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「幻想砕きの剣 4-3(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2005-07-29 23:07)
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幻想砕きの剣 第4章3節
 コメディ?シリアス?・髪の価値とわ・救世主とわ


 大河を置いて闘技場を出た未亜達は、相変わらず肩を落としているリリィの背中を押して召喚の塔へ向かった。
 何やら闘技場の中から物騒なオーラが放たれている気もするが、確認する気になるような猛者はいない。
 早足に進み、三人は召喚の塔にやって来た。


「大河君はまだ来ませんね」


「やっぱり学園長先生に、お説教されてるんじゃないの?」


「フン、自業自得よ。
 これまでの分も合わせて、丸一週間くらい怒られてればいいんだわ」


 落ち込んだ状態でも、大河の悪口を言うときだけはリリィは元気になるらしい。
 まるでドーピングのようだ。
 すぐにまた肩を落とし何やらブツブツ言っているリリィを見て、未亜は複雑な感情に囚われる。
 それが顔に出ていたのか、ベリオが未亜に心配そうに声をかけた。


「どうしたんです?
 何やら難しい顔をされていますが」


「そう…ですか?
 そんなに大変な事じゃないんですけど……リリィさんとお兄ちゃん、息が合ってたなぁと思って…」


「ええ、そうですね…」


 先程の戦闘では、全員がコンビネーションと言える働きをしてのけたが、その中でもリリィと大河の息はピッタリ合っていた。
 大河が露払いを、ベリオが防壁を、未亜が牽制、リリィが大火力で一気に鎮圧。
 集団戦における基本的な戦闘の流れである。
 リリィは呪文を唱えている間も微妙な移動を繰り返し、大河が背後を気にしないで戦えるように場所を調整していたし、最後の魔法を放った際の離脱・発射のタイミングは見事なものだった。
 まるでお互いが何をしたいのか、漠然とながら理解しているような雰囲気があった。


「……普段の小競り合いで、お互いがどのタイミングでどういう行動を取るのか理解しているのではないでしょうか?
 今回の事だって、前にも同じような状況を想定して口論していましたし……」


「ああ、お兄ちゃんや味方が敵の近くにいる時、いつ魔法を放つかっていう…。
 確かあの時は、お兄ちゃんだけなら巻き込んでもピンピンしていそうだから構わず放つって言ってましたよね」


「先程も大河君が離れる寸前にリリィは魔法を放ちましたが、それも見方を変えれば巻き込む危険性があったという事でもあります。
 私も大河君ならちょっと焦げる程度だと思いましたから、無意識に流してしまいましたけど…」


 思い返してみると、随分危険な状態だったのかもしれない。
 しかし危機感が沸いてこないのは、大河の並外れた頑丈さのせいだろうか。
 ダリアをして『ゴーレムに殴られてもタンコブで済みそう』と言わせたのは伊達ではない。
 実際、ベリオにユーフォニアで殴られようがジャスティの矢が突き刺さろうが、10分もすればピンピンしている。
 今更リリィの魔法攻撃の余波を喰らった所で、精々アフロになる程度だと思われる。


「でも、あんなにタイミングよく行動しておいて、それが偶然だっていうのは…」


「それはそうですが……例え相性がよかったとしても、手合わせもせずに最初から息を合わせる事ができるとは考えにくいのでは?
 未亜さんと大河君なら、付き合いが長いからお互いの呼吸もわかるかもしれませんが……リリィとは、初めて会ってからまだ2週間程度ですよ」


 その間にも日々小競り合いを続けている。
 多少は相手の呼吸もわかるようになるかもしれない。
 しかしそれでも無意識に呼吸を合わせられるほどではない。


「お兄ちゃんとリリィさん、ひょっとしたら相性がいいのかなって…」


「戦闘における相性と、日常における相性は全く別物だと思いますが…」


 未亜とてそれくらいは解っているが、不安なものは不安である。
 もしリリィが大河に特別な感情を抱くなり、呼吸が合っている事を受け入れたりすれば、日常でも同じようにツーカーの仲になるのではないか。
 未亜はそれが不安なのだ。
 今でこそリリィと大河は反発しあっているが、その分お互いを意識しているという事でもある。
 リリィが大河の悪口を言う時には妙に活発になるのも気になる。
 もし感情が裏返ってしまえば、と思うと未亜は気が気でない。


(はぁ……これも自立の苦しみなのかな…)


 未亜は溜息をついて、不安を振り払った。
 一応自立しようという気持ちは残っていたらしい。


 召喚の塔の魔法陣を目の前にして、未亜達はリコを中心にして立っていた。
 その隣にはダリアもいる。
 ふと未亜が顔を上げた。


「あ、お兄ちゃんだ」


「大河君?
 ……どこにも居ませんが」


「今塔の入り口に居るよ。
 センサーが反応してるの」


「センサー!?
 ………そ、それってアレですよね、兄妹愛の力ですよね?
 何か仕掛けてあるとか、そんなのありませんよね?」


「そんな、兄妹だなんて…」


 ポッと頬を染める未亜。
 ベリオの期待した返答は得られなかった。

 生体センサーであるとは限らない。
 意外と未亜が食事を作っていた時期に、何か仕込んだ可能性もある。
 何せ未亜と大河の関係が微妙だった時期には、未亜は素で白化しかけていた時期があり、何をやらかすか分かったものではなかった。
 未亜が自立しようとしているのは、自分は大河が絡んだ場合、ヘタをすると本格的なテロや放火に走りかねないと自覚しているという理由も挙げられる。
 現に未亜がテンパった後、大河と仲良くなっていた同級生の女の子が事故に合いかけたという事実がある。
 流石に未亜は否定しているし、その時はずっと大河に張り付いていたのでアリバイは証明されているが、だとすると呪いでもかけたかのようで尚更怖い。

 ただの勘であってくれ、と祈るベリオを他所に、召喚の部屋に大河が駆け込んできた。
 リコが無表情に視線を向けて、非難がましい声を出す。
 よく見ると、口が微妙に尖っている。
 どうやら焦れていたらしい。


「遅いです、大河さん…」


「遅れてすまん。
 もう終わっちまったか?」


「いいえ、これからです……。
 (うわ、ホントに来てた……怖いです…)
 (……ホント、怖いねぇ………)」


 大河はリコの頭をゆっくり撫でながら、ベリオ達に目を向けた。
 リコは黙って撫でられている。
 口元が緩んでいる所を見ると、結構心地よいらしい。

 一方、人類の知られざる機能について戦慄を感じているベリオ達。
 横目でリリィは大河をチラリと見て、唇を釣り上げた。
 ……傍から見ると、キャラに合わないというか無理して性悪な大人ぶっているのが丸解りだ。


「あら、遅かったじゃない。
 お義母様の罰はそんなに厳しかったんだ」


「いや、婚約届けにサインしろって言われただけ……未亜、頼むからボケにまで妬き餅を焼くのはやめてくれ。
 ボケ難くて敵わん」


 真のボケなら、それくらい承知でボケずにどうする。
 むしろ的確なドツキ突っ込みが入るだけありがたい。


「で?
 一体どんな罰だったの?
 笑ってやるから教えなさい」


 楽しそうに笑みを浮かべるリリィ。
 『ざまぁ見ろ、調子に乗ってるからだ』と言わんばかりである。
 珍しく大河が追い詰められているようだったので、好機とばかりに追い討ちをかけるつもりのようだ。


「生憎罰が決まらなくってな。
 延々交渉して、放課後に延長ラウンドだ。
 久々に手応えのある交渉になりそうだぜ……」


「つまり裏があって黒いと言う事ですね」


 それまでどんどん雰囲気を緩ませながら撫でられていたリコが、ボソっと突っ込んだ。
 的確な一言でダリアは、大河が召喚された直後に繰り広げられたミュリエルとの交渉を思い出す。
 絶対に近づくまいと心に決めた。
 アレはダリアと言えども胃に悪い。

 大河は周囲を見渡すと眉を顰めた。


「なんか物々しいな…。
 まるでリンチだぜ?」


「そうですか?
 ……まあ、陽が差し込んでいませんから、多少不気味に見えるのは仕方ないですね。
 みんなが集まっているのは、一種の洗礼のようなものです。
 大河君達は経験していませんが、救世主候補生を召喚する時には、全員集まって今のように出迎えるのが通例なんです。
 ……とはいえ、召喚される側としては少々気後れするのも無理ありませんが」


「なるほど……つまり、舐められないように数で囲んで威圧するわけだな?


 どこぞのゾクのようだ。
 ベリオは大河の言い方に苦笑したが、否定はしなかった。
 なぜなら彼女が召喚された時のリリィの態度は、『自分がトップだ』と言わんばかりの威嚇的…流石に激しくは無かったが…なものだったからだ。
 某2号機パイロットと似たような事を考えていると思えばいい。
 舐められないように、という表現もあながち間違いではなかった。


「あ、お兄ちゃん、始まるみたいだよ」


 リコが大河の手を離れて魔法陣の前に立った。
 両手を掲げ、目を閉じる。
 雰囲気に呑まれ、押し黙る大河達。
 静かにリコの呪文が響き渡る。


「――― アニー ラツァー… ラホク シェラフェット…」
「――― ゲルーシュ フルバン… ゲルーシュ アツーヴ…」


「……召喚呪文ってやつか…?」


「ええ。
 拍子抜けしましたか?」


「――― ベソラー コハヴ… シェラヌ ティクヴァー…」
「――― シシート アホット アフシャヴ キュム シェラヌ カディマー……」


 リコが詠唱を続ける。
 大河と未亜には解らなかったが、魔法陣の上に魔力が収束していった。
 そして少しずつ空間が歪み始める。


「お兄ちゃん、あの歪みはポスティーノさんが使ってた…」


「ああ。
 どうやら原理は同じらしいな…」


 歪んだ空間は極彩色になり、そして少しずつ黒くなっていく。
 真っ黒になると同時に、空間から人影が現れる。


 ぼて


 ……何ともぞんざいと言うか投げ遣りである。
 人影を産み落とした空間は、そのまま消えていった。
 後に残ったのは、魔法陣の上に横たわる人影のみ。


「……これで終わり?
 なんつーか………しょぼいな」


「…………地味ですみませんね」


 拍子抜けしたような大河の感想に、リコは珍しく不満も露に返答した。
 意外と気にしていたのかもしれない。


「ああ、悪い悪い……。
 てっきりアレだ、篝火を天井に届くほど燃やして、供物を捧げて、どっかの原住民が代々伝えてるような槍とか剣とか持った踊りで召喚するのかと思ってたから…」


「生贄なんて使いません。
 踊りは出来ますがアラレちゃん音戸しか知りません。
 パラパラなんて振り付けも覚えてないです。
 篝火を天井に届くほど燃やしたら火事になります」


 拗ねるリコ。
 大河はその頭を撫でて謝った。
 あっさりリコの機嫌がよくなる。
 どうやら拗ねればまた頭を撫でてもらえるかと思っていたらしい。


「む……」


 呻き声を上げて、新しい救世主候補生が身じろぎをした。
 目を開ける。
 何とか意識が戻ってきたようだ。
 それを見て、大河はそそくさと近寄った。


「……おはよう」


「………今は夜…」


「ここじゃ真昼間だな。
 意識は戻ったか?
 …じゃ早速……やー君可愛いねー、何処から来たの?」


「!」


 大河が馴れ馴れしく新しい救世主候補……カエデに触れようとした。
 しかしその瞬間、カエデは目で捕捉出来ないほどの動きで起き上がり、大河の喉元に狙いを定めて手刀を放つ!


