インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始▼レス末

「幻想砕きの剣 4-2(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2005-07-26 21:15)
BACK< >NEXT

 何の成果も見せなかったブラックパピヨン探索の山狩りから、2週間が過ぎた。
 その間にも色々な事があった。
 ベリオが大河とブラックパピヨンと未亜にえらい目に逢わされたり、模擬戦で未亜がリコに勝ったり。
 アシュタロスと連絡を取り合い、送られてきたヘンな装置で召喚器を分析し、そのデータを送ったり。
 他にも例によって大河が何ぞ揉め事を巻き起こしたり。

 模擬戦といえば、ベリオの戦い方は明らかに一皮剥けていた。
 以前なら接近されると対処に困っていたのが、唐突に動きのクセが変わり、のらりくらりと避けて間合いを取る。
 そんな時は目つきが悪くなると評判だ。
 実はブラックパピヨンと入れ替わっているのだが、それに勘付いているのは大河と未亜だけである。


 そんなある日、救世主クラスは集合をかけられて教室に集った。
 ただ集合しただけでも、よく観察するとそこには微妙な変化が見て取れる。
 大河は相変わらずだったが、ベリオが少しだけ大河に近づいていた。
 そしてそれに気付きながら、未亜が何も言わず黙認している。
 リリィとリコは相変わらずだ。

 思い思いの席に腰掛ける五人を見渡して、ダリアは機嫌よく告げた。


「はぁ〜い、今日はみんなに新しいお友達を紹介するわよ〜」


 ノリが完全に幼稚園である。
 大河達が幼稚園児扱いされているのか、それともダリアの脳みそが幼稚園児並みなのか。
 ヘタな答えを出すと闇に葬られそうなので私は何も言わない。


「新しい救世主候補が見つかったんですか?」


 驚愕した表情のベリオ。
 リリィは少し不満そうだ。
 ライバルが増えるのが気に入らないのだろう。
 一方、未亜も少々不機嫌そうだ。
 大河がまだ見ぬ美少女(予想)を想像して鼻の下を伸ばしているからだろう。
 リコは例によって何を考えているのかわからないし、ダリアはダリアで間の抜けた笑みを浮かべたままだ。


「リコちゃん、説明してあげて〜。
 私は面倒くさいから」


 それでいいのか聖職者。
 ダリアのアバウトっぷりは何時もの事なので誰も何も言わないが、何故こんなのに救世主クラスを任せているのだろう?
 そりゃダウニーあたりをつければ、大河がこれ幸いと大騒動を巻き起こすのがオチだが…他にも教師はいた筈だ。
 ミュリエル学園長はなにを考えていたのだろーか?
 たとえ能力があっても、責任能力とか皆無のような気がするのだが…。


「はい。
 先日…第四象限世界に探査に出している赤の書から、救世主候補が見つかったとの報告がありました。
 新しい候補者の名前は…ヒイラギ・カエデ。
 ジョブクラスは前衛系、古流武術の流れを汲む独特の体術と刀術の使い手です」


「前衛系がこれで2人……ようやくバランスが取れてきたな」


 大河は腕を組んで、救世主クラスで集団戦を行った場合の戦術の変更をシミュレートした。
 今までは自分一人で前に出て後衛を守らなければならなかったが、これで随分と楽になる。
 そう考えたのが表情に出たのか、リリィが大河に絡んできた。


「ちょっと大河、アンタ妙な事考えてないでしょうね。
 まさかとは思うけど、自分が私たちを守るとか思い上がってない?」


「意味合いが違うと思うけどな。
 接近戦が不得手な後衛を、接近戦専門の前衛が守るのはそれほど不自然な話じゃないと思うが?」


「接近される前に倒せばいいだけの事じゃない。
 アンタに守られる筋合も必要もないわよ」


「そりゃ敵が一体だけで、鈍重だったら時にだけ成り立つ話だろ。
 それも正面から来た時だけだ。
 待ち伏せや奇襲を受けたら、体勢を立て直す間に接近されるぞ」


「接近戦用の魔法ぐらい覚えてるわよ。
 それでなくてもちょっと使い方を工夫すれば、威力は弱くなるけど周囲を一度に薙ぎ払えるわ」


 延々とリリィと大河の掛け合いが続く。
 最近になってよく見かけるようになった光景である。
 2人はお互いをバカにするような会話から、戦略シミュレートのような会話に移行する事がよくあった。
 結果として、お互いの戦力や戦法の欠点を発見しているのだが、本人達は気付いていない。
 意識していないので、欠点を発見する事はあっても殆どをその場限りで忘れてしまい、戦法の改善までは手が届いていなかった。


「リリィ、そのくらいにしておきなさい。
 私たちはクラスメートでしょう。
 お互いに角を突きつけあっても意味が無いわ」


「なっ…ベリオ、あなたはこのバカの肩を持つの!?」


 珍しくベリオが口を挟んだ。
 普段はコミュニケーションの一環と割り切っているらしく、基本的に放置しておく。
 未亜も最初は止めていたのだが、暫くすると面倒くさくなってやめてしまった。
 大河に妙な感情を抱かなければそれでいいと、割り切ってしまったらしい。


「肩を持つとか持たないとかじゃなくて、何度も突っかかっても意味がないって言ってるの。
 私たちは救世主を目指すライバルかもしれないけど、だからって喧嘩をしても意味がないわ。
 私達の中の強い弱いで決まるんじゃないし、もし救世主になれなかったとしても“破滅”と戦う時にはみんな一緒よ。
 だったらいがみ合う必要も理由もないと思うんだけど」


「それは…そうだけど……でもこのバカ…」


 予想してなかった友人からの仲裁に驚いているのか、リリィの舌端は歯切れが悪い。
 何とか言い返そうとするが、ベリオが言っているのは全くの正論だった。
 そもそもリリィが大河を敵視しているのは単なる個人的感情以上の理由はないので、理路整然と諌められると分が悪い。


「それに、救世主になるためにはすべての人を愛する必要があるのよ?
 今からそんな事じゃ、学園長の期待に応える事は難しいと思うけど」


「……解ったわよ」


 渋々引き下がったリリィだが、そこで引かないバカが一人。


「何でもいいけどさ、前から思ってたんだが…救世主クラスの主席って、何か意味があるのか?」


「…何がいいたいのよ、アンタ」


 再びリリィが剣呑な雰囲気を纏い始めた。
 ベリオに宥められて一度は退いたが、大河の側から突っかかってくるならこれ幸いと受けて立つ。
 ようするに自分から同レベルになっている訳だが、リリィは全く気付いてない。


「だからさー、救世主になるには全ての人を愛さなけりゃならんのだろ?
 それって戦闘能力には大して関係ないって事じゃないのか?」


「何言ってんのよバカ。
 救世主になっても、弱かったら破滅と戦えないでしょうが」


「それなら単純に、強ければ救世主って事になるぞ。
 ぶっちゃけ人を愛さなくても、破滅をぶっとばせば無条件で救世主扱いだ。
 だってのに、何だって人を愛するだのなんだの、そんな面倒な条件がついてくるんだ?
 少なくとも俺は誰彼構わず人を好きになるなんて信じられないし、俺以外の誰かが救世主になったとしても、それが『この世界のみんなの事、例え人間の風上にも置けない下種野郎でも無条件に大好きだー』なんて抜かすヤツなら、そんな生き物に近づきたくないぞ」


「アラそう。
 だったらアンタは救世主を辞退する事ね。
 心配しなくても、アタシが救世主になれば少なくともアンタを嫌うから」


 リリィと大河は教室の真ん中で睨み合った。
 一触即発の雰囲気が漂う。
 リリィは全身に魔力を張り巡らせ、大河は背後に隠した手にトレイター…しかも爆弾形態を持っている。
 このまま放っておけば、再び何時ぞやの爆弾騒ぎが再現されるかもしれない。
 もしそうなったら、きっとここに居るメンバーはアフロになるだろう。
 ……正直言って、元が美女・美少女だけに笑い話以外の何者にもならない。
 でもダリアはアフロになって笑っていても違和感が無いような。


「は〜い、それくらいにしておいて。
 そろそろ話を進めてもいいかしら〜?」


 2人の間に割り込んだのは、例によってダリアであった。
 すでにこの2人の間に揉め事が起きた際、仲裁するのは彼女の役割になっている。
 早期ならベリオや未亜でも防げるが、今のように闘気だか何だかを撒き散らす段階にくると、もう割って入れるのは彼女しかいない。
 案外ミュリエル学園長は、救世主候補生同士の喧嘩に割ってはいる事が出来るからダリアを担任にしたのかもしれない。


「そう言う訳だから、午後は召喚の塔に集まってちょうだい。
 大河君と未亜さんは…召喚の儀は始めてよね」


「召喚の儀…ですか?
 ……それってひょっとして、猫や牛の心臓を天井から吊るして怪しげな香を焚くような…」


「私たちは邪教信者が召喚した魔獣と違うわよ!」


 リリィの張り手が未亜の頭を直撃した。
 一体自分達を何だと思っているのだろうか。
 その邪教の召喚を担当するリコは、さすがにイヤな気分になったのか、眉をしかめている。


「そんな通報されそうな事じゃなくて、極一般的な儀式…ええと、アンタ達の世界で言うと…そう、ミサみたいなものよ」


「黒か」


「バカは黙ってなさい。
 アンタ達の世界にも、宗教の儀式や祈りはあるでしょ。
 祈りを捧げずに呪文を唱えて、神の祝福を請うのではなく異世界から対象を召喚する…。
 それだけよ。
 とにかく見れば解るわ」


 リリィはそれだけ言って肩をすくめた。
 どの道、何かしら特筆すべきような事をする訳ではない。
 召喚自体が特筆すべきものと言えばその通りだが、儀式の主旨がその召喚である為今更どうこう言うような物でもない。


「そう言えば、私たちが召喚された原因について何かわかりましたか?」


 そう言うと、未亜はダリアに目を向けた。
 召喚されてから、それなりの時間が経っている。
 そろそろ何か解ってもおかしくない。
 しかし、ダリアは無常にも…そして無責任にもあっさり首を振った。


「それが全っ然。
 主だった研究者を集めるのに苦労してるし、そもそも時期的には大河君と未亜ちゃんを送り返すよりも、“破滅”に対する対抗手段を探さなきゃならないもの〜。
 学園の関係者だけの知恵と設備じゃあ、出来る事にも限界があるし…。
 ……リコちゃん、アナタ何かわかる?」


 話を振られたリコは暫く考えると、大河と未亜を見据えて話し始めた。


「大河さんと未亜さんのケースは…非常にレアなケースに該当します。
 2人一度に召喚されただけでなく、男性を召喚したなど前例がありません。
 過去の記録が殆ど残っていませんが、これまでの救世主候補全てが女性だったのは事実でしょう」


