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「幻想砕きの剣 4-1(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2005-07-22 22:21)
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 ベリオは顔にかかる陽を感じて目を覚ました。
 何だか今日は妙に寝心地がいい。
 温かい抱き枕でも抱いているかのようだ。

 やけに重たい体とボーっとしている頭を抱え、もう一眠りしたい衝動を強引に無視する。
 モゾモゾと布団の中で一頻り動くと、ゆっくりとした動きで起き上がる。

 着替えようとしたベリオは、視線を動かして服を探した。


「…………?
 ここは………?」


 しかし普段着替えを置いてある位置には何もなく、それどころか見慣れない床や椅子があるだけだった。
 周囲を見回すと、太陽の陽が差し込む窓が目に入った。
 日差しが強くなっている。
 どうやら自分は寝坊してしまったらしい。


(寝坊するほど疲れていたかしら……)


 そもそもここは何処なのか。
 とにかく立ち上がろうとしたベリオは、股の間から慣れない感触を感じて動きを止めた。
 何かが零れる様な、体の内側から滲み出るような感触。
 何なのかと思って見下ろすと、そこにはシーツに包まれた自分の肢体……ただし、浮き上がっている輪郭からして明らかに裸。
 あまつさえ、自分の隣に他の誰かの体があった。


「え? え? えええ!?」


「む……」


「ん〜…腰が重い〜……」


 驚いてつい大声を出すベリオ。
 その声に起こされたのか、一緒に寝ていた人物達も動き出した。
 勿論2人も素っ裸だ。


「た、大河くんと未亜さん!?
 こ、これは………そうだ、昨日の夜は…!!」


 ベリオの顔が瞬時に真っ赤に染まった。
 昨夜の痴態を思い出したのである。
 慌てて2人から目を逸らすと、床に転がっている大人の玩具が目に入ってもっと狼狽した。

 昨日の夜は色々あった。
 自分がブラックパピヨンだったと言う事には少なからずショックを抱いたが、何だかんだといってもそれは折り合いをつける事ができた。
 しかし問題はその後である。
 風呂に入って眠ろうとしたのだが、なんのつもりかブラックパピヨンが自分を押しのけて唐突に出てきたのだ。
 ブラックパピヨンは『ストレス解消』のため、大河の部屋に忍び込んだ。


(おやおや、そうだったかい?
 アタシは『夜這いに行くから変われ』ってちゃんと言ったと思うけどね。
 それを聞いてアンタもあっさり支配権を渡したし)


(だ、黙っていてください!)


 少々捏造された回想にブラックパピヨンから突っ込みが入ったが、そこは置いておく。
 ブラックパピヨンは大河を驚かせてやろうと思ったのか、問答無用で窓から乱入した。
 しかしそこで目撃したのは、実の兄妹(だとベリオは思っている)の激しい交わりだった。

 この時点でベリオは混乱しまくっていたのだが、ブラックパピヨンはお構いなしだった。
 大河に夜這いをかけに来たのだが、これはこれで面白そうだとばかりに大河と一緒になって未亜を責めまくったのだ。
 未亜を殆ど動かなくなるまでよがり狂わせた後、今度はブラックパピヨンと大河の房事に突入した。
 ブラックパピヨンという意識的なフィルターがあったものの、ベリオは大河から送り込まれる刺激に悶えまくったものである。

 最初はブラックパピヨンの責めに悶えていた大河だが、挿入してからは立場が一気に逆転した。
 先日の指導の際、指と舌だけで気が狂うかと思うほどにイかされたが、今度の快楽はその比ではない。
 それこそ間断なく甘美な刺激を送り込まれて、ブラックパピヨンは無我夢中で腰を振っていたものだ。
 それがどれだけ続いたのかはわからないが、やがてブラックパピヨンは力尽きたのか満足しきったのか、一際大きく喘ぎ仰け反ったかと思うと、気絶するように眠りについた。
 そうなると自然にベリオが表に出てくる。
 ブラックパピヨンの意識越しとはいえ、散々快楽を送り込まれて蕩けていたベリオは、挿入されたままだった大河を感じてまた喘ぎ続けた。

 かと思えば、体力が回復してきた未亜まで参戦してきたのだ。
 ブラックパピヨンに弄られたお返しだと言って、大河と共にベリオを散々犯しまくった。
 どこから持ってきたのか、ブラックパピヨンはバイブやらディルドーやら、卑猥な玩具を幾つも持参していた。
 その中から未亜は双頭のディルドーを選び出して装着し、ベリオの中に挿入する。
 上の口を大河に犯され、下の口は未亜に挿入され、理性が吹っ飛んでいたベリオは舌を蠢かせながらそれこそ力尽きるまで喘ぎ続けた。

 ベリオが力尽きるとブラックパピヨンが表に出て、ブラックパピヨンが力尽きるとベリオが表に出る。
 延々と繰り返し、淫らな宴は本当に体力が限界を超えるまで続いた。
 そのまま後始末もせずに力尽きて眠ってしまい、今に至る。


「あ、ああああの、私お風呂に入ってきます!」


 ベリオは寝ぼけ眼の2人を残し、服を着て風呂場に直行しようとして…固まった。
 昨晩はブラックパピヨンが忍び込んだので、当然ブラックパピヨンの衣装しか残ってない。 
 さすがにあの服を真昼間から着るのは、比較的常識人のベリオには抵抗がある。
 夜ならいいのかと言われると、多分房事の途中ならコスプレと同じ感覚で着るだろう。
 右往左往していると、やっと目を覚ました大河が自分の服を渡してくれた。


「あ、ありが……あああああ」


 礼を言うのもそこそこに、大河の顔を見てより一層はっきりと痴態を思い出してパニックを起こしたベリオは、それこそ目にも留まらぬスピードで大河の寝巻き…ジャージ型…を着用して、ついさっきまで腰が抜けていたとは思えないスピードでドアをぶっ飛ばして出て行った。
 後には未だに寝ぼけている未亜に抱きつかれ、動けない大河が一人。
 裸のままの未亜の肌が、大河の体に擦り付けられる。


「うにゅ〜……お兄ちゃーん…」


「ん……もう一発やろうかな…」


 未亜にちょびっと危険が迫っているようだ。


 昼食時。
 大河は一人で食堂にいた。
 未亜とヒミツな行為をしたのかはノーコメント。
 未亜は目を覚ますと、重い腰を引き摺ってシャワーを浴びに行った。
 付き添いで浴場まで送っていこうと申し出たら、ジャスティのように鋭い視線で射抜かれた。
 別に合法的に女湯に近寄れるなんて思っていなかったのだが。

 きっとベリオと鉢合わせした事だろう。
 気まずくなっているかもしれないが、それはもう成るように成るとしか言いようがない。

 本来なら今日はブラックパピヨンを探して山狩りの予定だったのだが、大河は適当にすっぽかす気でいた。
 未亜やベリオは恐らくすっかり忘れている。
 どの道見つかる事はないし、サボタージュしても問題ないだろう。


 昨日の夜はヒミツの運動以外にも、ブラックパピヨンと戦い、ゾンビ少女に追いかけられて、大河はエネルギーを消費しまくっていた。
 何はともあれ、使った分を補給しなければ話にならない。
 ランチを3人前ほど頼むと、さすがは鉄人ランチ制覇者と感心される。
 それを自己新記録を塗り替えるほどの速さで平らげると、ようやく大河は人心地ついた。


「さて、何をしようか…」


 未亜はまだ風呂に入っているだろうし、多分ベリオもそこに居る。
 ひょっとしたらもう出ているかもしれないが、もう暫く時間を置いた方がいいかもしれない。
 あれだけの痴態を見せてもらったのだし、彼女の事だから恥ずかしさで自殺でもしかねない。
 リコやリリィはどこに居るのかわからない。
 セルは何やら怪しげな幻影石を求め、王都に出かけているらしい。


「誰も居ないんだよなぁ……。
 ………よし、ちょっと実験でもするか!」


 大河は立ち上がって食器を片付けると、礼拝堂裏の森までやってきた。
 森の中に入ると、生い茂る枝が照りつける太陽を遮った。
 時折吹く風が心地よい。


 昨晩ブラックパピヨンと戦った辺りまで移動すると、トレイターを召喚する。
 周囲に人が居ない事を確認すると、トレイターを握り締めて目を閉じた。
 傍から見たら、剣を握り締めて瞑目するちょっとアブナイ御人である。
 大河はこれから暫く、物理的な感知能力から離れる事になる。
 もし誰かに見つかってキ○ガイとして通報でもされれば、気がついたときには手錠がかかっていたなんて事になるかもしれない。
 そうならない為に、大河は周囲に視線を遮る岩や木ばかりの場所を見つけてその中央に立った。


(集中……集中………意識を沈め…均等に拡散させる…)


 大河の精神は、手に持った何か…トレイターに浸透していった。
 全体を全方向から一意に眺め、なおかつ一点に集中する。
 一に全てを集中する事で、十を観る。


 大河は耳を澄ませた。
 とは言っても、肉体的な耳ではない。
 魂の触覚とでも言うべきか、それに触れる全ての物を知覚する、所謂心眼である。

 初めて召喚した時から感じていた、トレイターの意思。
 それをもっと明確に感じ取ろうというのである。
 トレイターを振るっている時には感じられない、微弱な意思。
 それが大河には気になって仕方がなかった。


(……………聴こえる……。
 トレイターの………違う、沢山の声のうねり…。
 唯一つを求める意思の奔流……。
 これは………)


「歌声……?」


 小さな小さな声で、しかし幾億万の声がする。
 声にならない声で、トレイターは歌っていた。
 フレーズもリズムも伴奏もなく、それらはただ声を合わせて合唱する。
 それが何を叫び歌っているのかはわからなかったが、大河にはその声に聞き覚えがあった。


「これは、“海”で聞こえるあの声…。
 なぜトレイターが?」


 大河は集中を解いた。
 いつの間にか、大河の顔には幾つもの汗が流れている
 トレイターを陽に翳すと、思いのほか強い照り返しが目を焼いた。

 大河は歌声について思いを巡らせる。
 契約し、初めて世界移動をする時から、“海”に行く度にあの声はずっと聞こえていた。
 どこか懐かしく、全く知らないものなのに常に観ている物のような、そんな矛盾した感覚をずっと感じている。
 トレイターから聞こえてくるのは、それと同じ類の声だ。

 しかし、“海”で聞こえる声とは決定的に違う事がある。
 “海”で聞こえる声には、トレイターから感じるような明確な意思を感じない。
 トレイターの声はまるで一糸乱れぬ軍隊のように、全ての意思が同じ方向に進むような声だが、“海”で聞こえるのはもっと雑多で、散り散りに迷走するような、それでいて同じ方向に進むような声だった。
 云わば行進と満員電車の違い。
 前者は皆が同じ方向を向いているが、後者は電車の中で思い思いの方向を向いている。


「似ているだけで全くの別物なのか、それとも根っ子が同じで方向性が違うだけなのか…。
 何れにせよ、この声は“何か”を求めている。
 ……他の召喚器もそうなのか?
 それともトレイターが特別なのか…」


 トレイターは、明らかに他の召喚器とは性質が違う。
 召喚器とは、“力を汲み上げるモノ”である。
 形に大した意味はなく、あくまでも媒体として存在する。
 だからといって、トレイターのようにホイホイ形を変えるような代物ではない。
 大河はまだ召喚器の意味や使い方を理解してはいなかったが、それでも自分の手の中にある代物が、他の召喚器とは一線を画しているのはわかる。
 ぶっちゃけた話、本当に召喚器なのかすら怪しいのだ。


 大河は集中を解いたまま、無言でトレイターを構えた。
 そのまま再び目を閉じる。
 先程のように意識を沈めて拡散させる…トレイターに意識を移すのではなく、意識は自分の中にあるまま、あくまでも外側からトレイターに集中した。
 小さな風音に掻き消されそうな程に小さな声だが、確かに聞こえる。
 それは歌声ではなく、トレイターから発せられる“力”として大河には感じられた。


 大河はトレイターを振る。
 ゆっくりと振りかぶり、一息で振り下ろす。
 その途端、トレイターから発する力は消え失せた。
 じっとしていると、再びトレイターから発せられる力が感じられるようになる。


「……違う。
 力が消えてるんじゃない。
 俺が感じられなくなってるだけだ」


 掌の中に感じられる感触は、消えた力が再び放出されるのではなく、変らずそこに在った事を伝えている。
 ほんの少しでもトレイターから気を逸らせばすぐに見失ってしまう。


「……闘技場でゴーレムをふっ飛ばした時には、あれほどはっきり感じたのにな…。
 力を引き出したからはっきり聞こえるくらい強くなってたのか、それとも声を聞いてそれに合わせたからあんなとんでもない力が出たのか?
 あれを何時でも使えるようになれば、きっと“破滅”と互角以上に戦えると思うんだけど」


 そう言うと、今度はトレイターを大剣に変化させようとする。
 しかし、トレイターはほんの少し光を帯びただけで全く変化しなかった。
 実を言うと、大河はトレイターを何度も大剣に変化させようとしたのだ。
 だが、一度として成功していない。
 ベリオと能力測定試験で戦った時に大剣を使わなかったのはその為だ。
 ……まぁ、仮に変化させる事ができたとしてもあんな凶悪な攻撃を叩き込むのはどうかと思うが。
 測定試験で仲間を殺していては話にならない。
 そもそもあんなの乱発したらそれだけでアヴァターが滅ぶ。


 大河はトレイターを見ると、先程聞いた幾千億の歌声に思いを馳せる。

 昔聞かされた話を思い出した。
 沢山の意思に望まれて生れ落ちる、一代限りの突然変異。
 さも在るが如く語られる、在り得ない存在。
 絶望を引っ繰り返す、正体不明の存在。
 不可能を可能にする者。
 人々の希望を力に変える、ヒトの代表。
 祈りで鍛えられた銀の剣。
 他人の痛みを感じて涙を流し、力を振絞る者を呼び寄せる。
 七つの世界で唯一つ、夢を見るプログラム。
 そして、時に本来の機能を超えて何かを発現させるプログラム。


「決戦存在…ヒーロー…。
 それにOVERS SYSTEM…。
 速水達から聞いた事はあったけど、結局何なのかは誰にも理解できない。
 世界だか運命だかに介入する為のプログラムだけど、その実態は全くの謎。
 噂のあのプログラムが、これを作ったってのか?
 ……はっ、まさかな…」


 聞いた話では、オヴァーズシステムだかオーヴァーズシステムだかは、こんな剣を作り出す機能はない。
 あくまで世界に介入するためのプログラムだったはずだ。
 その機能を超えた力を示す時も、あくまで意思を持つ者だけに作用し、最後の一押しをするだけで一切の痕跡を残さない。
 このような物質として残る事は、今まで一切なかった。 
 少なくとも大河は聞いた事が無い。

 大河は自分の考えを振り切ると、トレイターを手甲に変化させた。
 オヴァーズシステムなぞ持った事もないのに、何故トレイターに関係があると思ったのか。
 それよりも、研究すべき事は色々ある。
 この際だから、もっと色々試してみよう。


「お兄ちゃん?
 どこー?」


「未亜?
 おーい、こっちだこっちー!」


 大河が一休みしていると、森の向こうから未亜の声が聞こえてきた。
 大河の返事を辿って、未亜は大河を探し出す。
 やってきた未亜は、森を歩いて疲れたらしくその場に座り込んだ。


「大丈夫か?
 たったあれだけでそんなに疲れるとは、体力足りんな」


「……誰のせいだと思ってるのよぅ…」


「そりゃ未亜が運動不足だからだろ?」


「ぶぅ。
 運動してるもん。
 毎晩毎晩体力の限界まで運動してるもん。
 特に昨晩はね……」


「はぐっ!?」


 ジト目で大河を睨みつけ、未亜は腰をさする。
 実を言うと、まだちょっと重い。
 昨晩の事を思い出し、未亜は大河に恨みがましい目を向けた。
 見られた大河はというと、何せヤッタ事が事なので後ろめたい事この上ない。
 仮にも恋人の未亜を他の女と一緒に責め立て、挙句その女を未亜の前で抱く。
 嫉妬深い未亜でなくても、そりゃ刺されてもおかしくない。
 ましてブチキレモードに入られようものなら……。


「…………(ガタガタガタガタ)」


「……ナニ考えてるか大体予想がつくし、気持ちはわからなくもないけど…そこまで怯えなくても…」


 蒼白になって震える大河を見て、未亜は溜息をついた。
 大河にしてみれば、これに怯えず何に怯えろというのか。
 逆に未亜にとっては幾らなんでも失礼だ、という事になるのだが。


「ま、今回は何にも言わないわ」


「ほ、ホントか!?
 俺は死ななくてすむのか?
 まして死なせてくれとか言うような目には合わないんだな!?」


 未亜は反射的に前言撤回してやりたくなった。


「はぁ……一応ベリオさんとも、その…ブラックパピヨンさんとも話はついたし。
 ちょっと気まずかったけど、ホラ、ああいう性格だし。
 姐御気質って言うの?
 住み分けっていうか、同盟を張ったのよ」


「同盟?」


「そ。
 どんな同盟かは、淑女協定により言えません」


 首を傾げる大河を見て、未亜は笑った。
 実際の所、大河が他の女を抱くのは気に喰わないが、渡りに船であった。
 本格的に体が保たなくなりそうだったし、学校で席に座っていれば一日の半分が過ぎる地球と違い、アヴァターでは少しでも体力を温存しておいた方がいい。
 かと言って中途半端に止めると大河は不機嫌になるし、一切しないのはお互い体に悪い。 
 どうにかしなければと思っていた所に、ベリオとブラックパピヨンが現れた。
 状況を整理して、未亜は頭をフル回転させたものだ。
 何とか自分に有利な状況に持ち込めないかと考えて、そして実行した。


時は戻って………未亜が風呂から上がった頃。

 体に付いていたよく解らない液体を洗い落としたベリオは、服を着替えて自室で寝転がっていた。
 何時も通り礼拝堂に行こうかと思ったが、自分が淫らに堕落した気がして、どうにも気が引けた。
 ブラックパピヨンは大人しく眠っている。
 昨日の行為で欲求不満は殆ど解消されたようだが、変わりに体力も……この場合支配力や精神力かもしれないが…すっからかんになってしまったようだ。
 ベリオも同じように肉体の疲労は感じていたが、精神の疲労はブラックパピヨンほどではない。
 ブラックパピヨンは、こんな美味しい機会を逃してなるものかとばかりに、それこそ限界ギリギリまで表に出ていたのだ。
 疲れ始めた時点でブラックパピヨンに交代され、比較的長く休んでいたベリオよりも疲労が濃いのは当然だろう。

 肉体的な疲労はユーフォニアを召喚して、多少強引ながら体力回復の速度を速めたため、動けないほどではなくなっている。
 それに性的な刺激を受け続けたベリオの肌や腰周りは、傍目に見ても充実している。


「でも……今日から一人で眠れるかしら…」


 今夜辺りから、本格的に体が夜鳴きしそうで頭を抱えた。
 一人では満足して眠れそうにないし、さりとて大河に抱かれに行くのも恥ずかしい。

 抱かれるといえば、一緒に抱かれた未亜はどうするのか。
 気まずいとか言う以前に、2人は実の兄弟ではないのか。
 彼らの世界には、近親相姦を禁じる法律はなかったのだろうか?


「そもそもどんな顔をして未亜さんに会えば…」


 いくら何でも気まずすぎる。
 お互いにシた事もそうだが、未亜にしてみればベリオは濡れ場に割り込んで恋人を横から掻っ攫った泥棒ネコのようなものだろう。
 例え近親でも、あの2人があのような行為に耽っていた以上、恋人同士のような関係と見ていい。
 目の前で大河を誘惑したブラックパピヨン=ベリオをどう思っているか。
 考えるだけでも胃が痛い。


「それもこれも、全部大河君が悪いんですよぅ…」


 現実逃避と責任転嫁だと解ってはいるが、そのくらい思わないとやっていられない。
 今日はもう不貞寝で一日を過してしまおうかと思った時、ノックの音が響いた。


「はい……何方ですか…?」


「あ、あの……当真未亜です…」


「はい!?」


 予想外の返答に、ベリオは慌てて起き上がった。
 慌てていたため、手を滑らせてベッドから落下する。


 バタ−ン!


「ど、どうしたんです!?
 大丈夫ですか!?」


「は、はい、大丈夫です…。
 ちょっと待ってください…!」


 ベリオは慌てて起き上がって、体力回復のため召喚していたユーフォニアをベッドの下に隠した。
 何故わざわざ隠すのかわからないが、そこら辺は錯乱していた故の事で、あまり明確な理由はない。
 ドタバタ一頻り走り回って、ようやく覚悟を決めて扉を開けた。

 そこに立っていたのは、恋人にちょっかいを出されて不機嫌絶頂のイカレる…もとい怒れる魔神…ではなかった。
 さすがに気まずそうにオドオドしていたものの、意外と落ち着いている未亜が立っている。


「え、ええと、何か御用でも……」


「は、はい……その、昨日の事で……話したい事が…」


 そら来た。
 ベリオは怯えながら、未亜を部屋に招きいれようとした。
 しかし、未亜はそれを拒否する。


「あの、すいませんけど…ちょっと、場所を変えていいですか?
 できれば礼拝堂の裏の森か、昨日入って行った地下がいいんですけど…」


「ち、地下ですか…。
 そこはちょっと勘弁してほしいのですが…」


「それじゃあ森に…」


 幽霊恐怖症のベリオとしては、あの墓地は遠慮したい。
 ならばと礼拝堂裏の森に行く事になったが、よく考えたらこれは危険な展開ではないだろうか?
 一応ユーフォニアを何時でも召喚できる状態にしてあるが、どうしたものだろう。


(よく考えなくても危険だわよ)


(ブ、ブラックパピヨン?
 起きたんですか?)


(ああ、さっきアンタがベッドから落っこちた時にね…。
 それよりどうするのさ?
 昨日あんなコトしちまったんだし、気まずいのは解るけどね…)


 ベリオは非常時における頼もしい援軍(?)が目覚めた事に喜んだ。
 しかし、その援軍は苦い顔(雰囲気でそう感じているのだ)で聞いてくる。
 首を傾げて、ベリオは答えた。


(それは確かに気まずいですが、何時までもこのままという訳には…。
 それにちゃんと話し合えば、未亜さんも……その、解ってくれるとは言いませんが、酌量の余地は…)


(バカ、そうじゃないよ。
 あの子の大河に対する執着心はよく解ってるだろ。
 どう見たって、話し合いでどうこうできる程度の執着じゃない。
 ヘタをすると、白化して世界を滅ぼしかねないくらいだよ)


(そ、それは確かに…。
 ところで白化って何ですか?)


(さあ?
 特に意味はないけど、何だか電波を受信したみたいでね)


 とうとうブラックパピヨンもソッチの世界に足を踏み入れ始めているようだ。

 既に道のりは半分を超え、森まであと5分もあれば到着できる。
 それはつまり、ブラックパピヨンが危惧している危険もそれだけ近づいているという事で…。


(問題なのは、話し合う余地があるのかって事よ。
 最悪、問答無用でジャスティを乱射するとか、懐に隠し持った包丁で…)


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「へ?
 どうしたんです、ベリオさん?」


「あ、ち、違います、未亜さんに言ったんじゃありません!」


 首を傾げて再び歩き出す未亜。
 ホッと一息つくベリオの中から、ブラックパピヨンが声をかける。
 その声色はあくまで真剣である。


(一息ついてる場合じゃないよ。
 色恋沙汰は、簡単に人を狂わせるのさ。
 浮気されたら即座に相手を刺すヤツだっている。
 あの子がどれに分類されるかって言われると…)


 十中八九刺すタイプである。
 それも、浮気をした恋人だけではなく浮気相手も。

 逃げ出そうにも、既に森の中に踏み込んでしまっている。
 死体隠蔽には絶好のシチュエーションだろう。
 ベリオの命は、今や風前の灯かと思われた。


(どどど、どうしましょう!?)


(どうもこうも、ここまで来るとさすがのアタシも手の打ちようが…。
 とりあえずホーリーウォールの準備でもしておいたらどうだい?
 それと、いざ逃げ出すとなったらアタシが替わるからね。
 逃げる隠れるはアタシの専門だし)


 ブラックパピヨンに言われたとおり、ベリオは障壁を張るために力を蓄え始めた。
 それでもマトモに使い物になる障壁を張るには、ユーフォニアを召喚しなければならない。
 危機感地から発動まで、2テンポのタイムラグがある。
 はっきり言って致命的だ。


 しかし、展開はベリオとブラックパピヨンの予測の斜め上を行った。


「さて、この辺りでいいですね」


「は、はい!
 それで、何事でございましょう!?」


 森の深い所に在る、比較的開けた場所で未亜は立ち止まった。
 ベリオは2メートルほど距離を開けて立ち止まり、すぐにでも遁走に入れるように重心を後ろに移す。
 しかし、全ては無駄な備えであった。


「ベリオさん!」


「きゃあっ!?」


 未亜は2メートルの距離を、それこそ瞬きする間に詰めてベリオに掴みかかった。
 ホーリーウォールはおろか、反応する事すら出来なかったベリオは両肩を強く掴まれて動揺する。
 反射的に振り払おうとして、ベリオは指先に力を篭めた。
 しかし全く動かない。
 まるでプロレスラーのような握力である。


「ななな、なんでしょう未亜さん!?」


「ブラックパピヨンさんは今出られますか!?」


「あ、あの子ですか!?」


(アタシ!?)


 予想もしなかった指名に、ブラックパピヨンは本気で動揺した。
 流石の彼女も、今の未亜の前に出て行く勇気はない。


(ちょ、ちょっと!
 ご指名ですよ!)


(ええい、冗談じゃないわよ!
 アタシは寝てるから何とか誤魔化しな!)


(そんな事したら、私が未亜さんに刺されるかもしれないじゃないですか!
 私が死んだら、自然とアナタも道連れですよ!?)


(そりゃアタシが刺されたって同じだってーの!
 いいから何とか誤魔化してよ!)


(無理ですよ!
 早く替わってください!
 アナタさっきは逃げる時には替わるって言ったじゃないですか!)


(あれは直接対峙しないからそう言ったのよ!
 あの子と真っ向から向き合うなんてゴメンだわ!
 いくらアタシでも、怖いものは怖いんだ!)


(そんなの私だって怖いですよー!)


 大混乱しているベリオとブラックパピヨン。
 内心の骨肉の争いは聞こえない未亜だが、いい加減焦れて掴む力を強くする。


「ベリオさん!」


「う、あ、は、はい!
 ただいま!」


(ああ、ベリオ!?)


(ごめんなさい、後は任せました!)


 ベリオは支配権を譲渡…この場合押し付けたというのが正しい…して、ブラックパピヨンを表に押し出して引っ込んでしまった。
 ブラックパピヨンは本気でベリオを恨んだが、それよりも目の前の夜叉を退けるのが先である。
 とにかく掴まれている手を離そうとした瞬間、未亜がブラックパピヨンの目を見据えて叫んだ。


「ブラックパピヨンさん!」


「な、なんだい!?
(イヤアアァァァァ殺られるうううぅぅぅ!?)


私を弟子にしてください!


「…………は?」


 たっぷり三十秒はブラックパピヨンは固まった。
 ちなみにベリオは引っ込んで閉じこもったまま、全く外の世界を感知しようとしない。


(えーと…今この子、なんて言った……?
 弟子……アタシの?
 泥棒にでもなりたいの?)


 困惑するブラックパピヨンを真っ向から見据え、未亜はこれ以上無いほど真剣な表情をしている。
 目に炎が燃え盛って見えた。
 熱視線でブラックパピヨンの顔に穴が開きそうなほどにヒートしている。


「どうですか!?」


「ちょっ、ちょっと待ってよ!
 弟子にしろって、アンタどういうつもりだい!?」


 とにかく怖いので未亜を引き剥がそうとするが、相変わらず未亜の腕力は凄まじくビクともしない。
 それに気付いているのかいないのか、未亜は俯いて震えだした。
 何とか逃げようとブラックパピヨンが身を捩っていると、一際握力が強くなる。

 次の瞬間、ブラックパピヨンの顔のすぐ前に、未亜の顔がドアップで突きつけられていた。
 クワッと顔を上げた未亜の顔は、無念と悔しさが入り混じった、なんとも形容し難い表情だ。
 言うなれば復讐者の顔、が一番正確だろうか。


「どうもこうも!
 苦節数年、私はお兄ちゃんに虐げられてばかりなんですよ!」


「はあ!?
 あの大河に!?」


 本気で驚いたブラックパピヨンは、未亜の腕を外そうとするのも忘れて聞き入った。
 大河に未亜を苛めるような根性や度胸や性根の悪どさがあるのも信じられなかったが、それ以上に未亜が黙っているのが信じられない。
 これほどの迫力を出せるのなら、ハッタリだけでも町の一つくらいは支配下に置けそうなものだ。


「あの大河に、じゃありません!
 反抗しようとする事数百回、あの手この手で用意した作戦は全て不発に終わり、それどころかロクに戦力を削げずに、むしろパワーアップさせてしまう始末!
 勝利するどころか徹底的に嬲られ、許しを請おうが拒絶しようとしようが、一切の容赦も見せずに私を……!」


「そ、そうだったのかい!?」


 ブラックパピヨンには、未亜がウソを言っているようには見えなかった。
 しかし、大河がそのような事をしていたとはとてもではないが信じられない。
 普段あれ程仲がよさそうだったのは、未亜の…あるいは2人の演技だったのだろうか?
 そう考えると、ブラックパピヨンは人間不信に陥りそうな気がしてきた。

 お構い無しに未亜の血を吐くような告白は続く。


「そうだったもなにも!
 ブラックパピヨンさんだって、現場を見たじゃないですか!」


「じゃ、じゃあひょっとして昨日の夜のアレは…!?」


 未亜を無理矢理組み伏せていたとでも言うのか。
 ブラックパピヨンには、それこそ信じられない。


「ええそうです!
 毎晩毎晩あんな事ばかり!
 いい加減私だって泣きたくなりますよ!」


「そ、そうだったの…。
 信じられないけど……もしそれが本当だったら…」


 ブラックパピヨンは、大河を潰す覚悟を決めようとした。
 彼は大切な友人で、思い人以上の存在で、恩人とも言える相手だが、本当に未亜が言うように彼女を力尽くで意のままにしているのであれば、同じ女として放ってはおけない。
 どうのこうの言ったところで、彼女は心優しいベリオの一部である。
 イタズラ好きな部分が強く前面に出ているため解り辛いが、このような義理堅く優しさや正義感が強い側面もあるのだ。


「でも、それならアタシに弟子入りなんかするよりも、アタシが直に出て行ったほうがいいんじゃないのかい?」


「いいえ、それじゃダメなんです…。
 それに、ブラックパピヨンさんだって負けてるじゃないですか…」


「う、それはそうだけど…何も直接的な方法に拘る必要はないじゃないか。
 例えば沢山人を雇って高みの見物を決め込んだり、恥ずかしい写真をばら撒いたり…」


「何言ってるんです!
 そんなの却下です!
 ダメダメのダメ、むしろ焼却です!
 そんな事したくないから、ブラックパピヨンさんに弟子入りを頼んでるんじゃないですか!」


 あれ、とブラックパピヨンは首を傾げた。
 彼女の真骨頂は、真正面から戦うのではなくて、先程自分で言ったような罠にかけたり相手を貶めるようなやり方や、他には逃げ隠れする狡猾さである。
 未亜もそれを見込んで弟子入りを頼んだのではないのか。
 正面突破が望みなら、他に適当な人材がいる。


「け、けどねぇ…アタシはそういう正面から戦うのは苦手だよ?」


「? 戦う?
 そりゃ確かに戦いですけど…。
 とにかくお願いします!
 私……一度でいい!
 お兄ちゃんに勝ちたい!


 そう言って、未亜は必死の形相でブラックパピヨンに詰め寄った。
 理解がどことなくすれ違っている気がするが、、このままだ断ると本気で刺されそうな気がする。
 仕方なく、ブラックパピヨンは未亜の弟子入りを了承する事にした。


「わ、わかったよ。
 アタシに教えられる事があれば、いくらでも教えてあげるさ。
 ……でも、何でアタシなんだい?」


 その点だけは、はっきりさせておきたい。
 いざとなったら、誰か他の人材を紹介して、自分はトンズラをこくつもりである。
 大河から未亜を解放するため、一肌脱ぐのもいいかと思っているが、それ以上に命が惜しい。
 そもそも他人の修羅場に立ち会うのは面白いが、自分に被害が及んだり本気で刺したり刺されたりするような修羅場はゴメンである。
 あれは酷くてタコ殴りにされる程度だから安心して見ていられるのだ。
 昼の奥様向けドラマではあるまいし、現実の日常で刃傷沙汰は勘弁である。

 ブラックパピヨンの問に、未亜はあっさりと答えた。


「昨日のブラックパピヨンさんを見て、私はやっと勝機を見出せたんです。
 以前にも同じ事をして勝利を狙いましたが、何せ我流だったし、あんまり深い所まで実戦できるほど場慣れしていませんでしたから…」


「? 昨日のアタシ…?」


 ブラックパピヨンは首を傾げて考え込んだ。
 昨日ブラックパピヨンと未亜が顔を合わせていたのは、大河の部屋で鉢合わせしていた時のみである。
 地下で気絶していた未亜を引き摺って地上の建物にまで連れて行ったが、あの時の未亜は気絶していた。

 ならば、ブラックパピヨンの何を見て大河に対抗する手段を見て勝機を見出したというのだろうか。
 ブラックパピヨンは未亜に尋ねてみようと思ったが、それよりも先に未亜が拳を握って断言してのけた。


「あのお兄ちゃんを相手に、一時とはいえ主導権を握るベッドテクニック!
 あれを極めれば、お兄ちゃんと互角に戦う事も可能になるかもしれません!
 むしろお仕置きと称してムチでしばいてよがらせる事も可能!」


そっちなの!?


「は? どっちだと思ったんです?」


 思わず突っ込みを入れたブラックパピヨンは、未亜から返された言葉の返答に詰まった。
 さすがに未亜が大河に力尽くでいいようにされていると思った、などとは言い辛い。
 自分の決意はなんだったのか。

 何はともあれ、この展開なら最初に心配していたような刃傷沙汰にはなりそうもない。
 ブラックパピヨンは心底ホッとし、ベリオを起こそうと思ったが、途中でそれは思い直した。


「そ、それにしても、随分と力が入ってるねぇ。
 何がそんなに悔しいんだい?
 アタシはと〜っても気持ちよかったけど?」


 大河に逆らえずに多少悔しい思いはしたが、未亜の言うように泣きたくなるほど悔しくはない。
 むしろ嬉しいかもしれない。

 しかし、未亜は本気で悔しがっているようだった。


「それ! 正にそれです!
 何が悔しいって、今日の朝のお兄ちゃんを見なかったんですか!?」


「いや、ベリオは起きてたけど、アタシはアンタが部屋に来るまで寝てたんで…」


「あのですねぇ!
 昨日あれだけ大暴れして、私達…体は2人だったけど、実質上3人を相手にして、腰が抜けるまで弄んだっていうのに!
 お兄ちゃん、太陽が黄色く見えるどころか全然余裕なんですよ!?
 精々『腹減ったなー』とか言う程度で、しんどいとか辛いとか腰が痛いとか、そういうのカケラもないんですよ!?
 しかも、私とああいうことするようになってから、一度だって言った事ないんです!
 毎度毎度スル度に私は途中で体力の限界を迎えているというのに、お兄ちゃんは疲れるどころか腕立て腹筋その他3セットできるくらいの体力が有り余ってるんです!
 私が動けなくなってお布団に横たわって見上げていると、『なんだもうヘバッたのか〜』なんて表情を浮かべてるんですよ!
 これ以上に女として悔しい事、そうそうありますか!?
 夜に一度も優位に立てないなんて、そりゃ泣きたくもなりますよ!
 それともアレですか、妹キャラに年上の経験豊富なお姉さんみたいな芸風は無理だっていうんですか!?
 ムキャーーーーーーーーーーー!


「わ、わかった!
 わかったからちょっと落ち着きな!」


「ブラックパピヨンさん、悔しくないんですか!?
 人を困らせ、恥ずかしい思いをさせる事に快感を感じるアナタが、悔しいと思わないんですか?
 それこそ徹底的に搾り取って、お兄ちゃんに『もう勘弁してくれ〜』とか言わせたくないんですかー!?」


「ええい、言わせたいのはよく解るから落ち着けぇい!」


「体は二人とはいえ、三人でかかっていきながら、呼吸を乱す程度しか出来なおぎゅっ!?


 ヒートアップし、ブラックパピヨンの返答も聞こえなくなるほどに暴走していた未亜の顎にブラックパピヨンの掌打がめり込んだ。
 勢いが強すぎたのか未亜が勢いを殺し損ねたのか、未亜はそのまま仰向けに引っくり返った。


「いたた……ご、ごめんなさい…。
 つい数年分の悔しさが一気に爆発して…」


「はぁ、はぁ…ま、まあいいさ。
 気持ちはわからなくもないからね。
 で、アタシに男の責め方を教えて欲しいって事でいいのかい?」


「はい…。
 あからさまに素面で口にすると、ちょっと恥ずかしいですけど…」


 ポッと顔を染める未亜を見て、ブラックパピヨンは本当に今更だと思った。
 きっと未亜には叫びで酔っ払える機能がついているのだろう。
 酒代要らずで体に害もなく、非常に羨ましい能力だ。


「それで?
 アタシの見返りはなんだい?」


「へ?」


「へ、じゃないよ。
 人にモノを教わろうってんなら、それなりの態度ってモノがあるだろう?
 報酬だよ報酬!」


 キョトンとした未亜に、当然と言えば当然の要求を突きつけるブラックパピヨン。
 言われた未亜は何の事なのかわからなかったが、思い当たって腕を組んだ。

 実を言うと、未亜にはその報酬のアテがある。
 少々気が引けるのだが、この際そうは言っていられない。
 元々、もう一つの交渉のために持ってきたのだが…。
 未亜はカードを切るべきか、真剣に悩んだ。


「それで……ブラックパピヨンさんの報酬は、何がいいんですか?」


 悩んだ末、未亜は相手の腹を探ろうと質問を投げかけた。
 どうやらブラックパピヨンはこの問を待っていたらしく、人の悪そうな笑みを浮かべる。


「昨日と同じ事を定期的にやるってのはどうだい?
 何せベリオがアレの味を覚えちゃってねぇ。
 その分我慢して溜まった欲求がアタシに廻ってくるから、悶々としちゃって大変なんだよ」


 どうやらこれが狙いだったようだ。
 未亜としては抵抗があるかもしれないが、どの道その手の技術を教え込むには実演が必要不可欠である。
 今更他の男に抱かれる気もないし、そうした所で満足できるとは思えない。
 むしろ中途半端に燃え尽きて、不完全燃焼を起こすかもしれない。
 そもそも未亜が他の男に抱く・抱かれるを承知すまい。
 これだけの理由を並べれば、ブラックパピヨンの要求を未亜は受け入れざるを得ないだろう。
 そう考えるブラックパピヨンだった。


 ちなみにベリオは未だに殻の中に閉じこもっているので、味を覚えた云々についてはコメントできなかった。


(う〜ん、そう来たか…。
 カードを切らないで正解だったね)


 一方未亜は、ブラックパピヨンの提案を受け入れる事をあっさり決めた。
 元々こちらの戦力を増やそうとする企みもあったし、特に断る理由はない。
 ひょっとしたらブラックパピヨンもベリオも大河に懐柔されるかもしれないが、それはそれで気持ちいいので大目に見る。

 そうなると、未亜が持っている最後のカードの出番である。
 少々どころではなくダーティが過ぎるような気もするが、未亜にはその程度なら許容範囲内であるらしい。
 やはり大河の妹ということか。

 暫く悩んだフリをして、未亜はOKを出した。
 無論不服そうな表情をしているのも忘れない。
 自分で決めた事とはいえ、感情面ではあまりいい気分ではないのでそれほど難しくなかった。


「……わかりました。
 頻度は……今後柔軟に決めていくとして、とりあえず週2回ほどでどうでしょう?」


「ダメだね。
 週に3回だ」


「……ベリオさんも一緒に数えて3回です」


「4回が最低ラインよ。
 アンタに教えるにしても、アタシとベリオが楽しむにしても、それくらいは必要だわ」


「多くなってる!?」


「5回」


「待って、ちょっと待ってください!」


 未亜は残しておいた手札をこの場で使ってやりたい衝動にかられた。
 しかし、この交渉は単なる茶番と思い切ってそれを抑え込む。
 正直な話、ブラックパピヨンの主張を最初から受け入れてしまっても大した問題はない。
 ただ単に、妬き餅を鎮めるために少々ゴネて見せているだけである。


「………3回と、日中に機会があったら、最後までスルを許可します。
 それで手を打ちませんか?」


「……ま、妥当かな。
 それでいいわよ」


 契約成立。
 2人はガッシと手を握り合った。
 ただし2人の背後には、気迫の刃が見え隠れしているが…。

 交渉を終えた未亜は、今度は本命の話題に入ろうとした。
 今度は交渉とは言わない。
 これは脅迫である。
 未亜は自分の手が汚れるのを、改めて覚悟した。
 ……どうせ地球にいた頃も、大河に付き纏う女達にこっそりプレッシャーを与えて、大河から遠ざけていたのだ。
 これはその延長だと言い聞かせ、未亜は機嫌良さそうにしているブラックパピヨンを見た。


「あの、話は変るんですけど…」


「まだ何かあるの?」


「はい。
 ちょっとこれを見て欲しいんですけど…」


 そう言って未亜が取り出したのは幻影石だった。
 言われた通りに目を通そうと、未亜からその幻影石を受け取ろうとした、
 しかし未亜はそれを拒否し、ブラックパピヨンから少し距離を置いた。


「えっと、スイッチスイッチ…あ、こうするんだっけ…」


 未亜の手が軽く幻影石を小突くと、溜め込まれていた魔力が幻影石の内部を動き出す。
 少しのタイムラグの後、幻影石は記録していた映像を映し出した。


「なっ!?
 未亜、アンタ一体どういうつもり!?」


 映し出された映像を見て、ブラックパピヨンは未亜に鋭い視線を向ける。
 それを受けた未亜は少々怯んだ様子を見せたが、すぐ自分に活を入れて真っ向から睨み返した。

 幻影石に記録されていたのは、ブラックパピヨンのコスチュームのまま大河に抱きついて眠るベリオの姿であった。
 髪が解けているので、それがベリオだと一目瞭然だ。
 映像にはベリオの寝姿しか写っておらず、抱きついている男が誰なのか知っていなければ、男の判別は不可能である。


「もしこれを学園長に見せれば、ブラックパピヨンさんもベリオさんも困った事になるんじゃないですか?」


「くっ、いつの間に…」


 歯噛みするブラックパピヨン。
 何とか状況を打破しようと、時間稼ぎに徹する。


「これがアタシだって証拠は無いわ。
 ベリオとアタシが同一人物だっていう証拠もね。
 学園内で風紀を寮長兼委員長が乱すのは問題があるけど、精々説教を受ける程度の話ね」


「このコスチュームはどう説明します?
 何かしら関係を疑われるのは避けられないと思いますが」


「そんなの、大河がコスプレして欲しいって言っただけの話さ。
 学園長だけじゃなくて、先生達も何の疑いも無く信じてくれるのが目に見えるわね」


「ブラックパピヨンさんの姿は、多くの人に目撃されています。
 取調べを受けなくても、ちょっと髪型を変えさせれば、沢山の人がソックリだと証言してくれますよ」


「甘いね。
 人が人の顔を区別するのに、確かに髪型は大きな要素だよ。
 でもそれ以上に、雰囲気や気配だって重要なのさ。
 アタシとベリオじゃ纏ってる雰囲気が全然別物だわ。
 ちょっと似ている、くらいは考えるかもしれないけど、同一人物とは思われないわね。
 大体アンタ、弟子入り志願した直後に師匠を脅す気かい?」


「お兄ちゃんに近づくなら、例え師匠でも創造主でも敵です。
 でもブラックパピヨンさんは師匠ですから、最低限の警戒ラインを張っておくだけに留めます」


 2人は口を止めて、真っ向から睨み合った。
 後ろめたい脅迫をしている自覚はあるのか、未亜が僅かに眼を逸らす。
 それを見て、ブラックパピヨンは十分勝機があると判断すした。

 どの道さっきのような会話をした所で、それらは全て推測である。
 実際にどのような反応が返ってくるかは、実行しなければ解らない。
 ならば、あれやこれやと言い合っても意味が無い。
 未亜の出す要求を吟味し、落とし所を作らねばならないだろう。
 隙あらばこの場で幻影石を掠め取ってやろうと思ったが、未亜は後ろめたさから目を逸らしていても、警戒は怠っていない。


「それで、要求はなんだい?」


「要求は…お兄ちゃんにちょっかいを出しすぎない事です」


「…それは、さっき決めた取引以外に誘惑をするなって事?」


「有体に言えばそうです。
 お兄ちゃんからデートの誘いを受けたり、迫られたりした時には好きにしていいです。
 もし告白されたりしたら、その時は受けても構いません。
 でも、自分から積極的にお兄ちゃんを奪おうとするような事があれば…」


 そう言って言葉を切ると、凄絶な敵意を載せた視線をブラックパピヨンに叩きつけた。
 それを見たブラックパピヨンは、未亜の予想以上の執念に舌を巻いた。
 彼女が大河に依存し、また独り占めしたがっているのは承知していたが、まさか脅迫するのも辞さない程とは。
 白くなる素質は十分すぎるようだ。

 実を言うと、これでも未亜としては妥協しようと努力した方である。
 何とか自立しようと頑張っているのだが、それ以上に、大河に他の女がちょっかいを出すのが気に入らない。
 かと言って、大河に近づく女全てを追い払っていたのでは、自立がどうのと言っていられない。
 そこで未亜は、『自分から誘惑させないが、大河から手を出したのなら我慢する』という妥協案を打ち出した。
 どの道大河が誰かに手を出せば、それこそピンキリある御仕置メニューを試してみるだけである。
 強引極まりない矛盾した論法だが、未亜が自分を納得させるために捻り出した屁理屈なので仕方ないと言えば仕方ない。
 脅迫などという手段を取ろうとした時点で結構自棄になっているので、ある意味開き直っているのかもしれない。
 例え手を汚してでも、複数の中の一人になっても、大河だけは手放さないのだ。


 ブラックパピヨンは考える。
 断れば、未亜はまず間違いなく実行するだろう。
 刺されないだけマシと思う事にした。
 脅迫されたのだから、先程の弟子入りも取り消してしまってもいいのだが、何せジョーカーは未亜の手にある。
 迂闊な反撃は、自分の首を絞めるようなものだ。
 反撃するなら迅速に、かつ未亜の反抗手段を一切残さず潰してしまわねばならない。
 幻影石が未亜の持っている一つだけと限らない以上、この場で動く事は出来なかった。

 未亜の脅迫がなくても、ベリオが主人格である限り、そして自分が泥棒である限り、どうせ自分は日陰者である。
 大河にとってはそうではないかもしれないが、立場上そういう形にならざるを得ない。

 どの道自分から誘惑しなくても、大河の方から迫ってくるだろう。
 とは言え、未亜に大人しく従ってやるのはゴメンである。

 暫く悩んだブラックパピヨンは、結局実も蓋もない結論に辿り着いた。


(ま、いざとなったら踏み倒せばいいわ)


 そんな事を考えているとは全く悟らせず、ブラックパピヨンは別の悪巧みを遂行する事にした。


「仕方ないわね…解ったわ。
 にしても、アンタも悪党の素質十分だねぇ」


「何とでも言ってください。
 私はどーせ、ヨゴレで大した意味のない突っ込み役でキシャー劣化版の、ドジでマヌケな亀ですよ。フン」


 拗ねて見せたが、やっていた事が事なので、さすがに可愛らしいとは思えない。
 ついでに元祖キシャーには、脅迫するような理性は(暴走状態では多分)無い。


「それはそれとしてね、アタシからも条件があるんだよ」


「条件?
 …この際だから悪人に徹しちゃいますけど、条件を付けられる立場だとでも?」


 どうやら未亜は本気で境界線をくぐりかけているらしい。
 段々演技なの地の態度なのか、見分けがつかなくなってきた。
 ブラックパピヨンはそれを見てニヤリと笑う。


「なぁに、大した事じゃないさ。
 ベリオに仕返ししたいんだけどね、ちょっと協力してくれればいいから」


「仕返し?」


「そうさ。
 あの子、自分が危なくなったら、後をアタシに押し付けて引っ込んじゃってね。
 悔しいから、ちょっと痛い目にあってもらおうかと…」


「痛い目だなんて…。
 それに、ベリオさんが一体何をしたって言うんです?」


 ブラックパピヨンは『アンタの相手を押し付けられたんだ!』と面と向かって言ってやりたかったが、それをやると話がややこしくなる。


「それはヒミツ。
 でも、アンタにとっても悪い提案じゃないわ。
 アタシが教えたテクニックの実験台に、あの子を選んでくれればいいから」


「……え?
 そ、それって…」


 大河と寝る時にベリオを集中的に責めるか、さもなくばレズの相手をしろという事である。
 昨晩の行為でちょっと目覚めかけている未亜には、それほど抵抗のない提案である。
 ニヤリと笑って、ブラックパピヨンの手をとった。


「了解しました。
 思いっきり実験していいんですね?」


「ああ、思いっきりね…」


 ふふふふふふふふふふふ……


 森の中に悪女2人の含み笑いが木霊した。


 回想終了……


「ふふ…楽しみだなぁ…」


「な、なにがだ!?」


 ブラックパピヨンとの契約を思い出してニヤける未亜を見て、大河は全速力で後退した。
 未亜の笑顔が、大河にお仕置きしている時、稀に浮かべるSな人特有の表情を宿していたからである。
 そう言えば昨日の情事でも、ベリオを責めるのが意外と楽しいとはっきり言い切った。
 どうやら未亜は、本気で目覚めかけているようだ。

 女は怖い。

 大河は未亜に何があったのかは解らなかったが、生存本能がそう叫んでいた。
 幸いトリップせずに、未亜はすぐに現世に戻ってきた。
 もしトリップしていれば、世界平和のために大河は未亜を抹殺しなければならなかったかもしれない。


「何でもないよ。
 お兄ちゃん、楽しみにしててね。
 きっとお兄ちゃんもすごく嬉しいから」


「? お、おう……??」


 何が何だかわからないが、取り敢えず未亜の機嫌をとっておいた方がよさそうだ。
 そう判断して、大河は素直に頷いた。
 …まぁ、根がスケベな大河の事だし、多分レズショーも喜ぶだろう…参加できれば。


 大河は未亜が疲れている事に気付き、カーテン代わりにしていた岩に凭れて座り込んだ。
 大河の意を察した未亜が、嬉しそうに寄り添う。
 無言で未亜を抱き寄せると、未亜は大河に寄りかかって目を閉じた。


「このまま一眠りしていい?
 昨日の疲れ、まだ回復してないの…」


「一言余計だっての…。
 ま、昼飯も食った後だしな…好きなだけ寝てろよ」


 軽いキスをした後、2人はそのまま動かなくなった。
 時折風が吹き、木々が擦れる音がするくらいで、まるで風景画のようだ。
 暖かい日差しが降り注ぎ、昼食をとった後で、丁度眠くなる時間帯。
 二度寝と並ぶ至福の時間、お昼寝である。


ブロロロロロロロロロロ…………


 ウトウト船を漕ぎ、夢と現の狭間を漂う事30分。
 2人を眠りの国から叩き落す、無粋な音が響いてきた。


ブロロロロロロロロロロ…………


 未亜も大河も、その音には聞き覚えがある。
 しかし、この音を発てる物体はアヴァターには存在していない。
 てっきり夢の中で音が響いているだけだと思っている。


ブロロロロロロロロロロ…………


 音は段々大きくなってきた。
 疲労故に大河よりも深い眠りに落ちていた未亜は眠ったままだったが、大河はいい加減夢の中の音だとして煩過ぎると感じて目を開けた。
 顔を上げて目を擦るが、相変わらず音は消えてなかった。
 それどころか、ますます大きくなってくる。


ブロロロロロロロロロロ…………


 その音は、地球では日々道路を走り回り、時には心地よく、時にはこれ以上無い騒音として評せられる。
 明らかにバイクの音であった。
 アヴァターの文明レベルでは、複雑な鉄の機械は殆ど作り出せない。
 ならばこの音は何なのか?


ブロロロロロロロロロロ…………


 大河は周囲を見回したが、岩と木々があるだけでそれらしい発信源は見当たらない。
 音は周囲の空間の全てから聞こえ、四方八方から押しつぶそうとしているかのようだ。


「ん……うるさい…なに…?」


「ん、起きたか」


 バイクの音に、未亜が揺り起こされた。
 どう見ても不機嫌絶頂である。
 昼寝の邪魔をされ、鬱陶しい音に対して怒りを感じているようだ。
 しかし、その怒りも状況を理解すると霧散し、困惑が取って代わった。


「お兄ちゃん、これってバイクの音だよね?
 この喧しい音は、地球を走り回る排気ガスを吐き出す鉄の塊が出す騒音だよね?
 何でアヴァターでこんな音がするの!?」


「さぁ…ま、心当たりはあるけどな…。
 それより未亜、お前バイクに嫌な思い出でもあるのか?」


「お昼寝を邪魔されたり、夜中に勘違いした集団が走り回って睡眠不足になった事が…」


 ちなみに未亜が睡眠不足になっていた時、大河は全く意に介さずに爆睡していた。

 大河は未亜を後ろに庇うと、木々の間を見通そうとした。
 大河はこの音を誰が発てているのか予想がついていたので、それほど強く警戒してはいない。
 もし予想通りの相手だったら、むしろ歓迎すべきである。

 周囲を見回す大河の目が、ある一方向に定められた。
 木々の間が歪んで見える。
 どうやら空気が屈折しているらしい。
 歪みはどんどん大きくなり、終には直径2メートル近い空間が極彩色の球体が出来上がる。
 四方八方から響き渡っていたバイクの音は、いつの間にかその球体の中から響いていた。

 未亜は一歩後ろに下がり、ジャスティを呼び出す。
 いつでも放てるように狙いをつけようとしたが、大河がそれを制する。
 少し迷ったがジャスティを下ろし、今度はどの方向にでも飛び退けるように重心を低くした。


 極彩色の球体の中から、少しずつ何かが現れ始めた。
 まず力強く大地を走る前輪が、次いで暗闇を照らし出すライトが、そしてハンドルとそれを握る手袋をつけた両手。
 見慣れない型のバイクが、ゆっくりと前進する。

 ついに乗り手の顔が現れた。
 ゴーグルを付け、ヘルメットを被ってコートを着たその男を、大河はよく知っていた。


「ポスティーノ!?」


「やあ大河君、久しぶり」


 ポスティーノが乗るバイクは空間の歪みと思しき球体から抜け出して、その全身を露にしていた。
 特に大型というわけではないが、力強く、何か特別な力や因縁があると言われると、思わず納得してしまいそうな風格を漂わせている。
 後部には大きな鞄が取り付けられていた。
 ポスティーノは被っていたヘルメットを取ると、大河に笑いかけた。
 逆立った髪が跳ね上がり、風になびく。


「全く……いつもの所にいないから、探し出すのに苦労したよ。
 引越しにしては大掛かりじゃないか。
 何せ世界を超えているんだから……」


「あ、ああ…何だか知らないけど、問答無用で拉致られてな」


「そうか、君も大変だな…。
 ……ほら、君に手紙だ」


 ポスティーノは鞄の中に手を入れて、何の変哲もない封筒を取り出して大河に渡した。
 大河は受け取り、差出人と宛先を見て複雑な表情を見せた。


「……成る程な…根の世界ってのはそういう事か…」


 読まずに懐に仕舞い込む。
 状況に付いていけず、呆然としていた未亜が大河の袖を引っ張った。


「お兄ちゃん…この人誰なの?
 それに、何処から出てきたの?」


「ん?
 ああ、この人はポスティーノって名前で、職業は…モグリの郵便屋?」


「おいおい、モグリはないだろ…。
 よろしくお嬢さん。
 ポスティーノだ……君の事は大河君から色々と聞いてるよ」


「あ…はい、当真未亜です…。
 よろしくお願いします…ところで、さっきは何処から…」


 未亜の問を聞かずに、ポスティーノはバイクを旋回させた。
 その先には、半分程に縮んだ極彩色の球体がある。
 再びヘルメットを被り、鞄の中から手紙を取り出して次の宛先を確かめる。


「それじゃ、俺も忙しいんでそろそろ行くよ。
 何だか大変そうな世界だが、気をつけてな」


「おう、事故るなよ」


「十分気をつけるよ…。
 あ、そうそう、大河君に言い忘れてた事があったんだ」


 今にも出発しようとしたポスティーノは、くるりと振り返って大河を見た。


「言い忘れた事?」


「今回の世界移動の件だけど……『ネットワーク』は関与していないよ。
 君がこの世界に連れてこられたのは、全くの偶然か、さもなくば『ネットワーク』の力も及ばない何かが原因らしい。
 『ネットワーク』の連中は君を心配していたぞ。
 ま、元気そうだったって言っておくけどね」


 そう言うと、大河と未亜に手を振って今度こそ極彩色の球体に突入して行った。
 あっという間にポスティーノとバイクは球体に飲み込まれる。
 球体は急速に収縮して、あっさりと消え去ってしまった。
 ポスティーノが居たと信じられる痕跡は、途中でぶっつりと途切れているタイヤの後ぐらい。


「え〜と……お兄ちゃん、今の人は…?」


 唖然としていた未亜が我に帰り、ポスティーノに渡された封筒を見回している大河に聞いた。
 封筒を検分する手を休め、大河は未亜に向き直った。


「ポスティーノか?
 アイツはさっき言った通り、郵便屋だよ。
 ただし一流の郵便屋だけどな」


「一流の郵便屋って言われても…。
 さっきも聞いたけど、あの人何処から出てきたの?
 それで何処に行くの?」


「アイツは世界を移動して出て来たんだ。
 要するに召喚やら逆召喚やらを、自分で自由に行えるって事だろうな。
 あの球体は、アイツが移動するのに必要だったゲートだよ」


「……それじゃあ、あの人についていけば地球に戻れたんじゃないの!?」


 帰還の希望を見出し、未亜は大河に詰め寄った。
 しかし大河は無情に首を振る。


「それは無理。
 アイツは自分しか世界移動をさせる事はできないんだよ。
 郵便屋であって、タクシーやバスの運転手じゃないしな。
 無理に誰かを連れて行こうとすれば、その人は世界の壁を越える事が出来ずにお陀仏するんだと」


 壁に激突したショックで砕け散るか、それとも無機物と融合するか。
 いずれにせよ無事ではすまない。
 希望を否定された未亜は、肩を落として落ち込んだ。
 しかしすぐに復活し、次々と疑問を投げかける。


「それじゃあ、一流ってどういう事?
 郵便屋さんの一流って言われても、精々宛先を間違えないくらいしか思い浮かばないんだけど…」


「一流は一流さ。
 宛先を間違えないなんざ当たり前、正確に宛先を記述されていれば、それがどんな所でも、どんなに危険な場所でも、絶対に届ける。
 宛先が正確でなくても、多少の誤差なら走り回って見つけ出す。
 内戦直後でピリピリしてる国だろうが、集落と集落の間が2000キロくらい離れてる国だろうが、迅速確実、預かり物には傷一つつけさせない。
 世界が一つ二つ三つ四つ違おうが、十秒後に核が叩き込まれる場所だろうが、どんな所にも現れる。
 何時だったか、未来からの手紙を渡された時にはマジでビビッたぞ」


「未来から?
 幾らなんでも、それはウソとかイカサマなんじゃあ…」


 さすがに未亜は信じられないようだ。
 大河も最初はそうだった。
 しかし、今は違う。
 本物の一流とはそういう物なのだと、身に染みて知っている。


「本当で、イカサマも小細工も一切なかったな。
 未亜、一流を甘く見るなよ?
 相手が誰でもどんな状況でも、それこそ世界が滅びる日でも自分の仕事に誇りを持ってやり遂げる。
 不可能を可能にして、不屈の仕事人魂で障害になる何もかもをぶっ飛ばす。
 ジャパニーズビジネスマンはかく在るべし、と月島さんも語ったくらいだ」


「誰よそれ」


「大黒商事の野獣社員……いやこの際誰でもいい。
 とにかく一流ってのはそういうモンだ。
 あの連中の前には、物理法則だろうがなんだろうが意味を失くす。
 仕事のため誇りのため、それだけでどんな事でも可能にする。
 それがあいつ等だ」


「………」


 未亜は疑わしげな目をしている。
 無理もない。
 機会があれば追々実感するだろうと思って、大河は講釈を切り上げた。


「さて、ポスティーノに渡されたこの封筒だけど……正直開けるのが怖いな…」


 封筒を振ってみると、何やら固形物が入っているようだ。
 さすがに爆発物を送ってきたとは思えないが、何だかよくわからないが強い力を感じる。
 それこそ爆発するような。
 ただでさえ異世界に送られたエネルギーは不安定になる傾向があるというのに、こんな馬鹿でかいエネルギーを送ってくるとは何を考えているのか。

 開けるべきか埋めるべきか逡巡する大河。
 開けるのも怖いし、さりとてヘタな処置をして後に大爆発を起こしたりしたらと思うと、放り出すわけにもいかない。
 気分はハムレットである。


「開けるべきか消すべきか、それが問題だ…」


「あの、お兄ちゃん……なに悩んでるのか知らないけど、読まない訳にはいかないんじゃない?
 よくわからないけど、私達が異世界に飛ばされているのに届けられたって言う事は、宛先がちゃんと書かれてるって事だよね?
 それって、私達の状況を知ってて手紙を出したって事だよ。
 ひょっとしたら何か帰還方法のヒントとか書いてあるかもしれないよ。

 ……それと、さっき言ってた『ネットワーク』って何のこと?」


 未亜に言われて覚悟を決めたのか、大河は封筒を乱暴に開けた。
 半ばヤケクソ気味に封筒の中を覗き見て、ついでに未亜の疑問に答える。


「『ネットワーク』ってのは、俺がバイトしてたトコの俗称だよ。
 前に説明した時には派遣会社って言ったよな?
 あれも間違っちゃいないが、その殆どはバイトなんだ。
 社員と言えるのは極一部…それこそ両手で数えられる程度の人数しか居なかった。
 ちなみにそいつらは『魔王』って呼ばれてる。

 で、その社員が派遣された先で、誰かを助ける。
 その助けられた人達の中に、たまに俺みたいにバイトしだすようになる人がいる。
 そうでなくても、助けられれば恩義を感じるだろ?
 何か困った事があったら連絡を取り合って、助けたり助けられたりを繰り返してるんだ。
 最初はそれ程広い範囲じゃなかったんだけど、時間が経つに連れてどんどん大きくなっていく。
 要するに派遣会社を中心にして、馬鹿みたいに大きくなった人脈の総称が『ネットワーク』ってわけだ」


 要するに異世界間の人材流通である。
 未亜は想像しようとしたが、図式は単純ながら規模が大きすぎて創造し辛い。
 頭を抱えてうんうん悩みだした。


 大河は封筒から手紙を取り出すと、十字を切って目を通し始めた。
 そこまで悲壮な覚悟せんでもよさそうなものだが、何せ送り主が送り主である。
 封筒には、以下のように書かれていた。



“第6世界 K7−ろё系統
   セントラルタイムゲートから表層へ2階層目の世界樹の根 通称アヴァター
 座標 N 197.37度    E 32.10度 付近
                                  当真 大河 殿
                        そろそろ転生するアシュタロス より”



 …どうやら最初の第六世界云々は住所らしい。
 座標は恐らくフローリア学園のものだろう。
 なんか色々と突っ込み所があるようだが、細かい事は気にしない。

 大河は色々な事をうっちゃって、手紙に書かれている文章を読み始める。


“ 当真 大河君へ

 元気だったかね?
 私はとても元気で絶好調で幸せだ。
 なぜなら封筒にも書いたように、私の転生が決まったからだよ。
 もうすぐ…と言っても君の玄孫の曾孫が寿命で死んだ後ぐらいになるが、私は魂の牢獄から逃れる事ができるのだ。

 まあ、最近は生きるのが楽しくなってきていたので少々名残惜しいものがあるがね。
 『ネットワーク』を通じて私もバイトに参加するようになってから、私の世界観は一変したものだよ。
 私達魔族は悪役だが、別の世界に行けば逆に正義の味方扱いされたり単なる友人として扱われる事もあると初めて知った時の驚愕は、今でも忘れられない。
 そもそも魔族という概念のない世界では、意味もなく悪役を押し付けられる事もなかった。
 目から鱗が落ちるとはあの事だったな。

 それでも滅びたかった当時の私は、魂の牢獄からの脱出を願い、その代償を支払うべく日夜アルバイトに精を出していたわけだが、この度めでたく十分な代償を払い終えたというわけだ。
 滅びるのが望みというのも可笑しなものかもしれないが、なに、いざとなったらキャンセルも出来る。

 後は我が愛娘達の幸せが気がかりだったが、横島君も居る事だし、きっと大丈夫だろう。
 彼とて『ネットワーク』の一員だしね。
 問題はルシオラの事だが、それも十分な道具さえ揃えばすぐにでも修復する事ができるようになった。
 障害になっていた力のコントロールその他諸々は、『ネットワーク』を通じて補える技術が発見されている。

 残りの課題は一つだけ。
 相沢君の奇跡の力を中心に据えて使うのだが、正直な話、絶対量が圧倒的に足りない。
 もし君が居る世界にその手の力を増幅したり汲み上げたりする機能を持った“何か”があったなら、是非とも知らせて欲しい。
 その時にはこちらから検査のための道具を送る。


 さて、近況報告はこれくらいにして、一体何があったのかね?
 君の家に遊びに行った横島君が、一晩中待っても帰ってこなかったと心配していたぞ……言わずもがな、主に妹君の方を。
 土愚羅に命じて君の行方をトレースしたが、まさか世界移動をしているとは思わなかった。
 第4世界から本格的に消えたと解った時には唖然としたものだ。
 いつの間に単体で“海”を渡れるようになったのだ?

 断片的ながら入手したその世界の情報を見ると、結構大変な世界のようだね。
 私は存在が大きすぎるためその世界には行けないが、そちらに私の魔力の欠片を送る。
 封筒の中に入れておけば、まかり間違って暴走しても被害はないから安心したまえ。
 君は確か連結魔術の使い手だったな?
 送った魔力を有効に活用すれば、それこそ大国と一戦交える事も可能だろう。
 君がどう行動する気なのかは知らないが、武運長久を祈っている。


 追申 ナルト君がお色気の術・逆アピールと称してマッチョ兄貴に化けポーズをとった所、マイト・ガイ君に弟子入りされたらしい。


                             アシュタロスより”


 手紙を読み終えた大河は、引き攣った顔で封筒の中の固形物を取り出した。
 入っていたのは固形物と言うより、高密度すぎて物質化しかけているエネルギー……アシュタロスの魔力の塊である。
 透ける石の内側からぼんやりと光を放っているような、奇妙な色の宝珠の形をしていた。

 ヘタな扱いをすれば、それこそフローリア学園を一気に壊滅させかねない。
 さすがにそこまでの力を送ってきたとは思えないし、仮にそうだとしても異世界でエネルギーが不安定になりやすいのはアシュタロスも十分承知している。
 何かしら対策をとっている筈である…多分。
 手紙には封筒に細工をしてあるように書かれているが、ぶっちゃけ不安だ。


 未亜は大河が何をそんなに恐れているのか理解できない。
 手紙の中身を読んでいないからだが、読んでいたとしても理解できまい。
 アシュタロスの魔力がどれほど凄まじいか、未亜は実感として理解できない。


(ど、どうすりゃいいんだ…?
 連結魔術の使い手っつっても、俺は殆ど魔術の使い方を忘れてるんだぞ?
 そもそもこんな危なっかしいシロモノを媒介に魔術を使うなんて、そんな恐ろしい…。
 と、とりあえずこの魔力の塊はヘタに突付かなければ問題ないな…一応バランスが取れて安定してるみたいだし。
 ……俺が持ってるしかないのか…)


 大河はちょびっと涙を流して、封筒に入れて宝珠を懐に押し込んだ。
 救世主クラスの爆弾男こと大河が、モノホンの爆弾より危険な物質を手に入れてしまった。
 それがどんな災厄をもたらすのかは、伏線を張った作者にすらわからない…。

 ちなみに送られてきた魔力の塊は、普段垂れ流しにしている魔力を纏めたもので、ある意味汗やら汚れやら息の塊なのだが、誰もそれを知らない…洗浄されているとはいえ、知らない方がいい。




こんばんは、時守です。
今回は完全に伏線オンリーのオリジナルでした。

今日までのテストが思ったより簡単だったんで、開いた時間でコソコソ構想を練ってました。
A4メモ持込可だった事に、深く感謝します (-人-)

私事はこの位にして、大河にとんでもないモノが渡ってしまいました。
幾つか使い道は考えているのですが、ちょっと弱いかなぁ…。

未亜が893化したと思ったら、今度は脅迫…犯罪者と化してますね。
ここは一つ、『女は怖い』って事で納得を…。(ーー;)


それではレス返しです。


1.ATK51様
ブラパピの服を着て恥ずかしがるベリオ……萌へ…ですね。
未亜は別の意味で強敵化…ですか。
確かに強敵ですね、別の意味…というか方向性で。
ハーレム認めさせようとして色々頭を捻っていたら、いつの間にやら未亜が暴走しつつあります。


2.皇 翠輝様
キシャーより怖いとは……まさかそこまで恐れられるとは思ってもいませんでした。
酔っ払いながら書いて、我ながらえらいモンを書いちまったけど、いいのかな〜と悩んだ覚えがあります。


3.干将・莫耶様
テスト前だからこそ筆が進む事もあるんですよ〜。
だって普段の授業よりも一日の拘束時間が短いから、テスト勉強を放り出す覚悟さえあれば自由時間が増えるのです……ダメぢゃん、俺…。

ご満足頂けたようで何よりです。
また何時ぞやのように、大河一人が語りすぎになったりセリフがくどくなったりしてないかと不安だったのですが…。

クレアは次回、カエデ召喚はその次ですよ〜。


4.ナナシ様
あれ以上凶暴な未亜は、時守にはとてもじゃないけど書けないッス。
でも、もし電波が飛んでくればあるいは……。

ブラパピは変装というより仮装の領域ですね。

以前にも似たような指摘を頂きましたが、シリアスとギャグの移り変わりは、特に意識して書いているわけではありません。
だからひょっとしたら、唐突にその辺りの移り変わりが出来なくなるかも…。
今後も一応気をつけておきます。


5.なまけもの様
未亜に何があったかは、明かされるのは当分先です。
おそらく外伝として、オリジナルストーリーで書くと思います。
一応注目してくれた人がいてくれて良かった…。

乱入ブラパピも、いつか外伝あるいは幕間として書くつもりです。
行き詰った時にちょくちょく書いている程度なので、当分先になりますが…多分頭から尻まで桃色です。
普段大河達がやっているようなドタバタにはなりそうにありません。

893未亜は当分出てこない予定です。
でも他の機能を掲載するかも…。


6.カシス様
ブラパピとベリオは、未だ別人格のままです。
根っ子は統合しましたが、やはり別人の路線で行こうと思います。
ブラパピって大河に次いで動かしやすいもんですから。

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