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「ある少年達の選んだ道 第05話(SEED)」

霧葉 (2005-07-27 23:13)
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 男性軍属用の青い軍服に着替えたカズイは、ヘリオポリスのカレッジで見たことがあるような気がする型の通信端末の前に座っていた。
 通信を担当するカズイの他に、副操縦士を担当するトールの姿が艦橋の前の方にあり、CICにはサイと、女性軍属用のピンクの軍服を着たミリアリアがいる。

 ピンク。
 目に留まったその色に、カズイは思わずげんなりとする。
 軍服はザフトの方がカッコイイよな、とはトールの言だが、軍属用の軍服に関してはカズイも全く同感だった。
 だが、正規兵の軍服に関しては、ザフトの緑よりも連合の白の方がカッコイイだろ、とカズイは思っている。
 まあ、ザフトの誇るトップエリートの証、赤服に比べればどれも劣るのは確かだが。

 戦闘前だというにも関わらずそんなことを考えているカズイの視線の先で、ミリアリアは戦闘前だというにも関わらずどこか嬉しそうな表情をしている。
 モビルスーツ及びモビルアーマーの戦闘管制を担当するミリアリアのヘッドセットに付いたマイクは、今、ストライクのキラに繋がっている。
 戦闘中の情報伝達のためとは言え、キラと言葉を交わせる役目だからだろう。
 ミリアリアは嬉しそうだ。
 キラも気づいてあげれば良いのに、とカズイは苦笑する。

 キラに向かって呼びかけながら、ミリアリアはクスクスと笑っていた。
 キラが何か冗談でも言ったのだろう。
 彼はいつもそうだ。
 どんな困難に遭っても冗談交じりに笑いながら立ち向かっていく。
 『異世界』に飛ばされ、自分を取り巻く全ての環境が一度リセットされる、などというとんでもない困難にも。
 事故の後、面会謝絶が解かれて見舞いに行ったカズイ達に、キラは全ての事情を語った後、どうにかなるさ、と笑ってみせたのだ。
 能力でもなく、技術でもなく、知識でもなく、そんな心の強さにカズイは尊敬の念すら抱いている。

『キラ・ヤマト、ガンダム、行きます!』

 艦橋のスピーカーからキラの声が響き、カタパルトで加速されたストライクが、勢いよく飛び出していくのが見えた。
 カズイは気持ちを切り替え、自分の仕事に集中する。
 親友の戦いを少しでも楽にするために、自分は今、ここにいるのだから。


   第05話 それぞれの戦い、それぞれの強さ


 着慣れないパイロットスーツに身を包んだキラは、ストライクの発進準備をしながらフラガが説明した作戦を思い起こしていた。
 フラガが隠密先行して前方の敵戦艦を奇襲し、撤退に追い込む。
 その間キラがアークエンジェルを守る。
 言葉にすれば簡単だが、実行するとなると難易度は飛躍的に上がる。
 時間限定とは言え、四対一という戦力差を凌ぎきらなければならないのだ。
 しかも個々の機体性能は同等で、パイロットの練度は向こうが上。
 はっきり言って無茶だ。

『キラ』

 そんなキラの思考を断ち切るように、聞き慣れた声がスピーカーから響く。
 顔を上げ、視線をサブモニターに向けると、見慣れた少女の姿があった。

「ミリアリアじゃないか。どうしたんだ?」
『以後、私がモビルスーツ及びモビルアーマーの戦闘管制となります。よろしくね』
「ああ、よろしく。それにしても軍服にピンクって、地球軍の軍服をデザインした奴はどういう頭してるんだろうな」
『良いじゃない、可愛くて。私は結構好きよ。それよりも、私は和服以外のキラがすごく新鮮』
「だろうな。さっき軍服に着替えるとき、着方をわざわざ思い出さなきゃならんかったくらいだ」

 キラは軽く肩をすくめる。
 モニターの向こうでクスクスとミリアリアが笑っている。
 どうやら緊張で硬くなっていたりはしないようだ。

『無駄話はそこまでだ。キラ・ヤマト、用意は良いな。装備はエール。アークエンジェルがふかしたら、あっという間に敵が来るぞ』
「了解」

 和やかなムードを引き締めるナタルの声。
 一度目を閉じ、キラは気持ちを切り替える。
 アークエンジェルがエンジンを始動させたのだろう。
 鈍い振動と後ろ向きのGを感じた。
 スピーカー越しに艦橋でのやり取りを聞くとも無しに聞くこと数秒。
 ついにキラに命令が下る。

『キラ・ヤマト! ストライク、発進だ』

 ナタルの言葉に、キラは目を開く。
 その瞳には、不敵な笑みと共に決意の輝きが宿っていた。

「キラ・ヤマト、ガンダム、行きます!」

 カタパルトのシグナルがレッドからグリーンへと変わり、急激なGと共にキラの駆るストライクは広大な宇宙に打ち出された。


 ストライクを発進させたキラは、モニターで戦場を概観する。
 前方からはイージス、後方からはデュエル、ブリッツ、バスターが迫ってくる。
 距離はイージスの方が若干遠いが、アークエンジェルの進行方向からやってくるため、こちらに到達するまでの時間はほぼ同じだろう。
 キラが『原作』から想定していた状況とほとんど変化は無い。

 せっかく向こうが戦力を分散させてくれているのだから、こちらが取るべき戦術は各個撃破だろう。
 それならば、どちらから撃破するべきか。
 普通ならば弱いところ、すなわち一機しかいないイージスの方から潰すべきなのだろうが、キラはあえて逆をとった。
 アスランは、少なくとも今回は『敵』ではないことが予想できるからだ。
 ヘリオポリスで僅かながら言葉を交わしたときの印象では、彼女はキラを敵として見ることができていないようだった。
 ならば、『原作』通りに今回の戦闘ではまず説得を試みようとするだろう。
 つまり、それは戦闘において自分から攻撃せずに回避に専念するということだ。
 守りに入った相手を倒すのは容易ではない。
 生身の戦闘ならともかく、相手に一日の長があるモビルスーツ戦でそれをする自信はキラには無い。
 仕留めきれずにいる間に後ろの三機が合流してくれば、それでジ・エンドだ。

「三対一か……」

 アークエンジェルから見て後方にストライクを飛翔させながら、キラは呟く。
 相手はこちらと同等の性能を持つ機体が三機。
 普通に考えれば勝てる状況ではない。
 だが、やりようによっては覆せる差でもある。
 ここ数時間の内に経験した三度の対モビルスーツ戦闘で、キラはいくつか付け入る隙を見つけ出していた。

 一つはザフト兵の動きの荒さ。
 コーディネーター全般に言えることだが、彼らは生まれつき優れた能力を持つため、向上心が薄いという欠点がある。
 技術、特に戦闘技術というものは弱者が強者に勝つために磨くもので、先天的にナチュラルに対して強者である彼らは技を磨くということをあまりしない。
 ザフトは市民軍であるため兵士も専業ではない、ということも大きいのだろう。
 結果、彼らの戦い方は機体性能と自己の反射神経や運動神経に頼ったものとなりがちだ。
 戦闘という一芸を磨きぬいたキラと戦う場合、それは決定的な弱点である。

 二つ目は油断。
 一つ目とも無関係ではないが、コーディネーターはナチュラルを見下す傾向がある。
 ストライクのパイロットがコーディネーターであることを知っていればまた違うのだろうが、それを知っているのは今のところアスランだけのはずだ。
 ミゲル辺りが実体験から何か注意を促しているかもしれないが、聞いただけでは油断を消すことはできない。

 三つ目は実戦経験。
 地球連合軍の試験機である五機のガンダムだが、これを使ってまともな戦闘を経験したのは今のところキラだけだ。
 これから戦う三人はヘリオポリスから母艦までの間を飛ばしただけのはずである。
 使い慣れているジンとの感覚の差が、まず間違いなく隙を生むだろう。

 そう言った隙に付け込み、うまく立ち回れば十分に勝てる。
 キラはそう判断していた。

 考えている内に彼我の距離は縮まっていく。
 接敵まで三十秒を切った。
 向かってくる三機の内、バスターが進路を変える。
 ストライクを迂回してアークエンジェルを攻撃するつもりなのだろう。

 『機体の性能が同等の相手ならば二対一で十分』
 『バスターはモビルスーツ同士の白兵戦には向かない』

 そういう判断なのだろうが……

「その油断、利用させてもらうぜ」

 ニヤリ、と不敵に笑う。
 三対一をわざわざ二対一にしてくれたのだ。
 この機を逃す手は無かった。

 みるみる内に近づいてくるデュエルとブリッツの姿。
 二機が別れ、別々の角度から襲い掛かってくる。
 牽制のビームライフルをかわしながら、キラはビームサーベルを引き抜いた。
 ライフルが役に立たない距離になる。
 デュエルもビームサーベルを抜き、ブリッツも右腕の盾からビームの刃を伸ばす。
 相対速度からタイミングを計ったのだろう。
 デュエルが、ブリッツが、ビームサーベルを振りかぶった。

「それが下手くそだっつってんだよ!」

 振る、という動作を人間はごく自然に行っているが、実のところその動きは作用と反作用が絡み合い、かなり複雑だ。
 無重力で、しかも慣れない機体でするべき動きではない。
 一瞬の、隙が生まれる。
 その瞬間、キラは抑え気味にしていたエールの出力を最大まで振り絞り、爆発的な急加速を得る。
 一瞬で間合いに入り、同時に右手で持ったサーベルを突き出した。
 最短距離を最速で疾った切っ先が、狙い違わずデュエルの機能中枢を貫く。
 今まさに振り下ろされようとしていた腕が、それきり動きを止めた。

「まずは一機!」

 呟くと同時に背筋にぞくりとくる殺気。
 瞬時にビームサーベルの刃を消す。
 デュエルに抱きつくようにして体を入れ替え、背後から襲い掛かるブリッツへの盾とした。
 振り下ろされようとしていたブリッツの長大なビームサーベルが、止まる。
 その一瞬の静止を見逃さず、ブリッツに向けてデュエルを蹴り飛ばし、反動で距離を取る。
 ブリッツはデュエルを受け止めると、しばし悩むように動きを止めた後、デュエルと共に撤退していった。

「これで二機、と」

 続けて呟く。
 ほっと、安堵の息が漏れる。
 敵を無力化する手段は破壊だけではない。
 行動の自由を失った戦友を砲火の飛び交う戦場に放置できるような者はそうそういない。
 『原作』を見る限り、ブリッツのパイロットであるニコル・アマルフィは絶対にそういう人間ではなかった。
 そして、予想通りニコルはイザークを助けるために撤退する道を選んだ。
 キラの策は、これまでのところ完璧に成功していた。

 だが、戦闘はまだ半分しか終わっていないのだ。
 気を引き締めなおしたキラは機体を翻し、バスターに向けてストライクを飛ばす。


 アークエンジェルに乗り込む民間人は一室に集まっていた。
 彼らが立ち入りを許可された部分のうち、唯一、船外モニターの設置されている会議室がその部屋である。
 誰に指示されたわけでもなく、ごく自然に。
 おそらく、誰もが一人ではいられない心境なのだろう。
 その中には当然、カガリ、フレイ、リサ、リョウコの姿もある。

 モニターに対面する席に座ったカガリは、祈るように手を組み、ただ一心にモニターを見つめていた。
 おそらく、今までの人生でこれほどまでに一つのことを心から願ったことは無い。
 無事に帰ってきてくれ、とそれだけをひたすらに願い続ける。
 それしかできない自分の立場が恨めしかった。
 これまでも立場ゆえにできないこと、してはならないことは数限りなくあったが、こんな気持ちになったことは一度も無い。
 整理できないその気持ちをそのままぶつけるように、カガリはモニターの中を駆けるトリコロールの機体を目で追い、一心に祈る。

 バスターの砲撃が、アークエンジェルの巨体を揺らす。
 激しい振動が、民間人の集まるこの部屋にも襲い掛かり、あちこちで悲鳴が上がった。

「ママ〜」
「大丈夫、大丈夫よ」

 まだ幼い女の子の泣き声が響く。
 自分にしがみついて泣きじゃくる我が子をあやす母親の声も、不安に震えている。
 そこに歩み寄る人影があった。

「大丈夫よ」

 歩み寄った少女の伸ばした手が、幼女の頭に乗せられる。
 驚いたように見上げてくる幼女の瞳に、少女、フレイ・アルスターは微笑みかけた。

「あそこで戦ってるのはお姉ちゃんの友達なの。その友達ってすごく強いのよ。あんな怖い人達なんて、簡単にやっつけちゃうんだから」
「……ほんとう?」
「本当よ。でも、私達が応援してあげれば、あれに乗ってるお兄ちゃんも、もっと頑張れると思うの。応援してあげてくれる?」

 膝を突き、少女と目線を合わせてフレイは言う。
 このとき、フレイは何かの意図を持って行動したわけではなかった。
 ただ、泣いている子供を勇気付けるための言葉を口にしただけだった。
 だから、この後に起こったことは、完全に彼女の予想の外にあった。

「うん!」

 先程まで泣いていた少女は元気良く頷き、モニターに視線を向けた。

「お兄ちゃん、頑張れ〜!」

 子供特有の甲高い声が、室内に響き渡る。
 周囲の視線が、幼女に集まった。

「お兄ちゃ〜ん! 頑張れ〜!」

 子供らしい、周りを気にしない大声。
 子供らしい、どこまでも明るくどこまでも前向きな声。
 それは、確実にその場の空気を変えた。

「キラ! 頑張れ!」

 それにつられるように、フレイが続く。

「キラ! 負けるなよ! 死ぬなよ! 絶対に、帰って来いよ!!」

 ただ祈ることしか出来ない自分に絶望すら感じていたカガリが、その想いをこめて叫ぶように続く。

「キラ君! ファイト!」
「頑張れ〜!」

 リサが、リョウコが続き、いつしかそれはキラと面識の無い他の人々にも伝染していった。
 けして狭くはない部屋の中に、キラへの声援が満ちる。
 キラの手を離れた場所で、一つの流れが生まれようとしていた。

 キラのサポーターと化した人々が見守る中、戦況は推移する。
 モニターの中には、戦場へと戻ってくるブリッツの姿が映っていた。


『キラ! やめて、キラ。なんで私達が戦わなきゃいけないの! 同じコーディネーターの君が、なんで私達と戦うの!』
「アスランか。そうだな、俺もお前とは戦いたくない。いや、誰とも戦いたくないんだ、本当は」

 イージスのアスランから入った通信に答え、キラは小さく舌打ちをする。
 先ほどからブリッツの接近を告げる警告音がうるさい。
 撃墜したわけではないのだから、そのうち帰ってくることは計算に入れていた。
 だが、これほど早くというのは計算外だ。
 時間的に見て、明らかに母艦まで帰ってはいない。
 おそらく、デュエルを戦闘圏外まで運んだ後、母艦に向けて慣性任せに飛ばしたのではないだろうか。

(無茶しやがる。PS装甲は展開できないんだから、流れ弾でも当たったらアウトだぞ)

 『原作』で見たニコル・アマルフィという少年の性格からは考えにくい行動だ。
 彼の性格が『原作』と違っているのか、ブリッツのパイロットが彼ではないのか、それともデュエルのパイロットの指示か。
 どうやら、またもや不確定要素が増えたようだった。

『だったらなんで!?』

 そんなキラの内心にはもちろん気づくこともなく、アスランはキラに対する説得を続けている。
 やはり、彼女ほどのパイロットに完全に受けに回られては、抜くことは至難の技だ。
 イージスの向こうでは、バスターがアークエンジェルと砲戦を繰り広げているのが見える。

「あの艦には俺の友人が避難民として乗っている。だから沈められるわけにはいかない。それだけだ。地球連合もプラントも、ナチュラルもコーディネーターも関係ない。俺はあいつらを守るために戦っている」

 右側面から殺気を感じ、下がって回避する。
 一瞬前までストライクがいた場所を、巨大な釘のような黒い物体が三連続で通過していった。
 ブリッツの攻盾システム『トリケロス』の武装の一つ、『ランサーダート』だ。
 宇宙空間では非常に視認しにくい黒い機体が、すぐそこまで迫ってきていた。
 どうにか凌げない状況ではないが、楽観できる状況でもない。
 キラの表情に苦いものが浮かぶ。

 ちょうど、その時だった。
 ストライクのコンピューターが警告音を鳴らす。
 同時に通信機からミリアリアの声が聞こえてきた。

『キラ、ローエングリン発射します。斜線上から離れて』
「了解! フラガ大尉にグッドタイミングって伝えてくれ」

 どうやらフラガの奇襲は成功したようだ。
 ヒュウ、と口笛を吹いてモニターに表示されたローエングリンの斜線から離れる。
 見れば、向こうもバスターが離脱していくところだった。
 あちらにも撤退命令が出たのだろう。
 イージス、ブリッツを残して足止めしつつバスターが後退、ある程度バスターが離れたら今度はバスターの援護で二機が離脱、といったところだろうか。
 ご丁寧なことだ、と苦笑し、キラはイージスに通信を入れる。

「行けよ。さっきも言ったが、俺はお前達と戦いたいわけじゃない。退くのなら追わないさ」
『キラ……』
「今度は戦場以外のところで会いたいもんだが……まあ、しばらく無理そうだな」

 苦笑交じりに言ったキラは通信を切り、ストライクを後退させる。
 バスターから放たれたビームが、そこを通過していく。
 それを機にイージスとブリッツは機体を翻し、全速力で離脱していった。

 アークエンジェルから放たれた信号弾が漆黒の宇宙に光の花を咲かせる。
 帰還信号だった。

「ストライク、これより帰還します」

 通信機の向こうのミリアリアに告げると、キラはアークエンジェルへ向かった。
 彼が全てを賭してでも守りたい者達が待つ場所へと。


「坊主、やるじゃねえか!!」

 野太い声と共に、バンッと大きな音を立ててマードックの掌がキラの背中に打ち付けられる。
 コックピットから出てきた瞬間の完全な不意打ち。
 まったく悪意が無いだけに、キラの感覚のセンサーにも引っかからなかった攻撃に、キラは思わず咽る。
 ケホケホ、と数度咳き込んだ後、キラは背後を振り返る。

「おやっさん、痛いってば」
「あん? ちょっとくらい乱暴に扱ったって壊れるようなタマじゃねえだろうが、お前は。それにこんなもんはまだまだ序の口だぜ。ほれ」

 キラの抗議をマードックは野太く笑って受け流し、キラの背後を顎で示した。
 同時に背後から近づいてくる気配を感じ、キラは慌てて振り向く。
 視界いっぱいに、オレンジの作業着の群れ。
 一瞬後、キラの青いパイロットスーツはオレンジの波に飲み込まれ、もみくちゃにされていた。

「やるじゃねえか!」
「本当に初心者かよ、お前」
「よくやった! それでこそGのパイロットだ!」

 エトセトラ、エトセトラ。

「だぁぁぁぁっ! 痛いっちゅーの! いい加減にやめんか、アンタら!」

 敵の追撃を一時的にせよ振り切ったことで喜ぶ余裕ができ、整備員達の三戦分の手荒い祝福が最大の功労者であるキラに降りかかっているのである。
 まだしばらくは終わりそうになかった。
 抗議しながらも、キラも本気で抵抗しているわけではない。
 ほんの数時間前に会ったばかりだというのに、若干十六歳のパイロットは、完全に彼らの中に溶け込んでいた。

「すっかり人気者だな、彼は」

 いつの間にかマードックの隣に来ていたフラガが、その様子を眺めながら苦笑する。
 マードックも苦笑しながらそれに応じた。

「最初はコーディネーターだからってウチの連中もちっとは構えてたんですがね。整備のときにちょっと話したら、あんまりにもウマが合うもんで、今じゃあんなですよ」
「……見てないで助けてくださいよ、二人とも」

 やっと整備員達から解放されたキラが、ふらふらと二人のもとに漂ってくる。
 服も髪もよれよれに乱れ、どこか疲れきっているようにも見える。

「何言ってるんだ。同じ部隊の構成員同士のコミュニケーションを妨げるなんて、上官としてできるわけないだろう」

 フラガが大げさな身振りを交えて言う。

「ほほう……それじゃあ、フラガ大尉もコミュニケーション取ってきてください。大尉の方こそ、さっきの勝利の立役者なんですから。ほら、遠慮せずに」

 そんなフラガをキラはジト目で睨む。
 フラガの視線が明後日の方向に泳いだ。

「……あー、ところでストライクのことなんだが……」
「おい、コラ。露骨に流すなや、アンタ」
「……起動プログラムをロックしておいてくれ。君以外、誰も動かすことのできないようにな」
「……ほう」

 無理やり押し通したフラガの言葉に、キラの視線の色が変わる。
 どこか不敵な雰囲気の漂う笑みを浮かべ、フラガの青い瞳を見据えた。

「……つまり、アルテミスは敵ではないが味方でもない、と?」
「そういう可能性もあるってことさ」
「ふむ……おやっさん、ハードウェア的なロックっていうのは可能なんですか?」
「ん? ああ、できるぞ。例えば……」
「あー、具体例挙げられても理解できないんで、おやっさんの判断でやっちゃってください。それで良いですよね、大尉」
「ああ。頼んだぞ」

 詳しく説明しようとするマードックの言葉をさえぎりキラは強引に話を進めた。
 技術屋の話にいちいち付き合っていたら、いくら時間があっても足りない。
 そのことは身近に実例がいるため、よく知っているキラだった。
 確認を取られたフラガが頷き、去って行く。
 キラはコックピットに再び潜り込み、マードックはいまだに浮かれている整備員たちに指示を出し始めた。


 艦橋から部屋に戻って来たサイとトールは唖然としていた。
 戦闘の恐怖に暗い雰囲気が漂っているかと思っていたそこは、予想とはまったく逆の状態だった。
 野球やサッカーで自分たちが応援しているチームが優勝した時の応援団の雰囲気、とでも例えれば良いのだろうか。
 興奮冷めやらぬ、といった感じのハイ・テンションで、熱気すら含んだ空気が漂っていた。

「な、何なんだ、いったい……」
「あ、サイ!」

 部屋の入り口で立ちすくみ、呆然と呟いたサイに声がかかる。
 浮かれ騒ぐ人々の間をすり抜けて、フレイが近づいてくる。
 その後にカガリ、リサ、リョウコも続いてきた。

「フレイ、いったい何なんだ、これは」
「ああ、これはね……」

 フレイは戦闘中にこの部屋で起こったことについて、サイとトールにかいつまんで説明する。

「へえ……そんなことがあったのか」
「うん……それよりもサイ、ちょっと良いかしら」

 説明を聞き終え、サイは感心したような言葉をもらす。
 そんなサイの袖を、フレイが引いた。

「ん? どうした?」
「うん、ちょっと……」

 先ほどまで楽しそうにしていたフレイの表情がどこか沈んでいる。

「……わかった。悪い、ちょっと行ってくる」
「そんなこと気にすんなって。お祭り騒ぎの中で若い恋人達がどこへともなく消えていくなんて、よくあることだろ」
「トール!」

 からかうように言ったトールに、フレイが頬を赤く染める。

「はいはい、アツアツのカップルをからかうのはやめて、トール君はこっち」

 リサがとりなすように言い、トールを部屋の中に引っ張り込む。

「あ、そうだ、みんなに紹介してあげるわよ。トール君だって、頑張って戦ったんだから」

 リョウコが軽く指を鳴らした。

「そういうわけだから、ごゆっくり〜」

 最後にリサがそう言って、人の輪の中にトールを引っ張っていく。
 カガリはほんの少し羨ましそうにフレイを見た後、それに続いた。

「……それじゃあ、行こうか」
「うん」

 サイはフレイの肩を抱き、部屋から離れる。
 お調子者のトールが何かやったのだろう。
 ただでさえ騒がしかった部屋から、一際大きな歓声が響く。
 それを背に歩きながら、フレイは何も言わない。
 サイも何も言わず、フレイに歩調を合わせてただ歩く。

 やがて二人は大きな部屋に着いた。
 船尾の部分にある、大きな窓のついた展望台のような部屋だ。
 もう、民間人のお祭り騒ぎは全く聞こえない。
 フレイが足を止め、サイもそれに習った。

「……怖かった……」
「……フレイ?」

 サイの服の胸元を握り、俯いたフレイが小さな声でこぼす。

「本当に怖かったのよ。サイ達はいなくなっちゃうし、敵はいっぱいいるし、船はすごく揺れるし。本当に怖かったの」

 顔を上げ、サイを見上げるフレイ。
 その瞳には涙が浮かんでいた。

「でも、私より小さい子もいるのに私が泣いてちゃ駄目だって……サイ達が戦ってるんだから、私も頑張らなくちゃって思って……」
「……そうか……」

 盛り上がった涙が、目の端からこぼれる。
 サイは自分にしがみつく少女を、そっと胸元に抱き寄せた。

「……さっきまでは…みんなで騒いでたから大丈夫だったけど……サイの顔見たら、急に……」

 時折しゃくり上げ、言葉を途切れさせながらフレイは言う。

「そうか。よく頑張ったな、フレイ」

 サイは腕の中で震える少女を抱きしめ、そっと頭を撫でた。
 フレイの震えが大きくなる。
 それ以上何も言わず、少女はただ少年の胸で泣きじゃくった。
 サイはしばしそんなフレイをやさしく見つめた後、視線を上げる。
 窓の外に映る岩塊、アルテミスの姿が徐々に大きさを増しつつあった。


 (続く)


あとがき
 ここまで読んでいただいた皆様、ありがとうございます。
 霧葉です。

 今日中に間に合わないかもと思いましたが、どうにか間に合いました。
 実は先週分の投稿をした後、見事に夏風邪を引いてしまいまして。
 木曜から三日ほど寝込んでいました。
 見事に的中したHAPPYEND至上主義者さんには預言者の称号を差し上げましょう(爆)

 まあ、ともかく〆切(自分で勝手に決めただけですが)を破らずに済んで良かった。
 根性無しなんでよく挫けそうになるのですが、そういうときは皆様の感想を読んでニヤニヤと悦に浸ることにしています(をぃ)
 こんな拙い作品でも読んでくれる人がいるっていうのは、本当に励みになります。
 これからもどうぞよろしくお願いします。
 それでは皆様、また来週〜

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