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「黄昏の式典 第十話〜殺人の目覚め、雷の咆哮:始まりの時・後編〜その1(月姫+奪還屋)」

黒夢 (2005-07-26 17:24/2005-08-06 22:31)
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闘技場中央――――

先の秋葉による最後の一撃によって円形状に平地になったそこに、二人の人影があった。

片やメガネをかけ、学生服を着た一見すればどう見てもごく普通の高校生である遠野志貴。

片や顔の半分を蜂の巣に覆われ、どこか幽鬼のような雰囲気をかもし出している毒蜂。

明らかにおかしく、明らかに不釣合いな試合だが、この二人のことを知っている者であれば逆にこれ以上に相応しい試合などないと思うはずだ。

なぜなら、遠野志貴は日本最強の退魔の一族、七夜唯一の生き残り。

なぜなら、毒蜂は日本最強の混血の一族、鬼里人の七頭目が筆頭。

退魔と混血。

遥か太古から争い争われ、殺し殺される飽くなき闘争を繰り広げてきた二つの血は、今この場を持って新たな歴史をこの地に刻む。

そう……どちらかの敗北という避けられぬ結果によって……


黄昏の式典 第十話〜殺人の目覚め、雷の咆哮:始まりの時・後編〜前編


「もう必要ないと思うが、改めてはじめましてと言わせてもらうよ。遠野志貴君。私は毒蜂。鬼里人において七頭目の地位にいるものだ」

腰にまで届く長い髪と足首まであるスーツを時々吹く風に揺らせ、毒蜂はこれから戦うことになる相手に向けるとは思えない、まるで親しい友人に向けるかのようにその端整な顔にとても穏やかな微笑みを浮かべる。

「…………」

だが、対する志貴に言葉はない。それどころか、こうして向き合い始めてから常に緊張した面持ちで毒蜂を射抜いている。

その脳裏に浮かぶのは、昨日の深夜のことだ。


特にすることもなく部屋に備えられたベッドで身体を休めていた志貴は不意にドアを叩く音に気づき、身体を起こした。

(誰だ……?)

若干訝しげに扉を開けると、そこには普段めったに見ることの無い顔を曇らせた秋葉が立っていた。

「どうしたんだ?こんな時間に……」

いつもとは明らかに違うその様子に幾分かの疑問を胸の内に宿すが、それを表に出すことなく、志貴は目の前に立つ秋葉に声をかける。

秋葉は顔を上げると不安げに志貴の顔を見つめ、若干の躊躇いの後に口を開いた。

「兄さん……もしもあの毒蜂という人に当たることになったら、気をつけてください」

「え……?」

何の前振りもなく告げられたその言葉に思わず呆然とした声が漏れるが、次に告げられた言葉によってそれは驚愕に染まった。

「あの人は、私の知る限り混血の中で軋間紅摩と同等の力を有した人です」

「!?」

軋間紅摩――――紅赤朱としての能力を自在に操り、最強と謳われた退魔、七夜を実質的に壊滅させた遠野家最強の人物。

そんなバケモノと同等の存在……驚くなというのが無理な話だ。

「あの二人にはもうこのことは話してあります。兄さん……もう一度言いますが、当たることになったら十分注意してください。おそらくあの人があのチームで最強のはずですから」

それだけ言い残し、秋葉は去っていった。

残された志貴は秋葉の言葉を胸の内で何度も繰り返す。

ちなみに、どうでもいいことだが秋葉がすぐに志貴の元から去ったのにはわけがある。

別にそう難しいことではなく三人がお互いを見張りあうために苦渋の決断として同じ部屋で過ごしているためだ。秋葉としても試合の前日に体力を消耗するかもしれない愚を冒すつもりはなかったというわけだ。


