朝。
大河は寝不足の頭を抱えて部屋を出た。
懐には一晩中相対していた紙切れを忍ばせている。
早朝の冷たい空気に触れて、少しだけ頭がすっきりした。
顔を洗おうと思い、洗面所に向かう。
冷たい水がボーっとした頭と肌に気持ちいい。
昨晩から日が昇る頃にかけて、少々アルコールを摂取したので、軽い酩酊感が残っている。
食堂に行って軽いものでも食べようと、水をかけていた頭を上げた。
「あ、お兄ちゃん!?」
「未亜か?」
振り向いた大河の目に、未亜だけでなくベリオの姿が映った。
いや、ベリオの表情が少々小馬鹿にした様になっているところを見ると、どうやらブラックパピヨンが表にでているらしい。
なぜかブラックパピヨンは大河の姿を見て舌打ちした。
怪訝に思った大河を放っておいて、未亜はブラックパピヨンを引っ張って曲がり角の向こうに消える。
「?」
(ど、どうしましょう?
お兄ちゃん起きちゃってますよ)
(引くしかないわね…何もチャンスは今日だけじゃないんだし、確実に寝首をかけるチャンスを待つのよ。
元々早朝はネックが大きいんだから、今回は素直に諦めなさい。
仮に上手く奇襲をかけられたとしても、大河を骨抜きにするには時間が足りなさすぎるわ。
抵抗できなくなってからじっくり奪うんだろう?
時間がある時に仕掛けるよ)
(…はぁい…)
どうやら昨晩の密談で、大河を搾り取るため夜這いならぬ朝這いをかける算段がついたらしい。
しかし何故か大河は、今日に限って朝一から起きている。
完全な誤算だった。
2人は大河の前に戻ってきた。
ブラックパピヨンはいつも通りのポーカーフェイスだが、未亜は何故か肩を落としている。
「? どうしたんだ未亜?」
「んーん…何でもないよ」
「気にする程の話じゃないさ。
それよりおはよう、大河」
「ああ、おはよう」
ブラックパピヨンは大河に近付いて抱きつき、少し背伸びをして軽く口付ける。
大河も素直にそれに応えた。
しばらくそうしていると、ブラックパピヨンの反応が急に変った。
さっきまでは軽く両腕を大河の背に回し、体を預けて密着していたが、急に赤くなってワタワタ暴れ始める。
ブラックパピヨンが引っ込んで、ベリオが表に出てきたようだ。
一頻り反応を楽しんで、真っ赤になったベリオを開放した。
「おはよう、ベリオ」
「あっ、あのっ、おおおは、おはおはおはようござ、そそそそれでは用事があるので!」
ばひゅーんと音を立てて、ベリオは超特急で去っていった。
残ったのは楽しそうにしている大河と、目の前で愛人さん1号2号のキスを見せ付けられて機嫌がよくない未亜。
しかし毎夜毎夜の秘め事によりそこそこ慣れができているらしく、以前のように速攻で爆発する程ではない。
「相変わらずウブだなー、普段のベリオは」
「そーだね。
どうせ私みたいに慣れきって、恥じらいも忘れたようなお古とは違いますよーだ」
拗ねている未亜に苦笑して、大河は未亜を抱き寄せた。
未亜は少しばかり抵抗したが、それも形ばかりである。
あっさり大河に抱きしめられて、顔を上向けて目を瞑る。
大河は先程のキスよりも少しだけ深く口付けた。
未亜が少しだけ舌を突き出して、大河の唇をノックする。
大河は同じように舌を突き出して、未亜の舌と突付きあった。
しかし場所が場所なので、いつ人が来るか知れたものではない。
早朝なので、こんな時間に起き出してくるのは隣の練の傭兵科くらいのものだが、トイレに起き出してきた女生徒が通りかからないとも限らない。
もし見つかった所で、自分の世界ではありふれた挨拶…ディープな事を除いて国を選べばウソではない…と言って誤魔化してしまえば済む。
しかし気まずくなるのは間違いないので、二人は早めに朝の挨拶を切り上げた。
「おはよう、お兄ちゃん」
「おはよう、未亜…ふぁ」
やけにあくびの多い大河を見て、未亜は怪訝そうな顔をした。
「眠そうだね、お兄ちゃん」
「ああ、昨日は一晩中眠らずにちょっと考え事してたからな」
「……どうせつまらない事か、イタズラの事か、自分が面白そうだと思う事ばっかりでしょ。
さもなきゃ女の子絡みの事ね」
大当たりである。
未亜に言わせると、真面目な考えなんか長くて1時間程度しかできない大河がそんなに長い時間を考え続けるなど、その位しか思えないと言う事になる。
あっさり見透かされた大河は心外そうな顔をしたが、特に反論はしなかった。
「さ、それよりも早くご飯食べに行こうよ。
折角早起きしたんだし、たまには空いてる食堂で食べたいな」
リリィは廊下を歩いている。
起きたら普段通りに朝食を食べて、普段通りに教室へ向かう。
しかし普段と違う事が一つだけ。
後ろからついてくる、救世主クラスの新入りの事だ。
(ヒイラギ・カエデ……ええと、確か彼女の世界では苗字が先に来るから、カエデが名前よね。
未亜もそうだけど、紛らわしい…。
……確かに異世界に来たんだから、見るもの全てが珍しいのはよくわかるわ。
私だって、最初は似たような態度だったもの。
……でも…これはちょっと行き過ぎじゃない?)
「リリィ殿、あれはなんでござるか?
あれは?
あっちの柱は?
そこの石は?」
「あれはただの鐘で、あの建物は礼拝堂!
あっちの柱はただの煙突、そこの石は単なる記念碑よ!
いいからじっとしてなさい!」
昨日のカエデは見るからに物騒で、冷たい殺気を放っていた。
それが何故か、一夜明けるとクールなクノイチ…未亜から教わった言葉だ…から、知らない所に連れてこられた犬のように、何にでも興味を示すコメディ調のパンピーに変化している。
フレンドリーなのはいい。
だが昨日の落ち着いた態度はどこに行ったのか。
多重人格にでもなっているのかと思ったが、そう言う訳でもないらしい。
昨日の大河との戦闘を見て強力な救世主候補生だということは解かっていたが、大河のように何をしでかすか解らないムチャクチャさがない分、付き合いやすい相手だと思っていた。
(それがこれじゃあね……大河とはまた別の意味で疲れるわ)
一応クラスメートだし、教室まで案内しようと思って声をかけたのだが、失敗だったかもしれない。
目を輝かせてあちこち見回しているカエデを見て溜息をつく。
それを見て、カエデは周囲を見回すのをやめて心配そうにリリィを見た。
「どうしたでござるか?
リリィ殿、調子が悪いのなら素直に休んだほうがいいでござるよ」
「……あのねぇ…昨日の態度は一体何だったのよ!
あの冷静沈着で、その趣味の人達が見たら『お姉様〜』とか呼ばれそうな、ちょっとデンジャラスだけどあのクールで大人っぽい態度は一体何だったの!?
そもそもござるって何よ!?
昨日はそんな語尾ついてなかったわよ!」
「ネコならぬトラの皮被ってただけでござる」
満面の笑みで言い切るカエデ。
リリィは思わずよろめいた。
強力なライバルになると気を引き締めたのに、その翌日から色んな物を崩壊させてくれるわ、良心の呵責を一片も感じていないわ、挙句好奇心の赴くまま行動するわ……確かにコイツは大河の言うとおり、コメディタッチの人間だ。
ともあれ、コイツを放置しておくわけにもいかない。
授業は初めてなのだから教室まで連れて行ってやらねばならないし、迷子にでもなられたら救世主クラスの恥だ。
そもそも大河が出てきたあたりから、救世主クラスの威厳とか風聞とかが物凄い勢いで崩壊していっている気がする。
なんとか被害を最小限に食い止めようと、リリィはカエデを睨み付けた。
「ネコの皮でもトラの皮でもナマケモノの皮でもいいから、その子供みたいな態度を何とかしなさい!
救世主候補生はアヴァター全土の希望、フローリア学園においては全ての生徒の模範となる立場にあるのよ!
約一名とんでもないのが混じってるけど、これ以上恥をさらすのはゴメンだわ!
昨日みたいに格好つけてなさい!」
「む、それはイカンでござるよリリィ殿。
拙者も最初は格好をつけて押し切ろうと思っていたでござるが、昨晩師匠に諭されて目が覚めたでござる!
力量を弁えず、または自分の性質を無理に誤魔化して周囲に格好を付けていても、それは自分だけでなく周りを破滅に巻き込む最悪の行為であると。
己が心の命ずるまま、良心と欲求を両立させてこそ真に格好がいいのでござるよ!
故に、昨日のように無理に感情を押し殺して格好をつける気はござらん」
「師匠?」
「大河殿でござる!」
(あっ…あんのバカタリャあああああああぁぁ!
またお前かああああぁぁぁ!)
リリィの胸中に炎が燃え上がった。
どうしてあの暴走ノータリンは自分に心労をかけるのだろうか。
相性が徹底的に悪いのか、それとも何者かの意思でも働いているのか。
(とりあえず……授業が終わったら燃やす!
