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「ある少年達の選んだ道 第04話(SEED)」

霧葉 (2005-07-20 13:13)
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 格納庫の軽い重力を振り切り宙に浮いていたキラとミリアリアが、ふわりと地面に降り立つ。
 ミリアリアはキラの胸元に顔を埋め、肩を震わせていた。
 ときおり、くぐもった嗚咽も聞こえてくる。
 キラはその背中に手を当て、あやす様に軽く叩いていた。
 その腕の袂から飛び出したトリィがミリアリアの肩に乗り、心配するように頬に身を寄せる。

「キラ!」

 呼びかける声にキラは視線を上げた。
 トールを先頭に、サイとカズイがキラの方へと漂ってくる。

「心配させやがって、このヤロウ!」
「うわっ!」

 真っ先にキラのもとへとたどり着いたトールは、嬉しそうに笑いながらキラの背中をバンバンと掌で叩いた。

「まあ、そんなに心配してなかったしね。どうせキラだし」
「うわあ、ひでえ。薄情者め」

 少し毒をこめて言ったカズイに、キラは大げさに、恨めしげな視線を送る。

「ともかく、お互い無事で良かった」
「まったくだ。引率ご苦労様」

 最後に綺麗にまとめたサイと笑みを交わし、軽くハイタッチ。

 四者四様、方法は様々だが、互いの無事を心から喜び合う。
 数歩離れたところから、フレイが微笑みながら、少し羨ましそうに見つめていた。


 しばしの間互いの無事を喜び合った後、キラ達は臨時に避難民の待合室として使われている食堂へと向かっていた。
 キラ、サイ、トール、カズイ、ミリアリア、フレイ、それにフレイと一緒にいた二人の少女――黒いショートカットの方がリョウコ・アマザワ、茶色いツインテールの方がリサ・エアハートという名前だということをキラは初めて知った――の八人で連れ立って部屋に入る。

「キラ!」

 入った瞬間、キラを呼ぶ声。
 視線を向けると、カガリが立ち上がり、小走りに近づいてくるところだった。

「無事だったんだな。良かった」
「ああ。約束したからな」

 キラはカガリの頭をくしゃくしゃと撫でる。

「バ、バカ、やめろ!」

 その手を振り払いながらも、カガリはどこか嬉しそうな、楽しそうな表情をしている。
 それをキラの隣にいるミリアリアは見逃さなかった。
 穏やかだった瞳が瞬時にして険しくなる。

 その視線を感じたのだろう。
 カガリの瞳が動き、ミリアリアを捉える。
 泣いた後のような赤い目が、カガリを睨んでいた。
 ふと見てみれば、キラの服の胸元は何かで濡れているようだった。
 カガリの明敏な頭脳は、瞬間的に、そして正確に事態を悟る。
 ミリアリアに応じるように、カガリの視線も鋭くなった。
 ぶつかり合う視線が、その中央で激しく火花を散らす。

 二人の少女は同時に互いに直感した。

 
 こいつは敵だ

 
 と。


   第04話 一時の休息は嵐の前の嵐


 針のむしろ、という言葉がある。
 むしろとはイグサや藁を編んで作った敷物のことであり、ござや畳表を想像すれば良い。
 そもそも「ござ」とは「御座むしろ」の略であるし、畳表とは畳の表面に貼るござのことである。
 そして針のむしろとは針を植えたむしろという意味であり、一時も心の休まらない、つらい場所や境遇をたとえた表現である。

 などという辞書的な定義をつらつらと思い返すことで半ば現実逃避しているサイは、今まさに、その言葉の指し示す状況の中にいた。
 帯電しているかのようにピリピリと張り詰めた空気が肌に痛い。
 その空気の中心は、キラだ。

「へえ。それじゃあ、ミリアリアはキラとはカレッジに入ったときからの付き合いなんだ。良い友達なんだな」
「ええ。カガリさんはほんの数時間前に会ったばっかりなのよね」
あはははは
うふふふふ