そうした事が背景にあり志貴は常に警戒していたのだが、正直、軋間紅摩に匹敵するというのは言い過ぎていると思っていた。


そう――――あの渾身の一撃を止められるまでは……


怒りで周りが見えていなかったとはいえ、手加減無しの一撃が受け止められ、ましてや止められるまでその存在すら感知できなかったのだ。

これでどうして緊張せずにいられるだろうか。

そんな志貴を見つめ、毒蜂は一度、フ……と闘気の欠片も感じさせずにごく自然に微笑む。

「そう警戒することもないよ。まだ、試合は始まっていないからね。それより……少し話をしないかい?個人的に君には聞きたいことがあってね」

「…………?」

いったい何を知りたいと言うのか?言葉には出さずにそんな疑問に襲われた志貴だったが、その沈黙を肯定と取った毒蜂は口を開く。

「なんてことはないよ。ただ、君が何者なのかを、ね」

まるで全てを見通すかのような底の見えない瞳と目が合い、志貴は息を呑むが、その言葉の真意を測りかね、さらに疑問を深めると眉を顰めた。毒蜂はそんな志貴の様子が楽しいのか、はっきりと見てわかるほどに笑みを深める。

「わからないかい?なら言い直そう。こうやって対峙しているだけで、私の業がざわめくんだ。まるで君の持つ何かに恐怖するかのようにね」

それを聞いたとき、ドクンッと、志貴の心臓が跳ね上がり、一筋の汗が額から頬へと伝う。

志貴は胸の内で叫ぶ。気づかれている。自身の持つ切り札に、気づかれた、と。

「……どうやら図星のようだね。フフ……柄にもなく楽しみだよ。いったい君は私に何を見せてくれるんだい?」

そこにあるのは無粋な詮索などではなく、ただ単純にこれから楽しいものを見ることができることへの子どものように純粋な喜びのようであった。


「副将戦!志貴選手VS毒蜂選手!!始め!!」


試合が始まり、志貴は素早くポケットから愛用の収納式の短刀、七つ夜を取り出すと油断なく構えを取る。

だが、対する毒蜂は構えを取るどころかポケットから手を出そうともせずに、余裕とも取れる微かな微笑を浮かべ、悠然とたたずんでいた。

しかし……志貴の本能は絶えず最大級の警報を持って忠告してくる。

構えを取らないからどうした。ポケットに手を入れてるからどうした。これには、そんな些細なことなど関係のないことだ、と。

なぜなら、志貴はこうして恐怖している。今まで幾多の人外を相手取り、日常でも阿鼻叫喚の地獄絵図のような騒動に巻き込まれているにもかかわらず、目の前で何をするわけでもなく佇むだけのこの男に、志貴は戦慄していた。

だからか、志貴の腕は自然に顔へと持ち上がり、メガネのふちを手に取ると、ゆっくりとそれを外した。

そしてその在りえないものを見る異能の眼を毒蜂へと向け――――そこに、在りえないものを見た。

「なっ……!?」

思わず漏れた声は驚愕としての響きを含み、虚空へと消えていく。

(真ッ……黒!?)

その視界に写った毒蜂を表現するなら、それが一番しっくりくる。それほどまでに毒蜂の首から下は絵の具で塗りつぶしたかのように絶えず轟き続ける漆黒が広がっているのだ。

志貴は今までこの『直死の魔眼』で数々のものの死を見てきた。

イス、ベッド、地面、壁、人、死人、死徒、アルクェイド、ネロ・カオス……上げればきりがないほどの死を見つめ、あるいはそれに死を与えてきた。

だが……コレは違う。コレは、存在自体がありえない。こんなにも死で満ち溢れたものがこの世にあること自体、ありえるはずがない。なぜなら六百六十六のケモノの因子を内容したネロ・カオスですら、これほどの死はなかった。

なら、目の前にいるこの『死に易い』存在はなんなのだ。

「ぐッ……!」

眼に、脳に今まで感じたどれとも違う痛みが走る。当然だ。何かはわからないがいづれにしろこれほどの『死』を一度に見たのだ。脳の神経が焼き切れなかっただけでも律儀なものだ。

「来ないのかい?志貴君」

声が聞こえる。だが、それに答えることはできない。痛みがまるで焦らすかのようにゆっくりと脊髄を通り脳髄に伝わっていく。気を失ってもおかしくない激痛、吐き気に絶えず襲われ、志貴はポタポタと額から夥しい量の汗を流し、それでも何とか毒蜂を直視し、乱れた構えを気丈にも持ち直した。

「来ないなら、私から行こう」

宣言と共に毒蜂は軽く志貴に向けて腕を振るう。ただそれだけのことで、突如として毒蜂の右腕は崩れ落ち、無数の蜂へと変貌した。

「ッ!?」

声も無く志貴は襲い来る蜂の群れを見つめ、絶え間ない無数の羽の音に鼓膜を襲われ、まるでミキサーに入れられたかのように頭の中が歪んでいく。


――――せ


――――退魔が、ざわめく


蜂は瞬く間に志貴の眼前へと迫ると周りを包囲し、いっせいに志貴に蜂の真骨頂でもある毒針を向け襲い掛かった。

「クソッ!」

思わず悪態をつくが、志貴は一度大きく後方へと跳び、蜂の群れと自身の距離をわずかながらに開ける。そして手に持った七つ夜を数匹の蜂に向けて走らせ、次々と蜂を生無き死へと塗り替えていった。

だが、いまだに残る蜂達はその広い視界で瞬時に志貴の姿を捉えると目前に迫る死さえ恐れずに再び襲い掛かる。

(小さすぎるッ!!)

迫る蜂を切り、蹴落としながら志貴は焦りに表情を歪めた。

これが黒鍵などの投擲物ならばまだやりようがあるのだが、相手はとても小さく、しかも生きていて自由自在に飛び回るのだ。それでいて刺されれば毒が体内に進入し、死ぬことがなかったとしても確実に動きが鈍り、後に控えた本命である毒蜂によって倒される。その厄介さは志貴にとってネロ・カオスのケモノをも凌いでいた。

(こうなったら!)

横から迫る数匹の蜂を七つ夜の一振りで両断すると志貴は大きく近くの石柱へと跳躍する。そして石柱の側面に足をつけると先鋒戦でシエルが見せたように垂直に飛んだ。

どうゆう身体の仕組みをしているのかはわからないが、今なら毒蜂は片手を使用できないのだ。この絶対のチャンスを蜂如きに手間取って失うなど、それこそ愚の骨頂。

当然、目指すべき目標は毒蜂となり、志貴は死を体現した黒い矢となり、身体を無理に行使したことによって走る痛みを無視するかのように一瞬で毒蜂の背後に回りこむ。

(もらった!)

背後の志貴に気づいていないのか、毒蜂はここに至ってもまったく動こうとしない。だが、志貴にとってはこれ以上ないほどに好都合だ。志貴は着地の勢いも殺さぬままに毒蜂へと飛ぶように迫ると残った二の腕へと七つ夜の刃先を通し、躊躇なく切り裂いた。

脳髄から伝えられる激痛に耐えていた志貴はすぐさまポケットに入れていたメガネを取り出してかけると、うずくまって倒れているであろう毒蜂へと振り返り――――


――――一切の思考が停止した。


「え……?」

息が止まる。そこにあったのは絶対にありえない非現実。なぜならそれには神殺しを成し遂げることすら可能な『死』を体現した瞳による究極の執行の鎌を振り下ろしたのだ。

それなのになぜ――――

「どうしたんだい?志貴君。私に何かおかしいところでもあるのかい?」

毒蜂にはおかしいところなど、まったくない。それが異常。それが矛盾。それが疑問。


なぜ――――


――――『殺した』はずの腕があるのか。


「な……ん、で……」

目の前の現実が信じられない。右腕が戻っているのはまだわかる。本人がそういったことをやったのだから元に戻すことができるのは至極当然だ。

だが、しかし、なぜ、なんで、『直死の魔眼』によって死をはっきりと捉え、切り落とした筈の左腕が、何事も無かったかのようにそこにあるのだ?

「不思議かい?切り裂いたはずの腕がこうしてあることが……」

まるで見せ付けるかのように左腕をポケットからゆっくりと、無駄の無い動作で出し、毒蜂は志貴によく見えるように持ち上げる。

「そうだね……私の足元を見てごらん」

混乱がいまだに覚めない志貴は言われるがままに視線を毒蜂の足元へと移す。そこには数十匹にも上る蜂が身体のどこかしらを切り裂かれ、絶命していた。しかし、なぜあんなところで死んでいるのか?その疑問を抱いた時、志貴はあることに気がついた。

身体を覆うかのような異常な死。

腕が崩れ、襲ってきた蜂の群れ。

そして、足元に転がっている蜂の死骸。

ああ……どうしてこんな簡単なことに気がつかなかったのか……


そこから導き出される答えなど、一つしかないというのに――――


「まさか……あんたの身体は……」

驚愕に顔を青く染めた志貴は目を見開き、唖然とした面持ちで震える声を漏らす。そんな志貴を見つめ毒蜂は薄く微笑むと、志貴の頭に浮かぶ、認めてほしくない空想を事実という烙印をもって肯定した。

「そう。私の身体は蜂の集合体だ。今、君が切ったのは私の腕を構成している蜂達の一部に過ぎない」

淡々と語る毒蜂の言葉を聞いた志貴は目の前が真っ暗になった気がした。ならば毒蜂の身体には、いったいどれだけの蜂が、生が、死が満ち溢れているというのか。

「私からも一つ確認させてもらうが……君の能力は、その瞳だね」

「…………」

動揺を表情に出さないように志貴は無言を貫く。覚悟していたことだが、こうも容易く能力を見切られることになるとは思いもしなかった。

「フ……君はわかりやすいね。だが、その瞳は……私の戦ってきた七夜の持つ『浄眼』とはまるで異なる。それはもはや、『浄眼』ですらないのではないかい?」

「ッ!?あんた……七夜と戦ったことがあるのか!?」

何気なく毒蜂によって紡がれた言葉はこれ以上無い衝撃となって、志貴の脳内を駆け巡る。

「鬼里人はどんな混血よりもすぐ側に“業”を抱える一族だ。もちろん、七夜以外の退魔とも幾度となく戦ってきたよ」

毒蜂はまるで遠い昔を思い出すかのように夕焼けに染まる空を見上げ、ついで志貴へと視線を、蜂を乗せた指を向けた。

「そして彼等は例外無く、私の前に敗れていった」

すると指に止まっていた蜂が微かに光に包まれ、ついで大気があまりに膨大な気に振動した。

「ッ!?」

光が、暴風が毒蜂をまるで繭のように包み込み、その姿を覆い隠す。

近くの石柱を薙ぎ倒す台風の強風のような風に服や髪を揺らされるが、そんな些細なことはどうでもよかった。

「志貴君……私はこの試合、鬼里人七頭目筆頭として、私の知る限り最強の退魔だった七夜の生き残りである君に敬意を持って答えよう。我が『暴力』……存分に堪能するといい」

なぜなら、暴風が消え、そこにあった圧倒的な『暴力』の前ではそんなもの、何の意味も成さないのだから……

知らず一歩後退していた志貴は、おぼろげに理解した。


――――遠野志貴では、アレに勝つことはできない。


(黙れッ!!)

弱腰なその考えを一蹴すると志貴は再びメガネを外し、毒蜂を見る。

(ッつ!!)