いや、アフロはもうやったから、全開のヴォルテックスでちりぢりパーマにしてやるわ!)
「リリィ殿、あれは…」
「いいから黙ってなさ…ぶふっ!?」
カエデが指差した先には……何故かアフロのカツラをつけている石像があった。
プレゼント バイ ブラックパピヨンと落書きされている。
しかしどう見てもダリアの文字だ。
どうやら昨日のカエデ戦後に食らった魔法でアフロと化した髪を押し付けたらしい。
リリィは現物を見ていなかったが、夕食時に大河を指差して大笑いした時に聞かされた覚えがある。
ダリアがアフロになってもピンピンしていたと聞き、ああやっぱりなと納得したものだ。
(あれ、待てよ…と言うことは、ダリア先生はカツラを…?
で、でも女性は禿げにくいハズだし、けどダリア先生なら普段から意味もなくカツラを被ってても全く違和感が…。
いやいや、前に酔っ払った誰かがダリア先生の髪を思いっきり引っ張った事があったけど、やっぱり地毛だったし。
じゃあこれは一体…?
………ダメダメ、何か怖い想像になりそう…)
ちなみにダリアの髪を引っ張ったバカモノは数日間姿を見せなかった。
そこまで考えた時、カエデがリリィを強引に引っ張った!
反射的に抗議の声を上げようとするリリィ。
「ちょっ、なにを「危ないでござる!」え?」
スカン
石像に、何処からともなく飛んできた刃物が突き立った。
火薬でも塗ってあったのか、何故かアフロが燃え上がる。
リリィは顔を蒼褪めて周囲を見回した。
ヘタな詮索は死を招く。
リリィはさっさと教室に行って篭城を決め込む事にした。
「ほ、ほら行くわよ!」
「え?
しかし、誰が投げたのか調べるとか追跡するとか…」
「いいのよ!
この学園では割と常識の部類に入るわ!
そんな事よりさっさと教室に行くわよ!」
「常識なのでござるか!?
あなどれないでござる…」
思いっきり信じているカエデ。
大河が現れてからは割りとウソではなくなってきている。
……大河が現れる前も、表面化していなかっただけで結構あったのだが。
例えば、誰かがダリアやミュリエルのサボリや不正書類を探ろうとした時、その他セルが覗きをした時に。
リリィは全てに耳を塞いで、教室への道を駆け抜けた。
「っつーわけだから、できれば昼までには揃えてほしいんだが…」
「ああ、その位なら朝飯前…というか昼飯前に確保できるぜ。
研究科辺りに行けば、その手のものは高級品から廃棄寸前の安物までゴロゴロ転がってるはずだ。
じゃ、報酬の幻影石は後で渡せよ」
学園の廊下で、大河がセルに何かを頼んでいる。
何やら危険な気配がするが、関わろうとする者は極めて少ない。
大河もセルも人懐っこい性格なので友人は多いのだが、その殆どが表沙汰に出来ないような繋がりだったり、はたまた単に悪巧みする2人に近づくまいと距離をとっている危険に敏感な生徒だったりして、2人が邪悪な顔やにこやかな表情で笑っている時には誰も近づかない。
近づけるのはダリアのような弾力のありすぎる神経を持っている人種か、彼らが何をしようと自分の身を守る自信がある実力者ぐらいである。
前者は殆どおらず、後者はもっと少ないのは言うまでもない。
セルと大河は話が済んだのか、そのまま別れて別々の教室に向かって行った。
「およ?
あれはリリィ・シアフィール「どきなさいッ!」おおっ!?」
「待つでござるよリリィ殿〜」
何やらリリィがセルの横を疾走行った。
常に落ち着いて…冷静にという訳ではない…余裕を見せている、優等生の彼女にしては珍しい。
その後ろを見慣れない格好の女性が駆けていく。
2人して結構なスピードである。
「何だありゃあ……」
呆然とセルは見送って、頭を掻き掻き踵を反した。
きーんこーんかーんこーん…
授業終了のベルがなる。
この鐘の音は、どこの世界でも同じなのだろうか?
鐘の音はどうか知らないが、少なくとも生徒はどこでも同じらしい。
さあ昼休みだと食堂に殺到する者、食事は後回しにして午後の授業の準備に入る者、様々である。
その中で、勝手がわからない新入りが一人。
言わずもがなカエデである。
故郷にはこのような学校はなかったので、学食がどうの昼休みがどうのと言われても、『ああ、アレの事か』とピンと来ない。
現にチャイムで授業が始まり終わる事や、昼には何処に食事をしに行くのかさっぱり分かっていない。
しかしながら、彼女はそんな事は気にしない。
子犬のように、師と仰ぐ大河を探す。
キョロキョロ落ち着きなく視線を動かす姿は、何となく頭を撫でたくなるような愛嬌に満ちていた。
これでは昨日のようなクールな態度を演じようとしても、あっさり地が出るのは簡単に予測できる。
大河を発見した彼女は、それこそ飼い主か親に駆け寄る子犬そのものの表情で駆け寄った。
「師匠〜!」
「この馬鹿弟子がぁっ!……て、カエデさん?」
つい反射的に叫んだ未亜は、駆け寄ってくるカエデを見て目を丸くした。
師匠などと呼ばれる覚えは未亜にはない。
ベリオは昨日はずっと自分と一緒にいたので、やはり彼女でもない。
リリィは既に姿を消した。
リコは興味ないと言わんばかりに食堂へ向かう。
となると、残ったのは最後の一人。
「お兄ちゃん…何で師匠?」
「なんかノリでそうなった。
別に不都合はないだろ?」
大いにある。
大河に近づく女性が増えるという事もそうだが、何より大河は一体何を教え込むつもりか。
ヘタをすると救世主クラスの爆弾2号が出来てしまう。
シノビらしいので火薬の扱いもお手の物だろう。
それよりも、昨日とは全く違う態度が気にかかる。
一体何があったのだろうか。
そう言えば、大河は何やら寝不足だ。
普段なら授業を聞かずに、何やらノートに訳の分からない数式やら文字やらを書きまくっているのに、今日は完全に爆睡していた。
未亜に疑念が生まれる。
しかしそれを確かめる前に、大河は既に冷や汗ダラダラだった。
「アノー…ベリオサン、セナカニツキツケタユーフォニアはイッタイ?」
「ケダモノにはそろそろ本格的なお仕置きが必要だと思いまして…。
なんですね、できれば蹴り上げてあげたいのですけど、もし使い物にならなくなったら私達も困りますし」
「ど、何処を蹴り上げるおつもりで!?」
「さぁ? クスクス…」
最近未亜に近付いたと言うべきか、それともブラックパピヨンと混じりだしていると言うべきか。
段々過激かつ欲望に素直になり始めているベリオだった。
「師匠〜?
どうしたのでござるか〜?
早く特訓しに行きたいでござる〜!」
「ちょ、ちょっと待ってろ!」
「…特訓?」
如何わしい行為を思い浮かべ、威圧感が増した2人に向き直る。
何とか釈明しなければ、大河は今日一日は動けなくなってしまう。
「エッチい事じゃない!
今回はマジで特訓なんだよ!」
「「信用されるとでも?」」
「うう…」
ざっくばらんに切り捨てられた。
大河も多少は役得を狙っていたので、強く言い返せない。
棚に上げる事はできるのだが、流石に関係を持っている少女達にウソをつくのは多少の罪悪感が残る。
しかしそんな事を言っている場合ではない。
「そもそも昨日何があったんです?
カエデさんを保健室に連れて行って、その後大河君と会ったのですか?
まさか、既に指導と称して…」
「待て待て待てぃ!
指導は指導だが、そっち系じゃない!
今回はピンクじゃなくてむしろレッドだ!
燃え上がる熱血の赤なんだよ!」
「…未亜さん、大河君は何と言っているのですか?」
「なんか弱点克服だか必殺技会得だかの、ヒミツ特訓をやるって言ってます」
さすがは未亜。
付き合いの長さは伊達ではない。
大河がその手のシチュエーションが大好きだという事も知っていた。
レトロなシチュエーションに放り込むと、勝手に燃え上がるのである。
『友情』とか『強敵と書いて友』なども大好きだ。
本人は隠しているつもりらしいが、近しい人間にはバレバレだ。
『師匠』なんぞと呼ばれたからには、きっと古臭い特訓を幾つもやる気だろう。
それがカエデにとって幸せな事かどうかは別として……。
何にせよ、今回は浮気の心配はなさそうだ。
夜になったら分からないが、多分日が落ちるまでは真面目にやるだろう。
そして夕日をバックに、『師匠〜!』『よくやった我が弟子よぉ〜!』とか言って抱き合うのだ。
少々妬けるが、シチュエーションがシチュエーションだけに怒る気にもなれない。
むしろそれはそれで見物である。
「ベリオさん、とりあえずは大丈夫そうです。
夕方辺りになったら危ないかもしれませんから、その時に改めて探しましょう」
「そうですか?