「お兄ちゃん!」


「はぉう!?」


 タイミング最悪。
 未亜が大河のナンパを阻止しようと、大河の頭を張り飛ばした。
 当然よろめく大河……しかも前方に。
 寸止めする予定だったカエデの手刀は、大河が予想外に前進したことでクリーンヒットの軌道に乗った。
 大河の喉に減り込む!


「ふんぐるぬぉう!」


「!?」


 寸前に、カエデの腕が掴まれて止められた。
 突きを真剣白刃取りしたらこのような形になるだろうか?
 両側から掌で挟みこみ、強引に手刀を止めてみせたのだ。
 流石に大河の顔も真っ青だ。


「え?え?
 …何があったんです、未亜さん?」


「えっと……何事?」


「?」


 カエデと大河のやり取りは、高速すぎて未亜達には見えていなかった。
 見えているのは、厳しい顔をして大河に手刀を突きつけているカエデと、それを掴んで引き攣った笑いを浮かべる大河だけだ。
 何故かその状態のまま、両者共に腕に力を篭める。
 危険な膠着状態が出来上がった。


「んぎぎぎぎ………」


「ぬぬぬぅぅ……」


 大河はそのままニッコリと…ただし脂汗を大量に浮かべて笑う。


「や、やあ……はじめまして、当真大河だ。
 君と同じ救世主候補生だよ。
 深い所まで仲良くしてくれると狂喜乱舞しそうだね」


「……ヒイラギ・カエデ、だ…」


 プルプル震えながら、カエデも答える。
 でもやっぱり腕に力が入ったまま。
 大河の両手はカエデの腕に減り込み始めているし、カエデの手刀も少しずつ前進して喉を圧迫し始めている。
 リコが2人の手の下をトコトコ歩いて召喚の塔を出て行った。

 そろそろ2人とも臨界突破しそうになった頃、ようやくダリアが2人の間に割り込んだ。


「はいはい、その位にしておいて。
 大河君もカエデちゃんも、そういうのはこの後の能力測定試験にしてちょうだい。
 ……聞いてないわね。
 ていっ」


「「きょわっ!?」」


 お互いに手を緩めようとしない二人の脇腹に、ダリアの指が突きこまれる。
 くすぐったいような、鋭く貫かれるような衝撃を感じて2人は反射的に飛びのいた。

 大河はその後、未亜とベリオに頭を叩かれている。
 ダリアはカエデに向き直った。


「ヒイラギ・カエデちゃんだったわね?
 ようこそメサイア、根の世界アヴァターへ♪
 あなたこそは、6人目の救世主候補生よ♪
 あたしはダリア。
 ここの戦技科教師をしているの。
 よろしくね」


 相変わらず軽いノリである。
 リラックスしてもらおうとか言う意図はない。
 ただ限りなく存在がシリアスから遠いのだ。


「…………」


 カエデは黙ったまま、人を拒絶するような雰囲気を纏っている。
 それに気圧されされている未亜とベリオ、逆に呑んでかかろうとしているリリィ、そして全く意に介さない大河。
 無論ダリアも気にしていない。
 暖簾に腕押し、ぬかに釘、柳に風である。


「で、こっちがあなたのクラスメートになる…」


「リリィ・シアフィールドよ。
 そこのバカよりは仲良くしてあげるわ」


「ベリオ・トロープです。
 救世主クラスの委員長を務めさせていただいています。」


「そこのお馬鹿な兄の妹の、当真未亜です。
 よくわかりませんでしたが、先程は兄が失礼を…」


 申し訳なさ気に頭を下げる未亜。
 それを戸惑うように見ていたカエデだが、一言呟いた。


「…いや………」


 それだけ言うと、再び黙りこくってしまう。
 その沈黙をぶち壊すため……という訳でもないが、雰囲気も省みずにバカが乱入する。


「そしてこの俺、当真大河だ!
 空を行く時は幽体離脱し、海を渡る時は鮫に乗り、通った後には謎の植物が生えてくる。
 華の救世主クラス筆頭とは俺の事?」


「何で疑問系なのよっ!」


 例によって馬鹿な事を言い出した大河に、リリィが通背拳を叩き込んだ。
 しかし体重の軽く十分なクンフーのないリリィではさほど効果がなく、大河はひるまない。
 続いてベリオのホワイトファング、未亜のジャンピングニーが炸裂した。
 さすがの大河もよろめいた。


「なんでそういう要らない事ばっかり言うんですか…」


「それより、私が今使ったのって何よ?」


「リリィさん、知らないんですか?
 突っ込みっていうのはどんな不条理な技能を使っても許されるんですよ」


 そう言いながらも、リリィは大河にとどめを刺して行動不能にしようとする。
 カエデはと言うと、唐突に見せ付けられた高度な技と、使い手と受けた人間のギャップに戸惑っているようだ。
 そこはかとなく困惑が表情に出ている。

 ダリアが一切の話の流れを無視して、話を本来の軌道に修正した。


「まあ、あれはいつもの事だから置いておいて。
 カエデちゃん、あなたはここの事をどのくらい知っているのかしら〜?」


「……一通りの事は聞いた…と思う。
 殺せばいいのだろう?
 敵を…」


 いきなりの物騒な言葉に、ベリオはちょっと引いた。


「肝心な事が抜けている気がするけど……ちゃんと説明を受けているって事は、正式な召喚ですね。
 リコもちゃんと自分で召喚してるし……。
 未亜さん、どうかしたんですか?」


「うん……なんて言うか、カエデさん…ちょっと不自然な気がして…」


「不自然?」


 確かに無闇にデンジャラスな雰囲気を醸し出しているが、それは単に育った環境のせいだろう。
 特に挙動不審な点もない。
 ベリオは未亜の言う不自然さが何なのか、見当もつかなかった。


「特におかしな点は見られませんが…」


「気のせいかなぁ……何だかお兄ちゃんが私にイタズラを仕掛けてる時みたいな違和感を感じるんだけど」


「大河君のイタズラ?
 ……それは恐ろしい…」


「実際、物凄く大掛かりな事もありましたよ。
 親戚の家から出る時の演出は、家一つ廃墟に追い込みかけましたし…」


 ベリオは余計な事を想像して身震いした。
 未亜は相変わらず首を捻っている。
 何処か騙されているような、何かを隠されているような、そんな感覚が未亜の背筋を這い回っていた。
 横から大河が口を挟んでくる。


「それはな〜、カエデちゃんが外見通りのクールな娘じゃなくて、本質がコメディな人間だからだよ〜」


「! 貴様、な、何を言って…」


「だって、さっきダリア先生に突かれた時に何て言ったよ?
 『きょわっ!』だぜ、『きょわっ!』。
 俺と同じで根っ子がシリアス向けじゃないんだよーん」


「!!!」


 カエデが大河を睨みつける。
 無言で抜き手を放った。
 大河はそれを再び受け止める。
 先程の膠着状態が再現されてしまった。


「ぐぬぬぬ……」


「ぬ……来たれ、黒曜!」


「ぬあ!?」


 一瞬の光と共に、カエデの腕に鈍く輝く手甲が現れる!
 召喚器を呼び出したカエデの腕力は一気に跳ね上がり、大河の腕を弾き飛ばす!
 そのまま抜き手を変化させ、大河の顔面を鷲掴みにした。


「……戯言を吐くな」


「ニンニン」


「………てい」


 それでもボケる大河にアイアンクローを決めるカエデ。
 しかし大河は全く意に介した様子はなく、涼しい顔である。
 ムキになったように、カエデはさらに力を篭める。
 この時点でクールな印象は消えかけているのだが、本人は気付いていない。


「はいはい、いい加減にしておいて〜。
 そう言うのは能力測定試験でやってちょうだい〜。
 早速テスト、してもいいかしら〜」


「構わ……ないっ…!
 何時でも、死ぬ、覚悟…は、出来て…いる……っ!」


 あらん限りの筋力を振絞り、大河の頭にアイアンクローをかけているカエデ。
 スイカでも砕ける程の握力を篭めているというのに、大河はようやくちょっとだけ痛みを感じる素振りを見せた程度だ。
 痛覚神経に異常でもあるのだろうか?


「楽しみですね。
 どんな戦い方をするのかしら…」


「あ、クナイ持ってる……。
 ひょっとして忍者?
 お兄ちゃん、滅茶苦茶喜びそう……」


「闘技場で模擬戦を……そうね、相手は…」


「「はい!」はいはいはいはい!」


 誰が名乗りを上げたのか、知らない人でもわかるだろう。
 ダリアは予想通りのリアクションに苦笑する。
 名乗りを上げたリリィと大河は、顔を突き合わせて睨み合った。
 カエデの手から、いつのまにか抜け出している。
 カエデが自分の手と大河を交互に見て、不思議そうな顔をした。


「何よ大河!
 アンタじゃテストにならないじゃない!」


「俺が勝つのは解ってるが、それでも十分テストになるわ!
 お前こそ呪文を唱えてる間に接近されて終わりだっての!」


「自惚れてんじゃないわよ!
 大体アンタの言う通り接近されて負けだとしても、同じ女として貞操の危機を見過ごすわけには行かないのよ!」


「ぬうう、じぇんとるメェ〜ンの俺に向かってなんと言う濡れ衣を!
 俺は強要はしない!
 あくまで同意を得られた時だけだ!」


 同意を得られれば、その場で特攻すると暴露している大河。
 例によって未亜が背後で殺気を放ち始めた。
 ベリオも少し。

 それに便乗して、リリィはさらに口撃を強める。


「結局するんじゃない!
 そうでなくてもアンタは危険なのよ!
 この2週間で巻き起こして揉み消した事件の数々、忘れてんじゃないでしょうね!」


「自分で揉み消したからいいじゃねーか!
 高々寮の天井に半径3メートルの穴を開けそうになったり、ヘンな薬品の煙で火災警報が誤作動した程度だろ!
 そもそも直接の原因は俺じゃない!
 とにかく、こんな絶好のチャンスを見逃せるか!
 クナイ持ってんだぞ!?
 シノビだぞ?
 一回正面から遣り合ってみたかったんだ〜!」


 どうやら大河の少年の日の憧れは未だに健在らしい。
 2人を見て、ベリオと未亜は溜息をついた。
 ダリアはまだ止めに入る様子はなく、むしろ楽しんでいるようだ。


「…この場合、どっちに味方したものやら…」


「リリィは自分が上だと示すのに必死だし、さりとて大河君にやらせると貞操の危機だし…」


「とりあえず……お兄ちゃん、浮気ができないように搾り取ってやる」


「……無理です。
 正面から行っては勝ち目がありません。
 最近パワーアップして私達だけじゃ太刀打ちできなくなってきてますし…。
 作戦が必要ですから、今夜あたり相談しましょう」


 どうやら大河の絶倫ゲージは鰻上りに上昇しているらしい。
 なんか脱線している未亜とベリオ。
 2人をよそに、大河とリリィは新たな局面に突入していた。


「ええい、埒があかん!
 コイツで勝負だ!」


「望むところよ!」


 大河は握った拳をリリィに突きつけた。
 気炎を上げて応じるリリィ。
 2人の闘気が跳ね上がる。
 計算され尽くしたかのごとく対称に、大河とリリィは体を捻る。

 慌てたのはダリアである。
 こんな所で暴れられてはかなわない。
 責任問題にもなるが、魔法陣に損傷でも出たらえらい事になる。


「やめなさぁ〜い!
 2人とも、こんな所で「最初はグー!」…ってジャンケン!?」


 人騒がせな、と頭を抱えるダリア。
 人が聞けば、その台詞は自分に向かって言ってやれと思うだろう。
 しかし安心するのはまだ早かった。


ガギィッ!