 こんな会話が、キラを挟んで両隣に座るミリアリアとカガリの間でさっきからずっと交わされている。
 二人とも顔には不気味なほどににこやかな笑みを浮かべながら互いに牽制するような視線を送りあっていた。
 もちろん、目は少しも笑っていない。
 それ以外の面子はみな引きつった笑みを顔に、冷や汗を額に貼り付けている。
 敵意をぶつけ合う二人に挟まれ、あのキラでさえ、どこか落ち着かなさそうにしているのだ。

 おかしい。
 身分照会を終えた避難民は、食堂ではくつろぐこともできないだろうから、という理由でそれぞれに割り当てられた寝室へと移されたのだったはずだ。
 それが何故、こんな緊張を強いられなければならないのだ。
 この部屋にいる中でくつろいでいる者など一人もいない。
 二人は戦闘態勢に入っているし、残りはその二人の作り出す空気に戦々恐々としている。
 空気が帯電し、ひっきりなしに火花が飛び散っているような、そんな雰囲気だ。
 何かきっかけがあればすぐにでも爆発しそうな予感が、全員を無口にしている。

 と、突然艦が振動し、横向きのGがかかった。

「キャッ」

 全員がバランスを取ろうとする中、ミリアリアは可愛らしく悲鳴なんかあげながら、キラの方に倒れ掛かる。
 それほどたいした揺れではなかったにも関わらず、キラの腕にしっかりとしがみ付いていた。
 それに反応したカガリが視線をいっそう険しくし、口を開く。
 危ういところで保たれていた均衡が崩れ、戦端が開かれ……

「ど、どこに行くのかな、この船!」

 ……そうになったところに、トールの言葉が割って入った。

「ま、まだザフト、いるのかな」

 間髪入れず、カズイが続く。
 無理やりにでも話題を変えようとした二人の勇敢な試みに、全員が賞賛の視線を送る。

「いると見るべきだろうな。やつらの目標はこの艦とあのモビルスーツだ」

 それにキラが真面目な表情で答えることで続いた。
 額に冷や汗が浮いているが、この際その程度は大目に見るべきだろう。

 それまでとは打って変わって、真面目な、シリアスな雰囲気が漂い始める。
 これはこれで重いものがあるが、少なくとも針のむしろよりは居心地が良い。
 約二名ほどを除き、全員の表情にわずかに安堵の色が浮かんだ。

 だが……

「まあ、私は心配してないけどな。キラが守ってくれるって言ったし」

 カガリの言葉に、ピキリ、と空気が凍りつく。
 ミリアリアの貼り付けたような満面の笑みが僅かに揺らぎ、ピクリと片方の眉が釣り上がった。

「……あら、そうなの。でも私は、言葉にしてもらわなくてもそんなことわかってるもの」

 再び両者は目が笑っていない満面の笑みで視線をぶつけ合う。

あはははは
うふふふふ

 針のむしろ、再び。それをもう一度打破しようとする気力は、もはや誰にも無かった。

 ちょうどその時だった。

「キラ・ヤマト」

 部屋の入口からかかる声。
 全員の視線がその声の主、フラガに集中する。
 その視線には、藁にもすがるような思いがこもっていたことは、言うまでも無い。
 何でも良いから、とにかくこの空気をどうにかして欲しい、というのが若干二名を除くこの部屋の人間の、共通した切実な願いだった。
 だが、それはすぐに裏切られることになる。

「フラガ大尉、どうかしましたか?」
「マードック軍曹が怒ってるぞ。人手が足りないんだ。自分の機体ぐらい自分で整備しろとさ」
「……俺の機体、ね。良いんですか? 地球軍の最高機密なんでしょう? 俺は民間人ですよ」
「今はそういうことになってるってことだよ。実際、あれには君しか乗れないんだから、しょうがないだろう」
「仕方ありませんね、行きますか。そんなにボランティア少年をこき使わないで欲しいんだけどなあ……」

 キラは髪の毛をくしゃくしゃとかき回しながらぼやき、立ち上がる。
 だが、その顔に一瞬安堵の色が浮かんだのを、サイ達は確かに見た。

((((((ちょっと待てぇぇぇぇ!!))))))

 元凶のくせに逃げ出そうとするキラに、他の被害者が一斉に心の中でつっこむ。
 だが、その心の叫びは届かず、フラガと連れ立ったキラの後姿は遠ざかっていく。

「ところで、フラガ大尉のメビウス・ゼロはどうなんです? 今度もまた俺だけ、なんてことは無いでしょうね?」
「今、急ピッチで修理中。だから君の機体に回す人手が足りないんだがね。次の出撃がいつになるかはわからんが、とりあえず間に合いそうだ」
「そいつは良かった」

 フラガと言葉を交わしながら去って行くキラ。
 その後姿を、いくつもの恨めしげな視線が追っていた。


 帰艦して機を降りたアスランは、機体を担当の整備兵に任せ、ロッカールームへと向かった。
 自分の名前が記されたロッカーを開けるとヘルメットを脱ぐ。
 緩いカーブを描く濃紺の髪がふわりと広がった。
 長さは肩よりも少し長いくらいだろう。
 機能性のみに特化された無骨なパイロットスーツを脱いでいくと、薄いインナースーツに包まれた女性らしい肢体が現れる。
 そのインナースーツも脱ぎ落とし、アスランはシャワールームに入っていった。
 平均値を上回るプロポーションの良さは同性を羨ましがらせ、異性を悩ませるには十分で、本人がそのことに一片の価値も見出していないことを除けば完璧と言って良かった。

 コックをひねると、熱いシャワーが頭上から降り注ぐ。
 シャワーに打たれながら、アスランは壁に手を突き俯いた。
 水音に紛れて何かを呟く。
 僅か二音。
 それを聞く者は誰もいないし、いたとしてもシャワーの音にかき消されて聞こえなかっただろう。
 だが、そのごく短い言葉に少女の様々な思いがこめられていたのであろうことは、端整な容貌に浮かぶ濃い苦悩の表情が物語っていた。

 ワインレッドの軍服に着替えたアスランは、ヴェサリウスの艦内通路を移動していた。
 軽重力の中を、床を蹴ったり壁や天井を押したりしながらその反動で進んでいく。
 室内に入ればたいていの部屋には重力があるが、廊下などの共有のスペースでは無いに等しい。
 理由は簡単。
 重力の中を歩いたり走ったりするよりも、無重力や軽重力の中を「飛ぶ」方が素早い移動が可能だからだ。
 一方で室内が有重力にされているのは、人間がもともと地球に暮らしていた生物だけに、無重力空間では完全にくつろぐことができないからである。
 もっとも、ごく希に例外もいるのだが。

 と、アスランの背後で自動ドアが開く音がした。
 一泊遅れて、アスランの背中に声がかかる。

「アスラン!」

 振り返ると、そこには三角巾で右腕を吊った長身の青年がいた。
 ふわふわと漂ってくる青年にアスランは向き直る。

「ミゲル。どうしたんですか、その腕は?」
「ああ、ジンを破棄した後にヘリオポリスを脱出しようとしていたんだが、いきなり崩壊してな。残骸をよけきれなくて折っちまった。その後エドに拾ってもらったおかげで助かったよ。命があっただけでも儲け物だ」

 ミゲルは吊った右腕を軽く上げて快活に笑った。
 ほんの小一時間前にそんな目にあったにも関わらず笑うことができるというのは、この青年の尊敬すべき強さだとアスランは思い、同時にキラのことで頭がいっぱいですっかり忘れ去っていたことを申し訳なく思う。

 ひとしきり笑った後、ミゲルは表情を改めた。

「それにしても、命令を無視して奪った機体で出撃なんて、らしくもなく強引なことをしたもんだな。何かあったのか?」
「……ええ、まあ。そのことで、これから隊長に報告に行くところです」
「そうか……まあ、ほどほどにしておけよ。いくら本質的には義勇軍だって言っても、ザフトにだって軍規はあるんだからな」
「わかってます」