……まぁ、未亜さんがそう仰るのなら…。
では、昨日の計画をより綿密にするため、作戦会議といきましょう。
大河君、それでは」
「それじゃあね、お兄ちゃん」
「ああ…」
未亜達を見送った後、大河はどっと疲れを覚えて崩れ落ちた。
待ちきれずにウズウズしていたカエデが、大河の手をとって急かす。
「師匠、早く行くでござるよ〜!」
「わかったわかった…。
ふぅ、何とか助かったな…」
カエデに腕を引かれて、大河は外に出て行った。
墓地。
何時ぞやのゾンビ娘が住んでいたと思われる場所に大河はやって来た。
勿論カエデもついてきている。
暗闇や雰囲気を恐れるでもなく、カエデは楽しそうだ。
「ここで特訓するのでござるか?」
「いや、ちょっと人員をな……おーい、ナナシー!」
………タッタッタッタッタッタッタ
「はぁ〜い☆」
大河の呼びかけに答えて、ゾンビ少女改めナナシが現れた。
満面の笑みを浮かべ、何やら包帯もおニューになっている。
カエデはナナシを見て首を傾げた。
「師匠?
その子は……何やら普通とは少々違う気配がするのでござるが」
「はぁい、ナナシはゾンビだからですの〜♪
あら、昨日倒れていた人ですの〜。
大丈夫でしたの〜?」
「昨日?」
「ああ、実はな…」
カエデが血を見て大騒ぎし、気を失った後。
途方に暮れる大河の横で、ガサリと茂みが動いた。
さてはまだ幽霊が残っていたかと身構える大河。
しかし、そこから顔を出したのは幽霊ではなく見覚えのある人物だった。
「あら?
ダーリンですの」
「……ゾンビ娘…」
遠慮なく叩き切れる分、幽霊の方が組し易かったかもしれない。
また墓穴に云々を言われるのかと思ったが、幸いな事に彼女の注意は他を向いていた。
「ダーリン、この辺りにお友達はいなかったですの?」
「お友達?
ゾンビの友達っつーと…微生物とか?」
「そんなに小さかったら、お話できないですの〜。
そうじゃなくて、オバケさんたちですの。
こう、体が透けてて、宙をふよふよ飛んでて、時々ダマちゃんと一緒にいるですの。
あと、笛の演奏がとっても上手いですの〜。
一人での登場シーンは、いつもそれを吹いてるですの」
どうやらアヴァターの幽霊は、自分で演出しているらしい。
見上げた根性である。
大河はちょっとヤバイかな、と思った。
そのお友達なら、先程自分とカエデが片っ端から切り払ってしまった。
消滅したのか成仏したのかと言われると判断に困るが、彼女の友人を遠くに送ってしまった事には変わりない。
言ったら恨まれるだろうか?
見た目が美少女で、尚且つ中身も多少問題有りながら良い娘なのは間違いないので、恨まれると正直ちょっと堪える。
「そのお友達がどうかしたのか?」
「さっきお散歩してたら、さようならって声が届いたんですの。
とっても苦しんでて、成仏も出来なかったお友達でしたの。
私は一緒に遊んであげる事しかできなかったですの……。
でも、誰かが成仏させてくれたみたいですの!
その人に、一言お礼を言いたいんですの〜♪」
「そ、そういうもんか?
成仏したのはいいけど、もう会えなくなっちゃって恨んだりとかは…」
成仏したと聞いて大河は一安心した。
相手が幽霊と言えど、死してなお苦しんでいる者に追い討ちをかけたとすれば、幾ら何でも気分が悪い。
気を取り直して大河はゾンビ娘に聞いたが、返ってきた返答は実にあっさりしたものだった。
「ダーリンわかってないですの。
私達は幽霊、オバケですのよ?
成仏したいのに出来なかったオバケが成仏できたんですの。
とーっても嬉しい事ですの!
元々死んでるから、本当は会えない筈の相手でしたの。
いつ会えなくなっても、文句は言えないですの。
会えただけでもめっけものですの〜。
無理矢理成仏させられたり除霊されたりしたら恨むオバケもいますけど〜。
結果オーライですの。
基本的にオバケは暢気で細かい事を気にしないんですの」
「そーなのか?」
「そーですの。
ダーリン、それで成仏させてくれたのは何方ですの〜?
ひょっとしてダーリンが?」
「おう、何かよく解らん内に、なんだ、こう、成り行きでな」
「きゃう〜ん☆
ダーリンやっぱり凄いですの〜♪
これはもう運命に決定ですの〜!」
恨まれる心配もなくなったので、あっさり白状する大河。
現金といえば現金である。
ゾンビ少女ははしゃいでいる。
しかし、その目が地面に倒れているカエデに止まった。
「ダーリン、この方は何方ですの?」
「ああ、さっき幽霊を成仏させるのを手伝ってくれてな。
ちょっと疲れて寝てるんだよ」
「こんな所で寝ちゃったら風邪を引くですの。
ダーリン、どこか暖かい所に連れて行ってあげるですの〜」
ゾンビ少女はカエデを持ち上げようとした。
しかし力が足りず、あっさりバランスを崩してこけてしまう。
下敷きになったゾンビ少女の頭が転がる。
「あたま、あたま、あたま…」
「ごろごろごろごろ」
何故か頭と体の両方から声が出ていた。
大河は転がる頭を拾ってやると、取り敢えず首の上に載せてやる。
リアルな重さと冷たさがとてもイヤだった。
「ダーリン、お友達の事といい、返す返すお世話になりますの」
「いいよ。
それよりカエデを運ぶから、そっちを持ってくれ。
今度はこけないようにな」
「はい☆」
大河は上半身を支え、ゾンビ少女は足を持った。
そのまま寮に向かって走っていく。
意外とゾンビ少女は力強い。
『体力の限界?ナニソレ?』といった按配で、大河のペースにもついてくる。
それほどスピードは出していなかったが、彼女のそう長くないコンパスを基準に考えると十分俊足といえる。
そのまま2人はカエデを大河の部屋まで持ってきた。
「どうしてダーリンの部屋に連れてくるんですの?
送り狼どころじゃないですの」
「ひ、人聞きの悪い事を…。
コイツは俺のクラスメートなんだが、新入りでな。
今日来たばかりで、まだ部屋が決まってないんだ。
寮長のベリオは何やら未亜と話し込んでるし……」
「そうなんですの。
……ところでダーリーン、お願いがあるんですの〜」
納得したゾンビ少女は、大河に体を摺り寄せた。
柔らかい感触が体に伝わり、思わず大河はニヤケそうになる。
…ただし冷たい感触も伝わってきたので、少々唇の端が引き攣っていた。
なかなか複雑な表情になっている。
「な、なんだ?
カエデを運ぶ手伝いもしてもらったし、一緒に墓穴に入ろうとか言うんじゃなければ聞くぞ」
「きゃうん♪
それはそれで嬉しいですけどぉ、やっぱり手順を踏みたいですの。
デートしたり、同居と同棲の間を揺れ動いたり、初々しいキスや、緊張しまくりの初えっち…。
ああっ、考えただけでも止まったはずの心臓がドキドキ跳ね上がるですの〜♪」
「…そ、それでお願いって?」
突っ込みたかったが、大河としてもそれ程の抵抗はないため何も言わない。
未亜さえ…ベリオとブラックパピヨンも…了承してくれるのなら、きっと大した躊躇いもなく実践しているだろう。
ちょっと冷たいかもしれないが、きっと夏には丁度いい抱き枕になる。
「はっ、そうでしたの。
ダーリン、実は……名前で呼んでほしいんですの!」
「名前?
そんな事でいいのか?」
「いいんですの〜♪
一番最初のステップアップですの♪
ここから2人の愛は育まれるんですの〜。
他にも、出来れば時間の空いている時に、一緒に遊びに行きたいですの」
もっと厄介な問題を押し付けられるのかと思っていたが、大河は拍子抜けした。
それでいいのなら呼んでやろう、とあっさり決める。
呼び名如きでは、未亜の妬き餅とて発動するまい。
…ダーリンと呼ばれているのを聞かれたらちょっと分からないが。
「え、えーと…それじゃあ…」
「(わくわく)」
「……………」
「(わくわくわくわく)」
「…………えーと…」
「(わくわくわくわくわくわくわくわく)」
期待を全身に漲らせている。
多少恥ずかしいながら期待に沿えようとした大河だが、何を悩んでいるのか中々切り出せない。
とうとう頭に指でのの字を書き始めた。
「……あのさ……」
「はい?」
「お前の名前なんだっけ」
「それは私にも分からないですの」
2人の間に沈黙が舞い降りた。
大河は能面のような表情で固まり、ゾンビ少女は素晴らしい笑顔に期待を込めまくって待っている。
しばらく経過。
「そんなんじゃ呼べるわけねーだろが!」
「そこをどうにかするのが、愛の力ですの〜」
「無茶言うんじゃねー!」
「……あ、思い出したですの!
私の名前は、スイソー・ヘリーム・リジューム・ネオン・アーゴン・キセノン・ナトリ「そりゃ元素の名前だろーが!」……そうなんですの?