 ジャンケンでは在り得ない音が響く。
 大河のとリリィのが、擦れあって止められた音だ。
 互いを押しのけようと、互いに力を篭める。
 単純な力だけなら大河が圧倒しているのだが、リリィは魔力を使って自分の後押しをしている。
 さらに一瞬の攻撃力は高いがバランスを崩しやすい蹴りを出した大河と、間合いは短いが安定したバランスの肘を出したリリィ。
 今度はリリィと大河の膠着状態が出来上がった。


「……それって、最初はグーなの?」


「「丸いからグーだ(です)!!」」


 呼吸と同時に、さらに両者は力を篭める。


「ぬぐっ……うが…」


「ぐぐぐ…ジャ、ジャンケンポン!」


 噛み合っていた肘と膝が素早く引かれ、残像を残さんばかりのスピードで手が突き出される!
 大河は頭上から手刀、リリィは見よう見まねの抜き手で大河の喉を襲う。
 …一応両者共にパーで、あいこある。

     ズバッ
 ガッ


 リリィの抜き手は首を捻った大河の皮一枚を切り、大河の手刀は真っ向からリリィの頭に受け止められた。


「な、耐え切っただと!?」


「甘いわよ…!
 これで終わりよ、あいこでしょっ!」


 大河が驚愕し、動きを止めた一瞬を狙い、突き出された右手を引きながら、今度は左手で指突を繰り出す!
 使う手を切り替える事で、手を引いて突き出すという2動作を1動作に省略したのである。
 しかし今度はリリィが驚愕する番だった。


 ザクッ


「な、何ですって…」


 目を狙ったチョキは、何故か再び大河の頭から生えてきた謎の植物に止められた
 葉を一枚突き破っただけで、リリィのチョキ…目潰しは止められる。
 葉は予想外に頑強で、リリィの指は引っかかって抜けない。
 それは致命的な隙だった。


「いくぜぇっ!
 どおりゃあああああ!」


「お兄ちゃん、女の子を殴る気っ!?」


 動きが止まったリリィの脳天に向かって、渾身の鉄拳を見舞う大河!
 肩叩きと同じ要領でリリィの頭を打ち据えんとした大河の拳は、未亜の鋭い叱咤の声で勢いを半減させた。
 どうやら素に戻ってしまったらしい。


「ふっ!」


 チャンスとばかりにリリィは指を引き抜いて後ろに下がる。
 安全圏まで後退し、リリィは大河を睨みつけた。
 チャンスとばかりにダリアが間に入る。


「はぁ〜い、そこまで。
 勝負はついたわね?
 グーとチョキで大河君の勝ちよぉ〜」


「くっ…」


 リリィは人差し指と中指だけ伸ばしている左手と、握られている大河の手を忌々しげに見た。
 ニヤリと大河が勝ち誇る。


「見たか、これが史上初の男性救世主候補の実力だ!」


「……そう、この程度だって自覚してるのね」


「なに?」


 しかしリリィは、してやったりと笑みを浮かべると、ビシっと大河に指を突き付けた。


「確かにアンタにしてはよくやったと褒めてあげるわ。
 でもアンタの負けよ!
 そう……後出ししたんだからね!」


「し、しまったぁぁぁぁ!?」


 頭を抱えて崩れ落ちる大河。
 それを微量の哀れみを伴なった目で一瞥し、リリィは勝ち誇るように…勝ち誇っているのだが…マントを翻した。


「これがジャンケンだと言う事を忘れたウヌの不覚よ…」


「誰ですかアナタ」


 誰かと混じっているようなリリィは、ダリアに向き直った。
 思えば激戦だった。
 グーが出されると読んでパーを出そうとし、それがフェイントと勘付いてグーに切り替え、それを気付かれてチョキに切り替えようとする。
 互いに動くに動けない膠着の中を強引に泳ぎきり、出たトコ勝負であいこを繰り返し、手を突き出す間にもグーからチョキへ、チョキからパーへ、パーからグーと見せかけてまたチョキへ、幾つものフェイントを織り込んだ。
 筋肉の動きと視線を読んで、大河が何処を狙っているのか看破して、避けた状態から繰り出される最良の一手を模索する。
 単純な身体能力や動体視力の勝負なら大河に分があったが、魔力とルールを利用して辛うじて勝利を引き寄せる事が出来た。
 後一手長引いていたら、リン未亜の声が大河に届かなければ、確実に追い詰められて負けていた。

 さらば強敵よ、お前の事は忘れない。
 ……この一戦の事だけ覚えて、さっさと忘れてやるから。


「じゃ、カエデちゃんに誰と戦うか決めてもらいましょ〜」


「「待てやコ゛ラ゛ァ!」」

 ギャギャギャギャギャギャ


 問題そのものを根底から覆すダリアに、屍となっていた大河まで復活して突っ込んだ。
 大河の感情に連動しているのか、頭の上の謎の植物2号まで抗議している。


「だってぇ、カエデちゃんの世界には私たちが使うような魔法はないみたいだし、それじゃあっさり決まっちゃうかもしれないでしょ?」


「実戦ならそれが当たり前でしょう!?
 むしろ知らない攻撃にどう対処できるかが試験の鍵じゃないんですか!?」


「最初の試験は席次を決めるためのものだからぁ〜、単純に力量を見るためのものなのよ〜。
 あっさり決まっちゃったら、カエデちゃんの戦い方もわからないもの〜。
 誰とやっても条件は同じようなものだから、本人に決めてもらおうと思ってぇ〜」


「だったらジャンケンを始める前に言わんかい!」

グギャッゴギャギャグゲギャゴゴ


「えいっ」


 ブチッ


クキャーーーーーーーーーー!


 リリィの剣幕をあっさり受け流し、怒る大河を頭の上の植物を引き抜いて行動不能にさせる。
 やっぱり植物の根にピンク色の何かがついていた。
 今回の植物には、断末魔の叫びに麻痺効果はついていないらしい。
 眉をしかめて耳を軽く叩く程度で、行動不能になった人間はいない。
 大河もあっさり復活した。


「で、誰にするぅ〜?」


「………」


 カエデは少し考えると、真っ直ぐ指を突き出した。
 その先に居るのは……。


「……私?」


「…(コクン)」


「……なんで?」


「……同業の匂いがする」


 カエデが指名したのはダリアだった。
 カエデの言葉に敏感に反応したのはベリオ。
 メガネがずり落ちる。


「ど、同類の匂い!?
 やっぱり大河君が言うとおり、無責任コメディ脳みそアッパラパーな人だったんですか!?」


「イインチョ、俺はそこまで言ってないぞ」


「ベリオちゃん……後でちょぉ〜っとお話しましょうねぇ〜」


「言われたくないならもうちょっと真面目に仕事をしてください」


「イヤ」


 流れるように断って、ダリアは困った顔をする。


「ご指名は嬉しいけどぉ〜、私は教師だから参加はできないのよ〜」


「………ならば、彼で」


 暫く悩んで、カエデは大河を指差した。
 慌てたのはリリィ達である。
 リリィはさっきの勝負の意味がなくなるのもイヤだが、先程も言ったように同じ女として狼の前に放り出すのは気分がよくない。
 同じ理由で、未亜とベリオも慌てている。
 むしろリリィよりも深刻だ。
 何せ体験済みだから。


「ちょ、ちょっと!
 悪い事は言わないからやめときなさいって!」


「そうです!
 負けなくても、戦いの最中に事故を装って何かされるかもしれません!」


「お兄ちゃんの執念を甘く見たらエライ事になります!
 襲われたくなかったらリリィさんにした方がいいです!」


 三人がかりで詰め寄られ、カエデは流石に圧倒された。
 しかし今更相手を変更するのも格好がつかない。


「そ、そうだ!
 指導の事は聞いてるの!?」


「…指導……?」


「負けた者は勝った者の言う事を一日聞かなければならないのです!
 大河君に負けたりした日には、どんな卑猥なことを要求されるかわかりません!」


「ひでぇなぁベリオ……」


「性犯罪者は黙ってなさい。
 紆余曲折あったとはいえ、私はまだ根に持ってますからね


 最後の一言は大河の首根っこを掴んで引き寄せて小声で囁いた。
 さほど深刻そうには言わなかったが、大河はそれでもなるべく逆らうまいと決めた。
 弱みを一つ握られているようなものだ。


「アンタの強さがどれくらいなのかは知らないけど、ヘタに突付くとどんな精神的衝撃が飛び出すか解らないのが当真大河ってバカなのよ!」


「………やはり、彼で」


「「「これだけ言っても!?」」」


 ……どうやら逆に好奇心が刺激されてしまったらしい。
 勿論それ以外にも、見たこともない魔法を使うリリィや、戦い方を知らないベリオや未亜を相手にするより、自分の専門分野で戦い、ある程度動きも見ている大河を相手にするほうがやりやすい、という打算もある。
 先程抜き手やアイアンクローを受け止められた屈辱もあるかもしれない。


「いよっしゃあ!
 中々人を見る目があるじゃないか!」


「納得いかなーい!」


「ねえ、今からでもいいから考え直して?」


「お兄ちゃんになにかされたら、すぐに言ってくださいね」


 口々に騒ぐ未亜達を見て、ダリアは一言呟いた。


「信用ゼロねぇ、大河君……」


 懐に大河の頭からとった謎植物を入れて、ダリアは一足先に闘技場へ向かった。


 あれから延々と「やめたほうがいい」と言い続ける未亜達も、黙りこくったままのカエデに根負けし、終に闘技場までやってきた。
 くれぐれも気をつけるように、何かされたらすぐに言うように、口を酸っぱくして言い聞かせ、更に大河を警告するかのように一瞥する。
 駄目押しにリリィと未亜が「狙いを付けているからね…」と大河に囁き、ようやく闘技場の中にはカエデと大河だけになった。


「ったく……信用ないのは無理ないにしても、ああまで言わんでもよかろうに……」


「…それだけ普段から何か騒動を起こしているという事でござ……だろう」


「? 今何か言葉尻が…」


「行くぞ!」


 首を傾げる大河を無視して、カエデが構えを取った。
 すぐさま雑念を振り払い、大河はトレイターを呼び出す。
 一瞬の対峙の後で、カエデは真っ直ぐ突っ込んできた!


