道徳。
 それを突き崩そうとすれば、カエデの価値観を根本から変えていかねばならないだろう。
 未亜はそれほどまでに踏み込む事が出来ない。

 暫く悩み、未亜は一計を案じた。
 簡単な話で、態々自分を相手にしなくても、他の人を巻き込んでしまえばいいのだ。


「でもカエデさん、私以外の人にはそんな事を言う必要はないですよ」


「?
 どーいう意味でござるか?」


「だから、ベリオさんもそうだけど……多分これからも何人か増えると思うのよね。
 ……不本意ながら」


 大河は最近ますます絶倫ゲージが上がっている。
 未亜だけでない複数の女性を相手にしているせいか、学習してテクニックも急激な成長を遂げ始めていた。
 カエデを巻き込んだ事で暫く均衡がとれるだろうが、恐らくそう遠くない内に再び圧倒されるようになる。
 そうなってしまったら、未亜としてはもう退きようがない。
 苦節数年、ベリオとブラックパピヨンという味方を得て、さらにカエデまで参戦し、これで夜の生活において勝利が一度もないとなっては…。
 この際だから、何人引き擦り込んでも一回だけは勝ってやる。
 ……女性が増えれば、最近目覚めた新たな属性も満足するだろう。

 …………が、それでもやっぱりムカツク。
 手の中のタオルを無意識に引き千切りながら、にこやかに微笑む未亜。
 ただしそれを見ていたカエデの脳裏に、外見菩薩内面夜叉という言葉が浮かんだ。


「そ、それでどういう事でござろう?」


「正妻は私だけど、他の人達の順位はまだ決まってないのよね。
 お兄ちゃんの事だから、みんな平等とか言い出しかねないし。
 そうなると私も危険かもね。
 そうなった時、ボヤボヤしてると置いてけぼりにされちゃうよ?
 後から来たのに追い越され、って感じ」


 カエデの眼がギラリと光る。
 遅れてきた者に追われるのも大変な事だが、その裏にもっと重要な事が潜んでいる。
 つまり、自分が未亜に次ぐ地位……大河の寵愛を得られる可能性があるという事。
 元々そういう事に順番はあまり関係ないのだから、それほどおかしな事でもない。


「泣くのが嫌なら、さあ歩け…でござるな?」


「そう言う事。
 遠慮しないでやっちゃっていいんだよ〜。
 とばっちりが私に来たって、それ自体は別に怒らないから」


「承知……ふっふっふ…拙者、負けないでござるよ…」


 カエデの魂に火がついたようだ。
 その結果に満足した未亜は、再び交渉を続ける。


「それで、次の条件だけど……私に仕えなさい」


「? どーいう意味でござるか?
 拙者の主君は師匠でござるよ」


「大した事じゃないんだけど……順位争いとかがあった時、私に協力して欲しいの。
 私もそれなりにカエデさんに便宜を図るから。
 …どうかな?
 何なら北の方からの命令って事で」


「……そうでござるな…北の方が相手となれば、拙者もかなり優位に立てるでござる。
 師匠の命があったら歯向かう事は出来ぬでござるが、それ以外の時は極力未亜殿に協力するでござるよ。
 いわば協力が仕事で、便宜が給料でござるな」


「それじゃオッケーね?」


「諾」


 未亜の眼がキラリと光った。
 ちなみにこの条件、カエデに言った事が本命の理由ではない。
 確かに理由の一つではあるが、もしそんな状況になったら未亜は一人で独走するだろう。
 それだけのアドバンテージがあるし、その時々では協力し合いながらも、個人のスタンスを崩さない。

 本命の理由は、単なる大河に対するオシオキである。
 八つ当たりとも言うかもしれない。
 これは翌日に効果を発揮するのだが、それはまた後の話。


「最後に…」

「まだあるでござるか?」

「………前の初めて、私が貰っていい?

「……絶対駄目でござる」


 未亜とカエデが風呂から上がり、大河の部屋にやってくる。
 未亜はいつもの事だが、カエデは単に一人になるより未亜と大河と一緒に居た方が居心地が良さそうだったからだ。

 普段なら情事に突入するのだが、今は負担がかかっているカエデがいる。
 このまま始めて、なし崩しに彼女を巻き込んでしまうのも気が引ける。
 喜んで参戦するかもしれないが、きっと翌日に響くだろう。
 ガニ股でしか歩けなくなるのは想像に難くない。
 そう言う事は休日の前にやろうというのが2人の意見であった。

 結局、3人は川の字になってベッドで寝転んでいる。
 カエデがゴロゴロ甘えるのに対抗して、未亜も妙に積極的になっている。
 普段ならピッタリ引っ付いてじっとしているのだが、頬を擦りつけたり、匂いを嗅いだりとアグレッシブである。
 湧き上がる萌えを懸命に押さえつけながら、大河はカエデに声をかけた。