ダーリン物知りですの〜」
どうやら何の脈絡もなく思い浮かんだ名前を適当にもじって並べてみたらしい。
そもそもジュゲムじゃあるまいし、そんな長い名前を一々呼んでいられない。
「あーもう、愛の力でも何でもナナシの権兵衛さんを呼べるかいっ!」
「……ナナ…シ?」
「何だ?」
驚いたように立っているゾンビ少女。
かと思うと、急に満面の笑みを浮かべて大河に抱きついた。
「おわっ!?
柔らかっ!
でも冷たッ!
お、俺は一体どうすれば!?」
「ダーリン、嬉しいですの〜!
ナナシ、ですの!
私の名前ですの〜♪」
「ば、バカ、そういう意味じゃねーっ!」
「じゃあ、何ですの?」
「……まぁ、気に入ってるなら別に構わんが」
「じゃあやっぱり私はナナシですの!」
そう言って、大河にグリグリ頭を押し付ける。
大河は冷たさによる反射行動と、柔らかさによる欲求の板挟みになってえらい事になっていた。
一頻り甘えてゾンビ少女改めナナシは満足したのか、大河から離れる。
名残惜しんでしまうのは、大河もナナシも同じである。
「それじゃあ、ナナシはそろそろお暇するですの。
ダーリン、襲っちゃだめですの〜」
「襲わんわい。
そんな事やったら、色々と後が危険だろうが」
「はーい。
それじゃ、お休みなさいですの〜」
ナナシはスキップして部屋を出て行った。
後に残ったのは、大騒ぎにもかかわらず安眠?を貪るカエデと、妙に疲れた大河だけ…。
「っつー事があってな」
「そうだったのでござるか。
ナナシ殿、昨晩はお世話になったようでかたじけないでござる」
「いいんですの〜。
困った時はお互い様ですの」
頭を下げるカエデと、見るからに人のいい笑顔のナナシ。
ナナシは大河に向き直った。
「それでそれで、ダーリン遊びに来てくれたんですの?
昨日のお願い、聞いてくれるんですの〜!?」
「ああ、ちょっと事情があって遊びに行くってワケにはいかないけどな。
手が足りないんで、ちょっと手伝ってほしいんだけど」
「デートじゃないのは残念ですけど、ダーリンのためならドンと来いですの!」
ドン、と自分の胸を叩くナナシ。
衝撃で頭が落ちた。
「あたま、あたま…」
「はい、ナナシ殿」
「ありがとうございますの」
カエデは足元に転がってきたナナシの頭を拾い上げた。
血が出てなければ死体でもどうって事ないらしい。
恐らく首化粧とかもシノビの教育に含まれていたのだろう。
しばし文化間の差異に悩む大河。
結局流す事にしたようだ。
「それじゃ、ちょっと出かけようか。
とりあえず校門まで行って、そこで今日の予定を説明するから」
「は〜い」
「わかったでござる」
カエデはナナシが気に入ったらしい。
据わりの悪いナナシの頭を抑たり、逆に手にとってお手玉をしている。
絶叫マシーンのような感覚らしく、楽しげに笑っている。
とりあえず大河は、人通りの多い場所に出る前にやめさせようと決めた。
「それでは番号!」
「1!」
「100ですの!」
「よし全員居るな!」
フローリア学園の正門前。
何やらダイレクトに人数のサバを読んでいるのはスルーして、大河は満足そうに頷いた。
「それではこれより、カエデの弱点克服のための特訓…いやむしろ修行を行う!」
「よろしくお願いするでござるよ、師匠、ナナシ殿!」
「おっまかせですの〜」
カエデと大河の目に、暑苦しい炎が燃え上がった。
修行の一言が、2人の魂に火をつけたらしい。
ナナシは何故2人がそんなに燃えているのか理解できず、単に『何だかあったかいですの』ぐらいにしか考えていない。
大河が懐から紙を取り出した。
カエデの目の前に突きつける。
「これが修行メニューだ!
わざわざ徹夜して書き上げた嗜好(誤字に非ず)の一品!
目玉かっぽじってよーく見やがれ!」
「おおっ!」
「ハイですの!……ダーリン、何で止めるですの?」
本当に目玉を穿り出そうとするナナシを止めて、紙をカエデに渡す。
暫く読んでいたが、カエデの顔がどんどん赤くなる。
「し、ししし師匠、この『くの一淫法帳』というのは…」
「知らん。
今朝改めて見直したら書いてあった」
「でででは、この『てなもんや忍法帳』とは?」
「? さぁ…徹夜して書いたけど、左脳が寝てたし…」
「じゃあダーリン、これ何ですの?」
「どれどれ……ブラッディマリーを一気飲み?
…素直にトマトジュースでも飲ませりゃいいものを…」
「書いたのはダーリンですの」
他にもあるわあるわ、ロクでもないと言うより意味不明な事が山ほど書かれている。
何せ書いた本人ですら、その意図を予測できないのだ。
さすがのカエデも、多少の不安を感じてきた。
「師匠…本当にこれをやるんでござるか〜?」
「寝ないで考えたんだよ〜!
……強かに酔ってたけどな」
「やっぱりー!」
まず大河達は食堂にやって来た。
無論食事を取るためと、大河の用事があったからだ。
食堂に入った大河は、あちこち見回して誰かを探す。
「おーい大河!
こっちだこっち!」
食堂の奥から、聞きなれた声がかけられた。
いわずと知れたセルである。
何やら大きなバッグを携えている。
カエデとナナシを引き連れて近寄っていく大河。
セルは自分の知らない(可愛い)女の子の出現に目を剥いた。
「セル、頼んだものは揃ったか?」
「あ、ああ…全部この中に入ってる。
それより…」
「ほれ、約束の幻影石『幻の女優・姉妹で触手を奴隷』だ。
あまりにも過激かつぶっ飛んだ設定、そしてどこぞの秘境に生息すると言われるモンスターを使った撮影。
その危険性と魔物保護団体からの圧力により製作を打ち切られ、途中までとはいえ録画されていた幻影石も闇の中に消えたという、幻の一品。
この前闇市でモヘ…ゲホゲホ、とにかく報酬は渡したからな」
「こ、これが!
…って、それは置いといてだ。
そっちの女の子達は…」
大河から手渡された怪しい幻影石を懐にしまいながら、セルの目はカエデとナナシに釘付けだ。
2人は揃って頭を下げた。
「ヒイラギ・カエデでござる!
昨日召喚された救世主候補生でござるよ。
師匠のご学友でござるか?」
「セルビウム・ボルト、傭兵科でっす!
大河とは魂の友情で結ばれた間柄!
いやぁ〜、こんな可愛い女の子達ばっかりだなんて、救世主クラスはいいなぁ〜。
それで、そっちの君は…」
「ナナシはナナシですの〜。
ダーリンのお友達なら、ナナシのお友達ですの。
よろしくですの〜」
「よろしく、ナナシちゃん………だーりん?」
「はい、ダーリンのお友達さんですの?」
セルはピシッと固まって、ぎこちなく大河を振り返る。
大河は聞こえているのかいないのか、セルが持ってきたバッグの中を点検している。
何やら水音がするのが気になるところだ。
セルはギシギシ摩擦音を立てながら、それこそハエが止まりそうなスピードで大河に手を伸ばした。
「を…をい大河…」
「あ? どーしたん……!?」
振り返った大河の目に映ったのは、怒りと恐怖と嫉妬が入り混じった親友の顔。
急にセルの硬直が解け、カエデにも捉えきれない速度で大河の胸倉を掴み上げる。
「テっ、テメー!
ダーリンたぁ一体どういう事だダーリンたぁ!
未亜さんはどうしたんだよ!?
テメェ、二股かける気か!?」
「セ、セル落ち着け!
ナナシとはまだそういう関係じゃない!」
「まだ!?
まだ、だと!?
まさか本気で未亜さんを捨てる気じゃないだろうな!」
「それだけは絶対にない!」
「それじゃ二号さんか!?
どこまで羨ましい事すれば気が済むんだテメェはああ!?」
「それが本音か!?」
「いや違う!
羨ましいのも確かだが、それ以上に言いたい事がある!
本音を言うと、せめて俺のいない世界でやってくれ!
お前が浮気したなんて事を知られたら、絶対に俺にまでとばっちりが来るだろーが!
そもそもお前というヤツは、未亜さんだけでは飽き足らず、寮長とだって最近いいカンジだし、それに加えて昨日の……昨日の…昨日?」
「おい、どーした?」
「いや、昨日の昼頃にとっても可愛い誰かに会ったような気が…」
(コイツ……中途半端に記憶が飛んでやがる)
リリィが後頭部に叩き込んだヴォルテックスは、セルの記憶を半分くらい奪ったようだ。
思い出してソッチの趣味に走られると、友人として後味が悪いやら罪悪感がいっぱいやら、むしろ誇らしいやら。
とりあえず思い出す前に、なんとかして話を逸らさねばならない。
「で、とばっちりが何だって?」
「そうだった!
お前だって未亜さんが怒ったらどれほど怖いか、俺以上に知ってるだろうが!
浮気云々はさて置くとしても、何を考えてそんな無謀な事やってんだ!?
む、さては未亜さんを筆頭にしたハーレムを造ろうと?
漢として尊敬するが、そうなったら俺は全人類の過半数の代表として貴様を止める!」
どうやら浮気云々に関する事よりも、嫉妬して怒り狂った未亜の八つ当たりの標的になるほうが恐ろしいらしい。
浮気が発覚して未亜が泣くのも許せないが、自分の生命の危機も見過ごせない。
暴れるセルに、背後からカエデが近寄った。
「ご学友のようでござるが、師匠に危害を加えるのなら止めるのが我が務め。
セル殿、御免!」
「お゛う゛っ!?」
セルは首筋に正体不明の一撃を喰らって崩れ落ちた。
…が、あっさり立ち上がる。
また暴れだすかと思われたが、何故かセルは静かなものだった。
「…カエデ、なんかセルの様子がおかしいんだが」
「なに、ちょっと鎮静剤を塗った針を打ち込んだだけでござる。
適量ならば、後遺症はないでござるよ」
「…多すぎた場合は?」
「暫く使い物にならないほど呆けて、最悪の場合時々意識が飛ぶようになるでござる。
その場合は血が引いて顔色が青くなり、白目を剥いて顔中の筋肉が弛緩するのですぐ解るでござるよ」
「じゃあコイツは?」
セルの目玉は裏返り、顔色は紫で、あまつさえ顔の原型を留めないほどに脱力していた。
カエデはセルを見て目をパチクリさせ、打ち込んだ針をしげしげと見る。
「…クスリは適量でござったが、どうやら塗り方に問題があったようでござるな。
おそらく先端に濃縮されていたので、結果として過量の薬品を流し込んでしまったでござる。
考えてみれば、クスリを使うのは殺すためだけだったので、細かい加減は教えられていないでござるよ。 テヘ」
「「テヘじゃねーーーっ!」」
「って、セル復活したのか!?」
叫びと同時に、あっさりセルは復活した。
血色はすでに元通り、目は焦点を結んでいる。
ただし何故か顔の筋肉だけは戻らず、はっきり言って間の抜けた顔になっていた。
「おいおい、ギャグキャラを舐めんじゃねーぞ?
シリアスキャラとギャグキャラが戦ったら、ギャグキャラは勝てなくても、8割以上の場合負けてないんだからな!
…試合形式じゃなくて、命がけの実戦に限定したらの話だが」
「ホントですの。
ナナシもギャグキャラだから死なないですの。
もう死んでるけど」
並んで笑い声をあげるセルとナナシ。
素晴らしいほど笑顔が似通っている。
脳の単純さではいい勝負らしい。
筋肉が弛緩しているはずのセルが笑えたり喋れたりする理由を聞いてはならない。
「はいはい…。
それじゃあセル、俺はそろそろ行くわ。
カエデにちょっとした修行をつけてやらなきゃならんのでな」
「そうか?
俺は午後から筆記試験だから、一応勉強しとくわ。
ヤマ掛けだけどな」
大河はカエデとナナシを連れて、食堂を出て行った。
勿論サンドイッチを買うのも忘れていない。
「師匠、これはなんと言う食べ物でござるか?」
「ダーリン、ナナシはゾンビだから食べなくても平気ですのよ。
便利便利♪
でも食べるですの」
食堂を後にし、大河はまず学園長室までやってきた。
扉に耳をつけると、中から微かに音がする。
ポン……ポン……ポン……
どうやら判子を押している音のようだ。
恐らく書類を片付けているのだろう。
大河は腕を組んで考え込む。
(どうする?
仕事の邪魔しちゃ悪いけど、こっちもそれなりに重要な話だしな…。
別に今じゃなくてもいいんだけど。
とは言え、ここで引いたら今日中に同じチャンスが訪れるかな?
ミュリエル学園長は、あれで結構歩き回ってるし…)
チラリとカエデを見る。
カエデは大河のマネをして、扉に耳をつけて気配を探っていた。
その道の専門なだけに、大河よりもずっと正確に中の状況を察知しているだろう。
その横では、ナナシが首を外して扉にくっつけている。
何をしようとしているのか解らないなりに、マネをしてみようと思ったらしい。
しばし悩んで、大河はカエデに耳打ちをした。
「いいか、カエデ。
この扉の向こうに居るのは、ツンツン魔法使いことリリィ・シアフィールドの義母にしてこの学園の支配者、学園長ミュリエル・シアフィールドだ。
これから学園で暮らすからには、その頭領に話を通しておかねばならん。
修行の前に、まず彼女に顔見せをしてくるのだ」
「おお、なんと礼儀正しい…。
わかったでござる。
ここの礼儀作法は知らぬので多少無礼になるやもしれぬが、行ってくるでござる!
師匠、何か注意する事はないのでござるか?」
「そうだな…注意ってほどじゃないが……」
大河はカエデに何やら吹き込んでいる。
ナナシは扉にくっつくのに飽きたのか、自分の頭を振り回して遊んでいた。
ジェットコースターに乗っているようで面白いらしい。
「では、行ってくるでござる!」
カエデは心持ち緊張して背を伸ばしながら、扉を軽くノックした。
「どなた?」
「救世主クラスに新しく編入したヒイラギ・カエデでござる。
これからお世話になる故、お忙しいとは思いましたが挨拶に参ったでござる」
「ああ、あなたが…入ってちょうだい」
快く迎え入れられて、カエデはホッとした。
しかし本当に緊張するのはこれからだ。
何せ彼女の感覚に合わせて言うと、忍びの里の頭か、スポンサーの大名に直に会って話すようなものだ。
無礼を働けば打ち首獄門、くらいに考えているのかもしれない。
しかしそこはそれ、里でも上位の実力を持ちながらも、血液恐怖症で全く使えないという特異な忍者だったカエデ。
里に居た頃は血液恐怖症対策や説教のため、上忍やさらにその上の方々に呼び出されて、何時間もプレッシャーを掛けられている。
普通ならあっさり落ちこぼれとして放置されるのだろうが、なまじ腕が良かった為に上の忍び達に見込まれていた事が災いしていたらしい。
そんなわけで、カエデにとっては少々緊張するながら、いつもの事なのである。
「し、失礼するでござる…」
扉を開けて部屋に入ると、微笑を浮かべた女性…ミュリエルに出迎えられた。
プレッシャーがない事に少々戸惑ったが、これが普通なのだと言い聞かせた。
「ヒイラギ・カエデさんだったわね。
王立フローリア学園にようこそ。
楽にしていいわ。
…学園には慣れたかしら?」
「あ、いや、かたじけない。
色々と親切にしてくれるお方もおられるので…」
「…あなた、どこの出身かしら?
……いえ、聞いても他の世界の事は知らないから解らないわね。
ごめんなさい」
ミュリエルは聞きなれない言葉遣いに戸惑っているようだ。
少々理解できない単語が混じっている。
しかし世界は広い。
訛りどころか全く知らない言語とて山のようにある。
幾ら彼女が博識と言っても、それはアヴァターの中だけである。
カエデの言葉がわかるだけで十分だろう。
「元の世界でも戦闘訓練を積んでいたようね。
ダリア先生が戦いぶりを絶賛していたわ」
「いや、それがちょっとその…弱点がある故、これからそれを克服するために特訓するでござるよ」
「あら、そうなの?
今の実力に慢心せずに、より高みを目指す事を忘れていないのならなお結構です。
その心を忘れずに、一層努力してください」
「了解したでござる!
……ところで学園長殿、一つ聞きたい事が…」
「何でしょう?」
「“るびなす”というお方に心当たりはござらんか?」
「……どこでその名を?」
ミュリエルの目つきが僅かに変った。
しかしそれに気付いているのかいないのか、カエデは何かおかしな事でも聞いたのかと首を傾げる。
「先程、親切にしてくれているお方……ナナシ殿というのでござるが、何やら自分にとって重大な名前らしいと言うのでござる。
学園を治める学園長殿であれば、学園内にいる生徒ならば名を覚えているのではないかと思ったのでござるが…」
「そう……。
そのナナシさんが言うルビナスかどうかは解らないけど、私が知る限りではルビナスは一人しか居ないわね。
図書館で歴史を調べればわかると思うけど……ルビナスとは、千年前に戦った救世主候補…あなたと同じ、救世主候補生のルビナスです。
…当然、もうとっくに寿命を終えています。
そのナナシさんが言うルビナスかどうかはわかりませんが…参考になりましたか?」
「かたじけないでござる!
ナナシ殿にも伝えてあげるでござるよ!」
「そう、頑張ってね。
それじゃ悪いけど、私はまだ仕事が残っているから」
「お忙しい中、失礼したでござる。
では、御免」
そう言ってカエデは学園長室から出て行った。
後に残ったのは、再び椅子に座って判子を手にしたミュリエル。
書類に目を通しながらも、カエデとの会話を思い出して分析している。
(どこでその名を、か……迂闊だったかもしれないわね。
確かに図書館で調べればルビナスの名前くらいは載っているけど、それは極一部の限られた本だけ。
それこそ持ち出し禁止、門外不出の閲覧するのにも許可が要るような、言わば歴史の闇を記した記録ばかり。
調べた所で見つかるようなものではないわ…。
そもそも、何故彼女はルビナスの名を知っていたのかしら?
彼女が召喚されて、まだ一日程度しか立っていないのに…。
……そのナナシさんとやらが鍵のようね…)
「どうだった?」
「緊張したでござるよ…」
「にゅふふ〜……ダ〜リ〜ン♪」
学園長室から出てきたカエデは、すぐさま音もなく疾走して、すぐ傍の曲がり角に突っ込んだ。
そこには座り込んでいる大河と、その膝に乗って大河に甘えているナナシが居た。
その冷たい感触に複雑な思いをしている大河だが、彼が美女美少女にくっつかれて嫌な顔をするのは難しい。
ちょこっと引き攣って見えるが、基本的にデレーっとしていた。
それを見てカエデは恨めしそうに訴える。
「心臓が止まりそうだったでござるよ〜。
相手はこの学園の長だというのに、腹の底を探るような目に合うとは…。
ああっ、もし間諜のような真似をしているのがばれていたら、きっと拙者は精神を壊されて学園長殿の命令を聞くだけの傀儡となってしまうでござる〜。
拙者がそんな死線を潜り抜けていたというのに、ナナシ殿は師匠の膝の上でネコの如くお昼寝でござるか〜?」
だくだく涙を流しながら、カエデが哀れっぽく訴えた。
それを見て大河はちょっと悪い事をしたような気分になる。
「お前の故郷じゃないんだから、そこまでするかっての。
精々苦笑されるか警戒されるか、説教程度で終わりだよ」
「でもでも、心臓破裂しそうだったでござるよ〜!
食道を通って、空になった肺が空気を求めて上昇してくるかと思ったでござる!
だと言うのに……羨ましい、羨ましい〜!
拙者も師匠の膝の上でゴロゴロするでござるーーー!」
何やらカエデのノリがセルに似てきたような気がする大河だった。
「ああ分かった分かった!
それは今夜辺り、修行が一段落したらやってやるから!
で、首尾は?」
カエデは大河に命じられて、ミュリエルに探りを入れていたのである。
根がへっぽこで根本的に向いていないとはいえ、カエデは仮にも忍者である。
表情の読み合いや腹芸にもそれなりに通じている。
大河が命じたのは、ルビナスに関して質問した場合の反応を見る事。
適当な理由は先に考えておいたので、カエデはそれを繰り返すだけで済んだ。
「ホントでござるな!?
そういう事なら……。
ちゃんと師匠の言った事を聞いてきたでござる。
学園長殿は、“るびなす”殿の事を聞くと、『どこでその名を?』と仰ったでござるよ」
「ふ、ん…。
それから?」
「ええと、ちょっとだけ目が細くなってたでござる。
でも、それがどうしたのでござるか?
“るびなす”殿の事は、図書館に行けば調べられる、との事でござるが…」
「図書館?」
大河は目を閉じて考え込む。
(どこでその名を、か…。
よっぽど動揺したんだな、ミュリエル学園長は…。
図書館で調べられるような名前なら、そんな事は言わない。
どこで誰の会話に出ても、さほど不自然じゃない名前のはずだ。
それが……。
何かしらの秘密を持った名前だな。
学園長にとって、あるいは学園にとって、極めて重要な……多分学園をひっくり返すような秘密がある。
そうでなければ、学園長はそこまで動揺しない。
恐らく学園長個人とも何らかの関係がある……500年以上前の救世主候補生が?
……本当に図書館で調べられるのか?
もし調べられるならそれでよし、調べられなければ……学園長は恐らく地下にある墓地の事を知っている。
やっぱりあの辺りにはなにかあるな…)
「…よし、次は図書館に行くぞ」
「了解でござる!」
「もうちょっとゴロゴロしたいですの〜」
ごねるナナシを引き連れて、大河は図書館に向かった。
図書館前。
「そんでは、これから本格的に修行を始める!」
「応、でござる!」
「楽しみですの〜」
中に入ってから騒ぐと怒られるので、大河達は入り口前に居た。
この中に静かにしていろと言われて、本当に静かにしていられる者は一人もいない。
大河は言わずもがなだし、カエデは隠密性は高いが根本的に大河の同類なので騒がしく、ナナシに至っては素直に大人しくしようとしていても致命的なドジを踏む。
なんとも騒がしいトリオである。
これにブラックパピヨンを加えれば、フローリア学園のお騒がせカルテット。
ダリアでも可だが、アレは基本的に自分から騒動を起こさず、引っ掻き回して遊ぶタイプだ。
大河はセルから貰ったバッグの中をごそごそ探り、中から何冊か本を取り出した。
「そうは言っても血液恐怖症なんぞどーすりゃいいのか解らんので、とにかく慣れと度胸をつける事にした。
他にも色々と用意してあるんだが、まずはコレだ。
カエデ、この本を図書館の中に入って音読するのだ」
「それだけでよいのでござるか?
確かに度胸はつくかもしれぬでござるが…」
「図書館の中で大きな声を出したら、怒られるですのよ?」
口々に言ってくる二人。
実を言うと大河の狙いは、ナナシの言った通り怒られる事にあったりする。
しかしそんな事は億尾にも出さず、カエデに本を押し付ける。
「とにかく行くぞ。
360ページからな。
話はそれからだ」
「? はぁ……」
図書館に入ると、特徴的な冷気が肌を刺した。
クーラーの類を経験した事のないカエデにとって、違和感を覚える冷気である。
しかし涼しいのは気に入ったらしい。
ナナシには寒い涼しい云々の感覚があるのかすら疑問だ。
そもそも薄暗く薄ら寒い地下にいたのだから、図書館のクーラー如きでは常温と大差ないだろう。
奥まで進んでいく三人。
人が多い所に出ると、大河はカエデに目配せした。
それに気付いたカエデが、大河から渡された本を広げる。
多少見慣れない文字も入っているが、カエデのいた世界にもあった字である。
召喚の際に文字や金銭の単位に関する知識は与えられているが、やはりこちらの方が読みやすい。
ナナシも興味深げに本を横から覗き込んでいる。
一応読めない事はないらしい。
しかし所々で首を傾げているのを見ると、やはり文字そのものに慣れていないようだ。
「それでは…。
『な、なにをなさるのです公爵様!?
それでは約束が違います!』
『はて、約束? そのようなものをした覚えはないが』
『夫が逮捕された理由について知っている事を教えてくださると仰りました!ですから私は』
『ふふん、だとしても、それなりに対価というものがあるのではないのかな?』
聡明なるラキア婦人は、私の意図をすぐさま察したようだ。
かあっと顔を赤らめ、きつい目で睨んでくる。
『ふふ…抵抗してもよいのかな?
但し夫の罪は永遠に晴れずじまいとなるが』
『ひ、卑怯者……あんっ』……………はへ?
あ、あの、師匠、これは…?」
「いいから黙って読め。
もとい声を出して文句を言わずに読め。
お前が考えているような本とはちょっと違うから」
そう言われて、カエデは戸惑っている。
ナナシはというと、「酷い伯爵さんですの〜」などと言いながらも、興味津々で覗き込んでいた。
大河に言われて、カエデは戸惑いながらも読み始める。
さすがに恥ずかしいのか、極力感情を消して、単なる作業として読もうとしているようだ。
しかしそれを察して大河が止める。
「こら、登場人物になりきって読まんかい。
そんな読み方で度胸がつくか」
「ううう……。
振り上げた手を、しかし振り下ろす事もできず、婦人はわなわなと硬直している。
『ふふ…ここはこんなに熱くなって、熟れた体を持て余していたのだろう?』
『ああっ、いやぁ……だっ、だめぇ!』
ひぃ〜ん…」
「ここまではどうでもいいから、ここから先は婦人になりきれよ。
絶対に度胸がつくから。
ちょっと別の意味で不安だけど……」
カエデはナナシに視線で助けを求めたが、相変わらず四苦八苦しながらカエデの横から本を読んでいる。
カエデの視線に気付いたのか、チラリと目を上げた時も、「がんばるですの」の一言だけで再び本に集中していった。
半分自棄になり、カエデは役になりきってやろうと決めた。
いざとなったら、その場の勢いで大河を誘惑してみようと思ったのは彼女の秘密だ。
「『そのような事を言いながら、これは何だ?………何…ど、どうした?』
『ふふふふふふふ……伯爵…貴方がいけないのですよ…。貴方が私に妙な下心を抱くから。
いいでしょう、夫以外には使う事はないと思っていましたが…我が家に代々伝わる夜伽の技、お魅せしましょう!』
ページを捲って…と。
それでは続きを。
もう、どーとでもなれでござるよ…。
『さあ!
尻を出しなさい!
望み通り、私に二度と逆らわないように躾けてあげます!』
……………って、はあああぁぁぁぁぁ!?」
「カエデちゃん、早く続きを読んで欲しいですの」
予想外の展開に固まったカエデだが、ナナシに急かされて呆然としたまま読み進める。
衝撃で自我がすっ飛んだのか、カエデは何時の間にやら婦人になりきっていた。
ぱっと見て、雰囲気が異常だ。
ぶっちゃけ怖い。
「『ほら、みっともない声で喚きなさい!
あらあら、血が出るまで叩かれてもまだ誰が主人かわからないようね。
いいでしょう、今度は乗馬鞭で叩いてあげます!』
『も、もう許してくれ…』
『許してくださいませ、でしょう!?
ブタ以下の価値しかないくせに、一丁前に人間の言葉を喋るなんて、思い上がりも甚だしい!
そんな脳はあっても邪魔になるだけですわ。
頭蓋骨に穴を開けて、その辺をうろついているモンスターの脳と取り替えてあげましょう。
流れ出た血は自分で飲むのですよ』
『や、やめてくれ!頼む、夫もすぐに解放するから!』
『人の言葉を喋るなど、身の程知らずもいい所です!』
そう言うと婦人は、私の股間を思い切り蹴り上げた。
筆舌に尽くしがたい衝撃が全身を走り抜ける。
婦人はのたうつ私のイチモツを、ハイヒールで踏みつけた。
しかし後になって思えば、私はこの時微かだが確かな悦びを「いい加減にやめんかぁっ!」……あイタっ!」
「のごわっ!?」
本気でカエデがレッドゾーンを通り越し、デッドゾーンまで突っ込んで行きそうになった時、救世主は舞い降りた……まだ候補生だが。
大河もちょっとは『必要ない度胸がついてきてるんじゃないか』などと思って止めようか悩んでいたのだが、カエデの発する雰囲気が怖くて話しかけられなかったのだ。
ヘタをすると、自分が伯爵の役割を押し付けられそうで。
思いっきり叩かれたが、それでも大河は心中密かにリリィに感謝した。
現に頭を叩かれて音読を中止させられたカエデだが、纏っている雰囲気は変っていない。
「大河!
アンタ新入生に何を吹き込んだのよ!」
「何って、200年くらい前にどこぞの伯爵が書いた自叙伝だが」
「はぁっ!?」
「発行されてから、すぐに王宮から禁止を喰らったらしいけど…。
昨日、クレアからそんな書物がこの辺に転がってるって話を聞いてな。
ちょっとツテを頼って探してみたんだが……。
それより、そこ危ないぞ」
「へ?
うきゃあっ!?
し、新入生、アンタ何のつもりよ!?」
大河に向き合っていたリリィは、背後から羽交い絞めにされた。
無論カエデである。
しかし雰囲気は相変わらず妖しい。
あまつさえ、その手がリリィの敏感な部分にまで及び始めた。
「ちょ、ちょっと何するのよ!
大河、この馬鹿を止めなさい!」
「どうやら本気でなりきっちまってるみたいだな…。
このまま何処まで行くのか見てみたいが、本気で目覚められると俺も危険だしな」
「ナナシも参加するですの〜♪
ダーリン、魅惑のレズビアンショーをお楽しみあれ、ですの」
「つ、冷たぁっ!
な、ナンなのよアンタは!?
さっさとどうにかしろ大河ぁ〜!」
もうちょっと放っておきたかったが、そうするとカエデだけでなくリリィも危険だ。
物理的にも精神的にも、なおかつ本人の貞操も危険だが後になって大河自身も危険だ。
特攻をかけようと足を進めるが、その前にカエデの後ろに影が舞い降りる。
「図書館ではお静かに!」
「お゛お゛ぅ゛!?」
カエデに一切気付かれる事無く、影はカエデの首筋に何かを打ち込んだ。
途端にカエデは静かになる。
リリィはすぐさまカエデから離れ、ナナシを振り払い、大河の背後に隠れる。
本人に言わせると盾にしているらしいが、どう見ても庇護を求めて逃げ込んだようにしか見えない。
リリィを他所に、突如現れてカエデを鎮めた謎の影は嘆息した。
「全く…場所を弁えずに大騒ぎして。
破廉恥な本を読むだけならまだしも、もう少し大人しくできないの?
音読するのは構わないけど、その後暴れだすのはやめてちょうだい。
あ、申し送れたけど、私はこの図書館の司書よ」
「よろしくオネーサマ。
…ところでその針は?」
「ああコレ?
この子が持ってた、なんか鎮静剤っぽい薬が塗ってある針よ。
こっそり懐から借りたの」
司書さんはその場で飛び掛ってみようと思わせるほど美女だったが、それ以前に纏う雰囲気が不気味であった。
強いて言うならミュリエル学園長が憑依したダリア、だろうか。
その手に持っている針も手伝って、迂闊に近寄れない。
仮にもシノビであるカエデに全く気取られずに背後を取り、あまつさえ懐に隠してあった針を抜き取り、更にその針に塗られている液体を看破する。
はっきり言って只者ではない。
ある意味ゼンジー先生と肩を並べるかもしれない。
針を刺されたカエデは、食堂のセルのように弛緩するかと思われたが、そうはならなかった。
「カエデ、お前大丈夫なのか?」
「う〜、何とか…。
仕事柄、毒に対する耐性は鍛えてあるので…」
フラフラしながらも、まぁ何とか立っている。
「しかし師匠、やっぱりコレを続けねばならんでござるか?
確かに度胸はつきそうでござるが、何かこう、致命的というか全く別の方向に何やら支障が出るような…」
「このバカの言う事を鵜呑みにしてると、えらい事になるわよ。
悪い事言わないから、今からでもさっさと逃げなさい。
というか、こんな所でなんて物読ませるのよこのバカ大河。
みんな迷惑してるじゃない」
「そうか?
………それだけには見えないが」
リリィの言う通り、確かに図書館に篭っていた学生達は怯えていた。
主に男は内股になり、顔を青くしてガタガタ震えている。
女性は顔を赤らめ、もうちょっと聞きたいとばかりに耳をダンボにしていた。
そして両者に共通している点が一つ。
そろって興奮している。
顔つきや目が悦っているのだ。
どうやら一同、危険な趣味に目覚めかけているらしい。
ナナシですらも息が荒くなっている。
「…………(汗)」
「な?
多数決で、このまま続行って事で」
「司書さん、何とか言ってやってください!」
「別にいいわよ。
毎日毎日本の整理ばかりで退屈してたの」
あっさり言い切る司書。
最後の希望にまで素気無くされて、リリィはいい加減に実力行使に出る決心を固めだした。
こんな所でブレイズノンなんぞ使えば、本に引火して大火災が起きるだろう。
でもきっとその前に司書さんが針を突き刺す。
「ふむ、リリィがそうまで言うなら仕方ない。
カエデ、こっちに変更だ」
「だから、本の内容の問題じゃなくて…いやそれも問題なんだけど、ここは図書館なの。
静かに本を読むのが常識で、アンタ達の遊び場じゃないのよ」
何とか大河を追っ払おうと説教をするリリィ。
その手には魔力が集まりだしている。
それを見て司書さんも待機中。
その横で、カエデが大河から渡された本を開いている。
「『三蔵、体が、体が熱いんだ!』
『うるせえバカ猿。
今すぐ鎮めてやるからジタバタすんじゃねえ』
そう言うと三蔵は縛った悟空にのしかかり、乱暴に服を引き裂いた。
その手を鍛えられた胸筋に這わせ、強引に股を開かせる。
前戯もしていないのに、悟空は射精しかけていた。
三蔵はお構い無しに、自分を悟空に挿ny「やめろっつってんのよー!」」
ぶしゃあっ!
「うおっ、司書さんが耳血吹いて気絶したぞ!」
カエデの声を掻き消して、リリィの絶叫が響き渡る。
リリィの顔は既に真っ赤になっている。
どうやら想像してしまったらしい。
想像したのはその場に居合わせた女性達も同じらしく、もはや盗み聞き(?)しているのを隠そうともしていない。
それどころか、遮ったリリィに非難の目を向けてくる始末。
今にも飛び掛かろうとする野獣のような迫力だ。
現に攻撃準備をしている者までいる。
その凄まじいプレッシャーに、さっさと逃げていればよかったと後悔するリリィだが、時既に遅し。
最キョウの司書さんが気絶しているのでこの程度ですんでいるが、もし起きていたら問答無用で針を打ち込まれていただろう。
ちなみに男衆は耳を塞いでいるのが5割、気分が悪くなったのが3割、残りの2割は何故か更に呼吸を荒くしていた。
「むう、我侭な……」
(私? 私がヘンなの!? これがこの学園の一般的生徒なの!!??)
「仕方ない、これでどうだ?
カエデ、これでダメなら次に行くぞ」
リリィが悩んでいるのを他所に、大河はどんどん話を進める。
リリィは悩んでいたせいで、大河の行動を阻止できなかった。
カエデは少々名残惜しげに本を取り替える。
ちょっと興味があったらしい。
ナナシは既に鼻血を垂らして気絶していた。
しかしカエデは騒がない。
どうやら流れている血に気付いていないらしい。
「それでは最後に……。
『ふふ……リコ、そんなに苛められるのが嬉しい?』
『リリィお姉様…もっと弄ってく「待て待て待て待て待てぇい!」………女色の方でござったか、リリィ殿」
「ち〜が〜う〜〜〜!
このバカ大河ぁ!
どっからこんな代物持ってきたぁ!?」
「王都の闇市で見つけた。
救世主クラスを題材にした百合モノ同人誌って結構あるみたいだぞ」
「しょ、肖像権の侵害よ!
訴える、いえむしろ消し飛ばしてやるわ!」
怒りと羞恥で顔が赤い。
むしろ赤を通り越して、『血の流れよりも紅き者』ってくらい赤い。
今なら怒りに任せて竜破斬とか撃てるかもしれない。
しかし、それよりも深刻な問題が一つ。
リリィの肩に、後ろから手が置かれた。
振り返って、リリィは硬直する。
濡れた瞳で、見覚えのある女生徒が密着していた。
自分が勉強している向かいで、同じように本を読んでいる女の子だ。
「…リリィお姉様」
「ちょっと待てコラァーーーー!」
「何故です!?
リコさんはよくて、私はダメなんですか!?
リリィお姉様が炉の人だったなんて…」
「アレは単なるどっかのオタクの妄想だっての!
私にそんな趣味はないわ!」
「そんな言い訳までなされて…私は、私はいったいどうすれば…」
ショックを受けたらしい女生徒の肩を、大河が優しく抱いた。
「くじけちゃダメだ…。
君の情熱は、この程度で冷めるほどではなかっただろう!
君の魅力でリリィを更正、いやむしろ炉なリリィをその情愛で丸ごと受け止めるのだ!
何なら俺も助力しよう」
いつの間にやら復活したナナシも。
「ナナシも手伝うですの〜♪
上手くくっついてくれれば、恋敵が減るですの。
そもそもリリー(百合)なのに炉なんておかしいですの」
大河の尻馬に(意識せずに)乗るカエデも。
「リリー?
…ああ、拙者の世界の四刃垂の花の隠語でござるな。
曰く、『聖母様が見てる・年齢制限付』。
及ばずながら拙者も…」
「みんな……そんなに優しくされると…乗り換えてしまいそうですわ。
大河お兄様、可愛い妹のナナシちゃん、そして頼りになる親友(と書いて飼い主と読ませる)のカエデさん…。
そうです!
いざとなったら、リリィお姉様を分け合うというのはどうでしょうか?
受け・責め・ラブ・更にアブノーマルと、皆様大満足できると思うのですが」
「だからヤメロと言っとんのだぁーーーーーーーーー!」
ゼィゼィと肩で息をするリリィ。
一体自分は何をやっているのだろう。
叫びすぎで喉が痛い。
そもそも何がどうなってこんな事になっているのか。
改めて考えるまでもなく、救世主クラス最大の爆弾バカこと当真大河のせいだ。
何の罪もない自分は散々迷惑をかけられおちょくられて、そのくせ当人だけは何時でも安全地帯。
まるで台風の目のように自分一人だけ殆ど被害にあわない。
因果応報という言葉から、最も遠い世界にいるようではないか。
世が無情という事は知っていたが、こんな事で体感しなくてもいいではないか。
心の底で何かが沸々と滾ってくる。
しかし表層はまるで水鏡のように静まり返っていた。
(……そう…そうなのね…これが悟りの境地…。
全てを解き放ってしまえばいいわ。
だって悟っているのだから。
後の事なんて考える理由もないわ。
だって悟りの境地だもの。
そう……私が今すべき事は、唯一つ…)
「そこになおれ大馬鹿者供!
根源と常識からの使者として、アンタ達の脳味噌に鉄槌を下す!
大河、特にアンタには念入りにやってあげる!
すっかり忘れてたけど、朝の計画通りに電撃かましてチリチリパーマにしてやるわああぁぁぁ!」
「怒ったー!」
「師匠、ナナシ殿、逃げるでござる〜!」
「暴力はよくないですの〜」
「ああ、こんな所でリリィお姉様の愛のムチを頂けるなんて!」
「ヴォルテカノンーーーーー!」
結局名も知らぬ女生徒の後頭部に、昨日のセルよろしくリリィがヴォルテカノンを打ち込んで一応の解決を見た。
大河達は、リリィが記憶抹消の作業を終える前にさっさと図書館からトンズラこいていたらしい。
「ところで師匠、最初の本は結局何だったでござるか?」
「どっかの伯爵が夫婦生活を記録した本らしい。
アレが本当にあったのか、それともシチュエーションプレイの一環だったのかは俺も知らん」
やっとこさ未亜編をクリアした時守です。
神にかなり梃子摺りました。
DSのバトルで初めて負けた…。
普通モードであの強さって何ですか?
性能云々以前に、どのタイミングで攻撃入れても殆どガードされます。
一撃入れたらそのまま繋いでゲージの半分から一本奪って強引に勝ちましたが、あんなんどうしろと…。
しかも大河が食われて問答無用で瀕死にされたし。
あの攻撃を『心無い天使』と名づけようと思います。
でも公式HPのBBS見たら、皆さんガードが甘くなっていると言っているんですよねぇ…。
次の投稿はちょっと遅れるかもしれません。
それではレス返しです!
1.ノヴァ様
はじめまして。
楽しんでもらえて光栄です!
大河の隠し玉ですか?
本人が理解しているのが一つ、気付いているけど自分の意思で使えないのが一つ、さらに存在すら知らないのが一つ…。
後はトレイターの変化のバリエーションや組み合わせによる使い方が幾つかですね。
他にも妙な特技やノリによって開花する能力がチラホラとありそうです。
前話のトレイター大剣浄霊機能は気づいているけど使えないに分類されます。
頭から生えた植物はノリで開花したヤツですね(笑)
現状ではこの位の予定です。
かなりのご都合主義になりますが、一応説明というかコジツケは考えて在ります。
2.アクト様
ロケランを使うなら、シェザル辺りにぶつけて銃撃戦をやらせたいです。
「堕ちろカトンボ〜!」とか言って、大火力で周囲ごと吹き飛ばしたら気持ちいでしょうね〜。
やっぱりトレイターにも基本になる形がいくつかあるのではないでしょうか?
そこから派生させるのだと時守は思っていますが、特に根拠はありません。
……銃を出すのはいいけど、どうせだったら人型台風の腕とか聖銃を出したいなぁ…。
月を打ち抜いて、次元に穴を開けるのです。
3.干将・莫耶様
試験ご苦労様です。
そして私の試験結果に向かってご愁傷様です。
もうジャスティスはやっていますか?
完全に1から始めるおつもりですか?
そのままハーレムルートに直行すると、レベル不足でえらい苦労をするのでは…。
申し訳ない、カエデの萌え所をあまり作れませんでした。
トレイターを双剣にですか?
出来ると思いますよ。
爆弾EX攻撃でトレイターが複数になってるし、一度分裂させてから変化させれば出来るんじゃないでしょうか。
ラブひなSSは、幻想砕きが終わらなくても気分転換に書くかもしれません。
一応今は幻想砕きに全力投球と決めていますが。
完結に向けて頑張ります!
4.ケケモコソカメニハ様
破滅の将と一騎打ち…そっちで来ましたか。
一応予想はしてましたが、キツイっすねー。
ご忠告ありがとうございます。
一応謎は明かされるのか…ほっとしました。
早めにやって、情報を整理しておこうと思います。
5.竜神帝様
主人公が鬼畜or絶倫なのは、昨今のエロゲの常識でしょう(笑)
例外は普通のギャルゲや純愛ものばかりなり、と…。
励ましありがとうございます!
6.20face様
クレアもダリアも学園長も、全員まとめてハーレム入りを決めた今日この頃です。
破滅の側の2人も、一応予定に入っています。
でもそこまでハーレムを大きくすると、未亜の扱いが大変難しいんですよね…。
私が読者様の希望を解っているのではありません。
読者様の希望と私の妄想がヒジョーに似通っているのでは?(失礼)
7.k2様
クレアは必ず生き残らせて、かなりいい目(?)を見てもらうつもりです。
一歩間違えればエロエロ地獄に突き落とされて、それに伴い投稿が大幅に遅れたり話が飛び飛びになるかもしれませんが。
ジャスティスは週末ですか…遠いッスね(涙)
8.なまけもの様
家を出る時の演出ですか?
大河の親戚は未亜と大河を虐待とは言わないまでも、厄介者の単なる労働力扱いしていたので、ムカついた大河が家を出る時に『ちょうどいいから』との一言で盛大にやらかしました。
やらかした後、『家がこんなになっている人達に、食い扶持を増やすわけにはいかない』と出任せを言って、さっさと未亜と二人で出てきてしまいました。
労働力をアテにしていた親戚達は大弱りです。
死人は出ていませんが、親戚達のその後はかなり肩身が狭くなっています。
まぁ詳しくは語りませんが、『町のド真ん中で大文字焼き』とだけ言っておきましょう。
放火ではありません(一応)、念のため。
リコが懐いているのは特に理由はありません。
単に頭を撫でられた経験がなく、耐性がなかった為に気に入っただけだと思います
未亜が嫉妬しないのは、リコの姿が小動物にしか見えず、男性としてちょっかいを出しているのではなく、飼い主にジャレているようにしか見えないからです。
実は未亜もちょっと萌えていたりいなかったり。
クレアを調教&開発ですね?
よし言質はとった。
これで冗談抜きに危険な描写をしても、時守のせいでは……冗談です、ハイすみません。