インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始▼レス末

「幻想砕きの剣 3-4(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2005-07-19 20:49)
BACK< >NEXT



幻想砕きの剣 第3章4節

手錠プレイ?・恥と誇り・大魔神降臨


「蟹ぃ〜っ!?」


「蟹がどうかしたのかい?」


「いや違った…では改めて。
 何ぃ〜っ!?」


 驚きのあまり、前話の最後と台詞が違ってしまったようだ。

 唖然とする大河の目の前で、彼女は誇らしげに名乗りを上げた。
 大河は知らなかったが、先程のように名乗りを邪魔されたのは二度目である。
 誰が最初に邪魔したのか、読者は言わなくても知っている。
 しかし邪魔した本人には覚えがない。

 ようやくまともに名乗れたのでほっとして、ブラックパピヨンは内心胸を撫で下ろした。
 そのまま僧服を翻し、一瞬で眼鏡を外して仮面をつけ、堅物の委員長から正反対のキャラに変身する。
 僧服が椅子の上に舞い落ちた時には、ブラックパピヨンは完全にコスチュームチェンジを完了していた。
 細い体とたわわな胸を申し訳程度に覆った暗い色の皮の衣装が、彼女の肌の白さを一層引き立てる。


 どこから衣装を出したのかという突っ込みが無視されるのは、未来永劫のお約束である。
 ……彼女は魔女っ娘に分類されるのだろうか?
 年齢の事はともかくとして、一応魔法も使えるし、変身と言えなくも……巨乳だけど。
 いや、巨乳である以上彼女は断じて魔女っ娘とは別のカテゴリーだ。
 待て待て、ひんぬーなのは魔法少女全般であって、魔女っ娘とはまた別の…閑話休題。

 その姿を見て、ようやく大河は昨日襲われた時に見た彼女の姿を思い出した。


「ブ、ブラックパピヨン!?」


 驚愕に目を見開いて、ベリオ改めブラックパピヨンを指差して硬直する大河。
 それを見て、ブラックパピヨンは満足そうに目を細めた。


「そうだよ。
 やぁっとアタシの名前を呼んでくれたねぇ大河」


 開いた口が閉じない大河にしな垂れかかり、殆どナマの胸を押し付ける。
 その感触を十分に愉しむほどの余裕もないほど、大河は混乱していた。
 状況判断がなど、とてもではないが出来る余裕はない。

 お構いナシに、大河の首筋に頬擦りするブラックパピヨン。
 それを見て、忘れられかけていたゾンビ娘が割り込んできた。


「ちょっと待つですの〜!
 ダーリンは、私のダーリンなんだから、関係のない人はすっこんでいて下さいですの〜!」


「ああん!?
 関係ないだってぇ!?
 ハン、こっちはコイツがこの世界に来た時から目をつけてたんだ!
 あれやこれやと世話を焼いて、いざこれからって時に、どこの変死体ともわからないような腐りかけ女に掻っ攫われるなんてゴメンなんだよ!
 アンタにやるくらいなら、此処に監禁して首輪でもつけて飼ってやるさ」


「いや飼うなよ!」


 突っ込みを一つ入れて……今の彼女なら実行しそうで怖かった……大河は状況を整理する。


(委員長がブラックパピヨンだったってーのか!?
 操られてたんじゃなくて、本人!?
 見たところ別の何かが憑依してるわけでもなさそうだし……マジで?)


 大河がそうしている間にも、ブラックパピヨンとゾンビ娘はエキサイトし始めている。


「ダーリンはー、ナナシをお嫁さんにしてくれるっていいましたの〜。
 だからアナタの入る隙間はないんですの〜」


「怪盗に向かって、何を眠たい事を言ってるんだい。
 大体、大河が本気だったかどうかも怪しいもんだね。
 それだったら、どうして大河はここまで逃げてきたのさ」


「ダーリンは逃げたんじゃありませんの〜!
 あれは真夜中のデートですの〜!」


「アンタの脳味噌は幸せだねぇ。
 生きてる大河が、死体のアンタに何をするっていうのさ?
 一緒に墓場に埋まろうなんて、考えが甘いんだよっ!」


 一際強く言い切って、ブラックパピヨンはどこからともなく取り出した鞭を一閃させた。

 パチィン!

 目にも止まらぬスピードで飛翔した鞭は、礼拝堂の床を強かに打つ。
 突然、ゾンビ娘が頭を抑えて泣き出した。


「ふにゃあぁぁん、おリボンがぁ〜!
 痛いですの〜!」


 ゾンビ娘のリボンの一本が、ブラックパピヨンの一撃で叩き折られていた。
 リボンに痛覚があるのかはともかくとして、威嚇効果としては十分だった。
 ゾンビ娘は、慌てて後ろを見せて走り出す。


「痛いの痛いのいやですの〜!
 リボンの中の防腐剤が切れちゃうから、今日はこれで帰るですの〜!
 ダーリーン、あいるびーばーっく、ですの〜!」


「ホーッホッホ!
 アタシに歯向かおうなんて考えるからそうなるのさ!」


「………え〜と…」


 意外と余裕なゾンビ娘は、大河に追いつくほどの俊足を遺憾なく発揮し、礼拝堂から走り去った。
 後に残されたのは、未だ混乱冷めやらぬ大河と、勝ち誇って高笑いをするブラックパピヨンのみ。
 一頻り高笑いを響かせて満足したのか、ブラックパピヨンは何処となく潤んだ目で大河を見た。


「大丈夫だったかい、大河?
 ったく、アンタもスキモノだねぇ、あんな死体の小娘相手に」


「ま、まぁスキモノなのは否定せんが……その前に、本当に委員長か?
 操られてるとかいうんじゃなくて、マジでブラックパピヨン本人?」


「ああ、正真正銘、怪盗ブラックパピヨンとは アタシの事さ。
 ベリオを操ってるんでもなければ、恐怖でプッツンしたベリオがトチ狂ってワケでもない。
 ベリオを監禁して入れ替わってるわけでもないよ。
 アンタなら、この胸を見れば本人かどうかくらい解るんじゃないのかい?」


 そう言って、ブラックパピヨンは今にも天辺が見えそうな胸を強調するように腕を組んだ。
 そう言われ、持ち前のスケベ根性を発揮して穴が開きそうな程凝視する。
 確かにブラックパピヨンの胸は、先日指導と称して暴走した大河が揉みまくった、ベリオの胸に相違ない。
 間近で見なければ解らないが、大河がこっそり付けたキスマークも微かに残っている。
 酔いで記憶が霞みまくっているが、確かに襲われた時に見たブラックパピヨンの胸と同じに見える。
 ついでに手を伸ばして揉んでみたが、感触も全く同じだった。

 ブラックパピヨンは胸を掴む腕を退けようともせずに、体をくねらせて艶やかに微笑んだ。


「アンっ、大胆だねぇ。
 でも、ここじゃ場所が悪いよ。
 ついてきておくれ」


「あ、ああ……って、ちょっと待ってくれ!
 一体どうして委員長がブラックパピヨン!?」


 イイコトをやれそうだと感じて、大河は素直にブラックパピヨンに突いていこうとした。
 しかし、それよりも疑問が解決していない。
 それがある限り、大河としては何の蟠りもなく彼女と教育上よろしくない遊びに耽るのは躊躇われる。
 ……それでも足は素直にブラックパピヨンについて行く。
 ブラックパピヨンはそれを見て楽しそうに笑った。


「ま、それについては場所を変えて話をしようじゃないの。
 ホラさっさと行くよ!」


 ブラックパピヨンと大河は、礼拝堂の裏口を出て、裏手の森を歩いていく。
 人口のものとはいえ夜の森の中を歩くと危険なので、湖のほとりを連れ立って歩いた。
 大河は時々、何処かに人目がないか気を配っている。
 湖の向こうから目撃されたからといって、それで大河だと特定できるほどよく見えるとも思えないが、危険は少ないに越した事はない。

 しばらく無言で歩いていたが、退屈したのか空気に堪えかねたのか、大河はブラックパピヨンに話しかける。


「で、どういう事だ?」


「……どういう事って?」


 聞かれている事が本当にわからない、と言った表情で、キョトンとしているブラックパピヨン。


「だから、何で委員長がブラックパピヨンなんだって聞いてるんだ。
 さっきお前が言ってたよな、『恐怖でプッツンしたベリオがトチ狂ってワケでもない』って。
 まるでベリオとは別人みたいな言い方じゃないか」


「ああ、ある意味別人みたいなもんだからね。
 根っ子は同じなんだけど、あの子はそれを認めたがらないし…。
 それどころか、そもそも私の存在すら否定してるんだから」