(は、速い!?)


 咄嗟に右に飛ぶ。
 次の瞬間には、さっきまで大河が居た空間をクナイが通過していった。
 大河が着地した瞬間には、すでにカエデは自分の間合いに入っている。


「ッ!」


 無声の気合とともに、カエデが一瞬加速して真っ直ぐ突きを放つ。
 状態をずらして避けた大河だが、次の瞬間には脛に強い衝撃が走る。
 カエデは踏み込んだ足を、蹴りに変えたのだ。

 バランスを崩した大河に、好機とばかりにカエデの乱打が迫る。


ガガガガッ!


 しかしその拳は、すべて大きな金属にぶつかって標的には届かない。
 カエデは素早く距離をとった。
 次の瞬間、銀の閃きが宙を薙ぐ。


「でえりゃあっ!」

ゴッ!


 トレイターが、極太の青竜刀に化けている。
 先程はこれを盾にして、カエデの連激を防ぎきったのだ。

 後ろに下がったカエデは、大河が青竜刀を振り切ったのを見計らい、再び突っ込む。
 接近戦で巨大な刀は不利と見た大河が、トレイターをナックルに変える。
 そしてカエデが再び加速する瞬間を見計らい、自分から突っ込んでいく。
 凄まじいスピードで接近し合う2人。


(この相対速度なら、幾らなんでも避けられないだろ!
 最悪でもクロスカウンターで一撃は入る!)


 しかし大河の目論見は見事に外れる。


「はっ!」


 カエデは奇妙な歩法で進行方向をずらし、大河の体の外側に出る。
 すぐ横を通過する大河の拳。
 しかしカエデは顔色一つ変えず、大河の足を引っ掛けて振り返る。
 足をひっかけられた大河は倒れこむが、とっさに手をついて前転した。


カカカカカッ!


 大河が転がっていった後を、大量のクナイが埋め尽くす。
 大河の後ろに廻った瞬間、カエデは懐からクナイを山ほど取り出し、片っ端から投げたのだ。
 起き上がった大河の目に、踏み込んだカエデが写る。
 咄嗟に左手を立てると、カエデの中段回し蹴りが襲来した。
 吹き飛ばされて地面を滑る。
 何とか転ぶのを免れた大河は、すぐに立ち上がって片手剣に戻したトレイターを構える。


 この攻防、長くて10秒弱。


(何ちゅう反射神経と運動神経だ…それにあの技量……。
 コイツ、幼い頃から修練を重ねてきた、本物の忍者だ。
 こりゃクロスレンジじゃ話にならんな。
 懐に潜り込まれたら、圧倒的な技量差で押し込まれる。
 中・近距離…バランスを崩しやすい蹴りの間合いが目安だな)


 痺れる左手を強引に動かして、大河はトレイターを両手で握った。
 長剣に変化させる。


「せりゃっ!」


 一歩踏み込んで、ギリギリ切っ先がカエデに届く距離で横薙ぎに薙ぐ。
 カエデは一歩下がって避けた。
 カエデが前進する前に、大河はもう一振りしてカエデの足を狙う。
 これは軽く飛び上がって避ける。
 構わずそのままトレイターを振り上げる。


「フッ!」


 宙にいたカエデは、トレイターの側面を蹴りつけて斬撃を凌ぐ。
 トレイターを蹴り飛ばされた大河はバランスを崩した。
 好機と見たカエデが、一歩踏み込んで足を上げる。


「槍連きゃ…!?」


 そのまま連続蹴りを叩き込もうとしたカエデは、慌てて足を戻して跳び上がる。

 ヒュッ

 風切り音と共に、普通の剣に戻ったトレイターが宙を貫いた!
 カエデがトレイターを蹴り飛ばした衝撃に逆らわず、円運動で引き戻してそのまま突きを繰り出したのだ。
 ワザと隙まで見せて誘ったが、カエデは大河の攻めを避けて見せた。
 突きは死技である。
 避けられた大河は、延びきった体をカエデに晒していた。


「雷神!」


「がっ!?」


 高速で叩き下ろされた拳は、大河の右腕を正確に打ち抜いた。
 衝撃で腕の力が抜け、トレイターを取り落とす。
 カエデは着地する前に回転し、トレイターを蹴り飛ばして、続いて大河に強烈な両足蹴りを叩き込む。
 華麗に弧を描いて着地するカエデ。
 大河はゴロゴロ転がって勢いを殺し、闘技場の端に追い詰められる。


「覚悟!」


「!」


 カエデが大河に迫る!
 懐からクナイを取り出し、逆手に構えて走る。

 大河はそれを見据えて、手を突き出して一声叫んだ。


「トレイター!」


「!? だっ!?」


 てっきり何か手から飛び出ると思ったカエデだが、衝撃は後ろから来た。
 後頭部に鈍い衝撃が走る。
 勢いを殺して急停止し、顔をあげると黒い物に視界を塞がれた。

ジジジジジ………
        BOM!

 カエデのすぐ傍で、爆弾となったトレイターが爆発した。
 大河は蹴り飛ばされたトレイターを呼び、宙を走ってくる軌道を調整してカエデに当たるように仕向けたのだ。

 顔を庇って下がったカエデだが、その代わり片手に火傷を負ってしまった。
 利き腕は黒曜のおかげで負傷を免れたが、もう一方の手の力は半減する。
 眉をしかめ、持っていたクナイを懐に戻した。

 互いの間合いの外から対峙する。
 2人は次に打つ手を模索し始めた。


(技量自体は然程ではないが、あの粘り強さは脅威…。
 何より手札や隠し球が多い……何か手を打つ前に、最短距離で倒すべき。
 攻撃の後の硬直に合わせ、急所に一撃を叩き込む!)


(接近すれば技量、離れればあの機動力…。
 とにかくあの足を封じない事には、とてもじゃないが捕らえられない。
 となると……次に打つ手は、アレだな)


 カエデは姿勢を少し変え、いつでも前に飛び出せる前傾姿勢をとった。
 一方大河は、トレイターを大斧に変えて肩に担いだ。
 カエデはそれを好機と見る。
 どのような技を繰り出すのか知らないが、巨大で重量のある大斧を使う限り、その剣線と動きは限られる。
 見れば大河の額には汗が浮かんでおり、斧を支えるのに相当な力を使っているのが見て取れる。
 このまま大河の膂力が尽きるのを待とうかと思ったが、大河がゆっくり距離を詰めているのに気付いて舌打ちした。
 距離をとれば、大河に小細工を張り巡らせる時間を与える事になる。
 それはこのまま斧で斬り付けてこられるよりも数段厄介だ。

 ならばとカエデは、退避を捨てて前に出る。
 静止状態から一歩でトップスピードに乗り、クナイを投げて大河に接近する。
 投げつけられたクナイを、大河は一本は首を捻って避け、もう一本は斧の柄で防ぐ。

 カエデが射程距離に入った瞬間、大河は斧を振り下ろす!
 カエデは強引にブレーキをかけてその場に止まった。


ガァン!


 大河の一撃はカエデの目の前を通って叩きおろされ、地面を一撃で砕いてのけた。
 濛々とした煙が視界を塞ぎ、足元に無数の突起や地割れができる。
 紙一重で斧を空振りさせたカエデは、つっかえ棒としてブレーキをかけていた足を曲げ、弾けるように飛び出した。
 足場の悪さをものともせず、煙に移る大河の影に向かって踏み込んでいく。
 あと一歩の距離まで来た瞬間、大河の影が薄くなる。


(後ろに跳んだ?
 好機!
 着地する前に追いつける!)


 カエデはバックステップする大河の足が地面に付いていない間に接近し、正拳を叩き込もうと一直線に走る。
 しかし、それがカエデのミスだった。


  DOGOOON!


「!?」


 突如カエデの足元から、凄まじい衝撃と爆風が吹き荒れる。
 カエデは堪らず吹き飛ばされた。
 空中を吹き飛ばされる間に体を回転させて平衡感覚は確保したが、砂煙のせいで現在位置が掴めない。
 体を丸めて、地面に叩きつけられる衝撃に備える。
 次の瞬間、カエデは背中から闘技場の土に叩きつけられた。
 反射神経を全開にして、地に付いた瞬間回転をかけて受身をとる。
 2転3転して衝撃を殺し立ち上がろうとするが、カエデの片足は爆風にやられて使い物にならない。
 捻挫でもしたのか、負荷をかけると酷く痛んだ。


「終わりだ」


「……くっ…まいった」


 立ち上がろうとするカエデの首筋に、トレイターが当てられる。
 カエデは悔しそうに唇を噛み締めて吐き捨てた。


「……最後のは何でご…何だ?」


「トレイターで地面を砕いて、その後すぐに斧を爆弾に変える。
 砕けた地面に仕込めば、即席の地雷の出来上がりってわけだ。
 後ろに退けば追ってくるのは予想できたからな」


「…そこまで読まれていたとは…」


 カエデは黒曜を消す。 
 大河もトレイターを引いて消した。

 闘技場の入り口で観戦していた未亜達が駆け寄ってくる。
 特に未亜などは全速力で走ってきた。


「おう未亜、勝ったぜ!」


「負けた方が心配なかったよ!
 カエデさん、お兄ちゃんに何かされませんでしたか!?
 何かされそうですか!?」


「………(泣)」


「まぁまぁ…」


 祝福はおろか、心配もされてない。
 思わず涙を零す大河を、遅れてきたベリオが慰める。
 軽く大河の体を点検し、裂傷の類が無い事を確認した。


「心配されてますよ。
 未亜さん、大河君が攻撃される度に悲鳴を噛み殺してたんですから」


「……ホント?」


「本当です。
 それに念入りに大河君の怪我を見ておいてくれってお願いされちゃいましたから。
 それはもう、目が血走るくらい真剣に」


「……未亜…それなら素直に…」


「大河君が何かしたんじゃないかって事も同じくらい心配だったんですね」


 大河は複雑な心境になった。
 自分に信用が無いのは仕方ない…何せ目の前に事後承諾で出来たセフレ(?)までいる。
 が、浮気やセクハラの心配が怪我の心配と同じくらいとは。
 再び泣きが入る大河を見て、ベリオは苦笑いを浮かべた。


「そんなに酷い怪我はありませんね。
 ただあちこち打撃を受けていますから、痣くらいは出来ているでしょう。
 心配なら、保健室のゼンジー先生に頼んで見てもらってください」


「いや、いい……美人の女医さんや保険医さんならともかく、枯れかけた爺様なんぞに診療を受けても嬉しくない…」


 ベリオは無言で大河の腕を抓った。

 のんびり歩いてきたリリィが、大河の顔を見て噴出した。


「ぷっ……ず、随分梃子摺ったじゃない。
 そんなのでよく救世主候補生筆頭を名乗れるわね」


「勝ったから名乗ってもおかしくないだろーが。
 そう思うならお前がカエデとやってみろ。
 はっきり言って、相性が最悪だから」


「あ、ああそう……ぷぷっ」


「? 何を笑ってるんだよ」


「だ、だってアンタ顔に……ククククク」


 何やらツボに嵌っているらしい。
 顔に何かついているのかと思ったが、手鏡など持っていないので確認できない。
 今度はベリオまで笑い出した。


「ダ、ダメ……直視しないようにしてたのに…。
 ……っぷ、あ、あははははは………リリィ、もう笑わないで…つられて私まで…」


「あらぁ〜、大河君随分オシャレになったわね〜」


「な、なんだ?
 一体どーなってんだ?」


 ダリアは指を指して笑っている。
 未亜に視線を向けると、彼女も苦笑していた。


「お、おい未亜?」


「ふふ……お兄ちゃん、さっきの砂煙でメイクされてるよ?」


「そ、そんなに変なのか!?」


「それほどでもないけど、リリィさんにはクリーンヒットだったみたいだね。
 それにしても……どうして砂煙でそんなメイクになるかなぁ……。
 今にも腰ミノ着て踊りだしそうだよ」


 大河は不機嫌な顔になり、顔を袖で拭おうとする。
 しかしふと思いついてリリィに向き直った。
 相変わらず笑っている。


「ちょ、ちょっと大河、その顔こっちに向けないで…」


「……(にょーん)」


ブフッ!?
 あ、あはははははははは!」


 無言で大河は頬を左右に伸ばす。
 さっきまでは何とか抑えようとしていた笑いが一気に噴出した。
 大河は調子に乗って、今度は指で目を横に引っ張る。
 唇を尖らせる。
 鼻を押し上げる。


…………………………ッ!!!!!!!!(バンバンバン)」


 もはや立ってもいられないらしい。
 マントが汚れるのも構わず地面を転がりまわり、四つん這いになって地面を平手で何度も叩く。
 笑いすぎで息もできないようだ。
 大河はさらに追撃する。
 リリィの笑いは更に激しくなり、本気で呼吸困難になりかけている。


「ヒー、ヒー、あ、、あんた、いいか、いい加減、に、しなさあははははは!」


 文句を言おうとしたが、また大河の顔を見てしまい更なる笑いに誘われる。
 ブレイズノンでもぶつけてやろうとしたが、こみ上げる笑いと苦しさのせいで魔力をコントロールできない。
 それでも無理に放とうとする。


「ぶ、ぶれいずのきゃあっ!?


 しかし魔力をコントロールできず、ブレイズノンになり損ねた呪文はリリィの手の上で暴発した。
 幸い集められた魔力は微量なものだったので、軽い熱風が吹いただけで被害はない。
 しかし。


「リ、リリィ!?
 髪の毛がパーマになってますよ!?」


「ええ!?」


 アフロではなかったが、リリィの前髪はパーマがかかってしまった。
 それを見てダリアが笑い転げる。
 リリィは嗜みと魔術の小道具として持っていた手鏡を覗き込み、無残な髪型を発見した。
 パーマは前髪だけですんだが、爆風で髪全体のセットが崩れてしまったらしい。
 唖然としていたが、すぐに心の底から怒りの衝動が湧き上がる。


「ア、アンタら〜……まとめてアフロにしてやる〜〜〜!」


「「なんで私まで〜〜!」」


 右手の召喚器…ライテウスを光らせながら、リリィは先程の笑いもどこへやら、全身に魔力を漲らせた。
 何とか笑いを堪えていた未亜とベリオは、慌ててリリィから距離をとる。


「大河!
 まずはアンタからアフロ祭だ〜〜〜!」


      ドサッ


「……へ?」


 リリィが今にも魔法を放とうとした瞬間、背後で誰かが倒れる音がした。
 ダリアが本気で過呼吸にでも陥ったかと思ったが、振り返ってみると倒れているのはカエデである。


「ちょ、ちょっと!?
 どうしたのよ!?」


 ポイ


  「いやああぁぁぁ〜〜!?」


 リリィだけでなく、大河も慌てて駆け寄った。
 逃げていた未亜とベリオも戻ってくる。
 カエデは額から血を一筋だけ垂らし、気を失って倒れている。
 無論、致命傷とは程遠い。
 ベリオがカエデの体を診察する。


「……大丈夫です。
 気を失っているだけみたいですね」


「よかったぁ……お兄ちゃん、一体何したのよ?」


 安堵の息をついて、未亜は大河に非難がましい目を向ける。
 大河は腕を組んで考え込んでいたかと思うと、両手を見つめて震えだした。


「まさか……まさか、まさかついに俺は北斗神拳を身につけてしまったのか!?
 いつぞやイーチャーズリンクから検索して見つけ出し、あまりの難行から泣く泣く諦めたあの伝説の拳法を!
 そして無意識に秘孔・死環白を!?」


「…………」

「………?」

「……………??」


 ベリオとリリィは、大河が何を言っているのか理解していない。
 大河の世界にはそんな拳法があるのだろうか、と思っている程度だ。
 しかし。


「ふぅん……それじゃあ、カエデさんは目を覚まして最初に見た人を好きになるんだ?
 ………そんなワケないでしょーがぁーーー!


「ま、待て落ち着け未亜!
 冗談だって!」


「当たり前でしょ!
 本当にそんな事してたら、私はお兄ちゃんをヌッコロスからね!
 実はまだちょっと負担がきついけど、もうこれ以上増えなくていいのよ!」


「………ベリオ、増えるって何の事?」


「ノーコメントです…」


 ベリオは頭を掻きながら、リリィに一方の肩を持たせてカエデを保健室に連れて行く。
 力仕事担当の大河に運ばせない理由は言うまでも無い。


「リリィさん、このおバカな兄に一発くれてやってから行ってくれませんか?」
「ブレイズノン!」


「あんぎゃ−−−!」


 返事もせず振り返りもせずに、リリィは片手だけ向けて炎を大河に叩きつける。
 そのままリリィはカエデを支えてベリオと一緒に保健室に向かって行った。


「見事なアフロだね、お兄ちゃん」


「覚えてろよあのアマ……ところで、どうしてダリア先生までアフロに?」


「さっき笑い転げてたら、リリィちゃんが放り出した魔法が直撃しちゃったのよ〜。
 お揃いでペアルックみたいね、大河君?」


「お兄ちゃん!?」


「いや俺に怒るなよ!
 それに嫉妬するような髪型かよ!?」


 夜。
 カエデは保健室に放り込まれたまま、ダリアが付き添っている。
 カエデを保健室に放り込んだリリィとベリオは、礼拝堂や図書館に行って思い思いに行動した。
 大河はさっさと風呂に入り……アフロになった大河を見てセルが大爆笑していた……髪を元に戻す。
 ちなみにダリアの髪はいつの間にか戻っていた。
 未亜は「今日はベリオさんとブラックパピヨンさんに話があるから」と言って、ベリオの部屋に向かったようだ。
 ひょっとしたらベリオの部屋では、レズレズショーが展開されているかもしれない。
 しかし召喚器を携えた2人の「深刻な話だから」という説得(?)に泣く泣く断念。
 まさか大河を搾り取るための会議とは思いもよらない。
 情事の相手もいなくなり、大河は少々暇を持て余している。


「痛っ……あ〜、随分打たれたな…」


 大河の体のあちこちが痛む。
 カエデの打撃は深刻なダメージではないものの、少なからぬ損傷を与えていた。
 もしあれで、最初からクナイを使っていたらどうなっていた事か。
 あっという間に血塗れになって倒されていたかもしれない。


「しかし……そうなると、何で刃物の類を使わないんだろうな?
 昼の戦いでも、クナイを追撃や牽制に使う程度だったし…。
 腰の物は飾りじゃあるまい」


 あれほどの体術を使えるのなら、まさか刀術が素人という事はあるまい。
 試合だから手加減したのだろうか?
 大河は首を捻ったが、結論は出なかった。


「はぁ……あちこち痛くて眠れん…。
 ちょっと散歩でもしてくるか」


 歩こうとする度に、強く打たれた部分が疼く。
 しかしこのまま悶々としているよりはマシである。
 立ち上がって、散歩をしに出て行った。


 学園を彷徨い歩いていると、大河はいつの間にか地下室にやって来てしまった。
 何故こんな所に歩いてきたのか自分でも分からない。

 地下室は相変わらず不気味な静寂と湿った空気で満たされていた。
 大河は周囲を警戒しながら進むが、何時ぞやのゾンビ娘はおろか生き物の気配すらない。


「そう言えば、結局あのゾンビ娘は何者だったんだ?
 ベリオが持ってた聖水をぶっかけても、全然平気だったし…。
 ひょっとしてゾンビじゃないのか?
 ………墓穴に引っ張り込もうとさえしなけりゃ、可愛い娘なんだけどなぁ…」


 実に残念だ。
 溜息をつく大河だが、内心どうにか説得して墓穴に入らずにお付き合いできないかと考えている。
 戦闘能力は皆無だったようだから、力尽くで来られても大丈夫そうだし、そもそも平和ボケした性格っぽかったので首を絞められたりという事はないと思うが。

 そうなると、今度は地下室の奥になにがあるのかが気になってきた。
 しかし何が出てくるかわかったものではない。
 もしゾンビ娘みたいなのがわらわら出てきたら、慕われて嬉しいやら怖いやら。


「……そうだ!
 ベリオに聖水を貰って、それを被って中を探検するってのはどうだ?
 それなら幽霊とかが出てきても結構追っ払えるかもしれん。
 今度ベリオの都合がいい時に……しかしあの怖がりが素直についてくるかな…。
 デートだってウソをついたら後が怖いし、それなら素直にデートに行くっての。
 ん〜……ブラックパピヨン改めゾンビ娘を追いかけていた時の違和感も気になるし…」


 大河は腕を組んで黙考した。
 この地下に何かがあるのは間違いない。
 何かしらのセキュリティがあると見ていいだろう。
 潜るのなら最低でも3人パーティがいい。
 前衛は自分が勤めればいいとして、後衛が一人、万能型かサポート専門が一人。
 単純に考えれば、以前一緒に来た未亜とベリオである。
 しかし未亜は何とかなるとしても、ベリオが素直についてくるだろうか?


「…あ、そう言えばこの手があったな。
 ブラックパピヨンに変ってもらうって手が。
 アイツ好奇心が強いし、まあサポート型と言えなくもないし」


 好奇心を刺激してやれば、恐らく彼女は乗ってくる。
 その後の報酬に何を要求されるかが問題だが、まあ大丈夫だろう。
 いい事を思いついたとばかりに、大河は機嫌よく地下室を出て行った。


「あれ〜? ダーリンの匂いがしますの〜」


 聞き覚えのある声を背に受けながら……。


 体の火照りも冷えたので、そろそろ大河は部屋に戻って眠るために歩き始めた。
 途中でベリオと未亜の密談を盗み聞きして乱入してやろうかと思ったが、それはその場のノリ次第だ。

 地下室からの帰りに学園を一周して帰ろうと、森を通りかかると、何やら声が聞こえてきた。


「……るよ…」


「……美人の声だ」


 声だけで判別がつくらしい。
 獲物を狙う猛禽類のような目で、大河は周囲を見渡した。
 木々の向こうに人影が見える。
 空を見上げて、何やらブツブツ言っているようだ。
 独り言を言っているのなら邪魔してはなるまいと、大河は気配を消して植え込みに伏せる。
 音も立てずに匍匐前進で移動しはじめた。


「はぁ…やはりこの世界の人も、血が流れる同じ人間でござったよ…。
 新たなる新天地で今度こそはと、折角無口でくーるに決めようと思っていたのに…」


「…カエデ…?」


 人影は、昼間に大河と戦ったヒイラギ・カエデだった。
 その姿は儚げで、昼間のような殺気は全く感じられない。
 むしろ迷い子のような頼りなさが感じられる。
 ギャップに戸惑う大河は、つい気配を隠すのを忘れてしまった。


「! 何奴!?」


 カエデの姿が一瞬霞むと、次の瞬間大河は上から押さえつけられた。
 喉元に冷たい感触が感じられる。
 どうやら背中に乗られて、クナイを当てられているらしい。


(お、重いっ……で、でも何か背中に柔らかい感触が!
 ああっ、この重さも心地好い……ムチムチしてやーらかくて、正に理想的な…)


「…お主は……」


 大河が煩悩に滾っていると、カエデの戸惑った声が聞こえて喉の冷たい感触が消えた。
 同時に背中にかかる重みと柔らかい感触も消える。
 内心名残惜しむ大河。
 しかし去った物を何時までも思い出していても仕方がない。
 さっさと立ち上がって後ろを向いた。
 改めてカエデを見る。


「よう、大丈夫そうだな。
 (……タイプだ。ベリーグッド!)」


「確か……当真…大河?」


「俺の事覚えててくれたんだ?
 嬉しいなぁ」


 頭の後ろに手を添える。
 大河は某バカ殿様の踊りでも踊りだしたくなったが、相手は異世界の人間だ。
 やった所で突っ込みもなく、単に引かれるだけだろう。
 手をとって頬擦りする程度に留めておいた。
 本当に修練をしているのかと思いたくなるほど柔らかい感触が心地よい。
 しかしやられたカエデにしてみれば、不埒者がセクハラを仕掛けてきたようにしか感じない。
 ……間違ってはいない。


「う、うわあぁ!?
 な、何をするでござるかぁ!?」


「…ござる?」


「あ、いや…な、何をするか」


「…お近づきのご挨拶」


「……お主の世界にはそのような挨拶が蔓延しているとでも言うのか!?」


「そのとーり!」


 何の迷いもなく言い切った。
 一切の迷いが見えないので、カエデもそれを信じたようだ。


「ぬ、ぬぅ…拙者の世界では考えられぬ…。
 そのような事をすれば、即刻嫁の貰い手がなくなるというもの…」


「じゃあ俺が貰ってあげるよ〜」


「…いらん。
 立ち去れ」


 がっくりする大河を見て、構わず口数少なに言い切るカエデ。
 振られた大河だが、そもそもその程度でどうにかなるような神経を持っている男ではない。
 あっさり立ち直った。


「それより、もう大丈夫なのか?」


「…何がだ?」


「俺との戦いの後、なんかいつの間にか気絶してたじゃん」


「…問題ない」


「…何処かに大怪我をしたとか?
 それらしい手応えはなかったけど」


「そんな大怪我をしていれば、こんな所をうろつかずにさっさと寝ている。
 あの程度の攻撃で怪我をするほど柔な鍛え方はしていない」


「じゃあ、どうして気を失ったんだ?」


「………持病…もとい、なんでもない」


 何やら妙な単語が出たが、大河には聞き取れなかった。
 カエデはいい出任せを思いつかず、とっさに元の世界でよく使われた言い訳を使おうとしたのだが、シノビといえど年頃の女性である。
 もし痔やぎっくり腰持ちだと思われたら、幾らなんでも普通に泣ける。
 結局強引に押し切る事に決めたらしい。


「なんでもないって……大丈夫なのか?
 今後同じ事が起こる可能性は?」


 仮に実戦中にまた気を失われたりしたら、それだけで巨大なウィークポイントを背負う事になる。
 どんな理由であれ、どうして気を失ったか位は聞いておかなければならない。
 それはカエデも解っているだけに返答に詰まる。
 これは大丈夫の一点張りで切り抜けられる事ではなさそうだ。
 しかしどうしようか迷っていたカエデは、不意に視線を鋭くすると大河を地面に叩き伏せた。


「ブッ!?」


「静かに!
 ……何かいる」


 地面に叩きつけられた大河は、舌か唇を噛んだらしく、ゴロゴロ転がろうとするのをカエデの手で強引に止められている。
 木々と生い茂る草に隠れ、カエデは夜目を凝らした。
 暗闇と木々の間に、僅かに空間が見え隠れする。
 ちょっとした風の動きで隠れたり見えたりするそれを、カエデは正確に把握していた。
 白っぽい何かが、ちらちら見える。


(……3…4…5…結構多い…)


 大河も何とか転げまわるのをやめて、カエデが見つめる物を探していた。
 まるで風船のように浮遊しているらしき白い影。
 徐々に数を増し、その影もより濃く見えてきた。


「………来る!」


オオオオオォォォォォォン…………


 カエデの声と共に、木々の向こうから悲しげな絶叫がこだまする。
 大河とカエデは起き上がり、それぞれ召喚器を呼び出した。
 臨戦態勢で木の向こうからやってくる者を待ち構える。


「…この森には、何かが?」


「何度か魔獣やら怪盗やらの目撃報告がある。
 怪盗のヤツはこんな声は出さない…魔獣の類か」


「……故郷の森に似ていた故、心安らぐかと思っていたが…とんだ思い違いだったな。
 魔獣…物の怪の類には会う、おかしな男には会う…」


「俺の事か」


「他に誰がいる」

オオオオオオオオォォォォォオォンンンン………


 2人が軽口を叩き合う間にも、声はどんどん近づいてくる。
 空を飛べるらしい相手と戦うには、移動を妨げる木々の多い森の中では不利と判断し、カエデと大河はジリジリ後退しはじめた。
 飛び上がるための踏み台が多いという事でもあるが、小回りの利きそうな相手ではデメリットの方が多い。
 2人が森の入り口付近に陣取った頃、ようやく相手の姿が見えてきた。


「ゆっ、幽霊!?」


「迷うたか!?」


 木々の間を飛び回っていた無数の白い影は、絵に描いたような幽霊だった。
 幾人もの幽霊が、悲しげな声を上げながら飛び回る。
 一体がカエデ達に目をつけると、それに釣られるように他の幽霊達も動きを変える。


「来るぞ!」


―――タスケテ…タスケテ……イイイイィィィィィ!

―――タスケテ…タスケテ……アアアァアァァァ…
―――タスケテ…タスケテ……フオオオォォォォ――


 壊れたレコーダーのように、同じ事を繰り返しながら大河達に付きまとう。
 囲まれないように上手く避けていた大河たちだったが、移動の際に大河が幽霊に触れてしまった。


「なっ……!?
 か、体が…重い…!」


「生気を吸い取るのか!?」


 大河に触れた幽霊は、明らかに少し大きくなっていた。
 カエデが周囲を見回すと、いつの間にか増えた幽霊達に完全に囲まれてしまっていた。


「くっ…やるしかないか……いくぞ、黒曜、当真殿!」


「大河でいい!
 くっ、ちょっとしんどいが…トレイター!
 ………?………!!?」


 トレイターの様子がおかしい。
 接近されないように槍に変化させようとしたが、何時もの様に変化が始まらない。
 しかし変化はあった。


「こ、声が……歌が、強く聞こえる…!」


「何を言っているでご…いるのだ!?」


 黒曜で幽霊達を牽制しているカエデをよそに、大河の意識はトレイターに向いた。
 以前闘技場でゴーレムを吹き飛ばした時のように、トレイターから聞こえる声…歌がはっきりと聞こえだす。
 大河の全身に力が満ちた。

 トレイターがようやく変化しだす。
 片手剣が太くなり、大きくなり、長くなり、終には3メートル弱の大剣となった!
 それだけではなく、青い光がトレイターの周囲を飛び回っている。
 トレイターが何を求めているのか、大河は明確に理解した。


「大河殿、伏せろ!」


「!」


 カエデの声に従って、咄嗟に大河は地面に体を投げ出した。
 その上を幽霊が突進していく。
 狙いを外し、方向を変えようとした幽霊は、背後からのカエデの一撃で砕け散った。


「大河殿、こやつら倒しても倒してもキリがない…。
 散っていった破片が、いつの間にやら再構築されているのでござる」


「…今何やら気になる語尾があったが…まぁいいか。
 大丈夫だ。
 多分コイツなら何とかなる」


 そう言って、大河はカエデにバカでかく変化したトレイターを見せる。
 カエデは少々懐疑的であったが、どちらにせよ今のままでは体力が尽きる。
 大河の策でもダメだったら、多少の損害は覚悟で突っ切って逃げればいい。


「承知した。
 拙者は牽制を引き受ける。
 トドメは任せた」


「任された。
 行くぜ!」


「応ッ!」


 前衛2人の攻撃が始まった。
 まず大河が大振りで幽霊を牽制し、続いてカエデが素早く黒曜の一撃を叩き込む。
 カエデの攻撃は重さではなく鋭さ重視である。
 あまり重い攻撃を加えると、幽霊が四散してしまうからだ。
 衝撃を受けて動けなくなるくらいの威力を予想して、片っ端から幽霊達の動きを止めていく。


「うおりゃあッ!」


 さらに牽制の大振りで身を捻った大河が、その反動を最大限に利用し、動きの止まった幽霊達を薙ぎ払う!
 カエデはそれに合わせて振りの邪魔にならない所に退避し、その間も幽霊達の動きを止める。
 そして大河が動けなくなった幽霊達を、捻った反動を活かして薙ぎ払う。
 見る見るうちに幽霊は数を減らしていった。


「その剣は何でござるか!?
 幽霊達を斬る……いや、触れただけで成仏させている!?」


「どうやらそうらしいな!
 コイツが何なのかは俺にもわからんけどね!」


 トレイターが幽霊達を薙ぐ度に、青い光が乱舞する。
 トレイターに触れた幽霊達が青い光に変わり、トレイターと大河とカエデの周りを飛び回った。


「これの光は…?
 ……何やら力が満ちてくるでござる!」


「…ひょっとしてコレ、こっちが生気を吸い取ってんじゃないよな…」


 幽霊から吸い取るのは生気じゃなく死気では?なんて突っ込みはさておいて、青い光もたらす変化はそれだけではなかった。
 光に触れた幽霊の動きが、明らかに鈍る。
 光が何なのかはわからなかったが、とにかく2人は片っ端から幽霊を霧散させていった。
 数こそ多いが、個体としての能力は決して高くない。
 数が多くても連携をとっているわけではないし、小回りが利くのは面倒だったがそれも青い光のおかげで十分仕留められるほどに遅くなっている。
 10分ほどで殆どの幽霊達は消え去った。


「っはぁ、はぁ、はぁ……さ、さすがに疲れたが…もうちょっとだな」


「後先考えずに全力で薙ぎ払ってばかりだから、そんなに早く体力が尽きるのでござる。
 とにかくもう暫くの辛抱でござるよ」


「おう。
 (……ござる、ね…。
  何でか知らないが、芝居をしてたみたいだな)」


 相変わらず元気に跳ね回って幽霊達の動きを止めているカエデを横目で見て、再び大河は大剣を振るった。


「大河殿、今でござる!」


「これで……っ、ラストォ!」


 疲労しきった大河の声と共に、トレイターが叩きおろされる。
 最後に残った幽霊は、声も上げずに霧散した。

 油断なく周囲を見回すカエデ。
 しかし敵影は発見できなかったようだ。
 大河のトレイターは、先程の幽霊を吹き飛ばした後に、大剣から普通の片手剣に姿を変えていた。
 2人は戦闘態勢を解いた。


「はー………マジ疲れた…しんどい…」


「…何とかなったようでござ…いや、ようだな。
 怪我はないか?」


「ああ、大丈夫大丈夫。
 流石に横っ腹が痛いけど…。
 そっちこそ大丈夫か?
 昼間みたいに気絶されたら、このまま運ぶのはマジでキツイぞ」


「う、うるさい!
 とにかく拙者はもう帰って寝る………?」


 ポトリ


 振り返ったカエデの目の前に、何かが木の上から落ちてきた。
 思わず受け止めるカエデ。
 手の中を見ると、ネコとリスを合体させたような動物の死骸があった。
 どうやら先程の戦闘に巻き込まれたらしい。
 大河の斬撃に当たったのか、カエデが投げたクナイに掠ったのか、それとも幽霊達の体に当たって生気を吸い取られたのかは解らないが、まだ暖かいその亡骸から、トロリトロリと血が流れ出る。
 幾つもの傷跡から見ると、落下する時に何かに引っかかって切れたようだ。

トロリ。
トロリ。
トロトロトロトロ………。


「あ…ア………ああ…………」


「ん?
 どーした?」


 何やら様子のおかしいカエデに気がつき、大河は座り込んだまま声をかけた。
 しかしカエデは背を向けて震えるだけで答えない。
 さてはさっきの戦いで負傷でもしていたのかと慌てる大河。
 とにかく顔色を見ようと立ち上がった瞬間である。


「おい、カエ「#$#%$P*#”‘$#%$TE$E血!!!」ムゴッ!?」


 突然絶叫したカエデは、先程の戦闘中にも出さなかった程のスピードで大河の頭に抱きついた。
 抱きつかれた大河は、頭やら顔やらに素晴らしい感触が押し付けられているのを感じて、このままスリスリしたくなっている。
 微妙に危機が迫っているのにも気付かず、カエデは相変わらず叫び続けた。


「イヤああぁぁぁ血イイィィィィィ!!?
 拙者血はイヤでござる〜!
 色もイヤー!
 匂いもイヤー!
 イヤイヤ尽くしでござるぅ〜〜〜!」


 至近距離で絶叫され、頭の上に人間一人が乗って重心が不安定になった大河は、押し寄せる脱力感と耳鳴りでそのまま倒れそうになった。
 しかし何とか堪えて、柔らかい双球の感触を噛み締めつつ頭を掻く。
 カエデはだくだく涙を流しながら、大河の頭に両手両足でしがみついている。
 頭に柔らかい双球の感触があるだけでなく、薄布一枚を通して感じられるフトモモや、肝心な所が大河の口のすぐ近くにあった。
 セクハラしたくなったが、この状況でやって更に錯乱されたら目もあてられない。


(………なんつーか、やっぱりギャグ畑の人間だったのな…。
 物騒な事言ってた割には血の匂いが殆どしなかったし、俺の本能がなんか妙に“ボケろ!コイツは乗ってくる!”って叫んでたから、本性はこういう人種だと思っちゃいたが…。
 ああ、それにしてもいい感触だ……ナイスバディでスピード型の前衛タイプ。
 正に理想の人材だな…個人的にも)


「血ぃ、血ぃぃ、血ぃぃぃぃ!
 何で生き物には血なんか流れてるんでござるかぁー!
 血なんかトマトジュースになってしまえでござるぅ〜〜〜〜!」


 何やら無茶な事を叫んでいる。
 一声叫ぶたびに体を左右に揺らすから、大河に色々とすっげぇイイモノが当たって、リビドーやら何やらがえらい勢いで噴出していた。
 そのまま一分ほど叫び続けただろうか。
 そろそろ人が聞きつけてくるんじゃないかと思う頃、カエデは唐突に静かになった。
 硬直したまま、まるで引っ掛けてあった人形が落っこちるように落下する。


「……おーい…カエデ?」


「きゅう……」


「気絶しとる………俺が運ばにゃならんのか?」


 役得があったんだから、それくらい当たり前だっつーの。
 大河の横の茂みが、ガサリと動いた。


 気絶したカエデを、自室まで運んできた大河。
 カエデは目を開けたまま気絶していた。
 見事に目がナルト模様だ。

 大河は夜食のスパゲティを食べながら、さっきの叫びを聞いて、カエデをどうからかってやろうか、そればかり考えている。
 色々な案が出て、全く纏まらない。
 一旦馬鹿な事を考えるのはやめにして、真面目にカエデを見た。


(要するに、重度の血液恐怖症なんだな…昼間気絶したのは、額から出てた一筋の血液のせいか。
 戦闘者としては致命的な欠陥じゃねーか……あれだけの武力を持っていながら勿体ない…。
 どうにかして克服できんものかな?
 このままだと戦闘中に気絶されて足を引っ張られるが、さりとて強制送還するのも…。
 個人的にも戦力的にも惜しすぎる。
 しかし血液恐怖症の忍者か……なんつーか、コメディにしか聞こえんな)


 大河がつらつらと考えていると、ベッドの上で眠っていたカエデが身動ぎした。
 うっすらと目を開ける。


「う……ここは…」


「よう、起きたか」


「!!」


 カエデは素早く飛びのき、次の瞬間には大河の首筋にクナイを押し付けた。
 冷たい目で、刺すような殺気を纏っている。
 しかし大河は全く慌てない。


「……拙者に何をした?」


「………料理をしている時にだな」


「ぬ?」


 動揺のカケラも見せぬまま、大河は無表情に呟いた。
 見る人が見れば、確実に面白がっているのが解るだろう。


「手先が滑って手に包丁を当てて引いちまった。
 血管が切れて血がどくどくどくどく」


「う…」


「パニックを起こしたまま包帯を出そうと走り回って壁に激突、顔面から突っ込んだから鼻から血がベロンベロン。
 走り回ったから当然血があっちこっちに流れ落ちて、それはもう部屋の中が真っ赤で錆びた鉄みたいな匂いが」


「う……うきゃ!$%”&’YO”%O&#やめてーえぇぇぇぇ〜〜〜〜!


「でゃはははははははは!」


 狙い通り見事に錯乱したカエデを見て、大河はヘンな声で大笑いした。
 幸いベリオが張った結界は順調に作動しているので、カエデがいくら騒いでも外には聞こえない。


「血ぃ、血血血、ぶらっどぉぉぉぉ〜〜〜!
 か、考えるのもいやぁ〜〜〜!
 勘弁してでござるぅ〜〜〜〜!」


 頭を抱え、あっという間に大河のベッドの上に這っていき、布団に包まって震えだした。
 大河は腹を抱えて笑っている。
 コイツにはマトモに稼動する同情心とか思い遣りとかないのだろうか。


「う……うえぇぇぇぇぇぇ……」


「あ…えっと…おい泣くな。
 俺が悪かったから。
 頼むから人のベッドの上で団子虫みたく丸まって泣くでない」


 さしもの大河も、カエデが泣き出すに至って、ようやく罪悪感が芽生えたらしい。
 布団の上からポンポンと背中…多分…を叩いてやると、目と同じくらいの幅の涙を流すカエデの顔だけポコッと出てきた。
 目線で『もう言わない?』と問いかけてくる。
 頷いて首肯してやると、ようやくもぞもぞ起き出してきた。


「うう……や、やっぱりバレたでござるか?」


「血液恐怖症がか?
 それともその言葉遣いか?
 はたまた昼間の態度は全部演技で、今みたいなのが地って事か?」


「はううぅ〜!
 やっぱり全部バレてるでござるぅ〜!」


 頭を抱えて右往左往するカエデ。
 それを見物するのも面白かったのだが、それでは話が進まない。


「で、何だって昼間は演技してたんだ?」


「あうう…ここには拙者を知る者がいないから、ひょっとしたら臆病な自分から変われるのではないかと思ったのでござるよ…。
 実は拙者の一族は古くから暗殺を生業とする一族なのでござるが…拙者は知っての通り、血がダメなのでござる…。
 だから目標を必殺の射程に捕らえても、どうしても最後の最後で腕が止まってしまい、未だ一人も殺せていないのでござるぅ…
 腕は拙者の方が上なのに、そのせいで一族の出来損ない扱いされて……ひょっとしたらこの世界なら、臆病な自分に別れを告げられるのではないかと…」


「学校を転校するのと違うぞ!?
 ……あ、いやある意味同じか。
 いいかいカエデや、よぉくお聞き」


「なんでいきなり昔話調なのでござるか?」


「救世主に限らず、新しい世界に希望を託すのは構わん。
 破れる事だってあるが、決して否定はできん行為だ」


「うわ、普通にスルーされたでござるよ。
 それは置いておいて、そうでござろう?
 地元でダメだったから都会に出てチャンスを探そうと思う事の、どこが悪いのでござるかぁ〜」


「しかしだな、演技をするのは頂けない。
 事に救世主とは苦労の割りに実入りが少ない過酷な職業…もとい、アヴァター全土の運命を背負い、命がけの戦いを日々繰り返す運命にあるのだ。
 だというのに、実力に見合わない、むやみやたらと偉そうな態度をとってみろ。
 最悪背中から味方に斬られ、そうでなくても過大評価されてとんでもない死地に放り込まれるのがオチだ。
 しかもそれは重要な任務だったりして、結局力遠く及ばず失敗し、結果として味方に大損害を与えてしまうのだぞ?
 格好よく見せたい気持ちはわからんでもないが、致命的な弱点を無理に覆い隠してしまえば待っているのは悲惨な結末でしかないのだよ。
 世の中には分相応という目安があるのだぞ」


「うわ〜ん、思いっきり正論でござるぅ〜!
 特に根拠はないけど不気味でござるよ〜!」


 カエデの言葉に思わず正論を中断し、この場で押し倒してやろうかと考える大河。
 しかし一方では、カエデは不要な事を言わずにはいられない自分の同類だと感じ取っている。
 クレアと並んでいい相方になるかもしれない。
 ここは我慢の一手である。


「こういう仕事はだな、もっと崇高で熱く、そして浪漫を持って当たらねばならんのだ。
 例えばこの俺を見ろ!
 世界を救い、この世の全ての(フリーの)女の子達をベタ惚れにさせて、俺専用ハーレム設立!
 意に沿わぬ行為を強いられて傷心の女性は勿論、夫婦仲の冷え切った人妻や、先立たれて悲しみに暮れる未亡人、彼氏と喧嘩別れして嘆く女の子は最優先で保護!
 そう言った人々に愛を与えるのも、救世主としての使命なのだ!
 勿論その中にはありとあらゆる遊具や施設が据え付けられて、どこへ行っても俺に甘えてくる女の子や甘えさせてくれるお姉様で一杯だ!」


「おお!
 な、なんと壮大な!
 しかも自分の利益のためだけでなく、世の孤独な女性のためでもあるとは、大河殿は真にもって男の鑑でござる!」


「バカモノ、“男”ではなく“漢”と書かぬかッ!」


「失礼したでござる!
 大河殿は漢の中の漢なのでござるな!」


 目がキラキラ光っているカエデ。
 以前ベリオに何をしたのか、ついでに普段のセクハラを棚に上げている大河。

 漢かどうかはさておいて、どうやらカエデは本気で大河を信望しはじめたらしい。
 カエデの世界ではハーレム…大奥は珍しくなかったため、大河の言うことにそれほど抵抗はないのだろう。
 しかし、そうかと思うとカエデは急に肩を落とした。


「し、しかし大河殿が羨ましい…。
 聞けば、大河殿は数週間前にこの世界に呼び出されたと言うそうではないか。
 そんな右も左もわからぬ境遇だというのに、地に足をつけ、夢を持って生きている…。
 それに引き換え拙者は……はぁ…大した知人も居らぬこの世界なら、自刃する事にもそれほど良心の呵責は……いっそこの手を切り裂いて、さっさと楽になってしまおうか…。
 って、そんな事をしたら血がドパドパ出てくるでござるよ〜!」


「……さっきから思ってたんだが、血を出さずに殺すなり自殺するなり、方法は幾らでもあるだろう。
 例えば毒を使うとか首を絞めるとか、あとは秘孔を突くとは言わないまでも、アンタの拳速で急所を打ち抜けばそれだけでお陀仏すると思うが」


 しかしカエデは聞いていない。
 都合のいい事しか聞こえない耳は進化の証、といった大人物がいるが、そうだとしたら彼女は我々よりも遥か先を行っている。
 藁にも縋る思いで、カエデは大河に詰め寄った。


「せ、拙者は一体どうすればいいでござろうか、大河氏〜!」


「ええい、氏はやめんか!
 ……ああもう、解った解った!
 俺もアンタが一緒に戦ってくれるなら心強いし、血液恐怖症を何とか克服するぞ!」


「ふえ?
 しかし、今日会ったばかりの大河殿にそこまでしてもらうわけには…」


「いいんだよ、乗りかかった船だ…。
 それに、忘れてないか?
 敗者は勝者の指導を断れないんだぞ。
 俺が血液恐怖症を乗り越える指導をするから、お前が遠慮しても意味がないんだよ」


「そ、そこまで拙者のために……感動したでござる!
 大河殿!
 師匠と呼んでもよいでござるか!?」


 胸の前で両手を組んで、目の中には万華鏡が如き輝きが満ちている。
 どうやら大河に対する崇拝は、決定的なまでに高まってしまったようだ。
 ある意味カエデの運命が決定したとも言えるかもしれない。


「おう、ドンと来い!
 共に歩もうぞ、我が弟子よ!」


「し、師匠〜!
 って、師匠の服に血がああぁぁ〜!?」


「これはただのケチャップだ!
 ええぃ落ち着け、この馬鹿弟子がぁ!


 大河はマスターな台詞を言えて満足そうだった。


 その頃のベリオと未亜…。


「ええ!?
 そ、そんな事まで!?」


「この位序の口です。
 例えばチャイナドレスを着た時なんか、それこそノンストップで朝まで…。
 それもあそこやあっちまで、余す事なく徹底して…」


「たたた、大河君、あなたと言う人は…。
 わ、私もいつかされるのでしょうか!?

 まさか大河がそこまでディープだったとはねぇ。
 さすがのアタシも勝てる気がしないよ…」


 建前上は大河の毒牙にかかる人間を減らすため、実際は浮気防止のために、大河を徹底的に搾り取る作戦を練っていた未亜・ベリオ・ブラックパピヨンの3人は、いつの間にやら猥談・大河の過去の暴露話に移行していた。


 その頃のミュリエル学園長……。


「…そう言えば、大河君と懲罰の交渉する筈だったのをすっかり忘れてたわ」




いよっしゃあああああああジャスティス発売ィィィィ!!!!!!
午前中に届いたぁぁ!
試験もやっと終わったし、十分眠って冴えた頭でやりまくるぜええぇぇ!
でもそうなると、ちょっと更新が先になるかも…。
ふと我に返ってみれば、まだ未亜ルートもやってねぇ…。

夏休みに突入したので、何憚る事なくゲーム三昧…と言いたいところですが、妹が買った戦国バサラもやりたいし、最近太ってきてるからジムに行って運動とかもしたいし、何より幻想砕きを書きたいのでジャスティス一本には絞れませぬ。

例によって大河が何やらやらかしたようですが、それは何時か書くかもしれません。
書かないかもしれません。
外伝に関しては、大河未亜ブラパピベリオの情事乱闘だけで手一杯ですよ。

ストーリーそっちのけで、サルのように見切りガードに嵌る時守でした。(現在50%触手の村長)
うう…パッドがあれば大抵のガードはどうにかなりそうなのに。
いつかキーボードのCが使い物にならなくなる気がします。
それではレス返しです!


1.干将・莫耶様
う〜ん、生憎と今の所、別の作品に取り組む余裕はないです。
強いて言うなら、ラブひなの素子ちゃんヒロイン中篇が一本程度…それも幻想砕きを書き終わったら書こうかな、と思っている程度です。
どうしてもと言うなら……分岐?
は難しいので、ちょっと別行動させてみようかなぁ…。


2.アクト様
クレア様ばんざーい\(^o^)/
やっぱりユーザーからの声は強かった!
もしデマだったら、暴動が起きるかもしれませんね、主に公式HPのBBSで(笑)

トラブルメーカー度では、ランキング順に大河・ブラパピ・クレア・ダリアくらいになっています。
クレアに出番……となると、どうにかして彼女を学園内に引き止めなければ…いやその逆もアリかな…?


3.エル様
リーフ作品でしたか。
すごい威力なんですねぇ…ちょっと調べて参考にしてみます。


4.ROM専のヒト様
すいません、やっぱり大河が居たのは第7世界です。
勉強不足を補おうとアルファさんのHPまで行って世界の謎掲示板を見てきましたが、量が多すぎて1時間ほどで挫折…。
アレを把握してる人はマジで凄いです。
元々世界の謎に関しては、さっぱり理解していませんでしたから、殆どは小説とかネットのSSで得た程度の知識しかありません。
その程度で引用しようなんぞちゃんちゃら可笑しいってもんですが、勘弁してください。

ヤオト…見事にマッチしてますね。
案外DS作る時にも参考にされてたりして…。


5.&8.ナナシ様
リリィのツンデレ…アレはいいですね。
ちょっとアブノーマルながら、一応シチュエーションは考えています。
多分恋人関係になれば、彼女はなんだかんだ言って我侭を聞いてくれるでしょう。

リリィにもうちょっと活躍させないと…。
でも彼女は弄り辛いです。
突っ込み役に中途半端に回したせいでしょうか?

壊れかどうかは別として、HPで公開された画像では未亜と一緒に自棄酒かっ喰らってましたねぇ…。
パッケージ裏見たら、目に火が灯ってましたし。

ユンさんはめっきりレスをくれなくなりましたから、ちょっと寂しいです。
元々常連様が出来る事自体、予想外だったので「これくらいが普通なのかな」とも思いますが。
自分のSSかジャスティスの方に集中されているのでしょうか?
愛想を尽かされたかと、戦々恐々しています。

運命出るらしいですねぇ。
結構前から噂になってましたし…。

速攻では買わないつもりです。
クレアルートが追加されただけなら、誰かが安く売ってくれるのを待ちます。
戦闘システムに、何か面白い変更があったら即買いかもしれませんが…。
本格格ゲーはちょっとムリっぽいですね。
そこまで内容を変更するなら、別のゲームにするでしょうし。


6.竜神帝様
大河はあの邪夢は持っていません。
前話でも書きましたが、異世界に持ってこられたエネルギーの類は不安定になる傾向があります。
あんなシロモノを世界移動させたら、それだけで何が起こることか…。
東映の大怪獣が出たり、自身の意思を持って暴れだしても、きっと驚くに値しません。


7.沙耶様
早ッ!
クリアするの早ッ!
ああ、時守もはやくハーレムルートに突っ込みたいっす!
でもその前に未亜ルートやらなきゃ。


9.なまけもの様
マンドラゴラ如き、ですか……尤もですね。
きっと走れるようになってます(笑)

おお、シ○タローはともかくとして幕張まで解かるとは……鈴木○恵子を出してみようかな?
……ある意味ゼンジー先生とタメを張るかもしれませんね。

クレアは……本気で目覚めさせてもいいですか?(邪笑)
プレステ版ではエロシーンは無さそうだし……その分こっちで開発してみようかと。

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