 それでも、軍規を絶対に守れとは言わない先輩にアスランは苦笑する。
 私室へと戻っていくミゲルに別れを告げ、アスランは目的地へと向かった。

 ミゲルと別れたアスランはクルーゼの執務室の前に立った。
 軽く握った拳を胸に当て、目を閉じて思考を整理する。
 キラが、自分の幼馴染であるコーディネーターがストライクのパイロットだった。
 そのことを報告しないわけにはいかない。
 そしてその上で、キラを説得する許可をクルーゼから得なければならない。

 大丈夫。
 キラが自分の敵に回るはずがない。
 そう自分に言い聞かせると、アスランは深呼吸をしてインターフォンのボタンを押した。

「アスラン・ザラ、出頭いたしました」
『ああ、入りたまえ』

 自動ドアが開き、アスランは部屋に足を踏み入れる。
 報告書でも書いているのだろうか。
 クルーゼはデスクに向かってキーボードを叩いているところだった。
 自動的に閉まるドアを背に、アスランは上官に敬礼を施した。

「ヘリオポリスの崩壊でバタバタしてしまってね。君と話すのが遅れてしまった」

 そんなことを言いながら、クルーゼはアスランに向き直る。

「先の戦闘では申し訳ありませんでした」
「懲罰を科すつもりはないが、話は聞いておきたい。あまりにも君らしからぬ行動だったな、アスラン」

 仮面の奥から向けられる視線。
 何と言えば良いのか。すぐには答えられず、アスランは俯く。

「あの機体が起動したときも君は傍にいたな」
「申し訳ありません。思いもかけぬことに動揺し、報告ができませんでした。あの最後の機体、あれに乗っているのはキラ・ヤマト。月の幼年学校で友人だったコーディネーターです」
「ほう」

 クルーゼが驚いた様子が、仮面越しにも伝わってきた。

「まさかあのような場で再会するとは思わず、どうしても確かめたくて」
「そうか。戦争とは皮肉なものだ」

 クルーゼはどこか遠くを見るようにアスランから視線を外し、席から立ち上がる。

「君の動揺も仕方あるまい。仲の良い友人だったのだろう?」
「はい……親友でした」
「わかった。そういうことなら次の出撃、君は外そう」
「え?」

 アスランは俯いていた顔を上げる。
 いつの間にか歩み寄ってきていたクルーゼが、アスランの前に立っている。

「そんな相手に銃は向けられまい。私も君にそんなことはさせたくない」
「いえ、隊長、それは……」
「君のかつての友人でも、今、敵なら我らは撃たねばならん。それはわかってもらえると思うが」

 理屈では理解できる。
 だが、それはアスランにとって到底許容できることではなかった。

「キラは、彼はナチュラルに良いように使われているんです! 優秀なのに、ぼーっとしていてお人好しだから、そのことにも気づいてなくて。だから私は、説得したいんです。彼だってコーディネーターなんです。こちらの言うことがわからないはずはありません」
「君の気持ちはわかる。だが、聞き入れないときは?」

 アスランは息を呑む。
 その可能性は考慮していたはずだった。
 だが、改めて他人の口から聞くと、その不吉な可能性が、ひどく現実味を帯びて感じる。
 大丈夫。
 キラが自分の敵に回るはずが無い。
 もう一度自分に言い聞かせ、アスランは答える。

「……その時は……私が撃ちます」


 機体の整備と言っても、キラにできることなどほとんど無い。
 何しろ、ソフトウェアに関してならともかく、ハードウェアに関しては素人に毛が生えた程度の知識しかないのだ。
 ガンダムのOS書き換えというファーストステップを突破するために最優先でソフトウェアを勉強したのだが、『こちら』に来る前は機械音痴で通っていたキラである。
 それだけで精一杯で、ハードウェア面にまで手が出なかったのだ。

「むしろハードに関してはカズイの方が得意なんだよなあ」

 ぼやきながらもとりあえずコックピットにもぐり込み、機のメインコンピュータにダメージチェック用のプログラムを走らせた。
 そこからモニターに上がってくるレポートに目を通しているが、何か問題があってもキラ自身にそれを直す能力は無い。
 整備員を呼んで直してもらうほか無いのだ。
 コーディネーターとナチュラルの差など、所詮はその程度のものでしかない。

 ピー、と音が鳴ってダメージチェックが終了したことをプログラムが伝えてくる。
 幸い、どこにも損傷は無いようだ。
 整備員の手を煩わさずに済んだことに安堵する。
 こちらに手を割いたせいでメビウス・ゼロが次の出撃に間に合わなかったりしたら目も当てられない。

 とりあえずキラがここでするべきことは終わったが、キラはコックピットから出ようとはしない。
 本来なら仲間のもとへと帰っていくのだろうが、なぜだか知らないが険悪な雰囲気の漂うあの部屋に戻る気にはなれない。
 ここにいさえすれば邪魔が入らないことを良いことに、じっくりと思考を巡らせることにした。

 まず考えたのは、自分の能力についてである。
 何度か戦場に出てみて気づいたことなのだが、キラの感覚は異常なまでに鋭敏化していたのだ。

 もともと、キラの流派では敵の気配の察知というのは重要な部分を占める要素である。
 視界の外からだろうが何だろうが、敵の攻撃も察知できないようでは「神武」の領域には程遠い。
 『だから訓練だ!』と言って寝ている者を下から槍で突くのはやりすぎだと思わないでもないが。
 少しでも寝坊をしようものなら、床板と畳と布団と枕を貫いて下の階から槍が突き出てきたりするのだ。
 そんな家で生まれたときから十六年も暮らしていれば、気配くらい読めるようになる。
 そしてその能力が、この体になってからさらに鋭くなっているようなのである。

(何というか、もはやニュー○イプの領域か?)

 実物を知らないから比べようは無いのだが、キラはそんなことを思って苦笑する。
 だが、モビルスーツ同士の戦闘となれば中距離戦と言っても数百メートルの距離がある。
 その距離を越えて相手の殺気を読み、発砲のタイミングがわかるとなれば、そんな連想が働きもする。

 そしてもう一つ得た自分に関する認識が、無重力の動きにくさである。
 キラが学んだものに限った話ではないが、武術というのは地上での使用、すなわち重力と大地の存在を大前提としている。
 モビルスーツでも地上戦ならばキラの技を振るう余地は十分にある。
 だが、空間戦・空中戦となるとどうか。
 キラは自分の技を脳裏に列挙し、使えそうなものをピックアップする。
 刺突系の技はどうにか使えそうだが、それ以外は使えそうも無い。

 キラは大きくため息をつくが、それに関しては希望が無いでもない。
 一人の戦士、武芸者としてのキラは超一流の部類に入るが、そのキラから見れば、ザフト兵たちの戦い方はあまりにも雑だ。
 『現在』では、まともな武術の使い手などそうそういるものではないだろうが、それにしても持って生まれた才能に頼る度合いが高すぎる。
 生身で戦うのならば、『キラ・ヤマト』になる前の彼でも彼らに勝てる自信がある。

 勝敗などというものは所詮相対的なものなのだから、いかに技が限られていようと、あの程度の敵を相手にするならば、まず負けない。
 それが実際に戦ってみてのキラの感想だった。

『敵影捕捉、敵影捕捉。第一戦闘配備。軍籍にあるものは直ちに全員持ち場に着け。軍籍にあるものは直ちに全員持ち場に着け』
『キラ・ヤマトはブリッジへ。キラ・ヤマトはブリッジへ』

 そこまで考えたところで、キラの耳に艦内放送が飛び込んでくる。

「……来たか……」

 格納庫のざわめきが、開きっぱなしのハッチからコックピットの中にまで聞こえてくる。
 キラはストライクのシステムを待機状態にしてコックピットから這い出した。
 どうせすぐに戻ってくるのだから、停止させる必要は無い。

 格納庫の入り口にはフラガが立っていて、キラを見ていた。
 おそらく彼を待っているのだろう。
 キラはコックピットを蹴り、フラガのもとに向けて飛んだ。


『敵影捕捉、敵影捕捉。第一戦闘配備。軍籍にあるものは直ちに全員持ち場に着け。軍籍にあるものは直ちに全員持ち場に着け』
『キラ・ヤマトはブリッジへ。キラ・ヤマトはブリッジへ』

 サイ達がそれを聞いたのは食堂だった。
 ミリアリアとカガリのぶつけ合う空気に耐えかねたサイが、食事の時間であることを口実に食堂への移動を提案したのである。
 他の面々も蜘蛛の糸を掴むような勢いでそれを支持した。
 彼らだけしかいない限定された空間よりも、他にも人がいるもう少し広い場所にいた方が、少しは空気の痛さもマシになるだろうと思ったからだ。
 人目のある中であそこまでトゲトゲしい言い合いはすまい、あるいは腹が満たされれば少しは気持ちも和らぐだろう、という希望的観測、否、願望もあった。

 彼らの願望は半ばは叶えられ、周囲の席は綺麗に空白地帯になっているものの、冬のシベリアから冬の北海道に移ってきた程度には居心地が良くなった。
 それを状況の改善と捉えていることにサイはなぜか泣きたくなったりもしたが、ともかく彼らは少しは気を緩めることができた。

「キラ、大丈夫かな……」
「ミリアリア……」

 だから、フレイは放送を聞いて不安そうに呟くミリアリアの肩にそっと手を置く、という反応ができた。
 気持ちに余裕ができれば、他人を気遣うこともできるようになるものだ。

 しばらく続いた沈黙の後に口を開いたのはカガリだった。

「……なあ、このままキラにばっかり戦わせて良いのか?」

 一度言葉を切り、周りに並ぶ顔を見回す。

「キラは命を懸けて戦ってる。私達を守るために。確かにモビルスーツに乗ることはキラにしかできないことだけど、だからって、私達もただ守られてるだけで良いのか? 何か、キラのためにできることがあるんじゃないか?」

 確かにキラの能力は飛びぬけている。
 だが、万能というわけではないし、ましてや全能などでは決してない。
 それをサイ達はよく知っている。
 今まで大丈夫だったからと言って、今度も無事に帰って来られるという保証はどこにも無いのだ。

「そうだよな」

 カガリの言葉に真っ先に応えたのはトールだった。

「確かにオレ達だって、キラに何かしてやらなきゃな。助け合ってこその友達だ」
「どんな雑用だって良いんだものね。私達が手伝って艦の人の手が空けば、それがキラの助けになるんだもの」

 それにミリアリアが続き。

「それにこの艦ってモルゲンレーテの技術で作られたんだろ? だったら、俺達にも手伝えることがあるかもしれないぜ」

 その後をカズイが継ぐ。
 サイは彼らの言葉にふっと微笑んだ。
 彼も同じ気持ちだった。

「それじゃあ、艦長さんに頼んでみよう。艦の仕事の手伝いくらいなら、俺たちにもできることがあるかもしれない」

 言いながらサイは立ち上がる。
 四人が頷き、それに続いた。

「フレイ。僕達は何か少しでもキラの手伝いをしてくる。心細いかもしれないけど、しばらく待っててくれ」
「え……? ……ええ。わかったわ」

 話について来られていないフレイ達にサイは告げる。
 フレイが頷いたのを見届け、サイたちは部屋を後にした。

「……何か良いわね、ああいうの」
「男同士の友情ってヤツかしら」

 リョウコとリサが去って行く五人を見送った後、ポツリと呟くように言う。

「あら、ミリアリアとカガリさんは女の子よ」

 クスリと笑ってフレイがそれに応じる。

「あの二人は……ねえ」
「そうよねえ」

 三人は顔を見合わせ、楽しげに笑った。

「「「愛ゆえに、よね」」」


 ブリッジを目指して移動していると、ちょうど呼び出されてブリッジに行く途中なのであろうキラの後姿が前の方に見えた。

「キラ!」

 トールが呼びかけて飛び出していく。
 キラが足を止めて振り向いた。

「トール、みんな。どうしたんだ、こんなところで?」
「これから艦長さんに会いに行くんだ。僕達も艦の仕事、手伝おうかと思って。人手不足なんだろ?」
「お前にばっか戦わせて、守ってもらってばっかじゃな」
「こういう状況なんだもの。できることは限られてるけど、でも、私は少しでもキラの力になりたいから」

 キラの疑問に答えたサイに続いて、トール、ミリアリアが口々に言う。
 キラの顔に嬉しそうな笑みが浮かぶ。
 だが、彼らの後ろにいるカガリに視線が止まると、その表情が崩れ、眉間に皺が寄った。

「ありがとう、みんな。その気持ち、すごく助かるよ。だけど、カガリ、お前はダメだ」
「「「「「え?」」」」」

 予想外のキラの言葉に、サイ達五人の驚きの声が重なる。

「な、何でだよ! 何で私だけダメなんだ! 私だってキラの助けになりたいんだ!!」

 カガリは猛然と食って掛かる。

『カガリさんはほんの数時間前に会ったばっかりなのよね』

 つい先刻、ミリアリアに言われた言葉がカガリの脳裏に蘇る。
 確かに会って一日も経っていないが、その時間の密度を考えれば自分はミリアリアに決して負けてはいない。
 カガリはそう思っていた。
 そう思っていたのに、他でもないキラにそれを否定された気がして、カガリは激昂する。
 胸に満ちる不安を、この不器用な少女はそういう形でしか表せなかった。

 息を呑んで見守るサイ達の目の前で、キラは胸倉を掴んで睨みつけるカガリの耳元に口を寄せ、何事か囁いた。

「……!! な、なんでそれを!?」

 カガリの表情が激変する。
 驚愕に呆然とする少女の手を、キラは自分の襟元から離す。

「理由なんで今はどうだっていい。とにかくそういうわけでダメだ。わかるだろう?」
「………………わかったよ………」

 唇を噛んで俯いたカガリは、しばしの沈黙の後、搾り出すように言った。
 エネルギーの塊のような少女が、見ていて可哀想に思えるくらいに意気消沈して肩を落として踵を返し、とぼとぼと来た道を引き返していく。

 サイ達は非難の視線をキラに向けるが、頭をかきむしるキラの顔に色濃く罪悪感が浮かんでいるのを見て何も言えなくなる。

「……カガリさん、可哀想」

 妙に小さく見えるカガリの背中を見ながら、ミリアリアがポツリと呟いた。
 自分の身に置き換えて考えてみて、痛いほどその気持ちがわかるのだろう。
 あれほどいがみ合っていた相手であるにも関わらず、心底から気遣う色が口調に滲んでいた。

 しばし、気まずい沈黙が漂う。

「……行こう。時間が無い」

 それを破ったのは、サイ。
 その促す言葉に、彼らは現状を思い出し、再びブリッジへと移動し始めた。


 とぼとぼと歩くカガリの脳裏にキラに言われた言葉が蘇る。

『オーブのお姫様が、一時的にとは言えおおっぴらに地球軍に協力するわけにはいかないだろう。下手すりゃ外交問題だぞ』

 ダンッ、とカガリの拳が廊下の壁を叩く。

「私は……私はキラを手伝うことさえもできないのか!」

 悔しさに、カガリの目から涙が一筋零れた。


 (続く)


あとがき
 ここまで読んでいただいた皆様、ありがとうございます。
 霧葉です。

 第04話 一時の休息は嵐の前の嵐 (裏タイトル『修羅場』(笑))はいかがでしたでしょうか。
 本当は戦闘まで入りたかったんですけど、無理でした(汗)
 もっと早く話を進行させる予定だったのに、なぜだんだん話が延びていくのだろう。
 悪い癖です。
 ただ、今までのところカガリやミリアリアを魅力的に描くことには成功しているようで、ほっと安堵しております。

 いつも感想には非常に元気付けられています。
 これからもどうぞ拙作に付き合ってくださいませ。
 それでは皆様、また来週〜

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