「根っ子は同じ………二重人格か」


「そ。
 話が早くて助かるよ。
 アタシはあの子の影。
 否定したい部分が集まった、普段のベリオとは正反対の自我ってワケさ」


 ブラックパピヨンは素っ気無く言ってのけた。
 正確を期すると、もっと専門用語が入り混じってワケがわからなくなるのだろうが、大河の頭ではその程度の知識しか引き出せない。
 彼女としても、自分が全存在を否定されているようで面白くないのだろう。
 大河はそれを見取って、取り敢えず愚痴でも零させて適当に憂さ晴らしでもさせてやる事にした。


「話が早いも何も、今までにも何人か見たことあるしな…。
 ……なるほど、委員長は二重人格になりやすい節がある。
 感情とか欲求を押し込めたり、思い込みがやたらと強かったり…」


 ただ単に大河が見てきた二重人格者の多くと同じような傾向があるだけなのだが、彼女はその傾向に合致していたらしい。
 ブラックパピヨンは、然も有りなんとばかりに深く頷いた。
 そしてまるで機関銃のように喋りだす。

「そうそう、全くアンタの言うとおりなんだよ。
 あの子は…って言っても、アタシもその一部だけどさ…『自分はこうでなければならない』っていう思い込みのせいで、本音とか欲望をムリヤリ心の底に沈めちまってる。
 楽しい事をしたくても神の戒律や自分の過去を言い訳にして、強引に自分を縛り付けたり、悶々として眠れない夜でも一晩中聖書を読んだり暗唱したりと、ホンっトに飾り気も潤いもない生活を送ってるのさ。
 遊びもしないし、酒も飲まない、この年頃に必須の性欲処理だって全然しないと来たもんだ。
 そうやって錘をつけて沈められた欲求は、積もりに積もってアタシに回ってくるんだよ!
 だからアタシは、ちょっとでもそれを解消しようとあっちこっちでイタズラを繰り返してるってワケ。
 ま、それも焼け石に水だけどね…。

 知ってるかい?
 ベリオは結構スキモノなんだ。
 性欲を持て余す事だって、結構あるからね。

 昨日の礼拝堂での大喧嘩とか、指導で散々イカされたりしたお陰で、アタシは大分楽になったよ。
 本音を吐き出したり大声で何かを叫んだり、増して体が動かなくなるまで散々快楽を味合わせてくれたからねぇ」


 だからブラックパピヨンは、主人格の感情を別にしても大河に好意的なのである。
 でも悔しい事には違いないので、ベリオの中のブラックパピヨンは大河を急襲しに行ったのだ。
 まさかその後、あんな目に会うとは夢にも思ってなかったが……。
 ブラックパピヨンはその時の事を思い出して、再びハラワタが煮え繰り返るのを感じた。
 しかし表には一切出さない。


(まだだ、まだ早い…。
 大河はこれで結構鋭いからねぇ。
 ポーカーフェイスを忘れて、気取られるような事は避けないと…)


 相変わらず人をバカにしたような顔でニヤニヤ笑う。


「でもアンタ、まさかあの時踏みとどまるとは思わなかったよ。
 てっきり最後まで行っちまうと思ってたのに……。
 アンタ、アレかい?
 ひょっとしてチキン野郎?」


「誰がだ誰が……まぁ、ヘタな事して未亜を怒らせたらと思うと鳥肌が立つ思いだが…」


「なんだい、やっぱりチキンじゃないか」


「お前は未亜の怒りを知らんからそう言えるんだ…。
 平時の妬き餅もそうだが、アレを怒らせると………」


 大河は顔を顰めて黙り込んだ。
 何だか、今すぐ部屋に帰るか、さもなくば当分帰らないほうがいいと本能が警告している気がする。

 ブラックパピヨンは失望したような顔を見せた。


「アタシの見込み違いだったのかね?
 折角いいオトコ見つけたと思ったら、こんなタマ無しとはね…。
 あんなに凄いテク持ってるのに、勿体無い話もあったもんだ」


 薄笑いを浮かべ、ちろっと舌を出して大河を挑発する。
 それを見て、大河はムッとした表情を作った。


(フフ、食いついてきた食いついてきた…。
 後は引っ張っていけばオッケーだね)


 ブラックパピヨンは懐に……と言っても、普段銅像が仕舞ってある謎空間だが……に仕込んだ金属製の物体を意識し、内心ニヤリと笑いを浮かべた。


「誰がタマ無しだ、誰が!?
 俺が最後まで行かずに踏みとどまったのは、委員長があからさまに不自然だったからだよ!
 据え膳食わぬは男の恥だが、酔った女性に合意も無しにナニするのも男の恥だからな。
 実際、委員長は俺とのエッチをOKした事も殆ど記憶に残ってなかったし…。
 あ、ひょっとしてお前が出てきてたのか?」


「ん〜、半分くらいはね。
 アタシは基本的にベリオが眠ってる間か、支配力が弱まってる時しか出てこれないのよ。
 あの子が自分から支配権を渡せば何時でも出てこれるけど、そもそもあの子はアタシの存在すら知ろうとしないから…。
 あの時はベリオの理性が弱くなって色欲に流されやすくなってた分、アタシの支配力が強くなってたのさ。
 完全に表に出てた訳じゃないけど、閉じ込められていた訳でもない」


 そう言うと、ブラックパピヨンは大河に指導を受けた時の事を思い出した。
 目の眩むような快楽の渦で、好き放題に弄ばれた事を思い出す。
 無意識に足を擦り合わせると、ヌチャリと湿った音がする。
 ブラックパピヨンは思い出しただけで濡れていた。

 その音を聞き逃さなかった大河の目に、欲望の火が灯る。
 ブラックパピヨンはそれを煽ってやろうと、湿ったコスチュームに指を這わせた。
 一撫でして指を持ち上げてみると、そこには粘着質の液体が付着していた。
 大河が一切を見逃さないように、ゆっくりと指を口に運ぶ。
 ぺロリと舐めて見せた。


「……!」


 さらに追い討ちをかけるブラックパピヨン。


「いいコト教えてあげようか?
 さっきベリオは、色々あって目が冴えて眠れないって言ってただろ?
 でもそれだけじゃなくて、あの子はアンタに刻まれた性の味を覚えちまってるんだよ。
 体が夜鳴きして、眠るに眠れなかったのさ。
 もう一度味わいたいけど、さっきも言ったようにあの子は自分を縛ってる。
 どうしようもなくなって、あの子は礼拝堂に逃げ込んだってワケ。

 ちなみにその性欲は……誰が引き受けてると思う?」


 言うまでもなく、ブラックパピヨン本人だ。
 『アンタの責任なんだから、どうにかしなよ』と言外に言っているのだ。
 明らかに大河は動揺しているが、まだ自制心が残っている。
 ブラックパピヨンに聞きたい事は、まだ残っているのだ。


「でも、単なる欲求不満だけじゃないんだろう?
 それだけで別の人格を作ってしまえるほど、委員長は器用な人間じゃない。
 他に何か………礼拝堂で委員長と喧嘩した時に言っていた、“罪”とやらがあるわけだ」


「それを聞いたら、ベリオから…アタシから離れられなくなるよ。
 それでも聞くかい?」


 そう言うと、ブラックパピヨンはニヤニヤ笑いから真剣な表情に変った。
 本当は話すつもりはなかったのだが、大河なら別に話しても問題ないと思ったらしい。

 ブラックパピヨンの問に、大河は考えるまでもなく即答した。


「聞く。
 その程度の度量がなくて、ハーレムを作るなんて言えるかよ。
 それに付き合いは短いけど、俺は委員長の事好きだしな。
 他に何か理由が要るかい?」


「あはは、そりゃそうだ!
 男の甲斐性ってヤツだねぇ!
 やっぱりアンタ、いいオトコだよ!」


 ニヤリと笑う大河と、嬉しそうに唇を三日月の形に釣り上げるブラックパピヨン。
 どうやら大河は、ゾンビ少女に告白された際に何かを吹っ切ってしまったらしい。


 ブラックパピヨンは笑いを収めると、懐かしむような表情で話し始めた。
 しかし、その声にはドス黒く鎮痛な何かも宿っている。


「昔ね、アタシは…と言っても、その頃はアタシはベリオと一つだったけどね。
 アタシ達は父親と兄貴と三人で暮らしてたのよ。
 アタシの居た街は大きくて栄えてたけど、そこはまぁ人の営みの常ってヤツだね。
 その分貧富の差が激しかったのさ。
 娘を娼館に売ったりする事だって珍しくなかったし、小銭のために人を殺すヤツだってぞろぞろ居たもんさ」