「なあカエデ、さっきの事だけど…。
 背中に浮かんでたアレ、一体何だ?」


「? 何の事でござるか?」


「だから、さっきエッチした時にカエデの背中に浮き上がった文字みたいなヤツの事だよ。
 なんか、こう……暗号っぽいというか、幾何学的というか…」


「カエデさんの背中には、そんなの無かったけど」


「ああ、すぐに消えちまったからな。
 アレ、何だったんだ?」


 カエデは暫く腕を組んで考え込んでいたが、ふと顔色を変えた。
 ガバっと起き上がり、大河に凄い勢いで詰め寄る。


「し、師匠!
 それは如何なる形でござったか!?」


「どんなと言われても……確か、ええと紙は…あった。
 一部しか覚えてないけど、大体こんな感じの文字だったぞ」


 大河が書いた文字らしきものを、食い入るように見つめるカエデ。
 その表情がどんどん険しくなっていく。


「カエデさん…?」


「師匠…これは、拙者の里に伝わる秘技を伝承したものでござる…。
 文字が崩れているが、この形は間違いござらん。
 確か主君を守るための術だった筈が、何代か前の頭首が主君以外の人間のために使い、そのため喪失したと言われる里の秘技…。
 これが…拙者の背中に?」


「ああ……しかし、何だってそんなものがカエデの背中に…」


 首を捻る大河。
 しかし、それにはあっさり未亜が答えた。


「カエデさんって、頭領の娘さんだったんでしょ?
 それなら、カエデさんの何所かに何かの秘密があってもおかしくないんじゃないの?
 ほら、血を浴びると赤ん坊の頃に彫った刺青か何かが浮き出てきたり、体のどこかに怪物とかを封印されたとか」


「それは……十分考えられるでござるな。
 ………師匠、全文を思い出せぬでござるか?」


「無理だな。
 見えたのは一瞬だったし、結構ややこしかったし…。
 それより……もう一度浮き上がらせて、それを写真に撮ったほうがいいんでないかい?」


「あ、それ賛成」


「へ?」


 意見は真っ当ながら、半分くらいは私欲を満たそうとする意図の大河。
 未亜も先程カエデを虐めただけでは不完全燃焼だったのか、あっさり大河に乗った。
 ポカンと口を開けたカエデは、反論の言葉を吐く前に大河に口を塞がれた。
 あっという間に押し倒され、いつの間にか未亜の片手がカエデの体を這っている。
 抵抗する暇もなく、あっという間にカエデの体から力が抜け落ちていった。


 結局、『まだ浮き上がっていない文字があるかもしれない』という理由で、真夜中まで虐められ続けたカエデだった。
 そして大河達が満足して開放される頃には、既に文字を読むだけで精一杯だったそうだ。


追記 イキすぎて脱力しているカエデの背中を写真に取り、「まるでレイプした挙句脅迫してるみたいだね」と言われて大河が苦笑したそうだ。




すいません、ちょっと遅くなった時守です。
今回は本格的な描写なしの台詞オンリー濡れ場でしたから、15禁程度だと判断しました。

ハーレムルートクリアしてきました〜。
メサイアパーティー強すぎっス。
学園長、アンタ一人で破滅の将4人をぶっ飛ばせるんじゃないのか?
そして覚醒済み大河もメチャ強い……攻撃がガードポイントだらけですな。
ラスボスを相手にほぼノーダメージ勝利です。
でもザ・ワールドは勘弁。

でもどうしようかな〜。
設定が被る程度ならいいけど、考えているのと全然違う部分もありましたし…。
無視する部分と利用する部分を分けて行こうと思います。
クレア〜、せめて専用シナリオでは幸せになってくれ〜!
というか幻想砕きで絶対に幸せにするからな〜…ちょっと問題アリかもしれないけど。
…でも全年齢向けプレステ版でハーレムエンドはヤバイ気がする。

そういえば前話でサブタイトルつけるの忘れた…まぁいいか、このまま行っちゃえ。
ネタが尽きてきたし。

参考までに聞かせてください。
DSのヒロインを動物に例えると、何になると思いますか?
時守的には、カエデは子犬、リコ・リスはそのままリス、ブラックパピヨンは性格の悪いキツネ、リリィはネコ。
ベリオは…とろそうだから亀、ナナシは落ち着きがないからハムスター?
未亜は……執念深い蛇?
いや、未亜ルートでの白化っぷりが凄かったんで…。
ダリアは牛ですな、だって乳教師だから。

それではレス返しです!


1.皇 翠輝様
やっぱり野菜表記が必要ですか?
流石に入れようかと思ったんですが、10行にも満たないネタだしまぁいいか、と思いまして…。
不意打ちで痛恨の一撃入れてしまいましたか?(南無)


2.アクト様
おお、DSの小説を書いておられるので!?
楽しみにしています!
Night TalkerにもDSが広がってきているようで嬉しいです。
正義の味方とあの兄弟ですか…と言う事は、まさか桜も出てくるのですか?
もし白化未亜とアンリ・マユ桜がコンビを組んだら……(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル


3.ななし様
いえいえ、時守は極めて凡人です。
ただ日頃の生活でパッとしない分、色々と弾けているのかも…。
電波が来なければ、私はギャグの一つも書けませぬ。
最近受信率が悪くなってきてるなぁ…何処かで弾薬補給しなきゃ。


4.葵様
そうなんですか……あの時を止めるアレが一番凶悪ですね。
見切りガードも出来ないし…。
それより神第一形態の食べる攻撃が一番厄介でした。
アレでゲージが軽く一本…。


5.竜の抜け殻様
そ、そんな恐れ多い…。
評価してくれてとても嬉しいですが、まさかそれほど好感触を持ってくれるとは思いませんでした。
失望されないように気張るっス!

ところで、何かお勧めのDS二次創作ってありますか?
時守は片手で数えられるくらいしか知りません…是非教えてください!
「arcadia」の掲示板のSSとか、他は「萌えのみの丘」のSSとかぐらいしか…。


6.干将・莫耶様
カエデの口調がとってもお上手でした(笑)。

そろそろプレイ中でしょうか?
一刻も早くプレイ出来る様に祈っています。

最初はナナシが加わった意味が余りなかったのですが…電波降臨で助かりました。
大河・カエデ・未亜・ベリオの戦闘は次になりました〜。


7.竜神帝様
リリィが報われる形……大河をやりこめるか、自らもブチ切れるしかないと思います(笑)
前話のような中途半端なキレ方では到底足りませぬ。


8.エキス虎様
キャラが掴める…というか、大河って何だかんだ言っても仲間を見捨てないタイプですから。
ノリがいい・仲間を大事に・基本的にバカという3要素を組み合わせてみると、自然と一昔前のスポーツ漫画か青春漫画のように…。
ナナシとカエデに関しては、根がアッパラパーで大河の同類っぽいですから(笑)


9.カットマン様
ああ、アレってやっぱりそっち系の小説だったんですな。
時守も『−倭−僕らの○世記』という小説を買い、そっち系の描写を見て撃沈、あまつさえ続きが気になるんでホモ系だと知りつつも最後まで読んだ事があります。
ちなみにその後、描写にちょっと反応して『俺はそっち系のケでもあるのか〜!?』と悩みました。
おかげでぼぉいずらう"に少々耐性が出来てしまったようで…。

でも貸し出し履歴は悲しいモノがありますね…。


10.なまけもの様
ナニを奪うか…なまけもの様の言う通りですが、正確に言うなら男の沽券、でしょうか?
後ろの初めてだけじゃ済まないかも…。

ぬ、セルは……だって影が薄いし。(酷ッ!)

変態とはしつれーな。
せめて自分の欲求に素直といってあげましょう(笑)
名もない女の子は…どうしよう…いい使い所が出来たら再登場すると思います。
そー言えば、原作の中でも大河君がダリア先生に食われましたな……洒落にならんかも(汗)

ちなみに最遊記は我が妹の趣味です。


11.くろこげ様
楽しんでいただけて幸いです。
笑う以外に……取り敢えずビールジョッキを一気してくださいな。(何故)

世界観は、正直言って穴だらけなのですが…後からいくらでも抜け道を作れるように考えましたから。
それにしても…世界の謎は膨大すぎます。
全く把握しきれない…。


12.どろろん様
冗長……いつかは言われると思っていましたが、遂に来ましたか…。
ネタがですか、それとも一本の長さが、あるいは展開の遅さがですか?
又は描写が?
全部心当たりがありすぎです(涙)
一括表示した時なんて、いちいち読んでいくのがアホらしくなる事もしばしば…。

時守は投稿する時は基本的に40KB以上という原因も忘れた拘りを持っていますから、丁度いい所で切れないのです。
『まぁついでだからここまで』の一言で、10KB以上追加された事も…。
申し訳ありませんが、これが芸風と言う事で一つ勘弁してください。


13.ワイズ様
……(読み返し中)……あ゛、ホントだ。
後で修正しておきます…ご指摘ありがとうございました<m(__)m>
しかし我ながら誤字以前のなんちゅーミスを…。


14.20face様
一応リリィのデレ状態は出来ております。
さて、そこまでどうやって持っていくか…なんとかやって見ます。

学園長からツンデレの気配……あー、しますね。
物凄く漂ってます。
学園長のツンは、大河とそういう関係になっても続きそうです。

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