途端襲う痛みは脳髄を掻き回し、志貴の神経一本一本にまで浸透していく。だが、それでも志貴は毒蜂から視線を逸らすことはない。

たかだか数万の死がどうした。この眼は混沌すら殺した魔性の瞳。ならばどんなに死が蠢こうと全ての死が直結する本当の死、『極点』が見えないはずがない。

毒蜂はその場を動かずに見ているだけだ。ならば、この時を除いてチャンスはない。

志貴は波のように襲い来る気絶しそうな痛みに耐え、そしてついに『極点』を見つけた。だがそれは、志貴を更なる絶望へと誘う事実に過ぎなかった。

(額……)

そう。確かに『極点』は存在した。だが、その場所はよりにもよって額……正確にはあの蜂の巣のようなものの辺りにあった。

このバケモノの額を突く……これがどれほど無謀で、愚かなことか、わずかに刃を合わせた志貴には嫌というほどわかった。

「そうだな……今度も私から行くよ」

そんな志貴の心中などわかるはずもない毒蜂はそう楽しげに宣言すると、一歩前に踏み出し、姿が消失した。

「ッ!?」

志貴は今までの思考を一瞬で切り替え、直感の導きに従いほとんど反射的に地を這うように身を屈める。

一瞬後に訪れたのは、背後から響く鋭い風切り音に加え、目の前に落ちる半ばから切り落とされた数本の自分の髪。

すぐさま転がるようにして近くの石柱の影に隠れると、再びメガネをかけ、七つ夜を強く握る。

そして再び襲い掛かられるあらゆる場面を予想し、志貴は極限まで神経を研ぎ澄ましてその時を待った。

だが、極論を言えば、その予想はことごとく外れることになる。

羽音に気づき、ふと顔を上げた志貴の目に飛び込んできたのは、ほのかに光る数匹の蜂。

それは、今まで幾度も感じた明確な死の臭いを感じさせた。

「くそッ!!」

自らの身体に迫る光蟲に悪態をつき、志貴はとにかく我武者羅に横へ大きく跳ぶ。

次の瞬間、志貴の背後にあった石柱は蜂が通り抜けた所が穴だらけとなり、無残にも轟音を響かせ崩れ落ちた。


――――ろせ


――――退魔が、誘う


(クソッ!あいつ、むちゃくちゃだ!!)

巻き起こった砂塵に紛れ毒蜂の背後に回り込んだ志貴は石柱の崩れる音と砂塵を隠れ蓑とし、針を落とすほどの音も響かせずに疾走する。目標は、先ほど確認した『極点』。

毒蜂は迫り来る志貴に気づいた様子はない。このおそらく最後になるであろうチャンスを生かすために七つ夜の刃先の輝きが毒蜂の首を一閃しようと走る。

このまま進めば、数瞬後には毒蜂の首は空を舞うだろう。


だが……実際に空を舞ったのは、志貴の身体だった。


「が、はッ……」

「フ……」

腹部に激痛を感じながらも、志貴は毒蜂の嘲笑とも取れる声が確かに聞こえた。だが、今起きた現実を思い出せば、そんな気すら水面に水を投げ打つ無意味さのように思えてくる。

(ウソ、だろ……)

空中を漂いながら、志貴はあの時……毒蜂の首に七つ夜が届きかけた、あの時のことを思い出す。

完璧だった。これ以上無いほどに、志貴にとって完璧な軌道を通り、七つ夜は毒蜂の首に達しようとした。

だが、それは毒蜂が振り返りもせずに無造作に背後へと伸ばした手がそっと志貴の腹部へと当てられた時にあっさりと意味の無いものへと変えられた。

その様はまるで、背中に眼があるかのよう。

手を添えられて感じた浮遊感に続けて訪れたのは、身体の奥から湧き上がる身を五体に裂かれたとさえ錯覚する衝撃だった。

「ぐッ……は……」

何とか体勢を空中で立て直し、足から地に降り立った志貴ではあるが、なおも残る激痛に膝をつく。

そんな志貴へと悠然とした足音を響かせ、毒蜂はゆっくりと近づいてくる。

志貴は痛む身体に鞭を打ち、一足で五メートルほど距離をとると、腹部を押さえながら立ち上がり、毒蜂と真っ向から向き合う。

「……どうやら、君は真の意味での七夜ではないようだね」

「な、にを……」

自分の身体の状態を確かめながら、少しでも時間を稼ぐために志貴は毒蜂に聞き返す。

「確かに君は今まで私が出会ってきた七夜の者達の中で最高の殺傷能力を保持しているよ」

話しかけながら一歩、毒蜂は前に進み出て、それに伴い一歩、志貴は後ろに下がる。

「それに君には美堂君と同等近い才能もある。それだけに悔やまれるよ。七夜が滅びることが無ければ、とね」

「何を、言いたいんだ……」

一歩、毒蜂が踏み込んでくるが、今度は志貴も後退しない。全身に力を入れてその眼をまっすぐ見つめ、志貴は次につむがれる毒蜂の言葉を待つ。

「はっきり言うよ。君は私が出会ってきた七夜の者達の中で、一番殺害技巧が低い」

「…………」

簡潔に告げられたその言葉に、志貴は何も語らない。

なぜなら、そんなことはわかりきっていることだからだ。

自分が本当の七夜には遠く及ばないことなど、あの夏の雪の日にすでにわかっている。

しかし、だからといって負けるわけにはいかない。この試合に負ければ終わりなのだ。だから、絶対に負けるわけにはいかない。


――――それじゃぁ、勝たせてあげようか……


「え……?」


その時、確かに志貴は、声を聞いた。


――――それには遠野志貴。君じゃちょーーーーと彼の相手は役不足だ。だから……


「グッ!?が、あ、あ、ああああああああッ!!」

頭が痛い。気持ち悪い。吐き気がする。体中の血が熱い。精神が、弄くられる。

「?志貴君……」

真剣な表情から一転して気の抜けた声を漏らしたかたと思えばいきなり頭を抱え倒れ込み、絶叫する志貴を毒蜂はこの試合が始まってから初めていぶかしげに表情を崩す。


抵抗する。抵抗する。抵抗する。抵抗する。抵抗する。抵抗する。抵抗する。抵抗する。抵抗する。


遠野志貴が抵抗する。身体の支配を譲らぬために。


抵抗する。抵抗する。抵抗する。抵抗する。抵抗する。抵抗する。抵抗する。抵抗する。抵抗する。


■■志貴が抵抗する。このまま中で眠り続けるために。


だが――――

――――■■■■■■■■■■の作った術式は確実に『志貴』の身を、精神を侵食する。


それに逆らうなど、たかが人間如きにできるはずがない。


――――あははは!かくして殺人貴は息を潜め、これより殺人鬼によるおぞましくも素晴らしい試合ならぬ死合が幕を開けるよ!舞台監督は僕!主演は君達!そして脚本は……母なる混沌だ……


なすすべもなくそれが目覚め、これより第二幕の始まりを告げた。


「…………」

ゆっくりと……一切の生気が取り除かれた幽鬼のように、砂塵が舞う中において物音一つ立てずに立ち上がった志貴は無言で顔をうずかせる。

明らかに先ほどと雰囲気が変わった志貴を毒蜂は静かに、若干の緊張を交えて見据えていた。

なぜなら、毒蜂はコレを……この夜の森の中に迷い込んだと錯覚させる雰囲気を知っている。

その奇怪な動きは蟲のそれを凌駕し、その気配は蟲の囀りほども察知することはできず、その技術は至高の芸術。

その時、何の前触れもなく、志貴の姿がぶれた。

「!?」

完全に虚をつかれた毒蜂はとっさに身を捻り、そのコンマ数秒後に冷たい疾風がすぐ横を通り抜ける。

見れば、その長いスーツはあの一瞬の間に無残にも切り裂かれていた。

「…………」

毒蜂は無言で振り返り、そこに長く伸びる影を見る。

目前にある石柱の頂上を仰げば、そこには両手を広げ、血のように紅く染まった夕焼けを背にして佇む、人影。

「……君は、誰だ?今までの遠野志貴ではない……君は、誰なんだ?」

馬鹿馬鹿しくも思えるその問いかけをするのは信頼する異常に発達した直感からか。

今まで幾度と無く命を救ってきた直感は、この志貴を見てから絶えずこう告げている。


コレは――――『遠野』志貴ではない、と。


「クッ……あ……はははっ……ハハハハハハハハハハッ!!俺が、誰かだと?なぜそんな当たり前のことを聞く?そんなこと、決まっているだろう?」

『志貴』は笑う。どうしようもなく愚かで、これぽっちも意味の無いその問いかけを、額を押さえ、天を仰ぎながら笑い続ける。

そして、『志貴』は自らの凶器を誇示するかのように『七つ夜』を毒蜂へと向けると、呪詛を唱えるかのようにソレを紡いだ。

「――――俺は、お前を殺すものだ」

口の端が歪に歪み、志貴は再び紅い夕日を背に両腕を獲物を貪る獣の顎の如く広げる。

毒蜂は呆然と『志貴』を見つめ、肝心なことを思い出した。

(これは……そうか、そう言うことか……)

不意に微かな笑みを浮かべ、毒蜂は思う。

その奇怪な動きは蟲のそれを凌駕する。だからどうした。

その気配は蟲の囀りほども察知することはできず。だからどうした。

その技術は至高の芸術。だからどうした。

そんなもの、この一族が成合とすることのために必要だから生み出したに過ぎない。

見よ。あの姿を。夕暮れを紅い血とし、石柱を舞台として立つアレを。

アレは……アレこそが……コレこそが――――七夜が『七夜』たる所以。


「吾は面影糸を巣と張る蜘蛛。ようこそ、この素晴らしき惨殺空間へ――――」


――――ころせ


――――退魔が、目覚めた


始まりはここに宣言され、ソレは開幕する。


これより始まるのは『試合』ではなく、華麗で、綺麗で、凄惨で、残酷で、何よりも美しい『死合』。


これよりこの場は――――二匹の『蟲』が蠢く狩場となる――――


あとがき


ご愛読ありがとうございます。

今回の話は予想以上に長くなってしまったので前編、中編、後編の三つの構成とさせていただきました。

毒蜂の身体の設定は正直かなり悩みましたが、こういった形にさせてもらいました。その理由ですが、毒蜂と同じような例としてネロ・カオスと比べてみます。

ネロ・カオスの場合は『ネロ・カオス』という個を無くすことで様々なケモノを宿すその身を『ネロ・カオス』という群体としているので、分身が『直死の魔眼』で切られたりすれば一つの『ネロ・カオス』自身が死んだことになり、『ネロ・カオス』自身を構成するものが一つ死にます。

しかし、毒蜂の場合は『毒蜂』という明確な固の周りに身体を構成する群体としての『蜂』が集まっていると解釈しました。つまり、『直死の魔眼』で捉えた蜂は蜂自身であり、毒蜂自身には直結しないということです。その根拠として毒蜂の身体から放れた蜂が死んでも毒蜂自身にはなんの影響もない。身体の半分以上を吹き飛ばされても死なず、おそらく痛みも感じていないなどが上げられます。

これらのことから毒蜂はあくまで女王蜂の存在であるとしました。

『極点』については私の想像です。どう見てもあの顔にある巣が怪しいので。

まあ、正攻法で倒す方法としては本人曰く欠けた部分を他の蜂が補うまで0コンマ1秒ぐらいの間があるらしいので、それを上回るスピードで毒蜂の身体を破壊するというのがあります。

ちなみに原作において蛮はおそらくこの方法で毒蜂を倒しています。

次回の中編はできるだけ近いうちに投稿しようと思います。それと、おまけなどは後編に入れる予定です。

それと参戦作品ですが、中編にてどれを出すか発表します。

それでは次回の中編もよろしくお願いします。

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