「そうか……どこの世界にもそんなトコはあるんだよな…。
 それで?
 お前は豊かな方に住んでたんだろ?」


「おや、てっきり貧しい方に住んでたと思い込むかと思ったんだけどね。
 どうしてそう思うんだい?」


「どうしても何も、そんだけ豊満な体してりゃ想像がつくだろ。
 育ち盛りのガキの時分に栄養を十分摂れなけりゃ、そんなにいいカラダに育たないよ」


「ひっかけてやろうかと思ったのに…。
 ま、いいか。
 アタシ達が住んでたのは、アッパーイーストサイド32番地…。
 街の中でも最も裕福な住人が住む場所よ。
 近くに外国の領事館なんかも立ってて、その街一番の一等地だったんだから。
 綺麗な服、美味しいお菓子、沢山の使用人に傅かれて、蝶よ花よと可愛がられて育ったもんさ」


「……なんか意味もなく腹が立ってきたんだが。
 それなら何だって泥棒なんかやってるんだ?」


「理由は簡単。
 親と兄貴が泥棒だったからさ」


 大河はしばしブラックパピヨンの言葉を反芻した。
 一代目泥棒・父親。
 二代目泥棒・兄。


「………怪盗三世?」


「何の事を言ってるんだか知らないけど、泥棒だったのは父親達だけじゃないよ。
 聞いた事はないけど、多分爺さんもひい爺さんも、婆さんとかも多分みーんな泥棒だったんだ」


「なんだよその多分って」


「単に確認した事がないだけさね。
 ま、ちょこっと話に聞いた事があるから、多分そうだったんじゃないの?
 簡単な話で、まずお金を使うだろ。
 次にお金を払った所から、払った以上のお金をかっぱらう。
 これを繰り返すと、自然と財産は膨れ上がっていくって寸法よ」


 断じて“自然と”ではないと思ったが、話の腰を折ってもしかたないので黙っていた。
 そして最初から大した期待はしてなかったが、もうちょっとお涙頂戴の話はないものかと思う。

 しかしブラックパピヨンはカウンターを放ってきた。


「アタシが泥棒をしてるのは、遺伝だろうね。
 ……兄貴もそうだったし…。
 兄貴は一族の中でも異端児だったらしくてね。
 アタシには優しかったけど、余所では…」


「一族の鼻つまみ者扱いとか?」


「いいや。
 ウチの一族は、細かい事なんか気にしないよ。
 なんせ言葉を取り繕ってもただの泥棒なんだから。
 ……でも、アイツはもっとタチが悪かった」


「タチが悪い?
 ……不能?」


「あのなぁ……ま、それだけは無かったね。
 ウチの家系は、代々人様の何かを奪う事に執着する性癖があるのよ。
 それがあったから泥棒やってるのか、それとも泥棒やってるうちに身についたのかは知らないけど…。
 父親は財産を奪う事に、兄貴は……命を奪う事に」


「………殺人鬼か」


「ああ、殺人快楽症ってヤツさ。
 人様の命を奪う事を、無上の喜びとしているの。
 一族の中でも、それだけは出た事がなかったらしいよ」


 空気が一気に重くなった。
 大河とブラックパピヨンは口を噤む。

 しかし、大河は無言で続きを待っている。
 ブラックパピヨンは、内心はどうあれ揺るぎない大河を見て、自分の見込んだ男が想像以上に強かった事に悦びを感じた。
 思い出に沈もうとする意識を引き上げて、再び話し始める。


「しかも、その兄貴と父親が組んでからは、皆殺しにした家の財産を丸ごとかっぱらうようになって、家の資産は膨大に膨れ上がっていったわ」


「……警察は?」


「2人ともそんなモンにお世話になるほどマヌケじゃないのさ。
 多額の懸賞金をかけられたりしたけど、そもそも顔も見られてないし、一斉捜査だってスラムの方に向いてたしね。
 まさか地位も名誉もある街一番の資産家が犯人だとは、誰も気付く訳がない…」


(……どうだか…)


 大河はそれを聞いて暗澹とした気分になった。
 おそらく、警察はベリオの父と兄の正体に薄々感付いていただろう。
 いくら証拠を残さず現場で顔を見られなかったとしても、資産の流れや増加量を洗えば、何処の誰が奪ったのかはある程度絞り込める。
 例え正式な書類に残さない類の資産でも、金というのは使われるのだ。
 金の出入りのバランスが狂っている家を見つけるなど、それほど難しくはない。
 にも関わらず何の手出しもしなかったのは、上と話がついているのか、それとも単に命が惜しかっただけか。
 命が惜しいのは当たり前だが、全く何の手も打ってなかったのだろうか。
 いずれにせよ、大河が大嫌いな話である。

 ブラックパピヨンは淡々と話し続けた。


「けど、たった一人だけその正体を知っている人物がいたのよ。
 つまりアタシ。
 ……本当にアタシは愛されていたわ。
 嫌だと言った事は決して無理強いしなかったし、欲しいと言った物は何だって与えてくれた。
 …本当に、幸せだった…。
 でも、ある日2人の仕事場に連れて行くように頼みはじめたわ。
 あれほど反対されたのは、最初で最後だったねぇ…。
 せがんでせがんで、結局年に一度のお祭の日に連れて行ってもらえる事になった…。

 でも、その期待も喜びもすぐに萎んだわ」


「……大っぴらにやりやがったのか」


「そうさ。
 アタシを連れて行った祭の中でも仕事を始めた。
 木を隠すには森の中、とはよく言ったもんさね。
 人が大勢いるから、一人また一人と居なくなっても気付かれない。
 人が集まる所は大体決まってるから、そこを外れてしまえば死体が転がってたってそうそう見つからないんだよ。

 家族『だけ』を大切にしていた兄貴と父親は、必ずどっちか一人がアタシの傍に居た。
 もう一方が…アタシの目の前で、仕事をしてたのさ。
 路地裏に連れ込んで殺し、留守の家に入り込んで奪い…。
 アタシはその時やっと理解した。
 自分が着ている服が、親友だったクマのぬいぐるみが、どこから来たものなのか…。

 気がついたら、アタシは橋の下にいた。
 自分が着ている服が血塗れに思えて、腹の中の食べ物が人肉の塊みたいに思えて、さっさと死んじまおうかと思ったんだっけ。
 そのまま橋の下で泣いていたら、たまたまやってきた司教さんに拾われて…。
 それから家に帰らずに、孤児院で僧侶としての修行を始めたのさ。

 父や兄に殺され破滅させられた人達の為に『私』が身をもって償う。
 それが『私』に科した使命」


 大河は先日礼拝堂でベリオに言った言葉を思い出し、あれは失言だったと頭を掻いた。
 だがベリオにはクリティカルヒットな発言だったかもしれないが、自分は今でも本当にそう思っている。
 どんな顔をすればいいのか迷い、大河は手を握り締めた。
 食い込んだ爪が肌を破り、血が少しだけ滴った。

 ブラックパピヨンは、それを見て見ぬフリをして話を続けた。


「けれど、やっぱり『私』の中にもアタシがいる。
 代々受け継いできた泥棒の性癖は、僧侶になったからって消せるものじゃなかった。
 押し込めて否定してはいるけど、否定しきれないほど血が騒ぐ事だってあるのさ。
 そんな時、ベリオは眠ってアタシが出てくる。
 ………さっきはストレス解消のためって言ったけど、まあ大体こんなトコよ」


「じゃあ、学園内で盗みを働いてるのは…」


「アタシの血に課せられた宿命は、他人のプライドを奪う事。
 お高くとまったエリート達や、男の沽券、乙女の恥じらい…。
 そいつが盗られたら一番困るものを取られた時の顔を見るのが、アタシには堪らない快感なのよ。
 思わず立っていられないくらいに、濡れちゃうのさ」


「……それにしちゃ、盗まれたヤツがファンクラブに入会したりしてるみたいだけど…」


「…そっちは知らないよ」


 目を逸らすブラックパピヨン。
 彼女にも盗まれて惚れるというのは、今一理解が及ばないらしい。


「じゃあ、俺を襲ったのも?」


「ああ。
 他にも色々と理由はあったんだけど、アタシの行動原理はやっぱりコレだね。
 史上初の男性救世主候補……そのプライドを、グチャグチャに踏みにじってやりたかったのさ。
 そしてアンタの羞恥に喘ぐ顔を見てイキたかったの……。
 それがなんだってあんな事に…ブツブツ


 いらない事まで思い出して顔を顰めるブラックパピヨン。
 大河はそれを見て、どうしたものかと考えている。
 そもそもブラックパピヨンを探し始めた最初の目的は、大河の負けた姿を撮影されたのではないかという懸念からだった。
 ぶっちゃけた話、大河はブラックパピヨンが身近な人物だった場合は手荒な事をするつもりはなかったし、捕まえて突き出す気もない。
 正直な話、今後のリアクションに困っているのである。
 ブラックパピヨンがベリオと同一人物である以上、彼女を捕まえたも同然の状況にある。
 昼間にベリオを捕縛してしまえば、後はどうとでもなるからだ。


「でも、この子のお陰で失敗しちゃった」


「委員長のお陰で?」


「だってこの子、アンタの事随分と気になってるみたいだもの。
 アタシはアンタにえらい目に合わされたけど、やっぱりメインの人格はベリオ・トロープだからね。
 あの子の感情は、アタシの感情にもダイレクトに影響するのさ。
 だからアタシも、アンタの事責めきれなくてねぇ…。
 アンタの困ってる顔を見ると、こう、胸がきゅうんとなって…でもやっぱりゾクゾクするんだけどね。
 アンタ、心当たりあるだろ?」


「ん……ああ、まぁ…それなりにな。
 ………………ん? …えらい目?」


「そこは流しな」


 昼間に歩き回った時に見た、ベリオの表情がフラッシュバックする。
 それ以外にも、自分が結構強く印象づいている自覚はある。
 殆どが揉め事絡みだったが、ベリオの奥のブラックパピヨンのような部分は、その揉め事も楽しんでいたのではないだろうか。
 自分が遵守しているルールを横紙破りに無視され、非難の声を上げながらも、その痛快さにブラックパピヨンは手を叩き大笑いしていたのかもしれない。


「と、いう訳でさぁ…」


「ん?」


 ブラックパピヨンが話は終わりだと言わんばかりに大河に抱きついた。
 大河の背中に回された手に、微かに光る何かがあったのだが気付かれていない。


「お、おい!?」


「『私』がこんなに気になってるんだから、アタシも気になったっておかしくないだろ?
 それに、アンタのテクニックも満足いくまで味わいたいしね。
 ちょっと摘んでみたっていいじゃない?」


 そう言うと、ブラックパピヨンは大河の顔に自分の顔を近づけ、目を鋭くさせた。
 大河の視界は全てブラックパピヨンの顔で覆われている。
 ゆっくりと腕が動いた。


「取引といかないかい?」


「……言ってみろ」


「アンタは…アタシの事を、学園に…誰にも知らせない。
 その代わりに……アタシのカ・ラ・ダ♪
 抱いてみたくないかい?」


 言葉に詰まる大河。
 ブラックパピヨンはさらに密着し、決断を後押しするように大河の頬を舌先で舐め上げた。
 胸を押し付け、足を絡ませてブラックパピヨンは本命の狙いを定める。


(もうちょっと……そうそう、そのまま迷って…)


「抱いてみたい………が、悪いけどパスだ」


 大河は数秒に渡る逡巡の後、あっさりと言い切った。
 ブラックパピヨンは予想外の返事に驚き、目を見開く。


「……なんでだい?
 アンタ、結構な女好きだろうに」


「ああ、女の子は大好きだ。
 妬き餅焼いた未亜にぶっ殺されそうになるくらいに大好きだ!
 でもな、俺はそれ以上にラブラブなのが好きなんだよ。
 愛だよ愛!」


「はぁ?」


 相変わらずブラックパピヨンは抱きついたままだ。
 訳がわからんといった風情の顔とは裏腹に、彼女の手は目標に向かって邁進中である。


「ぶっちゃけた話、俺を性欲処理の道具としか思ってないヤツを抱くような趣味はないんだよ。
 それじゃでっかい大人のオモチャを使って一人で扱いてるのと同じようなもんだろーが。
 それなら一人でヌいた方がマシってもんだ。
 後で未亜も怖くないし、何より2人の共同作業なのに一人でやってるなんて虚しさに襲われる事もない。
 愛情がないセックスなんて、何も残らないんだよ」


「ハッ!
 愛? 愛だって!?
 何言ってんだよアンタは!
 あー寒い寒い!」


「寒くて結構。
 俺はエッチした相手の事は忘れたくないんだよ。
 指導の時はちっと暴走しちまったが、髪の香り、肌の柔らかさ、可愛い喘ぎ声。
 みんな覚えておきたい」


「それは経験が少ないからじゃないのかい?」


「かもしれないが、その経験不足の相手にあんだけよがり狂わされてたヤツの言う台詞じゃないな。
 俺は「はい時間切れー」…なに?」


 ガシャ


 大河の背後で金属音がした。
 無言のまま硬直する大河。
 ブラックパピヨンはその顔を間近で嘗め回すように鑑賞している。
 頬は上気し、瞳は潤み、見事に欲情しているようだ。


「あの……ブラックパピヨンさん」


「なんだい?」


 楽しくて仕方がないと、あからさまに主張しながらブラックパピヨンは大河に抱きついたままだ。
 大河が気に入っているのはウソではないらしい。


「先程の金属音は何の音でしょう?」


「ああ、あの音はね、手錠をかけた音さ」


 両者満面の笑顔である。
 ブラックパピヨンは大河を追い詰めている事が嬉しく、大河は全く表情を変えない。
 焦る表情も全く見られないのがブラックパピヨンには不満だったが、それくらいは妥協する。


「……何でいきなりそんなモノをかけるんでしょう?」


「…アタシはねぇ、大河。
 指導でアンタに弄ばれた時から、あの感覚が忘れられないんだよ。
 あんなの知っちゃったら、そうそう簡単に満足できなくってねぇ。
 でも、だからと言ってアンタに抱いてくれって言うのも癪だからね。
 どうしようかと考えた結果がコレさ。
 アタシの性欲も満足できて、アンタは反抗できなくなる。
 態々カラダを使って口止めしなくても、今からやる事を幻影石で撮影すればいいんだ。
 脅迫すればアンタも困ってアタシは嬉しいし、正体もばれない。
 正にイイコト尽くめじゃない」


「…………それで一体ナニをする気で?」


 ブラックパピヨンはニンマリ笑って、大河に抱きついたまま片手を振った。


パチィン!


 空気を裂いて、何かが地面を叩く音がした。


「……大河」


「……なんだよ」


「…………SMは好きかい?


「……責める方なら」


 2人の間に、曰く言いがたい緊張感が走る。
 ブラックパピヨンは己の勝利を確信し、対する大河はナニを考えているのかさっぱりわからない。
 かと思いきや、大河はニンマリと可笑しそうに微笑んだ。


「な、なんだい?」


「一つ忠告してやるけどな……。
 思い通りにコトが進んでいると思う時ほど、騙されるのを警戒するこった!


 大河が腕を振るうと、その途端ブラックパピヨンの腕が引っ張られる!


「なっ!?」


 ブラックパピヨンが大河にかけたはずの手錠は、何故か一方は大河の腕に、もう一方はブラックパピヨンの腕に嵌っていた!


「な、何で!?」


「いくら俺でも、密着した胸があんだけふにょふにょ動いてたら、何かしてると警戒するわ!……理性が飛びそうになったのも事実だけどな」


「くっ!
 ええい、色ボケの分際で!」


 すぐに下がって逃れようにも、手錠が大河の腕に繋がれているので下がりようがない。
 しっかり鍵をかけてあるので開錠しなければ外せないが、大河がすぐ傍で取り押さえようとしているのにそんな余裕はない。
 鍵を開けようと手を伸ばせば、その瞬間に掴まれる。
 手錠を嵌められた手は、忙しく動いて攻防を繰り返していた。


(畜生っ、アタシとした事が、最悪の展開だよ…!)


 死角から仕掛けられた足払いを、咄嗟に片足を挙げて避けた。
 しかしバランスを崩してしまい、突き出されてきた手を避けきれない。
 破れかぶれで自分から仰向けに倒れこみ、自分の真上に来た大河の腹に足を叩き込んだ。
 しかしハイヒールを履いているとは言え、距離が距離である。
 まともな破壊力など期待はできず、強引に足を伸ばして巴投げに移行した。

 見事にバランスを崩されてひっくり返る大河だったが、この行動は判断ミスであった。
 繋がれている手錠を投げられた勢いで引っ張られ、ブラックパピヨンは仰向けに寝転んだまま、片手だけ引っ張りあげられた状態になっている。
 これでは素早く立ち上がる事ができない。

 仕方なくもう一方の手を軸にして、回転をかけて立ち上がろうとする。
 だがそれは再び向かってきた大河に阻まれる。
 中腰のまま、ブラックパピヨンは闘牛士の様に大河を捌いた。
 すかされた突進の勢いを強引に片足で止め、大河は振り返り様に裏拳気味に掌を叩きつけた。
 何とか腕で弾き飛ばすブラックパピヨン。
 しかし、その衝撃で再びバランスを崩してしまった。


 接近戦は大河の舞台だ。
 ギリギリで避けてはいるが、それもすぐに限界がくる。
 それまでに脱出法を見つけ出さなければならなかった。
 内心歯噛みしながら、ブラックパピヨンは辛うじて大河の手を避ける。


(手がつながってるから煙幕に意味はない。
 反撃に移ろうとすれば、その瞬間に捕らえられる。
 もしこのタイミングで「トレイター!」……チィッ!」


 恐れていた最悪の事態が訪れた。
 トレイターを召喚し、身体能力が一気に跳ね上がった大河の攻撃が激しくなる。
 こうなってしまうと、ブラックパピヨンの勝機はないに等しい。


(まだまだ!
 トレイターを振るうには、間合いが近すぎる!
 大河の次の攻撃は、恐らく手足を狙った急角度の突き…。
 かわして死に体になった所に蹴りを叩き込んで、その間に手錠を外す!)


 しかしブラックパピヨンの予測は裏切られた。
 トレイターが大河の意思を受け、剣からナックルに変化したのである。
 突きは突きでも、刺突ではなくパンチの突きだ。
 間合いもそうだが、剣ならば傷つけるのを恐れて攻撃の手が鈍るのではないかという淡い期待もあった。
 しかしこれではそんな期待は微塵もできない。

 召喚器により加速された大河の手が、雨霰と飛んでくる。
 もし打ち倒す事を目的にしているのなら、すでにブラックパピヨンの体は滅多打ちにされていたことだろう。
 幸運にも、捕獲するためにブラックパピヨンの体を掴もうとしているので、直接的な打撃のダメージは大した事はない。
 だが大河は確実にブラックパピヨンの動きを見切りつつある。
 今度こそブラックパピヨンは打つ手を失った。


「詰みだぜ!」


「きゃっ!」


 大河とブラックパピヨンの手錠マッチが始まって2分。
 ついにブラックパピヨンは策を見つけ出せず、大河に腕を掴まれた。
 一瞬で天地が反転し、次の瞬間には間接を決められて地面に押し付けられている。
 首を反らして大河を睨みつけ、憎々しげに吐き捨てる。


「クッ、このアタシが…」


「接近した時点でお前の負けだ。
 いくら色仕掛けされてるからって、死角に気を配るのを忘れるほど暢気じゃない」


「最初からお見通しってワケかい…。
 ふん、アタシよりアンタの方が性格悪いじゃないか」


 捕縛されても、ブラックパピヨンの態度は変らない。
 大河が出来る事など高が知れていると鼻を括っているのか、それとも陵辱された所でそれはそれでオッケーなのか。

 ブラックパピヨンを抑え付けた大河は、まず武装を解除させた。
 懐にあった鍵を抜き取り、ポケットに入れる。
 手錠を外さないのは、今のままの方が逃げられにくいからである。


「さあ、これでゲームセットだ。
 盗みはこれっきりにしな。
 委員長には、あんまり自分を抑え込まないように言って聞かす。
 だからもう、お前も人様のものを盗んで人を苦しめるような事はやめろ」


「何を甘っちょろい事を…。
 強いヤツが弱いヤツを搾取する。
 強い者が勝って、弱い者を従える。
 優先するものの為に何かを切り捨てる。
 それが世の中ってモンなんだよ!」


「それじゃあ俺のほうが強くて今現在勝ってるから、俺に従え。
 盗みをやめろ」


「ぐっ…」


 大河はこう言っているし、ブラックパピヨンは気付いていないが、別に大河が勝っているわけではない。
 大河がベリオとブラックッパピヨンをどうこうしようと言う気が無い以上、この状況は袋小路であって詰みとは違う。
 口約束だけして誤魔化そうとしないのは、そんなウソで騙される相手ではないと思っているのか、それともベリオの律儀さが影響しているのか。


「なあブラックパピヨン。
 お前は俺に恥をかかせたいって言ってたよな。
 生憎だけど写真をばら撒いた所で、俺は精々コミカルタッチに『ハズカチー』とか言うだけで、大して恥とは思わねーよ。
 俺はもっと酷い恥をかいた事があるんでね」


「フン、その顔を是非とも拝みたいもんだね」


「もしその顔をさせようとするのなら、俺は全力を以って貴様を殺す」


「!?」


 淡々と、だが有無を言わせぬ迫力をもって大河は宣言した。
 思わず大河の目を覗き込んだブラックパピヨンは、全身を貫く感覚に硬直した。
 気負いもなく嘘もなく、ただ決まりきった事を言っただけの目。
 もしブラックパピヨンがそうしようとすれば、大河は今この場で殺すだろう。
 それも、躊躇いも悔恨も持たず、感情に何一つ波紋を見せずに。
 そこらの石ころを蹴るような感覚で。
 ブラックパピヨンを貫いた感覚は、戦慄でも恐怖でもなかった。
 それはただの『事実』という感覚。


「俺は未亜と二人で生きてきた。
 それなりに裕福だったけど、お前の世界なら確実に貧民街か山の中にでも住んでるだろうな。
 だけど、俺はそんな事で誰かに負けたなんて思った事はない……頭に来ることはあったけどな」


「…なんでさ。
 アンタは見下されてた筈だよ。
 悔しくなかったのかい?
 どうしてそれで自分は勝っているなんて言える?」


「一番大事なモノだけは守ってきたから。
 あの時も、幸い取り返しのつかない事じゃなかったしな…。
 それでも最悪一歩手前だったが。

 金や命やプライドを削って、一番大事なモノを、好きな人を幸せにする。
 豪勢な生活だろうと、そこらの路地裏生活だろうと関係ない。
 それが出来ているのなら、俺は勝者だ。
 誇りを持って言い切れる。
 そして……」


 大河は一瞬言葉を切った。
 次の瞬間、大河の瞳に煉獄の炎が灯る。
 コキュートスよりも冷たい凍えるような風を運ぶくせに、世界の全てを焼き尽くすような目。


「それが出来ない事が、敗北。
 それが出来ない事が、何よりの恥。
 誰かを守って戦う時、何かを背負って生きる時。
 出来ないという事実が、力不足が、どんな痛みよりも俺を苛む。
 未亜を狙うのであれば、例え救世主クラスの仲間でも容赦はしない。
 ……礼拝堂で言ったよな、『いざとなったら全てを裏切る下種に成り果てた』って。
 俺は躊躇わないぜ…」


 ブラックパピヨンの首筋に当てられていた大河の指が、途端に冷たく、硬質になった気がした。
 まるでナイフを喉の奥に通され、動かした瞬間に命が零れてしまうような錯覚に陥る。
 いまやブラックパピヨンは、完全に大河の手の内にあった。
 もしブラックパピヨンが大河の言う事に従わず、大河の大事なモノ…未亜に何かをするのであれば、大河は躊躇いなくこの指を動かす。
 それでなくても、ブラックパピヨンから何もかもを奪いつくすかもしれない。
 例えばベリオを、例えば盗みの為に必要な強い体を、例えば彼女の思い出を。
 今まで奪ってきた物を質にとられているという事を、ブラックパピヨンは改めて理解した。
 彼女の背を感じた事もない恐怖が駆け上がる。
 それと同時に、プライドが砕かれるのを感じた。


「……怖いか?
 それがお前のやってきた、委員長が自身をささげてまで肉親の罪を償おうとしている理由だ」


「くっ……こ、殺せ!」


「死にたきゃ勝手に自分で死ね。
 未亜に手を出さない限り、俺は火の粉を払う以上の事はしない」


 せめてもの反抗も、大河は一蹴してしまう。
 歯を食いしばるブラックパピヨン。
 その体は哀れなほどに震えていた。
 それを見て、大河は未だ繋がれたままだった手錠を断ち切った。
 ブラックパピヨンを何時でも殺せる位置に添えられていた手をどけて立ち上がる。
 開放されても、ブラックパピヨンは立ち上がれなかった。

 そんなブラックパピヨンを見下ろして、大河はコロっと雰囲気を変えた。



「……以上がお前の理屈に従った場合の結論だ」

「……は?」


 ブラックパピヨンが感じていた恐怖は一瞬で霧散した。
 大河からは先程までの、血も凍るような空気は全く漂ってこない。
 ブラックパピヨンは、大河が一芝居打っただけだという事にようやく気がついた。
 芝居であれだけの気配が出せるとはとても信じられなかったが、今の大河を見るとそもそもあれほどの気配を放つ人間とは思えない。


「ちょ、ちょっと!
 さっき言ってたのはなんだったんだい!?
 まさかアレ全部がウソ!?」


「いいや。
 恥の話や未亜を狙った時の対処法は本当さ。
 でもやっぱり切り捨てるのは好きじゃないんでな。
 例え未亜を狙ってきたとしても、それが好きな相手ならなるべく傷つけたくないのさ」


「あ、アンタは……!」


 絶句するブラックパピヨン。
 それを見て、見事にひっかかったと大河は笑いを堪えていた。
 一頻り笑って、大河はイタズラっぽい顔で話し出した。


「未亜が最優先だけど、何も他の全てはどうでもいいなんて思っちゃいない。
 出来る事なら切り捨てたくないから、そうならない為に全力を尽くす。
 愛着だってあるし、好きな相手も沢山いる。

 そんな相手と戦う事になったなら、俺のやる事はただ一つ。
 お互いの目的を果たし、なおかつ両方が納得する。
 力尽くでも戦いをやめさせて、みんな仲良く元通りだ。
 世界の裏側にいる他人だって、ついでで良ければ助けてやるよ。
 優先するものがあるからって、いつも何かを切り捨てなきゃならないわけじゃないからな。
 切り捨てる事なく未亜を守れた時こそ、俺はきっと本当の誇りを抱く事が出来る。

 この場合、お前の欲求不満を解消してちまえばいいだけだろう?
 委員長だって遊びに誘って楽しませてやればいいんだ。
 人生を楽しめるようになれば、委員長だってもっと気楽になるさ。
 鉄人ランチを食いきったご褒美のデートもまだやってないしな!
 なぁに、内戦の調停や大災害後の復興に比べりゃ軽いもんだ!
 ニャハハハハハハハ!


 そう言って大河は高笑いをあげた。
 ブラックパピヨンは唖然としていたが、大河があまりに軽く言ってのけるので本当に簡単な話のような気がしてきた。
 実際、単純化してみればその程度の話なのだ。
 贖罪がどうの、血の宿命がどうのと考えるから話がややこしくなる。
 死の恐怖から解放され、緊張の糸が途切れた反動か、発作的に笑いがこみ上げてくる。


「は…はは…あはははは!
 ホ、ホントに、簡単に言ってくれるねぇ!
 ククッ、ははははは、くっ、あーっはっはっは!
 ああ、そりゃそうだ!
 アタシを満足させてくれれば、ック、ああ、アタシは文句ないよ!
 大河、アンタはアタシが思った以上のオトコだったみたいだね!
 強いし顔も悪くないし、エッチも上手くて大バカなんて最高じゃない!」


 ブラックパピヨンと大河は、そのまま延々と笑い続けた。
 途中で酸欠になり、ぶっ倒れてもまだ笑いが収まらない。
 いい加減チアノーゼが出始め、本気で笑い死にするかと思われるまで笑って、ようやく2人は落ち着いた。


「はー、はー、はー………ふぅ、まさか笑いすぎで人生最大の危機を感じるとはねぇ…」


「ああぅ…は、ハラ痛ぇ……」


 森の中で大の字になり、汗だくで寝転んでいる2人。
 腹筋を酷使しすぎて、痛みすら感じていた。
 まだ笑いの微粒子が残っているのか、ブラックパピヨンは時々体を震わせていた。


「ま、そういう事だからよ…。
 もう盗みはやめろよな?
 憂さ晴らしくらいなら大目に見るけど、あんまり酷いと欲求解消に付き合ってやんないぞ」


「はいはい、わかってるわよ。
 はぁ〜、なんだか悔しいなぁ…。
 戦いに負けて手玉にとられた挙句、約束までさせられちゃうなんて…」


「それくらい我慢しろよ。
 俺がもっと鬼畜なヤツだったら、この程度じゃすまなかったんだからな」


「ちぇ…」


 唇を尖らせて、ブラックパピヨンは丸まってしまった。
 拗ねているらしい。
 大河は彼女を見て、微笑ましい気分になっている。
 綺麗な背中を眺めて、目の役得もバッチリだ。


「これが人に支配される屈辱ってヤツさ。
 これに懲りたら、少しは他の人を思いやれ。
 でもって、あんまり委員長に迷惑をかけるなよ。
 押し付けられた欲求不満の分くらいなら俺も何も言わないけどな」


「………」


「結局、委員長もブラックパピヨンも根っ子は『ベリオ』なんだろう?
 もう少し、自分を愛してやってもいいんじゃないか」


 丸まっていたブラックパピヨンは、大河の方向に転がった。
 その表情は、明らかに先程までとは違っている。


「……ありがとう、大河君」


「…え?
 あ、あの、委員長!?
 いつから!?」


「あら、あの子は呼び捨てにしてるのに、私は委員長呼ばわり?」


 クスクス笑うのはブラックパピヨンではなくベリオだった。
 大河は慌てて立ち上がり、何とかこの状況を怒らせる事なく説明しようとする。
 しかしその必要はなかった。

 同じく立ち上がったベリオは、どこからともなくメガネを取り出してマスクと付け替えた。


「いいのよ。
 途中から聞こえてたわ。
 あの子が動揺してたから、私もちょっとだけ起き始めてたのよ」


「聞こえてた………ど、どの辺りから?」


「ヒ・ミ・ツ。
 ……あの子と私の心が重なって………それでわかったの。
 私も…もう少し、もう一人の私の事を考えてあげればよかった。
 私はただ、自分の幸せの全てが他人の幸せを奪って与えられたもののような気がして、それまでの私の全てを否定して神の世界に逃げ込んだの。
 でもそれは、あの子を殺すのと同じ事だった。
 私に全てを否定されて、あの子はずっと苦しんでいた。

 でも…あの父や兄の元で…何も知らずに二人を愛して幸せだった、少女の頃の私も本当の私には違いないのね。
 例え大悪党でも、私を愛してくれたのは本当だと思うし、私も彼らを愛していた。
 私はアタシのそんな愛情の部分すら否定していた。
 ブラックパピヨンは、そんなアタシの私に対する仕返しだったのかもしれない。
 ありがとう……またアタシを否定してしまう所だった」


「………委員長…。
 俺は別に大した事は……。
 というか、そこまで考えては…」


「ふふ……なんだかスッキリしました。
 これからは、もう少し楽しんで生きる事にします。
 償いはしなければいけないけど、そればかりに人生を捧げなくてもいいと思えるようになれましたし…。
 ………でも、ちょっと怖かったですよ」


「む…申し訳ない…。
 ブラックパピヨンに謝っといてくれい。
 それともライブで聞こえてるかな?」


 2人は顔を見合わせて笑いあう。
 ベリオは森の中に分け入って、ブラックパピヨンの衣装から普段の僧服に着替えだした。
 どこから持ってきたのか、なんて突っ込みは例によってスルーだ。
 しっかりユーフォニアを召喚しているところを見ると、大分大河の事を理解していると見える。

 暫くして、ベリオは着替え終わって森から出てきた。
 服そのものは汚れていなかったが、何せ森の中を歩いた挙句手錠マッチ、挙句地面に押し付けられたとあって流石に体は汚れている。


「そうそう、当分『アタシ』も悪さはしないと思うけど、またイタズラしそうだったら大河君が止めてあげてね。
 それと、大河君がブラックパピヨンに教われた時だけど……何もイタズラ出来ずに逃げたから」


「ああ、そうなの?
 何でまた酔っ払いから……って、俺が止めんの!?」


「当然でしょう?
 『アタシ』の男になったんだもの。
 それぐらいの責任はとってくださいね」


「……と言うことは、必然的に委員長の男でもあるのか」


 大河の突っ込みに、ベリオは頬を赤らめた。
 どうやら脈ありらしい。
 ベリオは赤くなった顔を背けて、礼拝堂に歩き出した。


「さ、さあ、先生に見つかって叱られないうちに早く帰りましょう。
 今から戻れば、まだ結構な時間眠れますよ」

「眠れると言えば……委員長、ブラックパピヨンは大丈夫なのか?」

「? 何がですか?」


 首を傾げるベリオ。
 大河は少々ベリオから距離をとった。
 照れ隠しにぶん殴られては堪らない。


「だからさ、ブラックパピヨンのストレス解消に付き合ってやるって言っただろ?
 今日は大丈夫なのかと思ってさ。
 ブラックパピヨンが言ってたんだけど、委員長が礼拝堂に居たのは、その……欲求不満で眠れなかったからだって……」


「なっ!?」


 一瞬で真っ赤になったベリオは、内側に感じるブラックパピヨンに向かって念じる。


(ちょっと!
 一体大河君に何を言ったんです!?)


(ホントの事を言っただけさ〜♪)


(あ、アナタは何を考えて……!)


 一人で百面相を始めたベリオを見て、大河はやっぱりストレス解消を今からでもやったほうがいいのではないかと思った。
 それに気がついたベリオは慌てて取り繕う。


「あ、あの、あの子に何を言われたのか知りませんが、私は大丈夫です!
 それに、あの子のストレス解消って、あの時の指導みたいな………ゴニョゴニョ


「あ、ああ……多分そうなると思うけど…。
 でも委員長の合意なしで最後までは行かないから安心してくれ。
 さすがにそれは悪いしな…。
 ブラックパピヨンには面白くないかもしれないけど、その分念入りに付き合うから」


ね、念入り!?


 顔を赤くしたり青くしたりと忙しいベリオ。
 彼女の奥ではブラックパピヨンが苦笑いしている。
 ウロウロ歩き回っていると、唐突にベリオの表情が変化した。
 ブラックパピヨンが出てきたのだ。


「ん〜、気持ちは嬉しいけど、ベリオがこんなんじゃねぇ…。
 それにお互い随分汚れちまったし、また時間が空いてる時に相手しておくれよ」


「そっか?
 わかった」


「わ、わかったじゃなくて!」


 即座にベリオに戻る。
 それこそパニックを起こしているベリオを見て、大河は面白そうに笑っていた。


「ま、そういう事みたいだからな。
 そろそろ帰ろうぜ。
 細かい事はブラックパピヨンとじっくり話し込んでくれ」


「は、はい!?」


 ジタバタしているベリオを置いて、大河は先に歩き出した。
 何となく足元に目をやると、そこには昼間についたらしき足跡があった。


「………………」


 立ち止まり、その足跡が誰のものなのか思い出そうとする。
 この森には滅多に人は来ない。
 ならこの足跡をつけたのは、昼間にこの辺りを歩いていた自分か、ベリオか、或いは………。
 大河の血の気が音を立てて引いた。


い、いいい、いいんっちゃー!


「いいんっちゃー!?
 な、何事ですか!?」


「悪いけど、俺は今すぐ帰る!
 急ぎの用事を思い出した!
 送っていくから、こっちに来てくれ!」


「は、はい!?」


 先程までのベリオよりも数百倍は慌てている大河を見て、ベリオは何があったのかと周囲を見渡した。
 大河はというと、ベリオが駆け寄ってくるのを待つのももどかしく、一瞬で駆け寄って一気に持ち上げる。


「きゃあ!?
 た、大河君!?
 一体何事ですか!?」


「黙っとりい!
 超特急で飛ばすけん、舌ぁ噛んでも知らんとよー!」


 言うや否や、大河は猛スピードで駆け出した。
 あっというまに湖を超え、中庭を突っ切って学生寮に帰ってくる。
 召喚器による身体能力強化を考慮しても、驚異的なスピードだ。
 神の領域が見えたが、大河はそれどころではなかった。


「っていうか、さっき水の上を走って突っ切りませんでしたか!?」


「ええい、こっちゃそれ所じゃにゃーんじゃあーーー!」


 なんだか言語中枢が壊れている大河は、世界新を軽くぶっ千切って走りきる。
 学生寮に到着すると、ベリオを玄関に下ろして駆け出そうとした。


「そ、それじゃあな、委員ちょ……じゃなかった、ベリオ!」


「お、おやすみなさい……」


 最後の最後に呼び方を変えて、大河は再び爆走していった。
 走るなとか注意する暇もない。
 呼び方を変えたのは、ベリオが自分だけ名前で呼ばないのかと言ったのを覚えていたらしい。
 妙な所で律儀なヤツだ。


「………お風呂入って寝ましょうか」


 呆然としていたベリオは、そのまま大浴場に向けて歩き出した。
 幸い夜中とはいえ、まだ風呂場は動く時間だ。
 誰も入っていないだろうが、そっちの方が好都合である。

 ……しかし彼女は知らなかった。
 ブラックパピヨンが、再びイタズラを考えていた事は…。


(フフフ……大河、ベリオ…夜はまだこれからなんだよ…)


   ガスッ!


 大河が部屋に超特急で戻ってくると、扉を開けるまでもなく、壁を突き破って何かが大河の目の前に突き立った。
 あと2センチずれていれば、大河の首からは噴水みたく大事な液体が流れ出ていた事だろう。
 予感が的中したことに恨み言を吐きながら、大河は動くに動けない。


 ガスッ!ザクッ!ドスッ!バシュッ!


 大河が硬直していると、さらに何かが壁を突き破って飛んできた。
 垂直に壁に突き刺さり、ご丁寧に3ミリずつ大河の喉に近づいてくる。


(ひいいいいいぃぃぃぃぃ!
 大魔神様のお怒りじゃああああああ!)


 大河は心底恐怖している。
 動こうにも、壁の向こうから漂ってくる物理的な瘴気さえ伴うプレッシャーに潰され、指一本たりとも動かせない。


   ザンッ!


 喉に掠めた。
 皮一枚を切り取り、飛んできたソレは壁に突き立つ。
 それは研ぎ澄まされたジャスティの矢である。


「……何時までそうしてるの?
 さっさと部屋に入ってきてよお兄ちゃん」


「はっ、はいいいい!!!!」


 屋根裏部屋に張られた結界を、何故か素通りする未亜の声。
 必死で体を動かして、憎らしい程に軽く廻るノブを捻る。
 力をかけたつもりなど全くないのに、何故かドアがゆっくり開いた。


 部屋の中には…………。


(あんぎゃろぷれほれ8う3かいやーす!!!!)


 ジャスティを壁に立てかけ、異様に穂先が鋭い矢を何本も並べている未亜がいた。
 どうやら弓を使わず、ダーツのように投擲するだけで壁を貫いたらしい。
 その姿を見た瞬間、大河は心の中で絶叫を上げた。

 明らかに不機嫌絶頂である。
 ブラックパピヨンにタマ無しといわれようとも、これ以上恐ろしい物を大河は知らない。

 底光りする目を大河に向ける未亜。
 大河はそれだけで、未亜に逆らおうとか誤魔化そうとかいった気力が根こそぎ吹き飛ばされた。

 未亜は静かに口を開く。


「おかえり…。
 どこに行ってたの?」


「あ………あ………あ………」


「もう、どうしたのお兄ちゃん。
 せっかくお風呂上りホコホコだったのに、すっかり湯冷めしちゃったよ…」


「も、申しわ「喋れるんなら質問に答えんかいッ!」イエスマムーぬが!」


 いきなり豹変し、大河におもいっきり矢を叩きつける未亜。
 幸いぶち投げただけで、刺さるような投げ方ではなかったのだが、それでも大河は砲丸をぶつけられたような衝撃を感じて吹き飛んだ。
 後頭部を壁にぶつけて倒れた大河の前で仁王立ちして、未亜は大河を見下ろした。
 実に際どい角度だったが、それを楽しめるような猛者がいたら大河はきっとソイツを心の師と仰ぐだろう。


「で?
 何処のどいつを連れ込んで、ナニしてたわけ?
 洗いざらい、一切合財吐きなさい。
 虚偽を感じられたら、その場で私刑を執行します」


「リョウカイシマシター!!!」


「ならさっさと話せ」


「ハイ!
 実は風呂から上がって未亜様を待っていたところ、見ず知らずの女性から訪問を受けまして、立ち話もなんだからと部屋に入れた次第であります!」


「その女の用件は?」


「何でも一目惚れしたので嫁さんにしてほしいとヌギャー!」


 問答無用で未亜が持っている矢が大河の脳天に突き立った。
 何故生きているのかというと、ちょうど右脳と左脳の間の谷間に、脳に傷がつかないように差し込まれているからだ。


「続きを話せ」


「心揺れる提案でしたがゲフッ、恋人がいると断った所、二号さんになっていつか一番になって見せるとゲファアッ!


「そ・れ・は・ど・こ・の・馬の骨!?」


「ゆ、夕方に入っていった地下で遭遇した死人の骨であります!ゴフッ!


「ざけてんの?」


「マジでございます!」


 気に入らない言葉が一つ出る度に大河の傷が一つ増える。
 何本か矢が突き立ち、未亜の蹴りや鉄拳が大河の体にめり込んだ。
 加減の程度はともかく、未亜の妬き餅というか怒りに正当性があるから手に負えない。


「で? 部屋から飛び出したように見えるんだけど。
 まさかお兄ちゃん、襲おうとしたら逃げられたから……」


「誤解だ!ガハッ!


「誰が喋っていいって言った?
 ………よし、話せ」


「お、襲うのではなくどちらかというと襲われかけたのであります!
 少女は自称死人で、実際に体も異様に冷たく、体のパーツも取り外し可能だったので本当にゾンビだったと思われます!」


「ふーん……それで?」


「2人で棺桶に入り墓場の下で死人ライフを満喫すると言い出したので、急遽撤退した次第であります!
 その後学園中を走り回り、礼拝堂に立て篭もった挙句、何故かブラックパピヨンと遭遇し、一戦交えた後になんとか和解して帰還して参りました!」


「ブラックパピヨンと和解!?」


 予想外の展開に驚き、素に戻った未亜。
 大河は心底安堵した。
 しかし今度は素の状態のまま大河の胸倉を掴み上げた。


「そ、それで!?
 怪我はない!?
 何かされなかった!?」


「一応大丈夫だ。
 軽くやりあった程度だし」


「じゃあナニかシなかった!?」


「してない」


 未亜はまだちょっと疑いの目で大河を見ている。
 しかし、(一応)通常モードに戻った以上、未亜は強敵だが逆らいきれない相手ではない。
 ベリオとブラックパピヨンの関係とか、約束とかは何が何でも隠し通そうと決めた。
 何故なら前者はともかく、後者が非常に危険だからだ。


「それで、和解したってどういう事?」


「ああ、まぁあっちにも色々と事情があってな。
 俺としても、捕まえて突き出すわけにはいかなかったんだ。
 仕方がないから、捕まえない代わりに悪さは慎め、と取引を持ちかけたわけだ」


「それを了承したの?
 口約束じゃなくて?」


「ああ。
 何か悪さをしても、学園内にいるからな。
 捕まえようと思えば、すぐに捕まえられるから」


「……じゃあ、お兄ちゃんの恥ずかしい写真は?」


「最初から撮れなかったって。
 なんか俺がエライ事やらかして、お陰でさっさと逃げるしかなかったんだってさ」 


 未亜は放心して、大河の胸倉を掴んでいた手から力を抜いた。


「それじゃあ、今日…っていうか昨日私たちが一日歩き回ってたのは…」


「まぁ……丸っきりじゃないけど、無駄足?」


「…………」


 あっさりと言い切った大河。
 未亜は頭を抑えて天を仰ぐ。
 壮大な脱力感が体を支配した。


「おーい、未亜ー?」


 大河が呼んでいるのが聞こえて、未亜は無表情にそちらを向いた。
 まだ大河の体には矢が刺さっている。
 無言で頭に刺さった矢を掴んだ。


「ぬ、ぬおっ!?
 未亜、それを持つな!
 幾らなんでも危険……!」


「無駄足!?
 無駄足ですって!?
 他人事みたいにあっさり言ってんじゃないわー!
 この矢をグリグリ動かして脳みそ引っ掻き回したろかー!?」


「いやああああゴメンナサイー!!!」


 本当に矢を動かそうとする未亜と、必死で未亜の腕を押さえる大河。
 2人の戦いは、矢が大河の頭からすっぽ抜けて終わりを告げた。


「………ま、事情はわかったわ。
 結局何もシなかった事だし、今回は不問に処します。
 お兄ちゃんも戦って疲れてるだろうしね」


「理解ある恋人をもって幸せだよ」


 ダイレクトに『恋人』と呼ばれ、未亜は頬を赤らめた。
 ちょっと機嫌がよくなる。
 未亜は横目で時計を見た。
 とっくに短針は12を過ぎている。


「そ、それでね、お兄ちゃん…。
 もう十二時過ぎてるから、昨日の浮気の“オシオキ”は時間切れなんだけど…。
 つ、疲れてるよね?」


 平静を装って失敗している未亜を見て、大河は疲れが吹っ飛んだ。
 俯き指先を突付き合わせながらモジモジしている未亜。
 大河の一部が、急激に元気になった。


「いーや、全く疲れてない。
 むしろ朝までぶっ通しで腕立て出来る程元気だぞ。
 昨日何もしなかった分、それはもうねっとりと…」


 大河の言葉を聞いて、嬉しいやら恥ずかしいやら体が熱くなるやら、忙しい未亜。
 これも一種の言葉攻めだろうか?
 無論大河は解っていて言っている。


「で、でもお兄ちゃん、戦って汚れてるでしょ?
 とにかくお風呂は入ってきて!」


「ん? あ、ああ……」


 照れ隠しに言った未亜の言う通り、汗のニオイは余りしないが土や埃で汚れている。
 無用なお預けを喰らった心境だが、流石にこのまま未亜を抱くのもよろしくない。
 仕方なく大河は風呂に入る事にした。

 大河が出て行って、未亜だけになった屋根裏部屋。
 暫く静寂が舞い降りた後、溜息が響いた。


「……はふぅ…。
 あんな事言っちゃったけど……多少汚れててもいいから、早くして欲しかったなぁ…」


 大河が風呂から上がって情事に突入した後、ブラックパピヨンが乱入してきてえらい騒ぎになったのだが、それはまた別の話で。



こんにちは、テスト前で危機感一杯の時守です。
今回はほぼ原作通りになりました。
大河が負けると手の打ちようがなくなるし、ちょっと変更は無理っぽいです。

未亜が大河の頭をマジで刺しやがった…。
自分で書いて読み直して、えらく893な未亜を書いちまったなーと思いました。
殆ど未亜が二重人格になってます。
自立なんてはるか西方浄土より遠くに放り捨てちゃってます。

最後に書いた情事の色々ですが、次の投稿に簡略化して書きます。
本格的な描写は、外伝と言うか幕間として投稿するつもりです……当分先になりそうだけど。


二日酔いで頭痛い。

それではレス返しです。


1.>皇 翠輝様
見事なツッコミ、ありがとうございます(笑)
仰るとおり、ハイパーモードは終了していなかったようで。
ダーツ投げの要領で壁を突き破るほどの破壊力は健在です。


2.>ナナシ様
私が横島にですか!?
あれ程の芸人(違)に似ているとは、喜んでいいのでしょーか…。


3.>干将・莫耶様
ブラックパピヨンとは協定を結んだようです。
時守は彼女も好きなので、多分ベリオと統合する事はないと思います。
色々と便利そうなキャラだし、そもそも表裏のコンセプトがなくなったら、ベリオの魅力が半減しそうですしね。


4.>ななし様
………(小説を読み返し中)。
あれ、本当にデビルキシャーって書かれてない……よくレスとかで見かけるので、てっきりオフィシャルかと…。

未亜のキシャーが巡り巡って夕菜に?
でも未亜はキシャーを憑依させているんですから、そうなると未亜キシャー化→巡って本家パワーアップ→憑依された未亜パワーアップとループするのでは…。
それはまた恐ろしい循環ですねー。


5.>ATK51様
システムの矛盾については、それほど深く考えていません。
未だに全貌を把握していないし、情報の殆どを忘れているので、オリジナル設定が混じると思います。

やはりアイマスク装着が先でしょう。
単なる個人の趣味ですが…。

6.>なまけもの様
キシャーを出せば、大抵のヤキモチによる人格変化に説得力が出るのは何故でしょーか。

多分学園内には薔薇も居ますよ。
傭兵や軍隊では結構多いって俗説ですし、それにダウニー辺りはモロに狙われそうな顔をしてると思いませんか?
いつか絡めてみようかなぁ……いや、絡みの描写は勘弁ですよ?

殺意の波動に目覚めても、その殆どは大河に向けられるので意味ないっす。

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭


名 前
メール
レ ス
※3KBまで
感想を記入される際には、この注意事項をよく読んでから記入して下さい
疑似タグが使えます、詳しくはこちらの一覧へ
画像投稿する(チェックを入れて送信を押すと画像投稿用のフォーム付きで記事が呼び出されます、投稿にはなりませんので注意)
文字色が選べます   パスワード必須!
     
  cookieを許可(名前、メール、パスワード:30日有効)

記事機能メニュー

記事の修正・削除および続編の投稿ができます
対象記事番号(記事番号0で親記事対象になります、続編投稿の場合不要)
 パスワード
    

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル