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「黄昏の式典 第十話〜殺人の目覚め、雷の咆哮:始まりの時・後編〜その2(月姫+奪還屋)」

黒夢 (2005-08-06 22:37/2005-08-06 23:18)
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???サイド


そこは、様々な可能性が最後に行き着く無限の廃虚。

そこは、全てのものが存在し、何一つない凍えた世界。

そこは、夢と現実の狭間にある無限に存在する可能性の墓場の一つ。

故にそこには夢想と空想が入り混じり、数多の世界を繋ぐ一つの完全で不完全な絶対世界として存在する。

そんな常識からも真理からも逸脱したこれ以上ないほどに矛盾している空間であるにもかかわらず、明確にそこに存在している四人は円形のテーブルを囲み、それぞれお茶を飲み交わしていた。

「早計だったのではないですか?彼に接触するのは……」

その四人の内の一人、計り知れない膨大な神力をその身に宿した存在が様になる動作でカップに注がれた紅茶を一口飲み、カチャリッ、とカップをテーブルに置くと自身のちょうど正面に座っている見目麗しい文字通り形だけの女性に向かい、そう切り出した。

その理知的な輝きを放つ瞳と圧倒的なまでの存在感から漏れ出す雰囲気は真剣そのものであり、下手な誤魔化しは許さないと言外に告げていた。だが、常人ならば涙を流し、痙攣して廃人になるであろう重圧の中でも女性はさして気にした様子もなく、むしろこの根っからの生真面目な性格の存在に対してほんのわずかな哀れみさえも抱いていた。

しかし、それとこれとは話は別だ。どうやってこのわからずや、もとい頑固な存在を納得させようかと女性は少し困ったように頬に手を当てて考え込む仕草を取るが、それが姿と同様に形だけのものであることはここにいる者達にとっては周知の事実だ。

そこに、女性への救い舟を出す気はさらさら無いだろうが、意外にも女性の左隣に座った瞳に神力を宿す存在にも負けず劣らず理知的な輝きを宿す老練な老人が静かに口を挟んだ。

「いや……あれでいいだろう。すでに『世界』の真祖であるアルクェイドにまで影響が出ているのだ。これはいよいよ、秒読みが始まったということだろう」

三人を見渡しながらありのままの真実を語るその表情は硬く、これから起こりえることに深い怒りと覚悟、そしてわずかな悲しさが含まれているようでもあった。

「あははは!まぁ、面白そうだからやったっていうのは否めないけど、僕だってこの世界のためを思って動いてるからね。それに……僕らにとって、この試合はとても大切なものだ」

外見に似合わず、まるで子どものような無邪気な笑い声を上げた女性だったが、昼と夜がごちゃ混ぜになった雲すらもない虚空へと視線を向けるとその表情は一転して、ありったけの嫌悪を含めた冷酷な瞳になる。

「そうやな……一種の賭けやったけど、ようまぁこうもワイらの都合のいーようなってくれたもんや。いわば世界の悪足掻きやな」

それに同意するのはこの中で最も女性に近い存在でもあり、神力を宿した存在と対を成すほどの膨大な魔力を宿す何故か関西弁で話す存在だ。ちなみに彼だけは達筆で『笑いは心だ』と書かれた湯呑みで日本茶を飲んでいたりする。

「だろうな。だが、いかに世界といえど、やはりアレにはどうしようもない」

「わかっています。だからこそ、私達は来たる日のために準備を進めてきたのです」

続けて語る二人には諦めや絶望の意思などまったく無い。むしろこれからの事態に挑む勇敢さが前面に滲み出ている。

もしも、彼等以外にこれから起こりえることをいち早く知ることができた者がいたとしても、恐らくはここまで冷静ではいられないであろう。それだけこれから起こることは彼等から見ても真理から逸し、特にこの場にいる女性にとっては本来ならもっとも遭遇したくないことなのだ。なぜならアレに関われば、いくら自身とてこの無限に在る世界から消滅することすら夢想ではなく現実にありえるからだ。

それでもこの件に女性が関わり続けるのにはそれなりのわけがあるのだが、それはまた次回に語らせていただこう。

「そういえば……『運命』の方に目が行き過ぎていたけど、『自由』の方はどうなんだい?そっちは確か君達が担当してるんだろう?」

さも今思い出したかのように告げた女性の瞳にはこれでもかと言うほどの愉悦によって占められ、それを向けられた神力を宿した存在は現状を認識してなお楽しむ様子を見せる女性に微かにため息をつき、今更ながらこの女性がこういう性格で、自分とはあらゆる意味で正反対に位置することを実感した。

「ええ。順調ですよ。すでにほとんどの方に連絡を取り、動いてもらっています。ただ……予想通り、数人ですが話は聞いてもらえても協力してはもらえませんでした」

「へぇ……誰だい?」

にやにやと、人の神経を逆なでするかのように表情を歪める女性に彼はただ一言だけ簡潔に告げる。

「予想通り、です」

「彼等か……まぁ、脚本の範囲内だから書き換える必要はないね」

それだけで理解したということは、その言葉通り最初からある程度の予測は立てていたのだろう。特に困った様子もなく、女性は優雅な動作で一口紅茶を口に含む。

束の間の静寂が訪れるが、ズズッ、と音を立ててお茶を飲み干した関西弁の存在が女性に続き喋りだした。

「むしろ心配するゆうたら『運命』の『ジョーカー』のほうやで。『魔獣』はええとしても、『水晶』はどないするんや?アレ動かすゆうたら大陸一つ滅ぼす勢いやないとアカンやろ」

大げさに言っているように聞こえるかもしれないが、これは大げさでもなんでもなく、『水晶』と呼ばれるそれの力を考えた場合の単純な答えだ。彼等が必要とする『水晶』と呼ばれるそれを予定通り動かすにはそれだけの覚悟が必要なのだろう。

女性を含めた神、魔の存在がそれぞれどうするかを悩むような仕草を取る中で一人飄々とした態度の老人はどこからか紅茶の他に取り出した菓子を黙々と食しながら、こう切り出した。

「無理に動かす必要はあるまい。こちらから持って来ればいいのだ」

老人は空になったカップに紅茶を注ぎ、口をつけながら、とんでもないことをなんでもないことのように軽く言ってみせた。

それに対し三人はその言葉の裏に見える弛まぬ威厳と絶対の自信に目を大きく開け、呆然と老人を見つめている。

だが、それも一瞬。すぐに女性は悪戯を思いついた猫のように身を老人の方へと乗り出すと面白げに微笑みながら口を開いた。

「へぇ……いくら本命のアレには遠く及ばないとしても、単純な存在密度で言えば僕等に匹敵するアレ等をかい?ずいぶんとまぁ大きく出たねぇ」

「ふん……老いたとはいえ、これでも月を受け止めた身だ。それぐらいならできる。むしろワシより自分の心配をするんだな。ワシが法に集中する間は貴様等がワシの抜けた穴を埋めなければならないのだぞ?」

老人は睨みつけるかのような厳しい視線を隠そうともせずに女性に向け、それを受けた女性は何がおかしいのか笑い出した。

「あははは!確かに、僕達の方が大変そうだ。けど、まぁ……協力者もいるし多分何とかなるさ」

「多分、か……弱気だな」

「そりゃそうさ。絶対って太鼓判押せる相手じゃないからね、アレは。もっとも彼を目覚めさせたからには予定を少し早めたほうがいいかもね」

それは今までの半ば冗談交じりの口調ではなく真に真剣の色を宿し、他の三人もつられていっそうのこと真剣さを増す。

「……あなたが勝手に行動したんでしょうが……ふぅ……ですが、そうするしかありませんか」

「そうやな。こうなりゃとことん早めたほうがええわ」

「うむ」

なんとなく開き直ったように見えなくはないが、とりあえず他の三人が同意したのを確認すると女性は天使のようで悪魔の微笑を浮かべ、虚空に映し出された人影を見ながらここに宣言した。

「それじゃあ決まりだ。まずは彼等に……七夜志貴君と天野銀次君……ついでにその可能性を引き出すためにも毒蜂君とアルクェイドちゃんにはがんばってもらわないとね」


黄昏の式典 第十話〜殺人の目覚め、雷の咆哮:始まりの時・後編〜その2


赤い、紅い、朱い夕焼けによって照らされ、まるで炎に、血に彩れたようななんともいえない雰囲気に包み込まれた闘技場。

そこは世界から隔絶された一種の異界のようにも見え、夕日の淡い光を受けて無数に立ち並ぶ石柱は光を隔てる影を作り、ここに光と対を成す闇を浮かび上がらせる。

その中において、同じ影であっても一つだけ突出して歪な、それでいて真実唯一の『影』が、そこにいた。

それは石柱の上から全てを包み込まんとするかのように大きく腕を広げ、闘技場を自分の影で満たす。その姿は十字架に貼り付けにされている聖職者のようにも、罪人のようにも見える。

だが……それはありえないことだ。

彼は聖職者には成りえない。

なぜなら信じる神がいないから。

彼は罪人には成りえない。

なぜなら裁く者がいないから。

自分が信じる神がいるのなら、彼がそれを殺そう。

自分を裁く者がいるのなら、彼がそれを殺そう。

なぜなら彼は唯一絶対の『殺す者』。物を殺し、者を殺し、神を殺し、自分さえも殺す。

それは本来の歴史では目覚めるはずの無いモノだった。

それは本来の歴史では目覚めてはいけないモノだった

だが、ここに彼は目覚めた。

持つはずのない『死』を体現した魔性の瞳を携え、超越者達のシナリオに従い、ここに彼は――――


――――『七夜志貴』は――――目を覚ました。


上空から叩きつけるかのような風が地表の砂を巻き上げ、闘技場に佇む毒蜂の無残に切り裂かれたスーツの端を揺らす。

それを切り裂いた張本人、七夜志貴は風の吹き付ける石柱の上に悠然と立ち、冷徹な瞳の中に抑えきれない獰猛な光を宿して地表を見下ろす。その様はまるで野性のケモノのようであり、七夜は目覚めたばかりだというのに猛り狂っていた。

正直、七夜は目覚めさせられたばかりの時は現世に出れて嬉しいという気持ちより、苛立ちの方が強かった。それも当然だ。自分の力で表たる『遠野志貴』を乗っ取るならばともかく、どこの馬の骨かも知れない第三者に勝手に引っ張り出されたのだ。

その呼び出したもののことを十八の肉塊に変えてもまだ飽き足らない。そう思うほどに苛立っていた。

だが今は……むしろ呼び出したもののことを心の底から感謝さえしている。

なぜなら、この場にいるアレがとても気に入ったのだから。

強引に起こされた七夜はまず苛立ちをぶつける相手として自らの眼前に立つ目の前の男をなんとなく殺そうとした。

寝起きにしては自分でも納得できる上出来な奇襲。しかし、それは相手のスーツの端を切り裂くにとどまり、さらに相手は一瞬の交錯の間に七夜の着る制服を胸の辺りから腰にかけて切り裂いていたのだ。

この時、七夜は驚愕よりも先に唇の先を持ち上げ、口を裂くようにしてただ笑った。

そして歓喜した。この存在は、自分と『殺し合いができる』ものだ、と。

感情が、笑みが、愉悦が、狂喜が、狂気が、抑えきれない。身体の内側からは本能が、退魔衝動が叫ぶ。アイツを殺せと。だが、理性が告げる。まずは身体を慣らし、それから殺し合いをしようと。

七夜にとってはどちらもひどく魅力的な案だ。

前者を選べばすぐにでも楽しい楽しい殺し合いができる。だが、その分リスクも大きい。

後者を選べばお預けは食らうが、その後に前者よりも楽しい楽しい楽しい殺し合いができる。

七夜はわずかに考え、決めた。

鏡のように磨きこまれた七つ夜の刀身に自身の顔を映し、柄にもなく自分が心の底から笑っていることに気づく。

すなわち、メインディッシュは後に取っておくに限る。

ふと、メガネの隙間から見える異常な世界に気づき、七夜はゆっくりとした動作でメガネを外し、そこに広がるソレを見て思わず感嘆の声を口から漏らした。

「ほぉ……これが、『死』か」

『遠野志貴』が持つ異能の眼を『七夜志貴』は情報としては知っていたが、実際に世界中に広がる死を見て『志貴』の中に内容されたソレに納得した。

すなわち、『遠野志貴』は、『七夜志貴』とは別の意味で壊れている、と。

なにが壊れているのかは『志貴』自身にもわからない。だが、これは確実に『七夜志貴』と同等かそれ以上に人として……いや、『意思』として壊れ尽くしている。

不意にならば、と頭をよぎる。

ならば俺は――――この『死』に向き合える自分はなんなのかと。

だが、すぐにそんな他愛も無い思いを一笑して捨てる。

なにを馬鹿なこと――――殺す者が『死』を知らないわけがないだろう。

この場においてまったく意味の無い思考を頭の片隅に押しやり、七夜は一応メガネをズボンのポケットにしまうと改めて死が渦巻く毒蜂を見て、笑った。


さぁ――――始めよう


「生憎と現世に出るのは久々なのでな。まずは、軽く流させてもらおう……故に――――」

まるで獲物を嬲る猫のようにその目に冷徹な光を宿し、余裕とも取れる宣言をその場に残して七夜は物音一つなく颯爽とその場から姿を消す。

それは飛び降りたわけでも、ましてや隣の石柱に飛び移ったわけでもない。単純に、ただ降りただけだ。

石柱の側面に足をつけ、まるでそこが平地であるかのように常人では視認すらできぬ速度で、だが……

一秒も絶たないうちに七夜の眼と鼻の先に地面が飛び込み、このまま激突するのではないかという思考がその動きを捉えられた参加者の胸の内によぎる。だが、それも知らないが故。

いったいいかなる方法を用いたのか、まったく速度を殺さずに直角に石柱から地面へと曲がり、地に降り立った七夜はその手に七夜の名を関した宝刀、七つ夜を携え、一息の間すらなく毒蜂の懐に潜り込んだ。

「――――あっさり殺されてくれるなよ」


告げた言葉は、自分の楽しみを減らさぬための忠告か。しかし、だとすれば七夜は――――


「フ……」


――――この毒蜂というバケモノを、甘く見すぎている。


「ッ!?」

人は愚か、人外ですら捉えきれないであろうその奇怪な動きを毒蜂はまるでそこに来ることが分かっていたかのようにわずかに身を引き、続けて眼前にさらけ出された七夜の首へと『毒手』という名のスズメバチの猛毒を宿した毒針を突き出す。

だが、それは七夜に触れることすらなく空を切った。

見れば、すでに七夜は毒蜂の背後に回り込み、七つ夜を毒蜂の首へと走らせている。

しかし、毒蜂は振り返りもせずに迫る刃を感知すると先の七夜の真似をするかのように七夜の一撃を掠ることもなくかわし、容易く七夜の背後へと回り込んだ。

「……何度見ても惚れ惚れするね。その一瞬の加速と減速を可能とする七夜の移動術には……しかし、それは私には通用しないよ。言ったはずだ、私は七夜の者達とも戦ってきた、と」

「ちぃッ!」

身を捻り、振り向きざまに七つ夜を振るうが、それは絶妙な手捌きによって七つ夜ごと腕の勢いを流され、逆に毒蜂の掌底が胸部へと迫る。だが、今の一撃は囮。

「蹴り穿つ――――!」

流された勢いすらも利用して七夜はその場で跳ぶようにしてさらに身を捻ると、大気を切り裂き、天をも穿つ蹴りを毒蜂の顔面めがけ見舞う。

だが、相手の裏をかいたはずのそれさえも毒蜂に届くことは無かった。

毒蜂は刹那の前にそうしたように七夜の足と自身の顔の間に手を差し入れ受け止めると、再び卓越した技術で衝撃を流したのだ。

「……驚いたよ。この砲撃のような見事な蹴り……これは過去の七夜が使っていた技と同じものだ。しかし……だからこそ腑に落ちないね」

なおも話し続ける毒蜂の言葉の最後を聞く前に七夜は留守になった両手を地面につき、腕の力だけで大きく跳躍すると五メートルほどの距離をとった。

「私の記憶に相違がなければ、七夜が滅びたのは十年以上前のことになる。どう考えても、君がこれほどの技術を身につけていることと辻褄が合わない……」

「……くだらん。何を言うのかと思えば……そんなくだらんことか」

気紛れに耳を傾けたその内容はひどくつまらなく、ひどく無粋なものだった。その万の宝石を凌駕するほどの美しさを垣間見せる魔性の瞳に明らかな侮蔑と嘲笑を込め、七夜は正しく吐き捨てるように言葉を投げかけた。

「そんなこと、これから殺される貴様には関係の無いことだ」

重心を低く、それこそ地面に這い蹲るかのように腰より下に身体を持っていき、七夜は跳んだ。

地面を――――石柱を――――空中さえも足場として縦横無尽に翔るその様は奇天烈にして奇怪。

まるで、この闘技場のありとあらゆる所に蜘蛛の巣が張り巡らされているようだ。

「フ……なるほど。確かに、この闘技場は見方を変えれば木々が立ち並ぶ森と同じ。君にとってはこれ以上ないほどの好条件とも成りえるね。だが……」

独白を続ける毒蜂など気にもせずに七夜は己の使命を果たさんと、毒蜂の背後にある石柱の側面に蜘蛛の如く四肢をつけると、極点が見える頭部目掛け一気に跳躍した。

獲物に飛び掛る蜘蛛そのものを体現した七夜は獲物たる毒蜂を最適に解体できるように己の牙たる七つ夜を持ち直す。

この瞬間、喜劇と悲劇と惨劇の舞台からはわずかに舞台に立つことを許されていた七夜志貴という人間は隅へと消え、舞台に残るのは獲物を解体するために存在し、夕焼けの淡い光の中でなお美しく輝く魔性の閃光と化した七つ夜という名の小道具と対象を無慈悲に殺すためだけに存在する七夜志貴。

奔る七つ夜は空気を切り裂き、まるでそこに往くことが定められた運命のように毒蜂の首へと吸い込まれていく。

「見えていれば、それは脅威になりえない」

鼓膜を打ち、聞こえてくるその声は幻聴か、はたまた悪夢か。

「……なるほど。貴様はそうゆう存在だったな。クククッ、過去の七夜の者が殺せなかったわけだ」

獲物を捕らえることなく地に降り立つことになった七夜はゆっくりと立ち上がり、自らの側面に佇む毒蜂へと振り返る。

「いや、遠野を差し置き最強を名乗るだけのことはある。まさか……『蟲』そのものの能力を宿し、死角が存在しないとは」

楽しげに語るその言葉に含まれるのは幾らかの感嘆と畏怖の念。

七夜の言うとおり、毒蜂には人の言うところの死角というものが存在しない。身体を構成する蜂達の数億にも上る目が完全に毒蜂の死角を殺しているためだ。

切り裂いても死なず、急所すらなく、死角さえなく、さらには……自らを超える戦闘経験から生まれた技術。

まさに七夜にとって毒蜂は吸血姫以上に最悪に相性が悪い厄介な相手といえる。

「それがわかった君は、いったいどうするんだね?先ほどの蹴りと移動術は見事だが、それだけでは私に勝つことはできない。どうだね?負けを認めて私に教えを請う気はないかね?私は七夜の技を知り尽くしている。おそらく、君以上にね。それを君が覚えれば、間違いなく史上最強の退魔となることができる」

絶えず余裕をかもし出しながらいつか蛮にも告げたその言葉を毒蜂は紡ぎ、自らの思う理想という名の至高のために七夜を誘う。

「ふん……くだらん」

しかし、七夜はその誘いを一蹴し、ただただ笑う。目の前の愚か者を煽るかのように……

「負けを認めろ、だと?笑わせるなよ、バケモノ。なぜこれから俺に殺される奴などに折れねばならん」

ここにおいて、七夜はなおも勝つのは自分だと絶対の自信を以って宣言した。

それに対して毒蜂は怒るわけでも呆れるわけでもなく、まるでその返答がわかっていたかのようにどこまでも穏やかに微笑んだ。

「フ……やはりこうなるか。美堂君といい君といい……どうやらよほど人に教えを受けるのが嫌いらしいね」

「同じことを言わせるな。これから死ぬ者にどうやって教えを受けるかが問題なのだ。ああ……そういえばすっかり忘れていたが、貴様に言っておきたいことがある」

「なんだい?」

さして警戒することすら聞き返した毒蜂に対し、ニタァと、まるで音が聞こえてくるほどに七夜の口が裂けるように歪む。

「慣らしは、終わりだ」

それは誰に投げ掛けることもなく、己の中に広がる抑えきれない羨望を込めて紡がれたのだろう。

この時、毒蜂は確かに見た。

いや、感じた、の方が近いだろう。

絶望と死によって編まれた冷たく凍て付くような北極の風の如き旋風がその頬に優しく、無慈悲に迫るのを。

「ッ!?」

驚愕は一瞬に。夢想すらしない現実という名の悪夢を直視した毒蜂はわずかに、ほんのわずかに反応が遅れた。

刹那の後、何か、丸いものが、空を舞う。

「ほぅ……思ったよりもよく動く」

感嘆の声が響くのは先ほど毒蜂によって破壊された石柱の瓦礫の上から。

そこを仰げばまるで当然のように人影があり、いっそう不自然な光景があった。

一瞬……それを形容するのに、これ以上相応しい言葉など無い。

なぜならその瓦礫の山は、毒蜂の背後に存在していたものなのだから。

七夜の取った行動は実に単純で、わかりやすい。

ただ背後でうるさい蟲に向けてその刃を振るっただけだ。

しかし、その技巧、疾さは今までの七夜のそれが霞むほどだ。

今までの技巧ですら遠野志貴では再現不可能であろう。だが、この七夜志貴という七夜の申し子にとってはそれすらも児戯に過ぎないというのだろうか。

だがそれでは……

「フ……困ったよ。この帽子は気に入っていたのだがね」

……その凶刃でさえ倒れぬこのバケモノは、いったいなんだというのだ。

無残にも切り裂かれた帽子を地面から拾い、佇むその姿には一見すればなんの脅威すら見当たらない。

しかし、この場で七夜は、七夜だけはわかった。

コレは違う。今までとは違う。


――――ようやく本気になった、と。


静かに毒蜂から立ち上る闘気はそれ自体が圧力を持ち、人間の根本的な意思が知らず志貴の身体全体を微かに震えさせる。だが、それは恐怖からくるものであるはずがない。なぜなら、人間とは闘争の中に生きるもの。ならばこれは恐怖ではなく、これから始まる『殺し合い』を心待ちする人の業か。

抑えきれない歓喜は目の前の獲物に愛おしささえ感じ始める。そして七夜にとっての愛おしさとは、殺害の対象に他ならない。

「さぁ、殺し合おう……」

ここに『試合』をへて、『死合』をへて、『殺し合い』の幕が開き。退魔と混血は三度目の衝突をした。


それは、ただただ単純な他者の生命の貪り合いだった。

何も無かった虚空に至高の芸術品の如き美しい銀の軌跡が生み出され、

生命の象徴たる闘気によって包み込まれた蜂達は摂理から逸脱した弾丸となる。

その中心で戯れるのは二匹の狩人たる『蟲』。

一匹の名は蜘蛛。

巣を張り、それにかかった獲物を貪る冷酷な暴食者。

一匹の名は蜂。

巣を作り、女王蜂の命ならば死すら恐れぬ無心の収穫者。

蜘蛛は跳ぶ。その特異な移動術をもって獲物を身動きの取れぬよう絡めとるために。

蜂は飛ぶ。その身に包まれた光によって音速にも達しよう速さをもって女王蜂の敵を討つために。

それらは飽きることなく衝突を繰り返し、やがて一つの芸術としてそこに生まれる。

もしもこの芸術に名をつけるとしたら、これ以上に相応しいものはないだろう。


その名は……『自然』


バケモノが――――

胸の内でそう吐き捨て、七夜は無表情の中にわずかな苛立ちを浮かばせる。

すでに衝突は百にも達するだろう。だが、それだけの衝突の中にあっても両者は健在であり、それどころか目立った傷さえ見当たらない。

この三度の衝突の時から続く舞闘はある程度の硬直状態になったといえるだろう。

それというのも二人の秀でた能力によるものだ。

まずこの時、七夜は速さと精確さでは毒蜂に勝っていたが、同様に毒蜂も力と空間把握能力が七夜を大きく凌いでいたのだ。

七夜が悪態をついたのもそれが原因だ。力だけならば当たらなければどうということではないが、問題はその超越した空間把握能力。

どこにいようと、どこから攻めようとその目は全てを捉え、相手の動きを文字通り殺す。


これほどか――――

だが、七夜がそう感じているように毒蜂もまた七夜のことを胸の内で賞賛していた。

その速さも精確さももちろん驚くべきことだが、まず何よりも注目すべき点は七夜の生み出したその移動術を完全に自分のものにしている点だ。

毒蜂は何度も七夜の者達と戦い、その度にこの『凶蜘蛛』と呼ばれるこの移動術を見てきたが、これほど見事なものは見たことがない。

なにせ、自らの数億の目をもってしても動きが捉えきれていないのだ。

前と思えば後ろへ――――上と思えば下へ――――右と思えば左へ――――

最後に捉えた姿と今までの戦闘経験から次の移動箇所を予想して対処しているが、それ故に反撃といえば蜂達を飛ばす程度に止まっているのだ。

「……やはり、君は素晴らしい。しかし、だからこそ残念に思うよ」

側面から迫る七夜に今までどおり光る蜂達を出現させ、そこにスッと、淡く光る片腕をむける。

「ここで君の才能の芽を摘むことになることが」

その片腕から吐き出されたのは、他を圧倒する正しく『暴力』の塊だった。それに続くように蜂達もマシンガンの如く打ち出され、七夜へと殺到する。

だが、それで七夜を止めることなどできはしない。

一太刀で二匹、三匹と蜂を屠る七夜はすぐさま安全路を確保すると爆発的に加速し、一気に毒蜂の懐に潜り込み、身を捻ると先ほどと同じように蹴りを繰り出した。

「蹴り穿つ――――!」

先ほどとは比べることさえ愚かに感じられるほどの渾身の蹴りはなんの抵抗も無く毒蜂の胴体へと吸い込まれ、その身体を吹き飛ばした。風に飛ばされる紙のように宙を舞った毒蜂はその勢いのまま背後にあった石柱に激突し、石柱を根元から叩き折って瓦礫の中へと姿を消す。

一瞬の静寂。

次に沸き起こったのは観客からの歓声だった。

会場のいたる所から響く歓声は闘技場を包み込み、七夜を称える。

だが、七夜はその歓声をまるで聞いていない。いや、聞こえていない。脳内に、細胞に、本能に痺れるような電気が奔る。

警報が鳴り響く。警告が怒鳴り声となって響く。

終わっていない。アレはまだ終わっていない。アレは……起きる。いや……真に、変わる。


「最終陣形 『蜂王陣』」


歓声を割って耳に入ってきたその言葉を七夜が認識した瞬間、吹き上がった暴力たる気によって巨大な瓦礫が小石のように空を舞った。


足音が、響く。


瓦礫の中心だった箇所から、砂塵に覆われたそこから、静かに、それでいて相手に恐怖と絶望を与える足音が、七夜へと近づいていく。

「確かに、七夜の対混血技巧は一つの完成形といえる。だが、それはあくまで混血という範疇に含まれた場合だ」

ただ喋る。それだけの動作で、大気が漏れ出す気によって微かに震える。

「志貴君……私は、君の中にあるものが見てみたい。だからこそ、私もこの最終陣形でお相手しよう」

振るわれた手によって砂塵は霧散し、そこに絶望が姿を現す。

「美堂君は私さえも超える純粋な『暴力の塊』となって私に敗北を与えた。ならば君は、いったいどんな塊となって私に敗北を与えてくれるんだい?」

現れた毒蜂の姿は汚れが目立ち、その身を包む服のいたる箇所が破れ、スーツなどはほとんど原型を保っていない。しかし、そんなことは関係ない。なぜならこれは違うのだ。


あつく、アツク、熱く、胸の奥が燃える。


つめたく、ツメタク、冷たく、頭の奥が冷える。


このまったく違うものに対して身体は勝手に興奮し、頭は冷水をぶちまけられたように冷えてくる。


ああ、なんだ……つまりは、そういうことか――――

まるで喉に引っかかっていた魚の骨が取れたかのような清々しさとともに納得した。


「決まっている」

笑う……なおも、笑う。これだけの絶望を目の前にして、七夜はなおも子どものように笑い続ける。


吸血鬼……遠野志貴の元から離れることのない異端の一つ。

だが、所詮は国外から現れた日本にとっては異物な存在。

古来より存在する七夜にとっては本来相手をする必要が無かった異端に過ぎない。

それならば、いったい七夜は何を相手にするのか?

これも実に簡単な事だ。日本で生まれた異端を殺せばいい。

故に真に相手にするべきは――――


「俺は俺の名に賭け……『死の塊』となって、貴様を殺しつくそう」


――――こいつらにこそ、ある。


あとがき


……すみません。

三編で終わらせると言っておきながらこのまま四編に分ける事態になってしまいました……

意図して長くしようという気はないんですが、どうしても必要以上に長くなってしまいまして……

ですので、もう少しだけこの副将戦にお付き合いください。次で必ず終わらせますので。

まぁ、はっきり言って次の大将戦がどれぐらいのものになるかまったく考えていなかったりするわけですが、できるだけ一話に収めようと努力させていただきます。

問題はむしろ……銀次ですね。

原作で今かなりすごいことになっていますので……収拾つくんでしょうか?

あ、銀次については色々と設定等は考えていますのでご心配なく。

もっとも、少し考え方を変えてみればアルクェイドを相手にするならアレぐらいじゃなきゃ面白くありませんが。

前置きが長くなりましたが、本編について少し語ります。

今回ある意味かなりこのSSの根本に触れたわけですが……できればわかった方も名前は出さないでください。その方が楽しんでもらえると思いますので。

戦闘の方では七夜が毒蜂と互角に渡り合ったわけですが……けっこうこの二人は戦闘に有利不利になる接点があります。この大会ではクロスさせる以上こういった作品ごとに何々があるだろうなという予想の上で成り立っていますので、もしかしたら何気ない接点でとんでもない人物などと知り合いという人物もいるかもしれません。ちなみにこの大会に参加している人物以外にも色々な関係がある人達がいます。

なお、一応。もちろんこのまま終わらせるつもりはありませんので。


番外編はそれぞれの作品を二、三作ずつ別々にクロスさせ、短編の形式になる予定ですが、まだ作品を決めかねていますので、発表できそうにありません。もしかしたらレスにて発表することになるかもしれません。

それでは次回、黄昏の式典 第十話〜殺人の目覚め、雷の咆哮:始まりの時・後編〜その3をよろしくお願いします。

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