「でしょうね。
 それにしても、よりにもよってこんなバカを引っ張ってくるなんて…」


「む。
 歴史を動かすのは何時だってバカだぞ」


 自分でバカと認めた大河。
 突っ込んでやろうかと思ったリリィだが、リコの話にも興味があるので自粛した。
 系統が違うとはいえ、同じ魔法の使い手である。
 召喚術の話にも、大いに知識欲をそそられるのだ。


「それだけではありません。
 赤の書と私は交換意識で繋がれていて、別世界で候補者が見つかった場合は、その経過と共に対象の素性や能力も報告してくるのです。
 そしてその報告を受けた私が書を通じて相手に話しかけ、事情を理解してもらった上で救世主候補になる事を納得していただき、召喚する事にしています」


「…納得してもらえなかったり、協力を拒まれた場合は?」


「どうもしません。
 力尽くで連れてきても、お互いに不利益を蒙るだけですから。
 ……断ってくる方も居ますが、あまり数は多くないようです。
 少なくとも、今回は断られた事はありません」


「どうして断らないの?
 それまでの生活を捨てる事になるんでしょ?」


 未亜は地球の学校の友人達を想った。
 …三分の一くらいは大河狙いで繋ぎを持ってきた少女達だったが、それでも友人と言えない事は無い。
 少なくとも未亜が夜叉の如き気迫をちらっと覗かせると、すぐさま大河を諦めて未亜から離れるか、普通の友人として接していた。
 家事があるので一緒に遊びに行くような事はあまりなかったが、学校では結構話をする。
 今頃地球ではどういう扱いになっているのだろうか。

 失踪? 誘拐? 心中? 駆け落ちだったら許容範囲だ。


「話に聞くところ、大河さん達の世界は概ね平和な所だそうですが……救世主候補が見つかる世界の多くは、何かしら問題を抱えているのです。
 疫病や戦争、飢餓……そうした世界に産まれた候補者は、自分の世界を救うためにも救世主となる事を志願してくれる事が多いのです」


 大河はリコの言葉の後半に引っかかりを覚えた。
 リコはそう言ったが、実際は逆の場合が多い。
 疫病、戦争、飢餓……明日まで生き延びる事ができるかも怪しい自分の世界より、得体の知れない“破滅”と戦う破目になっても暖かい食事と寝床、そして安全が保障される世界を選ぶ。
 例え多くの知人友人と別れる事になっても。
 それが大河の知る“人間”の多くの考えだった。
 危険や死が充満している世界ほどその傾向が強く、また大河もその考えを否定する気は無い。
 にも関わらず、『自分達の世界を救うためにも』救世主候補に志願する?
 単に大河の世界観が狭量なのか、それとも救世主候補とはそうした世界の中にあってさえ、そのような考えが出来るのか。
 あるいは……救世主候補の条件に合う人物を探すと、自然とそういう人物が多くなるのか。
 しばし悩んだが、大河は結論を出すのを放棄した。


「それじゃあ、俺達の場合は?
 推測でいいから答えてくれ」


「…おそらく、赤の書が私の意識交換をして判断を仰ぐ余裕がなかったものと思われます」


「それって……赤の書が、何かと争っていたという事?」


 ベリオはアヴァターに来る前に拾った、赤い本を思い出した。
 リコが召喚する本の魔物ならともかく、とてもではないが戦闘能力があるとは考えられない。
 ……案外自爆くらいなら出来るかもしれないが……もしそうならきっと大河が喜ぶだろう。


「赤の書には、何かと争うような機能は備わっていません」


「じゃあ、リコの判断を仰ぐ暇もないほど急いでたって事?
 そんなに急いでいた理由は何よ?」


「解りません。
 書は何も語りませんし、私も何があったか読み取る事はできません。
 第一、赤の書にそんな事ができるのかどうかさえ…」


 そう言って言葉を切るリコ。
 それを見て、大河はふと思いついた。


「じゃあさ…リコに判断を仰いで…それで返答を貰ったのだとしたら?」


「…私は返答どころか報告すら受けていませんが」


 人をアルツハイマー扱いするのかと、リコは少し目を細めて大河を睨みつける。
 睨まれた大河は両手を振って降参の意を示す。


「そうじゃなくて、誰かから…何かから介入を受けたんじゃないのか?
 俺達を見つけた赤の書がリコに判断を仰いで、その報告を何かが途中で握りつぶす。
 そしてリコに成り代わって返答を返す………どうだ?」


 リコは暫く目を閉じて黙考する。
 それを横目に、リリィはせせら笑った。


「それだとアンタが召還されたのは、単なる間違いって事になるわね。
 なんだ、自分でも解ってるんじゃない」


「バカモノ、事はそれほど単純じゃないぞ。
 仮に俺が召喚されたのが間違いだったとしても、召喚器を呼び出す事は出来たんだ。
 これによって、前提が一つひっくり返る」


「救世主候補生が全て女性……って所だね?」


 挑発に乗らず真面目な顔の大河の言葉を、未亜が受け継いだ。
 それを聞いて、リリィのみならずリコ以外の全員が考え込む。


「そうなると、救世主候補の条件は女性である事ではなくなる…。
 ならば、どうして今までの救世主候補は全て女性だったんでしょうか?」


「お兄ちゃんが男の中でも特別な才能があるのか、それとも召喚器を呼べる人間の中から女性だけを選んで召喚していたのか…」


「ひょっとして、男の救世主なんて萌えないから〜なんて理由じゃないかしら〜?」


「「「「いやさすがにそれは」」」」


 真顔のダリアに揃って突っ込みを入れ、大河はその後本気でその可能性を検討した。
 世の中を構成する理など、突き詰めてしまえばそんなものである。
 世界は一部の存在の趣味によって廻るのだ。

 一頻り唸っていると、リコが結論を出したらしく大河を見据えて話し出した。


「何者かから干渉を受けた可能性は否定できません。
 私に報告すら届いていない以上、何者かが私と赤の書の繋がりを切ったか割り込んだと考えるのが一番自然です。
 あるいは赤の書に、私も知らない何らかの機能があるのかもしれませんが…。
 しかし、そうなると赤の書に干渉したのは………」


「リコと赤の書の繋がりに細工できるとなると、かなり上位の力…権限の持ち主という事になるわね。
 赤の書はただの書物じゃなくて、リコの分身みたいな物…。
 その繋がりに割り込み、気付かれないように摩り替わるなんて人間業じゃないわよ」


 神、精霊、あるいは世界の意思。

 いずれにせよ、人間の力ではまず太刀打ちできない相手である。
 不可能ではないが、それ相応の代償を払う事になるだろう。


「そもそも、赤の書って一体何なんだ?
 道端に転がってたけど、探索に出すって他の世界に適当に放り出すのか?」


「何せ本ですから、自分で歩く事はできません。
 自然と人目につく場所……大抵は立ち読みが出来る古書店などに紛れ込みます。
 周囲の本を解析すればその世界の情報を得る事が出来ますし、何より不自然ではありません。
 本を開いても、その世界の文字ではありませんから読む事も出来ず、従って買おうとする物好きもあまり居ません」


「じゃあ、私たちが拾った時には?」


「わかりません。
 赤の書からは何も報告を受けていないので、未亜さん達がどういう経緯で赤の書を手にしたのかさえ知らないのです」


 そうなると未亜と大河が拾った本が本当に赤の書なのかすら怪しくなってくる。
 このままではどこまで行ってもキリがない。
 疑心暗鬼に陥りつつある思考を止めて、ベリオはリコに説明を続けさせた。


「赤の書は、私の本質の意識です。
 私という『世界』を作る本質は基本的にすべての世界を作るそれと同じものなのです。
 大河さんの世界風に言えば人体のDNAと同じ。臓器は違っても、それを作る細胞の、そのまた元になる本質は一つです。
 そしてすべての世界の本質が同じであるという事は、私という存在がどの世界にも存在しているという事になります。
 加えて召喚士はその本質を通じて他の世界の様子を知り、導く事ができる存在ですから「ストップ!リコさんストップ!」…なんですか?」


 垂れ流されるリコの説明に、未亜が強引に割って入った。
 途中から頭を使うのをやめ、理解するのを諦めたらしい。
 理解できないのを理解した、というところだろうか。


「ギブアップ……さっぱりわかんない。
 ほら、お兄ちゃんの頭から煙………じゃない、何これ…」


 なんか出てた。
 煙ではなく、どう見ても固形物で、あまつさえ周囲を警戒しているように見える。
 …意思を持っているのだろうか?
 心なしか植物に見えない事もない。
 パ○ワ島辺りに行けば、こんな植物も発見できるかもしれない。

シャハハハハハ

 あ、笑った。


「…えいっ」


 誰もが呆然として見ていたが、ダリアが唐突に近づいて、無造作とも言える手つきで大河の頭から生えた怪生物(?)を引きちぎった。


シャギャーーーーーー!


 その途端心臓が止まるかと思うくらいにショッキングな悲鳴が響き渡る。
 その声に射抜かれたリリィ達は、思わず後退して耳を塞いだ。
 しかし至近距離から声を浴びせられたというのに、何故かダリアだけは平気な顔をして手に持った怪生物を眺め回している。
 最初にリコが立ち直ったが、他の面々はどうやら体が痺れて動かないらしい。


「……これって、マンドラゴラなのかしら?」


「…大河さんは召喚術が使えるのでしょうか…」 


 絶対に違う。
 マンドラゴラに自意識はないはずだし、召喚術なんぞ大河は使えない。
 突っ込みたかったリリィ達だが、まだ体の麻痺が抜けない。

 一方大河はと言えば、怪生物が引っこ抜かれたからなのか、あっさりと平時の状態に戻っている。
 リコに説明された事を自分なりに要約したようだ。


「つまり、リコの目玉が沢山あって、それが勝手に異世界をふらふらしている訳ですな?」


「……なんだか妖怪みたいな言われようですが、概ねそういう事です。
 その比喩で行くと、視神経は全て一つの脳に繋がっています。
 そんな訳で、書と私は不可分な関係であるはずなのですが、なんからの要因で意識交換が遮断され、その非常事態に書は基本コマンドである救世主候補者を確保せよと云う命令を優先実行し、お2人をアヴァターに送ったのだと思います」


「……意識交換が遮断される要因に、何か心当たりは?」


「残念ながら……そんな事情もあるので、まだお2人を安全に元の世界に送れる保障もないのです」


「まあ、俺はもう暫くこっちに居るのもいいけどな…。
 永住したって特に問題があるわけでもないし、“破滅”さえどうにかしちまえば、あとはどうとでもなるだろ」


 そう言うと、大河はふと振り返る。


「ところでお前ら、何やってるんだ?」


 救世主クラスの面々はまだ痺れていた。

 追記1・大河の頭から抜き取った怪生物は、ダリアが闇市で高値で売り飛ばしたらしい。
 追記2・抜き取られた怪生物の根っ子(?)にピンク色の脳○ソらしき物体が付着していたが多分気のせいだ。


「やれやれだぜ…」


 一足先に教室から出た大河は、日差しを浴びながら廊下を歩いていた。
 他の面子は、いい加減痺れは抜けたのだがまだ耳が痛んだり三半規管が平行を取り戻していなかったりと、もう暫く教室でじっとしているそうだ。
 召喚の儀を行うので、午後の授業は免除である。
 いっそサボタージュしてやろうかとも思ったが、大河も召喚の儀とやらに興味はある。
 召喚されるのが美人の女の子なら尚更だ。


「さって、どんな女の子なのかな…。
 俺と同じ接近戦タイプだって聞いたけど、ムキムキのファイタータイプよりも、細身でスレンダーなスピード優先タイプだと嬉しいな…」


 個人的な好みと戦力的な観点から同時に語る大河。
 色々と想像しながら歩いていると、背後から声をかけられた。


「おい」


「あ〜、昼飯食いに行かなきゃなー。
 セルと約束してるし」


「おい、そこのお前」


「未亜も都合よく暫く痺れてるだろうから、いきなり追いかけてきてジャスティ乱射って事はないだろ…多分」


「おい、そこの下郎」


「う〜ん、やはりムチムチ系が…しかしアクションの度に胸とか揺れると、こっちが戦闘に集中できんかもしれん…」


「下郎、聞こえぬのか。
 これ、無視するでない」


「はっはっは、なんか礼儀を知らない小娘の声が聞こえるなぁ」


「聞こえておるではないか!
 返事をせぬか、下郎!」


 大河が無視しつづけるので、声の主もムキになってきているらしい。
 さっきから結構なスピードで移動しているというのに、小走りになってまでついてきている。
 唐突に進路を変える度に柱や壁に衝突しかけて急停止し、その後ダッシュで追いかけてきてまた声をかける。
 いい加減声の主にも疲れが見えてきた。


「こ、この下郎が…。
 何故返事をせぬのだ…」


「あっはっは、返事をして欲しけりゃ礼儀を弁えんか。
 さもなきゃダンディーで素敵で無敵な世界一のお兄様と呼べ」


「っはぁ、はぁ、はぁ……クッ…。
 だ、だんでぃーですてきでむてきなせかいいちの……っはぁ、はぁ…」


 棒読みで言った通りの要望に答える声の主に満足し、大河は振り向いて笑顔を見せた。
 しかし、この声の主は大河が思う以上に意地っ張りなのだ。


「なんだね、少女よ?」


「……世界一の…脳が可哀相で思わず同情して一円玉寄付してあげたくなる精神病患者の、自称世界一のお兄様。
 なんだ、返事をしたという事は自分でも自覚しておるのだな」


「澱みなく言い切りやがった!?」


 悪口になるといきなり息が整って、あまつさえニヤリと笑みを浮かべる。
 一本取られた大河は心中舌打ちすると同時に、目の前の少女にシンパシーを感じた。
 やり返すためなら幾らでも意地を張れる、そんなシンパシーだ。
 ……詰まる所、彼女にもトラブルメーカーの素質ありと看破しただけなのだが。


(コイツとは将来組めるかもしれんな…美少女だし)


 何やら恐ろしい事を考えている大河。
 と言うか、組んで何をする気だ?
 取り敢えず未来の相棒候補を手懐ける為、大河は親切に…彼を知るものなら確実に何か企んでいると判断する態度で…する事に決めたらしい。
 少女の容姿が整ったものであるのも理由の一つだ。 


「で?
 何の用だ?
 サインだったらちゃんと色紙を持って来いよ」


「なぜお前のサインなど貰わねばならぬ?
 ああ待て、どうせするならこの契約書にサインを…」


 そう言って何処からともなく羊皮紙を取り出す少女。
 そこには奴隷がどうの絶対服従がどうのと、手書きで書かれていた。
 どうやら彼女が自分で書いたらしい…何時の間に?
 無言で契約書(お手製)を引ったくり、紙飛行機にして飛ばす。
 案外遠くまで飛んで行った。

 2人ともそれはあっさりスルーした。


「戯言はよい。
 人を訪ねて参った。
 ここに救世主クラスの学生が居ると聞いてきたのだが、相違ないか?」


「ああ、確かにさっきまでここで救世主クラスの授業が…って、一周して戻って来てたのか」


 大河と少女が追いかけっこをしている内に、元の場所に戻ってきてしまったらしい。
 まだ未亜達は痺れているのだろうか?


「そうか…それにしては、それらしい人物が居らんようだが?」


「あー、多分まだ中に居るんだろ。
 ちょっとしたアクシデントで殆どが動けなくなってるからな…。
 ふっ…それにしても俺も罪な男だな…」


「強盗でもしたのか?」


「真顔で尋ねんなッ!」


 至極真剣な顔で言ってくる少女に、大河は『やっぱり素質あり』と考えながら突っ込みを入れた。
 いっそ拉致監禁でもしてやろうかと考えたのは秘密である。


「俺に会いに来てくれたんだろう?
 何を隠そう、この俺こそがアヴァター史上初の男性救世主となる…」


「おお、そこの女子達。
 ちとつかぬ事を窺うが…」


「聞けよコラッ!」


 少女はあっさり大河を無視して、教室から出てきた女性達…未亜やリリィ、ベリオに声をかけた。
 何とか痺れは抜けたが、三半規管が回復しきっていないらしく、少々よろめいて見える。


「お兄ちゃん?
 何してるの?
 ……ナンパ?」


「大河君?
 この子は?
 …大河君、そのケがありましたっけ?」


「今度はそんな小さな娘をかどわかそうっていうの? 犯罪者」


 大河がどう見られているのか、すぐに解る発言である。
 少女は心なしか、大河から距離をとった。
 滂沱の涙を流す大河。
 確かにかどわかそうとしていない事もないが、それは将来コンビを組むための布石である。
 断じてナンパをしようとしている訳ではない。
 ……ロリの毛はない事もない。


「人聞きの悪い事を言うんじゃない!
 俺はコイツに逆ナンされたの!
 断じて俺から声をかけたんじゃないの!」


「な、何を言う!
 私は、その…逆ナン?などしておらぬ!」


「ええい、見ず知らずの男に女が声をかけ、尚且つアナタに会いに来たとか言ったらそれは立派に逆ナンなのだ!」


「そ、そうだったのか!?
 …して、逆ナンとは何の為にするものなのだ?
 と言うか、そもそも私はお前に会いに来たなどと一言も言っておらぬが…」


 あっさり大河の詭弁に騙される少女。
 彼女は大河ワールドに適正があるのだろうか…。

 ジト目で見ていた未亜が、2人の間に割り込んだ。


「はいはいはい、お兄ちゃんの戯言は放っておいて。
 結局何事なんですか?」


「うむ。
 実はな、救世主クラスの人間を探しておったのだが、どうにも要領を得なくてのう」


「私たちに?」


 ベリオの言葉を聞いて、少女は驚いて目を見開いた。
 未亜、ベリオ、リリィを順に見渡す。
 とてもではないが、救世主候補とやらには見えない。
 そこらの学生と変わりないように見えた。
 実際に、今はまだ学生なので無理もないが…。


「おぬしらが救世主クラスであったか…これは丁度よい」


「だからさっき、俺がアヴァター史上初ってゆーたやん」


 しかし少女は無視してベリオ達と話し続ける。
 大河はその場で首を絞めたり押し倒したりしてやりたくなったが、未亜の手前ぐっと我慢した。
 犯罪者になるのもイヤだが、未亜の逆鱗に触れるのもイヤだ。
 もし実行していたら、人生の道を踏み外すか、さもなくば生を踏み外すかの二択だったろう。

 未亜にすら無視されて、大河はちょっと悲しくなった。


「で、あなた結局どこの子?
 学園の見学なら保護者がいるでしょう。
 何処に行ったのよ?」


「ふむ、そう言えば見えんのう。
 何処にいったのであろう?
 ……まぁ、最初から居ても居なくても大差ないが」


「…ひょっとして、迷子…ですか?」


 周囲には保護者らしき人影はない。
 大河を追って走り回ったからなのかもしれないが、大河の記憶にはそれらしき人物は残っていない。


「…やっかいなお荷物を抱え込んじまった…」


「こら、聞こえておるぞ。
 誰が厄介で、誰がお荷物だというのだ」


「決まってるじゃない。
 そこのバカが厄介で、やっぱりそこのバカがお荷物なのよ」


 リリィが大河を指差して言った。
 お荷物かどうかは別として、厄介なのは大河以外のこの場に居る全員…少女も含めて否定のしようがない。
 しかし大河は挑発に乗らなかった。


「はっはっは、お荷物だと言うなら背負って歩かんかい。
 ほれしゃがめしゃがめ、俺が背中に乗っかるからしゃがんで俺を担げ」


「焼却炉までなら運んであげるわ」


「よし運べ。
 っつーわけで、てりゃ!」


「冗談じゃないわよ!」


 リリィの背後に回りこみ、背中に飛びつこうとする大河と迎撃しようとするリリィ。
 たちまちの内に廊下が騒がしくなる。
 少女は呆れながら眺め、頭を抱えているベリオを見た。


「いつもこうなのか?」


「……大体こんなものです…」


「そうか…楽しそうだな」


 真顔で述べる少女を見て、未亜は大河がこの少女を気にかけている理由を理解した。
 ああ、この人お兄ちゃんの同類なんだ、と。

 まだじゃれ合っている2人を放っておいて、少女は話を進めようとした。
 正直な話、混ざってみたかったのも本心なのだが、流石に魔法が飛び出しかけているのを見て諦めた。
 彼女の肉体的耐久力は平均以下なのだ。


「で、結局おぬしらが…あっちの男も含めて、救世主クラスなのか?」


「え、ええ…。
 それよりも、その言葉遣いを何とかしたほうがいいわよ。
 敬語を使えとは言わないけど、年上には丁寧語くらいは使わないと…」


「ふむ。
 私の言葉は変か?」


「変とは言わないけど、かなり偉そう」


 ストレートに言ってのける未亜。
 彼女に悪意はない。
 聞かれた事に正直に答えただけである。


「そうか…しかし私はこれ以外に言葉を知らぬのでな。 許せよ」


 きっぱり言われた少女は、全く気にした様子を見せなかった。
 相変わらず、思いっきり大上段に構えている。
 最近の子供はみんなこうなのかと、ベリオは嫌な想像をした。
 堂々としているのはいいが、大仰で少し時代がかって、相手を見下ろすような子供が集団で…。
 昨今のキレやすい若者達がみんなこのように話していたら、あっという間に血の海が出来るかもしれない。
 例えば見下された、とか相手が無駄に偉そう、などという理由で。


「それで、お譲ちゃんは私たちに何の用なの?
 サインだったら、お兄ちゃんに頼めばすぐにしてくれると思うよ。
 例え詐欺まがいの契約書でも」


「さっきそれはやろうとしたが、あっさり紙を放り出された。
 それと私はお譲ちゃんではない。
 クレアという名前がある。
 なに、噂に名高い救世主候補とやらをこの目で見たかっただけだ」


「そう…それで、感想はどうですか?」


 尋ねてみたものの、ベリオには何となく返答が予想できた。
 何せ、自分のすぐ後ろには赤毛の魔法使いと爆弾男が相変わらず低次元の争いを繰り広げている。


「まぁ、なんだ……噂と大分違っているな。
 私としてはこちらの方が楽しいから好きだが」


 横目でリリィと大河の小競り合いを見物しながら、クレアは言った。
 時々、おおっとか、ほほう、とか感嘆の声が上がっている。
 どうやら小競り合いながらも、そこそこ本気でやっているらしい。
 どんなアクロバットが繰り広げられているのか、ベリオは振り向いて確認する勇気を持たなかった。


「2人ともいつまでやってるの!
 お兄ちゃん、焼却炉に行くなら自分で行って!
 リリィさんも、いちいち魔法を使って反撃しない!」


「原因はコイツよコイツ!」


「あの程度で逆上するとは、精神の修練が足らんノー」


「うっがあああぁぁ!」


 額に青筋を浮かべて、手に大量の魔力を集中させはじめるリリィ。
 しかし魔力の収束が完了する前に、未亜の肘鉄が大河の米神に、ベリオの手刀がリリィの顔面に叩き込まれた。


「やりすぎですよリリィ!
 大河君だけなら直撃してもピンピンしていそうですが、ここには関係のない第三者もいるんです!
 飛び火したらどうするんですか!?」


「お兄ちゃんも、いちいちリリィさんを逆撫でしない!
 どうしてそう人を不快にさせるような事ばっかりするの!?
 しかも状況を考えずに!」


「「うっ…」」


 2人の剣幕に、リリィと大河は怯んで反論できない。
 それを見ているクレアが一言。


「救世主クラスと言えども、学生とは何処でも同じなのだな…」


「それで、結局お前は何をしに来たんだ?
 俺たちを見物したいというのなら、相応の見物料を払ってもらおうか」


「け、見物料とな!?
 事が終わった後で代金をいきなり請求し、あまつさえ青い果実をムリヤリもぎ取って喰ってしまおうとは、なんと卑劣な」


「誰もそんな事言ってないでしょうが!」


 間違いなく本気の顔のクレアの頭に、リリィの拳がめり込んだ。
 ヘンな形の帽子が見事にへこむ。
 クレアがちょっと残念そうなのは気のせいだろうか?
 単なる性への興味があったのか、救世主クラスの誰かに好意を抱いたのか、それとも単なる錯覚か。


「あたた…むう、頭を殴られたのは久しぶりだな…。
 ま、それはともかくとしてだ。
 本当にアヴァター史上初の男性救世主とやらを見てみたかっただけだ。
 他意はない」


「そう?
 それじゃあ、一緒に正門まで行きましょう」


「何故だ?」


 本当に理由が解らないといった表情で、クレアが聞き返す。


「何故って、こんな広い学園の中で迷子になっては、ご両親が心配します。
 それに、ここは午後六時を過ぎると門が全て閉まってしまうのです。
 つまりそれまでに保護者の人を見つけないと、外にでられなくなってしまうんですよ?」


「お家に帰れなくなったら大変でしょ?」


 何とか説得してクレアを帰らせようとするが、クレアは頑として聞き入れようとしなかった。
 むしろ意固地になっている。
 子供扱いされるのが気に入らないのだろうか?


「い・や・だ。
 折角来たのだ。
 私はもう少しこの中を見て廻ることにする。
 おい、行くぞ」


 そう言うと、クレアは何の躊躇いも疑問もなく大河の袖を引いて歩き出そうとした。
 引かれた大河も、それが何時もの事だとばかりに歩き出す。
 それを見た未亜が、慌てて大河を引き止めた。


「お兄ちゃん、何で自然についていこうとしてるの!
 クレアちゃんも、何でお兄ちゃんを連れて行くわけ!?」


「「 む? ……あ 」」


 未亜に指摘されて、ようやく2人は気がついた。
 クレアは大河の袖を離し、不思議そうな顔で頭を掻いている。


「むぅ、何故だかそれが自然な気がしてな…。
 特に理由も無く、ただこう、スーッと……」


「だな。
 ……やっぱり相性がいいのか?」


「相性って何の「未亜! 聞かない方がいいわよ」……そうだね」


 激昂しかかる未亜を、リリィのうんざりした声が止める。
 普通の女との相性なら妬き餅を妬いて終わりかもしれないが、クレアは大河の“同類”である。
 どんな相性がいいのか聞いた日には、それから何時か訪れる大騒動に日々怯える事になりそうだ。


「まあ、とにかくそういう訳だ。
 こやつを借りるぞ。
 ほれ、案内せんか」


「意味もなく偉そうだなーお前…」


 再びクレアは大河を引いて歩き出す。
 大河は特に反対する気も無いようだ。
 未亜は得意の妬き餅を妬きかけたが、2人の間にあるのはその手の感情ではなさそうだと判断して矛を収めた。
 いくら未亜が大河に依存していても、テロ活動の相棒になりたいとは思わない。


「どうします?」


「放っておく訳にもいかないでしょ…大河のせいで、あの子にトラウマでも出来たら…」


「トラウマなんて作らずに、むしろお兄ちゃんを後押しするんじゃないかな…」


「「 そんな恐ろしい事を言わないで!! 」」


「それでは大河、何処へ行く?」


「ん〜、まあお約束って事で…」


 大河はクレアを連れて正門まで歩いてきた。
 未亜達も遅れて続く。
 平静を装っているが、三人はすぐさま飛び出せるように身構えていた。
 具体的に言うと、リリィは魔力を体内に溜め込み、ベリオは何時でもユーフォニアを召還して結界を張れるように、そして未亜は何時でもジャスティを撃てるように狙いを定める。
 ただし、未亜だけはクレアに狙いをつけていたりいなかったり。


「…ここは?」


「見ての通り正門だ。
 お帰りはあちら〜」


「…お主等、保護者を探せと言っておらんかったか?
 それに私一人で帰って、髭がカールして最近腹の出っ張りが大台に乗り始めた、露出狂の変態中年オヤジにでも襲われたらどうしてくれる」


「自分でどーにかせんかい。
 …えらい具体的だったが、心当たりでも?」


「実を言うと家臣…もとい親戚にそれっぽいのが…。
 それはそれとして、ぬぬぬ…それでも救世主候補か!?
 困っている人を見捨てて、救世主候補か!?」


「俺達ゃ軍隊であって警察じゃねー!
 ……あ、露出狂の怪盗になら襲われるかもしれないぞ。
 でも学園内で話したら、どっちかというと羨ましがられるかもしれん」


「?」


 無論羨ましがるのは、彼女のファンクラブの連中だ。
 リリィと未亜に見えない角度で、ベリオことブラックパピヨンがニヤリと笑った。
 クレアは暫し首を傾げていたが、あっさり匙を投げる。


「ふむ、何だかよく解らんが、そうなったら大河、お前が私を守ってくれ」


「俺?」


「当たり前だろう。
 姫を守るのは、常に勇敢な騎士と相場が決まっている」


「……誰が姫かはともかくとして…俺が守る相手は決まっているんだが…」


「何だ、コブ付きか…。
 心配ない、私が奪い取るから安心して私をまもおおぉぉぉぉ!?」


ガガガガガッ!


 クレアの目の前を、大河にとっては(やや不本意ながら)見慣れた矢が何本も掠め去った。
 クレアの鼻先を掠めた矢は、街路に突き立って各々の周囲3センチほどを抉り取る。
 恐る恐る視線を動かしたクレアの目に、無表情でジャスティを構える未亜が映った。


「あ、ああ……確か…未亜…だったな…。
 い、一体何の……つもり…もとい、おつもりで…」


「決まってるじゃない…。
 泥棒ネコに調きょ……もとい、口の利き方を知らないお子様に、ちょっとした躾をしようと思っただけよ」


「殺傷能力の高い道具で躾をするなぁ!」


 思わず叫ぶクレア。
 召喚器の場合、殺傷能力が高い所の話ではない。
 今まで召喚器をみだりに召喚してはならない、と何度も言い聞かせられているのだが、ブチキレた未亜には何の関係もないらしい。
 すでに学園長も、妬き餅時の迫力にビビって、大河にお仕置きする場合だけには許可を出したとか出さないとか。
 恐怖と興奮で息を乱すクレアの耳元に、大河が近寄って囁く。


「クレアクレア、あれが俺が守る相手だ。
 俺をアイツから奪い取る度胸があるか?
 ついでに言うと、奪い取ったら奪い取ったでその後熾烈なキャットファイトに縺れ込むかもしれん。
 俺はそうなった時、未亜に逆らう度胸はないからな」


「う、うむ…よく解った…。
 それこそ体で理解した……」


 次に大河達は、学生食堂にやってきた。
 いい加減腹も減っているし、大河が一応セルとの約束を果たそうとしたからだ。


「ほう、賑やかだな」


「もうちょっと来るのが早かったら、そんな事言ってられなかったわよ。
 今日は峠を越えてるからこの位で済んでるけど、お昼休みの最初から中頃はそれはもう…」


 そう言って未亜が顔をしかめると、クレアは驚いた顔をした。
 これ程の人手で……と言っても、育ち盛りの集う学食を体験した事のあるものなら、何だこの程度、と言い切る程度だったが……少ないほうというのが信じられないらしい。
 クレアの頭では、それこそ王都の大きなお祭のようなイメージしか沸いてこない。
 あながち間違ってもいないかもしれないが、祭は祭でもきっと喧嘩祭だ。
 実際、たまに人ごみにボコられてリタイアする者も居る。


「皆さん、こっちが空いてましたよ!」


「それじゃ、私たちは席を取っておくから。
 後は頼んだわよ、大河。
 メニューは何時ものでね」


「うむ、大儀である」


 天真爛漫に笑うクレアに、いっそ鉄人ランチを出してやろうかと思ったが、生憎今日はやっていない。
 ブツブツ文句を言いながら注文に行くと、彼の姿を見つけたセルが話しかけてきた。


「おい大河、何やってたんだよ!?
 女の子達、もう帰っちまったぞ!」


 折角の楽しい時間をフイにされて、彼はかなりご立腹のようだ。
 大河が来るのを待って、少々居心地の悪い空間を体験していたようだから無理もない。
 もともと史上初の男性救世主をエサにして約束を取り付けたのだから、例え大河が約束どおり来ていても蚊帳の外だったかもしれないが、お零れに預かる事ができた可能性も十分ある。

 しかし、大河はそんなセルの怒りを何処吹く風と受け流した。


「丁度よかった。
 セル、注文だ。
 CランチとAランチ、あとサービスランチ。
 持ってあっちのテーブルに行ってくれ」


「あ? え?
 い、いやあの、ちょっと大河君?」


 珍しくボケも突っ込みも反論もしない大河に戸惑っているうちに、大河は受付に行ってしまった。
 何がなんだか解らないが、仕方なくセルは大河の言う通りに注文をして、テーブルに運んで行った。


「で、何を怒ってたんだセル?」


「いやだなぁ、俺がそんな度量の狭い人間に見えるかい、兄弟?」


「度量はあっても、脳が極めて単純に出来ている人間に見えるよ」


 決して反論できない台詞を吐いて、大河はサービスランチに手をつけた。
 セルは美人の並んでいるテーブルを見た瞬間から、先程までの不機嫌など遥か遠くにすっ飛んでいる。
 ヤクでも決めているかのように上機嫌だ。
 ……つまりは後で後遺症がありそうだという事だが。

 大河の毒舌もサラリと受け流し、セルは救世主クラスの面々に目を走らせた。
 そして、見慣れない新入り…クレアに目が止まる。

 クレアは自分を凝視して固まったセルを興味深そうに見て、隣に居たリリィに尋ねる。


「こやつも救世主クラスか?」


「救世主クラスに男はそこのバカ一人だけよ。
 ソイツは単なる傭兵科。
 大河の友達よ……類は友を呼ぶって言葉通り、大河と同じ対応をしてればいいわ」


「さようか」


 自分も十分類友なのは気付かずに、リリィは素っ気なく言い切った。
 その間も、セルはクレアを見て固まっている。


「た、大河…この娘は……一体…」


「ああ、俺の将来の相方候補だ。
 名前はクレア。
 ちょっとした成り行きで、学園を案内してるんだ。
 ちょっかいを出すのは好きにすればいいが……どうしたよ?」


 クレアは既に大河の相方に認定されかけているらしい。
 面白そうだの一言で、一も二もなく賛同する様が見えるようだ。


「そ、そうか…。
 ふーん、クレアちゃんって言うんだ…。
 可愛いねぇ」


「…セル?」


「でも、この学園は広いからねぇ。
 見学する時は、迷子にならないように気をつけないと…」


「お、おい…セル? せるくーん?」


 大河がセルを見て冷や汗を垂らした。
 目の輝き方が尋常ではない。
 お星様が200個くらい瞬いている。
 と同時に、その後ろにはどんよりとした、理性を失った者特有のオーラが漂っていた。

 しかし、クレアはそれに気付いているのかいないのか、普通に会話している。


「ふむ、以後気をつけるとしよう」


「それに、救世主クラスのお兄さん、お姉さんにこれ以上迷惑をかけちゃいけないなぁ…」


 普段のセルだったら、大河になら幾らでも迷惑をかけていい、くらいは言ってのける。
 どうした風の吹き回しか。
 本気で大河が戦慄した時、横からリリィが顔を寄せてきた。


「ちょ、ちょっと……まさかアイツ…」


「い、いや流石に…でも目の輝きどころか、雰囲気自体が…」


「でしょ?
 ……どうする?
 ソッチの趣味は…年齢ギリギリだから、なんとか許容するとしてもね…」


「どうするったって、放っておく訳にも…。
 救世主クラスじゃなかったとしても、流石になんちゅうか人として…。
 そりゃ可愛い子ではあるが……炉がどうのと言う以前に、目の輝きがな…」


 ヒソヒソ密談をする大河とリリィ。
 非常に珍しい構図であると言わざるを得ない。
 未亜とベリオも、それに気付かないほど動揺しているらしく、2人で顔を寄せ合って顔色を変えながら相談している。


「どうかな?
 俺は午後から自習なんだ。
 どこでもゆっくり案内してあげられるよ」


「ううむ、しかし…」


「あ、そうだ!
 案内が終わったら、美味しいケーキをご馳走しちゃおうかな」


「それは……悪くないな」


 もはや一刻の猶予もない。
 大河とリリィ、そしてベリオと未亜の4人は無言で一瞬だけ目を合わせる。
 それだけでアイコンタクトは完了した。


「あ〜、セル君。
 私たち、まだ案内が残っていますから…」


「え?
 だからその案内を俺が…」


「いいから、行くわよクレア」


「し、しかしまだ殆ど食べておらぬのだが…」


「時間がないのよ!」


「お、おい大河、何処に行く気だ!?」


 リリィ達が早くクレアを連れて立ち去ろうとしている一方で、大河はセルを引き摺って食堂を出ようとしていた。


「黙って来いっての。
 あの子の事を、もうちょっと詳しく教えてやるから」


「なに?
 それを早く言えよ!」


 あっさり大河について来るセル。
 内心安堵の溜息をついた大河は、後ろ手でリリィを指差した。
 そのまま指を動かして、斜め、横、斜めの図を描く。
 雷のマークである。
 そしてセルを指さした。

 大河の意図を察して、リリィがこっそり2人の後をつける。
 ベリオと未亜は、クレアの注意を引き付けていた。


「それで大河、何をおしえ゛っ!?


 無音の拳がセルの腹に炸裂した。
 音がしないという事は、衝撃が空気の振動に拡散されていないという事で、より強烈なインパクトを与える事が出来る(多分)。
 要するに、中国拳法の暗剄の類である。

 一瞬で意識を刈り取られ、セルはその場に崩れ落ちた。
 周囲に人影がいない場所なので、騒ぎ立てられる事もない。

 素早く接近したリリィが、セルの後頭部に手を当てた。


「―――ヴォルテックス!」

 バヂバヂバヂィ!


 異音を発して、セルの体が痙攣した。
 陸に上がった魚のように飛び跳ねる。
 たっぷり十秒ほど電撃を放射し、リリィは手を離した。
 動かなくなったセルを、近くのベンチに寝かしつける。


「これで記憶が飛んでくれるといいんだけど…」


「目を覚ました時には、炉じゃなくてただの女好きになっている事を祈るよ…心から」


 普段の仲の悪さを微塵も感じさせずに、リリィと大河は揃って立ち去った。
 その後、セルは夜中まで復活せず、冷たい風に身を晒し続けて風邪を引いたらしい。

 セルの記憶が飛んだかどうかは、また別の話で…。


 次に大河達は、校舎の前までやってきた。
 正確に言うと、学生食堂を出て移動する際に通りかかっただけだ。

 そこでリリィは、彼女の義母の姿を見かけた。


「あ、お義母様…」


 リリィの声に連られて振り返ると、そこにはダリアと話し込んでいるミュリエルが居た。
 ダリアの胸を見て、ちょっとショックを受けたクレアが居たが、それは関係ない。


「相変わらずでかい…。
 いやそれはともかくとして、お義母様とな…?
 そなた、ダリアの娘か?」


「違うわよ!」


「ふむ、道理で胸が小さいと思った」


 無言でリリィは爪先に火を灯した。
 胸の事もそうだが、あのノータリンの教師と血族扱いされるのは気分がよくない。
 しかしクレアは平然としている。


「という事は、ミュリエルの娘か」


「なっ…。
 ちょっとアナタ、お義母様を呼び捨てなんて!」


「それよりも、2人の会話が気にならんか?」


 リリィの剣幕をあっさり受け流し、クレアは近くの茂みの影に入り込んだ。
 怒りのやり場を失ったリリィは特に意味もなく大河の腹を一撃する。


「な、なぜ?」


「煩い。
 それよりも、早く隠れなさい」


 大河達は、それぞれ近くの茂みに潜り込んだ。
 ミュリエルの一番近くにいるのは、大河とベリオである。
 大河が気殺を会得しているのはいつもの妙な特技を思えば当然として、ベリオまでが気配を消すのが上手いのはどういう訳か。
 言うまでもなく、彼女はブラックパピヨンに入れ替わっていた。
 どうやら自分達の意思でコントロール可能になるほど習熟してきているらしい。

 それはそれとして、クレア達はミュリエルの会話に耳を澄ませた。


「それで、召喚の準備はどうなの?」


「はい、いまリコ・リスちゃんにお願いして、最終調整中ですぅ」


「そう…。
 では、何とか今日中に6人目を揃えられそうね」


「はぁい…。
 でも、どうしてそんなに急ぐんですか?
 救世主候補は、今でも5人居るんですよ?」


「確立が高いに越した事はないわ。
 それに、彼女達の中に本物が混じっているとは限らないもの」


 ミュリエルの言い草に、盗み聞きしていたリリィはショックを受けた。


「それはそうですけどぉ…。
 王宮のほうからも、まだ真の救世主は決まらないのかと催促が多くなってきていますしぃ。
 この時期、これ以上救世主候補を増やして選定に時間をかけるのもどうかと…」


「どれだけ救世主候補がいたとしても、それが全てフェイクなら意味がないわ」


 言い切ったミュリエル。
 義母の言葉を聞いて、リリィは絶句した。


「でもぉん、選ぶのはバーンフリート王家のクレシーダさまですから」


「本当に彼女が救世主の真贋を見分けられるのなら、ですけど」


(クレシーダ?
 ……クレシーダ…クレ…クレア?
 まさかな………)


 大河は無言で、クレアが隠れている茂みに目をやった。
 妙に上手にクレアは隠れている。
 これならコソ泥になってもそれなりに上手く生活していけるだろう。


「分かっているわ。
 選定姫クレシーダ様は、英傑女王アルストロメリアの血を受け継ぐ由緒正しき古代魔道兵器のマスターだと言いたいのでしょう?」


「その通りですぅ」


「破滅と戦い、この学園を作った偉大の女王の血縁の中で、唯一真救世主のパーソナルデータを記録している魔道兵器に、マスターと認められているお方…」


「滅多な事を言ったりしたら、私達の首が飛んじゃいますわぁん」


「大丈夫よ、彼女はそんな事で人事を動かすほどバカじゃないわ…。
 彼女の取り巻きは知らないけど。
 …それでも古代魔道兵器に出来ることは、候補者の資質が以前の救世主とどれだけに似ているかを判定する事でしかないわ」


「だから全宇宙から、候補生を呼び集めてテストしているんじゃありませんの?」


「そうよ。
 でも、私は選定姫が知らない、もう一つの顔を知っている…」


 そう言って、ミュリエル学園長は言葉を切った。
 大河は黙ってミュリエルの言葉を一言一句逃さず記憶している。
 救世主について、重要な手がかりになると考えているらしい。


「…それって、今の候補者の中には真の救世主が居ないとお考えって言う事ですか?」


「…そうは言わないわ」


「だったらいいんですけど…」


「でも、その可能性も否定できない。
 そうである以上、私達はあらゆる可能性に対応し、最善を尽くすために世界中から救世主候補を集めなくてはならない…。
 そして、その可能性を磨き上げなければなりません」


「そうですよねぇ…。
 解かりましたぁ。
 王宮の方へは、私が返事を出しておきますぅ」


「いささか不安が残りますが…頼みましたよ」


「それじゃ、失礼しまぁす」


「お義母様…まだあんな事を…」


 リリィはショックを受けている。
 自分に尊敬する義母の期待が向いていないようで、寂寥感に包まれているのかもしれない。

 うつむくリリィを、離脱して表に出てきたベリオが痛ましげな顔で見やっている。
 一方大河はと言うと、相変わらずミュリエルに注意を向けていた。


「…ここはもういいでしょう。
 他へ行くわよ、他へ…」


 そう言うと、リリィは静かに移動してミュリエルが見えない位置まで移動して行った。
 彼女の中では、複雑な感情が渦巻いている。
 ミュリエルへの反抗心、期待をかけてくれないかのようなミュリエルの言い草、ミュリエルが言っている事も理解できるからこそ、彼女の心は納得しない。


「ふむ。
 母と娘の、見えざる断裂というやつか」


「……あなたその手の悩みはなさそうだね」


「うむ、非常に興味深かった。
 さて、次へと参ろうか。
 大河、盗み聞きはそれくらいにしてこっちに来い」


 相変わらず気配を潜めている大河に小声で呼びかけるクレア。
 そのまま後ろの確認もせずに歩いていってしまった。
 その後ろを未亜とベリオも追いかける。


「……まるで宝くじね…」


 クレア達が去った後、ミュリエルは一人呟いた。
 それを聞くのは、茂みに隠れる大河だけ。


「景品は我らの命か、奴らの命か…。
 そして、このくじの当たりは、自分を引く人間を選ぶことができると来た…。
 どちらを選ぶつもりだ…あの……」


 ミュリエルは不意に口を噤むと、踵を反して行ってしまった。
 大河は静かに茂みから這い出す。


「救世主の知られていない顔、ね…。
 あの学園長がああまで執着してるくらいだから、尋常な事じゃねーな…。
 さて、どういう事か………」


 大河は気を引き締める。
 思っていたより、単純な話ではなさそうだ。
 精神の安定には悪いが、かつての教訓を活かさなければならない。
 曰く、『全てを疑え』。
 大河は頭を掻き掻き、その場を後にした。


 今度は礼拝堂にやって来た。
 案内云々ではなく、単にベリオの日課…祈祷のためである。
 クレアは礼拝堂には大した興味はなさそうだった。
 退屈しのぎのためか、目を閉じて祈るベリオに話しかけている。


「毎日ここで祈っておるのか?」


「はい、毎朝と毎夕、それに特に用事のないお昼休みには、神に祈っています」


「ふむ、僧侶の鑑だな。
 しかし救世主たる者、祈るだけでは世界を救う事などできぬと思うが?」


 まるで絡むようなクレアの態度。
 それに対して、ベリオは柔らかい笑みを浮かべた。


「そうですね……神はきっと救いをくださいますが、それでも全ての者に、願った時に救いの手を差し伸べてくれるわけではありません。
 神が何かをお考えなのか、それとも手が足りていないのかはわかりませんが」


「ならば何故祈る?
 差し伸べられるかどうかも解らぬ救いの手を待って祈るよりも、そなた達にはやるべき事が多くあるであろう。
 例えば書を読んで知恵や知識を身につけ、走って体力をつけ、武器を振るう手を滑らかにし、来たる“破滅”に対抗するためにやらねばならぬ事は幾らでもあろう。
 それは祈りを捧げるよりも優先すべき事だと思うが?」


「……私も、最初は神に祈り、全ての人々が平和を願えば“破滅”は消えてなくなると、そう思っていました」


「絵空事だな。
 かつて“破滅”が起きた際に、平和を願う者はそれこそ数え切れぬほど居た。
 しかし“破滅”は未だ消えておらぬ。
 全ての人間が同じ事を願っただけで願いが実現するほど、この世界は便利にはできてはいない」


 ベリオは目を閉じた。
 かつての自分を否定されたような気がしたからだ。
 しかし、今の自分は少し変わり、少しだけ強くなった。
 今、ベリオの奥でクレアに賛同している彼女…ブラックパピヨンと向き合うようになって、ベリオは神への信仰という箱庭から顔を出し始めている。


「相手が純粋に我々を殺す事だけを目的として生まれてきた存在ならば、その相手に平和を祈る事は無駄ではないのかな?」


「私はそうは思いません。
 祈るだけなら無駄に終わるかもしれませんが、そうならない為に私達救世主候補がいるのですから…。

 世界のすべてに心はあります。
 食い違う事もありますが、お互いに和解する事も不可能ではないはずです。
 “破滅”の洗礼を受けていようとも、私達は兄弟のようなものです。
 彼らが“破滅”に走る原因を取り除ければ…」


 ベリオは言葉を切り、クレアを見据えた。
 自分に言い聞かせるように、一言一言選んで言葉を紡ぐ。


「きっと平和が訪れるはずです。
 少なくとも“破滅”は消えると、私はそう思います。
 誰もが納得する、そんな世界は訪れないかもしれませんが、それでも一歩近づく事はできます」


「…もう一度聞く。
 ならば何故祈る?
 もしその道を探そうというのなら、それこそ“破滅”を打ち払い、救世主になるよりも遥かに困難な障害が山のように立ちはだかるだろう。
 それを乗り越える為に必要なのは、いつ訪れるかも解らぬ神や救いに対する祈りではなかろう。
 神による救いを待つ前に、自分達でどうにかしようと思ったからこそ、救世主候補生になったのではないのか?」


「その通りです。
 でも、私は弱い。
 神に対する信仰で恐怖を抑え、神の言葉と慈悲がかけられていると思う事で将来への不安を打ち消しています。

 …これは受け売りなのですが、道具とかだって、適度に休めたり手入れをしたりする方が長持ちするんですよ?
 私の手入れは、神に対する祈り……無論神による救いの手がいつか下されると信じていますが、それと同時に休息の意味もあるのです」


「なるほど…。
 それならば、あながち祈りも無意味とは言えんか」


 納得し、何度も頷くクレア。
 彼女は神に祈らないのだろうか、とベリオは思った。
 天上におわす神でなくとも、運命と呼ばれる流れや、何かしらの信仰を持つ事はないのか?


「クレアさんは、何かに祈ったりしないのですか?」


「真剣に祈った事はあまりないな。
 祈るよりも先にせねばならぬ事が山のようにあったし、存在するかどうかも分からぬ神に祈る暇があったら自らの手を動かす。
 祈るのは最後の最後、それ以外に何の手も打つ事が出来なくなった時だけだ。
 それに……人間は神によって生み出されたのかもしれぬが、何時までも神に頼っているわけにもいくまい?
 いい加減に自立せねば、幾ら何でも情けないと思わぬか?」


 それを聞いたベリオは、思わず噴出してしまった。


「どうした?
 私は何かおかしな事でも言ったか?」


「いえ、クレアさんが言った事、大河君が前に言ったんです。
 『神に作り出されたんだとしても、今は自分の意思で動いている。
 いつまでも神の加護を必要とする赤子のままでいるな、いい加減に自立しろ』ってね」


「ほう、大河がな。
 やはり私と波長が合うようだ。
 ますます気に入ったぞ」


 当の大河は、礼拝堂の外で待っていた。
 相変わらず神の家は苦手らしい。


 礼拝堂から出て、次は闘技場へ向かおうとした一行。
 その途中、クレアは礼拝堂裏手の森に目を向けた。


「あの森はなんだ?」


「……何の変哲もない森だな。
 薬草を取りに来た学生とか、ちょっと前までは露出狂の怪盗とかが目撃されてた場所だ」


「…先程も言っておったが、その露出狂の怪盗とは何なのだ?」


 怪訝そうな表情でクレアが聞いた。
 一体何の事を言っているのか、見当もつかない。
 真面目臭って大河は答えた。


「フローリア学園名物、愉快で陽気な怪盗ブラックパピヨンだ。
 専ら成績の悪いテストやラブレター、それに同性の下着を狙い、それによって困った顔を見るのが何より好きという、まぁ一種の変態だな。
 春になってから出没するようになったって話だから、春の陽気にやられてずっと立ち直ってないんだろう」


「ほほう。
 世にはそのような趣味の人種もいると聞いたが…なかなか面白い人材がそろっておるな」



「ちょっとベリオさん!
 落ち着いて、落ち着いて〜!」


「離しな未亜!
 例え事実でも、言われるとハラが立つんだよー!」


「…ちょっと大河、なんかベリオが怒ってるわよ」


「知らん」


 暴れるベリオことブラックパピヨンを他所に、クレアは相変わらず森に目を向けている。
 リリィはベリオを宥めに行った。
 普段とは逆の構図である。
 案の定、馴れない事をしようとするリリィは四苦八苦している。
 ベリオの様子がおかしいのにも気がついているが、それを気にしている余裕もない。


「…あの森は、危険な動物が出る事はないのか?」


「出たって話はあんまり聞かないな。
 夜中に何かが出るとか出ないとか、精々噂話程度だ。
 それもかなり深い所まで行かなきゃ出てこないらしいし、まぁ普通の森だと思っていいんじゃないの?」


「そうか……上手くカモフラージュしたものだな…


(カモフラージュ?)


 小さく呟いたクレアの声をしっかり聞き取る大河。
 以前礼拝堂裏手の森について、不自然・明らかに何らかの偽装工作だと推理した事を思い出す。
 そして、それは学園と王宮の二つに隠蔽されたと思われる事も。


(コイツ、まさか王室関係者か?
 だとしたら、やっぱりあの森には何かある…)


 湖越しに森を見る大河。
 欝蒼と茂った森は、黒々として全く見通せなかった。


「おお〜、広いのぅ〜!」


 闘技場に入場した途端、クレアが喜んで声を上げた。
 心なしか目が光り輝いている。
 結構なスピードで駆け出して、闘技場の真ん中まで突っ切った。
 そのまま左右を見回して、そこら中の戦いの痕跡を眺め回している。

 未亜が大河に近寄って囁いた。


「ちょっとお兄ちゃん、大丈夫なの?
 先生の許可も無しにこんな所まで見学させちゃって…」


「大丈夫じゃないのか?
 別に戦闘訓練をするわけでもないし、見られちゃまずい物がこんな所に無造作に転がってると思うか?」


「それは…思わないけど、ほら、学校の関係者って頭が固いじゃない。
 グレートティーチャーじゃないんだから、絶対に怒るって」


「じゃあお前が連れ出せば?
 未亜が言ったら、多分素直に言う事を聞くぞ」


「なんで?」


 無論、先程の『躾』で苦手意識を抱いたからだ。
 なるべく逆らわない方が身のためだ、と認識している賢いクレアである。

 当のクレアは、相変わらず闘技場を眺め回している。


「お〜い、ここの地面はどうして色が違うんだ〜?」


「あー、そりゃお披露目でゴーレムを吹っ飛ばした後に埋められたからだ」


「おお、成る程これが噂に聞いた『シスコンの鑑』事件の後か!」
 …闘技場の半分近く色が違うぞ!?
 これをお主らがやったのか?」


「やったのはお兄ちゃんだよ。
 私たちはそんな人外染みた破壊力だせないもん。
 (シスコンの鑑……なにそれ?)」


「そ、そうか?
 ならばこっちの傷はなんだ〜?」


「それは未亜が能力測定試験で矢を撃って、流れ弾が直撃した後だ」


「…(一歩間違えれば、私もこうなったのか…)。
 じゃあこれは?」


「そりゃ酔っ払いのゲロの跡だな」


「う゛…」


 何でそんな物が。
 嫌な物を見てしまったクレアは、少々テンションが落ちた。

 しかし次の瞬間には壁に駆け寄り、そこに突き出ているレバーに取り付いた。


「じゃあこのレバーは何だ?」


「それは訓練用のモンスターを入れておく檻の開閉用のレバーよ。
 触っちゃダメだから、さっさとこっちに来なさい!」


「む、つまり降ろしてはいかんのか?」


「当たり前でしょうが!」


 リリィが指先に魔力を貯めている。
 どうしても引こうというのなら、実力行使も辞さないといった気配だ。

 クレアは残念そうにレバーから手を離す。
 それを見てリリィが魔力を霧散させた。
 スイッチがあれば押してみたい、穴があれば覗くか指を突っ込んでみたい、でかい物ほど壊したい。
 人のサガである。

 しかしさすがにクレアと言えども、戦闘が見たいが為だけにモンスターを開放する気はなかったらしい。
 渋々歩き出そうとし、後ろを振り返る。
 レバーは相変わらず上がったままだ。
 諦めて走り出すと、何故か急に後ろに引っ張られて息が詰まる。


「っ…な、なんだ?」


 後ろを振り返るが、誰もいない。
 もう一度歩き出そうとしたが、やはり後ろに引っ張られる。
 再び振り向き、誰もいないことを確認して進もうとして引っ張られる。


「くっ、これが後ろ髪を引かれるという現象か!?
 ええい、レバーを降ろしてみたいのは我ながらよく解るから、いい加減に私を放さんかー!」


「ちょ、ちょっとアンタ、何やってるの!」


「見ての通り後ろ髪を引く手を振り払おうとしておるのだ!
 ふんぬおおおおおおぉぉぉぉ!」


 リリィが慌ててクレアに声をかけた。
 クレアは顔を真っ赤にして前進しようとする。
 そのお陰か、ほんの少しずつだが彼女の体は前に進んできた。


「ちょっと待て!
 待ちなさい、後ろ髪を引く手なんかないからそこで止まって後ろを見なさい!」


「さっきから何度も見たわー!」


「レバーを見ろって言ってんのよー!」


「ええい、何だというのだ!」


 顔を真っ赤にしながらも、クレアは振り返った。
 それが止めとなる。

 ガチャ


「…は?」


「ああああああ!」


 レバーが降りた。
 見ると、レバーの根にクレアの服が絡み付いている。
 どうやらこれがクレアの前進を邪魔していたらしい。
 そこにクレアが無理矢理前進しようとするので、その力でレバーが降りてしまったようだ。


ガタガタガタ……


 檻の扉が開き始める。
 その奥から、モンスター独特の気配と息遣いが聞こえてきた。


「チッ、クレア!
 レバーを上げろ!」


「無理です大河君!
 構造上、一度下げたら開ききるまで動かせません!
 前線は大河君の役割です、サポートしますから急いで保護して離脱してください!」


「おう!」


 ベリオの指示通り、大河は返事をする前に走り出した。
 トレイターを召喚し、跳ね上がった身体能力を全開にしてクレアの元まで走りこむ。
 そのままクレアを担ぎ上げ、近寄ってきたスライムを一刀両断にして走り出す。

 道を塞ぐワーウルフが、未亜とリリィの攻撃を受けて倒れ臥した。


「おお、大河達は強いのぅ」


「ふはははは、相手が弱いのだよ!
 っつーかクレア、テメエ絶対にお仕置きしてやるからな!」


「児童虐待で訴えられたいか?
 そもそもこの状況で、どうやって仕置きをするというのだ」


「躾だ躾!
 虐待の内に入らねーよ!
 本格的なのは今度やるとして、取り敢えずはこうじゃ!」


 スライムを蹴り飛ばして、大河はモンスターの囲みから脱出した。
 そのままベリオが結界を張っておいた場所まで走っていく。


「戻るまで任せるぞ!」


「了解です!」


「クレアちゃんにヘンな事しないよーに」


「アンタが戻ってくる前に片付けてやるわよ!」


 三者三様の言葉を受けてすれ違い、クレアを抱えなおす。
 片手で抱えて、大河は手を振り上げた。


「伝統の躾・尻叩きィ!


     パァン!


「うきゃ!?
 ま、待て大河、何を考えてきゃうっ!?」


 なんと大河は、走りながらクレアの尻を叩き始めた。
 確かに伝統的な躾と言えなくもないが、相手の年を考えるとどうだろうか。


「お、お主覚えておれよ!
 うきゃっ、私を誰だと思ってい、んきゃっ!?
 そもそもこれはもっと幼い子供にやる、ひきゃっ!?」


「誰も何も、トラブルメーカーの素質十分の生意気なガキンチョじゃー!
 大体躾に大人も子供もないわー!
 俺の同僚には、24でやられた元殺し屋軍団の総帥もいたんだからなー!」


「そんなヤツの事知ら、あうっ!
 いい加減に離せ、あんっ!?


(あれ……様子がおかしい。
 叩き方を間違えたか?
 確かこれって、後が残らない叩き方……って、これスパンキング用の叩き方じゃん!)


 一気に青ざめる大河。
 さすがにこの年の少女を相手にそれは危険だ。
 幸い未亜には聞こえていないようだが、それ以前に何と言うか倫理的にヤバイ。
 かと言って今更やめるというのも格好が付かず、仕方なく足の回転を速めてベリオの張った結界に超特急で突入した。
 息が切れるのも構わずに、クレアを結界の中に放り出すと、再び猛ダッシュで戦闘に参加しに行く。
 その後ろ姿を見送って、クレアは一人目を細めた。


「…はぁ…はぁ…えらい目にあった…。
 ……大河…見せてもらうぞ、救世主クラスの実力とやらを…。
 それと………オボエトケ」


 危うく未知の世界に目覚めそうになったが、なんとかセーフらしい。
 ただしまだちょっと腰に痺れが残っている。


「っぜぇ、ぜぇ、はぁ…な、何とか全員無事なようだな…」


「当たり前じゃない…って、アンタこそどうしたのよ!?
 今にも呼吸困難で倒れそうな顔して!
 そんなんで戦闘出来んの?」


 魔法の照準を合わせながら、リリィは横目で大河を見る。
 まるで下痢でもしながら全力疾走でもしたかのように汗だくで、呼吸も乱れている。
 どう見ても重傷人か重病人かクスリ切れのジャンキーだ。

 しかし大河は一つ深呼吸をして、無理やり息を整えると戦線に参加した。
 無論今更すごすご戻っても怖いからだ。


「……引っ込んでなさいと言いたい所だけど…実力行使しても聞きそうにないわね…」


 何やら鬼気迫る大河の迫力に汗を垂らし、諦めてリリィは魔法の詠唱に集中した。
 ベリオは大河に駆け寄って軽く回復魔法をかけ、すぐにリリィと未亜の前に立って術のための力を集め始める。
 未亜は近づこうとするモンスター達に向けて、牽制に矢を放っていた。
 そして息を整えた大河が、強引に接近してくるモンスター達を一撃の元に切り伏せる。

 極めて偶発的ながら、それなりに上手く動くコンビネーションが出来上がった。


「大河、下がりなさい!
 大技行くわよ!
 ……でも下がらなくてもこのまま撃つけどね」


「うォいっ!」


 大河が非難の意を込めて叫んだが、リリィはそうは言いながらも大河が離脱するのを待っている。
 ベリオが自分を起点にした結界を張り、3人はその中に入った。
 振り向きざまにワーウルフを一撃して、大河はそのままベリオの元に走る。
 その一瞬前に結界から手を突き出し、リリィが炎を飛ばす。


「行くわよ!
 …ファル…ブレイズン!


 リリィの飛ばした炎が、急激に燃え上がった!
 破壊力よりも効果範囲を優先させ、一度に雑魚を散らしていく。

 炎が消える前に、未亜がジャスティを構えた。
 じっと炎を睨みつけ、狙いを定めて矢を引き絞る。

 ようやくリリィの放った炎が消え去った。
 しかし、まだ動く者がいる。
 黄土色のスライムである。
 そのスライムも、未亜が放ったジャスティの一撃で完全に砕け散った。


「ふぅ……全く、なんでこんな事になるのかしら」


「でも、いつもの模擬戦よりもずっと楽でしたね」


「そりゃあね。
 なんのかんの言っても、あいつ等は訓練用のモンスターだもの。
 基本的に一般生徒が対象なのよ。
 私達救世主クラスは、召喚器のおかげで戦闘能力の高さは保証されてるから、ああいったモンスターは相手にしないわ。
 良くても掃討戦の練習にしかならないもの」


 そう言って、リリィは元凶にどう償わせてやろうかと振り向いた。


「…大河、あの子は?」


「あ?
 そこに置いといた……って、居ないな」


 クレアはいつの間にか居なくなっていた。
 一応周囲を見回ってみたが、痕跡も残っていない。


「大丈夫かな…」


「ま、大方流石にヤバイと思って逃げたんだろ。
 全く、お騒がせで気の合いそうなガキだったな」


「アナタと気が合いそうな子とは、随分恐ろしい話ですね。
 一体何事です」


「それはクレアさん……って、学園長!?」


「「「へ!?」」」


 振り向いた先には、ミュリエルが険しい顔で立っていた。
 厳しい目つきで大河達を睥睨し、なぜか手は後ろ手だ。


「一体どういう事なの?
 説明しなさい」


 気迫に押されながらも、リリィが説明役を買って出る。
 肝心のクレアはいつの間にか居なくなっているし、流石に信じてもらえるかどうか分からない。
 大河がでしゃばらなかった理由には、身内の贔屓目を期待していたりいなかったり。


「あ、あの、これはその……」


「何です?
 はっきり説明しなさい」


「は、はい!
 実は、午前の授業が終わった後にクレアという子に声をかけられて…」


 リリィは背筋を不自然に伸ばして、クレアと会ってから闘技場で起こった事の一部始終を伝えた。
 流石にこっそり逃げ出すのは気が引けたのか、大河も大人しくしている。
 一応クレアを連れてきたのは自分だし、責任を感じない事もないらしい。


「と、言う訳で…」


「そのクレアという子は?」


「それが、戦闘が終わって気がついたら何処にも…」


「そうですか…」


 ミュリエルはリリィ達を見渡した。
 それなりに鋭い眼光だったが、一応納得はしたらしい。


「まったく…救世主候補生と言えども、特権には限度があるのですよ。
 見学者を連れて闘技場のような場所に入るのなら、まず学生課で許可を取りなさい。
 処罰は追って下します」


「そ、そんな……。
 …………わ、解りました…」


 リリィは目に見えて萎んでしまった。
 そのリリィがら目を外して、ミュリエルは大河を見た。
 特に睨みつけられている訳でもないのに、大河の背筋に悪寒が走る。


「大河君、貴方にはこの場で処罰を言い渡します。
 他のみんなは、先に召喚の塔に向かうように」


 何故か大河は虎の口の中にいるような気分になった。
 ベリオ達は萎んだリリィの背中を押して、これ幸いとさっさと出て行った。


「さて大河君、貴方の処罰は…これです」


「…これって」


 ミュリエルは背後に回していた手を、大河の前に突きつけた。
 その手には、見覚えのある羊皮紙が治まっている。


「この書類にサインする事が貴方の処罰です。
 無論、契約書なので今後は紙に書かれている条件に従うように」


「……学園長、これ何処で拾いました?」


「何の事です?
 これはこの前私が戯れに作った契約書ですが」


「さっきクレアが、俺にサインしろって言ってきた紙なんじゃが…。
 よく見なくても奴隷がどうの絶対服従がどうのと書いてあるし」


「偶然ですね。
 それはそれとして、早くサインをしなさい。
 契約書の内容がどうあれ、それが貴方への処罰です」


「まるで三流詐欺師か脅迫者のような台詞ですな。
 フローリア学園学園長ともあろうお方が」


「例えそうだとしても、貴方への処罰は既に決定事項です。
 これにサインしなければ、もっと厳しい罰が下る事になりますが?」


「サインしても、そんな紙切れには何の効果もないですよ。
 そんな子供の冗談か落書きみたいな契約書、裁判所に持って行っても子供の戯言としか思われません。
 アヴァターの法律に照らし合わせれば、公的な能力は皆無ですね」


「ならば躊躇う必要もないでしょう。
 さあ、ずずいっとサインをしなさい」


 普段ペースを狂わされっ放しの大河に一矢報いている事がよほど嬉しいのか、ミュリエルは満面の笑みを浮かべている。
 しかし大河も警戒して、中々サインをしようとはしない。
 当然である。
 ミュリエル学園長ともあろう者が、そんな意味もない処罰を下すはずがない。
 きっと恐ろしい罠が待ち受けている。
 そして、大河にはそれに心当たりがあった。


「……公的に重要な人物が作った書類なら、どんなグチャグチャな形式を放り出した契約書でもそれなりの公的能力はあるんでしたね。
 ………クレアは、選定姫……少なくとも高位の王室関係者ですか」


「そのクレアという子に会った事はありませんが、選定姫クレシーダ様がこのような所にいる訳がないでしょう。
 さあ、さっさと書類にサインをしなさい」


「ぬむぅ……書類が紛失しても知りませんよ」


「問題ありません。
 すぐさま控えを取りますから」


 2人の間を火花が飛び散る。
 現在、かなりミュリエルが優勢だ。
 サインをするか、それとも断った事に託けられてさらに強烈な処罰を受けるか。
 ミュリエルと大河の小競り合いは召喚の儀が始まる直前になるまで続けられ、タイムアップで放課後まで持ち越しとなった。




テストがなんぼのもんじゃーーーい!
もう後の事なんて知らないもんね〜。
…この時期に開き直るのは正直キツイっす。
取り合えず赤点(必修)一個確保と…再試に向けて勉強せにゃ。

今回はクレア編でしたが、結構無理矢理弄りました。
危険な年齢のクレアがもっと危険な趣味を覚えそうになってますが…ギリギリセーフです。
それにしても……クレアってええ娘やな〜…あの歳で女王としての威厳というか自覚もあるし、自分が死ぬ時でもやるべき事はきっちり遣り遂げるし。
救世主候補生よりも救世主らしいのでは?


それではレス返しです。


1.>ATK51様
ネットワークの設定ですか?
まぁ、色々と考えてはいますが…本格的に話に組み込もうとすると、完全オリジナルにした方がよさそうなので、当分出番はないと思います。

残念ながらうちのアシュ様は、それほど壊れてはいません。
だから送られてきた魔力にも大した仕掛けはしていない筈です…多分。
時守には名立たる各々方ほどに強烈なアシュ様は書けませんから…ホントに凄いですよね、皆様。


2.竜神帝様
「世界を変える神と魔王と仲間達」の竜神帝様ですカーーーー!?
ひょっとして序章でレスを下さったのも…?
てっきり同じハンドルネームの別人だと…。
ま、まさかレスを頂けるとは……マジでビックリしました……。

時守こそ、竜神帝様ほどのクロスは出来ませんよ。
Kanonにナデシコ、GS、EVA、ガンパレ、今はまだ出ていませんがAir…凄いですね。
あれだけのキャラを書いて暴れさせるのは、時守には到底無理です。
それに私のはクロスと言っても、精々名前が出る程度ですから…。
今は書き直しをされておられるようですが、次の更新も楽しみにしています!


3.>アクト様
救世主決闘主義の発売までもうすぐですね。
ああ、テスト期間中だというのに指折り数えて、勉強に手がつきません。
運命の方には、クレアエンドが追加されてほしいです。

ネットワークはきっと危険ですよ。
だって全世界でも指折りの濃い連中が、類に呼ばれて友になってますから(笑)


4.>皇 翠輝様
ゲーム名を言えるからといって、泣く必要は全くありません(断言)!
むしろ誇りましょう!

青の青ことあっちゃんですな?
勿論……と言いたい所ですが、この場合の『魔王』の意味はちょっと違います。
そもそもあのあっちゃん(黒)が、そう簡単に企業の傘下に納まるでしょうか?
きっと乗っ取ろうとしますよ(笑)


5.>肉だんご様
本格的にクロスオーバーをさせると、問答無用で世界観が崩壊しそうなので、中心となるネットワークの設定に沿って、色々と取り込んでみました。
王ドロボウにしてもGSにしても、多分名前だけしか登場しませんが……幻想砕きの剣を書ききったら、ネットワークを舞台にして何か書くかもしれません。

6.>なまけもの様
申し訳ありませんが、ピンクは当分お待ちください。
書きにくい事この上ないです。
試験期間中に酔っ払うのはちょっと危険です。
今後、本格的な肉描写は、全部幕間扱いする事になると思います。
一緒くたにして書こうとすると、それこそ何ヶ月単位の間が空きかねませんから…。

未亜が段々原型を留めない程に暴走しつつあります。
どこまで走らせれるのか、自分でもちょっと不安です。

ポスティーノはKING OF BANDIT JING(王ドロボウ ジン)にちょくちょく登場する郵便屋さんです。
月島さんは、野獣社員ツキシマ という漫画の主人公です。
ちなみに目つき悪いです。


7.>干将・莫耶様
魔力球を使おうとしても、所詮はエネルギーの塊でしかありませんから、大河から知識を引き出すのは無理です。
もっと直接的(物理的)に使う事になると思います。

敵に奪われて………………………………ヒラメイタ! Σ(@д@)
忘れないうちにネタをメモしておきます… φ(..)メモメモ
ヒントをありがとう御座いましたぁ〜 <m(__)m>

次回はカエデですよ〜。


8.>エル様
ソードワールドですか?
TRPGは苦手だったもので…。
実を言うと、トレイターから聞こえるのは正確に言うと歌ではないかも…?


9.>ROM専のヒト様
第4世界は出入り不能だったのですか…知りませんでした。
単純に私の勉強不足です。

が、今更修正するのもアレなので、無理矢理コジツケを…。

OVERSが使うゲートの類とは別ルートを通るので、一応出入りは可能なのです。
OVERSが通るルートが扉を開けての移動なら、ネットワークの主なルートは、扉を開けるのではなく壁抜けに相当します。
それをやるには希少な能力を使わなければならず、大河はそれを持っていません。
また痕跡が残るので、誰が移動したのかすぐ解ります…が、その痕跡は見当たりません。
にも拘らず大河が第4世界から消えたので、アシュタロスは「在り得ない事」として本気で驚いたのでしょう。

以上、全て即席で考えたマイ設定でした。
特に意味のない設定ですので、忘れてくださって構いません。
ご指摘ありがとうございました。


10.たつろう様
月島さんは、ある意味私の理想の姿です。
就職したら、ああいう人になりたいですねー。

今回限りではありませんが、あんまり頻度の高い干渉はしないと思います。
アヴァターにはまだネットワークの手が入っていませんから、ホイホイこれる場所でもないという設定です。
ポスティーノ経由で、手紙や物資のやりとりを続ける程度ですね。
実際には、本格的なクロスオーバーを書く自信がないというだけですが…。(−−;)


11.太田さんフォーエヴァー様
ネットワークは元々苦渋の策だったのですが、ふと思い返してみて「あれ?これって結構便利じゃん!」と思い、そこから急激に広がっていきました。
何せ名前だけなら幾らでも出せますから(笑)

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭


名 前
メール
レ ス
※3KBまで
感想を記入される際には、この注意事項をよく読んでから記入して下さい
疑似タグが使えます、詳しくはこちらの一覧へ
画像投稿する(チェックを入れて送信を押すと画像投稿用のフォーム付きで記事が呼び出されます、投稿にはなりませんので注意)
文字色が選べます   パスワード必須!
     
  cookieを許可(名前、メール、パスワード:30日有効)

記事機能メニュー

記事の修正・削除および続編の投稿ができます
対象記事番号(記事番号0で親記事対象になります、続編投稿の場合不要)
 パスワード
    

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル